平成19(わ)276 殺人

裁判年月日・裁判所
平成19年10月22日 松山地方裁判所
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判決文本文6,037 文字)

- 1 -平成19年10月22日宣告平成19年(わ)第276号殺人被告事件判決要旨主文被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中60日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成19年5月14日午前零時ころ,愛媛県a市b丁目c番d号所在の被告人方4階において,実母であるV(当時89歳)に対し,殺意をもって,所携の腰ひもを同女の頚部に巻き付けて強く絞めつけ,よって,そのころ,同所において,同女を絞頚による窒息により死亡させて殺害したものである。 (証拠の標目)省略(法令の適用)被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中60日をその刑に算入し(本件は公判前整理手続に付されているところ,同手続における未決勾留日数の算入について,公訴提起から第1回公判前整理手続期日までを21日,各公判前整理手続期日の間を7日,公判前整理手続の終結から第1回公判期日までを42日(ただし,裁判員制度対象外の事件及び制度施行前の同制度対象事件は21日,各公判期日間は,連日的開廷を前提として1日を審理に必要な)合理的期間とし,実際に要した日数がこれらを下回る場合はその実日数を用い,これらの合計を起訴後の未決勾留日数から控除するなどして算定することとしてい- 2 -る,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間そ。)の刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。なお,押収してある腰ひも(平成19年押第4号の1)は この裁判が確定した日から5年間そ。)の刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。なお,押収してある腰ひも(平成19年押第4号の1)は,判示の犯罪行為の用に供された物であるが,関係証拠からは,犯人である被告人以外の者に属しないとはいえないので,没収できないと判断した。 (弁護人の主張に対する判断) 弁護人は,被告人は犯行当時,実母であるV(以下「被害者」という)及び。 夫であるAの介護による疲労の蓄積や多額の借財による心労などからうつ状態となっていたところに,被告人自身の健康状態の悪化から極度に精神的に困惑し,圧迫された状態に置かれたものであり,犯行当時,是非善悪の弁識能力が残存していても,これに従って行動を制御する能力は著しく減退しており,心神耗弱の状態であった旨主張するので,以下検討する。 関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。 (1)被告人は,昭和15年に被害者の長女として出生し,昭和33年に被害者が経営していた運輸業(後に会社に組織変更)の従業員であったAと婚姻し,一男(B)一女(C)をもうけた。被告人は,生まれて今日までの67年間を被害者と同居して過ごしてきたところ,5年位前から被害者に認知症の症状が出るようになり,そのころから食事の世話などの身の回りの世話全般を被告人が一人で行うようになった。Aは,船員として1年の大半を船上で過ごす生活を送っており,平成15年に船員の仕事を引退し,ようやく被告人とゆっくり過ごす時間を持てるようになった。 (2)ところが,平成19年2月19日にAが脳梗塞で倒れて入院し,意思疎通もままならない寝たきりの状態となった。被告人は,次第に認知症が進行し,はいかいや薬を大量に服用するなど目が離せなくなってきた被害者の介護に加え,入 年2月19日にAが脳梗塞で倒れて入院し,意思疎通もままならない寝たきりの状態となった。被告人は,次第に認知症が進行し,はいかいや薬を大量に服用するなど目が離せなくなってきた被害者の介護に加え,入院しているAの介護をすることとなり,被害者の食事の準備や洗濯等の家事をこなした後,Aが入院している病院へ行き,また自宅に戻って被害者の- 3 -食事の準備をするというような,自宅と病院とを往復する二重の介護生活を強いられることとなった。また,そのころ,家業の運輸会社でできた借金が1億,,3000万円余りあることを知り自宅を任意売却する話も出るなどしていてそれまで比較的余裕のある暮らしをしてきた被告人にとっては悩みの種となっていた。被告人は,元来体が丈夫な方ではなく,過去に卵巣摘出等の手術を何度か経験しており,腰痛や高血圧の持病も抱えていた。