- 1 -主文 処分行政庁が原告に対し平成17年10月12日付けでした特別障害給付金を支給しない旨の処分を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1請求主文同旨第2事案の概要,(「」。)本件は両側感音難聴及びメニエール症候の傷病以下本件傷病という,,を有する原告が昭和45年▲月ころ本件傷病につき初めて医師の診療を受け現に国民年金法30条2項が規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にあるとして,処分行政庁に対し,特定障害者に対する特別障害給付金の支給に関する法律(以下「特別障害給付金法」という)に基づく特別障害給付金の。 支給を求める旨の請求をしたところ,給付を受けるために必要な初診日の確定ができないという理由で同給付金を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という)を受けたことから,その取消しを求めた事案である。 。 法令等の定め(1) 国民年金制度は,原則として,20歳以上60歳未満の者を被保険者としており(いわゆる強制加入,障害を支給事由とする年金(障害基礎年金))の支給を受けるためには,傷病について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という)において被保険者であることを要件とし。 ている(国民年金法30条1項1号。 )もっとも,昭和60年法律第34号による改正前の国民年金法は,大学などの学校に在学する生徒又は学生(以下「20歳以上の学生」という)や。 被用者年金加入者の配偶者を被保険者から除外し,任意加入の申出をした場合にのみ被保険者とする旨を定めていた(7条2項7号,同8号,附則6条1項。したがって,20歳以上の学生は,国民年金に任意加入をしていな)- 2 -いと,初診日が在学期間中にある障害につき障害基礎年金の支給を受けることができ いた(7条2項7号,同8号,附則6条1項。したがって,20歳以上の学生は,国民年金に任意加入をしていな)- 2 -いと,初診日が在学期間中にある障害につき障害基礎年金の支給を受けることができなかった。 その後,国民年金法は逐次改正され,昭和60年法律第34号による改正により,昭和61年4月1日からは被用者年金加入者の配偶者が被保険者とされ,さらに,平成元年法律第86号による改正により,平成3年4月1日からは20歳以上の学生も被保険者とされ,いずれも国民年金制度の強制加入の対象とされることとなった。 (2) 平成16年12月に公布された特別障害給付金法は,国民年金制度の発展過程において生じた特別な事情にかんがみ,障害基礎年金等の受給権を有していない障害者に特別障害給付金を支給することにより,その福祉の増進を図ることを目的とするものである(同法1条。 )同法により,①初診日が昭和61年3月31日以前にあるもので,昭和60年法律第34号による改正前の国民年金法7条2項7号,8号に該当する被用者年金加入者の配偶者及び20歳以上の学生,また,②初診日が上記の日の翌日から平成3年3月31日までの間にあるもので,平成元年法律第86号による改正前の国民年金法7条1項1号イに該当する20歳以上の学生について,国民年金に任意加入をしていなかった場合であっても,その傷病により現に国民年金法30条2項に規定する障害等級(以下「障害等級」という)に該当する程度の障害の状態にあるときは,特定障害者として,特。 別障害給付金の支給を受けることができることとなった(特別障害給付金法3条1項,2条。 )(3) 障害等級は,重度のものから1級,2級とされ,聴力の障害については,「両耳の聴力レベルが100デシベル以上のもの」が1級「両耳の聴力レ,ベルが90デシ 別障害給付金法3条1項,2条。 )(3) 障害等級は,重度のものから1級,2級とされ,聴力の障害については,「両耳の聴力レベルが100デシベル以上のもの」が1級「両耳の聴力レ,ベルが90デシベル以上のもの」が2級とされている(国民年金法30条2項,同法施行令4条の6,別表。 )() 前提事実争いのない事実及び文中掲記の証拠により容易に認められる事実(1) 原告は,昭和▲年▲月▲日生まれの男性であり,昭和45年4月1日から- 3 -昭和49年3月31日までの間,P1大学芸術学部に在学していた。 (2) 原告は,20歳以上の学生である期間,国民年金につき任意加入の申出をしていなかった。また,原告は,大学を卒業した昭和49年4月1日,国民年金の被保険者となったが,同月から平成18年3月までの間,保険料を支払わなかった。 (3) 原告は,平成17年4月19日,処分行政庁に対し,両側感音難聴及びメニエール症候の傷病(本件傷病)があるとして,特別障害給付金の認定の請求(以下「本件請求」という)をした。処分行政庁は,同年10月12日。 付けで,本件傷病の初診日が確定できないという理由により,特別障害給付金を支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は,これを不服として審査請求をしたが,東京社会保険事務局社会保険審査官は,平成18年1月6日,上記請求を棄却した。原告は,さらに,同年2月13日,再審査請求をしたが,同年11月30日,社会保険審査会はこれを棄却した。 (4) 本件請求において提出された診断書によれば,原告の障害は,障害等級1級に相当する。 争点 (1) 原告の右耳の難聴についての初診日は昭和45年▲月ころと認められるか(争点1。 )(2) 原告の左右の耳の障害の原因となる疾病が同一傷病といえるか,また,こ()。 