令和7(わ)361 傷害致死被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年11月17日 札幌地方裁判所
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判決文本文7,832 文字)

令和7年11月17日宣告令和7年(わ)第361号判決被告人に対する傷害致死被告事件について、当裁判所は、検察官伊東冬実、国選弁護人本間寛菜(主任)、同伊藤良各出席の上審理し、次のとおり判決する。 主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中60日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和7年5月17日午前1時過ぎ頃から、北海道室蘭市a町b丁目c番d号被告人方において、妻であるA(当時76歳)が、持病の腹痛を和らげようと、処方されていた鎮痛剤をいつも以上に過剰に服用しようしたことから、同人の肩口等を手でつかんだり押したりなどして制止した上、同人をさすって落ち着かせることを繰り返していた。そうしたところ、同日午前1時30分頃から同日午前2時30分頃までの間に、Aがなおも鎮痛剤を取りに行こうとしたため、被告人は、Aの前に立ち塞がって同人の両肩を両手でつかむなどしたところ、Aから手に持ったペットボトルで手をたたかれるなどした。 そこで、被告人は、とっさにAのかかる行動を止めようなどと考え、その頃、同所において、同人に対し、その顔面を枕で2回殴打する暴行を加え、よって、同人に硬膜下血腫等の傷害を負わせ、同月19日午前3時14分頃、同市e町f丁目g番h号B病院において、同人を前記傷害に起因する外傷性頭蓋内出血により死亡させた。 (争点に対する判断)第1 争点 1 関係証拠によれば、被告人が、被害者に対して判示の暴行(以下「本件暴行」という。)を加え、これによって同人に判示の傷害を負わせて死亡させた事実が認められ、この点に争いはない。 2 本件の争点は、本件暴行が正当防衛といえ 人が、被害者に対して判示の暴行(以下「本件暴行」という。)を加え、これによって同人に判示の傷害を負わせて死亡させた事実が認められ、この点に争いはない。 2 本件の争点は、本件暴行が正当防衛といえるかであり、弁護人は、被告人の公判供述に依拠し、被告人が被害者による鎮痛剤の過剰服用を止めようとした行為は正当であり、これに対し被害者は被告人をペットボトルでたたくという不正の侵害に及んでおり、その後も攻撃を続けてくるおそれがあったから、被告人は、こうした不正の侵害から自己の身を守るため、やむを得ず本件暴行に及んだものである、などとして正当防衛が成立すると主張する。 これに対し、検察官は、被告人は公判廷で一部虚偽を述べているとし、被告人は、本件暴行前に、強度かつ執拗な暴行を加えて被害者を制止しており、被害者の過剰服薬を止めようとすること自体は正当であるとしても、上記制止行為は態様において正当・適法とはいえず、これに対して被害者が被告人をペットボトルでたたいたのは防御的反応であって正当な防衛行為である、などとして本件暴行に正当防衛は成立しないと主張する。 そこで、当事者の主張に従い、当裁判所の判断を以下補足して説明する。なお、特段の記載のない限り以下の日時はいずれも令和7年5月のそれをさす。 第2 被告人による制止行為の内容及びその正当性について 1 まず、関係証拠によれば、被害者は、17日午前3時51分頃、同人が意識を消失していることに被告人が気付いて119番通報したことにより、判示病院に救急搬送され、19日に判示のとおり死亡したが、20日に行われた死体解剖の結果、被害者の死体には枕で殴打された頭部以外の身体にも多数の損傷が認められており、それらが上記救急搬送前に生じていたことが明らかである。 そして、検察官は、前記死体解剖をしたC医師の た死体解剖の結果、被害者の死体には枕で殴打された頭部以外の身体にも多数の損傷が認められており、それらが上記救急搬送前に生じていたことが明らかである。 そして、検察官は、前記死体解剖をしたC医師の意見を基礎に、前記損傷のうち、左肩、左肘及び左手の各皮下出血並びに右肩ないし右上腕の広範囲の皮下出血及び筋肉内出血のほか、右肋骨6本の亀裂骨折につき、被告人が、本件 当夜、本件暴行前に被害者を制止した際に同人をつかんで引っ張るなどしたことにより生じたものであって、被告人は本件暴行前にも強度かつ執拗な暴行を加えていたと主張する。 2 この点に関する被告人の公判供述は、要旨以下のとおりである。 被害者は、令和5年頃から鎮痛剤を用量を超えて服用するようになり、当初こそ私の忠告に従っていたが、令和6年頃からはこれを聞かずに勝手に服用するようになった。