平成24年(わ)第293号労働安全衛生法違反,業務上失火,業務上過失致死被告事件平成25年3月1日宣告高知地方裁判所 主文 被告人A及び同Bをそれぞれ禁錮1年に処する。 被告人Cを罰金100万円に処する。 被告人Cにおいてその罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間,同被告人を労役場に留置する。 被告人A及び同Bに対し,この裁判確定の日から3年間それぞれその刑の執行を猶予する。 理由 【犯罪事実】被告人Aは,土木建築の施工請負等を業とするD建材株式会社の代表取締役として,同社が株式会社E組から請け負った高知市a町b丁目c番d号に所在する,地下1階,地上17階建ての建築中のマンションである甲(以下「本件建物」という。)建設現場の内装工事に関する業務を統括管理していた。被告人Bは,F組の屋号でD建材の専属下請業者として内装業を営んでいたところ,D建材から本件建物の内装工事の一部を請け負い,自ら前記内装工事の業務に従事するとともに職長として内装工を取りまとめ,被告人Cは,前記F組の軽天内装仕上工として,前記内装工事の業務に従事していた。 被告人B及び同Cは,平成21年11月下旬ころから,本件建物1階でアーク溶接機を用いた溶接作業を伴う軽量鉄骨の組立作業を始めた。その時点では,既に1階壁面にウレタンフォームが吹き付けられていたが,1階西側エレベーターの外枠の周りには約25センチメートルの幅でウレタンフォームの吹付けが行われていない部分が残っていた。ウレタンフォームは,可燃物で,一度火がつくと急速に燃え広がる性質をもつところ,同年12月2日午後3時ころ,E組従業員の指示を受け た作業員が前記部分にウレタンフォームの吹付けを行ったが,この吹付け作業は当日の作業として予定 がつくと急速に燃え広がる性質をもつところ,同年12月2日午後3時ころ,E組従業員の指示を受け た作業員が前記部分にウレタンフォームの吹付けを行ったが,この吹付け作業は当日の作業として予定されていたものではなく,被告人らに対し同吹付け作業の実施が周知されることはなかった。また,被告人らは,同日までの間,E組の元方安全衛生管理者から,ウレタンフォームへの引火防止のためにその付近での溶接作業を禁止されたり,ウレタンフォーム付近で溶接作業をする場合の防火措置を具体的に指示されることはなかった。 1 被告人Aは,同日午後4時ころ,本件建物1階西側エレベーターホールにおいて,本件建物建設現場の内装工事に関する業務を統括管理する者として,被告人Cに軽量鉄骨の組立作業を行わせるにあたり,その付近の壁面には多量のウレタンフォームが吹き付けられており,アーク溶接機を用いた溶接作業を行えば,火花が飛散して同ウレタンフォームに引火し,火災が発生するおそれがあったのであるから,ウレタンフォームの周囲で軽量鉄骨の組立作業をする場合には,溶接を用いないで軽量鉄骨を組み立てさせるか,溶接を用いて軽量鉄骨を組み立てるのであれば,あらかじめウレタンフォームを防火シート等で養生させるなどの措置を講じ,ウレタンフォームへの引火による火災の発生を防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,ウレタンフォームは難燃性の断熱材であり,吹付け直後はよく燃えて危険だが,しばらくして乾いた後は容易には燃え広がらないと軽信するとともに,本件作業を含む溶接が終わるまでは補修等のための吹付けは行われないと考え,前記火災発生防止の措置を何ら講じることなく,漫然と被告人Cに前記溶接作業を行わせた。 2 被告人Bは,前記1の日時場所において,内装工を取りまとめる職長として,被告人C 付けは行われないと考え,前記火災発生防止の措置を何ら講じることなく,漫然と被告人Cに前記溶接作業を行わせた。 2 被告人Bは,前記1の日時場所において,内装工を取りまとめる職長として,被告人Cに前記1の作業を行わせるにあたり,前記1と同様の業務上の注意義務があるのにこれを怠り,ウレタンフォームは難燃性の断熱材であり,吹付け直後はよく燃えて危険だが,しばらくして乾いた後は容易には燃え広がらないと軽信するとともに,本件作業時の10日ほど前に吹付けは全て終わっているものと考え,前記1の火災発生防止の措置を何ら講じることなく,漫然と被告人Cに前記 溶接作業を行わせた。 