平成24(わ)966

裁判年月日・裁判所
平成25年10月11日 札幌地方裁判所 その他
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判決文本文10,774 文字)

主文 被告人は無罪。 理由 第1 訴因変更後の公訴事実の要旨被告人は,平成24 年9 月5 日午後8 時10 分頃,北海道北広島市a 町b 丁目c 番地d被告人方居間において,うつ伏せに倒れていたA(当時31 歳)の背部に馬乗りになり,その後頸部を手で押さえる暴行を加えて,同人の胸腹部及び顔面を床面に圧迫させ,よって,その頃,同所において,同人を窒息により死亡させた。 第2 無罪と判断した理由以下の日付は,特記無き限り平成24 年のものである。 1 前提事実以下の事実は,当事者間に争いが無く,証拠により,認定できる。 (1) 被告人は,2 歳違いの弟であるA及び父母と同居していた。本件当時,被告人は身長170cm,体重96.3kg であり,Aは身長165cm,体重68kg であった。 Aは,平成13 年頃に統合失調症を発症して以降,入通院を繰り返していた。平成23年頃から本件に至るまでは,統合失調症の症状が不安定となり,「被告人が自分の部屋に入ってきて物を盗む。」などと言っていた。春頃には,Aが,被告人の部屋に入り,パイプ椅子で被告人に殴りかかり,ものすごい物音に気がついた父親が駆けつけても,Aは,「警察でも何でも呼べや。」,「俺のCDや金が盗まれる。」などとわめいて暴れたので,父親が,両者の間に入ってAに抱きつき,Aを落ち着かせて自分の部屋に戻らせたということがあった。 (2) 9 月5 日本件当日午後6 時30 分頃,被告人が,風呂から上がり,脱衣所を出たところ,居間にいたAが,被告人に対し,「CDとCDプレーヤーとっただろ。」と言いながら突進してきて,被告人の顔面を拳で立て続けに2 発殴った。 被告人は,両手をAの両肩に当てて,両腕を突っ張るようにして,「話聞いてよ。」と言った。 し ーヤーとっただろ。」と言いながら突進してきて,被告人の顔面を拳で立て続けに2 発殴った。 被告人は,両手をAの両肩に当てて,両腕を突っ張るようにして,「話聞いてよ。」と言った。 しかし,Aは,「CDとCDプレーヤー…。」などと言って,さらに殴りかかってきたため,被告人は,Aの肩から右手を外し,Aの顔面辺りを右手拳で1 発殴った。 Aは,なおも被告人に殴りかかろうとしたため,被告人は,再び両腕を伸ばして,Aの両肩を押して突っ張るようにして押し返した。Aも,被告人の両肩に両手を伸ばして押していた。被告人はAの押す力をそらすために横方向へ動いたので,被告人とAは,居間でぐるぐる回りながら押し合いを続けた。両者は,疲れると休み,しばらくして,また押し合うということを,4 回ほど続けた。 その後,Aは,被告人の左腕を取って腰に被告人の体を乗せ,柔道の背負い投げのように被告人を投げようとしたが,Aが体勢を崩したことから,両者とも前のめりに倒れ,毛の長さ約6mm のじゅうたんの上にうつ伏せになったAの上に,被告人が重なる状態になった。 そこで,被告人は,うつ伏せに倒れているAの太もも付近に,Aの頭の方を向いてまたがるように乗った。それでもAが起き上がろうとしたため,被告人は,Aの腰を押さえた。被告人がAの腰の辺りに乗ろうとして腰を浮かせたところ,Aが両膝を前に引き寄せて立ち上がろうとしたので,被告人はすぐにAの臀部付近に乗った。するとAは,膝を曲げて足をばたつかせ,かかとで被告人の腰の辺りを蹴った。被告人は,Aの足を押さえてもAが蹴るのをやめなかったため,Aの肩胛骨の下辺りにまたがって座り直した。 Aは,なおも,両手を床について,腕立て伏せのような体勢で腕を突っ張って,上体を起こそうとした。被告人は,Aを起き上がらせないよ のをやめなかったため,Aの肩胛骨の下辺りにまたがって座り直した。 Aは,なおも,両手を床について,腕立て伏せのような体勢で腕を突っ張って,上体を起こそうとした。被告人は,Aを起き上がらせないように,Aの右手を手で払った。Aは,手の支えが外れると体勢が崩れてうつ伏せになったが,すぐにまた腕を突っ張って起き上がろうとしたので,被告人はAの手を払ったり,Aの首の後ろの辺りを手で押さえて,Aの顔面をじゅうたんに押しつけた。