- 1 -令和7年12月22日宣告令和7年(う)第233号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中140日を原判決の刑に算入する。 理由 第1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨被告人は、第1 令和6年6月15日午前4時16分頃、普通乗用自動車(軽四輪。以下「被告人車両」という。)を運転し、熊本市内の片側一車線道路を、先行する準中型貨物自動車に追従して進行中、同車両後部に被告人車両前部を追突させる交通事故を起こしたのに、その事故発生の日時及び場所等の法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署に報告せず、第2 その頃、第1のとおり追突事故を惹起して同所から逃走しようとし、あえて自車線上を時速約70ないし74kmで後退逆走させて運転操作に支障が生じるおそれがある状態で被告人車両を運転し、もってその進行を制御することが困難な高速度で自動車を後退走行させ、よって、その頃、約242m進行した地点の付近道路に至って進路を保持することが困難な状態に陥って被告人車両を道路左側(西側。以下、「西側」に統一)歩道上に逸走させ、その後さらに、操縦不能の状態の被告人車両を道路右側(東側。以下、「東側」に統一)歩道上に滑走させ、同歩道上に設置された変圧器に被告人車両左側前部を衝突させて、その衝撃により被告人車両を反転させて同歩道上を更に逸走させ、同日午前4時17分頃、同歩道上を歩行していた被害者2名に被告人車両を衝突させるなどし、被害者1名に加療約2週間を要する傷害を負わせ、もう1名に脳挫傷等の傷害を負わせて死亡させ、第3 酒気を帯び呼気1ℓにつき、0.15㎎以上のアルコールを身体に保有する状態で、同日午前4時17分頃、熊本市内の道路において、被告人車両を運転した。 第2 名に脳挫傷等の傷害を負わせて死亡させ、第3 酒気を帯び呼気1ℓにつき、0.15㎎以上のアルコールを身体に保有する状態で、同日午前4時17分頃、熊本市内の道路において、被告人車両を運転した。 第2 控訴の趣意本件控訴の趣意は、弁護人陶山博生作成の控訴趣意書記載のとおりであるが、論- 2 -旨は、事実誤認の主張であり、要するに、原判示第2の事実につき、原判決は被告人車両が西側歩道に逸走した時点において進路を保持することが困難な状態、すなわち、操縦不能の状態に陥っていたと判示したが、被告人はその時点でそのような状態に陥っていたとは認められず、危険運転致死傷罪の故意もないのに、これらを認めた原判決には事実の誤認がある、というものである。 1 「進行を制御することが困難な高速度」の該当性(1) 原判決の説示原判決は、「事実認定の補足説明」において、被告人の運転行為が、危険運転致死傷罪にいう「その進行を制御することが困難な高速度」に達したかどうかの点について、おおむね次のように説示している。 ア前提となる事実関係被告人が後退運転を開始した地点から本件事故現場までは、南北に通じる片側一車線の直線道路である。被告人は、追突事故を発生させたが、飲酒運転などが発覚するのを免れるべく逃走しようと考え、アクセルペダルを目いっぱい踏んで、自車線上(西側車線上)の後退進行を開始し、約242m後退走行した時点で時速約70.6kmに達し、その頃、センターラインを越えて反対車線(東側車線)にやや逸脱したものの、自車線内に戻り、さらに左側車輪を西側歩道上に乗り上げた。その後、被告人車両は、東側に進路を転じ、後退進行の状態で本件道路を滑走・横断した上、東側歩道上に進入し、まもなく同歩道上に設置されていた変圧器に左側前部が衝突するなどした。なお、被告人 り上げた。その後、被告人車両は、東側に進路を転じ、後退進行の状態で本件道路を滑走・横断した上、東側歩道上に進入し、まもなく同歩道上に設置されていた変圧器に左側前部が衝突するなどした。なお、被告人車両の速度は、西側歩道上から本件道路上に戻った時点で時速約74.2kmであった。 イ検討被告人車両は、西側歩道への逸走後、東側に進路を転じ、後退進行で本件道路を横断していることから、西側歩道への逸走後、ハンドルは右回り(時計回り)に操作されたと考えるほかない。被告人は、ハンドルを両手で握ったままであり、ハンドルを切った覚えはないと述べているから、ハンドルの操作量はわずかであったと- 3 -推認できるにもかかわらず、被告人車両が内側に大きく切れ込んで東側に進路を転じた原因は、オーバーステアが生じたことによると認められる。このことは、被告人車両がハンドル操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性がある速度であったことを基礎付けるものである。本件道路の状況や被告人車両の構造にも鑑み、後退進行の場合であっても、一定程度の速度であれば車線を保持することは十分可能と考えられるが、被告人車両が自車線内に戻って間もなく西側歩道への逸走が生じたことは、その段階では速度が速すぎて車線を逸脱してしまったものとみざるを得ない。 そうすると、本件において被告人が本件道路を後退走行させた時速約70ないし74kmという速度は、速すぎるため自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度であり、「進行を制御することが困難な高速度」と認められる。 (2) 当裁判所の判断原判決の上記判断に誤りはない。 所論は、被告人車両は、西側歩道に逸走する直前にはセンターラインを越えた後に自車線内に戻っていること、西側歩道上に逸走したと 認められる。 (2) 当裁判所の判断原判決の上記判断に誤りはない。 