令和5年(わ)第196号主文被告人を懲役3年6月に処する。 未決勾留日数中240日をその刑に算入する。 新潟地方検察庁で保管中の包丁1丁(令和5年領第295号符号111)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、かねてから物価高等を理由に経済的な不安を有しており、令和5年2月頃から気力や意欲の低下などの抑うつ症状が増加していたところ、その後不安が増大し自殺念慮が高まるなどの他の特定される抑うつ障害の影響がみられるようになり、同年3月12日には、「今後の生活は立ち行かなくなる。私だけが死んでも生活は困難になる。」などと考え一家心中を決意し、同月14日午前5時頃から同日午前5時40分頃までの間に、新潟県三条市(住所省略)被告人方において、第1 次男であるA(当時41歳)に対し、殺意をもって、その胸部等を包丁(刃体の長さ約18.4センチメートル。新潟地方検察庁令和5年領第295号符号111)で多数回突き刺し、よって、その頃、同所において、同人を胸部刺創による心損傷により死亡させた、第2 妻であるB(当時70歳)に対し、殺意をもって、その胸腹部を前記包丁で1回突き刺すなどしたが、その後、被告人が自殺を図るなどしたため、前記Bに全治約3か月間を要する胸腹部刺創、左手切創等の傷害を負わせたにとどまり、その目的を遂げなかったものである。 なお、被告人は、本件当時、他の特定される抑うつ障害のために心神耗弱の状態にあったものである。 (争点に対する判断) 1 本件の争点は責任能力である。犯行当時、被告人は他の特定される抑うつ障害を有していたことが認められるところ、検察官は、同障害はあったものの、完全責任能力を有していた旨主張し、他方、弁護人は、同障害の影響により是非善悪の判断能力及び 時、被告人は他の特定される抑うつ障害を有していたことが認められるところ、検察官は、同障害はあったものの、完全責任能力を有していた旨主張し、他方、弁護人は、同障害の影響により是非善悪の判断能力及びその判断に従って行動を制御する能力が失われていたため、心神喪失の状態にあった旨主張する。 そこで、以下、当裁判所が、被告人が心神耗弱であったと認定した理由について説明する。 2 関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。 被告人は、妻であるBと次男であるAと同居していたものであるが、令和3年頃、被告人及びBのがんによる医療費の増加や、物価高などから経済的不安を抱えるようになり、令和5年2月頃になると、気分が乗らず、例年行っていた将棋や家庭菜園の作業をすることができなくなった。被告人は、本件犯行の1週間ほど前から連日不眠が続いたほか、これまでにない将来への不安や絶望感を感じていたところ、同年3月12日夜、自殺を決意し、自分が死ぬとB及びAの生活が困難になるため、2人とも死んだ方がいいと考え一家心中を決意した。被告人は、同月13日、自身らの葬儀費用を用意するため銀行で定期預金を解約し、約100万円を「使って下さい」と書いた封筒の中に入れ、遺書を作成した。本件当日である同月14日は、「家族3人は倒れています」と書いた紙を貼った段ボールを玄関に置き、玄関ドアの鍵を開けた上で、本件犯行に及んだ。 被告人は、包丁でAの胸部等を多数回突き刺し、10か所もの刺創を負わせた。 そのうち3か所はいずれも創洞の長さが12センチメートル以上あり、最も長い創洞は約16.5センチメートルにも及ぶもので、1つが致命傷となった。Bに対しても胸腹部を1回突き刺し、創洞の長さ約15から16センチメートルにもなる全治約3か月の胸腹部刺創を負わせた。その後、被告人は、自身 6.5センチメートルにも及ぶもので、1つが致命傷となった。Bに対しても胸腹部を1回突き刺し、創洞の長さ約15から16センチメートルにもなる全治約3か月の胸腹部刺創を負わせた。その後、被告人は、自身の胸部を1回、腹部を2回突き刺した。