主文 1 被告が原告らに対して平成8年6月25日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求主文と同旨第2 事案の概要本件は,東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」又は「会社」という。)の社員で平成3年12月13日に死亡したP1の両親である原告らが,P1の死亡は業務に起因すると主張し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償給付を不支給とした被告の処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求める事案である。 1 争いのない事実等(証拠を掲記しない事実は争いがない。)(1) P1の勤務歴等ア原告ら夫婦の子であるP1(昭和40年5月1日生)は,平成元年4月に東京海上に入社し,2か月の研修を経た後,同年6月,国立市にある国立センターの情報システム管理部運用課(以下「運用課」という。)に配属され,以後後述する本件発症まで同課に勤務していた。 イ同課では,オンライン運用管理,データベース(以下「DB」という。)運用管理等をはじめとする種々の業務を行なっており,P1は,同課に配属となった後,主にDB運用管理業務(以下「DB関連業務」という。)を担当した。 配属当初,運用課のDB担当社員はP2,P1,P3の3人であったが,入社3年目の平成3年4月,P1が副主任になるとともに,同年6月,運用課のグループ編成が変わり,DB関連業務の担当者は,P1,P4の総合職2名と,P5及びP6の一般職2名の4名となった。(乙10,証人P5)(2) 発症経過P1は,平成3年11月30日(土曜日)午後7時55分ころ,友人の結婚披露パーティに出席していた際,特発性の心室細動を発症して倒れ(以下「本件発症」という。 (乙10,証人P5)(2) 発症経過P1は,平成3年11月30日(土曜日)午後7時55分ころ,友人の結婚披露パーティに出席していた際,特発性の心室細動を発症して倒れ(以下「本件発症」という。),午後8時33分ころ救急車で東京女子医科大学付属病院に搬送された。 P1は,搬送時心肺停止状態にあり,救命蘇生術では心拍が回復しなかったため,開胸して直接心マッサージを施行したところ心拍が再開したが,意識は戻らず,12月10日には聴性脳幹反応もほとんど認められず,低酸素脳症の状態であり,同病院入院中の12月13日,心室細動を発症し,同日午前3時27分に死亡した(甲45)。 (3) 本件処分及び本件提訴P1の遺族である原告らは,本件発症が業務に起因するものであるとして,被告に対し,平成6年9月2日付けで遺族補償一時金の支給を請求したが(乙1),被告は,平成8年6月25日付けで,P1の疾病は労働基準法施行規則35条,別表第1の2の9号に定める疾病とは認められないとし,これを支給しない旨の決定をした(本件処分)。 原告らは,これを不服とし,東京労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが,平成9年3月28日付けで棄却決定を受け,労働保険審査会に対し再審査請求をしたが,平成12年9月5日付けで再審査請求棄却の裁決を受けたので,同年12月5日,本訴を提起した。 (4) P1の従事した業務の概要ア就業時間及び休日東京海上の就業規則は,始業時間は9時15分,終業時間は17時,休憩時間は1時間と定めており,その所定労働時間は6時間45分である。休日は,土曜日,日曜日,国民の祝日及び年末年始(12月31日,1月2日,3日と12月30日又は1月4日のいずれか)である(乙5)。 イ P1の業務内容(ア) 一般的な業務内容DB運用管理を行うDB関 土曜日,日曜日,国民の祝日及び年末年始(12月31日,1月2日,3日と12月30日又は1月4日のいずれか)である(乙5)。 イ P1の業務内容(ア) 一般的な業務内容DB運用管理を行うDB関連業務は,会社コンピュータの環境のうちDBに関する各種ソフトの環境設定を担当する業務であり,DB関連業務には,①環境設定,②リオーガナイズ及びスペース管理,③DBリカバリー(トラブル対応),④IMS-Xの各作業が存する。これらDBの管理運用は日常的に行われ,DB環境設定等のアプリケーションシステムの開発担当課から持ち込まれる作業量は時期によって一定でなかった。 ① 環境設定作業DB関連業務の担当者はDBに関する各種ソフトの環境設定を担当する。その主な業務はIBM社提供のDB及びオンラインの支援ソフトであるIMSのうちDB担当者分の環境設定である。保険の新商品が開発された場合に環境設定作業が必要となる場合があり,環境設定作業が必要となる新規のDBが追加されるような場合にアプリケーションシステムの開発担当課である情報システム開発部各課の担当者とレビュー会議を行う。少なくともDBの環境設定作業,環境設定の内容を端末に打ち込む作業の一部はDB関連業務の担当者が行っていた。 ② リオーガナイズ及びスペース管理DBを構成する多数のデータは効率的に取り出せるように特定の順序に並べられている。リオーガナイズとは,データの変更や追加に伴ってこのデータの並び順が乱れ,効率的にデータを取り出せなくなったり,格納場所の空きがあるのに細切れになって長いデータが入らなくなった場合に,データを本来の順序に並べ替える作業である。 スペース管理とは,DBに割り当てられた磁気ディスク上の場所(スペース)の状態,リオーガナイズの必要性をチェックする作業である。スペース管理は た場合に,データを本来の順序に並べ替える作業である。 スペース管理とは,DBに割り当てられた磁気ディスク上の場所(スペース)の状態,リオーガナイズの必要性をチェックする作業である。スペース管理は毎日行われるものである。 ③ DBリカバリーDBは,ディスク上に記憶されている関係で,ディスクの物理的な故障の他,いわゆるジョブを間違えて動かす人為的ミスのために,論理的な故障を生じることがある。それを直すのがDBリカバリーである。DBの障害が発見されるのは昼夜を問わず,オンラインの立上げに影響する機械作業でトラブルが発生した際は,登録された順序に従って担当者に連絡される。 ④ IMS-XIMS-Xとは,新しく開発した保険業務をオンライン上で実施するために行うテストの最終段階で本番に最も近い環境下で行うテストである。 IMS-XはIMSの下で午後8時から午後10時まで実施されるものの,午後11時ころまでかかる場合があった。 (イ) プロジェクトDB担当者は上記(ア)の一般的業務のほかプロジェクト(定例業務ではなく,ある年のある期間だけにやる業務)を担当していた。 平成3年4月以降に運用課DB担当者が担当したプロジェクトとして,①AXオンラインにおけるDB2の利用,②FRS-DRS改訂,③DB分割,④ログのディスク化,⑤IMSのバージョンアップ,⑥有事テストがあった。 ① AXオンラインにおけるDB2の利用当時,東京海上は,代理店オンラインシステム(AXオンライン)を作ろうとしており,そのサブシステムの1つである顧客情報システムにおいて,IBM社が提供するDB管理ソフトのDB2を使用してDBが構築される予定であった。 東京海上で主に使用されるDBはIMSであった。DB2もごく一部の業務で既に使用されていたが,標準的なサポート体制が確 M社が提供するDB管理ソフトのDB2を使用してDBが構築される予定であった。 東京海上で主に使用されるDBはIMSであった。DB2もごく一部の業務で既に使用されていたが,標準的なサポート体制が確立されていなかった。 東京海上の総合オンラインシステムの下でDB2を更新するのは初めての試みであり,P1はDB2の知識を向上させるために社外講習を受講した。顧客情報システムは予定から1週間遅れて開始された。 ② FRS-DRS改訂FRS-DRSとは,間違ったコンピューター操作によってDBが故障することを未然に防ぐガードシステムであるところ,その効率化のためのシステム改訂が平成3年7月から平成4年2月まで行われる予定であった。 ③ DB分割東京海上のDBの中核となる契約マスター,クレームマスターのDBについて,分割方法を変更するプロジェクトが平成2年から開始され,平成3年のゴールデンウィークに分割が変更された。 ④ ログのディスク化DBが更新される際にどのように更新されたかという記録(ログファイル)は,従来磁気テープに記録されていたところ,このログファイルについて,量が少なくて保存期間の短いものを磁気ディスクに記録するように変更するというプロジェクトが存した。 ⑤ IMSのバージョンアップ平成3年4月27日及び同月28日にαセンター(大阪)の,同年6月8日及び同月9日に国立センターのオペレーティングシステムMVSのバージョンがXAからESAに変更され,P1がその事前確認作業の少なくとも一部を実施した。 平成3年5月3ないし5日に国立センターのセンターコンピュータのうち富士通M780をアムダール5990に入れ替えたが,P1がその事前確認作業の少なくとも一部を実施した。 同年6月17日に開発環境の変更,同年8月25日に本番バッチ環境の変 センターコンピュータのうち富士通M780をアムダール5990に入れ替えたが,P1がその事前確認作業の少なくとも一部を実施した。 同年6月17日に開発環境の変更,同年8月25日に本番バッチ環境の変更,同年9月16日に本番オンライン環境の変更がそれぞれ実施され,オンラインとDBの関連ソフトであるIMSのバージョンが2.2から3.1へ変更され,P1が,その計画から準備,変更の実施まで少なくともプロジェクトの中核メンバーの1人としてこれを担当した。 同年8月13日にIBM社から提供されたオンライン制御ソフトウエアであるCICSのバージョンアップが実施され,P1がその事前確認作業の少なくとも一部を実施した。 ⑥ 有事テスト有事テストとは,東京海上のシステムとして,国立センター及びαセンターに各2個あるIMSについて,メインセンターとされる国立センターの機能が地震等によって麻痺した場合を想定し,αセンターの2個のIMSのみで東京海上全体の業務遂行に不可欠なシステムを選別し,それを機能させるというテストであり,年に1回程度,定期的に行われるものである(甲40,乙10・29~30頁)。 有事テストの事前準備には細心の注意が必要とされ,平成3年11月2日及び同月3日に有事テストが実施され,有事テストが実施された後である同月22日にその反省会がもたれた。 (ウ) 社外資格取得講座と3年目研修レポートa 社員総合通信講座東京海上は社員向けに様々な通信講座を設定していた。また,同社には,社外資格取得挑戦制度が存在し,部門別に推奨する資格が挙げられていた。 b 3年目研修レポート東京海上は,入社3年目の社員に対し3年目研修を実施しており,その一環として個人研究レポートを提出させ,レポート提出後に部門別の研修を実施する。平成3年度は,11月15日に b 3年目研修レポート東京海上は,入社3年目の社員に対し3年目研修を実施しており,その一環として個人研究レポートを提出させ,レポート提出後に部門別の研修を実施する。平成3年度は,11月15日に総合系列3年目研修における個人研究の着手依頼と研修までの日程が通知され,個人研究のテーマ報告期限が同月29日,個人研究レポートの提出期限が平成4年1月17日,研修が同月27日から29日までとされた。 本件発症は,P1が個人研究のテーマ報告を平成3年11月27日に提出した3日後であった。 2 争点本件発症の業務起因性が争点であり,その中で,(1) 業務起因性の判断基準,(2) 本件発症とP1の業務との条件関係の存否(特発性心室細動は,業務による過労・ストレスによって発症させられうるか。),(3) 本件発症とP1の業務との相当因果関係等の有無(業務の過重性)が主として争われている。 3 当事者の主張の骨子(1) 原告ア業務起因性の判断基準「業務上の死亡」というには,業務と疾病との間に合理的な関連性が認められれば十分である(合理的関連性説)。仮に相当因果関係が必要であるとしても,業務が相対的に有力な原因であること(相対的有力原因説)は必要でなく,業務の遂行が基礎疾患等を誘発又は増悪させて死亡の時期を早める等,それが基礎疾患等と共働原因となって疾病の発症や死亡の結果を招いた等と認められれば足りる(共働原因説)。また,業務に内在する危険性は,使用者によって労務提供が期待される労働者のうちでもっとも危険に対する抵抗力の弱い者を基準として判断すべきである。 イ本件発症とP1の業務との条件関係労働省が設置した不整脈による突然死等に関する専門家会議の取りまとめた「不整脈による突然死等の取扱いに関する報告書」は,不整脈の誘因として,運動,労作,精神 イ本件発症とP1の業務との条件関係労働省が設置した不整脈による突然死等に関する専門家会議の取りまとめた「不整脈による突然死等の取扱いに関する報告書」は,不整脈の誘因として,運動,労作,精神的緊張や興奮,疲労,不眠などの交感神経緊張亢進状態を挙げ,不整脈と精神的・身体的負荷との関係を肯定しており,発症前に基礎疾患等が認められないか,またはその病変がごく軽度であるために疾患の存在が明確にされていなかった不整脈の業務上外の判断に当たっては,業務による過重負荷により明らかに発生したものかどうかを判断する必要があるとしている。 他にも,過重な業務に従事したことによる慢性疲労(過労),睡眠不足,過激な労働が致死性不整脈の発症及び増悪に関係するとの研究成果があり,その発生機序も合理的に説明ができる。 したがって,P1に発症した特発性心室細動は,業務による過労・ストレスによって発症しうるから,条件関係は肯定される。 ウ業務起因性の存在(P1の過重労働の内容)(ア) 通常業務についてDBに関係するIMS環境設定を行う場合には,DB担当者がその作業の一切を担当する。すなわち,保険などの新製品が開発され,それに関する情報をDBに載せたりする場合,開発担当部と会議をもってレビューを行い,DB環境の設定計画を立て,製品が完成した時点でその環境を実現するため実際に端末に打ち込んでいく作業である。いったん新製品が開発されると,その情報量は大量であるから,仕事量は一挙に増大する。 スペース管理は非常に煩雑でストレスの溜まる作業であった。また,DB担当者は,DBの環境に使われているGD-DM(IMSよりも小規模な環境ソフト)のバージョンアップに備え,GD-DMがフォーマットされているディスクを整理する作業にも参加していたが,これも煩雑で消耗する作業であ Bの環境に使われているGD-DM(IMSよりも小規模な環境ソフト)のバージョンアップに備え,GD-DMがフォーマットされているディスクを整理する作業にも参加していたが,これも煩雑で消耗する作業であった。 