平成24(行ケ)10131 審決取消請求事件

裁判年月日・裁判所
平成24年12月26日 知的財産高等裁判所 4部 判決 請求棄却
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判決文本文22,997 文字)

平成24年12月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成24年(行ケ)第10131号審決取消請求事件口頭弁論終結日平成24年12月5日判決原告エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社同訴訟代理人弁護士根本 浩上 野 さやか同弁理士稲葉良幸内藤和彦斉藤直彦山田 拓被告特許庁長官同指定代理人今 村 玲英子岩下直人田部元史中島庸子守屋友宏 主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求特許庁が不服2011-25385号事件について平成24年2月28日にした審決を取り消す。 第2 事案の概要本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記 いて,特許請求の範囲の記載を後記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯(1) エーザイ株式会社は,平成13年3月30日,発明の名称を「甘味を有する薬剤組成物」とする発明について,特許出願(特願2001-98970。国内優先権主張日:平成12年3月31日。請求項の数2)をした(甲3)。 (2) エーザイ株式会社が平成18年4月3日付けで会社分割されたのに伴い,本件出願に係る特許を受ける権利は原告に承継され,同年7月頃,原告は,特許庁長官に対し,その旨の名義人変更を届け出た(甲11の1~3)。 (3) 特許庁は,本件出願について,平成23年8月31日付けで拒絶査定をした(甲7)。 (4) 原告は,平成23年11月25日,これに対する不服の審判を請求したが(不服2011-25385号事件),特許庁は,平成24年2月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は同年3月9日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲の記載本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである。以下,請求項1に係る発明を「本願発明」といい,その明細書(甲3,9)を「本願明細書」という。 【請求項1】塩酸ドネペジルおよびスクラロースを含有する薬剤組成物 3 本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,後記ア及びイの引用例1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることが 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,後記ア及びイの引用例1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 ア引用例1:特開平2-177870号公報(甲1)イ引用例2:特開平11-106354号公報(甲2)(2) 本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。 ア引用発明:苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物イ一致点:スクラロースを含有する薬剤組成物である点ウ相違点:薬剤組成物が,本願発明は「塩酸ドネペジル」を含有するものであるのに対し,引用発明は「苦味を有する薬剤」を含有するものである点 4 取消事由容易想到性に係る判断の誤り(1) 引用発明の認定の誤り(2) 相違点に係る判断の誤り第3 当事者の主張〔原告の主張〕 1 引用発明の認定の誤り(1) 本件審決は,引用例1には「苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物」という発明が記載されていると認定した。 しかし,引用例1の特許請求の範囲には,スクラロースとスクラロースが不快な味をマスク(隠蔽)し得る「苦味を有する薬剤」との具体的な組合せについては何ら記載されていない。引用例1に「薬剤は,広範囲の不快な味覚の治療薬及び治療薬の混合物から選択してよい。例示的カテゴリー及び特定の例には以下のものが含まれるがこれらに限定されるものではない」との記載があることのみをもって,スクラロースが不快な味をマスクし得る「苦味を有する薬剤」の具体的な開示があることにはならない。実際,引用例1において「例示的カテゴリ これらに限定されるものではない」との記載があることのみをもって,スクラロースが不快な味をマスクし得る「苦味を有する薬剤」の具体的な開示があることにはならない。実際,引用例1において「例示的カテゴリー」として言及されている薬のカテゴリーについて,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいということは,引用例1に開示されていない。引用例1では,実施例において,チューインガム製品におけるスペアミント油の不快な味(苦味,オフノート)がスクラロースによりマスクされることが記載されているだけである。 (2) 甲12には,低分子量のコラーゲンペプチドのチュアブル錠において,スクラロースの苦味マスク効果が発揮されないことが示され,甲13にも,スクラロースよりも,甘味度において劣るアスパルテームとアセスルファム-Kの混合物の方が,格段に優れた苦味マスク効果を発揮することが示されている。また,甲14には,植物由来の苦味成分に関し,スクラロースの苦味マスク効果が,甘味度においては600分の1であるスクロースに劣ることが示されている。さらに,引用例1において,薬剤として選択し得るものとして例示されているものについてでさえ,実際には,スクラロースが十分な苦味マスク効果を発揮しない場合がある(甲15,16)。加えて,甲17(【0005】)には,「スクラロースは水溶性が高いため,主薬が簡単に口中に放出され,薬物によってはスクラロースの添加だけでは不快な味を隠蔽できないおそれがある」と記載されているように,スクラロースが苦味をマスクする効果を十分に発揮しない場合は多々ある。さらに,甲29の官能試験の結果によっても,スクラロースによる苦味への影響は,物質ないし薬物ごとに異なるものと理解される。 したがって,当業者は,引用例1の記載から, 分に発揮しない場合は多々ある。