昭和54(行ス)8 吉野石膏緊急命令

裁判年月日・裁判所
昭和54年8月9日 東京高等裁判所
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【DRY-RUN】主   文 本件抗告を棄却する。        理   由 一 抗告の趣旨は、「原決定を取消し、本件を東京地方裁判所に差し戻す。」との 裁判を求めるというのであり、抗告の理由は別紙一記載のとおりであり

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判決文本文18,803 文字)

主文 本件抗告を棄却する。 理由 一抗告の趣旨は、「原決定を取消し、本件を東京地方裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるというのであり、抗告の理由は別紙一記載のとおりであり、これに対する相手方の反論は別紙二記載のとおりである。 二抗告の理由一について抗告人は、要するに、「原決定が抗告人の本件救済命令の適否を審査して本件緊急命令の申立を却下したのは、緊急命令制度の本質を誤解し、労働組合法第二七条第八項の解釈を誤つたものである。受訴裁判所としては、即時救済の必要性の有無のみを審査すべきであつて、救済命令自体の適否を審査すべきではない。」と主張する。 いわゆる「緊急命令」の制度は、労働委員会の救済命令の取消を求める訴が提起された場合において、受訴裁判所が、当該労働委員会の申立により、使用者に対し、当該事件の判決の確定に至るまで、暫定的に、当該救済命令の全部又は一部に従うべき旨を命ずることができることとし、もつて団結権の侵害を防止することを目的とするものと解される。 そして、緊急命令の制度の目的がこのようなものであるとすれば、緊急命令の申立の許否を決するに当つては、受訴裁判所は、当該救済命令の適否及びいわゆる「即時救済の必要性」の有無について審査することができるものと解するのが相当である。けだし、右に述べた同制度の目的に照らし、労働委員会の救済命令の適法性に重大な疑義があるときは、当該労働委員会の申立があつたとしても、受訴裁判所が緊急命令を発することは相当でないというべきであり、その重大な疑義の有無は当該救済命令の審査を経ることなくして判断しえないからである。 もつとも、緊急命令の手続においては、確定的に当該救済命令の適否を判断することは要請されていないから、右審査は、緊急命令の手続の過程に現われた疎明資料を を経ることなくして判断しえないからである。 もつとも、緊急命令の手続においては、確定的に当該救済命令の適否を判断することは要請されていないから、右審査は、緊急命令の手続の過程に現われた疎明資料をもつて、当該救済命令の認定判断に重大な疑義があるかどうかを検討すれば足りるものというべきである。 以上の次第で、抗告人の前記主張は失当であるといわざるをえない。 三抗告の理由二について抗告人は、要するに、原決定が即時救済の必要性の有無についてなんら判断することなく、本件救済命令の維持可能性に疑義があるという理由だけで、緊急命令を発することが相当でないとしたのは違法であると主張するものと解される。 そして、原決定が即時救済の必要性の有無について判断することなく本件緊急命令の申立を却下していることは、抗告人主張のとおりであるが、救済命令の適法性に重大な疑義すなわちその維持可能性に疑義がある場合において緊急命令を発することが相当でないことは前記のとおりであるから、抗告人の右主張は失当というべきである。 四本件救済命令について 1 本件救済命令の要旨は原決定説示のとおりであるから、それ(原決定二枚目二行目から同三枚目表六行目まで)をここに引用する(ただし、同二枚目表二行目及び六行目の「申立人」を「再審査被申立人」と、同四行目の「被申立人」を「同命令の再審査申立人」と改め、同裏八行目から九行目にかけ「これらの人数比からみると、」とあるのを削除し、同三枚目表四行目の「ものであり、」を「ものである。」と改め、同行目「その論旨」から同六行目「られる。」までを削除する。)。 2 ところが、本件記録によれば、次の事実が一応認められる。 (一) 相手方は、直島工場の稼動に伴う西日本方面の販売体制を強化し、併せて人事停滞を防ぐための定期異動の一環として本件人事異 する。)。 2 ところが、本件記録によれば、次の事実が一応認められる。 (一) 相手方は、直島工場の稼動に伴う西日本方面の販売体制を強化し、併せて人事停滞を防ぐための定期異動の一環として本件人事異動を行なつたものであり、その実施にあたつては、地方へ妻帯者を配置転換した場合、住宅の手配や子弟の教育問題等で種々の不都合が生ずることを考慮し、まず地方勤務の経験のない独身者を地方に配置転換する方針をとつた。 (二) 本件人事異動の当時、本社フロアーには二八名の独身の地方勤務未経験者がいたが、そのうち二二名が分会員で、六名が非分会員であり、地方配置転換の内示を受けた者は九名で全員分会員であるが、分会員で本社フロアー内で異動するものも三名あつた。また、本来の意味での本社フロアー(東京支店の相模原、千葉、長野の各営業所を除くもの)には二三名の独身の地方勤務未経験者がいたが、そのうち二〇名が分会員で、非分会員は三名であり、この意味での本社フロアーから地方へ配置転換の内示を受けた者は八名(その後発令された者は七名)であり、いずれも分会員であつた。 