主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告Aに対し,1320万円及びこれに対する平成31年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告Bに対し,660万円及びこれに対する平成31年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は,原告Cに対し,818万2301円及びこれに対する平成 31年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,被告の経営する介護老人保健施設に入所していたDの相続人である原告らが,Dは同施設の職員らの注意義務違反により食物を誤嚥して窒息し死亡したと主張して,不法行為(使用者責任)又は入所利用契 約上の債務不履行に基づき,損害賠償を求める事案である。 2 前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨から容易に認められる事実)(1) 当事者等ア原告Aは,D(昭和▲年▲月▲日生まれ,平成▲年▲月▲日死亡。 死亡当時80歳)の妻であり,原告B及び原告Cは,Dと原告Aの間の子である(甲1の1ないし5)。 イ被告は,介護老人保健施設等を経営する医療法人であり,岐阜県高山市内で介護老人保健施設(名称「E」。以下「本件施設」という。)を経営している(甲2)。 ウ F及びGは,本件施設において介助業務等に従事している被告の従 業員である。 (2) 本件施設への入所Dは,平成29年4月18日,被告との間で,本件施設から提供される介護老人保健施設サービスを受け,それ おいて介助業務等に従事している被告の従 業員である。 (2) 本件施設への入所Dは,平成29年4月18日,被告との間で,本件施設から提供される介護老人保健施設サービスを受け,それに対する利用料金を支払う旨の入所利用契約(以下「本件契約」という。)を締結し,同日,本件施設に入所 した(甲3,4)。 本件施設入所時,Dは,高血糖(2型糖尿病),高血圧で,中等度ないし高度の認知症(アルツハイマー型認知症)であり,要介護3と認定されていたが,同年5月17日には,要介護4に認定変更された(甲7)。 (3) 持病の治療 Dは,血糖管理のため,平成29年5月25日,H病院に入院した(甲10)。 Dは,入院後,同月29日から発熱し,精査の結果,誤嚥性肺炎と診断され,その治療を受けたほか,低ナトリウム血症の進行が認められて抗利尿ホルモン不適切分泌症候群と診断され,その治療も受けた(甲9,10)。 Dは,同年6月28日,H病院を退院し,本件施設に戻った。 (4) Dの死亡ア平成▲年▲月▲日午後5時5分頃,Dは,本件施設の2階東デイルームにおいて車いすに座って夕食を開始し,午後5時20分頃,完食した(乙3)。Dの食事介助を担当したのはFである。当時,同デイルームには, 他に4名の利用者とGがいた。 イ Dが夕食を完食して間もない同日午後5時30分頃,本件施設の職員らは,Dが意識喪失状態にあることに気付き,Dを本件施設2階サービスステーションの前まで運んで,Dに対し,心臓マッサージと吸引を継続しつつ,午後5時43分頃,救急要請をした(甲20,乙3)。 午後5時47分頃,高山消防署所属の救急隊が本件施設に到着したが, そのときDは既に心肺停止状態にあり,救急隊により,直ち つつ,午後5時43分頃,救急要請をした(甲20,乙3)。 午後5時47分頃,高山消防署所属の救急隊が本件施設に到着したが, そのときDは既に心肺停止状態にあり,救急隊により,直ちにH病院に搬送されたものの(病院到着は午後6時5分),午後6時39分頃,同病院において,Dの死亡が確認された(甲11,20,乙3)。 (5) 死亡診断書H病院の医師が作成したDの死亡診断書(甲11)には,病名「気道内 異物による窒息」と記載され,「来院時,対光反射なく瞳孔散大,自発呼吸なし,心電図波形はPEAの状態であった。ノルアドレナリン投与を行いつつCPR継続。蘇生活動を行いつつ当院緊急入院とし,画像検査・採血検査を施行。気道内異物及び気管内液貯留を確認し,気道内異物による窒息であると診断。その他所見としては,両側肺野浸潤影(慢性誤嚥疑い), 腸管内ガス貯留像あり。低酸素状態の継続が長く,アドレナリン投与による心拍の再開も確認できなかった」と付記されている。 3 医学的知見等(1) 急性窒息(甲25)気道閉塞等による酸素供給の遮断が完全に近い場合,多くの場合数分か ら10分で死に至る(急性窒息)。 急性窒息は,気道閉塞後,体内に備蓄された酸素を利用して無症状のまま経過する無症状期(通常1分以内),吸気性呼吸困難(息を吸うとき(吸気時)に出現する呼吸困難)から呼気性呼吸困難(息を吐くとき(呼気時)に出現する呼吸困難)に移行する呼吸困難期(2分から数分間),呼吸数が 徐々に減少する無呼吸期(2分程度),深くゆっくりした呼吸が数回行われ,その間隔が長くなって呼吸停止に至る終末呼吸期(持続は1分程度であるが,呼吸停止後,その後完全な心停止に至るまではなお数分ないし数十分を要する)という経過をたどる 深くゆっくりした呼吸が数回行われ,その間隔が長くなって呼吸停止に至る終末呼吸期(持続は1分程度であるが,呼吸停止後,その後完全な心停止に至るまではなお数分ないし数十分を要する)という経過をたどる。 