平成13(く)81 刑事補償請求棄却決定に対する即時抗告事件

裁判年月日・裁判所
平成13年12月12日 東京高等裁判所
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判決文本文72,387 文字)

主文 原決定を取り消す。 請求人Aに対し金172万5000円を,請求人B及び同Cに対し各金167万5000円を,請求人Dに対し金162万5000円をそれぞれ交付する。 理由 本件抗告の趣意は,請求人ら代理人弁護士津田玄児,同川口巌,同関島保雄,同伊藤俊克,同小林克信,同村山裕,同三坂彰彦,同山下幸夫連名作成の即時抗告申立書記載のとおりであるから,これを引用する。 論旨は,要するに,検察官立証が実質的に終了した段階において,真偽不明であれば,「疑わしきは被告人の利益に」の原則が適用され,「無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるとき」に該当するのに,上記事由を無罪が明白な場合に限定し,真偽不明な場合には,補償の対象にはならないとして,本件各請求を棄却した原決定は,刑事補償法25条の解釈適用を誤るとともに,ひいては,憲法31条及び同法40条に違反する憲法違反の判断であるから,原決定を取り消し,請求人らに対し,主文と同額の各刑事補償金の支払いを求める,というのである。 そこで,一件記録を調査して検討する。 第1 本件請求に至る経緯請求人らにかかる身柄拘束から公訴棄却の裁判に至るまでの経緯は,以下のとおりである。 (1) 請求人A(以下「A」という。)は平成5年5月3日に,請求人B(以下「B」という。)及び同CことC(以下「C」という。)は同月7日に,請求人D(以下「D」という。)は同月11日に,それぞれ暴力行為等処罰に関する法律違反及び傷害罪の被疑事実で通常逮捕された。Aは同月6日に,B及びCは同月10日に,Dは同月14日に,それぞれ逮捕事実と同一の事実で勾留された。Aは同月24日に,B及びCは同月27日に,Dは同年6月1日に,それぞれ東京家庭裁判所八王子支部(以下 同月6日に,B及びCは同月10日に,Dは同月14日に,それぞれ逮捕事実と同一の事実で勾留された。Aは同月24日に,B及びCは同月27日に,Dは同年6月1日に,それぞれ東京家庭裁判所八王子支部(以下「家裁支部」という。)に送致され,観護措置決定により八王子少年鑑別所に収容された。家裁支部は,Aにつき同月16日に,B,C及びDにつき同月22日に,それぞれ中等少年院送致決定をしたため,請求人らは中等少年院に収容された。抗告審である東京高等裁判所(以下単に「抗告審」ということがある。)は,同年9月17日,請求人らに係る前記各決定に対する抗告について,非行事実が認められないとして請求人らに対する前記各決定を取り消したので,同日,請求人らは,それぞれ収容先の中等少年院から家裁支部に身柄を送致された上,同日,釈放された。 (2) 差戻しを受けた家裁支部は,Dにつき,同年9月21日,少年法23条3項,19条2項により,東京地方検察庁八王子支部(以下「地検支部」という。)検察官に送致し,A及びBについて同年11月12日に,Cについても同月25日に,それぞれ少年法23条1項,平成12年法律第142号による改正前の少年法20条(以下同条について同じ。)により,地検支部検察官に送致した。 (3) 地検支部検察官は,平成6年2月28日,請求人らについて,家裁支部が検察官に送致した事実と同一性の認められる事実で,東京地方裁判所八王子支部(以下「地裁支部」という。)に公訴を提起した。 (4) 地裁支部は,平成7年6月20日,Cについて,同人に対する公訴提起は違法であるとして刑訴法338条4号により公訴棄却の判決を言い渡したが,その控訴審である東京高等裁判所は,平成8年7月5日,公訴は適法であるとして原判決を破棄した上,東京地方裁判所に差し戻す旨判決したところ,上告 て刑訴法338条4号により公訴棄却の判決を言い渡したが,その控訴審である東京高等裁判所は,平成8年7月5日,公訴は適法であるとして原判決を破棄した上,東京地方裁判所に差し戻す旨判決したところ,上告審である最高裁判所は,平成9年9月18日,控訴審判決を破棄した上,控訴を棄却する旨自判したことにより,公訴棄却の1審判決が確定した。 (5) 地検支部検察官は,同年10月28日,地裁支部に対し,A,B及びDについて,「被告人A及び同Bの起訴は,Cに対する暴力行為等処罰に関する法律違反,傷害被告事件について平成9年9月18日最高裁判所が言い渡した判決に照らしても違法とは解されないが,同判決の趣旨及びその他の事情を考慮し,この際,右両名の公訴を維持することは相当でないと考え,本件公訴を取り消す。また,被告人Dについても,同A,同Bの右処分との権衡等の諸事情を総合考慮し,本件公訴を取り消す。」旨記載した書面をもって,本件各公訴を取り消し,これを受けた地裁支部は,同年10月28日,上記請求人3名につき,いずれも刑訴法339条1項3号により公訴棄却の決定をし,これらが確定した。 第2 刑事補償法25条1項の解釈刑事補償法25条1項は,「刑事訴訟法の規定による免訴又は公訴棄却の裁判を受けた者は,もし免訴又は公訴棄却の裁判をすべき事由がなかったならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるときは,国に対して,抑留若しくは拘禁による補償又は刑の執行若しくは拘置による補償を請求することができる。」と規定する(以下,単に「法」というときは,「刑事補償法」を指す。)。 原決定は,「刑事補償法1条が本来は無罪判決を受けた者に限って補償の対象とする旨規定していることや,刑事補償法の経緯及び立法趣旨等をも併せ考慮するときには,刑事補償法25条1項にいう を指す。)。 原決定は,「刑事補償法1条が本来は無罪判決を受けた者に限って補償の対象とする旨規定していることや,刑事補償法の経緯及び立法趣旨等をも併せ考慮するときには,刑事補償法25条1項にいう刑事補償の対象者は,起訴状に掲げられた訴因事実の不存在を積極的に証明できた場合や,当該訴因事実の存否について十分な心証が得られず,実体判決に至った場合には無罪判決となることが明らかな場合に限定されるのであって,具体的には,他に真犯人が検挙されて有罪の判決を受け,その者が真犯人ではないことが明らかになった場合や,免訴又は公訴棄却の裁判を受けた者のうち,そのような裁判がなく,そのまま訴因事実に関して実体審理が続けられた場合に,無罪の裁判を受けるものと認められ,かつ,そう認められる十分な事由がある場合,例えば,アリバイが明白に成立し,その者については犯罪が成立しないことが一見明白な場合などに限定されると解するのが相当であり,免訴又は公訴棄却の裁判当時の証拠の状態では,明白に無罪になるとはいい難い,実体的に罪責があるか否かなお明らかに認定できないような場合,いわゆる真偽不明の証拠の状態の場合には,刑事補償法25条1項にいう『無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由がある』には該当しないことが明らかであるというべきである。」との法律判断を示した上,「請求人らについて,このような観点から検討を加えると,記録上,請求人らが実体的に真犯人でないとか,請求人らには犯罪が成立しないことが一見明白であるなどといえないことが明らかであるから,請求人らには刑事補償法25条1項に該当する事由があるとは到底認められない。」と説示して,具体的な証拠判断を示すことなく,請求人らの請求をいずれも棄却したものである。 〈要旨1〉原決定は,前記のように,法25条1項の適用対象 1項に該当する事由があるとは到底認められない。」と説示して,具体的な証拠判断を示すことなく,請求人らの請求をいずれも棄却したものである。 〈要旨1〉原決定は,前記のように,法25条1項の適用対象を実質的に無罪判決を受けるべき明白な場合に限定して解釈するものであるが,同項は,「無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるとき」と規定しており,条文上,明白な場合に限定してはいない。確かに,決定手続である刑事補償手続において,口頭弁論手続を経るかはともかくとして,果たして,当該事件が無罪となるべきものであったか否かを,いわば途中で終了した刑事裁判に代わって審理するようなことになれば,請求人の負担や補償の迅速性の観点からも妥当ではない。そこで,明白な場合,すなわち,新たな証拠調べ等を要しない場合に限定しようとする解釈が立法当時から生じ,これを支持する判例(大阪高裁決定昭和32年8月30日高裁裁判特報4巻18号26頁)が出されたのである。原決定も同様な立場に立つものである。しかし,補償裁判所において,免訴又は公訴棄却の裁判があった時点までの公判において取り調べられた証拠と既に存在する利用可能な証拠資料を総合して,当該事件について,前記事由があるか否かを検討することは,必ずしも,請求人に過大な負担を掛け,迅速な補償を困難ならしめるものではない。このような検討の結果,前記事由がある,すなわち,「無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるとき」に該当すると認定できる事案について,明白でないという理由,ないし,公判段階では真偽不明であるという理由だけで,補償の対象からこれを外すような解釈は正当ではない。殊に,請求人に権利を付与する規定において,明文の規定に反して,その範囲を限定する解釈を採るにはよほど慎重でなければならない。明白性 いう理由だけで,補償の対象からこれを外すような解釈は正当ではない。殊に,請求人に権利を付与する規定において,明文の規定に反して,その範囲を限定する解釈を採るにはよほど慎重でなければならない。明白性が要件であるというなら,条文において,そのように明記すべきであったのである。「充分な事由」とは明白な場合のみを指すと解するのは,一般国民の理解する常識的な日本語の解釈を超える疑いがある。〈/要旨1〉そうすると,明白な場合に限定して,公判段階では真偽不明であるから,補償の対象とはならないとした原決定は,法25条1項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。他方,所論が,検察官立証が実質的に終了した段階において,真偽不明であれば,「疑わしきは被告人の利益に」の原則が適用され,前記事由に該当するというのは,その限りで,正当であるが,本件においては,公判審理で実質的に重要な争点についてのかなりの証拠調べが終了したとはいえ,検察官立証を支持すると思われる証拠調べがなお残っている状況にあったから,公判で取り調べられた証拠の限りでは,検察官立証が実質的に終了した段階での真偽不明な場合と同視することはできない。 さて,本件においては,前記の経緯が示すように,少年審判手続が先行し,その過程で収集された膨大な証拠資料が存在する。そこで,請求人らに前記の事由が認められるか否かについては,公訴棄却の裁判までに地裁支部の公判において取り調べられた証拠を前提として,請求人らにかかる家裁支部,抗告審,差戻後の家裁支部(以下「差戻審」という。)における少年審判手続で取り調べられた証拠及び公訴棄却の裁判当時の検察官の手持ち証拠を総合して検討することになる。 なお,請求人Cについては,地裁支部での第5回公判期日において,他の請求人らにかかる公判から分離され,実質的な審理が行わ 拠及び公訴棄却の裁判当時の検察官の手持ち証拠を総合して検討することになる。 なお,請求人Cについては,地裁支部での第5回公判期日において,他の請求人らにかかる公判から分離され,実質的な審理が行われないまま,前記のように,公訴棄却判決が確定しているが,同判決がなければ,他の請求人らと併合審理されていたのであるから,他の請求人らの場合と同様に,分離後に取り調べられた証拠を含めて検討することとする。 ところで,本件では,少年審判手続において,抗告審が非行事実の事実認定についての数々の疑問点を指摘して,原決定には,重大な事実誤認があるとして,事件を差し戻し,差戻審では,改めて証拠調べをし,抗告審の判断の基礎となったもの以外の証拠資料を付加して検討し,非行事実を認定し,検察官送致決定をした。このように事実認定に関する具体的な争点の検討が各審級で十分になされているので,以下では,分かりやすさということも考慮して,抗告審の示した疑問点がその後の証拠と照らし合わせて,果たして解消されたといえるか,非行事実を認定した差戻審の判断が正当なものであったか否かを検討し,その段階での証拠状況ないし心証状況に,検察官送致後に収集された証拠及び公判段階で収集された証拠を総合して,前記事由の有無を検討することにしたい。これは,本件経緯の特異性に即した判断方法であるというにすぎず,刑事補償手続において,少年審判手続の各審級での証拠判断の当否自体を直接審判の対象とするものでないことは当然であるが,念のため,付言しておく。 第3 差戻審までの証拠判断以下,少年審判手続の経過に従って,各裁判所の証拠判断の要旨を摘示する。 1 家裁支部における証拠判断(1) 審判の経過及び内容ア家裁支部の審判においては,「請求人らは,E(以下「E」という。),F(以下「F」とい に従って,各裁判所の証拠判断の要旨を摘示する。 1 家裁支部における証拠判断(1) 審判の経過及び内容ア家裁支部の審判においては,「請求人らは,E(以下「E」という。),F(以下「F」という。),G(以下「G」という。)らと共謀の上,平成5年(以下,平成5年の出来事については,年の記載を省略する。)3月1日午前0時30分ころ,東京都調布市布田4丁目1番地調布駅南口広場(以下,単に「広場」ということがある。)横路上及び同広場において,徒歩にて通行中のM(以下「M」という。),N(以下「N」という。),O(以下「O」という。),P(以下「P」という。)及びQ(以下「Q」という。いずれも当時19歳)に対し,『お前ら,何を見てんだ。ジロジロ見てんじゃねえ。』などと因縁を付けた上,いきなり,AにおいてMの顔面を手拳で殴打,頭部を足蹴りにして倒し,他の少年らも加わって顔面や頭部を数十回殴る蹴るなどの暴行を加え,更に,全員でN,O,P及びQに対しても,こもごも殴る蹴るなどの暴行を加え,もって数人共同して暴行の上,その際,Mに対し,全治3週間の通院加療を要する左眼球打撲,外傷性虹彩炎,上眼瞼裂傷,角膜びらんなどの傷害を負わせた。」との送致事実について,A,B,C,D,E,Fは,いずれも「送致事実は,全く身に覚えがない。」などと事実を否認し,Gはこれを認めた。 イ家裁支部は,6月8日Gに対し,補導委託決定をし(11月29日保護観察決定で終局),6月16日A,Eに対し,同月22日B,C及びDに対し,ほぼ送致事実と同旨の非行事実を認定して,それぞれ中等少年院送致の保護処分決定をし(E,D,Cについては一般短期処遇勧告付き),Fについては,請求人らとは異なる裁判官が,別件で少年院送致としたが,本件については,9月1日,非行なしの不処分決定をした。 院送致の保護処分決定をし(E,D,Cについては一般短期処遇勧告付き),Fについては,請求人らとは異なる裁判官が,別件で少年院送致としたが,本件については,9月1日,非行なしの不処分決定をした。 (2) 証拠判断の要旨家裁支部が請求人らの非行事実を認定した理由は,各請求人らによって必ずしも同一ではないが,その主要な論拠は,以下のとおりである。 ア共犯者Gが,捜査段階以来ほぼ一貫して,請求人らと共に本件犯行を犯した旨詳細な供述をしているところ,犯行状況自体に関するその供述は,態様が一貫している上,具体的で迫真性があり,Gには,積極的に虚偽の自白をする理由がないので,その供述は,基本的に信用性が高いと認められる。 イ A,B,Eは,捜査段階で本件犯行を自白しているところ,「警察官に脅されて自白した。」などという請求人らの審判廷における供述は信用することができず,その自白の内容は,全体として具体的で迫真性があり,Gの自白とも概ね一致するに至っているので,十分信用することができる。 ウ Dに関するO及びS(目撃警察官)の犯人識別に関する証言も信用することができ,Dのアリバイに関する証拠は信用性に乏しい。 2 抗告審における証拠判断(1) 審理経過抗告審は,抗告審において付添人から提出された証拠の中には,至近距離から本件犯行を目撃したT(以下「T」という。)の供述を付添人が録取した書面(以下「T録取書」ともいう。)等,原審記録には全く現れていない新たな証拠が含まれていること,付添人から提出されたGの勤務先のタイムカード(写し)は,Gが当夜の犯行前の行動として供述しているところと明らかに抵触すると思われるが,このタイムカードは,A及びEに対する原決定が言い渡された後,他の請求人らに対する決定告知の当日又は前日,付添人から提出されたも 犯行前の行動として供述しているところと明らかに抵触すると思われるが,このタイムカードは,A及びEに対する原決定が言い渡された後,他の請求人らに対する決定告知の当日又は前日,付添人から提出されたものであることなどの事情にかんがみ,T(犯行の目撃状況及び捜査段階における面割り,面通しの状況について),調布警察署(以下「調布署」という。)に応援派遣された警視庁防犯部少年第1課警部補U(以下「U」という。T,G及びAに対する各取調べの状況について),調布署巡査部長V(以下「V」という。Gから最初に事情聴取をした際の状況について),調布署に応援派遣された警視庁防犯部少年第1課警部補W(以下「W」という。Gに対する取調べの状況について),調布署警部補X(A及びEについてTを面通しさせた際の状況について),調布署に応援派遣された警視庁防犯部少年第1課巡査部長Y(以下「Y」という。Eに対する取調べの状況について),G(自白の内容及び警察官による取調べの状況について)ら7人の証人尋問を実施した。 (2) 抗告審の証拠判断の要旨抗告審は,上記のような審理を経て,以下のとおり判断して,請求人らに対する各原決定を取り消し,事件を家裁支部に差し戻した。 ア原審記録中の請求人ら及びGの自白を除く証拠(特に被害者5名及び目撃者の各供述調書等)及び抗告審における事実取調べの結果によると本件被害の状況は,概ね次のとおりであったと認められる。 ① Mは,本件被害当時,P,Qにやや遅れ,O,Nと並んで,広場横の調布駅前道路を東に向けて歩行中,後ろから追い掛けてきた若い背の高い男(以下「甲」という。)にいきなり顔面を手拳で殴打され,更に頭部を回し蹴りにされて路上に転倒し,その後も同人に執拗に踏みつけられた。 ② Mに対する甲の暴行が開始された直後ころ,そのやや東側の い男(以下「甲」という。)にいきなり顔面を手拳で殴打され,更に頭部を回し蹴りにされて路上に転倒し,その後も同人に執拗に踏みつけられた。 ② Mに対する甲の暴行が開始された直後ころ,そのやや東側の地点で,Nも,甲の仲間と思われる若い男から「お前ら,何見てんだ。」等と因縁を付けられ,そのまま歩いて行こうとすると,いきなり背中を2回足蹴りされた。 ③ これにやや遅れて,Oも,その更に東側の地点で,1,2名の若い男に頭部,顔面を殴られたり,蹴られたりした。 ④ これに更に遅れて,P及びQの両名も,その更に東側の地点で,甲の仲間と思われる他の男たちに,やはり,殴る蹴るの暴行を受けた。 ⑤ タクシー運転手で,当時駅前のタクシー乗り場で客待ち中であったTは,甲の暴行を至近距離から目撃したが,暴行が余りに激しく執拗であるので,下車して甲に近づき,「後頭部を打っているから死んじゃうぞ。死んだらどうする。」などと声を掛けた。すると,甲は,Pらが暴行を受けている方へ行って,別の男に暴行を加えた。 ⑥ そのころ,Mが,「ふざけるんじゃないよ。」などと大声でわめいたため,他の被害者に暴行を加えていた甲及びその仲間は,Mの倒れている地点の方へ集まり,皆でMを袋叩きにしたので,Tは,甲に対し再度「死んでしまうぞ。」と警告した。甲らは,その後,Mを広場の中へ引きずって行ったが,噴水付近に着いたころ,通報により駆けつけた警察官の姿を見て,いち早く姿を消した。なお,甲らは,広場内では,大勢で取り囲んでMを袋叩きにするというようなことはなかった。 イ目撃者Tの抗告審における証言の信用性(ア) 付添人が抗告審に提出したT録取書,T,U,Xの抗告審証言によれば,Tは,①4月19日に警察で調書を取られた際,写真台帳(後に地裁支部で取り調べられた甲29号証,以下,同様の 証言の信用性(ア) 付添人が抗告審に提出したT録取書,T,U,Xの抗告審証言によれば,Tは,①4月19日に警察で調書を取られた際,写真台帳(後に地裁支部で取り調べられた甲29号証,以下,同様の書証を単に「甲29」と表示する。)を見せられたが,その中には,最初に被害者に暴行を加えた背の高い加害者(甲)の写真はない,②5月3日に同僚のZ(以下「Z」という。)と二人で警察に呼ばれて,AとEの面通しをさせられたが,二人とも甲とは違う人物である,と捜査官に述べたことが認められる。 (イ) しかし,Tの平成5年4月19日付け警察官調書(以下,平成5年作成の書証については,年を省略した上,「4・19警察官調書」のように表記する。)には,同人が警察で被疑者の写真面割りをしたことの記載は全くなく,Tがその後,警察官の求めにより,AやEに対する面通しをしたことをうかがわせる証拠は原審記録中には存在しない。 (ウ) Tは,もともと本件に何らの利害関係のない第三者たる目撃者であり,至近距離から犯人(甲)の行動を相当の時間冷静に観察し,しかも,2回にわたって,犯人と会話をしているというのであるから,犯人の識別については,最も重要な立場にある人物であることが明らかである。そして,同人が,目撃から約1月半を経過した4月19日の時点でも,甲の服装,容ぼう等について詳細な供述をしていること,その際,同人は,被害者らについても,その写真を示されて,M及びPの両名を正しく識別していること等からすると,同人は,甲の容ぼう,服装等についてかなり細かく正確な記憶を持っていたと認められる(以前,客待ち中に甲を見掛け,その特徴に注目して記憶にとどめていたという同人の供述に間違いがなければ,甲に関するTの記憶は,いっそう正確性を増すと考えられる。)。そのTが,捜査段階において,写真 (以前,客待ち中に甲を見掛け,その特徴に注目して記憶にとどめていたという同人の供述に間違いがなければ,甲に関するTの記憶は,いっそう正確性を増すと考えられる。)。そのTが,捜査段階において,写真面割りの際示されたAらの写真を含む前記写真台帳の中に,自分が目撃した犯人がいないと述べただけでなく,面通しの際にも,「AやEは,自分が目撃した犯人とは別の人物である。」と明言した事実は,極めて重要である。 (エ) 警察官らは,①写真面割りの際,Tが,写真をさーっと流すように見たこと,②その写真の中に,自分の息子の友だちの写真があると言っていたこと,③面通しの際,Aを見て直ちに違うと言ったこと等の理由を挙げて,「写真面割り及び面通しに関するTの供述は信用できないと考えた。」旨証言する。 しかし,①については,4月19日の取調べの際,Tが犯人甲の粗暴,執拗な犯行に強い義憤を抱いており,犯人検挙のために,熱心かつ積極的に捜査に協力する姿勢を示していたことは,証拠上明らかであるし,②については,同日警察官がTに示した写真台帳中,Tの息子の友だちの写真は,最後に近い箇所(37枚中31番目)にあったものであり,Tが予めそのことを知っていたことをうかがわせるような事情は全くない。以上のような状況からすると,Tが写真をさーっと流すように見ただけで,犯人を識別しようとする熱意に欠けていたかのように言うUの証言は,信用し難い。③については,5月3日の面通しの状況について,T証人は,「地下室みたいなところで,ガラスを通して背の高い男を見た。上半身から上が見えて,正面の顔と横顔が見えたが,7,8秒見て,最初に私が見た犯人の顔と違うとすぐ分かったので,刑事さんに,『これは違いますよ。』と言った。」「もう一人の背の低い男についても,5,6秒見て,すぐ見覚えのない顔と分かっ 顔が見えたが,7,8秒見て,最初に私が見た犯人の顔と違うとすぐ分かったので,刑事さんに,『これは違いますよ。』と言った。」「もう一人の背の低い男についても,5,6秒見て,すぐ見覚えのない顔と分かった。」旨供述している。前記のとおり,Tが犯人の体格・容ぼう等をかなり細かく正確に記憶していたと推測されること等を考慮すると,このような経緯でTがA及びEを犯人でないと断定したことが不自然であるとは認められない。 (オ) また,4月19日から5月3日までの間に,Tに対し事件関係者から何らかの働き掛けがあり,Tがこれに動かされたと疑うべき証拠は全くない。なお,Tが4月19日の取調べの際,警察から示された写真台帳の中に息子の友人の写真があったことから,面通しの時点では事件と関わり合いになるのを避けたいという気持ちに仮に傾いていたとしても,面通しの相手が本当に犯人であったとすれば,「犯人かどうかは分からない。何も言えない。」などと答えて逃げるのが自然であり,「犯人でない。」と積極的に断言するのは,通常ありそうなことではない。 抗告審における証人尋問においても,その供述の信用性に疑いをはさむべき事情は認められなかった。 (カ) 以上の検討によると,Tの前記供述は,信用性が高く,G自白以下の本件の積極証拠に対する極めて重要な反証であるといわなければならない。 ウ Gのタイムカードについて(ア) Gの犯行に至るまでの行動に関する供述の概要は,「犯行前日の2月28日は,勤務先のパチンコ店『パーラー甲』(以下「パーラー甲」という。)の勤務が早番であったため,午後5時ころ帰宅し,5時半ころ,Fの原チャリ(原動機付き自転車のこと。以下「バイク」という。)に乗って出掛けた。午後7時ころ調布駅南口広場へ行き,二人で噴水の横のベンチに座って話していると,次第に仲間 5時ころ帰宅し,5時半ころ,Fの原チャリ(原動機付き自転車のこと。以下「バイク」という。)に乗って出掛けた。午後7時ころ調布駅南口広場へ行き,二人で噴水の横のベンチに座って話していると,次第に仲間が集まってきたので,気の合った仲間同士で雑談していた。自分は,噴水横のベンチに座り,FやCと話をしていた。だんだん人通りも少なくなってきた翌3月1日の午前0時半ころ,ベンチの前を4,5人連れの男が駅の方へ歩いて行った。すると,広場の便所の前あたりにいたAとEの二人が,オーイと言ってこれを追い掛けて行った。」というのである。 (イ) しかし,G供述に現れた当夜の同人の行動は,同人の勤務先のタイムカードの記載と矛盾している。すなわち,付添人から提出されたGの勤務先(前記パーラー甲)のタイムカードには2月28日のGの出勤時刻は「15時27分」,退出時刻は「23時02分」と記載されているのであり,このタイムカードの記載を前提とする限り,前記の「当日午後5時ころ勤務を終えて帰宅し,5時半ころ,Fのバイクに乗って出掛け,7時ころ広場に着き,FやCと話していた。」という同人の供述に現れた行動は,現実にあり得ないものとなる。 (ウ) もっとも,原決定後に作成された6・16警察官調書において,Gは,「当日は,間違いなく早番勤務であった。パーラー甲では,タイムカードを自分で押さず,人に押してもらったことが何度もあり,遅刻して午前10時ころ出勤したのに,8時半前に出勤したことになっていたこともある。」などと供述している。そして,A1の6・19警察官調書には,「パーラー甲では,一緒に出勤してきた人が,タイムカードを他人に押してもらうことがあり,現に,自分もGのタイムカードを代わって押してあげたことが数回ある。」との記載があり,同社におけるタイムカードの取扱いに,ある程 ,一緒に出勤してきた人が,タイムカードを他人に押してもらうことがあり,現に,自分もGのタイムカードを代わって押してあげたことが数回ある。」との記載があり,同社におけるタイムカードの取扱いに,ある程度ルーズな点があった事情はうかがわれる。 しかし,当日,Gが早番勤務に当たっていて現にそのように勤務したのに,同人のタイムカードに,出勤時刻,退出時刻のいずれについても,遅番勤務に相当する時刻が記載されるなどということは,タイムカードの性質上,通常考えられないことであり,前記A1の警察官調書によっても,そのようなことが行われていたとは認め難い。G証人も,タイムカードにこのような全く事実に反する記載が何故行われるに至ったかについては,説明できない状態である。したがって,「当日早番勤務であった。」というGの前記供述は,信用できない。 (エ) そうすると,前に引用した犯行に至る経過に関するGの供述は,全部事実に反することが明らかである。同供述の中には,犯行前,Gが噴水横のベンチでFやCと雑談をしていたなどというかなり具体的な部分もあるのであるが,これらが全て虚構である疑いが強いといわなければならない。 このことは,Gの供述全体の信用性に相当強い疑いを生じさせる事実である。 エ G自白について(ア) 原審記録によると,Gは,4月14日にぐ犯の非行事実で取調べを受けた際,たまたま本件についても取り調べられて事実を認め,4月19日以降の取調べにおいて,一貫して本件を詳細に自白していることが認められる。また,Gは,Aの事件の原審審判廷において,「警察では,特に厳しい取調べを受けたことはなかった。」とした上で,捜査段階の自白にそう証言をしたばかりでなく,その後,Fの事件の証人として再度尋問された際も,更には,当審の事実取調べの際の証人としても,基本的に前記 しい取調べを受けたことはなかった。」とした上で,捜査段階の自白にそう証言をしたばかりでなく,その後,Fの事件の証人として再度尋問された際も,更には,当審の事実取調べの際の証人としても,基本的に前記供述を維持している。そして,Gが,自分に不利益となるような非行事実への関与を,事実に反して積極的に認めることは,通常考え難いことであるから,これらの点は,G自白の信用性を検討する上で重要であり,原決定がG自白のこのような経過やその後のGの供述態度を重視し,その信用性を肯定したのも,故なしとはしない。 しかし,Gの自白は,前述のとおり,当審で取り調べた証拠によると,犯行に至る経過が全て虚構である疑いが強い上,犯行状況自体に関する供述中にも,これを子細に検討すると,客観的犯行態様に符合せず,又は不自然な変遷を示す部分が少なくない。 (イ) 犯行状況に関するG自白の要旨は,「自分が,広場の噴水横のベンチでFやCと話をしていると,広場の便所の前あたりにいたAとEが,いきなり走り出して,4,5人連れの男たちを追い掛けて行った。横断歩道のあたりで(これは,後に「横断歩道を右折した道路上」と変更された。)追いつくと,AとEが二人に襲い掛かった。Aが一人の顔をゲンコツで殴り,Eが他の一人の襟首をつかんで揉み合って(又は「振り回して」)いた。自分は,逃げ出した一人を捕まえて,いきなり(又は,「肩に手を掛け,振り向かせた後」)右足で腹にまわし蹴りを1発入れた。」「F,C,D,Bらも,相手に対し殴ったり蹴ったりした。」「最後に,大声を出して騒ぐ一人の被害者をA・E・F・C・D,Bの6人が寄ってたかって袋叩きにし,更に,AとEが,その男を引きずって広場の噴水の横に連れて行き,そこでも足蹴りを加えた。」というのである。 (ウ) このGの供述を,前記アにおいて認定した客 D,Bの6人が寄ってたかって袋叩きにし,更に,AとEが,その男を引きずって広場の噴水の横に連れて行き,そこでも足蹴りを加えた。」というのである。 (ウ) このGの供述を,前記アにおいて認定した客観的犯行態様と対比して検討すると,次のような食い違い等が認められる。 ① Gの供述中,Aの行動に関する部分はMに暴行を加えた甲の行動と一応符合するが,Eが「他の一人の襟首をつかんで揉み合った(又は振り回した。)。」とする点は,客観的な犯行態様と符合しない。被害者の中にこのような暴行を受けたと述べている者はなく,特に,Mに続いて暴行を受けたと認められるNは,「後ろから来た二人の若い男が,前に来て,いきなり顔を見ながら,『お前ら何見てんだ。』と言い,歩いて行こうとすると,一人がいきなり私の背中を2回足蹴りした。」と供述しており,その状況は,Gが供述するEの行動とは全く異なっている。 ② Gは,「自分は,逃げ出した一人を捕まえて,いきなり(又は,肩に手を掛けて振り向かせ),腹にまわし蹴りを1発入れた。」というのであるが,被害者の中にこのような形の暴行を受けたと供述している者はいない。この点は,G自身の行動に関することであって,見間違い等の余地がないだけに,甚だ不審である。なお,Gの5・14検察官調書には,Gが暴行を加えた被害者はQであるとする記載があるが,Qが供述する被害の態様及び被害場所は,G供述に現れたそれとは大きく異なっており,取調べに当たった警察官Wも,結局,Gが暴行を加えた相手は特定できなかった旨証言している。 ③ 本件においては,複数の犯人らが,横断歩道を東に曲がった道路上で,被害者5名に襲いかかったことが明らかであり,特に,後から暴行を受けたPやQの被害地点は,MやNが被害を受けた地点より,かなり東に寄った場所であったと認められる(被 ,横断歩道を東に曲がった道路上で,被害者5名に襲いかかったことが明らかであり,特に,後から暴行を受けたPやQの被害地点は,MやNが被害を受けた地点より,かなり東に寄った場所であったと認められる(被害者らが,被害の翌日,現場で指示・説明したところでは,P,Q及びOが被害を受けた場所は,Mが暴行を受けた場所から10数メートルから20メートルも東に寄った地点とされており,各指示地点のうちPが被害を受けたという場所は,目撃者であるT及びZが供述する場所とも一致している。)。そしてT及びZの各供述によれば,当初Mに暴行を加えた犯人(甲)も,その後,Pが暴行された場所の近くまで行って更に暴行を働いたことが明らかである。このように,本件においては,犯人らが道路上をかなり広い範囲にわたって動きながら暴行したと認められるのであるが,G供述には,このような犯人の動きについて触れるところが全くない。Gの供述するとおり,同人が「被害者に1発足蹴りを食わせた後,タクシー乗り場でAらの暴行の様子を見ていた。」というのが真実であれば,Gはこのような他の共犯者の動きに気付くのが当然と思われるから,G自白は,この点でも客観的な犯行態様と符合しないといわなければならない。 ④ Gは,AらがMを広場に連行した後の状況について,当初は,「Eが1度足蹴りしていた。」と供述したが(4・19警察官調書),その後,「E,D及びBの3人で蹴っていた。」と供述し(5・11警察官調書),更に,「A,E,F,C,D,Bの6人が取り囲んで全員が殴ったり蹴ったりしていた。」と供述するに至った(5・14検察官調書)。しかし,これらの供述調書中には,このように供述を再三変更する理由について,何らの記載がない。 ⑤ その上,Oの警察官調書によると,犯人らがMを広場に連行した後,同人に対し大勢で殴る蹴 察官調書)。しかし,これらの供述調書中には,このように供述を再三変更する理由について,何らの記載がない。 ⑤ その上,Oの警察官調書によると,犯人らがMを広場に連行した後,同人に対し大勢で殴る蹴るの暴行を加えたことはなかったと認められる。同調書によると,同人は,Mが連行された際,同人の身を案じ,わざわざタクシー乗り場の植え込みの間付近まで行って,犯人らの行動を注視していたのであるが,犯人らがMを広場に連行した後間もなく,制服の警察官が現場に到着したため,犯人らは直ちに逃走し,犯人らが広場でMに暴行したことはなかったというのである。この供述は,Oの当時の立場,心情,目撃の状況等に徴すると,信用性が高いと認められる。なお,Tは,「広場で犯人甲がMに対し執拗に足蹴りを加えた。」旨供述しており,右供述中「執拗に」という点は,前記Oの供述と対比するとにわかには信用し難いのであるが,この供述によっても,犯人らが大勢でMに対し殴る蹴るの暴行を加えるような状況がなかったことは明らかである。 そうすると,Gの5・11警察官調書及び5・14検察官調書は,この点でも,客観的事実に反する疑いが極めて強いといわなければならない。 ⑥ G自白には,以上のほかにも,例えば,自分が「ルート20」の構成員であるかどうか,現場において被害者を足蹴りにした,のか殴ったのか,Aらの暴行の場所が横断歩道の上であったのか,それより右に曲がった道路上であったのか,AとEがMを広場へ連行した際,「Mの腕を取って立たせて連れて行った」のか,「足首あたりをつかんで」連れて行ったのか等の点で,変遷があり,これらの変遷がどのような理由により生じたのかは,必ずしも明らかではない。 以上のとおり,G自白は,犯行に至る経過部分について虚構ではないかとの強い疑いがあるだけでなく,犯行状況自体につ 遷があり,これらの変遷がどのような理由により生じたのかは,必ずしも明らかではない。 以上のとおり,G自白は,犯行に至る経過部分について虚構ではないかとの強い疑いがあるだけでなく,犯行状況自体についても,証拠上明らかな事実と抵触したり,不自然に変遷している部分が認められる。 (エ) G自白について,以上のように看過し得ない疑問が存在する以上,同人の自白に至る経過についても,更に詳細,綿密に検討する必要がある。 当審における事実取調べの結果によると,Gが本件について自白するに至った経過は,次のとおりであったと認められる。 ① Gは,3月26日午前0時半ころ,シンナーを吸って暴れたことから,調布署に任意同行されVの取調べを受けた。 ② Vは,身柄不拘束のままGを取り調べ,その際,当時未解決になっていた本件を含む調布署管内の傷害事件等についての情報を収集するため,最近の傷害事件について何か,知らないかと水を向けたところ,Gは,「三日程前,多摩川のロータリーで友だちがそれらしい話をしていた。」と供述し,Aの名前も出した。 ③ その後,Gは,調布署からの呼び出しに応じないでいたが,4月14日,再びシンナーを吸って母親に乱暴を働いたため,ぐ犯の非行事実により,調布署の取調べを受けることとなった。当日は,Uが午前9時から取調べに当たったが,ぐ犯についての取調べが終了した後,Uが本件についても事情を聞いたところ,Gは,Aらと共に本件犯行を行ったことを認めた。 ④ 警察は,被害者5名を4月18日に再度呼び出して取り調べ,被害状況について改めて供述調書を作成した後,4月19日以降,Gに対し本件についての本格的な取調べを行い,前に引用したような自白を得て,4・19警察官調書以下,多くの供述調書を作成した。 (オ) そこで,以上のような取調べの過程で,G した後,4月19日以降,Gに対し本件についての本格的な取調べを行い,前に引用したような自白を得て,4・19警察官調書以下,多くの供述調書を作成した。 (オ) そこで,以上のような取調べの過程で,Gが虚偽の自白をするような事情があったかどうか,また,そのような虚偽自白をすることが可能であったかどうかについて検討する。 ① まず,3月26日の取調べ時の状況について考えると,Gは,当時,シンナーの吸引で初めて警察の取調べを受けるようになったため極めて不安な心境にあったことが推測される。また,同人は,これまでのAらとの付き合いから,Aらがけんか早く,しばしばグループで通行人らとけんかをすると聞いていたと認められる。 このような状況からすると,GがVから前記のような形で情報の提供を求められた場合,同人に迎合しその歓心を買おうとして,本件について確たる記憶がないにもかかわらず,「友だちがそれらしい話をしていた。」と述べ,Aの名前を出すおそれもないとはいえない。 ② 次いで,Gは,4月14日,再度の非行によりUの取調べを受け,本件についても尋ねられたのであるが,その際,今更前言を翻すわけにもいかず,更に,Uから「お前もいたのではないのか。」と追及されるに及び(Gの供述),警察に迎合して寛大に処分して貰いたいという気持から,記憶にはないのに,本件の事実を認めた疑いもないとはいえない。当時のGの立場からすると,シンナーを吸って乱暴を働き,再度警察の取調べを受けるに至ったことが重大事であったから,余罪である本件について頑強に否認し,警察の心証を害したくないという気持ちが働き,本件については一応事実を認めた上,犯行における自分の地位,役割をできるだけ従属的なもののように述べ,警察の歓心を買って有利な取扱いを受けようと考えることも,同人の年齢,社会的な未成熟さ 持ちが働き,本件については一応事実を認めた上,犯行における自分の地位,役割をできるだけ従属的なもののように述べ,警察の歓心を買って有利な取扱いを受けようと考えることも,同人の年齢,社会的な未成熟さ等からすると,敢えて不自然とはいえないと考えられるのである。 なお,当日Gは,本件犯行に加わったことを認めたにとどまり,具体的事実を供述するには至らなかったものと認められる。その意味で,Gが極く短時間の取調べにより本格的な白白をしたとはいえない。 ③ Gは,4月19日の取調べにおいて,本件について詳細な自白をし,調書を取られているのであるが,前記のような経過で,当時Gが,本件について事実を認める気持ちになっていたとすれば,犯行の大筋については取調官の示唆,誘導に従いつつ,日ごろ聞いていたAらのけんかのやり方を頭に置きながら,調書にあるような犯行状況を述べることも,不可能ではなかったと認められる。また,取調官は,当時既に被害者らの取調べにより本件犯行の概要を把握していた上,調布界隈の暴走族の壊滅作戦の過程で,暴走族「ルート20」の構成員等についても,相当詳しい情報を得ていたと認められるから,本件の共犯者についても,Gの供述をチェックし,自然な供述を導くことも,困難ではなかったと認められる。 前記のとおり,Gの供述に看過し得ない多くの疑問が存在することを考えると,Gが以上のような経過で虚偽の自白をするに至り,本件原審を経て当審に至るまでの供述を維持しているのではないかとの疑いを否定し切れない。 (カ) 当審において,Tの供述のような有力な反証が現れた状況の下で,Gの自白に絶対又はそれに近い信を措くことは危険であるといわなければならない。 