の点に る。 争点 (1) 原告の右耳の難聴についての初診日は昭和45年▲月ころと認められるか(争点1。 )(2) 原告の左右の耳の障害の原因となる疾病が同一傷病といえるか,また,こ()。 の点に関する被告の主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たるか争点2 争点に関する当事者の主張の概要(1) 争点1(原告の右耳の難聴についての初診日は昭和45年▲月ころと認められるか)について(原告の主張)ア特別障害給付金法は,従来の国民年金制度において学生が任意加入とされていたために障害がありながら障害基礎年金を受給することができないでいる人たちの深刻な生活状況を改善するために制定された。同法は,い- 4 -わゆる学生無年金訴訟についての立法不作為の違憲を指摘した東京地方裁判所等の判決が相次ぐ中で立法されたものである。同法の適用に当たっては,無年金障害者の生活状況の救済と福祉の増進という上記のような同法,。 の立法趣旨と立法の経緯を踏まえて支給要件該当性を判断すべきであるところで,同法の適用を求める者が,初診日を明らかにするため診療録を用いようとしても,その保存期間が法律によって5年と定められていることから,本件のように長期間経過した後には,これを入手することは困難である。そうすると,同法の適用に当たっては,診療録等によって初診日を具体的に特定することが必要であると限定的に解すべきではなく,その障害に関する初診日が,学生である期間にあることが認められれば,初診日の要件を満たすものと判断すべきである。 イ原告が本件傷病について初めて医師の診療を受けたのは,昭和45年▲月ころ,P2医院においてである。原告は,大学でオーディオ技術を専攻し,オーディオミキサーとなることを目指していたが,自宅のステレオで音楽を聞いていた際,楽器の定位がおかしい けたのは,昭和45年▲月ころ,P2医院においてである。原告は,大学でオーディオ技術を専攻し,オーディオミキサーとなることを目指していたが,自宅のステレオで音楽を聞いていた際,楽器の定位がおかしいと感じ,耳の異常を疑って同医院を受診し,検査を受けたところ,右耳の高音域(8000ヘルツ)の聴力が著しく低下していることがわかった。 原告の初診日の診療に関する記憶が上記のように具体的であることに加え,後に本件傷病について他の医師の診療を受けた際にも原告は同様の説明をしてきたこと(乙1の18,主治医であるP3医師も本件傷病の初)発時期は上記の時期であったと判断していること(乙1の5,複数の友)人等が原告の難聴は大学在学中に発症し医師の診療を受けたと陳述していることなどからすると,原告の初診日は,昭和45年▲月ころであるか,少なくとも,昭和45年から同49年までの学生時代あると認められる。 したがって,本件処分は初診日の認定を誤ったという違法がある。 (被告の主張)ア国民年金法及び特別障害給付金法における初診日はいずれも疾「」,,「- 5 -病にかかり,又は負傷し,かつ,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(傷病)について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日」という同じ文言を用いて定義されている。また,特別障害給付金法は,国民年金法にもとづく国民年金制度の発展過程において生じた特別な事情(等しく同制度の対象とされながら加入形態の違いにより障害基礎年金等を受給できる者とできない者が生じるという事情)にかんがみ,障害基礎年金等の受給権を有していない障害者に福祉的措置を講ずるという趣旨の立法であり,特別障害給付金法は,その制度の多くの部分において国民年金法の規定を用いている。そうすると,特別障害給付金法上の「初診日」は, 受給権を有していない障害者に福祉的措置を講ずるという趣旨の立法であり,特別障害給付金法は,その制度の多くの部分において国民年金法の規定を用いている。そうすると,特別障害給付金法上の「初診日」は,国民年金法上の「初診日」と統一的に解釈されるべきであり,発症日とは区別。 ,,,された日を意味するそして初診日とは特定の一日をいうものであり学生時代という一定の幅のある期間では初診日が十分特定されているとはいえないと解すべきである。 なお,特別障害給付金の請求においては「障害の原因となった疾病又,は負傷に係る初診日を明らかにすることができる書類」の添付が必要であるが(特別障害給付金法施行規則1条2項5号,実務では,同法の趣旨)をくんで,上記の書類を国民年金法の場合よりも広くとらえる取扱いをしている。すなわち,社会保険庁は「特別障害給付金認定事務取扱要領」,(乙7)を定め,初診日が診療録により確認できない場合,医証(初診時),の医療機関における診療録に基づく発病・初診等を証明する医師の証明,,身体障害者手帳交付申請時の診断書国民健康保険等の給付記録等によりその事実を確認することとしし,これらの書類によっても初診日を確認できないときは,その事実が複数の第三者(請求者と利害関係にある者(親族など)を除く)の証明により確実視される場合に限り,その証明によ。 り確認して差し支えないこととしている。 イ原告は,本件処分に係る申請において,初診日を証する資料として,①P3医師作成の平成17年4月19日付け診断書(乙1の3,②原告作)- 6 -成の同年4月付け病歴等申出(聴取)書(乙1の4,③P3医師作成の)意見書(乙1の5,④P4医師作成の平成5年3月25日付け身体障害)者診断書・意見書(乙1の18,⑤P5医師作成の平成1 6 -成の同年4月付け病歴等申出(聴取)書(乙1の4,③P3医師作成の)意見書(乙1の5,④P4医師作成の平成5年3月25日付け身体障害)者診断書・意見書(乙1の18,⑤P5医師作成の平成11年8月23)日付け身体障害者診断書・意見書(乙1の19,⑥原告の大学時代の友)人であるP6及びP7作成並びに近隣の知人であるP8(以下「P6ら」という)作成名義の証明書(乙1の20から25)提出した。