令和4合(わ)203 殺人

裁判年月日・裁判所
令和6年10月30日 東京地方裁判所
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判決文本文22,203 文字)

令和6年10月30日東京地方裁判所刑事第1部宣告令和4年合(わ)第203号殺人被告事件 主文 被告人を懲役16年に処する。 未決勾留日数中550日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和4年1月14日頃から同月15日頃までの間に先立ち、東京都大田区(住所省略)被告人方において、殺意をもって、不詳の方法により、妻であるA(当時40歳)が致死量のメタノールを摂取することが具体的かつ現実的に見込 まれる状況を作り出し、同人をして、同月14日頃から同月15日頃までの間に、致死量のメタノールを摂取させ、よって、同月16日午前10時22分頃、東京都品川区(住所省略)甲病院において、同人を急性メタノール中毒により死亡させて殺害したものである。 (事実認定の補足説明) 1 本件の争点について本件において、A(以下「被害者」という。)が急性メタノール中毒により死亡したことに争いはなく、争点は、被告人が被害者にメタノールを摂取させて殺害したかどうかである。 2 証拠から明らかに認められる事実 関係証拠によれば、以下の事実が明らかに認められる。 ⑴ 被告人と被害者は、大学院においてそれぞれ薬学及び農学を修めた後、平成19年に研究員として同じ製薬会社に入社し、平成22年に婚姻した。被害者は平成23年に同社を退職し、転職した。平成24年、被告人と被害者との間に一人息子のB(以下「長男」という。)が出生した。その後、被告人と被害者の関係は悪化 し、被害者が被告人に厳しく当たるようになった。 ⑵ その後、被告人のアメリカ留学が決まり、それに伴い、被害者が当時の勤務先を退職し、平成30年、被告人、被害者及び長男の 係は悪化 し、被害者が被告人に厳しく当たるようになった。 ⑵ その後、被告人のアメリカ留学が決まり、それに伴い、被害者が当時の勤務先を退職し、平成30年、被告人、被害者及び長男の3人によるアメリカでの生活が始まった。この間、被告人と被害者の関係は更に悪化し、被告人が被害者に対し、その喫煙や金遣い等を責める一方で、被害者が被告人に対し、過去の風俗店通いを罵るなどすることもあった。令和2年、被告人、被害者及び長男は帰国し、被告人 方で3人で生活するようになり、被告人は引き続き上記製薬会社に勤務する一方、被害者は新薬等に特化した製薬会社向けの広告代理店に勤務していた。帰国後も、被告人と被害者の関係は非常に悪化したままであり、平日は、被告人が被害者と長男の起床前に出社し、被害者と長男の就寝後に帰宅する、休日は、被告人が朝のうちに外出して時間を潰し、夜になってから帰宅するという生活を送っていて、互い に食事も就寝も別々で、ろくに口も聞かない、いわゆる家庭内別居の状態であった。 また、被害者は被告人に対し、被告人が長男と会話をしようとすると遮る、被告人の外出中に玄関ドアにU字ロックをかける、「臭いから寄ってこないで」などと言いながら被告人に消臭スプレーを噴射する、被告人が触れた箇所に「汚い」などと言いながら消毒液をかけるなどといった行為をすることもあった。 ⑶ア令和4年1月13日、被害者は、歯科医院で治療を受け、同月25日の治療の予約をした。同月14日、被害者は、自宅において在宅勤務をし、同日午前8時6分頃、勤務先上司に対し、論文購入を希望するメールを送信するなどし、同日午前10時33分頃から同日午前11時3分頃までの間、自宅付近のスーパーマーケットで生鮮食品等を購入し、同日午後3時33分頃、インターネット通販 に対し、論文購入を希望するメールを送信するなどし、同日午前10時33分頃から同日午前11時3分頃までの間、自宅付近のスーパーマーケットで生鮮食品等を購入し、同日午後3時33分頃、インターネット通販サイト で長男の学習書等を注文し、同日午後5時19分頃、勤務先上司との間で当日の仕事の進捗状況に関する会話をした。同日午後6時頃、被害者は、長男と自宅で夕食をとり、その頃、緑色の紙パックに入った酒をコップ4杯程度飲んだ。同日午後8時21分頃、被害者は、勤務先上司に対し、業務に関するメッセージを送信し、同日午後8時47分頃、スマートフォンで「Chicago」と検索した。 イ一方、被告人は、同月13日、勤務先製薬会社で勤務した後、帰宅した。同 月14日、同社で勤務した後、当時利用していた風俗店従業員から性病感染を告げられた関係で、同日午後6時35分頃、東京都渋谷区内のクリニックで性病検査を受け、同日午後8時56分頃、自宅付近のスーパーマーケットで缶ビール2本等を購入し、帰宅した。 ウなお、同日、被告人、被害者及び長男以外に被告人方に出入りした者はいな かった。 ⑷ 同月15日午前7時頃、被害者は就寝していた寝室で咳をし、その後嘔吐した。さらに、同日午前8時頃から昼頃までの間に、よろよろと歩き、服を脱いで全裸になり、水風呂に入った。被告人は、被害者の吐しゃ物を掃除するとともに、被害者を風呂から出し、服等を着せようとしたが、被害者が暴れたので着せられず、 被害者を寝室に連れて行きベッドに寝かせた。被告人は、同日午前9時12分頃、すごむぎの焼酎パックを自身のスマートフォンで写真撮影し、同日午前9時33分頃外出して、同日午前9時43分頃、自宅付近のドラッグストアでいいちこの焼酎パック(900ミリリットル)等を購入し 2分頃、すごむぎの焼酎パックを自身のスマートフォンで写真撮影し、同日午前9時33分頃外出して、同日午前9時43分頃、自宅付近のドラッグストアでいいちこの焼酎パック(900ミリリットル)等を購入し、同日午前9時47分頃、自宅付近のコンビニエンスストアでポカリスエットを購入し、同日午前9時50分頃帰宅した。 さらに、被告人は、同日午後2時13分頃外出し、同日午後2時19分頃、自宅付近のドラッグストアで缶ビール6本等を購入し、同日午後2時24分頃、自宅付近のスーパーマーケットで唐揚げと寿司を購入し、同日午後2時30分頃帰宅した。 その後、被告人は長男と共に昼食を食べていたところ、ドスンという物が落ちるような音が聞こえたので被害者のいる寝室に行くと、被害者が寝室内で立って放尿し ていた。被告人は長男と共に被害者の排泄物を掃除し、被害者をベッドに寝かせるなどした。