主文 被告人を懲役30年に処する。 未決勾留日数中370日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、第1 令和4年8月9日、愛知県丹羽郡にわぐんa町大字b字c番地d被告人方において、妻のA(当時42歳)に対し、殺意をもって、その頸部を両手で絞め付け、更にその頸部をひもで絞め付け、よって、その頃、同所において、同人を頸部圧迫により窒息死させて殺害し、第2 同日、同県犬山市字e地内に駐車中の自動車内において、長女のB(当時9歳)に対し、殺意をもって、その頸部をひもで絞め付け、その胸部及び頸部等をカッターナイフで切り付け、よって、その頃、同所において、同人を頸部圧迫による窒息等により死亡させて殺害し、第3 同日、前記第2記載の場所に駐車中の自動車内において、長男のC(当時6歳)に対し、殺意をもって、その頸部をひもで絞め付け、よって、その頃、同所において、同人を頸部圧迫により窒息死させて殺害した。 (証拠の標目)省略(法令の適用)省略(弁護人の主張に対する判断) 1 責任能力に関する争点被告人が妻の殺害(罪となるべき事実の第1)時に妄想性障害にり患しており、同犯行にその影響があったことは当事者間に争いがない。他方、責任能力の程度については、検察官は完全責任能力であったと主張するの に対し、弁護人は心神耗弱の状態であったと主張している。当裁判所は、被告人は心神耗弱の状態になく、完全責任能力を有していたと判断したので、以下、その理由を説明する。 2 前提となる事実関係被告人の供述を含む証拠から認められる責任能力判断に関係する事実は次のようなもので、検察官も弁護人も特段争っていない。 ⑴ 被告人と妻は平成21年に結婚し、平成24年に長女、平成27年に長男 被告人の供述を含む証拠から認められる責任能力判断に関係する事実は次のようなもので、検察官も弁護人も特段争っていない。 ⑴ 被告人と妻は平成21年に結婚し、平成24年に長女、平成27年に長男が生まれ、平成28年にはa町に4人で居住し始めた。被告人は、令和4年に入り、携帯電話につき充電の減り方が早いとかウィルス対策機能が無効になることがあるなどの異常を感じるようになった。同年6月には、妻が地域の行事について被告人が話した情報を近所の人とやたらとすぐに共有しようとしているなどの違和感を抱くようになった。さらに、同年7月に入ると、妻がリビングの明かりを以前より多く点け、パソコンの電源も落とさず寝るようになった。このような経緯の中で、被告人は、妻が離婚を望んでおり、離婚の際に有利となる証拠集めのために、家の中を盗聴盗撮していると疑うようになった。同月27日には盗聴器発見器を購入し、車の中を検査すると反応があったが、必要な工具がなくそれ以上調べることができなかったことや発見器も安物で信用性に欠けると思ったことから、その後発見器を使うことはなかった。同月31日には、妻から送られてきたLINEのメッセージを長押しすると今まで見たことのなかった顔のイラストの表示が出てきた(実際はLINEの新機能)ため、妻が同じ理由で近所の人と協力して携帯電話にウィルスを仕込んでLINEを乗っ取ったと疑うようにもなった。被告人は、仕事用の携帯電話が乗っ取られてはいけないと考え、8月1日には仕事用の携帯電話を新しく購入し、同月4日には私用の携帯電話も新しく購入するなどした。また、同月5日には、妻から LINEを乗っ取られたとして警察に相談することもあり、同月7日の夜から8日の朝にかけては、徹夜で自宅1階のリビングに盗聴器などが仕掛けられていないか した。また、同月5日には、妻から LINEを乗っ取られたとして警察に相談することもあり、同月7日の夜から8日の朝にかけては、徹夜で自宅1階のリビングに盗聴器などが仕掛けられていないか調べることもあった。