オ Aの自白の信用性について(ア) Aは,5月3日朝,警察に任意同行された後,午前9時ころから取調べを受け の下で,Gの自白に絶対又はそれに近い信を措くことは危険であるといわなければならない。 オ Aの自白の信用性について(ア) Aは,5月3日朝,警察に任意同行された後,午前9時ころから取調べを受け,当初は,「記憶がない。」として犯行を否認していたが,同日午後2時半ころ,本件犯行を自白するに至ったため,用意されていた逮捕状により逮捕された。 (イ) しかし,同人は観護措置の決定を受け,身柄を調布署から八王子少年鑑別所に移された直後から,犯行を否認し始め,原審審判廷において,「警察の取調べで自白したのは自分が違うと言っても信じてもらえず,『皆お前がやったと言っている。』『忘れているだけだ。』『もうすぐ成人だから,成人扱いでやっちゃうぞ。』『認めないなら,拘置所でもどこでもぶち込むぞ。』などと言われたからである。」旨供述している。これに対し,Aを取り調べたUは,当審において,Aが言うような取調べをしたことはない旨証言するのであるが,午前の取調べから犯行を否認していたAが,午後2時半ころに至ってようやく自白するに至った際の状況については,「調布駅南口の件で思い当たることがあったら話してくれと言っていたが,Aは,どの件かなあと考えている様子であった。その後,Aは,『待てよ,あの時のけんかかなあ。3,4人で通行人をタクシー付近で殴った件かなあ。』と言い出した。」などと説明するにとどまっている。しかし,当時の捜査の状況等からすると,この供述は,いささか不自然であって説得力に欠け,にわかに信用し難い。 (ウ) また,Aの自白の内容を子細に検討すると,かなり重大な疑問がある。 ① まず,Aの最初の自白調書である5・3警察官調書では,「当日,ゲームセンター『モナコ』の方から,EやBと連れ立って,調布駅前の通りを西に向かって歩行中,3,4人の男とすれ違った な疑問がある。 ① まず,Aの最初の自白調書である5・3警察官調書では,「当日,ゲームセンター『モナコ』の方から,EやBと連れ立って,調布駅前の通りを西に向かって歩行中,3,4人の男とすれ違った際,一人がガンを付けたような気がしたので,すれ違い様,『何見てんだよ。』みたいな言葉で因縁を付けてけんかをふっかけ,相手が何か言ったような気がしたので頭に来て,1人の男の顔面をゲンコツで殴り,襟首をつかんで蹴りを入れたら,男は,道路に倒れた。」「Eは,倒れた男に蹴りを入れていたと思う。」「Bはそばにいたが,何をしていたか分からない。」とされている。 しかし,本件けんかは,Mらに対し,広場の方から追い掛けてきた犯人らが殴り掛かったことによって開始されたことが明らかであり(前記アの①),「すれ違い様にけんかになった。」というAの自白は,このような基本的な事実に反している。もっとも,Aは,5・8警察官調書において「広場の方にいたかもしれない。」と供述を訂正しているのであるが,この訂正供述も甚だ具体性を欠くものである。そして,けんかの発端が相手を追い掛けて行ったものか,すれ違い様であったかは,通常思い違いをしそうもないことであるから,この点に関するAの各供述は甚だ不審といわなければならない。 ② また,5・3警察官調書によれば,本件で暴行を加えた相手は,Aが認識した限りでは,1人だけということになるが,この供述が,前記のような本件犯行の態様とおよそかけ離れていることは明らかである。 ③ 更に,5・3警察官調書には,Mを広場へ連行した事実が全く述べられていない。この事実は,5・15警察官調書において初めて「思い出した。」として述べられているのであるが,大勢でMに殴る蹴るの暴行を加えた末全く抵抗できなくなった同人を更に広場に連行したこと,同所で警察官が来 この事実は,5・15警察官調書において初めて「思い出した。」として述べられているのであるが,大勢でMに殴る蹴るの暴行を加えた末全く抵抗できなくなった同人を更に広場に連行したこと,同所で警察官が来るのを認め,大急ぎで逃走したこと等の事実は,犯人らの記憶に強く残りそうな事柄であるから,連行を主導したとされるAが,取調べの初期の段階でその事実を全く思い出せなかったというのも,かなり不自然である。 ④ なお,5・18検察官調書では,「広場では,B,D,C,Eと自分の少なくとも5名でMの体を何回も殴ったり蹴ったりした。」とされているところ,この供述が事実に反する疑いが極めて強いことは前記(アの⑥,エの(ウ)の⑤)のとおりである。 (エ) 以上のような供述内容からすると,5月3日の取調べの際,Aが本当に本件犯行について記憶を有していたのかどうか,相当に疑わしい。 当日の取調べ状況に関する前記Aの供述に,このような自白の内容から生じる疑問を併せて考えると,(取調べ状況に関するAの供述が全て真実であるか否かは別にして)Aが,当日,取調べの警察官から厳しい追及を受けた結果,否認を通すことは困難であると感じ,事実を認めて取調官の心証を良くしようという迎合的な気持ちもあって,身に覚えのない本件犯行を認め,その後の取調べにおいて取調官の示唆,誘導に従い,次第に供述を訂正していったという疑いを否定することができない。取調べに当たった警察官の当審における証言は,前記のとおりであって,この疑いを払拭するには足りない。なお,Aが比較的短時間で自白するに至った点も,必ずしもその自白の信用性を保障する状況ではないと認められる。 カ Eの自白の信用性について(ア) Eも,Aと同様,取調べの初日である5月3日の朝,警察に任意同行され,当初は「記憶がない。」として犯行を の自白の信用性を保障する状況ではないと認められる。 カ Eの自白の信用性について(ア) Eも,Aと同様,取調べの初日である5月3日の朝,警察に任意同行され,当初は「記憶がない。」として犯行を否認していたが,同日午後2時半ころ,Aと相前後して,本件犯行を認めたため,用意された逮捕状により逮捕された。 (イ) ところが,Eもまた,身柄を八王子少年鑑別所に移された直後から犯行を否認し始め,原審審判廷において,「警察の取調べで自白したのは,警察官から,『Aがお前と一緒にやったと言っている。』『少年だから,反省すればいい。』『認めれば家に帰してやる。』『Aは認めた。お前だけが否定していてもしようがねえ。』などと言われて,止むなく自白した。」旨供述している。 これに対し,取調べに当たったYは,当審において,そのような取調べをしたことはない旨証言するのであるが,同人の供述も,前記Aの取調べに関するUの供述と同様,当初否認していたEがどのような取調べにより,どのような経過で自白するに至ったかについて,説得力ある説明に欠けている。 また,Yによれば,5月3日の取調べの結果,Eがようやく自白したというのに,当日,その自白の供述調書が全く作成されていないことに注意する必要がある。Yによれば,「当日,Eは素直に話し,供述を翻す雰囲気でなかったので,供述調書を作っておく必要はないと思った。」というのであるが,この説明も,甚だ説得力に欠ける。むしろ,Eが一応事実を認めたものの,その供述内容が著しく具体性に欠け,または,他の証拠と符合しないなど,調書を取るに足る程度に達していなかったため,調書を作らなかったのではないかとの疑問を禁じ得ない。 (ウ) Eの自白の内容にも,子細に検討すると,かなり重大な疑問がある。 ① Eの最初の自白調書である5・4警察官調書 に達していなかったため,調書を作らなかったのではないかとの疑問を禁じ得ない。 (ウ) Eの自白の内容にも,子細に検討すると,かなり重大な疑問がある。 ① Eの最初の自白調書である5・4警察官調書は,「2月の末か3月初めころの12時過ぎに,A,Bら7人位と南口広場でたまっていたとき,Aが急に早歩きで3,4人を追い掛けたので後を追った。Aは,男らに追いつくと1人をゲンコツで殴り,足で蹴った。自分も,その直後にAが殴った同じ男の顔をゲンコツで殴り,蹴った。そのあと,Aが,腹に蹴りを入れると,その男は倒れ込んだ。Bも倒れた男に蹴りを入れていた,そこで,自分は,もう一人の男を殴ったり蹴ったりした。」というのである。 この供述によると,Eは,Aが一人の男に乱暴した直後,その同一の男に自分も乱暴したことになるが,前記ア①のとおり,当初Mに暴行を加えたのは甲一人であったと認められるから,このEの供述は,明らかに事実に反する。 ② この点について,Eは,翌日の5・5検察官調書においては「AがMを殴り倒し,3,4回その体を蹴飛ばした。自分は,M以外の一人の男の顔を拳骨で2回位力一杯殴りつけた。」旨,Eが最初に殴った男はAが殴った男とは別人であると供述を変えたのであるが,5・19警察官調書においては,再び,「Aがふらついている男を殴り蹴った。自分も,割り込むようにして入り,拳骨で2回殴り,太股を2回蹴った。」と述べ,Eが最初に乱暴した男はやはりAが乱暴した男と同一人であるとするに至った。そして,このように供述が変遷する理由については,調書上何らの説明もない。 Eが最初に暴行を加えた相手について,一時的に思い違いをすることは十分あり得ることではあるが,このように日時を接しての取調べにおいて,取調官が変わるごとに,理由もなく供述が転々とするというのは,甚だ異 が最初に暴行を加えた相手について,一時的に思い違いをすることは十分あり得ることではあるが,このように日時を接しての取調べにおいて,取調官が変わるごとに,理由もなく供述が転々とするというのは,甚だ異常というほかない。Eが,自らの記憶に基づいてではなく,時々の取調官の意を迎え,その示唆,誘導に従って供述していたのではないかとの強い疑いを感じさせる。 ③ 同様なことが,Mを広場へ連行した方法及び広場内での暴行の態様に関する供述についても認められる。すなわち,Eは,5・5検察官調書では,道路でMを皆で殴ったり蹴ったりした後,「AがMの体を広場に引きずって連れ込んだところまでは見た。」「その後は,道路の方を見ていたので,Aが,広場でMに乱暴するところは見ていないが,多数回乱暴しているのが音等で分かった。」旨供述していたが,5・9警察官調書では,「自分がAと二人でMの片方の腕を取り,引っ張るようにして広場に連れて行った。」となり,「広場内では,A,Bのほか自分もMを蹴った。」旨供述するに至った,そして,このように大幅に供述を変更する理由についても,調書上何らの説明がない。 なお,広場でA,E及びBの3人がMを蹴った旨の5・9警察官調書記載の供述が,事実に反する疑いが強いことは,前記(アの⑥,エの(ウ)の⑤)のとおりである。 (エ) 以上の検討によると,Eの自白についても,Aの自白とほぼ同様の理由により,その信用性に疑問があるといわなければならない。 キ Bの自白の信用性について(ア) Bは,G,A及びEについて自白調書が作成された後である5月7日に任意同行されて取調べを受け,即日自白して逮捕された者であるところ,その自白に至る経過について,Bも,A及びEらと,ほぼ同様な供述をしている。当審においては,Bに対する警察官の取調べ状況について,その 同行されて取調べを受け,即日自白して逮捕された者であるところ,その自白に至る経過について,Bも,A及びEらと,ほぼ同様な供述をしている。当審においては,Bに対する警察官の取調べ状況について,その警察官を証人として尋問することはなかったのであるが,Bの自白はその内容自体に,重大な疑問があるといわなければならない。 (イ) Bの自白も,細部について供述内容に色々変遷があるが,①Aらが道路上で被害者らに暴行を加えているのを,広場内から目撃したこと,②その後,Aが中心になって,被害者の一人を広場内に引きずり込み,大勢で周りを囲んで,皆それぞれ蹴りを入れていたので,自分もジェスチャーで足を1発軽く蹴っ飛ばしたことについては,概ね一貫している。そして,広場で被害者の一人を取り囲んで乱暴を加えた人数については,取調べが進むとともに数が増え,5・12警察官調書では,A,E,C,F,Dと自分の合計6人に達している。この供述が明らかに事実に反することは,前記のとおりである。 (ウ) なお,Bは,前に検討したA及びEの自白においては,同人らに続いて道路上にいる被害者らを襲い,暴行を加えた共犯者として指示されている。A及びEの自白とBの自白の食い違いをどのように理解すべきかも明らかでない。 Bの自白は,信用し難い。 ク O及びSの犯人識別供述について(ア) Dは,Cと共に,捜査段階以来一貫して本件犯行への加担を否定しているのであるが,Dについては,犯行直後現場において犯人の一人を警察官に申告したOが,「自分が犯人として申告した男は,Dに間違いない。」旨供述しており,また,その際の警察官であるSもこれにそう供述をしている。そして,原決定は,これらの識別供述は信用性が高いとしているのである。 (イ) Oは,他の被害者らが現場から逃走した後も,犯人らにより広 り,また,その際の警察官であるSもこれにそう供述をしている。そして,原決定は,これらの識別供述は信用性が高いとしているのである。 (イ) Oは,他の被害者らが現場から逃走した後も,犯人らにより広場に連行されたMの身を案じて現場で様子を見守り,警察官が広場に到着した後間もなく,その場にいた一人の男の腕をつかんで,警察官に対し「(犯人は)この人です。」と言って申告したものの,男から逆に「ふざけんな。俺たちじゃねえだろう。」とすごまれて,結局,土下座までさせられたという経過もある。したがって,Oが犯人として申告した男の人相等を,かなり正確に記憶した可能性は,これを否定することができない。 (ウ) しかし,Oの捜査段階における犯人識別に関する供述の経過を逐次検討していくと,同人の識別は,必ずしも確度の高いものではない疑いがある。 ① Oは,4月18日の取調べの際,自分が警察官に申告した男の特徴について,「18~9歳,髪茶色,緑色MA1のジャンパーを着用していた。」と述べている。ところで,警察は,この時点で既に請求人ら全員を含む「暴走族ルート20構成員写真台帳」(甲29)を作成していたのであるから,Oに対しても当然この写真台帳を示し,その中にジャンパー着用の男を含む犯人の写真が含まれていないかと質問したと推測されるところ,同日付けの供述調書には,OがDをジャンパーの男として識別した旨の記載がない。したがって,Oは,この時点においては,Dを識別することができなかったものと推測される。 ② Oは,5月19日の取調べで,警察官から,A,E,B,F,G及びDの7名の顔写真を綴った「被疑者写真台帳」(甲30)を示された際には,Dの写真について「現場にいたような気がする。」という供述をするにとどまり,これがジャンパー着用の男であると識別することができなか 7名の顔写真を綴った「被疑者写真台帳」(甲30)を示された際には,Dの写真について「現場にいたような気がする。」という供述をするにとどまり,これがジャンパー着用の男であると識別することができなかった。 ③ ところが,Oは,その後,Dが当時着用していたジャンパー(N2Bで,白いフードがついている点を除き,MA1と色,型が同一)の写真を示されるや,「自分が警察官に申告した男のジャンパーと色,型が同じである。」旨述べ,更にそのジャンパーを着たDの写真を見せられると,「自分が警察官に突き出した男は,この人であると思い出した。」旨供述するに至った。 以上の経過によると,Oは,警祭官に犯人として申告した男がMA1のジャンパー(又は,これと似た色,型のもの)を着ていたことについては,強い印象を受け,はっきりした記憶を持っていたが,その男の容ぼう,体つき等については,必ずしも十分な記憶がなかったため,4月18日に「暴走族ルート20構成員写真台帳」中で別の服装をしたDの写真を示されたときには,それが犯人として自分が警察官に申告した男であるとは全く気づかず,5月19日に7人に絞られた「被疑者写真台帳」を示されたときにも,Dの写真について「現場にいたような気がする。」という程度のことしか述べられなかったものと推認される。 そうすると,その後Oが,Dが平素着用していたジャンパーの写真を示された後,更にそのジャンパーを着用したDの写真を示されて,「自分が警察官に突き出したのはこの人であると思い出した。」旨供述するに至ったのは,写真に写ったDの容ぼう等から記憶を喚起したというより,犯人と良く似たジャンパーを着た姿に強い印象を受け,これに影響されて,同一人と思い込んだ疑いが強い。本件犯行の日から5月19日までには約2か月半の日時が経過し,その間,犯人の容ぼう等に たというより,犯人と良く似たジャンパーを着た姿に強い印象を受け,これに影響されて,同一人と思い込んだ疑いが強い。本件犯行の日から5月19日までには約2か月半の日時が経過し,その間,犯人の容ぼう等に関するOの記憶が相当薄らいでいたと推測される状況をも考慮すると,前記のような経過を経てようやく行われたOの識別に,高い信用性を認めることは困難である。 以上のように,捜査段階におけるOのDに関する識別供述の信用性に問題があるとすると,原審審判廷におけるOの識別供述の信用性にも,同様の問題があるといわなければならない。 (エ) SのDに関する識別供述は,5・20警察官調書及び5・26警察官調書においてされたものである。識別までに長期間が経過している上,Sの場合は,現場において,Oから突き出された犯人とごく短時間接触したにとどまるのであるから,その識別供述の信用性は一層疑問であるといわなければならない。 (オ) このように見てくると,O及びSのDに関する犯人識別供述の信用性は高くないと認められる。 ケ結論本件の目撃者であるTの供述は,信用性が高く,本件犯行が請求人らの行為であることに,極めて強い疑いを生じさせるものである。 これに対し,原決定が請求人らの非行事実の認定の基礎としたG自白等の諸証拠は,これを子細に検討すると,それぞれ信用性に疑問とするところがあり,前記T供述が提起した疑いを克服して,本件非行事実を認定するには十分でないと認められる。 そうすると,請求人らが本件犯行を犯したものと認めた原決定には重大な事実誤認があると認められる。 3 差戻審における証拠判断(1) 審判の内容差戻しを受けた家裁支部は,前記抗告審決定時に成人に達するまで4日間あったDについて,その誕生日である平成5年9月21日,少年法19条2項による検察 3 差戻審における証拠判断(1) 審判の内容差戻しを受けた家裁支部は,前記抗告審決定時に成人に達するまで4日間あったDについて,その誕生日である平成5年9月21日,少年法19条2項による検察官送致決定をし,また,同決定時に成人に達するまで9日間あったEについて,同月24日,裁判所法4条に基づき,非行なしの不処分決定をした。 A,B及びCについては,検察官送付に係る約146点の新たな証拠の取調べや11人の証人尋問を行った上,A及びBについて同年11月12日に,Cについて同月25日に,いずれも非行事実を認定して少年法20条による検察官送致決定をした。 (2) 少年法20条による検察官送致決定における証拠判断(以下「差戻審の証拠判断」という。)の要旨ア Tの抗告審証言についてTの抗告審における証言は,次の理由により偽証の疑いが極めて強く信用できない。 ① Tの長男A2の中学校の同級生の中に,請求人らが行動を共にしていた暴走族ルート20に所属していた少年IとJがおり,両名は,Tの住む団地に住んでおり,Tは,Jを子供の時から知っていた。 ② Tの勤務する乙交通株式会社(以下「乙交通」という。)には元ルート20に属していた者がタクシー運転手として勤務しており,自らも暴走族がよく溜まっている本件現場のタクシー乗り場で客待ちをしていることが多かった。 ③ Eの父親HことH(以下「H」という。)は,昭和56年5月から同年8月までの3か月と昭和58年2月3日から同59年4月27日まで乙交通に勤務しており,昭和46年5月2日以来同会社に勤務しているTとも旧知の仲であった。 ④ Tは,平成5年4月19日,犯人特定のため調布署で「暴走族ルート20構成員写真台帳」(甲29)を見せられたが,その際,同台帳にある31番の写真に写っている男(J)は,息 とも旧知の仲であった。 ④ Tは,平成5年4月19日,犯人特定のため調布署で「暴走族ルート20構成員写真台帳」(甲29)を見せられたが,その際,同台帳にある31番の写真に写っている男(J)は,息子と同級生で同じ団地に住んでいると述べたが,その後に同写真台帳には,犯人の写真はないと言明した。 ⑤ Tは,乙交通の同僚運転手で本件事件の目撃者の一人であるZと共に,乙交通の上司から,「Hの息子がからんだことでHが話を聞きたいと言っている。」と言われ,同年7月10日午後0時から1時ころまで調布市布田3丁目所在のレストランロイヤルホストでZと共にHと会食し,「警察で見せられた顔写真の中に一番乱暴を働いた犯人の写真はなかった。」旨の話をし,謝礼としてZと共にHから現金1万円を受け取った。その後,TはZと共に調布市内にあるEの付添人弁護士伊藤俊克の事務所に行き前記と同趣旨のほか,5月3日に調布署で被疑者2名の面通しをしたが,2名とも自分が目撃した犯人とは全く違っていた旨供述し,供述録取書を取られた。その後間もなく,Tは乙交通の社長を介しHから現金1万円を受け取った。その後Tは抗告審で証言した。 ⑥ Tは,調布署の平成5年4月19日の参考人取調べの際には,最も激しい暴行を働いた男(甲)の人相風体につき「身長は185から187センチメートル位,目は一重,髪はくり毛ビートルズのような形,ジャンパーかカーディガンのような白っぽい上着,紺のジーパン,グレイっぽいスニーカー,黒っぽいピアス,色白のかわいい顔。」と供述しているのに,8月13日の抗告審証人尋問では,「平成5年1月ころ甲を見たが,本件事件当時と同じ白いシャツ,白いカーディガンを着たジーンズ姿で,白っぽい運動靴を履いており,面通をした男(A)のように鼻の下に黒子がなかった。」と供述し,その後10月4日, 年1月ころ甲を見たが,本件事件当時と同じ白いシャツ,白いカーディガンを着たジーンズ姿で,白っぽい運動靴を履いており,面通をした男(A)のように鼻の下に黒子がなかった。」と供述し,その後10月4日,調布署で警察官がTの供述に基づき甲の似顔絵を作成する際,「髪普通で直毛,額に前髪がたれ耳に少しかぶっており,やや栗色,丸顔,眉毛がはっきり,目は一重まぶたで切れ長,鼻は筋が広い,口は小さい,白色シャツ(胸までボタンのある襟つきのもの),白色カーディガン(前をボタンで留めている),細めのジーパン(履き古した感じ,くるぶし部で裾がだぶついている),白色紐付きスニーカー(汚れた感じのグレー色)。」と更に詳しくなっており,更に差戻後証言では,「甲が乙交通の同僚運転手A3と似ていたので,A3の顔が甲の顔に重なって記憶が不鮮明になった。」と証言した。 ⑦ Tは,差戻後調布署で10月4日,同月7日,同月16日と参考人調べを受け,特に16日に客観的証拠に基づき同人の従前の供述の矛盾を数々突かれた後,同月18日午前10時5分ころ,同署少年係室に架電し,自ら同署に出頭する旨申し出て,同日警察官に対し,「私が目撃した犯人のことについて自信はない。」と供述した。 ⑧ 更にTは,10月22日,地検支部において検察官に対し要旨次のような供述をしている。 「犯人像については,私は,4月の段階で暴走族ルート20のメンバーで私の長男A2の同学年で同じ団地内に住むJの写真があるのを見て少しまずいな,この事件の犯人たちとかかわり合いたくないという気持ちになりましたし,Jのことが気になってたので写真帳の中の人物の写真などは気を留めて見るようなことはせず,ついつい犯人は,この写真帳にはないと言ってしまいました。ところが,その後犯人として逮捕された少年の父親で以前の同僚のHから面会を たので写真帳の中の人物の写真などは気を留めて見るようなことはせず,ついつい犯人は,この写真帳にはないと言ってしまいました。ところが,その後犯人として逮捕された少年の父親で以前の同僚のHから面会を求められ,息子は犯人でないと強く言われた上,ステーキを御馳走になったり,弁護士事務所で伊藤俊克弁護士から警察の調書や捜査がいんちきででっちあげだと言っているように思われる雰囲気の中で話を聞かされた上,2回にわけて合計2万円を貰いましたし,ルート20のOBが私の勤めている乙交通に勤めていること,暴走族の連中がなにをやらかすかこわいと思うこと,21歳の娘と18歳の息子がいることで,私がこの暴走族ルート20のメンバーのことで不利なことを言えないような気持ちに追い込まれてしまったのです。 私は,高裁で犯人側弁護士や裁判官からいろいろ質問を受けましたが,伊藤弁護士のところで作られた私の供述録取書の私の本当の記憶や印象などとはいろいろ違う内容に基づいて,心のなかでは,違うと思いながら証言しました。しかし私は高裁の裁判官といえば裁判のためにいろいろ勉強をしてきているし常識もあることだから,私が間違ったことを言ってもそれだけですべてを判断することはないだろうと思ったのです。実際証人尋問が終わった後に裁判長が私に,大分混乱していますねと言いましたので,私が間違って言っていることを,つまり結果的には嘘をついていることを見抜いていると思い,私の言っていることをそのとおり信用されることはないとかえって安心していたのです。ところが,その後この被疑少年達が実質無罪になったということをマスコミ報道で知って,私自身驚いてしまいましたし,私の結果的には嘘の話で大変なことになってしまったと思ったのです。正直なところ,警察で見せられた写真帳の中で,Aという男が犯人の一人だった印象が とをマスコミ報道で知って,私自身驚いてしまいましたし,私の結果的には嘘の話で大変なことになってしまったと思ったのです。正直なところ,警察で見せられた写真帳の中で,Aという男が犯人の一人だった印象がないでもなかったのですが,そのとおり言えば良かったものの断定出来ない,つまり違うと言い切ってしまったのが間違いの発端になってしまったのが残念でなりません。Aについてはこの事件の犯人だというのが5,60パーセントで,違う感じもするというのが4,50パーセントといった感じです。」⑨ なおTは,差戻後証言で更に前記供述を翻し,「高裁で述べたことが真実であり,10月16日以降警察官や検事に述べたことは,警察官が息子まで警察署に呼び出して事情聴取したこと,10月に入って何回も長時間取り調べを受けたが,自分は十二指腸潰瘍を患い何回も入院していたが,警察官から血便をしながら頑張るのかと言われ,このままでは,自分の健康が持たないと考え,警察官や検事に迎合する供述をした。」旨供述したが,その供述態度は,弱々しく,供述内容は矛盾しており,前記認定の諸般の事情と照らし合わせると,到底信用できない。 イ Gの自白の信用性(ア) 抗告審は,共犯者とされるGの自白は,捜査段階以来重要な点で変遷を重ね,不自然であると認定している。しかし,Gの自白の不自然な点,他の者との供述との不一致,供述自体の変遷は,いずれも些細な点であり,夜間面識のない多数の者達に多数の被害者が襲われたという本件犯行の特殊性及び本件犯行から供述するまでの間の時間的経過からすればやむをえないところもあり,G供述全体としての信用性を害するほどのものではない。かえって,G供述は,捜査段階の当初から6月15日に実施された家裁支部における証人尋問に至るまでその大要は一貫しており,具体性もあって,十分信用で G供述全体としての信用性を害するほどのものではない。かえって,G供述は,捜査段階の当初から6月15日に実施された家裁支部における証人尋問に至るまでその大要は一貫しており,具体性もあって,十分信用できる。 (イ) Gは,平成5年6月4日終局処分を在宅保護とすることを前提とする試験観察(補導委託)になり,捜査官に迎合し,供述を曲げる必要がなくなってからも従前の供述を維持し,原審審理中及び決定後にCの付添人である行橋弁護士を含む請求人等の親たちから,Gの母Rに対し,「Gは嘘つきでその供述は信用できない。Gは,今どこにいるか,直接会って話がしたい。」とか,前記親たちから「息子さんは,今回の傷害事件でやっていないのにやったようなことを言って,私の息子は,少年院に入ってしまった。息子さんは入っていないんですね,よかったでしょう。」等と嫌がらせや圧力をかけるような電話があり,同女が精神的にまいっていることも知りながら前記供述を翻さず,更に,差戻後の証人尋問でも,請求人らが在席すると,恐ろしくて証言ができないと述べながら,請求人らの退廷後,事件現場にK,A4が居たと重ねて供述している。元ルート20のメンバーであったA5の10・8警察官調書によれば,「グループのおきてとして,警察にしゃべると制裁を受けることになっている。」のであるから,Gがその危険をあえて犯し,自白を維持した動機が抗告審決定の言うような「警察の歓心を買って有利な取扱を受けようと考えた。」とは到底考えられない。 (ウ) そこで,G自白の信用性で一番問題になる勤務先パーラー甲におけるタイムカードの記載とG供述の食い違いについて検討する。 a. Gの9・26,10・3,A6の10・1,A7の10・2,10・5,10・7,A8の9・28,9・29,10・3,10・7,A9の10・4,10・8,B 載とG供述の食い違いについて検討する。 a. Gの9・26,10・3,A6の10・1,A7の10・2,10・5,10・7,A8の9・28,9・29,10・3,10・7,A9の10・4,10・8,B1の9・27,10・3,A1の10・2,B2の10・2,B3の10・4,B4の9・28各警察官調書,10・5警察官作成の電話聴取報告書,10・4A8作成の「私の反省」と題する書面,9・27警察官作成の資料入手報告書,10・2警察官作成の資料作成報告書,10・3警察官作成の裏付資料入手報告書,A6及びA1及びGの各差戻後証言を総合すると次の事実が認められる。 ① パーラー甲には,4階に事務所,集中管理室,従業員のロッカールーム,休憩室等があり,事務所にタイムカードが設置され,サックに従業員全員のタイムカードが入れてある。 同店の従業員の出勤時間は月曜日から土曜日までは,早番が午前9時から午後5時,遅番は午後4時から午後0時までで,日曜日と祭日は,早番が午前9時から午後4時(5時の誤記と認める。),遅番は午後3時から午後11時であった。 ② 本件事件の前日である2月28日(日曜日)のGのタイムカードの打刻は出勤が15・27,退出が23・02となっており,遅番の勤務帯になっている。 ③ パーラー甲では,本件に関連して,平成5年6月ころタイムカードの打刻が問題になる前は,タイムカードの打刻はかなりいい加減で,打ち忘れた時刻を後で事務関係者が記入したり,出勤時,同僚のタイムカードに打刻されていないときは,自分のタイムカードの打刻と一緒に打刻してやったり,退出時は,一斉に打刻しようとして混雑するので,一人の従業員が出勤者のタイムカードを一括して打刻することもあり,タイムカードに打刻された時間は,現実の出勤,退出時間を反映していないことがあった。 ④ 2月2 一斉に打刻しようとして混雑するので,一人の従業員が出勤者のタイムカードを一括して打刻することもあり,タイムカードに打刻された時間は,現実の出勤,退出時間を反映していないことがあった。 ④ 2月27日閉店後は,平成4年11月30日から同5年2月28日まで同店に遅番専門でアルバイト勤務をしていたA6の送別会が近くのカラオケボックススタジオFCで行われ,同人,パーラー甲の従業員B2,A8,B5,G,A1が出席し,途中から店長のA9が参加し,午前2時過ころまで,カラオケを楽しみ,その後,GとA6がA1をタクシーで府中市V町のA1の自宅近くまで送り,その後,GとA6は,京王線つつじケ丘にある自宅近くまでタクシーで帰った。 ⑤ Gは,その後自宅に帰って眠ったが,翌朝少年野球に行く弟の物音で目を覚まし,公休日であるのに早番と間違えて食事もせず,パーラー甲に午前8時過ころ出勤したが,休憩室の壁に張ってあるシフト表(勤務割表)を見て同日が公休日に指定されていることを知り,タイムカードも打刻せず,しばらく同所で待機していたところ,同日午前8時30分ころ出勤してきた副主任B1から「せっかく出てきたんだから日当も出るし仕事をやっていけよ。」と言われたので,そのまま早番勤務することにした。 ⑥ Gは,同日午後5時ころ退出したが,タイムカードには打刻しなかった。Gのタイムカードに打刻のないことを発見した遅番のA8が,Gのタイムカードの出勤欄に15・27と自分のタイムカードの出勤欄に15・28と打刻した。同日のG及びA8のタイムカードの退出欄にはいずれも23・02と打刻されており,その打刻もA8がしたものと推認される。 b. 以上の認定事実によると,Gは,その供述どおり,2月28日は,早番であり,同日午後5時ころ自宅に帰ったことになるので,Gの供述は,抗告審決定に れており,その打刻もA8がしたものと推認される。 b. 以上の認定事実によると,Gは,その供述どおり,2月28日は,早番であり,同日午後5時ころ自宅に帰ったことになるので,Gの供述は,抗告審決定にあるような虚偽の供述ではない。(なお,Eの付添人である伊藤俊克弁護士に対し,Gの前記タイムカードを提供したパーラー甲の店長A9と,当裁判所において,Gが自分と一緒に遅番を遅刻したと虚偽の証言をした同店店員A8は,Eの保護者から各1万円の交付を受けた。)。 ウ A,E及びBの各自白調書の信用性(ア) 上記3名の捜査段階における供述は,被害者,目撃者,共犯者等の供述と微妙に食い違う点も多い一方で,Aらは,記憶にない点はよくわからない旨供述している。 (イ) 特にAは,5月3日の逮捕当日警察官に対し本件犯行の発端につき,3月2日に取調済の被害者O,N,P,Qの4人が全く言っていない状況,即ち,「モナコが午前0時頃閉店後E,Bらと南口の方向へふらふら歩いていたら,反対方向から3,4人の若い男が歩いてきた。その中の一人がガンをつけたような気がしたので『何みてんだよ。』と因縁をつけ,けんかをふっかけた。」旨供述しているが,もし,抗告審決定にあるようにその自白調書が取調官の示唆,誘導に基づくものであるならば,このような供述はせず,前記被害者らがすでに供述しているように「被害者らの後方から追いかけて行き,いきなり殴った。」と供述するはずであり,前記のように被害者の供述と食い違いがあるということは,Aが任意に供述したことの裏付けになる。 (ウ) また,Bは,5・8警察官調書において「当夜広場の噴水脇ベンチにF,Cほか2,3人が集まったり,そのほか木のあるところに3,4人いた。私は,彼女のB6に電話しにいったが,通じず,立小便をしていたら,出入口付近の道路でも 察官調書において「当夜広場の噴水脇ベンチにF,Cほか2,3人が集まったり,そのほか木のあるところに3,4人いた。私は,彼女のB6に電話しにいったが,通じず,立小便をしていたら,出入口付近の道路でもめている様子だったので行ってみると,Aが一人の相手を殴ったり,蹴ったりしていた。」旨供述し,差戻後供述でも,B6に電話しにいったこと,立小便をしたということを取調官に供述したことを認めているが,前記のような状況は,取調官が示唆,誘導できる事柄ではない。 (エ) これらの点に照らせば,Aらは,捜査段階において自己の意思と記憶に基づき供述していたことが認められ,請求人らの捜査段階における供述は,他の関係者の供述との食い違いが認められる点もあるが,一方本件犯行現場に居たと認められるKの10・19,10・21各警察官調書,10・25検察官調書,Lの9・24警察官調書の供述内容にも符合し,信用性がある。 なお,Kは,差戻後の証拠調べにおいて,前記供述調書は,「取調官から押しつけられるまま迎合して供述したもので,虚偽の供述であり,自分は,本件犯行時現場にいなかった。」旨供述しているが,その供述は,証人調べの連絡を受けた同人が在院中の小田原少年院の教官に述べた「被疑少年らが証人調べに立会うのであれば証言しない。」旨の供述並びに証拠調べ中始終Aらを見ていた同人の挙動に照らし,証人尋問に立ち会ったAらに圧迫されて,うその供述をしたと認められるので,信用できない。 エ Dに対するO及び警察官Sの各識別証言の信用性(ア) Oの9・22警察官調書及び差戻後証言によれば,Oは,5月22日調布署でマジックミラー越しにDの面通しをしたが,その際,最初にマジックミラー越しに斜めに向かって立ったときDとOの目線の位置が,事件当時噴水のところでOが腕をつかんだ男(以下「乙」と は,5月22日調布署でマジックミラー越しにDの面通しをしたが,その際,最初にマジックミラー越しに斜めに向かって立ったときDとOの目線の位置が,事件当時噴水のところでOが腕をつかんだ男(以下「乙」という。)と同じだったことから,Dがその乙に間違いないと判断したのであり,抗告審決定がいうように,ジャンパーに影響されてDを乙と判断したのではないことが認められ,Oの犯人識別証言は,信用性がある。 (イ) Sは,5・20警察官調書において,「Oが突き出した男は,年令18から19歳位,身長165乃至170センチメートル,体格普通モスグリーン系フード付ジャンパーを着ていた。Dとは,目と眉毛のあたりがよく似ている。」旨具体的な供述をしており,識別までに2か月余経ており,且つ,犯人とごく短時間接触したに過ぎないとしても,その職業を考えると,一概にその供述に信用性がないとはいえない。 オ被害者Pの識別証言Pは,10・2警察官調書で,「写真台帳(甲31)の写真2の男(E)が現場にいたと思われる。この男は約1年前友達の5中のクラスメートということで一度会った男である。」と供述しているところ,B7の10・16警察官調書,Oの11・7警察官調書及び差戻後証言と符合しており,PのEに対する識別証言は信用性がある。 第4 差戻審の証拠判断の妥当性について抗告審の証拠判断は,Nが甲の仲間と思われる若い男から蹴られたと認定していると見られる点(前記第3の2の(2)のアの②)は,NはMを蹴った男に蹴られたと供述しているから(5・16警察官調書),甲に蹴られたものと認定すべきであり,甲らがMを広場の中に引きずっていったと認定している点(前同の⑥)は,Tの抗告審証言等によれば,甲が一人でMを引きずったものと認めるべきものであるほかは,抗告審決定当時の記録に徴しても,正 きであり,甲らがMを広場の中に引きずっていったと認定している点(前同の⑥)は,Tの抗告審証言等によれば,甲が一人でMを引きずったものと認めるべきものであるほかは,抗告審決定当時の記録に徴しても,正当な証拠判断として首肯できる。 これに対し,差戻審の証拠判断は,差戻審において取り調べた証拠の証明力についての評価を誤り,証拠の状況が抗告審の判断を左右するに足るものではないことが明らかであるのにもかかわらず,上級審の判断に反する結論を導き,重大な事実の誤認をしたもので,是認することができない。以下,差戻審の論述の順序に従い,その理由を説明する。 1 T供述の信用性について(1) 差戻審は,Tが,平成5年7月10日以降,Hから合計2万円の現金を受領していること,同人の10・22検察官調書に抗告審での証言は自己の記憶に基づかないものであった旨の記載があることなどを根拠に,Tの抗告審での証言は偽証の疑いが極めて強い,という。 (2)アしかしながら,Tの抗告審証言の要諦は,4月19日に示されたAらの写真を含む「暴走族ルート20構成員写真台帳」(甲29)の中に,自分が目撃した犯人(甲)がいないと述べただけでなく,5月3日の面通しの際にも,「AやEは,自分が目撃した犯人とは別の人物である。」と明言したことにあり,抗告審が指摘するように(前記第3の2の(2)のイの(オ)),4月19日から5月3日までの間に,Tに対し,事件関係者から何らかの働き掛けがあり,Tがこれに動かされたことを疑うべき証拠は,差戻し後の補充捜査によっても見当たらない。差戻審が指摘する前記第3の3の(2)のアの①,②の事情は,偽証を直ちに推認させる事情とはいい難いし,同③の事情については,Tが,Eの面通しの際に,EがHの息子であることを知っていたとは認められないことから,偽証を裏付 第3の3の(2)のアの①,②の事情は,偽証を直ちに推認させる事情とはいい難いし,同③の事情については,Tが,Eの面通しの際に,EがHの息子であることを知っていたとは認められないことから,偽証を裏付ける事情とはいえず,上記の供述をした後に,Hから現金を受領するなどしたこと(前同⑤)は,上記供述の信用性を疑うべき事情と考えることはできないのである。 イ差戻審は,Tは,前記写真台帳(甲29)の31番の写真が息子の友人Jであったため,犯人がいないと供述したものであるかのように判断している(前同①,④)。 しかし,差戻審の判断は,抗告審の判断(第3の2の(2)のイの(エ)の②)に反しているのみならず,Tは,4月19日,写真台帳を示したUに対し,31番の写真は息子の同級生であると正直に述べているところ,TにJの写真を見てまずいと思う気持ちがあったとすれば,Uに息子の同級生であることをあえて話すことはしない,との見方も可能であることからも,差戻審の判断は,必ずしも合理的とはいえず,是認することができない。 ウ結局,Tの抗告審における証言は,捜査段階における写真面割りと面通しの際の供述と一貫性があり,証言前に現金を受領したことなどが,その信用性に影響を及ぼしているとみることはできない。 (3) 差戻審は,差戻後のTの10・18警察官調書,10・22検察官調書の信用性を認めている(第3の3の(2)のアの⑦,⑧)が,是認することはできない。 ア Tの供述経過(ア) Tは,4・19警察官調書,7・13弁護士伊藤俊克作成の供述録取書(T録取書),8・13抗告審証言,10・4警察官調書,10・7警察官調書,10・16警察官調書(5枚綴りのもの)を通じて,一貫して,犯人甲はAとは別人であり,Eも現場で見ていない旨を供述している。ところが,10・16警察官 審証言,10・4警察官調書,10・7警察官調書,10・16警察官調書(5枚綴りのもの)を通じて,一貫して,犯人甲はAとは別人であり,Eも現場で見ていない旨を供述している。ところが,10・16警察官調書(14枚綴りのもの)において,取調官から,10月4日の取調べの際に取調官が無精ひげを生やしていたことを覚えているか,などとTの記憶の正確性を試す質問をされてから,供述にぶれが生じている。 (イ) すなわち,Tは,10月18日,次のような供述をするに至った。 a. T作成の「反省文」4月20日に描いた似顔絵は,運転手の誰かの顔が浮かんできたように思う。