【DRY-RUN】主 文 本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 事 実 (前注) 以下、左表の下欄に記載したものについては、それぞれその上欄に記載した略称 を用いる。なお、下欄の
主文 本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実 (前注)以下、左表の下欄に記載したものについては、それぞれその上欄に記載した略称を用いる。なお、下欄の記載中括弧内の部分も、略称である。 P1 控訴人P1P2 控訴人P2P1ら控訴人P1及び同P2会社被控訴人工場被控訴人の足尾製作所高崎工場さく販古河さく岩機販売株式会社労協 「会社」と「足製連」との間に昭和二七年二月に締結された労働協約就規 「工場」の工員就業規則、但し、昭和二六年一二月から実施されたもの。 組合日本労働組合総評議会全国金属労働組合群馬地方本部古河鉱業株式会社足尾製作所高崎工場支部青婦部 「組合」の青年婦人部P3委員長 「組合」執行委員長P3足製連古河鉱業株式会社足尾製作所労働組合連合会(「会社」足尾製作所傘下足尾・小山・高崎各工場の工員をもつて組織する各労働組合の連合体)全金日本労働組合総評議会全国金属労働組合地区労高崎地区労働組合協議会西毛地区委日本共産党西毛地区委員会古河細胞日本共産党古河細胞民青日本民主青年同盟本件ビラ日本共産党西毛地区委員会名義六月四日付ビラ(甲第九号証は、そのうちの一つである。)本件計画高崎工場三ケ年計画基本案(昭和三八年上期末の状態)本件文書本件計画を記載した文書(乙第四号証の原本)本件複写 「本件文書」を複写機により複写した文書で、P4が「工場」において入手したもの(乙第四号証)本件謄写 「本件文書」、「本件複写」と同一内容の、ガリ版による謄写文書(乙第五号証の一は、そのうちの一つである。)新管理方式 「会社」において昭和三五年に立案した機械部門新管理方式一申立て控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人らがいずれも被控訴人の足尾製作所高崎工場 証の一は、そのうちの一つである。)新管理方式 「会社」において昭和三五年に立案した機械部門新管理方式一申立て控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人らがいずれも被控訴人の足尾製作所高崎工場に勤務する従業員として労働契約上の権利を有することを確認する。被控訴人は昭和三七年七月二一日以降毎月一五日限り控訴人P1に対し金二万五七五九円を、控訴人P2に対し金一万三七四一円をそれぞれ支払え。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び控訴人P1に対する金員支払部分につき仮執行の宣言を求めた。 被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。 二控訴人らの主張 1 請求原因(一) 労働契約の成立会社は石炭と非鉄金属(主として銅)との採掘販売業・鉱山土木機械製造販売業等を営み、高崎市<以下略>には足尾製作所高崎工場を有し、そこで鉱山採掘用のさく岩機等を製造している。 P1は昭和二七年三月三日、P2は昭和二九年四月一日、それぞれ会社に工員として期間の定めなく採用され、P1は工場業務課営業係において製品の受注納入等の業務に、P2は工場製造課においてさく岩機部品の切削作業に従事していた。 (二) 賃金債権の内容P1の昭和三七年七月二〇日当時の平均賃金は一か月二万五七五九円、P2のそれは一万三七四一円であり、いずれも毎月一五日限り当月分の賃金の支払を受ける約定である。 (三) 会社の権利否認会社は昭和三七年七月二〇日P1とP2を懲戒解雇したと称して、両名の労働契約上の権利の存在を争い、同月二一日以降両名の就労を拒み、かつ賃金も支払つていない。 (四) 結論P1らは会社に対し前記契約上の権利の確認を求め、昭和三七年七月二一日以降毎月一五日限り、P1は二万五七五九円、P2は一万三七四一円の各賃金の支払いを求める。 2 抗弁に対す ない。 (四) 結論P1らは会社に対し前記契約上の権利の確認を求め、昭和三七年七月二一日以降毎月一五日限り、P1は二万五七五九円、P2は一万三七四一円の各賃金の支払いを求める。 2 抗弁に対する認否(一)のうち、会社がその主張の日に解雇の意思表示をしたことは認め、その余の事実は争う。 (二)のうち、労協の廃止・就規の改正は不知、その余の事実は認める。 (三)(1)(ⅰ)中新管理方式の立案と足製連への提案は認め、その余の事実は不知。かりに本件計画が存在したとしても、せいぜい工場長私案にすぎないもので、会社の会議等で検討されていない。 (三)(1)(ⅱ)は不知。 (三)(1)(ⅲ)は不知。会社の主張によれば、本件文書にも本件複写にも「秘」等の表示がないというから、これは秘密文書とはいえない。 (三)(1)(ⅳ)(イ)(A)は争う。 さく岩機については会社は東洋工業株式会社と市場を二分しており、三年後の工場の生産規模が洩れても、市場構成に影響しない。 値上することが競争会社に洩れれば、そこでも値上するのが普通であるから、競争上不利ではない。新製品も市場に出ればもはや秘密ではなく、他企業に真似されることもあろう。これを防ぐには特許をとればよく、敢て秘密とするほどのことはない。本件文書記載のクラストブレーカーやビツトロツドの生産本格化は秘密として保護される必要性を欠く。機械原価も秘密ではない。材質・材量・加工時間がきまつているから、他企業がこれを算出するのは困難でない。売値も仕切値も各企業の営業担当者は互によく知つており、秘密ではない。工場全体のマージン率が判つても各機械のそれが判るわけではないから、他企業に値引の限界を知られることはない。さく販の設立を他企業に知られても格別不利ではない。 労使関係上さく販設立・中央倉庫の設置が早く従業員に判 ン率が判つても各機械のそれが判るわけではないから、他企業に値引の限界を知られることはない。さく販の設立を他企業に知られても格別不利ではない。 労使関係上さく販設立・中央倉庫の設置が早く従業員に判つたからとて、関連人事異動などが困難とならない。要は早目に発表して組合等と十分協議して了解をとりつけることである。賃金増額・職組長の資格制度も同様である。 (三)(1)(ⅳ)(イ)(B)のうち、本件文書及び本件複写に「秘」の表示のないことは認める。その余は争う。 (三)(1)(ⅳ)(イ)(C)は争う。 (三)(1)(ⅳ)(ロ)は争う。本件計画のうち、クラストブレーカーやビツトロツドの生産本格化・機械原価・マージン・マージン率・さく販設立・中央倉庫設置等は当時公知であつた。 (三)(1)(ⅴ)のうち、P1及びP2に関する部分は否認し、その余は不知。 かりにP1らが本件謄写を配布したとしても、その記載内容が会社の重大な秘密であること、洩らした先が社外であることにつきP1らに故意がない。P1がいいものがあるという程度の興味をもつたとしても、秘密であることの認識ありとはいえないし、ましてや本件複写には「秘」の表示がないのである。さらにP1は社外にもれないように注意を与えて本件謄写を配布し、かつ配布先は日本共産党員である組合員であつたというのであれば、洩らした先が社外であるとの認識もありえない。 (三)(1)(ⅵ)は否認する。さく販は予定通り昭和三六年六月一日発足した。 本件文書が洩れたことにより、さく販出向を予じめ拒む者が出る等、その発足が妨げられたことはない。 (三)(2)冒頭の部分は争う。 (三)(2)(ⅰ)は争う。本件計画立案作成に当つたという工場長及びその内容の検討に参加したという課長以上の上級幹部職員は、その職務からして本件文書記載の事項につき守秘 三)(2)冒頭の部分は争う。 (三)(2)(ⅰ)は争う。