急性窒息の際にみられる症状は,無酸素又は高二酸化炭素血症による中 枢神経症状が主体であり,吸気性呼吸困難期には心拍数,血圧の上昇が必 発であり,チアノーゼも見られ,呼気性呼吸困難期には脳血流中の無酸素又は高二酸化炭素血症により,痙攣・徐脈傾向が出現し意識消失に至る。 (2) 不顕性誤嚥(甲28)誤嚥には,咳やむせなどを伴う顕性誤嚥のほか,これらを伴わない不顕性誤嚥がある。身体機能が低下した高齢者は,神経麻痺や筋力の衰え,気 管の感覚機能の低下,嚥下反射の低下などの理由により,不顕性誤嚥を起こすことがある。 (3) 心筋梗塞(甲17ないし19,乙9ほか後掲)ア急性心筋梗塞は,冠動脈が急激に血栓で閉塞し,心筋組織が壊死に陥る病気である。一般に冠動脈の閉塞が30分以上になると,心筋虚血か ら壊死となり梗塞となる。重症な急性心筋梗塞の場合は心不全(あらゆる種類の心疾患において,病状が進展し,心機能が低下することにより全身の臓器組織に障害が波及している状態を指す一連の臨床症候群。甲14)やショック症状を呈することがあり,急性期死亡の50~60%が発作開始後1~2時間に死亡するといわれている。 心筋梗塞を含む虚血性心疾患において,高血糖は独立した危険因子とみなされており,糖尿病患者における心血管障害の頻度は約2倍となっている(乙8)。 イ心筋梗塞の所見(ア) 前胸骨部から左前胸部にかけて激しい胸痛とともに冷や汗,吐き 気,嘔吐等の臨床症状を伴うのが通常であるが,高齢者や糖尿病患者で 度は約2倍となっている(乙8)。 イ心筋梗塞の所見(ア) 前胸骨部から左前胸部にかけて激しい胸痛とともに冷や汗,吐き 気,嘔吐等の臨床症状を伴うのが通常であるが,高齢者や糖尿病患者では痛みに対する感受性が低下しており,胸痛を生じないこともある。 (イ) 心筋梗塞により心外膜側心筋まで強い虚血が生じると,虚血部の活動電位持続時間が短縮することにより再分極が虚血部から始まり健常部との電位差が生じるため,心電図上では,まずT波増高が起こり,さら に虚血が持続すると虚血部の静止電位と活動電位が低下するため,細胞外 電位差が生じ,STが上昇(上に凸型のST上昇)し,梗塞の進展に伴い発症後数時間から24時間以内に梗塞部誘導で異常Q波が出現し,ST上昇の軽快とともに数日後に冠性T波が出現する(甲32,乙25)。 (ウ) 心筋細胞の傷害により,細胞質内にあるCK(クレアチニンキナーゼ)や筋原線維を構成するトロポニンTが血中に遊出する。CKの遊出量 は,心筋梗塞発症後2ないし8時間で上昇し,トロポニンTの遊出量は,心筋梗塞発症後3ないし6時間で上昇するため,血液検査でこれらの量を測定することにより急性心筋梗塞の診断が可能である。また,白血球数も重症例ほど高くなり,発症後2ないし3時間後にはその上昇が確認される。 (エ) 人間の体内に血栓ができた場合,血栓を除去するためにプラスミ ンという酵素が血液凝固因子であるフィブリノゲンやフィブリンを溶解する(線溶現象)が,この線溶現象の際にFDPやDDダイマーが生成されるところ,FDPの値が40μg/ml以上になっている場合や,DDダイマーの値が5μ g/ml以上になっている場合には血栓症の可能性が挙げられており(甲31,乙11),これらも心筋梗塞発生の可能性を示 ころ,FDPの値が40μg/ml以上になっている場合や,DDダイマーの値が5μ g/ml以上になっている場合には血栓症の可能性が挙げられており(甲31,乙11),これらも心筋梗塞発生の可能性を示 す。 (4) PEA(甲34,35)心電図上は波形を認めるが,有効な心拍動がなく頸動脈など主要動脈で脈拍を触知できない状態を指すものであり,心停止(心臓の機能が停止した状態)の一種である。電気的には無活動に近い。 4 争点及びこれに関する当事者の主張(1) Dの死因は誤嚥による窒息か(原告らの主張)ア Dは,H病院医師の診断のとおり,窒息により死亡したものである。 食事中,むせを伴わない不顕性誤嚥を起こしたか,あるいは,むせや咳等 の生理的防護反射は起こったが,それは微細であり,Fら本件施設の職員 がこれを見逃したかして,そのまま意識を消失して窒息死したものと考えられる。 イ被告は,部分的な気道閉塞や,重篤又は完全な気道閉塞の場合の典型的な症状が,Dについて認められないことを指摘する。 しかしながら,これらは健常者の場合における窒息死の症例の一例を述 べたものにすぎず,中等度ないし高度の認知症(アルツハイマー型認知症)と診断され,要介護4と認定された高齢者(80歳)であるDの場合の症状と明確に区別して論ずべきである。特に,Dは,普段から呻く程度の声しか出すことができなかったのであり,平成29年5月29日,H病院において誤嚥性肺炎と診断され,入院治療を受けた後,本件施設においても, 著しい摂食・嚥下機能障害が確認されていたのであるから,Dがむせを伴わない無反応な不顕性誤嚥を起こしていたとしても何ら不思議ではない。 