平成28(う)1010 危険運転致傷(予備的訴因 過失運転致傷)(原審認定罪名 過失運転致傷)被告事件

裁判年月日・裁判所
平成29年3月16日 大阪高等裁判所
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判決文本文21,676 文字)

- 1 -平成281010号危険運転致傷(予備的訴因過失運転致傷)(原審認定罪名過失運転致傷)被告事件平成29年3月16日大阪高等裁判所第3刑事部判決 主文 原判決を破棄する。 本件を大阪地方裁判所に差し戻す。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人足立毅作成の控訴趣意書及び「答弁書に対する反論書」と題する書面に各記載のとおりであり(なお,弁護人は,控訴趣意書中,理由不備をいう点は事実誤認の一環としての主張であり,本件控訴の趣意は事実誤認に尽おりであるから,これらを引用する。 原判決が認定した被告人の罪となるべき事実の要旨は,「被告人は,平成26年6月30日(以下「本件当日」という。また,日時については,原則として,平成26年中については月日だけで,本件当日については時刻だけで表記する。)午後2時36分頃,普通乗用自動車(以下「自車」という。)を運転し,x市a区にあるコインパーキング(以下,単に「コインパーキング」という。)から発進し,同市b区(以下,x市内については区名以下で表記する。),c区,d区,e区等を順次経由した後,国道y号線(通称f筋)を南進し,g区h(通称h交差点のある場所であり,以下同交差点名で表記する。)付近道路に至るまでの間,自車を発進,走行させるに当たり,かねてより,罹患している不安定型1型糖尿病治療のため血糖降下作用のあるインスリンを常用して血糖値を調節していたものの,前兆なく低血糖症による意識障害に陥ったことがあった上,数時間で血糖値が大きく降下し,意識レベルの低下等の中枢神経症状が出始める医学上の目安である血液1デシリットル当たり50ミリグラム(以下「50mg/dl」のように表記する。)以下の低血糖にな た上,数時間で血糖値が大きく降下し,意識レベルの低下等の中枢神経症状が出始める医学上の目安である血液1デシリットル当たり50ミリグラム(以下「50mg/dl」のように表記する。)以下の低血糖になったこともあり,さらに,同日は,常日頃の摂取時間帯に昼食を摂取していな- 2 -いため,血糖値が不安定となるおそれがあったのであるから,自車を発進,走行させるのであれば,低血糖症による意識障害に陥る可能性を予見し,適宜,携帯していた簡易血糖測定器により血糖値を測定し,自己の血糖値を正確に把握し,血糖値が安定するのを確認するなどの措置を講じて発進,走行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,午後1時39分頃に測定した血糖値が224mg/dl であったことや,前記発進直前に菓子,ジュース等を飲食したことのみから,にわかに低血糖症になることはないものと軽信し,血糖値を測定せず,これが安定していることを十分に確認しないまま自車を発進,走行させた過失により,午後3時44分頃,h交差点付近道路において,低血糖症による著しい意識低下の状態に陥り,午後3時59分頃,g区i先の信号機により交通整理の行われているj交差点付近道路において,その意識低下状態のまま,自車を暴走させるなどして人や車両に衝突させる事故(以下「本件事故」という。)を発生させ,被害者3名に傷害を負わせた。」というものである。 論旨は,被告人は,自車を発進,走行させるにあたり,低血糖症により意識障害に陥ることを予見することができなかった(以下,低血糖症により意識障害に陥ることの予見可能性を指して「本件予見可能性」という。)から,被告人には原判示の過失はなく,被告人は無罪であり,それにもかかわらず,被告人に本件予見可能性があったと認定し,被告人を本件過失運転致傷につき有罪とした原 性を指して「本件予見可能性」という。)から,被告人には原判示の過失はなく,被告人は無罪であり,それにもかかわらず,被告人に本件予見可能性があったと認定し,被告人を本件過失運転致傷につき有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というものである。 そこで,原審記録を調査して検討する。 1 原判決の事実認定原判決の事実認定の経過(原審検察官の主位的訴因(危険運転致傷)を排斥した点を含む。)は次のとおりである。 前提となる事実ア被告人の病状等被告人は,本件当時,1型糖尿病に罹患しており,血糖値の増減が不規則な不安- 3 -定型(ブリットル型)に近い病態であった。 被告人は,本件当時,1日3回の朝昼夕(おおむね午前7時頃,午前11時半から午後0時半頃の間及び午後7時から午後7時半頃の間)の毎食事前に,(超)速効型インスリンのノボラピッド5ないし6単位,持効型インスリンのトレシーバ5単位をそれぞれ注射して,自己の血糖値を調節していた。 イ過去の低血糖症による意識障害経験被告人は,平成22年10月24日及び平成23年1月27日に,低血糖症による意識障害に陥り,救急搬送されたことがあった。 ウ本件事故前約3か月間の血糖値の測定結果等被告人は,本件事故前の約3か月間に,50mg/dl 以下の血糖値を測定したことが16回,51ないし55mg/dl の血糖値を測定したことが18回あり,本件事故前の最終通院日である6月19日より前の1か月間に55mg/dl 以下の血糖値を測定したことが14回あった。また,血糖値が数時間のうちに100mg/dl を超えて大幅に降下することも経験していた。 エ本件当日の行動等被告人は,午前6時17分頃血糖値を測定した を測定したことが14回あった。また,血糖値が数時間のうちに100mg/dl を超えて大幅に降下することも経験していた。 エ本件当日の行動等被告人は,午前6時17分頃血糖値を測定したところ84mg/dl であった。被告人は,その後,ノボラピッド6単位,トレシーバ5単位を注射し,朝食をとった。 被告人は,午前7時45分頃d区内の自宅を出て,午前8時頃同区内にある勤務先に出社した。 被告人は,午前中,商品配達のため勤務先を自車で出発し,午前11時30分頃,a区の物流センターで商品を車に積み込み,午後1時前頃,k市内の取引先に商品を届けた。 