そのため、私は、次第に被害者の前に立ち塞がり、同人の肩口を手でつかんだり押さえたりするなどして制止するようになっていき、本件の1週間前頃からは、このような制止行為が連日続いていた。 被害者は、16日午前7時30分頃から17日午前0時40分頃までの間に断続的に鎮痛剤を計5錠服用したにもかかわらず、同日午前1時頃にも同剤を1錠服用した。私は、このような様子を見て被害者に口頭で注意し始めたが、そのわずか約5分後にも被害者が止める間もなく1錠を服用したため、これを叱るとともに、被害者を後ろから抱きかかえて布団に横になり、被害者の腹部をさすって落ち着かせた。さらに、私は、その後も約1時間半の間に5回ほど、立ち上がって服薬しようとする被害者に対し、その背後から薬を取り上げたり、正面から両肩をつかんだり押したりし、同人を抱きかかえ、寝室に引き戻して布団に寝かせ、腹部をさすって落ち着かせた。その際、被害者 ち上がって服薬しようとする被害者に対し、その背後から薬を取り上げたり、正面から両肩をつかんだり押したりし、同人を抱きかかえ、寝室に引き戻して布団に寝かせ、腹部をさすって落ち着かせた。その際、被害者も、足を踏ん張る、体を揺する、私の腕を外そうとするなど抵抗をしていた。 被害者の左肩の皮下出血は私が生じさせたと思うが、それが本件当日かどうかは分からない。右肩ないし右上腕の皮下出血等も同様であるが、右腕を広範囲につかんではいない。被害者の左手をつかんだり引っ張ったりした記憶はないし、被害者の肋骨を折るような外力は加えていない。私が枕で殴った後に、被害者がトイレに行った際、トイレの中からドンという音がしてうなり声が聞こえたので、被害者はトイレ内で転倒し、その際に骨折したのかもしれない。 3⑴ そこで検討すると、まず、被害者の左肩の皮下出血及び右肩ないし右上腕 の皮下出血等については、被告人の公判供述に照らしても、被告人が本件当夜の制止行為の中で生じさせたものと合理的に推認できる(なお、そうすると、被害者の右胸部の筋肉内出血についても、同時期に生じたとみるのが自然である。)。ただし、C医師の意見によっても、それらの皮下出血等は被害者が死亡する3日前に生じていた可能性があり、すべてが本件当夜に生じたものとまでは断定できない。 また、左手の皮下出血についても、日常的に露出した部位であることからして、本件当夜より前に生じていて被告人が気付かなかったとは考えにくく、本件当夜の制止行為の中で生じたものとみるのが自然である(被告人は、被害者が日中に転んだ際に路面で左手を打った可能性を指摘するが、挫傷でないことや負傷部位が手の甲であることに照らし、採用し難い。)。 他方、肋骨6本の骨折は、本件暴行より前に被害者がそのような骨折をし 中に転んだ際に路面で左手を打った可能性を指摘するが、挫傷でないことや負傷部位が手の甲であることに照らし、採用し難い。)。 他方、肋骨6本の骨折は、本件暴行より前に被害者がそのような骨折をしていたとすれば、相当に痛かったはずであり、その後鎮痛剤を取りに行こうとし、被告人をペットボトルでたたくなどの行動に出ることができたとは考え難い。むしろ、被害者が本件暴行後に骨折し、硬膜下血腫やくも膜下出血の影響により、痛みを訴えないままほどなく意識を消失したとみるほうが自然といえる。 ⑵ 被告人の前記公判供述については、被害者がかなり執拗に鎮痛剤を取りに向かおうとしたのを被告人が必死に静止していた状況からすると、双方の行為の程度をやや控えめに供述している感は否めないものの、一定の皮下出血を生じさせたこと自体は否定しておらず、表現ぶりの問題ともいえる。また、左手の皮下出血に対応する行為を供述していない点も、種々の制止行為の中で記憶しなかったに過ぎないとも考えられる。したがって、その供述内容が被害者の負傷状況と格別に齟齬した不自然なものとは思われない。 検察官は、被告人が、①公判廷において、布団上で仰向けになった被害者を上から押さえ付けたことを否定しているが、捜査段階ではその再現をして いたこと、②捜査段階において、被害者がトイレに行った際に転んだ音はしなかったなどと供述していたことを指摘して、被告人は公判廷において殊更に事実を矮小化した供述をしていると主張する。しかし、①の点は、被告人も自己の記憶に基づいて再現したことは認めており、単に現時点でその場面を失念しているものと受け取れる。②の供述も、取調官のどのような質問に応答してそのような供述結果が録取されたのかまでは不明であり、被告人が取調べ時には被害者はトイレで壁をたたいた に現時点でその場面を失念しているものと受け取れる。