平成15(ワ)1307 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成16年5月13日 大阪地方裁判所
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判決文本文53,616 文字)

主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 及び理由第1請求 原告らの請求被告らは,原告らそれぞれに対し,連帯して1万円及びこれに対する平成15年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告小泉純一郎の本案前の答弁本件訴えのうち,被告小泉純一郎に対する訴えをいずれも却下する。 第2事案の概要本件は,平成13年8月13日,平成14年4月21日及び平成15年1月14日,被告国の内閣総理大臣である被告小泉純一郎(被告小泉)が,被告靖國神社が設置している靖國神社以下靖國神社というに参拝以下平(「」。)(,成13年8月13日の参拝を本件第1参拝平成14年4月21日の参拝を「」,本件第2参拝平成15年1月14日の参拝を本件第3参拝という各「」,「」。 参拝をあわせて本件各参拝というしたところ原告らは本件各参拝に「」。),,,,より戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め戦没者をどのように回顧し祭祀するかしないかに関して,公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し行う権利ないし利益を侵害されたとして,被告国に対しては,国家賠償法(国賠法)1条1項に基づき,被告小泉及び被告靖國神社に対しては,民法709条に基づき(被告小泉については故意又は重過失があったとして連帯して原告らそれぞれにつき1万円及びこれに対する本件),,第3参拝の日である平成15年1月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 前提事実(争いのない事実及び後掲証拠により認められる事実) (1) 被告小泉被告小泉は,平成13年4月26日,内閣総理大臣 民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 前提事実(争いのない事実及び後掲証拠により認められる事実) (1) 被告小泉被告小泉は,平成13年4月26日,内閣総理大臣に任命され,被告国の内閣総理大臣として行政各部を指揮監督する職務を担っており(憲法72条,憲法を尊重擁護する義務を負う(憲法99条。 ))(2) 被告靖國神社(甲23,26,27,31の1ないし4,乙1の1・2)被告靖國神社は,目的を「明治天皇の宣らせ給うた「安國」の聖旨に基づ,,,,き国事に殉ぜられた人々を奉斎し神道の祭祀を行ひその神徳をひろめ本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し,社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための業務及び事業を行うこと」とする宗教法人であって靖國神社を設置している靖國神社は国のために一命,。 ,「を捧げた人たちの霊を慰めるために建てられた施設であり国事に殉ぜら」,「れたる人々を祭神とし祭神の神徳を弘めその理想を祭神の遺族崇」「」,「,敬者及び一般に宣揚普及」することを目的としている。 被告靖國神社は,昭和20年,靖國神社に将来祭られるべき陸海軍軍人軍属等の招魂奉斎のための臨時大招魂祭を執行し同祭において招魂された御,「霊」の中から,合祀に必要な調査のすんだ「御霊」を,昭和21年以降57回にわたって合祀した。 (3) 内閣総理大臣による靖國神社参拝の経緯(甲1の1・3,2の1・2,3,,,,,,,の1ないし3 6の1・27の1・28の1・29の1・210ないし23,25ないし27,28の1ないし20,68,乙1の1・2,2ないし7)ア吉田茂内閣総理大臣は,昭和26年10月18日,戦後初めて靖國神社を参拝 7の1・28の1・29の1・210ないし23,25ないし27,28の1ないし20,68,乙1の1・2,2ないし7)ア吉田茂内閣総理大臣は,昭和26年10月18日,戦後初めて靖國神社を参拝し,昭和29年まで,代理参拝も含めて6回参拝した。 イその後,鳩山一郎及び石橋湛山の各内閣総理大臣は,靖國神社に参拝しなかったが,以降,岸信介,池田勇人,佐藤栄作,田中角栄,三木武夫,福田赳夫,大平正芳,鈴木善幸及び中曾根康弘の各内閣総理大臣は,それ ぞれ靖國神社に参拝し,その回数は,29年間で52回に及んだ。 ウ岸信介から中曾根康弘に至る各内閣総理大臣は,靖國神社の春の例大祭時期である4月21日から同月23日までに合計20回,秋の例大祭時期である10月17日から同月19日までに合計15回及び終戦記念日である8月15日に合計8回,靖國神社に参拝した。 エ安倍晋太郎内閣官房長官は,昭和53年10月,内閣総理大臣等の靖國神社参拝について,(ア) 内閣総理大臣その他の国務大臣の地位にあるものであっても,私人として憲法上信教の自由が保障されていることから,私人の立場で神社・仏閣等に参拝することは自由であり,特に,政府の行事として参拝を実施することが決定されるとか,玉ぐし料等の経費を公費で支出するなどの事情がない限り,私人の立場での行動と見るべきである,(イ) 警備上の都合及び緊急時の連絡の必要等から,私人としての行動の際にも,必要に応じて公用車を使用しており,公用車を利用したからといって私人の立場を離れたものとはいえない,(ウ) 記帳の際,その地位を示す肩書を付すことは,その地位にある個人をあらわす場合に,慣例として用いられており,肩書を示したことから私人の立場を離れたものと考えられないとの被告国の統一見解を示し,福田赳夫内閣総理大臣の靖國 示す肩書を付すことは,その地位にある個人をあらわす場合に,慣例として用いられており,肩書を示したことから私人の立場を離れたものと考えられないとの被告国の統一見解を示し,福田赳夫内閣総理大臣の靖國神社への参拝を,私人としての行為であるとした。 オ宮澤喜一内閣官房長官は昭和55年11月衆議院において総理大,,,「臣が,国務大臣の資格で参拝することは,憲法20条との関係で違憲の疑いを否定できない」と発言した。 。 カ内閣官房長官の私的諮問機関である「閣僚の靖國神社公式参拝問題に関する懇談会は昭和60年8月9日藤波孝生内閣官房長官に対し政」,,,「府は,この際,大方の国民感情や遺族の心情をくみ,政教分離に関する憲 法の規定の趣旨に反することなく,国民の多数により支持され,受け入れられる何らかの形で,内閣総理大臣その他の国務大臣の靖國神社への公式参拝を実施する方途を検討すべきであるとの記載がある報告書を提出し。」た。 キ中曾根内閣総理大臣は同月15日靖國神社を参拝しその後首相,,,,「としての資格において参拝しました。もちろん,いわゆる公式参拝であります国民の大多数は公式参拝を支持していると確信しておりますと話。 。」した。 ク藤波内閣官房長官は同月20日衆議院で戦没者に対する追悼を目,,,「的として本殿又は社頭で一礼する方式で参拝することは,規定に違反する疑いはないとの判断に至った」と発言した。 。 ケ中曾根内閣総理大臣は,上記参拝に対して,アジア各国から強い批判を受け,以降の靖國神社への参拝を見送った。 コ後藤田正晴内閣官房長官は,昭和61年8月14日,中曾根内閣総理大臣が靖國神社参拝を見送ったことの理由として「靖國神社がいわゆるA級戦犯を合祀していること等もあ 降の靖國神社への参拝を見送った。 コ後藤田正晴内閣官房長官は,昭和61年8月14日,中曾根内閣総理大臣が靖國神社参拝を見送ったことの理由として「靖國神社がいわゆるA級戦犯を合祀していること等もあって,昨年実施した公式参拝は近隣諸国の国民の間に批判を生み過去の戦争への反省と平和友好への決意に対する誤解と不信さえ生まれるおそれがある。政府としては,首相の公式参拝は差し控える」と発言した。 。 サ橋本龍太郎内閣総理大臣は,自らの誕生日である平成8年7月29日,靖國神社に参拝しその後記者団に対しここには一番上のいとこや近,,,「所の床屋のおじさんが祭られており今日は会いにきましたと話し公,。」,私の区別の質問に対しどうでもいいだろうもうそういうことで国,「。 ,,際関係をおかしくするのは,そろそろやめにしようよ」と答えた。 。 シその後,内閣総理大臣は,本件第1参拝に至るまで,5年間,靖國神社に参拝しなかった。 (4) 本件第1参拝の経緯ア被告小泉は,平成13年4月11日,自由民主党(自民党)総裁選挙に立候補した。 イ当時,日本遺族政治連盟は,自民党に対し,内閣総理大臣の靖國神社参拝の実現に向けての運動を行っていた。 ウ被告小泉は,同月16日ころ,日本遺族会に対して,内閣総理大臣になったら靖國神社の公式参拝を行うと発言した。 エ被告小泉は同月18日自民党総裁選挙4候補討論会において首相,,,「に就任したら,8月15日の戦没者慰霊祭の日にいかなる批判があろうと必ず参拝する」と発言した。 。 オ中華人民共和国中国外務省は同年4月24日日本の要人の靖國(),,「神社参拝には一貫して反対だ。中国人民を含めたアジアの人々の感情を傷つけてほしくない」との声明を出した。 。 オ中華人民共和国中国外務省は同年4月24日日本の要人の靖國(),,「神社参拝には一貫して反対だ。中国人民を含めたアジアの人々の感情を傷つけてほしくない」との声明を出した。 。 カ被告小泉は,自民党総裁選挙で当選し,同月26日,内閣総理大臣に任命された。 キ被告小泉は,同年5月9日,衆議院本会議において,内閣総理大臣の靖國神社参拝について「制度化されたものではなく,あえて公式参拝を行うかどうかは,戦没者の遺族の思いや近隣諸国の国民感情などを総合的に考慮し,慎重かつ自主的に検討して判断したい「戦没者に敬意と感謝の誠。」をささげたい思いに変わりなく,個人として参拝するつもりだ」と発言。 し本会議後記者団に対して総理として個人として参拝する内閣,,,「,。 総理大臣の肩書は消せない」と話した。 。 ク福田康夫内閣官房長官は,同日,被告小泉の上記発言に関して,参拝する場合の公私の定義はなく,本人が公式参拝と言えば公式参拝であるとの認識を示した。 ケ中国の国営通信社は同日被告小泉の上記発言に関してこの敏感な,,,「 問題での意思表明が,アジア諸国の糾弾と警戒を呼ぶことは間違いないだろう」と解説した。 。 コ被告小泉は,同月14日,衆院予算委員会において,靖國神社参拝に関する質問を受け公式とか非公式とかは未だに分からない戦没者に,「,。」「お参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが,靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない「宗教的活動であるからいいとか悪。」いとかいうことではない。A級戦犯がまつられているからいけない,とも。 。」とらない私は戦没者に心からの敬意と感謝をささげるために参拝するとの答弁をした。 サ中国は,同月17日,日本の中国大使に対し いうことではない。A級戦犯がまつられているからいけない,とも。 。」とらない私は戦没者に心からの敬意と感謝をささげるために参拝するとの答弁をした。 サ中国は,同月17日,日本の中国大使に対し,被告小泉の上記発言に対し「戦争で被害を受けた人民の感情をべっ視し,挑発するものだ」など,。 と,被告小泉の靖國神社参拝に対し,慎重な対応をとるように求めた。 シ小泉内閣は同月土井たか子社会民主党党首に対し公式参拝は制度,,,「化されたものでないのでその都度判断すべきものと考えると答弁し,,。」た。 ス被告小泉は同年6月20日党首討論の際靖國神社が国民感情とし,,,「て戦没者の慰霊の中心的施設という受け止め方が,いまだに遺族の中にも多い。外国とは違う。戦没者の慰霊をどのようにすべきかは検討の余地がある。国民の中にも,戦没者の慰霊の中心的施設は靖國神社がという方が多くいるというのも事実だ。そういう方々の心を無視するのはいかがなものか」と発言した。 。 ,,「,,セ被告小泉は同年8月13日先の大戦でアジア近隣諸国に対しては誤った国策に基づく植民地支配と侵略を行い,計り知れぬ惨害と苦痛を強いた。二度と戦争への道を歩むことがあってはならない。信念を説明すれ,。」ば理解を得られると考え8月15日に参拝を行いたいと表明してきた「戦争を排し平和を重んずるというわが国の基本的考え方に疑念を抱かせ るのは,望むところではない。国内外の状況を真しに受け止め,自らの判断として,同日の参拝は差し控え,日を選んで果たしたい「発言を撤回。」,()。 ,,することは慚愧ざんきの念に堪えないしかしながら現在の私は幅広い国益を踏まえ,内閣総理大臣としての職責を果たし,諸課題の解決に当たらな たしたい「発言を撤回。」,()。 ,,することは慚愧ざんきの念に堪えないしかしながら現在の私は幅広い国益を踏まえ,内閣総理大臣としての職責を果たし,諸課題の解決に当たらなければならない立場にある「できるだけ早い機会に,中国や。」韓国の方々と意見を交換し,私の信念も話したい。内外の人々がわだかまりなく追悼の誠を捧げるにはどうすればよいか議論する必要があるとの。」首相談話を発表した。 ソ被告小泉は,同日午後4時32分,モーニング姿で靖國神社参集所に到着し,N宮司らの出迎えを受け,参集所内で「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳の後,O禰宜の先導で,拝殿正面から中庭を経て,本殿に進み,神「」,。 道形式の二礼二拍手一礼での参拝は行わず一礼する方式で参拝したタ被告小泉は,本件第1参拝の際,ほかの閣僚を伴わなわなかった。被告小泉は,内閣総理大臣秘書官を伴い,靖國神社への往復に公用車を使用した。 ,,,チ被告小泉は本件第1参拝の際献花代金3万円を私費により支出してあらかじめ祭壇に一対の花を供え内閣総理大臣小泉純一郎という名札,「」を付した。 ツ被告小泉は,本件第1参拝後,到着殿菊花の間で,N宮司と懇談した。 テ被告靖國神社は,本件第1参拝の際,靖國神社の本殿の左右に「内閣総理大臣小泉純一郎」と記載した札を備えた花輪を飾り,被告小泉の通り道にロープを張って準備した。 ,,,「。 ト被告小泉は本件第1参拝後報道陣の質問に対して公式かどうか私はこだわりません。総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。 それだけです」と応答した。 。 ナ被告小泉は本件第1参拝後できるだけ早い機会に中国や韓国の方,,「, 々と意見を交換し,私の信念も話したい。内外の人々がわだかまり をこめて参拝した。 それだけです」と応答した。 。 ナ被告小泉は本件第1参拝後できるだけ早い機会に中国や韓国の方,,「, 々と意見を交換し,私の信念も話したい。内外の人々がわだかまりなく追悼の誠を捧げるにはどうすればよいか議論する必要があるとの談話を発。」表した。 ニ中国政府及び大韓民国(韓国)政府は,同日,本件第1参拝を強く非難した。 ヌ中国の各新聞社は,同日以降,本件第1参拝を強く非難した。 ネ被告小泉は,同月15日,千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れ,その後,政府主催の全国戦没者追悼式に出席し式辞を読んだ。 ノ内閣官房内閣参事官は,平成14年3月28日,参議院厚生労働委員会において,本件第1参拝を私人の立場での参拝であるとした。 (5) 本件第2参拝の経緯ア被告靖國神社は,本件第2参拝の際,春季例大祭を行っていた。 イ被告小泉は,平成14年4月21日午前6時ころ,内閣総理大臣秘書官に電話をかけ,午前8時に靖國神社に集まるよう指示した。 ,,,ウ被告小泉は同日午前8時30分ころモーニング姿で靖國神社に行きテレビの取材陣が到着するのを待って,午前9時40分,手水を受け,狩衣姿のO禰宜の先導で拝殿へ進み内閣総理大臣小泉純一郎と記帳の,,「」後,神道形式の「二礼二拍手一礼」での参拝は行わず,本殿で一礼する方式で参拝した。 エ被告小泉は,本件第2参拝の際,ほかの閣僚を伴わないで,内閣総理大臣秘書官を伴い,靖國神社への往復に公用車を使用した。 ,,,オ被告小泉は本件第2参拝の際献花代金3万円を私費により支出してあらかじめ祭壇に一対の花を供え内閣総理大臣小泉純一郎という名札,「」を付した。 カ被告小泉は本件第2参拝後今日の日本の平和と繁栄は戦争によっ,,「,て尊い命を犠牲にした してあらかじめ祭壇に一対の花を供え内閣総理大臣小泉純一郎という名札,「」を付した。 カ被告小泉は本件第2参拝後今日の日本の平和と繁栄は戦争によっ,,「,て尊い命を犠牲にした方々の上にあると思います「国のために尊い犠牲。」 となった方々に対する追悼の対象として,長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖國神社に参拝して,追悼の誠をささげるのは自然なことであると考えます「終戦記念日やその前後の参拝にこだわ。」り,再び内外に不安や警戒を抱かせることは私の意に反するところであります「例大祭に合わせて参拝することにより,私の真情を素直に表すこ。」とができると考えた」との所感を発表した。 。 キ被告小泉は本件第2参拝後記者団に対し今日の日本の平和と繁栄,,,「は,戦争によって尊い命を犠牲にした方々の上に成り立っている。政治家として一番大事なことは,この平和と繁栄を維持,発展させることと,二度と戦争を起こさないことだ。そういう意味を込めて参拝した」と話し。 た。 ク中国政府及び韓国政府は,同日,本件第2参拝を強く非難した。 ケ福田内閣官房長官は,同年5月8日,参議院本会議において,本件第2参拝を被告小泉の私人としての立場での参拝であると発言した。 (6) 本件第3参拝の経緯ア被告小泉は,平成15年1月14日,本件第3参拝に先立ち,記者団に,「,。 ,対しお正月ですし新たな気持ちで行く平和の有り難さをかみしめて。」二度と戦争を起こしてはいけないという気持ちで参拝したいと思いますと話した。 イ被告小泉は,同日午後1時57分,モーニング姿で靖國神社に行き,同日午後2時2分から約5分間内閣総理大臣小泉純一郎と記帳の後拝,「」,殿,本殿と回り,神道形式の「二礼二拍 と話した。 イ被告小泉は,同日午後1時57分,モーニング姿で靖國神社に行き,同日午後2時2分から約5分間内閣総理大臣小泉純一郎と記帳の後拝,「」,殿,本殿と回り,神道形式の「二礼二拍手一礼」での参拝は行わず,本殿において一礼する方式で参拝した。 ウ被告小泉は,本件第3参拝の際,ほかの閣僚を伴わないで,内閣総理大臣秘書官を伴い,靖國神社への往復に公用車を使用した。 ,,,エ被告小泉は本件第3参拝の際献花代金3万円を私費により支出して あらかじめ祭壇に一対の花を供え内閣総理大臣小泉純一郎という名札,「」を付した。 オ被告小泉は,本件第3参拝後,記者団に対し「決意を新たにするのにいい時期だと思った」と話した。 。 カ中国政府及び韓国政府は,同日,本件第3参拝を強く非難した。 キ被告靖國神社は,本件第3参拝の際,靖國神社の本殿の左右に「内閣総理大臣小泉純一郎」と記載した札を備えた花輪を飾り,狩衣姿の職員が被告小泉の参拝の先導をしたが,被告靖國神社は,被告小泉の参拝を参拝直前に知った。 ク被告小泉は,同月23日,衆議院予算委員会において,菅直人委員が,8月15日に靖國神社に参拝するという公約が守られていないとの質問に対して確かにそのとおりにはやっていないということになれば約束は,「,守られていない」と答弁した。 。 ケ8月15日の内閣総理大臣の参拝を主張していた日本遺族会の古賀誠会長(前自民党幹事長)は「率直に言って大変有り難い」と述べ,3度目,。 の内閣総理大臣の参拝を歓迎した。 コ福田内閣官房長官は,同年1月30日,参議院予算委員会において,本,。 件第3参拝について被告小泉が私人としての立場で参拝したと発言した(7) 台湾原告ら(,,,,,ア台湾の歴史について甲32 は,同年1月30日,参議院予算委員会において,本,。 件第3参拝について被告小泉が私人としての立場で参拝したと発言した(7) 台湾原告ら(,,,,,ア台湾の歴史について甲3234の135ないし37 丙2)(ア) 我が国は,明治28年1月,日清戦争に勝利し,同年4月17日の下関講和条約によって台湾を領有することになった。 (イ) 我が国は,兵員を動員して,同年10月までには,台湾住民の抵抗を鎮圧した。 (ウ) 靖國神社は,日清戦争の戦没者1万3619名及び台湾征討における 戦没者1130名を合祀した。また,台湾において戦死した北白川宮能久親王は後に台北に設置された台湾神社に祀られ,現在では被告靖國神社に祀られている。 (エ) 我が国は,明治29年3月,台北に総督府を置いて軍政を開始し,台湾住民,特に山岳地帯に住むタイヤル族等の先住民族の支配をめざし,一方では慰撫する政策(理蕃政策)をとりつつ,武力による包囲討伐を継続して行い,処刑もしくは殺害された先住民族を含む台湾住民は多数にのぼった。 (オ) 先住民族の武装抵抗がほぼ鎮圧されたと考えられるようになった昭和5年に,霧社地区でタイヤル族等の先住民族が武装ほう起し,多数の先住民族が軍隊や他の先住民族によって殺害される事件(霧社事件)が発生した。 (カ) 霧社事件後昭和11年ころからは台湾総督府は社会教化や生活の,,,安定を重視する同化政策を強化して日本語の使用の推進などを含む台湾,住民のいわゆる皇民化政策やいわゆるインフラの整備を伴う産業の工業化などを行うようになった。 (キ) 台湾住民には兵役の義務が課されていなかったが昭和17年4月から陸,軍特別志願兵の募集が始まり昭和19年までの3年間に約4500余名,,の志願兵が前線 化などを行うようになった。 (キ) 台湾住民には兵役の義務が課されていなかったが昭和17年4月から陸,軍特別志願兵の募集が始まり昭和19年までの3年間に約4500余名,,の志願兵が前線に送られた。そのうちの約1800余名が当時は高砂族と呼称されていた先住民族によって編成された高砂義勇隊であり東南アジ「」,アや南太平洋の密林戦に有効であるとして,フィリピンにおけるバターン作戦などジャングル地域に投入され,多数の戦没者を出した。 (ク) 昭和18年8月からは台湾人約3000余名が海軍特別志願兵に投入さ,れた戦局の悪化と著しい兵員の消耗にともない昭和19年9月台湾に。 ,,も徴兵制が施行され2万2000余名が日本軍に徴集された台湾から軍,。 人・軍属として,太平洋戦争に徴兵徴用されたのは約20万7183人 であって,内3万0304人が死亡した。 (ケ) 靖國神社は,太平洋戦争で死亡した台湾など旧植民地の人たちを英霊として合祀し,原告である台湾人遺族らの合祀取消し要求を拒否した。 イ原告らの供述する被侵害利益(甲39ないし46の各1・2,47の1ないし3,48の1・2,原告A本人,原告B本人,原告C本人)(ア) 原告Aは,霧社事件によって日本軍に殺された先住民族及び戦没者の親族である台湾在住の先住民族であり,靖國神社に親族が合祀されている者であるが,靖國神社に親族が合祀されていることに,怒りと苦痛を感じており,本件各参拝により,親族を自ら祭る権利を侵害されたと感じた。 (イ) 原告Bは,戦没者の親族である台湾在住の中国人であり,親族は,戦争に徴用されただけでなく,死後もなお,靖國神社に親族が祭られ,これを二重の屈辱であると感じていたが,本件各参拝は,内閣総理大臣が率先して憲法の精神と規定を破壊するものであっ 国人であり,親族は,戦争に徴用されただけでなく,死後もなお,靖國神社に親族が祭られ,これを二重の屈辱であると感じていたが,本件各参拝は,内閣総理大臣が率先して憲法の精神と規定を破壊するものであって,軍国主義を復活させるものであると感じた。 (ウ) 原告D及び原告Eは,高砂義勇隊の戦没者の親族である台湾在住の先住民族であり,靖國神社に親族が祭られている者であるが,靖國神社に親族が祭られることに苦痛を感じており,本件各参拝によって,親族を自ら祭る権利を侵害されたと感じた。 (エ) 原告F,原告G及び原告Hは,高砂義勇隊に徴兵された者の親族である台湾在住の先住民族であり,同族の戦没者が靖國神社に祭られていることにこれらの者が戦争に賛成しているかのようであると怒りを感じていたが,本件各参拝は,これらの者の霊魂を重ねて傷つけるものであると感じた。 (オ) 原告高金素梅は,台湾在住の先住民族であり,台湾の国会に相当する立法院の議員として先住民族の権利を回復しその利益を守るために活動 をしている者であるが,本件各参拝は,先住民族を殺害しようとした加害者を祭っている靖國神社を参拝し,加害者のみたまを尊敬することであるから,先住民族としての誇りを侮辱されたと感じ,また,靖國神社が先住民族の戦死者の魂を合祀し続けていること,被告小泉が反対を押し切って本件各参拝をしたことによって,民族としての誇り,名誉が傷つけられ,侮辱されていると感じた。 (カ) 原告Cは,台湾在住の漢民族であり,軍国主義に対し憎しみを感じ,平和に対する大事さを感じている者であるが,被告靖國神社は,本件各参拝は,日本の軍国主義の復活を助長するものであるから,自己の思想・信条が侵害されたと感じた。 (キ) 原告Iは,台湾在住の漢民族であり,戦時中,日本軍に徴兵された者であるが,被告 國神社は,本件各参拝は,日本の軍国主義の復活を助長するものであるから,自己の思想・信条が侵害されたと感じた。 (キ) 原告Iは,台湾在住の漢民族であり,戦時中,日本軍に徴兵された者であるが,被告小泉が,日本軍国主義の象徴である靖國神社に参拝したことは,軍国主義勢力の復興の具体的な表現であると感じて憤慨し,また,本件各参拝により日本占領下の台湾で差別されてきたことを思い出させられ苦痛を感じた。 (,,,,(8) その他の原告らの供述する被侵害利益甲49 原告J本人原告K本人,原告L本人)ア原告Jは,日本人であり,日中友好運動を続けてきた者であるが,本件各参拝によって,平和で一人一人の人権が尊重され,思想と良心の自由が尊重される社会と平和的で友好的な国際関係と国際社会の実現のために積み重ねてきた努力が踏みにじられ,良心・思想が深く傷つけられ,人間としての尊厳が傷つけられたと感じた。 イ原告Kは,日本人であり,宗教家であって,反戦活動を行っていた者であるが,本件各参拝によって,軍事施設のシンボルとしての靖國神社への参拝を強制されると感じ,全人格が破壊されたに等しい苦痛を感じた。 ウ原告Lは,台湾出身の中国人の父を持つ在日中国人2世であるが,台湾 ・中国を侵略した戦没者を祭り,かつ,台湾から軍隊に連れていかれた戦没者を同じように祭っている靖國神社に,被告小泉が参拝したことで,憤りを感じた。 争点 (1) 訴訟の目的(被告小泉の主張)本件訴えのうち,原告らによる被告小泉に対する訴えは,憲法によって保障された被告小泉の思想,信条,又は,信教の自由を制限しようとする不当,,な目的を達成しようとするものであってその違法性の程度は極めて著しく訴訟提起自体を不適法とするものと評価されるから,原告らの本件訴えは 小泉の思想,信条,又は,信教の自由を制限しようとする不当,,な目的を達成しようとするものであってその違法性の程度は極めて著しく訴訟提起自体を不適法とするものと評価されるから,原告らの本件訴えは,却下を免れない。 (2) 職務行為性(原告らの主張)国賠法1条の「職務を行うについて」とは,①加害行為が職務行為自体を構成する場合はもちろん,②職務執行の手段としてなされた行為や,③職務の内容と密接に関連し職務行為に付随しなされる行為の場合も含み,また客観的に職務行為の外観を有すれば足り,事実上,加害公務員が有した個人的な目的や私的な意図は問わないものと解されるところ,本件各参拝は,客観的に職務執行の外形を備える行為である。 ア被告小泉は,公用車を使用した。被告小泉が,警備上の都合,緊急時の連絡の必要などから,私人としての行動の際にも,必要に応じて公用車を使用することがあったとしても公用車を使用することは客観的に職務,,「行為の外形をそなえる行為」の重要な構成要素となる。 イ被告小泉は,靖國神社において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し,さらに,献花に付された名札に「内閣総理大臣小泉純一郎」と記載した。 その地位にある個人をあらわすために,記帳に当たり,その地位を示す肩 書を付したとしてもこれは客観的にみれば内閣総理大臣の職務行為と,,「してなされたとの外形をそなえる行為」の重要な構成要素となる。 ウ被告小泉は,秘書官とともに靖國神社に赴いた。本件各参拝の際,緊急時の連絡の必要などから秘書官とともに靖國神社に赴いたとしても,秘書官とともに靖國神社に赴いたことは,客観的に職務行為の外観を有しているか否かの判断要素の一つとなる。 エ被告小泉は,内閣総理大臣に就任したら靖國神社に参拝することを公約,「()。」と 秘書官とともに靖國神社に赴いたことは,客観的に職務行為の外観を有しているか否かの判断要素の一つとなる。 エ被告小泉は,内閣総理大臣に就任したら靖國神社に参拝することを公約,「()。」としていた事実を明確にしており記者団に対し参拝は年1回です,。 と語り内閣総理大臣の参拝を要求する一部の国民の期待にこたえているオ被告小泉は,本件第2参拝で1時間以上も報道陣を待った後に参拝している。被告小泉が,それだけ報道陣を待ったということは,純粋に私的な行為として参拝するのであれば,朝まだ早い午前8時30分という時刻は比較的ふさわしいものだったかもしれないが,本件参拝を私事にとどめるのではなく,被告小泉が「内閣総理大臣として「公務として」行うこと」,を,広く国の内外に伝達する意図があったとしか言いようがない。 カ被告小泉は,本件第2参拝で,靖國神社の春季例大祭という重要な機会に参拝したことは,国の内外に一層強く,靖國神社は特別の宗教施設であり,被告靖國神社は特別の宗教団体であるとの印象を与えている。 キ本件各参拝は,政府の行事として参拝を実施することが決定されたものではないが,そのような決定があれば,本件各参拝が職務行為であることが自明になるにすぎない。 ク被告国は,本件各参拝の際,玉ぐし料などの経費を公費で支出していないが,そのような支出は,直ちに憲法20条3項,89条前段の禁止に触れる政教分離原則違反であることに議論の余地はない。 ケ被告小泉は,本件各参拝の際,ほかの閣僚を伴わなかったとしても,ほかの閣僚を伴えば内閣総理大臣としての「職務行為」がより明白になるに 過ぎず,国賠法1条1項の「職務を行うにつき」の解釈は,当該公務員の行為自体が客観的に職務行為の外観を有しているか否かによって判断されれば足りる。 コ としての「職務行為」がより明白になるに 過ぎず,国賠法1条1項の「職務を行うにつき」の解釈は,当該公務員の行為自体が客観的に職務行為の外観を有しているか否かによって判断されれば足りる。 コ被告小泉は本件第1参拝以降内閣総理大臣であると発言するにと,,「」どまり内閣総理大臣としてとの発言を一切していないがとしてで,「」,「」「ある」との区別の主張は,意味不明であり,官僚的な言葉遊びとも評されるものにすぎない「内閣総理大臣として」と発言したか「内閣総理大臣。 ,」,「」。 であると発言したかは職務行為に関する本質的な判断要素ではないサ政府見解が,本件各参拝を私人の立場での参拝としていても,政府見解,,は国賠法1条1項の解釈を誤っており被告小泉を長とする政府の見解は何ら合理的判断資料になりえない。 (被告国の主張)内閣総理大臣の地位にあるものであっても,私人として憲法上信教の自由が保障されているので,内閣総理大臣が私人の立場で神社,仏閣等に参拝することは自由である。そして,神社,仏閣への参拝は,宗教心のあらわれとして,すぐれて私的な性格を有するものであり,特に,政府の行事として参拝を実施することが決定されるとか,玉ぐし料などの経費を公費で支出するなどの事情がないかぎり,参拝は私人の立場での行動とみるべきである。 