平成13年12月5日判決言渡同日原本交付裁判所書記官平成11年(ワ)第25号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成13年9月12日判決 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告Aに対し金200万円,原告B及び原告Cそれぞれに対し各金100万円並びに上記各金員に対する平成11年1月31日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,原告A,その父である原告B,その母である原告Cが,原告Cが被告の経営する病院において原告Aを出産した際に,担当医師が過失により原告Aの左足大腿骨を骨折させたと主張し,被告に対し,債務不履行または民法715条の不法行為に基づき損害賠償と訴状送達の日の翌日を起算日とする民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。 2 争いのない事実(1) 原告Cは,平成8年8月8日被告が経営するH病院(以下「被告病院」という。)に入院し,平成8年11月26日午後,担当医師Dの施術による帝王切開により,原告Aを出産した。この出産の際に,ポキッという音がした。 (2) 原告Bは,原告Aの父である。 (3) 原告Aは,前記(1)の出産の際に左大腿骨を骨折し,その後,被告病院において,レントゲン撮影と牽引の処置を受けた。 3 争点及びこれに対する当事者の主張(1) 本件事故につき,被告が債務不履行責任又は民法715条の使用者責任を負うか否か。 (原告らの主張)ア医師には,分娩にあたり,胎児の位置状況と産婦の症状により,安全な分娩方法を選択して,無事に出産させる業務上の注意義務があるのに,被告の担当医D医師は,縦切開の帝王切開 か。 (原告らの主張)ア医師には,分娩にあたり,胎児の位置状況と産婦の症状により,安全な分娩方法を選択して,無事に出産させる業務上の注意義務があるのに,被告の担当医D医師は,縦切開の帝王切開術によりながら,原告Aの片足だけを持って慌てて引っ張り,原告Aの大腿骨を骨折させた。 イ仮に,左足を挙上した状態で回転させたところ,足が引っかかって骨折したのだとしても,D医師は,足が引っかからないように慎重に回転させて娩出すべき注意義務を尽くさなかったこととなる。 D医師は,妊娠18週から入院していた原告Cの主治医であり,充分な経過観察の期間に,エコーの検査で胎児の位置や手足の様子を確認できた。また,手術室に入る10分前にもエコーにより頭が上にある逆子であることを把握していた。このように胎児の胎位が悪いときは,切開前に手を当てて胎位を換えることも可能である。元来,子宮内で左下肢が引っ掛かることなどないのに,D医師は安全のために帝王切開しながら,左足が出る前にポキッと音がしたというのである。大腿骨が斜めに骨折する不完全骨折は,引き出す際に無理な力が加えられた結果であるから,分娩方法に不注意があったものである。 ウ D医師は,異常音を認識しながら骨折させた疑いを持たずにいたが,これは,原告Aの大腿骨骨折を早期に発見し,手当をすべき義務にも違反している。原告Aを骨折から1日経ってから整形外科に回しており,その間原告Aは骨折部位の固定さえ受けていなかったのであり,事後処置にも過失がある。 エ被告は,担当医師の過失につき債務不履行責任または民法715条の使用者責任を負う。 オ現在でも,原告Aの大腿部は42度屈曲している。原告Aは出産時に執刀医のミスで大腿骨を骨折し,苦痛を蒙った上,長期間にわたり大腿骨の発達と機能に障害が出る不安を感じている。 用者責任を負う。 オ現在でも,原告Aの大腿部は42度屈曲している。原告Aは出産時に執刀医のミスで大腿骨を骨折し,苦痛を蒙った上,長期間にわたり大腿骨の発達と機能に障害が出る不安を感じている。 (被告の主張)ア出産にあたり医師に課せられた注意義務は,胎児の位置状況と産婦の症状により,より安全と考えられる分娩方法を選択し,無事に出産できるように努める業務上の注意義務にすぎない。 