さらに,DBリカバリーは神経の集中を要求される業務である。 (イ) プロジェクトについてFRS-DRSについて,P1は,現状調査の上でその効率化のためシステム設計に考察を加える作業を課されていた。平成4年2月のFRS-DRSスタート時期が目前に迫っており,P1には過大なプレッシャーがかかっていた。 ログのディスク化は,今まで例のない新しい試みであり,それ自体大変な作業であるが,どのジョブを優先的にディスク化すべきかを選定するなど,頭を使う作業でもあった。 (ウ) 平成3年6月以降の過重業務P1は,平成元年6月に運用課に配属されて以来,恒常的な長時間労働,精神的な負荷の強い業務に従事して来たが,特に,平成3年4月に同課企画グループ副主任になり,同年6月からDB管理に不慣れな課員が増加する中でDB管理チームの実質責任者になった後は,責任が重くなるという精神的負荷が著しく増加しただけではなく,深夜のコンピュタートラブル対応の第1順位の連絡先となって深夜頻繁にトラブル対応の業務に従事するとともに,労働時間もそれ以前に比べ増加した。 平成3年6月から同年10月までの間,P1が業務に従事した毎月の労働時間は,別紙1「平成3年11月の労働時間集計表」と同程度かそれ以上であり,これを下ることはない。 (エ) 本件発症前1か月間の過重業務a 労働時間別紙1「平成3年11月の労働時間集計表」のとおりである。 なお,①終業時刻は,時間外入退館記録簿(乙7,15。以下「入退館記録簿」ともいう。)にP1の退館時間の記載がある日はその時刻によるべきであ 別紙1「平成3年11月の労働時間集計表」のとおりである。 なお,①終業時刻は,時間外入退館記録簿(乙7,15。以下「入退館記録簿」ともいう。)にP1の退館時間の記載がある日はその時刻によるべきであり,②その他の日は入退館記録簿の記載開始時刻の10分前ころを終業時刻とするべきである。また,③P1が帰宅後深夜ないしは未明にトラブル処理のための電話対応をする時間は労働時間とすべきであり,④P1が残業をする際は会社内で夕食を取ることはほとんどないから,夕食時間を労働時間から控除することはできない。 b 業務内容等P1は,日常的業務に加え,特に次の業務に忙殺された。 (a) 有事テスト(11月2日,3日)準備は6月には始まり,10月ころには環境の変更を端末に打ち込む作業が本格化し,P1は11月1日の出発直前までこの作業に追われた。有事テストは,1年に1度の費用と手間暇を掛けたプロジェクトであり,αでのテスト本番では,2つのIMS上でDBが正常に作動するかどうかを厳しくチェックするわけであるが,P1はDB関係の現場責任者として高い緊張感を課せられた。出張に伴う肉体的疲労のみならず,精神的に非常に消耗する3日間であった。さらに,前年度18名であったプロジェクト参加者は,この年わずか4名に減らされたため,この4名の負担は例年とは比較にならないほど重かった。 テスト終了後,反省会が2度以上もたれ,11月28日には,有事テストの反省,検証と,翌年のテストへのフィードバックについて討議するミーティングが開かれた。DB担当者の責任者であるP1は,責任ある詳細な報告と発言が要求された。 (b) 深夜のトラブル対応(11月4日,5日,7日から8日)αから帰った翌日の11月4日(国民の休日の代休)23時57分,東京海上コンピューターサービス株式会社(以下「 告と発言が要求された。 (b) 深夜のトラブル対応(11月4日,5日,7日から8日)αから帰った翌日の11月4日(国民の休日の代休)23時57分,東京海上コンピューターサービス株式会社(以下「TMC」という。)のP7の自宅にトラブルの電話連絡があったが,同人では解決ができず,P1宛てに電話連絡があり,P1がTMCに電話連絡をして対応・処理に当たった。P1はこの処理に約1時間を要した。また,11月5日深夜24時01分(6日0時1分),TMCから自宅に直接トラブルの電話があり,P1はそのトラブルの対応に約30分を要した。 さらに11月7日の深夜から翌8日午前2時前後にかけ,自宅に3度の緊急連絡があり,結局,午前3時半,P1は自ら出社して徹夜でトラブルに対応し,そのまま帰宅せず同日の昼間の業務に午後6時まで従事した。 (c) その他業務11月11日から22日までの期間は,ログディスク化,DB2,FRS-DRS等のプロジェクトの準備期限に追われ,3年目研修のレポートの準備,前記有事テストの反省会も加わった。また,11月21日,22日にはリオーガナイズの作業があり,日常業務までもが普段よりも大変な状況にあった。さらに,P1は,11月上旬からこの期間,BMCソフト導入の検討業務にも従事していた。 この期間,11月16日,17日には会社の課の旅行があったが,これは肉体的精神的に負担になりこそすれ,疲労を癒すものではなかった。 (d) 発症前1週間の具体的就労状況基本的には,上記1か月の延長線上にあり,日頃に増して忙しい日常業務とプロジェクトが殺到する状況にあった上,3年目研修レポートのテーマ提出締切日(29日)を控えていた。レポートの最終提出はさらに1か月半先であったが,テーマ選定伺いは上司の厳しいチェックを受けること,FRS-DRSのスタ る状況にあった上,3年目研修レポートのテーマ提出締切日(29日)を控えていた。レポートの最終提出はさらに1か月半先であったが,テーマ選定伺いは上司の厳しいチェックを受けること,FRS-DRSのスタートを2か月先に控えプロジェクトの圧力は依然厳しい状況にあることからすると,わずか1か月半で実質的な内容を仕上げることは不可能であり,テーマ提出はレポートの骨子の完成を前提としたものでなければならなかった。 11月25日(月)は環境見直しのプロジェクトが入っており,帰宅時間は午後11時を過ぎていた。P1の体調に不調の兆しが見え始めた。 11月26日(火),P1は朝からだるさと熱っぽさを感じて市販の風邪薬を服用し,さらに頭痛と腹痛も感じたたため整腸剤や鎮痛剤も服用して出勤した。会社では,まずスペース管理を処理し,次いでGD-DM整理に従事した。この日も帰宅時間は午後11時を過ぎ,肉体的疲労と精神的ストレスで体調が悪化していった。 11月27日(水)は,まず,週1回のグループミーティング(諸業務の進捗報告や連絡事項の伝達,問題提示などを行うもの)に参加し,次いでレビューを受けた。P1は生涯教育の対象とされており,そのレビューを受けたり,DBを作る前にそのためのレビューを受けたりしていた。レビューは,対象事項につき上司から事細かなチェックを受けるもので,受ける側の精神的プレッシャーは相当なものであり,万全の準備を整えておく必要があった。まじめな性格のP1は,業務に追われる間の短時間に,際だって高度な内容のテーマ検討を,最悪の体調の下にやり遂げ,この日付けで研究テーマを提出したが,緊張,疲労状態はピークを迎えていた。 11月28日(木)には,体調はますます悪化し,P1は市販の風邪薬,整腸剤,鎮痛剤を服用して出勤した。この日は,まずログのディスク けで研究テーマを提出したが,緊張,疲労状態はピークを迎えていた。 11月28日(木)には,体調はますます悪化し,P1は市販の風邪薬,整腸剤,鎮痛剤を服用して出勤した。この日は,まずログのディスク化という厳しい業務を行い,前述した有事に関するミーティングにDB担当者の責任者として出席し,さらにまた,DBリカバリーにも対応しなければならなかった。この日の帰宅時間も,午後11時を過ぎていた。 11月29日(金)になると,体調は最悪に近い状態まで悪化した。しかし,重要な業務が山積している状況で欠勤はできず,P1は,またしても風邪薬,整腸剤等の市販薬を頼りに出勤した。この日も,自動GEN(PM当て)ピーク問題の検討や,FRS-DRS効率化作業という負担の大きい業務に従事した。 (e) 発症当日(11月30日(土))の状況本件発症当日も国立のオフィスでは「リオーガナイズ」が行なわれていた。P1は,ABEND(アブノーマル・エンド=異常終了の略)の場合の一番目の連絡先とされており,いつでも即座に対応し,場合によってはリカバリのため緊急出社をしなければならない立場にあったため,仕事のフローチャートを持参してパーティに参加した。実際に連絡はなかったが,この日も業務から開放されてはいなかった。 (オ) 以上からすれば,P1が従事していた業務の過重性は明らかであり,本件発症は,P1が従事した業務により基礎疾患が増悪し発症したものであって,業務に起因するものである。 (2) 被告ア業務起因性の判断基準等労災保険上の業務起因性が認められるためには,業務と疾病との間に条件関係があることを前提として,両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係,すなわち相当因果関係が必要であり,これが認められるためには,死亡等の結果が当該業務に内在する危険の との間に条件関係があることを前提として,両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係,すなわち相当因果関係が必要であり,これが認められるためには,死亡等の結果が当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である。 脳・心臓疾患発症が業務に内在する危険の現実化と認められるには,①当該業務が危険(過重)であると認められることが必要であり(危険性の要件),それは,当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者を基準として,当該業務による負荷が,医学的経験則に照らし,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷といえるか否かによって決するのが相当である(平均的労働者基準説)。さらに,②当該疾患が,当該業務に内在する危険の現実化として発症したと認められること(現実化の要件),すなわち当該発症に対して,業務による危険性(過重性)が,その他の業務外の要因(当該労働者の私的なリスクファクター等)に比して相対的に有力な原因となったと認められることが必要である。 また,業務起因性の主張立証責任は原告にある。 イ本件発症とP1の業務との間には条件関係が認められないこと特発性心室細動の発症は,その患者の有する電気的基質に由来するものであり,精神的ないし身体的過重労働による影響を受けて発症するものではないと考えられる。すなわち,(ア) 特発性心室細動を含めた不整脈は,機能的な病態であり,器質的心疾患の有無は不整脈を生じ得る基質の有無につながるが,特に重要なのは,器質的異常がなくても,電気的基質があれば特発性心室細動は生じるということであり,特発性心室細動は,そのような特発性心室細動を生じる潜在的基質(電気的基質)の自然 の有無につながるが,特に重要なのは,器質的異常がなくても,電気的基質があれば特発性心室細動は生じるということであり,特発性心室細動は,そのような特発性心室細動を生じる潜在的基質(電気的基質)の自然経過によるものがほとんどであるということである。 すなわち,潜在的な致死的病態が存在しない健常人であれば,精神的過重あるいは長い拘束時間も含めた身体的過重労働のあるいかに過酷な労働に従事したとしても,著しい疲労を自覚するものの,特発性心室細動が生じるわけではない。問題となるのは,外見上,就労可能にみえる社会人の中に,潜在的に突然死を起こす基質をもった人々が存在することである。この範疇に属する基質として,急性心筋虚血を生じる可能性のある動脈硬化等の心筋の器質的基質とともに,特発性心室細動を生ぜしめる電気的基質が存在するのであり,このように特発性心室細動を生ぜしめる電気的基質を有する者は,日ごろからいかに規則正しい生活をしていても,極度の緊張や異常な興奮などを避けても避けなくても,日常生活におけるどのような諸条件によっても心室細動を発症するのであり,つまり,自然経過の中でいつでも特発性心室細動を発症する状況にある。ただし,その発症には,交感神経活性の亢進ではなく,副交感神経(迷走神経)活性の亢進が深く関与していると考えられ,そのようなことから,このような電気的基質に基づいて発症する特発性心室細動は,一般に,緊張状態から解放されてリラックスしたような場合に起こることが多いといわれており,特発性心室細動の誘因としては,飲酒等が作用すると指摘されている。 したがって,その発症に業務が関与するとすれば,副交感神経活性の亢進に際し,その直前に一時的な強度の精神的負荷ないし身体的負荷がかかり,それから解放されるという関係で関与する場合があるというにすぎな したがって,その発症に業務が関与するとすれば,副交感神経活性の亢進に際し,その直前に一時的な強度の精神的負荷ないし身体的負荷がかかり,それから解放されるという関係で関与する場合があるというにすぎないから,特発性心室細動の発症に対して業務が関与するのは,その発症時点からみて,数分ないし長くても数時間の程度でもたらされた強度の精神的負荷のみであり,数時間の単位より前に生じた業務による精神的負荷ないし身体的負荷は,特発性心室細動の発症と直接に関係を有するものではない。 (イ) P1は,特発性心室細動を生ぜしめる電気的基質を有していた。P1に発症した特発性心室細動の誘因を指摘するとすれば,発症の20分前ころに飲んだコップ2ないし3杯のビールである。他方で,P1に発症した特発性心室細動の発症に関与するような業務による精神的,身体的負荷があったかをみても,本件発症当日は休日で出社しておらず,前日も午後8時に退社しているから,十分に休息をとっているはずであり,発症当日午後7時55分から数分ないし数時間前に,業務による強度の精神的,身体的負荷があったというべき事情もなく,それによってホッとするような副交感神経の亢進をもたらしたということもできない。 (ウ) したがって,P1に発症した特発性心室細動は,もともとP1に存在した電気的基質を基礎として,それが自然経過の中で発症したものにすぎず,その特発性心室細動の発症の誘因を考えても,業務と無関係な飲酒というべきであるから,本件発症とP1の業務との間には条件関係が認められない。 ウ仮に本件発症に業務が関係したとしても業務起因性がないこと(ア) 業務の内容についてa 環境設定作業についてIMSの環境設定の変更は,作業すべてをDB担当が行っていたわけではなく,DB担当者が担当するDB関連の環境設定作業等のか 業務起因性がないこと(ア) 業務の内容についてa 環境設定作業についてIMSの環境設定の変更は,作業すべてをDB担当が行っていたわけではなく,DB担当者が担当するDB関連の環境設定作業等のかなりの部分がTMCに委託され,P1の業務は限られていた。 