- 1 -主文 八王子労働基準監督署長が原告に対し平成15年9月29日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付を不支給とする処分を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1請求主文同旨第2事案の概要本件は、亡P1の妻であった原告が、亡P1が自殺をしたのは、過重な業務に起因してうつ病に罹患したからであると主張して、自殺について業務起因性を認めなかった八王子労働基準監督署長の平成15年9月29日付け業務外認定処分(以下「本件処分」という)の取消しを求めた事案である。 。 前提事実(当事者間に争いがない事実)( )亡P1(昭和▲年▲月▲日生まれ)は、原告の元夫である。同人は、昭 和43年3月、パシフィックコンサルタンツ株式会社に土木技師として入社し、昭和45年以降、イラク共和国、アラブ首長国連邦、パキスタン・イスラム共和国、インドネシア共和国、タイ王国、フィリピン共和国等に派遣され、主として港湾建設の土木技術者として設計、監理業務を中心に業務を遂行していたが、セントヴィンセント及びグレナディーンズ諸島国(以下「セントヴィンセント」という)に出張中、うつ病を発症し、平成11年10。 月1日、同地で自殺した。 ( )原告は、亡P1の自殺につき、平成15年1月7日、八王子労働基準監 督署長に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)に基。 づく遺族補償給付請求をしたが、同署長は、同年9月29日付けで、亡P1のうつ病は業務に起因することの明らかな疾病とは認められないとして不支給の決定(本件処分)をした。 - 2 -( )原告は、本件処分を不服として、同年11月13日付けで東京労働者災 害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、同審査官は、平成16年10月26日付け の決定(本件処分)をした。 - 2 -( )原告は、本件処分を不服として、同年11月13日付けで東京労働者災 害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、同審査官は、平成16年10月26日付けで審査請求を棄却した。 原告は、同決定を不服として、同年11月26日付けで労働保険審査会に、、、対し再審査請求をしたが平成17年8月現在採決がされないため原告は同年8月11日、本件訴訟を提起した。 争点(以下、平成11年中の出来事については、年度の記載を省略する)。 亡P1のうつ病及び自殺の業務起因性(どのような場合に業務と自殺との間の相当因果関係が認められるか、亡P1がうつ病を発症し悪化させたのは亡P1の業務が過重であったことによるのか等)(原告の主張)( )本件は、以下に述べるように業務に起因する心身の負荷が明確な事案で 、、、あり業務とうつ病発症との間に相当因果関係が認められ亡P1の自殺はうつ病の結果発生したものと認められるから、亡P1の自殺は業務上の自殺である。 ( )亡P1は、①治安が悪く、生活に支障の多いセントヴィンセントという 発展途上国において、4月から9月までの約6か月間生活することとなり、その間、一度も帰国できず、定期健康診断さえ受診できなかった、②株式会(「」。)社パシフィックコンサルタンツインターナショナル以下PCIというの従業員でありながら、現地で別会社であるCRC海外協力株式会社(以下「」。)、CRCというの業務も担当するという変則的な身分に置かれていた③セントヴィンセントで就労ビザが取得できないまま約6か月間業務に従事していたが、短期間の在留資格しか得られなかったため、頻繁に在留資格が切れる状態となっていた、④7月下旬には、PCIからの指示不足や支援欠如のため、ドミニ ビザが取得できないまま約6か月間業務に従事していたが、短期間の在留資格しか得られなかったため、頻繁に在留資格が切れる状態となっていた、④7月下旬には、PCIからの指示不足や支援欠如のため、ドミニカ国に観光ビザで入国しながら、業務を遂行せざるを得なくなり、その結果、ドミニカ国で逮捕騒動が生じた、⑤8月以降は、セント- 3 -ヴィンセントの業務とグレナダの業務を兼務せざるを得なくなった、⑥PCIの無責任な対応(直属の上司の度重なる交代と引継ぎの欠如)により、現地において必要とされる人員配置が遅れに遅れた、⑦8月に入るとそれまでも長時間であった労働時間がさらに長時間化し、8月、9月ともに月100時間を超える状態となった。 上記の事象が亡P1の心身に与えた負荷は非常に大きなものである反面、業務以外にうつ病を発症する要因は見あたらない。また、亡P1は、ベテランのコンサルタントであり、その海外赴任歴等に照らして、特に脆弱性が大きかったとも認められない。 以上のとおり、亡P1は、上記の心身の負荷により、9月8日ころ(遅くとも同月22~24日ころ)にうつ病を発症し、ついには自殺に至ったものであり、亡P1のうつ病発症、自殺と業務との間に相当因果関係があることは明確である。 ( )本件処分は、平成11年9月14日付け労働省労働基準局長通達「心理 」(「」的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針以下本件判断指針という)に基づき、亡P1の自殺を業務外と判断したものであるが、その。 判断は、亡P1に生じた業務上の心理的負荷を不当に低く判断するものであり誤りがある。本件判断指針は、複数の心理的負荷が短期間の間に複合的に生じた場合の心理的負荷の強度について適切な指針を定めておらず、適切なものではないが、仮に、本件判断指針によったとしても、亡 であり誤りがある。本件判断指針は、複数の心理的負荷が短期間の間に複合的に生じた場合の心理的負荷の強度について適切な指針を定めておらず、適切なものではないが、仮に、本件判断指針によったとしても、亡P1の自殺には業務起因性は優に認められる。 、、。 ( )以上によれば本件処分には誤りがあるから取り消されるべきである (被告の主張)( )労災保険法上の保険給付は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかっ た場合に支給されるが(労災保険法7条1項1号、当該労働者の疾病等を)業務上のものとするためには、当該労働者が当該業務に従事しなければ当該- 4 -結果が発症しなかったという条件関係が認められるだけでは足りず、当該業務と当該疾病等の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係、すなわち相当因果関係が存在することを要すると解すべきである。 そして、使用者の労災補償責任の性質が危険責任を根拠とするところからすれば、業務と疾病等との相当因果関係の有無は、業務と疾病等に条件関係があることを前提として、これに加えて、社会通念上、業務が当該疾病等を発生させる危険を内在又は随伴しており、その危険が現実化したといえる関係にあることが認められる必要がある。 精神障害の発症については、ストレス-脆弱性理論が広く受け入れられているが、労災補償制度の前提となる使用者の補償責任が危険責任に基づく無過失責任であり、また、労災補償制度が使用者の保険料の拠出により運営されていることに照らせば、脆弱性の大きな労働者に発生した精神障害まで労災補償制度で救済することは、制度の趣旨に反するというべきである。このことからすれば、当該業務が精神障害との関係で危険であるかどうかは、あくまで平均的な労働者、すなわち、日常業務を支障なく遂行できる労働者を基準とすると とは、制度の趣旨に反するというべきである。このことからすれば、当該業務が精神障害との関係で危険であるかどうかは、あくまで平均的な労働者、すなわち、日常業務を支障なく遂行できる労働者を基準とするとの見解(平均人基準説)が採用されるべきであるし、当該発病に対して、業務による危険性が、その他の業務外の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められることが必要である。 ( )亡P1は、9月ころにうつ病エピソードを発症し、急速にうつ状態を進 行させ、自殺に至ったものであるが、原告は、亡P1の死亡と相当因果関係、、、のある業務上の出来事として①セントヴィンセントへの出張②労働時間③就労ビザの問題、④ドミニカ国出張時のトラブル、⑤グレナダとセントヴィンセントの要員確保を巡る問題、⑥桟橋の設計ミスといった点を挙げる。 しかし、①のセントヴィンセントへの出張は、海外出張に慣れていた亡P1にとって、日常生活上の著しい環境悪化をもたらすものではなく、担当業務の負担もさほど重くない。実際の業務の進捗状況も順調であり、その他の- 5 -業務を巡る状況も過重な心理的負荷をもたらすものではない。原告は、CRCとの業務の兼務を問題とするが、亡P1に対する業務指示はPCIからのみされているから、このことが亡P1にストレスを与えたとはいえない。②の労働時間も、6月は224時間(勤務をした日は26日、7月は206)時間(同24日、8月は208時間(同26日)と、1日あたりの平均労)働時間は約8時間30分にすぎず、著しい長時間労働が、心理的負荷に影響を与えた事実もない。③の就労ビザの問題も、亡P1がこれを深刻に考えていたとはいえない上、亡P1にとって、就労ビザの取得は容易な作業であったのだから、これが過重な心理的負荷を与えたとも解されない。④のドミニカ国 ない。③の就労ビザの問題も、亡P1がこれを深刻に考えていたとはいえない上、亡P1にとって、就労ビザの取得は容易な作業であったのだから、これが過重な心理的負荷を与えたとも解されない。④のドミニカ国出張時のトラブルも、亡P1が観光ビザで入国しながら無断で現地調査をしたことで叱責されたというものにすぎず、スパイ容疑で身柄を拘束されたというものではない。⑤の要員確保の問題についても、関係者の間で若干認識・理解に齟齬があったものの、セントヴィンセントの常駐監理者の交代が円滑に運ばなかったことや、自らの在留資格の関係で、追加派遣されることとなったP2の出迎えができるか確実でなかったという程度の行き違いが、。 起きているのみであり客観的にみて心理的負荷を強める要因は存在しない⑥の桟橋の設計ミスも、客観的にみて亡P1がした桟橋設計にミスはなく、それによってトラブルが生じたり、責任を問われたという事実もなく、これが過重な心理的負荷となり得るものでもなかった。以上に照らせば、亡P1に対する業務による心理的負荷が精神障害を発症させる程度に過重であったとはいえない。 ( )これを本件判断指針に照らしても、亡P1が精神障害を発症したと解さ れる9月初旬からおおむね前6か月の間に、当該精神障害の発病に関与したと考えられる業務による出来事は、セントヴィンセントへの出張及びドミニカ国出張時のトラブルの2点のみであるが、前者は本件判断指針に示す「転勤をした」による心理的負荷「Ⅱ」に、後者は「会社で起きた事故(事件)- 6 -について、責任を問われた」による心理的負荷「Ⅱ」に該当するものにすぎない。本件において、その心理的負荷の強度を修正すべき事情はない。本件判断指針によれば、心理的負荷の強度が「Ⅱ」と評価される場合には「出、来事に伴う変化」に係る心理的負 「Ⅱ」に該当するものにすぎない。本件において、その心理的負荷の強度を修正すべき事情はない。本件判断指針によれば、心理的負荷の強度が「Ⅱ」と評価される場合には「出、来事に伴う変化」に係る心理的負荷が「特に過重」であると認められるときに限り、業務による心理的負荷を「強」と判断し、さらに業務以外の心理的負荷の評価個体側の要因の評価を行うこととされているが亡P1には出、、「来事に伴う変化」に係る心理的負荷が「特に過重」であるとするに足りる事情もない。 以上によれば、本件判断指針によっても、亡P1の精神障害には業務起因性が認められない。 ( )以上によれば、亡P1の自殺には業務起因性が認められないから、本件 処分は適法である。 