主 文被告人を禁錮5年に処する。 理 由(罪となるべき事実)被告人は、令和4年3月24日午前10時57分頃、普通乗用自動車を運転し、別紙記載(添付省略)の場所先の信号機により交通整理が行われている交差点を別紙記載の進行方向に向かい直進しようとして、同交差点に向かい進行するにあたり、同交差点に設置された対面信号機の信号表示に留意し、これに従って進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、運転席と助手席の間に置かれたゴミ箱の中に爪切りの中の爪を捨てることなどに気を取られて脇見し、同信号機の信号表示に留意せず、同信号機が赤色の灯火信号を表示しているのを看過したまま漫然時速約50㎞で進行した過失により、折から同交差点入口に設置された横断歩道上を青色の灯火信号に従い左方から右方に横断歩行中の別紙記載のA及び別紙記載のBに気付かず、同人らに自車前部を衝突させて路上に転倒させ、よって、前記Bに全治約1か月間を要する外傷性肝損傷等の傷害を負わせるとともに、前記Aに多発外傷の傷害を負わせ、同日午後零時47分頃、別紙記載の病院において、同人を前記傷害により死亡させた。 (量刑の理由) 1 本件は、被告人が、片側2車線で見通しの良い一般道で普通乗用自動車を運転中、前方に信号機により交通整理の行われている交差点があることを認識していたにもかかわらず、爪切りの中の爪を運転席と助手席の間のごみ箱に捨てること等に気を取られて脇見をし、同交差点の対面信号機が赤色信号を表示していたことを看過して同交差点に進入した結 果、横断歩道上を青色信号に従い横断していた被害者2名を跳ね飛ばし、被害者Aを死亡させ、被害者Bに全治約1か月の傷害を負わせたという過失運転致死傷の事案である。 2 被告人の行為により、 果、横断歩道上を青色信号に従い横断していた被害者2名を跳ね飛ばし、被害者Aを死亡させ、被害者Bに全治約1か月の傷害を負わせたという過失運転致死傷の事案である。 2 被告人の行為により、被害者Aの生命が失われ、被害者Bが全治1か月の傷害を負っており、生じた結果は重大かつ悲惨である。本件は、いずれも小学生であった被害者らが定められた通学路を通って家に帰るさ中の出来事であり、被害者らは、被害に遭った当時、対面信号の信号表示が青色に変わるのを待った後、青色に変化してから約2秒後に信号表示に従って横断歩道上を歩行し始めたところで本件事故に遭っており、何らの落ち度もない。被害者Aは、衝突するまでAらの存在に全く気付かず急制動の措置を取ることすらせずに時速約50㎞の速度のまま進行してきた被告人車両に衝突されて相当の距離を跳ね飛ばされ、多量の出血を伴う多発外傷の誠に痛ましい傷害を負わされてその生涯を断たれており、その被った身体的な衝撃や苦痛は計り知れず(なお、このことは後述する被告人の運転行為の危険性を表す事情でもある。)、無限の可能性が広がり、希望に満ち溢れていたはずの未来を突如として奪われた無念は察するに余りある。被害者Aは家庭内だけではなく学校でも周囲を笑顔にする存在であったというのであって、そのようなかけがえのない大切な家族の命を突然理不尽に奪われた遺族が被った衝撃の大きさや悲しみの深さは筆舌に尽くし難く、現に、遺族の心身に心療内科での治療を要するような影響が表れている(最愛の我が子を上述のような痛ましい形で突然失った両親がそのような重大な精神的苦痛を受けることは自動車の走行が必然的に伴う危険性からすれば通常生じ得る事態であり、これを結果の重大性の表れとして評価するのも不当ではない。)。このような愛娘を突然の事故で失った遺族 重大な精神的苦痛を受けることは自動車の走行が必然的に伴う危険性からすれば通常生じ得る事態であり、これを結果の重大性の表れとして評価するのも不当ではない。)。このような愛娘を突然の事故で失った遺族の心情を思えば、処罰感情が極めて厳しいのも至極当然であり、被告人の量刑を決するに当たってかかる心 情を無下にはできない。