それでも被告人は,Aが倒れるまでは,被害者の介護に追われながらも,家でAとともに過ごす時間が多くなったことに喜びを見出していたが,Aが病院に入院してからは,被害者と二人だけの生活となり,孤独感を募らせ,被害者の世話が大変だ,夫の病気は回復の見込みがない,自分自身の体調も芳しくない,家業でできた借金も多い,これから生きていても楽しみがないなどといった悲観的なことばかりを考えるようになり,不眠がちで,食欲不振となり,体重は急激に10キロ余り減少した。被告人は,元来社交的で非常に朗らかな性格であったが,同年4月ころからは,人に会うこともおっくうになり,子供らからの電話にも出なくなり,自殺を漠然と考えるようになって,周りの者に死ぬことをほのめかしてたしなめられることもあった。 (3)そして,被告人は,同年5月13日,朝から目のかすみを感じ,昼ころには目まいがして足もふらつくようになったことから,Aが脳梗塞で倒 周りの者に死ぬことをほのめかしてたしなめられることもあった。 (3)そして,被告人は,同年5月13日,朝から目のかすみを感じ,昼ころには目まいがして足もふらつくようになったことから,Aが脳梗塞で倒れる前の症状に似ている,自分も脳梗塞ではないかと考え,救急車を呼び,病院で診察を受けた。医師からは,脳動脈瘤の疑いがあり,専門医の診察を受けるためもう一度病院に来るようにと言われた。被告人は,帰宅後,自宅に様子を伺いに来ていた子供らが帰り,被害者を寝かしつけた後,一人で過ごすうちに,手術を受けなければならない,Aと同じように寝たきりの状態になるのではないか,これ以上生きていても仕方がないと思い詰め,ついに自殺を決意した。そうしたところ,被告人は,自殺した後の被害者の介護について思いを致し,被害者は認知症であり,娘のCとは折り合いが良くない,Bも家庭があり頼ることは- 4 -できない,自分が自殺した後は被害者を世話する者がいなくなる,被害者を一人で残して死ぬことはできないなどと考え,この際,被害者を殺害し,自分も死のうと決意した。 (4)被告人は,まず,被害者と被告人の遺体を早期に発見してもらうために,犯行直前に親しくしていた知人に電話をし,翌朝8時30分に被告人方に来るよう依頼するとともに,居宅内に立ち入ることができるよう自宅の玄関の鍵を開けたままにし,発見後の連絡先としてBやCの電話番号等を記載したメモを机上に残した。また,Bらに宛てて「母も認知症がひどくなり私自身も病気で,主人も入院しておりつかれました宜しくお願い致します」と記載した遺書も書き残したそして被告人は深夜零時ころ就寝中の被害者に近づき一。 ,,,,「緒に死んでや「ばあちゃんごめん」などと声をかけて頚部に腰ひもを巻。」,。 き付け,強く絞め上げて窒 書き残したそして被告人は深夜零時ころ就寝中の被害者に近づき一。 ,,,,「緒に死んでや「ばあちゃんごめん」などと声をかけて頚部に腰ひもを巻。」,。 き付け,強く絞め上げて窒息させて殺害した。その後,被告人は,台所から包丁を取り出して風呂場に行き,包丁で自己の腹部などを突き刺し,自殺を図ったが,その後知人に発見され,救助された。 (5)被告人はこれまでに精神科等を受診したことはなく,精神疾患にり患してい。 ,,た形跡は認められない捜査段階で被告人の精神診断をした医師は被告人は本件犯行時は軽度のうつ状態であったとの診断を下している。 上記被告人の犯行前後の一連の行動は,被害者の殺害と自殺に向けて合目的的になされたといえるのであって,特段不可解な点は見当たらない。また,被害者の殺害を決意した理由についても,認知症の被害者の介護を子供らに任せると面倒をかけることになるのでできない,被告人が自殺した後は,被害者の世話をする者がいないなどと考えたというのであり,後に述べるとおり,その判断の是非や評価はともかく,殺害動機としては了解可能なものである。 被告人は,被害者やAの介護を一手に引き受けていたことなどから,うつ状態にあったところに,自分自身の病気の疑いが生じ,精神的に追い詰められていたのであって,正常な判断力が相当程度低下していたことは認められるものの,犯- 5 -行を決意するに至った経緯や動機自体は了解可能なものであり,被害者の殺害と自殺を遂行するために比較的統制のとれた行動をとっていることにかんがみれば,被告人は,犯行当時,行為の是非善悪を弁識し,これに従って行動する能力をなお保持していたものと認められ,その能力が著しく減退していたとは認められない。 したがって,被告人は,本件犯行当時,心神耗弱の状態にあった 行当時,行為の是非善悪を弁識し,これに従って行動する能力をなお保持していたものと認められ,その能力が著しく減退していたとは認められない。 したがって,被告人は,本件犯行当時,心神耗弱の状態にあったとは認められないので,弁護人の主張は採用しない。 (量刑の理由) 本件は,被告人が,殺意をもって実母である被害者の頚部を腰ひもで強く絞めつけて窒息死させたという事案である。 