被告人は、同日午後3時8分頃、宅配ピザを注文し、同日午後5時30分頃、宅配ピザを受領した。被害者は、この頃不詳の時間に、何度もベッドから転落し、被告人と長男が夕食を食べた後、再度寝室内で放尿した。被告人は、同日午後8時15分頃、前記風俗店従業員に対し、性病検査が陰性であってほしいなどの メッセージを送った。 ⑸ 同月16日午前7時44分頃、被告人が119番通報をして、「嫁が息をしていなくて」などと告げた。同日午前7時48分頃、救急隊が被告人方に臨場し、寝室の床に全裸で仰向けに倒れている心肺停止状態の被害者を発見した。被害者は、判示の病院に救急搬送されたが、同日午前10時22分頃同病院で死亡した。なお、同日午後3時10分頃、警察官が被告人方に臨場し、室内を見分して写真撮影をす るなどしたが、その範囲では、メタノール等の不審な液体や容器は確認されず、すごむ 0時22分頃同病院で死亡した。なお、同日午後3時10分頃、警察官が被告人方に臨場し、室内を見分して写真撮影をす るなどしたが、その範囲では、メタノール等の不審な液体や容器は確認されず、すごむぎの焼酎パックも写真撮影されていなかった。この時点では、被害者の死亡につき事件性はないものと判断され、被害者の遺体に対する司法解剖は実施されなかった。 ⑹ 同月18日、被害者の遺体に対する行政解剖が実施され、その後、同解剖で 採取された被害者の血液及び尿等から致死濃度のメタノール及びその代謝物であるギ酸が検出されたことから、同月28日、警察官が被告人方に臨場したものの、メタノールやその含有製品は発見されなかった。 3 被害者が誤ってメタノールを摂取した可能性並びに被告人及び被害者以外の第三者が被害者にメタノールを摂取させた可能性について 関係証拠上、被害者が仕事や日常生活においてメタノールやメタノール含有製品を取り扱う機会があったことはうかがわれず、長男がこれらの物品を学校等から被告人方に持ち込む機会もなかったと認められるから、被害者が誤ってメタノールを摂取したという事故の可能性はないといえる。また、被告人方マンションのエントランス及び被告人方玄関前のインターフォン画像によれば、令和3年10月4日か ら令和4年1月15日までの間、被告人の家族以外の第三者が被告人方に立ち入った形跡はなく、長男が被害者にメタノールを摂取させたとも考えられないから、被告人及び被害者以外の第三者が被害者にメタノールを摂取させた可能性もないものと認められる。これらの点は弁護人も積極的に争わない。 4 被告人が被害者にメタノールを摂取させた可能性について ⑴ 被告人にメタノールとの接点があることについて 被告人の勤務していた製薬 る。これらの点は弁護人も積極的に争わない。 4 被告人が被害者にメタノールを摂取させた可能性について ⑴ 被告人にメタノールとの接点があることについて 被告人の勤務していた製薬会社の同僚であった証人C及び同Dの証言によると、本件当時、被告人は仕事で日常的にメタノールを扱っており、これを勤務先から持ち出す機会があったと認められるから、被告人が被害者に摂取させるためのメタノールを入手することは可能かつ容易であったといえる。もっとも、令和4年1月13日に被告人及びDらが共用する研究室にメタノール2リットルが持ち込まれた事 実、同月14日に被告人が勤務先の溶媒倉庫からメタノール2リットルを持ち出し、上記研究室にメタノール2リットルが持ち込まれた事実は認められるものの、被告人が勤務先からメタノールを持ち出したことを直接示す証拠はない上、メタノールを含有する燃料用アルコール等の商品はドラッグストア等で購入することも可能であったことからすると、被告人に上記のとおりメタノールとの接点があったことは、 被告人が被害者にメタノールを摂取させたことを積極的に裏付ける事情とはいえない。 ⑵ 被告人が写真撮影したすごむぎの紙パックに白濁痕が認められることについて関係証拠によれば、被害者は、日常的にすごむぎを含む焼酎を購入、飲用してお り、本件に先立つ令和4年1月10日にも1800ミリリットル入りのすごむぎの焼酎パックを購入していたことが認められるところ、被告人のスマートフォン内から、同月15日午前9時12分に撮影されたすごむぎの紙パックの写真のサムネイル画像データ(以下「すごむぎ画像」という。)が発見されており、すごむぎ画像には、すごむぎの紙パックの側面に、境界面が波打った白濁痕が広範囲にわたり生じ ている状況が 紙パックの写真のサムネイル画像データ(以下「すごむぎ画像」という。)が発見されており、すごむぎ画像には、すごむぎの紙パックの側面に、境界面が波打った白濁痕が広範囲にわたり生じ ている状況が確認できることが認められる。 証人Eは、100パーセントに近い純度のメタノールがすごむぎの紙パックに付着した場合、それが紙パックの表面のコーティングインキを溶解させ、その後蒸発する際に生じる白化という現象により、すごむぎ画像にみられるものと同様の白濁痕が生じる可能性がある旨供述する。E証人の上記証言は、すごむぎの紙パックに 溶媒をかけて10分後の様子を観察するという実験の結果を踏まえたものであると ころ、現に、同実験によりメタノールをかけた紙パックには広範囲にわたる白濁痕が生じており、その境界面には波打った部分が認められるなど、すごむぎ画像にみられるものと類似する点が認められる。 E証人は、インキ会社において食品パッケージ等に用いられるインキの研究開発に従事する従業員として、十分な知識経験を有している上、弁護人請求の証人Fも E証人の証言する紙パックにメタノールが付着すると白化と呼ばれる現象により白濁痕が生じるというメカニズムに誤りはない旨供述しており(第9回公判調書中F証人供述部分51頁)、E証人が行った実験に関する証言は十分信用できる。そうすると、すごむぎ画像に写った白濁痕は、メタノールによって生じた可能性があると認められる。 これに対し、弁護人は、本件後に被告人方に存在したものを始めとする16種類の液体製品にすごむぎの紙パックを切断した検査紙片を72時間浸し、その脱色や変色の有無を確認するという方法で実験を行った結果、複数の液体製品によって脱色等が生じた旨のF証人の証言を基に、すごむぎ画像にみられるような白濁 の紙パックを切断した検査紙片を72時間浸し、その脱色や変色の有無を確認するという方法で実験を行った結果、複数の液体製品によって脱色等が生じた旨のF証人の証言を基に、すごむぎ画像にみられるような白濁痕を生じさせる原因となる製品はメタノール以外にもあり得る旨主張する。