第3当裁判所の判断1( )労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡等について行わ れるが(労災保険法7条1項1号、労災保険法による補償制度は、業務に)内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に死亡等の結果がもたらされた場合には、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の填補をさせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであることからすれば、労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡等の結果発生との間に条件関係があるだけではなく、業務に内在する危険性が原因となって結果が発生したという相当因果関係があることが必要である。 このことは、精神疾患について業務起因性の有無を判断するにあたっても同様である。すなわち、業務と精神疾患の発症・増悪が業務上のものであると認められるためには、単に業務が精神疾患を発症・増悪させた一つの原因であるというだけでは足りず、当該業務自体が、社会通念上、当該精神疾患を発症・増悪させる一定程度の危険性を内在し、その危険性が原因となり精- には、単に業務が精神疾患を発症・増悪させた一つの原因であるというだけでは足りず、当該業務自体が、社会通念上、当該精神疾患を発症・増悪させる一定程度の危険性を内在し、その危険性が原因となり精- 7 -神疾患を発症・増悪させたと認められることが必要である。 この危険性は社会通念上業務に内在しているといえることが必要であることからすれば、危険性の有無は、発症前後から災害に至るまでの当該労働者の業務が、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者を基準として、労働時間、業務の質、責任の程度等において過重であるために当該精神疾患が発症・増悪する程度に心理的負荷が加えられたといえるかどうかによって判断するのが相当である。この点は、労働者が自殺した場合であっても異なるところはない。もっとも、労災保険法12条の2の2第1項は、労働者が故意に死亡した場合には、保険給付を行わない旨定めているが、業務上の精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われた場合には、これを同条項の「故意」というべきではないことからすれば、業務と精神疾患の発症との間に相当因果関係が認められ、かつ、労働者が、業務に起因して発症した精神疾患により、正常の認識、行為選択能力等を阻害されるなどした結果、自殺に至った場合には、労災保険法上の保険給付が行われるべきと解される。 ( )一般に、労働者が精神疾患を発症・増悪させ、自殺に至った場合、精神 疾患の原因や自殺を決意した原因として業務以外の事由を想定し得ないときには、原則として、業務と精神疾患の発症及び精神疾患の発症と自殺との間の条件関係はそれぞれ認められるといえる。 しかし、精神疾患の発症及び自殺原因として業務以外の事由を想定し得な を想定し得ないときには、原則として、業務と精神疾患の発症及び精神疾患の発症と自殺との間の条件関係はそれぞれ認められるといえる。 しかし、精神疾患の発症及び自殺原因として業務以外の事由を想定し得ないからといって、そのことからただちに、業務が精神疾患を発症・増悪させる程度に過重であり危険性を内在するものであったとはいえない。精神疾患、、、の発症増悪が本人の性格や傾向等の個体的な要因にも左右されることは一般的に理解されているところである。証拠(乙2)によれば、現在の医学的知見によれば、環境由来のストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で- 8 -精神的破綻が決まり、ストレスが非常に強ければ個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に脆弱性が大きければストレスが小さくても破綻が生じるとするストレス-脆弱性理論が広く支持されていると認められる。 これを前提とすれば、個体側の反応性、脆弱性が平均的労働者を超えて大きいときには、平均的労働者に精神的破綻を生じさせない程度のストレスによっても精神的破綻が生じ得るのであって、そのような場合にまで労災保険法による災害補償の対象とすることが法の趣旨であると解されないことは前記説示に照らして明らかである。したがって、業務が精神疾患を発症、増悪させる程度に過重であり、危険性を内在するものであったかどうかは、業務の過重性ないし心理的負荷が、平均的労働者を基準として、精神的破綻を生じさせる程度のものであったかどうかによって判断されなければならない。 原告は、業務上の心理的負荷の強度の程度は、同種労働者の中でその性格傾向が最も脆弱である者(ただし、同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者)を基準として判断すべきと主張するが、労災補償制度が、業務に内在する危険が現実化したといえる場合に、 性格傾向が最も脆弱である者(ただし、同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者)を基準として判断すべきと主張するが、労災補償制度が、業務に内在する危険が現実化したといえる場合に、使用者の過失の、、有無を問題とすることなくその損害を補償するものであることに照らせば個体の脆弱性が平均的労働者以上に大きいために精神疾患が発生したような場合にまで、これを補償することが法の趣旨であるとは解されない。 ( )ところで、証拠(乙1)によれば、精神疾患に起因する自殺の業務上外 の認定に関して、労働省労働基準局長から本件判断指針が発出されていること、本件判断指針は、上記と同様の理解のもと、業務上の心理的負荷が平均的労働者を基準に精神的破綻を生じさせる程度のものといえる場合についての基準を示すものであることが認められる。原告は、本件に係る本件判断指針のあてはめや、本件判断指針が、複数の心理的負荷が存在する場合の心理的負荷の程度の修正について適切な指針を定めるものではないことを批判するが、本件判断指針の考え方が根本的に誤ったものであると主張するもので- 9 -はないし、本件判断指針の定める基準自体が誤っていると認めるに足りる証拠もないので、以下では、適宜、本件判断指針を参考として、亡P1の自殺の業務起因性について判断する。なお、証拠(乙1)によれば、本件判断指針の概要は以下のとおりと認められる。 ア精神障害発病前おおむね6か月の間に、当該精神障害の発病に関与したと考えられる業務による出来事としてどのような出来事があったのかを具体的に把握し、その出来事が別表1の( )欄のどの「具体的出来事」に該 当するかを判断して(具体的出来事」に合致しない場合は、どの「具、「体的出来事」に近いかを類推して評価する、平均的な心理的負荷の強 握し、その出来事が別表1の( )欄のどの「具体的出来事」に該 当するかを判断して(具体的出来事」に合致しない場合は、どの「具、「体的出来事」に近いかを類推して評価する、平均的な心理的負荷の強。)度を「Ⅰ(日常的に経験する心理的負荷で一般的に問題とならない程度」)、「」(「」「」)、「」の心理的負荷ⅡⅠとⅢの中間に位置する心理的負荷Ⅲ(人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷)のいずれかに評価する。 イ次に、出来事の具体的内容、その他の状況等を把握した上で、別表1の( )欄に掲げる視点に基づいて、上記により評価した「Ⅰ「Ⅱ「Ⅲ」 」、」、の位置付けを修正する必要がないかを検討する。 ウさらに、出来事に伴う変化として、別表1の( )欄の各項目に基づき、 出来事に伴う変化等はその後どの程度持続、拡大あるいは改善したかについて検討し、出来事に伴う変化等に係る心理的負荷がどの程度過重であっ。 、、たかを評価する別表1の( )欄の各項目に基づき多方面から検討して 同種の労働者と比較して業務内容が困難で、業務量も過大である等が認められる状態では「相当程度過重」と、別表1の( )欄の各項目に基づき、 多方面から検討して、同種の労働者と比較して業務内容が困難であり、恒常的な長時間労働が認められ、かつ、過大な責任の発生、支援・協力の欠如等特に困難な状況が認められる状態では「特に過重」と評価される。 エアからウの手順で評価した心理的負荷につき、①別表1の( )欄による - 10 -修正を加えた心理的負荷の強度が「Ⅲ」と評価され、かつ、別表1の( ) 欄による評価が「相当程度過重」であると認められるとき、又は、②別表「」、、1の( )欄により修正された心理的負荷の強度がⅡ た心理的負荷の強度が「Ⅲ」と評価され、かつ、別表1の( ) 欄による評価が「相当程度過重」であると認められるとき、又は、②別表「」、、1の( )欄により修正された心理的負荷の強度がⅡと評価されかつ 別表1の( )欄による評価が「特に過重」であると認められるときは、業 務による心理的負荷を「強」と判断し、その場合には、業務による心理的負荷以外に特段の心理的負荷、個体側要因が認められない限り、業務起因。 。 性があると判断するそれに至らないものは業務起因性がないものとするオ以上のほか、①心理的負荷が極度のもの、②業務上の傷病によりおおむね6か月を超える期間にわたって療養中の者に発病した精神障害、③極度の長時間労働、以上のような特別な出来事等が認められる場合には、それだけで心理的負荷を「強」とすることができる。 前提事実、後掲証拠、弁論の全趣旨及び公知の事実によれば、以下の事実が認められる。 ( )ア亡P1は、昭和▲年▲月▲日生まれの男性であり、昭和43年3月2 7日、パシフィックコンサルタンツ株式会社に技師補として入社し、昭和52年10月1日から死亡するまで、PCIに出向していた。亡P1は、港湾計画・設計、積算について専門技術を有し、測量士の資格を有しており、セントヴィンセントへの出張以前にも、第2の1( )記載のとおり、 多数の海外出張歴を有していた。亡P1の死亡時の役職は次長であった。 (乙32、33)イ亡P1には、死亡当時、妻(昭和▲年▲月▲日生まれ、長女(昭和▲)年▲月▲日生まれ、長男(昭和▲年▲月▲日生まれ、二男(昭和▲年)))(。)。(、)▲月▲日生まれの家族がいた二男は独立していた乙17 ウ亡P1は、原告からは、まじめで優しく、家族思いの穏やかな性格、人一倍責任 生まれ、二男(昭和▲年)))(。)。(、)▲月▲日生まれの家族がいた二男は独立していた乙17 ウ亡P1は、原告からは、まじめで優しく、家族思いの穏やかな性格、人一倍責任感が強く、不正を嫌う潔癖な性格であったと評されていた。亡P1と長年同僚であり、死亡時の直属の上司であったP3(以下「P3部長- 11 -代行」という)は、亡P1を、いたってまじめであるが、若干プライド。 が高く、細かいところを気にする面がある、仕事面では、設計技術者としての評価が高いが、仕事のマネジメントは苦手であると評していた。亡P1の飲酒量は1日に350ミリリットル入りのビール1本を週に3日から4日くらい飲む程度であった(乙21、136、証人P3)。 エ亡P1は、平成4年ころから高血圧症治療薬と、平成5年2月ころから不眠症状が出た際に催眠剤を服用していた(乙25)。 ( )アPCIは、①国内外において高度の専門的能力を必要とする科学技術 の事項に関する全般的コンサルタント業務、②港湾、河川、発電土木、建築全般等の建設事業に関する調査、予備設計、詳細設計、工事監理等に関する一切の技術業務、③土木建築事業に関する全てのマネジメント及びコ、()ンサルティング業務等を業とする株式会社であり政府開発援助ODA等を財源とするプロジェクトの企画立案、現地調査、施工監理等を行っている(乙15、16)。 イ亡P1は、4月15日からセントヴィンセントの首都であるキングスタウンに派遣された。