- 1 -平成21年4月16日宣告平成20年㨯第48号殺人被告事件判決被告人氏名甲年齢44歳主文被告人は無罪。 理由 第1公訴事実(以下「本件犯行」ともいう)の要旨,。 被告人は,平成19年10月17日,肩書住居地の自宅で,殺意をもって,実母(当時64歳。以下「母親」という)の頚部を圧迫して,その場で,,。 同人を窒息死させて殺害した。 第2当事者の主張,,被告人が1人で本件犯行を実行したことについては当事者間に争いはなく関係各証拠からも合理的疑いなく認められるが,被告人の本件犯行当時の責任能力の有無・程度については争いがあり,検察官が,統合失調症を発症していたものの,心神喪失の状態にはなく,せいぜい心神耗弱の状態にとどまると主張するのに対し,弁護人は,本件犯行当時,統合失調症の影響により心神喪失の状態にあったとの合理的疑いが残るとして,無罪であると主張する。 第3検討 関係各証拠によれば,以下の事実を認定できる。 - 2 -㨯被告人の病歴等被告人は,昭和58年に地元の工業高校を卒業し,大学に進学することなく東京の会社に就職したが,平成3年2月,会社内を上半身裸でうろつくなど異常行動に出て,精神科の病院で,被害関係妄想,注察妄想,思考伝播,錯聴等が確認され,精神分裂病(統合失調症)と診断され,同病院の紹介に,,より引き続き鹿児島県立A病院に定期的に通院し投薬治療を受けていたが,,,処方された薬を服用せず両親に暴力を振るうなどしたため平成4年4月同病院に医療保護入院し,入院中も,医師,職員,面会に訪れた父親等に対して暴力的な言動をとることもあったが,薬物治療が奏効し,約4か月後の同年7月に退院し,引き続き同病院に定期的に通院した。 しかし,被告人は,平成12年に入って再び服薬しなく ,面会に訪れた父親等に対して暴力的な言動をとることもあったが,薬物治療が奏効し,約4か月後の同年7月に退院し,引き続き同病院に定期的に通院した。 しかし,被告人は,平成12年に入って再び服薬しなくなって症状が悪化し,同年2月,興奮状態となり,救急車で搬送され,同病院に再び医療保護入院し,その際,統合失調症の症状としては「自分は何でもできる」と誇,大妄想が顕著で,口調も荒く,治療にも拒否的であり,同年4月には「薬,を飲むと死ぬ」との幻聴なども認められたが,薬物療法が奏効し,同年6月に退院し,引き続き2週間に1回の頻度で通院投薬治療を受け,外来作業療。 ,,法も月数回受けていたこの間の被告人は主に自宅で無為に過ごすだけで両親から生活態度を注意されると,大声を出したり殴りかかったりするなど乱暴な態度を見せたほか「車の音がうるさい。学生の声がうるさい」な,。 どの幻覚症状や「おれは神様だ。腰に輪がはまっている」などの異常な,。 言動を見せたり,外来作業療法中に女子看護学生にキスをしようとして押し倒したりもしたが,平成15年6月ころ以降は目立った問題行動もなく,入- 3 -院が必要なほどの病状の悪化は格別見受けられなかった。ただ,同病院にお()ける被告人の主治医作成の平成17年1月7日付け年金診断書の写し弁1には,被告人の病状について「表情は硬く,鈍麻しており,思考途絶が常,に認められる『通る車があてつけをする『熱を盗られる』としばしば,。』,。 ,。 。 訴えるなど被害関係妄想が顕著である意欲活動性低下の陰性症状もある日常生活活動能力は著しく低下し,多くの援助を要し,労働能力は皆無である。予後は不良である」などと記載され,同医師作成の平成19年1月5。 日付け(弁2)及び同年10月12日付け(弁3)の各診断書にも 常生活活動能力は著しく低下し,多くの援助を要し,労働能力は皆無である。予後は不良である」などと記載され,同医師作成の平成19年1月5。 日付け(弁2)及び同年10月12日付け(弁3)の各診断書にもほぼ同趣旨の記載がある。 㨯犯行前後の状況被告人は,本件犯行当日,午前6時ころ起床し,父親と散歩した後,自宅で朝食をとり,父親は,午前8時ころに仕事に出掛けたが,同人はその間の。 ,,被告人の様子にふだんと異なるところを認めなかったなお母親の知人が同日午前8時56分ころに被告人方に電話をかけたところ,被告人は,何も言わずに電話を母親に取り次いでいる。 