右(一)、(二)の事実によれば、相手方が地方へ配置転換する者を選定する際に立てた基準は特に不合理なものということはできないし、また、地方へ配置転換の内示を受けた九名又は八名の全部が分会員であることも、独身の地方勤務未経験者中に占める分会員の割合、すなわち二八名中二二名あるいは二三名中二〇名という割合からみて、必ずしも不自然なものとはいえない。 のみならず、右に述べた独身の地方勤務未経験者中に分会員の占める割合を前提とすれば、特定の分会員の配置転換について、他の者に優先して配置転換すべき事情がないということだけでは、その人選が不自然であるとしえないものというべきである。そして、そのほかにも、本件配置転換につい とすれば、特定の分会員の配置転換について、他の者に優先して配置転換すべき事情がないということだけでは、その人選が不自然であるとしえないものというべきである。そして、そのほかにも、本件配置転換について、その人選を不自然なものとするような事情は、本件記録上、認められない。 右に述べたとおり、本件人事異動における基準が不合理なものではなく、A及びBを他の者に優先して配置転換すべき事情がなかつたとしても、同異動において地方へ配置転換の内示を受けた九名又は八名の全部が分会員であることが不自然ではないとすれば、本件救済命令が認定したような背景事情があつたとしても、本件配置転換は相手方が同人らを分会員であるがゆえに地方へ配置転換したものであり、分会員を本社フロアーから排除する趣旨であつたと断定することはできない。 3 以上の次第で、本件救済命令には、その重要な論拠の部分に事実の誤認があり、その適法性について疑義があるから、現段階において緊急命令を発するのは相当でないというべきである。 五よつて、本件申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。 (裁判官枡田文郎山田忠治佐藤栄一)(別紙一)抗告の理由一原決定は、労働組合法第二七条第八項について、緊急命令を発するか否かは「受訴裁判所の裁量に委ねられており、受訴裁判所は当該命令の適否及び即時救済の必要性等の諸事情を考慮して、相当と認める場合に緊急命令を発するものと解される」という解釈に立つて抗告人委員会の本件救済命令の適否につき、後述する分会員・非分会員の人数比の問題を主たる理由として、「本件救済命令には、その最も重要な論拠の部分に誤りがあるものといわなければならないから、現時点においては、その維持可能性に疑義があり、」緊急命令を 会員・非分会員の人数比の問題を主たる理由として、「本件救済命令には、その最も重要な論拠の部分に誤りがあるものといわなければならないから、現時点においては、その維持可能性に疑義があり、」緊急命令を発することは相当でないと判断したものである。 しかしながら、原決定が抗告人委員会の救済命令の適否を審査して緊急命令の申立を却下したのは、以下述べるとおり、緊急命令制度の本質を誤解し、労働組合法第二七条第八項の解釈を誤つたものと言わなければならない。 1 緊急命令の制度は、労働委員会の救済命令が、取消されるまでは効力を保有することを前提として、必要のある場合に、命令の内容を本案判決の確定に至るまで強制的に一応実現せしめ、以て、不当労働行為制度の目的たる団結権の現実的保障に資することを目的とするものである。 即ち、労働委員会の発した救済命令に対し使用者がその取消を求めて出訴した場合において、当該命令の適否はその訴訟の判決において終局的に判断されるのではあるが、その確定をまつまで救済命令の内容の実現を使用者の自発的履行に委ねるのみでは、労働者の団結権が現実的には無に帰すおそれがある場合が少なくないのであるから、判決確定前においても、使用者に命令の履行を一応強制する必要のある場合が当然生じ得るのである。そのような必要性(いわゆる即時救済の必要性)の有無を労働委員会の判断のみによらず受訴裁判所の判断にかからしめて、使用者に履行を強制するみちを開こうとするのが緊急命令の制度なのである。このような制度の目的からすれば、受訴裁判所が緊急命令の許否を決するに当つては、専ら右の団結権の現実的保障の見地から、緊急命令の即時救済の必要性の有無のみを判断すべきことになるのであつて、本案訴訟の帰趨ないしは被告委員会の勝訴の可能性の有無の問題は緊急命令の許否の判断にかか 専ら右の団結権の現実的保障の見地から、緊急命令の即時救済の必要性の有無のみを判断すべきことになるのであつて、本案訴訟の帰趨ないしは被告委員会の勝訴の可能性の有無の問題は緊急命令の許否の判断にかかわるところはないのである。この点において緊急命令の制度は、民事訴訟法上の仮処分制度や行政事件訴訟法上の執行停止制度とは制度の趣旨を異にするものである。 もつとも、当該救済命令が違法の疑が濃く、取消を免れないとみられるような場合にまで、使用者に、その履行を強制すべき理由はないものと言えよう。しかし、使用者が命令の履行の強制を免れようとするのであれば、当該命令の執行停止を申立てるべきであつて、その場合においては、執行停止の消極要件たる当該命令の取消訴訟の「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法第二五条第三項後段)にあたるかどうかの問題として、当該命令の適否が考慮されることになるというのが現行制度の建前なのである。 これを要するに、緊急命令制度の本質にかんがみれば、労働委員会の申立のあつた場合においては、申立に係る救済命令内容の実現について、もつぱら右の団結権保障の見地から、その即時救済の必要性の有無のみを判断して、申立の許否を決すべきものであつて、救済命令自体の適否を審査すべきものではないと言わねばならないのである。 