その出張期間は、当初から11月末までと予定されて、、、、、いたが事務手続上は7月14日までとされその後9月14日まで平成12年3月31日までと2度にわたり延伸の手続がとられた。 PCIの海外出張命令簿上、亡P1の出張の用務は、①セントヴィ 、、いたが事務手続上は7月14日までとされその後9月14日まで平成12年3月31日までと2度にわたり延伸の手続がとられた。 PCIの海外出張命令簿上、亡P1の出張の用務は、①セントヴィンセントにおける水産センター建設、及び、②隣国のグレナダにおけるα魚市場建設実施設計とされ、9月ころまではセントヴィンセントに滞在して同国における業務を行い、グレナダに用務がある際は、適宜出張して対応することが予定されていた。 亡P1の実際の担当業務は、①については、CRCがセントヴィンセント政府から受託した「セント・ヴィンセント及びグレナディーン諸島国水産センター建設計画実施設計・施工監理」業務に関し、PCIがCRCか- 12 -ら受託した設計・施工監理業務であり、具体的には、キングスタウンの桟橋工事、βとγの各水産センター建築工事(以下「本件工事」という)。 に係る実施設計及び施工監理に従事することであり(以下「本件業務」という、②については、PCIとCRCが共同企業体として国際協力事。)業団(その後独立行政法人国際協力機構に組織変更されている。以下、組織変更の前後を問わず「国際協力事業団」という)との間で締結した業。 務実施契約に係る基本設計調査を行うこととされていた(以下「グレナダ案件」という。 。)本件工事の工期は平成10年11月から平成11年11月までとされていた。なお、本件工事は、国際協力事業団の無償資金協力案件であり、工事の施工業者は、北野建設株式会社(以下「北野建設」という)であっ。 た。なお、桟橋については東亜建設工業株式会社(以下「東亜建設」という)も協力をしていた。 。 (甲8の1、乙37の4ないし6、42ないし45、49、53、54、67)ウキングスタウンの桟橋は、亡P1が設計したものである。キングス 株式会社(以下「東亜建設」という)も協力をしていた。 。 (甲8の1、乙37の4ないし6、42ないし45、49、53、54、67)ウキングスタウンの桟橋は、亡P1が設計したものである。キングスタウンの桟橋設計は、現地がハリケーンの到来する地域であることから、波圧対策として、桟橋のコンクリート床版が外れることで桟橋本体への影響を最小限に食い止めるよう設計されたものである。同桟橋は、コンクリート床版の重量を一枚350キログラム(1メートル×80センチメートル)とし、通常のハリケーン程度ではコンクリート床版が簡単に外れることはなく、また、安全対策として、コンクリート床版の位置から道路まで10メートル以上の間隔を置くよう設計されていた。亡P1は、遺書中において、桟橋設計に過誤があった旨記載しているが(後記() 、桟橋設計に 12 )過誤があったとは認められない(乙53)。 エ亡P1が従事した施工監理業務は、①プロジェクトの契約遵守、依頼主- 13 -との連携に基づいて、請負業者が任務を実行するよう、プロジェクトに対する監督業務を提供すること(( )請負業者が提出した店舗の図面とサンa、、、プルの検査と承認( )設計図及び仕様書の翻訳( )プロジェクトの建設bc資材調達段階において、必要な担当者及び技術者の提供、( )工事検査のd実施、プロジェクトのために調達する装置や資材についての工事検査報告書の確認、( )設計書の規定に従い、プロジェクトに採用される資材、技e量、手段の調査、( )建設作業及び装置調達の実施、進捗に関連して依頼f主と請負業者との間に生じる可能性のある異議や相違の解決、( )建設作g業及び装置調達の遅れを予防するため、必要な場合における指導書の発行、②プロジェクトの進行及び発展のため、必要に応 て依頼f主と請負業者との間に生じる可能性のある異議や相違の解決、( )建設作g業及び装置調達の遅れを予防するため、必要な場合における指導書の発行、②プロジェクトの進行及び発展のため、必要に応じて、必要な報告)書を作成すること、③請負業者への支払について必要な証明書や、依頼主の求めに応じてその他の必要な証明書を発行すること、④契約に関連して発行される前払金返還保証書の保管を行うこと、を内容とするものであった(乙46)。 ( )セントヴィンセントは、カリブ海の小アンチル諸島に属し、主島のセン トヴィンセント島とベキエ、カヌアン島等の6大離島と100近い小島からなるグレナディーン諸島からなる。セントヴィンセントは、西暦1783年英領植民地となり、西暦1979年に独立を果たしたが、現在でも国家元首は英国女王エリザベス2世とされている。セントヴィンセントの主要産業は観光とバナナの生産であるが、セントヴィンセントは、カリブ諸国の中でも最貧国であるといわれている。 セントヴィンセントの人口は約12万人であるが、その内訳は、アフリカ系66.5パーセント、混血19パーセント、インド系5.5パーセント、ヨーロッパ系3.5パーセントである。 セントヴィンセントでは、近年、麻薬問題が深刻化しており、特にグレナディーン諸島は、アメリカ合衆国等への麻薬密輸の中継地になっているとい- 14 -われている。 セントヴィンセントの治安は決してよいものではなく、近年、犯罪は増加傾向にあるといわれている。セントヴィンセントに事務室を構えていた北野建設は、立て続けに3回、空き巣被害に遭っているし、原告も、セントヴィンセントを訪問した際、持っていた鞄をひったくられそうになったことがある。そのため、在留邦人に対しては、昼間でも人気のない海岸は避けるように注意が 3回、空き巣被害に遭っているし、原告も、セントヴィンセントを訪問した際、持っていた鞄をひったくられそうになったことがある。そのため、在留邦人に対しては、昼間でも人気のない海岸は避けるように注意が呼びかけられており、現地に滞在している日本人は、夜は1人で出歩かないように注意するのが通常である。 他方、セントヴィンセントは、水が豊富で気候もよく、地方の生鮮市場などを除けば衛生状態もよいといわれているし、生鮮食料品を始めとして、日常生活品は比較的手に入りやすい状態にあるが、原告が滞在していたホテルでは汲み置きした水に砂が溜まることもあったし、現地に滞在している日本人は、水道水をそのまま飲むことがないよう注意していた。 (甲4、29、乙40ないし42、135、証人P4、原告本人)(これに対し、証拠(甲3、乙101)によれば、国際協力事業団の専門家としてセントヴィンセントでの滞在経験があるP5は、セントヴィンセントの治安状況につき「殺人、強盗、強姦は日常茶飯事」である、食料品の入、手についても「商品の品質はセントヴィンセント人がアメリカのごみ箱と、指摘するように期限切れは良い方で、凍結解凍が繰り返され、腐っているものも売られており、他に購入出来ないので生きるために購入するしか方法は無い」と陳述等していると認められるが、他方で、証拠(乙90)によれ。 ば、亡P1は、6月16日に、原告に対し、メールで「水がいいのでレタス。」、、は生で食べるときもありますと連絡していると認められるし亡P1が食生活や具体的な身の危険に対する不平不満を述べていた事実を認めるに足りる証拠はない。亡P1による「外人と見てか、小銭を呉れと言うのがありました。やはり、自分の車が必要なのでしょう。安全のためにもね」との。 - 15 -9月12日付けメール(甲13 実を認めるに足りる証拠はない。亡P1による「外人と見てか、小銭を呉れと言うのがありました。やはり、自分の車が必要なのでしょう。安全のためにもね」との。 - 15 -9月12日付けメール(甲13の12)も、上記に認定の程度の治安に対する不安以上のものとは解されない。そうすると、前記P5の陳述等は、貧困層にある現地人の生活状況の一面を表すものとしては理解できるとしても、これが外国企業から派遣され、ホテルで生活していた亡P1の日常生活を表すものとは認めがたい)。 ( )ア亡P1は、4月16日にセントヴィンセントに赴任した。セントヴィ ンセントにおける亡P1の労働時間は、PCIの規程により、月曜日から金曜日までは午前8時から午後4時まで(休憩時間1時間、土曜日は午)前8時から午後0時までとされていた(乙38、63の1ないし3、6。 7)イ亡P1は、現地のホテルに単身で滞在して業務を行っていた。亡P1のそれまでの海外赴任先ではメイドやボーイが家事を行っていたが、セントヴィンセントでは家事を代行する者はおらず、自ら家事を行う必要があった。亡P1の業務用の事務所は、当初は水道局内にある部屋で北野建設と共用であったが、後に、北野建設の事務所は500メートルくらい離れた、。(、、)所に移転したため専用の部屋になった甲28乙23140の1ウ北野建設は、現地に在住する日本人を事務員として雇用していたが、PCIが現地で雇用した従業員はいなかった。現地には、東亜建設や北野建設の社員や国際協力事業団から派遣された専門家等、5名から6名の日本人が常駐しており、これらの日本人は、適宜ホームパーティを開くなどし。 、、て交流を図っていた亡P1はこれらの交流に参加することもあったが監理者ということで工事施工者とはある程度距離を置 の日本人が常駐しており、これらの日本人は、適宜ホームパーティを開くなどし。 、、て交流を図っていた亡P1はこれらの交流に参加することもあったが監理者ということで工事施工者とはある程度距離を置き、セントヴィンセントで親しく個人的なつきあいをしていた者はいなかった(乙135、。 証人P4)( )ア(ア)PCIでは、社員が海外出張をする際には、担当庶務の社員が出 、。 張先の国の査証等の取得方法を調べ社員に連絡することとされていた- 16 -セントヴィンセントでは、日本人は、入国目的が就労以外で、帰りの航空券を所持し、かつ、1か月以内の滞在であれば、入国査証は不要とされ、1か月以上の滞在を希望する場合には、入国から1か月以内に入。 、国管理局で在留資格の延長許可を受ける必要があるとされていたまたセントヴィンセントで外国人が就労する場合には、許可を受ける必要があったが、就労許可は事前に日本で取得することはできなかった(甲。 4、29、乙55)(イ)亡P1は、セントヴィンセントへの入国時(4月16日、在留資)。 、格は通常の旅行者に与えられる1か月しか許可されなかったそのため、、、、亡P1は在留資格の延長許可を得るべく4月19日PCIに対し延長許可に必要なCRCからのギャランティーレターを早急に送付するよう依頼し、PCIはこれに応じる旨の連絡をしたが、ギャランティーレターはファックスしか届かず、結果的に亡P1の在留資格は延長されなかった(乙38、104、105)。 イ(ア)4月16日から同月30日までの間の亡P1の具体的な労働時間を明らかにする証拠は存在しないが、亡P1は、4月30日に原告にあてたメールにおいて、日常生活について「朝7時にホテルを出て歩いて、事務所に行く…(中略)…。夕方6時には事 P1の具体的な労働時間を明らかにする証拠は存在しないが、亡P1は、4月30日に原告にあてたメールにおいて、日常生活について「朝7時にホテルを出て歩いて、事務所に行く…(中略)…。夕方6時には事務所を出て帰ります。ホテルではよく読書してます」と連絡している(甲14の1)。 。 (イ)亡P1は、セントヴィンセント赴任後の4月中の日曜日のうち、25日には稼働していないが、18日の業務日誌には「整理」と、oldfort.記載している。なお、18日の勤務時間は不明である(乙51の1)。 (ウ)4月中、亡P1が所定の労働時間外に業務に関するメールを発信し、、、た回数は22日午前7時17分及び同45分24日午後0時54分27日午後5時2分及び同14分の5回である(乙57)。 ( )ア亡P1の在留資格は延長されなかったため、亡P1は、5月17日か - 17 -らトリニダードトバゴ出張のためセントヴィンセントを出国した6月4日までの間、在留資格がない状態となった(甲37、乙38)。 