そして,被告人は,犯行後の午前9時25分ころ,自ら110番通報及び119番通報をし,その中で警察官らに対し,自分が散歩から帰ってきたら母親が倒れて死んでいた旨説明をし,自宅に駆けつけた消防隊員に対しても同趣旨の説明をしたが,その後の事情聴取において,供述に一貫性がなく,支離滅裂な言動をすることから,精神科医による診断の必要性が認められ,同日午後9時40分ころ,上記A病院に医療保護入院した。 当公判で実施した鑑定(以下「乙鑑定」という)の評価,。 - 4 -㨯当公判で鑑定を実施した経緯本件では,起訴前に精神鑑定が行われ,検察官は,その鑑定書の証拠調べと鑑定書を作成した医師の証人尋問を請求したが,この鑑定は,被告人が本件犯行を否認し,犯行動機や犯行状況等について詳しく供述しないまま行われたものであった。しかし,被告人が,起訴後,弁護人に対して本件犯行を認めた上,犯行動機等について具体的な供述をするに至ったことから,弁護人は,これら被告人の供述等を鑑定資料とした鑑定を改めて実施する必要があるとして,精神鑑定を請求した。これに対し,検察官は不必要との意見を,,,,述べたが当 述をするに至ったことから,弁護人は,これら被告人の供述等を鑑定資料とした鑑定を改めて実施する必要があるとして,精神鑑定を請求した。これに対し,検察官は不必要との意見を,,,,述べたが当裁判所は公判で被告人質問を行いその内容を検討した結果,,被告人の公判供述をも鑑定資料に含めた鑑定の必要性を認め鑑定を採用し国立病院機構B病院副院長の乙医師(以下「乙医師」という)に,鑑定,。 事項を,①本件犯行時における被告人の精神障害の有無及び程度,②精神障害が認められる場合,その障害が本件犯行に与えた影響の有無及び程度とする鑑定を命じた。 㨯被告人の公判供述の要旨鑑定資料とされた被告人の公判供述のうち,犯行に至る経緯,犯行状況等に関するものは,要旨以下のとおりである。 被告人が,本件犯行当日の朝,母親に,今日はどんな服を着れば良いかと尋ねたところ,母親は,クローゼットの中の洋服を着れば良いと言った。そこで,被告人がクローゼットへ向かおうとしたところ,母親が「ちょっと,待って,甲ちゃん」と言って,被告人の肩を引っ張った。被告人は,母親。 が何か隠し事をしているのではないかと思い,それを突き止めようと,母親- 5 -に付きまとい始めたが,被告人は,母親が無視するので,自分の顔を母親の顔の20ないし30センチメートルくらいの距離まで近づけたりし,また,母親がテレビドラマのおかしくもない場面で笑う様子を見て,ドラマの流れがおかしくなるのではないかと心配したりした。そして,被告人は,母親から「甲君,病院に行くが」と言われ,人間は熱がないと生きていけない,。 のに,病院に入院すれば,その熱を奪われてひどい目に遭うので,そういう苦しい生活はしたくないと思い,かっとなり,母親の首に両手をかけて押し倒し,力一杯絞めたところ,母親は「マッケ ていけない,。 のに,病院に入院すれば,その熱を奪われてひどい目に遭うので,そういう苦しい生活はしたくないと思い,かっとなり,母親の首に両手をかけて押し倒し,力一杯絞めたところ,母親は「マッケンロー」と言って,その口が,左側に伸びてとがった。被告人は,母親を早く楽にしてやろうと思って,抵抗する母親の首を絞め続けた。 㨯乙鑑定の要旨乙医師は,被告人の上記公判供述(その録音テープも含む)を含む関係。 各証拠のほか,起訴前の鑑定において実施された各種検査に係る資料等の一件書類を検討するとともに,8回にわたり,被告人を精神医学的に検診した上で,要旨以下のとおりの鑑定意見を述べている。 ア被告人の現在の病状被告人は,平成2年に統合失調症を発症して,治癒せずに慢性的な経過をたどりつつ人格荒廃に至る過程をたどっており,平成13年ころには単独では生活できないほどに重篤な状態になり,それ以降現在に至るまで人格荒廃期にある。現在の被告人は,本来の人格と比較して,感情面,意欲・行動面及び現実検討能力等の障害が著しく,他者と適切に交流することは不可能で,通常の日常生活を送る上でも大きな障害となる程度に変化し- 6 -ている。すなわち,被告人の人格水準は著しく低下している。 