- 1 -平成24年1月25日判決言渡平成22年(行コ)第174号労災保険遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 中央労働基準監督署長が,控訴人に対し,平成14年10月16日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。 第2 事案の概要 1 控訴人は,株式会社A(以下「A」という。)の記者であった子のBが,糖尿病性ケトアシドーシス(以下「本件疾病」又は「DKA」という。)により多臓器不全等に陥って急性心不全に至り死亡したことが業務に起因すると主張して,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償給付等を請求したところ,中央労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)は,平成14年10月16日付けで労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。 本件は,控訴人が本件処分の取消しを求める事案である。 原判決は,控訴人の請求を棄却し,控訴人が控訴をした。 2 事案の概要の詳細は,当審における当事者の主張を後記3及び4のとおり加え,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。 - 2 -(1) 原判決2頁26行目冒頭から同3頁2行目末尾までを次のとおり改める。 「 Bは,同月▲日午後2時57分,急性心不全により死亡した。死亡診断書を作成したC医師は,Bが糖尿病を基礎疾患とする合併症であるDKA 行目冒頭から同3頁2行目末尾までを次のとおり改める。 「 Bは,同月▲日午後2時57分,急性心不全により死亡した。死亡診断書を作成したC医師は,Bが糖尿病を基礎疾患とする合併症であるDKAにより多臓器不全等に陥って急性心不全に至り死亡したと判断した。(甲1,乙19,20の1)」(2) 同3頁8行目の「本件疾病は,」の次に「平成22年厚生労働省令第69号による改正前の」を加える。 3 本件疾病等の業務起因性について(控訴人の主張)(1) 糖尿病発症の業務起因性について2型糖尿病に関しては,発症要因として労働によるストレスの重要性が示されている。また,2型糖尿病に罹患している就業中の男性では,糖尿病のコントロールの指標となるHbA1cが,運動や食事などのライフスタイルよりも長時間労働によって強い影響を受けていること,長時間労働による睡眠不足も糖尿病の発症や増悪に影響することが報告されている。 一方,1型糖尿病についても,D協会E診療所F医師の自検例において,就業中に発症した急性発症の1型糖尿病の発症前の労働環境は,多くが長時間労働による拘束や業務起因性のストレスを有していたと推測されており,労働要因がストレスとして膵β細胞の機能異常に影響を与えていると考えられる。 したがって,Bに発症した糖尿病が1型と2型のいずれであったとしても,糖尿病の発症や増悪の要因として,長時間労働やそれによるストレスが関与していた。 (2) 本件疾病(DKA)発症の業務起因性についてDKAの発症においては,インスリンの相対的欠乏の他に,ストレスホルモンの過剰分泌という2つの明白なホルモン異常があり,代謝障害が顕在化- 3 -するには,これらの2つの異常が生じる必要があり,DKAの臨床 症においては,インスリンの相対的欠乏の他に,ストレスホルモンの過剰分泌という2つの明白なホルモン異常があり,代謝障害が顕在化- 3 -するには,これらの2つの異常が生じる必要があり,DKAの臨床的原因は,インスリン離脱よりも,むしろストレスであることが特徴的である。 そして,1型糖尿病であれ2型糖尿病であれ,精神的な問題を含めた身体的ストレスは,相対的にインスリン欠乏を悪化させ,病態を増悪させる因子となり,DKA発症に関与する。すなわち,ストレスがなければ,DKAが発症しなかった,又は,発症したとしても,発症時期が遅れた可能性が高い。 上記の機序は,生命の危機に瀕する程度の極めて強度なストレスのみによって起こり得るものではなく,精神的な問題を含めた身体的なストレスが強ければ起こり得るものである。 本件において,Bは,1型糖尿病と2型糖尿病のいずれであっても,DKA発症前の半年間の慢性的な長時間労働によるストレスによってインスリン拮抗ホルモンが分泌され,これにより血糖上昇,耐糖能レベルの低下が生じて血糖コントロールの増悪にさらされたものである。DKAの発症もかかる血糖コントロール増悪の結果である。 (3) 治療機会の喪失就業中の男性糖尿病患者の通院行動は,長時間労働による拘束によって強く影響を受けている。