b リオーガナイズ及びスペース管理について各DBの状況のチェック,スペース拡張作業,リオーガナイス作業のいずれも定型化が進んでおり,その作業準備もTMC及びTMCから外注されたオペレーターが主体となって行っており,そのチェックもP1以外の職員が主に担当していた。 c プロジェクトについてFRS-DRSは,カットオーバーが3か月先の平成4年2月24日に予定されていたが,そのプロジェクト自体大きくなく,スケジュールが多少遅れても大きな影響がなく,その作業自体すべてが住生コンピューターサービス株式会社(以下「SLC社」という。)に委託され,P1は,定期的な打合せ,事実確認等を行う必要があったにすぎない。 ログのディスク化は,以前から計画されてきたが,緊急性が高くなく,他の業務との兼ね合いから先延ばしにされてきたものであり,ようやく平成3年11月半ばから,その作業に着手し,同月28日の時点では未だに検討に着手したにすぎず,実施スケジュールさえ未定であった。 (イ) 平成3年6月以降の就労状況本件発症前の約6か月間(平成3年6月1日から11月30日)の労働日数は,総日数183日のうち実労働日数が127日,うち休日労働日数が5日であり,休日日数は56日(有給又は特別休暇3日)であって,同僚と比較しても,その勤務状況は平均レベルであった。 (ウ) 本件発症前1か月間の業務についてa 労働時間本件発症前の約1か月間の勤務状況は別紙2「労働時間集計表」のとおりである。時間外労働時間は,仮に「 も,その勤務状況は平均レベルであった。 (ウ) 本件発症前1か月間の業務についてa 労働時間本件発症前の約1か月間の勤務状況は別紙2「労働時間集計表」のとおりである。時間外労働時間は,仮に「時間外および休日勤務実施届」(以下,「時間外等実施届」又は「実施届」という。)記載の残業予定時間まで夕食時間も取らずに連続して残業したとしても47時間27分であり,実際には,これより短かった。なお,同表の労働時間欄に「仮」とあるのは,実施届により残業することが予定されていたので,予定どおりに業務に従事したかは不明であるものの,その予定時刻まで残業したと仮定した時間である。 b 本件発症の1か月前から1週間前までの業務内容等11月1日(金),P1は,遅くとも午後7時以前には退社し,同月2日及び3日に有事テストが実施される予定であった大阪所在のαセンターに向かい,αに宿泊した。 11月2日(土),P1は,午後1時からαセンターでオンラインの立上げ,照会・検索・エントリー確認のための有事テストに従事し,午後8時30分に業務を終了し,翌3日(日)は,午後3時30分には有事テストを終了した。作業は時間的にゆとりがあったばかりか,両日に実施された有事テストは,極力,αTMCだけで有事オンライン・有事業後バッチを稼働させることが目指された結果,有事DBの作成,オンライン環境設定はαTMCでほぼ実施することができ,業後バッチについても,トラブル対応を含めてαTMC独力で実施することができた。 11月4日(月)は休日で勤務はなく,P1は自宅で静養した。 11月5日(火),P1は,午前0時1分にTMCからトラブル発生の電話を受け,これに応対した。その後,午前9時15分に出社し,通常業務に従事し,午後9時(仮定)に退社した。 11月6日(水),P1は,午前1 (火),P1は,午前0時1分にTMCからトラブル発生の電話を受け,これに応対した。その後,午前9時15分に出社し,通常業務に従事し,午後9時(仮定)に退社した。 11月6日(水),P1は,午前10時から午前11時までオンライン・DB管理グループのミーティングに出席した後,リオーガナイズ作業に従事した(もっとも,実際にはP1が行うことはほとんどなかったことは前記のとおり。)。 11月7日(木),P1は,午後1時から午後3時まで月例の運用課課内会議に出席し(ただし,発言すべき事項はなかった。),午後3時30分から午後4時30分までDB分割担当者の打合せに出席し(ただし,P1の担当部分は終了していた状況にあった。),BMCソフト導入検討のために午後9時までの残業命令があり,午後10時58分に退社した。なお,BMCソフト導入検討業務は,プロジェクトにもなっておらず,また,実施伺いも立てられていない業務であったことから,緊急を要する業務ではなかった。 11月8日(金),P1は,午前2時にTMCオペレーターから自宅に電話が入り,トラブルの対応のために午前3時35分に出社し,通常業務に従事して,午後6時ころに退社した。 11月9日(土)及び10日(日)は,いずれも休日であり,P1は出社せず,業務に従事していない。 11月11日(月),P1は,通常業務に従事し,午後8時(仮定)に退社した。 11月12日(火),P1は,通常の業務に従事し,午後9時(仮定)に退社した。 11月13日(水),P1は,午後2時から午後3時までオンライン・DB管理グループのミーティングに出席し,午後6時2分に退社した。 11月14日(木),P1は,午後1時から午後3時までFRS-DRSの打合せに出席し,同日午後9時までDBリカバリーTMC移行のための残業命令があり ミーティングに出席し,午後6時2分に退社した。 11月14日(木),P1は,午後1時から午後3時までFRS-DRSの打合せに出席し,同日午後9時までDBリカバリーTMC移行のための残業命令があり,午後10時7分に退社した。 11月15日(金),P1は,都内で開催された社外セミナーに出席した。 11月16日(土)及び17日(日)は,いずれも休日であり,P1は,課内レクリエーションとして日光へのバス旅行に参加した。このバス旅行は,課内の親睦行事であり,参加が強制されるものでなく,あくまでも自由参加であった。 11月18日(月),P1は,「FRS-DRS効率化プロジェクト(伺い)」の稟議書を中間報告として提出した。このプロジェクトは,7月からスタートしたプロジェクトであり,デザイン業務からシステムテストまでをSLC社に業務外注していることなどから,その業務がP1に精神的,身体的負荷をもたらすものであったとはいえない。ログディスク化検討のために午後8時までの残業命令があり,午後10時35分に退社した。 11月19日(火),P1は,BMC導入検討業務のために午後9時まで残業命令があり,午後10時30分に退社した。 11月20日(水),P1は,午後2時から午後3時までオンライン,DB管理グループのミーティングに出席した。 11月21日(木),P1は,午後4時から午後5時までDB分割の担当者打合せに出席し,BMC導入検討業務のために午後9時までの残業命令があったが,午後10時25分に退社した。 11月22日(金),P1は,BMC導入検討業務のために午後9時まで残業命令があり,午後9時10分に退社した。 11月23日(土)及び24日(日)は所定休日であり,P1は業務に従事していない。 c 発症前1週間の業務内容等P1の3年目研修について, 後9時まで残業命令があり,午後9時10分に退社した。 11月23日(土)及び24日(日)は所定休日であり,P1は業務に従事していない。 c 発症前1週間の業務内容等P1の3年目研修について,平成3年11月29日までに報告することが義務付けられていたのは研究レポートのテーマ報告にすぎず,個人研究レポートの提出期限は平成4年1月17日であり,P1は,この時期に実質的に研究に着手していない。また,P1は,テーマ報告を期限2日前に時間的に余裕を持って提出している。さらに,P1が選定した研究テーマは,P1の業務の経験をそのまま活かせるテーマであったから,その検討に要する時間はごく短時間で足りるものであり,テーマ報告書も用紙1枚の分量にすぎず,そのテーマの選定等の格別の負担や達成の困難性は認められない。 11月25日(月)は,通常業務に従事し,午後3時ころから午後5時ころまでの間にオンライン及びDBを担当する主要メンバーによる打合せに出席し,遅くとも午後9時に退社した。 11月26日(火)は,通常業務に従事し,その一環として,1ないし2時間程度,DB担当者とTMCのDB担当者との間で行われるスペース管理業務に関する打合せに出席し,遅くとも午後9時に退社した。 11月27日(水)は,通常業務に従事し,その一環として,午前10時ころから午前11時ころまで間にオンライン・DB管理グループの打合せに出席し,テーマ報告期限の2日前である同日に「総合系列3年目研修個人研究テーマ選定(伺い)」を提出した。 11月28日(木)は,通常業務に従事し,午後10時10分に退社した。 11月29日(金)は,通常業務に従事し,その一環として午前10時ころから午前12時ころまでの間に自動GENシステム効率化の打合せに出席するとともに,午後1時ころから午後3時こ 10分に退社した。 11月29日(金)は,通常業務に従事し,その一環として午前10時ころから午前12時ころまでの間に自動GENシステム効率化の打合せに出席するとともに,午後1時ころから午後3時ころまでの間にFRS-DRS打合せに出席し,午後8時には退社した。 P1は,自動GEMシステムに直接関わっておらず,その効率の悪さがDB2の使い方に起因すると推測されたことから,DB担当として技術的な支援をするために出席したにすぎない。また,FRS-DRSの打合せは,2週間に1回程度の頻度で定期的に行われており,主に委託先のSLC社から進捗状況の報告,問題点についての議論,ペンディング事項について検討結果が報告等されたにすぎない。 d 本件発症当日(11月30日(土))についてP1は休日であり,業務に従事しておらず,午後7時55分ころ,友人の結婚披露パーティーに出席していた際に本件発症に至った。 (エ) 以上のとおり,本件発症前のP1の業務内容は特に過重なものではなく,P1が業務に関連して異常な出来事に遭遇した事実も認められない。 したがって,P1の業務と本件発症との間に,相当因果関係を認めることはできない。 第3 当裁判所の判断 1 業務起因性の判断基準労災保険法に基づく保険給付は,労働者の「業務上」の死亡について行われるが(同法7条1項1号),労働者が業務上死亡したといえるためには,業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要である(最高裁第2小法廷昭和51年11月12日判決・判例時報837号34頁参照)。また,相当因果関係の判断基準については,労災保険法に基づく保険給付が労基法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることを踏まえたものであることからすると,業務起因性が肯定されるには,当該業務に内在する危険が は,労災保険法に基づく保険給付が労基法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることを踏まえたものであることからすると,業務起因性が肯定されるには,当該業務に内在する危険が現実化することによって発症したと評価できることを要するのであり,このような観点から事案に即して判断すべきである。 そして,脳・心疾患発症の基礎となりうる素因又は疾病(以下「素因等」という。)を有していた労働者が,脳・心疾患を発症する場合,様々な要因が上記素因等に作用してこれを悪化させ,発症に至るという経過をたどるといえるから,その素因等の程度や他の危険因子との関係をふまえ,医学的知見に照らし,労働者が業務に従事することによって,その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて有意に増悪させたと認められる場合には,その増悪は当該業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である(最高裁第3小法廷平成9年4月25日判決・判時1608号148頁,同裁判所第1小法廷平成12年7月17日判決・裁集198号461頁参照)。 また,訴訟上の因果関係の立証は,自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである(最高裁第2小法廷昭和50年10月24日判決・民集29巻9号1417頁)。 2 本件発症と業務との条件関係の存否(1) 認定事実争いのない事実等,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる的確な証拠は存在しない。 ア前提となる医学的知見(甲10,81,乙11,19,乙29 (1) 認定事実争いのない事実等,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる的確な証拠は存在しない。 ア前提となる医学的知見(甲10,81,乙11,19,乙29,33,35,38,乙39の添付資料)(ア) 不整脈の定義心臓の活動を制御するシステムには2つあり,一つは自律神経を介するもので,交感神経がアクセルとして,副交感神経がブレーキとして作用する(副交感神経の亢進は心臓の活動を抑制する。)。もう一つは,刺激伝導系と呼ばれるものである。刺激伝導系は,心臓内に存在する筋肉と神経の中間のような特殊な心筋組織であり,これにより,心筋は脳からの神経支配を受けずに自動的に収縮する。すなわち,この刺激伝導系は,心筋収縮の調和と同調を引き起こす刺激(インパルス)を生じ,かつそれを伝導する特殊な機能を担う心筋組織からなり,洞結節,房室結節,ヒス束,左右の脚,プルキンエ繊維から構成される。正常な刺激伝導は,洞結部で生成された刺激が心房筋から心房結節,ヒス束,左脚及び右脚,プルキンエ線維を経て心室筋を順次興奮させる形で行われるが,この正常な心臓の調律からはずれた状態が不整脈と定義される。なお,脚ブロックとは,ヒス束から分岐した左又は右の脚枝内で器質的又は機能的に伝導遅延又は伝導途絶を生じた状態をいう。 (イ) 特発性心室細動不整脈には,①心臓に器質的,解剖学的異常が存在する場合,②薬物その他の原因がある場合(血液電解質の異常,代謝異常や内分泌異常,薬物中毒),③これらの異常が認められない場合の3つの場合があり,特発性心室細動は,③の一つである。 細動とは,個々の心筋細胞が全く無秩序な興奮収縮を繰り返す状態を称し,統一された心収縮が行われないためポンプ機能が消失する。特に心室に生じる細動(心室細動)では心拍出量 細動は,③の一つである。 細動とは,個々の心筋細胞が全く無秩序な興奮収縮を繰り返す状態を称し,統一された心収縮が行われないためポンプ機能が消失する。特に心室に生じる細動(心室細動)では心拍出量がゼロとなるため速やかな心肺蘇生措置が取られないと致死的な経過を辿ることが多く,心室細動は最重症の不整脈である。