同日の朝には、妻が被告人に仕事用の携帯電話番号を尋ねたが、被告人が教えなかったため不機嫌になるということもあった。 ⑵ 本件当日の8月9日朝、被告人は、洗面所や風呂場の扉が開いていたことなどから、洗面所にも何か仕掛けられているとの疑いを抱いた。被告人は、朝6時頃、起きてきた妻に仲良くしようと話しかけたが、妻は電話番号を教えてくれないと仲良くできないと返答した。その後、被告人は、妻に盗聴盗撮をしているか初めて直接聞こうと思い、部屋を移動するなどした後、2階の部屋で2人になったところで盗聴器盗撮器を仕掛けたか聞いた。しかし、妻は、何も知らない、していないなどと否定し、逆に被告人がそういうものを仕掛けているのではないか、そんなことする人とは一緒に住めない、実家に帰ったら、と言った。その発言を受けて、被告人は妻の首を両手で絞め、妻が逃げようとしたところを体で遮って押さえ込み、さらに、おもちゃのひもで首を絞めた。その際、妻は「死にたくない」と言ったが、被告人は首を絞め続け、妻の体の力が抜けたため死亡したと思い、力を緩め、妻の体を床に寝かせた。 ⑶ 被告人は、妻を殺害してから、一度、茶を飲んだりたばこを吸ったりしているうちに、自分も死ぬしかないと考えるようになった。その後、被告人は、妻の体に布団をかけ、ハンカチを顔にかけ、ぬいぐるみや妻の好きだったコーヒー牛乳やアルバムを枕元に供えた。そして、長女と長男も殺害しようと2人の寝室に包丁を持って行ったが、寝顔を見て殺すことができず、自分だけが死ぬ前提で遺書を書くなどした。 妻の好きだったコーヒー牛乳やアルバムを枕元に供えた。そして、長女と長男も殺害しようと2人の寝室に包丁を持って行ったが、寝顔を見て殺すことができず、自分だけが死ぬ前提で遺書を書くなどした。 3 精神鑑定とその信用性起訴前鑑定人であるD医師の精神鑑定の結果(公判証言で補足された内 容を含む。)は次のようなものである。 ⑴ 被告人は、遅くとも令和4年6月には、妻が浮気を疑っているという妄想を抱き始め、次第に、妻が離婚の際に有利な証拠を集めるために、家の中を盗聴盗撮していたり携帯電話を乗っ取ったりしているという妄想も抱くようになった。このような妄想は本件当時まで存続しており、被告人は、本件当時、妄想性障害にり患していたと認められる。妄想性障害は、自分自身では訂正不能な事実の裏付けのない確信、すなわち、妄想が唯一の症状で、自分と周囲の境界が分からなくなるような自我障害は生じない。本件犯行は、妄想の確信が強まる中で妄想の対象となる妻に対し攻撃したというもので、この点で妄想性障害が犯行の動機形成に大きな影響を与えたことは否定できない。しかし、犯行の直接のきっかけは妻から向けられた言葉であり、これを聞いた被告人がとっさに殺害に及んだものであるから、妄想の内容が直接的な動機とはなっていない。妻の言葉に被告人が過剰に反応した背景には、被告人の妄想が関係していることは否定できないが、犯行そのものは妻の言葉に反応して行った感情の高ぶりによる情動行為であった。 ⑵ D医師は、豊富な鑑定経験を有する精神科医で、資質や能力に問題はなく、捜査記録や長時間にわたる被告人との面接、被告人の母との面接、各種検査結果を基に検討するなど判断資料や鑑定手法にも問題はない。 このようなD医師の精神医学的判断は十分信頼できる。なお、弁護人は、被告人の元々 や長時間にわたる被告人との面接、被告人の母との面接、各種検査結果を基に検討するなど判断資料や鑑定手法にも問題はない。 このようなD医師の精神医学的判断は十分信頼できる。なお、弁護人は、被告人の元々の人格や情動行為を統制する力について検討が不十分なところがあると指摘するが、D医師は、被告人の母との面接や被告人の性格等を述べる知人からの聴取結果等の資料も踏まえ、上記の点を含めて適切に検討したと認められるから、弁護人の指摘は当たらない。 