しかし,。 これらは,原告本人の申立てによる初診日が記載されているにすぎないものか(①,②,初診日についての記載がないか(③ないし⑥,信用性))に疑いのあるもの(⑦)であり,これらの資料によっても,原告の初診日が昭和45年▲月ころであると認めることはできない。 (2) 争点2(原告の左右の耳の障害の原因となる疾病が同一傷病といえるか,また,この点に関する被告の主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たるか)について。 (原告の主張)アこの点に関する下記(被告の主張)イの主張(以下「同一傷病性に関する主張」という)は,証人尋問後の第7回口頭弁論期日において被告が。 平成20年11月13日付け準備書面を陳述するまでの間,原告に対して一度もされてこなかったものであり,これを採り上げることは,本件訴訟手続をないがしろにするものであり,時機に後れたものとして却下されるべきである。 イ被告は,本件傷病における左右の耳の疾病が同一の傷病ではない旨を主張する。しかしながら,メニエール病の専門家であるP3医師の意見書等が指摘するとおり,メニエール病において,原告のようにまず片方の耳の聴力低下やめまいなどの症状が出て,その後相当期間を経た後に反対側の耳の聴力の低下が症状が出ることは何らめずらしいことではない。また,左耳の難聴の症状が出た際に受診したどの医 のようにまず片方の耳の聴力低下やめまいなどの症状が出て,その後相当期間を経た後に反対側の耳の聴力の低下が症状が出ることは何らめずらしいことではない。また,左耳の難聴の症状が出た際に受診したどの医師も,原告の左右の耳の障害が別の疾患であるという判断はしていない。原告の左右の耳の障害が同一- 7 -の傷病ではないとする医学的な根拠は何もないのである。 (被告の主張)ア同一傷病性に関する主張は,それまでの当事者の主張立証を踏まえ,かつ,障害認定実務の一般的な内容に基づいて,本件傷病の初診日に関する被告の主張を補充するものにすぎず,同主張に伴って,本件訴訟の完結を遅延させるものではない。 イ左右の器官の障害となる疾病が同一の傷病であると特定できる場合は,一方の器官に生じた前発の障害の発生原因となった疾病について初めて医師の診療を受けた日が初診日となるが,そうでない場合は,他方の器官に生じた後発の障害の原因となった疾病について初めて医師の診療を受けた日が初診日となる(いわゆる「初めて2級。 」)しかるに,本件傷病のうち「両側感音難聴」は,結果として両側の耳,に感音難聴があるという病態を示しているものにすぎず,また「メニエ,ール症候」は,原則として一側性の疾病である。したがって,原告の主張する左右の耳の聴力低下の原因が同一の傷病であると特定することはできず,右耳についての最初に医師の診療を受けた日をもって初診日とすることはできない。 第3当裁判所の判断 特別障害給付金法における初診日の認定について特別障害給付金法2条は,国民年金法30条と同様,障害を支給事由とする年金につき,傷病の初診日において被保険者であることを要件として定めている。この点,かつての厚生年金保険法が傷病の発症日において被保険者であることを要件としていたの 0条と同様,障害を支給事由とする年金につき,傷病の初診日において被保険者であることを要件として定めている。この点,かつての厚生年金保険法が傷病の発症日において被保険者であることを要件としていたのとは異なり国民年金法がその制定当初から傷病の初,「診日」において被保険者であることを要件として定めている趣旨は,国民年金の被保険者は極めて広範囲にわたるところ,国民年金事業を管掌する政府において個々の傷病につき発症日を的確に認定するに足りる資料を有しないことにかんがみ,医学的見地から裁定機関の認定判断の客観性を担保するとともに,- 8 -その認定判断が画一的かつ公平なものとなるよう,当該傷病につき医師等の診療を受けた日をもって障害基礎年金の支給に係る規定の適用範囲を画すること。 ,「」,としたものであると解されるそして初診日に関する認定判断が客観的画一的に行われるためには,当該傷病を診療した医師が作成した診療録等によって,具体的な「初診日」を容易に知ることができるという状況にあることが前提となっていると解される。 他方,特別障害給付金法は,国民年金制度の発展過程において生じた特別な事情(等しく同制度の対象とされながら加入形態の違いにより障害基礎年金等を受給できる者とできない者が生じるという事情)にかんがみ,障害基礎年金等の受給権を有していない障害者に特別障害給付金を支給することにより、その福祉の増進を図ることを目的とするものである(同法1条。しかるに,同)法の対象となるのは,平成3年3月31日以前の特定の日に傷病に関する初診日がある者であるところ,同法が適用される平成17年4月以降の時点において14年以上も前の平成3年3月31日以前の特定の日に傷病に関する初,,「診日」があることを診療録やそれに基づく医師の証明により る者であるところ,同法が適用される平成17年4月以降の時点において14年以上も前の平成3年3月31日以前の特定の日に傷病に関する初,,「診日」があることを診療録やそれに基づく医師の証明により立証することは,診療録の保存期間が5年とされており(医師法24条2項)廃棄されている可能性が高いことを考慮すると,実際上極めて困難であることが予想されるのであり,診療録等により「初診日」を容易に知ることができる通常の障害基礎年金の場合とは,その前提となる状況を異にするものといわざるを得ない。