3 被告人Cは,前記1の日時場所において,前記1の作業を行うにあたり,溶接を用いないで軽量鉄骨を組み立てるか,溶接を用いて軽量鉄骨を組み立てるのであれば,あらかじめウレタンフォームを防火シート等で養生するなどの措置を講じて,ウレタンフォームへの引火による火災の発生を防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,ウレタンフォームは難燃性の断熱材であり,吹付け直後はよく燃えて危険だが,しばらくして乾いた後は容易には燃え広がらないと軽信するとともに,補修等のための吹付けが行われることを想定しないまま,前記1の火災発生防止の措置を何ら講じることなく,漫然と前記溶接作業を行った。 以上の被告人らの各過失の競合により,前記1の日時ころ,前記溶接作業による火花が前記ウレタンフォームに引火して燃え広がり,本件建物に火が燃え移って階上まで延焼した。よって,作業員Gほか114名が現在する本件建物の1階及び2階部分の一部(床面積合計約480平方メートル)が焼損するとともに,本件建物7階ないし8階付近に停止中のエレベーターシャフト内でエレベーターの取付作業に従事していた前記G(当時25 建物の1階及び2階部分の一部(床面積合計約480平方メートル)が焼損するとともに,本件建物7階ないし8階付近に停止中のエレベーターシャフト内でエレベーターの取付作業に従事していた前記G(当時25歳)が,昇降路を通じて燃え上がった炎により焼死した。 【証拠の標目】(省略)【被告Bに労働安全衛生法違反が成立しないことについて】 1 被告人Bに対する本件公訴事実には,前記犯罪事実記載の日時場所において,「労働者である被告人Cに溶接作業を行わせるにあたり,同所付近の壁面にはウレタンフォームが吹き付けられており,同溶接作業で生じた火花が飛散し,ウレタンフォームに引火するなどして火災が生ずるおそれがあったのであるから,あらかじめウレタンフォームを防火シートで養生するなどの措置を講じなければならないのに,そのような措置を講じないまま被告人Cに溶接作業を行わせ,引火性の物による危険を防止するための必要な措置を講じなかった」との労働安全衛生法違反(同法119条1号,20条2号,労働安全衛生規則279条1項。以 下,条文を指摘する場合は,労働安全衛生法を「法」といい,労働安全衛生規則を「規則」という。)の事実が含まれているところ,当裁判所は,次のとおり,被告人Bには故意がなく,同法違反は成立しないと判断した。 2 法20条2号は,事業者は,引火性の物等による危険を防止するため必要な措置を講じなければならない旨定め,法27条1項は,法20条2号の規定により事業者が講ずべき措置は,厚生労働省令で定める旨を定めている。これを受けて,規則279条1項は,事業者は,多量の易燃性の物が存在して爆発または火災が生じるおそれのある場所においては,火花等を発し,点火源となる恐れのある機械又は火気を使用してはならない旨定めている。これらの規定によれば,規則2 事業者は,多量の易燃性の物が存在して爆発または火災が生じるおそれのある場所においては,火花等を発し,点火源となる恐れのある機械又は火気を使用してはならない旨定めている。これらの規定によれば,規則279条1項にいう多量の易燃性の物が存在することは,法20条2号の定める措置を義務づける前提として客観的構成要件に該当する事実であると解されるから,被告人Bに労働安全衛生法違反の故意が認められるためには,本件火災当時,多量の易燃性の物が存在することを認識していた必要がある。 3 まず,易燃性の物とは,法20条2号の措置を義務づけるに足りる,点火することによって,一般的に,爆発や火災が生じるおそれのある「燃えやすい」物であり,単に可燃性の物であるというだけでは足りないと解される。証拠(甲15,16,19,20等)によれば,ウレタンフォームは,可燃物で,一度火がつくと急速に燃え広がる物であり,点火すれば火災が生じるおそれがある「燃えやすい」物であると認められるから,同規則279条1項の易燃性の物にあたると認められる。 