平成26(う)469 窃盗被告事件

裁判年月日・裁判所
平成26年7月8日 大阪高等裁判所 棄却 神戸地方裁判所 伊丹支部
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判決文本文3,679 文字)

- 1 -平成26年(う)第469号窃盗被告事件平成26年7月8日大阪高等裁判所第3刑事部判決 主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。論旨は,被告人を懲役10月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,刑の執行を猶予すべきである,というのである。 そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。 1 本件は,被告人が,スーパーマーケットで食料品を万引きした事案である。 その犯情についてみると,被告人は,買い物カートの上下に店舗備え付けの買い物カゴを置き,この2つの買い物カゴに大量の食料品を次々に入れた後に,カートを押しながらレジを通らないままその横の通路を通って商品を袋詰めするサッカー台まで行き,これらの食料品を全て持参していた4個のエコバッグに詰め込んだ上,エコバッグをカートに載せた買い物カゴに入れて店外に出るなど,大胆な犯行であり,被害品は合計93点,販売価格は3万6135円にも及び,万引きとしては極めて多数,多額で,犯情は悪質である。被告人には,平成4年から平成13年までの間に窃盗(万引き)の前歴が3回あるほか,食料品等の万引きによって,平成14年12月に懲役1年,3年間執行猶予に,平成19年10月には懲役1年4月,3年間執行猶予,保護観察付きにそれぞれ処せられ,2度にわたって社会内更生の機会を与えられながら,最後の裁判の約4年8か月後に本件犯行に及んだものであり,被告人には,万引きの常習性が認められ,以上によれば,その刑事責任は到底軽視できるものではない。 2 これに対して,弁護人は,被告人の量刑に当たっては,被告人がクレプト 本件犯行に及んだものであり,被告人には,万引きの常習性が認められ,以上によれば,その刑事責任は到底軽視できるものではない。 2 これに対して,弁護人は,被告人の量刑に当たっては,被告人がクレプトマニアであるとの診断を受けていることを考慮すべきであると主張するので,以下,この弁護人の主張について検討する。 - 2 -まず,弁護人は,被告人は衝動制御障害とされているクレプトマニアと診断されており,これが本件犯行の直接の原因となっているにもかかわらず,原判決は,「本件窃盗がクレプトマニアを直接の原因とするものとは認め難く,被告人は,金を払わずに商品を手にしたいとの動機から本件犯行に及んだ」などと説示しており,被告人の精神疾患が本件犯行に及ぼした影響の有無や程度ないし犯行動機についての認定,評価を誤った結果,被告人を実刑に処したものであって,重過ぎて不当であると主張する。 そこで検討すると,被告人が入院治療を受けていた病院の院長である精神科医(以下「医師A」という。)は,被告人の入院及び治療経過,被告人及び家族からの聴取結果等を基に,被告人がクレプトマニアであると診断しているところ,被告人が,経済的には全く困窮していないのに,前記のとおり万引きを繰り返しており,本件も,万引きに及ばないように注意して生活する中で,代金を支払うのに十分な現金を所持していたのに,万引きに及んでいることからすると,被告人がDSM-Ⅳ-TRによる「クレプトマニア」の診断基準に該当し,本件もその影響による犯行であるとした医師Aの見解も成り立ち得ないものではない。そして,被告人が自宅で消費する目的で大量の食料品を次々と買い物カゴに入れている点も,被告人において,どの時点で窃盗の犯意が生じたのかが明らかでないことからすると,直ちに医師Aの上記見解を否定し去るものと 被告人が自宅で消費する目的で大量の食料品を次々と買い物カゴに入れている点も,被告人において,どの時点で窃盗の犯意が生じたのかが明らかでないことからすると,直ちに医師Aの上記見解を否定し去るものとまではいえない。しかし,被告人は,買い物に行くことを控えていたことを除けば,特段の支障なく通常の日常生活を営んでいたものである。