被告人とAは,これらの動作を10 回ほど繰り返した。 2 上記の後,さらに,被告人がAの後頸部を押さえつけていたのか,被告人がAの後頸部を押さえつけていたとき,Aの鼻と口は塞がっていたかには争いがある。そこ で,まず,Aの鼻と口は塞がっていたのかを,Aの死因との関連で検討する。 (1) Aの死体解剖をしたB医師の公判供述及び解剖時のAの遺体の写真(甲20)によれば,(ア)Aには鬱血性急死の所見があり,(イ)鬱血性急死には,窒息死,酸素欠乏性窒息,心臓性突然死が含まれるが,本件でAの周りの酸素濃度が低下していた事情はないから,酸素欠乏性窒息の可能性はなく,(ウ)Aの肝機能検査や腎機能検査を行ない,摘出した臓器の病変の有無を確認しても,心臓性突然死を示す積極的な所見はなかったことが認められる。これらの事実から,Aの死因は,窒息である可能性が相当程度高い。 加えて,B医師は,(エ)Aの遺体には結膜に程度の強い溢血があるが,それは,顔面の鬱血を強く示すものであり,心臓性突然死よりも窒息死を示唆する所見であること,(オ)喉頭粘膜に溢血点や粘膜下出血が見られるが,これは頸部圧迫による窒息や喉頭部に何か圧力が加わった可能性を示す所見であり,B医師の経験では,これほど喉頭粘膜に溢血点等が見られる心臓性突然死の事例はないことから に溢血点や粘膜下出血が見られるが,これは頸部圧迫による窒息や喉頭部に何か圧力が加わった可能性を示す所見であり,B医師の経験では,これほど喉頭粘膜に溢血点等が見られる心臓性突然死の事例はないことから,Aは窒息により死亡した可能性が高いと供述する。B医師は,平成15年以降,1000件以上の死体解剖に立ち会い,405体の死体については,自ら執刀して鑑定書を作成しており,立ち会った解剖の約1割は死因が純粋に窒息死であったというのであるから,そのような豊富な経験に基づく同人の上記供述は信用性が高い。そうすると,Aが窒息により死亡した可能性はより高度であるといえる。 (2) さらに,被告人は,捜査段階においては,Aが強い抵抗をしなくなった後に,被告人がAの後頸部を押さえていた状態について,再現写真のとおりであると供述しているところ(9月21日付検察官調書乙2),同再現写真によれば,Aの顔は真下を向き,鼻と口が床に押しつけられた状態となっている。そこで,以下,この被告人供述の信用性を判断する。 被告人は,捜査段階においても,Aの後頸部から手を離した後の被告人及びAの体勢に関して,自分の体勢を変えたことは供述しているが,Aの顔の向きが変わるような行動については一切供述していない。公判段階においては,Aの後頸部から手を離 すときのAの顔の向きが捜査段階の供述とは異なるという前提ではあるが,Aの体を動かしてはいないと明言している(速記録37~38頁)。そうすると,被告人が手を離して以降,Aの体は,死斑が形成されるまでの相当な時間の間,動いていなかったと認められる。 ところで,Aの遺体の両頬には死斑があるのに,鼻には死斑がない。死斑は,血液が重力により遺体の下面に集まることにより形成されるところ,両頬に死斑が形成されたことは,Aは動かなくなっ 認められる。 ところで,Aの遺体の両頬には死斑があるのに,鼻には死斑がない。死斑は,血液が重力により遺体の下面に集まることにより形成されるところ,両頬に死斑が形成されたことは,Aは動かなくなったとき以降,顔を真下に向けていたことを示す所見である。鼻に死斑がないことは,同所が圧迫されていたと理解できる所見である。そして,被告人が,Aの後頸部から手を離した後,Aの体は動いていないと認められることを併せ考えると,この死斑についての所見は,乙2のAの顔の向きに関する被告人供述の信用性を高めるものである。 さらに,被告人のこの点の供述の経緯をみると,被告人は,本件の翌々日である9月7日には,Aが頭を正面に向けて下のじゅうたんにつけた状態で「警察呼ぶぞ。」と言ったのが最後に聞いた言葉で,そう言ってから1分以内にAは動かなくなった旨を身振りを交えて供述し,その後,検察官が,Aが「警察呼ぶぞ。」と言った時の状態を身振りを交えて確認した時,検察官が顔を左向きにして下を向いたところ,被告人は検察官に対し,「正面ですね。」