ウまた,Dについて窒息死の三大主徴である諸臓器のうっ血, 著しい摂食・嚥下機能障害が確認されていたのであるから,Dがむせを伴わない無反応な不顕性誤嚥を起こしていたとしても何ら不思議ではない。 ウまた,Dについて窒息死の三大主徴である諸臓器のうっ血,溢血点及び暗赤色流動性血液が確認されていないのは,本件においてはDに対して身体の解剖や瞼の裏側の診断が実施されていない以上当然の事態であ って,Dの死因が窒息であることを否定する事情たり得ない。 エ被告は,Dの死因は急性心筋梗塞による急性心不全である旨主張する。しかしながら,以下のとおり急性心筋梗塞の発症を示す具体的事実や客観的証拠はない。 (ア) Dにつき,① 胸部痛,② 心電図におけるT波増高,③ 血液中 の白血球数,CK及びトロポニンTの上昇等の急性心筋梗塞の発症を示す所見が認められない。 (イ) Dの死亡確認直前の血液検査データでは,血糖値,血中FDP及びDDダイマーが高値を示していたが,血糖値が高いことは,糖尿病患者であるDの食後血糖値として,あるいは,窒息による低酸素状態や心停止状 態に陥ったことによる侵襲性高血糖の発生として説明可能であり,FDP やDDダイマーの値が高いことは,Dの体内のどこかで血栓ができ,線溶現象が亢進している可能性を示すものにすぎない。 (ウ) Dは,それまで心不全や心筋梗塞であるとの診断を受けたことはなかった。Dが糖尿病患者であることは,糖尿病でない者と比べて将来虚血性心疾患になる危険性が高いということを意味するにすぎず,Dが死亡 直前に急性心筋梗塞を発症していたことを示すものではない。 (被告の主張)ア Dが食事の後に意識消失,心肺機能停止の状態に陥った原因は,食物を誤嚥した気道内異物による窒息ではなく,無痛性心筋梗塞による急性心不全である可能性が を示すものではない。 (被告の主張)ア Dが食事の後に意識消失,心肺機能停止の状態に陥った原因は,食物を誤嚥した気道内異物による窒息ではなく,無痛性心筋梗塞による急性心不全である可能性が高い。その理由は以下のとおりである。 イ(ア) いかなる食事形態であっても,誤嚥を100%防ぐことは不可能であるが,被告は,Dに対し,例え誤嚥したとしても,むせ込み等によって,誤嚥した食物を喀出可能な形状の食事(全粥等)を提供していた。 したがって,仮にDが食事中に誤嚥したとしても,気道内に食物が塊となり又は大量に流入して瞬時に重篤な気道閉塞になることはなく,部分的な 気道閉塞になるはずである。 部分的な気道閉塞を生じた場合,典型的な症状として,激しいむせと咳が生じ,呼吸困難となって顔面が紅潮し,時にチアノーゼ(紫色)になる。 しかしながら,Dは,食事中も食後もそのような症状を示すことはなかった。Dは,認知症であり,以前から食事の後半によくむせていたが,その 一方で,誤嚥性肺炎を頻回に発症するということはなかったこと等からすると,気道内の生理的防護反射機能(咽頭においては嚥下反射機能,気管においては咳嗽反射機能)は保たれていたのであり,Dが不顕性誤嚥を起こしていたとは考えられない。 (イ) 仮に,Dが重篤又は完全な気道閉塞を起こしていたならば,咳も出 ず声も出なくなり,手で首をつかむような形となったまま意識を失い,あ るいは急激に唇や顔面が紫色になる等の症状を呈するはずである。しかしながら,Dは,食後10分後に「開口したまま,頸部後屈。顔面蒼白,体脱力あり。瞳孔散大,応答なし」の状態で意識を消失しており,上記症状を呈していない。また,Dにおいて,急性窒息の際に顕著に現れる窒息死の三大主徴である諸臓器のう 開口したまま,頸部後屈。顔面蒼白,体脱力あり。瞳孔散大,応答なし」の状態で意識を消失しており,上記症状を呈していない。また,Dにおいて,急性窒息の際に顕著に現れる窒息死の三大主徴である諸臓器のうっ血,溢血点及び暗赤色流動性血液が確認さ れた形跡はない。 (ウ) 食後のDの口腔内や口元の回り,衣服などに,胃又は食道内の食物を嘔吐した痕跡はなく,口腔内にも食物が残存しておらず,誤嚥による気道内への異物の侵入はなかった。H病院で確認されたDの気道内異物及び気管内液貯留は,Dに対して行われた心臓マッサージによって食道内の食 物残渣物及び胃の内容物が逆流し,それらが気道内及び気管内に侵入したことによるものである。 ウ(ア) Dは,高血圧症及び2型糖尿病にり患していた。これらは,いずれも急性心筋梗塞発症の可能性を高める要因である。 Dの死亡確認直前の血中FDP,DDダイマーの数値は,いずれも高数 値であり,Dが心筋梗塞を発症していたことを示している。 (イ) 高齢者や糖尿病患者では痛みに対する感受性が低下しているので,典型的な胸痛を生じないこともあり,Dに胸部症状等の所見がなかったとしても無痛性心筋梗塞の症状を呈していたにすぎない。 また,心筋梗塞の場合に白血球数が上昇するのは発症後2ないし3時間 が経過した時点であり,CKが上昇するのは発症後4ないし6時間が経過した時点であるところ,原告が指摘する血液検査は心筋梗塞が発病してから約45分後に実施されたものであるから,かかる血液検査結果に異常がないからといって心筋梗塞を否定する根拠にはならない。 