さらに,甲29の官能試験の結果によっても,スクラロースによる苦味への影響は,物質ないし薬物ごとに異なるものと理解される。 したがって,当業者は,引用例1の記載から,スクラロースが含有されることによって,苦味を有する薬剤の苦味が常に軽減すると認識することはできない。 (3) 日本でスクラロースが医薬品添加物としての認可を受けたのは平成18年3月31日であるから,本件出願に係る優先権主張日当時,スクラロースは,飲食品の甘味料としては用いられていたものの,医薬品添加物としては用いられていなかった。この事実からしても,薬剤の苦味等を軽減するための非苦味強力甘味剤としてスクラロースを用いることが,当業者にとって当然又は容易に認識し得るものであったということはできない。 (4) 以上のとおり,引用例1には,「苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物」について,具体的な記載がない上,スクラロースを含有することによって苦味を有する薬剤の苦味が軽減することを把握できるような記載もないから,本件審決による引用発明の認定は誤りであって,正しくは,引用例1には,「スペアミント油及びスクラロースを含有するチューインガム組成物」という発明が記載されていると認定されるべきである。 2 相違点に係る判断の誤り(1) 本件審決は,引用発明において,「苦味を有する薬剤」として,引用例2に記載された激しい苦味を有する「塩酸ドネペジル」を使用した薬剤組成物とすることは,当業者が容易に想到し得ることであると判断した。 しかし,前記1のとおり,本件審決による引用発明の認定は誤りであり,引用例1には,「スペアミント油及びスクラロースを含有するチューインガム組成物」という発明が記載されているのである。したがって,「苦味を有 ,前記1のとおり,本件審決による引用発明の認定は誤りであり,引用例1には,「スペアミント油及びスクラロースを含有するチューインガム組成物」という発明が記載されているのである。したがって,「苦味を有する薬剤」として塩酸ドネペジルを使用するという本件審決の提示する発想は,そもそも成り立たない。 ましてや,引用例1に記載された例示的カテゴリーには,塩酸ドネペジルが属するカテゴリーすら記載されていない。 (2) 引用例1では,スペアミント油の不快な味として,苦味又は不快なオフノートをマスキングすることが課題とされているのであり,痺れ感をマスキングするという課題や,スクラロースの痺れ感に対するマスキング能力については,何ら開示されていない。 他方,引用例2では,塩酸ドネペジルの「激しい苦味,口腔内のしびれ」(【0008】)を不快な味と捉え,苦味と同時に痺れ感をもマスクすることが課題とされている。 以上のとおり,引用例1と引用例2では,同じ「不快な味」という表現が用いられていても,具体的にどのような味をマスクすることを技術的課題としているかという点で全く異なっている。 したがって,引用例1に引用例2を組み合わせる動機付けもない。 (3) 本願発明の作用効果についてア本件審決は,本願明細書には,塩酸ドネペジルとスクラロースを組み合わせることについて,実施例1として,両成分を含む錠剤を得たことは記載されているものの,両成分を組み合わせたことによる効果についての具体的な記載は見当たらないとして,本願明細書の記載からは,塩酸ドネペジルとスクラロースとを特に選択して組み合わせることで,当業者に予期し得ない格別な効果を奏することはうかがえないと判断した。 しかし,本願明細書の記載(【0002】【0003】【0013】)からは,塩酸ドネペ ースとを特に選択して組み合わせることで,当業者に予期し得ない格別な効果を奏することはうかがえないと判断した。 しかし,本願明細書の記載(【0002】【0003】【0013】)からは,塩酸ドネペジルとスクラロースとを組み合わせることにより,塩酸ドネペジルの苦味及び後味としての苦味や痺れ感等の不快な味がマスクされるという効果を奏するものと理解できることは明らかである。 また,本願明細書の試験例1の記載から,無水カフェインが苦味及び後味としての痺れ感と苦味を有するものであることが理解できるから,実施例において,無水カフェインと同列な薬剤組成物として記載されている塩酸ドネペジルについても,試験例1と同様の試験を行った場合には,その苦味及び後味としての痺れ感と苦味に関して同様の結果が得られるであろうことは容易に理解できる。すなわち,塩酸ドネペジルとスクラロースとを組み合わせた効果として,苦味が抑えられ,後味としての痺れ感や苦味が抑えられ,服用感に優れた薬剤組成物を得られるという効果が奏されることは,当業者が,本願明細書の記載から容易に認識できるものである。 イ本件審決は,塩酸ドネペジルとスクラロースを組み合わせることにより,苦味や痺れの不快な後味を伴わないであろうことは,引用例1にスクラロースを入れたチューインガム製品が苦い後味や不快なオフノートを伴わないことが記載されていることからみて,当業者が予想できることであると判断した。 しかし,引用例1には,そもそも痺れ感については全く言及されていないから,引用例1においてスクラロースを入れたチューインガム製品が苦い後味や不快なオフノートを伴わないことが記載されているからといって,塩酸ドネペジルの痺れをスクラロースがマスクできるかどうかは,引用例1に接した当業者が予想し得るはずがない ンガム製品が苦い後味や不快なオフノートを伴わないことが記載されているからといって,塩酸ドネペジルの痺れをスクラロースがマスクできるかどうかは,引用例1に接した当業者が予想し得るはずがない。 また,甲29の官能実験の結果によれば,スクラロースが苦味に与える影響は,対象物質ごとに異なるものと理解されるから,この点からしても,引用例1に接した当業者において,スクラロースが塩酸ドネペジルの苦味及び後味としての苦味や痺れ感等の不快な味をマスキングできるものと予測することはできない。 ウ本件審決は,原告が平成22年4月19日付け意見書に記載した塩酸ドネペジルを含む液剤に係る追加試験1及び塩酸ドネペジルを含むドライシロップ剤に係る追加試験2において,塩酸ドネペジル及びスクラロースを含む液剤やシロップ剤が,スクラロースを含まない液剤やシロップ剤に比べ,甘み,苦味,後味の点で優れた結果が出たことは,当業者が予想し得る効果にすぎないと判断した。 しかし,スクラロースと組み合わせることによって塩酸ドネペジルの苦味及び後味としての苦味や痺れ感等の不快な味がマスクされるという本願発明の効果は,引用例1から当業者が予想し得るものではなく,本件審決の判断は誤りである。 