そして,通常の検査では心室細動を起こす可能性があると考えられる明らかな基礎疾患が認められず,薬剤による催不整脈が否定される心室細動が特発性心室細動と呼ばれている。 特発性心室細動の特徴として,表面上は健康な若年ないし中年層(男性にやや多い。)に生じ突然死をきたす疾患であり,心肺蘇生により蘇生できた症例を調べても明らかな基礎心疾患がなく,抗不整脈薬による治療には限界があり,予後不良な疾患であると理解されている。なお,特発性心室細動に関する文献報告を総括した結果では,全患者数54人のうち90パーセント以上は心室細動発生時に心肺蘇生を受けており,自然停止例は10パーセント未満であったとの報告がある。 (ウ) ブルガダ症候群特発性心室細動の中に,胸部第1~第3誘導の右脚ブロック様波形とST上昇という特異な心電図所見を特徴とするものがあり,ブルガダ症候群と呼ばれている。 1992年(平成4年)にブルガダらがこの心電図所見を特徴とする特発性心室細動の症例8例を報告し,その後各国で同様の症例が報告されたため,上記心電図所見を有する特発性心室細動はブルガダ症候群と呼ばれるようになり,近時研究が進められている。 (エ) 心室頻拍心室頻拍は,ヒス束分岐部以下の心室内から発生する興奮が3つ以上続くものと定義されている。心室頻拍発作が始まると,患者は急に心悸亢進,前胸部違和感,胸痛,呼吸困難を訴え,頻拍に伴って血圧が低下し,心拍出量が低下するため脳への の心室内から発生する興奮が3つ以上続くものと定義されている。心室頻拍発作が始まると,患者は急に心悸亢進,前胸部違和感,胸痛,呼吸困難を訴え,頻拍に伴って血圧が低下し,心拍出量が低下するため脳への血流量が低下し,意識喪失をきたすこともある。著しく心拍数が多い状態,即ち心室粗動(毎分170ないし300回)が持続すれば(持続性心室頻拍),心室細動(心拍数毎分300ないし600回)に移行することがある。心室頻拍の場合,基礎心疾患の有無によって突然死の危険は大きく異なり,基礎心疾患のある持続性心室頻拍患者が突然死する可能性は高いが,これがない特発性心室頻拍患者が突然死することはまれである。また,虚血性心疾患急性期や末期患者を除く157例の突然死のホルター心電図を分析したところ,83パーセントが心室細動から死に至ったが,最初から心室細動が出現したのは8パーセントにすぎず,心室頻拍から心室細動への移行が62パーセントであったとの報告例がある。 心室細動及び心室頻拍の確定診断は発作時の心電図による。 イ P1の基礎疾患等(ア) P1の意識消失発作a 発作の頻度等(甲17・87頁,乙12・3枚目,乙36・15頁,26頁,38頁,証人P548~49頁,同P854~55頁,原告P9本人)P1は,本件発症前,以下のとおり計7回の意識消失発作を起こしていた。いずれの場合も,数分で自然に意識が回復している。発作が起きた時間帯は,①ないし④及び⑥はいずれも夜間9時ころ又は11時ころであり,⑤は午後2時前後ころである。 ① 昭和62年3月(当時21歳)大学のサークル合宿中(四国)の夜中に,電話ボックスへ走って行ってその中で初めて意識消失発作を起こす(5分間位で意識が戻る。)。 ② 昭和63年7月ないし8月(当時23歳)飲酒後,激しく走った後に,友人宅で意識 合宿中(四国)の夜中に,電話ボックスへ走って行ってその中で初めて意識消失発作を起こす(5分間位で意識が戻る。)。 ② 昭和63年7月ないし8月(当時23歳)飲酒後,激しく走った後に,友人宅で意識消失発作を起こす。 ③ 平成元年9月ないし11月(当時24歳)会社のテニス合宿中に意識消失発作を起こす。 ④ 平成2年2月ないし3月(当時24歳)友人宅で意識消失発作を起こす。 ⑤ 平成2年4月5日(当時24歳)会社で会議中に意識消失発作を起こす。 ⑥ 平成2年5月10日(当時25歳)詳細は不明であるが,意識消失発作を起こす。 ⑦ 平成3年1月(正月)(当時25歳)自宅まで走ってきて門のところで動悸と数分間の意識消失発作を起こす。 b 発作時の状況(乙36,37,原告P9本人)P1は,上記⑥の発作の直後である平成2年5月12日,意識消失発作と動悸を主訴として日本医科大学付属病院第1内科を受診した。P1は,医師に対し,意識消失発作の状況について「3年ほど前から半年おきぐらいに突然心臓の動悸がはげしくなり意識を失うことがある。最近では1月おきぐらいになる。放置して1分ぐらいで自然にもどる。」と説明した。また,診療録には,発作時の状況説明と思われる「顔が青白くなる,体が硬直する,息が荒くなったり大きくなったり止まったりする,目を半分開けているが何も見えていないような感じ,口から泡が出ることがある,尿が無意識に出る,胸に耳を当ててみるとどきどきと大きな音がする」旨の記載が残されている(乙36・3頁,14頁)なお,P1ないしその代理の原告P9は,初診以降本件発症の直前(平成3年11月29日)まで間欠的に同病院に通院して診察又は薬の処方を受けたが,同病院では,上記a記載以外の発作発症は報告されていないし,原告P9も承知していない。 c 本件 診以降本件発症の直前(平成3年11月29日)まで間欠的に同病院に通院して診察又は薬の処方を受けたが,同病院では,上記a記載以外の発作発症は報告されていないし,原告P9も承知していない。 c 本件発症時の状況(乙12,甲14,15,22,79)本件発症当日(平成3年11月30日),P1は午後7時から始まった友人の結婚披露パーティーに出席し,友人と話をしながらコップ2,3杯のビールをゆっくりと飲み,少量の食事をとるなどした後,席から立ちトイレの方向に向かって数歩歩いたところで突然前方に倒れた。P1はしばらくの間「ウー」と声を出していたが,意識はなかった。 午後8時17分ころ救急車が到着したときは,①意識:JCS~300(痛み刺激を加えても全く動かない状態),②脈拍:触れず,③呼吸:感ぜず,という状況にあった。東京女子医科大学病院に搬送されたときの状況も同様で心肺停止状態にあり,その後の開胸心マッサージにより心拍が再開したものの,意識を回復しないまま死に至ったことは前記のとおりである。 (イ) P1の健康状況a 健康診断の結果等(甲21,38,乙36)P1は,平成元年以降毎年10月に実施される会社の健康診断を受けていた。平成2年及び3年の健康診断で軽度の肝機能障害が指摘されたものの,それ以外には異常は認められず,血圧も良好で,体重は標準体重であった(身長約173㎝,体重67.5ないし69.5㎏)。 P1は,喫煙はせず,酒は飲むが平均1日ビール小瓶1本程度であった。その他,P1に心臓疾患の危険因子は存在しない。 b 日本医科大学付属病院における検査結果(乙36,37)P1が平成2年5月12日以降受診した日本医科大学付属病院では,血圧(随時),心拍数測定,血液生化学検査(2回)の他,以下①ないし⑥の検査が行われた。⑥の検査は,平成3 る検査結果(乙36,37)P1が平成2年5月12日以降受診した日本医科大学付属病院では,血圧(随時),心拍数測定,血液生化学検査(2回)の他,以下①ないし⑥の検査が行われた。⑥の検査は,平成3年6月20日の受診時,同年1月に再度意識消失発作があった旨の説明がされたことを受けて行われたものであり(同時にホルター心電図検査等の予約がされたが,予定日にP1の祖母の葬儀が行われたため(甲36)キャンセルされた。),⑤,⑥の検査では,「?」付きで心疾患の存在を疑わせる所見が指摘されたが,特にそれ以上の検査は行われていない。なお,この間,血圧値に問題はなく,血液検査の結果もγ-GTPの数値以外は正常域であった(なお,γ-GTPの高数値は日本医科大学付属病院での投薬による影響が疑われる(甲81)。)。 ① 平成2年5月19日ホルター心電図検査:異常なし② 6月 9日頭部MRI:異常なし③ 6月16日頭部CT:異常なし④ 7月 3日脳波:異常なし⑤ 同日 UCG(心エコー図):LVasynergy(左心室の壁運動異常)? ⑥ 平成3年6月29日 ECG(心電図):shortPQ(PQ間隔短縮)? (2) 本件発症とP1の業務との条件関係の検討ア P1の意識消失発作の原因前記のとおり,日本医科大学付属病院で実施された平成2年7月のUCG(心エコー図)及び平成3年6月のECG(心電図)において,いずれも「?」マーク付きであるが,心疾患の存在を疑わせる所見が指摘されているが,心室細動を起こす可能性があると考えられる明らかな基礎疾患があるとは診断されていない。 そして,東邦大学β病院第3内科P10助教授の意見書(乙38及び39。以下,一括して「P10意見書」という。)は,前記(1)イ(ア)のような意 考えられる明らかな基礎疾患があるとは診断されていない。 そして,東邦大学β病院第3内科P10助教授の意見書(乙38及び39。以下,一括して「P10意見書」という。)は,前記(1)イ(ア)のような意識消失発作の状況や上記P1の病態等に鑑みると,P1の度重なる意識消失発作の原因は一過性心室細動と考えるのが相当であり,本件発症以前の7回の意識消失発作は心室細動が自然停止したために意識が回復したが,本件発症においては心室細動が自然停止しなかったとみるのが相当であるとの見解を示している(乙38・3~4頁)。また,立川相互病院のP11医師もこの点について否定はしていない(甲81・4頁)。 しかし,心室細動及び心室頻拍の確定診断は発作時の心電図によることになるから,これのない本件において,P1の過去の失神発作の原因がこのいずれであるかの確定診断はできない。 そこで,P10意見書が心室細動と判断した根拠を見ると,意識消失を生じるような頻脈性不整脈として,①心室細動,②心拍数の著しく多い心室頻拍(心室粗動),③1:1伝導を示す心房粗動,④偽性心室頻拍を挙げた上,「②の心室粗動は,基質的心疾患があって心機能が低下している場合に生じることが多く,通常の社会生活を営んでいて,健康診断でも異常を指摘されない例に生じることはまずない。またもし②であっても,心室粗動が持続すれば心室細動に移行するから最終的には心室細動を起こして失神したと考えるのが妥当である。③の1:1伝導を示すものは心房粗動や心房細動が持続するので,医療機関を受診しその際不整脈が発見されるはずである。④は,本件発症後の心電図から否定される。①の特発性心室細動は,一過性に生じて自然停止することもあるのが特徴であり,この一過性心室細動により失神が起こる。」(要旨)というものである。しかし,基礎心疾 ④は,本件発症後の心電図から否定される。①の特発性心室細動は,一過性に生じて自然停止することもあるのが特徴であり,この一過性心室細動により失神が起こる。」(要旨)というものである。しかし,基礎心疾患のない特発性心室頻拍患者も存する上,心室頻拍が一定程度持続すると意識喪失をきたす場合があること,心室細動はそのほとんどがそのまま回復せずに死に至るところ,P1の失神発作は7回とも失神に止まり死に至っていないことからすると,P1の過去における意識消失発作の原因が心室細動であったと判断するには疑問が残り,むしろ,心室細動にまで至らない心室頻拍(心室粗動)であったとみる方がより自然である(P10意見書は,上記③のとおり特発性心室細動は自然停止するのが特徴であるとするが,前記のとおり,特発性心室細動が自然停止した例は10パーセント未満とする報告があり,自然停止例はむしろ少ないと考えられる。)。 イ特発性心室細動は業務による過労・ストレスによって発症させられうるか。 (ア) 労働省が設置した不整脈による突然死等に関する専門家会議が取りまとめた「不整脈による突然死等の取扱いに関する報告書」(平成8年1月)(乙6)では,①ストレスによる交感神経緊張並びに自律神経の調節異常が心筋の電気的不安定状態をも惹起し,自動能の亢進・低下,撃発活動及び興奮旋回等の不整脈発現の要因に促進的に作用し危険な致死的不整脈の出現を招来する可能性があることが指摘され,また,②突然死に影響を与えている心理的社会的要因として,睡眠障害があり生活リズムが不規則であること,仕事が山積みし疲労状態にあること等が挙げられ,さらに,③疫学的調査においてストレスにより誘発された不整脈による突然死例も存在するとされていること,健康人を対象とした実験的研究においても,健康人に精神的負荷を加える場合, あること等が挙げられ,さらに,③疫学的調査においてストレスにより誘発された不整脈による突然死例も存在するとされていること,健康人を対象とした実験的研究においても,健康人に精神的負荷を加える場合,心筋仕事量の増加,交感神経機能の活性化及び血小板凝集の促進がもたらされ,その結果,不整脈が誘発されるとの報告もあることが指摘されている。 (イ) 「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(平成13年11月)(甲10,乙19)は,疲労の蓄積等と脳・心臓疾患の発症との関係を中心に業務の過重性の評価要因の具体化等を検討した報告書であり,同年12月12日付け厚生労働省労働基準局長の脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準策定の前提となったものであるが,この報告書は,同認定基準の対象疾病として心停止(心臓突然死を含む。)を挙げている(19頁以下)。 そして,同報告書は,心室細動発症の機序として,その回路となる解剖学的ないし電気的基質,引き金となる心室期外収縮(基本調律の終期より短い間隔で起こる局所性興奮),それらを修飾する因子の3つの要因を挙げ,心臓突然死の危険度はこれらを評価して総合的に判断するとしており,基質と引き金の両方に影響を及ぼす修飾因子の一つとして自律神経,ストレスを挙げている(80,81頁)。また,虚血性心疾患等のリスクファクターとしてのストレスに関し,「過労は身体的ストレスのみならず精神的ストレス状態であり,突然死の大きな修飾因子となる。 過労時にはカテコールアミンが分泌され,その結果致死性不整脈は生じやすくなる。また,飲酒,喫煙,コーヒーなどの嗜好品,睡眠不足や変則勤務など生体リズムの乱れは不整脈発生の誘発ないし増悪因子となる。」と指摘している(125頁)。 そして,同報告書は,長時間労働などの負荷が長期間にわたって作用するこ ーなどの嗜好品,睡眠不足や変則勤務など生体リズムの乱れは不整脈発生の誘発ないし増悪因子となる。」と指摘している(125頁)。 そして,同報告書は,長時間労働などの負荷が長期間にわたって作用することにより,疲労が蓄積し,脳・心臓疾患を発症することを認めている。すなわち,「長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす理由として,『①睡眠時間が不足し疲労が蓄積すること,②生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること,③長時間に及ぶ労働では,疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ,これが直接的なストレス負荷要因となること,④就労態様による負荷要因に対するばく露時間が長くなることなどが考えられる。