さらに,Dの心電図についても,PEA状態のもの及び心臓マッサージ 中のものであるから,その波形からその時点における正確な心臓の病態を 診断すること 塞を否定する根拠にはならない。 さらに,Dの心電図についても,PEA状態のもの及び心臓マッサージ 中のものであるから,その波形からその時点における正確な心臓の病態を 診断することはできない。また,T波の増高は心筋梗塞超急性期に常に出現するわけではなく,その形成には,時間的因子以外に中等度の虚血や反復する虚血発作が関与している可能性が示唆されており,Dには,中等度の虚血や反復する虚血発作が一切なかったのであるから,増高T波が認められないことは心筋梗塞を否定する事情ではない。 (ウ) 原告は,従前,Dが心不全や心筋梗塞と診断されていないことを指摘する。しかしながら,糖尿病患者や高齢者においては,無痛性心筋虚血が,狭心症,心筋梗塞の経験なしに起こり得るものである。Dの死因が急性心筋梗塞による急性心不全であるとしても医学的に矛盾はない。 (2) Dの死因が誤嚥による窒息であるとした場合,それにつき被告の 従業員であるFないしGに注意義務違反があったか。 (原告らの主張)ア予見可能性Dは中等度ないし高度の認知症(アルツハイマー型認知症)と診断され,要介護4と認定された高齢者(80歳)であり,H病院を退院する際,同 病院において,誤嚥性肺炎の診断を受けていた。本件施設の職員らはこれらの事実を認識していたのであるから,Dが,食事中に食物等を誤嚥し,窒息に至る危険があることを予見しており,少なくともこれを予見し得た。 イ注意義務の内容被告は,Dに対し,本件契約上,介護老人保健施設サービスの提供に当 たって,Dの生命の安全確保に配慮する義務を負っていた。 被告作成の「食事委員会マニュアル」(乙20)は,食事の際の留意点をまとめており,安定した体位(通常は90度座位。嚥下障害がある 当 たって,Dの生命の安全確保に配慮する義務を負っていた。 被告作成の「食事委員会マニュアル」(乙20)は,食事の際の留意点をまとめており,安定した体位(通常は90度座位。嚥下障害がある場合には体幹30度の仰臥位,頸部前屈姿勢。)をとること,食事中は,利用者の行動に注意し,全体を常に確認すること,食後は食物の逆流による誤嚥を 防ぐために,半座位又は右側臥位の体位をとること等を挙げている。 そうすると,Fら本件施設の職員らは以下の注意義務を負っていたといえる。 ① Dが嘔吐して吐しゃ物をのどに詰まらせることがないようにし,また,誤嚥したとしても即座に対応することができるよう,誤嚥しにくい姿勢で,ゆっくり少しずつ食事を食べさせる義務 ② 食事終了後,Dの口腔内に食べ物が残存していないか,清潔になっているかを確認する義務③ 食事終了後にDが頸部後屈になっていないかを見守り,確認する義務④ Dが食物等を誤嚥した場合に直ちに吐き出させる対応をする義務 ウ注意義務違反(ア) 被告作成の看護・介護記録(乙3)及び被告の主張によれば,Dは,平成▲年▲月▲日の午後5時5分頃に夕食を開始し,わずか5分の間に,食事の7割を自力で摂取している。咀嚼力が弱く,嚥下力も弱いDが,このような食事摂取の仕方をした場合,口腔内,喉頭内に食物を残存させ, あるいは,気道内に食物を誤嚥,滞留させた可能性が高い。そして,Fが,食事終了後のDの口腔内に食べ物が残存していないか,清潔になっているかの確認を怠った結果,Dは食物を誤嚥し,窒息死に至ったのであるから,Fは前記①及び②の注意義務に違反した。 (イ) 頸部後屈状態では喉頭部,食道が圧迫され,食物が気道に入る可能 性が高いところ,食事終了後のD Dは食物を誤嚥し,窒息死に至ったのであるから,Fは前記①及び②の注意義務に違反した。 (イ) 頸部後屈状態では喉頭部,食道が圧迫され,食物が気道に入る可能 性が高いところ,食事終了後のDは頸部後屈状態のまま放置されていた。 Fは,夕食摂取後のDの姿勢等を見守ることなく,Dのもとを離れており,Gは,Dが頸部後屈状態になっていることを認識しながら,その姿勢を正したり,体を揺すったりするような対応を取らなかった。したがって,F及びGは,前記③の注意義務に違反した。 被告は,夕食終了後は,GがDの見守りを行っていたと主張するが,G は,Dとは反対方向かつ一番遠方に位置していた利用者に向かって食事介助を行っていたため,Dの様子を常時見守ることは不可能であった。 (ウ) Gは,Dの異常に気付いた時点で直ちにDの脈をとり,呼吸を確認した上で食物の誤嚥を疑い,吐き出させたり,吸引行為をしたりしつつ,他の職員に連絡すべきであったのに,Gがとった対応はDに声をかけて, 反応がなかったのでFともう一人の職員に報告したというものであって,Gは前記④の注意義務に違反した。 (被告の主張)ア仮にDの死因が誤嚥による窒息であったとしても,以下のとおり本件施設の職員らに注意義務違反はなかった。 イ被告は,本件契約上,食事摂取時の姿勢・嚥下状態・摂取量・速度の確認,声かけ,見守り,咀嚼に時間をかけるよう促し,声をかけるという義務を負っていたところ,本件施設の職員は,Dに対し,食事を見守り席で摂取させ,食事の管理を行い,食事中の見守り,食事摂取・水分量のチェック等を行っており,Dの死亡当日の夕食の際にも上記義務を履行し ていた。 