とAの顔が真下を向いていたと指示した(甲18,16時17分以下,時刻の表示は当該報告書添付のビデオの時刻を24時間制で示す。)。乙2が作成された同月21日も,途中からAの手を払わなくなったのかという検察官の質問に対して,被告人は,真下を向く動作をしてAの顔の向きを説明し(甲19,11時25分),Aの状態を問う検察官の質問に対しても,被告人は「下になってます。」と答え,再度真下を向く動作をしてAの顔の向きを説明している(甲15,14時37分)。このように,被告人は,一貫して,自ら,Aの顔の向きが真下であった旨説明していた。 以上から,乙2における被告人供述のうち,Aの顔が真下を向いた状態であったという部分は信用できる。 被告人は 。このように,被告人は,一貫して,自ら,Aの顔の向きが真下であった旨説明していた。 以上から,乙2における被告人供述のうち,Aの顔が真下を向いた状態であったという部分は信用できる。 被告人は,公判廷においては,「Aが強い抵抗をしなくなった際,Aの顔は左頬を 床につけて右を向いていた。被告人が最後にAの手を払った後,Aは顔を右に向けて,『警察呼ぶぞ。』と言い,その後身動きしなくなった。その際,一瞬だけAの目が見えた。被告人が最後にAの手を払って以降は被告人はAの首を押さえたことはない。」旨供述する。しかし,同供述どおりだとすると,Aの左頬には死斑が形成されず,逆に,鼻にもある程度の死斑が形成される可能性が高いところ,それが遺体の状況と異なることは前述のとおりである。また,上記のとおり,被告人は,検察官に対しては,一貫してAの顔の向きが真下であったと説明していたことにも反する。被告人の公判供述は,これらの点に照らし信用できない。 被告人の父であるCは,公判廷において,帰宅してAを見た際,Aの顔が右の方を向いていた旨供述するが,捜査段階の供述から変遷している上,Aの死斑の状態にそぐわない点は被告人の公判供述と同様であるから,信用できない。 (3) そうすると,Aの遺体の状況のみからしても,Aの死因は窒息である可能性が相当程度高い上,体重約90kgの被告人がAの肩胛骨の下辺りに馬乗りになって胸腹部を圧迫し,さらに,Aの顔が真下を向くようにして後頸部を押さえつけることにより,Aの口と鼻が毛足の長いじゅうたんに押しつけられていたと認められるのであるから,Aの死因は,Aの背部に馬乗りになり,その後頸部を手で押さえる暴行を加え,Aの胸腹部及び顔面を床面に圧迫させた被告人の行為による窒息であると認定できる。 なお,弁護人は,心臓性突然死 であるから,Aの死因は,Aの背部に馬乗りになり,その後頸部を手で押さえる暴行を加え,Aの胸腹部及び顔面を床面に圧迫させた被告人の行為による窒息であると認定できる。 なお,弁護人は,心臓性突然死の一つである致死性不整脈は解剖でも所見を得ることができないとして,本件でも,致死性不整脈によりAが死亡した可能性があると主張するが,上記の点に照らすと,それは抽象的可能性に過ぎず,合理的疑いを形成するものではない。 3 次に,被告人が,Aが抵抗しなくなった後もAの後頸部を押さえつけていたかどうかについて判断する。 (1) 上記のとおり,Aは被告人の行為により窒息死したことからすれば,Aが窒息死するに足るある程度の時間,被告人がAの後頸部を押さえ,それによりAの鼻と口が塞がっていたと推認できる。被告人は,公判廷においては,「Aが腕立て伏せのよう に腕を突っ張り,それを自分が払うという行為を繰り返しているときに,Aの首を押さえたことはあるが,Aが腕を突っ張らなくなった後は,Aの首を押さえたことはない。最後に,Aの顔は右を向いていた。」旨供述する。しかしながら,Aの顔が右を向いていたと認められないことは前述のとおりであるし,ある程度の時間,被告人がAの首を押さえ続けないとAは窒息死しないことに照らしても,被告人の公判供述は信用できない。 もっとも,鼻と口を塞がれたAは,当然,気を失うまでの間は抵抗をしているであろうから,Aが窒息死するに足るある程度の時間,被告人がAの後頸部を押さえていたとしても,そのことから,直ちに,Aが抵抗しなくなった後にも相当の時間,被告人がAの後頸部を押さえていたと認めることはできない。