イ犯行直前の状況被告人の精神状態は,犯行当日の朝の時点においては,ふだんと特に変わりがなかったが,被告人は「母親から肩をつかまれたとの認識」から,「何か隠し事がある」との妄想を抱き「隠し事が何かを知るために,母,親に付きまとう行動」に出たものであり,このような本件犯行の出発点につながる一連の思考及び行動は了解不能である。被告人は「隠し事の内,容を知ろう」として,テレビを見ている母親の前に遮るように立ち,母親の顔や目を見ているが,そのような行動が奇妙であり,問題解決に つながる一連の思考及び行動は了解不能である。被告人は「隠し事の内,容を知ろう」として,テレビを見ている母親の前に遮るように立ち,母親の顔や目を見ているが,そのような行動が奇妙であり,問題解決にならないことに気付いていない。そして,被告人は,母親に付きまとい,最終的にはすぐ傍らにまで顔を近づけるなどしたが,母親から病院に行くよう勧められたことを契機に,熱を奪われてつらい思いをするという被害妄想が出現した。この妄想は,平成15年ころに現れ,その後母親があと何日かの命であるのに助かったのは,自分の熱を取ったからだという妄想へ,次第に体系化し,持続していたが,母親の上記発言を契機に「入院させられる。入院したら熱を取られてものすごくつらい生活になる」という形となって急激に増強し,被告人は,この妄想に強く影響されて衝動的・短絡的に母親の首を絞めたと推測される。すなわち,本件犯行は妄想に支配されて行われたものではないが,妄想に大きく影響されて開始されたものであり,計画的なものではないと認められる。 ウ犯行中の状況本件犯行時,被告人は,上記のとおり熱についての妄想が増強し,その- 7 -影響から,入院させられることを強く忌避して衝動的・短絡的に母親の首を絞め始めたと推測されるところ,犯行中は,母親から抵抗を受けても,「もう助からない」「中途半端に絞めると,かえって苦しめると思った,から,思いっきり」絞めて一気呵成に殺害に至っている。このような状況からすると,被告人には,思考のゆがみや現実検討能力の障害が見られ,相手の肉体的・精神的な苦痛や悲しみ等を感じることができていないとみることができる。 エ犯行後の状況110番,119番通報時の被告人の口調は,緊急事態を伝えているのにもかかわらず,通常の会話と同様に他人事のようにしゃべっており, 等を感じることができていないとみることができる。 エ犯行後の状況110番,119番通報時の被告人の口調は,緊急事態を伝えているのにもかかわらず,通常の会話と同様に他人事のようにしゃべっており,全く切迫感を感じさせず,聴く人に奇妙な印象を与えるものであり,被告人の著しい感情障害が確認できる。また,被告人は,通報を行った理由を公判で尋ねられた際にも,回答に矛盾があり,思考障害が認められるほか,,,通報の際の説明が浅薄な思考に基づくものであることにもかんがみると上記通報は,自分が犯人として疑われないための偽装工作として,明確な意図と計画を持ってなされたものではなく,むしろ,被告人の精神症状の影響を受けたものと考えるのが自然である。被告人には,現実検討能力の著しい障害と人格水準の著しい低下により,自分の行為の邪悪性の認識が,,存在したかは疑わしく仮に邪悪性の認識が多少なりともあったとしても表面的・観念的なものにすぎず,決して社会的・規範的な認識ではなく,また,事が起きた後の認識にすぎず,犯行時には邪悪性の認識はなかったと推測される。 - 8 -オ犯行後の内省被告人に母親を殺害したことへの内省・洞察があるとはいえないが,これは,人格水準の低下により,人間らしい高等感情が著しく障害されている結果と考えられる。 カ犯行後の否認被告人は,捜査段階では犯行を否認していたが,公判においても,思考障害が著しいために,否認した理由を述べることができていない。被告人の捜査官に対する否認供述の内容は荒唐無けいであり,かえって捜査官に自分が事件と無関係であると主張するには逆効果となるもので,このような供述は精神症状によってなされたものとみるのが適当である。