イ亡P1は、セントヴィンセントにおける本件業務とともに、グレナダ案件を兼務することとされていたため、当初は、7月にセントヴィンセントの業務を後任の者に引き継いでグレナダに移動し、グレナダで常駐体制を、、とることを予定していたがグレナダ案件の入札時期が予定時期より遅れグレナダへの移動時期を7月とする必要がなくなった。そのため、亡P1は、5月19日、P6に、予定を変更し、亡P1がセントヴィンセントに9月ころまで滞在し、必要に応じてグレナダに出張することと、セントヴィンセントへの技術者派遣時期は7月末ころに再検討して、決定することを検討し、連絡するよう依頼した(乙138の2)。 ウ(ア)亡P1の5月における具体的な労働時間を明らかにする証拠は と、セントヴィンセントへの技術者派遣時期は7月末ころに再検討して、決定することを検討し、連絡するよう依頼した(乙138の2)。 ウ(ア)亡P1の5月における具体的な労働時間を明らかにする証拠は存在しない。5月中、亡P1は、3日を休日とした。亡P1は、5月中の日、、、、曜日のうち2日16日には稼働していないが9日の業務日誌には護岸コンクリート準備底面の均しと23日の業務日誌には護「。 」、、「岸コンクリート準備」と、30日の業務日誌には「護岸型枠撤去完。 、了、東側にコンクの回らぬ個所あり。はつり後コンク充填すること」。 と記載している。しかし、その勤務時間を記載した書面はない(乙5。 1の2)(イ)5月中、亡P1が所定の労働時間外に業務に関するメールを発信した回数は、13日午後4時40分及び同45分、14日午前7時2分及び同4分、15日午後2時49分、20日午後4時25分、31日午後4時18分の7回である(乙57)。 ( )ア亡P1は、日本大使館主催の安全会議出席のため、6月4日から同月 5日にかけてトリニダードトバゴに出張したが、セントヴィンセントに再入国した際にも、1か月の在留資格しか得ることができなかった(甲3。 - 18 -7、乙38、51の3)イ(ア)海外勤務簿上、亡P1の6月の総労働時間は224時間とされている(出勤日数26日。 )海外勤務簿上、亡P1が6月の日曜日に勤務した記載はないが、6日には、亡P1は業務に関するメールをPCIあてに発信しているほか、業務日誌には、20日に「出勤「段差補修」との、27日に「鉄筋」、組立」と記載している。なお、亡P1は、原告あてのメールの中で、20日の勤務につき午前中出てきましたと27日の勤務につき現「。」、「場 「出勤「段差補修」との、27日に「鉄筋」、組立」と記載している。なお、亡P1は、原告あてのメールの中で、20日の勤務につき午前中出てきましたと27日の勤務につき現「。」、「場があるので、少し事務所に出てます」と記載している。 。 亡P1は、6月20日付けで原告に送信したメールの中では、日常生活について「近況は変化なしです。朝7時半には事務所に着き、夕方、6時頃までいます」と記載している。 。 (甲14の2・3、乙51の3、57、63の1)(イ)6月中、亡P1が所定の労働時間外に業務に関するメールを発信し、、、た回数は6日午後1時7分11日午後5時54分及び午後6時4分、、、16日午前7時49分17日午後4時31分19日午後2時45分24日午後4時31分及び同42分、29日午後6時3分、30日午前7時57分の10回である。 なお、上記のメールのうち、6日付け、11日付け(1通、16日)付け、29日付け、30日付けの5通のメールは、海外勤務簿上、勤務時間として記載された時間外に発信されたメールである。 (乙57、63の1)( )ア亡P1の在留資格は7月4日に切れたため、亡P1は、翌日からドミ ニカ国出張のためセントヴィンセントを出国した7月25日までの間、在留資格がない状態となった。なお、亡P1は、7月29日、ドミニカ国からセントヴィンセントに再入国しその際1か月の在留資格を得た甲、、。(- 19 -37、乙38)イ(ア)PCIは、7月23日、亡P1に対し、ドミニカ国のマリゴット漁港の案件に係る入札に参加すべく、現地において、関係各所からの事情聴取や現地調査等を行い、検討項目や問題点をまとめるよう指示した。 亡P1は、PCIから、ドミニカ国では、水産局のP7、国際協力事業団のP8 件に係る入札に参加すべく、現地において、関係各所からの事情聴取や現地調査等を行い、検討項目や問題点をまとめるよう指示した。 亡P1は、PCIから、ドミニカ国では、水産局のP7、国際協力事業団のP8、東亜建設の社員の3名と接触して業務を進めるようにとの指示を受けて、7月25日、セントヴィンセントを訪れていた原告とともにドミニカ国に入国した。亡P1はそれまでドミニカ国で業務をしたことはなかった。 亡P1は、観光目的と申告して入国し、PCIから指示があった3名に連絡を取った上現地調査をしようとしたが、いずれも国外に滞在中で、、、不在であったため亡P1は関係機関に連絡を取らないまま深浅調査写真撮影、漁民からの事情聴取を行った。 (乙34、38、68、112ないし115)(イ)亡P1は、P7がドミニカ国に帰国した後の7月28日の午前中、同人と面談し、事情を説明したところ、P7は、亡P1が観光目的で入国しながら仕事をしたことや、無断で現地調査を行ったことに立腹し、亡P1に対し、入国管理事務所や警察に連絡し、逮捕するよう要請したと告げた。 亡P1は、午前10時半ころにホテルに戻り、セントヴィンセントの水産局長や東亜建設の知人等に連絡し、対応を依頼した。同日午後にP7を再度訪問すると、同人の態度は柔軟なものとなり、現場説明も受けられる状態となったが、P7は、後日に国際協力事業団や大使館へのクレームを入れると告げた。現実に、P7は、8月4日には、亡P1に苦情の電話をしてきた。 (乙95、115、116)- 20 -(なお、P3部長代行の陳述書(乙53)には、P7は、平成16年7月28日、事情を質問したP3部長代行に対して、苦情の電話をした事実はないと述べた旨の記載があるけれども、原告がセントヴィンセント滞在中につけていた日記(乙95)や、 3)には、P7は、平成16年7月28日、事情を質問したP3部長代行に対して、苦情の電話をした事実はないと述べた旨の記載があるけれども、原告がセントヴィンセント滞在中につけていた日記(乙95)や、原告が当時送信していたメール(乙116)にはP7から苦情の電話があった旨記載され、これらの文、、書は当時作成されたものであり信用性が高いことは明らかであるから前記のP3部長代行の陳述書の記載は採用できない)。 ウキングスタウンの桟橋工事は、9月初旬には終了する見込みとなり、その後は常駐監理の必要性も低くなる一方、グレナダ案件に係る工事が9月ころから本格化するため、亡P1は、9月初旬までセントヴィンセントで本件工事の施工監理を行い、その後、グレナダに移動してグレナダ案件の施工監理を行うことがよいと判断し、7月2日、当時の上司であるP9部長に上記の方針でよいかCRCと調整するよう依頼するメールを送信した。 CRCは、国際協力事業団との契約上、セントヴィンセントの施工監理体制について、最後までの常駐が必要と考えていたため、7月13日、P9部長と話をした際、上記提案には消極的である旨伝えたが、その調整結果がどのようになったかについて、P9部長から亡P1へ連絡はされなかった。 なお、このころ、亡P1は、セントヴィンセントに出張してきたCRCのP10と話をし、キングスタウンの土木工事が終了し次第、グレナダに移動してセントヴィンセントの残務を兼任することについて了解を得ていた。 (甲6、乙138の13・18・22ないし24・30)エ(ア)海外勤務簿上、亡P1の7月の総労働時間は206時間とされている(出勤日数24日。 )- 21 -海外勤務簿上、亡P1が7月の日曜日に勤務した記載はなく、海外勤務簿上休日となっている3日、5日、6日も勤務の記 亡P1の7月の総労働時間は206時間とされている(出勤日数24日。 )- 21 -海外勤務簿上、亡P1が7月の日曜日に勤務した記載はなく、海外勤務簿上休日となっている3日、5日、6日も勤務の記載はないが、業務日誌には日曜日のうち11日には事務所などと25日にはド、、「」、「ミニカ出発」と記載されているし、25日には、PCIあてに業務に関するメールを送信している(乙51の4、57、63の2)。 (イ)7月中、亡P1が所定の労働時間外に業務に関するメールを発信した回数は、1日午後4時4分、同12分及び同26分、7日午後4時29分及び同31分、8日午後4時18分、10日午後3時37分、午後4時42分(2通、14日午後5時21分、同22分及び同23分、)16日午後4時19分、23日午後5時4分、24日午後3時43分、、、、25日午後10時6分26日午前7時14分27日午前7時26分28日午後8時5分の19回である。 なお、上記のメールのうち、10日付け(2通、25日付け、26)日付け、27日付け、28日付けの6通のメールは、海外勤務簿上、勤務時間として記載された時間外に発信されたメールである。 (乙57、63の2)(ウ)原告は、7月17日から8月25日まで、セントヴィンセントを訪れ、亡P1と共に過ごしている。その間、出張期間や休日を除き、亡P1は、おおむね、午前7時45分ころにホテルを出て事務所に出社し、午後5時15分ころから午後6時15分ころにかけてホテルに戻るという生活をしていた(乙21、23)。 ( )ア亡P1は、8月13日から同月17日にかけて、起工式への出席と現 場所長との打合せのため、グレナダへ出張し、セントヴィンセント再入国時に1か月の在留資格を得た(乙38、51の5)。 イ( )ア亡P1は、8月13日から同月17日にかけて、起工式への出席と現 場所長との打合せのため、グレナダへ出張し、セントヴィンセント再入国時に1か月の在留資格を得た(乙38、51の5)。 イ(ア)海外勤務簿上、亡P1の8月の総労働時間は208時間とされている(出勤日数26日。 )- 22 -海外勤務簿上、亡P1が8月29日を除く日曜日及び2日(休日と記載されている)に勤務した記載はないが、2日には、亡P1は業務に。 関するメールをCRCに送信している。なお、業務日誌には、29日の勤務について「旧桟橋下面もぐる。新桟橋も。スポットホールあり」、。 と記載し、原告あてのメールにおいて「午前10時に出勤「午前、。」、中少しですが、パンツとYシャツで泳ぎ、桟橋の下を見てきました」。 と午前中に若干稼働したことを伝えている。 また、海外勤務簿及び業務日誌によれば、6日、7日は勤務をしたこととされているが、実際には、亡P1は有給休暇の申請をしないまま、両日ともユニオン島に観光旅行に出かけている。 (甲10の7、13の4、乙51の5・6、63の3)(イ)8月中、亡P1が所定の労働時間外に業務に関するメールを発信した回数は、2日午後6時8分、4日午後4時12分、同15分、同39分及び同42分、19日午後4時20分、20日午後4時7分、24日午後4時1分、25日午後5時40分の9回である。 、、、、なお上記のメールのうち2日付け25日付けの2通のメールは海外勤務簿上、勤務時間として記載された時間外に発信されたメールである。 (乙57、63の3)()ア(ア)亡P1は、9月7日から同月8日にかけて定例会議出席のためグ レナダへ出張したが、セントヴィンセントへ再入国した際には、9月16日までの在留資格しか受けられなか 57、63の3)()ア(ア)亡P1は、9月7日から同月8日にかけて定例会議出席のためグ レナダへ出張したが、セントヴィンセントへ再入国した際には、9月16日までの在留資格しか受けられなかったため、亡P1は9月17日から再度グレナダに出張する9月27日までは、在留資格がない状態となった。なお、出張を終えて再入国した9月30日には、1か月の在留資格が出された(甲37、乙38、51の6)。 (イ)亡P1は、在留資格の延長許可が円滑に受けられず、数回にわたり- 23 -在留資格が切れた状態となったことを気にかけておりP5に対しビ、、「ザが取れないんだ」と漏らしていた(甲3)。 。 イ(ア)CRCは、9月3日、亡P1に、セントヴィンセントの常駐監理体制について、亡P1の現地滞在期間が短いため、国際協力事業団に対する説明の関係上も、全体工事完了まで常駐してもらいたいし、亡P1がグレナダ案件を兼任するのであれば、後任を派遣してもらいたいと要請した。 