②の供述も、取調官のどのような質問に応答してそのような供述結果が録取されたのかまでは不明であり、被告人が取調べ時には被害者はトイレで壁をたたいたと思っており、転倒したとまでは想像していなかった旨述べていることにも照らすと、供述を変遷させているものとまではいえない。被告人が公判廷においてこの前後の状況を含め比較的詳細かつ具体的に供述していることからすると、その点の公判供述の信用性は肯定してよい。 以上に加え、被告人が本件まで何ら問題を起こしたことはなく、日常的に腹痛を訴える被害者を献身的に支えてきたものであることや、本件につき責任は負う旨を明言していること等も併せ考えると、被告人の前記公判供述は、その基本部分において信用できるというべきである。 4⑴ 以上を総合すると、被告人は、本件当夜、本件暴行前に被害者を制止した際に、その両肩口や右上腕、右胸等を、被告人が述べるよりも多少手荒につかんだり押したりなどし、それらの部位の皮下出血等の一部を生じさせたものと認められる。また、左手をつかんで引っ張るなどして皮下出血を生じさせたものと認められる。 ⑵ 他方、被害者は、本件暴行後にトイレに入った際、ドンという音を立て、うなっていた。C医師は、被害者の膝に傷がないこと等から、被害者が自ら転倒して肋骨を骨折した可能性につき否定的な意見を述べているが、本件暴行により被害者に徐々に硬膜下血腫及びくも膜下出血が生じていたことを踏まえれば、一般の経験則に照らし、上記状況は、被害者がトイレ内でふらついて転倒したものであった可能性が否定できない。さらに、被害者がこのと き体調不良を覚えてトイレに入った可能性も否定できず、トイレ内で被害者が取った体勢にもさまざまな可能性が考えられることからすれ 倒したものであった可能性が否定できない。さらに、被害者がこのと き体調不良を覚えてトイレに入った可能性も否定できず、トイレ内で被害者が取った体勢にもさまざまな可能性が考えられることからすれば、被害者が、上記転倒の際、通常とは異なる転倒の仕方をして肋骨を骨折した合理的疑いが残ることから、被告人が前記制止行為の中でこれを生じさせるような外力を加えたとは認められない。なお、そうすると、被害者の左肘の皮下出血についても、上記転倒時に同時にできた可能性があり、被告人の前記制止行為の中で生じたと認めることはできない。 5 そこで、以上の認定事実に照らし、被告人が本件暴行前に被害者を制止した行為が正当であったといえるかを検討すると、そもそも被害者が服用していた鎮痛剤カロナールは重大な健康被害を生じさせるような危険性の高い薬ではなく、被害者が服用していた500mgの錠剤であれば、体重70kgの人の場合、約19錠飲まなければ毒性は生じず、約26錠飲まなければ致死量に達しないのであって、本件当時、被害者の身長が約146.9cm、体重が約30. 4kgと相当華奢であったことを踏まえても、前記2で被告人が述べるような被害者の当時の服薬量は、その生命や身体に悪影響を生じさせる具体的な危険性の高いものではなかったと認められる。そうすると、一般的・客観的には、被害者の前記過剰服薬を止めるにしても、同服薬が健康に影響を及ぼす程度を確認した上で、そのリスクに見合った程度の制止行為にとどめることが相当である。 しかし、被告人は、使命感に駆られたとはいえ、そのような確認をしないまま、過剰服薬を単に怖れる余り、身長約165cm、体重約65kgの自身に比べ体格が大きく劣る被害者に対し、前記4⑴で認定したやや手荒な有形力を行使しており、他にとり得る穏当な方法は十分あ をしないまま、過剰服薬を単に怖れる余り、身長約165cm、体重約65kgの自身に比べ体格が大きく劣る被害者に対し、前記4⑴で認定したやや手荒な有形力を行使しており、他にとり得る穏当な方法は十分あったといえる。しかも、これにより、肋骨は骨折させておらず、また、被害者自身の力も作用したにせよ、同人の身体の複数箇所に皮下出血等を生じさせるという、前記服薬が及ぼすであろう健康被害を上回るといえる結果をも生じさせた。このような有形力の行 使は、被害者の過剰服薬を防ぐ手段としてはいささか過剰であったといわざるを得ず、違法との評価は免れない。これを正当だとする弁護人の主張は、前提とする事実関係を異にするものであり、採用できない。 第3 被害者がペットボトルで被告人の手をたたいた行為の正当性について 1 前記第2の被告人の制止行為が違法である以上、これは被害者にとって不正の侵害であり、これに対して被害者がペットボトルで被告人をたたいたのは、いわば防衛行為であったと評価することができるし、少なくとも、被害者の上記反撃は、被告人の前記有形力行使に触発されたものであって、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものと評価できる(なお、被告人は、このときの両名の距離や体勢について、捜査段階と公判廷とで異なる供述をしているが、いずれもそのときの記憶に従って供述しているものとみられ、いずれが信用できるとは断定できないので、被害者が被告人と向かい合った状況でペットボトルで手をたたいたとの限度で検討することとする。)