主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 上告代理人河野聡、同徳田靖之、同佐川京子、同安東正美、同古田邦夫、同工藤隆、同鈴木宗嚴、同瀬戸久夫の上告理由について一本件は、長年にわたり粉じん作業に従事しじん肺及びこれに合併する肺結核にり患した後に原発性肺がんにより死亡した労働者の遺族である上告人が、右肺がんによる死亡は業務に起因するものであるとして、労働者災害補償保険法に基づいて遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被上告人からこれらを支給しない旨の処分を受けたため、その取消しを求める事件である。 二原審は、概要次のとおり認定判断し、右粉じん作業ないしこれに起因するじん肺又はこれに合併した肺結核と右肺がんとの間に相当因果関係があると認めることはできず、右死亡が業務に起因するということはできないとして、上告人の請求を棄却すべきものとした。 1 上告人の夫であるA(大正一二年九月生)は、昭和二四年三月から同四七年五月までの間、セメント原料等による多量の粉じんが発生、飛散している事業場におけるアーク溶接作業、トンネル坑内における同作業、鉄工所における同作業に延べ約一五年七箇月にわたり従事した。これらの作業は、じん肺法施行規則二条に規定する粉じん作業に該当する。 2 Aの発症から死亡までの病状等の経過は、次のとおりである。 (1) 昭和三八年一一月ころ、肺結核にり患し、同四一年ころまで入院治療をした後、同四三年二月ころまで自宅療養をした。(2) 同四八年一一月ころ、肺結核の再発と診断され、同時に、じん肺の疑いもあると言われ、入退院を繰り返しながら治療及びじん肺健康診断を受けた。(3) 同五五年六月二日、大分労働基準局長から、じん肺健康管理区分「管理二」、合併症肺結核との決定を受けた。 (4) 肺の疑いもあると言われ、入退院を繰り返しながら治療及びじん肺健康診断を受けた。(3) 同五五年六月二日、大分労働基準局長から、じん肺健康管理区分「管理二」、合併症肺結核との決定を受けた。 (4) 同年一〇月二四日の被上告人の調査により、右疾病は業務上の疾病であると認められ、休業補償給付及び療養補償給付の支給決定を受けた。(5) 同五六年四月二三日、大分地方じん肺診査医Bにより、「管理三イ」、合併症続発性気管支炎と診断された。これに基づき、被上告人から、支給事由該当日を同五五年一二月九日として傷病補償年金支給に移行するとの決定を受けた。(6) 同五七年一月一二日、主治医Cにより、「管理四」、合併症肺結核、続発性気管支炎との診断を受けた。(7) 同月一六日、病状悪化のため入院し、同年五月二六日に転院したところ、右下肺野に肺がんが発見され、肋骨に直接浸潤像が認められた。(8)同年一一月、肺炎・肺化膿症を併発し、同月一九日、肺がんを原因とする肺がん周囲の血管の破裂による大量出血により死亡した。(9) 病理解剖の記録によると、右の肺がんは、右肺下葉の結核性空洞瘢痕より発生したと考えられる瘢痕がん(組織型は腺偏平上皮がん)とされている。 3 上告人は、昭和五七年一一月二七日、被上告人に対し、遺族補償給付及び葬祭料の給付を請求した。これに対し、被上告人は、同五三年一一月二日付け基発第六〇八号労働省労働基準局長通達(以下「局長通達」という。)により、じん肺管理区分が「管理四」と決定されているか地方じん肺診査医の判断に基づき「管理四」相当と認められる者については原発性の肺がんを業務上の疾病と取り扱うこととされており、Aのじん肺の管理区分は「管理四」相当とは認められないことを根拠に、同五九年三月二三日、右給付を支給しない旨の決定をした。右決定に至る過程 は原発性の肺がんを業務上の疾病と取り扱うこととされており、Aのじん肺の管理区分は「管理四」相当とは認められないことを根拠に、同五九年三月二三日、右給付を支給しない旨の決定をした。右決定に至る過程及びこれに対する不服審査の過程で示された専門医の所見を総合すれば、Aのじん肺の管理区分は「管理三イ」であったと認めるのが相当である。 4 労働省労働基準局長の委嘱により、じん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議は、昭和五一年九月以降じん肺による健康障害についての検討を行った結果、同五三年一〇月一八日付けをもって、「じん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議検討結果報告書」(以下「専門家会議報告書」という。)を作成提出した。同報告書の中心を流れる考え方を要約すると、石綿肺を除くじん肺と合併肺がんの関連について、直接的な因果関係を主張するに足る知見は、国の内外を問わず得られておらず、むしろ、因果関係の存在を否定する見解が支配的であり、右因果関係については将来の解明に待つべきことを述べるものである。 5 専門家会議報告書以後の内外の医学的研究の成果によっても、同報告書の見解との間に大きな状況の変化は認められない。また、けい酸ないしけい酸塩の発がん性に関する内外の知見を総合すると、右発がん性があることは医学上いまだ確定されておらず、むしろ消極説が現段階の支配的見解と考えられる。そして、じん肺患者に肺がんが発生する仕組みについては、いくつかの見解が主張されているものの、いずれも現時点においては仮説にすぎず、医学上の定説となるには至っていない。けい肺と肺がんとの間に何らかの関連性があることは強く示唆されるが、一方、肺がん発生リスクは、既知の職業がんの場合におけるリスクに匹敵するほど高いものではなく、これと同一のレベルで論ずることはできないとされている。また、 らかの関連性があることは強く示唆されるが、一方、肺がん発生リスクは、既知の職業がんの場合におけるリスクに匹敵するほど高いものではなく、これと同一のレベルで論ずることはできないとされている。