亡P1は、亡P1が9月にグレナダへ移動することについては、P10から了解を得ていたことや、この件についてはPCIとCRCとの間でも調整済みと考えていたため、同日から翌日にかけて、P9部長らにPCIとCRCで協議の上、対応を決めてほしいと連絡した。なお、P9部長は、9月に入りすぐに海外出張となったため、上記要請に対する調整は行えず、P3部長代行がその後任となっていたが、P3部長代行には、上記調整が必要であるとの引継ぎはされず、P9部長から亡P1に、後任がP3部長代行になるとの連絡もされなかった。 (乙53、138の29ないし31、証人P3)(イ)P3部長代行は、9月7日、詳細が分からないとして、本件工事の進捗状況、グレナダへの常駐が必要な時期、契約上、常駐監理を行う社員がさ なかった。 (乙53、138の29ないし31、証人P3)(イ)P3部長代行は、9月7日、詳細が分からないとして、本件工事の進捗状況、グレナダへの常駐が必要な時期、契約上、常駐監理を行う社員がさらに必要かを問い合わせるメールを亡P1に送信した。 、、、これに対し亡P1は契約上は現地にさらに1人出す必要はないし亡P1がグレナダに9月下旬ころに移動すれば業務を1人で行えると考えその旨返事し、CRCにも同様の連絡をしたが、CRCは、契約上、常駐管理業務はキングスタウンの土木工事に限定されるものではないとの見解に立ち、11月中旬ころまで本件業務の常駐監理者が必要としたため、P3部長代行は、P2を派遣することを決定した。なお、この時点で、CRCの意向は、P2をセントヴィンセント要員とし、亡P1を- 24 -グレナダ要員とするというものであり、P3部長代行はその旨を亡P1に伝えた。 亡P1は、9月下旬にはキングスタウンの土木工事はほぼ完了するので、それまでの間、P2にグレナダ案件を担当してもらい、キングスタウンの土木工事が終了後、グレナダに移動すれば、セントヴィンセントの残務とグレナダ案件の兼任は可能であると考えていたため、9月14日、CRCに、9月下旬ころにグレナダに移動する方針はP10とも調整済みであるし、PCIはキングスタウンの土木担当であるから11月中旬までの常駐は不要であると連絡し、P3部長代行にもCRCとの再調整を依頼した。 CRCは、契約書の解釈や国際協力事業団に対する説明の関係上、セントヴィンセント及びグレナダに各1人常駐監理者が必要であり、P2をセントヴィンセントの、亡P1をグレナダの担当としてもらいたいとの立場を変更しなかったが、亡P1は、継続してCRCと協議するようP3部長代行に要請していた。 (乙53、138の が必要であり、P2をセントヴィンセントの、亡P1をグレナダの担当としてもらいたいとの立場を変更しなかったが、亡P1は、継続してCRCと協議するようP3部長代行に要請していた。 (乙53、138の36・37・44・45・46・48・50・52・60、証人P3)(ウ)亡P1は、9月27日、グレナダに出張し、同日着任したP2を出迎え、CRCの意向に従って、セントヴィンセントをP2が、グレナダを亡P1が担当することとすると告げた上、具体的内容は明らかにしなかったが、セントヴィンセントで処理すべき問題があるので、P2のセントヴィンセント赴任は1か月から2か月後にしてもらいたいと告げた。なお、亡P1は、P2の着任前には、セントヴィンセントでの在留資格が切れているため、グレナダへP2を出迎えにいけるかどうかにつ。(、、、)いて不安を覚えていた乙53 138の63140の25、、ウ(ア)亡P1の9月の具体的な労働時間は海外勤務簿が存在しないため- 25 -不明であるが、亡P1が原告に送信したメール中には、日常生活について、18日付けで「最近は仕事もまとめの段取りで夜は遅くなる時が多く、タクシーも使っての帰宅が増えましたが、8時前には帰れます、。」23日付けで「早くこの現場を終了せんと土日を返上してやってます、26日付けで「土曜も事務所で雑用をしています「一日中事。」。」、務所におり、現場を時々覗く」と記載している(甲13の16・1。 。 8・19の1)(イ)亡P1は、9月中の日曜日のうち、5日には勤務していない(部屋の荷物整理をしたのみであり、業務に従事したとは認められない。 。)業務日誌には12日欄に記載がないが、亡P1が12日午後1時56分に原告に送信したメールには「昨日来、コンピュータの調子 い(部屋の荷物整理をしたのみであり、業務に従事したとは認められない。 。)業務日誌には12日欄に記載がないが、亡P1が12日午後1時56分に原告に送信したメールには「昨日来、コンピュータの調子が悪くな、り、今日は事務所に出て調整をしてます「今日は休養しようかなと。」、思ったが、雑用とメールでも片付けるため出てきました」と記載して。 いる。また、業務日誌には、19日の欄に「クレーン、バックホー夜間移動「事務所2Fスラブ仕上げ」と記載されているし、26日には」、業務に関するメールをCRCに送信している(甲13の12、乙51。 の6、57)(ウ)9月中、亡P1が所定の労働時間外に業務に関するメールを発信した回数は、2日午後5時35分、4日午後2時14分及び午後3時52分、7日午後4時49分、11日午後4時12分及び同14分、12日午後3時29分、13日午後4時39分、14日午後6時57分、15日午後5時20分、16日午後4時9分、18日午後3時18分及び同31分、21日午後5時25分、22日午後5時26分及び同27分、25日午後3時41分及び午後7時22分、26日時間不明の19回である(乙57)。 ()亡P1は、原告がセントヴィンセントを訪れる前には、原告に送信する - 26 -メール中に業務上の悩みや、気分の落ち込みについて書き記すことはほとんど無かったが、原告が日本に帰国して以降、そのような記載が増えるようになり、8月下旬には「洗濯、自炊、一人寝など。朝目が覚めても、隣にい、るはずのP11がいない。一瞬どうなったのか迷うこともあります(8。」月28日付け)と記載し、9月になると「ハリケーンがまだまだ発生しま、、。」すのでコンクリート版が飛んだら等と考えるといささか気が滅入ります(2日付け たのか迷うこともあります(8。」月28日付け)と記載し、9月になると「ハリケーンがまだまだ発生しま、、。」すのでコンクリート版が飛んだら等と考えるといささか気が滅入ります(2日付け「ヴィザがややこしくなってきました。…(中略)…長期の)、ヴィザの手続きもして要るのですがなかなか、思ったようには進みません。 慌てて局長にヴィザ取得のお願いの遣り直しを頼まねばなりません。ドミニカでもそうだったがあまり現地の方法を無視しつづけるのは良くないね」。 (11日付け「明日も朝からここで会議があります。自分の仕事が溜ま)、るがしょうがないね。今日はいささかチャッペです(14日付け「自。」)、分の現場も切羽詰ってきました。どうまとめるか、報告書の作成などで頭がいたいです。移動についても中々ややこしくなってきました(16日付。」け「波が桟橋に打ち上げるのを見るのはあまり気分の良いものではあり)、ませんが、…(中略)…大きなハリケーンが直撃すると???です「誰。」、を、とこへ、何時までという綱渡りのスタッフのアレンジが今後も続きます(18日付け「パスポートの滞在期間が切れてます…(中略)…ド。」)、ミニカの2のまいです。現地を軽視しては絶対にだめだおもっているんですが、つい、まあとなってこの始末です。何時までもこんなことをしてては本当に逮捕されるでしょうね(21日付け「言葉をしゃべらないのに慣。」)、れているはずですが、ちょっと気分が落ち込むことがあります(26日。」付け)と、桟橋の設計に対する不安、セントヴィンセントとグレナダの人員配置に対する不安、在留資格に対する不安、疲れ(チャッペとはインドネシ。)。 ア語で疲れたという意味であるや気分の落ち込みを訴えるようになった(甲13の3・5・ ントヴィンセントとグレナダの人員配置に対する不安、在留資格に対する不安、疲れ(チャッペとはインドネシ。)。 ア語で疲れたという意味であるや気分の落ち込みを訴えるようになった(甲13の3・5・11・14ないし17・19の1、原告本人)- 27 -、()、、()亡P1は9月23日から10月1日現地の日付けにかけて家族 セントヴィンセント水産局長、PCI社員、CRC社員等に対する合計11通の遺書を書き記した。亡P1は、遺書の中で、キングスタウンの桟橋の設計に関し、ハリケーンに至らない荒天時においても350キログラムのコンクリート製スリットカバーが飛散し、桟橋利用者に多大な被害を与える可能性が高いことを気に病んでいた。亡P1は、原告あての遺書中では、桟橋の問題の他に、パスポートの滞在許可ミス、労働許可、税金の免除、P2への応対ができないことを、未解決の問題点として記載していた(乙118の。 1・2、119ないし122、123の1・2、124ないし128)()亡P1は、10月1日、刃物で胸部を突き、頸部を後ろから切り、自殺 した。 3( )以上の事実を前提にして、まず、亡P1の自殺の原因及び業務との条件 関係について判断する。前提事実(第2の1)( )のとおり、亡P1がうつ 病を発症し自殺に至ったことは、当事者間に争いがない。 ( )2()に認定のとおり、亡P1は、8月下旬以降、原告あてのメール中 で、業務上の悩みや、気分の落ち込みについて記載することが多くなり、9月中旬ころのメールでは、疲労感、桟橋設計や在留資格が切れている状態となっていることに対する罪責感を訴えるようになり、9月26日付けメールで気分の落ち込みを明確に伝えている。また、亡P1は、同月23日ころからは遺書を書き始めて 、桟橋設計や在留資格が切れている状態となっていることに対する罪責感を訴えるようになり、9月26日付けメールで気分の落ち込みを明確に伝えている。また、亡P1は、同月23日ころからは遺書を書き始めている。疲労感、罪責感、気分の落ち込みといった症状は、うつ病の初期症状として広く知られているところであるが、証拠(証人P12)によれば、うつ病の発症から希死願望が発現するまでには数日から数週間かかることが通常であると認められることからすれば、亡P1は、9、、月初旬から遅くとも中旬にかけてうつ病を発症して症状を急速に悪化させ自殺に至ったと認められる。 ( )亡P1には、従前、精神疾患の病歴はなく、そのうつ病の発症が亡P1 - 28 -が服用していた薬など、精神作用物質や器質性精神障害によるものと認めるに足りる証拠もない。証拠(乙21、23)によれば、亡P1の母親は、うつ病を発症していたと認められるが、これも老人性のものにすぎない。そして、証拠上、亡P1に私生活上のトラブルといった職場以外の事情による心、、、、労が生じていたとも認められない一方で2()()のとおり亡P1は 在留資格や桟橋設計といった業務上の問題についての悩みを原告に書き送り、遺書中にも、同様、業務上の問題のみ記載されていたことからすれば、亡P1がうつ病を発症した原因として業務以外の原因を考えることはできない。 以上により、亡P1は、業務上の心理的負荷が原因でうつ病を発症したものであることは明らかであり、亡P1の業務とうつ病の発症・増悪及び自殺との間には条件関係が認められる。 そこで、進んで、亡P1の業務が平均的労働者に較べ特段過重なものであったかどうかを検討し、業務と亡P1のうつ病発症及び自殺との間の相当因果関係の有無を判断する。 ( ) 条件関係が認められる。 そこで、進んで、亡P1の業務が平均的労働者に較べ特段過重なものであったかどうかを検討し、業務と亡P1のうつ病発症及び自殺との間の相当因果関係の有無を判断する。 ( )亡P1が自殺する約6か月前以後に担当した業務は、本件業務とグレナ ダ案件であり、その業務内容は、2( )イ及びウ記載のとおりであるが、亡 P1は、パシフィックコンサルタンツ株式会社に入社以後、技師として港湾計画・設計、積算について専門技術を有しており、海外出張経験も豊富であったこと(2( )ア、第2の1( ))からすれば、亡P1が、特に業務の遂行 に困難を覚えたとも解されないし、証拠上も、そのような事情は認められない。