そして,同法の対象者は,前記のとおり,国民年金制度の発展過程において生じた受給権を有しない障害者であり,必ずしも広範囲の多数者に及ぶものではないことがうかがわれるから,診療録やそれに基づく医師の証明という画一的な処理をすることを求めるのは相当ではなく,個別の事情に応じて「初診日」を認定することがむしろ同法の趣旨及び目的に適うものということができる。 以上のことからすると,特別障害給付金法に基づく申請における「初診日」の認定に当たっては,申請の対象となった傷病に関する診療録等,その初診日を直接に証する医師作成の書面が存在しないことから直ちに「初診日」が確定- 9 -できないと即断することは相当ではなく,診療録等が存在しない理由,申請者の初診日に関する供述の内容,傷病についての受診の経過,現に有する傷病な,。 いし障害の内容などを総合的に判断して個別的に判断すべきものと解される以下では,このような観点から,原告の本件傷病に関する初診日について検討する。 前提事実(前記第2の2)及び証拠(文中掲記のもの)によれば,以下の事実が認められる。 (1) 原告の経歴等(甲17,25,26,49,乙1の20,証人P9,証人P6,原告本人)ア原告は,昭和▲年▲月 実(前記第2の2)及び証拠(文中掲記のもの)によれば,以下の事実が認められる。 (1) 原告の経歴等(甲17,25,26,49,乙1の20,証人P9,証人P6,原告本人)ア原告は,昭和▲年▲月▲日に生まれ,私立小学校を卒業後,P10中学校及びP10高校に進学した。原告は,中学,高校時代において,新聞委員,弁論部などに属したほか,音楽活動を行い,自らが作詞作曲した曲がNHKの音楽番組で採用されたことがあった。原告は,東京大学への進学を志望していたが,高校3年当時,同大学の入学試験が中止されたこともあり,将来は「人に夢を与えるような仕事がしたい」と考え,P1大学芸術学部放送学科に進学した。 イ原告は,昭和45年4月,上記学科に入学した。同学科は,放送関係の仕事を目指す者が集まっており,入学当時,原告は,オーディオミキサーになろうと考えていた。もっとも,原告は,大学1年の終わり頃,著名な放送作家であったP11が主宰するP12という事務所の募集に応じ,研,,修生に選ばれたことから昭和46年4月から同事務所で研修を受けた後放送作家の見習いとして働き,テレビのバラエティ番組の作成などに携わることとなり,極めて多忙な生活を送るようになった。 ウ原告と同学科に属し,原告の友人であったP6は,大学3年生の終わりころ,原告は耳が悪いのではないかと感じた。 ,,,エ原告は昭和49年3月に大学を卒業し引き続き放送作家として働き情報番組や歌番組の台本作成などを行うようになった。そして,原告は,- 10 -昭和62年,それまで同棲していた女性と婚姻した。 オ原告は,生まれてまもなくから昭和60年ころまで,東京都品川区の自宅において家族とともに生活していた。原告の家族は,耳鼻科の疾患について,自宅近くの耳鼻科医であるP2医院に通院しており,原 た。 オ原告は,生まれてまもなくから昭和60年ころまで,東京都品川区の自宅において家族とともに生活していた。原告の家族は,耳鼻科の疾患について,自宅近くの耳鼻科医であるP2医院に通院しており,原告も,小学生や中学生のとき,鼻づまりや蓄膿症等の治療のため,P2医院に通院したことがあった。 (2) 本件請求における原告の申出内容等原告が作成した本件請求に係る「病歴等申出(聴取)書(乙1の4)に」は,概要,以下の記載がある。 ア発病したときから初診までの間についてP1大学芸術学部放送学科在学中,ステレオで音楽を聞いていて楽器の定位がおかしいことに気づき,耳に異常があるのでは?と思い,P2医院で検査を受けたところ,右耳の高音(8000Hz)の聴力が著しく低下していることがわかった。 イ初診から現在までの経過について①昭和45年▲月からP2医院での診断が,聞こえが悪いのは右耳の高音だけで原因不明,生活に支障はないのでしばらく様子を見ましょうとのことで,その通りにし,以後,受診していない。その後,右耳の聴力は少しずつ低下し,2年後には内しょ話,電話などは左耳を使うようになった。 ②昭和▲年▲月からめまいを起こしたので再びP2医院を受診したところ,P13病院を紹介され,同病院にて検査を受けたところ,右耳はほとんど聞こえていないことがわかった。検査の連続で,既にめまいもおさまっているため治療開始に至らず,仕事が多忙のため通院を打ち切った。 その後2~3年おきにめまいを起こしたが,1日寝ていると良くなったので,仕事が多忙だったこともあり受診していなかった。右耳はほと- 11 -んど聞こえない状態だったが,左耳は正常だったので,生活に支障はなかった。 ③平成▲年▲月▲日から朝,左耳がつまった感じで聴力も低下していたので,P14耳鼻咽 いなかった。右耳はほと- 11 -んど聞こえない状態だったが,左耳は正常だったので,生活に支障はなかった。 ③平成▲年▲月▲日から朝,左耳がつまった感じで聴力も低下していたので,P14耳鼻咽喉科医院を受診したところ,P15病院を紹介され,突発性難聴との診断で翌日入院した。20日間の入院で左耳の聴力は回復した。 ④平成▲年▲月から平成▲年▲月まで左耳の難聴が再発,P15病院を受診したところ,入院時と同じステロイド剤の服用で通院治療することとなった。左耳の聴力は回復したが更に2か月後に再発した。