4 責任能力の程度以上を前提に、妻殺害時における被告人の責任能力の程度を検討する。 ⑴ まず、妄想の中身をみると、妻が被告人の浮気を疑って家の中を盗聴盗撮したり携帯電話を乗っ取ったりしているというものであり、自らの命や身体に危険が迫るような内容ではない。 妄想症状の程度についてみると、盗聴器発見器を購入して車内を調べたり、少し調べれば分かるLINEの新機能を携帯の乗っ取りと捉えたり、警察に相談もしたりするなど、妄想にとらわれた行動をとっていたとはいえる。しかし、盗聴器を探しても見つからなければすぐにあきらめたり、警察からLINEに詳しい人がいないと言われてそれ以上相談しなかったりするなど、いずれもそこまで突き詰めた行動ではなかったし、日常生活に影響が出るほどの状態でもなかった。また、犯行後しばらくして妄想は訂正されて消えている。これらのことからすれば、D医師の述べるように、被告人の妄想症状は軽症であったというべきである。 ⑵ 被告人は、このような妄想に基づいて妻に盗聴盗撮をしていないかと聞き、妻から逆に盗聴盗撮を疑われ、実家に帰ったらなどと言われて殺害行為に及んだ。このようなやり取りの始まりが妄想に基づく質問であることや、D医師の述べるように妄想が関係して妻の言葉に過剰に反応した き、妻から逆に盗聴盗撮を疑われ、実家に帰ったらなどと言われて殺害行為に及んだ。このようなやり取りの始まりが妄想に基づく質問であることや、D医師の述べるように妄想が関係して妻の言葉に過剰に反応したとも考えられることなどからすれば、犯行の背景や動機形成に妄想の影響がそれなりにあった一面は否定できない。しかし、被告人と妻のやり取り、行動の流れや内容のほか、先に見たような妄想の内容や程度も踏まえれば、被告人が殺害に至ったのは、妻の言葉に対する怒りなど感情の高ぶりによる情動行為とみるほかない。被告人は、妻殺害時の感情についてわからないと述べるが、これはD医師の述べるように情動行為への心理的な防衛として感情を思い出せない解離によるものと考えるのが相当である。そして、このような感情を抱き衝動的に行動すること自体は精神障害がなくても起こり得るし、その手段として殺害を選択したのは被告人自身の激情による意思決定にほかならな い。このように、妄想が被告人の殺害行動に与えた影響は間接的なものにとどまる。 ⑶ また、殺害方法をみても、逃げ出そうとした妻を体で遮って押さえ込み、そこからひもを用いて首を絞め、死んだとわかると絞めるのやめるなど、殺害しようという意思や目的に基づき自らの行動をコントロールできていたといえる。このことは妄想性障害の症状に自我障害がないことからも明らかである。 さらに、殺害後の行動をみても、妻の遺体に布団をかけアルバムを供えるなどした被告人の行動は、弔い、後ろめたさや気持ちの整理などその際の感情や意味合いは様々考えられるものの、いずれにせよ妻を激情により殺害してしまった後に我に返った者の行動として理解できる。 ⑷ 以上を総合すれば、被告人は、妻が離婚したがっているなどといった、自らに命の危険が迫るような内容 るものの、いずれにせよ妻を激情により殺害してしまった後に我に返った者の行動として理解できる。 ⑷ 以上を総合すれば、被告人は、妻が離婚したがっているなどといった、自らに命の危険が迫るような内容ではない軽症である妄想に基づいて妻に盗聴盗撮を疑う質問を投げかけ、それに対する妻の反論やまさに離婚を希望するかのような言葉に逆上して犯行に及んだといえ、殺害方法や犯行後の行動にも異常な点は見られないのであるから、妄想の影響を受けていない正常な精神を働かせ、妻を殺害するという重大な行為に及ばないという選択をすることは十分期待できたといえる。よって、被告人は心神耗弱の状態ではなかったと間違いなく認められる。 ⑸ これに対して、弁護人は、本件犯行が被告人の元々の人格や従前の家族関係とかけ離れていることなどを指摘する。しかし、今まで見てきたように、本件の殺害行為は感情の高ぶりによる情動行為であって、その点では誰でも起こり得るものであるから、被告人に対する周囲の人物の評価や従前の家族関係が良好であったとうかがわれることを踏まえても、本件犯行と元々の人格がかけ離れているとは評価できない。何より、妄想の内容や程度、犯行への影響の程度は今まで検討したところにとど まるから、その程度の妄想性障害をもって責任能力が著しく損なわれていたと評価することは不可能である。 5 結論以上より、被告人は心神耗弱の状態ではなく、完全責任能力を有していたと間違いなく認められる。 (量刑の理由) 1 本件は、被告人が、自宅において妻を殺害し(罪となるべき事実の第1)、その後、自宅から連れ出した長女と長男を山中で殺害した(罪となるべき事実の第2及び第3)という事案である。 2 妻殺害の経緯は前記のとおりであるが、その後の事実経過は、被告人の供述を含む証拠に 、その後、自宅から連れ出した長女と長男を山中で殺害した(罪となるべき事実の第2及び第3)という事案である。 2 妻殺害の経緯は前記のとおりであるが、その後の事実経過は、被告人の供述を含む証拠によれば、次のように認められる。 ⑴ 被告人は、前記のとおり、長女と長男を殺害することができず、自分だけが死に、子ども2人は実家に預ける前提で遺書を書くなどしていたところ、朝8時半頃には長女と長男が起床してきた。被告人は、長女と長男にはもう一緒に住むことができないことを伝えないといけないが、家では話したくないと思い、被告人がコロナに感染した疑いがあるから病院で検査を受ける必要があるなどと言って、2人を車に乗せて外出した。被告人は、コンビニエンスストアに寄って食料を買うなどした後、10時頃には池の近くの駐車場に駐車した。被告人は、そこで、長女と長男に対し、妻と喧嘩して一緒に住めなくなったと伝え、2人に謝った。すると、長女から仲直りをすればいい、一緒に謝るからと言われた。これに対し、被告人が妻を殺したことや自らもこれから死ぬことを伝えると、その発言を聞いた2人は泣き出した。被告人は、2人に対し、2人が生きていくというのなら被告人の実家に連れて行くが、父親が母親を殺害したことが知れ渡ることによって大変なこともある、それが嫌なら被告人と一緒に死ぬか、どっちにするかなどと尋ねた。長女 は、泣きながら被告人と一緒に死ぬと言い、長男も「うん」と言った。 被告人は、再度車で出発し、コンビニエンスストアで自殺に使うためにカッターナイフを購入するなどした後、山中の駐車場に駐車した。そこで、被告人は、長女の首を絞めた。その際、長男にはその様子を見られないように毛布をかぶらせた。しかし、ここでは長女を死なせることができず、人目につくといけないと思い、 、山中の駐車場に駐車した。そこで、被告人は、長女の首を絞めた。その際、長男にはその様子を見られないように毛布をかぶらせた。しかし、ここでは長女を死なせることができず、人目につくといけないと思い、更に山の奥へ入り、山中で駐車した。 ⑵ そして、被告人は、再度車内で長女の首を絞めた。しかし、なかなか死なせることはできず、血を流せば楽に死なせられると思い、カッターナイフで長女の首と胸を切り(なお、胸部の傷は心臓にまで達しており、心タンポナーデが生じていた。)、更に首を絞め続けると、長女は息をしなくなった。その後、長女が本当に楽になれるようにと思い、長女の首を吊る状態にして車の運転席に引っ掛けた。その後、被告人は、長女の遺体を車内に横たえた。 ⑶ また、被告人は、長男に対し、水の中で死ぬか、首を絞めて死ぬか、どっちにしようかと問うと、長男は、首を絞められるのは嫌だから水の中でと答えた。