そして,他にAが抵抗しなくなった後も被告人が相当の時間,Aの後頸部を押さえつけていたことを示す客観的な証拠はない。この点に関する証 の時間,被告人がAの後頸部を押さえていたと認めることはできない。そして,他にAが抵抗しなくなった後も被告人が相当の時間,Aの後頸部を押さえつけていたことを示す客観的な証拠はない。この点に関する証拠は被告人の供述しかない。 この点,被告人は,捜査段階においては,「被告人がAの背中に馬乗りになってからの最初の10分間は,Aは,起き上がろうとして,腕を突っ張らせるなど,強く抵抗していた。Aは,だんだん抵抗する力が弱くなっていったが,被告人はAの背中に馬乗りになったまま,Aの後頸部を押さえていたところ,Aは,10分位すると完全に動かなくなった。被告人は,興奮していたため,さらに10分間くらい,Aの背中にまたがったまま,Aの後頸部を力強く押さえ続けていた。」旨供述している(乙2)。 そこで,この被告人供述の信用性について検討する。 (2) この点に関する被告人の供述経緯を見ると,まず,被告人は,本件の翌々日である9月7日には,前述のとおり,「Aが『警察呼ぶぞ。』と言ってから1分も経たないうちにAは抵抗しなくなり,Aは体力なくなったんだなと思って,自分は座り直したと思う。」旨供述し(甲18,16時16分~19分),同日作成された検察官調書には,Aが動かなくなった後にもAの後頸部を押さえていたとの内容は記載されていないと認められる(乙7)。乙2が作成された同月21日の取調べでは,Aの強い抵抗がなくなった後の状況について,検察官に最初に説明した際,「で,僕が気がついたら弟が動かなくな ったんで,あの,首に手あったんで,ちょっと動かなくなったんでよけたんですね。」と供述したり(甲19,11時23分),Aの抵抗がずっと続いていたのかという検察官の質問に対して,「あのバタバタしてるっていうか,だんだん弱くなってると思うんですよね。体力使ってるか たんですね。」と供述したり(甲19,11時23分),Aの抵抗がずっと続いていたのかという検察官の質問に対して,「あのバタバタしてるっていうか,だんだん弱くなってると思うんですよね。体力使ってるから。僕気がつかなかったんですけど。で,動かなくなったんで,あの,手離したんですけど。」と供述している(甲19,11時24分)。このように,被告人は,当初,気がついたらAが動かなくなっていたので,後頸部から手を離した旨供述している。 その後,検察官が,被告人に対し,Aの手を途中から払わなくなったのかを確認した上で,Aが動かない状態でも首を押さえていたのか質問したところ,被告人は「そうですね。」と答え,「わかんないですけど,ちょっと興奮してたんで,興奮冷めるまで押さえてました。」と供述し,検察官からどのくらいの時間か質問されると,被告人は「わかんないですけど。ちょっと,10分だと思うんですけど。」と供述して(甲19,11時26分),被告人は,Aが動かなくなってからも10分間,Aの後頸部を押さえていた旨供述を変遷させている。 また,検察官が,被告人に対し,Aが抵抗していた後の状況について質問したところ,被告人は,「首押さえてて,興奮冷めるまでが10分だと思います。」と供述している(以下,すべて甲15,14時35分)。さらに,検察官が,被告人に対し,警察官調書では,Aが抵抗していた時点と動かなくなった時点の間に10分間あったことになっているが,いずれが正しいのか質問したところ,被告人は,「そうですね,ええと,暴れてるので,押さえてるのが10分で,押さえて力が,あの,動かなくなったのが10分で,で,僕が興奮冷めるのが10分だと思います。」と供述を変遷させている(14時36分~37分)。 しかし,検察官が,再度この点を確認したところ,被告人は,「 力が,あの,動かなくなったのが10分で,で,僕が興奮冷めるのが10分だと思います。」と供述を変遷させている(14時36分~37分)。 しかし,検察官が,再度この点を確認したところ,被告人は,「動かなくなった後,手離したのは覚えてるんですけど。その後,10分押さえてたか,すぐ離したか,ちょっと覚えてないんですけど。あの,Aが,暴れてて10分で,だんだん力が弱くなって10分で,あの,動かなくなったので手離したのか,まだ興奮してるので10分ぐらい押 さえてるのがちょっとわかんないです。」