一方で,被告人は,犯行を認めた後も,犯行に対する内省・洞察,悲しみの感情等を持ってお 関係であると主張するには逆効果となるもので,このような供述は精神症状によってなされたものとみるのが適当である。一方で,被告人は,犯行を認めた後も,犯行に対する内省・洞察,悲しみの感情等を持っておらず,否認の撤回がどのような意味を持つかも十分に理解していない。以上より,捜査段階における被告人の否認供述は,明確な意図を持ってなされたものではなく,現実検討能力,思考及び感情の著しい障害等の人格水準の低下によりなされたものであると考えられる。 キ 結論 上記考察の結果,被告人は,本件犯行当時,統合失調症を発症し,人格水準が著しく低下していた状態にあり,本件犯行は,その影響を強く受けてなされたものと考えられる。 㨯乙鑑定の評価被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることは- 9 -もとより,その前提となる生物学的,心理学的要素についても,上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である(最高裁昭和58年(あ)第753号同年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁。しかしながら,生物学的要素である精神障害の有無及び)程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきである(最高裁判所平成18年(あ)第876号同20年4月25日第二小法廷判決・刑事判例集62巻5号1559頁。なお,乙鑑)定は,当裁判所が前記(第3の2㨯 り,その意見を十分に尊重して認定すべきである(最高裁判所平成18年(あ)第876号同20年4月25日第二小法廷判決・刑事判例集62巻5号1559頁。なお,乙鑑)定は,当裁判所が前記(第3の2㨯)のとおり定めた鑑定事項を超える内容に及んでいるが,上記判例の趣旨を踏まえ,指定した鑑定事項の範囲内でその鑑定内容を評価した。 そこで検討するに,乙医師は,その学識,経歴に照らし,精神鑑定の鑑定人としての十分な資質を備えていることはもとより,鑑定において採用されている諸検査を含む診察方法や前提資料の検討も相当なもので,結論を導く過程にも,重大な破たん,逸脱,欠落は見当たらない。また,鑑定が依拠する精神医学的知見も,格別特異なものとは解されず,その他鑑定人の鑑定の信用性を疑わせるような点は見当たらない。したがって,被告人が本件犯行当時,統合失調症を発症し,その程度は,人格荒廃期にあって人格水準の低下が著しく,本件犯行はそのような精神障害の影響を強く受けて行われたも- 10 -のであるとの乙鑑定の医学的所見は十分信用することができる。 これに対し,検察官は,乙鑑定は,被告人の公判供述という信用性がない証拠を合理的な根拠なしに採用する一方,被告人の主治医の供述調書(甲14)及び捜査期間中における被告人のノートの記載(甲23)といった信用性が高い証拠を排斥して結論を出しており,鑑定の基礎とする資料の取捨選択に重大な誤りがある上,判断過程における論理の飛躍や評価の誤りが多数見られ,その内容は当を得ないものであるなどとして,信用性を欠くと主張し,とりわけ,被告人の公判供述について,①当初は,母親がテレビ番組を見ながらおかしくもないところで笑ったりしているのを見て,テレビがおかしくなるのではないかと思ったことが犯行の原因と供述していたのに,その後,母親 人の公判供述について,①当初は,母親がテレビ番組を見ながらおかしくもないところで笑ったりしているのを見て,テレビがおかしくなるのではないかと思ったことが犯行の原因と供述していたのに,その後,母親から病院に行こうと言われたことが犯行の原因になったと供述するなど,犯行動機に関する重要な事項につき,何ら首肯し得る理由もないままに,供述を大きく変遷させているが,これは被告人に犯行時の明確な記憶がないことを示している,②被告人は,犯行当日の午前7時ころ,初めて母親と顔を合わせた後,犯行直前まで20分から30分の間,母親にずっと付きまとったと供述するが,これは犯行時刻が午前9時前後であることと矛盾する上,被告人に変わった様子はなかったとする被告人の父親や母親の知人の供述とも矛盾する,③捜査段階において否認した理由や,公判において犯行を自認するに至った理由についての説明が極めてあいまいかつ荒唐無けいである上,起訴前の精神鑑定の鑑定人に対しても犯行を否認した理由の説明も合理的でない,④被告人が,捜査期間中に自分のノートに「さいばんになるかどうかは,ケンジが決めるそうです。