突発性難聴は再発しないことからメニエル症候群かも?ということで,グリセロールテストを受け,イソバイドによる治療に切り替わるが回復しなかった。 ⑤平成▲年▲月▲日から同年▲月まで再びP14医師に相談したところ,P3医師を紹介され,P16病院にて受診。再びステロイドとイソバイドの両方による治療を開始した。 一進一退を繰り返しながら徐々に聴力が低下した。 ⑥平成▲年▲月から通院が楽なことから同じP3医師の診察を受けられるP17病院へ転院した。しかし聴力の低下はくい止められず平成5年,身体障害者6級に認定され,平成9年には3級に認定された。 ⑦平成▲年▲月▲日からP3医師がP17病院での診察をやめることからP18病院に転院し。 。 た聴力の低下をくい止めるためP3医師による治療を受け続けている(3) 原告の難聴等に関する診療内容等アP2医院原告は,本件申請に当たり,同医院に対して,昭和45年ころの診療の有無について問い合わせたが,当時の診療録が残っていないため初診日に- 12 -関する証明はできないと言われた(甲17。その後,原告の代理人弁護)士が,昭和45年ないし同49年ころにおける原告の受診の有無について,,「,,同医 残っていないため初診日に- 12 -関する証明はできないと言われた(甲17。その後,原告の代理人弁護)士が,昭和45年ないし同49年ころにおける原告の受診の有無について,,「,,同医院に対して照会をしたところ同医院のP19医師は記憶記録カルテ等も残って居りません」と手紙で回答した(甲29の3,4。 )原告の妹は,現在でも同医師の診療を受けることがあることから,同医師に対し,上記の照会に対する回答につき協力を依頼したが,同医師はその配偶者の指示に従い,協力を拒否した(甲25,証人P9。 )イP13病院原告の代理人弁護士が,同病院に対し,昭和45年ないし同49年ころにおける原告の受診の有無を照会したところ,同病院は「当院の耳鼻科,に通院した履歴はない」旨回答した(甲30の1,2。 )ウ医療法人社団P14耳鼻咽喉科原告の代理人弁護士が,P14医師に対し,平成3年7月ないし同4年1月年ころにおける原告の受診の有無を照会したところ,同医師は「平,成▲年▲月▲日,朝から左難聴を自覚との由にて,同日当科受診。聴力検査にて両側感音難聴を認める。同日,P15耳鼻咽喉科に紹介状を書く。 当科初診時病名はメニエル病(右耳に以前から難聴があり,対側型遅発性内リンパ水腫と考えました。翌▲月▲日,P15入院,以後P15に。)て治療を受ける」旨回答した。また,同医師は「耳の状態があまりよ。 ,くないとの相談を受けたため,平成4年2月3日付けでメニエル病で権威のあるP3医師に紹介状にて診察を依頼。以後同医師に治療をしていた」旨回答した(甲31の1,31の2の1)。 エP15病院原告は,平成▲年▲月▲日,同病院に入院した。入院時において,左耳に中等度の感音難聴があり,耳鳴りがあったが,めまいはなかった。同病院は,突発性難聴と 甲31の1,31の2の1)。 エP15病院原告は,平成▲年▲月▲日,同病院に入院した。入院時において,左耳に中等度の感音難聴があり,耳鳴りがあったが,めまいはなかった。同病院は,突発性難聴と診断し,治療を行った。同病院の入院診療録の現病歴の欄には,右耳の聴力喪失に関し「25,6歳右聴力喪失高周波が,- 13 -急に聞こえなくなった。近医(耳鼻咽喉科)受診したが放置。数ヶ月後,右聴力喪失が進行しているような気がして放置していたところ,急にめまいがあり,数時間継続し,段々喪失した,耳鳴り,聴力喪失があり,P13(耳鼻咽喉科)受診したが,めまい検査せず」と記載されている(甲。 。 32の2)オP16病院原告は,平成▲年▲月▲日,同病院でP3医師の診療をうけた。同病院の診療録には,傷病名として「両感音難聴(ステロイド依存,遅発性内リンパ水腫」の記載があり,平成▲年▲月▲日の欄には「右は以前から),悪く可聴8000Hzから低下を自覚「漸次進行「めまい発作「右は」」」ろうに近いとの事」との記載がある。また,P3医師は,P14医師への報告の中で「本症例は学生時代のメニエール様の症状(反復回転発作性,),()めまいと進行性右感音難聴が先行しついで今回の左聴力低下変動性が生じたもので,…Delayedendolymphatichydrops(遅発性内リンパ水腫)の一型に相当するものと思われます」と記載している(甲33)。 。 カP17病院同病院のP4医師が作成した平成5年3月25日付けの「身体障害者診」,「(,)断書・意見書には障害名として両側感音難聴右ろう左高度難聴(メニエール症候群後遺症,疾病・外傷発生年月日として「昭和45)」年頃,参考となる経過・現症として「右耳は学生 「(,)断書・意見書には障害名として両側感音難聴右ろう左高度難聴(メニエール症候群後遺症,疾病・外傷発生年月日として「昭和45)」年頃,参考となる経過・現症として「右耳は学生時代より進行性難聴と」反復めまい発作があり,現在はろうに近い。1昨年より左耳に耳鳴りを伴う難聴が出現し,各種治療により一時回復するも再び増悪することを繰り返し,次第に難聴高度となり,最近はほとんど変動しなくなった」との記載がある(乙1の18。 )キP20センター同センターのP5医師が作成した平成11年8月23日付けの「身体障害者診断書・意見書」には,障害名として「聴覚障害,原因となった疾」- 14 -病,外傷名として「内リンパ水腫(左」との記載があるが,疾病・外傷)発生年月日の欄は空欄となっている(乙1の19。 )クP18病院同病院のP3医師が作成した平成17年4月19日付けの「特別障害給付金診断書」には,障害の原因となった傷病名として「両側感音難聴,メニエール症候,傷病の発生年月日,そのために初めて医師の診療を受け」た日として「昭和45年▲月頃(本人の申立て」との記載がある(乙1)の3。 )また,同医師は,本件申請に当たり,上記の傷病の発生およびそのために初めて医師の診療を受けた日の診断書への記載について,主治医としての意見書(乙1の5)を作成したところ,同意見書には,原告の初発時期の申立ては信頼性の高いものと考察した旨の記載がある。 (4) 難聴,メニエール病等に関する医学的知見,。 ア難聴とは自覚的又は他覚的に聞こえの機能が低下している状態をいう音は,空気の振動が外耳から中耳を経て内耳蝸牛に至り,内耳神経等を経,。 て大脳皮質聴覚野に達するがいずれの過程が障害されても難聴が生ずる難聴は,外耳・内耳の病変に の機能が低下している状態をいう音は,空気の振動が外耳から中耳を経て内耳蝸牛に至り,内耳神経等を経,。 て大脳皮質聴覚野に達するがいずれの過程が障害されても難聴が生ずる難聴は,外耳・内耳の病変による「伝音難聴」と,内耳以降の病変による「感音難聴」に分けられる。内耳性難聴をきたす疾患として,メニエール病,突発性難聴等がある(甲35)。 イメニエール病の本態は必ずしも解明されておらず,その病変は,発作的に起こる内リンパの増量,いわゆる「内リンパ水腫」であると考えられているが,その原因の詳細はなお不明である。同病の症状は,突然,一側の耳鳴りと難聴を伴った激しい回転性めまいが起こり,それが数分から数時間持続すると,めまいはおさまり,難聴,耳鳴りも軽くなるが,やがて早いときは数日,長ければ数ヶ月から数年経った後,再び同じ耳に同じ発作が起き,めまい発作を繰り返しながら難聴が徐々に進んでいき,聴力の障害はやがて高度難聴にまで達するというものである。通常は40歳前後の- 15 -壮年期に多いが,若年者,高年者にも発病し,性差はない(甲36)。 ウ昭和45年に発行された医学書である「耳鼻咽喉科外来診療」には,以下の記載がある(乙9。 )耳鳴,難聴などの聴覚障害を伴った発作性のめまいを,メニエール症候群と呼び,そのうちで原因がわかっている疾患(例えば中枢神経系疾患,化膿性内耳炎,迷路梅毒など)を除外したいわゆる原因不明の疾患をメニエール病と呼んでいる。現在,メニエール病の病因としては内リンパの過剰生産あるいは吸収障害による内リンパ水腫説が有力である。このような病理的変化を来す原因で現在最も信じられている説は,自律神経の緊張異常説であり,全身の自律神経系の不安定状態を基礎として,最後には迷路水腫の状態が引き起こされる。自律神経失調の前段階とし このような病理的変化を来す原因で現在最も信じられている説は,自律神経の緊張異常説であり,全身の自律神経系の不安定状態を基礎として,最後には迷路水腫の状態が引き起こされる。自律神経失調の前段階として,ストレスが根本原因あるいは誘因と考えられる。30~40歳代の青壮年男子に多く見られ,典型的な例では,はげしいめまいの発作が突然起こり,周囲が回転するが,意識障害を起こすことはない。めまいと同時にあるいはめまいの起こる前に一側性の難聴,耳鳴に気づくことがある。この発作は長く続かず,通常1-2時間で次第に軽快する。 エ厚生省は,昭和49年,特定疾患(いわゆる難病)の一つであるメニエール病に関する研究班を設置し,P3医師(当時は東京医科歯科大学医学部教授)がその班長となった。同研究班は,3年間にわたり研究を行い,診断基準を確立したほか,疫学調査,臨床面の調査,病因についての検討などを行った(甲37)。 オP3医師は,平成16年,メニエール病の長期経過観察所見を分析した論文を発表した(乙1の11。同論文は,1948年から2003年ま)での55年間に受診してメニエール病確実例と診断された症例のうち,難治のため20年以上の長期にわたって通院を余儀なくされた患者で,診療記録の調査が可能であった43例を対象したものであるが,同論文によれば,両側聴力の高度低下により身体障害者福祉法に基づく障害程度等級2- 16 -ないし6級に該当したものが15例あり,そのうち,片側の難聴とめまい発作を経て高度難聴となった後,反対側の難聴も次第に進行し,高度難聴となった例が4例存在した。 争点1(原告の右耳の難聴についての初診日は昭和45年▲月ころと認められるか)について(1) 原告は,昭和45年▲月ころ,右耳の聞こえに異常を感じたことから,P2医院におい 例が4例存在した。 争点1(原告の右耳の難聴についての初診日は昭和45年▲月ころと認められるか)について(1) 原告は,昭和45年▲月ころ,右耳の聞こえに異常を感じたことから,P2医院において診療を受けたと主張し,原告本人尋問において,それに沿う供述をし,同旨の記載のある陳述書(甲17)を提出した。また,原告が作成した本件請求に係る「病歴等申出(聴取)書(乙1の4)には,発病日」及び初診日を,昭和45年▲月とした上で,P1大学芸術学部放送学科在学中にステレオで音楽を聴いていて,楽器の定位がおかしいことに気付き,耳に異常があるのではと思ってP2病院で検査を受けた旨記載している。 (2)そこで検討するに,原告は,昭和45年▲月ころに,右耳の聴力の異常を感じて,P2医院で受診し,P2医師からは8000ヘルツ以上の高音域の聴力が低下していると告げられた旨述べているところ,前記認定事実(第3の2(3)オ)によれば,原告は,特別障害給付金法が公布された日よりもはるかに前である平成▲年▲月▲日に,P16病院においてP3医師の診療を受けた際,学生時代から右耳に難聴があり,8000ヘルツ以上の音域の聴力低下があった旨を医師に告げていることが認められる。