エ本件審決は,原告が平成23年7月28日付け意見書に記載した塩酸ドネペジルを含む液剤に係る追加試験3及び同年11月25日付け審判請求書に記載した塩酸ドネペジルを含む錠剤に係る追加試験4において,塩酸ドネペジルの有する強い苦味及び痺れ感をマスクするためには,スクラロース以外の甘味料(追加試験3では,ソーマチン,ステビア,サッカリン,アスパルテーム,アセスルファム-K。 追加試験4では,ソーマチン,ステビア,サッカリン。)では効果はなく,スクラロースのみが顕著なマスキング効果を示したという では,ソーマチン,ステビア,サッカリン,アスパルテーム,アセスルファム-K。 追加試験4では,ソーマチン,ステビア,サッカリン。)では効果はなく,スクラロースのみが顕著なマスキング効果を示したという結果について,①引用例1の「アスパルテームはケトンの存在下では不安定になる」との記載から,ケトンを有する塩酸ドネペジルを用いる場合には,アスパルテームの作用が充分に発揮できないことは当業者が当然認識できる,②引用例1には,サッカリン,ステビオサイド,エースサルフェーム-K及びタウマチンは,苦味やオフノートを伴っていることや,苦味又は不快なオフノートを伴った強力甘味料は,特定のフレーバーを含有する組 成物の不快な味を増大させることが記載されているから,引用例1において,苦味を持たない甘味料として記載されているスクラロースが,サッカリン,ステビオサイド,エースサルフェーム-K及びタウマチンに比べて苦味のマスキングの点で優れることは,当業者が十分予想できる,③引用例1の実施例では,スクラロースがアスパルテーム,サッカリン,エースサルフェーム-Kに比べて,苦味や苦い後味等の低下の点で優れていることが確認されているなどとして,甘味剤としてスクラロースを用いれば,ソーマチン,ステビア,サッカリン,アスパルテーム,アセスルファム-Kを用いた場合に比べて,甘み,苦味,後味の点で優れるであろうことは,引用例1の記載から当業者が予想し得る効果であると判断した。 しかし,次のとおり,本件審決の上記判断は誤りである。 (ア) 上記①について引用例1の実施例5及び6には,アスパルテームもスペアミント油の苦味,オフノート感をマスキングする能力を発揮することが示されているから,引用例1の「アスパルテームはケトンの存在下では不安定になる」との記載は,引用例1に接 には,アスパルテームもスペアミント油の苦味,オフノート感をマスキングする能力を発揮することが示されているから,引用例1の「アスパルテームはケトンの存在下では不安定になる」との記載は,引用例1に接した当業者の甘味料の採否に関する認識に影響を及ぼすものではない。 また,甲26には,ケトンを有する物質であるリスペリドンの苦味がアスパルテームでマスクできることが記載され,甲28にも,ケトンを有する物質であるドネペジルサリチル酸塩の苦味がアスパルテームでマスクできることが記載されているから,ケトンを有する化合物との共存下においてもアスパルテームは十分な苦味抑制効果を発揮する。 したがって,当業者は,ケトンを有することが明らかな物質を用いる場合には甘味料としてアスパルテームを用いると,その作用が十分に発揮できないことを当然に認識するということはできない。 (イ) 上記②について引用例1には,単に「苦味又は不快なオフノートを伴った強力甘味料は,特定のフレーバーを含有する組成物の不快な味を増大させることが知られている」旨記載 されているにすぎず,全ての組成物に関してその不快な味を増大させることが記載されているわけではない。苦味といっても,その種類も程度も様々であり,引用例1の上記記載から,上記サッカリン等が薬剤の苦味を増大させるかどうかなど予想することはできないし,ましてや,塩酸ドネペジルについて,その苦味を増大させるかどうか,苦味のマスキング効果への影響はどうであるか,スクラロースが上記サッカリン等に比べて痺れ感をマスクする点で優れているかどうかなど,あらかじめ予想できるものではない。 (ウ) 上記③について引用例1の実施例では,チューインガム製品においてスペアミント油の苦味に関するマスキング効果を検討しているにすぎず,チューイン かなど,あらかじめ予想できるものではない。 (ウ) 上記③について引用例1の実施例では,チューインガム製品においてスペアミント油の苦味に関するマスキング効果を検討しているにすぎず,チューインガム製品においてスクラロースがアスパルテーム,サッカリン及びエースサルフェーム-Kに比べてスペアミント油の苦味をマスクする効果に優れるからといって,塩酸ドネペジルの苦味や痺れ感に関して,スクラロースが,同様に優れているという結論を予想することはできない。 (4) 被告の主張について被告は,乙1ないし3を挙げて,スクラロ-スによって痺れ感をマスクできることも,当業者が予想し得ることであると主張する。 しかし,乙1及び2は,いずれも食品における渋味等のマスキングについて記した文献であり,被告の主張は,食品の渋味と医薬品の痺れ感とを,当然に同じものであるかのように主張している点において失当である。 また,「渋味」は,通常,食品や飲料の味,風味を形容する際に用いられる用語であり,その風味が強く出すぎれば不快な味となるが,適度であれば他の味と混ざり合って独特の風味をもたらすものである。他方,医薬品における「痺れ感」は,単に「痺れること」「麻痺」(甲30)であって,耐え難い強烈な不快な感覚そのものである。食品等においては,渋味のマスキングという技術的課題は,渋味という味を極力抑えることではなく,その長所を引き立てる点にこそある(乙2)が,医薬品において「痺れ感」をマスクするという技術的課題は,耐え難い強烈な不快感を極力抑えることである。食品等と医薬品とでは,マスクすべき味の全体の味における意味合いも程度も次元が全く異なるのであって,その技術的課題は全く異なり,食品等における渋味のマスキング効果が乙1及び2に記載されていたからといって と医薬品とでは,マスクすべき味の全体の味における意味合いも程度も次元が全く異なるのであって,その技術的課題は全く異なり,食品等における渋味のマスキング効果が乙1及び2に記載されていたからといって,そのことから,薬剤の痺れ感のマスクキングにおいてもスクラロースが効果を有するであろうと当業者が予想することはできない。 〔被告の主張〕 1 引用発明の認定の誤りについて(1) 原告は,引用例1には,スクラロースと「苦味を有する薬剤」との具体的な組合せは何ら記載されていないなどと主張する。 しかし,引用例1の請求項1は,「苦味または不快なオフノートを有するフレーバー剤,および,…非苦味強力甘味剤を含有する,不快な味をマスキングする組成物」と記載され,請求項3では,その非苦味強力甘味剤がスクラロースであること,請求項8では,「苦味または不快なオフノートを有するフレーバー剤」が苦味又は不快なオフノートを有する各種医薬であることがそれぞれ記載されている。