しかし、F証 人が実験の対象とした液体製品が焼酎パックに付着し、その状態が72時間といった長時間にわたり継続するという状況が日常生活で生じることは通常考えにくく、上記実験方法は現実性に乏しいものといわざるを得ない。また、F証人が行った実験によって脱色が生じたとされる液体のうち、除光液についてはインクが完全に溶け、すごむぎ画像にみられる白濁痕とは明らかに異なる状態が生じており、キッチ ンハイター等5点についてはティッシュペーパー等で拭うと脱色するとの実験結果が示されているが、いずれも拭う前の状態では明らかな色の変化は認められない上、拭って脱色した場合にはすごむぎ画像にみられるような波打った境界面は生じないと考えられ、F証人自身もすごむぎ画像の白濁痕はこすったものではない旨供述している。結局、F証人による実験の結果、すごむぎ画像に写っているような波打っ た境界面を持つ白濁痕が観察されたものは一つもなかったのであって、F証人の証 言は、すごむぎ画像にみられる白濁痕がメタノール以外の液体によって生じた可能性を具体的に示すものとはいえない。また、F証人は、すごむぎ画像にみられる白濁痕の境界面が直線的でないことや広範囲に及んでいることから、紙パックにシュリンクフィルムが付いた状態で液体が付着し、シュリンクフィルム内に貯留していた可能性が高いが、シュリンクフィルムが付いた紙パックにメタノールをかけた場 合にはすごむぎ画像にみられるような白濁痕は生じない旨供述す 付いた状態で液体が付着し、シュリンクフィルム内に貯留していた可能性が高いが、シュリンクフィルムが付いた紙パックにメタノールをかけた場 合にはすごむぎ画像にみられるような白濁痕は生じない旨供述する。しかし、シュリンクフィルムが付いていない紙パックにメタノールをかけた場合にすごむぎ画像にみられるものと類似する境界面が直線的でなく広範囲に及ぶ白濁痕が生じ得ることはE証人の実験によって示されているといえるから、紙パックにシュリンクフィルムが付いていたことを前提とするF証人の上記見解は採用できない。 以上によれば、すごむぎ画像に写っている白濁痕はメタノールによって生じた可能性がある一方で、メタノール以外の液体によって生じた可能性は低いということができる。そうすると、紙パック自体が発見されていないため直ちに断定はできないものの、すごむぎ画像に写っている白濁痕はメタノールによって生じた可能性が相当程度高いと認められる。 そして、被告人が被害者にメタノールを摂取させるのであれば、ひそかに摂取させる必要があり、その合理的な方法として、すごむぎ等の酒に混入して摂取させるということが十分考えられる一方、仮に被害者が自らメタノールを摂取したのであれば、後述する被告人へのあてつけによる場合でもない限り、メタノールを容器から直接又はコップ等に入れて摂取すれば足り(酒と一緒に摂取するにしても、わざ わざ紙パックに入れる必要はない。)、すごむぎの紙パックにメタノールを入れて摂取する必要はなく、そのような可能性は考え難いから、すごむぎ画像に写っている紙パックの白濁痕がメタノールによって生じた可能性が相当程度高いことは、被告人が被害者にメタノールを摂取させたことを相当程度推認させる事情であるといえる。 ⑶ すごむぎの紙パック等に関 る紙パックの白濁痕がメタノールによって生じた可能性が相当程度高いことは、被告人が被害者にメタノールを摂取させたことを相当程度推認させる事情であるといえる。 ⑶ すごむぎの紙パック等に関する被告人の令和4年1月15日の行動について ア被告人は、上記2⑷のとおり、被害者にメタノール中毒の症状が表れている同日午前9時12分頃、すごむぎの紙パックを自己のスマートフォンで写真撮影し、同日午前9時43分頃、自宅付近のドラッグストアでいいちこの焼酎パックを購入しており、これに加えて、関係証拠によれば、被告人が、その後いずれかの時点において、上記撮影に係るすごむぎの画像データを削除したことが認められる。 イ上記⑵のとおり、すごむぎの紙パックにメタノールが付着した可能性が相当程度高いことを踏まえ、被告人が被害者にメタノールを摂取させたと仮定すると、被告人の上記アの一連の行動について次のとおり合理的に説明することができる。 すなわち、被告人は、被害者にメタノールを摂取させるために被害者が愛飲していたすごむぎのパックにひそかにメタノールを混入し、被害者がメタノールを摂取 した後、混入の事実が発覚しないようにするため、メタノールが混入したすごむぎを処分するとともにメタノールが混入していない代わりのすごむぎを購入しようと考え、誤って別の商品を購入しないようすごむぎのパックを写真撮影した上でドラッグストアに行ったものの、すごむぎが見つからなかったことから、メタノールが混入したすごむぎの焼酎パックの中身だけを入れ替えることにして、すごむぎと同 じ麦焼酎であるいいちこの焼酎パックを購入した、という説明である。 なお、上記説明に対しては、被告人がすごむぎのパックにメタノールを混入させたのだとすると、すごむぎのパックを写真撮影 ぎと同 じ麦焼酎であるいいちこの焼酎パックを購入した、という説明である。 なお、上記説明に対しては、被告人がすごむぎのパックにメタノールを混入させたのだとすると、すごむぎのパックを写真撮影して証拠をわざわざ残すような行動をすることは考えにくいという指摘もあり得る。しかし、例えば名称や度数等が異なる類似の商品が複数種類店頭に存在することが予想される場合に、特定の商品を 確実に購入するためにその商品の写真を撮ること自体は一般的な行動であるし、被告人が写真を撮った時点で、自己のスマートフォンが捜査機関に押収、解析される可能性や、撮影した画像データが重要な証拠となる可能性にまで考えが及ばなかったとしても特段不自然ではない。また、弁護人は、すごむぎ画像が保存されたスマートフォンを被告人が隠滅したり機種変更したりせずに捜査機関に提出しているこ とは、すごむぎのパックを撮影した行為が本件と無関係であることを示している旨 主張するが、被告人はスマートフォンを捜査機関に提出するに先立ち、いずれかの時点ですごむぎの画像データを削除していたと認められる上、スマートフォンを隠滅したり提出を拒んだりすれば、それ自体が疑わしい行為とみなされるおそれもあるから、弁護人の上記主張を踏まえても、上記説明の合理性は失われない。 ウこれに対し、被告人が被害者にメタノールを摂取させたのではないとすると、 前記アの被告人の一連の行動について合理的な理由は見出せない。 