ア本件各参拝は,いずれも閣議決定などによりこれを政府の行事として実施することが決定されたものではなく,また献花代金は被告小泉の私費により賄われており,玉ぐし料などの経費が公費で支出された事実はない。 イ本件各参拝に,被告小泉はほかの閣僚を伴わないで参拝していた。 ウ被告小泉は本件各参拝以後現在に至るまで,本件各参拝に関して「内閣総理大臣として」の資格で参拝したことを示すよう れた事実はない。 イ本件各参拝に,被告小泉はほかの閣僚を伴わないで参拝していた。 ウ被告小泉は本件各参拝以後現在に至るまで,本件各参拝に関して「内閣総理大臣として」の資格で参拝したことを示すような発言を一切していない。 ,,「」,エ本件各参拝において被告小泉は内閣総理大臣小泉純一郎と記帳し 献花に付された名札には「内閣総理大臣小泉純一郎」との記載がされていたが,被告小泉は,その地位を示す肩書として「内閣総理大臣」と付記したものであって,地位を示す肩書を付記することは,その地位にある個人を表す場合に慣例としてしばしば用いられているものであって,肩書を付したからといって私人の立場を離れたものと考えることはできない。 オ本件各参拝に際して,被告小泉は,公用車を利用しているが,内閣総理大臣を含む閣僚の場合,警備上の都合,緊急時の連絡の必要などから,私人としての行動の際にも,必要に応じて公用車を使用しており,秘書官とともに靖國神社に赴いたことについても,同様に緊急時の連絡の必要などからであって,公用車を利用したことや秘書官とともに靖國神社に赴いたことによって,被告小泉の行動が,私人の立場を離れたものとなるわけではない。 カ政府の見解は,本件各参拝をいずれも私人の立場での参拝としている。 以上の各事情を総合的に考慮すれば,本件各参拝は,いずれも内閣総理大臣としての資格で行われたものではなく,公務員の職務行為として行われたものではない。 (3)被告小泉による法的利益の侵害(原告らの主張)ア靖國神社の性質(ア) 戦前a靖國神社は,戦前日本において,旧植民地人民を含む国民を国家神道によって統合する宗教施設であるとともに,忠君愛国思想を国民から調達し軍国主義を精神的に支える軍事施設でもあった。 そして,靖國神社は,明治初 社は,戦前日本において,旧植民地人民を含む国民を国家神道によって統合する宗教施設であるとともに,忠君愛国思想を国民から調達し軍国主義を精神的に支える軍事施設でもあった。 そして,靖國神社は,明治初期から太平洋戦争の敗戦に至るまでの70数年にわたり,天皇及びその祖先神への崇拝を国家が強要する祭政一致の政治体制である国家神道体制の中核に位置する国家機関であ った。 また,国民は,天皇のために股肱(ここう)の民としてその命をささげなければならず,一度天皇のため戦死すれば,靖國神社は,戦没者を「英霊」として祭祀・顕彰し,その死を正当化し美化することによって,軍国主義の精神的支柱としての役割を果たしていた。 b戦前日本の軍国主義は,天皇の統帥権をかさにきた軍部の専横のみで独り成立し得たのではない八紘はっこう一宇に代表される。「()」ような独善と覇権の思想「現人神(あらひとがみ」天皇制と国家神,)道のもとで培われた忠君愛国,滅私奉公等,近代の「自我」を排する当時の国民の道徳観・世界観が,その生成に大きな力を与えている。 このような国民の道徳観・世界観は,国民の側から自発的に生まれたものではなく学校を布教所とし教育勅語を教典とする徹底し,,「」た皇民化教育すなわち国家神道の宗教教育によって国家が強制したものである。これら皇民化政策は,日本の植民地支配によって「帝国臣」,「」,民とさせられた植民地人民に対しては創氏改名を始めとして異民族性を徹底的に解体するなど,し烈を極めたものであった。 c靖國神社は天皇のために戦死した者を神として祭ることによっ,「」て,皇民化政策を明確な死生観,宗教観念によって支えた。 国家と靖國神社は,一方的に,遺族に何の断りもなく,戦没者の霊を靖國神社に合祀し英霊 のために戦死した者を神として祭ることによっ,「」て,皇民化政策を明確な死生観,宗教観念によって支えた。 国家と靖國神社は,一方的に,遺族に何の断りもなく,戦没者の霊を靖國神社に合祀し英霊すなわちすぐれた人の霊魂として扱っ,,「」。 ,。 ,たそれによって累々と続く戦死は正当化され美化された国家は戦争に駆り出された兵士に,戦死が犬死にだとの疑念を挟ませず,そのおん念を周到にも生前から鎮めるために,皇国史観を教育し,靖國神社に祭られることがあたかも栄誉であるかのような意識を「帝国臣民」に植え付け,靖国信仰を強制していったのである。靖國神社は,戦闘意欲おうせいな「帝国臣民」を無限に生み出す宗教的,思想的装 置であった。 dこのように,靖國神社は軍国主義日本の象徴であり,植民地人民も含めて「帝国臣民」を戦争に向けて統合する精神的装置として,まさに「軍事施設」でもあった。 (イ) 戦後a戦後,被告靖國神社が設立され,靖國神社は,国家管理から離れ,一宗教法人である被告靖國神社が管理するようになった。靖國神社と国家との間には,直接的なつながりはなくなったが,靖國神社は,戦没者を「英霊」として慰霊・顕彰することにより,戦死をほかの死としゅん別し,戦死を尊いものとして褒めたたえており,本質は戦前のそれと何ら変わっていない。 b民間の宗教法人である被告靖國神社が,靖國神社を管理するようになったものの,靖國神社は戦後も引き続き国家から「特権を受けて」きた。厚生省(現厚生労働省)は,陸軍省や海軍省に代わって,被告靖國神社に対し,靖國神社に祭る戦没者の名簿を作成して交付し,被告靖國神社は,この名簿により,新たな祭神を霊璽簿に書き加え,合祀してきた。祭神として祭るべき戦没者の選択は,被告靖國神社の教義と礼拝行為の中核的 し,靖國神社に祭る戦没者の名簿を作成して交付し,被告靖國神社は,この名簿により,新たな祭神を霊璽簿に書き加え,合祀してきた。祭神として祭るべき戦没者の選択は,被告靖國神社の教義と礼拝行為の中核的作業である。被告靖國神社の宗教行為は,国家の特別の便宜供与によって成り立ってきた。 また,被告靖國神社は,内閣総理大臣の公式参拝を求めているだけではなく,天皇による靖國神社への参拝の復活をも悲願としている。 被告靖國神社が,国家機関による参拝を求めるのは,まさに憲法が定める「いかなる宗教団体も国家から特権を受けてはならない」との禁止条項に明らかに反する。 ,「」「」,c被告靖國神社には戦没者を顕彰賛美する姿勢は見られてもわが国の戦争,とりわけ,わが国のみならず,中国,朝鮮半島をはじ めアジア諸国に惨禍をもたらした太平洋戦争・侵略戦争に対する反省の態度はみじんも見られない。 また,靖國神社に合祀されている戦没者の遺族が幾人も,自己の肉親が靖國神社に合祀され英霊とされていることに怒りを覚え合,「」,祀取消しを要求してきたが,被告靖國神社はこれに応じていない。国家に対して特権の付与を求めながら,他方では遺族からの合祀取消し,。 の要求に応じないその態度に被告靖國神社のごう慢さが表れている(ウ) 旧植民地出身者と靖國神社との関係a戦前日本は,明治28年4月17日,日清講和条約によって台湾を割譲させた次いで明治43年8月22日韓国併合条約によっ。 ,,「」て朝鮮を植民地支配し,これら植民地人民を「帝国臣民」とした。しかし植民地人民を外地人であるとして内地人とは異なる戸,「」,「」籍令の登録対象者とし,異法地域法制(民族籍)を基本として,分断統治の植民地政策を強いた。同時に,天皇を中心 。しかし植民地人民を外地人であるとして内地人とは異なる戸,「」,「」籍令の登録対象者とし,異法地域法制(民族籍)を基本として,分断統治の植民地政策を強いた。同時に,天皇を中心とする日本国家は,,「。」「。」植民地人民に対して天皇のために死ぬ天皇のために人を殺すという徹底的な皇民化教育を行った。 b日本は,台湾植民地支配が始まるやいなや日本語を普及させるために国語伝習所を設置し,明治33年には台湾神社を設け,皇国精神の教化施設として参拝を強制していった。日本は,昭和10年ころになると皇民化運動を本格化させ,昭和12年には漢文も禁止した。昭和15年になると皇紀紀元2600年として「報国青年隊」を結成し軍隊予備訓練を義務化し,さらに志願兵制度の発足,徴兵制の制定と戦争への総動員を図っていった。 その結果旧厚生省統計(昭和23年)によっても台湾から軍人軍属として戦争に徴用された人は20万7183人にのぼり,内3万0304人が死亡した。特にに当時日本軍は東南アジアや南太平洋の密 林戦に有効であるとして台湾原住民に着目し,高砂義勇隊を組織し,第7次にいたるまで約3万名をフィリピン・バターン作戦などに投入し,多くの戦没者を出した。 台湾の原住民は,日本の台湾植民地支配が始まって以来頑強に抵抗し,日本軍は1万人以上の軍隊を山地に投入,部落ごと焼き払うなど過酷な弾圧を行った。昭和5年,日本の警察権力の圧政に反発してほう起した原住民900名以上を日本軍が殺りくした霧社事件が起きたが,その生き残った子供たちが青壮年になったとき,またしても皇軍の兵士として駆りたて,今度は南洋の前線に送り多くの犠牲を日本が強要したことは極めて許し難い歴史的事実である。 ,「」c戦前日本は徹底した皇民化政策によって植民地人民 ったとき,またしても皇軍の兵士として駆りたて,今度は南洋の前線に送り多くの犠牲を日本が強要したことは極めて許し難い歴史的事実である。 ,「」c戦前日本は徹底した皇民化政策によって植民地人民を帝国臣民に統合した上,日本軍の軍人軍属として徴用し,従わない者には徹底した弾圧を加えた。また精神的宗教的には国家神道を押しつけ,その民族性を植民地人民の内側から解体していった。靖國神社は,植民地人民の民族性を解体し帝国臣民に統合するための精神的装置でも,「」あった。 靖國神社のこのような役割は,敗戦により国家管理から外れたことによって終えたはずである。しかし,被告靖國神社は,旧植民地戦没者遺族の合祀取消しの要求を黙殺し,今に至るも,天皇と日本国家に殉じた「英霊」として合祀し続けている。 イ原告らの法的利益そもそも,戦没者が靖國神社に祭られているという観念を受け入れるかどうかを含め,戦没者をどのように追悼するか,あるいは祭るか,祭らないか,またその具体的な死をどう評価するかということは,死者一般に対,,,,する肉親の思い同様あるいはそれ以上に生き残った者の世界観信条人生観,宗教など人格の根本に触れるデリケートな問題である。 私人間において,この問題に関して自己の考えや行いを正当として他人に押しつけることは,その他人の自由を侵害する不法行為を構成して許されない。 また,公権力がこの問題に関する一定の考え方,態度,行動が正当であるとふい聴宣伝し,かつそのふい聴宣伝するところに従って行動し,その絶大な影響力をもって国民の考え方,態度,行動に圧迫・干渉を加え,もって実質的に「正当」を押しつけることは許されない。 したがって,原告らは,本件各参拝により,戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め,戦 方,態度,行動に圧迫・干渉を加え,もって実質的に「正当」を押しつけることは許されない。 したがって,原告らは,本件各参拝により,戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し,行う権利ないし利益を侵害されたといえる。 ウ法的利益の根拠このような権利ないし利益は,(ア) 思想良心の自由(憲法19条,(イ))信教の自由(憲法20条1項前段,(ウ) 国家による宗教活動からの自由)憲法20条3項(エ) プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決(),定権(憲法13条)によって,保障されるものである。 本件各参拝によって,上記(ア) ないし(エ) によって保障される権利ないし利益を侵害されたとする理由は,次のとおりである。 (ア) 思想良心の自由(憲法19条)の侵害思想良心の自由の規定は,個人が公権力の侵害,干渉を受けることなく,その思想良心を選択し,保持し,変更することを保障する。 そして,公権力が特定の思想ないし進行を理由に不利益を課したり,特定の思想を強制したりすることが許されないことは言うまでもなく,公権力が特定の思想を勧奨することも,事実上強制的な働きをする場合が多いので,思想良心の自由の保障に反する。 原告らは,本件各参拝によって,戦没者が靖國神社に祭られていると の観念を受け入れるかどうかを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し,行うという,まさにものの見方考え方にかかわる作用に干渉を受けた。 (イ) 信教の自由(憲法20条1項前段)の侵害a信教の自由について信教の自由は,人の内心の問題,魂の問題であるから,それが心の内面にある限り にものの見方考え方にかかわる作用に干渉を受けた。 (イ) 信教の自由(憲法20条1項前段)の侵害a信教の自由について信教の自由は,人の内心の問題,魂の問題であるから,それが心の内面にある限り,その保障は絶対不可侵のものであり,国家権力がいかなる方法であれ,これに干渉し,又はかかわりを持つことは許されない。したがって国家権力が特定の宗教を正当化したり,あるいはこれに傾斜する言動をとることは,信教の自由を侵害する。 なお,日本における精神的自由権を考えるに当たっては,明治憲法下の神権天皇制のもと,靖國神社が,国家神道体制の頂点に位置し,軍国主義の精神的支柱,市民の精神に対する支配装置として機能してきたことに注目しなければならない。 b信教の自由が侵害されたとされる基準(a) 公権力によって信教の自由が侵害されたというためには,そこに何らかの「強制」の要素が必要とされているようである。 もっとも,現在の日本国憲法下においては,精神的自由に対するあからさまな物理的強制はほぼなくなったのであるから,信教の自由に対する侵害を物理的強制があった場合に限るならば信教の,,「自由は何人に対してもこれを保障するとの憲法の規定はほと,。」,んど機能を果たさなくなるので強制の今日的意義を検討理解,「」,しなければならない。 (b) そして,横並び意識の中で,自分だけは突出していると見られたくないという「世間全般の雰囲気」を作ることは,市民に自粛を作 り出すので,市民の魂に向けられた「強制」にほかならない。 (c) 本件各参拝は,靖國神社は内閣総理大臣によって参拝されるほかの神社とは別格の神社であることを印象づけ,戦死を賛美する靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛するという「世間全般の雰囲気」を作り出すので,精 は,靖國神社は内閣総理大臣によって参拝されるほかの神社とは別格の神社であることを印象づけ,戦死を賛美する靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛するという「世間全般の雰囲気」を作り出すので,精神の自由を侵害する「強制」の要素がある。 なお,この「世間全般の雰囲気」は,民主制とは本質的に相いれない天皇制イデオロギーとそれを基にする世襲の天皇を故なく神聖化し,天皇と国のために戦死することを賛美する思想である「靖国思想」を是認し,これを推し進めようとする政治権力によって強く支えられている事実を看過してはならない。 c本件各参拝による信教の自由の侵害(a) 信教の自由における私事性の重視,。 日本国憲法は信教の自由とともに政教分離原則を採用している政教分離原則は,国家の宗教的中立性と世俗性という要素からなっており,そこでは宗教の私事性の原則が要請されている。政教分離原則は,宗教にいかなる意味においても公的な地位を認めず,これを個人の私的事項としている。 また,日本国憲法は,個人の尊厳を基調とし,信教の自由に手厚い保護を与えているから,そこでは宗教は私事として尊重されていると解される。 