ウ Dの食事は,糖尿病食及び心臓病貧血食であり,1日分の摂取カロリー(14 食事中の見守り,食事摂取・水分量のチェック等を行っており,Dの死亡当日の夕食の際にも上記義務を履行し ていた。 ウ Dの食事は,糖尿病食及び心臓病貧血食であり,1日分の摂取カロリー(1440キロカロリー)の約3分の1に相当する量をトロミ食にしたものであったことからすれば,Dが5分間でその7割程度を自力摂取したとしても早すぎるというものでもない。Fは,Dの摂取量を確認しなが ら,咀嚼に時間をかけるように促し,ゆっくり少しずつ摂取するように声かけを行っていた。 エ Fは,夕食完食後にDの口腔内に食物が残存していないことを確認している。 オ Dは,夕食完食直後,斜め上方を見ている程度の姿勢だったのであ って,頸部後屈状態ではなかった。頸部後屈状態になっていたのは,その 5分後である。被告の従業員は,万が一Dが誤嚥をして窒息の兆候を示した場合には,直ちに吐き出させたりすることを心掛けていたが,Dの誤嚥は不顕性誤嚥であって,急性窒息を示すような症状も現れなかったことから,Gらにおいて,誤嚥及び窒息の発生を察知して適切な対応をとることは不可能であった。したがって,被告の従業員が,食事終了後にDが頸部 後屈になっていないかを見守り,確認する義務や,Dが誤嚥した場合に直ちに吐き出させる対応をする義務に違反したとはいえない。 (3) 損害の発生及び損害額(原告らの主張)ア原告Aについて (ア) 死亡慰謝料 1200万円Dは,死亡当時80歳であり,本件施設において,原告らとの日々の交流を生きがいとして暮らしていたところ,本件施設の職員らの注意義務違反によって死期を早めて死亡するに至ったものであり,その無念さは計り知れず,その慰謝料の額は少なくとも2400万円を下らない。 原告A として暮らしていたところ,本件施設の職員らの注意義務違反によって死期を早めて死亡するに至ったものであり,その無念さは計り知れず,その慰謝料の額は少なくとも2400万円を下らない。 原告Aは,Dの損害について,法定相続分2分の1に相当する1200万円の損害賠償請求権を相続した。 (イ) 弁護士費用 120万円原告Aは,本件訴訟の提起遂行を自ら行うことは困難であることから,専門知識を有する弁護士に訴訟遂行を委任したものであり,その費用は, 120万円とするのが相当である。 (ウ) 小計 1320万円イ原告Bについて(ア) 死亡慰謝料 600万円前記のとおり,Dが被った苦痛に対する慰謝料としては2400万円が 相当であり,原告Bは,Dの損害について,法定相続分4分の1に相当す る600万円の損害賠償請求権を相続した。 (イ) 弁護士費用 60万円原告Bは,本件訴訟の提起遂行を自ら行うことは困難であることから,専門知識を有する弁護士に訴訟遂行を委任したものであり,その費用は,60万円とするのが相当である。 (ウ) 小計 660万円ウ原告Cについて(ア) 死亡慰謝料 600万円前記のとおり,Dが被った苦痛に対する慰謝料としては2400万円が相当であり,原告Cは,Dの損害について,法定相続分4分の1に相当す る600万円の損害賠償請求権を相続した。 (イ) 葬儀費用 158万2301円原告Cは,Dの葬儀費用として158万2301円を支払った。 (ウ) 弁護士費用 60万円原告Cは,本件訴訟の提起遂行を自ら行うことは困難であることから, 専門知識を有する弁護士に訴訟遂行を委任したものであり,その費用は,60万円とするのが相当である。 ( 費用 60万円原告Cは,本件訴訟の提起遂行を自ら行うことは困難であることから, 専門知識を有する弁護士に訴訟遂行を委任したものであり,その費用は,60万円とするのが相当である。 (エ) 小計 818万2301円(被告の主張)否認ないし不知。 第3 当裁判所の判断 1 前記前提事実,証拠(甲9,10,30,37,乙3,27,証人Gほか後掲)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (1) Dの健康状態等ア Dは,平成29年4月18日,本件契約を締結して本件施設に入所 した。Dには,2型糖尿病,高血圧症の持病があり,入所時は,認知症に より要介護3の認定を受けていた。 イ Dは,平成29年4月25日の認定調査の結果を踏まえ,同年5月17日,要介護状態区分を要介護4に変更された(甲7)。その認定情報・認定調査票(甲13)によれば,Dの障害高齢者自立度は「B1」(屋内での生活は何らかの介助を要し,日中もベッド上での生活が主体であるが, 座位を保つ。車いすに移乗し,食事,排泄はベッドから離れて行う。甲38),認知症高齢者自立度は「Ⅲa」(日中を中心として,日常生活に支障をきたすような症状・行動や意思疎通の困難さがみられ,介護を必要とする状態が見られる。甲38)と判定されており,日常の意思決定を行うための判断能力は著しく低く,自己の意思をほとんど伝えることができない 旨の主治医の意見が付されている。