すなわち、この点に関し、被告人は、公判廷において、すごむぎのパックを写真撮影した記憶やその後にその画像を消去した記憶はないが、同日はたまたま焼酎を飲みたくなり、すごむぎを買うためか、すごむぎ以外の焼酎を買うために、すごむぎのパックを撮影した可能性がある、いいちこは自分で飲むために やその後にその画像を消去した記憶はないが、同日はたまたま焼酎を飲みたくなり、すごむぎを買うためか、すごむぎ以外の焼酎を買うために、すごむぎのパックを撮影した可能性がある、いいちこは自分で飲むために購入したもので あり、実際に同日の昼過ぎまでに1パック900ミリリットル全部を飲んだなどと供述するが、関係証拠によれば、被告人はビールを日常的に購入していた一方で、捜査機関が把握している令和2年9月5日以降の酒類購入歴の中で、焼酎の購入は令和4年1月15日のいいちこの購入のみであったことが認められ、たまに被害者の購入した焼酎を盗み飲みしたり、飲食店で焼酎を飲んだりすることがあったとい う被告人の供述を踏まえても、普段購入しない焼酎を突然買いに行くという行動は、平素の被告人の飲酒習慣に照らすと不自然であるし、被害者が愛飲していたすごむぎのパックを写真撮影した理由についての被告人の説明も理解できない。また、仮に被告人の供述を前提とすれば、被告人は、被害者にメタノール中毒の症状が表れていた時に、メタノールが付着した可能性が相当程度高いすごむぎの紙パックを、 それとは全く関係のない理由で写真撮影したということになるが、そのような偶然が生じることは通常考えられない。そうすると、被告人の供述は不自然、不合理であり、信用できない。 エ以上のとおり、被告人が、被害者にメタノールの中毒症状が出ていた令和4年1月15日午前9時12分頃に、すごむぎのパックを写真撮影し、その後ドラッ グストアでいいちこを購入したという被告人の行動は、被告人が被害者にメタノー ルを摂取させるためにすごむぎのパックにひそかにメタノールを混入したと考えれば合理的に説明することができる一方で、被告人が被害者にメタノールを摂取させていないとすれば、合理的 にメタノー ルを摂取させるためにすごむぎのパックにひそかにメタノールを混入したと考えれば合理的に説明することができる一方で、被告人が被害者にメタノールを摂取させていないとすれば、合理的に説明することは困難である。 ⑷ 被告人が令和4年1月15日に被害者の極めて異常な行動や症状を認識しながら119番通報等をしなかったことについて 被害者は、上記2⑷のとおり、同日午前7時頃以降、メタノール中毒のため寝室において嘔吐し、その後、同日夜までの間、脈絡なく、全裸になって水風呂に入る、寝室内で立って放尿する、ベッドから落ちるといった異常行動を繰り返していたことが認められる。その間、被告人は、一時的に外出していた時間帯を除いて自宅におり、被害者の吐しゃ物や排泄物を片付けたり、被害者を風呂から出して服を着せ ようとしたりするなどの対応をしていた一方で、同月16日の朝に被害者の呼吸が停止していることを確認するまで119番通報をせず、医療機関への相談等もしていない。自宅で配偶者が上記のような異常行動を繰り返した場合には、急病等を疑って119番通報等をするのが通常と考えられ、いくら家庭内別居の状態にあったとはいっても、それをしなかった被告人の行動は不自然、不合理であるが、仮に被 告人が被害者にメタノールを摂取させて殺害しようとしていたのであれば、その目的が達せられるまで119番通報等をしないのはむしろ当然であって、被告人の上記行動について合理的に説明することができる。 この点、被告人は、公判廷において、119番通報をしなかった理由について、被害者の症状が二日酔いだと思っていた、水風呂に入ったことや放尿等のおかしな 行動をとったことを救急隊の人に知られたら後で被害者が恥ずかしい思いをすると考えた、当時、新型コロナウイルス いて、被害者の症状が二日酔いだと思っていた、水風呂に入ったことや放尿等のおかしな 行動をとったことを救急隊の人に知られたら後で被害者が恥ずかしい思いをすると考えた、当時、新型コロナウイルス感染症が流行しており、二日酔いくらいで救急車を呼ぶことがためらわれた、などと説明するほか、朝から飲酒しており状況判断が甘くなっていたかもしれない、被害者が回復するまでの間、久々に自宅で長男と過ごすことができると思い浮かれてしまった、以前、自分が体調を崩して寝込んで いるときに被害者にほったらかしにされたことがあり、仕返ししたいという気持ち があったのかもしれない、などと供述する。しかし、同月15日の被害者の症状のうち、当初の嘔吐等の症状は通常の二日酔いと区別が困難であるとも思われるものの、水風呂に入ろうとしたり、寝室で立って放尿をしたりする行為は、二日酔いの症状として通常考えられる範囲を明らかに超えている上、これらの症状は時間の経過に伴い回復するどころか悪化しているのであって、以上の被害者の極めて異常な 行動を認識しながら二日酔いだと判断し、その判断を改めないことはおよそあり得ないことというほかない。また、被告人は、被害者が前夜に遅くまで飲酒し続けていたなどといった二日酔いをうかがわせる具体的事情を認識していない上、被害者が過去に二日酔いで上記のような異常な行動をしている様子を見たことがないというのであり、被告人の認識を前提としても、二日酔いだと思い込む合理的根拠は見 当たらない。よって、被害者の症状が二日酔いだと思い救急車を呼ばなかったとの被告人の供述は到底信用することができない。また、被告人が述べるその他の理由についても、二日酔いの症状とは明らかに異なる被害者の極めて異常な行動や状態を認識しながら119番通報等を 呼ばなかったとの被告人の供述は到底信用することができない。また、被告人が述べるその他の理由についても、二日酔いの症状とは明らかに異なる被害者の極めて異常な行動や状態を認識しながら119番通報等をしなかったことを合理的に説明し得るものではない。この点、弁護人は、長男も救急車を呼ぼうとした様子がないことを指摘し、被 害者は長男から見ても二日酔いと思われる状態であった旨主張するが、長男は当時9歳であり、被害者の行動が異常であると感じたとしても、父親である被告人が平然としていて救急車を呼ぼうとしない態度を見るなどしてそれに従ったというのは格別不自然なことではない。