2 労働委員会の救済命令の適否ないしその維持可能性を審査するということは、結局労働委員会が使用者のある所為を不当労働行為と認定したことの当否を審査することに帰着せざるを得ないのであつて、本件原決定の所論もその例外ではない。 しかし、不当労働行為の認定は、委員会が当該事件に現出した一切の証拠資料に基づき使用者の当該所為及びこれに関連のある一切の事情を総合的に洞察判断してなされるものである。もとよりその認定の是非は裁判所 しかし、不当労働行為の認定は、委員会が当該事件に現出した一切の証拠資料に基づき使用者の当該所為及びこれに関連のある一切の事情を総合的に洞察判断してなされるものである。もとよりその認定の是非は裁判所の審査に服するのではあるが、その審査もまた、同様に当該事件の一切の証拠資料に基づく総合的な判断によつてのみなし得るものであることは当然と言わなければならないであろう。然りとすれば、その判断は、まさに当該訴訟の本案においてのみ適切になされ得る問題であつて、団結権の現実的保障のために緊急に判断を要する緊急命令手続にはなじみ得ないものである。 もし、緊急命令手続の中で、救済命令の適否を判断するとすれば、その判断は、一応の経過的判断にならざるを得ないのであつて、そのような判断によつて、緊急命令の許否を決することは、前叙のごとき緊急命令制度の本質と相容れないものであると考えるのである。 二仮に、原決定にいう「救済命令の適否」ないしその「維持可能性」の問題が、緊急命令の許否の判断にあたり考慮されるべきものであるとしても、それは、右の団結権保障の見地から、即時救済の必要性の考慮と併せてなされるべき総合的な判断の一要素たるにすぎないものと思科される。このことは、原決定も「当該救済命令の適否及び即時救済の必要性等の諸事情を考慮」すべきものとしてこれを認めているところである。 しかるに、原決定が、原決定摘示の理由で本件命令の維持可能性に疑義があることのみを理由として、緊急命令を発することが相当でないと判断しているのは、以下述べるように速断のそしりを免れない。 1 原決定は、右記のように、緊急命令の許否にあたつては、「即時救済の必要性等の諸事情」をも考慮すべきものと解しながら、この事情については、何らの考慮をも払つていない。このこと自体、甚だ諒解に苦しむところ 決定は、右記のように、緊急命令の許否にあたつては、「即時救済の必要性等の諸事情」をも考慮すべきものと解しながら、この事情については、何らの考慮をも払つていない。このこと自体、甚だ諒解に苦しむところであるが、おそらく、本件救済命令に決定的な疑義があり、このことによつて即時救済の必要性については、判断する要をみないと考えたであろうと推測される。いずれにしても、即時救済の必要性を考慮せずして、救済命令の申立を却下するには、少くとも、当該救済命令にその考慮を不要とする程の重大な疑義がなければならないのである。 しかし、原決定が指摘するところを検してみても、本件救済命令にそのような意味での重大な疑義が存するとは到底考えられないのである。 2 原決定は、抗告人委員会の命令理由中、本件配置転換に当つて、被抗告人が設けた地方への配置転換対象者二八名(独身男子)の分会員、非分会員別人数(それぞれ一四名と認定)をもとに、地方への配置転換対象者九名のすべてを分会員から選定したことを不自然と判断し、これを不当労働行為意思のあらわれとした点について、分会員、非分会員別人数が分会員二二名、非分会員六名であることを主たる理由として、抗告人委員会の救済命令の当否に疑義があるものとしたものである。 しかしながら、分会員、非分会員別人数が原決定認定のとおりであるとしても、その数字が、本件配置転換の内示をうけた者がすべて分会員であることの不自然さを直ちに払拭するものとは考えられない。この点について、原決定が、何らの首肯するに足る理由を示すことなく、「地方へ配置転換の内示を受けた九名又は八名のすべてが分会員であることも、独身の地方勤務未経験者中に分会員の占める割合(二八名中二二名又は二三名中二〇名)からみると、強ち不自然なものとはいえない。」とし、また、「他の者に優先して配 又は八名のすべてが分会員であることも、独身の地方勤務未経験者中に分会員の占める割合(二八名中二二名又は二三名中二〇名)からみると、強ち不自然なものとはいえない。」とし、また、「他の者に優先して配置転換すべき事情は、本件救済命令の認定する分会員の人数比を前提としてのみ考慮しうるものであるにすぎない。」と断じているのは、納得しかねるところである。原決定は、配置転換対象者の人選基準が不合理なものとはいえないことをその理由としているように見えるけれども、本件救済命令も右の人選基準自体を不合理なものとはしていないのである。 3 右の人数比の問題は、たしかに、抗告人が、本件配置転換を不当労働行為と認定するに当つて考慮した事情であるが、これがその認定の唯一の根拠となつているのではない。本件労使関係の実情、配置転換にいたる経緯等もその根拠として考慮されているのであり、右人数比の問題も、それらの事情と併せて総合的に判断されているのである。したがつて、その人数比の問題が直ちに本件救済命令の維持可能性を疑問にするものではないのである。而して、右の具体的諸事情の総合的な考慮・評価については、原決定は殆んどこれをしていないのである。 4 以上述べたとおり、原決定の指摘する諸点は、緊急命令の即時救済の必要性のいかんにかかわらずこれを発することを不相当とするほど現時点において救済命令の維持可能性に重大な疑義をもたらすものとは到底言えない。 