所論は、被告人車両は、西側歩道に逸走する直前にはセンターラインを越えた後に自車線内に戻っていること、西側歩道上に逸走したといっても左側車輪が若干はみ出ているだけで右側車輪は車道上にとどまった状態であってその間1秒足らずの僅かな時間のことにすぎないこと、西側歩道上の縦滑りタイヤ痕からもタイヤはロックすることなくABS(アンチロックブレーキシステム)が作動していたと考えられること、原審の専門家証人であるA証人が、被告人車両が東側歩道上に乗り上げた状況につき、被告人車両がスピンをしておらず、制御ができなかったわけではない旨を証言したこと(A証言23、24頁)などを指摘し、被告人車両は、西側歩道上に逸走した時点では、進路を保持することが困難な状態、すなわち、操縦不能の状態に陥っていたとは認められず、被告人車両が操縦不能になったのは、速度ではなく、ハンドルを切り過ぎた過失によってオーバーステアが生じたことによるもので、その時期は東側歩道上に逸走した時点である、というのである。 しかし、原判決は、「進路を保持することが困難な状態に陥っ」て西側歩道に逸- 4 -走したと認定しているが、これは、操縦不能の状態とは異なるものであり、「操縦不能の状態」だったと認定したのは東側歩道に逸走させた時点である。そもそも、原判決も説示するとおり、危険運転致死傷罪にいう「その進行を制御することが困難な高速度」とは、自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な高速度のことをいい、道路の形状その他の客観的な状況やハンドル又はブレーキの操作の僅かなミスにより、自車を進路から逸脱させ、事故を発生させる実質的危険がある速度に至っていれば足り、所論がいうように、タイヤがロックして車両がスピンするな 客観的な状況やハンドル又はブレーキの操作の僅かなミスにより、自車を進路から逸脱させ、事故を発生させる実質的危険がある速度に至っていれば足り、所論がいうように、タイヤがロックして車両がスピンするなど完全に操縦ができない状態にまで陥ることまでは要しないものと解される。そして、本件においては、既に西側歩道に逸走させた時点で、被告人車両の走行状態等に照らし、被告人車両がハンドル操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸走させて事故を発生させる実質的危険性がある速度に至っていたといえることは、原判決が適切に認定説示するとおりである。A証人も、所論の指摘部分に先立ち、時速約70から74kmで後進した場合、自動車を制御して運転することはほぼ不可能と思う旨を述べる(同13、14頁)とともに、被告人車両が東側歩道上に逸走した原因については、被告人のハンドルやブレーキ操作の誤りというより、速度を出したことが要因として一番大きい旨も証言している(同18頁)。なお、原判決が被告人車両は東側歩道上に滑走した段階で「操縦不能」の状態にあった旨を認定しているのは、若干誤解を招く表現ではあるが、原判決の判文全体に照らせば、被告人車両が上記のような実質的危険がある速度のため操縦が困難な状態になっていたことをいうものにすぎず、A証言と矛盾するものではないと理解できる。所論は、進路保持困難状態と操縦不能状態を同一視する立論に依拠するものであり、採用できない。 2 被告人の故意について所論は、危険運転致死傷罪の要件に関する上記の立論を前提に、被告人は、本件事故当時まで被告人車両を通勤等で運転したことはあったが、被告人車両につき車道を時速70kmで後退させて運転した経験はなかったため、ハンドル操作によってオーバーステアが発生し、自分が考えた以上に被告人車両の進路が内側 車両を通勤等で運転したことはあったが、被告人車両につき車道を時速70kmで後退させて運転した経験はなかったため、ハンドル操作によってオーバーステアが発生し、自分が考えた以上に被告人車両の進路が内側に切れ込むこ- 5 -とを認識してはいなかった、前記のとおり、被告人車両が操縦不能に陥ったのは、被告人の過失によってオーバーステアが発生したためであるから、危険運転行為によって人身事故が発生することの認識を欠いていた、にもかかわらず、被告人に危険運転致死傷罪の故意があると認定した原判決には論理則経験則違反の事実誤認がある、というのである。 しかし、危険運転致死傷罪の要件が、操縦不能状態に陥ることではなく「その進行を制御することが困難な高速度」での運転であること、被告人車両が西側及び東側の歩道に乗り上げた原因についても速度が一番大きく関係していることは既に述べたとおりであり、過失で操縦不能に陥ったことを前提とする所論は前提を誤ったものというべきである。進行を制御することが困難な高速度で運転していたことを被告人が十分認識していたことは、原審公判供述から優に認められる。そうすると、危険運転致死傷罪の故意を認めた原判決に論理則経験則違反はない。所論は採用できない。 3 小括以上によれば、論旨は理由がない。 第3 職権判断(原判決後の情状について)職権により調査すると、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、被告人車両の所有者と被告人、死亡被害者の遺族らとの間で示談が成立し、人身損害につき賠償金の支払がされたことが認められる。しかし、原判決の時点で、任意保険による死亡被害者の遺族らに対する損害賠償は見込まれており、同保険は被告人が契約したものでないことから被告人に酌むべき事情とはいえないと評価されていた。加えて、死亡被害者の 原判決の時点で、任意保険による死亡被害者の遺族らに対する損害賠償は見込まれており、同保険は被告人が契約したものでないことから被告人に酌むべき事情とはいえないと評価されていた。加えて、死亡被害者の遺族らが、上記支払を受けた後も、被告人に対し厳重処罰を求める気持ちは全く変わっていない旨を明らかにしていることからすれば、上記原判決後の情状によって、原判決の量刑を変更すべきものとは認められない。 第4 結論よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入- 6 -につき刑法21条を、当審における訴訟費用につき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用することとして、主文のとおり判決する。 令和7年12月22日福岡高等裁判所第2刑事部 裁判長裁判官岡部豪 裁判官岡崎忠之 裁判官柴田大
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