また、弁護人は、同月15日の朝に「救急車を呼ぶか」と被害者に声をかけたとの被告人の供述は被告人に被害者を殺害するつもりがない ことを裏付けていると主張するが、結局被告人が翌16日朝方になるまで救急車を呼んでいないことからすると、被告人の供述はにわかに信用し難いし、仮に被告人が被害者にそのような問いかけをしていたとしても、必ずしも実際に救急車を呼ぶ意思があったとは認められない。弁護人のこれらの主張を踏まえても、被告人の上記公判供述は、119番通報等をしなかったことの合理的理由を説明するものとは 到底評価できない。 そうすると、被告人の上記の行動は、被告人が被害者にメタノールを摂取させたとすれば合理的に説明することができる一方、被告人が被害者にメタノールを摂取させていないとすると合理的な説明が極めて困難な事情であるといえる。 ⑸ 被告人に被害者を殺害する動機があることについて上記2⑵にみた事実関係によれば、令和4年1月の時点において、被告人と被害 者との婚姻関係は実質的に破綻しており、被告人は、アメリカ留学中から帰国後の生活の中で、被害者から、人格 ことについて上記2⑵にみた事実関係によれば、令和4年1月の時点において、被告人と被害 者との婚姻関係は実質的に破綻しており、被告人は、アメリカ留学中から帰国後の生活の中で、被害者から、人格を否定するような暴言を言われたり、長男から隔離されたりするなどの理不尽な仕打ちを受けていたことが認められ、これに対し強い不満を募らせていたとして何ら不思議ではない。そして、仮に被害者と離婚した場合には、長男との関わりが一層困難になったり、被害者の理不尽な言動の矛先が長 男に向けられたりすることが危惧され、離婚も現実的な解決策とならなかった可能性がある。そのような状況に置かれた被告人が、耐え難い現状を打破するために、被害者の殺害という手段に出たとしても特段不自然ではない。このように、被告人に被害者を殺害する動機と考えて不自然でない事情があることは、被告人が被害者にメタノールを摂取させたことを積極的に推認させる事情とまでは評価できないも のの、これと整合する事情であるといえる。 ⑹ 弁護人の主張等についてア以上に対し、弁護人は、①被害者が日常的に飲んでいたすごむぎにメタノールを混入すれば、味や風味が変化することから、致死量のメタノールをすごむぎに混入させて被害者に摂取させることは困難である、②業務上日常的にメタノールを 取り扱う被告人がメタノールを用いて被害者を殺害すれば、疑われることは明らかであり、被告人がそのような方法を選択することは考えられない、③メタノールは摂取後すぐに死亡に至るものではなく、被害者が自宅に設置された緊急ボタン等により外部に救助を求められる状況にあったところ、助けを呼ばれるおそれのある方法を選択することは考えられないと主張する。 イそこで検討すると、①について、被害者が日常的に飲んでいるす ン等により外部に救助を求められる状況にあったところ、助けを呼ばれるおそれのある方法を選択することは考えられないと主張する。 イそこで検討すると、①について、被害者が日常的に飲んでいるすごむぎの焼 酎パックに致死量のメタノールを混入させれば、アルコール度数や風味の変化に被害者が気付き、被害者が飲むことを中止し、ひいては被告人の犯行が発覚するおそれがあることは否定できない。しかし、証人Gの証言によれば、メタノールの致死量は30ミリリットルから240ミリリットルであり、比較的少量でも死に至る可能性は十分に認められる上(なお、G証人は、被害者の遺体から検出されたメタノ ールやギ酸の血中濃度から、被害者が100ミリリットルから200ミリリットルのメタノールを摂取した可能性があるとしつつ、厳密な推定は困難である旨述べており、比較的少量であった可能性も十分あり得る。)、メタノールは無色透明の液体であり、発展途上国では密造酒等に混入されたメタノールによる死亡事故が多発しているというのであるから、被害者が致死量のメタノールが混入されたすごむぎ をアルコール度数や風味の変化に気付かず飲んでしまうことは十分にあり得ると考えられる。また、本件において、行政解剖により被害者の死因がメタノール中毒であると判明するまで、捜査機関によって事件性がないと判断されていたことも踏まえれば、メタノールを摂取させるという殺害方法は、絞殺や刺殺等の典型的な殺害方法と比較して、病死等を装って刑事責任を免れやすい方法であると考えられ、被 告人が上記のおそれを踏まえつつ殺害方法として選択する余地は十分にあるといえる。 ②について、被害者の死因がメタノールであると判明した場合には、メタノールを業務で扱っている被告人が疑われる可能性があるとは考えら それを踏まえつつ殺害方法として選択する余地は十分にあるといえる。 ②について、被害者の死因がメタノールであると判明した場合には、メタノールを業務で扱っている被告人が疑われる可能性があるとは考えられるものの、上記2⑵にみた被告人と被害者の関係等を踏まえれば、他の方法によって被害者を殺害し ても被告人が疑われることは避けられず、メタノールを摂取させるという殺害方法が他の方法と比較して病死等を装いやすいものであることは上記のとおりであるから、被告人が上記の可能性を踏まえつつ殺害方法として選択する余地は十分にあるといえる。 ③について、被害者は、令和4年1月15日、一人で歩いて浴室に行くなどして いたようではあるが、G証人の証言によれば、被害者は、メタノール中毒の症状に より、同日目を覚ました時点以降は、自ら119番通報等の救助を求める行動をとることは不可能であったと考えられる上、被告人が、メタノールを摂取させることにより被害者が死亡することは十分認識しつつも、死に至るまでの具体的な症状や所要時間等までは把握していなかった可能性もあり得る。 そうすると、弁護人の上記①ないし③の主張を踏まえても、被告人が被害者にメ タノールを摂取させるという殺害方法を選択することは十分にあり得、何ら不合理ではない。 ウ以上のほか、当事者双方は特段主張していないものの、被告人が被害者にメタノールを摂取させたと考えた場合に不合理な点や他の証拠から認められる事実関係との不整合等がないかについても検討しておく。 関係証拠によれば、被害者は、令和4年1月14日夜、長男と2人で夕食をとった際にすごむぎをコップ4杯くらい飲んだことが認められ(なお、長男は被害者は緑色の紙パック入りの「ワイン」を飲んでいた旨供述するが(甲117)、被 害者は、令和4年1月14日夜、長男と2人で夕食をとった際にすごむぎをコップ4杯くらい飲んだことが認められ(なお、長男は被害者は緑色の紙パック入りの「ワイン」を飲んでいた旨供述するが(甲117)、被害者が普段飲んでいた酒のことも「ワイン」と供述していることに加え、被害者の酒類購入歴の中にワイン購入歴が見当たらないこと(甲148)にも照らせば、上 記のとおり認められる。)