被告人は,午後1時39分頃,血糖値を測ったところ,224mg/dl であった。 被告人は,午後1時44分頃,一旦帰社し,昼食をとらず(なお,原判決は,通常であれば昼食時に行うインスリンを注射していなかった事実も認定している。),午後1時52分頃,自車で出発し,午後2時20分頃,コインパーキングに自車を- 4 -止め,同所付近にある取引先に商品を配達した。 被告人は,その後,コインパーキングに戻った後,どら焼き1個(糖質約35. 17グラム)を食べ,缶ジュース1本(糖質30.80グラム)を飲んだ。 被告人は,午後2時36分頃,コインパーキングを出発し,午後3時44分頃,h交差点付近道路において,低血糖症による著しい意識低下の状態に陥り,午後3時59分頃,本件事故に至った。 オ本件事故後の状況被告人は,本件事故後の午後4時45分にA病院に救急搬送されたが,その際,血糖値は32mg/dl まで低下していた。 被告人は,7月4日までA病院に入院したが,同病院のカルテには,同入院期間中,54mg/dl,55mg/dl,35mg/dl,43mg/dl の各血糖値を測定され 2mg/dl まで低下していた。 被告人は,7月4日までA病院に入院したが,同病院のカルテには,同入院期間中,54mg/dl,55mg/dl,35mg/dl,43mg/dl の各血糖値を測定された際,低血糖症状はなかった旨記載されている。また,同日から7月25日まで逮捕勾留されていたところ,留置中の記録には,血糖値34mg/dl を記録したときには被告人から低血糖の訴えがあった旨記載されているものの,血糖値20mg/dl を記録したときにはその旨の記載はされていない。 被告人が自車の発進時に低血糖症の前兆を感じていたかどうか原審検察官は,被告人が捜査開始当初段階においてコインパーキングから出発する前に体が熱くなるという低血糖症の前兆を感じていた旨供述していたことや,その際どら焼きとジュースを摂取していることを根拠に,被告人は午後2時36分頃コインパーキングから出発する際に低血糖症の前兆を感じていたと主張しているが,被告人の上記捜査開始当初段階の供述は警察官の誘導の可能性が否定できず,また,どら焼きとジュースを摂取したという事実から前兆の存在が直ちに推認されることにはならないから,被告人が上記出発時点で低血糖症の前兆を感じていたということはできない。 被告人が無自覚性低血糖症を発症していたかどうか被告人が,本件事故前約3か月間において,低血糖状態の一応の目安となる55- 5 -mg/dl 以下の血糖値を頻繁に記録していること,本件事故前の最終通院日である6月19日より前の1か月間に14回低血糖状態になっているのに主治医に対してはその間前兆(動悸)があったのは3回であると報告していること,本件事故後7月25日までの間,搬送先の病院や留置施設において少なくとも6回低血糖状態にあり,そのうちの5回は自覚できていなか に対してはその間前兆(動悸)があったのは3回であると報告していること,本件事故後7月25日までの間,搬送先の病院や留置施設において少なくとも6回低血糖状態にあり,そのうちの5回は自覚できていなかったこと,平成22年及び平成23年に意識障害に陥って救急搬送されているところ,被告人の捜査段階供述によれば,少なくとも平成23年の意識障害については前兆を感じずに意識障害に陥ったものとみるのが自然であることから,被告人は本件当時,無自覚性低血糖症を発症していたと認められる。 無自覚性低血糖症を認識していたかどうか被告人は,糖尿病の治療歴が長く,糖尿病に関する知識が豊富であったこと,本件事故までに,主治医から,無自覚性低血糖症を発症する危険性があることについての説明を受けていたこと,平成23年に前兆を感じることなく低血糖状態に起因する意識障害になって救急搬送された経験もあること,自ら血糖値を毎日測定しており,本件事故前には測定値が頻繁に55mg/dl 以下を計測していたことなどに照らせば,自らが無自覚性低血糖症を発症していること(少なくともこれを基礎づける事実)を認識していたと認められる。 被告人が低血糖症の影響により意識障害となるおそれを認識していたかどうか上記の事実のほか,被告人は通常であれば午前11時半から午後0時半頃までの間に昼食をとるのに,本件当日は午後2時36分頃までとることができなかったことは,上記認識を一定程度基礎づける事情となるが,午後1時39分頃の時点で血糖値が224gm/dl あったこと,コインパーキングを出発する前にどら焼きとジュースを摂取していること,通常であれば昼食時に行うインスリンを注射していなかったこと,平成23年に意識障害となって救急搬送されてから本件事故までの約3年半の間,低血糖症による意識 前にどら焼きとジュースを摂取していること,通常であれば昼食時に行うインスリンを注射していなかったこと,平成23年に意識障害となって救急搬送されてから本件事故までの約3年半の間,低血糖症による意識障害に陥ったことはなかったことなどからすると,- 6 -被告人が,コインパーキングから出発して運転中に低血糖症の影響による意識障害になる具体的なおそれを認識していたというにはなお合理的な疑いが残る。 本件予見可能性の有無ア被告人はそもそも血糖値が不安定なタイプの1型糖尿病であって,本件当時,無自覚性低血糖症を発症していること(少なくともこれを基礎づける事実)を認識していたこと,本件事故の前には,血糖値が不安定で,頻繁に低血糖状態になるほか,血糖値が数時間のうちに100mg/dl を超えて大幅に降下することも経験していたことからすれば,被告人において,自動車を長時間運転することは基本的に避けるべきで,仮に運転するのであれば,低血糖状態にならないよう,細心の注意を払って血糖値の状態を把握する必要があり,その把握は比較的容易であった。 イ弁護人は,被告人がコインパーキングを出発する約1時間前の午後1時39分頃の時点で血糖値が224mg/dl あり,出発直前にどら焼きとジュースを摂取しているから,それなりの注意義務を果たしている旨主張するが,被告人の血糖値が不安定な状態であることに鑑みると,極めて短距離の運転であればともかく,相当程度の時間運転をする(被告人は,1時間程度は運転するつもりであったと自認する。)