そして,請求項60には,薬学的組成物についても記載されているのであるから,引用例1には,「苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物」の発明が記載されていることは明らかである。 (2) 本件出願に係る優先権主張日当時,スクラロースは,高甘味度の甘味料であって,苦味などのマスキング効果を有し,幅広く食品の風味を向上させる物質として周知であり,また,栄養ドリンク,機能性飲料などにあっては,ビタミンや各種機能性物質の苦み,渋み等の不快味をマスキングする効果も周知であった。このような技術常識を踏まえれば,引用例1の実施例に記載されているのが,チューインガム製品におけるスペアミント油の不快な味(苦味,オフノート)がスクラロースによりマスキングされることだけであるとしても,引用例1に接した当業 えれば,引用例1の実施例に記載されているのが,チューインガム製品におけるスペアミント油の不快な味(苦味,オフノート)がスクラロースによりマスキングされることだけであるとしても,引用例1に接した当業者は,スクラロースが,スペアミント油を含有するチューインガムに限らず,他の食品や薬剤の苦味をもマスクするであろうと理解するはずであり,引用例1において開示されている発明が「スペアミント油及びスクラロースを含有するチューインガム組成物」のみであるとは認識しない。 (3) また,甲12ないし17は,本件出願に係る優先権主張日後の文献であり,優先権主張日当時の技術常識を示すものではないから,引用例1の記載及び上記優先権主張日当時の技術常識に基づく引用発明の認定を妨げるものではない。 (4) さらに,医薬品添加物規格に収載する品目は,特許法とは無関係に厚生労働省が決定するものであり,上記優先権主張日当時,スクラロースが日本において医薬品添加物として認可されていなかったことは,引用発明の認定を左右するものではない。 (5) よって,本件審決による引用発明の認定に誤りはない。 2 相違点に係る判断の誤りについて(1) 原告は,引用例1と引用例2とでは,具体的にどのような味をマスクすることを技術的課題としているのかという点で全く異なるから,引用例1に引用例2を組み合わせる動機付けはないなどと主張する。 しかし,引用例1と引用例2とは,苦味を有する薬剤の苦味をマスクするという課題が共通するのであり,両者を組み合わせる動機付けは十分に存在する。 (2) 本願発明の作用効果について原告は,①本願明細書には,塩酸ドネペジルとスクラロースとを組み合わせることにより,塩酸ドネペジルの苦味及び後味としての苦味や痺れ感等の不快な味がマスキングされる 2) 本願発明の作用効果について原告は,①本願明細書には,塩酸ドネペジルとスクラロースとを組み合わせることにより,塩酸ドネペジルの苦味及び後味としての苦味や痺れ感等の不快な味がマスキングされるという効果を奏することの記載がある,②引用例1の「アスパルテームはケトンの存在下では不安定になる」との記載は,引用例1に接した当業者の甘味料の採否に関する認識に影響を及ぼすものではない,③引用例1には,痺れ感について全く言及がないから,塩酸ドネペジルの痺れをスクラロースがマスクできるかどうかは,引用例1に接した当業者が予測できるものではない,④追加試験1ないし4に係る本件審決の判断は誤りであるなどと主張する。 しかし,次のとおり,原告の主張はいずれも失当である。 ア上記①について本件審決は,塩酸ドネペジルの苦味及び後味としての苦味や痺れ感等の不快な味がマスクされるという本願発明の効果自体を否定するものではなく,本願明細書の記載からは,原告が主張する上記効果は当業者が予想できることであると判断したものである。 したがって,原告の主張は,本件審決を取り消すべき事由とはならない。 イ上記②について本件審決は,アスパルテームはケトンの存在下では作用が全く発揮できないと判断したのではなく,引用例1の実施例の結果に基づき,作用が十分に発揮できないと判断したものである。 また,甲26には,アスパルテームとミントの併用によってリスペリドンの苦い味を隠蔽したことが記載されているだけであって,アスパルテーム単独で苦い味が十分に隠蔽できたことを示すものではない。甲28には,ドネペジルサリチル酸塩とアスパルテームを含有する口腔内崩壊錠について,単に「味が甘く」と記載されているだけで,苦味の抑制効果が十分であったかどうかについて記載されてい 示すものではない。甲28には,ドネペジルサリチル酸塩とアスパルテームを含有する口腔内崩壊錠について,単に「味が甘く」と記載されているだけで,苦味の抑制効果が十分であったかどうかについて記載されているわけではない。したがって,これらを根拠として,ケトンを有する化合物との共存下においてもアスパルテームは十分な苦味抑制効果を発揮するということはできない。 ウ上記③について本件出願に係る優先権主張日当時,スクラロースは,苦味のほか様々な不快な風味をマイルドにしたりマスキングしたりすることは周知であり,特に,渋みのマスキングにも使用されることが知られていた(乙1,2)。ここでいう渋みとは渋柿を食べたときに舌がしびれるような味のことを意味するものであり(乙3),スクラロ-スによって痺れ感をマスクできることも,当業者が予想し得ることである。 エ上記④について(ア) 追加試験1及び2について上記アないしウのとおり,本願発明の効果は当業者が予想し得るものであるから,追加試験1及び2に係る本件審決の判断に誤りはない。 (イ) 追加試験3及び4について引用例1には,サッカリン,ステビオサイド,エースサルフェーム-K,タウマチンが苦味又は不快なオフノートを伴った強力甘味料であり,特定のフレーバーを含有する組成物の不快な味を増大させるなどという短所について記載されるとともに,好ましい実施態様においては,非苦味強力甘味剤であるクロロデオキシ糖誘導体はスクラロースであることが記載され,実施例において,スペアミント油を含有するチューインガム組成物を例として,スクラロースが苦味のマスキングに優れていることが確認されている。そうである以上,上記サッカリン等のような苦味又は不快なオフノートを有しない,非苦味強力甘味料として記載されたスクラロー 物を例として,スクラロースが苦味のマスキングに優れていることが確認されている。そうである以上,上記サッカリン等のような苦味又は不快なオフノートを有しない,非苦味強力甘味料として記載されたスクラロースが,スペアミント油を含有するチューインガム組成物に限らず,苦味等のマスキング効果の点で優れているであろうと予想するのは,極めて自然である。 したがって,追加試験3及び4に係る本件審決の判断にも誤りはない。 