Bについても,糖尿病の診断を直接受けていなかったことに加えて,慢性的な長時間労働を強いられたことから,医療機関を受診することができなかったのであり,業務により治療機会を喪失したものである。 (被控訴人の主張)(1) 糖尿病発症の業務起因性について1型糖尿病については,その発症メカニズムは免疫学的なものであり,業務によるストレスは1型糖尿病の発症には全く関与していない。 また, 主張)(1) 糖尿病発症の業務起因性について1型糖尿病については,その発症メカニズムは免疫学的なものであり,業務によるストレスは1型糖尿病の発症には全く関与していない。 また,2型糖尿病については,本人の保持する遺伝的な体質に加え,過食,過剰な糖質の摂取,運動不足などが重複して発症するものであり,原則とし- 4 -て,不適切な生活習慣に基づいて発症するものであるといえる。仮にストレスの関与を完全に否定することはできないとしても,精神的ストレスが2型糖尿病の発症に直接関与することを示す確たるエビデンス又は研究結果は存在しない。 したがって,2型糖尿病については,業務によるストレスが業務に内在する危険として,それが現実化して2型糖尿病を発症したといえるだけの医学的根拠はない。 1型であれ2型であれ,糖尿病の増悪については,あくまでもインスリンそのものの不足及びその効果の絶対的な不足が主たる要因であり,インスリン拮抗ホルモンが与える影響は従たる要因にすぎない。ストレスにより分泌されるストレスホルモンがインスリン拮抗ホルモンとして作用し,血糖値が上がるという限度では,ストレスが糖尿病の増悪に関与しているといい得るとしても,糖尿病の増悪の従たる要因のうち更に一部についてのみ影響しているにすぎず,医学的にみて因果関係が肯定できるものではない。したがって,1型であれ2型であれ,糖尿病の増悪については,業務によるストレスが業務に内在する危険として,それが現実化して2型糖尿病を発症したといえるだけの医学的根拠はない。 以上によれば,Bの糖尿病発症について業務起因性は認められない。 (2) 本件疾病(DKA)発症の業務起因性について糖尿病の急性増悪の結果であるDKAは,インスリンそのものの不足及びその効果の ば,Bの糖尿病発症について業務起因性は認められない。 (2) 本件疾病(DKA)発症の業務起因性について糖尿病の急性増悪の結果であるDKAは,インスリンそのものの不足及びその効果の絶対的な不足が主たる要因であり,ストレスにより分泌されるストレスホルモンがインスリン拮抗ホルモンとして作用して血糖値が上がるとしても,DKAの発症の従たる要因のうち更に一部についてのみ影響しているにすぎない。 2型糖尿病の増悪経過としても,DKAは自然に発症するものではない。 ストレスホルモンの過剰な分泌がDKAの発症に一部関与しているとして- 5 -も,それは,身体が生命の危機に瀕した際に分泌されるものであり,精神的ストレスによるものとは区別されなければならない。拘束時間の長い労働環境下にあっても,インスリン治療と経口血糖降下剤による糖尿病治療を受ければ,問題なく血糖管理を行うことは可能であり,このことからしても,業務によるストレスが主たる要因となってDKAが発症したとはいえない。むしろ,本件においては,大量の糖質を含んだ飲料水の多量摂取がDKAの発症の原因となった可能性が高い。 したがって,基礎疾患が1型糖尿病であるか2型糖尿病であるかによらず,DKAの発症については,業務によるストレスが業務に内在する危険として,それが現実化して基礎疾患である糖尿病を増悪させてDKAを発症させたといえるだけの医学的根拠はない。 以上によれば,Bの本件疾病の発症について業務起因性は認められない。 (3) F医師の意見は,社会疫学的観点から意見を述べたものにすぎず,医学的発生機序を明らかにするものではないから,医学的な因果関係の存在を根拠付けるものにはならない。 G医師の意見は,糖尿病とストレスの関係に関する一般的な 点から意見を述べたものにすぎず,医学的発生機序を明らかにするものではないから,医学的な因果関係の存在を根拠付けるものにはならない。 G医師の意見は,糖尿病とストレスの関係に関する一般的な医学的知見を説明したものにすぎず,業務上のストレスと糖尿病の増悪,本件疾病発症との間の医学的因果関係も認められない。また,G医師は,ストレスと糖尿病を論じる際には,ストレスという用語を広くとらえる必要があると述べていること等に照らし,糖尿病の増悪にいかなるストレスがどの程度影響するのかは全く明らかにできていないというべきであり,ひいては,本件疾病の発症について,業務におけるいかなるストレスがどの程度影響したのかを特定することができない。 (4) 本件の具体的な事実関係の下では,本件疾病発症は,業務外に存在した危険(Bの私的領域に属する危険)が現実化したものというほかなく,業務起因性は認められない。