のであれば,上記の程度の措置では不十分であり,運転開始時点における血糖値を測定し,仮にこれが低血糖に近い状態にまで低下しているのであれば,直ちに運転することを控え,どら焼きやジュースの吸収により血糖値が上がるのを待つなど 置では不十分であり,運転開始時点における血糖値を測定し,仮にこれが低血糖に近い状態にまで低下しているのであれば,直ちに運転することを控え,どら焼きやジュースの吸収により血糖値が上がるのを待つなどし,また,低血糖状態まで至っていないものの,約1時間前の測定値よりかなりの程度血糖値が低下しているのであれば,走行後の適宜の時点でこまめに休憩をとり,血糖値を測定する必要があり,そのような措置をとっていれば,本件事故を防ぐことができたと認められる。 ウ弁護人は,被告人は,午後2時36分頃コインパーキングを出発する時点で血糖値が180mg/dl くらいあったにもかかわらず,出発直後から意識低下になっているので,そのような急降下を予測することは不可能であると主張するが,コインパーキングを出発する時点で血糖値が180mg/dl くらいあったというのは- 7 -被告人の推測にすぎず合理的な根拠があるとはいい難い。また,被告人は,コインパーキングを出発した午後2時36分頃から異常運転が見られるようになった午後3時44分頃までの間は,順次道なりに交通規制に従って道路を進行していたと認められ,道路状況等も合わせ考えると,そのような運転を低血糖の影響による著しい意識低下の状態で被告人が行っていたとはおよそ考え難く,被告人は,運転開始時は意識が比較的はっきりしていたが,その後低血糖状態が出現,進行するのに比例して,意識が低下していったとみるのが自然である。 エしたがって,被告人には本件予見可能性があったと認められ,午後2時36分頃コインパーキングから運転を開始した時点,あるいは運転中にも適宜血糖値を測定してこれが安定していることを確認するなどの措置をしてから発進,走行すべき自動車運転上の注意義務があったのにこれを怠ったといえ,これらの措置を ら運転を開始した時点,あるいは運転中にも適宜血糖値を測定してこれが安定していることを確認するなどの措置をしてから発進,走行すべき自動車運転上の注意義務があったのにこれを怠ったといえ,これらの措置を講じていれば本件事故は回避できたといえる。 2 弁護人の主張に対する判断弁護人は,原判決の上記事実認定に対し,①被告人の本件事故前の血糖値の測定結果等は,被告人が低血糖状態であることについて無自覚であったことの根拠とはならない,②被告人が平成23年に低血糖症による意識障害に陥った際の救急搬送記録には,被告人が気分不良を訴えていた旨の記載があり,前兆なく意識障害に陥った旨の原判決の認定は不合理である,③被告人が,血糖値が数時間のうちに100mg/dl を超えて降下するようなことを経験していたとしても,それはインスリン注射の効果に他ならないから,本件予見可能性を裏付ける根拠とはならない,④午後1時39分頃の被告人の血糖値は224mg/dl あり,その後,被告人はインスリンを注射することなく,どら焼きとジュースを摂取しているから,運転を開始した午後2時36分頃の血糖値は高血糖状態であった可能性が高く,自車の運転中に,血糖値が急激に低下して意識障害に陥ることを被告人が予見することは不可能である,⑤原判決が,被告人が感覚的に供述した「1時間程度」という言葉のみを捉え,被告人が相当程度の時間運転する予定であったと認定したのは不合理である,⑥原- 8 -判決は,運転開始時点における被告人の血糖値が低血糖に近い状態にまで低下しているか,または,約1時間前の測定値よりかなりの程度血糖値が低下していることを前提に被告人に結果回避義務を負わせているが,運転開始時の血糖値が上記のいずれかの状態であった事実については何ら根拠を示しておらず,論理の飛躍がある の測定値よりかなりの程度血糖値が低下していることを前提に被告人に結果回避義務を負わせているが,運転開始時の血糖値が上記のいずれかの状態であった事実については何ら根拠を示しておらず,論理の飛躍がある,と主張するので,以下,これらの主張について検討する。 血糖値の測定結果等は,被告人が低血糖状態であることに無自覚であったことの根拠とはならないとの主張(①)について原判決は,被告人が,本件事故前約3か月間において55mg/dl 以下の血糖値を頻繁に記録していることや,6月19日より前の1か月間に14回低血糖状態になっているのに主治医に対してはその間前兆(動悸)があったのは3回であると報告していることなどを根拠に,被告人は本件当時,無自覚性低血糖症を発症していたと認定している。 確かに,被告人の本件事故前約3か月間の血糖値の測定記録(原審甲27)によれば,原判示のとおり,被告人は,本件事故前の約3か月間に,55mg/dl 以下の血糖値が測定されたことが多数回あることが認められるものの,他方で,被告人も日々自身の血糖値を見て低い数値が測定されていることを認識していたはずであるから,そのことから直ちに被告人において自身が低血糖状態にあることについて無自覚であったことにはならない。そして,弁護人が主張するとおり,55mg/dl 以下の血糖値が測定されているのは,朝昼夕の食事前の定期的な測定の際である場合が多いこと,食事前以外の時間帯に低い血糖値が測定されている際は,その数時間後に再測定され,おおむね血糖値が相当程度上昇していること,また,55mg/dl 以下の血糖値が連続して計測されているのは6月15日の1回だけであり,その際もその後血糖値が上昇していることが認められ,これらの測定値の記録は,被告人において,自身が低血糖状態であるこ mg/dl 以下の血糖値が連続して計測されているのは6月15日の1回だけであり,その際もその後血糖値が上昇していることが認められ,これらの測定値の記録は,被告人において,自身が低血糖状態であることを感覚的に自覚し,その都度,食事の量や注射するインスリンの単位を調整し,あるいは糖分を補食するなどして,血糖値を上昇させる措置を採っていたことを推認させる。また,主治医の診察時に,1か月間- 9 -で14回低血糖状態になっているのに動悸があったのは3回と報告しているとの点についても,必ずしもその時以外に低血糖状態であることの自覚がなかったことを意味するとはいえない。したがって,弁護人の上記主張はおおむね正当なものと認められる。 