と供述し(14時39分),検察官が,被告人の記憶としてはどうなのか質問したところ,被告人は,「えーと,でも興奮してたので。 でも力が弱くなったから手離したのは覚えてんですよね。」と供述し(14時40分),検察官が,Aが動かなくなってから興奮が冷めるまでの時間を聞くと,「それが10分かかったのか,えーと,Aが動かなくなって興奮冷めたのかがちょっと覚えてないんですけど。そうですね,思い出さないと駄目なんですけど。でも,そうですね,動かなくなって離したのは覚えてんですけど。」と供述し(14時41分),当時興奮していたこと,動かなくなった後に手を離したのは覚えているが,さらに押さえていたのかは覚えていないと,またもや供述を変遷させている。そして,検察官から,検察官の言っていることが分かるかと質問されると,「動かなくなってから10分を思い出してくださいって言うことですよね。」と,Aが動かなくなってからの10分間を説明しなければならないと考えていたことを窺わせる供述をしている(14時47分)。 以上のような経過をたどり,最終的に,被告人は,「力が弱くなるまで10分だと思います。で,興奮が冷めるまで10分だと思います。」と供述し(14時57分),同内容の乙2が作 いる(14時47分)。 以上のような経過をたどり,最終的に,被告人は,「力が弱くなるまで10分だと思います。で,興奮が冷めるまで10分だと思います。」と供述し(14時57分),同内容の乙2が作成された。 以上の供述経緯に照らすと,乙2における被告人供述のうち,被告人がAの後頸部から手を離した際には,Aが身動きしない状態であった点や,当時被告人が興奮していたという大筋については,被告人の供述に変遷はなく,信用できる。しかし,Aの体の動きが完全に止まって以降もAの後頸部を10分間押さえていたとする点については,被告人は記憶していなかったが,検察官から具体的な質問がなされたり,警察官調書との食い違いについて問われた際に,質問に合わせる形で,Aが死亡するに至るには被告人がどのような行動をどの程度の時間行なったかを被告人なりにつじつまが合うように考えて供述をしたために,供述の変遷を繰り返した可能性が高く信用できない。 そうすると,他に証拠のない本件では,Aが抵抗しなくなった後にも相当の時間,被告人がAの後頸部を押さえていたとの事実を認定することはできない。 4 以上を前提に,正当防衛の成否を検討する。 (1) なお,上記認定によれば,Aの背部に馬乗りになり,その後頸部を手で押さえるという被告人の行為は,Aの抵抗が続いている間に開始され,Aが動かなくなった後もある程度の間継続していたと認められる。起訴状記載の公訴事実には,検察官がAが抵抗しなくなったと考えている午後8時10分頃以降の暴行しか記載されておらず,Aが動かなくなる前と後で,被告人の行為は2個の行為と評価すべきであるという第3回公判期日における検察官の釈明を併せ考えると,起訴検察官の意図は,Aが抵抗しなくなった後の被告人の行為についてのみ処罰を求めるものであると解される。 人の行為は2個の行為と評価すべきであるという第3回公判期日における検察官の釈明を併せ考えると,起訴検察官の意図は,Aが抵抗しなくなった後の被告人の行為についてのみ処罰を求めるものであると解される。しかし,Aの背部に馬乗りになり,その後頸部を手で押さえるという行為を,Aが動いているかどうかにより2つに分断することは,法的評価を離れ,社会的にみても,あまりに不自然である。したがって,本件では,Aの抵抗が続いている間から1個の行為があると扱うほかはない。その上で,検察官が1個の行為の一部のみを起訴することができるかどうかが問題となるが,そのような分断起訴を許すと,検察官が,Aの抵抗が続いている間のものを含めて起訴した場合には過剰防衛が成立する可能性があるのに,Aの抵抗が終わった後の部分だけを起訴すれば,正当防衛状況が終了しているとして,過剰防衛さえ成立し得ない可能性があることとなり,不合理である。したがって,このような場合には,検察官の訴追裁量権は働かないと解される。