主文 被告人を懲役6年に処する。 未決勾留日数中280日をその刑に算入する。 理由 (判示第1の犯行に至る経緯)Aは,大正9年3月7日に出生し,昭和17年にBと結婚して被告人,C,Dをもうけた。被告人は,ゴム加工所の工員等として働いていたが,昭和58年ころからは職に就くこともなく,同居している父母の年金や貯金等で生活しつつ競艇,競輪に金を使い込むようになった。Bが死亡した平成7年11月以降,被告人はAと2人で暮らしていたが,Aから生活費等として預金を下ろすため通帳や印鑑を預かることを利用して,恩給扶助料や国民年金を余分に引き下ろして,競艇等に使い込むなどしたため,Aは生活費にも事欠き,食事も満足に食べられないことすらあった。そこで被告人は,同10年4月ころ,CやDと話し合い,DがAの面倒をみることになったため,Aのマンションを売却し,同年7月ころ,被告人は埼玉県a市所在の借家に転居し,AはD方に引き取られた。しかし,同年10月ころ,Aが被告人と2人で住むことを望んで被告人の元に戻ってきたため,被告人は再びAと同居してその面倒をみることとなったが,年金等の振込先の郵便貯金通帳を預かり,同女の年金等を競輪等につぎ込み続けた。このため,Aは,再び生活費にも困り,食事も十分にとれなかったため,同11年7月4日,栄養失調や気管支炎等により救急車で病院に搬送されてそのまま入院し,同年10月23日,若干は回復したものの,ほとんど寝たきりの介護を要する状態で退院したが,Aが被告人のもとで暮らすことを希望し,被告人も,Aに支給される年金等で暮らせることから,Cらと話し合い,自分がAを引き取って介護することを引き受 の,ほとんど寝たきりの介護を要する状態で退院したが,Aが被告人のもとで暮らすことを希望し,被告人も,Aに支給される年金等で暮らせることから,Cらと話し合い,自分がAを引き取って介護することを引き受けた。そして被告人は,退院後被告人方でほぼ寝たきりの状態となったAに対し,当初は,粥を作ったり,いわゆるコンビニで買ってきたおかずなどを食べさせ,おむつを替えるなどの介護をしていたものの,同年11月初めころには,買い置きしてあった米もなくなり,所持金もわずか数千円となったため,2人とも1日に1回位しか食事ができない状態となった。このため被告人は,コンビニで買った1食分の粥パック1袋を3回に分けてAに食べさせ,病院から指示されていた診察も受けさせないままでいたが,同月末ころからは,所持金もなくなり,粥もせいぜい1日に1回食べさせるかどうかという状態になってしまったため,Aはやせ細り,衰弱していった。 そして被告人は,Cらには自分が働いていると嘘を話しており,またAの年金等で月額16万円程度の収入があったことから,今更Cらに金がないから都合してほしいとは言い出せず,このような切羽詰まった惨めな暮らしぶりにすっかり嫌気がさしてきて,その状況から逃げ出したくなったため,同年12月6日に振り込まれる恩給扶助料約18万円を引き出して家から逃げ出そうと考えるようになった。一方Aは,寝たきりのまま食事も少ししか与えられていなかったため,ますます衰弱が激しくなり,同月5日ころには,1日1回ほど食べさせようとした粥すら受け付けないような状態になっていた。 (犯罪事実)第1 被告人は,上記のとおり,寝たきりで日々の介護や通院治療を要する母A(当時79歳)を埼玉県a市の当時の被告人方で介護することを引き受け,Aと2人で暮らしていたが,被告人が,要介護状態にあるAに 第1 被告人は,上記のとおり,寝たきりで日々の介護や通院治療を要する母A(当時79歳)を埼玉県a市の当時の被告人方で介護することを引き受け,Aと2人で暮らしていたが,被告人が,要介護状態にあるAに対してまともに食事を与えず,医師による適切な治療も受けさせないまま,高度の栄養失調で著しく衰弱した状態に陥らせて生命の危険を生じさせたのであるから,同女に適切な食事等を与えたり,医師による治療を受けさせるなどして,その生命を維持すべき法的義務があったのにもかかわらず,同女を介護し続けることに嫌気がさしていたことから,同女に適切な食事等や医師による治療を受けさせなければ,同女が餓死するかもしれないことを認識しながら,それもやむを得ないと考え,平成11年12月6日午前8時50分ころ,これらの措置を講じることなく,寝たきりの状態にあるAを残したまま被告人方を立ち去り,同所に同女を置き去りにして放置し,よって,同日から同月14日ころまでの間に,同所において,同女を餓死させて殺害した。 第2 被告人は,寸借名下に人を欺いて金員を交付させようと企て, 1 平成12年9月28日午前10時30分ころ,埼玉県a市E動物病院において,同病院長F(当時52歳)に対し,同病院で診察を受けている犬の飼い主であるように装うとともに,返済の意思及び能力がないのに,これがあるように装い,「シロの飼い主のGですが,会社の車が溝にはまってしまい,レッカー業者を呼んだのですが,手持ちのお金が足りないので9000円を貸してほしい。