加えて,関係証拠によれば,被告人は,血糖値の測定を頻繁に行っており,測定値に応じて自己の判断でインスリンの量を増減させていたこと,通常1日1回注射する基礎インスリンのトレシーバを3回に分けて注射していたこと,上記血糖値の測定記録においても,180mg/dl を超えるような高い血糖値が連続して記録されていることは少なく,そのような場合を含め,高い血糖値が記録された際は数時間のうちに通常又は低い血糖値が記録されていることが認められ,被告人が血糖値の管理に相当熱心に取り組んでいたことがうかがわれる一方で,糖尿病を専門とする医師である証人B及び同Cは,いずれも被告人の血糖値の記録には低血糖の数値が多く,その血糖コントロールには問題がある旨供述していること(A病院の診療記録にも同旨の記載がある。),被告人は,本件事故後7月4日までA病院に入院していた間,高血糖時に投与されるインスリンの量を気にしたり,食事を残したりしており,診療記録には,「高血糖に対する意識は高いが,低血糖については知識が乏しく,指導が必要である。」な でA病院に入院していた間,高血糖時に投与されるインスリンの量を気にしたり,食事を残したりしており,診療記録には,「高血糖に対する意識は高いが,低血糖については知識が乏しく,指導が必要である。」などと記載されているほか,被告人本人の発言として「高血糖ばかり気にしていたが,低血糖も怖いと看護師に言われた。」などとも記録されていること,また,被告人は,7月25日までの勾留期間中も,血糖値が高い値の際は,インスリンの増量を申し出たり,食事を残したりしていた一方で,血糖値が相当低い値を示しているのに体調不良等を訴えようとしないことがあったことが認められ,これらの事実によれば,被告人は,本件事故前において,自己が低血糖の状態にあることについては,多くの場合,そのこと自体は感覚的に自覚していたものの,体調不良等の具体的な症状まで発症していたわけではなく,そのような症状を感じたとしても,血糖値を低い数値に保つことを優先させてそれをよしとしていたこと,また,このように血糖値を殊更に低い数値にするような血糖値管- 10 -理の在り方に問題があることについての認識が乏しかったことが認められる。 なお,この点に関し,被告人は,平成27年7月14日付けの検察官調書(原審乙12)において,「事故後も現在も変わりないが,自分なりに目安にしていた正常血糖値は,早朝空腹時は100から130未満くらい,ブドウ糖負荷後2時間値は180未満ぐらいであった。」と供述しており,原判決も,前提事実の一つとして同旨の事実を認定しているが,上記供述は,本件事故後約1年経過した後にされたものである上,上記血糖値の測定記録と齟齬しており,これをそのまま信用することはできない。 平成23年に救急搬送された際に被告人が低血糖症の前兆を感じていなかったとした原判決の認定は不合 たものである上,上記血糖値の測定記録と齟齬しており,これをそのまま信用することはできない。 平成23年に救急搬送された際に被告人が低血糖症の前兆を感じていなかったとした原判決の認定は不合理であるとの主張(②)について原判決は,被告人の捜査初期段階供述ないし供述経過を根拠に,被告人は,平成23年に救急搬送された際に低血糖症の前兆を感じていなかったと認定している。 そこで,この点について,被告人の供述状況をみると,被告人は,7月10日付けの検察官調書(原審乙10)では,「平成22年と平成23年のいずれについても前兆は感じなかった。」旨供述し,7月20日付け検察官調書(原審乙11)では,「平成22年の意識障害の際は動悸を感じたが,平成23年の意識障害の際は全く前兆を感じなかった。」旨供述し,平成27年7月14日付けの検察官調書(原審乙12)では,「平成22年の意識障害の際は心臓の鼓動が早くなったり,意識がもうろうとなるような前兆症状があり,平成23年の意識障害の際も,けだるさのような前兆があった。」旨供述し,原審公判においては,「いずれの際も動悸が起こった。」旨供述しており,この点に関する被告人の供述は変遷が著しい。 被告人の供述は,上記の点以外にも変遷が多いが,そのほとんどは自己に有利な方向に変遷しているのであって,本件事故について責任を免れようとする態度がうかがわれ,全体として信用性が乏しいといわざるを得ない。上記の点に関しても,被告人は,捜査の初期段階では,低血糖症の影響により自動車の運転に必要な能力を欠くおそれのある状態であることの認識の有無が問題となる危険運転致傷の被疑- 11 -事実で逮捕勾留されており,その認識がなかった旨弁解するために平成22年及び平成23年の意識障害の際も前兆はなかった旨供述したものの あることの認識の有無が問題となる危険運転致傷の被疑- 11 -事実で逮捕勾留されており,その認識がなかった旨弁解するために平成22年及び平成23年の意識障害の際も前兆はなかった旨供述したものの,上記7月20日付けの検察官調書では,平成22年の意識障害の際にブドウ糖を摂取しようとしていた旨記載された救急搬送時の外来診療録(原審甲35)を示されたことから,その際には前兆を感じたことを自認しつつも,平成23年の意識障害については上記弁解を維持し(ちなみに,同供述時点では後記原審甲30はまだ作成されていない。 ),一方,その後約1年経過した平成27年7月14日付けの検察官調書(原審乙12)では,意識障害に陥ることを予見できたかどうか等も問題となったことから,平成22年及び平成23年の意識障害の際にはその前兆があったが本件事故時にはそれがなかった旨の供述をするに至ったと考えられるのであって,これらの被告人供述からはおよそ真実を語ろうとする姿勢をうかがうことができない。また,このような供述経過に鑑みると,平成23年の意識障害時にその前兆がなかった旨の前記捜査初期段階の供述は,自らに有利な事実を述べようとしているものであり,不利益事実の承認にも当たらないと考えられる。 そして,D消防署長作成の「照会事項について(回答)」と題する書面(原審甲30)には,平成23年の意識障害の際の事故概要として「気分不良を訴えていた本人が,意識朦朧状態でトイレ内にて発見されたため,救急要請した(同僚聴取)。 」と記載されているところ,この記載は,当時の救急搬送記録に基づくものと考えられ,その正確性等に問題は見当たらないことからすると,同記載内容が,低血糖症による意識障害と無関係であるとは考えられない。それにもかかわらず,原判決は,同記載だけからは,被告人が低血糖症 のと考えられ,その正確性等に問題は見当たらないことからすると,同記載内容が,低血糖症による意識障害と無関係であるとは考えられない。