ならんなよかどんねえ。ならんよう- 11 -に丙先生にがんばってもらわん」等と繰り返し記載しているのは,被告人。 自身も公判で認めているとおり,処罰を免れるための思案をめぐらせ,虚偽の弁解を検討するなどしていたからである,などとして,被告人の供述は到底信用できないと主張する。 しかし,①被告人は,母親に付きまとい始めた時点から,妄想を抱いて,母親に対して疑惑を向けていたのであり,その上で,母親から病院に行こうと言われ,かっとなって殺意を生じたものと理解することができ,被告人の。 ,,動機についての供述が大きく変遷しているとはいえないまた②そもそも被告人の時刻についての記憶自 ,母親から病院に行こうと言われ,かっとなって殺意を生じたものと理解することができ,被告人の。 ,,動機についての供述が大きく変遷しているとはいえないまた②そもそも被告人の時刻についての記憶自体があいまいなものである以上,その一部の供述を取り出して犯行推定時刻と矛盾すると評するのは不適当であるし,被告人の父親の検察官調書(甲10)の供述記載は非常に概括的なものである上,また,母親の知人の検察官調書(甲11)にも,被告人は,電話に出たとき「もしもし」と言い,被告人を父親と思い込んだ知人が「奥さんいら,っしゃいますか」と言ったところ,被告人が何も言わずに母親と電話を代。 わったと記載されているにすぎず,この程度の供述記載をもって,犯行直前の被告人があたかも正常であったかのように認定するのは不相当である。そして,③確かに,被告人は,犯行を否認した後に犯行を自白するに至った理由について,公判で自白すれば警察官から暴行を受けると思って否認していたが,弁護人からは,接見室内の壁を隔てていることもあり,暴行を受けることがなく,また,弁護人の目を見て信頼できると思い,真実を語るに至ったなど,正常人からすれば不合理とも見受けられる供述をしているが,そのことから直ちに被告人が自らの刑責を免れるために精神障害を装っていると- 12 -は断言できず,むしろ,被告人の病歴や病状に加え,公判で散見される支離滅裂な応答内容や不自然に平板な供述態度に照らすと,その精神障害の影響。 ,により不合理な認識に従った供述をしているとみるのが相当であるさらに④検察官は,被告人のノートの多くの記載のごく一部を殊更取り出して主張しているにすぎず,そのような被告人の思考過程が明確に記載されているわけではない,多義的な解釈が可能な断片的記載から直ちに心神喪失を装って刑責 告人のノートの多くの記載のごく一部を殊更取り出して主張しているにすぎず,そのような被告人の思考過程が明確に記載されているわけではない,多義的な解釈が可能な断片的記載から直ちに心神喪失を装って刑責を免れようと意図していたものと断定することはできない。 このように,被告人の公判供述は,自己の刑責を免れんがために精神障害を装った虚偽供述として排斥すべきものとはいえないのであって,また,被告人が,乙医師との面接の際に語った内容もおおむね被告人の公判供述に沿うものであるから,乙鑑定が被告人の公判供述を前提としたことに問題はないというべきである。 また,検察官は,乙鑑定が,本件犯行前の被告人の精神状態に格別の問題は見受けられなかったとする主治医の供述(甲14)を合理的理由なく排斥したのは不当であると指摘するが,同鑑定は上記供述も鑑定資料に含めた上で,その他の医療関係記録,被告人の公判供述,被告人との面接の結果等を総合的に検討して結論を導いているのであって,検察官の上記指摘はそもそ。 ,,も当たらないまた被告人のノートに関する検察官の上記指摘についても乙鑑定は,被告人のノートを鑑定資料そのものからあらかじめ排除したものではなく,同ノートの記載が脈絡のない文章が並ぶ極めて断片的なものであり,その記載から被告人の精神状態を評価するのは不適当であるとの理由からこれを重視しなかったもので,このような鑑定資料の検討は正当なもので- 13 -ある。