事件の直後に描いた絵なら自信があったかも知れないが,1か月半後に描いたものなので,今は自信がない。ことの重大性に気付き反省している。 b. Tの10・18警察官調書① Tの方から,警察に連絡して出頭した。 ② 10月16日に,刑事から話の矛盾点を突かれ,自分がこれまで話してきたことに自信はないし,マスコミから自宅に電話がかかってきたりして不安になった。 ③ 甲の特徴は,4・19警察官調書のとおりである。 ④ 事件当日,甲のことを乙交通の運転手の誰かに似ていると,Zと話した記憶がある。 ⑤ 5月3日の面通しの際には,甲のことを,運転手のA3と甲をだぶらせ,思い浮かばせたが,記憶があいまいであったことから,だぶらせた顔が一つになりきらず,二重になったままではっきりしなかった。しかし,刑事に甲の顔をはっきり分かると断言していたから,分からないのが実際だったのに,Aを見たときに,自信がなかったので違いますと言ってしまった。 ⑥ 1度口にしたら,そのことを言い通そうとする意地っ張りの面がある。 ⑦ 自分が描いた似顔絵は,全体的に半分くらい似ているが,はっきり記憶にあるのは,背が高く色男であるこ すと言ってしまった。 ⑥ 1度口にしたら,そのことを言い通そうとする意地っ張りの面がある。 ⑦ 自分が描いた似顔絵は,全体的に半分くらい似ているが,はっきり記憶にあるのは,背が高く色男であること,髪がさらさらした栗毛色,白っぽいカーディガンようの上衣,紺色ジーパンであり,それ以外は自信がないままに描いたものである。 ⑧ 甲を催し物があったときに,広場で見たことは間違いない。服装は,今回の事件の時と似たようなものであったと言える。 ⑨ 犯人は,服装がまともに近い感じだったので,これまで暴走族とは思わなかったと話してきたが,実際には,暴走族グループであることも分かっていた。 ⑩ 会社に暴走族上がりの運転手もおり,何かされるかも知れないという不安感があったことは確かだ。 ⑪ はっきり見ていないものや,はっきり記憶していないものを,見た,覚えていると言い切り,結果的にうそを付く形となってしまった。 ⑫ 犯人が誰だとははっきり特定できないにもかかわらず,自分の我を通して,Aについて違うと言い張ってきた。前回刑事から矛盾点を突かれ,息子の話とも合わないことから,これ以上言い張るのはよそうと考え,昨日夜にテレビ局の取材の話などもあり,早く,今の本当の気持ちを刑事に伝えようと思い,警察に来た。関係者に迷惑をかけることとなったことを反省している。 (ウ) Tは,10・20警察官調書においても,甲の特徴について,後退した供述をし,10・22検察官調書において,差戻審が摘示するとおりの供述をしている(前記第3の3の(2)のアの⑧)。 (エ) しかし,Tは,11・4差戻審証言において,更に次のとおり,供述を翻している。 ① 警察官作成の似顔絵は,現在でも犯人に似ていると思っている。 ② 犯人の顔と面通しで見た顔は違っていた。 ③ 高裁でうそは言って 11・4差戻審証言において,更に次のとおり,供述を翻している。 ① 警察官作成の似顔絵は,現在でも犯人に似ていると思っている。 ② 犯人の顔と面通しで見た顔は違っていた。 ③ 高裁でうそは言っていない。 ④ 4・19日警察官調書より,似顔絵作成時の方が詳細になっているのは,年中そのことばかり考えていて,枝葉が出てきたからである。 ⑤ 10月16日には刑事と10時間も話をし,ネクタイとかワイシャツはどんな色だったか聞かれて分からなかったことや,写真を何枚も見せられて,Aの顔さえ分からなかったこと,自分の子供の身長も間違えていたこと,子供まで警察の取調べを受けたこと,自分が十二指腸潰瘍で入院した経験があり,警察官から血便たらしてがん張るのはどうかと言われたことなどから,早く警察から解放されたい気持ちがあった。また,マスコミからも逃れたい気持ちもあり,警察官のいうとおりに供述するようになった。 ⑥ Jと息子は同級生というだけで,つきあいもないし,友達でもない。 (オ) ところが,Tは,11・19警察官調書(A,Bについては,既に検察官送致決定を受けている。)において,差戻審証言を覆す,次のような供述をしている。 ① 差戻審の証言でも,犯人の顔や人相など,今はおろか,4月19日の調書の際もほとんど覚えていなかったと正直に証言する心算でいた。 ② A,Bが在廷していたので,思ったとおりのことが言えず,実際には,Aらが犯人であるのか分からないのに,犯人ではないと言ってしまった。 ③ Tの証言は信用できないと,裁判官が判断してくれてほっとしている。 ④ 病気の再発の心配があり,今後は警察,弁護士とも接触を断ち,事件の渦の中からはずれたいと心底思っている。 イ Tの10月18日以降の捜査官に対する供述の信用性(ア) 既に見たとおり,Tは,10 病気の再発の心配があり,今後は警察,弁護士とも接触を断ち,事件の渦の中からはずれたいと心底思っている。 イ Tの10月18日以降の捜査官に対する供述の信用性(ア) 既に見たとおり,Tは,10月16日の警察官調書(5枚綴りのもの)までは,甲についての記憶がはっきりしており,甲とAは別人である旨一貫して供述していたが,取調官との問答形式を含む10・16警察官調書(14枚綴りのもの)を経て,同月17日にテレビ局からの取材電話が自宅にかかってきてから,甲についての供述を急速に後退させ,かつ甲とAが同一人物である余地を残す供述をするに至っているのである。 (イ) 差戻審は,Tは,16日の取調べで捜査官から客観的証拠に基づき,従前の供述の矛盾を数々突かれた,という。その詳細は,決定書からは不明であるが,①10月7日の取調べにおいて,Tが,4月19日の取調べの数日後に息子の身長を計測したところ,180.2センチメートルであったので,犯人甲の身長は182から3センチメートルであると述べていたのに対して,息子の身長が182センチであり,Tの息子が10月16日に捜査官に対して父に身長を測ってもらったことはない旨述べていること,②平成5年1月ころ,広場で木材を配布する催しがあったときに,女連れの甲の姿を見たという点について,1月には,そのような催しがなかったこと,を意味しているものと解される。 しかし,①の点は,Tが4月19日の取調べにおいて,甲の身長を,息子が184センチのところ,それより少し高かったので185から7センチと供述したのを,息子の身長がそれより低いことがわかったので,甲の身長も,当初の供述より低くなることを説明しているに過ぎず,甲の身長についてのTの認識に大きな誤りがあると断定することはできない。②の点は,木材を配布する催しがあったこと 低いことがわかったので,甲の身長も,当初の供述より低くなることを説明しているに過ぎず,甲の身長についてのTの認識に大きな誤りがあると断定することはできない。②の点は,木材を配布する催しがあったことは,Tの同僚B8の供述(10・12電話聴取報告書)によって裏付けられているので,Tの供述の信用性を否定するものではない。 捜査官は,10・16警察官調書(14枚綴りのもの)において,Tの記憶の不確かさを追及しているが,従前の供述の信用性を覆すに足るものではなく,むしろ,捜査官が意図的にTの記憶をあいまいにしようとしたものとの疑いが強い。 (ウ) Tの10月18日以降の供述の変化は,直前の捜査官の取調べ状況,前日にマスコミから直接電話がかかってきたりして記憶に自信がなくなった旨述べていることからして,慎重にその信用性を判断すべきであったのに,差戻審は,同日以降の警察官調書,検察官調書の信用性が肯定できることを前提として,Tの証人尋問に臨んでいることは記録上明白であり,その措置は極めて問題であったといわなければならない。 (エ) 10・18警察官調書,10・20警察官調書,10・22検察官調書の作成経緯に関するTの差戻審の証言は,前記アの(オ)の④の11・19警察官調書の供述記載に照らしても,十分信用することができ,差戻審証言とこれらの調書の信用性を対比すれば,当然に,差戻審証言の信用性を肯定すべき筋合いであり,これを否定し,ひいてはTの抗告審証言は偽証の疑いが極めて強いとした差戻審の判断は,恣意的・独断的であるとのそしりを免れず,到底是認することができない。殊に,差戻審が重視して信用できるとする10・22検察官調書でさえ,肝心の犯人の特定について,「Aについてはこの事件の犯人だというのが5,60パーセントで,違う感じもするというのが4,50パーセ い。殊に,差戻審が重視して信用できるとする10・22検察官調書でさえ,肝心の犯人の特定について,「Aについてはこの事件の犯人だというのが5,60パーセントで,違う感じもするというのが4,50パーセントといった感じです。」としか供述しておらず,この程度の確度の目撃証言を過度に重視するようなことは到底できるものではない。 2 Gの自白の信用性について(1) タイムカードの打刻の信用性について差戻審は,Gの2月28日のタイムカードは,同僚のA8(以下「A8」という。)が打刻したものと認定した上,本件に至るG供述は虚偽ではない,として,抗告審と異なる判断をしている。 しかしながら,差戻審の判断は,関係証拠の評価を誤ったものであり,是認することができない。 ア関係者の供述内容A,Eについて中等少年院送致決定がされた後である6月18日,Eの付添人弁護士伊藤俊克から,Gのタイムカード写しが家裁支部に提出され,それを受けた形で,警察は,関係者から事情聴取を始めた。 (ア) A8の供述についてa. 供述の内容a) A8は,Fの審判における6・30証言,付添人弁護士伊藤俊克に対する6・30供述録取書において,「2月28日午前4時ころまでカラオケをし,その後,Gを自宅に泊めて,午後3時28分に出勤した。Gが遅番だったことに間違いない。パーラー甲では,出勤していない者のタイムカードを押すような取扱いをしてない。」旨供述していたが,A8が一緒にカラオケに行ったというB9の手帳の記載から,B9は,2月28日未明に,A8,Gらとカラオケに行っていないことが判明した(9・25資料入手報告書)。A8は,その後の取調べで,「G,B9,C1と4人でカラオケに行ったという話は間違いかも知れない。」旨供述し(9・28警察官調書),更に,「B9の手帳の2月 ことが判明した(9・25資料入手報告書)。A8は,その後の取調べで,「G,B9,C1と4人でカラオケに行ったという話は間違いかも知れない。」旨供述し(9・28警察官調書),更に,「B9の手帳の2月27日欄を見て,B9らとカラオケに行ったというのが勘違いだと分かった。以前弁護士に話した内容は,別の日と勘違いしていた。2月28日未明のことは,よく思い出せない。」旨供述している(9・29警察官調書)。 b) 10・3警察官調書の内容① A8は,2月28日は午後2時50分ころ出勤した。(タイムカードの記載は午後3時28分)② 出勤したときに,制服姿のGを見たが,遅番勤務時間帯には見ていないのに気付いた。 ③ 弁護士が(6月に)店に来たとき,店長が,A8とGのタイムカードを見て,二人一緒に仕事をしていると言ったので,タイムカードどおりの勤務をしていたものと考えて,推測で,弁護士に,2月28日朝はGがA8方に泊まって,一緒に遅番をした旨答えた。 ④ 答えた後すぐに,28日は1度もGの姿を見ていないことを思い出し,まずいことを弁護士や店長に言ってしまったと思ったが,今更,今の話は,A8の推測や嘘であるとは言い出せなかった。 ⑤ その後,弁護士や裁判所にうそを押し通した。 ⑥ 弁護士からお礼を1万円もらったので,本当は,Gは早番勤務であったのに,悪いこととは知りながらうそを言い続けていた。 c) 10・4「私の反省」の内容① 2月28日未明に,女の子たち,Gとでカラオケで遊んだ後,A8方にGが泊まったと,間違った話をしてしまった。 ② 裁判所でその話をして,後で店長を通じて1万円をもらった。 ③ 話をした当時は,そのように思い込んでいたが,刑事に呼ばれて納得した。 d) 10・7警察官調書の内容① 2月28日午前2時30分ころまで, その話をして,後で店長を通じて1万円をもらった。 ③ 話をした当時は,そのように思い込んでいたが,刑事に呼ばれて納得した。 d) 10・7警察官調書の内容① 2月28日午前2時30分ころまで,A6の送別会をやり,A8は帰宅したと思う。いずれにしてもGは,A8方に泊まっていない。 ② 28日が日曜日であることを忘れ,通常の遅番勤務のつもりで午後3時28分に出勤し,結果として遅刻した。 ③ Gのタイムカードの出勤時間が午後3時27分となっているから,A8がGのタイムカードを押したのではないかと思うが,28日であったかは思い出せない。 ④ 2月16日,24日にGと,ほぼ同時刻に出勤している。 ⑤ A8とGが一緒に遅刻して店長に怒られた記憶はあるが,28日ではなく,別の日だったと思うが,日にちは思い出せない。 b. A8供述の信用性a) A9,A1の警察官調書等関係証拠にも照らすと,A8は,A8とGのタイムカードの記載と,二人が一緒に遅刻したことが現にあったことを根拠として,6・30証言をしたことがうかがわれる。A8は,2月28日未明にカラオケに行った経緯やメンバーについて,記憶違いがあって,弁護士に対してや裁判所での供述時に,GがA8方に泊まったと思い込んでいたことは,「私の反省」に照らしても十分に認められ,10・3警察官調書の,A8は,弁護士に対する供述や,裁判所での証言の際に,Gが遅番勤務であったと認識していた旨の供述記載は,信用することができない。 b) 10・7警察官調書の,28日のGのタイムカードをA8が押したのではないかとの供述記載は,その供述内容自体があいまいである上,関係者の供述全体を通じても,パーラー甲において,出勤していない者のタイムカードまで押すような取扱いはされていなかったと認められるので,たやすく信用する 記載は,その供述内容自体があいまいである上,関係者の供述全体を通じても,パーラー甲において,出勤していない者のタイムカードまで押すような取扱いはされていなかったと認められるので,たやすく信用することができない。 c) A8の10月3日以降の警察官調書は,A8の勘違いがもともとカラオケに一緒に行った経緯やメンバーについてであったのに,Gが遅番勤務であることに記憶違いがあるかのように捜査官が思い込ませたことが強く疑われ,信用性に乏しい。 差戻審は,A8がEの保護者から現金1万円の交付を受けたことを重視しているようであるが,平成5年6月当時のA8の供述が,そのことによって歪められたとは認められない。 c. むしろ,前述のとおり,GとA8が一緒に遅刻した日があることが明らかであるところ,二人のタイムカードの記載に照らすと,二人が共に遅刻した日は,2月28日のみであること(11・30捜査報告書)からすると,GとA8が同日一緒に遅刻した蓋然性は高い。二人の出勤状況をタイムカードの記載によって見てみると,2月28日のほか,同月16日,24日,3月2日,3日に,GとA8が同時刻か1分の違いで出勤していることが認められるから,GとA8がたまたま1分違いで遅刻したことも十分あり得るものと考えられる。A8の上記の勘違いは,タイムカードの記載の正確性とはもともと関係がなく,その信用性を疑わせる事情とは考えられない。 差戻審は,Gのタイムカードの退出時の打刻についてまで,A8がこれについて全く供述していないにもかかわらず,A8がしたものと推認しているが,何ら合理性のない認定というほかはない(この点は,後でも詳述する。)。 (イ) パーラー甲の店長A9(以下「A9」という。)の供述についてa. 供述の内容a) A9は,6・20警察官調書において,「出退時 い認定というほかはない(この点は,後でも詳述する。)。 (イ) パーラー甲の店長A9(以下「A9」という。)の供述についてa. 供述の内容a) A9は,6・20警察官調書において,「出退時に他人のタイムカードを押す者もいたが,不正はなかったと思っていた。」旨供述しており,付添人弁護士伊藤俊克に対する6・29供述録取書において,「タイムカードの打刻と,実際の勤務時間が食い違うということにはなっていない。2月28日は,Gが遅番であったこと間違いない。A8と二人で遅刻して来た。 当日,Gが早退したこともない。」旨供述している。 b) 10・4警察官調書の内容① 6月20日か21日に,従業員に2月28日のことについて聞くと,A1が,GとA8が一緒に遅刻した日ではないかというので,ファックスでタイムカードを確認したところ,28日は二人とも遅刻していた。A8も,前日自室にGを泊め,平日と勘違いして遅刻したと言ったので,二人とも遅番で遅刻したのは,2月28日に間違いないと思った。伊藤弁護士にもその旨話した。 ② 6月29日,A8が弁護士と会うのを嫌っていたので,お礼をすれば会うかも知れないと,伊藤弁護士に言った。 ③ 6月30日夕方,Eの母親が,A9とA8あてに現金1万円ずつを持参したので,受け取った。 ④ 10月3日,A8が,警察に行った後,28日未明にA8方にGを泊めたことは勘違いだった,と言ってきたため,Gは2月28日は遅番勤務だったとの確信が崩れた。 ⑤ それまで,タイムカードの記載とA8の話から,遅番勤務であると確信を持っていたが,自分の思い違いであったと思う。しかし,意識的にうそを言っていたわけではない。 c) 10・8警察官調書の内容① 2月28日未明は,A6の送別会で,A1をA6,Gがタクシーで送った。A8は寮に帰宅 分の思い違いであったと思う。しかし,意識的にうそを言っていたわけではない。 c) 10・8警察官調書の内容① 2月28日未明は,A6の送別会で,A1をA6,Gがタクシーで送った。A8は寮に帰宅した。28日にGを泊めたというのはA8の勘違いである。 ② A8,Gが二人で遅刻し,怒鳴ったことは間違いないが,28日ではない。 b. A9供述の信用性a) A9の10・4警察官調書以降の供述は,2月28日にA8がGを自宅に泊め,同日二人で遅刻したとのA8供述が,A8の勘違いであったことを前提としている。しかし,A8の勘違いは,カラオケに行ったメンバーの記憶違いであり,4時ころまでカラオケでGらと遊んでいたことは,後に裏付けられている。前述のとおり,GとA8が2月28日に一緒に遅刻した蓋然性は高く,A9の前記供述のうち,Gが遅番勤務であったことを否定する部分は,A8の警察官調書と同様,A8の勘違いがもともとカラオケに一緒に行った経緯やメンバーについてであったのに,Gが遅番勤務であることに記憶違いがあるかのように捜査官が思い込ませたことが強く疑われ,信用性に乏しい。 b) 差戻審は,A9がEの保護者から現金1万円の交付を受けたことを重視しているようであるが,平成5年6月当時のA9の供述が,そのことによって歪められたと認められないことは,A8と同様である。 (ウ) A6(以下「A6」という。)の供述についてa. 供述の内容a) 10・1警察官調書の内容① 2月28日未明,A6の送別会の後,A6とGがA1を府中まで送り,再び二人で調布まで戻ってきた(第3の3の(2)のイの(ウ)の④の事実。ただし,カラオケ店を出たのは,午前4時3分ころと判明している。10・13裏付捜査報告書)② 同日午後3時45分ころ出勤した際,休憩室にGがいたが,そ きた(第3の3の(2)のイの(ウ)の④の事実。ただし,カラオケ店を出たのは,午前4時3分ころと判明している。10・13裏付捜査報告書)② 同日午後3時45分ころ出勤した際,休憩室にGがいたが,その後Gを見掛けなかったので,午後11時15分ころ,副主任のB1に「どうしたの。」と聞いたところ,B1は「今日は早番で来てた。」と答えたので納得した。 b) 11・8差戻審証言上記と同旨の証言をしている。 b. A6供述の信用性A6がGの勤務について初めて供述したのは,10月1日であり,本件時から7か月経過しており,2月28日がA6の退職の日であったにしても,A6にとってさほど重要だとは思えない,Gが遅番勤務の時間帯にいたかいないかについて,詳細な記憶を保持するものか疑問があること,B1がA6供述にそう供述をしていないことなどに照らすと,A6供述は,一貫性はあるものの,タイムカードの記載の正確性を左右するほどの信用性を認めるのは疑問である。 (エ) 差戻審が挙示するその他の証拠は,タイムカードの記載の信用性判断を左右するものではない。 イそうすると,差戻審で取り調べられたパーラー甲の関係者の供述を考慮してみても,パーラー甲におけるタイムカードの打刻が,出退勤の実態にそわないものとは認められず,その記載の信用性を肯定することができ,抗告審の判断(前記第3の2の(2)のウの(ウ))は,揺るがない。2月28日にGが早番勤務であったと認めた差戻審の判断は,是認することができない。 (2) Gの自白の信用性についてア差戻審は,抗告審と判断を異にするに足る新たな事情がないのに,Gの抗告審に至るまでの自白は,信用できると判断しているが(前記第3の3の(2)のイの(ア)),上級審の判断に反するものといわざるを得ない。すなわち,抗告審が看過し得 するに足る新たな事情がないのに,Gの抗告審に至るまでの自白は,信用できると判断しているが(前記第3の3の(2)のイの(ア)),上級審の判断に反するものといわざるを得ない。