、この際に飲んだすごむぎにメタノールが混入されていた可能性が想定される。もっとも、G証人は、メタノールの症状が出るのは摂取の約30分後から約6時間後であり、被害者は同日夜の8時20分から同月15日の朝の間にメタノールを摂取したということで間違いない、メタノールは胃に対する刺激で気持ち悪くなったり、割と速やかに吸収されて中枢神経の症状が出てきたり するから、同月14日の最後のメッセージを送る前にメタノールを摂取した可能性は考えにくい旨供述しており、これを前提とすると、被害者が同日の夕食時にすごむぎに混入されたメタノールを摂取したという可能性は否定されるようにも思われる。しかし、G証人は、上記のように供述する一方で、メタノールを摂取した場合の初期症状は酒の成分であるエタノールを摂取した場合の初期症状と同様である、 嘔吐等の消化器症状が先に表れ、運動失調等の中枢神経症状は遅れて出る旨供述し、 同証人が自験例として紹介する症例においては、患者はエタノール30パーセント、メタノール70パーセントを含有する燃料用アルコールを摂取した後一定時間が経過してから友人に連絡し、摂取後約12時間30分が経過してから病院に搬送された段階でも意識レベルは軽度の酩酊に相当する程度であったというのである。そうすると、G証人の証言は、その専門知識や経験に照らし基本的に信用でき 絡し、摂取後約12時間30分が経過してから病院に搬送された段階でも意識レベルは軽度の酩酊に相当する程度であったというのである。そうすると、G証人の証言は、その専門知識や経験に照らし基本的に信用できるが、被 害者がメタノールを摂取したのは同日午後8時20分以降であるとの供述部分については、いささか断定が過ぎ、他の供述部分と整合しておらず不合理であり、その信用性には疑問がある上(G証人がこのように証言する理由としては、同証人が被害者の本件前後の行動を詳らかに承知していなかったことによるものなどが考えられる。)、被害者が夕食時から最後のメッセージを送信する前後までにすごむぎ数 杯を多少時間をかけながら飲んでいた可能性もあり得ることからすると、被害者が同日の夕食時頃に飲んだすごむぎにメタノールが混入されていた可能性は、合理的なものとして想定できる。そして、同日に被告人が帰宅したのは午後9時前後であるから、上記の場合、被告人の帰宅より前にすごむぎにメタノールが混入されたことになるが、被告人には、同日の出勤前又は同月13日以前の被害者と長男が就寝 している時間帯等に、すごむぎの焼酎パックにメタノールを混入させる機会があったと認められる。 また、長男の供述によれば、被害者と長男は同月14日午後9時頃に一緒にベッドに入って就寝し、先に被害者が眠ったことが認められるが、その後長男が眠ってから同月15日朝に被害者にメタノール中毒の症状が表れるまでの間の被害者 の行動は明らかでないから、この間に被害者がすごむぎを飲み、メタノールを摂取した可能性も否定されない。この場合、同月14日の夕食後から被害者がすごむぎを飲むまでの間にメタノールが混入されたと考えられるところ、被告人は、同日午後9時前後には帰宅しており、その後、被害者と長男が就 可能性も否定されない。この場合、同月14日の夕食後から被害者がすごむぎを飲むまでの間にメタノールが混入されたと考えられるところ、被告人は、同日午後9時前後には帰宅しており、その後、被害者と長男が就寝している時間帯等に、すごむぎの焼酎パックにメタノールを混入させる機会があったと認められる。 以上のとおり、被害者がメタノールを摂取した時期については、上記と上 記のいずれの可能性もあると考えられるが、いずれの場合であっても、被告人には、被害者が飲用するすごむぎの焼酎パックにメタノールを混入させる方法により被害者にメタノールを摂取させる機会があったと認められる。被告人が他の方法により、あるいは上記方法と他の方法を併用して被害者にメタノールを摂取させた可能性も否定はされないが、少なくとも被告人が被害者にメタノールを摂取させたと 考えて不合理な点は認められない。 ⑺ 小括以上のとおり、被告人は被害者にメタノールを摂取させる機会があったと認められ、動機や方法等の点においても、被告人が被害者にメタノールを摂取させたとして不合理なところはない。そして、すごむぎ画像に写っている紙パックの白濁痕が メタノールによって生じた可能性が相当程度高いことは、被告人が被害者にメタノールを摂取させたことを相当程度推認させる事実である。加えて、被告人が、被害者にメタノールの中毒症状が表れていた同月15日午前9時12分頃に、すごむぎのパックを写真撮影した後、いいちこを購入したことと、同日中に119番通報等をしなかったことは、いずれも被告人が被害者にメタノールを摂取させたとすれば 合理的に説明できる一方で、被告人が被害者にメタノールを摂取させていないとすれば少なくとも合理的に説明することが極めて困難な事実である。被告人が被害者に 害者にメタノールを摂取させたとすれば 合理的に説明できる一方で、被告人が被害者にメタノールを摂取させていないとすれば少なくとも合理的に説明することが極めて困難な事実である。被告人が被害者にメタノールを摂取させたのではないのに、これらの事実が偶然に重なり合うことは常識的には考えられず、合理的に説明することができないから、被告人が被害者にメタノールを摂取させたものと強く推認することができる。 5 被害者が自らメタノールを摂取した可能性について⑴ 弁護人は、被害者が自殺ないし自傷行為の目的で自らメタノールを摂取した可能性がある旨主張する。 そこで検討するに、まず、被害者がメタノールを摂取したと考えられる時期の直前直後の行動は、上記2⑶アのとおりであるところ、このような行動経過から、被 害者が自殺や自傷行為を考えていたことをうかがわせる事情は一切見当たらず、む しろ被害者は通常の日常生活を送っていて、今後も仕事や育児を継続することを前提とした行動をとっていたものと認められる。 