その他,検察官が,乙鑑定に論理の飛躍があるなどと,るる指摘している点は,いずれも鑑定書の内容を曲解ないし誤解したものといわざるを得ない。 結局,検察官の主張は,採用することができない。 ところで,検察官は,被告人の責任能力を適切に認定するには,起訴前の精神鑑定書を取り調べ,更にその鑑定人の証人尋問も実施すべきで といわざるを得ない。 結局,検察官の主張は,採用することができない。 ところで,検察官は,被告人の責任能力を適切に認定するには,起訴前の精神鑑定書を取り調べ,更にその鑑定人の証人尋問も実施すべきであるとして,乙鑑定だけを採用した当裁判所の判断を激しく非難する。しかし,前記のとおり,当裁判所が乙鑑定だけを採用したのは,起訴前の鑑定が,犯行動機や犯行状況等に関する被告人の供述が十分に得られていない段階で実施され,鑑定資料が十分でなかった疑いがあるのに対し,乙鑑定が,起訴前の鑑定が前提としたすべての資料に加えて,犯行動機や犯行状況等に関する被告人の公判供述(その録音テープも含む)をも鑑定資料としている点で信頼性がより高いと判断したからである。また,乙鑑定を実施するに当たっては,検察官,弁護人と鑑定の必要性,鑑定人や鑑定事項の選定について協議し,乙医師の証人尋問実施前には,検察官,弁護人と鑑定意見の法廷への顕出方法について十分協議した経過がある。したがって,検察官は,起訴前の鑑定人の協力を得て乙医師作成の鑑定書を十分に検討した上で,同医師に対し自ら必要と思われる事項について十分な尋問をしたはずである。そうすると,,,既に検討したとおり乙鑑定に採用し得ない合理的事情がうかがえない以上いたずらに証拠関係を混乱させないためにも,鑑定資料が十分でなかった疑いのある起訴前の精神鑑定書を取り調べることが適当でないことは明らかであるし,その鑑定人を尋問し,改めて被告人の公判供述を前提とする意見を- 14 -。 。 聴くことの合理性も見出し難いこの点に関する検察官の主張は失当である 総合評価以上の乙鑑定の医学的所見に加えて,突如母親に殺意を抱いた動機に関する供述が全く了解不能であることや,犯行に着手した後,何のためらいもなく一気呵成に母親を殺害 検察官の主張は失当である 総合評価以上の乙鑑定の医学的所見に加えて,突如母親に殺意を抱いた動機に関する供述が全く了解不能であることや,犯行に着手した後,何のためらいもなく一気呵成に母親を殺害した犯行態様からは,自己の行動を抑制する能力が欠けていると見られること,母親がいなくなったお陰で健康になったと供述するなど自省や後悔の念が見られず,感情の形成面でも正常さを欠いていること等を総,,,,,合すれば被告人が本件犯行当時統合失調症の影響により善悪を判断しその判断に従って行動する能力を失っていた合理的疑いが残るといわざるを得ない。 なお,検察官は,被告人が犯行後110番通報及び119番通報した際,虚偽の説明をするなど自己の行為の違法性を認識した上で刑事責任を免れようとしていたことからすると,犯行当時の責任能力が肯定されると主張する。しかし,録音テープ(甲20,21)からうかがえる被告人の上記各通報の際の口調は誠に平板で,とても自分の母親を殺害した直後のものとは思えないものであり,被告人の病状等に照らして,上記の被告人の言動が統合失調症による感情障害等の影響を受けたものであるとする乙鑑定の見解は説得力がある。その他,検察官が被告人の責任能力を肯定する事情としてるる主張する点をつぶさに検討しても,上記の合理的疑いを払しょくすることができない。 第4 結論 よって,被告人の行為は心神喪失者の行為として罪とならないから,刑事訴訟法336条前段により,無罪の言渡しをする。 - 15 -(求刑懲役10年)平成21年4月16日鹿児島地方裁判所刑事部裁判長裁判官平島正道裁判官加藤陽裁判官橋口佳典 方裁判所刑事部裁判長裁判官平島正道裁判官加藤陽裁判官橋口佳典
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