まず,D医師は,原告Cに対し,縦切開の帝王切開を勧め,これを行っているが,これは,胎児の胎位が骨盤位であったことと縦切開の方が緊急事態の発生に対処しやすいことによるものであり,同医師の選択は適切なものである。 帝王切開によって娩出する場合,胎児に対する麻酔の影響,産婦の出血に対する考慮等から,通常は手術開始から2分程度で娩出を終えている。ところが,本件では,娩出の開始が14時36分,出産が14時39分で所要時間3分であって,D医師としては,時間をかけた方であり,軽率に児を牽出しようとしたため骨折を招来したものではない。 本件骨折は,次のとおり,胎児の位置が骨盤位で,しかも娩出のときに不全足位となったこと,低出生体重児であったこと,原告Cの子宮筋が固かったこと等の悪条件が重なったために発生したものであり,D医師に過失はない。 (ア) 原告Aの胎位は骨盤位で,娩出の際には不全足位であったが,帝王切開にあたっては,出血多量の危険を可能な限り小さくするため,切開の部位,方向には制約があり,また切開の程度も決まっているから,医師は最初に出てくる胎児の部位を選択することができない。 本件においては,D医師が原告Cの子宮を,定められた部位で,定められた手法により切開したところ,原告Aの右足が最初に出てきたのである。 (イ) 原告Aは,低出生体重児であり,その大腿骨等が ない。 本件においては,D医師が原告Cの子宮を,定められた部位で,定められた手法により切開したところ,原告Aの右足が最初に出てきたのである。 (イ) 原告Aは,低出生体重児であり,その大腿骨等が通常より弱いことは想像に難くない。大腿骨骨折は低出生体重児にもみられ,帝王切開分娩においても幾例も報告されている。 本件では妊娠37週と3日で分娩しているが,帝王切開手術の時期を遅らせれば,胎児がそれだけ成長した段階で分娩することができることになるが,他方自然陣発が起こってしまい,緊急帝切をする危険が高くなる。 また,D医師は,原告Aの臀部を持ち,抵抗の少ない方へ回転させながら引いたが,その強さは通常であれば骨折をしない程度の強さであって,問題はなかった。 (ウ) 本件のような不全足位の場合には娩出が困難であるが,子宮の柔らかさによって困難さの程度が異なり,子宮が硬い場合には胎児を引き出すために大きな力が必要になり,さらに本件のように左足が子宮内にて挙上されている場合,結果として骨折のような事態を生じることがある。 D医師は,入院中に原告Cにウテメリンを継続して投与するなどして子宮を柔らかくすべく努めたが,手術中に同剤を投与すると肺水腫を起こすためこれを用いることはできず,今回の処置以上に子宮を柔らかくすることは困難であった。 イ D医師は,娩出中にポキッという音がしたため,骨折の可能性があると考え,小児科医及び助産婦に対し,足を診てくれという趣旨で「足が」と伝えた。原告Aのケアを引き継いだ小児科医や看護婦は,その趣旨を理解し,原告Aの下肢の診察,観察を怠らなかった。分娩当日は原告Aの左下肢に異常が認められなかったが,翌27日に腫脹・屈曲を認め,直ちにレントゲン撮影により骨折を確認し,これに対する処置を行っている。 したがって,D医師は骨 察を怠らなかった。分娩当日は原告Aの左下肢に異常が認められなかったが,翌27日に腫脹・屈曲を認め,直ちにレントゲン撮影により骨折を確認し,これに対する処置を行っている。 したがって,D医師は骨折の疑いを持たず,原告Aの大腿骨骨折を見逃して早期に手当をする義務に反したという原告らの主張は全く当たらない。 (2) 原告らが被った損害額。 (原告らの主張)ア原告Aは,執刀医の過失により大腿骨を骨折し,長期間に渡り大腿骨の発達と機能に障害が発生する状態になった。原告Bと原告Cは,原告Aの大腿骨骨折とこれにより3週間も母子が分離されたことで,眠れないほどの心配と不安を感じた。 