もっとも,食事行為に関しては,食べるものと食べられないものの区別がつかないという問題は指摘されているが,嚥下,食事摂取については介助を要するものとされておらず,主治医の意見も食事行為については自立ないし何とか自分で食べられるとされていた。 ウ Dは,平成2 という問題は指摘されているが,嚥下,食事摂取については介助を要するものとされておらず,主治医の意見も食事行為については自立ないし何とか自分で食べられるとされていた。 ウ Dは,平成29年5月10日の空腹時血糖値が258mg/dl,食後2時間の血糖値が461mg/dl,同月17日の空腹時血糖値が283mg/dl,食後2時間の血糖値が561mg/dl,同月19日の空腹時血糖値が289mg/dl,食後2時間の血糖値が462mg/dlという状況であったため,同月25日,本件施設の紹介によりH病院を 受診し,血糖値管理のために同日から同病院に入院した(乙7)。 エ Dは,平成29年5月29日に発熱し,検査の結果誤嚥性肺炎と診断された。 入院当初のDには普通食が提供されていたが,誤嚥性肺炎の診断後はきざみ食へ食事内容が変更された。入院中のDの食事に関し,診断書(甲1 0)では,「入院以前より入所施設より異食が指摘されていた。食事中食べ こぼしが多いが明らかなむせ込みなど誤嚥をされている印象は認めなかった。」,「誤嚥性肺炎の診断後はきざみ食へ食事内容変更,問題なく食事摂取を行えていた。食事を介助する際,エプロンを食べようとするなど異食に関しては入院後も認めていた。」とされている。 オ Dは,糖尿病及び誤嚥性肺炎に加え,入院中に判明した抗利尿ホル モン不適切分泌症候群の治療も受け,平成29年6月28日,同病院を退院し,本件施設に戻った。同病院の退院支援計画書(甲9)によれば,Dの退院にかかる問題点,課題として,血糖が安定するよう治療を受ける必要があると指摘されていた。 カ本件施設は,同病院退院後のDに対して,糖尿病食として1日当た り1440キロカロリーの食事を朝昼夕の3回に分けて提供してい 血糖が安定するよう治療を受ける必要があると指摘されていた。 カ本件施設は,同病院退院後のDに対して,糖尿病食として1日当た り1440キロカロリーの食事を朝昼夕の3回に分けて提供していた(乙12ないし18)。Dの,平成29年7月5日午前7時時点の血糖値は157mg/dlであり,同日午前10時時点の血糖値は270mg/dlであった(乙26)。 キ本件施設は,Dについて,著しい摂食・嚥下機能障害を有し,誤嚥 が認められる状態であり,経口維持摂取の取組,特別な栄養管理が必要であると認め,医師の指示のもと,経口維持計画書を作成し,各職種が毎月コメントを記入することにしていた(乙2,20)。本件施設の職員らは,平成29年6月28日及び平成▲年▲月▲日にDの食事の観察と会議を実施し,その際に気付いた点として「噛まずに次から次へと食べ物を口に 運んでいる」,「食事の後半において,特によくむせる」という点を挙げている(乙2)。 ク本件施設が作成していた「施設サービス計画書」では,平成29年6月21日時点で,Dについて,食事をむせなく全量摂取できることが短期目標として設定されており(乙12),同年7月15日に実施された「ケ アチェック」において,Dには嚥下機能面での問題があることが確認され, 水分トロミ対応,食事は超キザミ食で提供することなどが確認されていた(乙5,12)。 (2) 平成▲年▲月▲日の経過ア午後5時5分頃,Dは,本件施設の2階東デイルームにおいて車いすに座って夕食を開始した。 Dの食事は,当時,主食は全粥,副食は超きざみ,トロミの強度は3と設定されており,同日の夕食の内容は,お粥(軟飯,とろみ),すり身の和風あんかけ(超刻み食,とろみ),里芋煮(軟菜,一口大,とろみ), Dの食事は,当時,主食は全粥,副食は超きざみ,トロミの強度は3と設定されており,同日の夕食の内容は,お粥(軟飯,とろみ),すり身の和風あんかけ(超刻み食,とろみ),里芋煮(軟菜,一口大,とろみ),枝豆の白和え(軟菜,刻み,とろみ)であった(乙2,21)。 イ Dは,午後5時10分までの5分間に食事の7割程度を自力で摂取 した。それ以降は,Fが介助を行い,午後5時20分頃,Dは食事を完食した。Fは,他の利用者の口腔ケアのためにDのもとを離れて同フロアにある洗面所に向かった。食事終了後のDは,車椅子に座ったまま斜め上を見るような形で目をつぶっていた。 ウ午後5時25分頃,Dの様子に異変を感じたGは,担当していた利 用者の食事介助を中断し,Dのそばに行って声をかけた。ところが,Dの反応がなかったため,Fと本件施設の職員1名を呼び,Dの様子をみてもらった。 エ午後5時30分頃,本件施設の職員は,Dを同フロアのサービスステーション前まで運んだ。Dは,開口したまま,頸部後屈,瞳孔散大,顔 面蒼白の状態で意識を喪失していた。本件施設の職員らが,Dに対して心臓マッサージを行い,それに引き続いて吸引を行ったところ,食物残渣が大量に引けた。再度心臓マッサージを行い,アンビューバック(手動で送気し人工換気を行う器具)による人工換気も行った上で吸引を行ったところ,口腔内に胃内容物が上がってきた。 