主文 1 被告は原告に対し,50万円及びこれに対する平成12年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項及び第3項に限り仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は原告に対し,500万円及びこれに対する平成12年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,原告が右下腹部の痛みを訴えて被告の経営する松波総合病院(以下「被告病院」という。)を受診したが,確定診断に至らず,岐阜県立岐阜病院(以下「県病院」という。)に転院して,卵巣腫瘍茎捻転と診断され,右卵巣の摘出手術を受けた事案において,被告病院の医師による診療が適切でなかったため,10時間以上にわたり原告に痛みを味あわせたことによる損害賠償を請求しているものである。 1 当事者間に争いがない事実(明らかに争わない事実を含む。)原告は,平成6年7月12日,右下腹部の痛みを訴えて被告病院を受診したことがあり,そのときは,超音波診断で卵巣腫瘍を示唆された。 平成11年8月17日,原告は右脇腹の痛みを訴えて被告病院に来院し,A医師が診察に当った。A医師は検査を指示し,原告は採血に応じたが,翌日以降の外来受診はしなかった。 原告は,平成11年9月8日昼頃から右下腹部が激しく痛み始めたので,午後1時30分ころ,被告病院に電話をかけ,急患として診察を受けられるか否かの確認を取った上で,原告の妹が運転する自動車に乗り,午後2時4分ころ,外来で被告病院を受診した。そのときの担当医師は,翌日泌尿器科の受診を勧めたため,原告は をかけ,急患として診察を受けられるか否かの確認を取った上で,原告の妹が運転する自動車に乗り,午後2時4分ころ,外来で被告病院を受診した。そのときの担当医師は,翌日泌尿器科の受診を勧めたため,原告は一旦帰宅した。 帰宅した後も,痛みが続くため,原告はその日のうちに泌尿器科を受診したいと考えて,同月8日夕方,B皮ふ科ひ尿器科医院を受診した。同医院のB医師は,レントゲン撮影と尿検査により,原告の痛みの原因が腎臓結石ではなく,他の原因によるとの診断をし,別の大病院に行くことを勧めた。このころ,原告の痛みが激しくなり,座っていることもできない状態となったため,救急車で被告病院に搬送された。 平成11年9月8日午後6時54分ころ,被告病院の内科を受診した原告をA医師が診察し,腹部の触診,尿検査,血液検査,腹部X線撮影を施行した。午後7時ころ,腹部X線写真を確認した後,原告の痛みが続いていたため,鎮痙剤を使用し,検査結果が出るのを待った。A医師は,血液検査及び尿検査の結果が出ると,炎症反応は正常範囲であり,尿検査の結果にも異常がないとの判断をした上で,原告の腹部を再度診察した。原告は,引き続き痛みを訴えていたが,腹部は柔らかく,最初の触診の時と変化がなかった。そのため,A医師は,原告の生命に関わる緊急処置の必要はないと考え,原告の痛みが治まれば帰宅させ,翌日婦人科を受診させる方針で経過を観察した。その後も,原告の痛みは続き,過換気発作の速い呼吸が見られ,痛みの訴えが強いため,安定剤を使用し,鎮痙剤を追加した。しばらく経過を観察していたところ,原告及びその妹から,確定診断をしてほしい,婦人科の疾患が問題であれば,婦人科の医師に診てもらいたい旨の希望が表明された。しかし,A医師は,痛み止めを使ったばかりであり,痛みが治まり,腹部所見に問題がなけれ その妹から,確定診断をしてほしい,婦人科の疾患が問題であれば,婦人科の医師に診てもらいたい旨の希望が表明された。しかし,A医師は,痛み止めを使ったばかりであり,痛みが治まり,腹部所見に問題がなければ,婦人科の受診は翌日でも構わないので,このまま経過を観察することにした。遅くとも午後11時前から午後11時過ぎころまでに,A医師は,原告が平成6年に被告病院において卵巣腫瘍の疑いを指摘されながら婦人科の受診が中断になっていることをカルテによって知り,卵巣が腫れていることを聞いているかどうかを原告に尋ねたが,原告は当時説明を受けていないと答えた。午後11時ころ,A医師が原告を診察しに行くと,原告は眠っており,呼びかけに対して反応しなかったため,看護婦に原告が覚醒したならば呼ぶように伝えた。 平成11年9月9日午前0時ころ,原告の妹その他の家族は,原告を県病院に転院させることにし,A医師から県病院への医療情報の提供を行うよう依頼した。原告らが午前1時過ぎに県病院に到着すると,午前1時54分ころ腹部エコー撮影,腹部CT撮影等が施行され,午前4時45分,県病院への入院となり,午前6時ころ,内科での採血が行われた。