。 2 そして、被害者は、被告人による素手での有形力の行使に対して、道具を用いて反撃を加えたものではあるが、ペットボトルは重さが200g前後と危険性の低いものであり、たたいた回数は1回に留まる上に、その部位も身体の重要部分ではない手であり、 有形力の行使に対して、道具を用いて反撃を加えたものではあるが、ペットボトルは重さが200g前後と危険性の低いものであり、たたいた回数は1回に留まる上に、その部位も身体の重要部分ではない手であり、ペットボトルを強打させたとも認められない(弁護人は、被害者は被告人の手に皮下出血や腫れが生じる程度の力で被告人をたたいたと主張するが、被告人の手に皮下出血が生じたのは、被告人が当時服用していた抗血小板薬が影響したものと考えられ、被告人自身も痛みを感じなかったと述べていることも踏まえると、被害者による殴打行為の威力が相当性を欠くような強さであったとはいえない。)。これらに加え、被告人に比べて被害者の体格が大きく劣ること等をも踏まえると、被害者の上記反撃行為は、被告人による有形力に比して相当な範囲内の行為であったと評価できる。 3 したがって、被害者の前記行為は、適法であったか、少なくとも、被告人においてこれに対し何らかの反撃行為に出ることが正当とされるものではなかっ たと評価するのが相当である。 第4 結論以上を前提にすれば、本件暴行は、不正の侵害に対する反撃とは認められないか、反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないことから、これに正当防衛は成立せず、弁護人の主張は採用できない。 (法令の適用)罰条令和4年法律第68号(以下「整理法」という。)441条1項により同年法律第67号2条による改正前の刑法205条未決勾留日数の算入刑法21条刑の執行猶予整理法447条、刑法25条1項訴訟費用刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)(量刑の理由) 1 被害者の頭部という身体の枢要部を、約1.53kgと相応の重量のある物で 猶予整理法447条、刑法25条1項訴訟費用刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)(量刑の理由) 1 被害者の頭部という身体の枢要部を、約1.53kgと相応の重量のある物で殴打し、これによって硬膜下血腫等の傷害を負わせて死亡させたことからすれば、殴打の威力が軽かったとはいえないが、あくまで攻撃する道具としては危険性の低い柔らかな枕によるものであることからすると、同種事案の中では、暴行の危険性は低い。また、被告人は、執拗に鎮痛剤を過剰服用しようとする被害者に対し、あくまでその健康を慮って服薬を粘り強く制止しようとしたものであり、その心情には理解できるところがある上、被害者からペットボトルで殴打されるなどの抵抗を受けたことから、勢い余って足元にあった枕で場当たり的に本件暴行に及んだものであって、その動機及び経緯に酌むべき点は少なくなく、被告人の意思決定を強く非難することはできない。なお、本件を知った被告人及び被害者の息子も、本件につき被告人を責めるような出来事とは受け止めていない。 そうすると、本件は、前科のない者が、雑多な家族関係を動機として、凶器を用いて単独で敢行した傷害致死1件の事案の中で、軽い部類に属するものといえ、 犯情自体から被告人を実刑に処する必要はないといえる。 2 その他、被告人は、被害者の異変に気付いて自ら救急車を呼び、臨場した救急隊員に対して枕で被害者を殴打した旨正直に説明し、公判廷でも罪を償う意向を示し、他責的な様子もないことなどからすると、本件暴行に及ぶ以外にどのようなことができたかの振り返りは必ずしも十分とはいえないものの、反省と後悔をみてとることができる。また、息子も被告人の今後の生活を支えていく旨公判廷で約束している。 これらを踏まえると、被告人には主文のとおり刑の執行 振り返りは必ずしも十分とはいえないものの、反省と後悔をみてとることができる。また、息子も被告人の今後の生活を支えていく旨公判廷で約束している。これらを踏まえると、被告人には主文のとおり刑の執行を猶予するのが相当である。 (求刑懲役4年) 令和7年11月25日 札幌地方裁判所刑事第3部 主文 裁判長裁判官渡邉史朗 裁判官西功 裁判官小松美緖

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