第4 当裁判所の判断 1 本願発明について(1) 本願発明は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本願明細書(甲3,9)には,概略,次の記載がある。 ア本願発明は,甘味を有する薬剤組成物に関する(【0001】)。 イ薬物の中には,経口的に服用した場合に,苦味を有する薬物,収斂性を有する薬物,痺れ感を誘発する薬物等,不快な味を有するものがある。薬物の不快な味は,経口的に服用する人に苦痛を与え,コンプライアンスを低下させるおそれがある。このため,不快な味を軽減したり,マスキングする方法として,従来,顆粒剤を水溶性の皮膜によりコーティングする方法や,融点40ないし100℃のワックス類を溶融し,その中に不快な味を呈する薬物を分散後,固化させて散剤等を得る方法が開示されている(【0002】)。 ウしかし,不快な味を有する薬物にも種々の味があり,それを隠蔽する方法や隠蔽後の味も,薬物の性質や服用者の好みに応じて多様な種類があることが望ましい。したがって,本願発明の目的は,服用したときに不快な味を呈する薬物の不快感を抑え,服用しやすくした組成物を提供することである(【0003】)。 エ本願発明の発明者らは,以下に示す構成により上記課題を解決できることを見いだし,本願発明を完成させた。すなわち,本願発明は,不快な味を有する薬 くした組成物を提供することである(【0003】)。 エ本願発明の発明者らは,以下に示す構成により上記課題を解決できることを見いだし,本願発明を完成させた。すなわち,本願発明は,不快な味を有する薬物及びスクラロースを含有する薬剤組成物である(【0004】)。 オ本願発明において,スクラロースとは,トリクロロガラクトスクロースである。スクラロースは粉末,水溶液中で安定であり,水,エタノールに対する溶解度は高い。味は苦味,渋味の少ない砂糖に近いまろやかな甘味であるが,甘味度は砂糖の約600倍であると言われている。本願発明において,不快な味を有する薬物とは,服用時に口腔内において,苦味,痺れ感,収斂性等の不快な感覚を惹起する薬物であり,例えば,塩酸ドネペジル等を挙げることができる(【0005】【0006】)。 カ実施例1塩酸ドネペジル5mg,スクラロース5mg,乳糖72mg,結晶セルロース15mg,コーンスターチ20mg を混合し,ポリビニルピロリドン3mg を溶かした水を加えて造粒し,乾燥後,ステアリン酸カルシウムを混合して打錠し,錠剤を得た(【0011】)。 キ実施例2無水カフェイン50mg,スクラロース1.5mg 及びエリスリトール1g に蒸留水を加え,25ml の液剤とした(【0012】)。 ク本願発明により,薬物の不快な味を隠蔽し,マイルドな甘味を有する服用感に優れた薬剤組成物を得ることができる。実施例に示した方法に準じて製造した試料を用いて,甘味,苦味等の服用感を官能試験により評価したところ,スクラロースを用いることにより,服用感の優れた製剤が得られることが明らかになった(【0013】)。 ケ試験例1試験材料として,スクラロース含有の検体として実施例2記載の液剤(検体A)及び実施例2 ることにより,服用感の優れた製剤が得られることが明らかになった(【0013】)。 ケ試験例1試験材料として,スクラロース含有の検体として実施例2記載の液剤(検体A)及び実施例2の液剤からスクラロースを除いたもの(検体B)を使用した。各被験者に検体AとBを口に含ませ,甘味,苦味,後味の各項目を判定させた。その結果,検体Aと比較して検体Bでは,被験者全員が苦味をより強く感じ,後味として痺れ感,苦味を訴えた。したがって,本願発明に係る検体Aの服用感が優れていることが明らかになった(【0014】)。 (2) 以上の記載からすると,本願発明は,苦味等の不快な味を有する薬物が服用する人に苦痛を与え,コンプライアンスを低下させるおそれがあることから,苦味や痺れ感等の不快な味を有する塩酸ドネペジルの不快感を抑え,服用しやすくするため,砂糖の約600倍の甘味度を有する甘味剤であるスクラロースと組み合わせた薬剤組成物としたことにより,薬物の不快な味を隠蔽し,マイルドな甘味を有する優れた服用感をもたらすとの効果を奏するというものである。 2 引用例1について引用例1(甲1)には,概略,次の記載がある。 (1) 特許請求の範囲【請求項1】苦味または不快なオフノートを有するフレーバー剤,および,フレーバー剤の味または不快なオフノートを消去するのに充分な量の非苦味強力甘味剤を含有する,不快な味をマスキングする組成物【請求項60】薬学的に許容される担体,および,不快な味をマスキングする組成物の治療有効量を含有する摂取可能な薬学的組成物,ただし,上記の不快な味をマスキングする組成物は,苦味または不快なオフノートを有する薬剤,および,薬剤の味またはオフノートを消去するのに充分な量の非苦味強力甘味剤を含有するものである上記した摂取可能な し,上記の不快な味をマスキングする組成物は,苦味または不快なオフノートを有する薬剤,および,薬剤の味またはオフノートを消去するのに充分な量の非苦味強力甘味剤を含有するものである上記した摂取可能な薬学的組成物(2) 発明の詳細な説明ア本発明は,非苦味強力甘味剤と,苦味又は不快なオフノートを有するフレーバー剤とを組み合わせることにより調製した,不快な味をマスキングする組成物に関する。 イ強力甘味料は,砂糖の甘味より強い甘味強度を有する天然又は合成の化合物であり,カロリーは砂糖よりも低い場合が多い。各強力甘味料は化学的に異なっているため,摂取可能な組成物中の甘味料として実際に使用する際に異なる問題点を呈する。例えば,アスパルテームは安定性の問題を有しており,アルデヒド,ケトン,水分等の存在下では不安定になる。他の強力甘味料,例えば,サッカリン,ステビオサイド,エースサルフェーム-K,グリチルリチン,グリチルリチン2カリウム塩,グリチルリチン酸アンモニウム塩及びタウマチンは苦味やオフノートを伴っている。 ウ付随する苦味又は他の不快なオフノートの低減された組成物を与えるような強力甘味料の種々の組合せが知られているが,苦味又は不快なオフノートを伴った強力甘味料は,特定のフレーバーを含有する組成物の不快な味を増大させることが知られている。したがって,苦味又は不快なオフノートを有するフレーバー剤を含有する摂取可能な組成物をマスクするような,苦味又はオフノートのマスキング組成物が必要とされる。このような不快な味をマスキングする組成物は,苦味又は不快オフノートを有するフレーバーを含有する摂取可能な組成物に延長された時間にわたり改善された味を与え,甘味組成物の総量の低減を可能にし,これにより費用,安定性の問題,う食性等を低減す は,苦味又は不快オフノートを有するフレーバーを含有する摂取可能な組成物に延長された時間にわたり改善された味を与え,甘味組成物の総量の低減を可能にし,これにより費用,安定性の問題,う食性等を低減する。