1時間後には返しますから。」などと嘘を言って金員の交付を要求し,同人をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同人から寸借名下に現金9000円の交付を受け, 2 同年11月8日午後零時45分ころ,同県b市H店作業場において,同店店主I(当時64歳) ,同人をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同人から寸借名下に現金9000円の交付を受け, 2 同年11月8日午後零時45分ころ,同県b市H店作業場において,同店店主I(当時64歳)に対し,同人の知人であるように装うとともに,返済の意思及び能力がないのに,これがあるように装い,「前,a市に住んでいたIさんですよね。私の顔覚えていますか。Jです。」,「この近くの道路で下水道の溝に車を落としてしまい,今,レッカー業者を呼んで作業をしてもらうところなんですが,作業料として9000円を支払わないと作業をしてくれないと言うのです。今手持ちの金がなくて困っているのです。1時間後には必ず返しますので貸してください。」などと嘘を言って金員の交付を要求し,同人をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同人から寸借名下に現金9000円の交付を受け, 3 同月17日午前10時30分ころ,同県b市L(当時51歳)方において,同女に対し,同女の知人の親族であるように装うとともに,返済の意思及び能力がないのに,これがあるように装い,「Mの倅の弟ですが,母が足を怪我して病院に連れていったのです。今戻ってきて,また病院に行くので,9000円ほど貸して欲しい。帰ってきましたら返しますから。」などと嘘を言って金員の交付を要求し,同女をしてその旨誤信させ,よって,即時同所において,同女から寸借名下に現金9000円の交付を受け,もって,それぞれ人を欺いて財物を交付させた。 (証拠) 省略(争点についての判断) 1 被告人は,判示第1の事実につき,公判廷においては,「自分は,母親が退院してからそれなりの看護をしていたし,粥や食パンなども買ってきて食べさせていた。母親は食欲が少なくて,1日でパンを1切れ食べる程度だったが,自分が少ししか食べさせなかったと は,「自分は,母親が退院してからそれなりの看護をしていたし,粥や食パンなども買ってきて食べさせていた。母親は食欲が少なくて,1日でパンを1切れ食べる程度だったが,自分が少ししか食べさせなかったということはないし,母親の体調等も,退院したときから12月6日に自分が家を出るときまで,それほど変わっていなかった。また自分が12月6日に家を出た際には,寝ている母親の枕元に食パン1斤や薬などを置いていったし,Cが毎週土曜日には来てくれていたから,自分が(14日に)家に戻ってくるまでに母親が死ぬかもしれないなどということは考えもしなかった。」などと述べて殺意を否認し,弁護人もこれを前提として,被告人はAに対する殺意など有していなかったし,Cという他に結果防止可能な者が存在した以上,被告人にはそもそも不真正不作為犯における作為義務はなかったのであり,被告人には保護責任者遺棄致死罪が成立するにとどまると主張する。 2 そこで検討するに,被告人とAの従前からの生活状況及び被告人が12月6日に家を出ていった際のAの容態等については,被告人の検察官に対する各供述調書(後記のとおり,その供述内容については任意性はもとより信用性も十分認められる。)を含む関係各証拠によれば,「判示第1の犯行に至る経緯」欄に記載のとおりであったと認められる。これに対して被告人は,上記のとおり,Aにそれなりの食事をさせていたとか,家を出る際に食パン1斤等をAの枕元に置いて出たとか,その際のAの容態はそれほど悪化していたわけではないという趣旨のことを縷々弁解しているが,その内容は場当たり的かつ極めて不自然不合理なもので(Aがその当時自ら食パンを普通に食べられるような状態でなかったことは証拠上明白であり,布団の中で死亡したAの枕元には食パンの1切れも存在しなかったのであり,またAの かつ極めて不自然不合理なもので(Aがその当時自ら食パンを普通に食べられるような状態でなかったことは証拠上明白であり,布団の中で死亡したAの枕元には食パンの1切れも存在しなかったのであり,またAの死因が餓死であることも疑問の余地がない。),全く信用することができない。 