被害者は,就寝しているところを突然,長年寝食をともにし,全幅の信頼を寄せていた実の娘によりその余命を絶たれるという予想外の最期を迎えたのであって,そのこと自体,誠に悲惨な結末であり,生じた結果は重大である。犯行態様は,就寝している被害者の頚部に腰ひもを巻いて強く絞めつけるというもので,無抵抗の被害者に対する慈悲のない行為であって,犯行実現に向けた意思の強さもみてとれるものである。 客観的にみると,被告人には,実弟や子供ら身近な親族がおり,日頃から交流,,もあったのであるから当時自らが抱えていた問題をこれらの者に率直に相談し頼るべきところは頼るべきであったと思われるものの,誰にも相談せず,問題を一人で抱え込んでしまい,結果的に最悪の選択をしてしまった点は,厳しい非難に値する。 以上の事情からすれば,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。 他方で,前記のとおり,同居していた被害者が5年位前から認知症になり,次第にその症状が進行し,はいかいや薬を大量に服用するなど介護に負担がかかる状態になっていたところに,仕事を引退し,ようやく二人での時間を過ごせるようになった伴侶が突如病に倒れて入院し,その介護までも一手に引き受けなけれ- 6 -ばならなくなり,借金問題や自らの健康面での不安も重なって,心身が著しく疲弊したであろうことは想像に難くなく,このことは,体重が急激 如病に倒れて入院し,その介護までも一手に引き受けなけれ- 6 -ばならなくなり,借金問題や自らの健康面での不安も重なって,心身が著しく疲弊したであろうことは想像に難くなく,このことは,体重が急激かつ大幅に減少したことや,元来明るく朗らかな性格であった被告人が,急にふさぎ込むようになり,周囲との接触を嫌い,自殺までほのめかすようになったことからも十分認められるところである。最終的には犯行前日にめまいがするなどして医師の診察を受け,脳動脈瘤が疑われて再度診察に来るよう言われたことから,手術を受けなければならない,自分も寝たきりになるなどと考え,将来への希望も生き甲斐もなくなり,一種の思考停止状態に陥り,自らの命を絶つという決断をしたのである。もとより,そのこと自体決して支持できるものではないが,自殺を決意するまで思い詰めたその心情は十分理解できるところである。 そして,被害者を殺害する決意をしたことについても,確かに客観的にはいわゆる万策尽きたという状況ではなく,親族からの然るべき援助を得て難局を乗り切ることは可能であったが,被告人の置かれた立場や境遇,その言動等からうかがわれる性格に照らし,子供たちに迷惑をかけるわけにはいかない,89歳にもなる被害者を後に残しては死ねないと考えたこと自体,うつ状態で判断力が一定程度低下していたことをも併せ考えると,その心情を全く理解できないわけではない。命を奪われることにより被害者が感じる辛さや悲しみ,無念さをこの世で最もよく理解しているのは,生後67年間,被害者と離れることなく人生の苦楽をともに過ごし,その晩年を介護して支え続けた被告人であって,殺害を決意した判断が誤りであったことは疑いないものの,これを自分勝手であるとか,利己的であるという理由で非難することは的を射ていない。 また,本件犯行は,前 晩年を介護して支え続けた被告人であって,殺害を決意した判断が誤りであったことは疑いないものの,これを自分勝手であるとか,利己的であるという理由で非難することは的を射ていない。 また,本件犯行は,前記のとおり,知人に遺体を発見してもらうよう連絡したり,遺書をしたためた上で殺害を実行するなど,その一連の行動は合目的的になされているが,殺害の決意自体は,深夜一人で思い悩むうちに衝動的になされたものであって,いわゆる周到な計画に基づく殺害事案とは異なる。 これらに加え,被告人が本件犯行を捜査段階から一貫して認めていること,被- 7 -害者に対し心から詫びたいと述べるなど,終始反省の態度を示していること,被害者の遺族でもある被告人の実弟,長男夫婦及び長女がいずれも被告人に対し寛大な処分を望んでいること,これまで犯罪とは無縁の生活を送ってきたこと,被告人は現在67歳の高齢であり,病身の夫を介護すべき立場にもあり,被告人もそのことについて前向きに考えていることなど,被告人のために斟酌すべき事情を総合考慮すれば,被告人を実刑に処することにはちゅうちょを覚えざるを得ない。 よって,被告人に対し,主文の刑を科した上,その刑の執行を猶予し,その余生を被害者への供養としょく罪等に充てさせることが相当と判断した。 (求刑・懲役8年,腰ひも1本の没収)平成19年10月22日松山地方裁判所刑事部村越一浩裁判長裁判官西前征志裁判官渡辺健一裁判官

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