4 次に,易燃性の物の認識としては,法的に易燃性の物と評価されるということまでの認識は不要であるが,一般的に,点火することによって,爆発や火災が生じるおそれのある燃えやすい物であることは認識している必要があり,単に可燃物であると認識している程度では足りないと解すべきである。 本件についてこれを検討するに,被告人Bの公判供述や捜査段階での供述調書(乙17等)によれば,被告人Bは,ウレタンフォームは,吹付け直後はよく燃 えて危険であるが,しばらくして乾けば危険はなくなり,火がついても燃え広がらず,手で払うなどすれば容易に消えるし,放っておいても自然に火が消えるものであると思っていたところ,本件当時,ウレタンフォームが吹付け あるが,しばらくして乾けば危険はなくなり,火がついても燃え広がらず,手で払うなどすれば容易に消えるし,放っておいても自然に火が消えるものであると思っていたところ,本件当時,ウレタンフォームが吹付け直後であるという認識はなかったことが認められる。 そうすると,被告人Bは,本件当時,溶接作業に近接するウレタンフォームについて,可燃物であるとの認識はあったものの,火気を使用することにより火災が生じるおそれのある燃えやすい物であるとは認識していなかったものである。 5 したがって,被告人Bは,多量の易燃性の物が存在することの認識がなく,労働安全衛生法違反の故意が認められないので,この点についての犯罪の証明がない。なお,同法違反は,判示業務上過失致死及び業務上失火と包括一罪の関係にあるとして起訴されたものと認められるから,主文において特に無罪の言渡しをしない。 【法令の適用】罰条(被告人全員について)業務上失火の点刑法117条の2前段(同法116条1項,108条)業務上過失致死の点刑法211条1項前段科刑上一罪の処理(被告人全員について)刑法54条1項前段,10条(1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,重い業務上過失致死罪の刑で処断)刑種の選択被告人A及び同Bについて禁錮刑を,被告人Cについて罰金刑を,それぞれ選択労役場留置被告人Cについて刑法18条(金5000円を1日に換算)禁錮刑の執行猶予 被告人A及び同Bについて刑法25条1項【量刑の理由】1(1) 本件火災の発生当時,地下1階,地上17階建ての本件建物内には被害者を含めて115名の作業員が働いており,被告人らの過失により,これら作業員らの生命,身体が危険にさらされ,現実に1名の命が失われるとともに, 発生当時,地下1階,地上17階建ての本件建物内には被害者を含めて115名の作業員が働いており,被告人らの過失により,これら作業員らの生命,身体が危険にさらされ,現実に1名の命が失われるとともに,建物の一部が焼損した。亡くなった被害者自身には落ち度は全くない。結果は重大である。 被告人らは,このような現場で火気を扱う作業に携わっていたのであって,同人らに課される注意義務はもともと高度なものである。 (2) しかしながらこのような結果を引き起こした責任について,被告人ら以上に帰責しうる者がいるのであれば,被告人らの刑事責任の重さに影響するので,この点について検討する。 被告人らを含む各下請業者の作業方法や作業工程を統括すべき立場にある元請建設業者の元方安全衛生管理者は,ウレタンフォームの危険性を十分認識しておらず,本件火災までの間,被告人らに対し,ウレタンフォームの近くで溶接作業をする際の火災発生防止の措置を具体的に指示していなかった。 その上,元方安全衛生管理者は,ウレタンフォーム吹付け作業及び軽量鉄骨組立作業の予定を把握し,内装工事担当者に周知するといったこともせず,そのために,元請建設業者従業員の指示を受けた作業員が付近の壁面にウレタンフォームを吹き付けたことが内装工事の現場に伝わらなかった。これらの事情により,被告人らはウレタンフォームは吹付け直後のみ危険であるという誤った認識を修正しないまま,吹付け直後ではないと思いこんで溶接作業を行って本件火災が発生している。 起訴されていない元方安全衛生管理者に刑法上の過失があるかどうかについて,本裁判で明らかにすることはできない。証人として出廷した同人には弁護人がついていたわけではないからである。