3 また,弁護人の主張する不真正不作為犯における作為義務の点については,関係証拠によって認められる次の諸事実,即ち,①「判示第1の犯行に至る経緯」欄に記載のとおり,被告人は以前からAとの同居生活の中で,自分は無為徒食しつつAの生活を支えるために支給されている年金等を当てにして生活していたのみならず,自分が年金等が振り込まれるA名義の郵便貯金通帳を事実上管理していたことを利用して,その金をギャンブルに費消し,このためAは生活費にも事欠くような状態となり,栄養失調等により救急車で病院に搬送されて入院するに至ったが,被告人は,同女が退院するに際して,Aの年金等を当てにしていたことから,Cらと話し合って,自分が責任を持って自宅でAの看護をする旨確約し,Cらもそれを了承していたこと,②被告人は,退院時の話し合いに際して,Cから,Aには柔らかい物を食べさせることや定期的に通院する必要があることなどの医者からの指示事項を伝えられ,それを守ることも約束していたこと,③被告人は,Aが退院後まもなくのころは,それなりに介護をしていたものの,A名義の郵便貯金口座に振り込まれていた年金等を短期間で殆ど使い果たしてしまい(平成11年10月15日の時点での貯金残高は20万円余りだったが,同月26日にはわずか541円となってしまっている。),所持金も数千円程度になってしまったが,Cらに対しては自分が働いてまともな生活をしているなどと嘘の話をしていた上,A宛に月額16万円程度の年金等が支給されていたこ 541円となってしまっている。),所持金も数千円程度になってしまったが,Cらに対しては自分が働いてまともな生活をしているなどと嘘の話をしていた上,A宛に月額16万円程度の年金等が支給されていたことから,今更Cらに金がないから用立ててくれなどとも言えないまま,金がないからとして,Aに粥などの食事も満足に与えないようになり,またAを一度も病院に連れて行かなかったこと,④Aは,退院後もほぼ寝たきりの生活だったが,上記のとおり,被告人が食事も満足に与えず,病院にも行かなかったため,日々衰弱が激しくなり,被告人が家を飛び出した12月6日の時点では,そのまま放置すれば数日も経たずに死んでしまうことが確実と思われるほど衰弱しきった状態となっており(医師N作成の鑑定書及び同人の検察官調書によれば,Aは12月8日ころに餓死した可能性が高いとされている。),日々Aを介護している被告人も,もとよりAがそのような危険な状態にあることは十分知っていたと解されること,⑤Cは,上記のような経緯から,Aの看護は被告人に委ねており,また自分も人工透析をしながら会社勤めをしている身であったため,せいぜい休日である土曜か日曜日に被告人方に顔を出す程度で,平日に来ることはなかったため,被告人は,次の土曜日である12月11日まで誰も被告人方に来ないであろうことは承知していたこと,⑥被告人は,Aに対する恩給扶助料として約18万円が12月6日に振り込まれることを熟知しており,その金を使えばAを病院に連れて行ったりすることができ,また衰弱しきったAに対して救急医療を施したりするためには,救急車の出動要請を依頼するなどの応急措置を容易に取り得た筈であるが,そのようなことは何ひとつしておらず,むしろ逆に,寝たきりのAを放置して家を飛び出し,同月14日にいったん家に戻るまでに通帳から下 救急車の出動要請を依頼するなどの応急措置を容易に取り得た筈であるが,そのようなことは何ひとつしておらず,むしろ逆に,寝たきりのAを放置して家を飛び出し,同月14日にいったん家に戻るまでに通帳から下ろした上記約18万円を自分で使い果たしてしまっているのであって,これらの事実からすれば,被告人がAを看護するとともにその生命を維持すべき法的義務があったこと及び被告人がそれに全く反する行動を取っていたことは明らかである。 4 そして更に,殺意の点について検討するに,上記認定の各事実に加えて,被告人自身も捜査段階においては,従前からのAとの同居生活の実情や退院後の生活状況,また所持金もなくなりAに満足な食事も与えなかったため同女が衰弱しきった状態に陥った状況等について詳細な供述をするとともに,未必の殺意を持って本件犯行に及んだことを明確に認めているところ,その供述内容は極めて具体的である上に,特に不自然な点もなく,十分信用できるものと認められ,これらの事実からすると,判示のとおり,被告人が未必の殺意を持って本件犯行に及んだことは何ら疑問の余地なく認めることができる。 これに対して弁護人は,被告人は保護責任者遺棄致死罪の罪名で逮捕勾留されているのに,殺人罪で起訴する予定がある旨告知しないで取り調べられたから,その供述内容は任意性及び信用性に欠ける旨主張するが,被告人の公判供述自体からしても,捜査官による強制等の違法な取調べがあったとは到底解されないばかりか,事実関係については自分が捜査官に対して述べたことが概ねそのまま調書に記載されていることを被告人自身が認めているのであって,弁護人の主張は理由がない。 