被告人の刺創は、胸部のものが一番深く、心膜の一部が損傷していた。 3 被告人の精神鑑定を行った精神科医Cは、公判廷において、上記の経過において精神障害が犯行に与えた影響(機序)について、要旨次のとおり見解を述べている。 被告人は、本件犯行の2、3年前頃から、経済的な不安による慢性ストレス状態であったところ、犯行の1か月前頃には、興味や意欲の低下の抑うつ症状が出現し、犯行1週間前頃からは、不眠、気分の落ち込みや物事への興味や意欲の低下がよりはっきりするようになった。犯行の2、3日前には急速にこれまでの不安に加えて絶望感、悲観的思考、更には自殺念慮が高まり、「自分を含めてもはや家族は生きていくことができない、解決方法はなく八方塞がりだ」などと考え、本件犯行を決意した。経済的な不安からの慢性ストレス下において、徐々に抑うつ症状が重畳して急性に悪化し、犯行日である令和5年3月14日の1週間前からは他の特定される抑うつ障害(以下「本件疾患」という。)であったと診断され、当該期間は中等度のうつ病に相当する抑うつ状態に陥っていた可能性が示唆される。 本件犯行は、強い抑うつ状態下で行われた拡大自殺、すなわち、もはや生きていけない妻と息子を哀れみ、その殺害と自殺を試みたと理解するのが最も合理的であり、被告人の病前性格は拡大自殺を志向させる確率を高める媒介因子にすぎない。 深刻な抑うつ障害の発症に伴う病的精神状態が犯行の最も重要な要因といえ、本件疾患が本件犯行に与えた影響はとても大きい。 4 C医師の精 病前性格は拡大自殺を志向させる確率を高める媒介因子にすぎない。 深刻な抑うつ障害の発症に伴う病的精神状態が犯行の最も重要な要因といえ、本件疾患が本件犯行に与えた影響はとても大きい。 4 C医師の精神科医としての公正さや能力を疑わせる事情はなく、鑑定内容は専門的知見に基づく合理的な内容である上、鑑定の前提とした事実関係等も含めて鑑定の前提条件にも問題は見当たらない。そこで、以下、本件疾患が犯行に与えた影響の程度についてさらに検討を加える。 まず、是非善悪の判断能力について検討すると、被告人は、BやAに持ち掛ければ反対されると考え同人らに心中を相談しなかったことや、犯行直前先祖にこれから心中することを謝罪していたなどの事情に照らせば、自分の行動が非難されるものと理解していたといえる。本件疾患の影響により、悲観的・破滅的認知に基づく 拡大自殺である犯行を決意したものではあるものの、是非善悪の判断能力が著しく低下していたとまでの疑いは認められない。 次に、行動を制御する能力について検討すると、被告人は、経済的な不安から将来を悲観して自殺を企てるとともに、自分が死ねばBとAは生きていけないと考え心中を決意したものである。物価高などによる経済的な不安を抱いた点は正常心理から了解できるものの、被告人の認識においても犯行当時まだ1、2年分の生活費は残っていたことからすれば、切迫した困窮状態にはないにもかかわらず、心中という極端な犯行を決意した飛躍的な思考は了解できない。C医師が述べるように、動機の形成過程には、本件疾患による抑うつ症状としての悲観的・破滅的認知に基づき拡大自殺を試みたものと見るのが自然であり、また、それを回避する代替手段など全く考えられない認知的視野狭窄に陥っていたことが大きく影響していたものと認められ、正常な心理が働 観的・破滅的認知に基づき拡大自殺を試みたものと見るのが自然であり、また、それを回避する代替手段など全く考えられない認知的視野狭窄に陥っていたことが大きく影響していたものと認められ、正常な心理が働いていたものとはいえず、動機を了解することは困難である。 また、被告人は平素は几帳面で優しい性格であったと認められるところ、そもそも本件犯行は一家心中という粗暴な手段である上、その態様は逃げるAを追いかけ包丁を複数回深く突き刺したり、Bからの呼び掛けを受けても正気に戻らず同人の胸腹部を突き刺したりするなど残虐なものである。