それにもかかわらず,原判決は,同記載だけからは,被告人が低血糖症の前兆を感じていたとは認め難いと判示するだけで,同証拠を排斥した具体的な理由を示していない。 以上によれば,本件証拠上,平成23年に救急搬送された際に被告人が低血糖症の前兆を感じていなかったという認定はできないというべきである。 血糖値が数時間のうちに大幅に降下したことがあったことは,本件予見可能性の根拠とならないとの主張(③)について- 12 -弁護人は,被告人が,数時間のうちに血糖値が大幅に降下することを経験していたとしても,被告人は,午後1時39分頃224mg/dl の血糖値を測定した後にインスリンを注射していないから,インスリンを注射していないのに血糖値が数時間のうちに大幅に降下したことがあったとの事実が立証されない限り,本件予見可能性を裏付ける事実とはなり得ない,と主張する。 そこで,検討すると,前記血糖値の測定記録によれば,被告人の血糖値が数時間のうちに100mg/dl を超えて降下したことがあったこと自体は明らかである。 しかしながら,弁護人が主張するとおり,被告人の血糖値が100mg/dl を超えて降下しているのは,その多くが,180mg/dl を超えるような高い血糖値が測定された数時間後に再計測されている場合であり,前記認定のとおり,被告人が相当熱心に血糖値の管理をしていたことも併せ考慮すると,これらは,血糖値の計測等により自身が高血糖状態にあることを知った被告人が,インスリンを通常よりも多く注射するなどして血糖値を調整したことによると考えられるのであって,異常又は不明の原因によって血糖値が低下したもの 計測等により自身が高血糖状態にあることを知った被告人が,インスリンを通常よりも多く注射するなどして血糖値を調整したことによると考えられるのであって,異常又は不明の原因によって血糖値が低下したものとは考えられない。 そして,原判決は,被告人が本件当日通常であれば昼食時に行うインスリンを注射していなかったとの事実を認定しており,本件事故時には,インスリン注射以外の何らかの原因で血糖値が大幅に低下したことを前提にしていると解されるところ,被告人にインスリン注射以外の原因で血糖値が大幅に低下した経験があったことの立証はないから,弁護人の上記主張も,正当なものと認めることができる。 本件予見可能性は認定できないとの主張(④)について前記のとおり,原判決は,罪となるべき事実において,本件予見可能性の前提として,「前兆なく低血糖症による意識障害に陥ったことがあった上,数時間で血糖値が大きく降下し,意識レベルの低下等の中枢神経症状が出始める医学上の目安である50mg/dl 以下の低血糖になったこともあり,さらに,同日は,常日頃の摂取時間帯に昼食を摂取していないため,血糖値が不安定となるおそれがあった」と認定判示している。 - 13 - る意識障害に陥ったことがあったとの事実は認定することができず,また,被告人が数時間で血糖値が大きく降下し,50mg/dl 以下の低血糖になったことがあったとの点についても,被告人が高血糖状態に対処するためにインスリンを注射するなどしたことにより,意図的に低血糖状態になることはあったものの,異常または不明の原因により低血糖状態に陥った経験があったとまでは認定できないのであって,これらの点は,本件予見可能性の前提とすることはできない。 また,原判決が前提としたその余の事実,すなわち,被告人が不安定 の原因により低血糖状態に陥った経験があったとまでは認定できないのであって,これらの点は,本件予見可能性の前提とすることはできない。 また,原判決が前提としたその余の事実,すなわち,被告人が不安定型に近い1型糖尿病に罹患していたことや,本件当日,常日頃の摂取時間帯に昼食を摂取していないことから,なお被告人が自車の運転中に低血糖状態に陥る可能性を予見できたといえるかを検討するに,原判決は,被告人の午後1時39分頃の血糖値が224mg/dl であったこと,その後,被告人は,インスリンを注射していないこと,コインパーキングから運転を開始する前にどら焼きとジュースを摂取していることをそれぞれ認定して発進させる時点で被告人が低血糖症の前兆を感じていたということはできないと認定判断し,更には,平成23年に救急搬送されて以降約3年半の間低血糖症による意識障害に陥ったことはなく,過去に自動車を運転中に意識障害に起因する事故等を起こしたこともなかったとも認定している。 そしてまた,前記証人Bの原審公判供述等によれば,被告人の午後1時39分頃の血糖値が224mg/dl であり,その後,被告人がインスリンを追加投与していないにもかかわらず,本件事故時に血糖値が大幅に低下したことは通常は考えにくいことであり,その原因として,被告人が継続して使用していた持効型のインスリン(トレシーバ)の効果のほか,本件当日被告人が多忙であったことや,当日の気温が高かったことなどが一応想定できるものの,その原因を特定することは不可能であるとされている。 以上の事実,殊に,被告人の午後1時39分頃の血糖値が224mg/dl であり,- 14 -その後,被告人が,どら焼きやジュースを摂取していること,また,インスリンを追加投与しておらず,コインパーキングからの運転開始時 の午後1時39分頃の血糖値が224mg/dl であり,- 14 -その後,被告人が,どら焼きやジュースを摂取していること,また,インスリンを追加投与しておらず,コインパーキングからの運転開始時に低血糖症の前兆を感じたこともなかったことなど,原判決が認定した事実を前提とするならば,同運転開始時には,血糖値が通常よりもむしろ高い状態にあったと考えるのが自然であり,自車の運転開始時点または同運転中に低血糖状態に陥ることを具体的に予見することは実際上困難であったと認めざるを得ない。 そうすると,原判決が認定した事実関係を前提とする限り,被告人に本件予見可能性を認めることはできず,これを肯認した原判断は是認することができない。 被告人が相当程度の時間運転する予定であったと認定するのは不当であるとの主張(⑤)について た旨自認しているとして,被告人が相当程度の時間運転することを前提に,その過失を認定している。 しかしながら,弁護人が主張するとおり,被告人は,原審公判において,「どれくらいの時間,運転しようと思っていたか。」という裁判官の質問に対し「時間で言えば,1時間程度かなあとは思います。以内だと思います。」