すなわち,DKAはめったに発症するものではなく,- 6 -発症したとしても死亡率は2ないし5%と低いものであるところ,Bは,生活習慣病とされる糖尿病の基礎疾患を有しており,喫煙や飲酒などの生活習慣を続ける一方,糖尿病の病識を持ちながら,内科を受診しようと思えばいつでも受診できたにもかかわらず,自らの判断で受診や治療をしないまま症状を悪化させた結果,DKAを発症して死亡するに至ったものである。 4 Bの死因に係る控訴人の選択的主張について(控訴人の主張)(1) Bは,ストレス性の胃潰瘍を原因とする消化管出血により,血管が極度に虚脱し,十分な循環血液量と酸素供給量が得られず,体内では好気的解糖系から嫌気的解糖系へと移行し,多量の乳酸が蓄積して乳酸アシドーシスとなり,高血糖によるケトーシスも加わり,体内pHが高度にアシドーシスに傾 十分な循環血液量と酸素供給量が得られず,体内では好気的解糖系から嫌気的解糖系へと移行し,多量の乳酸が蓄積して乳酸アシドーシスとなり,高血糖によるケトーシスも加わり,体内pHが高度にアシドーシスに傾き,死亡に至ったものである。 (2) Bの死亡2年前のX線写真では胃潰瘍の所見がある。また,Bの死亡の1か月前の平成9年5月1日に,家族が,Bの顔色が悪いと気付いており,同月18日には,Bは腹痛を訴えており,同月25日には,父である控訴人が,Bの顔色が白っぽいと感じている。また,同年6月1日の休日診療所受診の際には吐血もみられた。これらのことから,DKA発症の前に出血があったことが明らかである。 また,特に糖尿病患者では,神経障害があれば,大きな胃潰瘍があっても痛みが軽度である場合や痛みを感じない場合もある。また,一度に多量の出血がなければ吐血もしない場合もある。Bは,著明な高血糖状態で神経機能異常が存在し,胃潰瘍が存在するにもかかわらず腹痛が軽度であった可能性が高い。 (被控訴人の主張)消化管出血については,Bにストレス性胃潰瘍が生じていたとの確定診断はなされておらず,むしろ,消化管症状は,本件疾病の死線期に極めて高い頻度- 7 -で合併するものである。 もしも,DKA発症以前に乳酸アシドーシスを引き起こすような精神的ストレスによる消化管出血が存在すれば,当然無症状のはずはなく,胃痛,黒色便の排出などがあり,Bは必ず医療機関を受診していたはずであるが,平成9年6月1日にH診療所を受診する前にBが内科を受診した記録はない。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 2 本件疾病発症前のBの業務,Bの健康状態等,糖尿 記録はない。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 2 本件疾病発症前のBの業務,Bの健康状態等,糖尿病及び本件疾病に関する医学的知見並びにBの本件疾病等発症の業務起因性に関する医師の意見に係る認定事実は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第 3 当裁判所の判断」2ないし5記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決9頁2行目の「Bの業務の過重性」を「Bの業務」と改める。 (2) 同10頁21行目の「官房副長官の懇談出席した」を「官房副長官との懇談に出席した」と改める。 (3) 同11頁19行目の「I協会会長の就任パーティー,」を削除する。 (4) 同14頁5行目の「乙1,」の次に「8,」を加え,同頁22行目末尾の次に改行の上「なお,体重については過去2年間にわたり顕著な変動が見られない。」を加える。 (5) 同20頁14行目冒頭から同頁16行目末尾までを次のとおり改める。 「 DKAにおいてはインスリン拮抗ホルモンの血中濃度が高値を示すことが多く,インスリン拮抗ホルモンが,DKAの代謝異常にかかわっている可能性が高いが,どの程度DKAの成因にかかわっているのか,現在でも論争の過程にある。」(6) 同20頁19行目の「「ジョスリン糖尿病学第2版」(甲13)」を「「ジョスリン糖尿病学」(甲13(第2版),甲26文献9,甲33,乙34の- 8 -1・2)」と改め,同21頁5行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。 「 インスリンの欠乏は,DKA発症における重大な病因学上の要因であるが,DKAの重症度は,ある程度,ストレスホルモンの存在に拠っている可能性がある。 の上,以下のとおり加える。 「 インスリンの欠乏は,DKA発症における重大な病因学上の要因であるが,DKAの重症度は,ある程度,ストレスホルモンの存在に拠っている可能性がある。 インスリン拮抗ホルモンの数値の増加は,中等度のDKAの発症に必須とはいえないけれども,急性の糖代謝異常を強調し得るものである。」