証拠(甲3、乙101)によれば、P5は、国際協力事業団の案件を担当すること自体の困難さを強調する証言等をしていると認められるが、他方で、証拠(乙102)によれば、同人自身「なぜ、P1さんが、このよう、な小規模なプロジェクトの担当になったのだろう」と陳述書で述べていると認められるのであるから、亡P1の業務の困難性について述べるP5の供述- 29 -の信用性は低い。実際に、証拠(乙140の24)によれば、亡P1は、原告あてのメールに、セントヴィンセントでの業務について「セントヴィン、セントは大卒13年以上、グレナダは大卒8年以上の人となっており、経験年数がちがうので、誰でも右から左というわけにはいかないのです。…(中略)…。本来ならば、自分がここに来るのでなく、協力者に駐在を依頼していたものですが、会社の業務量が減ってきたので、現在の人員配置となったいきさつもあります。でも、今回の現場は、一見楽のようですが、杭打ち、コンクリート版などの問題があり、自分が来て良かったと思ってます」と。 記載していると認められるように で、現在の人員配置となったいきさつもあります。でも、今回の現場は、一見楽のようですが、杭打ち、コンクリート版などの問題があり、自分が来て良かったと思ってます」と。 記載していると認められるように、亡P1もセントヴィンセントの案件が一定程度の経験を積んだコンサルタントにとって特段の困難を伴う業務ではないことを自認している(前記のとおり、コンクリート版の件は、亡P1の懸念に反し、実際に設計ミスは認められない。また、本件工事に遅れが生。)じ、亡P1に過重な負担や責任が生じたとの事情も認められない。 亡P1が、セントヴィンセントにおける本件業務とグレナダ案件を兼務する予定であったことからすれば、その職務が過重なものであったともいえそうであるが、実際には、グレナダ案件は入札の遅れを理由として、業務開始がずれこみ、亡P1がグレナダ案件に携わったのも、起工式や業務の打合せが行われた8月13日以降にすぎない(2( )ア。そして、亡P1は、キ )ングスタウンの桟橋工事に目途がついてからグレナダに移動して、グレナダ案件に取りかかれば、1人で業務が可能であると考えており、セントヴィン()、、セントへの後任も不要と考えていたばかりか2()イ(イ)9月以降に 亡P1が原告にあてたメールの中でも、要員調整の問題を別とすれば、グレナダ案件を兼務すること自体が負担となっていることに触れた部分もなく、実際に、グレナダ案件を担当することにより亡P1の労働時間が増加したと認めるに足りる証拠もないこと(2()ウ(ア)の亡P1のメール内容からす ると、9月以降の休日出勤等の増加は桟橋工事の追い込み時期にあったこと- 30 -に起因していると認められる)からすれば、グレナダ案件と兼務する必要。 があったことが、亡P1に過度の負担となったとは考え 9月以降の休日出勤等の増加は桟橋工事の追い込み時期にあったこと- 30 -に起因していると認められる)からすれば、グレナダ案件と兼務する必要。 があったことが、亡P1に過度の負担となったとは考えがたい。 また、労働時間の点についてみても、後記4( )エのとおり、9月以降は 、、別として8月まではその労働時間が特に長いともいえないことからすれば亡P1の担当業務自体が、労働時間、業務の質、責任の程度等において過重なものであったとまで認めることはできない。 ( )しかし、業務自体の困難性は認められないとしても、以下に述べるよう に、亡P1には、業務上、強度の心理的負荷となり得る事情が複数存在していたと認められる。 ア亡P1は、4月16日にセントヴィンセントに赴任して以降、原告がセントヴィンセントを訪れた7月17日から8月25日までの間を除いて、ホテルで単身で生活をしており、従前の赴任先とは異なり、家事も自らが行わなければならなかった(2( )イ、2( )エ(ウ) 。セントヴィンセン )トには、日本人は、5名から6名しか滞在しておらず、亡P1が親しいつきあいをできた者もセントヴィンセントにはいなかった(2( )ウ。セ )ントヴィンセントにはPCIの社員は亡P1のほかにはいなかったため、亡P1は、一人の事務所で単身で業務を遂行し、PCIやCRCとの業務上の連絡も主にメールでやり取りをするなど(2( )イ、弁論の全趣旨、 )業務上の悩みや相談を気軽にできる関係の者は亡P1の身近にはいないだけではなく、日常的に会話をする相手もいなかった。また、亡P1は海外出張自体には慣れていたものの、証拠(乙34)によれば、セントヴィンセントへの赴任以前に、カリブ諸国に長期間赴任した経験もなかったと認められる。 単身で海外赴任をするこ なかった。また、亡P1は海外出張自体には慣れていたものの、証拠(乙34)によれば、セントヴィンセントへの赴任以前に、カリブ諸国に長期間赴任した経験もなかったと認められる。 単身で海外赴任をすること自体が、国内で単身赴任をして業務を遂行することと比較して、相応な心理的負荷を伴うものであろうことは容易に推測できるところであるが、その赴任先がカリブ諸国で最貧国といわれ、こ- 31 -れまで亡P1が長期間滞在していた海外の赴任先とは異なる文化を有すると解されるセントヴィンセントであり、その労働環境や生活環境もこれまでの赴任先とは異なるものであったことからすれば、セントヴィンセントに単身赴任をして業務に従事すること自体が、亡P1のような海外業務に慣れた社員にとっても、心理的負荷となり得るものであったであろうことは容易に推測できるところである。 イ亡P1は、セントヴィンセント赴任時、在留資格が1か月しか取れず、その延長手続もできなかったため、5月17日から6月4日まで、7月4日から同月25日まで、9月17日から同月27日までの間、いずれも在留資格がない状態で業務を遂行せざるを得ない状態となっている(2( ) ア、2( )ア、2()ア(ア) 。亡P1は、入国直後の段階から、在留資格 )の延長許可を受けるべく、必要な書類の送付をPCIに依頼するなどしたが、結果として、在留資格の延長許可は受けられていないし、周辺にそのような事態の打開策となり得る有効な助言をした者がいたと認めるに足りる証拠もない。在留資格の延長許可を受けられなかった理由については、、、証拠上必ずしも明らかではないが海外出張の経験豊富な亡P1にとってこれが特に困難な作業とも解されないことや、現に亡P1がギャランティーレターの送付を求めるなどして、在留資格の延長許 いては、、、証拠上必ずしも明らかではないが海外出張の経験豊富な亡P1にとってこれが特に困難な作業とも解されないことや、現に亡P1がギャランティーレターの送付を求めるなどして、在留資格の延長許可の手続を取ろうとしたにもかかわらず、これが果たせなかったこと(2( )ア(イ))からす れば、亡P1の手続ミス等の原因によって在留資格が切れる状態となったものとは認められない。 海外に長期間赴任して業務を行うに際し、在留資格を有することは、当然の前提である。在留資格が切れた状態で業務を遂行することが、海外赴任をする会社員にとって日常的な事態であるとも解されないことからすれば、セントヴィンセント赴任直後から自殺の直前まで断続的に、在留資格が切れた状態で就労せざるを得なかったことが、亡P1に対する心理的負- 32 -荷となり続けていたであろうことは容易に推測できるところである。 なお上記の点に関し慶応義塾大学看護医療学部教授P12以下P、、(「12医師」という)は、亡P1が原告にあてたメール内容から、亡P1。 が在留資格が切れた状況を深刻に受け止めていなかったことは明らかであるとの意見書を提出する(乙132。確かに、亡P1は「ドミニカの)、2のまいです。現地を軽視しては絶対にだめだおもっているんですが、つい、まあとなって」と、現地のやり方を軽視していたかのようなメールを原告に送信しているが(2() 、業務で海外出張中に在留資格が切れる 11 )ことについて、これを深刻に受け止めない労働者がいるとはにわかには考えがたい。また、海外勤務に慣れ、在留資格の重要性について熟知していると推測できる亡P1が在留資格の問題を深刻に受け止めないとも考えられないし現に同人の遺書中にも在留資格の件は記載されていること2、、(() 外勤務に慣れ、在留資格の重要性について熟知していると推測できる亡P1が在留資格の問題を深刻に受け止めないとも考えられないし現に同人の遺書中にも在留資格の件は記載されていること2、、(())からすれば、上記メールの文言どおりに亡P1が軽く考えていたか は疑問であり、上記メールを、亡P1が在留資格が切れながら業務を継続して遂行せざるを得なくなった事実を深刻に受け止めていなかったことの根拠とすることは相当でない。よって、前記意見は採用できない。 ウ亡P1は、7月25日からのドミニカ国出張中、観光目的で入国したにもかかわらず、滞在中、現地政府に許可を得ることなく業務目的で現地調査を行ったことを理由として、水産局のP7から激しい叱責を受け、入国管理事務所や警察に連絡し、逮捕するよう要請したと告げられている(2( )イ(イ) 。亡P1が、観光目的で入国したのは、短期の滞在であるの )で査証なしで入国しようとしたためであると推測されるが、この点は、PCIから亡P1への指示が急なことであった(2( )イ(ア))などの事情 も考えると無理はなく、亡P1に軽率な点があったとはいえない。亡P1は、PCIに指示を仰ぎ、現地で政府関係者に連絡を取ってから業務を開始しようと考えていたのであり、当初から、現地政府の許可を得ないで現- 33 -地調査を開始しようと意図していたものではない。そして、亡P1が事前に政府関係者に挨拶をできなかったのは、PCIから接触するよう指示されていた水産局のP7を始めとする3名がいずれも国外に滞在中であった(2( )イ(ア))という理由以外にはないのであるから、亡P1が、現地 で許可を得ないまま業務を開始したことは、亡P1の落ち度によるというべきではない。 亡P1は、PCIから指示された者に連絡を取れなかった (ア))という理由以外にはないのであるから、亡P1が、現地 で許可を得ないまま業務を開始したことは、亡P1の落ち度によるというべきではない。 亡P1は、PCIから指示された者に連絡を取れなかったため、政府関係者の許可を得ないで現地調査を行うことになったものであるが、業務で初めて訪れた外国でこのような事態になること自体、相当に心理的負荷を受けたと推測できるところ、亡P1は、このような不測の事態に遭った後に、水産局のP7から前記のような発言をされ、逮捕されるかもしれないとの不安を抱かざるを得ない状態に置かれたのである。初めて訪れた国で身体の拘束を受けかねない状態に置かれたことは、たとえその状況に置かれたのが数時間であったとしても、心理的負荷が大きかったことは容易に推測できる。このような事態は、海外出張に従事する会社員にとって日常的な出来事とは到底いえない。そして、このような事態が発生したのが、亡P1が、セントヴィンセントにおいて在留資格が切れた状態となっていた直後のことであり、亡P1が在留資格につき神経質になっていた時期であると考えられることや、証拠(乙142)によれば、亡P1には、平成2年にフセイン政権の下、イラクから出国できなくなった経験があると認められ、そのことがドミニカ国での一件に影響を与えた可能性も高いと推測されることも併せて考慮すれば、ドミニカ国出張中の一件が亡P1に与えた心理的負荷は相当に大きかったであろうことは明らかである。 なお、証拠(乙142)によれば、亡P1がイラク滞在中にPCIで人事管理を担当していたP13は、当時の亡P1の生活状況につき、バグダッドで軟禁状態となった日本人とは異なり、イラクで出国禁止の状態とな- 34 -った際にも、日常生活面で特段の不自由は生じなかったはずであるし、業務上の連絡も自由に取 P1の生活状況につき、バグダッドで軟禁状態となった日本人とは異なり、イラクで出国禁止の状態とな- 34 -った際にも、日常生活面で特段の不自由は生じなかったはずであるし、業務上の連絡も自由に取れる状態であったと陳述書で述べていると認められるが、仮に、日常生活面や業務遂行面で支障が生じなかったとの陳述が事実であったとしても、海外滞在中に、戦時体制にある独裁国家から出国できなくなるということ自体、通常人が一般的に体験し得ない異常な事態であることからすれば、これが、亡P1にその後全く影響を残さなかったとか、比較的短期間の間に心理的影響が消失する程度の体験であったとは解されない。 