また、外因性の肺がんには、職業的有害因子によるもののほかに、喫煙のように非職業的有害因子によるものも含まれるので、その影響を適切に評価する必要がある。 このため、調査対象の選択や解析方法の相違によっては、粉じん作業と肺がんとの間の因果関係につき、肯定的な結論が得られたり、得られなかったりするのであろうし、研究者の間で調査対象の選択や解析方法の正当性をめぐって際限のない議論が繰り返されており、いずれが正当であると判断することができるような状況にはない。 これらの検討結果等を総合すると、現時点においては、じん肺と肺がんとの間に、病理学的因果関係はもとより、疫学的因果関係の存在もいまだこれを確証することができない。結局、現在の医学的知見では、じん肺と肺がんとの間の関連性が示唆されているにとどまり、直ちに高度の蓋然性をもって両者の間の一般的因果関係を認めるに至っていない。 6 諸家の見解をみても、結核ないし結核性瘢痕とがん発生との一般的因果関係は明らかでない。瘢痕の存在がその周囲に瘢痕を覆うような上皮の増殖を促し、正常細胞からの逸脱を生じてがんを発生させるとする見解も仮説ないし可能性としては理解することができるが、瘢痕が常にがん種になるものではなく、多くの場合に瘢痕と関連なしにがんが発生すると考えられるのであるから、瘢痕にがんが発見されたからといって、そのがんの発生原因が瘢痕にあるとは断定することができない。 7 Aは、二一歳から四八歳までの約二七年間に一日二〇本程度の喫煙をしており、その後、喫煙本数は減少したものの、少なくとも昭和五五年ころまで喫煙を継続し 原因が瘢痕にあるとは断定することができない。 7 Aは、二一歳から四八歳までの約二七年間に一日二〇本程度の喫煙をしており、その後、喫煙本数は減少したものの、少なくとも昭和五五年ころまで喫煙を継続した。Aのブリンクマン指数は少なくとも五四〇(二〇×二七)であって、重喫煙者とされる四〇〇をはるかに上回っており、同指数四〇〇ないし七九九の者の肺がんの相対危険度は五・二である。そして、喫煙と肺がんとの因果関係に関する諸見解を基に検討すると、Aの喫煙習慣とその肺がんとの間の因果関係の存在の可能性を否定することはできない。 8 以上を総合すると、Aの従事した粉じん作業ないしこれに起因する同人のじん肺又はこれに合併した肺結核と同人の肺がんとの間の相当因果関係を認定するにはいまだ足りない。 9 専門家会議報告書を踏まえて発せられた局長通達は、相応の合理的な根拠を有する。したがって、Aのじん肺が「管理三」にすぎなかった本件においては、同人の肺がんの業務起因性を認めることはできない。 三論旨は、右のような原審の認定判断には、証拠として提出された論文、研究等の評価に当たり、研究の時期、方法、主体等が異なるため信頼性に差があるもの、公刊された論文等と被上告人側の内部的な報告書等、反対尋問を経たものと経ていないものなどをすべて同列に評価し、それらの科学的正当性を評価せずに、単純にこれらを列挙して論争が繰り広げられているとするなどの誤りがあって、採証法則に違反して事実を認定した違法があり、Aの肺がんによる死亡の業務起因性を否定したことには法令の解釈を誤る違法があるなどと主張する。 しかしながら、原審は、所論掲記のものを含む多数の証拠及びこれによって認められる多数の事実を総合的に評価、検討して、前記のような認定判断をしたのであって、右認定判断は、原判決挙示の証拠関 張する。 しかしながら、原審は、所論掲記のものを含む多数の証拠及びこれによって認められる多数の事実を総合的に評価、検討して、前記のような認定判断をしたのであって、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、いずれも首肯するに足り、その過程に所論の違法があるとは認められない。本件記録によれば、本件の証拠とされた文献等のうちいずれの研究結果をより重視すべきものと考えるかについて専門家の間においても意見の一致をみているものではないこと、所論が信頼性が高いとするコホート調査の手法による研究の結果にも所論引用のものの外に様々な内容のものがあること、右手法による研究にも利点だけでなく欠点もあり、患者対照研究との間で研究の妥当性に関して差はないとする文献もあること、所論が援用する証拠においても粉じん作業と肺がんとの因果関係が明確にされているとまでは必ずしもいえないことなどがうかがわれるところであって、本件記録を精査しても、原審の証拠の評価が経験則や採証法則に違反するということはできない。 そうすると、原審の適法に確定した前記事実関係によれば、Aの従事した粉じん作業が直接的又は間接的に同人の肺がんを招来したという関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されたとまではいまだいえず、右の因果関係につき通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持つにはいまだ不十分であるとする趣旨の原審の前記判断は、正当として是認すべきものというほかはない。 論旨は、結局、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って若しくは原判決の結論に影響しない点につきその違法をいうものであって、採用することができない。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官千種秀夫裁判官元原利文裁判官金谷利廣裁判官奥田 い点につきその違法をいうものであって、採用することができない。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官千種秀夫裁判官元原利文裁判官金谷利廣裁判官奥田昌道)
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