平成28年5月25日名古屋高等裁判所平成27年(ネ)第468号損害賠償請求控訴事件(原審・名古屋地方裁判所平成25年(ワ)第487号)主文 1 原判決を次のとおり変更する。 (1) 被控訴人愛知県は,控訴人に対し,5097万7835円及びこれに対する平成23年7月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 控訴人の被控訴人愛知県に対するその余の請求及び被控訴人国に対する請求を棄却する。 2 訴訟費用は,第1,2審を通じて,訴え提起手数料及び控訴提起手数料の4分の1並びに被控訴人国に生じた費用を控訴人の負担とし,その余は被控訴人愛知県の負担とする。 3 この判決の主文第1項(1)は,仮に執行することができる。 ただし,被控訴人愛知県が5000万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実 及び理由第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人(1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して6898万5298円及びこれに対する平成23年7月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 仮執行宣言の申立て 2 被控訴人愛知県(1) 控訴人の被控訴人愛知県に対する本件控訴を棄却する。 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。 (3) 仮執行免脱宣言又は仮執行の開始時期を「判決送達の日から14日を経過した時」とすることを求める。 3 被控訴人国(1) 本件控訴を棄却する。 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。 (3) 仮執行免脱宣言又は仮執行の開始時期を「判決送達の日から14日を経過した時」とすることを求める。 第2 事案の概要 1 本件は,刑事事件の被疑者・被 控訴費用は控訴人の負担とする。 (3) 仮執行免脱宣言又は仮執行の開始時期を「判決送達の日から14日を経過した時」とすることを求める。 第2 事案の概要 1 本件は,刑事事件の被疑者・被告人として,愛知県警察A警察署の留置施設に留置された後,名古屋拘置所に移送された控訴人が,①控訴人は,上記留置施設に留置中,施設外の病院で眼科の医師の診察を受け,糖尿病等の疑いがあり,場合によっては失明の可能性もあるので,大規模病院で診てもらった方がよい旨告げられたにもかかわらず,同行したA警察署の警察官には,控訴人に大規模病院での検査・治療を受けさせなかった過失があり,A警察署長には,拘置所の職員に上記施設外の病院での診察結果を正確に伝えなかった過失があるなどとし,②名古屋拘置所の職員たる医師には,控訴人が左眼の痛みを訴えるなどしていたにもかかわらず,控訴人に眼科の医師の診療を受けさせなかった過失があるなどとした上,これらの結果,控訴人が糖尿病網膜症により左眼を失明するなどした旨主張して,被控訴人らに対し,国家賠償法1条1項に基づき,連帯して損害賠償金6898万5298円及びこれに対する不法行為後の日である平成23年7月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求めている事案である。 原判決は,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人が控訴した。 2 前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,以下のとおり原判決を付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1ないし3 に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決6頁4行目の「A署長は,」の次に「G医師が記載した被留置者診療簿(乙A7)の控訴人の5月23日の箇所に押印しており,同記載の内容を閲読して のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決6頁4行目の「A署長は,」の次に「G医師が記載した被留置者診療簿(乙A7)の控訴人の5月23日の箇所に押印しており,同記載の内容を閲読しているのであるから,」を付加する。 (2) 原判決6頁10行目末尾を改行した次に,次のとおり付加する。 「ウ特に,留置業務管理者(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律16条1項)であるA署長は,被留置者が有する生命及び健康を保持する権利を収容目的を超えて不当に侵害することのないよう配慮すべき注意義務を負っているというべきところ,眼科専門医であるG医師において,控訴人が「眼底出血多数,硝子体出血,硝子体混濁あり。糖尿病,高血圧,腎疾患ある可能性あり。」という状況にあり,控訴人に大規模病院で精密検査を受けさせるべきと判断しているのであるから,速やかに同医師の判断に従うべきであったにもかかわらず,これを蔑ろにして従わなかったものであって,かかるA署長の措置に合理性はなく,留置業務管理者に認められた裁量権の範囲を超えた違法なものであって,A署長は上記注意義務に違反した過失がある。 エ加えて,F病院における控訴人の診察に同行したA署の担当者らは,G医師の指示をどのように受け取ったにせよ,少なくとも,同医師が糖尿病が進行して糖尿病網膜症が併発した場合にはレーザー治療が必要となり失明の危険性があることを説明した上で,症状が悪化し又は改善が見られない場合には速やかに大規模病院で精密検査を受けることを勧めているのを聞いていたのであるから,かかる重要情報を6月10日の名古屋拘置所への移送に際して,同拘置所に伝達すべきであり,これがなされれば失明の結果は避けられたといえるところであるにもかかわらず,これを伝達せず,むしろ,C巡査長にお かる重要情報を6月10日の名古屋拘置所への移送に際して,同拘置所に伝達すべきであり,これがなされれば失明の結果は避けられたといえるところであるにもかかわらず,これを伝達せず,むしろ,C巡査長において,急な診療を要するものではない,などと記載した移送連絡票(乙A9)を作成して,これを名古 屋拘置所に引き継いでいるものであって,この点においても過失は免れない。」(3) 原判決7頁8行目末尾を改行した次に,次のとおり付加する。 「 控訴人のその余のA署長及びA署関係者の過失に関する主張は,いずれも否認し争う。 なお,F病院を受診した時点では,直ちにレーザー治療を行っても失明を免れないほどには控訴人の症状は悪化していなかった。控訴人は,名古屋拘置所に移送された直後に血液検査や食事制限等に応じず,自らの意思でさらなる「精査加療」を拒否したのであるから,それ以降の推移については被控訴人愛知県の行為との間に因果関係はない。」⑷ 原判決8頁5行目の「E医師は,」の次に「被収容者が有する生命及び健康を保持する権利を収容目的を超えて不当に侵害することのないよう配慮すべき注意義務を負っている拘置所の医師として,」を付加し,6行目の「危険性を疑い,」の次に「直ちに血液検査等の実施により糖尿病の診断を試みると同時に,拘置所内には眼科医が常勤しない以上,」を付加する。 ⑸ 原判決8頁12行目末尾を改行した次に,次のとおり付加する。 「ウさらに,E医師は,7月10日前後頃,控訴人から「左眼が見えない」との申出を受けていたものであり,同月20日に予定されていた眼科専門医の受診を早める措置を講ずべき義務があったにもかかわらず,同義務を怠った過失がある。 仮に,E医師が,控訴人の上記申出を知らされていなかっ たものであり,同月20日に予定されていた眼科専門医の受診を早める措置を講ずべき義務があったにもかかわらず,同義務を怠った過失がある。 仮に,E医師が,控訴人の上記申出を知らされていなかったとすれば,控訴人から上記申出を直接受けた拘置所職員は,これを拘置所の医師に伝える義務があったにもかかわらず,同義務を怠った過失がある。」⑹ 原判決9頁10行目末尾を改行した次に,次のとおり付加する。 「 なお,7月10日前後頃,控訴人がE医師又は拘置所職員に左眼が見えない旨の申出をした事実はない。」 