結局、抗告人の本件緊急命令申立にかかわる救済内容の即時救済の必要性を十分考慮することなくして、本件申立を却下した原決定は違法として取消を免れないものと思料するのである。 三なお、労働委員会の緊急記令の申立を却下する決定に対して、当該労働委員会が抗告をなし得るかどうかについては、労働組合法には明文の規定がなく疑義の存するところで 免れないものと思料するのである。 三なお、労働委員会の緊急記令の申立を却下する決定に対して、当該労働委員会が抗告をなし得るかどうかについては、労働組合法には明文の規定がなく疑義の存するところではあるが、民事訴訟法第四一〇条の適用をこの場合に排除すべき積極的理由に乏しいと考えられるので、原決定に上記のような法律上の疑義が存する以上、本件抗告に及んだ次第である。 (別紙二)相手方の反論第一中労委の抗告理由に対する反論一緊急命令却下決定に対する抗告は許されないことについて緊急命令に対する抗告手続が許されないことは、すでに、判例上確立したものであり、中労委も亦、過去一貫して、そのように主張をして来たところである。 それにも拘らず、緊急命令却下決定に対しては抗告手続が許されなければならないとすべき特段の理由はないから、本件抗告は却下さるべきである。 緊急命令に対する抗告手続が許されない根拠としては、労働組合法(以下、法という)第二七条第八項において、緊急命令については、原裁判所が「この決定を取り消し、若しくは変更することができる」と定められていることにより、制度自体柔軟であり、必要があれば、原裁判所が取消、変更を行ないうるから敢えて抗告手続を許す必要がないとするものである。それに対し、緊急命令の却下決定については抗告手続を許すべきものとする見解は、全くその論拠を示していない。 而して、この点は、法第二七条第八項に、一旦発せられた緊急命令についてすら「取り消し、変更」を認めると定められていることおよび却下決定に既判力を生ずるわけでもなく、申立に時期的な制約があるわけでもないことからして、もし、申立が却下された場合でも、事情変更に伴つて、必要があると解すれば再び申立をすればよいだけであり、緊急命令の認容決定と却下決定との間に、抗告手続 立に時期的な制約があるわけでもないことからして、もし、申立が却下された場合でも、事情変更に伴つて、必要があると解すれば再び申立をすればよいだけであり、緊急命令の認容決定と却下決定との間に、抗告手続の取扱いを別異にしなければならないような特段の合理的理由は存在しない。 (なお、緊急命令の却下決定に対しては抗告手続が許されるとの主張は、労働委員会に属しまたは属した方々に多いことも、この主張が、法律論というよりは政策論的な性格のものであることを暗示しているものといえよう。)したがつて、本件抗告は、抗告手続に親しまない事件であるという理由によつて却下さるべきであると思料する。かりに本件抗告手続を許すとしても、本件においては、以下に述べるとおり、抗告の理由がないから、いずれにしても却下は免れないものと考える。 二救済命令の適否の審査について(一) 緊急命令を発するに当つて、裁判所はどの範囲の審査をすべきであるかについて中労委は、抗告状において、裁判所が緊急命令の許否を決するに当つては、「緊急命令の即時救済の必要性の有無のみを判断すべき」であると主張しているので検討すると、この点については、(イ) 救済命令の適否を審査することができるが、緊急命令の必要性については、労働委員会の申立があつた以上これを肯定すべきである。 (ロ) 救済命令の適否を審査せず、緊急命令の必要性だけを審査すべきである。 (ハ) 救済命令の適否および緊急命令の必要性の双方を審査すべきである。 との三説がある(C「緊急命令」労働法大系四巻一八八頁参照)といわれる。 (イ)の立場に立つ裁判例としては、鳥取県教育委員会事件(鳥取地裁昭和二五年五月二九日決定、労裁資八号二六八頁)があり、学説としては、D「救済をめぐる諸問題」(新労働法講座六巻三〇七頁参照)がある。 (ロ)の立 立つ裁判例としては、鳥取県教育委員会事件(鳥取地裁昭和二五年五月二九日決定、労裁資八号二六八頁)があり、学説としては、D「救済をめぐる諸問題」(新労働法講座六巻三〇七頁参照)がある。 (ロ)の立場に立つ裁判例としては、谷岡学園事件(大阪地裁昭和三八年七月一七日決定、労民集一四巻四号九一四頁)があり、学説としては、E「労働委員会における救済手続」(労働法講座二巻三八二頁参照)がある。 (ハ)の立場に立つ裁判例としては、北陸金網工業事件(新潟地裁昭和二七年一二月二五日決定、労民集四巻三号二三頁)があり、学説としては、C「緊急命令」(労働法大系四巻一八九頁参照)がある。 この他にも多くの裁判例があるが、それらは、救済命令の適否について、右のいずれかの立場に立つのか必ずしも明らかにしていない。 本件で、中労委が抗告状において主張するところは、右の(ロ)の立場に立つものとみられる。 (二) 原決定の立場しかしながら、裁判所は、労働委員会の事実認定および判断に当然拘束さるべきいわれはないし、また、救済命令取消を求める行政訴訟が提起されれば、労働委員会は必ずといつていいほど緊急命令の申立をする実情からみても、一般的にも(イ)の立場はとりえず、基本的には(ハ)の立場を取るべきであろう。 原決定は、「当該救済命令の適否及び即時救済の必要性等の諸事情を考慮して、相当と認める場合に緊急命令を発するものと解される」とするので、右の(ハ)の立場に立つものとみられるが、それは正当である。 (三) 中労委の立場およびその批判右のうち、(ロ)の立場は、救済命令に行政行為としての公定力を承認することを前提とするものであつて、この立場であつても、当然のことながら無条件で公定力ありとするものではなく、「救済命令に重大かつ明白な瑕疵がある等特段の事情の認められない 行為としての公定力を承認することを前提とするものであつて、この立場であつても、当然のことながら無条件で公定力ありとするものではなく、「救済命令に重大かつ明白な瑕疵がある等特段の事情の認められない限り、緊急命令の必要性について判断すれば足るものと解すべく、」(前掲谷岡事件決定)、もし適法性の確定が及ばない程度に「重大かつ明白な瑕疵」がある場合はこの限りでないという趣旨である。してみると、(ロ)の立場は、適法性の推定に疑問がもたれる事案に関しては、(ハ)の立場と同じ結果となるものである。 なお、ここにいう「重大かつ明白な瑕疵」は、不当労働行為救済の制度が、準司法的性質をもつものであることからすれば、命令の主文はもとより、理由中の判断部分についても、また、事実認定部分についても右の瑕疵があつてはならないという趣旨である。 そして、後記四(四)以下においてみるとおり、本件救済命令は、「その最も重要な論拠の部分に誤りがあるもの」であるから、「重大かつ明白な瑕疵」があつたものというべきである。 したがつて、本件救済命令の場合は、適法性の推定が及ばない場合であるから、「緊急命令の即時救済の必要性の有無のみを判断すべき」場合には当らないのであり、中労委の主張は理由がないことに帰する。 なお、右に述べたとおり、こと本件緊急命令申立事件に関する限りでは、(ロ)の立場であつても実質的には(ハ)と同様の審査を余儀なくされたであろうし、(イ)の立場であれば勿論であるから、いずれにしても本件救済命令の適否の審査は免れないところである。 すなわち、裁判所は、一般的に、緊急命令を発するに当つて、救済命令の適否を審査することができ、また、すべきであるとともに、尠くとも本件の場合、救済命令の適否を免れない場合であるから、中労委の主張は理由がない。 三救済命令の に、緊急命令を発するに当つて、救済命令の適否を審査することができ、また、すべきであるとともに、尠くとも本件の場合、救済命令の適否を免れない場合であるから、中労委の主張は理由がない。 三救済命令の適否の審査の程度について中労委は、裁判所が救済命令の適否ないしその維持可能性を審査することは、労働委員会の手続に現われた一切の疎明資料に基づく総合的な判断によつてのみなしうるものであり、それは、救済命令取消を求める本案訴訟手続においてのみ適切になされうるものであつて、緊急命令手続にはなじみえないと主張する(抗告の理由一2参照)ので、これについて検討する。 中労委の右の主張は、裁判所が、緊急命令の許否を決定するに当つてなす救済命令の適否の審査は、本案訴訟におけると同様の事実審理手続でなければなしえず、また、そうでなければならないとの前提に立つものであるが、これは全く根拠のない謬論である。 裁判所が、緊急命令の許否を決するに当つてなす救済命令の適否の審査の程度を考えるについては、北陸金網工業事件の決定理由の考え方が参考になるであろう。 同決定の理由は、「不当労働行為に対する労働委員会の準司法的機能と労働組合法第二十七条第七項の決定の性質からみて同法第二十七条第四項の救済命令の当否、とりわけ該命令の基礎たる事実認定の適法性を判断するには、例えば民事訴訟法上の仮処分におけると同様に裁判所においてはじめからすべての資料に直接あたる必要はないのであつて、労働委員会の調査と審問手続の記録にあらわれた資料によつて、特に職権により調査する必要が認められない限り、該命令の主文が一応理由づけられる程度の疎明があれば足りるものと考える。」と述べている。 右の「労働委員会の調査と審問手続の記録にあらわれた資料によつて、」「該命令の主文が一応理由づけられる程度の疎 命令の主文が一応理由づけられる程度の疎明があれば足りるものと考える。」と述べている。 右の「労働委員会の調査と審問手続の記録にあらわれた資料によつて、」「該命令の主文が一応理由づけられる程度の疎明があれば足りる」というのが、この場合の核心である。 裁判所が、緊急命令の許否を決するに当つてなす救済命令の適否の審査は、労働委員会の審査の過程に現われた疎明資料をもつて、救済命令に記載された「認定した事実」が一応認定でき、その「認定した事実」から、救済命令に記載された「判断」および「法律上の根拠」に一応至りうるか否かを検討すれば、救済命令の主文が一応理由づけられたものとし、これで緊急命令を発しうる程度に、救済命令の適法性が審査されたものとしてよいと考える。 すなわち、裁判所が、緊急命令の許否を決するに当つては、何も労働委員会の審査過程に現われたすべての疎明資料を駆使して、労働委員会が立たなかつた観点から事実認定をしたり、判断や法律構成を試みることまでして、救済命令の適否の審査をする必要はなく、要するに、労働委員会に現われた疎明資料によつて、労働委員会と同じ事実認定、判断および法律上の根拠が裏づけられるかの検討をすれば、救済命令の適法性の審査としては足るものと思料する。 然りとすれば、中労委の、救済命令の適否の審査は、救済命令取消の本案訴訟手続においてのみしか適切になされえず、緊急命令手続にはなじみえないとする主張が当らないことも亦、明白である。 四本件救済命令の「維持可能性」の疑義について(一) 原決定は、「本件救済命令には、その最も重要な論拠の部分に誤りがあるものといわなければならないから、現時点においては、その維持可能性に疑義があり、緊急命令を発することは、相当でないと考えられる。」