このように,日本国憲法がその20条・89条において信教の自由を詳細かつ具体的に保障し,その政教分離原則が宗教を「私事」として位置づけていることの意義については,もっと重視されてしかるべきであって,歴史的・伝統的に確立された信教の自由の重要性についてはもとよりいうまでもないが,現代ではそれを超えて宗 教にかかわる自由をより広く考えることが要請されている。 また,宗教の「私事性」が重視されるべきであることは,プライバシーの権利の生成・発展過程とも密接な関係を持つ。 (b) 信教の自由における法的利益の新たな展開「自衛官合祀拒否訴訟上告審判決」最高裁判 また,宗教の「私事性」が重視されるべきであることは,プライバシーの権利の生成・発展過程とも密接な関係を持つ。 (b) 信教の自由における法的利益の新たな展開「自衛官合祀拒否訴訟上告審判決」最高裁判決(最高裁昭和63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁)は,事実関係を「私人間の関係」と認定した上で,私人間では相互の宗教上の感情について寛容であることが要請されており,したがって宗教上の感情は法的救済を求めることのできる法的利益とは認められないとの判断をした。 しかし,流れは変わり,プライバシー権の理論の発展を受けて,判決例は「宗教的感情の保護」に向けて進み出している。 すなわち,遺族感情の保護の観点から,遺骨の無断合葬処分を不法行為と認定した横浜の骨壷事件判決や,告別式の静ひつを侵害する行為が不法行為に当たる可能性ありと判断したエイズ・プライバ。 ,シー事件判決が出されたこれら判決例は私人間の問題であったが遺族の感情が法的利益とされたのであって,遺族に対して「寛容の精神で相手方を許してあげなさいという判断は出なかったのであ。」る。 また,神戸高専事件(最高裁平成8年3月8日第2小法廷判決・民集50巻3号469頁)や東大医科研附属病院輸血事件(最高裁平成12年2月29日第3小法廷判決・民集54巻2号582頁)は公権力を相手方としいずれも最高裁判決においてエホバの,,,「証人」信者がその教義を守って剣道実技を拒否し,あるいは輸血を拒否するのに,公権力は協力を図らなければならないとの趣旨の判決が出されたものである。これらは,いずれも狭義の信教の自由の 枠を超える事例として注目に値する。すなわち,いずれの事件も公権力は「エホバの証人」の信仰をやめるように強制したわけではない。しかし,剣道実技を拒否した信者を高等 ,いずれも狭義の信教の自由の 枠を超える事例として注目に値する。すなわち,いずれの事件も公権力は「エホバの証人」の信仰をやめるように強制したわけではない。しかし,剣道実技を拒否した信者を高等専門学校から退学させる処分に付したり,通常は医療行為として認められる輸血についての事前の説明を十分にしなかったりした行為が,事実上,信者の自分の宗教に根ざした生き方に圧力を加えて不可能にする行為と評価されたのである。つまり,信教の自由の伝統的なレベルを超えたものとして,最高裁が拡充拡大の方向へ一定の理解を示した事例といえる。 (c) 公権力から保護されるべき感情の客観的判断基準「エホバの証人」信者に関する前記各最高裁判例は,いずれも宗教者の教義と公権力の行為の抵触が問題となったものであった。しかし,もちろん,ある宗教的観念を強制されたり事実上圧迫を受けたりしないという権利も,信教の自由に包含されていると考えることに問題はない。 また宗教の私事性が深化する中で宗教の定義自体が多様化,,「」し,宗教的プライバシー権の尊重という観点からすれば,宗教に準ずべき確固たる信念も公権力から守られるべきものと解釈することが可能かつ妥当である。 そして,宗教者の場合であれば,宗教的教義の中にきちんと位置づけられているものであることが法的保護の対象となる一つのポイントであり,かつ,信者がその教義にしたがって信仰生活を現に送っていることを要すると考えるべきである。 また,非宗教者の場合には「その人の生き方にかかわる魂の問,題状況に応じて代わるような相対的なものではなくして絶対的」「,な究極的な価値にかかわるという場合」であればこれを尊重に値す るものとして,法的に保護すべきである。 (d) 本件各参拝による原告らの信教の自由の侵害被 的なものではなくして絶対的」「,な究極的な価値にかかわるという場合」であればこれを尊重に値す るものとして,法的に保護すべきである。 (d) 本件各参拝による原告らの信教の自由の侵害被告小泉は,靖國神社に参拝したに過ぎず,原告らに対して直接には何らの行為も行っていない。 しかし,内閣総理大臣が靖國神社を特定して参拝するということは,被告靖國神社という一宗教法人及びそこに祭られた祭神に対して,国家が肯定的意味づけを付与してこれをマスコミ等を通して原告らにまさに向けた,ということである。 この意味づけ付与は,祭神として祭られた人との何らかの関係,,,深い関係あるいは宗教的な信念に基づいての関係を持ってきた人あるいは持とうと思っている人の宗教上の,あるいは信仰上の生活だとかライフスタイルというものを侵害するといえる。 (ウ) 国家による宗教活動からの自由(憲法20条3項)の侵害a憲法20条3項は人権規定である。 (a) 憲法20条3項の政教分離規定は,国家神道体制に対する厳しい反省と,それに対する根本的批判に基づくものである。すなわち,国家と宗教が再び結合・融合することを絶対に阻止するために,政治と宗教の完全な分離を求め,これにより信教の自由を徹底して保障しようとするものである。 そして,政教分離原則は,制度的保障であるとともに,人権規定でもあると解するのが相当である。 (b) 信教の自由の歴史的背景からの考察信教の自由は,思想・良心の自由と共通の性格を持つが,政教分離原則がさらに採用されている。ここに信教の自由の歴史的背景,わが国の場合には「神社非宗教論」というき弁と神権天皇制がもたらした宗教弾圧の歴史に裏打ちされた信教の自由の特質が示されて いるのであって,この特質を重視しなければならない。 すなわち,信教の自由と 国の場合には「神社非宗教論」というき弁と神権天皇制がもたらした宗教弾圧の歴史に裏打ちされた信教の自由の特質が示されて いるのであって,この特質を重視しなければならない。 すなわち,信教の自由と制度的保障を一つの総体としてとらえ,信教の自由条項は,狭義の信教の自由(信仰の自由)と広義の信教の自由(政教分離)を内容とし,両者とも信教の自由を,間接的にではなく,直接に保障するものであって,両者は保障の角度を異にするにすぎない。狭義の信仰の自由は,強制,抑圧,禁止による侵害からの保障の役割をもち,広義の信仰の自由・政教分離は,国家的関与(宗教的活動の主体となること,宗教的活動・行為への参加・賛助,宗教団体に対する特権・援助の賦与)による侵害からの保障の役割を果たすのである。 このように,信教の自由保障条項と政教分離条項は両者が一体となって,強制・抑圧・禁止と国家の関与から信教の自由を直接保障するのであるまさに分離は自由を保障し自由は分離を要請す。 ,「,る」のであって,両者相まって信教の自由をめぐる人権を保障するのである。 したがって,政教分離規定は人権保障規定としての性格をも色濃く持つものといえる。 (c) 信教の自由のほかに政教分離原則が保障されていることからの考察日本国憲法上,政教分離原則は信教の自由と一体的に保障されている。すなわち,現代の世界各国の憲法を見ると,信教の自由は一応確立されたものということができるが,それは必ずしも政教分離原則を伴っているわけではない。そのような中にあって,日本国憲法は信教の自由と並んで政教分離原則を採用しているが,憲法が個人の尊厳を基調とし,信教の自由に手厚い保護を与えていることも併せ考えると,政教分離原則は宗教を個人的な問題としてその多様 で豊かな発達を保障するための制度であ 離原則を採用しているが,憲法が個人の尊厳を基調とし,信教の自由に手厚い保護を与えていることも併せ考えると,政教分離原則は宗教を個人的な問題としてその多様 で豊かな発達を保障するための制度であり,宗教を「私事」として位置づけていると見るべきである。 したがって,政教分離原則の規定をもって,宗教を私事として位置づけている規定であるとし,そこからこれを人権規定とみることは日本国憲法の解釈として十分に可能である。 (d) 政教分離原則の性格からの考察政教分離原則の目的の一つは,信教の自由の保障を補強することにある。政教分離原則条項と信教の自由条項は不即不離の対等な関係にあって,両者が互いに統合し合って始めて信教の自由が実効的に保障されることになる。 これに対し,政教分離原則を制度的保障と見る見解は,国家を前提とし,法律によってその制度の内容が規定されることを予定しているが,自由権的基本権としての信教の自由は,国家権力からの防御的性格を有する前国家的人権であるから,国家による制度設定を前提にする制度的保障論とは相いれない。 (e) 政教分離原則の内容からの考察政教分離原則は国家の宗教的中立性の堅持を意味するが,国家の宗教的中立性とは,国家による財政的支援などが伴わなくとも,国家と宗教とが象徴的意味をもって結合することをも禁止するものである。この象徴的結合の禁止とは,国家と宗教とのいかなるかかわり合いも,それが国家による宗教の積極的教示,行政的かかわり,政治的紛糾というような直接的な危険をじゃっ起しなくとも,国家の宗教に対する支持の裏付けとして受け取られるおそれがあるとの現実の懸念に基づいている。 国家と宗教との象徴的結合は,国家が特定の宗教を特別視し,ほかの宗教に比して優遇しているとの印象を社会一般に与え,その結 果,国家が特定 受け取られるおそれがあるとの現実の懸念に基づいている。 国家と宗教との象徴的結合は,国家が特定の宗教を特別視し,ほかの宗教に比して優遇しているとの印象を社会一般に与え,その結 果,国家が特定の宗教への関心を呼び起こすような効果をじゃっ起することになり,国家の宗教的中立性ないしはその外観を否定することになる。したがって,政教分離原則はそのような象徴的結合をも禁止していると解される。 このような象徴的結合禁止の意味に即して考えると,政教分離原則は,国家が特定の宗教を優遇しているような外観を示すことによって,当該宗教を信奉しない者に,自己の属する共同体の構成員ではないと印象づけるメッセージを送ることを禁止しているのであり,その意味で,政教分離原則は実質的にはある種の権利保護規定と考えられる。 すなわち,憲法20条の政教分離規定は,国家に対して特定の宗教を優遇するメッセージを発することを禁止すると同時に,個人に対しては,宗教的な理由で共同体からの排除が印象づけられるような圧力を感じ,これにより,ほかからの干渉を受けずに宗教的生活を送ることが妨害され,その結果,疎外感,精神的不安感,苦痛が引き起こされることのないような利益を賦与するものと解することができる。 (f) 結論したがって,政教分離原則は,国民に対し,国による宗教教育その他の宗教活動からの自由を保障していると考えるべきである。 よって,憲法20条3項は,個人が特定の宗教を受け入れるように働きかけられない自由,特定の宗教が布教されたり,特定の宗教へ誘導されない自由,宗教的に意味づけられたり,宗教的評価を加えたりされない自由をも保障しているといえる。 b靖國神社参拝を受け入れるように働きかけられたことによる損害(a) 本件各参拝は宗教的活動である。 被告小泉が参拝した本殿 たり,宗教的評価を加えたりされない自由をも保障しているといえる。 b靖國神社参拝を受け入れるように働きかけられたことによる損害(a) 本件各参拝は宗教的活動である。 被告小泉が参拝した本殿は,戦没者が祭神となって鎮まっている場所であり,その背後には祭神の氏名が記載された霊璽簿が納められている霊璽簿奉安殿が位置している。つまり,被告小泉は,被告靖國神社がその宗教行為の対象として最も重んじる祭神を参拝の対象としており,本件各参拝が宗教的行為に該当することは明白である。 (b) 本件各参拝は,原告らを特定の宗教に誘導するものである。 被告小泉は国に殉じた者を慰霊するために戦没者を祭祀する靖,「國神社を参拝するのは当然であるとの信念に基づき本件各参拝。」,を行い国に殉じた者に対する慰霊という目に見えない精神活動,「」を,原告らを含む内外の市民一般に,反対を押し切ってまでも可視化させた。 したがって被告小泉の本件各参拝は原告らに対し靖國神社,,,「に祭られている戦没者を慰霊するのは当然という観念」を受け入れさせるよう強く働きかけるものである。 (c) 遺族原告らの法的利益の侵害遺族である原告らは,それぞれの宗教ないしは民族的・伝統的な方法によって肉親・縁者たる戦没者を追悼し祭祀したいと考えている。これら遺族原告らは,憲法20条3項によって,自ら行う追悼・祭祀について,日本国ないし日本国の機関によって妨げられない自由を保障され,また戦没者が合祀されている靖國神社への参拝を受け入れるよう働きかけられない自由を保障されている。 遺族である原告らは,本件各参拝により,遺族らの肉親・縁者が日本国の国事に殉じ,日本国のために一名をささげたものであるという観念,そのために被告靖國神社に合祀され祭神となっているとの されている。 遺族である原告らは,本件各参拝により,遺族らの肉親・縁者が日本国の国事に殉じ,日本国のために一名をささげたものであるという観念,そのために被告靖國神社に合祀され祭神となっているとの観念,祭神となっている肉親の神徳を広めてその理想を祭神の遺 族たる原告らに宣揚普及すべきであるとの観念,祭神となっている肉親の霊を慰めるために靖國神社を参拝することは当然であるとの観念を受け入れるように働きかけられた。 遺族である原告らにとって,自己の肉親・縁者が日本軍の軍人・軍属として徴用され,過酷な戦場に投入されて,死に追いやられたことによって,自己の肉親・縁者が日本国のために一命をささげたとの観念は到底受け入れ難く,特に,先住民族の遺族ら原告にとっては,自らの肉親・縁者が日本国による被害者であるにもかかわら,,ず自己の肉親・縁者が日本国のために一命を捧げたものであってしかも自らの宗教とは全く異なる被告靖國神社の祭神として祭られているとの観念は絶対に受け入れられない。 (d) 遺族原告以外の原告らの法的利益の侵害遺族ではない原告らもまた,日本国又は日本国の機関によって靖國神社参拝を受け入れるように働きかけられない自由を保障されている。 日本国を代表する被告小泉が,戦没者を祭っている靖國神社を参拝するのは当然であると繰り返し強調することは,戦没者の遺族のみならず,それ以外の人々に対しても,戦没者を祭神とする靖國神社が実行している宗教を受け入れるよう働きかけるものであり,参拝行為という宗教的活動を身をもって示すことは,戦没者の死を宗教的に意味づけ,戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるよう働きかけるものである。 したがって,被告小泉の本件各参拝は,遺族ではない原告らにも保障されている,靖國神社が行っている宗教を受け入れ 意味づけ,戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるよう働きかけるものである。 したがって,被告小泉の本件各参拝は,遺族ではない原告らにも保障されている,靖國神社が行っている宗教を受け入れるように働きかけられない自由や戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるよう働きかけられない自由を侵害するものである。 (エ) プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権(憲法13条)の侵害a憲法13条が保障する権利憲法13条は「個人の尊重」及び「生命,自由及び幸福追求に対する権利」を保障しているが,幸福追求権は個人の尊重原則と結びついて個人の人格的生存に不可欠な権利・自由をも包摂する権利であって,人格的価値そのものにまつわるプライバシーの権利や人格的自律権ないし自己決定権がその内容である。 