オ午後5時35分頃,Dに対して心電図が装着され,波形がわずかに 観測された(乙19,23)。その後もDに対する心臓マッサージ及びアンビューバックによる人工換気は継続された。 カ救急隊到着当時のDの心電図波形はPEAであった。消防隊は自動心マッサージ器を装着し,ラリンゲルチューブによる気道確保を行った。 換気 ッサージ及びアンビューバックによる人工換気は継続された。 カ救急隊到着当時のDの心電図波形はPEAであった。消防隊は自動心マッサージ器を装着し,ラリンゲルチューブによる気道確保を行った。 換気状態は良好であった(甲20)。 キ Dは,午後6時5分頃,救急隊員によりH病院に搬送された。搬送中,複数回胃内容物の逆流が確認された(甲20)。同病院到着時,Dは,対光反射なく瞳孔散大,自発呼吸がなく,心電図波形はPEAの状態であった(甲11,20)。 ク H病院は,Dに対し,採血検査を行った(甲11,21)。午後6時 9分頃に採取されたDの血液の検査結果によれば,血糖値は上限値(110mg/dl)を上回る361mg/dlであり,午後6時13分頃に採取されたDの血液の検査結果によれば,血糖値は上限値を上回る350mg/dl,血中FDPは上限値(5μg/ml)を上回る46.2μg/ml,DDダイマーは上限値(1μg/dl)を上回る9.1mg/dl であったが,白血球数及びCKは正常値であった(甲15)。 ケ Dは,午後6時39分頃,死亡が確認された。Dに対し,CTによる死亡時画像診断(AI)が実施され,両側肺野に浸潤影,気管内液貯留が認められた(甲11,21)。 2 争点(1)(Dの死因は誤嚥による窒息か)について (1) H病院医師作成の診断書(甲11)の検討ア H病院の医師は,Dの死因について,死亡確認後,画像診断を行い,気道内に異物があり,かつ気管内液貯留が確認されたとして,気道内異物による窒息であると診断書に記載している。 もっとも,死亡確認後の画像診断の結果は,いつの時点でいかなる機序 で気道内に異物が入ったのかまでを直ちに明らかにするものではない。そ こで,Dが死亡に至る 診断書に記載している。 もっとも,死亡確認後の画像診断の結果は,いつの時点でいかなる機序 で気道内に異物が入ったのかまでを直ちに明らかにするものではない。そ こで,Dが死亡に至るまでの間,いかなる時点で誤嚥が生じたのかについて検討する。 この点,Dは,午後5時5分頃夕食を開始し,午後5時20分頃には夕食を完食しているところ,その後の午後5時30分頃の時点で瞳孔が散大しており,心臓マッサージと吸引,人工換気が開始されたことからすれば, その頃には呼吸停止状態にあったと解されるから,窒息の原因となるような誤嚥があったとすれば,当該夕食の食事中か,完食後の約10分の間のことであると仮定できる。 イ食事中の誤嚥の可能性について原告は,死亡当日の夕食につき,Dが5分間で7割程度の量を自力で摂 取していることを指摘し,このような食事摂取の仕方は,口腔内や咽頭内に食物を残存させ,食物の誤嚥を惹起し得るものである旨主張する。 しかしながら,Dの食事は1食当たりのエネルギー量が480キロカロリーであって,食事の総量自体がそこまで多くはなかったと認められ,その内容も全粥等であったことを踏まえると,食事の7割程度を5分間で摂 取することが危険な速度の食事摂取であると一概にはいえない。また,Dは,5分間で食事の7割程度を自力で摂取した後,残りをFの介助のもと10分間かけて摂取しているが,その間,Dにむせ込みや顔色の変化,呼吸困難等の異変があったことは確認されていない。 そうすると,Dが,5分間で夕食の7割程度を摂食したことをもって, Dが食事中に食物を誤嚥し,これにより気道閉塞が生じたとは直ちに認め難い。 ウ完食後の誤嚥の可能性について次に,Dが,夕食完食後間もなく重篤な気道閉塞を起こした可能性に ことをもって, Dが食事中に食物を誤嚥し,これにより気道閉塞が生じたとは直ちに認め難い。 ウ完食後の誤嚥の可能性について次に,Dが,夕食完食後間もなく重篤な気道閉塞を起こした可能性について検討すると,Dが,夕食完食後,意識喪失状態で発見されるまでの間 に,むせ込んだり,チアノーゼ,痙攣等の症状を呈したとは認められない し,GがDの異変に気付いた時点や意識喪失状態のDがサービスステーション前まで運ばれた時点においてDの口腔内に食物が残存していたり,口周辺に食物が付着しているなど,Dが食物を逆流させたことをうかがわせる事情は認められないことからすると,Dが夕食完食後に口腔内に残存していた食物を誤嚥し,あるいは,嚥下した後に食物の逆流を起こし,それ を誤嚥したとも認め難い。 この点について,原告らは,認知症の高齢者であるDが不顕性誤嚥を起こしていた可能性や,Dが生理的防護反射を生じさせていたものの,その程度が小さく,Gが気付かなかった可能性を指摘する。 しかしながら,Dは,死亡の3日前(平成▲年▲月▲日)に実施された 食事の観察の際においても食事の後半においてよくむせることが確認されているなど,Dの気道内の生理的防護反射機能は周囲に把握できる程度のものとして一定程度保たれていたことが認められるから,食物を誤嚥したのであれば,気道閉塞を生じ死亡に至るまでの間に一切むせを生じなかったとは考え難い。 