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(被控訴人愛知県の公務員の過失の有無)について(1) 認定事実以下のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」1に記載のとおりであるから,これを引用する。 ア原判決11頁8行目冒頭から12頁21行目末尾まで(「(1)イ F病院受診」の部分)を次のとおり改める。 「(ア) 控訴人は,5月23日,護送担当者であるB警部補及びC巡査長並びに当日たまたま護送車を運転することとなった取調担当官のD巡査部長に伴われて,F病院の眼科を受診した。 控訴人は,D巡査部長らとともに,診察室内に案内され,視力検査及び眼圧検査を受けた。その結果,控訴人の視力は右眼が0.9,左眼が0.03であること,眼圧は右眼が18mmHg,左眼が25mmHgであることが確認された。その後,G医師は,上記の検査結果等を踏まえながら,診察室内で控訴人に対する問診等を行い,控訴人に対し,両眼の眼底に出血した痕があり,眼底出血が多数認められることを指摘し,糖尿病,腎臓疾患及び高血圧の疑いがあること,F病院では検査設備が十分でないから詳細は明らかではないが,レーザー治療が必要とな ,両眼の眼底に出血した痕があり,眼底出血が多数認められることを指摘し,糖尿病,腎臓疾患及び高血圧の疑いがあること,F病院では検査設備が十分でないから詳細は明らかではないが,レーザー治療が必要となる可能性があり,場合によっては失明の可能性もあること,両眼とも更なる精査が必要であり,近所であればK病院のような設備の整った大きな病院で診てもらったほうがよいこと等を説明した上,今回は点眼薬を出しておくので,毎日左眼に差すようにと指示して,ミケランLAを3本処方した。その際,B警部補及びC巡査長は,控訴人のすぐ近くでG医師の説明等を聞いており,少し離れて診察室の出入口付近で控訴人の動静を監視していたD巡査部長にもこのような説明等は聞こえる状況にあった。 (イ) G医師は,控訴人の診察終了後,その結果につき,診療録(甲A1)に,問診や視力検査の結果を記載し,前眼部及び眼底を図示して,眼底や硝子体の出血等を記載した上で,その下部に「上記についてMT,DM・腎・HTある可能性あり。精査・LK必要ある可能性あること話した。更なる精査必要であることMTした(失明のことも)。」と記載した(なお,MTは説明,DMは糖尿病,HTは高血圧,LKはレーザー治療をそれぞれ意味する。)。 (ウ) また,G医師は,控訴人に同行した警察官らの求めに応じて,同警察官らの持参した控訴人の被留置者診療簿(乙A7)に,控訴人の診療結果等を記載するよう求められたため,同被留置者診療簿の診察日時欄に平成23年5月23日の日付等を記載し,診療結果欄に「(両)眼圧出血多数,(両)硝子体出血,硝子体混だくあり糖尿病・高血圧・腎疾患ある可能性あり,(両)眼もさらなる精査加療が必要であると考えます。」などと記載した(乙A7の3枚目)。 (エ) 控訴人は,G医師の診察終 (両)硝子体出血,硝子体混だくあり糖尿病・高血圧・腎疾患ある可能性あり,(両)眼もさらなる精査加療が必要であると考えます。」などと記載した(乙A7の3枚目)。 (エ) 控訴人は,G医師の診察終了後,B警部補及びC巡査長に連れられて,別室で待機していたところ,診察室に残ったD巡査部長は,G医師から控訴人の症状に関する詳しい説明を受けた上で,G医師に対し,控訴人の再検査については検討する旨を述べた。 また,その直後,D巡査部長は,控訴人に対し,「拘置所に移動すれば医師の診察も受けられるし,万が一刑務所に入る場合には医療刑務所もあるから。」などと述べた。 (オ) C巡査長は,A署に戻った後,G医師の控訴人に対する診察結果をA署警務課留置管理係のI巡査部長に報告し,同巡査部長は,控訴人の被留置者名簿(乙A4)の平成23年5月23日の「措置」欄に「医師診察の結果,糖尿病の可能性を疑うも検査機器不備の理由により検査できない。しかし,現時点で病状が進行することはなく症状改 善のため点眼薬1本が処方された。」と記載した(乙A4の10枚目)。 (カ) 上記被留置者診療簿及び被留置者名簿の平成23年5月23日の欄(乙A4の10枚目,乙A7の3枚目)は,いずれも同日,警務課長(留置主任官),A署副署長及びA署長(留置業務管理者)の査閲に供されたが,この3名による決裁に先立ち,G医師による被留置者名簿(乙A7)の記載を読んだ留置管理係の警部補(L警部補)がC巡査長に更に口頭の報告を求め,同巡査長から乙A4と同内容の報告を受けたことにより,上記留置管理係の警部補において,控訴人の症状には緊急性がないものと判断し,その旨の報告を警務課長(留置主任官)に対して行い,それが同課長から,A署副署長及びA署長(留置業務管理者)へと伝えられ ,上記留置管理係の警部補において,控訴人の症状には緊急性がないものと判断し,その旨の報告を警務課長(留置主任官)に対して行い,それが同課長から,A署副署長及びA署長(留置業務管理者)へと伝えられた結果,上記3名の決裁がなされたものであった(弁論の全趣旨)。」イ原判決12頁25行目の「その間,」の次に「このG医師の指示に基づく継続的なミケランLAの点眼により,眼のかすみが減少して一時的な安心感を得られたこともあって,」を付加する。 (2) 判断(事実認定の補足説明を含む。)ア上記認定事実,特に前記(1)(ア)及び(エ)の認定事実は,主として控訴人本人の供述(甲A8の陳述書による陳述も含む。以下同様。)に依拠するものであるが,かかる供述は,F病院の診療録(甲A1)及び本件留置施設の被留置者診療簿(乙A7)にG医師が直接記載した内容,すなわち,レーザー治療が必要となる可能性や失明のこと等を説明したこと,両眼とも更なる精査加療が必要であることの記載(なお,これらの記載は,眼科の専門医であるG医師が患者である控訴人に対し直接診察を行ってその病状を具体的に把握した上で記載したものであって,単に将来的な危険性等に対する一般論を記載したものではない。)に良く整合しているものであ り,現にそのわずか約2か月後には,控訴人が更なる精査も適切な加療もなされないまま,左眼の失明及び右眼の視力減弱に至っている事実にも合致しているところであって,基本的に相当程度高い信用性が認められる。 イこれに対し,C巡査長及びD巡査部長は,G医師がレーザー治療が必要となる可能性や失明の可能性について言及したこと等を否定する趣旨の証言をするが,G医師作成のF病院の診療録(甲A1)の記載に真っ向から反するものであって,そもそもこの点からして,全体 ザー治療が必要となる可能性や失明の可能性について言及したこと等を否定する趣旨の証言をするが,G医師作成のF病院の診療録(甲A1)の記載に真っ向から反するものであって,そもそもこの点からして,全体として信用性に乏しいものであるといえる。また,C巡査長は,G医師の説明は切迫したものがなかったと理解した旨証言するが,説明態度における切迫感の有無は専ら主観的なものであって,上記診療簿(甲A1)や被留置者診療簿(乙A7)の記載内容は十分に深刻なものというべきであるから,C巡査長の主観的判断に基づく上記供述によってG医師による上記説明の存在を否定することは到底できない。 ウまた,D巡査部長は,控訴人を外してG医師から説明を受けたことも,再検査について検討するなどと述べたこともない旨証言する。しかし,D巡査部長は,控訴人の取調官としてその強制捜査を担当し,その進捗状況や勾留期間等との関係で控訴人の病状に最も関心が高かったものと思われるから,捜査の都合や密行性の点で,控訴人を外して直接G医師に控訴人の病状等を改めて確認することはむしろ当然の行動というべきであること,その際,G医師としては,自ら記載した診療録(甲A1)及び被留置者診療簿(乙A7)の内容と異なる説明をする理由はないところであるから,これらと同内容の説明をしたはずであること,そうであれば,控訴人の再検査の必要性にも言及されるのが自然であり,D巡査部長においても,これを無視したり,頭から否定する発言をしたりするとは考え難く,むしろ,この場で自らが判断することはできないが再検査について検討する,といった程度の発言はするのが当然と考えられることなどからして,上記D巡 査部長の証言は,信用性の高いといえる控訴人本人の供述に対比して,信用性を認めることはできない。