bプライバシーの権利についてプライバシーの権利は,他者から干渉されないで私生活を送る権利すなわち私生活の自由として広く承認されている。 したがって,原告らは,自己や親しい人の死について他者から干渉されることなく,これを意味づけ,心に刻み,追悼・慰霊することができる権利を有している。 c人格的自律権・自己決定権について人格的自律権・自己決定権は,一定の重要な私的事柄について,ほかから干渉されることなく,自ら決定することができる権利である。 そして,人の死を意味づけることは,人の死は生の終えんであるこ,,,とからその人の生を意味づけることであって生を意味づけるのはまさにその生を生きている当人以外にありえないことからすると,人は,自己や親しい人の死について他者から干渉されることなく,これを意味づけ,心に刻み,追悼・慰霊することができる。 したがって,原告らは,自らの死あるいは親しい人の死をどのように意味づけ,どのように心に刻 己や親しい人の死について他者から干渉されることなく,これを意味づけ,心に刻み,追悼・慰霊することができる。 したがって,原告らは,自らの死あるいは親しい人の死をどのように意味づけ,どのように心に刻み,あるいはどのように追悼・慰霊するかについて,他者から干渉されない権利ないしは自ら決定する権利を有している。 d本件各参拝は,プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権を侵害する。 (a) 被告靖國神社は,国のために一命をささげた人たちの霊をなぐさめるために建てられた施設であり,国事に殉ぜられた人々を祭神とし,祭神の神徳を弘め,その理想を祭神の遺族崇敬者及び一般に宣揚普及することを目的としている。このような目的を持っている被告靖國神社に祭られている祭神に対し,被告小泉が行った本件各参拝は,被告小泉及び被告靖國神社が共同して,合祀されている人の死が国事に殉じたものであり,合祀されている人の霊が祭神となっていると意味づけるものである。 (b) 靖國神社に遺族が合祀されている原告らの法的利益の侵害靖國神社に遺族が合祀されている原告らは,被告靖國神社に合祀されている親しい人の死について,被告小泉や被告靖國神社に干渉されることなく,各自の宗教,民族的・伝統的方法あるいは各自の思想信条にしたがって,意味づけ,心に刻み,追悼・慰霊する権利を有しているにもかかわらず,被告小泉の本件各参拝によって,自己の親しい人の死の意味づけを日本の国家機関によって干渉され,この権利を侵害された。 (c) 原告らの法的利益の侵害被告小泉は,被告靖國神社に祭られている国事に殉ぜられた人々である祭神を,参拝という行為を通じて称揚することによって,その死がほかの死とは異なり優位の価値を持っていると考えていることを内外の市民一般に示した。 しかしながら,国事に殉 る国事に殉ぜられた人々である祭神を,参拝という行為を通じて称揚することによって,その死がほかの死とは異なり優位の価値を持っていると考えていることを内外の市民一般に示した。 しかしながら,国事に殉じる死とそうではない死とを日本国の機関が区別することは,現在生きている者一般の生そのもの,人生そのものを日本国の機関が価値評価することにほかならない。 原告らは,本件各参拝によって,原告ら各自の来るべき死そのものを日本国のために一命をささげられたかどうかという基準で,「」序列化され,すなわち戦没者の死をその序列において優位に置くと意味づけられ,人格的生存そのものを脅かされたといえる。 また,本件各参拝は,靖國神社に合祀されている日本人将兵の戦没者や処刑されたA級戦犯は,侵略戦争に加担した者であり,これを参拝することは平和に背反することであるとの確信をもち,あるいはその確信に基づいて平和への活動を行っている原告らの生き方,。 そのものを否定するものでありその人間としての尊厳を侵害したエ原告らの具体的な法的利益の侵害(ア) 被告靖國神社は,台湾侵略・植民地支配を遂行した天皇制を賛美し,天皇のための侵略戦争で戦没死したものを,一方的に英霊として意味づけて合祀し続けており,被告小泉は,内閣総理大臣として,靖國神社に積極的かつ意図的に参拝行為を続けた。 ,,。 しかし死はいかなる意味でも国家によって賛美されてはならないこれは日本国憲法の定める個人の尊厳の当然の帰結である国のた「」。「めに」死ぬこと,まして「天皇のために」死ぬことを賛美するのは,日本国憲法が命題とする,近代の「個」を自覚し,自立し,自律する市民,。 に対する冒とくでありまことに恥ずべきことといわなければならない(イ) 原告A原告Aは,霧社事件におい とを賛美するのは,日本国憲法が命題とする,近代の「個」を自覚し,自立し,自律する市民,。 に対する冒とくでありまことに恥ずべきことといわなければならない(イ) 原告A原告Aは,霧社事件において,祖父を日本軍に殺され,義理の伯父を死に追いやられ,養母の前夫は高砂義勇隊に参加し戦死したため,靖國神社に合祀されているという者であるが,原告Aが,これら肉親・縁者の死をどのように意味づけるか,どのように心に刻み,追悼・慰霊するのかは,だれにも干渉されずに,自らの宗教や民族的伝統的方法によって,自らが決すべきことである。 しかるに,被告小泉は,靖國神社に合祀されている原告Aの養母の前夫を,原告Aにとって加害者である戦没者と同列に参拝し,等しく日本のために一命をささげた者として,その死を賞賛した。 このような被告小泉の行為及びそれを受け入れた被告靖國神社の対応は,肉親・縁者の死の意味を,だれにも干渉されずに,自らが決定するという権利を著しく侵害するものである。 本件各参拝は,原告Aの,憲法13条で保障されているプライバシー権や自己決定権,憲法20条3項が保障している肉親・縁者の死を他者によって意味づけられたり評価されたりされない自由を侵害したといえる。 (ウ) 台湾の先住民族である原告ら台湾の先住民族である原告らにとって,戦没者は肉親・縁者であり,また同じ先住民族として親しい人であって,また,これら先住民族の戦没者は日本の皇民化教育や軍国主義の被害者である。よって,先住民族である原告らは,これら戦没者の死をどのように意味づけ,どのように心に刻み,あるいはどのように追悼・慰霊するかについて,プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権を有している。 本件各参拝は,先住民族である原告らが靖國神社に祭られていることを明確に拒否している先 み,あるいはどのように追悼・慰霊するかについて,プライバシーの権利ないし人格的自律権・自己決定権を有している。 本件各参拝は,先住民族である原告らが靖國神社に祭られていることを明確に拒否している先住民族の魂に対し敬意と感謝の誠をささげ,「」たということになり,先住民族である原告らのプライバシーの権利ないし人格的自立権・自己決定権を侵害したことは明らかである。 (エ) 台湾在住の漢民族の原告ら台湾在住の漢民族の原告らは,太平洋戦争終結後も,台湾を支配した国民党政権から日本帝国主義に加担した裏切り者として圧迫を加えられた。 国民党政権による圧迫を受けた台湾在住の漢民族の原告らにとって, 日本帝国主義の支配は,戦後の国民党政権による支配・圧迫の遠因をつくったものである台湾在住の漢民族の原告らは加害者である日本。 ,「」軍将兵を合祀している靖國神社を被告小泉が参拝することは許されないと考えているし被害者である台湾人の魂を加害者を代表する被,「」「」告小泉に参拝してほしくないと考えている。 本件各参拝は「被害者」である台湾人戦没者の死を「日本国のため,,に殉じた」とするものであり,このような意味づけを拒否している台湾在住の漢民族の原告らのプライバシーの権利ないし自己決定権を侵害したものである。 (オ) すべての原告ら原告らは,戦前は軍国主義の精神的装置として機能し,戦後は平和を脅かす精神的支柱になりかねない位置にある靖國神社に,内閣総理大臣が参拝することを強く忌避している。 しかし被告小泉は敬意を表するのは当然として本件各参拝を,,「」,断行した。被告小泉は,本件各参拝によって,帝国主義的政策や皇民化政策を反省するのではなく賛美したものといえる。 本件各参拝は,平和を希求する原告らの思想 当然として本件各参拝を,,「」,断行した。被告小泉は,本件各参拝によって,帝国主義的政策や皇民化政策を反省するのではなく賛美したものといえる。 本件各参拝は,平和を希求する原告らの思想信条を脅かし,原告らの人間としての尊厳それ自体を脅かすものである。 (被告国の主張)ア原告らが主張する権利は,その概念,具体的な権利内容,根拠規定,主体,成立要件,法律効果等,何ら明確ではなく,その外延を画することができず,法律上保護される権利ないし利益ではない。 イ思想良心の自由(憲法19条)で保障される法的利益に関して本件各参拝は,原告ら個人の思想信条を理由として,原告らを不利益に,,,扱ったり原告らに特定の思想・良心を持つことを強要したりあるいは原告らが特定の思想・良心を持つことを妨げたりするものではないから, 原告らの思想信条の事由を侵害するものではないことは明らかである。 ウ信教の自由(憲法20条1項前段)で保障される法的利益に関して信教の自由の保障は,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,不利益を課せられないとの意味を有するものであり,国家によって信教に自由が侵害されたといいうるためには,少なくとも国家によって信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要である。 本件各参拝が,原告らに不安感,憤りないしは危ぐの念を生じさせるものであっても,これらは,本件各参拝の間接的・反射的効果であって,本,,,件各参拝が原告らの信教を理由として原告らを不利益に取り扱ったり原告らに特定の宗教を信仰することを強制したり,あるいは原告らの信仰する宗教を妨げたりするものではないから,直接,原告らの宗教的信条に強制的干渉を行い,原告らの信教の自由を侵害したものとはいえない。 なお,干渉のレベル 信仰することを強制したり,あるいは原告らの信仰する宗教を妨げたりするものではないから,直接,原告らの宗教的信条に強制的干渉を行い,原告らの信教の自由を侵害したものとはいえない。 なお,干渉のレベルの行為でも保護に値する法的利益があるとしても,干渉のレベルに当たる具体的行為はいかなる場合であるか不明であるし,本件各参拝によって,原告らが信じる宗教で故人を祭ることについて,一定の妨げが出たわけではないから,そもそも干渉すら認められない。 エ国家による宗教活動からの自由(憲法20条3項)で保障される法的利益に関して憲法20条3項は,制度的保障であって私人の法的利益を直接保障するものではない。 最高裁判所昭和52年大法廷判決(昭和52年7月13日大法廷判決・,「」。),民集31巻4号533頁以下津地鎮祭訴訟上告審判決というは「元来,政教分離規定は,信教の自由そのものを直接保障するものではなく,国家と宗教との分離を制度として保障することにより,間接的に信教の自由を確保しようとするものである」と判示している。 。 ,「,自衛官合祀拒否訴訟上告審判決も憲法20条3項の政教分離規定はいわゆる制度的保障の規定であって,私人に対して信教の自由そのものを直接保障するものではなく,国及びその機関が行うことのできない行為の範囲を定めて国家と宗教との分離を制度として保障することにより,間接的に信教の自由を確保しようとするものであるとして右規定は前記」,「,のとおりいわゆる制度的保障の規定であって,私人の法的利益を直接保障するものではないから,このような法的利益もまたこれを認めることができない」と判示している。 。 また,本件各参拝により,原告らが信じる宗教で故人を祭ることについて一定の妨げが出たこともない。 なお,政教 のではないから,このような法的利益もまたこれを認めることができない」と判示している。 。 また,本件各参拝により,原告らが信じる宗教で故人を祭ることについて一定の妨げが出たこともない。 なお,政教分離原則によって,信教の自由の周辺的部分の利益なども国賠法上の保護に値するとしても,同利益はどのようなものか意味不明であ,,るし保護される法的利益が侵害されたか否かの判断基準は不明確でありその判断基準に基づく認定を客観的に行うことも困難であるから,政教分離原則を人権規定であると考えることは失当である。 ()オプライバシーの権利ないし人格的自律権ないし自己決定権憲法13条で保障される法的利益に関して原告らの主張する権利は,宗教的人格権と同趣旨であって,これは実定法上の根拠を欠くものである。 また,本件各参拝は原告ら個人に向けられたものではなく,本件各参拝によって原告らに生じた不快感,憤り,危ぐの念は,単に主観的な感情にすぎないものであって,国賠法1条の保護の対象となる権利又は法的利益ではない。また,自衛官合祀拒否訴訟上告審判決でも,いわゆる宗教的人格権が法的利益であることは否定されている。 (4) 本件各参拝の違憲性(原告らの主張) ア政教分離原則の意義・機能信教の自由は,明治憲法下にあっては「安寧秩序を妨げず及び臣民たる義務に背かざる限りにおいて」との留保付きの保障にすぎないものであったために神社非宗教論と結びついた国家神道のばっこを許し信教の,「」,自由は完全に形がい化され,そして,神社参拝は「臣民」の義務とされたことから,狂信的な「現人神・天皇教」と不可分一体となった国家神道体制のもと,信教の自由は無に等しいものとなってしまった。 ところで,戦前戦中の宗教弾圧を招いた国家神道の基となった「神社非宗教論」は, とから,狂信的な「現人神・天皇教」と不可分一体となった国家神道体制のもと,信教の自由は無に等しいものとなってしまった。 ところで,戦前戦中の宗教弾圧を招いた国家神道の基となった「神社非宗教論」は,既に過去の遺物となったと言い得るかは,なお疑問がある。 わが国には他人とりわけ少数者の宗教に対してむしろ極めて不寛容な風土がある。だからこそ,個人の尊厳と宗教の私事性を含意する「宗教多元主義」が尊重されなければならない。 津地鎮祭訴訟上告審判決以来,最高裁が採り続ける目的効果論には,本来少数者の保護を目的とする信教の自由の本質を看過し,憲法20条3項にいう「宗教的活動」の定義に「一般人の宗教的評価」や「社会通念」を持ち出して,神道による地鎮祭の「宗教的活動」性を否定するなど,政教分離を緩やかに見ようとする思考が見られる。 しかし,日本国憲法の政教分離原則は,これを厳格に解しなければならない。 なお,近時,国家神道消滅論が現れている。国家神道消滅論とは,現在では国家神道(体制)は消滅したとして,国家,地方自治体の神社神道への関与が持つ危険性を低く見て,結果的に政教分離原則を緩和させる機能。 ,,をもっているたしかに国家神道体制は戦後制度としては解体されたが国家神道の中核をなした靖國神社はそのまま残っており,国家権力がこれと結びつけば,国家神道が復活可能な状況は現に存在している。皇室神道が今日でも本質的変化なく温存されていることに注意を払うべきである。 国の機関である天皇を中心とする皇室に神道が戦前と同じ姿で残されてい,。 ること一つをとって見ても国家神道復活の危険性を指摘せざるをえないイ被告靖國神社の宗教団体性被告靖國神社は,宗教法人法に基づき,東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であって,宗教上の教義,施設を備え,神道儀式に も国家神道復活の危険性を指摘せざるをえないイ被告靖國神社の宗教団体性被告靖國神社は,宗教法人法に基づき,東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であって,宗教上の教義,施設を備え,神道儀式にのっとった祭祀を行う宗教団体(宗教法人法2条,憲法20条1項)であり,神道の教義をひろめ,儀式行事を行い,また,信者を教化育成することを主たる目的とする神社である。 