(7) 同21頁17行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。 「オ F医師の研究(甲26)(ア) F医師の勤務するE診療所(金沢市)に通院後1年以上経過した糖尿病432例を対象として,患者本人からライフスタイル,労働条件等の項目につき聞き取り調査を行い,患者の血糖コントロールが労働によって影響を受けることを臨床疫学的に検討し,調査を行った結果,2型糖尿病では,1日の労働による拘束時間がHbA1c高値のばらつきを説明する最も強い独立した要因であることが明らかとなった。 1型糖尿病についても,E診療所を受診した就業中に急性発症した1型糖尿病5例について調査した結果,1日の労働による拘束時間は,5例中4例が12時間以上であり,また,労働による長時間の拘束のほか,交替制勤務に長期間従事していたか,又は,管理業務による様々なストレスを経験していたことが明らかとなった。 (イ) E診療所を受診した就業中に急性発症した1型糖尿病5例のうち,受診時にケトアシドーシスを伴った症例は1例のみであるが,急性の経過をとって発症した1型糖尿病では,血糖の絶対値とケトアシドーシスの相関は認められなかった。受診時の血糖値が1305mg/dlと著明な高値を示したにもかかわらずケトアシドーシスが認められな- 9 -い症例もあった。ここから,ケトアシドーシスの成因としてインスリン拮抗ホル られなかった。受診時の血糖値が1305mg/dlと著明な高値を示したにもかかわらずケトアシドーシスが認められな- 9 -い症例もあった。ここから,ケトアシドーシスの成因としてインスリン拮抗ホルモンの上昇が重要であることが示唆される。 1型糖尿病と2型糖尿病のいずれについても,精神的なストレスを誘因としてケトアシドーシスを発症した症例が報告されている。E診療所を受診した就業中に急性発症した1型糖尿病5例のうち,受診時にケトアシドーシスの発症を伴った症例においては,発症1日前の労働による拘束時間が15時間という長時間労働であった。このことから労働によるDKAの発症に労働によるストレスが影響していることがうかがえる。 (ウ) E診療所に通院していた就業中の男性糖尿病患者69例を対象とした調査の結果,1日の労働による拘束時間,医療費自己負担率及び休日が日曜日以外であることの3要因が,通院不良に影響する独立した要因であることが分かった。 カ Schade ほか「PathogenesisofDiabeticKetoacidosis: AReappraisal」(糖尿病性ケトアシドーシスの病因:再検討)(甲26文献8,甲28)DKAにおいてインスリンの絶対的欠乏は大多数の症例では特徴となっておらず,インスリンの絶対的欠乏はDKAの主要な要因とは考えられない。また,インスリンの相対的欠乏のみでは,急激なアシドーシスを引き起こすには十分ではない。 DKAにおいては,インスリンの相対的欠乏に加え過度なストレスホルモンの分泌という特徴があり,著しい代謝障害が顕在化するには,これらの2つの異常が生じる必要がある。DKAの臨床的原因は,インスリン離脱よりも,むしろストレスであることが特 に加え過度なストレスホルモンの分泌という特徴があり,著しい代謝障害が顕在化するには,これらの2つの異常が生じる必要がある。DKAの臨床的原因は,インスリン離脱よりも,むしろストレスであることが特徴的であるため,ストレスホルモンの過剰分泌による糖尿病の誘発を遮断する,安全かつ効果的な薬理学的手法が将来の研究によって提供され,DKAが予防される。 - 10 -キ Macgillivray ほか「AcuteDiabeticKetoacidosisinChildren: RoleoftheStressHormones」(子どもの急性糖尿病性ケトアシドーシス:ストレスホルモンの役割)(甲31の1・2)インスリン治療中にDKAを発症した小児糖尿病患者25例について,ストレスホルモンの血中濃度を継続的に測定するなど,治療開始後24時間の経過を観察したところ,いずれの患者についてもカテコールアミン等のストレスホルモン濃度が増加していることが明らかとなった。ここから,通常の量のインスリンを投与されている糖尿病に罹患した子どもたちが,ストレスを受けた数時間のうちに,インスリン拮抗ホルモン,特にカテコールアミンやコルチゾールの放出を原因として,高血糖や脱水,アシドーシスを発症するとの結論に至った。 