と供述しており,この供述自体,単なる言い間違いともとれる曖昧なものである上,被告人は,コインパーキング出発後,l市内の取引先に向かう予定であったが,その途中m付近で昼食をとる予定であったとも供述している。そうすると,被告人の上記供述部分に基づいて,被告人が相当時間運転する予定であったと認定するのは不当であるとの弁護人の指摘は,それ自体としては正当なものと認めることができる。 もっとも,前記のとおり,被告人の供述は,全体として信用性に乏しいところ,m付近において昼食をとる予定であったという点についても,高速道路を使わ ,それ自体としては正当なものと認めることができる。 もっとも,前記のとおり,被告人の供述は,全体として信用性に乏しいところ,m付近において昼食をとる予定であったという点についても,高速道路を使わなかったということ以外に特段の裏付けはなく,確実に認定できるわけではない。 そして,被告人の実際の走行経路や走行状況をみると,コインパーキング出発後,次の取引先のあるl方面または被告人の自宅や勤務先会社のあるd区方面に向かう- 15 -には合理的と思われるn筋を道なりに北上し,d区内に入ってから,狭い範囲で左折を繰り返してほぼ1周するように走行した後,特段の用務があるとは思われないo駅方面に向かい,同駅付近からf筋を南下し,本件事故現場に至っている。また,f筋を南下し始める頃までは,交通量の比較的多い道路を走行しながら特段異常な運転をした形跡は見当たらないものの,h交差点付近からは,明らかに異常な運転操作をするに至っている。 以上のような被告人の運転経過は,m付近で食事する予定であったとの被告人の上記供述と整合するものとはいえず,むしろ運転開始からしばらくの間は自らの判断で運転を継続していたことを推認させる。そうすると,被告人が相当程度の時間運転する予定であったとした原判決の認定判断は,結論においては正当なものと認められる。 運転開始時に血糖値が低下していたことを前提に結果回避義務を負わせるのは不当であるとの主張(⑥)について ける血糖値が低血糖に近い状態にまで低下しているか,または,約1時間前の測定値よりかなりの程度血糖値が低下していることを前提に被告人に結果回避義務を負わせているが,運転開始時の血糖値が上記のいずれかの状態であった事実については何ら根拠を示していない,と主張する。 そこで,検討するに,原判決の上 低下していることを前提に被告人に結果回避義務を負わせているが,運転開始時の血糖値が上記のいずれかの状態であった事実については何ら根拠を示していない,と主張する。 そこで,検討するに,原判決の上記説示部分を素直に読めば,被告人が,コインパーキング出発時に血糖値を測定しても,その際の血糖値が上記のいずれかの状態でなかったのであれば,直ちに運転することを控えたり,運転中にこまめに休憩をとって血糖値を測定したりする義務までは想定されず,本件事故が避けられたとはいえないこととなるところ,前記のとおり,午後1時39分頃の被告人の血糖値が224mg/dl であったことや,その後,被告人がどら焼きやジュースを摂取したこと,インスリンを追加投与していないことなどの原判決が認定した事実を前提とすると,コインパーキングからの運転開始時には被告人の血糖値はむしろ通常よりも- 16 -高い状態にあった可能性の方が高いこととなり,少なくとも,被告人においてそのように考えるのが自然であると考えられる。原判決は,コインパーキングを出発する時点で血糖値が180mg/dl ぐらいあったとの弁護人の主張は排斥しているものの,同出発時において被告人の血糖値が上記のいずれかの状態であったかどうかについては特段の認定判断をしておらず,かえって,前記のとおり,被告人がコインパーキング出発前の時点で低血糖症の前兆は感じていたといえないとしているほか,被告人が,運転中に低血糖状態になることはないだろうと考えたとしても不自然でないとか,運転開始時は意識が比較的はっきりしており,その後低血糖状態が出現,進行するのに比例して意識が低下していったとみるのが自然であるとも判示しており,原判決の説示には首尾一貫しないものがあるといわざるを得ない。この点に関する弁護人の指摘も,それ自体とし 糖状態が出現,進行するのに比例して意識が低下していったとみるのが自然であるとも判示しており,原判決の説示には首尾一貫しないものがあるといわざるを得ない。この点に関する弁護人の指摘も,それ自体としては正当なものと認めることができる。 3 原判決に事実の誤認があることについて前記2のとおり,弁護人の当審における主張は,多くの点で正当であると認められる。特に,原判決は,被告人が前兆なく低血糖症による意識障害に陥ったことや,数時間で血糖値が大きく降下したことがあったとの事実を本件予見可能性の前提としているが,被告人が前兆なく低血糖症による意識障害に陥った事実はそれ自体認定することができず,数時間で血糖値が大きく降下したことがあった事実についても,インスリン注射以外の原因によって血糖値が大きく降下したことがあったと認めるのは困難であるから,いずれも本件予見可能性を認める前提とすることはできない。また,午後1時39分頃の被告人の血糖値が224mg/dl であったこと,その後,被告人はインスリンを注射していないこと,午後2時36分頃にコインパーキングから運転を開始する前にどら焼きとジュースを摂取していること,その時点において被告人が低血糖症の前兆を感じていなかったことなど,原判決が認定した事実を前提とすると,被告人が,自車の運転を開始する時点,または少なくとも運転開始当初の時点において,運転中に低血糖症による意識障害に陥る可能性を具体的に予見することは実際上困難であったといわざるを得ず,原判示のように運転開- 17 -始時点において,血糖値を測定するなどの注意義務があったとはいえないし,仮に血糖値を測定していたとしても,上記事実を前提にすると,むしろ血糖値は高い状態にあったと考えるのが自然であり,本件事故を避けることができたということも するなどの注意義務があったとはいえないし,仮に血糖値を測定していたとしても,上記事実を前提にすると,むしろ血糖値は高い状態にあったと考えるのが自然であり,本件事故を避けることができたということもできない。 以上によれば,上記の各事実を認定した上で,それを前提に本件予見可能性を肯認した原判決には事実の誤認があるといわざるを得ず,この事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。 