ウ本件各参拝の目的靖國神社の本殿には礼拝の対象である祭神が奉斎されており,靖國神社の祭神は,原告らの親族を含む戦没者の霊である。被告小泉は,靖國神社本殿に昇殿,戦没者の霊を祭った祭壇に黙とうした後,深く一礼を行ったが,宗教法人の宗教施設において,その祭神に拝礼することは,典型的な宗教行為であって,社会通念・常識に照らして,宗教的意義を持つことは明らかである。 エ本件各参拝による効果(ア) 被告小泉の靖國神社への強いこだわり被告小泉は,自民党総裁選中から,内閣総理大臣就任後終戦記念日に靖國神社へ参拝することを明言し,固執し,これに再考を促す自民党内部からの意見にも,野党の批判にも,韓国,中国等からの中止要請にも耳を傾けようとしなかった。 一方,平成13年5月14日,衆議院予算委員会での答弁で,被告小泉は野党からの質疑に対し戦没者の追悼のための儀式として終戦,,,「記念日に行われる政府主催の全国戦没者追悼式が不十分だと思ったことはないと答弁し現に本件第1参拝後同年8月15日の武道館にお。」,,ける全国戦没者追悼式に出席し,式辞を読んでいる。 このように,政府主催の全国戦没者追悼式が行われ,内閣総理大臣として自らこれに出席し,式辞まで読み上げ,戦没者を追悼する儀式として同式典が不十分だとは認識していないと明言しておきながら,なお被告小泉は戦没者 政府主催の全国戦没者追悼式が行われ,内閣総理大臣として自らこれに出席し,式辞まで読み上げ,戦没者を追悼する儀式として同式典が不十分だとは認識していないと明言しておきながら,なお被告小泉は戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまで,「だが,靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない「宗教的活。」動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祭られているからいけない,ともとらない。私は戦没者に心からの敬意と感謝をささげるために参拝する(同年5月14日衆院予算委員会での答弁)。」などと,靖國神社参拝に強くこだわった。 (イ) 戦没者追悼の形政府主催の全国戦没者追悼式が毎年実施されており,被告小泉も国を代表してこれに出席したように,戦没者を追悼することは,宗教行為によることなく可能である。にもかかわらず,屋上屋を架すかのように,あえて内閣総理大臣としての靖國神社参拝という形を加えなければならない理由は何もない。 仮に被告小泉のいう戦没者に敬意と感謝をささげることが追,「。」,悼以上の何らかの意味を包含するものであっても,宗教にかかわりなくすることが可能であり,まして,これをする形が内閣総理大臣としての靖國神社参拝以外にありえないというものではない。 愛媛玉串料違憲訴訟に関する最高裁大法廷判決(平成9年4月2日大,「」法廷判決・民集51巻4号1673頁以下愛媛玉串訴訟上告審判決という)も「戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体は,本件の。 ,ように特定の宗教と特別のかかわり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができると考えられる」と指摘している。 。 (ウ) 効果a戦没者の追悼,あるいは「戦没者に敬意と感謝をささげる」こと, さらにまた戦没者の慰霊及び遺族の慰謝という でなくてもこれを行うことができると考えられる」と指摘している。 。 (ウ) 効果a戦没者の追悼,あるいは「戦没者に敬意と感謝をささげる」こと, さらにまた戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体は特定「」,「の宗教と特別のかかわり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができる」にもかかわらず,被告小泉は,本件各参拝を行った。 b被告小泉が,国を代表して内閣総理大臣として靖國神社に本件各参拝をするという形で特別のかかわり合いを持つことは,しかも内外からの厳しい批判にもかかわらず3度までも参拝したことは,一般人に対して,被告国が靖國神社を特別に支援しており,靖國神社がほかの宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,靖國神社という特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない。 cさらに,被告小泉は本件第1参拝後に記者会見し,首相談話まで発表し一層国内外の耳目を集めたこと,マスコミ各社が靖國神社創建以来の歴史にまで,さかのぼって解説する特集記事や特別番組が組んだこと,靖國神社のインターネットホームページへのアクセス件数が急増したことから,本件第1参拝は,一般人に対して,特定の神社であ,,る靖國神社への関心を呼び起こすのに絶大な効果をもたらしさらに被告小泉は,本件第2,3参拝を続け,今後も靖國神社参拝を継続する意志を表明していることからすれば,靖國神社が国の機関によってほかの宗教施設とは異なる特別の扱いをされていることが一層強く印象づけられたといえる。 dところで,このような靖國神社への特別のこだわり,ないし,かかわり合いをどう評価するかに関連して,愛媛玉串訴訟上告審判決は,(愛媛県知事が靖國神社の例大祭,慰霊大祭に際し,毎年玉ぐし料を支出してきたという本件においては県が特定の宗教団体の挙行す ,かかわり合いをどう評価するかに関連して,愛媛玉串訴訟上告審判決は,(愛媛県知事が靖國神社の例大祭,慰霊大祭に際し,毎年玉ぐし料を支出してきたという本件においては県が特定の宗教団体の挙行す)「,る同種の儀式に対して同様の支出をしたという事実がうかがわれないのであって,県が特定の宗教団体との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない。これらのことからす れば,地方公共団体が特定の宗教団体に対してのみ本件のような形で特別のかかわり合いを持つことは,一般人に対して,県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており,それらの宗教団体がほかの宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない」と判示している。 。 この愛媛玉串訴訟上告審判決は,玉ぐし料の支出という現場に出向かない行為ですら,県が靖國神社との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができないと断定しているのである。 ,,玉ぐし料支出との比較からすれば国民と世界が注視している中で被告小泉が内閣総理大臣として靖國神社参拝を行った本件各参拝ではなおのこと,被告国が靖國神社との間にのみ,極めて意識的に,特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない。 オ以上の事情から判断すれば,被告小泉が被告国を代表して内閣総理大臣として靖國神社に本件各参拝をしたことは,愛媛玉串料金訴訟上告審判決が県の玉ぐし料支出を宗教的活動と判断したよりさらに明確に,その目的が宗教的意義を持つことを免れず,その効果が特定の宗教に対する援助,助長,促進になると認めるべきであり,これによってもたらされる被告国と靖國神社のかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるもの ず,その効果が特定の宗教に対する援助,助長,促進になると認めるべきであり,これによってもたらされる被告国と靖國神社のかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって,憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たる。 ,,カよって被告小泉が被告国の内閣総理大臣として敢行した本件各参拝は政教分離原則に違反し,明確に違憲である。 (5) 被告靖國神社による法的利益の侵害(原告らの主張)ア被告靖國神社の戦後責務 (ア) 戦後改革による靖國神社の国家的性格の喪失戦前の靖國神社は天皇の神社として別格官幣社に列せられ旧陸,「」,海軍省が管轄する特別の神社であった。敗戦までの靖國神社は,戦没者を一方的に「天皇・国家のために命をささげた」英霊として合祀し,顕,,彰を繰り返し国民を侵略戦争に動員する機能を果たす存在であったがそれが可能であったのは同神社が法的・制度的に天皇の神社国家,「」「の神社」だったからである。 しかし,被告国は,昭和21年2月2日までに,神祇院を廃止し,官国幣社経費に関する法律を廃止して宗教法人令を改正公布した。国家神道を支えてきた行政的・法的諸制度が次々に改廃され,国家神道は国家の支援を失い,靖國神社もその国家的性格を失った。 そして,被告靖國神社は,昭和27年制定の宗教法人法に基づき,東京都知事認証の宗教法人登記を完了し,民間の一宗教法人して存続する,。 こととなり被告靖國神社は今日ではいかなる公的性格も有していないしたがって,新憲法下での被告靖國神社は,完全に国家から自立し,「生まれ変わる」ことを求められたが,それは,当然の法的義務であると同時に,歴史的道義的責務でもあった。しかも,この義務と責務は,日本の民衆に対して負ったものではなく,靖國神社 全に国家から自立し,「生まれ変わる」ことを求められたが,それは,当然の法的義務であると同時に,歴史的道義的責務でもあった。しかも,この義務と責務は,日本の民衆に対して負ったものではなく,靖國神社がアジアの民衆に多大な被害をもたらした侵略戦争遂行の主要装置の一つであったことから,対外的にも負い続けているものである。 (イ) 被告靖國神社の戦後責務靖國神社は,戦後その国家的・公的性格を喪失した。 したがって,戦前の靖國神社は,天皇のための戦争で死亡した戦没者を「英霊」としてたたえ,本人や遺族の宗教はもちろん,その意思にも関係なく合祀し,国家が戦没者とその遺族の精神を支配していたが,そのような支配権の根拠は消滅し,また,旧植民地出身者を,日本国家と 日本の天皇のために命をささげた者として勝手に合祀する根拠もなくなった。 さらに,戦前の靖國神社がほかの宗教者,旧植民地民衆の信仰に対する抑圧・弾圧の元となり,侵略戦争への動員装置であった事実から,被告国は戦後,被告靖國神社の合祀にかかわってはならないのであり,かかわるべき法的根拠もすべて失われた。 以上のとおり,戦後は,戦争に対する認識,戦没者の記憶・追慕の仕方などは,旧植民地の人々を含め,民衆個々人が決める事柄であり,被告国や被告靖國神社が決定・関与すべき事柄ではなくなったのである。 反対に,戦争に対する歴史認識,戦没者の記憶・追慕の仕方などは,日本国憲法によって,侵してはならない個人の権利として,日本人はもち,。 ろんその権利の性質上外国人に対しても保護されるべきこととなった,,,したがって日本国憲法下において被告靖國神社はその責務として単独で,あるいは被告国と共同して,反対の思想・信条・信仰・立場を明確にしている内外の原告ら個人の歴史認識に介入し・戦争の記憶を押し付け・祭祀 がって日本国憲法下において被告靖國神社はその責務として単独で,あるいは被告国と共同して,反対の思想・信条・信仰・立場を明確にしている内外の原告ら個人の歴史認識に介入し・戦争の記憶を押し付け・祭祀権を侵害するような「英霊」合祀を行ってはならないのであり,首相や天皇から公人としての参拝を受け入れるなど被告国と特別の関係を結んではならないのである。 イ被告靖國神社の戦後責務への背反(ア) 被告国による合祀支援・協力a被告国は,昭和31年4月19日,厚生省引揚援護局長名で各都道府県あてに靖國神社合祀事務に対する協力についてという標題の,「」通知(援発第3025号)を発し,被告国は,都道府県に対し,合祀事務協力について別冊靖國神社合祀事務協力要綱及び昭和3,「『』『1年度における旧陸軍関係靖國神社合祀事務に協力するための都道府県事務要領により処理することを指示しなし得る限り好意的な』」,「 配慮で靖國神社合祀事務の推進に協力することを求めたさら」,「」。 に,被告国は,都道府県に対し,被告靖國神社からの合祀通知状の遺族への交付にも協力するよう要請した。また被告靖國神社は,引揚援護局から回付された戦没者カード(祭神名票)によって「合祀者を決定し合祀の祭典を執行することとなり合祀の経費は国庫負」「。」,「,担とする」と明記されていた。 。 この通知後に被告靖國神社の合祀者は一気に増加し,昭和32年には靖國神社史の中では最高である年間合祀者数約47万名が記録され,被告国,地方自治体,被告靖國神社の三者が一体となって合祀が急速に進んだ。 被告国による合祀への支援・協力はその後も継続し,被告靖國神社は,終戦後の第一,第二復員省の資料及び厚生省経由各都道府県に照会して得た資料に ,被告靖國神社の三者が一体となって合祀が急速に進んだ。 被告国による合祀への支援・協力はその後も継続し,被告靖國神社は,終戦後の第一,第二復員省の資料及び厚生省経由各都道府県に照会して得た資料に基づき,旧陸海軍の取り扱った前例を踏襲して,合祀の取扱いを決定し,昭和21年以降37回にわたって戦没者を合祀してきた。そして,被告国が支援・協力を廃止したことを各都道府県に通知したことを示す証拠もない。 bこのように,被告国は,遺族の同意も了解も取り付けず,合祀目的の個人情報を戦後50年間,被告靖國神社に提供し続け,被告靖國神社は,遺族の同意ないし了解を取ることは一切行わずに,戦没者を,靖國神社に合祀してきた。 しかし,被告靖國神社は戦後一貫して,侵略戦争について間違っていたという認識を示さず,むしろ戦争を肯定し,したがって靖國神社の侵略戦争に果たした役割も反省していない。このような,靖國神社の性格,その教義は明らかに憲法の精神に反し,原告らを含む多くの国民,及びアジア民衆の思いに反するのであって,合祀には遺族の了解が不可欠である。 遺族の了解もなく,被告靖國神社が合祀を前提にした個人情報を被告国に照会することも,被告国がこれに応じて個人情報を被告靖國神社に提供することも,共に人権保護の観点からは許されず,違法なものである。 (イ) 被告靖國神社の戦後責務への背反による効果被告国は,戦後も,国家神道時代と同様に,遺族の同意なき靖國神社合祀を支援し,これに協力し,合祀者数は246万という膨大な数になった。被告国の戦後も変わらぬ「靖国観」に基づくこうした合祀協力こそ,一般人に「靖國神社は戦没者追悼の中心的施設」という誤った観念を戦後も持たせ続け,被告靖國神社の宗教を援助・助長する効果をもたらした。 (ウ) 被告靖國神社の「お願い」によ くこうした合祀協力こそ,一般人に「靖國神社は戦没者追悼の中心的施設」という誤った観念を戦後も持たせ続け,被告靖國神社の宗教を援助・助長する効果をもたらした。 (ウ) 被告靖國神社の「お願い」による内閣総理大臣の靖國神社参拝a被告靖國神社及び被告国は,靖國神社は戦没者追悼の中心的施設であるという印象を定着させるために,内閣総理大臣による靖國神社参拝を意図的・政治的に繰り返した。 b吉田内閣総理大臣は,昭和26年10月,靖國神社の秋の例大祭期間中に戦後初めて参拝し,以降,昭和60年8月15日の中曾根内閣総理大臣に至るまで,34年間に実に59回に及ぶ内閣総理大臣による靖國神社への参拝が反復継続された。また,昭和天皇は,昭和27年から計7回,靖國神社に参拝した。 これらの,内閣総理大臣や天皇の参拝は,被告靖國神社からの「お願いに沿ってなされてきた被告靖國神社は春・秋の例大祭の折」。 ,「に御参拝をしていただくようお願い申し上げ被告国はこうした,」,,参拝の要請を断らず,内閣総理大臣の靖國神社への参拝を反復継続した。 