被害者Bにおいても、未だ事故の傷跡が身体に残り、登下校のために外を歩く際にも恐怖や不安を覚えるなど、心身共に深い傷を負っている。のみならず、事故に遭った直後は寝たきりの入院生活を余儀なくされ、日常生活にも大きな支障が生じており、被害者B及びその家族の処罰感情が峻烈であることも十分理解できる。 次に、このような結果を招来した被告人の過失行為についてみると、被告人は、信号機により交通整理の行われている交差点を通過するにあたり、脇見をすることなく対面信号の信号表示に留意し、これに従って走行すべき自動車運転上の義務があった。同義務は、自動車を運転する上で遵守すべき最も基本的な注意義務であり、本件事故現場は見通しのよい直線道路であった上、昼間の本件事故当時、被告人の視認条件にも健康状態等にも何ら問題はなかったのであるから、同義務を履行することも容易かった。それにもかかわらず、被告人は、爪切りの中の爪をごみ箱に捨てること等に気を取られ、約8.8秒もの間脇見をしてしまったため、対面信号の赤色表示を看過して同交差点に進入し、制動措置を講じたり減速したりすることもなく被害者らを跳ね飛ばしている。そもそも、自動車の運転中に爪切りの中の爪を捨てる行為を行う必要性は全くなく、昼間の一般道路において、約8.8秒という通常の心ある運転者であれば到底しないような長い時間にわたり脇見をして前記義務を怠ったこと等を考えれば、被告人の過失の程 を捨てる行為を行う必要性は全くなく、昼間の一般道路において、約8.8秒という通常の心ある運転者であれば到底しないような長い時間にわたり脇見をして前記義務を怠ったこと等を考えれば、被告人の過失の程度が重大であり、かつ、危険性も極めて高いのは明らかであり、本件事故が必然的に起こったとみる余地もある。 これに加えて、被告人は、自身の進路上に信号機により交通整理の行われている交差点が存在することを認識しており、そのような交差点を前にしていれば、当然、その信号表示を見るのは勿論のこと、前方を見ていなければ道路交通の安全にいかなる危険を招来するか分からないということは、一般常識としても極めて容易に思い至ることができたといえ るのに前記脇見に及んでおり、被告人において、信号を無視する意図があったとまでは評価できないにせよ、図らずも何かに気を取られたというのではなく、運転中であるのに脇見を必然的に伴うことになるような些細な私事を優先させ、敢えて脇見を選択したともいえるその運転態度には、特に厳しい非難が向けられるべきである。しかも、被害者らは、交通ルールをしっかりと守り、横断歩道を青信号で、かつ、青信号に変わった後少し待ってから横断を開始したもので、予想外の動きや危険な横断をしたわけではなく、被告人が脇見をせず、進路前方にきちんと視線を向けてさえいれば、容易に本件事故を防げたものである。そして、上述のように、青信号で横断歩道を横断する児童において、自動車の運転者がかかる基本的かつ容易な注意義務を果たすのを信頼することは至極当然であって、この信頼は道路交通において強く保護されるべきである(現に被告人の隣の車線の車両は当然赤信号に従って横断歩道手前で停車し、被害者らは同車両の前を青信号に従って横断していたが、かかる状況下で、被告人車両は 頼は道路交通において強く保護されるべきである(現に被告人の隣の車線の車両は当然赤信号に従って横断歩道手前で停車し、被害者らは同車両の前を青信号に従って横断していたが、かかる状況下で、被告人車両は、隣の車線で停車していた車両を追い抜いて、客観的にみれば横断歩道に突っ込んでいくような形で走行して本件事故を発生させている。)。さらに、被告人は、これまでに7件の交通違反歴を有し、うち3件は携帯電話等(保持)による違反歴であって、本件の約4か月前にも携帯電話等(保持)による違反を犯して検挙されている。