すなわち,原告は,特別障害給付金法が制定され,その給付に関して初診日が問題になることなど全く予想できなかった平成▲年に,当時,診察した医師に対し,学生時代から右耳の聴力異常があった旨述べているのであって,これは自らの記憶に基づく自然なものであると解すべきであり,原告が学生時代から,右耳の聴力の異常を感じていたという供述の信用性を否定すべき事情は見出し難い。 そして,この点については,原告が平成▲年▲月に診察を受けて以降長年にわたって原告の主治医をしているP3医師は本件申請に必要な診断書乙,( ていたという供述の信用性を否定すべき事情は見出し難い。 そして,この点については,原告が平成▲年▲月に診察を受けて以降長年にわたって原告の主治医をしているP3医師は本件申請に必要な診断書乙,(- 17 -1の3)を作成し,傷病の発生年月日及び初診日につき,本人の申立てとして昭和45年▲月頃と記載し,かつ,原告の初発時期に関する申立ては信頼性の高いものであるとする意見書(乙1の5)を作成しているところ,前記認定事実(第3の2(4)のエ及びオ)及び証拠(乙1の11)によれば,同医師は厚生省が昭和49年ころから行ったメニエール病に関する研究において班長を務めた我が国有数のメニエール病の専門医であり,同医師は,その研究成果(乙1の11)によれば,青年期に難聴を発病し,めまい発作を反復しつつ,次第に聴力が低下し,反対側耳にも難聴が現れ両耳高度難聴となったという例はメニエール病の一例として特異なものではないことなどを踏まえて,原告のメニエール症候の発症時期の申立ては,信頼性が高いものと考察した旨の意見書(乙1の5)を作成していることが認められる。 したがって,原告のメニエール症候は,原告が供述している昭和45年▲月ころに発症したものと認めることができる。 (3)また,前記のとおり,原告は,平成▲年に,当時,診察したP3医師に対し,8000ヘルツ以上の音域の聴力が低下していた旨の供述をしているところ,聴力の異常が「8000ヘルツ」以上の音域の部分であるかどう,かということは,医師等による専門的な検査を経なければ容易に知悉しがたい事実であることを考えれば,原告は,医師による検査を受けた結果「8,000ヘルツ」異常の音域の聴力が低下していたと知悉したと推認するのが相当である。 そして医師の診察を受けた時期については前記認定事実第3の2 えれば,原告は,医師による検査を受けた結果「8,000ヘルツ」異常の音域の聴力が低下していたと知悉したと推認するのが相当である。 そして医師の診察を受けた時期については前記認定事実第3の2(1),,(ア及びイ)によれば,原告は,中学,高校時代から音楽に親しみ,P1大学芸術学部放送学科に進学し,大学1年生のころは,オーディオミキサーになることを志望していたというのであるから,そのころ,右耳の聴力に異常を感じれば,自らが志望している職業に就けるかどうかを左右しかねない重大な問題であると深刻に受けとめ,その原因や治癒の可能性などを知ろうとして病院に行くことは通常の行動として十分に考え得るものであり,また,前- 18 -記認定事実(第3の2(1)イ)によれば,原告は,大学1年生の終わりころである昭和46年春ころに,P12の研修生に選ばれたことから,オーディオミキサーではなく,放送作家としての道を志すことにし,その後は,卒業後も含めて,番組作成などで極めて多忙な生活を送るようになったというのであるから,原告が大学1年生である昭和45年▲月ころという時期に,ステレオで音楽を聞いていて楽器(ドラムスのハイハット)の定位がおかしいことに気付いて,耳に異常があるのではないかと思って病院の診察を受けたという原告の供述は何ら不自然ではなく,十分に首肯し得るものである。さらに,一般に,人の会話は,せいぜい2000ヘルツ程度以下の範囲で行われていることが多いと言われていることからすれば,原告は,微妙な音の違いを聞き分ける必要があるオーディオミキサーを志望している時期には,高音域の8000ヘルツ以上の音についても聴力異常が生じれば,病院の診察を受けるほど深刻に悩むことが十分に考えられるものの,その後,P12に入り,微妙な音の違いなどを感知する 志望している時期には,高音域の8000ヘルツ以上の音についても聴力異常が生じれば,病院の診察を受けるほど深刻に悩むことが十分に考えられるものの,その後,P12に入り,微妙な音の違いなどを感知する必要のない放送作家の道を歩み始めて以降は,相当期間,病院に行かなかったとしても何ら不思議ではないといえる。 (4)これに対し,被告は,仮に原告が昭和45年▲月ころ本件傷病を発症したとしても,医療機関を受診しなかった可能性が十分にあると主張する。 しかしながら,前記のとおり,原告がオーディオミキサーを志望していた時期に,耳に若干でも異常を感じればすぐに医師の診療を受けたとしても何ら不自然ではなく,また,原告が初診日の診療内容につき具体的に供述していることに加え,原告の実妹であるP9証人は,原告がP2医院で診察を受けたのは,原告がP12の研修生になって極めて多忙になる前の時期であったこと,母親もメニエール病で耳が悪かったこともあり,原告に対し,P2医院より専門的な病院で診察を受けた方がよいと話をしたことなど具体的な証言をしていることからすると,原告は,大学1年生のころに医療機関を受診したと十分に認めることができるのであって,被告の上記主張は採用する- 19 -ことかできない。 また,被告は,平成▲年▲月に原告がP15病院に入院した際の入院診療録(甲32の2)の現病歴欄に「25,6歳右聴力喪失高周波が急に,聞こえなくなった。近医(耳鼻咽喉科)受診したが放置」と記載されていることから,原告は,そのころに発症した可能性があると主張する。 