5 以上の次第で,被告人に,不作為による殺人罪の作為義務及び未必の殺意が認められることは明らかであり,弁護人の主張は採用することができない。 身が認めているのであって,弁護人の主張は理由がない。 5 以上の次第で,被告人に,不作為による殺人罪の作為義務及び未必の殺意が認められることは明らかであり,弁護人の主張は採用することができない。 (法令の適用)罰条第1の行為刑法199条第2の1ないし3の各行為刑法246条1項刑種選択(第1の罪) 有期懲役刑併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条,14条(最も重い第1の罪の刑に加重)未決算入刑法21条訴訟費用刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由) 1 本件は,被告人が寝たきりの母親を自宅に置き去りにして餓死させた殺人の事案(判示第1)及び知人を装った3件の寸借詐欺の事案(判示第2の1ないし3)からなる。 2 まず,量刑の中心となる判示第1の犯行についてみるに,被告人は,長年にわたって職に就くこともなく,母親である被害者と同居してその年金等で生活しつつ競艇,競輪に耽り,そのため被害者は家の売却等を余儀なくされ,生活費にも事欠くような状態になっているのに,ギャンブルで同女の年金等を費消するのを止めず,ついに同女が栄養失調等で入院した後,寝たきりの状態となって退院したところ,自分も被害者の年金等で暮らせることからその介護を引き受けたが,それまでの無計画な生活により,被害者の郵便貯金口座に振り込まれていた年金等も殆ど使い果たしてしまい,所持金も尽きかかっていたことから,ただでさえ衰弱している老齢の被害者に食事も満足に与えられなかったため,同女を栄養失調で極度に衰弱させ,その挙句に,被害者の介護のため自分のやりたいことも思うようにできないなどとして同女の介護に嫌気がさし,あろうことか,被害者宛に恩給扶助料 満足に与えられなかったため,同女を栄養失調で極度に衰弱させ,その挙句に,被害者の介護のため自分のやりたいことも思うようにできないなどとして同女の介護に嫌気がさし,あろうことか,被害者宛に恩給扶助料が振り込まれるその当日に,これを下ろして自分で使ってしまおうと考え,極度の栄養失調等のため死にそうな状態にある被害者を自宅に置き去りにして餓死させたというもので,その経緯・動機に酌量の余地は全くない。また,その犯行態様も,極度の飢餓状態にあって生命の危険にさらされている被害者を平然と放置して置き去りにし,自らは被害者宛に振り込まれた恩給扶助料を勝手に下ろし,これを使って遊び歩いていたもので,一片の良心も感じられない非情かつ誠に悪質な犯行である。被害者は,怠惰な生活を続けていた被告人を見限りもせず,介護を受けることを望み,頼みにしていたのに,被害者の介護より自分が楽しむことを優先させた被告人から置き去りにされ,極度の飢えや乾きに苦しみ,餓死という悲惨な最期を遂げるに至った被害者の哀れな心情は察するに余りあるものがある。さらに被告人は,母親を餓死させておきながら,公判廷で不自然不合理な弁解を並べ立てて自己の刑責を軽減しようとするなど,反省の念も欠けている。 また,判示第2の1ないし3の各犯行についても,無為徒食の生活を続けて生活に困窮したことから,被害者の知人等を装い,その善意を悪用して寸借詐欺に及んだもので,もとより情状酌量の余地はなく,悪質である。 以上に照らすと,被告人の刑責は誠に重いといわなければならない。 3 そうすると,他方において,判示第1の犯行につき,被告人が,被害者の退院当初はそれなりに介護をしていたこと,本件が不作為による殺人という特異な類型の犯行であり,また被告人は被害者の殺害を積極的に意図していたものではなく,未 判示第1の犯行につき,被告人が,被害者の退院当初はそれなりに介護をしていたこと,本件が不作為による殺人という特異な類型の犯行であり,また被告人は被害者の殺害を積極的に意図していたものではなく,未必の故意に基づく犯行であること,判示第2の1ないし3の各犯行の被害額は比較的少額であること,昭和56年に窃盗罪で執行猶予付きの懲役刑に処せられた以外には前科前歴がないことなど,被告人のために斟酌すべき事情を十分に考慮しても,被告人に対しては,主文のとおりの刑を科するのが相当であると判断した。 (出席した検察官伊藤俊行,弁護人日下部眞史)(求刑懲役7年)平成14年1月31日さいたま地方裁判所第二刑事部(裁判長裁判官吉村正,裁判官大渕真喜子,裁判官小笠原義泰)
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