このうちでも,疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が深く関わっていると考えられる。一般に,睡眠不足の健康への影響は,循環器や交感神経の反応性を高め,脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めると考えられており』『1日3~4時間の睡眠は翌日の血圧と心拍数の有意の上昇による最大運動能力の低下をもたらす』『睡眠時間が5時間以下では脳・心臓疾患の発症率が高い』など,『長期間にわたる1日4~6時間以下の睡眠不足状態では,睡眠不足が脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めるとする報告がある。』業務の過重性評価は諸要因を総合的に評価するべきであるが,長時間労働に着目してみた場合,1日4~6時間程度の睡眠が確保できない状態が継続していたかどうかという視点で検討することが妥当と考えられる。」と指摘されている。(95,96頁)(ウ) 以上のような知見について,心臓に器質的・解剖学的異常等の基礎疾患がないか,ごく軽度であるためその存否が判明しない程度である場合の心室細動である特発性心室細動を除外する合理的理由は見あた )(ウ) 以上のような知見について,心臓に器質的・解剖学的異常等の基礎疾患がないか,ごく軽度であるためその存否が判明しない程度である場合の心室細動である特発性心室細動を除外する合理的理由は見あたらないし,現にそのようにすべきであるとする記載はない。 そして,このような見解は,上記報告書等以外の医学文献や専門家の意見においても示されている(甲57,59,60,74ないし76)。ちなみに,公立学校共済組合関東中央病院のP12院長は,平成12年5月に作成した医学的意見書(甲75の2,4)において,致死的不整脈は日常的に発生するものであり格別の誘因を必要とするものではないが,もし過重な負荷があれば発症が加速される点は急性心筋梗塞などの虚血性心疾患と同じである旨,また,特発性心室細動の発症には誘因は必要ないが,誘因となるようなものがあれば発作は起こりやすくなる旨,過重な負荷は心室細動発作を起こすための必要条件ではないが誘因となる旨を述べている。 (エ) 被告は,特発性心室細動の発症に対して業務が関与するのは,その発症時点からみて,数分ないし長くても数時間の程度でもたらされた強度の精神的負荷のみであり,数時間の単位より前に生じた業務による精神的負荷ないし身体的負荷は,特発性心室細動の発症と直接に関係を有しない旨主張するところ,この見解を直接裏付けるに足る証拠は存しない。 したがって,特発性心室細動一般について,そもそも発症の数時間の単位より前に生じた業務との条件関係を肯定し得ないとの見解は採用できない。 (オ) 以上検討したところによると,特発性心室細動一般について,業務による過労・ストレスにより発症しうるとする関係は肯定され,一般的条件関係は肯定されるというべきである。 ウ P10意見書についてP10意見書(乙38,39)は,P1に発症し 動一般について,業務による過労・ストレスにより発症しうるとする関係は肯定され,一般的条件関係は肯定されるというべきである。 ウ P10意見書についてP10意見書(乙38,39)は,P1に発症した心室細動については,そもそも業務との条件関係を肯定し得ないとの見解に立つようであるので,以下検討する。 (ア) 同意見書は,①P1は心室細動を起こす基質(基礎心疾患以外)を有していた,②P1は,運動後,飲酒後,会議中に失神していることから,通常の運動,通常量の飲酒,通常の業務上の緊張であっても,心室細動が誘発される基質があったと考えられる,③そのような基質をもった例の自然的経過として,いつどこで心室細動が生じてもおかしくない,④P1は就業する前の学生時代から失神を繰り返している,⑤本件発症は結婚披露宴での感情の変化や飲酒といった直前の因子が誘因となったと考えられる,以上から業務と本件発症との因果関係はないと考えるべきであるとし(乙38・5~6頁),過重な業務のない就業前の若年者にも電気的除細動で停止した心室細動の例があることから,本件発症のときだけ過重な業務のために心室細動が自然停止しなかったと考えることはできない(乙39・3~4頁),としている。そして,同意見書は,確定診断はできないとしながら,P1の心室細動を起こす基質として遺伝子異常を示唆し,また,P1に生じた失神発作の状況から副交感神経(迷走神経)亢進が関与している可能性が高く,ブルガダ症候群に生じる心室細動の発症機転と類似するとして,P1に生じた心室細動がブルガダ症候群である可能性を示唆するようである(乙38・5頁,乙39・2~3頁)。ちなみに,特発性心室細動のうち心電図に特徴的所見が現れるブルガダ症候群については,その約15パーセントに心筋Naチャネル遺伝子(SCN5A)の変異 るようである(乙38・5頁,乙39・2~3頁)。ちなみに,特発性心室細動のうち心電図に特徴的所見が現れるブルガダ症候群については,その約15パーセントに心筋Naチャネル遺伝子(SCN5A)の変異がみられるとの報告があり,これが原因遺伝子の一つであることが承認されている(乙39の添付資料)。また,ブルガダ症候群と同様の心電図の特徴を有する症例の中に迷走神経の活性亢進によって特発性心室細動が誘発される例があるとの報告がある(乙32)。 (イ) しかし,P10意見書には次のような疑問があり,採用することができない。 まず,議論の前提として,P10意見書は,P1の過去の失神発作が心室細動によるものとしているが,この判断には疑問があり,むしろ特発性心室頻拍(心室粗動)による発作とみる方が無理がないことは前記(ア)のとおりである。 もっとも,P1が本件発症前学生時代から7回も特発性の頻脈性不整脈発症を繰り返していることから,これを発症しやすい何らかの基質を有したであろうことは推測でき,P10意見書の上記①の点はその限度で承認できる。しかし,過去の発作が運動後,飲酒後,会議中に発生したといってもその状況の詳細は明らかではないから,そのことだけから直ちに②のように,通常の運動,通常の飲酒,通常の業務による緊張であっても心室細動が誘発される基質があったとの結論,ひいては③のように,いつどこでも心室細動を起こしうるとの結論を導くのは妥当ではない。 また,④の点についても,発作は確かに就業前から起きているが,就業後は約2年8月の間に本件を含め6回と回数が急増していることに着目すべきであり,このことはむしろ業務との因果関係を推認させるものともいえる。⑤の点は推測を述べるものにとどまり,条件関係を否定する論拠になるとはいえない。 また,P10意見書は,過重な ることに着目すべきであり,このことはむしろ業務との因果関係を推認させるものともいえる。⑤の点は推測を述べるものにとどまり,条件関係を否定する論拠になるとはいえない。 また,P10意見書は,過重な業務のない就業前の若年者にも電気的除細動で停止した心室細動の例があることを論拠の一つとして挙げるが,過重な業務に従事しない者にも特発性心室細動が発症するという事実は,過重な業務又はそれによるストレスが誘因となって特発性心室細動を発症するという命題と二律背反の関係になく,過重な業務と特発性心室細動発症との間に1において説示したような条件関係を肯定する妨げとはならないというべきである。 なお,P10意見書は,P1に生じた特発性心室細動について遺伝子異常の存在やブルガダ症候群であることを示唆するが,その可能性を否定できないとするだけであって,P1についてブルガダ症候群に特徴的な心電図所見が確認されたわけではない。また,ブルガダ症候群に関しては,前記のような報告例が存するというだけであり,これらからは,せいぜいP1に生じた特発性心室細動が遺伝子異常によるとか,副交感神経の活性亢進が原因であるとかの可能性を否定できないとの結論を導き得るだけであって,前述したP10意見書の積極的論拠とすることはできない。 その他,P1に,業務との条件関係を否定ないし消極に解させる基礎疾患ないし基質があったと認めるに足る証拠はない。 エ以上のとおり,P1に業務との条件関係を否定ないし消極に解させるような特殊な基礎疾患ないし基質があったと認める根拠がない以上,心室細動に関する前記イの一般論が妥当し,上記特殊な基礎疾患ないし基質がないものとして判断すべきである。けだし,そうでなければ,心室細動による突然死について,いくつも考えられる上記特殊な基礎疾患ないし基質がいずれも存 イの一般論が妥当し,上記特殊な基礎疾患ないし基質がないものとして判断すべきである。けだし,そうでなければ,心室細動による突然死について,いくつも考えられる上記特殊な基礎疾患ないし基質がいずれも存しなかったことを死後になって立証しなければならないという不可能を労働者側に強いることになり,業務起因性を肯定する余地が乏しくなるという不合理を招くからである。 したがって,本件発症と過重労働との条件関係は肯定し得るものである。 3 業務の量的な過重性(労働時間等)(1) 労働時間等の判断の前提ア後掲証拠により容易に認定できる事実(ア) 残業に関する規制等東京海上では労働時間に関する総量規制が行われており,国立センターにおいては,時短目標として,水,金曜日は極力残業はせず,月,火,木曜日も週2回20時までの残業(総合職の場合)を想定し,これを超えたり,水,金曜日に残業する場合は事前事後によらず特認残業申請を提出させることとし,また残業時間終了後は速やかに退社することを目標としていた。P1の業務と関連する部署では,水曜日と金曜日については,極力残業をせず,後述する入退館記録簿設置時間までには帰るようにし,月,火,木曜日も残業予定時間終了後は速やかに帰ることを目標として,夕食を取るよりもその分早く帰ろうということで,取らないことが多かった。(甲2,3)(イ) 時間外等実施届(甲72,その集計は甲71の別表2)の記録東京海上では,各社員が1週間の業務の予定を立て,事前に残業予定を申請して残業命令を取得し,残業実施後に結果を届け出ることにより,時間外手当が支払われる手続がとられていた。時間外等実施届には,上記残業命令と実施結果が記載されるが,残業命令のとおりに残業が行われた場合は実施結果の記載を省略する扱いであり,実施結果が残業命令より短縮 手当が支払われる手続がとられていた。時間外等実施届には,上記残業命令と実施結果が記載されるが,残業命令のとおりに残業が行われた場合は実施結果の記載を省略する扱いであり,実施結果が残業命令より短縮された場合はその旨が記載され,残業命令より延伸した場合はその旨の追加申請がなされることになる。 運用課オンライン・DB管理チームの平成3年4月22日から11月28日までの実施届(甲72)によると,実施結果が残業命令より短縮された旨の記載は稀であるが存在する。他方,実施結果が残業命令より延伸した旨の追加の申請がなされたことはない。また,午後8時まで(3時間未満)の残業申請がなされることは,P4は例外として,他の者ではほとんど例がない。さらに,水,金曜日の残業申請がなされることはほとんど例がない。 時間外等実施届によると,P1に関する残業等申請,同命令,実施結果は,平成3年5月が34時間(平日残業が32時間,休日出勤が2時間),6月が49時間10分(平日残業が41時間,休日出勤が8時間10分,うち深夜残業が4時間10分),7月が平日残業が46時間,8月が46時間45分(平日残業が39時間,休日出勤が7時間45分,うち深夜残業が1時間),9月が平日残業40時間,10月が平日残業49時間,11月が71時間10分(平日残業が53時間10分,休日出勤が18時間,うち深夜残業が1時間25分)であり,P1は,このとおり,水,金曜日以外はほぼ全日3ないし4時間の残業を予め申請し実施していた(甲72,甲23・3枚目裏)。 (ウ) 時間外入退館記録簿(乙7,15)の記録国立センターでは,月,火,木曜日は午後10時から翌日の午前7時まで,水曜日は午後6時から翌日の午前7時まで,金曜日は午後7時から翌日の午前7時まで,休日は終日,時間外入退館記録簿を設置し,その時 国立センターでは,月,火,木曜日は午後10時から翌日の午前7時まで,水曜日は午後6時から翌日の午前7時まで,金曜日は午後7時から翌日の午前7時まで,休日は終日,時間外入退館記録簿を設置し,その時間帯に入退館する従業員は,氏名,入退館時刻と時間外に在館した理由を記載することとなっていた(甲46,乙7,15)。したがって,これに在館理由を業務として在館した旨の記載がある場合は,この時間も業務に従事したと認定できる。 本件において,入退館記録簿は平成3年11月分のみが書証として提出されているところ,これと上記時間外等実施届を対比すると,P4など一部の例外を除き,全般的に入退館記録簿により認められる残業時間の方が時間外等実施届によるそれより大幅に長い。また,水曜日と金曜日にも,多数の者が長時間の残業を行っていた。 (エ) P1の所定休日外の休暇取得P1が平成3年4月以降本件発症までの間,所定休日以外に取得した休日は,有給休暇が7月及び8月に各1日,忌引きが8月及び9月に合計2日(取得可能な日数は合計6日),休日出勤の代休が1日(取得可能日数は4日)である(甲36)。 イ検討上記アの事実によると,P1は,平成3年6月以降は,所定外の休日を取ることは難しく,恒常的に時間外勤務をせざるを得ない状況が継続していたこと,しかるに会社は残業を抑制し,残業について申告許可制を採用するなど,サービス残業が起こりやすい素地があったこと,現に,一部の例外を除き,会社に報告し残業手当が支払われる残業時間よりも,実際の残業時間の方が全般的に大幅に長く,長時間のサービス残業が行われていたこと,水曜日と金曜日は極力残業申請はせず,なるべく入退館記録簿設置時間までには帰るようにしていたこと,しかし,これを超えることもしばしばあったが,その残業申請はされなかった ービス残業が行われていたこと,水曜日と金曜日は極力残業申請はせず,なるべく入退館記録簿設置時間までには帰るようにしていたこと,しかし,これを超えることもしばしばあったが,その残業申請はされなかったこと,月,火,木曜日も残業予定時間終了後は速やかに帰ることを目標としたが,これを超えることも多く,超過分の残業申請はされなかったことが認められる。 