むしろ,以上の ,といった程度の発言はするのが当然と考えられることなどからして,上記D巡 査部長の証言は,信用性の高いといえる控訴人本人の供述に対比して,信用性を認めることはできない。むしろ,以上の述べた諸事情からすると,D巡査部長が控訴人を外してG医師から診療録(甲A1)や被留置者診療簿(乙A7)の内容に沿った説明を受け,再検査について検討するなどと述べたことが推認され,これを覆すべき事情は存しない。なお,控訴人代理人の城野弁護士が本訴提起前にG医師に面会したところ,G医師が同弁護士に対し,警察の人が再検査については検討する旨述べていたと説明した旨記載された控訴人作成の陳述書(甲A8)の部分は,確かに再伝聞ではあるが,城野弁護士がG医師と面会したこと自体は,後にG医師からの連絡によって書き加えられた診療録にも記載があり(乙A10の3枚目),かかる記載からも裏付けられているところであるから,これらの点は上記推認を補強するものである。 エさらに,被控訴人愛知県は,G医師による上記のような説明の事実を否認し,同医師は検査機器の不備のために詳細は判明しないものの糖尿病等の病気により視力に影響が出ていると思われる旨説明したに止まり,失明の危険性があるとの説明をした事実もない旨主張し,このことは,G医師が具体的な医療提供施設の紹介や再診の指示を行っていないこと,F病院の受診後,控訴人がたばこ,甘い飲料及びおかわり用の米飯を頻繁に購入していること,本件留置施設の職員に対し,以前より左眼の状態が良くなった旨述べ,6月3日の定期健康診断においても,左眼の状態について何ら相談しなかったこと,名古屋拘置所に入所する際に作成した健康調査票(丙A3)にも,糖尿病や左眼の異常について記載しなかったこと等からも明らかである旨を指摘する。 しかしながら,被 状態について何ら相談しなかったこと,名古屋拘置所に入所する際に作成した健康調査票(丙A3)にも,糖尿病や左眼の異常について記載しなかったこと等からも明らかである旨を指摘する。 しかしながら,被控訴人愛知県の上記主張に沿うC巡査長及びD巡査部長の証言が診療録(甲A1)や被留置者診療簿(乙A7)の内容に反しており,そもそも信用性に乏しいものであることは,前記イ,ウに述べたと おりである。また,G医師が具体的な医療提供施設の紹介や再診の指示を行っていないのは,前記のとおり,警察官であるD巡査部長の方で控訴人の再検査を検討すると言ったのであるから,むしろ当然のことと考えられる。さらに,控訴人は,調理師として栄養学を学んだことが過去にあったとはいえ,糖尿病の機序等に関して素人であることに変わりなく,これに関する専門知識には乏しくても当然ということができ,5月ないし7月にかけての特に蒸し暑い愛知県にある留置施設に終始拘禁され,取調べ等によって緊張感を強いられていたといえる控訴人が多少の清涼飲料水を嗜好し,若干の米飯を特注したことを縷々指摘するだけでは,G医師の説明の存在自体を否定することは困難というべきである。加えて,控訴人がF病院で診察を受けた5月23日以後,左眼の状態が良くなった旨述べるなどして,病状を訴えなくなったことは,控訴人がG医師の指示を守って同医師が適切に処方したミケランLAを継続的に点眼していたことにより,一時的に症状が安定して安心感を得られていたからにすぎないと考えられ,G医師の上記説明の存在を否定する根拠とはならない。したがって,被控訴人愛知県の上記主張は採用することができない。 オ以上のとおりであるから,前記(1)イ(ア)ないし(エ)のとおり,G医師は,控訴人に対し,控訴人に多数の眼底出血等の重大な症 い。したがって,被控訴人愛知県の上記主張は採用することができない。 オ以上のとおりであるから,前記(1)イ(ア)ないし(エ)のとおり,G医師は,控訴人に対し,控訴人に多数の眼底出血等の重大な症状が認められることなどを指摘しつつ,失明の危険性をも指摘した上で,大規模病院での更に精密な検査を促したこと,これを少なくともB警部補及びC巡査長が近くで聞いていたこと,また,さして広いわけでもない同診察室に隣接する検査室等を含めて他に患者はいなかったのであるから,同診察室出入口付近にいたD巡査部長にもこれが聞こえていた状況にあった上,このような説明を改めてG医師から直接聞いたD巡査部長が,同医師に再検査の検討の約束をしたことが優に認められる。