この点についてもC医師の述べるように、被告人の平素の人格に本件犯行と関連し得る衝動性・攻撃性の明確な特徴はなく、平素の人格に対する人格の異質性があるものと認められる。 一方で、被告人は、本件犯行を令和5年3月12日に決意したものの葬儀費用の準備などが必要と考え同月14日の決行を計画したこと、お彼岸や集落の総会の時期などお寺や集落が多忙な時期とは被らないように配慮して犯行日を決めたこと、葬儀費用を用意したり、遺体が発見されやすいよう玄関ドアの鍵を開けて犯行に及んだほか、3人全員の遺体が発見されるように倒れているのが3人であることがわかるメモを玄関先に置いたりするなど親族や遺体発見者に対する配慮をしていることに照らせば、正常心理に基づき計画的に犯行を行うことができていた部分も限定 的ではあるもののなお残存しており、行動を制御できる余地があったものと認められる。 そうすると、本件疾患は本件犯行に大きく影響していたものといえ、自らの行動を制御する能力が著しく低下していたとは認められるが、同能力が欠けていたとまでは認められない。 5 これに対し、検察官は、本件犯行における被告人の計画性の高さなどを指摘して、被告 いえ、自らの行動を制御する能力が著しく低下していたとは認められるが、同能力が欠けていたとまでは認められない。 5 これに対し、検察官は、本件犯行における被告人の計画性の高さなどを指摘して、被告人が犯行当時完全責任能力を有していた旨主張する。しかしながら、被告人は、本件疾患による大きな影響を受けて心中を決意した後、その心中を遂行する過程で本来の生真面目な性格に基づいて周囲への配慮を示したに過ぎず、そのような計画性があったことを過度に重視することはできず、前記認定を揺るがすものではない。 6 以上に照らせば、その余の各当事者の主張を踏まえても、犯行当時、被告人が心神耗弱の状態であったものと認められる。 (量刑の理由)本件は、被告人が、経済的な不安から将来を悲観して次男及び妻と心中しようと考え、次男を殺害したほか、妻に胸腹部刺創等の傷害を負わせた事案である。 被告人は、刃体約18センチメートルの包丁を用いて、次男の胸部等を多数回突き刺し10か所もの刺創を負わせたほか、妻の胸腹部を1回突き刺したものであり、強固な殺意に基づく極めて危険で悪質な態様である。本件犯行により、次男は胸部刺創による心損傷で死亡し、妻も全治3か月もの傷害を負う重篤な結果が生じたもので、妻が厳しい処罰感情を述べるのも当然である。自分が死ねば妻も次男も生きていけないという勝手な思い込みにより犯行に及んだものであり、自己中心的な犯行とみざるをえない。 しかしながら、既に詳細に検討したとおり、これらは被告人が本件疾患による著しい影響を受け、心神耗弱の状態に陥ったことにより生じたものであり、被告人に対する非難の程度を図る上では大きく考慮すべきである。 上記のような犯情からすると、本件は、同種事案(処断罪は殺人、動機は心中、処断罪と同一又は同種の罪の件数は たものであり、被告人に対する非難の程度を図る上では大きく考慮すべきである。 上記のような犯情からすると、本件は、同種事案(処断罪は殺人、動機は心中、処断罪と同一又は同種の罪の件数は2~4件、減軽事由は心神耗弱)の量刑傾向の中では軽い部類に属する事案といえるが、凶器を用いた犯行態様及びその結果からすれば、刑の執行を猶予することがなお相当なものとはいえない。その上で、被告人が事実を認め反省の言葉を述べていること、被告人に前科前歴がないことなども考え合わせると、主文のとおり量刑することが相当である。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑懲役14年、包丁の没収)令和6年5月29日新潟地方裁判所刑事部裁判長裁判官小林謙介 裁判官塚本友樹 裁判官池田弘毅
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