このことにP5証言(7頁以下)を併せ考えると,P1の労働時間の認定に当たっては,入退館記録簿(乙15)に記載のない日は,反対の証拠がない限りこれを設置する時間の直前,具体的にはその10分前まで残業を行ったと推認すべきであり,なおかつ,時間外等実施届(甲72)の記載は,上記反対証拠としての価値はないというべきである。 また,夕食時間については,P1は帰宅後に夕食を取っており,会社では特に空腹のときに菓子パンを食べる程度であったとの原告P9の供述,P1が夕食を取っているところを見たことはないとの証人P5の供述(24頁)及び上記ア(ア)のとおり夕食を取るよりは早く残業を終わらせて帰るというのがP1の部署の一般的傾向であった事実からすると,夕食時間を考慮することなく全在社時間を残業時間と認定すべきである。 (2) 本件発症前約6か月間におけるP1の労働時間ア平成3年11月(発症前1か月)の労働時間数(ア) 有事テストにかかる労働時間の認定11月1日(金)の終業時間については,時間外等実施届(乙14)によれば,同日は午後10時まで残業命令が出されており,それと異なる実施届が出されていないから,P1は,少なくとも午後10時まで業務に従事していたものと認められる。ちなみに,11月2,3日については,予定より短縮された旨の実施届けが提出されており,このことに照らしても11月1日は予定どおり残業が実施された とも午後10時まで業務に従事していたものと認められる。ちなみに,11月2,3日については,予定より短縮された旨の実施届けが提出されており,このことに照らしても11月1日は予定どおり残業が実施されたことが明らかである。 この点,被告は,この日P1が終日国立センターで勤務したことを前提に,入退館記録簿にP1の退館記録がないことから,残業時間を午後7時までと主張する。 しかし,αで行われた有事テスト実施期間は11月1日から3日までの3日間であり,1日は「DBローディング(CMFオンライン休止)オンライン準備」が予定され,この日に国立からの出張者が到着することとされている(甲5・別紙1)。 また,時間外等実施届(乙14)によると,11月1日の時間外勤務の理由は,前日までのような有事テスト準備ではなく,有事テストである。したがって,被告の主張は前提を誤っており採用できない(P1はこの日αへ出張し,午後10時まで上記有事テスト業務に従事したと認められる。)。 11月2日(土)の始業時間について,被告は午後1時からと主張するところ,甲5・別紙1によれば,同日のスケジュールは「オンライン立ち上げ,照会・検索・エントリー確認(13:00~17:00),有事業後バッチ」となっているが,午後1時というのは「照会・検索・エントリー確認」作業(有事テストの本体部分)の開始時刻に過ぎず,それに先立ちオンラインの立ち上げの作業が行われたと理解するのが素直である。時間外等実施届(乙14)に終業時刻が午後8時30分まで,実施時間数が合計10時間15分と記載されていることからも,当日は午前9時15分から午後8時30分まで勤務したと認められる。 11月3日(日)の最終日,P1は,午後3時30分には有事テストを終了し,時間外等実施届にもこれを終業時刻として届け出ている(乙1 当日は午前9時15分から午後8時30分まで勤務したと認められる。 11月3日(日)の最終日,P1は,午後3時30分には有事テストを終了し,時間外等実施届にもこれを終業時刻として届け出ている(乙10・39頁,乙14)ので,一応これを勤務時間とする。なお,αから東京へ戻る移動時間も,泊付の遠距離出張であることから考慮すべきであるが,労働時間算定の上ではとりあえず除外し,別途考慮することとする。 (イ) 集計有事テスト実施時については上記(ア)のとおりとし,それ以外の日は前記(1)イにおいて検討した結果(入退館記録簿に退館時刻の記載がある場合はその時間,記録がない場合は反対証拠がない限り入退館記録簿が設置される時間の10分前を終業時刻と認定する。)に従い,11月の労働時間を集計すると,別紙3のとおりであり,その総労働時間は230時間37分,現行労働基準法の定める1日8時間・週40時間を超える時間外労働時間は62時間37分となる。このうち,休日出勤は合計15時間30分である。 なお,この他に,後述するとおりP1が深夜トラブルの電話対応(DBリカバリー)に要した時間も労働時間に含めるべきではあるが,これに要した時間を認定する的確な証拠がないので,ここでは一応除外し,別途考慮することとする。 イ平成3年10月以前同年6月までの労働時間数前述したとおり,10月以前は入退館記録簿が証拠として提出されていないため11月のような個別集計は困難である。 しかし,10月は,時間外等実施届上の平日残業が11月と遜色ない状況であったことが認められ(甲72,前記(1)ア(イ)参照),そうすると,10月は少なくとも,11月の休日出勤を差し引いた約47時間程度の1日8時間・週40時間を超える時間外労働時間があったと推認できる。また,同年6月ないし9月も,時 (1)ア(イ)参照),そうすると,10月は少なくとも,11月の休日出勤を差し引いた約47時間程度の1日8時間・週40時間を超える時間外労働時間があったと推認できる。また,同年6月ないし9月も,時間外等実施届上の平日残業時間数の対比から同様に相当程度の時間外労働があったと推認できる。 この事実は,P1の上司であったP8課長,P13課長代理やTMCのP7がP1の死亡前1か月が特に忙しい時期ではない旨述べていること(乙10・38頁,乙22,24)からも裏付けられる。 ウ評価別紙3のとおり,11月には国立センターを退社するのが午後10時近く,あるいはそれより遅い日が,月,火,木曜日を中心に実労働日22日の半数を超える12日存在する。P1の通勤所用時間(復路)は1時間30分ないし1時間50分であった(原告P9本人1~2頁)から,このような日は,P1が帰宅するのは午後11時30分ころないし午前0時を超える時刻になる。他方,P1は毎朝午前7時半ころには自宅を出発していた(同)から,上記のような日のP1の自宅滞在時間は,わずか7時間ないし8時間しかなかった。この間に,夕食をとり,着替え,入浴,就寝準備などを行ない,起床後は身支度,朝食,出勤準備などをするとなると,睡眠時間は5時間前後を確保できるかどうかという程度であったと認められる。また,本件発症前2週間は,原則として残業申請をせずに午後7時までに退社することになっていた金曜日に連続して午後9時過ぎ,午後8時までサービス残業をしており,多忙であったことが窺える。 しかも,本件発症の4週間前までに集中したとはいえ,α出張のため休日出勤があり,別紙3の労働時間以外にも出張の移動のため時間的な拘束を受けており,また,後述するとおり自宅での深夜トラブルの電話対応や,これに引き続く未明の出勤(11月 したとはいえ,α出張のため休日出勤があり,別紙3の労働時間以外にも出張の移動のため時間的な拘束を受けており,また,後述するとおり自宅での深夜トラブルの電話対応や,これに引き続く未明の出勤(11月8日)もあり,これらも加わったことによる肉体的精神的負担は非常に重いものであったと認められる。そうすると,労働時間等の量的な面から見て,11月は相当に負担の重い状況であったというべきである。 また,10月以前6月までの引き続く5か月間をみると,11月に比べ,休暇を取得し,休日出勤が少なかった分,総労働時間としては短いが,平日の残業時間自体は大差ないものと認められ,電話対応の負担や通勤時間も考慮すると,月,火,木曜日を中心に多くの日が十分な睡眠時間の確保も難しい状況であったと認められる。 4 業務の質的な過重性(1) 認定事実争いのない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる的確な証拠は存在しない。 ア東京海上におけるDB関連業務東京海上は,昭和57年8月,第2次総合機械化計画の中核である総合オンラインシステムをスタートさせた。これは,全ての保険種目について,単なる照会に止まらず,継続・移動の計上業務,保険の支払い業務,会計・財務までをオンライン化するべく,全ての営業課支社・損害サービスセンターにオンライン端末(約870台)を設置するという計画であった。そして,これら支社・サービスセンターなどの第一線のオフィスの端末を国立センターの超大型コンピューターと通信回線で結び,現場オフィスでは,国立センターのDBのファイルを見ながら業務を行うもので,発生した継続・移動やクレームに関する情報を現場から直接・迅速に入力し,最新のデータファイルを構築するとともにこれにアクセスしながら仕事をする,もはやこれを見 のファイルを見ながら業務を行うもので,発生した継続・移動やクレームに関する情報を現場から直接・迅速に入力し,最新のデータファイルを構築するとともにこれにアクセスしながら仕事をする,もはやこれを見なければ仕事ができないというものである。さらに,平成2年2月ころほぼ完成したETS計画は,開発規模で第2次総合機械化計画の1.8倍,設置端末が2700台という損保業界では前例のない大規模で画期的なシステム開発であった。このように,東京海上ではオンライン業務を中心に各種DBを構築して利用しているため,IMS,DB2等のDB管理システムを導入している。 これらのソフトウエアを使いこなすには,多くの知識や高い技術が必要とされることから,会社では,専門知識を持ったDB担当者を置き,独自のサポートシステムを作り,DBを構築・利用する各種システムの開発・運用がより容易に効率的にできるようにしている。(甲6,甲50の4・11頁以下,甲48・11枚目)このような経過で,昭和57年のDB発足当時は,指で数えるほどの数であったDBが,平成3年当時は1000を超える状態になっていた(甲40,証人P518~19頁)。 イ DB関連業務の人的体制(ア) DBチームのメンバーの変動P1が所属していたDBチーム(DB関連業務)は,従前,P2副主任がチームリーダーであり,P1,一般職ながらDB担当として長い経験と豊富な知識を有するP5,P3の4名体制であったのが,平成3年6月,P2,P3が抜けて,P1がチームリーダーとなり,新たに,一般職でDB担当は初めてのP6,新人で総合職のP4が加わったことで,P1,P5,P6,P4の体制となった。P4は経済学部出身で,入社までコンピューターに関与したことはなかった。(乙10,証人P53頁)これに対し,P1は,早稲田大学理工学部 P4が加わったことで,P1,P5,P6,P4の体制となった。P4は経済学部出身で,入社までコンピューターに関与したことはなかった。(乙10,証人P53頁)これに対し,P1は,早稲田大学理工学部で電気工学を専攻してコンピューター関係の教科も44単位取得し,学生時代の昭和60年ころにはパソコンを購入しており,入社直後の平成元年10月には第2種情報処理技術者試験に,平成2年4月には同第1種試験に合格した。2年先輩のP2とともに最短での合格であり,第1種の合格者は運用課の中でもほかにはごく僅かしかいなかった。(甲71,12)平成3年6月の上記編成替え以前,DBチームはリソース管理グループ(リーダーはP14課長代理)に属し,併せてディスク関連業務も担当し,前記4名の他にP15・P16社員も加わっていたが,上記編成替えと同時に,ディスク関連業務が切り離され,オンライン・データベース管理グループ(リーダーはP13課長代理)に属するようになった(乙10・14,15頁)。 (イ) DBチーム内の職務分担平成3年8月当時の運用課オンライン・データベース管理グループの業務分担は別紙4のとおりであり(甲26,弁論の全趣旨),DBチームの4人(緑色)の中では,P1が圧倒的に多くの職務の責任者(◎印)となっている。このような集中ぶりは,同課のオンラインチーム(紫色)には見られないことである。 また,P1は,P6,P4の教育をせねばならず,特にP4の教育には時間を取られた。P4はサービス残業をしない主義であった上,残業時間自体他と比べてかなり少ないため,P1とP4の2人で行うべき仕事では,その分P1の負担が大きくなった。(甲64,72,証人P520頁)さらに,P1は,平成3年6月にP2に代わりDB関連業務全体の責任者となったため,新しい仕事を多く担当す の2人で行うべき仕事では,その分P1の負担が大きくなった。(甲64,72,証人P520頁)さらに,P1は,平成3年6月にP2に代わりDB関連業務全体の責任者となったため,新しい仕事を多く担当することになり,負担が大きくなった(甲40,証人P517頁)。同年4月及び5月は,木曜日にも残業を申請しない日が複数あり,残業の申請理由はIMS3.1のバージョンアップ関係に限られていたのに対し,6月以降,特段の理由なく残業を申請しないことはなくなり,かえって,しばしば金曜日にも残業を申請し,その残業申請理由も多岐にわたるようになっていること(甲71,72)はこれを物語るものといえる。 なお,P1の死後は,P4が,P1の仕事をそのまま引き継ぐことができず,DBチームの業務全体を別チームすなわちバッチ・リソース管理チームに移した(証人P854頁)。そして,P5が平成4年6月に退職予定だったものを同年9月まで延期し,P1の担当していた仕事の引継ぎをP4に対して行い,また,P2に助けを請うたり,TMCのP7に助けてもらったり,プロジェクトを先延ばしにしたりして,P4は2年目からDBの責任者となった(証人P524,51頁)。 (ウ) 社内でのサポート体制DB担当が属するオンライン・データベース管理グループのグループリーダーP13課長代理は部下であるP1をサポートすることもあったが,基本的にはDB関連業務の作業は課長や課長代理のする業務ではなく,サポートは例外的な場合であったし,同人自身が非常に多忙であった(乙22・2~3頁,甲64,証人P520頁)。 また,P1の前任者のP2は,DB2に限っては直接関与していた(甲29,証人P547頁)が,責任者は別紙4のとおりP1であった(甲26,P540頁。 証人P8はP2が担当責任者であったかのような供述をする ,P1の前任者のP2は,DB2に限っては直接関与していた(甲29,証人P547頁)が,責任者は別紙4のとおりP1であった(甲26,P540頁。 証人P8はP2が担当責任者であったかのような供述をするが,甲26に照らし信用できない。)。P2がP1に対しその他の技術的な助言等を行っていた可能性はあるが,P2自身P1以上に多忙を極めていたから(乙15の入退館記録簿から優に認められる。),助言といっても僅かなものにとどまったと推認されるし,同人は,引き続き担当したICFカタログ化(P1はこれを担当していない。)以外にはDB関連業務を理由に残業を申請したことはない(甲72)。 (エ) TMCとの業務分担本件当時,東京海上は,コンピューター運用を子会社のTMCへ定型的な業務から順次移管(業務委託)する途中にあり,DB関連業務では,TMCは,DB環境設定,DBスペース管理,DBリカバリー,DB分割,有事テストの各業務のうち機械的な作業を中心に分担していた。同社の権限は定型的な処理に関するもので,判断にかかるものや作業結果の確認は東京海上の社員が行った。なお,TMC側のリーダーであるP7は,DB関連業務には平成2年ころから関わるようになったばかりで,まだ勉強中であった。また,当時は,移管途中であったことから,P1が移管のための体制作りや教育などの作業にかえって時間をとられるという状況もあった。(甲40,62,72,乙10,22,24,証人P518~19頁,同P8。なお,乙10,22には,移管のための作業に時間をとられたことを否定する部分があるが,P1がDBリカバリーのTMCへの移行検討のため8月末ころ以降長時間の残業申請をし認められていること(甲72)に照らし信用できない。)ウ通常業務の内容(ア) DBの環境設定作業保険の新商品開発等により, カバリーのTMCへの移行検討のため8月末ころ以降長時間の残業申請をし認められていること(甲72)に照らし信用できない。)ウ通常業務の内容(ア) DBの環境設定作業保険の新商品開発等により,新しいDBを作る必要が生じたりDBの使用法が変わった場合などに,DBの環境設定作業が必要になる。具体的には,会社の企画担当者からその申し入れがあると,運用課のDBチームが企画担当者とレビュー会議を行い,その後I/OインターフェイスというプログラムにそのDBを登録してテストした上で,実際にDBに登録するという作業である。DBチームの中で実際にこれを行っていたのはP1とP5だけであり,テスト後のDB登録作業はほぼ全部TMCに委託されていたが,急ぎの場合などにP1ら運用課の方で行うこともあった。DB環境設定作業は,年間5回以上,多いときで10回を超える程度であったが,一度に10件位が持ち込まれることもあった。(甲62,証人P532~34頁,同P87~9頁)(イ) リオーガナイズ及びスペース管理DBチームは,スペース管理のため,リオーガナイズのタイミングを知らせる警告(ウォーニング)リストを毎朝出してチェックしていたが,数が多いため,リストどおりに直ちに対応するのではなく,リストに上がったDBを実際にリオーガナイズするか否か,リオーガナイズする時期や方法について検討する必要があった。 この判断を誤ってDBをあふれさせてしまうと,そのDBに関するシステムが止まってしまうため,このウオーニングに対する考察には微妙な判断が求められる。 (甲62,証人P519頁)ただし,リオーガナイズが実施されるのは,月に数回ないし10回を超える程度で,具体的作業はTMCに委託されており,DB担当者が行うのは,作業を行うことの指示とどの場所にデータを載せるかといった判断 ただし,リオーガナイズが実施されるのは,月に数回ないし10回を超える程度で,具体的作業はTMCに委託されており,DB担当者が行うのは,作業を行うことの指示とどの場所にデータを載せるかといった判断,その準備及び実施結果のチェック,その他連絡などの業務であった。P1は,この業務の責任者であり,リオーガナイズをいつ行うか,データをどの場所に載せるかの決定に関与し,その他準備段階及び実施状況のチェックや作業過程において困難な作業があれば相談に応じていた。(証人P534~36頁,同P89~11頁)本件発症当日の11月30日,国立センターではリオーガナイズ作業が行われており,「ABEND」(abnormalend=異常終了)時はP1が第1順位の要連絡先とされていた。P1は,作業手順に関するフローチャートを持ってパーティに参加していた。(甲13,62,乙10)(ウ) トラブル対応とDBリカバリーa 夜間・休日における同業務は,平成3年6月まではP2とP1の担当であり,TMCのP7も分担していたが,6月以降,P1が主に担当し,TMCのP7も分担する体制となった。すなわち,メインマスターと呼ばれる主要DBはP1とP7が交代で第1順位と第2順位を担当し,その他のDBは全てP1が担当し,P1不在の場合にP7が対応する体制であった。ただし,P7が対応できないトラブルの場合,同人から直接又はTMCのオペレーターを介してP1に電話があり,実質上P1が対応していた。(乙10,22・4頁,乙24,証人P813~14頁)夜間・休日のトラブル対応は,担当者に連絡があれば,常に現場に赴かなければならないといったものではなく,多くは電話での対応のみで処理できた。しかし,トラブルの発生したDBがオンラインで使用されているものであれば,翌朝からの営業に支障が出るため ば,常に現場に赴かなければならないといったものではなく,多くは電話での対応のみで処理できた。しかし,トラブルの発生したDBがオンラインで使用されているものであれば,翌朝からの営業に支障が出るため,オンラインを立ち上げる時間までにはリカバリーを終えなければならず,重要な場合は出社して対応する必要があった。(乙17,乙10・11~12頁,証人P811~12頁,同P521~22頁)なお,同業務は平成4年2月から順次TMCへ移行された(乙10)。 b 平成3年11月には,2,5,8,9日の4日にP1宅に電話が入り,P1は,そのうち5日と8日の電話に応対し,8日は電話のみでは対応できず,午前3時30分に出社してリカバリーを行った(証人P8,乙17)。 なお,原告は,5日24時01分(6日0時1分)にもP1宅へ電話があったと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。電話呼び出し記録(乙17)には,TMCのオペレーターが「11月5日」24時01分にP1へ電話した旨の記載があるが,その直前の「11月4日23時57分」のTMCP7に対する電話記録に「対処」の記録がなく,備考欄に「運用課P1氏」と記載されていること及びその直後の11月9日分の記録の仕方に照らすと,上記の記載は,オペレーターが4日23時57分にP7に連絡したが,同人では対処できないため,5日0時1分にP1へ電話し直したことを示しているとみられる(P7のトラブル処理能力に問題があったころからすると特に不自然ではない。)。また,原告P9が作成していた家計簿(甲68)には,11月4日及び6日の欄に,それぞれ深夜P1に電話がかかってきた旨の記載があるが,その文面からすると3日の深夜と6日の夜に電話があった趣旨と理解され,原告が主張する11月4日23時57分の後と6日の0時1分の2回とは異なっ それぞれ深夜P1に電話がかかってきた旨の記載があるが,その文面からすると3日の深夜と6日の夜に電話があった趣旨と理解され,原告が主張する11月4日23時57分の後と6日の0時1分の2回とは異なっていること,原告らが立川労働基準書に提出した甲14,39の陳述書等では4日から5日にかけての深夜に電話があったとするのみで,6日0時1分の電話には触れていないことに照らして採用しがたい。 c そして,特に11月のみが特別に深夜トラブルの発生が多かったことを認めるに足りる証拠はないこと,平成3年6月以降,P1と交代でメインマスターのリカバリーに当たることになったP7は,連絡を受けた後自らP1に架電して相談や指示を仰ぐことがしばしばあったこと(原告P9本人3~4頁)及び原告P9本人の供述内容を総合すると,同年6月から10月までの間も,11月の4回に近い回数の電話が深夜・休日にあり,そのうちかなりの部分にP1が対応したと推認するのが相当である。なお,電話呼び出し記録(乙17)は,トラブルが発生しTMCのオペレーターが担当者の自宅に電話をする場合に記録するもので,連絡を受けた担当者がさらに別の担当者に電話をして相談をしたような場合には記載がされない(証人P812~13頁)から,これに記載がないことは電話呼出しがなかったことの裏付けにはならない。 (エ) IMS-X上記業務は,本来DB担当の業務ではなく,DB担当であったP1がこれに立ち会うことはない。しかし,IMS-Xを実施するアプリケーション部門において,トラブルの原因がDBにあると予測はつくが自分たちでは直せない場合などには直接DBチームに相談にくる。Xテストは社員が遅くまで残業できる月,火,木曜日のオンライン業務終了後に行われていたが,P1もこの曜日には残業していたし,Xテストがあることを意識 直せない場合などには直接DBチームに相談にくる。Xテストは社員が遅くまで残業できる月,火,木曜日のオンライン業務終了後に行われていたが,P1もこの曜日には残業していたし,Xテストがあることを意識していたので,相談があると対応していた。特に,作業を持ち込むアプリケーション部門が顔見知りや同期の者であった場合などは,DBチームの中でもまずP1の所に来ていた。(乙10・12頁,乙22・5頁,証人P814頁,甲62,同P538~39頁)ウプロジェクト業務についてこの時期にDB担当者が担当したプロジェクトは,別紙4の〈DB管理チームプロジェクト〉記載のとおりである。このうち,AXオンラインにおけるDB2の利用,FRS-DRS,ログのディスク化,BMCソフト導入検討,IMSのバージョンアップはP1が責任者であり,有事テストもDBチームではP1が担当していた。(甲26,40)プロジェクトの進行は,運用課全体で年間計画を立て,スケジュール調整などをして配分を決めていたが,DBチームの担当するプロジェクトの数は,メンバー数が2倍のオンラインチームに比べて遜色ないものであった(甲26,40,乙10,証人P815頁)。ただし,各プロジェクトの進行は,年次の途中で予定を変更して先延ばしにすることもあった(証人P815頁,同P540頁)。 (ア) AXオンラインにおけるDB2の使用同業務自体は運用課の担当業務ではなく,DB担当の仕事は,企画5課のDB面でのサポートとして,DB2のDBが使用中に壊れた場合にデータを復元する起点を記録しておくための汎用プログラムの開発とアプリケーションの応答を効率化するためのチューニングサポートであった。前者は,P1が担当し予定どおり完成して提供した。P1はそれまでDB2に関与したことがなく,そのため社外講習も受講し ムの開発とアプリケーションの応答を効率化するためのチューニングサポートであった。前者は,P1が担当し予定どおり完成して提供した。P1はそれまでDB2に関与したことがなく,そのため社外講習も受講し,7月には集中して7回残業を申請し認められている。後者は,P2が中心に担当した。AXオンラインのIMS-Xテストは8月末に行われたが,時間がかかり過ぎるため原因を調べてチューニングする必要があり,その後の改善作業を経ても11月2日の時点でなお5万4000件の処理に合計4時間35分という長時間を要したため,今後の対応として,プログラム,DB2テーブル環境の見直しをし効率化を図る,処理件数の再見積りを行い現状レベルで対応可能か根本的な対策が必要か調査する旨の報告が11月15日付けでP2から提出された。(甲29,40,72,乙22,証人P816~17頁,同P517頁,40~42頁)(イ) FRS-DRS効率化同業務は,平成3年11月中旬に詳細設計を終え,12月中にプログラムを作成し,翌4年初めからシステムテストを行い,3月に運用開始の予定であった。P1は7月ころから詳細設計に関する検討を開始し,デザインの重要な部分を決定し,実務を委託する予定のSLC社と詳細について打合せをしながら作業を進め,11月18日付けでこれに関する報告書を提出した。P1は,この業務のため7月上旬に集中して4回と10月21日に残業を申請し認められている。(乙21,甲40,72,証人P542頁。P8は,平成3年10月当時のP1の関与としては,定期的な打合せや事実確認等を行う必要があったにすぎず,それに割かれた時間は,せいぜい週4時間程度にすぎなかったと述べるが(乙10・24頁,証人P818~19頁),上記証拠に照らし採用できない。)(ウ) DBの分割同業務の主担当者は, たにすぎず,それに割かれた時間は,せいぜい週4時間程度にすぎなかったと述べるが(乙10・24頁,証人P818~19頁),上記証拠に照らし採用できない。)(ウ) DBの分割同業務の主担当者は,P14課長代理及びP5であったが,I/OインターフェイスというプログラムはDBチームにとって一番重要なプログラムであるため,P1は,チーム・リーダーとしてそれに対する理解を深めておく必要があり,8月及び9月にはI/Oインターフェイスを修正する作業を担当し,その後も打合せには参加していた。(甲40,乙10・25頁,証人P543頁)(エ) ログのディスク化同プロジェクトは,以前から計画されていたものの,緊急性が高くなかったため,他の業務との兼ね合いで先延ばしにされ続けていたものであり,内容的にも普通のプロジェクトであった(乙10・26頁,証人P820頁,同P544頁)。 P1は,有事テストが終了した平成3年11月半ばから当該プロジェクトの検討に着手し,2度にわたり残業を申請し認められたが,死亡後確認したところでは,その進行状況は検討段階に止まり,ほとんど進んでいなかった(甲72,乙10・26頁,証人P820頁,同P544頁)。 (オ) BMCソフト導入P1は,有事テストが終了した後,担当責任者としてBMCソフト導入検討にも着手し,そのためしばしば残業をおこなったが,その進行状況は検討段階であった(甲26,72,P819~20頁)。 (カ) DBリカバリーのTMCへの移行検討同プロジェクトは,形式的にはP13課長代理が責任者で,DBチームではP1とP4が担当したが,P1が8月末ころ以降長時間の残業申請をし認められているのに対し,P13課長代理はもちろん,P4もこの関係では残業申請をしておらず(甲72),実際にはP1が担当していた(甲40)。 P4が担当したが,P1が8月末ころ以降長時間の残業申請をし認められているのに対し,P13課長代理はもちろん,P4もこの関係では残業申請をしておらず(甲72),実際にはP1が担当していた(甲40)。 (キ) システムのバージョンアップP1は,8月13日に行われたCICS(IBM社提供のオンライン制御ソフトウエア)のバ-ジョンアップの事前確認作業を実施し,6月下旬に2回残業を申請し認められている(甲40,72)。 IMSバ-ジョン2.2から3.1へのバージョンアップは,オンライン担当とDB担当が連携して実施した業務であり,DB担当の担当者はP1であった。P1は,このプロジェクトの中核メンバーの一人として計画,準備,変更までの業務に従事し,4月以前から6月末ころまでと,8月5日から25日までの間,この準備のため頻繁に残業を申請し認められている。このプロジェクトは,9月中旬にオンラインが完了した。