といつているのに対し、中労委は、これが速断である の部分に誤りがあるものといわなければならないから、現時点においては、その維持可能性に疑義があり、緊急命令を発することは、相当でないと考えられる。」といつているのに対し、中労委は、これが速断であると主張するので、本件救済命令の「維持可能性」について、検討してみることとする。 本件救済命令は、その再審査申立棄却の理由が、原決定のいうとおり、三つの骨子からなつている。その一つは、本件配置転換に至る背景事情として昭和四八年六月の分会結成通知以降労使間の対立が険悪化しつつあつたことが認められること、二つは、分会員、非分会員の数を対比して、本件配置転換において、分会員九名のみを地方に配置転換したことが、その人選に特段の理由がない限り、分会員なるが故に地方への配転であると認めざるをえないこと、三つは、A、Bについて、他に優先して配置転換すべき事情が認められないことを挙げ、以上からして、本件配置転換は、分会員を本社フロアーおよび本社の中枢部門から排除するための一環として行なつた不当労働行為であるという。つまり、本件救済命令の理由は、背景事情を骨子一として、本件配置転換そのものについて、骨子二および三において述べるだけである。 この三つの骨子からなる理由に則して考えた場合、本件救済命令のごとき判断に至るか否かを検討してみればよい。 (二) まず、骨子一の理由であるが、これは背景事情であつて、これのみにて、本件配置転換ひいては解雇そのものが不当労働行為であると断ずる理由にはなりえない(なお、都労委、中労委における疎明資料からして、「対立が検悪化しつつあつた」と認められるか否かについては、さて措くこととする)。 (三) つぎに骨子三の理由についてみると、これは、A、Bの両名にわけて、それぞれにつき消極的理由を挙げているが、しかし、これは以下にみるとおり全 と認められるか否かについては、さて措くこととする)。 (三) つぎに骨子三の理由についてみると、これは、A、Bの両名にわけて、それぞれにつき消極的理由を挙げているが、しかし、これは以下にみるとおり全く理由にならない。 本件救済命令には、「(ア)Aについては、東京支店のボード課外勤販売担当者の中では勤務時間が最も短く、同人よりも長い者が数名おり、その中で同人がとくに販売体制強化の重点ともみられる岡山営業所への同人のみ配置転換していること、(イ)Bについては、東京支店勤務が二年弱で、しかも営業の経験はなく、地方営業所勤務には有用である自動車運転免許も取得していないことなど」を挙げている。 しかし、Aがボード課勤務期間が最も短いとの点、岡山営業所に同人のみ配転したとの点は、いずれも全く事実に反する。 Aの場合、ボード課勤務期間が同人よりも短いものが他に存在し、岡山営業所には、営業経験の豊かな者が、同時に、営業所長として転勤して来たのである。しかも、Aは、地方勤務未経験の独身男子社員二八名中ただひとりの倉庫、出荷業務の経験者であり、本件配置転換時に、岡山営業所と同じ場所に新設された岡山配送センターの業務の指導に携わる上でも適任であり、同営業所長と経歴が似ている点、年齢構成の点なども考慮されていたのである。 したがつて、Aについての骨子三の理由は無に帰する。 また、Bについては、営業未経験で自動車運転免許(ただし「有用」にすぎない)を有しないことだけ(「など」といつているが他には何も掲げていない)を挙げているが、本人自身、かつて営業の希望を述べていたのだから、右の点を挙げてみたところで、本件配転における、何ら合理的な消極的理由にはなりえないものである。すなわち、本人が未経験、資格不足であれば、一切、本人の希望を容れてはならないという結論に たのだから、右の点を挙げてみたところで、本件配転における、何ら合理的な消極的理由にはなりえないものである。すなわち、本人が未経験、資格不足であれば、一切、本人の希望を容れてはならないという結論に至る奇妙な論理を展開しているわけである。 しかも、Bの場合、同人の職場は同人の担当していた計算業務の外注移行により廃止され、同人は冗員となり、いずれにしてもどこか他の職場に転出させなければならない者であつた事実を、故意に無視し、もしくは完全に見落しているのである。 したがつて、Bについても、骨子三の理由は、無意味である。 (四) そこで、本件救済命令がいう、「いずれも他に優先して配置転換すべき事情は認められない。」理由としては、骨子二の理由のみとなる。 一般的にいつて、労働契約上勤務場所の制限的特約がない場合に、従業員の勤務場所を指定することは、使用者の裁量権の範囲内にあり、本件配置転換におけるA、Bの場合も、勤務場所の制約的特約がなく、むしろ、両名は会社の事業所の存在するあらゆる場所に勤務することに合意して採用されていたのである。 したがつて、両名は、会社の配置転換命令に従うべき義務を負つていたのである。 使用者が自己の裁量によつて配置転換を行ないうることは右にみたとおりであるが、会社は、本件配置転換に当つて、一定の基準を設けてこれを実施した。 配置転換自体裁量の範囲内であるから、一定の配置転換基準を設定することもまた裁量の範囲内であるというべきであるが、尠くとも本件配置転換における基準が裁量の範囲内にあつて不合理なものでないとしたら、会社は、その配置転換基準に照らして、A、Bを配置転換しうるはずである(中労委も、抗告状の中で、「本件救済命令も右の人選基準自体を不合理なものとはしていないのである。」といつている〈抗告の理由二2末尾参照〉 の配置転換基準に照らして、A、Bを配置転換しうるはずである(中労委も、抗告状の中で、「本件救済命令も右の人選基準自体を不合理なものとはしていないのである。」