そして,D巡査部長は,G医師の説明を理解した上でこのような発言をしたにもかかわらず,控訴人に対しては, 前記(1)イ(エ)のとおり,拘置所に移動すれば医師の診察も受けられるなどと述べて,その時点で敢えて再検査をする必要がないかのように示唆し,また,C巡査長は,(1)イ(オ)のとおり,A署に戻ってから,G医師の説明及び被留置者診療簿(乙A7)の内容に反する説明をして,現時点で病状が進行することはない旨の被留置者名簿(乙A4)を作成させたり,(1)イ(カ)のとおり,A署長らの決裁に至らしめたりし,また,前記(1)ウ(イ)のとおり,その後の6月6日,C巡査において,G医師の説明及び被留置者診療簿(乙A7)の内容に反する内容の移送連絡票(乙A9)を作成したことが認定できる。 カ刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律201条1項1号によると,留置業務管理者であるA署長は,被留置者である控訴人が疫病にかかり又はその疑いがあるときは,控訴人の意思に反しない限り,速やかに医師等による診療その他 等の処遇に関する法律201条1項1号によると,留置業務管理者であるA署長は,被留置者である控訴人が疫病にかかり又はその疑いがあるときは,控訴人の意思に反しない限り,速やかに医師等による診療その他必要な医療上の措置を講じなければならないところ,上記G医師の診察結果及びその後控訴人に対してレーザー治療等を行ったH病院の医師の意見(甲A9の2)に照らして客観的に見ると,A署長には,F病院での診察結果に基づき,速やかに控訴人に眼科の設備の整った大規模病院を受診させ,両眼の精査を受けさせるべき義務が生じていたと考えられる(なお,被控訴人愛知県は,その時点では控訴人の眼は直ちにレーザー治療等を要するほど重篤な状態ではなかったと主張するが,これを裏付けるに足りる証拠は見当たらない。)。 キしかるに,上記認定説示によれば,A署の警察官であるD巡査部長及びC巡査長は,A署長にF病院での診察結果を正確に報告して,同署長を適切に補助すべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠り,上司に対し,現時点で控訴人の病状が進行することはない,などと虚偽の報告を行い,その旨の虚偽の内容の被留置者名簿(乙A4)を作成させ,また,これと明らかに矛盾する被留置者診療簿(乙A7)の記載を見た上司に対し, 更に上記と同様の虚偽の説明を行うなどした末に,留置業務管理者たるA署長らの判断を誤らせ,もって,上記注意義務に違反し,さらには,6月10日,控訴人を名古屋拘置所に移送する際,その職員に対し,G医師の診察結果を正確に伝達して,適切な対応を促す注意義務があったにもかかわらず,この注意義務にも違反して,左眼自体の病気ではない,左眼以外に異常はなく急な診療を要しない,などという虚偽又は不正確な病状を移送連絡票(乙A9)に記載したことにより,名古屋拘置所の職員に かわらず,この注意義務にも違反して,左眼自体の病気ではない,左眼以外に異常はなく急な診療を要しない,などという虚偽又は不正確な病状を移送連絡票(乙A9)に記載したことにより,名古屋拘置所の職員に対しG医師の診察結果について不正確な伝達をしたものと認められる。 ク上記A署警察官らによる上記注意義務違反により,名古屋拘置所の医師らに誤った医療情報が伝達され,同医師らが控訴人を眼科専門医に診察させる判断を遅延させ,同医師らが同診察の必要性に気付いて控訴人を受診させた時点では既に左眼の失明は免れない状態になっていた(甲A9の2)ことから,控訴人の左眼の失明及び右眼の著しい視力減弱を招来させたものというべきである。 被控訴人愛知県は,控訴人が名古屋拘置所に移送後に自らの意思で精査加療を拒んだ旨主張する。しかし,控訴人が名古屋拘置所のE医師から勧められた食事制限や血液検査を拒否したことは後記認定のとおりであるが,眼に関する検査を拒んだと認めるに足りる証拠はない。