(甲72,乙10・27頁,証人P821頁)P1は,4月27,28日(α)および6月8日,9日に,MVSのバージョンのXAからESAへの変更(OSソフトのバージョンアップ),5月3日,4日,5日に,富士通M780コンピュータからアムダール5990へのバージョンアップ(ハードウェアのバージョンアップ),CICSの事前確認作業を実施している(甲40)。 (ク) 有事テストP1は,平成3年11月に実施された有事テストにDB関係の担当者として関与し(乙10・31頁),同年6月ころからその準備を開始し,8月末ころからはそのために頻繁に残業を行い,直前の1か月位は週に2回ほど会議を持った。準備作業はαTMCと協力して行っていたが,TMCの担当スタッフがミスをするなどしてP1に負担がかかった。(甲40,72)平成3年の有事テストは,例年と異なり,東京地区 週に2回ほど会議を持った。準備作業はαTMCと協力して行っていたが,TMCの担当スタッフがミスをするなどしてP1に負担がかかった。(甲40,72)平成3年の有事テストは,例年と異なり,東京地区に大災害発生の場合は交通・通信途絶が予想されるため,αTMCが独自で稼動させることを目指して実施された。このため,11月2日及び3日に実施された有事テストに参加する国立センターからの出張者は,前年に比べてかなり減員され,運用課員は8名から3名に,アプリ要員は7名から0名に,IBMのSE(システムエンジニア)は3名から1名に減らされた。テストの結果,オンライン環境設定まではαTMCでもできたが,有事オンライン稼動はαTMC独力ではできず,トランザクションの正常稼動には運用課及びTMC国立CCR要員のサポートを要し,「特に,ネットワークのトラブル対応力はαTMCには無きに等しかった。」と報告された。(甲5)ウ 3年目研修のレポートのテーマ報告P1らを対象に,平成3年11月15日付けで,テーマ「自由(担当業務に関すること,新技術の研究等)」,提出期限同月29日として,3年目研修レポートのテーマ報告と研究着手命令が通知された(甲32)。研修生からは,このレポートは,直接将来の昇進や勤務評定に影響がないとしても,入社3年間の総括として,業務知識に加え中堅社員としてのスキルアップなど一定の研修成果が求められており,周囲に比べて遜色ないレベルに仕上げる必要があるととらえられていた。レポートは30ないし40枚にまとめ,研修の場で1時間程度の発表をすることが予定されておりテーマ選定やレポート作成には上司からレビューを受け,特にレポートの作成は業務時間外に行うこととされているため相当に負担となった。テーマ提出時にはレポートの詳細を検討するには至らないが,成果 れておりテーマ選定やレポート作成には上司からレビューを受け,特にレポートの作成は業務時間外に行うこととされているため相当に負担となった。テーマ提出時にはレポートの詳細を検討するには至らないが,成果を上げられる内容のレポートを提出しなければならないことから,おおよその構想は決めておく必要があった。(甲2,3,33,34。これに反する限り乙22,23及び証人P824頁は採用できない。)P1は,11月27日にテーマ報告を行い,12月2日から翌年1月10日までを資料収集・調査・テスト,1月6日から同月10日までをレポート作成に充てるスケジュールを組んでいた(乙9)。 エ P1の11月中の業務内容は通常業務のほか,以下のとおりである(甲16,71,72,乙10,弁論の全趣旨)。 ・1日(金)から3日(日)まで,有事テスト参加のためα出張。 ・4日(月・休日),翌日にかけての深夜に電話でトラブルに対応。 ・5日(火),DBリカバリー作業のTMC移行検討業務のため残業。 ・6日(水),午前10時から午前11時までオンライン・DB管理グループのミーティングに出席した後,リオーガナイズ作業に従事。 ・7日(木),午後1時から午後3時まで月例の運用課課内会議,午後3時30分から午後4時30分までDB分割担当者の打合せに各出席,BMCソフト導入検討のため残業。 ・8日(金),午前2時にトラブル発生のため自宅に電話が入り,対応のために午前3時35分に出社し,そのまま通常業務に入る。 ・9日(土)及び10日(日),休日であり出社せず。 ・11日(月),12日(火),いずれもBMCソフト導入検討のため残業。このころからログのディスク化検討を始める。 ・13日(水),午後2時から午後3時までオンライン・DB管理グループのミーティングに出席。 ・14日(木),午後1時から午 MCソフト導入検討のため残業。このころからログのディスク化検討を始める。 ・13日(水),午後2時から午後3時までオンライン・DB管理グループのミーティングに出席。 ・14日(木),午後1時から午後3時までFRS-DRSの打合せに出席。DBリカバリーTMC移行検討のため残業。同日付けでDB関連トラブルの原因と内容を紹介し,その防止のため運用ルールを変更したことを連絡するレターを情報システム部門の各課あてに出状。 ・15日(金),朝から夕方まで都内で開催されたDB2のパフォーマンスに関する社外セミナーに参加。 ・16日(土)及び17日(日),休日であるが,課内レクリエーションの日光へのバス旅行に参加。集合16日午前9時,解散17日午後3時30分,いずれも国立センター。 ・18日(月),FRS-DRS効率化プロジェクトの稟議書(乙21)提出。ログのディスク化検討のため残業。 ・19日(火),BMC導入検討業務のため残業。 ・20日(水),午後2時から午後3時までオンライン・DB管理グループのミーティングに出席。 ・21日(木),午後4時から午後5時までDB分割の担当者打合せに出席。BMC導入検討業務のため残業。 ・22日(金),午後2時から4時まで有事テストの反省会出席。金曜日であるがBMC導入検討業務のために残業。同反省会に先立って打合せと準備があり,この日と前日はリオーガナイズ作業があった。 ・23日(土),24日(日),休日であり出社せず。 ・25日(月),午後3時ころから午後5時ころまでオンライン及びDBを担当する主要メンバーによる打合せに出席。BMC導入検討業務のため残業。 ・26日(火),スペース管理業務に関する打合せに1ないし2時間程度出席。BMC導入検討業務のため残業。 ・27日(水),午前10時ころから午前11時ころまでオンライン BMC導入検討業務のため残業。 ・26日(火),スペース管理業務に関する打合せに1ないし2時間程度出席。BMC導入検討業務のため残業。 ・27日(水),午前10時ころから午前11時ころまでオンライン・DB管理グループのミーティングに出席。3年目研修個人研究テーマ提出。これに先立ち,数日前にテーマの選定につきP13課長代理を通じてP8課長に相談した(その際,特段P1に対し生涯教育に関連して詳細なレビューが行われたことはない。)。 ・28日(木),有事テストのミーティングに出席。ログのディスク化検討のため残業。 ・29日(金),午前10時ころから午前12時ころまで自動GENシステム効率化の打合せに出席。午後1時ころから午後3時ころまでFRS-DRS打合せに出席。午後8時までサービス残業。 ・30日(土),休日であり出社せず。 (2) 判断上記(1)の事実に前記3を併せると,P1の従事した業務の内容や質について,次のとおりであったと推認できる。 P1の従事していたDB担当の業務,すなわちDB管理,運用,保守の仕事は,平常の業務だけでも相当に高度な知識と技術が要求される上,東京海上は特に大規模なオンラインシステムを導入したばかりで,これに関わるSEはもともと強い精神的緊張を強いられた。しかも,P1は若年ながらコンピューターに関し運用課内でもトップクラスの高度な知識と技術を有しており,より重要でより困難な業務を与えられ,それをこなして行った。しかし,平成3年6月以前は,P1と同様優秀なSEであり2年先輩のP2がリーダーであったため,担当する業務の種類は比較的少なく,責任も軽かった。しかるに,P1は,平成3年6月以降,他のチームに転出したP2に代わりDB管理チームの実質責任者となったことにより責任が重くなり,それだけでなく,多数の新たな業務を抱え 較的少なく,責任も軽かった。しかるに,P1は,平成3年6月以降,他のチームに転出したP2に代わりDB管理チームの実質責任者となったことにより責任が重くなり,それだけでなく,多数の新たな業務を抱えることになり,試行錯誤を強いられる状況になった。しかも,同時に,コンピューターに関しほとんど知識も経験もない,又はコンピューターには関与していてもDB管理に不慣れなメンバーが半数を占めるという事態に直面し,本来はそれらの者が行うべき作業を自ら行うとともに,その指導や教育をも行わなければならなかった。そのような中で,前任者のP2の関与やグループリーダーのP13の支援はごく限定的なものであった。要するに,平成3年6月以降,P1は非常に多忙で,その労働は時間以上に密度の高いものであったが,周囲からの支援はさほど期待できず,むしろチームのメンバーやTMCへの指導等に手がかかり,P1が支援しなければならない状況もあったといえる。 そして,夜間・休日におけるトラブル対応は,いつ連絡があるか予想がつかず,電話があれば睡眠は中断され電話で対応できない重要なトラブルであれば深夜であっても出社してDBリカバリー作業に当たらなければならないことになり,そのこと自体による精神的負担も決して軽くはない。しかも,平成3年6月より前は,2年先輩のP2もこれを分担していたから,P1の負担は比較的小さかったが,6月以降は,メインマスター以外のDBはP1が常時担当し,メインマスターはP7も分担していたとはいえ,同人が対応しきれずにP1に処理を任せ,又は自ら直接P1に指示を求めることもあって,P1が常時対応を求められる体制となった。しかもその頻度も月に4回程度は電話連絡があることが想定される程度であって,P1は,夜間・休日においても,これを想定し業務から完全には解放されない状態 あって,P1が常時対応を求められる体制となった。しかもその頻度も月に4回程度は電話連絡があることが想定される程度であって,P1は,夜間・休日においても,これを想定し業務から完全には解放されない状態が存したといえる。 以上のとおり,労働の質的な面からも,ストレスの多い状況が本件発症まで約半年にわたって続いたと認めることができる。 なお,東京海上では,土,日曜日,祝日は所定休日であったが,発症前1か月の平成3年11月の所定休日を見ると,P1は,2日(土)及び3日(日)はαセンターへ出張し,4日(月)は休日であったが深夜に電話連絡を受けて電話でトラブルに対応し,9日(土),10日(日)は業務に従事せず,16日(土),17日(日)は,業務には従事しなかったが,課内レクリエーションで日光へのバス旅行に参加したため,十分な休息を得ることができなかった(甲40によると,この旅行は上司と行動をともにするため精神的にも負担感がある行事であると認められる。)。23日(土),24日(日)も業務に従事していないが,15日(金)に3年目研修のレポート提出の通知があり,レポートのテーマを提出した27日(水)の数日前,テーマ選定につきP8課長に相談をしていること,P1が選定したテーマは担当業務に関することとはいえ,一応の評価を得られる30ないし40枚のレポートの構想を決めるには,それまでの業務や研修内容を踏まえた十分な検討が必要であったと推察され,またこのレポート作成は業務時間外に行うこととされたことからみて,23,24日の休日もテーマ選定の検討を行ったとみられ,必ずしも十分な休息が得られなかった可能性が高い。これらの事情及び前記平日の残業時間をあわせ考えると,休日の存在はP1が従事した業務の量的過重性はもとより,質的な過重性をも十分減殺し得るものであったとは しも十分な休息が得られなかった可能性が高い。これらの事情及び前記平日の残業時間をあわせ考えると,休日の存在はP1が従事した業務の量的過重性はもとより,質的な過重性をも十分減殺し得るものであったとはいえない。 また,前任者のP2も入社3年目でDB管理チームの実質責任者となったとはいっても,その時は会社のオンラインシステムやDBの規模が異なり,チームのメンバーも異なるから比較の対象にはならず,P4が入社2年目で同じ立場に立ったのは,周囲がカバーして負担が軽減されたから可能となったと考えられ,ともにP1と同じ状況で同じ業務に従事していたわけでないから,P1の業務が過重でなかったことの証左にはならない。さらに,ログのディスク化やBMCソフト導入検討は,結果としてさしたる成果を残していなかったが,検討段階で作業量の割にはさしたる結果を残せないのは当然のことであり,結果が残っていないから作業量が小さいとはいえない。 4 判断以上検討したところによると,P1にはもともと,激しい運動あるいは飲酒後の運動によりまれに誘発され,短時間で自然回復するような,心室頻拍(心室粗動)を起こす基質があったと推測されるが,業務従事を含め通常の社会生活を送る限りでは,そう頻繁に発作を生じさせるようなものではなく,致死的とならない程度のものであると考えられるところ,平成3年6月以降6か月間にわたり継続してP1が従事した業務は,労働時間,業務内容,人的体制,作業内容等からみて,不整脈による突然死の危険性を増大させるに足る過重なものであった。他方,P1は,本件発症当時26歳7か月と若年であり,仕事以外には不摂生をした形跡はなく,本件発症当時の飲酒もその量から見て特に重視すべきものとは認められず,他に危険因子もなかった。これらに鑑みると,6か月間にわたる上記過重業務がP1 月と若年であり,仕事以外には不摂生をした形跡はなく,本件発症当時の飲酒もその量から見て特に重視すべきものとは認められず,他に危険因子もなかった。これらに鑑みると,6か月間にわたる上記過重業務がP1の上記基質を徐々に悪化させるとともに,発症の誘因にも作用することによって,自然的経過を超えて,その基質を有意に増悪させ,遂には,本件の致死性心室細動を引き起こしたものであることを,経験則に照らし通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性をもって,肯定することができる。したがって,その増悪は当該業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。 第4 結論以上によれば,P1の死亡は,その従事した業務に起因するものというべきであるから,これを業務上の死亡と認めなかった本件処分は違法であり,取り消されるべきである。 よって,原告らの被告に対する本訴請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第11部裁判長裁判官三代川三千代裁判官多見谷寿郎裁判官鈴木昭洋
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