4 本件を原審に差し戻すべきことについて 原判決が本件予見可能性の判断の前提とした事実の認定も不合理であること以上に加え,原判決が本件予見可能性の有無を判断するに当たり前提とした前記各事実の認定そのものも不合理であると認められる。 すなわち,午後1時39分頃の被告人の血糖値が224mg/dl であったことについては客観的証拠があり,また,被告人の自動車内にどら焼きの空袋やジュースの空き缶が残されていたことから,被告人が本件当日中にどら焼き等を摂取したことも確実な事実と認められるが,被告人が本件当日の昼以降インスリンを注射していないことや,どら焼き等を摂取したのがコインパーキングから出発する直前であったこと,その時点において低血糖症の前兆を感じていなかったことについては被告人供述以外に直接的な証拠は存しない。 そして,前記のとおり,被告人の供述は全体として信用性に乏しいと認められるところ,特に,午後1時39分頃の血糖値が224mg/dl というかなり高い値であったにもかかわらず,インスリンを注射するなどの対処をしていないことや,その後1時間足らずしか経過しておらず,血糖値が高い状態であったはずであるのに,糖分が多く含まれていることが常識的にも明らかなどら焼き等を摂取したことは,前記のとおり,被告人が本件当時血糖値の管理 その後1時間足らずしか経過しておらず,血糖値が高い状態であったはずであるのに,糖分が多く含まれていることが常識的にも明らかなどら焼き等を摂取したことは,前記のとおり,被告人が本件当時血糖値の管理に相当熱心に取り組み,血糖値を低い数値に保とうとしていたことなどからすると,極めて不自然といわなければなら- 18 -ない。 また,コインパーキングから出発する時点において低血糖症の前兆を感じていなかったとの点について,原判決は,の供述は警察官の誘導の可能性が否定できないなどとして,被告人の原審公判供述に沿った認定をしている。しかし,たとえ原判示のように,警察官が低血糖症の前兆に当たる内容を意識的に調書化しようとしていたとしても,糖尿病に関する知識がなく,体が熱くなることが低血糖症の前兆の一つであることも知らなかった警察官が,被告人が供述していないのに,そのような調書を作成するとは考えにくいし,外気温が高い旨述べたことを体が熱くなるという症状と取り違えて調書に記載されたなどとする被告人の弁解も明らかに不自然,不合理である。原判決はまた,被告人がどら焼きとジュースを摂取したことについては,小腹を満たすためとか,念のために摂取しておいた可能性があるとして,低血糖症の前兆を感じていたとは直ちに推認できないとも説示しているが,前記のとおり,血糖値の管理に熱心に取り組んでいた被告人が,特段の必要がなく,小腹を満たすなどの理由だけで,糖分が多く含まれていることが明らかなどら焼き等を摂取するとは考えられず,被告人がコインパーキングを出発する前にどら焼き等を摂取した事実があったとすれば,その時点において低血糖状態にあること,少なくともその可能性を自覚していたと考えなければ,その行動を合理的に説明することは困難である。そして,被告人の捜査開始当初段階 摂取した事実があったとすれば,その時点において低血糖状態にあること,少なくともその可能性を自覚していたと考えなければ,その行動を合理的に説明することは困難である。そして,被告人の捜査開始当初段階における上記供述は,本件事故時に意識障害に陥るおそれがあることを認識していなかった旨の弁解の前提として供述されたもので,不利益事実の承認に当たることは明らかであり,その任意性には問題がなく,自発的に供述したものと認められるのであるから,他に特段の事情のない限り,信用に値するというべきである。この点に関する原判決の認定判断も不合理というほかない。 被告人が低血糖症の前兆を感じていたことを前提に被告人を過失運転致傷の罪に問うべきか否かを審理判断すべきこと- 19 -ところで,原審記録によれば,検察官の本件主位的訴因(危険運転致傷)の骨子は,「被告人は,低血糖症の影響により,その走行中に自動車の安全な運転に必要な認知,予測,判断及び操作の能力を欠くこととなるおそれのある状態で自動車を運転し,もって,自動車の運転に支障を及ぼすおそれのある病気の影響により,その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し,よって,低血糖症による著しい意識低下の状態に陥り,本件交通事故を発生させて,被害者3名に傷害を負わせた。」というものであり,本件予備的訴因(過失運転致傷)は,原判決が認定した罪となるべき事実と基本的に同旨であるところ,両者の関係について,原審検察官は,「危険運転致傷における『自身が走行中に意識低下状態に陥り,正常な運転に支障が生じるおそれがあることの認識』を基礎づける事実と,予備的訴因のうち『低血糖症による意識障害に陥る可能性を予見して運転を差し控えるべき』自動車運転上の注意義務についての予見可能性を基礎づける に支障が生じるおそれがあることの認識』を基礎づける事実と,予備的訴因のうち『低血糖症による意識障害に陥る可能性を予見して運転を差し控えるべき』自動車運転上の注意義務についての予見可能性を基礎づける事実とで,何か異なる点はあるのか。」との原審裁判所の求釈明(平成28年4月15日付け書面)に対し,「本件当日午後2時36分頃の発進直前に,被告人が低血糖症の前兆である体が熱くなるような感覚を覚えた点が異なる。同事実は,もっぱら危険運転致傷における『自身が走行中に意識低下状態に陥り,正常な運転に支障が生じるおそれがあることの認識』を基礎づける事実であって,これが認められる場合は,被告人の前記認識は当然認められるとの理解である。」旨釈明しており(同月21日付け書面),原判決も,その認定判断の過程からみて,被告人がコインパーキングから自車の運転を再開した際に低血糖症の前兆を感じていたと認められるのであれば,本件主位的訴因が肯認されるものと解していたと考えられる。 