ク川上憲人ほか「Overtime, psychosocialworkingconditions, andoccurrenceofnon-insulindependentdiabetesmellitusinJapanesemen」(時間外労働,社会心理的労働状態及び日本人男性のインスリン非依存性糖尿病の発症」(甲32の1・2)日本の電気会社の従業員について8年間にわたり追跡調 inJapanesemen」(時間外労働,社会心理的労働状態及び日本人男性のインスリン非依存性糖尿病の発症」(甲32の1・2)日本の電気会社の従業員について8年間にわたり追跡調査を行い,長時間労働及び心理的負荷のある仕事の,2型糖尿病への影響を調査した結論として,月に25時間以下しか時間外労働をしてない者に比べ,月に50時間以上の時間外労働をしている者の2型糖尿病の発症の危険性は3.7倍高いことが明らかとなった。」(8) 同21頁19行目の「J医師」の次に「の意見」を加え,同25頁12行目の「同年5月12日」を「平成9年5月12日」と改め,同頁18行目の「意見(乙29,33)」を「の意見(乙29,33,39,40)」と改め,同頁19行目の「1型か2型か不明である」の次に「(なお,K医師は補充意見書3(乙40)において,Bが1型糖尿病に罹患していた可能性は極めて高いとする。)」を加え,同26頁17行目末尾の次に改行の上,以- 11 -下のとおり加える。 「(5) G医師の意見(甲34,35,40)Bは,業務により心身に過重なストレスが加わり,コルチゾール,アドレナリン,甲状腺ホルモン,成長ホルモン等が分泌され,血糖上昇,耐糖能レベルの低下,それらによる血糖コントロールの増悪にさらされたものであり,DKAの発症もかかる血糖コントロールの増悪の結果である。 なお,血糖コントロールを増悪させる因子という観点からは,不規則な生活や長時間にわたる精神的緊張の持続といった事態もストレスと同様に作用する。そのような意味において,ストレスと糖尿病を論じる際には,ストレスという用語を広くとらえる必要がある。 (6) L大学糖尿病・代謝・内分泌内科主任教授M医師の意見(乙41,4 様に作用する。そのような意味において,ストレスと糖尿病を論じる際には,ストレスという用語を広くとらえる必要がある。 (6) L大学糖尿病・代謝・内分泌内科主任教授M医師の意見(乙41,43)DKAはインスリンの絶対的不足状態を象徴する病態であり,β細胞の著しいインスリン分泌不全に起因するものであって,通常の2型糖尿病にみられる相対的不足とは明確に異なる。すなわち,DKAは2型糖尿病の増悪経過として自然に起きるものではなく,何らかの原因が特定されなければならない。この際,身体的ないしは精神的ストレスがDKAの直接的な原因となるとする証拠はない。BがDKAに至った原因としては,いわゆるソフトドリンク症候群であった可能性がある。 精神的ストレスや身体的過労が,インスリン抵抗性の亢進や受療行動の異常などを介して,糖尿病の管理を困難にすることは日常経験することである。しかし,精神的ストレスが,2型糖尿病の発症に直接関与することを示す確たるエビデンスないし研究結果はいまだ存在しない。 DKAの発症の一部に,インスリン作用に拮抗するストレスホルモンの過剰が関与するが,これは身体が生命の危機に瀕した際に分泌される- 12 -もので,精神的ストレスとは異なったものである。 Bの糖尿病発症,DKA発症のいずれについても業務起因性は認め難い。」 3 Bの業務の過重性について当裁判所も,平成8年10月からBの死亡時までの同人の業務が,通常人にとって過重な負荷となるものであったと判断する。その理由は,原判決26頁20行目冒頭から同27頁7行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。 4 Bの死因について前判示の事実を総合すれば,Bは,糖尿病を基礎疾患とする合併 の理由は,原判決26頁20行目冒頭から同27頁7行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。 4 Bの死因について前判示の事実を総合すれば,Bは,糖尿病を基礎疾患とする合併症である本件疾病(DKA)により多臓器不全等に陥って急性心不全に至り死亡したものと推認される。 これに対し,控訴人は,Bは,ストレス性の胃潰瘍を原因とする消化管出血により,血管が極度に虚脱し,十分な循環血液量と酸素供給量が得られず,体内では好気的解糖系から嫌気的解糖系へと移行し,多量の乳酸が蓄積して乳酸アシドーシスとなり,高血糖によるケトーシスも加わり,体内pHが高度にアシドーシスに傾き,死亡に至ったものであると選択的に主張する。 しかし,DKAでは悪心・嘔吐,腹痛等の消化器症状が多いこと(甲11,12,乙26,27),前判示のBの健康状態等の認定事実によれば,Bは,平成9年5月22日ころから吐き気が続き,同月29日からは夜中にトイレに行くことを繰り返していたこと,Bの死亡診断書を作成したN医院のC医師が,Bの吐血の原因が,DKAによる頻回の嘔吐の結果と考えられるマロリーワイス症候群によるものであるとの意見を述べていること(乙19)及び乙第21号証を総合考慮すると,Bの吐血はマロリーワイス症候群によるものと推認されるというべきである。 