その後,原告は,婦人科の診察を受け,午後0時1分ころから,産婦人科によるエコー撮影が行われた。原告は,県病院の産婦人科によって,卵巣腫瘍茎捻転と診断され,緊急手術を行うこととなり,午後4時30分,右卵巣摘出手術のため麻酔が開始され,午後5時20分,手術が終了した。手術の結果,原告の右卵巣は直径約10センチメートルまで肥大し,卵管が4回捻転していたことが判明した。 2 原告の主張被告には以下の過失があり,債務不履行によって原告に10時間以上にもわたって痛みを味あわせたものであるから,その精神的損害に対する慰謝料として500万円を賠償 ことが判明した。 2 原告の主張被告には以下の過失があり,債務不履行によって原告に10時間以上にもわたって痛みを味あわせたものであるから,その精神的損害に対する慰謝料として500万円を賠償すべきである。 (1) 女性が下腹部の強い痛みを訴えている場合には,第一に卵巣腫瘍茎捻転を疑うべきであるのに,平成11年9月8日午後2時4分ころ原告が被告病院を受診し,一旦帰宅した後,午後6時54分ころから再度受診し,県病院へ転院するまでの間,被告病院において,原告の下腹部の痛みの原因が卵巣腫瘍茎捻転であると診断することができなかった。 (2) 県病院においては,産婦人科のC医師が診察を行うと,卵巣腫瘍茎捻転を強く疑ったのであり,産婦人科の専門医が原告を診察すれば,被告病院において確定診断に至ったはずである。A医師は産婦人科の専門医ではないから,婦人科の疾患が疑われる場合には,自宅待機している被告病院の産婦人科の医師を呼び出す義務があり,原告がこれを求めたにもかかわらず,産婦人科の医師を呼び出さなかった。 3 被告の主張被告病院及び県病院における原告に対する診療の経過は,別紙記載のとおりである。 原告のように急激な腹痛を主訴とする腹部疾患を総称して急性腹症と呼ぶが,急性腹症においては,迅速かつ的確な鑑別診断と緊急手術が必要か否かの判断を含めた緊急治療が要求される。卵巣腫瘍茎捻転という確定診断にたどり着くためには,症状の十分な分析,慎重な内診,血液検査及び尿検査,超音波法による画像診断から除外診断作業を行い,総合的に判断する必要がある。本件においては,腹部X線撮影,血液検査及び尿検査の結果から,炎症反応は正常範囲にあり,尿検査の結果にも異常がなく,腹部の触診を繰り返しても,腹部は柔らかく,鎮痙剤を使用した後に,原告が入眠すること 本件においては,腹部X線撮影,血液検査及び尿検査の結果から,炎症反応は正常範囲にあり,尿検査の結果にも異常がなく,腹部の触診を繰り返しても,腹部は柔らかく,鎮痙剤を使用した後に,原告が入眠することがあったため,A医師は婦人科の疾患を疑いつつも,翌日の診察でよいと判断したものであり,自宅待機している被告病院の産婦人科の医師を呼び出す必要はなかったから,被告には原告の主張のような過失はない。 4 争点被告病院の医師に診療契約上の債務不履行があったか否か。 第3 判断 1 原告と被告との間に,平成11年9月8日,診療契約が締結されたことは争いがない。 診療契約において,医師は,患者を治療するために行うことのできる最善の措置(best-efforts)を講ずる債務がある。診療契約上の医師の債務は,いわゆる手段債務であり,患者の死亡や後遺症等の結果が生ずれば債務不履行となり,これらの結果が生じなければ債務不履行とならないというものではない。医師の債務の債務不履行を判断するに当たっては,患者の治療に向けた過程が重要であり,医療水準に達した最善の措置が講ぜられていれば,たとえ患者の死亡や後遺症等の結果が生じても債務不履行責任を問われないが,最善の措置が講ぜられていなければ,たとえ患者の死亡や後遺症等の結果が生じていなくても,患者の精神的損害が発生している限り債務不履行責任を問われる。 本件においては,患者である原告が死亡したり,後遺症が残ったりするなどの結果が生じたものではなく,原告も,卵巣腫瘍茎捻転という確定診断に至らなかったこと及び確定診断に至らないとしてもそのための最善の措置が講ぜられていないことの2点において診療過程における不完全履行があったとして,損害賠償請求の根拠としている。 2 原告の主張(1)について原告が被告病院 至らないとしてもそのための最善の措置が講ぜられていないことの2点において診療過程における不完全履行があったとして,損害賠償請求の根拠としている。 2 原告の主張(1)について原告が被告病院を受診してから県病院に転院するまでの間に,被告病院の医師によって原告の右下腹部痛の原因が卵巣腫瘍茎捻転と診断されなかったことは,当事者間に争いがない。 