すなわち,抗告審が看過し得ない疑問があると指摘する種々の点(前記第3の2の(2)のエの(ウ)の①ないし⑥)について,その疑問に応えるような新たな証拠は何らないのに,「いずれも些細な点であり,夜間面識のない多数の者達に多数の被害者が襲われたという本件犯行の特殊性及び本件犯行から供述するまでの間の時間的経過からすればやむをえないところもあり,G供述全体としての信用性を害するほどのものではない。」としているのは,単なる評価換えにすぎず,これをもって,抗告審の判断の拘束力を否定することはできないというべきである。 差戻審の決定は,新たな証拠調べをしさえすれば,抗告審の判断の拘束力から解放され,後は新証拠を総合して差戻審として独自の認定ができるものと考えている節が判文に見受けられるが,抗告審の判断を左右するに足る新証拠がなければ,その判断の拘束力を否定することはできないのであって,単なる証拠に対する評価換えによってその判断を否定するのは,相当でないのである。 イ Gの自白については,抗告審が指摘する前記の諸点のほか,以下のような,信用性についての疑問点を指摘できる。 (ア) Gの供述によれば,2月28日にG方にバイクに乗って迎えに来て,本件犯行に加担しているはずのFは,5・10検察官調書,5・17警察官調書,6・30の同人の審判期日での供述において,本件犯行を否認している。その間,5・25警察官調書,6・4検察官調書,6・5警察官調書で,本件を認めるかのようなあいまいな供述をしているが,その信用性は,疑問を抱かざるを得ない。また,広場に集まったメンバーとして名を挙げられているA 25警察官調書,6・4検察官調書,6・5警察官調書で,本件を認めるかのようなあいまいな供述をしているが,その信用性は,疑問を抱かざるを得ない。また,広場に集まったメンバーとして名を挙げられているA4,C2は,差戻審で,本件当日広場に行っていない旨証言している。Kは,10・19警察官調書,10・21警察官調書,10・25検察官調書において,Aらの犯行状況を目撃した旨供述しているが,差戻審ではこれを否定する証言をし,差戻審は,捜査官に対する供述の信用性を認めて,証言の信用性を否定するが(前記第3の3の(2)のウの(エ)),後記6で説示するとおり,その判断は是認し得ない。結局,Gの供述は,関係者の信用性ある供述による裏付けを欠いているといわざるを得ない。 (イ) Gの自白は,被害者Oの供述とも符合しない。すなわち,Oは,一貫して,公園の噴水の東側ベンチ付近に8名くらいの髪の毛を染めた暴走族OB風の不良グループがおり,この者らが,Oらを指さして何か言った後に,襲って来た旨供述している。他方,Gの供述によれば,噴水のところにいたのは,GとF,Cの3人であり,公園の便所前にいたA,Eが被害者らに襲いかかって行った,というのであり,犯行前の状況に関するOの供述と符合しない。 ウ抗告審後のG供述の信用性について差戻審は,抗告審後に作成されたGの各警察官調書,11・9差戻審証言の信用性を認めているが,是認することはできない。 (ア) 供述の内容a. 9・26警察官調書の内容2月27日は遅番勤務で午前0時ころアラミスに行って,午前5時ごろ店を出,午前9時に遅番だったのを忘れ,出勤した。B1からそのまま勤務しろと言われ,B5と遅番を交代した。(A6の送別会については言及がない。)b. 10・3警察官調書の内容2月28日当日は,Gは公休で 9時に遅番だったのを忘れ,出勤した。B1からそのまま勤務しろと言われ,B5と遅番を交代した。(A6の送別会については言及がない。)b. 10・3警察官調書の内容2月28日当日は,Gは公休であったのに,それを忘れ,かつ早番と勘違いして出勤した。 タイムカードの当日の欄に公の記載があった。B5と勤務を交代したのは別の日である。事務の人からせっかく来たのだから着替えたらと言われ,B1から勤務して行けと言われて,早番の勤務をした。(A6の送別会について言及している。)c. 11・9差戻審証言の内容差戻審の認定(前記第3の3の(2)のイの(ウ)の⑤)にそう供述をしている。 (イ) 供述の信用性タイムカードの2月28日の欄に公の記載があったという供述は,客観的事実に反するし,B5と勤務を交代したという重要部分において変遷が見られる。10月3日,Gのタイムカードを確認したWから,電話でタイムカードの28日の欄には,公の記載がない旨確認されると,事務室にあるシフト表の遅番に自分の名前が記載されていて,公休だったことが分かったと供述を変更させている(10・5電話聴取報告書)。 また,2月28日が公休日だったという点は,10・3警察官調書において,初めて供述されたのであるが,パーラー甲の事務担当者A7が,10・2警察官調書において,2月20日から27日までがGの遅番であったという誤った前提のもとに(実際は,21日から28日まで),28日は公休日のはずだが,公休日なのに店に顔を出して働いたのではないかと,特段の根拠もないのに推測したことに影響されている疑いが残る。 差戻審証言においては,早番と勘違いして出勤したにしても,遅刻したわけでもないのに,タイムカードを打刻しなかった理由について合理的な説明をしていない。また,2月28日が公休日であった 疑いが残る。 差戻審証言においては,早番と勘違いして出勤したにしても,遅刻したわけでもないのに,タイムカードを打刻しなかった理由について合理的な説明をしていない。また,2月28日が公休日であったことの根拠が,タイムカードの当日の欄に公の記載があったことから,差戻審証言では,Wに述べたようにシフト表に変化しており,重要部分に変遷が見られる。 Gに休みだと教えたという人についても,差戻審証言ではパーラー甲の事務を担当しているC3ではない趣旨の証言をしているのに,11・14警察官調書では,C3がその旨教えてくれて,シフト表で確認した旨供述している。しかし,このように詳細な記憶を維持していたとすれば,この点が争点となった抗告審においても,供述し得たものと思われ,不自然さは隠せない。 以上の事情に照らすと,抗告審後のGの供述も,到底信用するに足りないというべきである。 (ウ) 差戻審は,Gが,捜査官に迎合し,供述を曲げる必要がなくなってからも,従前の供述を維持していることを理由として,警察の歓心を買って有利な取扱いを受けようと考え,虚偽の自白をした疑いがあるとの抗告審の判断(前記第3の2の(2)のエの(オ))を論難する。 たしかに,Gが,不自然な内容ながらも,一貫して自白を維持していることについては,抗告審が指摘した捜査官への迎合という理由だけでは説明しきれない。しかし,上記のとおり,タイムカードに関する供述は,時間の経過にもかかわらず,具体的・詳細になっているなど,明らかに不自然な変遷を遂げている。このような供述態度に照らすと,虚偽の自白をした以上これを貫くという態度に出ているものとも理解でき,差戻審のように,Gの母親が嫌がらせと感じる事態があったにもかかわらず,Gが自白を維持していることを,その信用性を肯定する事情と考えることはできない。 これを貫くという態度に出ているものとも理解でき,差戻審のように,Gの母親が嫌がらせと感じる事態があったにもかかわらず,Gが自白を維持していることを,その信用性を肯定する事情と考えることはできない。 3 Aの自白の信用性(1) 差戻審は,Aの5・3警察官調書に,被害者Oらの供述と一致しない,被害者らとすれ違いざまに因縁を付けた旨の供述があることをもって,Aが警察官の示唆,誘導によらず,任意の供述をしたことの証左である,という(前記第3の3の(2)のウの(イ))。 しかし,この点は,抗告審が指摘するように(前記第3の2の(2)のオの(ウ),(エ)),5月3日の取調べの際,Aが本当に本件犯行について記憶を有していたのかを疑わせる事情なのであり,捜査官の示唆,誘導がないとしても,明らかに事実と反する供述をしていることを問題としているのであって,差戻審は,Aの自白の信用性について,抗告審の指摘した疑問点を何ら解明していない。 (2) 差戻審は,Aの自白について,抗告審の判断を左右するに足る新たな証拠が見当たらないのに,これと異なる判断をしたものといわざるを得ない。 4 Bの自白の信用性差戻審は,Bの5・8警察官調書に,本件時にB6に電話したこと,立ち小便をしたことの供述記載があり,差戻審においても,Bは,B6に電話したこと,立ち小便をしたということを取調官に供述したことを認めているが,このような状況は,捜査官が示唆,誘導できる事柄ではない,としている。 なるほど,上記の供述部分が,捜査官の示唆,誘導に基づくものであるとは考えられない。しかし,Bは,差戻審において,実際には広場に行っておらず,現場を見ていなかったため,取調官に立ち小便をしていたり,B6に電話をかけていたことにした旨供述しており,抗告審が指摘するB自白の信用性についての疑問 は,差戻審において,実際には広場に行っておらず,現場を見ていなかったため,取調官に立ち小便をしていたり,B6に電話をかけていたことにした旨供述しており,抗告審が指摘するB自白の信用性についての疑問点(前記第3の2の(2)のキ)を踏まえると,これを虚偽と断ずることはできず,差戻審の判断は首肯できない。 5 Eの自白の信用性差戻審は,これを疑問とする抗告審の判断(前記第3の2の(2)のカ)に対する見解を示していない。 6 K,Lの捜査官に対する供述調書の信用性差戻審は,Aらの自白は,Kの10・19警察官調書,10・21警察官調書,10・25検察官調書,Lの9・24警察官調書の供述内容に符合する,という(前記第3の3の(2)のウの(エ))。 しかし,Kの上記捜査官に対する各供述調書は,10月5日にUの取調べを受け,3月1日に現場に行っていなかったので,その旨答えたが調書は作成されなかった,10月19日には,自分が現場に行っていないのに自分の名前を出されたため腹が立ち,逮捕されたA,C,D,Fの名前を挙げて供述した旨の差戻審における同人の証言に照らして,たやすく信用することができない。 Lの9・24警察官調書にしても,供述内容は極めてあいまいであって,Aらの自白を裏付けるものとは考え難い。 7 Dに関するO及びSの犯人識別供述の信用性(1) 差戻審は,Oの9・23(検察官送致決定書に「22」とあるのは,誤記と認める。)警察官調書及び差戻審証言は,Dの容ぼうを根拠に同人を犯人として識別している,として,識別供述の信用性を認めている(前記第3の3の(2)のエの(ア))。 たしかに,Oは,9・23警察官調書,10・22差戻審証言において,5月22日に警察署でDの面通しをした際,ミラー越しに見たDの仕草,声,DのOとの目線の角度等から考え の3の(2)のエの(ア))。 たしかに,Oは,9・23警察官調書,10・22差戻審証言において,5月22日に警察署でDの面通しをした際,ミラー越しに見たDの仕草,声,DのOとの目線の角度等から考えて,犯人に間違いないと断定した旨供述している。しかし,Oの5月19日までの,犯人識別の状況は,抗告審が認定するとおりである(前記第3の2の(2)のクの(ウ)の①,②,③)上,面通し当日の5・22警察官調書において,Dと乙が同一人であることについての具体的な根拠について供述記載がないことや,Dの家裁差戻前審判における6・17証言では,声を聞いたが確信は持てない,と声については後退した証言になっていることなどに照らすと,差戻審の援用するOの供述は,たやすく信用することができず,抗告審の提示した識別供述の信用性に関する疑問(前記第3の2の(2)のクの(ウ))は,依然解消されていないというべきである。 (2) Sの犯人識別供述について,差戻審は,Sの5・20警察官調書の供述内容が具体的であることを理由に,信用性がないとはいえないと説示する(前記第3の3の(2)のエの(イ))。 しかし,差戻審の判断は,抗告審の判断(前記第3の2の(2)のクの(エ))に反しているのみならず,捜査官としては,Sが本件当時に犯人の検挙に向かったことを,本件直後に把握していたと思われるのに,5月20日に至るまで識別供述がされていないのは不自然であって,Sの供述は,Oの識別供述を受けてされている疑いがあり,独立した証拠価値を有するかについても疑問がある。 8 被害者Pの識別証言差戻審は,Pの10・2警察官調書における,Eに対する識別供述は信用性があると説示する(前記第3の3の(2)のオ)。 しかし,Pの上記供述は,現場にいたと思われるという程度のあいまいなものである上,P 戻審は,Pの10・2警察官調書における,Eに対する識別供述は信用性があると説示する(前記第3の3の(2)のオ)。 しかし,Pの上記供述は,現場にいたと思われるという程度のあいまいなものである上,Pの3・2警察官調書,4・18警察官調書には,前に会った男が現場にいたように思う旨の供述はなく,5・16警察官調書において,甲30の写真帳を見せられて,初めて,Eは前に会ったことがあり,現場にいたように思うと供述していることからすると,以前会ったことのあるEの写真を見て,Eが現場にいたように暗示を受けた疑いもあり,その信用性には疑問が残る。差戻審が援用する証拠は,PがEと本件の1年くらい前に会ったことがあるという点についてのみ符合するものであって,Pの識別供述を補強するものではない。 9 以上のとおり,差戻審が取り調べた証拠によっても,抗告審の判断を左右するに足りず,請求人らに非行事実を認めることはできない。これを認めた差戻審決定は,事実を誤認しているというべきである。 第5 地裁支部の公判で取り調べられた証拠及びそれに関連する証拠等について上記公判では,公訴棄却の決定までに,タイムカードの記載の正確性に関するパーラー甲の関係者,G,被害者,目撃者の証人尋問が実施されたが,検察官送致決定後作成された検察官調書等関連する証拠も合わせて検討することとする。 1 タイムカードの記載の正確性に関する証人尋問(1) 各証人の証言の要旨ア B1(パーラー甲の副主任,以下「B1」という。)の証言の要旨(平成8年3月22日第10回公判,同年5月24日第11回公判)① パーラー甲では,出勤,退出時に一人の従業員が,同時に出勤,退出する他の者のタイムカードを打刻することはあったが,不在の従業員のタイムカードを打刻することはなかった。 ② Gは,2月2 判)① パーラー甲では,出勤,退出時に一人の従業員が,同時に出勤,退出する他の者のタイムカードを打刻することはあったが,不在の従業員のタイムカードを打刻することはなかった。 ② Gは,2月24日の公休日に出勤したが,その代休として3月11日又は14日を指定したものとタイムカードから読みとれる。 ③ 12・16検察官調書において,2月28日を代休としたと供述したか覚えていない。 ④ 遅番勤務のときに,副主任として,早番のミーティングだけに出たときには,早番の時間でタイムカードを打刻しない。 ⑤ 2月28日に,A6にGは早番だったと言ったか,記憶がない。 イ A8の証言の要旨(前記第10回,第11回公判)① パーラー甲では,出勤,退出時に一人の従業員が,同時に出勤,退出する他の者のタイムカードを,頼まれて打刻することはあったが,不在の従業員のタイムカードを打刻することはなかった。 ② 2月28日未明に,GはA8の住む寮に泊まらなかった。 ③ GとA8のタイムカードの記載を見て,A8宅にGを泊めて,一緒に出勤したと伊藤弁護士に話し,6月30日,家庭裁判所でその旨の証言をした。その際は,A6の送別会のことを覚えていなかった。 ④ 2月28日午後3時27分ころ,出勤すると,3階から4階に向かう階段の踊り場で,Gが階段を上がってくるのに出会った。A8のタイムカードを打刻し,GのそれもA8が打刻した。その際,Gが制服を着ていたのであれば,タイムカードを打刻することはない。 ⑤ Gが勤務の途中でいなくなったことが1回あったが,いつのことか覚えていない。平成6年1月19日付け検察官調書(以下,平成6年の作成日付けのものは,「H6・1・19検察官調書」のように表記する。)において,2月28日の出来事で,早引きして帰ったのだと思ったと述べている い。平成6年1月19日付け検察官調書(以下,平成6年の作成日付けのものは,「H6・1・19検察官調書」のように表記する。)において,2月28日の出来事で,早引きして帰ったのだと思ったと述べているのであれば,同調書の方が正しいと思う。一緒に遅刻した日のことだったから,2月28日のことだと思う。 ⑥ 2月28日に,Gが早番であったか遅番であったか記憶がない。H6・1・19検察官調書において,早番と言っているのであれば,同調書の方が正しいと思う。 ⑦ GとA8が,日曜日に,遅番で一緒に遅刻し,店長に怒られたことがある。しかし,2月28日かどうかは覚えていない。 ウ A1の証言の要旨(前記第11回公判,平成8年6月18日第12回公判)① A1は,出勤,退出時に,同時に出勤,退出する他の従業員のタイムカードを,頼まれて打刻することはあったが,不在の従業員のタイムカードを打刻することはなかった。 ② 2月28日午前3時半から4時ころまで,A6の送別会をし,A6,Gにタクシーで府中まで送ってもらった。 ③ 2月28日午後3時ころのミーティングから,Gの姿を見ていない。 ④ 11月8日の家庭裁判所での証人尋問で,2月28日の晩にGを見ていると証言したのは間違いである。 ⑤ B1副主任が,Gに対し,2月24日の代休を28日とすると言っていた。 ⑥ 2月28日午後3時半ころ,A1がカウンターに下りたときに,Gが掃除をしていたような気がするから,Gは早番だったと思う。しかし,あやふやである。 ⑦ H6・2・7検察官調書(甲91)で,B1がGに対し,2月28日を24日の代休に指定したと話した。28日はGの公休日かどうか,家庭裁判所での証人尋問で尋ねられたが,思い出さなかった。 ⑧ 2月28日午後5時ころ,4階の着替室の前で,前夜タクシー代として渡して を24日の代休に指定したと話した。28日はGの公休日かどうか,家庭裁判所での証人尋問で尋ねられたが,思い出さなかった。 ⑧ 2月28日午後5時ころ,4階の着替室の前で,前夜タクシー代として渡していた5000円をA6から受け取った。 ⑨ 家庭裁判所では,5000円はもらっておけばいいと証言したが,Gにお金を返そうと思ったのが本当のところである。 ⑩ 6月19日に警察での取調べを受けた際には,2月28日が,B1がGの代休に指定した日とか,A6から5000円を返してもらった日であるとか思い出さなかった。 ⑪ A8とGが二人して遅刻したということは,二人のタイムカードを見てそう思ったのであり,その記憶があったからではない。 ⑫ H6・2・7検察官調書(甲91)は,A6の供述はどうなっているか,樋口検事に聞いて,作成してもらった。 エ A6の証言の要旨(前記第12回公判,平成8年9月6日第14回公判)① 退出時に,A6が自分のタイムカードを押す前に退出の打刻がされていたことがあった。 ② 2月28日午後3時55分ころ,Gが休憩室で休んでいるのを見掛けた。Gは,制服を着ていた。早番の人たちと休憩していた。その後,Gの姿を見掛けた記憶はない。 ③ 同日の勤務終了後,休憩室で,Gが遅番だと思っていたので,同人のことをB1に聞くと,Gは早番で帰ったというようなことを言っていた。 ④ 家庭裁判所では,記憶のとおり証言した。 オ A9の証言の要旨(前記第12回,第14回公判)① タイムカードは,退店時,一人の者が数名の分をまとめて押し,入店時は,同時に出勤してきた者が一緒に打刻することがあった。 ② パーラー甲の給料計算上,従業員が遅刻,早退した場合は,タイムカードによって時間給分減額する取扱いである。 ③ タイムカード上,2月20日,24 出勤してきた者が一緒に打刻することがあった。 ② パーラー甲の給料計算上,従業員が遅刻,早退した場合は,タイムカードによって時間給分減額する取扱いである。 ③ タイムカード上,2月20日,24日にGが公休日に出勤したことが読みとれる。 ④ GとA8が遅番のときに一緒に遅刻したことがあり,タイムカード上,その日は,2月28日しかない。 ⑤ 2月28日に,A8宅にGが泊まっていないことがはっきりしたので,同日は一緒に遅刻した日ではないと考え,警察でその旨述べた。 ⑥ Gが遅刻して,ばか野郎と怒鳴ったときに,その後ろからA8も上がってきた記憶が,取調べ時にあった。 (2) 証言の検討アタイムカードの打刻の信用性について(ア) 上記証言を総合すれば,パーラー甲では,出勤,退出時に一人の従業員が,同時に出勤,退出する他の者のタイムカードを,打刻することが行われていたことは認められるが,不在の従業員のタイムカードを打刻するまでの常況にあったとはうかがわれない。差戻審がいうほどいい加減な打刻状況ではなかったと認められる。また,給料計算の基礎となるタイムカードの記載について,従業員の側からもパーラー甲の側からも,クレームが付いた形跡も見当たらない。パーラー甲のタイムカードは,日常業務の一環として打刻されていたことがうかがわれ,早番勤務の者について,遅番で,しかも遅刻をしたように打刻されるような状況があったとは到底認められない。 