そして,N大学医学部消化器内科主任教授であるO医師のAの政治部長宛文- 13 -書(乙20の2)中には,Bの突然死の原因について,いずれも致命的である糖尿病の放置によるケトアシドーシス,急性膵炎,DIC及び消化管出血が重なったものである旨の記載があるが,同文書には,Bの死後判明したデータをも併せて分析した結果として,糖尿病を背景に,急性膵炎,急性肺炎が生じ,急速にケトアシドーシスの状態 ,DIC及び消化管出血が重なったものである旨の記載があるが,同文書には,Bの死後判明したデータをも併せて分析した結果として,糖尿病を背景に,急性膵炎,急性肺炎が生じ,急速にケトアシドーシスの状態を発生し,DIC徴候も相まって消化管出血を来したものと思われる旨の記載もあること及び上記判示の点に照らすと,上記記載の消化管出血がストレス性の胃潰瘍を原因とするものであることを記載したものとまでは認められない。 また,Bの死亡の1か月前の平成9年5月1日には,家族が,Bの顔色が青黒いように悪いと気付いている(乙12)が,上記判示の点に加えて,同日は本件同行取材からの帰国日であり,Bが相当疲労していたことは容易に推認できることを総合考慮すると,この顔色が消化管出血を原因とするものであるとまでは認めるに足りる証拠がない。 さらに,Bには死亡の2年前にX線検査の結果,胃角部変形,前庭部伸展不良,前庭部壁不整との医師の所見があり(乙9),胃潰瘍の瘢痕を示すものとも考えられるが,確定的な診断はない上,前記事実経過及び上記判示の点に照らし,Bの消化管出血の原因に関する上記推認を覆すには足りない。 その他Bの死因に関する前記推認を覆すに足りる証拠はなく,控訴人のBの死因に関する選択的主張は採用することができない。 5 Bの糖尿病の型及び発症時期並びに本件疾病の発症時期について(1) Bの糖尿病は,比較的若い年齢で発症し,明確な糖尿病の家族歴がないこと,平成9年5月12日の健康診断において血糖の上昇が見られるが,体重については過去2年間にわたり顕著な変動が見られないこと,DKAの発症が1型糖尿病に多いこと,Bは同年6月1日の入院時に著明な高血糖状態であったことなど前判示の事実並びに甲第14号証,乙第21号証,第22号証及び第4 にわたり顕著な変動が見られないこと,DKAの発症が1型糖尿病に多いこと,Bは同年6月1日の入院時に著明な高血糖状態であったことなど前判示の事実並びに甲第14号証,乙第21号証,第22号証及び第40号証を総合すれば,Bは1型糖尿病を発症した可能性が高く,- 14 -2型糖尿病を発症した高度の蓋然性が証明されたものといえないというべきである。 これに対し,甲第14号証,乙第21号証中にはBの糖尿病が2型の可能性がある又はこれを否定できない旨の記載があるものの,1型の可能性が高いとしていること及び上記判示の各点に照らすと,上記認定判断を左右するには足りないものというべきである。 また,甲第35号証中には,Bの糖尿病が1型とも2型とも考えられる旨の記載があり,乙第41号証中には2型であった可能性が十分にあるとする記載があるが,上記各意見書もBの糖尿病が2型である可能性を肯定するにとどまるもので1型糖尿病であることを否定するものではないこと及び上記判示の各点に照らすと,前記認定判断を覆すには足りず,他にこれを覆すに足りる証拠はない。 そして,Bの糖尿病の発症の時期についてみると,前判示の事実によれば,平成9年5月12日の健康診断で初めて高血糖であるとの結果が出たこと,同年6月1日のN医院来院時にHbA1cが11.1%と高値を示しており,高血糖が2か月以上前から続いていると認められること,Bの同僚であるP及びQが,労働基準監督署での聴取において,Bが同行取材から帰国した同年5月の連休明けくらいからあまり元気がなく,疲れている様子であった旨述べていること(乙15,17)が認められ,これらの事実に,本件同行取材より前にBが疲労を訴えたり,糖尿病の病識を持っていた事情をうかがわせる証拠がないことを総合考慮すると,Bが糖 る様子であった旨述べていること(乙15,17)が認められ,これらの事実に,本件同行取材より前にBが疲労を訴えたり,糖尿病の病識を持っていた事情をうかがわせる証拠がないことを総合考慮すると,Bが糖尿病を発症したのは,同年3月ないし4月ころであったと認められる。 (2) 次に,Bの本件疾病の発症時期についてみると,前判示の事実及び乙第21号証によれば,Bの平成9年6月1日の入院時の血糖値が1100mg/dl,pH6.9であり重度のDKA状態であったこと,Bが同年5月22日ころから吐き気を訴えていたことが認められ,これらの事実を総合考慮すると,- 15 -Bが本件疾病を発症したのは,平成9年5月22日ころであったと認められる。 