しかも,F病院の受診は,前記認定のとおり,控訴人の希望によるものであるから,その診察の結果,さらに大規模な眼科病院での精査が必要とされた以上,これに応じる意思を有していたと推認することが相当であるし,その精査によってレーザー治療が必要であるとされれば,これに応じたであろうと推認することができ,これらの推認を覆すに足りる事情は見当たらない。これらからすると,控訴人に名古屋拘置所への移送前に眼科の精査加療を受けさせることがその意思に反する措置であるとは認め難い。 そして,証拠(甲A9の2)によると,F病院受信後直ちに精査を受け レーザー治療を受けていれば,失明等の結果を防ぐことができた可能性があると認められ,しかも,被控訴人愛知県は,当裁判所からの釈明に対し, の2)によると,F病院受信後直ちに精査を受け レーザー治療を受けていれば,失明等の結果を防ぐことができた可能性があると認められ,しかも,被控訴人愛知県は,当裁判所からの釈明に対し,5月23日の時点で精査加療を行っていたとしても失明の結果に変わりなかったとの主張を補充する考えはないと回答している。 ケしたがって,被控訴人愛知県は,国家賠償法1条1項に基づき,これら所属の警察官のした不法行為により生じた控訴人の失明及び著しい視力減弱による損害を賠償する義務を負う。」 2 争点⑵(被控訴人国の公務員の過失の有無)について以下のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」2に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決18頁1行目の「あらかじめ」の前に「本件留置施設で作成された移送連絡票(乙A9,丙A2)などを参照した上,」を付加する。 (2) 原判決18頁16行目の「診察した。」の次に「E医師は,6月10日の時点で上記移送連絡票を直接見たかどうかは定かではないが,これには3枚にわたる薬剤情報が添付されており(丙A2),同日を含むその後のいずれかの時点でこれらを参照したことがあったものと認められる。」(3) 原判決22頁17行目の末尾を改行した次に,次のとおり付加する。 「オさらに,控訴人は,7月10日前後頃,E医師又は拘置所の職員に対し,左眼が見えないとの申出をした旨主張し,この時点における上記の者らの過失を主張するが,全証拠によっても,控訴人が7月10日前後頃にE医師又は拘置所職員に左眼が見えない旨の申出をした事実は認められず,むしろ,そのような申出があったとはいえないことは,被控訴人国が当審における平成28年1月29日付け第2準備書面において説明する,名古屋拘 拘置所職員に左眼が見えない旨の申出をした事実は認められず,むしろ,そのような申出があったとはいえないことは,被控訴人国が当審における平成28年1月29日付け第2準備書面において説明する,名古屋拘置所の被収容者らの医療関係の申出が診察投薬受付簿(丙A11の別紙4の様式のもの)に記載されるまでの具体的手順に不自然不可解な点が認められないことにも合致しているということができ, 控訴人の上記主張は認められない。」 3 争点⑶(損害)について控訴人は,これまで述べたとおり,被控訴人愛知県の公務員による違法行為により,左眼が失明し,右眼の視力が著しく減弱したものと認められるところ,それによって生じた控訴人の損害は以下のとおりであると認められる。 (1) 逸失利益 3440万8185円ア基礎収入控訴人は,高校を卒業して調理師の資格を取り,主として名古屋市内の飲食店で調理師として働いてきたと認められること(甲A8),平成21年6月頃には焼肉店の店長で正社員として月額40万円ほどの給与を得ていた旨供述していること(控訴人本人),本件不法行為時には40歳であったものであるが,控訴人の本件不法行為時の直前頃の収入額を示す証拠はないところ,控訴人主張の賃金センサスによれば,40歳の高卒男子の平均賃金が506万7400円であること,しかし,控訴人は,この頃までに犯した換金目的の窃盗未遂,窃盗,勤務先のレジ金を領得した業務上横領の罪により,執行猶予付きの有罪判決を受け確定しており,上記レジ金横領の犯行後,発覚を恐れて逃げ隠れする生活を1年程度送っていたと陳述していること(甲A8)からして,本件不法行為時の直前頃にはほとんど収入がなかった可能性が高く,金銭に窮していたものと認められること,控訴人は本件不法 れて逃げ隠れする生活を1年程度送っていたと陳述していること(甲A8)からして,本件不法行為時の直前頃にはほとんど収入がなかった可能性が高く,金銭に窮していたものと認められること,控訴人は本件不法行為時には身柄を拘束されて収入がなかったこと,その他の諸事情を考慮すれば,本件における控訴人の基礎収入としては,上記平均賃金の7割程度である350万円と認めることが相当である。 