しかしながら,前記認定のとおり,被告人は,自分自身が低血糖の状態にあることについては,多くの場合,そのこと自体は感覚的に自覚していたものの,体調不良等の具体的な症状まで発症していたわけではなかったこと,血糖値の管理に相当熱心に取り組み,これを低い値に保とうとしていたものの,平成23年以降本件事故までの約3年半は低血糖症による意識障害に陥ったことはなかったこと,前記2- 20 -コインパーキングから運転を再開した直後から低血糖症による具体的症状を生じたわけではなく,むしろ当初は正常な運転操作をしていたものの,その後徐々に症状が悪化し,運転開始から約1時間経過した頃から意識障害に陥るに至ったと認められることなどからすると,被告人が,運転を再開する時点で低血糖症の前兆を感じていた(すなわ をしていたものの,その後徐々に症状が悪化し,運転開始から約1時間経過した頃から意識障害に陥るに至ったと認められることなどからすると,被告人が,運転を再開する時点で低血糖症の前兆を感じていた(すなわち,自分自身が低血糖の状態にあることを感覚的に自覚していた)という事実だけから,被告人が自車の運転中に意識障害に陥るおそれを具体的に認識していたと認めることはできないというべきである。 一方,予備的訴因である過失運転致傷の成否に関しても,前記のとおり,糖尿病の一般的症状や被告人の過去の経験だけを基礎として,本件予見可能性を肯定することはできず,コインパーキングから自車の運転を再開した際またはその運転中に低血糖症の前兆を感じていたのでなければ,被告人に本件予見可能性を認めることは困難といわざるを得ない。 そして,被告人がコインパーキングを出発する時点あるいは自車の運転中に自己が低血糖の状態であったことを認識していた事実が認定されるのであれば,特段の事情のない限り本件予見可能性は肯定されると考えられる。加えて,上記のとおり,被告人は,コインパーキングから自車の運転を始めた後,突然意識障害の状態に陥ったわけではなく,低血糖症の症状は運転していた約1時間の間に徐々に悪化したものと認められるから,その間に被告人において自己が低血糖により意識障害に陥る可能性のあることを自覚し,運転を直ちに中止するなどすることができた可能性も十分に考えられる。 そうすると,本件主位的訴因と予備的訴因の関係についての原審検察官の理解や,本件予備的訴因の構成は適切なものではなく,本件においては,被告人がコインパーキングから自車の運転を再開する際あるいはその運転中に低血糖症の前兆を感じていた(自分自身が低血糖状態であることを自覚していた)と認められる場合において,被告 く,本件においては,被告人がコインパーキングから自車の運転を再開する際あるいはその運転中に低血糖症の前兆を感じていた(自分自身が低血糖状態であることを自覚していた)と認められる場合において,被告人を過失運転致傷の罪責に問うべきか否かについても審理判断すべきで- 21 -あったというべきであるし,原審裁判所としても,遅くとも証拠調べを終えた時点においては,改めて釈明権を適切に行使するなどして,上記の点を争点として顕在化し,当事者に主張立証を促すことはできたものと考えられる。原判決の前記事実の誤認は,究極的にはこのような当事者間の争点整理の不十分さに起因すると解される。 本件を原審裁判所に差し戻し,事案を解明すべき必要性が高いこと以上に説示してきたような原審の審理経過や原判決の内容等に照らすと,原判決は,被告人がコインパーキングから自車の運転を再開する際に低血糖症の前兆を感じていたか否かが本件主位的訴因(危険運転致傷)と予備的訴因(過失運転致傷)の成否を分ける分岐点になるとの不適切な理解に立った上で,本件主位的訴因を排斥し,予備的訴因を肯認するという結論を導き出すために,前記のとおり,被告人が自車の運転再開時に低血糖症の前兆を感じていなかった等の不合理な事実認定を重ねたものとも考えられる。そうであるとするならば,原判決の事実認定は,証拠及び論理則・経験則に基づいて事実を適正に認定評価したものとはいえず,このような事実認定のままでは,いまだ本件事案の解明はなされていないといわざるを得ない。本件においては,被告人が自車の運転開始時または運転中に低血糖症の前兆を感じていたことを前提とした場合の過失責任の有無を争点として顕在化させた上で,被告人・弁護人の側にも防御の機会を与え,更に審理を尽くすべきものと考えられる。 なお,本 たは運転中に低血糖症の前兆を感じていたことを前提とした場合の過失責任の有無を争点として顕在化させた上で,被告人・弁護人の側にも防御の機会を与え,更に審理を尽くすべきものと考えられる。 なお,本件では原審において公判前整理手続を経ていることや,原判決に対し被告人の側だけが控訴していること,更には,控訴審の基本的な役割は原判決の当否を事後的に審査することであることなどからすると,控訴審としては,検察官の主位的訴因を排斥し,予備的訴因を認容した原判決に誤りがあるとの判断に達した以上,これ以上審理を継続することなく,被告人に対し無罪の判決を言い渡すことも一応考えられるところであるが,本件が,繁華街の中にある交通繁多な交差点において被告人が自車を暴走させて被害者3名を負傷させたという重大事案であり,社- 22 -会的にも注目されていること,また,上記のとおり,原判決の事実の誤認が究極的には当事者間の争点整理の不十分さに起因すると解されることに照らすと,現時点においても,審理を尽くし,事案を解明すべき必要性は高く,それをなすことなしに審理を打ち切ることは,むしろ正義に反すると認められる。 そして,上記のような審理を行うにあたっては,訴因の変更やこれに付随する新たな争点の形成が予想されるほか,新たな証拠調べを必要とする可能性もあり,それに伴う被告人・弁護人側の防御の必要等にも鑑みると,当審において当事者に対し主張立証を求めて自判することは適切ではなく,第1審である原審裁判所においてさらに審理させるのが相当である。 5 結論よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条本文により,本件を原審裁判所である大阪地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。 平成29年3月16日大阪高等 条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条本文により,本件を原審裁判所である大阪地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。 平成29年3月16日大阪高等裁判所第3刑事部裁判長裁判官中川博之裁判官畑山靖裁判官安西二郎

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