A8が,前記のように,当日Gが階段を上ってくるのに出会って,Gの代わりに打刻してやったということであれば,それはGが遅番であったことを意味すると見るのが自然である。また,A8が早番であったGのために,遅番の出勤時だけではなく,退出時の打刻もしてやったとなると,A8がGからその旨を頼まれたとしか考えられない。しかし 番であったことを意味すると見るのが自然である。また,A8が早番であったGのために,遅番の出勤時だけではなく,退出時の打刻もしてやったとなると,A8がGからその旨を頼まれたとしか考えられない。しかし,A8の供述にもGの供述にもそのことはでてきていない。かえって,GのH6・1・17検察官調書では,後記のように,早番に出勤したことは,B1を始め他の従業員も知っているので,後で誰かがつじつまを合わせてくれるものだと思ったと供述しており(2の(2)のアの④),具体的に誰にも頼まなかったとしているが,頼みもしないのに,誰かが勝手に打刻をしてくれるとは到底考えられないところである。Gは,当日の打刻は,全くでたらめであったとも同じ検察官調書で供述しているが(同⑤),パーラー甲でのタイムカードの打刻がGのいう程にでたらめなものでないことは前述のとおりであるし,誰かが頼まれもしないで,早番のGが早番の打刻を忘れていたことにまで気付いて,遅番としての打刻をしてやったなどと推認することは全く合理性がない。Gとしては,誰かが打刻してくれるだろうなどの期待をしないで,事務担当者(A7)に申し出て,タイムカードに手書きで早番の記入をしてもらうなどの適切な措置が十分執れたはずである。 以上のように,Gのタイムカードの記載は,十分に信用できるものというべきである。 (イ) Gは,抗告審後に,2月28日は公休日であったが,これを忘れ,早番で出勤した旨供述しているところ,上記証言等のなかには,これにそう部分があるが,いずれも信用し難く,G供述を信用し難いとした前示の判断(第4の2の(2)のウの(イ))は,揺るがない。 a. まず,2月28日がGの公休日であったかについては,公休日の指定をしていたB1は,2月24日の代休は3月11日又は14日であるとタイムカード上読みとれると (2)のウの(イ))は,揺るがない。 a. まず,2月28日がGの公休日であったかについては,公休日の指定をしていたB1は,2月24日の代休は3月11日又は14日であるとタイムカード上読みとれると証言しており,A9の証言とも符合する。B1の12・16検察官調書には,2月28日は,24日公休日の振替公休とした可能性は十分にあります,との供述記載があるが,タイムカード上,1週間に公休日が2日ある関係から,3月11日又は14日が代休であると読める以上,同供述記載は信用し難い。A1ことA1のH6・2・7検察官調書(甲91)に,B1副主任がGに,2月25日のことだったと思うが,今度の日曜日を休みにしておくと言ったのを,A1も直接聞いたのを,今思い出した,との供述記載があるが,供述時から1年ほど前の,A1にとってさして重要とも思えない事項を,突然思い出したというのはいかにも唐突である上,B1の平成5年3月分のタイムカード(東京地方裁判所八王子支部平成8年押第61号の32)によれば,B1は25日は公休を取っていることからも,信用し難い。 b. 次に,Gが2月28日に早番勤務をしたかについては,A8の証言どおり,Gの姿を見てタイムカードを打刻したのであれば,むしろ,前記のように,Gは遅番勤務であった蓋然性が高い。A8のH6・1・19検察官調書に,A8が2月28日に出勤した時に,制服姿のGに会い,Gのタイムカードを先に打刻し,A8のを後に打刻した,との供述記載があるが,前記各証言に照らせば,従業員はタイムカードを打刻してから制服に着替えることが認められ,既に制服姿に着替えたGのタイムカードを,それも自分のものよりも先に打刻するという事態は不自然というべきである。また,同検察官調書に,A8は,2月28日,出勤時にGと会ってからは,Gを見かけなかったことから 姿に着替えたGのタイムカードを,それも自分のものよりも先に打刻するという事態は不自然というべきである。また,同検察官調書に,A8は,2月28日,出勤時にGと会ってからは,Gを見かけなかったことから,Gが遅番勤務を早引きしたと思った記憶がたしかにある,との供述記載があるが,A8は,前示のとおり,平成5年9月まで,タイムカードの記載からGは遅番勤務であったと思い込んでいたのであるから,平成6年1月の時点で,このような記憶を有していると想定することは困難であり,たやすく信用することはできない。 A1の証言には,Gは早番であったとする部分があるが,同人が従前,Gは遅番であったと供述していた経過やその内容に照らすと,同人の供述は大きく揺れていて,あいまいな部分が多く,たやすく信用することができない。 A6は,捜査段階からほぼ一貫して,2月28日夜に,B1がGは早番で来たと言っていた旨の供述をしている。しかし,前示のとおり(前記第4の2の(1)のアの(ウ)のb.),A6の記憶の正確性に疑問があること,肝心のB1が記憶していないとしてこれを裏付ける供述をしていないこと,A6自身もGが遅番だと思っていたことのほか,地裁支部の証拠調べによって,パーラー甲のタイムカードの打刻状況は,その記載の正確性に疑問を入れるような状況にはなかったことがより一層明確になったことにも徴すると,タイムカードの記載の正確性を否定するほどの信用性があるとは考えられない。 (ウ) かえって,A9の証言(前記(1)のオの④,⑥)等のほかA8,Gのタイムカード(前同号の29,32)によれば,A8と,Gが一緒に遅刻をしたことがあること,その日は,2月28日であることが認められ,二人のタイムカードの打刻状況に照らすと,A9の証言どおり,出勤時,GがA8より先に階段を上がり,自分のタイム ,A8と,Gが一緒に遅刻をしたことがあること,その日は,2月28日であることが認められ,二人のタイムカードの打刻状況に照らすと,A9の証言どおり,出勤時,GがA8より先に階段を上がり,自分のタイムカードを打刻し,その後A8のタイムカードが打刻された蓋然性が高いと認められる。 2 Gの証言等(1) Gの証言ア証人尋問の状況Gは,平成8年9月25日,検察官の証人テストが予定されていたが,検察庁への出頭を拒否し,証人喚問されていた同年10月8日の第15回公判に出頭せず,同年11月12日,調布署で検察官のテストを受けたが,全く答えず,同月19日の第16回公判には,警察官が自宅に迎えに行ったが,アパートの塀を越えて逃げて出頭せず,同年12月23日に勾引状の執行を受け翌24日の第17回公判で証言し,検察官の主尋問に対し,従来の供述にそう証言もしたが,被害者の一人(従来の供述ではM)を引きずったことに関する尋問から答えをしなくなり,裁判長にヘルニアと腫瘍があって腰痛がすると言い,そのため尋問が続行された。平成9年1月31日の第18回公判では,弁護人からの,Fと知り合ったいきさつについての尋問以降,黙して答えないことが多くなり,4・19警察官調書以降の捜査官に対する各供述調書の内容や,平成5年6月4日の自身の家裁での審判で,相手の男を蹴ったとの捜査段階での供述を,殴ったと変更した理由について,そういう供述をしたこと自体覚えがないとして説明できなかった。平成9年2月25日の第19回公判では,6・18警察官調書以降の供述内容について,覚えていない旨証言し,弁護人の反対尋問に対し,全く沈黙してしまい,尋問が続行された。同年3月25日の第20回公判には,前日夜に外出し,勾引状が執行できずに出頭せず,同年4月25日の第21回公判では,2月28日のタイ し,弁護人の反対尋問に対し,全く沈黙してしまい,尋問が続行された。同年3月25日の第20回公判には,前日夜に外出し,勾引状が執行できずに出頭せず,同年4月25日の第21回公判では,2月28日のタイムカードの記載について実際の勤務と違っていても気にしなかった旨を答えた後,弁護人,裁判長の尋問に沈黙して答えず,検察官もその状況から再主尋問をしないと述べて,証人尋問が終了した。 従前の供述と異なる点など,特記すべき事項をいくつか摘示すると,以下のとおりである。 (ア) 第17回公判被害者写真撮影報告書(甲24)の3番のOの写真について,抗告審で,自分が殴った相手として指示したこと自体覚えておらず,同1番のMの写真について,みんながよってたかって乱暴した人と指示したことを覚えていない。 (イ) 第18回公判① A,Eが相手(M)の腕をつかんで噴水脇まで引きずって行った。 ② 4月14日の上申書には,AとEの名前しか書かなかった。 ③ Gは,ルート20の構成員ではない。 ④ A,E,Bはルート20の構成員ではなく,D,C,Fは構成員だった。 ⑤ 平成5年4月に警察の取調べを受けるまでに,Aが他人とけんかをしたことがあると聞いたかどうか記憶がない。 ⑥ Gは,中学時代つっぱりグループに入っていなかったし,けんかもしたことがない。4・19警察官調書にその旨の記載があるが,Gはそのようにしゃべっていないと思う。 ⑦ Cが,Gの家でシンナーを吸ったことはない。 (ウ) 第19回公判① 2月24日が公休日に出勤した日か分からない(第17回公判ではその旨証言していた。)。 ② 抗告審証言,12・5警察官調書,H6・1・17検察官調書において,2月28日朝,弟が朝野球に出かけるので,うるさかったと述べたことを覚えていない。 イ証言の信用 その旨証言していた。)。 ② 抗告審証言,12・5警察官調書,H6・1・17検察官調書において,2月28日朝,弟が朝野球に出かけるので,うるさかったと述べたことを覚えていない。 イ証言の信用性についてGの証言は,断片的に供述する内容も,従来の供述と矛盾する点が多く,理由不明の供述拒否の態度からすると,Gの従前の供述に対する前示の疑問点(第4の2の(2))を解消するものではなく,その供述の信用性について,より一層疑問を深めさせるものといわざるを得ない。 (2) GのH6・1・17検察官調書ア供述の要旨① 2月28日は,早番と思いこみ,午前8時ころパーラー甲に出勤した。4階の更衣室で制服に着替え,休憩室で休んだ。その時,シフト表を見て,同日が公休日なのに出勤した24日の代休となっていることを知ったが,このまま早番で働こうと思った。 ② 休憩室で待っていると,B3,C4,B4達が出勤してきて,口々に休みのはずと言われた記憶がある。C3からも同じようなことをいわれた記憶がある。 ③ 午前9時からミーティングがあり,B1から働いて行けと言われ,午後5時までの早番勤務をした。 ④ B1から働くようにいわれたときは,既に午前9時を回っていたので,それからタイムカードを打刻すると遅刻になるし,Gが9時前に出勤したことは,B1を始め他の従業員も知っているので,後で誰かがつじつまを合わせてくれるものだと思った。 ⑤ 同日の打刻は,全くでたらめであり,A8,C5,C6らの誰かがやってくれたものと思う。 ⑥ 同日午後5時少し前に,A6と会いA1からタクシー代5000円預かっている話を聞いた。A1に返すよう言ったが,A1が受け取らなかったので,A6と2500円ずつ分けた。 ⑦ 5・15実況見分調書は,Gが説明したように記載されているが,Gが らタクシー代5000円預かっている話を聞いた。A1に返すよう言ったが,A1が受け取らなかったので,A6と2500円ずつ分けた。 ⑦ 5・15実況見分調書は,Gが説明したように記載されているが,Gが相手の一人を回し蹴りにした位置,Aらが倒れた相手の一人を袋叩きにした位置は,自分の記憶としてももう少し東側だったような気もしていた。 ⑧ 被害者ら立会の4・16実況見分調書の見取図の方が,Gの記憶に照らしても正しいように思う。丁字路の辺りの乱暴は,そちらに行っていなかったから説明をしなかった。 ⑨ 被害者写真撮影報告書(甲24)を見ても,Gが蹴った男が誰か分からない。高裁で3番の男(O)を示したか,はっきりしない。 ⑩ 調べの初めには,相手を殴ったと言い,後から蹴ったと言ったが,殴るのも蹴るのも同じことと思い,殴ったと言ったが,正確に話すために,蹴ったと言い換えた。 ⑪ Eが,一人の襟首をつかんで振り回したことは間違いない。Eは,その相手に対し蹴るような動作をしたのを自分も見ているが,足が相手に当たったかどうか断定できなかったので話さなかった。 高裁の裁判官は,被害者の中には襟首をつかんで振り回されたと言っている者がいないので,Gの言っていることが間違っていると判断したとのことだが,いきなりひどい乱暴を受けた被害者たちが言い忘れたか,襟首をつかんで振り回すよりももっとひどい殴る蹴るの乱暴の方が印象強く残っていたからではないかと思う。こんなことでGが言っていることがうそとか間違いだと言われたのではかなわない。 ⑫ Gがした乱暴とぴったり合うようなことを言っている被害者がいないのがおかしいと高裁の裁判官が言っているとのことだが,これも納得できない。 ⑬ 高裁の裁判官は,犯人らが道路上をかなり広い範囲にわたって動きながら乱暴したのに,Gがそのよ を言っている被害者がいないのがおかしいと高裁の裁判官が言っているとのことだが,これも納得できない。 ⑬ 高裁の裁判官は,犯人らが道路上をかなり広い範囲にわたって動きながら乱暴したのに,Gがそのような犯人の動きについて何も話していないことから,客観的な犯行状態と合わないと判断しているとのことだが,はっきりと断定するほどよく見てなかったから言わなかった。 ⑭ Mに対する乱暴について,乱暴した者のことを最初はEの名を言い,次に,E,D,Bの名前を挙げ,その次に,A,E,F,C,D,Bの6人の名前を言ったことがおかしいということだが,一生懸命当時のことを思い出して間違いないと思えた者の名前を言ったためにこうなった。最初は6人の代表的にEの名前を言い,間違いないと確信できて思い出したとおりに話したからこのようになった。 ⑮ Mを二人がかりで広場内に引きずり込み,その周りにはGの仲間がたくさんいたから,Mに対し,大勢で乱暴した。 広い範囲での暴行について供述していないのは,はっきりと断定するほどよく見てなかったから言わなかった。 ⑯ Mの腕をつかんでその上体を立たせるようにして,AとEのどちらかが引きずり,もう一人が足首辺りをつかんで連れ込んだんだ。 イ検察官調書の信用性(ア) 前記アの①ないし⑤の供述は,このように詳細な記憶を平成6年1月当時に持っていたとするなら,抗告審の段階でも,当然供述されてしかるべきものであったと考えられる。そうでない以上,作為的な供述との疑いが強い。その内容も,出勤した際に,まずタイムカードを打刻しなかったことや,遅番でかつ遅刻した打刻がされていることについて,合理的な説明がなく,信用し難い。 (イ) 前記アの⑦,⑧の供述は,G自白が被害の場所的範囲と符合しないという抗告審の指摘(前記第3の2の(2)のエの 番でかつ遅刻した打刻がされていることについて,合理的な説明がなく,信用し難い。 (イ) 前記アの⑦,⑧の供述は,G自白が被害の場所的範囲と符合しないという抗告審の指摘(前記第3の2の(2)のエの(ウ)の③)を踏まえて,検察官が誘導した疑いが強い。 (ウ) 前記アの⑪ないし⑬の供述は,地裁支部公判の証言態度はもとより,従前のGの証言態度に照らすと,G自身が供述した内容であるとは到底考えられず,検察官の抗告審に対する反論を,Gの供述の形で作文したものとの疑いを払拭できない。 (エ) 前記アの⑭ないし⑯の供述は,これを信用することができないとする抗告審の判断(前記第3の2の(2)のアの⑥,同エの(ウ)の⑤)は,後記4の(2)のとおり,C7の公判証言に照らしても揺るがない。 (オ) 同検察官調書は信用することはできず,G供述の信用性を回復するに足るものではない。 3 被害者の証言等Mは,被害状況を記憶していないので,その証言の証拠価値は乏しい。その余の被害者の証言等について検討する。 (1) Nの証言等ア Nの証言(平成9年5月20日第22回公判)(ア) 証言の要旨① 警察で見せられた「暴走族ルート20構成員写真台帳」(甲29)の番号30(A)の写真を,犯人として選んだ。顔の輪郭と普通の髪型,わりと整った感じの顔が似ていた。こんな感じの人だったということで選んだ。犯人として確信を持って選んだのではない。 ② 「被疑者写真台帳」(甲30)の1番の写真(A)を,Nを膝蹴りした男として,差戻審で証言した。差戻審で,在廷していたAを犯人だとはっきり断定できなかった。そのときには,犯人の記憶が残っていなかった。犯人として断定したら,お礼参りをされるとも考えた。 ③ 「被疑者写真台帳」(甲30)の2番の写真(E)について,何か説明した記憶 っきり断定できなかった。そのときには,犯人の記憶が残っていなかった。犯人として断定したら,お礼参りをされるとも考えた。 ③ 「被疑者写真台帳」(甲30)の2番の写真(E)について,何か説明した記憶はない。 ④ 3・2警察官調書において犯人の男の特徴をオーバーオールの服と言っていたのを,5・16警察官調書では,上衣はカーディガンみたいな普通の格好と言い直したのは,Oらと話をしていて,記憶が変わってきたかも知れない。 ⑤ 警察から,犯人の面通しを依頼されたことはない。 (イ) N証言の信用性ないし証明力Nの証言は,Aを犯人として特定するに足るものでないことは,上記①の証言に照らし明らかである。 イ NのH6・2・11検察官調書(ア) 供述の要旨① 後ろから右肩辺りをつかまれ,後ろに上体を引かれるようにして,背中を1回蹴られた。その犯人として,顔形,目つき,髪型などからAの写真を示した。 ② N,P,Qが被害を受けた場所は,実況見分調書(甲25)の記載よりももう少し西側になる。 ③ 道路上でMを蹴った6,7人の中に,Eがいた。この男は,Aと同じくこの現場を活発に動き回って大変目立っていたので,記憶にあった。家裁での証言の際は,記憶が薄れて,断定できなかった。 ④ 家裁の法廷にいたAを犯人に間違いないと証言したかったが,後でひどい仕打ちを受けるかも知れないので,あいまいな証言をした。 (イ) 検察官調書の信用性a. Nの前記証言内容と対比すると,検察官調書はA,Eが犯人であることについて,断定的な供述となっているが,証言についてその信用性を疑うべき情況は見当たらず,同調書の供述記載は,たやすく信用し難い。 b. 被害を受けた場所について,後述の他の被害者と同様,西寄りの位置に変更しているが,G自白が犯行態様と符合しない点と 信用性を疑うべき情況は見当たらず,同調書の供述記載は,たやすく信用し難い。 b. 被害を受けた場所について,後述の他の被害者と同様,西寄りの位置に変更しているが,G自白が犯行態様と符合しない点として抗告審が指摘した点(前記第3の2の(2)のエの(ウ)の・)に関して,検察官が,被害現場の範囲を狭く供述させようと誘導したことが疑われ,たやすく信用することができない。 (2) Oの証言等ア Oの証言(平成9年6月17日第23回公判)(ア) 証言の要旨① Oは,後ろ襟首をつかまれ,後ろに引っ張られ,振り向きざまにあごを殴られた。後頭部を殴られたと錯覚するような感じで,こぶしが頭の後ろに当たるぐらいの勢いで手が伸びて,そのまま後ろに引っ張られた。 ② 噴水近くで,5,6人がMを取り囲んでいた。直接殴ったり蹴ったりしているところは見ていないが,取り囲んだときの声や騒ぎ方から,袋叩きのように見えた。 ③ 噴水近くでMを取り囲んでいた男の中に,N2Bのジャンパーを着ていた者がいた記憶はない。 ④ 警察官が来たときに,噴水近くに,前にOらに逃げた方がいいといった男と,Oが突き出した男らがいた。突き出した男は,MA1のジャンパーを着ていた。突き出した男が,おれ達じゃないだろうというので,不本意ながら,この人達じゃないと,警察官に言った。 ⑤ 平成5年4月18日の取調べの際,「暴走族ルート20構成員写真台帳」(甲29)の22のDの写真を特定できなかった。犯人は,髪が茶色ぽくて,強いていえば真ん中分けの髪型だったが,その髪型と上記Dの写真の髪型が違っていたから,特定できなかった。 ⑥ 同年5月19日に「被疑者写真台帳」(甲30)の1番の男(A)を,Nがこの人はいたと言ったので,犯人として特定した。7番の男(D)もいたような気がすると供述した。同日 たから,特定できなかった。 ⑥ 同年5月19日に「被疑者写真台帳」(甲30)の1番の男(A)を,Nがこの人はいたと言ったので,犯人として特定した。7番の男(D)もいたような気がすると供述した。同日見せられた,写真撮影報告書(甲35)添付のDがN2Bのジャンパーを着た写真を見て,このジャンパーがMA1にも見えたので,土下座させられた男として疑ってみたら,そういうふうに思えてきた。 ⑦ 同月22日のDの面通しでは,目線の位置,彫りが深い顔,目の印象で自分が突き出した男と思った。髪型は,Dの方が短かった。DはN2Bのジャンパーを着ていたが,それで犯人と思ったわけではない。同日,警察署内で,通りかかったDの顔に向けてつばを吐きかけようとしたが,当たらなかった。 (イ) O証言の信用性ないし証明力a. Oが警察官に突き出した男(乙)は,Oらに逃げた方がいいと忠告した男とともに,警察官が来ても立ち去っていないし,Oが犯人だとして警察官に突き出した際,直ちに否定していることから,本件の犯人グループではない疑いが残る。 b. Oの記憶では,乙は,MA1のジャンパーを着ていたものであり,乙を突き出した際の位置関係からすると,本件当時,MA1とN2Bを区別して認識していたOが,N2BをMA1と見間違う可能性は低い。Dが,MA1を着用していたとの証拠はないから,この点においても,Dが乙である可能性は低い。 c. 前記(ア)の⑥の証言によれば,同⑦の証言にもかかわらず,Oは,乙がMA1を着ていたという記憶であったにもかかわらず,これとよく似たN2Bのジャンパーを着たDの姿に強い印象を受け,これに影響されて乙とDが同一人と思い込んだ疑いが強く,抗告審が指摘した疑問(前記第3の2の(2)のクの(ウ))は,より一層深まったといわなければならない。 d. Oは 着たDの姿に強い印象を受け,これに影響されて乙とDが同一人と思い込んだ疑いが強く,抗告審が指摘した疑問(前記第3の2の(2)のクの(ウ))は,より一層深まったといわなければならない。 d. Oは,Dの顔につばを吐きかけようとした行為に出たことから,Dが乙であることを否定し難い心理状況になっていることも疑われる。 e. 前記(ア)の①,②の証言は,被害状況について供述を変更したものであり,これは,後記検察官調書の内容にそうものであるところ,同調書は,後記のとおりたやすく信用することができず,証言も同様たやすく信用することができない。 イ OのH6・2・10検察官調書(ア) 供述の要旨① Oは,実況見分調書(甲25)添付現場見取図(2)の①か,それより少し横断歩道寄りで,後ろ襟首辺りをつかまれた。このことについての説明を落としていたが,現場に行ってはっきりと思い出した。 ② Oは,当初,いきなり後頭部をげんこつで殴られたと話していたが,それは,勢い強く後ろ襟首をつかまれた際に,相手の拳が後頭部に当たった印象が強かったからだと思う。 ③ 後ろ襟首を強く引っ張られ,上体がのけ反るような形になり,その状態で,犯人の一人から左あごを殴られた。 ④ 噴水近くに人だかりがあり,その動作などから,倒れたMが多数の犯人たちから取り囲まれて乱暴されているような感じがうかがわれた。直接じっくり見ることはできなかった。 ⑤ 警察官が来て,犯人たちの多くは,クモの子を散らすように逃げたが,逃げ遅れた感じで,Mの側にいた犯人の一人の腕をつかんで,警察官に示した。その男がDだった。 ⑥ 犯人の中に,Eがいたということを,事件後しばらくしてからPから聞いた。O自身は,本件時に,Eがいたか気付いていない。Pと一緒に写真帳を見たときに,PがEがいたと話していた。 の男がDだった。 ⑥ 犯人の中に,Eがいたということを,事件後しばらくしてからPから聞いた。O自身は,本件時に,Eがいたか気付いていない。Pと一緒に写真帳を見たときに,PがEがいたと話していた。 ⑦ 前記見取図(2)の③,④,⑤は,正確には,全体的に②に寄った位置である。 (イ) 検察官調書の信用性a. 前記(ア)の①ないし③,⑦の供述は,従前のOの供述と対比すると,唐突な供述の変更であり,検察官が,前記Nの検察官調書と同様,被害現場の範囲を狭めたい意向を持っていたと疑われる上,抗告審が,被害者の中に襟首をつかまれたと述べている者が存在しないと指摘している点(前記第3の2の(2)のエの(ウ)の①)について,Gの供述に符合するように,被害者を作出しようとした疑いが強い。 b. 前記(ア)の④の供述は,抗告審の,広場内では大勢で取り囲んで袋叩きにするようなことはなかった,との認定(前記第3の2の(2)のアの⑥,エの(ウ)の⑤)に対し,検察官が反証を作出しようと企図したものと疑われる。Oは,9・23警察官調書において,噴水近くでMが倒れており,Oが見た範囲では,Mは暴力を振るわれていなかったと供述し,10・22差戻審証言では,噴水の近くでもMが蹴られたりしてもおかしくない状況だったと供述しているところ,いずれも推測に過ぎず,抗告審が援用するTの供述や,後記4の(2)のC7の公判証言に照らしても,大勢で袋叩きをした状況は認められない。 c. 前記(ア)の⑤の供述は,Dを犯人であると断定しているが,抗告審が指摘した識別供述としての疑問点を解消するものではない。 (3) Pの証言等ア Pの証言(平成9年7月11日第24回公判)(ア) 証言の要旨① 平成5年10月2日の警察での取調で,「被疑者写真台帳」(甲31)の2の写真の男(E) のではない。 (3) Pの証言等ア Pの証言(平成9年7月11日第24回公判)(ア) 証言の要旨① 平成5年10月2日の警察での取調で,「被疑者写真台帳」(甲31)の2の写真の男(E)が,確かな記憶ではないが,現場にいたと思い,その旨話した。 ② 「暴走族ルート20構成員写真台帳」(甲29)を見たことがあるが,32番のEが現場にいたとは供述していない。 ③ Pは,事件の現場で,1年前に自分たちにからんだ男がいるとは思わなかった。 ④ Oらと事件後に話をしていて,Eが噴水のところにたむろしていた一人のように思った。 (イ) 証言の信用性ないし証明力Eが現場にいたように思うとの証言は,本件当時の確実な記憶に基づくものでなく,事件後のOらとの話が影響していることは証言から明らかであり,識別供述としての証明力を有するとは考えられない。差戻審の判断は,この点においても是認することはできない。 イ PのH6・1・8検察官調書(ア) 供述の要旨「被疑者写真台帳」(甲31)の2の写真の男(E)は,事件の1年くらい前に,因縁を付けてきたことがあり,Eが,本件現場でどのような乱暴をしていたか思い出せないが,この現場にいたことは,ほぼ間違いない。 (イ) 同調書の信用性Eの特定について,Oらと事件後話をしたことが影響していることについて全く触れられておらず,識別供述として信用することはできない。 ウ PのH6・2・11検察官調書(ア) 供述の要旨平成6年2月11日,検察官の取調べに先立って,再度現場に行って,距離関係を思い出したところ,Mが乱暴された位置及びOが乱暴されていた位置と,N,P,Qが乱暴された位置との間隔は,実況見分調書(甲25)添付現場見取図(2)の位置関係よりもっと短かったと思うので,訂正する。 (イ) ころ,Mが乱暴された位置及びOが乱暴されていた位置と,N,P,Qが乱暴された位置との間隔は,実況見分調書(甲25)添付現場見取図(2)の位置関係よりもっと短かったと思うので,訂正する。 (イ) 同調書の信用性Pは,前記H6・1・8検察官調書において,前記現場見取図(2)に従って,被害状況を説明していたことからすると,唐突な供述の変更であり,検察官が,N,Oの前記各検察官調書と同様,被害現場の範囲を狭めたい意向を持っていたことが看取される上,同年2月11日にPが立ち会って実施された実況見分の結果は,前記現場見取図と大差のないものであるから(H6・2・12実況見分調書),H6・2・11検察官調書の記載は,にわかに信用し難い。 (4) Qの証言等ア Qの証言(平成9年7月29日第25回公判)(ア) 証言の要旨① Qは,実況見分調書(甲25)添付現場見取図(2)の⑤辺りで顔を2回殴られた。Pは,同④の辺りで暴行を受けた。Mは,同①の辺りで倒され,その後,足を引きずられて,噴水の方に引っ張られて行った。 ② 足を持った者は何人かいたように思う。 ③ その後,Mを見られる位置にはいなかったので,はっきりは言えないが,聞こえた声で判断すると,噴水の方に引きずられて,蹴るとか殴るという感じの暴行を受けていたと思う。はっきりは見ていない。 (イ) 証言の信用性ないし証明力a. 前記現場見取図(2)の被害場所の位置は,実態にそうものであることが認められる。 b. Mの足を持って引きずった者の人数について,Qは複数と供述しているが,断定的ではない。 c. Mが噴水近くで,暴行を受けていたという点は,後記検察官調書にそうものであるが,同調書と同様,具体性に乏しく,たやすく信用できない。 イ QのH6・2・8検察官調書(ア) 供述の要旨 。 c. Mが噴水近くで,暴行を受けていたという点は,後記検察官調書にそうものであるが,同調書と同様,具体性に乏しく,たやすく信用できない。 イ QのH6・2・8検察官調書(ア) 供述の要旨① Qが暴行された地点は,前記現場見取図(2)の⑤より,もう少し西側だったような気がする。 ② 被害者5人の中で,犯人から襟首をつかまれた者を直接見た記憶はないものの,そのようなことは十分にあり得た。 ③ 前記現場見取図(2)の①から,かなりの人数の犯人たちから取り囲まれたまま,噴水の方に引きずり込まれたのを直接見た。そして,噴水辺りで,多数の犯人たちがMに乱暴している声や物音を聞いた。 ④ それがひどかったので,Mが殺されると思い,110番通報しに行き,被害を受けた丁字路交差点に戻った。 (イ) 検察官調書の信用性a. 前記(ア)の①の供述は,証言と対比すると,信用し難い。同②の供述も,推測に過ぎず,証明力は乏しい。 b. 同③の供述は,Qの3・2警察官調書では,多数の犯人が噴水辺りでMに乱暴したとは,全く供述されていないこと,Tの抗告審証言と後記C7の公判証言などに照らし,Oの検察官調書と同様,信用性に乏しい。 4 目撃者の証言等(1) Zの証言ア証言(平成9年7月29日第25回公判)の要旨① 捜査段階で,写真かマジックミラー越しにAを見たが,犯人と似ているといえば似ており,似ていないといえば似ていない。警察には60パーセントくらい似ていると言ったかも知れないが,今は自信がない。 ② 平成5年10月5日の段階で,犯人を断定できるほどの記憶はない旨答えた。 イ証言の証明力Aに対する犯人識別供述とは到底いえない。 なお,Zについては,検察官調書は作成されておらず,証言のほか特に検討すべき証拠はない。 (2) できるほどの記憶はない旨答えた。 イ証言の証明力Aに対する犯人識別供述とは到底いえない。 なお,Zについては,検察官調書は作成されておらず,証言のほか特に検討すべき証拠はない。 (2) C7(当時タクシー運転手)の証言等ア C7の証言(平成9年9月26日第26回公判)(ア) 証言の要旨① Mを噴水の方に引きずっていった男は一人で,背が高く,被害者の左足をつかんでいた。その周りに複数の者がいたような記憶はない。男がうつむいた感じのところを見た。 ② 警察官が来たときには,暴行を加えていた背の高い男は逃げ,仲間かどうか分からない者一人が警官と話していた。 ③ 噴水近くで大勢の者が被害者を取り囲んでいた記憶はない。 ④ 「被疑者写真台帳」(甲30)の1番(A)の写真は,顔が面長で,髪も意外に整っており,顔全体もこういう感じで,引きずった男と感じがよく似ていたので,それとして選んだ。具体的にこういう顔の人とは説明できない。同7番の写真(D)を目撃状況現場見分結果報告書(甲37)添付現場見取図記載の②地点(丁字路交差点付近)にいた者に似ている者として選んだ。 ⑤ その後,「被疑者写真台帳」(甲31)の1番(A)の写真も,身長が一致しており,顔も前の写真と大体似ていたから,引きずった男として選んだ。同写真台帳の7番の男(D)は選んでいない。 (イ) 証言の信用性ないし証明力C7の従前の供述とも対比しつつ,証言の信用性を検討する。 a. Mを引きずっていった犯人が一人であり,噴水近くに大勢はいなかった旨のC7の証言は具体的であり,11・9抗告審証言とも一貫性がある上,Tの供述とも符合しており,信用性が高い。 そうすると,Mを引きずった者は一人であると認めるのが相当であり,噴水近くで大勢の者がMを袋叩きにするような状況はなか 1・9抗告審証言とも一貫性がある上,Tの供述とも符合しており,信用性が高い。 そうすると,Mを引きずった者は一人であると認めるのが相当であり,噴水近くで大勢の者がMを袋叩きにするような状況はなかったとの抗告審の認定がより一層支持され,その反面で,これに反する,G自白,Aらの自白の信用性がより減殺される結果となっている。 b. Aについての識別証言は,全体的な印象,身長を根拠としているもので,9・24警察官調書においては,背の高い男やその他の男の人相,服装は覚えていないと供述していたのに,9・29警察官調書では,各「被疑者写真台帳」(甲30,31)の各1,7の写真を特定していること,11・9抗告審証言でも,「引きずった男は,背が高く,顔は細面,そのくらいが一番印象が強い点だった。その男の顔を見たと思うが,確実にこれだという記憶はない。 Aは,身長からいってこの男に似ている。」と述べるにとどまっていることにも照らすと,Aが犯人であると認めるには足りない。Dについては,より根拠があいまいで,公判証言では「被疑者写真台帳」(甲31)の7の写真を選んだことすら記憶しておらず,識別供述として,より一層低い証明力しかないというべきである。 5 原審に提出された検察官土持敏裕作成の意見書によれば,地裁支部の公判において,検察官は,請求人C以外の各請求人に公訴取消しを申し立てた平成9年10月28日の時点で,更に,T,K,Sの各証人尋問,A,B,Eの各自白調書の取調べ等の証拠調べを予定していたものと認められる。 しかしながら,取調べ予定の証拠の信用性は,既に検討してきたとおりであって,殊に,上記の各証人尋問を実施したとしても,同人らの従前の供述に対する前記の評価を改めなければならないような事情が今さら出現するものとも思われない。例えば,裁判所にはもう出た てきたとおりであって,殊に,上記の各証人尋問を実施したとしても,同人らの従前の供述に対する前記の評価を改めなければならないような事情が今さら出現するものとも思われない。例えば,裁判所にはもう出たくないとしているTが出廷に応じて,今度は,Aが甲であると言い出したとしても,これまでの同人の供述経過をみれば,到底信用できるわけがないのである。Aらの自白調書の信用性については,既に検討済みの事項である。地裁支部の公判で取り調べられた証拠及び関連する検察官調書等の関係証拠を検討してみても,G自白等の積極証拠の信用性は認められず,抗告審の証拠判断が結局正当であったと認められる。 第6 無罪の裁判を受けるべき十分な事由について〈要旨2〉1 以上検討したとおり,前記第2で述べた本件で検討対象となる全証拠を総合すると,最終的に,抗告審の証拠判断が正当であり,差戻審の証拠判断は恣意的・独断的とのそしりを免れず,検察官送致後の検察官の捜査も,供述者の言葉を借りて抗告審の証拠判断をいたずらに非難するのみで,G自白等の積極証拠を支えるに足るものがないまま,公判請求に至ったものである。殊に,Gが遅番であることを示す前記タイムカードの存在は,Gの自白の信用性に対して回復し難い致命的な証拠であり,有罪立証は既にこの点で崩れつつあると見るべきである。これに前記の証拠資料を総合して,本件事件全体を検討すると,審理が途中で終了し,検察官立証が残っていることを考慮しても,結局,本件は請求人らを有罪とはなし得ない事件であったといわざるを得ない。原決定は,公判で取り調べられた証拠のみを取り出し,かつ,未だ検察官立証が残されていることから,その証拠状況を真偽不明であると評価したものと思われるが,公判までに収集された全証拠を視野に入れ,その下で公判で取り調べられた証拠の証拠価値及 を取り出し,かつ,未だ検察官立証が残されていることから,その証拠状況を真偽不明であると評価したものと思われるが,公判までに収集された全証拠を視野に入れ,その下で公判で取り調べられた証拠の証拠価値及び今後取り調べられるであろう証拠の評価をするのでなければ,適正な判断はできないものと思われる。原審裁判所において,公判までに収集された証拠を検討した形跡がないのは,この意味でも問題であったといえよう。請求人Cについて公訴棄却の判決,その余の請求人について公訴棄却の決定がなく,そのまま実体審理を遂げても,いずれも無罪の判決を受けるべきものと認められる十分な事由があるといわなければならない。前記検察官意見書は,もとより見解を異にするが,独自の証拠評価に基づくものであり,採用し難い。〈/要旨2〉 2 そうすると,請求人らに法25条1項の事由が認められないとした原決定は,法律の解釈適用を誤って証拠判断を省略し,ひいては事実を誤認したものであって,憲法違反をいう所論について判断するまでもなく,取消しを免れない。 第7 補償について 1 抑留又は拘禁について(1) 請求人らにかかる身柄拘束の関係は,前記第1の1の(1)のとおりである。 (2) 本件においては,請求人らに対する少年院送致決定による少年院収容が,法1条1項に規定する「未決の抑留又は拘禁」に該当するか,文理上疑義がないわけではない。請求人らについては,少年審判手続の終局処分である中等少年院送致決定に基づく中等少年院収容という身柄の拘束が抗告審決定により終了したにもかかわらず,差戻審は,Dについては,Eと同様,裁判所法4条に従って不処分決定をすることができたのに年令超過による検察官送致決定をし,その余の請求人に対しては,少年法20条に基づく違法な検察官送致決定をし,これらを経て起訴がなされて ,Eと同様,裁判所法4条に従って不処分決定をすることができたのに年令超過による検察官送致決定をし,その余の請求人に対しては,少年法20条に基づく違法な検察官送致決定をし,これらを経て起訴がなされて刑事裁判が開始され,結局,公訴棄却の裁判により刑事手続も終了したものである。Eの場合のように,非行なしの不処分決定という本来あるべき決定に至っておれば(抗告審で自判ができる法制であれば,本件は,抗告審で非行なしの不処分決定をしていたと思われる。),少年院収容の点は,少年の保護事件に係る補償に関する法律により補償の対象になったのに,違法な検察官送致決定の介在により,かえって受けるべき補償を失うと解するのは,いかにも不均衡かつ不合理である。Cにかかる平成9年9月18日最高裁第1小法廷判決によって,「家庭裁判所のした保護処分決定に対する少年側からの抗告に基づき,右決定が取り消された場合には,当該事件を少年法20条により検察官に送致することは許されないものと解するのが相当である。」ことが明らかにされたから,本件と同様の経過をたどる事件は,今後起こりにくいものと考えられるが,本件では,このような特異な経過を経て,刑事手続に移行し,それが終了したものであるから,その間の少年院収容も刑事手続に向けられた一連のものとして「未決の抑留又は拘禁」に当たると解することも許されよう。そこで,本件においては,本件訴因と同一性が認められる事実を基礎として,本件起訴までに執られた刑訴法,少年法に基づくすべての身柄拘束は,「未決の抑留又は拘禁」に該当すると解することとする。 (3) そうすると,Aについては,平成5年5月3日から同年9月17日までの138日間,B及びCについては,同年5月7日から同年9月17日までの134日間,Dについては,同年5月11日から同年9月17日まで そうすると,Aについては,平成5年5月3日から同年9月17日までの138日間,B及びCについては,同年5月7日から同年9月17日までの134日間,Dについては,同年5月11日から同年9月17日までの130日間の抑留又は拘禁の期間が認められる。 2 1日当たりの補償金額について(1) 請求人らについて法3条に規定する各事由は認められず,請求人らは,A,Bが後に自白に転じたものの,いずれも逮捕直後に本件犯行を否認し,無実を訴えていたこと,捜査官の側に,TがA,Eを面通しした結果を記録化しなかったことやGの2月28日の勤務状況について裏付け捜査をしなかったことなど,ずさんな点が認められること,請求人らは,家裁支部の当初の審判においては,いずれも非行事実を否認したこと,B,C,Dの審判時には,Gのタイムカード(写し)が家庭裁判所に提出され,G自白が疑わしい状況になっていたことなどの事情が認められる。 (2) 逮捕当時,A及びBは,無職・無収入であったが,いずれも職歴を有しており,Cは,日給1万円で建設作業員として,Dは,日給1万1000円で自動車運転手としてそれぞれ稼働していた。 (3) 以上のような事情を下に,法4条2項に従って検討する。請求人らが受けた財産上の損失,精神上の苦痛や,本件における警察,検察及び裁判の各機関の過失は,総じて見ると小さくなく,請求人らに対しては,前記日数に応じて,1日1万2500円の割合による額の補償金を交付するのが相当である。 第8 結論よって,刑事補償法23条,刑訴法426条2項により,原決定を取り消し,刑事補償法16条前段により,請求人らに対し,主文掲記の金額をそれぞれ交付することとし,主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官原田國男裁判官八木正一裁判官大島隆明) 償法16条前段により,請求人らに対し,主文掲記の金額をそれぞれ交付することとし,主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官原田國男裁判官八木正一裁判官大島隆明)

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