しかしながら,原告作成にかかる「病歴等申出(聴取)書(乙1の4」)には,昭和49年8月以降に,P2病院の紹介でP13病院で検査を受けたところ,右耳はほとんど聞こえていないことがわかったと記載され,本人尋問に 原告作成にかかる「病歴等申出(聴取)書(乙1の4」)には,昭和49年8月以降に,P2病院の紹介でP13病院で検査を受けたところ,右耳はほとんど聞こえていないことがわかったと記載され,本人尋問においても同旨の供述をしていることからすると,原告は,平成▲年▲月にP15病院に入院した際に,長期間にわたる病状のうち,ほぼ右耳の聴力を喪失したという象徴的な病状について,その内容と時期を述べたということが十分に考えられるのであって,上記の入院診療録の記載をもって,前記認定を覆し,25ないし26歳ころに本件傷病が発症したと認めることはできないと言うべきである。 さらに,被告は,原告が本件申請に当たり提出したP6ら作成名義の証明書(乙1の20ないし25)に関し,①各人の1通目の証明書には初診日に関する記載がないこと,②各人の2通目の証明書には通院していた旨の記載があるが病院名や時期等の記載がないこと③原告自身病院に行く行,,,「(った)ことは,家族にしか話していません」と記載した書面(乙1の16)を提出していたことと矛盾することを指摘し,また,P6らの陳述書(甲26ないし28)に関し,3名とも不自然な言い回しが共通しており,また,内容に具体性を欠くことを指摘し,いずれも信用性を欠くと主張する。 たしかに,上記の証明書等の初診日に関する記載には具体性が乏しく,また,初診日に関する当法廷における証人P6の供述も同様であって,これらの内容によって直ちに原告の初診日を学生時代であると認めることはできないと言わざるを得ないが,前記のとおり,他の証拠によって十分にその初診日が昭和45年▲月ころであると推認できるのであって,これらの証明書等- 20 -の記載内容が具体性を欠くことなどによって,上記の認定が左右されるものではない。 (5)以上 よって十分にその初診日が昭和45年▲月ころであると推認できるのであって,これらの証明書等- 20 -の記載内容が具体性を欠くことなどによって,上記の認定が左右されるものではない。 (5)以上のとおりであり,他に上記認定を覆すに足りる証拠はないから,原告は,昭和45年▲月ころ,右耳の難聴について初めて医師の診療を受けたと認められる。 争点2(原告の左右の耳の障害の原因となる疾病が同一傷病といえるか,また,この点に関する被告の主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たるか)について(1) 被告は,証人尋問及び原告本人尋問を終えた後である第7回口頭弁論期日において,平成20年11月13日付け準備書面を陳述し,原告の左右の耳の聴力低下の原因が同一の傷病であると特定することはできず,右耳について初めて医師の診療を受けた日をもって本件傷病に関する初診日とすることはできない旨の主張をした。しかしながら,被告は,同主張をさらに敷衍して詳細な主張を展開することはなく,立証としても被告の担当者の陳述書等(,),の書証乙13ないし1621を提出するにとどまっているのであって被告の上記の主張は,訴訟の完結をほとんど遅延させないものであるから,時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきものには当たらないと解すべきである。 (2) そして,前記のとおり,メニエール症候が,青年期に難聴を発病し,めまい発作を反復しつつ,次第に聴力が低下し,反対側耳にも難聴が現れ,両耳高度難聴となるという経過をたどることは特異なものとはいえないとされているところ,原告の長年の主治医であり,メニエール病の専門医であるP3医師の意見書(乙1の5)によれば,原告のメニエール症候の初発時期に関する申立ては信頼性が高いとされるのであって,原告のメニエール症候の発,,症は右 主治医であり,メニエール病の専門医であるP3医師の意見書(乙1の5)によれば,原告のメニエール症候の初発時期に関する申立ては信頼性が高いとされるのであって,原告のメニエール症候の発,,症は右耳の難聴が発症した昭和45年▲月ころであると推認されるところこれを覆すに足りる的確な証拠はない。 そうすると,原告の左右の耳の障害の原因となる疾病はメニエール症候で- 21 -あり,同一の傷病であると認められるというべきであり,被告のこの点に関する主張は採用することができない。 本件処分の適否について上記3及び4で判断したところによれば,本件傷病に関する初診日は昭和61年3月31日以前にあり,原告は,昭和60年法律第34号による改正前の国民年金法7条2項8号所定の20歳以上の学生に該当するということができる。そして,本件請求において提出された診断書によれば,原告の障害は,障害等級1級に相当することは第2の2前提事実(4)記載のとおりであり,これを覆すに足りる証拠はない。 したがって,原告は,特別障害給付金法2条所定の「特定障害者」に該当するというべきであるから,本件請求を棄却した本件処分は違法といわざるを得ない。 第4 結論 よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,訴訟費用について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第3部定塚誠裁判長裁判官谷口豊裁判官- 22 -裁判官工藤哲郎は,転任のため署名押印することができない。 定塚誠裁判長裁判官
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