6 糖尿病発症の業務起因性について前判示の点を総合すれば,1型糖尿病が,遺伝子の関与の下,ウィルス感染等が引き金となって起こる自己免疫疾患であり,その発症には,身体的・精神的ストレスが影響しないというのが支配的な医学的な知見であると認められるところ,Bの糖尿病は1型糖尿病の可能性が高く,2型糖尿病を発症した高度の蓋然性が証明されたものといえないことは前判示のとおりであるから,Bの業務の過重性がBの糖尿病の発症を招来したという関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されたとまではいまだいえず,上記の因果関係につき通常人が疑いを差し挟まない程度に真実の確信を持つにはいまだ不十分であるといわざるを得ない。 これに対し,F医師の研究においては,就業中に急性発症した1型糖尿病5例について調査した結果,1日の労働による拘束時間は,5例中4例が12時間以上であったとする部分があるが,上記の支配的な医学界の知見を覆すに十分な症例数とは認められず,上記判断を左右するには足りず,他に前記の認定判断を左右するに足 による拘束時間は,5例中4例が12時間以上であったとする部分があるが,上記の支配的な医学界の知見を覆すに十分な症例数とは認められず,上記判断を左右するには足りず,他に前記の認定判断を左右するに足りる証拠はない。 したがって,Bの糖尿病発症について業務起因性は認めることができないものというべきである。 なお,仮にBの糖尿病が2型糖尿病であると認める余地があるとしても,Bの糖尿病発症について業務起因性を認めることはできない。 すなわち,前記判示の事実によれば,2型糖尿病は,一定の遺伝的素因を持つ人に,加齢,日常生活習慣(過食,運動不足,様々なストレス,アルコールの過剰摂取等)が加わって発症するもので,発症には,遺伝的な素因が深く関係し,身体的・精神的ストレスも関与するとの医学的知見が支配的であり,身体的・精神的なストレスが2型糖尿病の発症に関与していることを否定するこ- 16 -とまではできないものの,どのようなストレスが,2型糖尿病の発症に対して,どの程度関与するのかについての支配的な医学的知見が定まっていることを認めるに足りる証拠はないことに照らすと,Bの業務と同人の2型糖尿病の発症との間の因果関係の存在について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持つにはいまだ不十分であり,Bの糖尿病の発症が業務に起因するものとは認められないものというべきである。 これに対し,2型糖尿病の発症と業務上のストレスとの関係が示唆されるとするF医師の研究(甲26),医学的文献(甲32の1・2)が存在するものの,いずれも疫学的な観点から検討を加えるものであって,どのようなストレスが,2型糖尿病の発症に対して,どの程度関与するのかについての具体的な知見を示すものとは認められず,前記判断を左右しない。 7 Bの糖尿 学的な観点から検討を加えるものであって,どのようなストレスが,2型糖尿病の発症に対して,どの程度関与するのかについての具体的な知見を示すものとは認められず,前記判断を左右しない。 7 Bの糖尿病の増悪及び本件疾病(DKA)の発症と業務との因果関係について(1) 控訴人は,Bが,1型糖尿病と2型糖尿病のいずれを発症したとしても,DKA発症前の半年間の慢性的な長時間労働によるストレスによってインスリン拮抗ホルモンが分泌され,これにより血糖上昇,耐糖能レベルの低下が生じて血糖コントロールの増悪にさらされたものあって,DKAの発症もかかる血糖コントロール増悪の結果である旨主張し,糖尿病の増悪及びDKAの発症については,インスリン拮抗ホルモンが関係し,ストレスによりインスリン拮抗ホルモンが分泌されることについては,前判示の医学文献等により,支配的な医学的知見となっているものと認められる。 そして,J医師の証言(原審)及び意見書(甲14)中には,1型糖尿病の急性増悪(DKA昏睡を来すような病態)には,ストレスが,インスリン拮抗ホルモン上昇をもたらすことによって,大きく関与しており,2型糖尿病の場合,相当大きなストレス,負荷(清涼飲料水を毎日2,3ℓ程度大量に飲む暴飲暴食,重大・重症な感染症,アルコールの多飲)があるとき,DK- 17 -Aを発症することがあり,1型でも2型でも,過重労働,不規則な生活による心身の大きなストレスが,DKAの進展に関与したとする部分があり, G医師の意見書(甲34,35,40)中には,血糖コントロールを増悪させる因子という観点からは,不規則な生活や長時間にわたる精神的緊張の持続といった事態もストレスと同様に作用する旨の記載がある。 