しかも,本件犯行の際も,それぞれに被告人が必要とする商品を買い物カゴに次々と入れた上,買い物カゴを積んだカートを押しながらレジ横の通路を通ってサッカー台まで行き,既に精算が済んでいるかのように装って商品を自己が持参した4袋ものエコバッグに余すところなく入れて店外に出ている上,警備員から声を掛けられるや,代金を支払う旨申し出てその場を逃れようとするなど,商品獲得という万引きの目的実現に向けた合理的な行動を取っていることが認められる。したがって,医師Aの診断どおり,被告人がクレプトマニアに罹患していたとしても,- 3 -それが被告人の本件犯行当時の衝動制御能力に及ぼす障害,そして,行動制御能力に及ぼす影響はごく軽微なものであったと認められるのであり,本件の犯情にさほど影響していないことは明らかである。したがって,原判決が,被告人が再犯防止の手段を尽くしたとはいえないという点も考慮した上で,「犯情において被告人がクレプトマニアであったことを酌量すべき事情として考慮するのは相当ではない」と説示したこと自体に誤りはなく,弁護人の上記主張は採用できない。 また,弁護人は,被告人は,本件後の平成25年1月に前記病院を受診して以来,約1年4か月にわたってクレプトマニアの専門治療を受け続けており,被告人の治療に対する意欲は高く,医師の指導にも真摯に取り組み,治療の効果も確実に現れているのであり,被告人を実刑に処することは,このよう 年4か月にわたってクレプトマニアの専門治療を受け続けており,被告人の治療に対する意欲は高く,医師の指導にも真摯に取り組み,治療の効果も確実に現れているのであり,被告人を実刑に処することは,このような治療や自助グループへの参加などの再犯防止に向けた取り組みを全て中断させることを意味するものであると主張し,医師Aも,前記意見書において,「数年の実刑後には,治療のモチベーションが失われ,治療には復帰せず,刑務所帰りの犯罪者になってしまったという惨めな気持ちや,社会生活や家族関係の亀裂の修復が困難なことから自暴自棄になり,その状況が万引きの再犯に追いやるという悪循環になる例が多い」などと指摘している。 そして,被告人は,本件犯行後に,病院に入院して治療を受け,退院後は,自助グループによるミーティングに参加し,原判決後も専門医に通院するなど,再犯防止に向けて真摯かつ積極的に取り組んでおり,さらに,原審公判で被告人及び夫が,今後も治療を受け続ける意向を示しているように,被告人が再犯防止に向けて真摯に取り組んでいることは,一般情状として被告人のために有利に酌むべき事情といえる。しかし,それにより,本件の犯情,そして被告人の責任が大きく軽減されるいわれはないし,被告人において,これまで万引きを繰り返してきたことを真摯に反省し,今後も治療に対する強い意欲を持ち続け,家族がこれを支えていくのであれば,服役により責任を果たした後においても治療を続けることは十分に可能であると考えられる。したがって,原判決も説示するとおり,弁護人及び医師Aが指摘- 4 -する点は,実刑を選択することの妨げとなるものとはいえない。 3 以上のとおり,本件では,被告人がクレプトマニアとの診断を受けており,その影響によって本件犯行に及んだ可能性までは否定できないものの,この点は ,実刑を選択することの妨げとなるものとはいえない。 3 以上のとおり,本件では,被告人がクレプトマニアとの診断を受けており,その影響によって本件犯行に及んだ可能性までは否定できないものの,この点は,犯情においてさほど酌むべき事情になるとはいえない。とはいえ,一般情状として,被告人は,クレプトマニアの治療,そして再犯防止のために,専門病院に入院し,退院後も自助グループでのミーティングに参加し,専門医に通院するなど,治療に真摯に取り組んでおり,被告人の夫も,被告人の治療に協力していくと述べていること,被告人が被害品を買い取る形で被害回復がなされていること,被告人が事実を認め,贖罪寄付をするなど反省の態度を示していること,前刑の執行猶予期間は無事に経過していることなど,被告人に有利な事情も数多く認められる。しかし,これらの一般情状を十分に考慮しても,前記のように,本件犯情の悪質性や被告人が万引きによって2度にわたって執行猶予付きの有罪判決を受けながら,またしても万引きに及んだという犯情の重さに照らせば,本件が刑の執行を猶予すべき事案とは考えられず,被告人を懲役10月の実刑に処した原判決の量刑は,その刑期の点も含めて重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官中谷雄二郎裁判官五十嵐常之裁判官柴山智)

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