しかしながら,少なくとも公 判廷において取り調べた証拠に基づく限り,元方安 ついて,本裁判で明らかにすることはできない。証人として出廷した同人には弁護人がついていたわけではないからである。しかしながら,少なくとも公 判廷において取り調べた証拠に基づく限り,元方安全衛生管理者が前記の点について適切な措置をとっていれば,かかる火災は発生していなかった可能性は相当程度あり,このような事情が本件火災及びそれによる1名死亡という重大な結果の発生に相当程度寄与していた疑いは否定できない。そうすると,その限りで被告人らに対する非難の程度はやや弱まると言わざるを得ない。 (3) 次に,各被告人の過失の程度を検討する。 本件建物建設現場ではウレタンフォームを吹き付けたあとには赤色塗料で「火気厳禁」と書かれてはいたが,被告人らはいずれも,ウレタンフォームは吹付け直後はよく燃えて危険だが,しばらくして乾いた後は容易には燃えないと考えていた。ウレタンフォームに引火した場合の危険性を考えれば,吹付け直後は危険という程度の曖昧な線引きが極めて危険であることは,少なくとも事後的に見れば明らかである。しかし,公判廷で取り調べた証拠によれば,このような不正確な認識が,当時,被告人らのみならず,少なくとも内装業の業界に相当程度広く共有されていたものと認められる。さらに,前記の通り,元方安全衛生管理者も,ウレタンフォームの危険性について認識が不十分であり,被告人らはこの点について何らの注意も受けていない。 そうすると,被告人らがこのような甘い認識を持っていたことは,勿論非難されるべきだが,これを強く非難することまではできない。 なお,被告人Aと同Bの過失の程度を比べると,被告人Aは,D建材の代表者として,ウレタンフォームの危険性を認識し,早くから対策を立てておくべきであり,他方で,被告人Bは,週に1回程度現場に来るだけであった被 人Aと同Bの過失の程度を比べると,被告人Aは,D建材の代表者として,ウレタンフォームの危険性を認識し,早くから対策を立てておくべきであり,他方で,被告人Bは,週に1回程度現場に来るだけであった被告人Aよりも,現場の状況をよく把握していたのであるから,具体的状況に応じた適切な措置を採ることが期待できた。したがって,被告人Aと被告人Bの過失の程度は,ほぼ同等とみるのが相当である。 他方で,被告人Cについてみると,被告人Cを監督する立場にある被告人 B,同A,さらには元請建設業者の責任者のウレタンフォームの危険性についての認識がいずれも不十分であったという状況の中で,いわば末端に属する被告人Cのみが,正しい認識のもとに養生するなどの防火措置をとった上で作業をすることを期待するのは困難であって,被告人A及び同Bにもまして,被告人Cを強く非難するのは酷である。 2 以上のほかに,次のような事情も認められる。 被告人らは,いずれも自らの行為を反省し,被害者の葬儀や法事に訪れるなどして被害者の冥福を祈っており,D建材と元請建設業者と遺族との間では示談が成立している。被告人Aは,本件火災後,D建材において,ウレタンフォームの近くでのアーク溶接を禁止し,やむを得ず行う場合には防火シート等を使う等の対策を徹底しており,被告人Bもこれに従って再発防止に努めている。被告人Cは,他県で軽天内装仕上工の仕事を続けているが,自らはアーク溶接の作業を行っておらず,アーク溶接の作業が近くで行われる場合には,水の入ったバケツや消火器を作業員の側に置くように努めている。 これらの事情も考慮し,被告人A及び同Bに対しては,それぞれ禁錮1年に処するとともに3年間その刑の執行を猶予し,被告人Cに対しては罰金100万円に処するのが相当であると判断した。 (検察官野 。 これらの事情も考慮し,被告人A及び同Bに対しては,それぞれ禁錮1年に処するとともに3年間その刑の執行を猶予し,被告人Cに対しては罰金100万円に処するのが相当であると判断した。 (検察官野崎高志及び私選弁護人(被告人3名につき)南正各出席。検察官の求刑:被告人Aにつき禁錮1年6月,被告人Bにつき禁錮2年,被告人Cにつき禁錮2年)平成25年3月5日高知地方裁判所刑事部 裁判長裁判官平出喜一 裁判官大橋弘治 裁判官佃良平
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