しかし,J医師自身,精神的ストレス,過労だけでDKAを発 悪させる因子という観点からは,不規則な生活や長時間にわたる精神的緊張の持続といった事態もストレスと同様に作用する旨の記載がある。 しかし,J医師自身,精神的ストレス,過労だけでDKAを発症した2型糖尿病患者の報告はないとしていることは,前判示のとおりである。 そして,K医師は,明らかな誘因の見当たらない糖尿病昏睡症例は多数あり,インスリン拮抗ホルモンが単体でDKAの主たる原因となることはなく,従たる要因にすぎないこと,ストレスによりカテコールアミン等のストレスホルモンが分泌され,インスリン拮抗ホルモンとして作用して血糖値が上がるという限度では関与していても,従たる要因の更に一部に影響しているにすぎず,糖尿病の急性増悪にストレスが多少影響したとしても,医学的に原因関係が肯定できるレベルではないとし,DKAの発症,増悪について,症例に基づく研究報告がなく,ストレスの関与の度合いについて確立した知見はないとしていることも,前判示のとおりである。 また,M医師も,DKAの発症の一部に,インスリン作用に拮抗するストレスホルモンの過剰が関与するが,これは身体が生命の危機に瀕した際に分泌されるもので,精神的ストレスとは異なったものであるとしていることも前判示のとおりである。 以上判示の点を総合すると,どのようなストレスがどの程度DKAの発症に関与しているのかについては,いまだ支配的な医学的知見が定まっているとは認められず,また,前記の医学的文献も,DKAにおけるインスリン拮抗ホルモンの役割の重要性を指摘するものではあるが,どのようなストレスがどの程度DKAの発症にかかわっているかについて支配的な医学的知見を示すものとまでは認められず,以上の点を総合すれば,J医師及びG医師の- 18 -上記意見及び前記の医学 が,どのようなストレスがどの程度DKAの発症にかかわっているかについて支配的な医学的知見を示すものとまでは認められず,以上の点を総合すれば,J医師及びG医師の- 18 -上記意見及び前記の医学文献によっても,BのDKA発症前の半年間の長時間労働によるストレスによる血糖コントロールの増悪がDKAの発症を招来したという関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されたとはまではいまだいえず,上記の因果関係につき通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持つにはいまだ不十分であるといわざるを得ない。 なお,DKAを発症し得るストレスについて,M医師は,生命の危機に瀕する程度のストレスがこれに当たるとすることは前判示のとおりであるが,本件においては,これと同程度の業務上のストレスがあったとまでは認めるに足りる証拠はない。 (2) 以上によれば,Bの業務が,糖尿病という基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ,本件疾病(DKA)の発症に至ったものことを認めるに足りる証拠はなく,本件疾病(DKA)の発症に業務起因性は認められない。 8 治療機会の喪失について控訴人は,Bが業務により極めて多忙であり,治療機会喪失により基礎疾患の糖尿病を増悪させ,本件疾病を発症したと主張するが,当裁判所も,同主張は採用することができないと判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決31頁24行目の「上記認定事実によれば」から同33頁5行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決32頁7行目の「ウ」を削除し,「平成9年3月」を「平成9年3月ないし4月」と改める。 (2) 同32頁24行目の「第3に,同日に」を「第3に,Bは同年5月22日ころには自らが糖尿病であるという病識を有していたと認められるにも 成9年3月」を「平成9年3月ないし4月」と改める。 (2) 同32頁24行目の「第3に,同日に」を「第3に,Bは同年5月22日ころには自らが糖尿病であるという病識を有していたと認められるにもかかわらず,同年6月1日に」と改める。 9 以上によれば,Bの糖尿病及び本件疾病の発症に業務起因性を認めることはできず,Bの死亡が業務上のものであるとは認められず,控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴- 19 -は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第5民事部 裁判長裁判官大竹たかし 裁判官山 﨑 まさよ 裁判官林俊之
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