エ8月には、特段業務上のトラブル等、亡P1の心理的負荷となり得る突発的事態は発生していないし、原告とも短期間旅行に出かけることもできるなど、亡P1に強度の心理的負荷がかかったと考え得る特段の事情は存在しない。 しかし、8月下旬には原告が帰国したため、再度、単身赴任の状態とな、、、()。 り原告は再度単身生活の寂しさを感じるようになっている2() 、、、また9月に入っても在留資格切れとなる状態は継続していたばかりか9月8日のセントヴィンセントへの再入国時には9日間の在留資格しか得られないという事態に陥っている(2()ア(ア) 。業務面についてみて )も、既に7月にはCRCのP10との間で、亡P1が9月下旬にグレナダに移動してグレナダ案件とセントヴィンセントの残務を兼務し、セントヴィンセントには常駐要員を残さない方針を確認していたにもかかわらず、9月になってから、その方針が、11月下旬ころまでセントヴィンセントに常駐要員が1人必要と変更され、9月下旬にP2がセントヴィンセント要員として派遣されるに至っている。方針変更の原因は、契約 らず、9月になってから、その方針が、11月下旬ころまでセントヴィンセントに常駐要員が1人必要と変更され、9月下旬にP2がセントヴィンセント要員として派遣されるに至っている。方針変更の原因は、契約の解釈についてPCIとCRCとの間で共通の認識が持たれていなかったことにあることは、2()イ認定の方針変更に至る経緯に照らしても明らかであるこ とからすれば、これらの方針変更が亡P1に相当な心理的負荷を与えたで- 35 -あろうことは容易に推測できる。また、亡P1は、7月以降、PCIにCRCとの調整依頼を行っているが、CRCとの間でこれが十分に行われたとか、亡P1にその結果が十分に連絡されていたと認めるに足りる証拠もなく、このことが、亡P1の心理的負荷を強めたであろうことも明らかである。 オ亡P1の労働時間についてみると、亡P1のセントヴィンセント赴任後の労働時間は、海外勤務簿上、6月は224時間、7月は206時間、8月は208時間とされているが(2( )イ(ア)、2( )エ(ア)、2( )イ (ア) 、亡P1は、海外勤務簿に記載された労働時間外にも業務上のメー)ルをたびたび発信しているほか、有給休暇の申請をしないで私事旅行に出かけているなど(2( )イ(イ)、2( )エ(イ)、2( )イ(ア)及び(イ) 、 )その記載は正確ではない。 亡P1は、4月30日には「朝7時にホテルを出て歩いて事務所に行、く…(中略)…。夕方6時には事務所を出て帰ります、6月20日に。」は「朝7時半には事務所に着き、夕方6時頃までいます」とそれぞれ原。 (、)、、告にメールを送信していた2( )イ(ア)2( )イ(ア)から亡P1は セントヴィンセント滞在中、8月下旬までは、おおむね、月曜から金曜まで ます」とそれぞれ原。 (、)、、告にメールを送信していた2( )イ(ア)2( )イ(ア)から亡P1は セントヴィンセント滞在中、8月下旬までは、おおむね、月曜から金曜までは朝7時半に出社し午後6時に退社するという生活を送っていたと考えられる(ただし、原告がセントヴィンセントを訪問していた時は、おおむね午前7時45分ころにホテルを出て午後5時15分から午後6時15分にかけてホテルに戻るというものであった(2( )エ(ウ))から、労働時 間は上記より1時間から1時間半程度短いこととなる。亡P1は土曜。)日は半日勤務とされており、亡P1が土曜日にも午前7時半に出社し午後1時まで勤務していたとすれば(亡P1が土曜日にも時間外勤務をするこ(()、とがあったであろうことはメールの送信記録2( )イ(ウ) 4月24日 2( )ウ(イ)5月15日2( )イ(イ)6月19日2( )エ(イ) ()、()、(- 36 -月10日、24日)から明らかである、週の労働時間は53時間であ)。)る(月曜日から金曜日までは1日の拘束時間10時間半で休憩1時間、土曜日は1日の拘束時間5時間半で計算している。亡P1が日曜日に勤。)務した場合の労働時間数は、証拠上不明であるが、1月に2回、1日3時間稼働したと仮定すると(亡P1自身、短時間の稼働であったことを書き記した日も存在するなど(2( )イ(ア) 、終日稼働する必要が多かった )とは考えられない、月平均労働時間は233時間となる(53時間÷。)7日×30日+3時間×2日。これを、週40時間を基礎として算定し)た1か月の法定労働時間約171時間と比較すると、1月あたり平均約62時間の時間外労働をしていたこととなる(いずれも月3 ÷。)7日×30日+3時間×2日。これを、週40時間を基礎として算定し)た1か月の法定労働時間約171時間と比較すると、1月あたり平均約62時間の時間外労働をしていたこととなる(いずれも月30日で計算した。もっとも、亡P1は、ほかにもドミニカ国への海外出張中、午後。)10時6分に業務上のメールを送信している(2( )エ(イ))など、その 労働時間は、上記認定より多かった月もあるであろうし、原告滞在中は、、、労働時間数は上記認定より少なかったとも考えられるがいずれにしても平均すれば、亡P1の労働時間は上記試算と大幅に異なるとはいえないから、亡P1は8月下旬ころまでは、1月平均60時間程度の時間外勤務を行っていたと推測される。 もっとも、9月に入ると、亡P1は「最近は仕事もまとめの段取りで、夜は遅くなる時が多く、タクシーも使っての帰宅が増えましたが、8時前には帰れます「早くこの現場を終了せんと土日を返上してやってま。」、す」と原告にメールで報告しているように(2()ウ(ア) 、労働時間。 ) は増えている。また、日曜日も業務に従事しなかったのは9月5日のみである。月曜日から金曜日までの時間外労働時間数が1日約1時間半増加したとすれば、9月の時間外労働時間数は、前記認定の月平均62時間から22日分で33時間増加し、月約95時間となる。これに、日曜日の労働も従前の月より増えていること、土曜日の勤務時間も26日付けで「一日- 37 -中事務所におり」としているように(2()ウ(ア) 、半日のみ稼働した )とも考えられないことからすれば、その時間外労働時間数は、月100時間を超えていたと推測できるところである。 亡P1は8月以前には過重な長時間労働をしていたとまではいえないし、9月以降も連日深夜勤務が続い えられないことからすれば、その時間外労働時間数は、月100時間を超えていたと推測できるところである。 亡P1は8月以前には過重な長時間労働をしていたとまではいえないし、9月以降も連日深夜勤務が続いていたとも認められないことからすれば、亡P1の労働時間が、ただちに精神疾患を発症・増悪させ得る程過重なものであったとはにわかに考えにくい。しかし、亡P1は、セントヴィンセント赴任後、原告が滞在していた期間を除いては、単身赴任をしていたのであり、その交際範囲も現地に滞在する5名から6名の日本人と交際をするという、ごく限定的なものであり、それらの者も亡P1が施工監理をする建設会社の社員が主であったこと(2( )ウ)からすれば、亡P1 が、業務終了後や休日に十分な休養や気分転換を図り得ていたとも考えられない。このことからすれば、亡P1が、このような環境の中、恒常的に時間外労働を行い、9月に入ってからは、前記認定のような長時間労働を強いられるようになったことが、亡P1のうつ病の発症及び急速な悪化に与えた影響は少なくないと考えるのが自然である。 ( )以上のとおり、亡P1は、4月にセントヴィンセントに赴任したのであ るが、カリブ海の小国に単身赴任し、かつ、一人の事務所での勤務であり、そのこと自体一般的に心理的負荷は軽くない上、在留資格の延長許可がうまく受けられなかったばかりか、その結果、頻繁に在留資格が切れる状態に陥っており、その状態は、亡P1が自殺するまで解決せず、自殺の直前にも同様の状態に陥っている。その労働環境や生活環境が十分な休息や息抜きをし得る環境でもない中で、海外赴任の基礎となる在留資格の問題が継続して生じていたこと自体、過大な心理的負荷となり得るものと解されるが、亡P1はそのような問題に頭を悩ませ続けていた7月下旬には、ドミニカ国 る環境でもない中で、海外赴任の基礎となる在留資格の問題が継続して生じていたこと自体、過大な心理的負荷となり得るものと解されるが、亡P1はそのような問題に頭を悩ませ続けていた7月下旬には、ドミニカ国に出張した際、入国目的を偽ったとして逮捕すると政府関係者から言われたのであ- 38 -るから、その心理的負荷が極めて強かったことは明らかである。さらに、亡P1は、9月に入ると、再度、単身赴任の状態となり、労働時間も著しく増加する中、セントヴィンセントでの常駐要員の滞在期間に関する方針が変更されるなど、亡P1にとって心理的負荷となり得る事態が立て続けに生じている。 、、在留資格の問題は入国以来死亡まで約6か月の間断続的に発生しており亡P1が在留資格を気にしないで稼働できた期間はなかったことからすれば、そのような心労の中、9月以降、原告の帰国による単身赴任の再開、労働時間の増加、今後の滞在方針の急遽変更及びそのことに伴うPCIから亡P1への連絡不足といった亡P1にとって心理的負荷となり得る出来事が立て続けに生じたことが、亡P1に多大な負担となったであろうことは容易に推測できる。業務で海外出張中、在留資格が切れることや、許可なく港湾の調査をしたとして逮捕を要請したと告げられることは、海外出張に慣れた労働者にとっても、まれにしか経験しない異常な出来事というほかなく、亡P1の生活環境や労働環境が、十分な息抜きや気分転換がうまくできる環境であったとも解されないことからすれば、亡P1が経験した上記の各事象は、いずれも平均的労働者にとっても過度の心理的負荷となり得るものであったと解される。 これに対し、被告は、亡P1は、実際には設計に問題がなかった桟橋の設計ミスを気に病んでいたように、ストレスに対する脆弱性が大きかったことは明らかであり、亡P1がう なり得るものであったと解される。 これに対し、被告は、亡P1は、実際には設計に問題がなかった桟橋の設計ミスを気に病んでいたように、ストレスに対する脆弱性が大きかったことは明らかであり、亡P1がうつ病を発症・増悪させたのは亡P1の脆弱性に起因するものであると主張するが、亡P1が、入社以来、長期間にわたり、海外における業務に従事しながら、その間精神疾患を発症した経歴もないことからすれば、亡P1が通常の職場で想定し得る労働者の中で特にストレスに対する脆弱性が大きかったとは考えられない。確かに、亡P1は、9月以降、原告に対し、桟橋の設計ミスに対する自責の念を示すようになっている- 39 -が(2() 、これも亡P1が自殺をする約1か月前以降のことであり、亡 11 )P1がうつ病を発症した時期と近接した時期であることに照らせば、精神疾患を発症したことによる反応と考えることができ、亡P1の生来の傾向としての脆弱性を示すものとは認められない。 以上に照らせば、亡P1に生じた前記の出来事は、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者にとっても、社会通念上、精神疾患を発症・増悪させる程度の危険を有するものであり、亡P1のうつ病の発症・増悪及び自殺に至る一連の過程は、これらの業務に内在する危険が現実化したものというべきである。 ( )アこれを本件判断指針に照らしても、亡P1の自殺に業務起因性が認め られるべきことは以下のとおりである。 イ亡P1が発症した精神障害は、本件判断指針が対象とする疾病である国際疾病分類第10回修正第Ⅴ章「精神および行動の障害」分類のF3「気分[感情]障害」に分類されるうつ病であることは、当事者間に争いがない。 