そうすると,分断できない行為を分断してなされた本件公訴提起には違法があるのではないかとの疑いも生じるが,起訴状の公訴事実には,1個の行為の一部しか明示していないとしても,行為が不可分である以上,1個の行為全体が審判の対象になると解すべきであり,そのように解しても,当事者の攻撃防御に問題が生じない場合には,公訴提起に違法があるとしても,その違法は,公訴棄却を要するものではないと解することができる。本件においては,正当防衛の成否が争点とされ,Aの抵抗が続いている間の馬乗り及び後頸部の押さえつけのみならず,それ以前の被告人及びAの行為も十分な攻撃防御の対象となっているので,当裁判所は,本件について公訴棄却はしない。 (2) 被告人がAの背部に馬乗りになり,その後頸部を押さえつける前の つけのみならず,それ以前の被告人及びAの行為も十分な攻撃防御の対象となっているので,当裁判所は,本件について公訴棄却はしない。 (2) 被告人がAの背部に馬乗りになり,その後頸部を押さえつける前のA及び被告人の行為は,1で認定したとおりである。その一連の事情,特に,(ア)本件当時,A は被告人よりも身長と体重が劣っていたが,Aの被告人に対する攻撃が相当の時間継続的に繰り返されたこと,(イ)被告人が体勢を崩してうつ伏せ状態になったAに馬乗りになった時点で,ある程度,被告人が優勢になっていたと認められるが,Aは,それ以降も,被告人を蹴ったり,起き上がろうとして相当程度抵抗していたこと,(ウ)本件の数か月前にもAがパイプ椅子で被告人を攻撃したことからすれば,Aが現実に抵抗を続けていた時点はいうまでもなく,Aが抵抗をやめた時点でも,直ちにAが被告人に対する攻撃を再開する可能性がなくなったとはいえないから,Aの抵抗が止んでからある程度の時間は,Aの被告人に対する急迫不正の侵害は継続していたと認められる。 そして,前記のとおり,被告人が,Aが抵抗しなくなった後,相当の時間Aを押さえつけていたとは認められないから,急迫不正の侵害が止んでからも,被告人がAの後頸部を押さえ続けたという事実は認められない。 次に,本件当日,Aは,被告人に対して,2回殴りかかり,肩をつかみ,背負い投げをするといった攻撃をしたのに対し,被告人がした反撃行為は,Aの肩をつかみ,1回殴り,たまたま,背負い投げに失敗して倒れたAの上になったことからAの背部に馬乗りになり,Aが起き上がるのを防ぐために,Aの手を払って後頸部を押さえたというものであり,反撃行為を全体的に見るとAの攻撃に対する防衛行為として相当性を欠くようなものは認められない。Aの背部に馬乗りになり後頸部 が起き上がるのを防ぐために,Aの手を払って後頸部を押さえたというものであり,反撃行為を全体的に見るとAの攻撃に対する防衛行為として相当性を欠くようなものは認められない。Aの背部に馬乗りになり後頸部を押さえつけた行為は,客観的にみると,Aの鼻と口を塞いでAを窒息させる行為であり,危険性が高い行為であるが,それは,Aが起き上がるのを防ぐために防御的になされたものであり,Aの行動から離れて積極的に攻撃をしたというものでもない。また,顔面を下に向けて後頸部を押さえつけたからといって,鼻と口の双方が塞がり呼吸ができなくなるとは限らない上,被告人がことさらにそのようになることを意図していたとの証拠もないから,不注意であったことは否めないにしても,本件当時,偶々Aの鼻と口の双方が塞がったことが,当時の被告人の防衛行為の相当性を失わせるものではない。 被告人に防衛の意思が認められることは明白である。 したがって,本件当時,被告人がAに対して加えた暴行は,Aの攻撃から被告人の身体を守るためやむを得ずにした行為であると認められるから,被告人には正当防衛が成立する。 5 よって,被告人の行為は,刑法36条1項に該当し,正当防衛行為として罪にならないものであるから,刑事訴訟法336条前段により,被告人に対し,無罪を言い渡すこととし,主文のとおり判決する。 (裁判員裁判,検察官森中尚志,同鎌田航,弁護人菅野亮,笹森学各出席)(求刑懲役4 年)平成25 年10 月11 日札幌地方裁判所刑事第3 部 裁判長裁判官加藤学 裁判官三宅康弘 裁判官瀬戸麻未 学 裁判官三宅康弘 裁判官瀬戸麻未

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