被告人と長男は、近くの用水路に移動し、被告人は長男に顔を押さえた方がいいか、自分でやるか、どっちがいいかと聞くと、長男は自分でやると答えて、自ら用水路の水に顔をつけた。しかし、長男が水の中に顔をつけ続けられなかったため、被告人は水の中で死ぬのはやめようと言って、用水路から2人で上がった。被告人は、長女と同じように首を絞めるのでいいかと聞くと、長男はいいよと答えたが、カッターナイフで体は切らないでほしいとも言った。そして、被告人は、長男の首を絞め、息をしなくなった長男を長女と同様に首を吊る状態にし、その後、長男の遺体を車内に横たえた。 ⑷ 被告人は、残りは自分が死ぬだけであると思い、首や舌、手首を切る、 車のヘッドで首を吊る、腹を切って池に入る、電柱から飛び降りるなど自殺をしようとしたが、死ぬことができず、飛び降りた場所に3日ほどいた。 分が死ぬだけであると思い、首や舌、手首を切る、 車のヘッドで首を吊る、腹を切って池に入る、電柱から飛び降りるなど自殺をしようとしたが、死ぬことができず、飛び降りた場所に3日ほどいた。8月13日の未明には、死ねない、出頭して罪を償おうと思い、山から出て町の方へ行った。神社に一泊した後、通行人に携帯電話を借りて母親に連絡して迎えを頼むと、兄が車で迎えに来てくれ、一緒に警察署に出頭した。 以上を前提に、以下、被告人の量刑について検討する。 3 まず何より、被告人の理不尽な犯行により3人の命が失われた。結果は誠に重大である。 夫である被告人からあらぬ疑いをかけられた後、突然に首を絞められ、逃げようとしても、「死にたくない」と言っても、首を絞め続けられそのまま命を奪われた妻の痛みや苦しみは想像を絶するし、愛する長女と長男を遺して死んでいかなければならなかった無念さは計り知れない。また、長女と長男は、突然に母親が殺されたことを知らされ、その衝撃と悲しみの中、父親から一緒に死ぬかどうか聞かれ、9歳及び6歳という幼さで、死ぬことの意味も十分に理解できないままに死を選択させられ、命を奪われたものである。本来であれば自分達を守ってくれるはずの父親である被告人から、首を絞められカッターで切りつけられることとなった長女、その様子を近くで感じさせられ、死ぬ方法を自ら決めるというむごい選択をさせられ、入水自殺まで試みさせられた上、最後は被告人に首を絞められた長男が抱いた痛みや恐怖は、到底言葉で表すことができない。 4 妻に対する犯行をみると、妻の言葉に反応して行われた衝動的な犯行ではあるものの、被告人は、逃げようとした妻を執拗に押さえ付け、「死にたくない」という命乞いを受けても力を緩めることなく、体の力が抜けるまで首を絞め続けた。とても残酷 に反応して行われた衝動的な犯行ではあるものの、被告人は、逃げようとした妻を執拗に押さえ付け、「死にたくない」という命乞いを受けても力を緩めることなく、体の力が抜けるまで首を絞め続けた。とても残酷な態様であるし、非常に強い殺意に基づくものであったことは明らかである。 先に検討したように、妄想性障害が妻殺害の背景や動機形成にそれなりに影響を与えた面は否定できないものの、その妄想の内容等を見れば殺害に及ぶという選択に酌むべきものがないことは明らかで、妄想が犯行に直接影響したということもできない。妄想がきっかけとなって犯行に及んだ点や妄想性障害がなければ今回のような事件は起きなかったかもしれないという点は量刑上も考慮する余地があるが、そのような精神障害の影響だけで刑を大きく引き下げる事情に当たるとは到底いえない。 5 次に長女と長男に対する犯行をみると、その動機は、2人が被告人の死後、殺人者の子どもとして生きるのが大変だと思い、一緒に死ぬか聞いたところ、一緒に死ぬと言ってくれたから殺害したというものである。