また、捜査機関による捜査の結果、被害者の令和2年9月29日から令和4年1月14日までの間のクレジットカードの商品購入履歴にメタノールを含む商品の購入履歴はなく、自宅への配達によりメタノールを入手した可能性も認められなかっ たこと、令和3年12月1日から令和4年1月16日までの間に、被告人方を基点として半径約2キロメートルの範囲内にあるドラッグストア、ホームセンター18店舗について、被害者が自ら店舗を訪れてメタノールを含む製品を購入した可能性は認められなかったこと、被害者に精神科への通院歴や、自殺未遂、自傷行為があったとの事情は判明しなかったこと、被害者の使用していた携帯電話機のGoog leアカウントに記録されていた令和2年 は認められなかったこと、被害者に精神科への通院歴や、自殺未遂、自傷行為があったとの事情は判明しなかったこと、被害者の使用していた携帯電話機のGoog leアカウントに記録されていた令和2年8月22日から令和4年1月14日までのGoogleChromeの検索履歴には、被害者が自殺を考えていたことをうかがわせる検索履歴は見当たらず、知人等に対して自殺を仄めかすようなメッセージの記録も見つからなかったことが認められる。これらの捜査結果からも、被害者が自殺や自傷行為を考えていたことや、そのための準備等をしていたことをうか がわせる事情は一切見当たらない。 さらに、被害者が家族や知人、勤務先上司等の周囲の人々に対し、自殺や自傷行為をうかがわせる言動をしていたとの事情も見当たらず、一連の捜査から、遺書その他のメッセージ等を遺したとの事実もうかがわれない。 確かに、弁護人が指摘するように、一連の捜査によって被害者の行動の全てが明 らかになっているわけではなく、捜査が及ばなかった範囲で、被害者が自殺や自傷行為を仄めかすような言動をしたり、自殺や自傷行為に関する検索を行ったり、メタノールやそれを含む製品を入手したりした可能性は完全には否定されないが、とはいえ、被害者の日常生活の分析を踏まえて種々の捜査が行われたにもかかわらず、自殺や自傷行為につながるような事情が一切発見されていないことは、被害者のメ タノール摂取による自殺ないし自傷行為の可能性が乏しいことを強く示す事情であ るといえる。 加えて、被害者は、長男と二人で就寝していた寝室においてメタノール中毒の症状を呈し、その後死亡するに至ったものであるところ、そもそも育児や教育に熱心であった被害者が最愛の一人息子を残して自殺すること自体が不自然である上、仮に自殺 寝していた寝室においてメタノール中毒の症状を呈し、その後死亡するに至ったものであるところ、そもそも育児や教育に熱心であった被害者が最愛の一人息子を残して自殺すること自体が不自然である上、仮に自殺をするにしても、長男の目の前で死んでいくような方法を選択することはお よそ考え難い。 以上によれば、被害者が自殺や自傷行為のために自らメタノールを摂取した可能性は極めて乏しい。 ⑵ これに対し、弁護人は、被告人が順調にキャリアを重ねる一方で、被害者が育児や家事のために自身のキャリア形成がうまくいかないことなどに不満を抱いて おり、そのような事情が自殺の動機となった可能性があると主張するが、弁護人の推測に過ぎず、被害者が自身のキャリアに関して自殺を考えるほどの不満を持っていたことをうかがわせる具体的事情は認められない。 また、弁護人は、精神科医である証人Hが、人が衝動的に自殺することはあり得るし、精神疾患に罹患していない人でも自殺する可能性があり、被告人との不仲等 のリスク因子を有する被害者が自殺した可能性や、自傷行為の結果意図せず死亡した可能性は否定できない旨証言するのを踏まえて、これらの可能性を主張する。しかし、H証人自身も、被害者が自殺した又は自殺を考えたことを積極的、直接的に示す痕跡や事情は把握しておらず、被害者が衝動的に自殺をするような心の動きがあったことを示す痕跡も承知していない旨供述している上、被害者が抱えていたと するリスク因子は、それらがない人に比して自殺のリスクが高いというものに過ぎず、必ずしも被害者に特異な事情を指摘するものではない。そうすると、被害者が自殺した可能性や自傷行為の結果意図せず死亡した可能性が否定できない旨の上記証言やそれに基づく弁護人の主張は、一般的、抽象的な可能性を述べたものにとど 事情を指摘するものではない。そうすると、被害者が自殺した可能性や自傷行為の結果意図せず死亡した可能性が否定できない旨の上記証言やそれに基づく弁護人の主張は、一般的、抽象的な可能性を述べたものにとどまり、被害者が衝動的に自殺や自傷行為に及んだ具体的可能性を示すものとは認め られない。 さらに、仮に被害者が衝動的に自殺をしようと考えたのであれば、高所から飛び降りる方法や、身近にある道具を用いて首を吊る等の方法が考えられ、かつ比較的容易に実行に移せると考えられる。その一方で、メタノールという日常生活で使用する機会がほとんどない薬品をわざわざ用意して摂取するという方法は、衝動的に自殺する方法として通常は考えにくい。しかも、本件においては、証拠上、被害者 が摂取したメタノールが入っていたと考えられる容器は見つかっておらず、被告人や長男もそのような容器の存在について全く言及していないところ、仮に被害者が衝動的に自殺ないし自傷行為を図ったのだとすれば、被害者自身がメタノールが入っていた容器をわざわざ片付けたり処分したりすることは考えにくいから、この点からも、被害者が衝動的に自殺ないし自傷行為を企図してメタノールを摂取したと は考えられない。 加えて、弁護人は、H証人が被害者が被告人に対するあてつけのようにして自らメタノールを摂取した可能性もある旨証言するのを踏まえて、その可能性を主張する。H証人のいうあてつけの意味は詳らかでないが、被害者が、日常的にメタノールを扱っている被告人に摂取させられたかのように装って自らメタノールを摂取し、 自殺ないし自傷行為を図ったということだとすれば、メタノールの入っていた容器を処分するなどしてその痕跡を消すという行動に出ることにも一応の説明がつく。 しかし、被害者がいわば自身の生命 取し、 自殺ないし自傷行為を図ったということだとすれば、メタノールの入っていた容器を処分するなどしてその痕跡を消すという行動に出ることにも一応の説明がつく。 しかし、被害者がいわば自身の生命を犠牲にしてあるいは失明等の危険を冒してまで被告人を陥れるためにメタノールにより自殺ないし自傷行為に及んだという可能性は、いくら上記2⑵のとおり被告人との関係が非常に悪化していて、被告人に対 し攻撃的な態度や行動をとるなどしていたことを考慮しても、にわかに考え難いし、仮に被害者が被告人に殺人の罪を着せることで被告人を陥れようとしたのであれば、メタノールを用いるだけでは不十分であり(実際、本件発生当初、事件性は疑われておらず、司法解剖も行われなかった。)