イ労働能力喪失率 67%本件不法行為により控訴人が左眼を失明し,右眼の視力は0.3になったことは後遺障害等級7級に該当し(いわゆる後遺障害等級表第7級の1),両眼の視野の60%以上を欠損したことは後遺障害等級9級(同表 第9級の3)に該当するところ,これらの障害は,上記2つの等級を併合する方法を準用することによる準用等級6級に該当するものと認められるから(労働者災害補償保険法施行規則14条,昭和50年9月30日基発第565号[改正平成23年2月1日基発0201第2号]障害等級認定基準「第1 障害等級認定にあたっての基本的事項」3(2)イ,4(2)ロ(ロ)b。平16・6・4基発0604004別紙眼(眼球及びまぶた)の障害に関する障害等級認定基準「第1 眼の障害と障害等級」1(1)ア,エ,「第2 障害等級認定の基準」1(1),(4),「第3 併合,準用,加重」2(2)参照。これと同旨の診断書・甲A7,身体障害者手帳・甲A2),その労働能力喪失率は67%とするのが相当である。 ウライプニッツ係数 14.643控訴人の就労可能年数を40歳から67歳までの27年間とすると,これに対応するライプニッツ係数は14.643となる。 エ以上に基づいて控訴人の逸失利益額を算出すると,次の計算式のとおり,3433万7835円となる。 350万 67歳までの27年間とすると,これに対応するライプニッツ係数は14.643となる。 エ以上に基づいて控訴人の逸失利益額を算出すると,次の計算式のとおり,3433万7835円となる。 350万円×0.67×14.643=3433万7835円(2) 慰謝料 1200万円控訴人は,後遺障害等級6級の後遺障害を負った上,右眼についてはなお症状悪化のおそれもあり,継続治療を余儀なくされていることを考慮すれば,これに対する慰謝料は1200万円とするのが相当である。 (3) 弁護士費用 464万円本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,464万円であると認められる。 (4) 以上の合計 5097万7835円(5) なお,控訴人は,前記認定によれば,6月10日に控訴人の糖尿病や高血圧を疑ったE医師が勧めた食事制限や血液検査を拒否したことは認められ るが,失明の危険性が迫っていた両眼に対する精査を拒否したものではないから,過失相殺を考慮することは相当でない。 4 まとめ以上の次第であるから,控訴人の請求は,被控訴人愛知県に対し,5097万7835円及びこれに対する不法行為の日の後であり,既に左眼が失明し右眼の視力も相当低下していたと認められる平成23年7月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,被控訴人愛知県に対するその余の請求及び被控訴人国に対する請求には理由がない。 第4 結論よって,控訴人と被控訴人愛知県との関係において,以上と異なる原判決を変更して,控訴人の被控訴人愛知県に対する請求を一部認容し,その余を棄却して,上記認容部分には被控訴人愛知県の申立てにかかる仮執行免脱宣言を付することとし,他方,控訴人の被控訴人国に対 なる原判決を変更して,控訴人の被控訴人愛知県に対する請求を一部認容し,その余を棄却して,上記認容部分には被控訴人愛知県の申立てにかかる仮執行免脱宣言を付することとし,他方,控訴人の被控訴人国に対する本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所民事第4部 裁判長裁判官藤山雅行 裁判官上杉英司 裁判官秋武郁代は,異動により署名押印することができない。 裁判長裁判官藤山雅行
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