本発明はこのような不快な味をマスキングする組成物及びこのような不快な味をマスキングする組成物を配合した種々の摂取可能な組成物を提供する。 エ本発明の非苦味強力甘味剤は,クロロデオキシ糖誘導体又はジペピチド系甘味料であってよい。好ましい実施態様においては,クロロデオキシ糖誘導体はスクラロースとしても知られている。 オ本発明は,また,苦味又は不快なオフノートを有する薬剤又は薬品と,薬品の苦味又は不快なオフノートを消失するのに充分な量の非苦味強力甘味料との組合せを包含する。薬剤は,広範囲の不快な味覚の治療薬及び治療薬の混合物から選択してよい。例示的カテゴリー及び特定の例には,以下のものが包含されるが,これらに限定されるものではない。 鎮痛剤,例えばアセトアミノフエン,抗喘息剤,例えばアミノフイリン,鎮咳剤,例えばデキストロメトルフアン,抗ヒスタミン,例えばマレイン酸クロロフエニラミン,・・・ビタミン及びミネラルを包含する栄養補助剤,例えば,・・・硫酸第1鉄。 カ実施例(ア) 実施例は,本発明の有効な請求範囲を限定する意図のものではない。 (イ) 実施例1ないし8は,フレーバー剤としてスペアミント油を含有するチユーインガム製品中における種々の強力甘味料について,不快な味をマスキングする能力を示したものである。熟練した咀嚼官能検査担当パネリストにより各実施例のチユーインガム製品を評価した。実施例1は非苦味強力甘味料を含まず,フレーバー剤としてスペアミント油を含有する従来のガム製品を示したものである。 強力甘味剤としてサッカ パネリストにより各実施例のチユーインガム製品を評価した。実施例1は非苦味強力甘味料を含まず,フレーバー剤としてスペアミント油を含有する従来のガム製品を示したものである。 強力甘味剤としてサッカリン及びエースサルフェーム-Kを含有する実施例7及び8は,強力甘味料を含有しない実施例1と比較して苦味又は他のオフノートの低下を示さなかつた。少量のスクラロースを含有する実施例2及び3,アスパルテームを含有する実施例5及び6は,不快な味の特徴に関しては,実施例1と比較して,苦味,オフノート感が50%低下した。実施例2の製品の2倍の量のスクラロースを含有する実施例4は,実施例2,3,5及び6よりも,苦味,オフノート感が遙かに大きく低下していた。実施例4は,苦い後味又は他の不快なオフノートを伴わず,好ましく長続きするスペアミントフレーバーを有していたことから,実施例1ないし8よりも有意により好適であった。 (ウ) 実施例9ないし14は,フレーバー剤としてスペアミント油を含有するチューインガム製品における種々の強力甘味料について,不快な味のマスキング能力を示したものである。熟練した咀嚼官能検査担当パネリストにより各実施例のチユーインガム製品を評価した。実施例9は非苦味強力甘味料を含まず,フレーバー剤としてスペアミント油を含有する従来のガム製品を示したものである。実施例9のチユーインガム製品ではスペアミントフレーバー成分を13.6%増加しており,これにより,チユーインガム製品の苦味,オフノート味覚はほぼ2倍に増大していた。 強力甘味剤としてサッカリン及びエースサルフェーム-Kを含有する実施例13及び14は,強力甘味料を含有しない実施例9と比較して苦味又は他のオフノート感の低下を殆ど示さなかった。強力甘味剤として少量のスクラロース及びアス カリン及びエースサルフェーム-Kを含有する実施例13及び14は,強力甘味料を含有しない実施例9と比較して苦味又は他のオフノート感の低下を殆ど示さなかった。強力甘味剤として少量のスクラロース及びアスパルテームを含有する実施例10及び12も,同様に実施例9と比較して不快な味の低下は僅かであった。不快な味/苦味感の低下における最も顕著な減少は実施例11で観察され,これには実施例10の製品の2倍の量のスクラロース甘味料が含まれていた。実施例11は,苦い後味又は他の不快なオフノートを伴わず,好ましく長続きするスペアミントフレーバーを有していたことから,実施例9,10及び12ないし14よりも有意により好適であつた。 3 引用例2について引用例2(甲2)には,概略,次の記載がある。 (1) 本発明は,薬物の不快な味を隠蔽した経口剤に関する(【0001】)。 (2) 不快な味を有する薬物のマスキングを目的として多くの技術が検討されているが,多くは固形薬物に関するものであり,経口用液剤に適用できるものは知られていない。本発明は,不快な味を有する薬物に無水ケイ酸を配合してなる,不快な味を隠蔽した経口剤である(【0004】【0005】)。 (3) 塩酸ドネペジルは,1-ベンジル-4-(5,6-ジメトキシインダノン-2-イル)メチルピペリジン塩酸塩である。このものは,軽度から中等度のアルツハイマー治療剤であるが,その水溶液は激しい苦味,口腔内のしびれがある(【0006】~【0008】)。 (4) 本発明に係る経口液剤は,薬剤特有の苦味,痺れ,収斂性等の不快な味が隠蔽されているため,非常に服用しやすく,特に,幼児,老齢者のコンプライアンスが向上する(【0019】)。 4 引用発明の認定の誤りについて(1) 前記2のとおり,引用例1 快な味が隠蔽されているため,非常に服用しやすく,特に,幼児,老齢者のコンプライアンスが向上する(【0019】)。 4 引用発明の認定の誤りについて(1) 前記2のとおり,引用例1の請求項1には,苦味又は不快なオフノートを有するフレーバー剤と,当該フレーバー剤の味又は不快なオフノートを消去するのに充分な量の非苦味強力甘味剤を組み合わせた,不快な味をマスキングする組成物が記載されており(なお,「オフノート」とは,「不快な匂い,香気」を意味するものと認められる(甲19)。),また,請求項60には,苦味又は不快なオフノートを有する薬剤と非苦味強力甘味剤とを組み合わせた薬学的組成物が記載されている。さらに,発明の詳細な説明には,「本発明は,また,苦味又は不快なオフノートを有する薬剤又は薬品と,薬品の苦味又は不快なオフノートを消失するのに充分な量の非苦味強力甘味料との組合せを包含する」との記載や,「本発明の非苦味強力甘味剤は,クロロデオキシ糖誘導体・・・であってよい。好ましい実施態様においては,クロロデオキシ糖誘導体はスクラロースとしても知られている」との記載がある。 これらの記載からすると,引用例1には,本件審決が認定したとおり,「苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物」との発明が記載されているものと認められる。 そして,前記2の引用例1の各記載からすると,引用発明は,苦味を有する薬剤の苦味を消失させるという課題に対して,薬剤とスクラロースとを組み合わせることにより,薬剤の苦味をマスキングするという効果を奏するものということができる。 (2) 原告の主張についてア原告は,引用例1の特許請求の範囲や発明の詳細な説明には,スクラロースとスクラロースが不快な味をマスクし得る「苦味を有する薬剤」との具体的な組合 うことができる。 (2) 原告の主張についてア原告は,引用例1の特許請求の範囲や発明の詳細な説明には,スクラロースとスクラロースが不快な味をマスクし得る「苦味を有する薬剤」との具体的な組合せが記載されていないなどと主張する。 確かに,引用例1の特許請求の範囲や発明の詳細な説明においては,スクラロースとスクラロースが不快な味をマスクし得る特定の「苦味を有する薬剤」との具体的な組合せについては明示されていない。 しかしながら,前記(1)のとおり,引用例1の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には,「苦味を有する薬剤」及びスクラロースを含有する薬剤組成物についての技術的思想が開示されているのであり,そうである以上,特許請求の範囲や発明の詳細な説明において,特定の「苦味を有する薬剤」とスクラロースとの具体的な組合せについての明示がないとしても,引用発明の上記認定が妨げられるものではない。 イ原告は,引用例1に列挙されている薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいということは,引用例1に開示されていないと主張する。 確かに,引用例1には,発明の詳細な説明において列挙されている薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいものであるとの具体的な記載はされていない。 しかしながら,前記(1)のとおり,引用例1の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には,「苦味を有する薬剤」及びスクラロースを含有する薬剤組成物についての技術的思想が開示されているのであり,そうである以上,特許請求の範囲や発明の詳細な説明において,発明の詳細な説明中にある薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロー 想が開示されているのであり,そうである以上,特許請求の範囲や発明の詳細な説明において,発明の詳細な説明中にある薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいものであるとの具体的な記載がないとしても,引用発明の上記認定が妨げられるものではない。 ウ原告は,甲12ないし17を挙げ,スクラロースが苦味をマスクする効果を十分に発揮しない場合が多々あるので,当業者は,引用例1の記載から,スクラロースが含有されることによって,苦味を有する薬剤の苦味が常に軽減すると認識することはできないと主張する。 しかしながら,甲12ないし17は,いずれも本件出願に係る優先権主張日以降に公開された学術論文又は公開特許公報であり,これらに記載された事項は,上記優先権主張日における公知技術ということはできないから,本願発明の進歩性を判断する際の引用発明の認定において,その記載事項を参酌することはできない。 したがって,原告の主張を採用することはできない。 エ原告は,甲29の官能試験の結果によれば,スクラロースによる苦味への影響は,物質ないし薬物ごとに異なるものと理解されるから,引用例1に接した当業者が,スクラロースが含有されることによって,苦味を有する薬剤の苦味が常に軽減すると認識することはできない旨主張する。 しかし,甲29には,「塩酸ドネペジルを含む試液A及び試液Cは水溶液,スペアミント油を含む試液B及び試液Dは水分散液としました。」と記載されているように,その比較試験において,塩酸ドネペジルは水に溶けた状態であるのに,スペアミント油は水に分散した状態とされ,試液中の存在状態が異なっていることに加え,上記試験では,スペアミント油を水に均一に分散させるための手段が講じられたとの記載もなく 水に溶けた状態であるのに,スペアミント油は水に分散した状態とされ,試液中の存在状態が異なっていることに加え,上記試験では,スペアミント油を水に均一に分散させるための手段が講じられたとの記載もなく,個々の被験者がテイスティングをした際のスペアミント油の水中への分散状態は,試液によって異なっている可能性があることからすると,上記試験は,スクラロースによるスペアミント油の苦味及び痺れ感についてのマスキング効果を正しく評価したものということができないので,その試験結果をもって,直ちに原告の主張を裏付けるものと評価することはできない。 オ原告は,本件出願に係る優先権主張日の時点では,日本ではスクラロースが医薬品添加物として認可されていなかったので,当業者は,薬剤の苦味等の軽減のために非苦味強力甘味剤としてスクラロースを用いることを当然又は容易に認識することはできなかったと主張する。 しかしながら,スクラロースが医薬品添加物として認可されていなければ,当業者は,スクラロースを使用した薬剤組成物の研究やそのような薬剤組成物に係る特許の出願等を行うことができないというものではないから,原告の主張は失当である。 5 相違点に係る判断の誤りについて(1) 前記4のとおり,本件審決による引用発明の認定に誤りはなく,本願発明と引用発明とを対比すると,両者は,本件審決が認定したとおり,「薬剤組成物が,本願発明は「塩酸ドネペジル」を含有するものであるのに対し,引用発明は「苦味を有する薬剤」を含有するものである点」で相違するものと認められる。 (2) 本願発明の容易想到性についてア引用例1の前記2(2)オの記載からすると,引用例1には,「苦味を有する薬剤」として,引用例1に具体的に記載された薬剤に限らず,広範囲の苦味を有する薬剤が使用 ) 本願発明の容易想到性についてア引用例1の前記2(2)オの記載からすると,引用例1には,「苦味を有する薬剤」として,引用例1に具体的に記載された薬剤に限らず,広範囲の苦味を有する薬剤が使用できることが示されているものと認められる。 他方,前記3のとおり,引用例2には,薬剤である塩酸ドネペジルが激しい苦味を有することが記載されている。 そうすると,引用発明において,「苦味を有する薬剤」として,引用例2に記載された激しい苦味を有する「塩酸ドネペジル」を使用した薬剤組成物とすることは,当業者が容易に想到することができたものである。 イ原告の主張について(ア) 原告は,引用例1に記載された薬の「例示的カテゴリー」には,塩酸ドネペジルが属するカテゴリーは記載されていないと主張する。 確かに,引用例1に記載された薬の「例示的カテゴリー」(前記2(2)オ)には,アルツハイマー治療剤は記載されておらず,塩酸ドネペジルも含まれてはいない。 