また,この点を措くとしても,急性窒息の症状である血液中の酸素濃度低下により生じるチアノーゼや,脳血流中の無酸素及び高二酸化炭素血症により生じる痙攣が,高齢者や認知症患者には生じないことがあることを示す知見も見当たらない。そうすると,前記諸症状がいずれも認められないことは,Dが高齢かつ認知症 血流中の無酸素及び高二酸化炭素血症により生じる痙攣が,高齢者や認知症患者には生じないことがあることを示す知見も見当たらない。そうすると,前記諸症状がいずれも認められないことは,Dが高齢かつ認知症であったことを踏まえても,Dが窒息を起 こしていないことを相当程度推認させる事情であるということができる。 したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。 エむしろ,本件施設の職員らが意識を喪失したDに対し心臓マッサージを開始した後,吸引により食物残渣が多量に引けているところ,心臓マッサージの際に圧迫する部位は胃及び食道に近接していること,H病院に 搬送されるまでの間にも胃内容物の逆流が複数回確認されていること,一 方,人工換気が継続され換気状態は良好であったことからすれば,心臓マッサージによって逆流した胃内容物等がDの気道内や気管内に混入した可能性を否定することはできない。 オそうすると,H病院の医師が作成した診断書(甲11)の上記記載内容から直ちにDの死因が本件施設における食事介助中又は食事終了後 の見守り中に生じた誤嚥による窒息であると認めることはできない。 (2) 急性心筋梗塞の可能性ア Dは2型糖尿病であり,H病院における入院治療後も,その血糖値は高値を保っていたことからすれば,Dは,通常よりも心筋梗塞を発症する危険性が高い状態にあったということができる。また,Dが意識を喪失 した後に実施された血液検査における血中FDP及びDDダイマーの数値も高値であり,心筋梗塞を発症していたとしても矛盾しない。 イ Dにおいて,心筋梗塞の典型的な症状である胸部疼痛が発生していたことは確認されていない。しかし,高齢者や糖尿病患者においては無痛性心筋梗塞を発症することがある旨報告されており も矛盾しない。 イ Dにおいて,心筋梗塞の典型的な症状である胸部疼痛が発生していたことは確認されていない。しかし,高齢者や糖尿病患者においては無痛性心筋梗塞を発症することがある旨報告されており,胸部疼痛発生の兆候 がなかったとしても,そこから直ちにDが心筋梗塞を発症していた可能性が否定されるわけではない。 また,心電図におけるT波の増高も確認されていないが,Dに関する心電図はいずれもPEA状態かあるいは心臓マッサージ中のものと解されるところ,心筋梗塞の初期においてT波の増高が確認されるとしている医 学的文献(甲17ないし19,32,乙25)はいずれも,心臓の自発的な収縮が生じている場合(QRS波が観測できる場合)を前提としていると解され,PEA状態や心臓マッサージ中においても心筋梗塞の発症に伴うT波の増高を観測することができるか疑いが残る。そうすると,Dの心電図上,T波の増高が確認されていないことをもって,Dが心筋梗塞を発 症していた可能性を否定することはできない。 さらに,Dの血液検査結果(甲15)において,心筋梗塞の発症を示す,CK,トロポニンT及び白血球数の増加が確認されていないが,前記血液検査が行われたのはDの異変が確認されたとき(午後5時25分頃)から1時間も経過していない午後6時13分であり,各数値の上昇に関する医学的知見からすれば,数値の上昇が始まる前であった可能性を否定できず, 前記血液検査の結果によってもDが心筋梗塞を発症していた可能性は否定されない。 ウ以上から,Dが急性心筋梗塞を発症していた可能性を否定することはできない。 (3) その他死因の可能性 加えて,当時,既に80歳になり,高血圧や糖尿病などの複数の基礎疾患を有し,身体機能,認知機能の衰 心筋梗塞を発症していた可能性を否定することはできない。 (3) その他死因の可能性 加えて,当時,既に80歳になり,高血圧や糖尿病などの複数の基礎疾患を有し,身体機能,認知機能の衰えから,本件施設においてほぼ全介助の介護を受けていたDについて,その死因は食物の誤嚥による窒息死か心筋梗塞による心不全かの二者択一の関係にあるわけではなく,心筋梗塞による心不全の可能性がないとされた場合に,食物の誤嚥による窒息が死因 であると直ちに認められるわけではない。 (4) まとめ以上によれば,証拠上,Dの死因について,食物を誤嚥したことによる窒息であると認めるに足りないというほかはない。 第4 結論 よって,その余の点について判断するまでもなく原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 岐阜地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官鈴木陽一郎 裁判官横井健太郎 裁判官奥野佑麻
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