甲第1号証によれば,腹痛を訴える患者に対する救急処置について「女性の激しい痛みはまずこれ(卵巣嚢腫茎捻転を意味する。)を考える」との記載があることが認められる。 原告は,これを根拠に卵巣腫瘍茎捻転を疑うべきであったと主張する。 しかし,甲第1号証は,激しい腹痛を訴える女性患者全てについて卵巣嚢腫茎捻転を疑うべきであるとする趣旨ではなく,下腹部の疝痛,腫瘤の触知,腹膜刺激症状あり,鎮痛剤の効果が弱い等の所見を総合して,女性特有の疾患を検討するときに,「女性の激しい痛みはまずこれを考える」と記載しているのであり,本件の原告が被告病院を受診した平成11年9月8日午後6時54分ころは,原告に腹膜刺激症状が見られなかった(乙第4号証及び第6号証)から,A医師がまず卵巣腫瘍茎捻転を疑うべきであったとまではいえない。 甲第1号証によれば,卵巣嚢腫茎捻転と診断されれば緊急手術の適応となるが,そのための診断的意義の高い検査法として,超音波検査及びCT検査が挙げられていることが認められる。乙第4号証及び第6号証並びに証人Aの証言によれば,被告病院においては,このいずれも実施していないことが認められる。 鑑定人Dの鑑定結果(以下「鑑定結果」という。)によれば,腹部エコーは検査する医師の熟練度に依存し,消化器内科若しくは放射線科の専門医又は婦人科医師であれば,適切に診断することができるが,A医師はこのい 人Dの鑑定結果(以下「鑑定結果」という。)によれば,腹部エコーは検査する医師の熟練度に依存し,消化器内科若しくは放射線科の専門医又は婦人科医師であれば,適切に診断することができるが,A医師はこのいずれにも該当せず,腸管系統に関しては腹部エコーが必ずしも有力でないことを考慮すると,腹部エコーは施行すべき強い必要性を肯定することができないこと,経膣エコーは,婦人科医師でないA医師には不可能であったことが認められる。 また,被告病院には放射線科技師が当直しており(証人Aの証言),CT検査(単純CT)を実施することは可能であったが,これを実施していたとしても,「茎捻転」までの判断はつかなかったと考えられる(鑑定結果)。県病院への調査嘱託に対する回答によると,E医師は,上下腹部CTスキャンを行ったが,子宮,卵巣の境界がやや不明瞭であるが,腫大や腫瘍の所見は認めなかったとしており,卵巣軸捻転又は付属器周囲炎を念頭に置きながら,輸液と鎮痛剤で経過観察し,改善しなければ産婦人科専門医に相談する治療方針を採用したことが認められるから,被告病院においてCT検査が行われていても,卵巣腫瘍茎捻転との確定診断に至っていたとは認められない。 なお,直腸診を実施していないが,これを実施しても,肥大した卵巣を触れることは困難であった可能性があり(鑑定結果),直腸診を実施しなかったことに過失はない。 腹部救急においては,心臓救急及び脳神経血管の救急と異なり,直ちに診断がつかないことが多く,時間的経過を見ていくうちに病態が絞り込まれてくることがあるから,最初に診察した医師は後から診察する医師よりも情報が乏しいため,診断がより難しい面がある(鑑定結果)ことも考慮すると,原告が県病院に転院するまでの間に,被告病院の医師によって原告の右下腹部痛の原因が卵巣腫瘍茎捻 た医師は後から診察する医師よりも情報が乏しいため,診断がより難しい面がある(鑑定結果)ことも考慮すると,原告が県病院に転院するまでの間に,被告病院の医師によって原告の右下腹部痛の原因が卵巣腫瘍茎捻転と診断することができたとは認められない。 3 原告の主張(2)について前記のとおり,被告病院において卵巣腫瘍茎捻転の確定診断に至らなかったことをもって被告の債務不履行とはいえないが,確定診断を行うための過程において最善の措置が講ぜられたか否かを検討する。 (1) 原告は,痛みが続くのにこれを軽減する措置が十分でなかったと主張するが,証人Aの証言のとおり,安易に鎮痛剤を使用して痛みを抑えてしまうと,重要な兆候が認識されなくなる恐れがあり,甲第1号証においても,同じことを指摘して安易な鎮痛剤の使用を戒めている。したがって,痛みによる苦痛を緩和するために,原告の望みどおりに鎮痛剤を使用しなかったことをもって,原告に対する診療が適切でないとはいえない。 しかし,痛みの続く原告に対して,なぜある程度までは痛みに耐えなければならないかについて,A医師が説明をしたと認めるに足りる証拠はない。この点の説明が不足したことにより,患者(原告)の不安を増大させ,一見ヒステリックな行動(乙第6号証)につながったものと推認される。医師としては,安易な鎮痛剤の使用によって重要な兆候が認識されなくなることの弊害を説明し,患者の理解を得て,不安を軽減し,患者の痛みに対する忍耐を援助すべきであったと考えられる。 (2) 乙第4号証には,血液検査の結果の記載の前に,「H6US卵そうtumor?P.Oされてる」との記載があり,「(原告から)”婦人科の今すぐの診サツをと””今すぐ診断して治りょうしてほしい”といわれる。」との記載がある。証人Aの証言によれば,原告 「H6US卵そうtumor?P.Oされてる」との記載があり,「(原告から)”婦人科の今すぐの診サツをと””今すぐ診断して治りょうしてほしい”といわれる。」との記載がある。証人Aの証言によれば,原告が婦人科の診察を受けたいとの希望を表明したのは,平成11年9月8日午後9時ころであることが認められる。遅くとも同日午後11時前から午後11時過ぎころまでには,A医師は,原告が平成6年に卵巣腫瘍の疑いを指摘されながら婦人科の受診が中断になっている旨が記載された被告病院のカルテ(乙第5号証)を確認したことは争いがない。また,証人Aの証言によれば,被告病院においては,全診療科目にわたって宿直医がいるわけではなく,産婦人科については,医師の自宅待機という体制になっていたことが認められる。このような状況下において,A医師は,平成11年9月8日午後9時の時点で,原告の右下腹部痛の原因が婦人科の疾患である可能性を否定する除外診断を行っていないが,腹部所見や検査の結果を考えると,婦人科の医師の診察を頼むほどではないと判断し,このまま痛みを抑えて明朝の産婦人科受診を勧めた(乙第4号証,証人Aの証言)ことが認められる。 ところが,A医師は,県病院に対して診療情報の提供を行うに当たり,原告が婦人科の診察を受けたがっている旨の希望は伝えているが,平成6年に被告病院産婦人科において行われた診療結果については触れていない(乙第3号証)。この事実からみると,A医師は婦人科の疾患も考えていたというが,医学的に重視していたかは疑問である。A医師は,自己の専門外である婦人科の疾患の可能性があると思いながらも,午後9時の時点で被告病院内に産婦人科の医師が居残っていないかどうかを確認したり,自宅待機中の産婦人科の医師に連絡を取っていわゆるセカンドオピニオンを求めたりする行動に出 可能性があると思いながらも,午後9時の時点で被告病院内に産婦人科の医師が居残っていないかどうかを確認したり,自宅待機中の産婦人科の医師に連絡を取っていわゆるセカンドオピニオンを求めたりする行動に出たと認めるに足りる証拠はない。午後9時であれば,自宅待機中の医師の就寝前であると考えられ,直ちに病院への呼出しをしなくても,原告についての所見を伝え,翌日産婦人科を受診することでよいかどうかについて意見を求めることが十分可能であったと考えられる。鑑定結果においても,「(産婦人科の医師を)呼べる体制であればコンサルトするということと,腹部のCTをお撮りになってよかったのではないかとは思います。」とされている。 A医師の判断に従ったとすると,少なくとも翌日産婦人科の医師が出勤してくるまでの約12時間,人的体制が手薄な中で婦人科の疾患の可能性のある患者を産婦人科を専門としない医師の管理下に置くという危険を冒すことになるし,この判断は産婦人科の専門医の意見を聴かずにされている。患者の急変等の不測の事態を考えると,このような危険を冒す選択をしたことは,危機管理の在り方として妥当ではなく,医師としての慎重さに欠け,患者に対して最善の措置(best-efforts)を講じたとはいえない。 4 以上のとおり検討したところによれば,本件においては,患者の死亡や後遺症等の大事に至らなかったものではあるが,被告病院の医師の行った診療は,患者(原告)に対して最善の措置を講じたものとはいえず,患者を長時間にわたる痛みの継続及び不安の状態に置いたものであるから,原告の精神的損害に対する慰謝料は50万円が相当である。 5 よって,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるから一部認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第61条 損害に対する慰謝料は50万円が相当である。 5 よって,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるから一部認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第61条,第64条本文,仮執行の宣言について同法第259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 岐阜地方裁判所民事第2部裁判官古閑裕二
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