cこうした首相の参拝に加えて,昭和50年ころから8月15日の靖 國神社参拝という新たな社会問題が生じ,被告靖國神社の地位はさらに高められた。 すなわち,三木内閣総理大臣は,昭和50年8月15日に,初めて8月15日の日に靖國神社に参拝したが,当時の政治状況は,靖國神社国家護持法案が国会通過せず,内閣総理大臣による,いわゆる「公式参拝」が問題となっており,同参拝は,このような政治状況に呼応して被告国の側が仕掛け,被告靖國神社がこれを受け入れた結果,実現したものであった。 それ以降,内閣総理大臣による8月15日の靖國神社参拝がマスメディアを媒介にして一気に社会的注目を受けるようになり,靖國神社への関 掛け,被告靖國神社がこれを受け入れた結果,実現したものであった。 それ以降,内閣総理大臣による8月15日の靖國神社参拝がマスメディアを媒介にして一気に社会的注目を受けるようになり,靖國神社への関心が高まっていった。 ところが,中曾根内閣総理大臣による,昭和60年8月15日の,いわゆる「公式参拝」に対し,中国・韓国からの強い批判が起こり,内閣総理大臣による,靖國神社参拝は,ストップしてしまった。 dその後,被告靖國神社は,内閣総理大臣による8月15日の靖國神社参拝に強くこだわり始め,8月15日の参拝実現が被告国及び被告靖國神社双方の「悲願」のようになり,被告靖國神社は,平成6年8月15日に内閣総理大臣が参拝しなかったことについて今年も首相,「の参拝はない中略国民の代表として首相の参拝すらできないこの。()国が果たして健全なる独立国家と言えるであろうか」と批判した。 。 e内閣総理大臣の参拝は,参拝それ自体が持つ宗教性に,参拝時期の宗教性と政治性が加わって,マスメディアが昭和50年から大きく報じるようになり,社会的注目度が極めて高くなった。内閣総理大臣の参拝問題が社会的に注目されればされるほど靖國神社こそ戦没者追,「悼の国家的施設」とする被告靖國神社にとっての布教効果が増していった。 ウ旧植民地出身軍人軍属の無断合祀(ア) 平成14年10月現在,旧植民地支出身者の軍人軍属の戦没者は,台湾,朝鮮出身者を合わせて約5万名が「英霊」として合祀され,その全員が遺族の了解なき合祀である。 被告国は,こうした旧植民地出身の戦没者の合祀に個人情報を提供していた。 (イ) しかし,死者を追慕する最も近しい肉親の意向を聞かずに,他者である他国の宗教団体が死者を勝手に神にするのは,少なくともその遺族の人権を踏みにじる行為であ 者の合祀に個人情報を提供していた。 (イ) しかし,死者を追慕する最も近しい肉親の意向を聞かずに,他者である他国の宗教団体が死者を勝手に神にするのは,少なくともその遺族の人権を踏みにじる行為である。侵略戦争に加担させられて「英霊」とし,,て称賛されて合祀されることがかつて植民地にされた人びとにとって耐え難く屈辱的である。 (ウ) 原告高金素梅及び原告Mらは同年8月12日高砂義勇隊遺族代,,「」表として靖國神社を訪れ,合祀の取下げを要求し,同時に,同じ村の戦没者遺族15名の合祀取消しを要求した。 これに対し被告靖國神社側はそれはできないこれは神道的の信,,「。 。 ,。 仰だと理解ください大きな魂の塊として御本殿でお祭りをしている250万という皆さんの魂を,これはキリスト教や仏教と違う魂,神道の魂として,お祭り申し上げている。だから,一つひとつが分かれているというわけではない」とつっぱねた。 。 合祀取下げを求める遺族の訴えを拒否することは,確信に基づく加害の継続を意味する。台湾・朝鮮人戦没者合祀も当然,日本人戦没者同様被告国の関与なくしてあり得なかった。にもかかわらず,政府は,昭和53年4月18日,参議院社会労働委員会において,合祀取下げに応じない被告靖國神社について,私人である同被告に国家権力は介入できないと答弁した。 それならば国家権力が遺族に断りもなく個人情報を靖國神社に伝え, 無断でなされた合祀に対する国家責任をどう取るのか。こうした人びとが約5万人もいるのである。 エ被告国と被告靖國神社の共同行為による靖國神社の宗教の援助・助長・促進以上のとおり,被告国は,一宗教団体である被告靖國神社の宗教の核心部分である合祀行為に協力し続け,靖國神社合祀によって,被告国のした侵略戦争で無残にも死亡した よる靖國神社の宗教の援助・助長・促進以上のとおり,被告国は,一宗教団体である被告靖國神社の宗教の核心部分である合祀行為に協力し続け,靖國神社合祀によって,被告国のした侵略戦争で無残にも死亡した軍人軍属は「祭神「英霊」として慰霊顕彰,」され,感謝される存在に祭り上げられた。 これは,被告国が,被告靖國神社の戦没者合祀,慰霊顕彰事業に協力しこれを利用して,一定の偏った歴史認識,戦争観,戦没者追悼の在り方を国民に普及宣伝してきたことにほかならない。すなわち,被告国は被告靖國神社と共同して,本来個人の決定に任せるべき歴史認識,戦争観,戦没者追悼の在り方に介入してきたのである。 そもそも,歴史と戦争をどう認識し評価するか,戦没者をどう記憶し,追慕し,祭祀するかは本来,個人が自己の思想信条・信仰に基づいて決定し行う事柄であり,戦前戦中のように被告国が干渉することではない。 しかし,被告国は戦後においても,被告靖國神社の合祀事務への協力と内閣総理大臣の参拝の反復継続を通じて,靖國神社こそ戦没者追悼の国家的施設であるという一定の偏った歴史認識,戦争観,戦没者追悼の在り方を国民に普及宣伝し,もって戦没者を英霊とたたえている被告靖國神社の宗教を援助・助長・促進し,ひいて「国民」を侵略戦争肯定の方向へ導こうとしてきたのである。 オ本件各参拝の際の,被告国と被告靖國神社の共同関係(ア) 本件第1参拝「」,a被告靖國神社の機関誌やすくに平成13年8月号のコラムには公約どおりの参拝を熱望し中国はまたしてもA級戦犯合祀を,「,「」 理由に参拝の中止を執拗に要求している。国家の最高責任者たる首相が戦没者に感謝の誠を捧げ,国家・国民の安寧と悠久の平和を祈ることは至極当然のことであり,道義の上からは国の責務なのである。小泉首相には 由に参拝の中止を執拗に要求している。国家の最高責任者たる首相が戦没者に感謝の誠を捧げ,国家・国民の安寧と悠久の平和を祈ることは至極当然のことであり,道義の上からは国の責務なのである。小泉首相には,教科書検定問題への介入同様,中国の明らかな内政干渉に屈することなく毅然として参拝されんことを強くのぞみたいと,。」書かれていた。 b被告靖國神社は同月13日の本件第1参拝に対し途絶えていた,,「首相参拝に道を開いたこと以外,国民の信頼を損ない落胆と無念の思いを募らせることとなったと批判したが同月15日の靖國神社の。」,参拝者数は前年の2倍強に上り,被告靖國神社のホームページへのアクセス数も急増し,被告靖國神社は,国民の関心が高まったことを歓迎して,被告小泉の参拝がもたらした「効果」を「夏休み期間中に小中高校生や大学生,さらには多数の家族連れなどが月間を通して訪れたことは,今年の特筆すべきことであった」と総括した。 。 c一方被告小泉は同年6月20日の党首討論の際戦没者慰霊の,,,「中心施設は靖國神社だという人が多い「戦没者慰霊の中心施設は靖。」國神社だという被告靖國神社の中核的教義を繰り返し発言しさ。」,,らに内閣総理大臣小泉純一郎と記帳し首相談話を出すことに「」,「」よって,私的参拝ではなく内閣総理大臣としての参拝であったことを明確にすることによって,戦没者慰霊の中心施設は靖國神社だという教義及び靖國神社に対する国としての支持を明白にし,同教義及び靖國神社を広く国民に受け入れさせようとした。 (イ) 本件第2参拝a被告小泉は本件第2参拝の後私の参拝の目的は明治維新以来,,「,の我が国の歴史において,心ならずも,家族を残し,国のために,命,。 を捧げら させようとした。 (イ) 本件第2参拝a被告小泉は本件第2参拝の後私の参拝の目的は明治維新以来,,「,の我が国の歴史において,心ならずも,家族を残し,国のために,命,。 を捧げられた方々全体に対して衷心から追悼を行うことであります (),中略国のために尊い犠牲となった方々に対する追悼の対象として長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖國神社に対して追悼の誠を捧げることは自然なことであると考えますと,。」の所感を発表した。 被告小泉は国のための死をくり返し称揚し被告靖國神社が戦,「」,「没者追悼の中心的施設」であることを改めて認知した。 b被告靖國神社は,例大祭期間中の参拝を中曽根首相以来17年ぶりと歓迎しその所感についても高く評価し例大祭は神社の重儀,「」,「であり,総理大臣を始め閣僚が揃って参拝することは,殉国の英霊をたたえる本来の姿であろう。今回の小泉総理の参拝の意義は,昨年の八月十三日の参拝と異なり,先の大戦で命を捧げられた方々ばかりではなく,明治維新以来の我が国の近代戦史を回顧され,命を捧げられた方々全体に追悼の誠を捧げられたこと,そしてその追悼の対象として長きにわたって多くの国民の間で中心的な施設となっている靖國,「神社」と明確に表明されたことである」と機関誌で記した。 。 (ウ) 本件第3参拝a被告小泉は,被告靖國神社に3度目の参拝を行った。内閣総理大臣としての3度目の参拝は,靖國神社の歴史認識と戦争観を支持・賛同をしているという強力なメッセージであった。 bそして,被告靖國神社は,被告小泉による内閣総理大臣として三度「,,目の参拝を今回の参拝の意義は時期や状況は異なれども三年連続我が国の総理として,英霊に敬意と感謝の気持ちを ージであった。 bそして,被告靖國神社は,被告小泉による内閣総理大臣として三度「,,目の参拝を今回の参拝の意義は時期や状況は異なれども三年連続我が国の総理として,英霊に敬意と感謝の気持ちを込めて哀悼の誠を捧げられたことである」と高く評価した。 。 (エ) さらに,被告靖國神社にとって天皇の参拝の復活と定着化こそ大きな目標である。被告小泉が内閣総理大臣として靖國神社参拝を定着させ,「A級戦犯」問題を雲散霧消させてしまうことは,被告靖國神社念願の 天皇参拝への道を開くものでもある。 カ 結論 「天皇の神社」であった別格官幣社・靖國神社は,戦後は一宗教法人となり政教分離原則の下で「生まれ変わること」を要請・期待された。 しかし,被告靖國神社は敗戦直後から国家神道時代の意識そのままで,明治天皇の思召しを固守し不変を標ぼうし明治国家における国「」,「」,家の英霊慰霊顕彰施設への回帰を追求し続けてきた。そして,その宗教的核心である合祀に必要な個人情報を被告国から提供されるという特権を受け,被告国の側もそれに応じてきた。 被告国と被告靖國神社はその共同行為によって,国家神道時代と同じように,戦没者を一方的に「英霊」として祭神に祭り上げ,遺族の思想・良心の自由・信教の自由・人格権を侵害し続けてきた。加えて,既に祭る法的根拠さえなくなった旧植民地出身者の台湾,朝鮮の戦没者についても,戦後も,全く同様に無断合祀を継続し,その遺族の思想・良心の自由・信教の自由・人格権を侵害し続けてきたものである。 したがって,被告小泉の内閣総理大臣としての本件各参拝及び被告靖國神社の歓迎・受入れは「戦没者慰霊の中心施設は靖國神社だ」という被,。 告靖國神社の中核的教義ないし靖國神社そのものの国家的布教宣伝活動の共同実行にほかならず,原告らの内 の本件各参拝及び被告靖國神社の歓迎・受入れは「戦没者慰霊の中心施設は靖國神社だ」という被,。 告靖國神社の中核的教義ないし靖國神社そのものの国家的布教宣伝活動の共同実行にほかならず,原告らの内面の諸価値を侵害し,精神的苦痛をもたらした反憲法的行為である。 (被告靖國神社の主張)ア被告靖國神社には,被告小泉の職務行為としての参拝を拒否する義務はない。 被告靖國神社は参拝の趣旨に合った参拝をする者であれば同じように参拝を受け入れるのであり,区別せずに参拝を受け入れること自体が被告靖國神社の一つの宗教上の行為であるから,参拝を拒否すべき義務はない。 また,原告らが主張する権利利益は,損害賠償請求権を支える法的権利とはいえないので,被告靖國神社に被告小泉の職務行為としての参拝を拒否する義務は発生しない。すなわち,原告らの主張する権利利益は,結局は,他者の宗教に関する行為によってもたらされた不快の感情を別の言葉で言い直しただけのものであって,他者の行為に対する損害賠償請求権を支える法的利益とは到底いえないこれは静ひつな宗教的環境の下で信。 ,「仰生活を送るべき利益なるものは,これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものであるとする自衛官合祀拒否訴訟上告審判決か。」らも明らかである。 イ被告靖國神社には義務違反行為はない被告小泉の参拝が公式参拝であるかどうか,内閣総理大臣の職務としての参拝かどうかは,法的な判断であって,参拝行為に外観から区別することは困難であるから,被告靖國神社には,本件各参拝を職務行為であるとして拒否できなかった。 (6) 損害(原告らの主張)原告らは,本件各参拝により,戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関し 拒否できなかった。 (6) 損害(原告らの主張)原告らは,本件各参拝により,戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し,行う権利ないし利益を侵害され,精神的苦痛をこうむった。この精神的苦痛を金銭に評価すれば,原告一人につき1万円とするのが相当である。 第3争点に対する判断 争点(1) (訴訟の目的)について(1) 被告小泉は,原告らの被告小泉に対する本件訴えは,被告小泉が一人の自然人として信教の自由を実現するために行った本件参拝を違憲,違法と断じた上で損害賠償を求めるものであり,訴訟の名を借りて,被告小泉の有する 信教の自由を制限しようとするものであるから,訴権の濫用として不適法であると主張する。 (2) しかし,原告らにおいて被告小泉の有する信教の自由を制限しようとする目的で,被告小泉に対する本件訴えを提起したことを認めるに足りる証拠はない。 (3) したがって,原告らの被告小泉に対する本件訴えは訴権の濫用には当たらない。 争点(2) (職務行為性)について(1) 本件は,原告らは,本件各参拝により,権利ないし利益を侵害されたとして,被告国に対しては,国賠法1条1項に基づき,被告小泉及び被告靖國神,,,社に対しては民法709条に基づき損害賠償を請求する事件であるからその要件について,以下,順次判断する。 (2) 国賠法1条1項の「職務を行うについて」とは,加害行為が職務行為自体を構成する場合のほか,職務執行の手段としてなされた行為や,職務の内容と密接に関連し職務行為に付随してなされる行為の場合も含み,公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合に限らず,自己の利を図る意図をもってする場合で 務執行の手段としてなされた行為や,職務の内容と密接に関連し職務行為に付随してなされる行為の場合も含み,公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合に限らず,自己の利を図る意図をもってする場合でも,客観的に職務執行の外形を備える行為は,これに該当すると解されている。原告らは,本件各参拝は,客観的に職務執行の外形を備える行為であると主張している。 (3) ところで,本件各参拝は,靖國神社への参拝という行為であり,その行為自体としては,私人の神社・仏閣などへの参拝と異なるところはなく,個人の宗教的動機によってなされる行為である。 また,本件各参拝を,被告小泉個人としてこれを行うことは,憲法20条1項の信教の自由の内容として保障されているところであり,被告靖國神社の教義内容等も上記信教の自由によって保障されていて,歴史的経緯等から特別な扱いを受けるものではない。 したがって,被告小泉が内閣総理大臣の地位にある人物であるということのみから,靖國神社への参拝が内閣総理大臣の職務行為としてなされたものとみなすことはできない。 (4) 上記のとおり,靖國神社への参拝という行為は個人の宗教的動機に基づいてなされる行為であるから,本件各参拝が,個別的な法令の根拠や閣議決定等に基づいてなされたものではない以上,本件各参拝が外形的にも内閣総理大臣の職務行為自体を構成したり,職務執行の手段として行われることは考えられないところである。 (5) アしかし,内閣総理大臣の地位にある人物による行為には,公権力の行使に当たる一般の公務員とは異なり,内閣総理大臣の地位にあることから,職務行為に該当する行為でなくても,単なる私的領域に止まるとはいえない社会的影響力を生じうるものがあることもまた疑いのないところである。 すなわち,内閣総理大臣は,行政権の属する内閣 あることから,職務行為に該当する行為でなくても,単なる私的領域に止まるとはいえない社会的影響力を生じうるものがあることもまた疑いのないところである。 すなわち,内閣総理大臣は,行政権の属する内閣の首長として,内閣を代表して議案を国会に提出し,一般国務及び外交関係について国会に報告し,並びに行政各部を指揮監督するという本来の職務行為を行うほか,対内的には行政権を統轄し,対外的にも我が国を代表する地位にあると認められていることから,その動静は,内外を問わず注目されているところである。現代社会では国の行政の担当する分野が極めて広汎であることとも相まって,スポーツ・芸術等の様々な行事等への参加などの個別的な法令等の根拠に基づかない活動であっても,内閣総理大臣の行為は,一般私人とは異なる社会的な影響力を持つものであると考えられる。また,その社会的な影響力のゆえに内閣総理大臣の参加が期待される行為もあると考えられる。このような行為が国の行政活動と関連する場合にまで,すべて私的領域に止まる行為として内閣総理大臣の職務と無関係であると解することは相当ではない。 イ他方,いわゆる政党政治を前提とする議院内閣制のもとでは,内閣総,,理大臣には政党の党首である政治家が就任することが予定されておりその主義主張に基づく政治家としての行動についても,内閣総理大臣としての地位に伴う社会的な影響力を生じることがあることは否定できない。 また,内閣総理大臣の行為であっても,社会的な影響力の有無にかかわらず,その性質からプライバシーの支配する私的領域に止まる行為として扱うべきものが存在することも当然である。 ウこのように,いわば内閣総理大臣としての地位に伴う行為として社会的な影響力を生じるものの中にも私人あるいは政治家としての行動として扱うべきものが として扱うべきものが存在することも当然である。 ウこのように,いわば内閣総理大臣としての地位に伴う行為として社会的な影響力を生じるものの中にも私人あるいは政治家としての行動として扱うべきものがあるから,そのすべてが被告国の機関としての内閣総理大臣の職務と関連するものとはいえないが,内閣総理大臣としての地位に伴う行為が国の行政活動と関連すると認められる場合には,被告国の機関としての内閣総理大臣の職務と関連するものと扱うべきものと考えられる。 したがって,このような内閣総理大臣としての地位に伴う行為は,その社会的な影響力のみから,そのすべてが内閣総理大臣の職務と関連す,,るものとはいえないが私人あるいは政治家としての行動にとどまらず被告国の機関として行動したといえるだけの被告国とのかかわり合いが当該行為について認められる場合には,客観的に被告国の機関としての内閣総理大臣の職務の内容と密接に関連し職務行為に付随してなされる,。 行為として国賠法1条1項の対象となるものと解するのが相当であるエ上記前提事実のとおり,本件各参拝に先だって,戦没者の遺族から内閣総理大臣の靖國神社参拝を求める運動が行われていたものであるが,これも我が国を代表する人物による参拝を実現することによって,その祭神とされた戦没者への追悼の意思を確認したいという心情に基づくも のであると推察できる。また,上記前提事実のとおり,被告小泉は,自民党総裁選挙当時は,内閣総理大臣になったら靖國神社の参拝を行うと発言し,内閣総理大臣就任後も内閣総理大臣である被告小泉として参拝するとの趣旨の発言をしているが,これはその政治的支持者の多くが戦没者の慰霊の中心的施設を靖國神社であるとする見解を有していることに対応して,内閣総理大臣の地位にある人物としての社会的な影響力を するとの趣旨の発言をしているが,これはその政治的支持者の多くが戦没者の慰霊の中心的施設を靖國神社であるとする見解を有していることに対応して,内閣総理大臣の地位にある人物としての社会的な影響力を意識した上で靖國神社の参拝を行うことを明らかにしたものと認められる。 このような被告小泉による行為について被告国の機関として行動したといえるだけの被告国とのかかわり合いが認められるかどうかが,本件についての国賠法1条1項の「職務を行うについて」の判断の基準となるものと解される。 ,,(6) これに対しこのような内閣総理大臣としての地位に伴う行為についてはそれが私人としてなされたものであることが明確にされない限り,国家機関としての内閣総理大臣の行為であるとする推定が働くとの考え方もある。なるほど,本件各参拝のように,その評価をめぐって意見が分かれるような行為については,自ら私人としての行為であることを明らかにすることが望ましいといえるかもしれないが,私人としてなされたものであることが明確にされない限り,国家機関としての内閣総理大臣の行為であると扱うべきであるとする根拠は明らかではなく,やはり個別の事案ごとに被告国との関わり合いを認定して判断すべきである。 (7) 以上のとおり,内閣総理大臣としての地位に伴う行為については,その行為に対する被告国の関与の程度によっては,国の機関としての内閣総理大臣の行為とみるべきものもあると考えられる。 そして,内閣総理大臣としての地位に伴う行為のうち,国の機関としての内閣総理大臣の行為については,内閣総理大臣の職務の内容と密接に関連し 職務行為に付随してなされる行為として,国賠法1条1項の対象となる内閣総理大臣の職務執行行為に含まれるものと解される。 (8) そこで,本件各参拝についての被告国の関与の程度 内容と密接に関連し 職務行為に付随してなされる行為として,国賠法1条1項の対象となる内閣総理大臣の職務執行行為に含まれるものと解される。 (8) そこで,本件各参拝についての被告国の関与の程度について,上記前提事実に基づいて検討する。 ア被告国の関与を肯定する事実としては,被告国は,本件各参拝の際,被告小泉に公用車を利用させ,内閣総理大臣秘書官を同行させていることが挙げられる。 しかし,内閣総理大臣が公用車を利用し,内閣総理大臣秘書官を同行することは,天災などの緊急事態が発生した場合の連絡のためや警備のために必要であることは明らかであるから,本件各参拝の際に,被告小泉が公用車を利用し,内閣総理大臣秘書官を同行したことから,被告国が本件各参拝について関与しているとしても,それは国の機関としての内閣総理大臣の行為であるものとの評価の重要な要素となるものではない。 イ被告小泉は内閣総理大臣との肩書を付けて記帳及び献花をしている,「」が,人が記帳及び献花についてその肩書を明らかにすることによって,その社会的影響力の存在を示すことは,私的領域においても行われることであるから被告小泉が内閣総理大臣との肩書を付けて記帳及び献花を,,「」したことから,被告国が本件各参拝について関与していることを外形的にでもうかがうことはできない。 ウ本件各参拝において,被告小泉は,献花をしているが,献花代金は被告小泉の私費から支出され,公費は支出されておらず,この点での国の関与はない。 エ被告国は,本件各参拝のいずれについても,被告国の関与を否定する見解を示している。 オ内閣総理大臣による靖國神社への参拝は,中曾根内閣総理大臣に至るまでは,ほぼ例年行われていたものであるが,中曾根内閣総理大臣による昭 和60年の参拝以降は,内閣総 定する見解を示している。 オ内閣総理大臣による靖國神社への参拝は,中曾根内閣総理大臣に至るまでは,ほぼ例年行われていたものであるが,中曾根内閣総理大臣による昭 和60年の参拝以降は,内閣総理大臣による靖國神社の参拝は,16年間で1度しか行われておらず,内閣総理大臣による靖國神社への参拝という慣例が成立していたものではない。 ,カ被告小泉は,本件第1参拝の際には,あらかじめ福田内閣官房長官を通じて談話を発表し,また,本件第2参拝後にも,所感を発表しているが,これはいずれも被告小泉が予想される批判に対して応答したものであって,国の関与を裏付けるものではない。 キ戦没者の追悼については,国は,終戦記念日である8月15日に政府主催の行事として全国戦没者追悼式を行っており,被告小泉は,本件第1参拝の直後,これに内閣総理大臣として出席して式辞を読んでいる。 ク被告小泉は,本件第2参拝の際,靖國神社に到着した後に報道陣を待つため約1時間参拝を遅らせているが,これは被告小泉による報道機関への対応であって,被告国の関与をうかがわせるものではない。 (9) 以上のとおり,本件各参拝についての被告国の関与は,公用車の利用と内閣総理大臣秘書官の同行にとどまるものであるから,本件各参拝は,被告小泉の内閣総理大臣としての地位に伴う行為ではあっても,国の機関としての内閣総理大臣の行為と客観的外形的にみるべきものではないと認められる。 (10)したがって,被告小泉による本件各参拝は,国賠法1条1項にいう「職務を行うについて」に該当する行為であるとはいえない。 (11)そうすると,争点(2) (職務行為性)に関する原告らの主張は理由がないから,被告国に対する原告らの請求は,その余について判断するまでもなく,理由がない。 争点(3) (被告小泉による法 11)そうすると,争点(2) (職務行為性)に関する原告らの主張は理由がないから,被告国に対する原告らの請求は,その余について判断するまでもなく,理由がない。 争点(3) (被告小泉による法的利益の侵害)について(1) 原告らは,被告小泉に対して,民法709条に基づく損害賠償も請求しているので,本件各参拝について,被告小泉の行為が不法行為を構成するものであるかについて検討する。 (2) 原告らは,被告小泉の行為による被侵害利益として,ア思想良心の自由(憲法19条,イ信教の自由(憲法20条1項,ウ国家による宗教活))動からの自由憲法20条3項エプライバシー権ないし人格的自律権・(),自己決定権(憲法13条)が保障する戦没者が靖國神社に祭られているとの観念を受け入れるかどうかを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,公権力からの圧迫・干渉を受けずに自ら決定し,行うという法的利益を主張し,本件各参拝により同利益が侵害されたと主張する。 (3) 人が自己の信仰生活の静ひつを他者の宗教上の行為によって,害されたとし,そのことに不快の感情を持ち,そのようなことがないよう望むことのあるのは,その心情として当然であるが,何人かをその信仰の対象とし,あるいは自己の信仰する宗教により何人かを追慕し,その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由はだれにでも保障されているから,原告ら主張の法的利益は,強制や不利益の付与を伴う行為によって妨害されないかぎり,損害賠償を請求するなどの法的救済を求めることができる法的利益とはいえない。 (4) 上記のとおり,被告小泉は内閣総理大臣であって,その行為は内閣総理大臣としての地位に伴う社会的な影響力を内外に対して持つものであるから,国の機関としての行為と認められない 益とはいえない。 (4) 上記のとおり,被告小泉は内閣総理大臣であって,その行為は内閣総理大臣としての地位に伴う社会的な影響力を内外に対して持つものであるから,国の機関としての行為と認められない行為についても,憲法を尊重し,また国民全体の利益を考慮すべき職責があることは当然であるが,損害賠償を請求するなどの法的救済を求める要件としては,被告小泉に原告らに対し強制や不利益の付与を伴う行為があったといえることが必要である。 しかし,原告らが,被告小泉の本件各参拝によって,戦没者を靖國神社で自ら祭ることを強制されたり,戦没者を靖國神社で自ら祭らなかったことで不利益を受けたり,また,自らの方法で戦没者を祭り回顧することを禁止,制限されたりしたことを認めるに足りる証拠はない。 (5) 原告らは,本件各参拝は,靖國神社は内閣総理大臣によって参拝されると いう点で,他の神社とは別格の神社であることを印象づけ,戦死を賛美する靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛するという「世間全般の雰囲気」を作り出すので,精神の自由を侵害する「強制」の要素があり,原告らは,自らの方法で戦没者を祭り回顧することに圧迫,干渉が加えられたと主張している。 原告らは,本件第1参拝直後の平成13年8月15日の靖國神社の参拝者数は前年の2倍強に上り,被告靖國神社のホームページへのアクセス数も急増したとの事実を指摘しているが,本件各参拝によって,靖國神社の宗旨を批判することを差し控え自粛する雰囲気が作り出されたことを認めるに足りる証拠はなく,原告らは,自らの方法で戦没者を祭り回顧することを圧迫,干渉されたものとは認められない。 (6) したがって,被告小泉の本件各参拝によって,原告らの法的利益は侵害されていないというべきである。 (7) よって,被告小泉に対する原告らの請 することを圧迫,干渉されたものとは認められない。 (6) したがって,被告小泉の本件各参拝によって,原告らの法的利益は侵害されていないというべきである。 (7) よって,被告小泉に対する原告らの請求はその余について判断するまでもなく理由がない。 争点(5) (被告靖國神社による法的利益の侵害)について(1) 原告らは,被告靖國神社が,被告小泉による本件各参拝を受け入れたことが,被告国との国家的布教活動の共同実行であると主張するが,上記認定のとおり,本件各参拝は,国賠法1条1項にいう「職務を行うについて」に該当する行為とはいえず,被告国の行為とは認められないので,原告らのこの主張は理由がない。 (2) 原告らは,被告靖國神社に対して,民法709条に基づく損害賠償を請求しているので,本件各参拝について,被告靖國神社の行為が不法行為を構成するものであるかについても問題となるが,上記のとおり,原告らの主張す,,る法的利益は強制や不利益の付与を伴う行為によって妨害されないかぎり損害賠償を請求するなどの法的救済を求めることができる法的利益とはいえ ないので,被告靖國神社が被告小泉による本件各参拝を受け入れた行為が,原告らに強制や不利益を付与した場合にのみ法的救済の対象となる。 (3) 前提事実によれば,被告靖國神社は,旧植民地の戦没者を英霊として合祀し,実際に,原告A,原告B,原告D,原告Eの親族を合祀し,原告である台湾人遺族らの合祀取消し要求を拒否したことが認められるが,被告靖國神社の本件各参拝を受け入れる行為によって,原告らが,自らの方法で戦没者を祭り回顧することを圧迫,干渉されたことを認めるに足りる証拠はない。 (4) したがって,被告靖國神社によって原告らの法的利益は侵害されていないというべきである。 (5) よって,原告らの被 戦没者を祭り回顧することを圧迫,干渉されたことを認めるに足りる証拠はない。 (4) したがって,被告靖國神社によって原告らの法的利益は侵害されていないというべきである。 (5) よって,原告らの被告靖國神社に対する請求も,その余について判断するまでもなく理由がない。 第4 結論 よって,争点(4) (本件各参拝の違憲性)及び同(6) (損害)について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとする。 大阪地方裁判所第23民事部裁判長裁判官吉川愼一裁判官中嶋功 裁判官片瀬亮

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