父親として子どもらの将来を案じて被告人なりに思い悩んだこと自体は理解できるものの、そもそも妻を殺害したのは被告人自身であるし、子どもらの尊い命や将来の無限の可能性に思いを至らせずに、何の罪もない2人を殺害したことについては、極めて短絡的かつ身勝手で、自己中心的であるといわざるを得ない。妻を殺害した後の極限状態であり冷静に考える余裕がなかったという一面があったとも考えられるが、思いとどまる機会は何度もあった。生きていくことの大変さを挙げて一緒に死ぬかどうか聞いたことや、長女と長男が一緒に死ぬと言ってくれてほっとした、自身も安心して死ねると思ったという被告人の言葉からも、子どもらの命より自らの安心を優先した自分本位な 大変さを挙げて一緒に死ぬかどうか聞いたことや、長女と長男が一緒に死ぬと言ってくれてほっとした、自身も安心して死ねると思ったという被告人の言葉からも、子どもらの命より自らの安心を優先した自分本位な側面が見受けられる。 犯行方法をみても、長女に対しては首を絞め、心臓に達するほどの力でカッターナイフで切りつけ、更に首を絞め続けたというものであり、長男に対しても絶命するとわかるまで首を絞め続けたもので、非常に残忍であるし、いずれも確実に殺害しようという強固な殺意が感じられる。 6 いずれの犯行も、妻や長女、長男を殊更苦しませようとしたものとまではうかがわれないものの、大きな苦痛を与える残虐残酷な犯行というほか ない。もちろん、3人に命を奪われるような理由や落ち度は全くないのであって、妻の母親と弟である被害者参加人がそれぞれ悲痛な心情を述べて、被告人に極刑を望むのも至極当然である。 7 以上のとおり、何の罪もない3人の命が奪われた点や、強い殺意に基づく残虐残酷な殺害態様、短絡的で極めて身勝手な動機などを考慮すれば、被告人の刑事責任は非常に重く、無期懲役以上の量刑の適否が問題となり得る事案である。 他方で、被告人は、仕事で休みが少ない中でも妻、長女及び長男と良好な関係を築いていたが、そのような普通の家族関係や社会との関わりの中でも生じがちな様々な不満やストレス、家族に対する期待や不安を被告人も抱えていたように思われる。そのような感情や家族の関係性、被告人の性格なども背景に、次第に妻への疑念を募らせ、妄想性障害となった被告人が妻とのやり取りに端を発して衝動的に妻を殺害し、立て続けに長女、長男を殺害してしまったという経緯を考えると、本件は、もちろん残虐で身勝手な犯行であることには変わりがないものの、経済的その他の利益を得 とのやり取りに端を発して衝動的に妻を殺害し、立て続けに長女、長男を殺害してしまったという経緯を考えると、本件は、もちろん残虐で身勝手な犯行であることには変わりがないものの、経済的その他の利益を得るなどの目的から計画的に殺害に及んだというような、より悪質な事案とは質的に異なる部分があるといえる。このような本件の側面や従来の量刑傾向も踏まえると、公益の代表者である検察官が求刑する有期懲役刑の上限である懲役30年を質的に超える無期懲役を選択する具体的説得的な根拠までは見出し難い。他方で、以上のような他の事案と比較した際の質的な違いや、被告人が犯行後に自殺を図ったこと、警察に出頭し、法廷でも事実を認めて反省の言葉を述べていることなどは、何の罪もない3人を殺害した結果の重大性、態様の残酷さ、動機の身勝手さを考慮すれば、求刑を下回る刑を言い渡すべき事情とは認められない。 8 以上より、被告人に対しては、検察官の求刑どおり懲役30年を科すこととして、主文のとおり判決する。 (検察官の求刑-懲役30年)(弁護人の科刑意見-懲役25年)令和6年7月11日名古屋地方裁判所刑事第4部 裁判長裁判官久禮博一 裁判官藤根桃世 裁判官関和寛史
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