携帯電話等(保持)による違反も脇見運転の一種といえるところ、被告人は、これまでに複数回、かつ、本件事故の約4か月前にも脇見運転をすることに対し警鐘を鳴らされ、自己の運転を顧みる機会が与えられていたにもかかわらず、自己の非を省みて運転態度を改めることなく、再び約8.8秒の脇見運転という、道路交通における他者の安全に対して無頓着で、極めて危険な運転行為を行って本件事故を引き起こしたものといえる。これらの事情に照らすと、本件における被告人の過失は、単発的な注意散漫 等とは異なり、被告人がこれまで改めようとしなかった、道路交通における他者の安全を確保するという自動車運転者が果たすべき最も基本的な責務に対して無頓着な態度、すなわち道路交通に対する規範意識の乏しさが招いた事態といえるから、本件は、近時、非難の厳しい携帯電話等への脇見事案と質的に変わるものではなく、単なる過失とは一線を画す、重過失の範ちゅうに属する事案ともいえる。 3 このように本件の過失が単なる過失とは一線を画する悪質性を有するものであることや、結果の重大性等に鑑みれば、本件は、同種事案の中でも取り分け重い部類に属するとみることができ、行為責任主義の観点から、本件が過失運転 過失が単なる過失とは一線を画する悪質性を有するものであることや、結果の重大性等に鑑みれば、本件は、同種事案の中でも取り分け重い部類に属するとみることができ、行為責任主義の観点から、本件が過失運転致死傷という過失犯であることを前提に、後記被告人のために酌むべき一般情状を最大限考慮しても、被告人に対してその刑の執行を猶予する余地がないことはもとより、被告人に対する量刑としてはこれまで述べてきた被害及び過失の重大性(これに伴う処罰感情の峻烈さを含む。)に相応した相当長期の禁錮刑を科すのが相当である。 4 その上で、刑の調整要素である一般情状についてみると、被告人は、当初から脇見により事故を起こしたことを認め、十分なものと評価できないにしても(現時点において、被害者Aの遺族並びに被害者B及びその家族にはその謝罪の意思が伝わるようなものとはなっていない。)、公判廷において反省と謝罪の態度を示していることや、今後、被告人が加入していた対人無制限の任意保険により適正な賠償がなされると見込まれること、被告人に前科がないこと、被告人の母ら被告人の親族が謝罪や被告人の今後の監督等について述べた陳述書を提出していること、被告人の運転免許は既に取り消され、被告人は、公判廷において、二度と運転はしない旨述べていること等、被告人に有利に考慮できる事情も認められる。 5 以上の事情を基に被告人に対する量刑(刑期)について検討すると、 公益の代表者である検察官の科刑意見や、被告人に有利に考慮できる事情も踏まえて慎重に検討しても、検察官の科刑意見は、被告人の過失の重大性や危険性、被害結果の重大性について概ね正しく評価し、狭義の犯情から導かれる責任刑の範囲内にあるとはいえるが、本件の結果が遺族を含む被害者らに与えた影響やこれに伴う処罰感情の峻烈さ等を 過失の重大性や危険性、被害結果の重大性について概ね正しく評価し、狭義の犯情から導かれる責任刑の範囲内にあるとはいえるが、本件の結果が遺族を含む被害者らに与えた影響やこれに伴う処罰感情の峻烈さ等を正確に捉えたとき、量刑の総合評価の面では、検察官の科刑意見ではこれらが十分に反映されているとは評価できず、その科刑意見を上限とした場合、被告人の犯した罪に見合った刑期を量定することは困難であるといわざるを得ない。したがって、被告人に対しては、その過失(注意義務違反)の程度が、過失運転致死傷罪が想定している過失の態様の中では危険性が高く取り分け重い部類に属するものであるとの評価を前提に、前途のある尊い生命が奪われるなど重大かつ悲惨な結果が生じた事案であることを重くみて、主文の禁錮刑に処するのが相当である。 (求刑禁錮4年6月) 令和4年11月25日名古屋地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官山田耕司 裁判官戸 﨑 涼子 裁判官橋本泰一
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