ウセントヴィンセントへの赴任は、本件判断指針別表1「職場における心理的負荷評価表」に照らすと「⑤役 の障害」分類のF3「気分[感情]障害」に分類されるうつ病であることは、当事者間に争いがない。 ウセントヴィンセントへの赴任は、本件判断指針別表1「職場における心理的負荷評価表」に照らすと「⑤役割・地位等の変化」の具体的出来事、「転勤をした」に類似するものであるところ、その場合の心理的負荷の強度は「Ⅱ」とされている。同別表1の( )欄は、心理的負荷の修正要素と して「職種、職務の変化の程度、転居の有無、単身赴任の有無等」を掲、げている。セントヴィンセントへの赴任は、転居を伴う単身赴任であり、その労働環境や生活環境は2( )、2( )イ、ウのようなものであって、文 化的な背景のみならず、メイドやボーイの有無や現地職員の有無といった生活環境や執務環境においても、亡P1が従前赴任した諸国とは大きく異なっている国への赴任であり、心理的負荷は一般的な転勤と比較するとかなり大きいものであるが、亡P1のように発展途上国での執務経験を重ね- 40 -ている労働者にとって一般的にどう受け止められるかという観点からみると、人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷であったとまで。 、「」はいえないしたがってこのことに伴い生じた心理的負荷の強度はⅡとされるべきである。 次に「出来事に伴う変化等」について検討すると、セントヴィンセントへの赴任は、職場環境をそれまでのものとは大きく変えるものであった。 また、亡P1は、セントヴィンセントの赴任直後に、在留資格の延長許可を受けられないというトラブルを経験している(原告は、この問題は、別途の心理的負荷の問題としてとらえるべきであると主張するが、在留資格の問題は海外赴任に伴い必然的に発生する問題であることからすれば、出来事に伴う変化等の中で検討し得る問題と解される。この問題は、そ の心理的負荷の問題としてとらえるべきであると主張するが、在留資格の問題は海外赴任に伴い必然的に発生する問題であることからすれば、出来事に伴う変化等の中で検討し得る問題と解される。この問題は、そ。)、、、の後亡P1が自殺するまで継続的に発生した問題であるが海外赴任中自らに落ち度がないにも関わらず、その後の滞在及び活動の根拠となる在留資格の延長許可が受けられず、結果として頻繁に在留資格が切れた状態となりながら稼働し続けなければならなくなるという事態は、海外赴任に。 、慣れた労働者にとっても異常な事態であるというほかない事柄の性質上在留資格の期限切れの問題は、国外退去処分を受け、場合によっては刑事責任を追求されかねない事態である。そして、この問題は、自殺まで約6か月にわたり解決することができなかった問題であり、周囲にこの点について適切な助言をし得る人物も存在しなかったことも併せて考慮すれば、セントヴィンセントへの赴任は、恒常的な長時間労働を伴うものとまではいえないとしても、同種の労働者と比較して、業務内容が困難であり、かつ、過大な責任を生じさせ得るものであったというべきである。このことからすれば、セントヴィンセントへの赴任についての、同別表1の( )欄 による評価は「特に過重」なものであったというべきである。 エドミニカ国でのP7とのトラブルについてみると、これは、同別表1の- 41 -「②仕事の失敗、過重な責任の発生等」の具体的出来事「会社で起きた事故(事件)について、責任を問われた」に類似する出来事であり、心理的負荷の強度は「Ⅱ」とされている。同別表1の( )欄は、心理的負荷の修 正要素として「事故の内容、関与・責任の程度、社会的反響の大きさ、、ペナルティの有無等」を掲げている。上記トラブルが起きたのがセントヴ 「Ⅱ」とされている。同別表1の( )欄は、心理的負荷の修 正要素として「事故の内容、関与・責任の程度、社会的反響の大きさ、、ペナルティの有無等」を掲げている。上記トラブルが起きたのがセントヴィンセントで在留資格が切れた状態となった直後のことであることや、その後の推移によっては、以後のドミニカ国での円滑な業務遂行を妨げる事態となるのみならず、セントヴィンセントやグレナダでの業務遂行にも支障が生じかねない事態となるものであることに照らせば、その心理的負荷の程度は「Ⅲ」に修正されるべきである。ドミニカ国でのP7とのトラブルは、亡P1が関係各所に連絡をすることなどにより一応解決をみてはいるものの、その後も国際協力事業団等へ苦情を入れるとされ、さらには8月4日になっても再度苦情の電話があったこと(2( )イ(イ))からすれ ば、その問題の程度は、在留資格の問題と同様に解決困難なトラブルであり「相当程度過重」なものであったというべきである。 、P12医師は、P7とのトラブルは「スパイ容疑事件」といえるようなものではなかったことや、同日の午後にはP7の対応も柔らかいものとなっていたことから、破局的な心理的負荷とまではいえないとの意見書を提出する(乙132)が、これを破局的な出来事とまでいい得るかは別としても、セントヴィンセントでの在留資格問題と立て続けに起きた出来事であることや、その後もP7から苦情の電話があったことから明らかなように短期間で解決した出来事でもないことからすれば、その心理的負荷の程度は、前記のようなものとしてみるのが相当である。P12医師は、複数の心理的負荷となり得る出来事が生じた場合、そのこと自体から心理的負荷の強度を上方に修正できるものではなく、心理的負荷の強度の修正は、それぞれの負荷の強度や、その時間的関連性等をみ 12医師は、複数の心理的負荷となり得る出来事が生じた場合、そのこと自体から心理的負荷の強度を上方に修正できるものではなく、心理的負荷の強度の修正は、それぞれの負荷の強度や、その時間的関連性等をみて事案毎に判断される- 42 -のが相当であると証言するところ(強い心理的負荷を生じさせ得る複数の出来事が短期間に発生した場合において、ある出来事による心理的負荷が解消しないような状態で、新たな心理的負荷となり得る出来事が発生したとすれば、その場合には新たな出来事単体から生じる心理的負荷より強度の心理的負荷を受けると考えるのが自然である。このことからすれば、前記P12医師の見解は正当なものであると考えられる、P7とのトラ。)ブルは、亡P1がセントヴィンセントで在留資格が切れた状態となった直後に生じた問題であり、問題自体、まさに在留資格と共通の問題であることからすれば、同医師の見解によっても、その心理的負荷の強度は修正して評価されるのが相当というべきである。 また、証拠(乙83)によれば、東京労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会部会長であるP14医師は、P7とのトラブルについて心理的負荷を修正する要素はないと結論づける意見を提出していると認められ、。 るがこのような意見が相当と解されないことは既に説示のとおりであるまた、前記証拠によれば、同医師は、恒常的長時間労働が認められないとして、心理的負荷の総合評価は「強」に至らない程度であるとする意見を提出していると認められるが、出来事に伴う変化等を検討する視点としては、その後の労働時間数のみから決せられるべきではなく、出来事に伴う変化等がその後どの程度持続、拡大あるいは改善したかについて多角的な観点から検討されるべきである。そして、P7とのトラブルはそれ自体、亡P1に強度の心理的負荷 ら決せられるべきではなく、出来事に伴う変化等がその後どの程度持続、拡大あるいは改善したかについて多角的な観点から検討されるべきである。そして、P7とのトラブルはそれ自体、亡P1に強度の心理的負荷を与え得るものであったところ、そのトラブルも一過性のものではなく、その後も苦情の電話が入るなど、問題が持続していたのであるから、前記意見も、また相当でない。 オセントヴィンセントの常駐要員の変更問題は、その後亡P1が担当することを予定していた業務内容及び常駐場所の変更を迫るものであり、同別表1の「⑤役割・地位等の変化」の具体的出来事「配置転換があった」に- 43 -類似する出来事であり、心理的負荷の強度「Ⅱ」に該当する。その修正要素としては「職種、職務の変化の程度、合理性の有無等」が掲げられているが、業務や出張予定の突然の変更という出来事自体は、人生の中でまれに経験することもあるというべき出来事ではなく、長年会社等に勤務する過程では、まま生じる事態であることからすれば、その変更が事前の了解に反するものであったこと(事前にPCIとCRCとの間で十分な協議が行われず、その方針が亡P1に密に連絡されていなかったことを含む)。 や、その変更に伴いP2の出迎え準備等について心労が生じたことを考慮したとしても、その心理的負荷を修正する必要があるとは解されないし、また、その出来事に伴う変化もそれ自体で「過重」と評価し得るようなものであったとは解されない。 カ以上のとおり、亡P1には、自殺直前6か月の間でみて、上記のように心理的負荷となり得る出来事が複数生じている。本件判断指針は、心理的負荷の強度が「Ⅲ」と評価され、かつ、別表1の( )の欄による評価が相 当程度過重であると認められるときや、心理的負荷の強度が「Ⅱ」と評価され、かつ、別表1の( )の いる。本件判断指針は、心理的負荷の強度が「Ⅲ」と評価され、かつ、別表1の( )の欄による評価が相 当程度過重であると認められるときや、心理的負荷の強度が「Ⅱ」と評価され、かつ、別表1の( )の欄による評価が特に過重であると認められる ときは、その心理的負荷が「客観的に精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷」として総合評価を「強」とし、その者に業務による心理的負荷以外に特段の心理的負荷、個体側要因が認められない場合には、業務起因性があると判断すると定めている(1( ) 。亡P1には、自殺 3 )前6か月間に職場以外で心理的負荷となり得る出来事はなく、精神疾患の発病について個体側の要因は認められない。そして、亡P1が体験した出来事のうち、セントヴィンセントへの赴任(これに付随して発生した在留資格の問題を含む)は、心理的負荷の強度「Ⅱ」と評価され、別表1の。 ( )の欄による評価は「特に過重」であり、ドミニカ国でのトラブルは、 心理的負荷の強度「Ⅲ」と評価され、別表1の( )の欄による評価も「相 - 44 -当程度過重」というべきであるから、総合評価は「強」であり、原告の主張のように複合的に検討するのではなく、個別にみても、亡P1の自殺には業務起因性が認められるべきである。 また、オのセントヴィンセントでの常駐要員の変更の問題は、本件判断指針上は、それのみでは、総合評価が「強」とされる出来事ではないが、セントヴィンセントへの赴任、ドミニカ国でのトラブルといった、それのみで総合評価が「強」とされる出来事が解決しない間、又は、その出来事が生じて比較的短期間の間に生じた問題であり、前記P12医師の見解によれば、これを上方に修正して評価する余地もある出来事である。 そして、さらに、亡P1には、9月以降、労働時間の長時間化、原告 出来事が生じて比較的短期間の間に生じた問題であり、前記P12医師の見解によれば、これを上方に修正して評価する余地もある出来事である。 そして、さらに、亡P1には、9月以降、労働時間の長時間化、原告の帰国による再度の単身赴任と、新たに心理的負荷となり得る出来事も発生していたのであるから、本件判断指針によったとしても、亡P1が9月初旬ころから遅くとも中旬ころにかけてうつ病を発症し、その症状を急速に悪化させたことについて、業務起因性が認められるべきことは明らかである。 以上によれば、亡P1の自殺につき業務起因性を否定した本件処分には誤りがあるというほかないから、本件処分は取り消されるべきである。 第4 結論 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第19部裁判長裁判官中西茂裁判官蓮井俊治- 45 -裁判官本多幸嗣
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