しかしながら,前記4(1)のとおり,引用例1には,苦味を有する薬剤の苦味をスクラロースがマスキングすることが記載されているのであるから,当業者であれば,激しい苦味を有することが公知である塩酸ドネペジルを引用発明における苦味を有する薬剤に当てはめ,スクラロースによる苦味のマスキングを試みることは容易である。 したがって,引用例1に記載された薬の「例示的カテゴリー」に塩酸ドネペジルの属するカテゴリーが含まれていないからといって,引用発明における苦味を有する薬剤として塩酸ドネペジルを容易に適用し得ないというものではなく,原告の主張は採用することができない。 (イ) 原告は,引用例1と引用例2とでは,どのような味をマスクすることを課題としているかという点で異なっているから,引用例1に引用 ないというものではなく,原告の主張は採用することができない。 (イ) 原告は,引用例1と引用例2とでは,どのような味をマスクすることを課題としているかという点で異なっているから,引用例1に引用例2を組み合わせる動機付けはない旨主張する。 しかしながら,引用発明と引用例2に記載された発明では,少なくとも,薬剤の苦味をマスキングするという課題において共通しており,両者を組み合わせることの動機付けはあるというべきである。 したがって,原告の主張は採用することができない。 (3) 本願発明の作用効果についてア前記4(1)のとおり,引用例1には,薬剤とスクラロースとを組み合わせることにより,薬剤の苦味をマスキングするという作用効果が生ずることが開示されている。 そして,平成11年に発行された「スクラロースの特性と食品への応用」という文献(乙1)においては,スクラロースの特性として,「渋味,苦味及びアルコールによるバーニング感等をマスキングする効果をもち,幅広く食品の風味を向上させる機能を備えている」旨記載されており,また,渋味のマスキング方法に関する特開平10-262601号公報(乙2)の請求項1にも,「渋味を呈する製品に,スクラロースを添加することを特徴とする渋味のマスキング方法」と記載されているように,本件出願に係る優先権主張日当時,スクラロースが渋味に対するマスキング効果を有することも知られていたものである。加えて,乙2(【0002】)には,「渋味は,例えば,渋柿等で代表されるように,未熟な果物を味わった場合に口をすぼめてひきしめられるような感覚であり,舌粘膜の収斂によるものとされている」との記載があるように,渋味は,舌粘膜の収れんによるものであって,通常,痺れ感を伴うものである。したがって,渋味に対するマスキング効果を有す れるような感覚であり,舌粘膜の収斂によるものとされている」との記載があるように,渋味は,舌粘膜の収れんによるものであって,通常,痺れ感を伴うものである。したがって,渋味に対するマスキング効果を有するということは,痺れ感をマスキングできることを意味するものであり,スクラロースが痺れ感に対するマスキング効果を有することは本件出願に係る優先権主張日前に公知であったということができる。 そうすると,引用例1に接した当業者は,薬剤にスクラロースを組み合わせることにより,薬剤の苦味だけでなく,その痺れ感についてもマスキングされるという効果を容易に予測することができるというべきである。 イ原告の主張について(ア) 原告は,本願発明においては,塩酸ドネペジルとスクラロースとを組み合わせることにより,塩酸ドネペジルの苦味や後味としての痺れ感や苦味を抑え,優れた服用感をもたらすという当業者が予期し得ない格別の効果を奏すると主張する。 しかしながら,上記アで説示したところによれば,原告が本願発明について主張する作用効果は,当業者が,本件出願に係る優先権主張日当時の技術常識や引用例1の記載から容易に予測し得るものであるから,原告の上記主張を採用することはできない。 (イ) 原告は,甲29の官能実験の結果によれば,スクラロースが苦味に与える影響は,対象物質ごとに異なるものと理解されるから,この点からしても,引用例1に接した当業者において,スクラロースが塩酸ドネペジルの苦味及び後味としての苦味や痺れ感等の不快な味をマスキングできるものと予測することはできないとも主張する。 しかしながら,前記4(2)エのとおり,甲29の官能試験の結果は,スクラロースによるスペアミント油の苦味及び痺れ感についてのマスキング効果を正しく評価したものということはで きないとも主張する。 しかしながら,前記4(2)エのとおり,甲29の官能試験の結果は,スクラロースによるスペアミント油の苦味及び痺れ感についてのマスキング効果を正しく評価したものということはできないから,当該試験結果に基づく原告の上記主張を直ちに採用することはできない。 (ウ) 原告は,食品の渋味と薬剤の痺れ感は異なるから,食品における渋味のマスキングに関する乙1及び2の記載は,薬剤による痺れ感には当てはまるものではない旨主張する。 確かに,乙1及び2は,食品における渋味のマスキングについて記載したものではあるが,前記のとおり,渋味は,舌粘膜の収れんによるものであって,通常,痺れ感を伴うものであるから,食品における渋味と痺れ感が異なるということはできない。 したがって,原告の主張は採用することができない。 (エ) 原告は,以上のほかに,本願発明の作用効果に係る本件審決の判断に関して,「アスパルテームはケトンの存在下では不安定になる」との引用例1の記載は,引用例1に接した当業者の甘味料の採否に関する認識に影響を及ぼすものではないとか,苦味といっても,その種類も程度も様々であるから,引用例1の「苦味又は不快なオフノートを伴った強力甘味料は,特定のフレーバーを含有する組成物の不快な味を増大させる」旨の記載から,サッカリン等が薬剤の苦味を増大させるかどうかを予想することはできないなどと種々主張する。 しかしながら,前記(3)アのとおり,引用例1に接した当業者は,薬剤にスクラロースを組み合わせることにより,薬剤の苦味だけでなく,その痺れ感についてもマスキングされるという効果を容易に予測することができるというべきである。原告の上記主張は,いずれも,本願発明のこのような作用効果は当業者が当時の技術常識や引用例1の記載から容易に 痺れ感についてもマスキングされるという効果を容易に予測することができるというべきである。原告の上記主張は,いずれも,本願発明のこのような作用効果は当業者が当時の技術常識や引用例1の記載から容易に予測し得るものであるという当裁判所の上記判断を左右するものではないから,採用することはできない。 6 結論以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官土肥章大 裁判官井上泰人 裁判官齋藤巌

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