イこれによる原告らの精神的苦痛を慰謝する慰謝料の相当額は,原告Aにつき200万円,原告Bと原告Cそれぞれにつき各100万円である。 (被告の主張)原告らの主張はすべて争う。 第3 争点に対する判断 1 乙第1から4号証,証人Dの証言によれば,次の事実を認めることができる(年度は特に表示しない限り,平成8年である。)。 (1) 原告Cは,8月5日に被告病院を受診し,同月8日,切迫早産のため,被告病院に入院した(当時妊娠21週と5日)。原告Cは,入院後に,子宮収縮を緩和するウテメリンの点滴投与を受けたが,子宮収縮の状態が完全には回復しなかったためそのまま入院が継続された。 担当のD医師は,骨盤位(いわゆる逆子)の所見が診られたため分娩を帝王切開によることとし,11月20日,原告C及び原告Bに対し,経膣分娩では頭部が最後に娩出されるため脳損傷の危険があり,帝王切開の方が安全性が高いこと,麻酔は全身麻酔で行うこと,切開方法は下腹部を縦に切開する(縦切開)とすること等を説明し,両名から承諾を得た。 (2) D医師は,11月26日午後2時26分ころ,腹部エコー検査により原告Aが骨盤位 と,麻酔は全身麻酔で行うこと,切開方法は下腹部を縦に切開する(縦切開)とすること等を説明し,両名から承諾を得た。 (2) D医師は,11月26日午後2時26分ころ,腹部エコー検査により原告Aが骨盤位にあることを確認し,同日午後2時36分から,原告Cの腹式帝王切開術を次のとおり行った(当時妊娠37週と3日)。 ア原告Cに全身麻酔が施された後,D医師は,下腹部を縦に約12~13㎝切開して開腹部分を固定した上,子宮頸部(子宮の下約5分の1の位置)を3㎝ほど切開し,その部分から手を用いて子宮の筋肉を分離したところ,原告Aの右足を認めた。 イその際,原告Aの右下肢が膝付近まで出て不全足位の状態になり,また,臀部から娩出させた方が安全であるため,D医師は,右下肢を子宮内に押し止めて,臀部を持ち(このとき原告Aは仰臥しており,その左下肢は子宮内で挙上した状態であった),抵抗の少ない方向(右回り)に回転させながら牽引し,同時に,助手に原告Aの頭部の方(子宮底)からクリステレルで圧出させた。 そして,D医師が,原告Aの臀部を持ったまま右回りに約90度回転させ,約10㎝ほど子宮外に引き上げたところ,左下肢が出る前に「ポキッ」という音がするのを聴いた。 その後,原告Aは,180度回転させられ,俯せの状態で臀部から引き上げられ,原告Aの娩出は手術開始3分後の午後2時39分ころ終了した。分娩直後の原告Aの体重は2488gであった。 ウその後,原告Cに切開部分の縫合等の処置がされ,同日午後3時15分に上記手術は終了した。 なお,この際に,原告Cの子宮後壁に子宮筋腫3個が発見されたが,摘出は見合わされた。 (3) D医師は,上記(2)イの娩出後の吸引等の処置を小児科医師と助産婦らに委ねたが,分娩中に「ポキッ」という音を聴いていたため,骨折の可能性もあると考え,その際に,足 れたが,摘出は見合わされた。 (3) D医師は,上記(2)イの娩出後の吸引等の処置を小児科医師と助産婦らに委ねたが,分娩中に「ポキッ」という音を聴いていたため,骨折の可能性もあると考え,その際に,足を診てくれという趣旨で「足が」と申し伝えた。 原告Aを引き継いだ看護婦らは,上記指示を受けて,同日,小児科医師Eに診察を依頼したが,動きがよく,腫脹も認められず,特に問題はないものとして経過観察との判断がなされた。その後,看護婦により,原告Aの沐浴が行われたが,その際にも異常は認められなかった。 翌11月27日午前10時の沐浴後,担当の看護婦によって,原告Aの左大腿部に腫脹があり,屈曲していることが確認されたため,直ちにレントゲン撮影により左大腿骨骨折を確認して入院の措置を採り,その後,整形外科の診察の結果に基づき牽引処置が開始された。 なお,原告Aの左大腿骨骨折の事実は,同日,D医師に伝えられ,同医師らから原告Cに説明がされた。 2 前記1の認定事実を前提に,争点(1)を検討する。 (1) 原告らは,D医師が原告Aの娩出時に行った牽引の方法に過失があると主張するので,この点をまず検討する。 D医師は,上記1で認定したとおり,助手にクリステレル圧出を施させながら,原告Aを,抵抗の少ない方向(右回り)に回転させつつ牽引し,最終的に俯せの状態で全身を娩出させた。そして,鑑定の結果(鑑定人Fの鑑定書4~5頁)によれば,娩出時における胎児に対する牽引の方向や牽引力について,①帝王切開においても,胎児の背中(児背)が母体の後方へと回旋すると,児頭の娩出が困難になることから,牽引に際しては,児背が母体の後方へと回旋しないようにする必要があること,②陣痛や怒責のほか,陣痛促進剤の使用による強い娩出力が働く経膣分娩に比して,帝王切開の場合には,クリステレル圧 なることから,牽引に際しては,児背が母体の後方へと回旋しないようにする必要があること,②陣痛や怒責のほか,陣痛促進剤の使用による強い娩出力が働く経膣分娩に比して,帝王切開の場合には,クリステレル圧出力だけしか働かないためにより強く胎児を牽引する必要があるが,胎児に無理な牽引を掛けると,胎児の上肢が子宮内に残り,両手を伸ばした状態(いわゆるバンザイ・ベビー)になり,娩出が困難になることが認められるが,この事実と娩出までの時間に照らすと,D医師が原告Aに無理な力を加えたと認定することは困難であり,D医師の行った原告Aの娩出時の牽引方法に過失があったということはできない。 (2) 次に,原告らは被告病院の医師の過失として,D医師は異常音を認識しながら骨折させた疑いを持たず,手術から1日が経過した後に整形外科で手当をさせたことを主張している。 しかしながら,上記1(3)で認定したとおり,D医師は,娩出時に「ポキッ」という異常音を聴いたことから,助産婦らに足を診てくれという趣旨の指示をし,これを受けてE医師による診察がされているから,D医師の採った術後の管理に関する指示に過失があったと認めることはできない。 他方,E医師は,手術当日に原告Aを診察した際には左大腿部骨折を発見していないが,上記1(3)で認定したとおり,原告Aの外部所見に異常がなく,また,鑑定の結果(鑑定人Fの鑑定書6頁)によれば,娩出時に「ポキッ」という音がしても,証人Dが証言するとおり関節や首を一定方向に押したことによる場合もあり,必ずしも骨折があるとは限らないと認められるから,この事実に照らすと,E医師の上記診断に過失があったということも困難である。そして,手術の翌日の11月27日に腫脹や屈曲等の大腿骨骨折が疑われる状況が発見された後は,直ちにレントゲン撮影がされ,整形外科での 照らすと,E医師の上記診断に過失があったということも困難である。そして,手術の翌日の11月27日に腫脹や屈曲等の大腿骨骨折が疑われる状況が発見された後は,直ちにレントゲン撮影がされ,整形外科での診察が行われているのであるから,結局,本件手術後の一連の術後措置に被告病院医師の過失を認めることはできない。 3 また,原告らは,D医師において経過観察中や手術直前の超音波検査等により胎児の位置や手足の様子も確認した上で,胎児に対する牽引を行うべきであったかのような主張をしている。しかしながら,証人Dの証言及び鑑定の結果(鑑定人Fの鑑定書3~4頁)によれば,超音波検査は胎児が頭位や横位に変化していないかを診る目的で行うのが一般的で,胎児の手足の位置の詳細を把握しうるものではないことが認められるから,手術前の超音波検査の結果等は,原告Aに対する娩出時の牽引の方法選択に何ら影響しないということができ,原告らの上記主張も採用することができない。 第4 結論 1 以上によれば,争点(2)について判断するまでもなく,原告らの各請求はいずれも理由がない。 2 よって,原告らの各請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。 前橋地方裁判所民事第1部裁判長裁判官中野智明裁判官丹羽敏彦裁判官山崎威
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