、より積極的に被告人による犯行であることを示す痕跡を残すなどする必要があったと考えられるが、本件でそのような痕 跡は見当たらない。以上からすると、被害者が被告人を陥れる目的で被告人に摂取 させられたかのように装って自らメタノールを摂取し自殺ないし自傷行為を図ったとも考えられない。 なお、弁護人は、被害者のGoogleアカウントのタイムラインに令和4年1月15日の日時不詳の時点で移動した記録があり、これは被告人方のマンションの1階のごみ置き場付近へ移動するルートであるから、被害者がメタノール摂取後に 自ら容器を処分した可能性がある旨主張する。しかし、タイムラインに記録された位置情報がどの程度精密、正確なものであるかは明らかでなく、現に、弁護人が指摘する移動記録は、概ね一方通行の移動のみを示している上、記録された位置情報の一部はマンションの外の道路まで及んでいるなど、人の移動経路を正確に記録したとは認め難いものであって、誤作動等によって記録された可能性もあり得る。よ 動のみを示している上、記録された位置情報の一部はマンションの外の道路まで及んでいるなど、人の移動経路を正確に記録したとは認め難いものであって、誤作動等によって記録された可能性もあり得る。よ って、上記のタイムラインの記録は、必ずしも被害者が同日にマンションの1階のごみ置き場に行ったことを示すものではなく、被害者が同日にメタノールの容器を自ら処分したなどとは考えられない。 ⑶ 以上によれば、被害者が自殺や自傷行為を企図して自らメタノールを摂取したという合理的な可能性はないと認められる。 6 結論以上によれば、上記4⑺のとおり、被告人が被害者にメタノールを摂取させる機会があったと認められる上、被告人が被害者にメタノールを摂取させたのでないとすると、一連の事実関係は合理的に説明することができない。他方、被害者が誤ってメタノールを摂取した事故の可能性や、被告人及び被害者以外の第三者が被害者 にメタノールを摂取させた可能性はなく、被害者が自らメタノールを摂取した合理的な可能性もない以上、被告人が被害者にメタノールを摂取させたとしか考えられない。したがって、被告人が被害者にメタノールを摂取させたことが、合理的な疑いなく認められる。そして、被告人がこのような行為をするにつき致死量に満たないメタノールを摂取させる理由はなく、被告人に殺意がなかったとは考えられない から、被告人は、殺意をもって、被害者に致死量のメタノールを摂取させたものと 優に認められる。これらに反する被告人の供述は信用できない。 なお、罪となるべき事実について付言するに、以上によれば、被害者がメタノールを摂取したと認められる令和4年1月14日頃から同月15日頃までの間に先立ち、被告人が、何らかの方法で、被害者が致死量のメタノールを摂取すること 実について付言するに、以上によれば、被害者がメタノールを摂取したと認められる令和4年1月14日頃から同月15日頃までの間に先立ち、被告人が、何らかの方法で、被害者が致死量のメタノールを摂取することが具体的かつ現実的に見込まれる状況を作り出し、被害者をしてこれを摂取させたこと は認められるが、証拠上、それ以上に日時や方法の特定はできないから、判示のとおり認定した次第である。 (量刑の理由)被告人は、メタノールを摂取させるという他の殺害方法と比較して病死等を装いやすく犯行が発覚しにくいと考えられる方法を選択し、メタノールを用意するなど の一定の準備行為をした上で、被害者がメタノールをそれと気付かずに摂取することが見込まれる状況を作り出し、被害者をしてこれを摂取させて殺害したものであり、その犯行態様には高度の計画性が認められる。また、被告人は、メタノールを被害者に摂取させた後、その中毒症状で苦しむ被害者の様子を目の当たりにし、救命の機会があったにもかかわらずそれをしないまま、被害者を1日以上にわたって 放置し、被害者を死に至らしめており、このような被告人の一連の行動から、本件は強固な殺意に基づく冷酷な犯行といえ、被告人の生命を軽視する態度は甚だしい。 被害者の尊い生命が奪われたという結果はいうまでもなく重大であり、メタノール中毒の症状により長時間苦しんだ挙げ句死亡した被害者の肉体的、精神的苦痛の大きさは計り知れない上、40歳という若さで幼い息子を遺して亡くなったその無 念さは察するに余りある。また、突然母を奪われた長男の悲しみが大きいことは想像に難くなく、被害者が苦しみながら死に至った現場に居合わせたことによる現在及び将来にわたる影響も懸念される。 被告人の犯行動機は判然としないものの、家庭内別居の状態にあ の悲しみが大きいことは想像に難くなく、被害者が苦しみながら死に至った現場に居合わせたことによる現在及び将来にわたる影響も懸念される。 被告人の犯行動機は判然としないものの、家庭内別居の状態にあった被害者との夫婦関係に強い不満を募らせて犯行に至ったものと考えられるところ、少なくとも 直近において第三者を介入させるなど他の手段による問題解決に向けて被告人が真 摯に努力した様子はうかがわれず、被害者の殺害という手段に訴えた被告人の意思決定は短絡的かつ身勝手というほかなく、強い非難に値する。もっとも、被告人が殺害に及んだ背景には、被告人に対し人格を否定するような暴言等を繰り返し、長男との交流の機会を制限するなどした被害者の一連の理不尽な言動があったと考えられ、そのような背景事情は、本件犯行を正当化し得るものとは到底認められない ものの、多少の同情の余地があるとはいえる。 これらの犯情を踏まえると、被告人の刑事責任は重大である。そこで、上記の犯情を基に、同種事案(殺人、単独犯、処断罪と同一又は同種の罪の件数1件、被告人から見た被害者の立場配偶者(内縁を含む)、示談又は宥恕の有無すべてなし、累犯前科、同種前科、執行猶予中の前科、仮釈放中の前科又はその他の量刑上考慮し た前科の有無すべてなし)の量刑傾向を踏まえた上で、被告人が犯行を否認し反省が見られない一方、被告人に前科がないことなどの一般情状も併せ考慮し、被告人に対し主文の刑を科するのが相当であると判断した。 (求刑懲役18年)令和6年11月7日 東京地方裁判所刑事第1部裁判長裁判官坂田威一郎 裁判官水越壮夫 裁判官竹内瑞希 裁判所刑事第1部 裁判長裁判官 坂田威一郎 裁判官 水越壮夫 裁判官 竹内瑞希

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