といつている〈抗告の理由二2末尾参照〉)。 しかるになお、本件救済命令は、A、Bについて、「他に優先して配置転換すべき事情は認められない」というが、ここで、A、Bが「他に優先し」ない理由を本件救済命令の理由中に求むれば、これは骨子二の理由以外にない。 そもそも、本件救済命令が、配置転換に当つて、分会員対非分会員の人数比を考慮に入れる態度を取ること自体問題である。この論理でいけば、使用者は従業員の配置転換に当つて、常に、組合員であるか否かを念頭におかねばならず、一組合のみ存在する場合には非組合員との、複数組合の存在する場合にはその各組合との間の各均衡を第一に考え、業務上の必要性、具体的人選の妥当性等は二の次にせよということになりかねない。しかも、その均衡を維持せんがためには、常に、だれがどこの組合員であるまたは組合員でないということを把握しておかなければならないことにもなり、かえつて組合への支配介入を招きかねないであろう。 したがつて、本件救済命令の分会員、非分会員の人数対比の観点からする事実認定および判断の方法自体失当である。 しかし、その点は措き、人数比の方法によるとしても、本件救済命令の分会員対非分会員の人数の認定には大きな誤りがあつた。 本件救済命令は、本件配置転換当時、本社および東京支店における地方勤務未経験の独身男子社員の数を分会員対非分会員で一四対一四と認定したが、都労委および中労委に提出されている申立人側の全ての疎明資料によれば、これが二二対六、本来の意味における本社フロアーについてみれば実に二〇対三であるのが事実であり、中労委命令の誤りであることは歴然としてる よび中労委に提出されている申立人側の全ての疎明資料によれば、これが二二対六、本来の意味における本社フロアーについてみれば実に二〇対三であるのが事実であり、中労委命令の誤りであることは歴然としてる。 本件救済命令において、本件配置転換そのものについてこれを不当労働行為であると認定するむしろ唯一ともいうべき理由(前述したところから明らかなとおり、骨子一の理由は背景事情にすぎず、骨子三の理由は理由たりえない)の箇所にこのような大きな事実誤認が存在するわけであり、しかも、この事実誤認は、本件救済命令の結論に影響を及ぼす程度のものである。 まさに、原決定がいうとおり「本件救済命令には、その最も重要な論拠の部分に誤りがあるものといわなければならない」。 (五) なお、中労委は、抗告の理由二3において、「右の人数比の問題は、たしかに、抗告人が、本件配置転換を不当労働行為と認定するに当つて考慮した事情であるが、これがその認定の唯一の根拠となつているのではない。本件労使関係の実情、配置転換にいたる経緯等とその根拠として考慮されているのであり、右人数比の問題も、それらの事情と併せて総合的に判断されているのである。したがつて、その人数比の問題が直ちに本件救済命令の維持可能性を疑問にするものではないのである。而して、右の具体的諸事情の総合的な考慮・評価については、原決定は殆んどこれをしていないのである。」と述べている。 しかし、すでに述べたとおり、本件救済命令の本件配置転換に関する部分の骨子三の理由が理由たりえず、骨子二の理由が重大な事実誤認を犯している以上、背景事情にすぎない骨子一の理由と「総合的な考慮・評価」をしてみたところで本件配置転換の事実を正しく認定しうるはずもないのであるから、本件救済命令の事実認定および判断が支持される可能性は極めて低く、原 事情にすぎない骨子一の理由と「総合的な考慮・評価」をしてみたところで本件配置転換の事実を正しく認定しうるはずもないのであるから、本件救済命令の事実認定および判断が支持される可能性は極めて低く、原決定の結論が左右されるには至らないであろう。 しかも、中労委は、本件抗告状において、殊更に骨子二の理由の救済命令中に占める比重を、極力軽からしめようとしているが、骨子二の理由が、本来、本件救済命令の中心的柱であることは明らかである。 それは、本件救済命令が、事実認定において、都労委の事実認定を殆んどそのまま引用したにもかかわらず、自ら、分会員対非分会員の人数対比表のみは、ことさらの認定事実として掲げ、新たな事実認定として、ただひとつこれを加えたことに照しても、また、本件配置転換に関する判断において、人数対比に力点を置いて述べている(骨子三の理由の末梢的なことと対照的である)ことからしても、みてとれるのである。 中労委が、「これがその認定の唯一の根拠となつているのではない。」といつてみたところで、原決定がいうとおり、「その最も重要な論拠の部分」であることに変りはなく、かつ、そこに「誤りがあるもの」である。 (六) 緊急命令の申立を受けた裁判所が、救済命令の適否を審理する場合、その適否の審理はどの程度行なうべきかについては前述したとおり、労働委員会の審査の過程に現われた疎明資料をもつて、救済命令の事実認定および判断の理由とするところによつて、その主文が一応支持されうるかを審理すれば足るといえようが、本件救済命令の場合にこれを当てはめてみると、都労委、中労委の段階に顕われた疎明資料をもつてしても、本件救済命令のなしたとおりの事実認定には至らず、その事実誤認は判断に至る重大な論拠の箇所に生じているため、その事実誤認をもつてしては本件救済命令の判断 労委の段階に顕われた疎明資料をもつてしても、本件救済命令のなしたとおりの事実認定には至らず、その事実誤認は判断に至る重大な論拠の箇所に生じているため、その事実誤認をもつてしては本件救済命令の判断に必至することを保しがたく、したがつて本件救済命令の主文を、ひとまず理由づけることができなくなつているのである。 すなわち、原決定がいうとおり、緊急命令を発すべきや否やの程度に本件救済命令の適否を審査した「原時点においては、その維持可能性に疑義があ」るものというのは動かし難いところである。 第二中労委の主張に対するその他の反論一原決定が「即時救済の必要性等の諸事情」について判断を示さなかつたことについて原決定が、即時救済の必要性について判断を示さなかつたことは、中労委が、抗告状において述べているごとく、「本件救済命令に決定的な疑義があり、」「即時救済の必要性について」まで「判断する要をみないと考えたのであろうと推測される。」(抗告の理由二1参照)ところで足るというべきである。 本件救済命令自体、その維持可能性に疑義があるとされる以上、いかに緊急命令の必要性について審査してみたところで、「緊急命令を発することは、相当でない」とする原決定の結論を左右するには至らないであろうことは殆んど明らかであるから、中労委の非難は、全く理由がない。 二 「団結権の現実的保障の見地から」緊急命令の許否を判断すべきであるとの点について中労委の所謂「団結権の現実的保障の見地」ということが何を意味するかは、必ずしも明らかでない。 A、Bが解雇されたからといつて分会員でなくなつたということは、主張も疎明資料も提出されていない。したがつて、分会員数の増減という点では、解雇は、直接関係がない。 A、Bを原職に復帰させなければ、本社および東京支店に現存する分会員 員でなくなつたということは、主張も疎明資料も提出されていない。したがつて、分会員数の増減という点では、解雇は、直接関係がない。 A、Bを原職に復帰させなければ、本社および東京支店に現存する分会員が減るという意味であるならば、しからば、そもそも本件配置転換の時点において、分会が、地方に配置転換された八名について、個人の意思に基づいて配置転換に応ずるか否かを決めさせていたという方針と矛盾するのではないのか。しかも、分会の主張によると、地方への配置転換に応じた六名の分会員の中には、執行委員もいたとのことであるし、職場委員であつたというにすぎぬA、Bのみが「他に優先して配置転換」を拒否「すべき事情は認められな」かつたのではなかろうか。 しかるに、解雇を覚悟してまで本件配置転換を拒否し、結局解雇されて社外に去つた両名について、現在に至つて原職に復帰させて社内に戻さなければ、「団結権の現実的保障」に欠けるという主張は、中労委からいわれるにしても、分会の当時の態度に照らすとき、前後一貫しないものというべきである。 三まず緊急命令を発し、その後に執行停止を申立てるべきであるとする中労委の主張について中労委は、抗告の理由一1において、「もつとも、当該救済命令が違法の疑が濃く、取消を免れないとみられるような場合にまで、使用者に、その履行を強制すべき理由はないものと言えよう。しかし、使用者が命令の履行の強制を免れようとするのであれば、当該命令の執行停止を申立てるべきであつて、その場合においては、執行停止の消極要件たる当該命令の取消訴訟の「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法第二五条第三項後段)にあたるかどうかの問題として、当該命令の適否が考慮されることになるというのが現行制度の建前なのである。」と述べている。 本件救済命令は、すで いとみえるとき」(行政事件訴訟法第二五条第三項後段)にあたるかどうかの問題として、当該命令の適否が考慮されることになるというのが現行制度の建前なのである。」と述べている。 本件救済命令は、すでにみたとおり、「違法の疑が濃く、取消を免れないとみられるような場合に」当るというべきである。 しかし、中労委の右の主張は、そのような場合には、「履行を強制すべき理由はないものと言えよう。」といいつつ、その後に続けて、無限定に、とにかく緊急命令をひとまず発した上で、使用者に執行停止の手続を取らせるべきであると述べている。 このような中労委の態度は看過できない。 取消を免れないような救済命令の場合にまで、一旦緊急命令を発した上で、使用者に執行停止という迂遠な手続を取らせるべきであるという中労委の主張は、不当労働行為救済制度ないし労働委員会制度の何たるかを忘れた議論であろう。 かかる主張の背後には、不当労働行為救済制度ないし労働委員会制度を、専ら労働者の救済のためのみの制度としてこれを把え、何が何でも労働者の救済を急ぎ、制度本来の目的が労使関係の正常化にあることを忘れた態度がほのみえている。 不当労働行為救済制度についての最近の裁判例が、「現行不当労働行為制度は使用者側からの団結権侵害から労働者を救済することだけを目的とするものである」との主張を斥け、「けだし元来不当労働行為制度の趣旨は労使間にあるべき正常な関係がゆがめられた場合にそれを除去して正常な関係にもどし将来の安定した労使関係を確立するところにある。」(延岡郵便局事件、東京高裁昭和五三年四月二七日判決、労働経済判例速報九八〇号三頁)と述べていることを引用すれば十分と考える。 第三結語以上述べたとおり、本件抗告が許されざること、かりに、抗告が許されたとしても、抗告の理由がないことは 日判決、労働経済判例速報九八〇号三頁)と述べていることを引用すれば十分と考える。 第三結語以上述べたとおり、本件抗告が許されざること、かりに、抗告が許されたとしても、抗告の理由がないことは明らかであり、いずれにしても本件抗告は却下を免れないものと思科する。 以上

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