本件計画立案作成に当つたという工場長及びその内容の検討に参加したという課長以上の上級幹部職員は、その職務からして本件文書記載の事項につき守秘義務を負うとしても、これらの職員とは職務も適用される就規も異る一般工員であるP1らはかゝる義務を負わない。P1らは企業経営上経営者と同一の利害関係に立たないから、本件のように職務上知りえた事項ではなく、たまたま知りえた事項にすぎないものについてまで、漏洩しない責任を負うものではない。このことは就規に守秘義務を定めた規定のないことからも明らかであり、七三条六号の規定は、懲戒に関するから、秘密を洩らして企業秩序を侵害した場合にのみ適用されるにすぎない。 (三)(2)(ⅱ)は争う。 会社はP1らが本件文書を謄写したものを古河細胞の構成員に配布し討議させて、そこに記載された秘密を漏洩したという。しかし会社のいう古河細胞の構成員はすべて会社の従業員であるから、これは労協五七条三号にいう「他」、及び就規七三条六号にいう「社外」にあたらない。 (三)(2)(ⅲ)秘密漏洩行為の反社会性の欠如企業秘密の漏洩について懲戒責任を負うには、(イ) その秘密漏洩行為自体に反社会性があること(例えば、秘密入手のため反社会的手段を用い、又は使用者の特別の信頼を裏切る場合)(ロ) 秘密漏洩行為の目的及び結果に反社会性あること(例えば、競争企業に秘密を売り、又は私益に利用する場合)(ハ) 企業秩序の侵害があることを要する。仮にP1らが会社主張の秘密漏洩行為をしたとしても、本件ではそのいずれをも充足しないから、P1らは懲戒責任を負わない。 (三)(2)(ⅵ)秘密漏洩行為の組合活動・政治活動としての正当性かりにP1らが会社主張の秘密漏洩行為をしたとしても、それはその所属す はそのいずれをも充足しないから、P1らは懲戒責任を負わない。 (三)(2)(ⅵ)秘密漏洩行為の組合活動・政治活動としての正当性かりにP1らが会社主張の秘密漏洩行為をしたとしても、それはその所属する組合の組合員のみで構成する古河細胞の労働組合対策検討に役立つ行為であるから、自己の政治的信条にもとづき所属組合、政党のため自己の知り得た情報を活用したにすぎない。これはP1らの組合活動であり、政治活動である。しかもP1らは会社に損害を与える目的をもたないから、その活動は正当である。かゝる正当な組合活動と政治活動とにつき懲戒責任を負ういわれはない。 (三)(2)(ⅴ)は争う。 (四)(1)(ⅰ)のうち、P1が昭和三六年七月二五日会社あてその主張の診断書を提出して同年八月一日まで就労しなかつたこと、同日会社あて同日一日につき大腸カタル治療のため年次有給休暇を取得する旨の届出をしたことは認める。P1が大腸カタルに罹らず、日本共産党大会に出席したことは否認する。その余の事実は不知。 P1は大腸カタルにかゝり、同年七月二五日会社あてその治療のため、同日から七日間年次有給休暇を取得する旨届出た上、自宅で静養していた。従つてP1は右休暇の取得により就労義務を免れているから、欠勤にもならず、また届出た理由は虚偽ではない。 (四)(1)(ⅱ)は争う。 (四)(2)(ⅰ)のうち、会社が新管理方式を提案し、以後足製連よりストライキ等をもつて対抗されつゝ交渉を続け、結局妥結したことは認めるが、妥結の日は昭和三五年八月二六日である。 会社がこの間賃金カツトを実施しその一部に誤りがあり、工場業務課工員は、同課P5副課長に不当賃金カツト実施の責任と職場話合中の不当な態度の責任とを問い、抗議行動をとつたことは認めるが、その余は否認する。 P5にお茶を出すことは職務に属し 誤りがあり、工場業務課工員は、同課P5副課長に不当賃金カツト実施の責任と職場話合中の不当な態度の責任とを問い、抗議行動をとつたことは認めるが、その余は否認する。 P5にお茶を出すことは職務に属しない。この抗議行動をP1があおつたことはない。仮にP1がP6らの申合せ違反の行為の理由をきいたとしても、正当な行為である。 元来この抗議行動は、新管理方式交渉において足製連の主張貫徹のための争議行為の一環として実施されたから、正当な組合活動である。 (四)(2)(ⅰ)(ロ)は否認する。仮に命令不服従があつても、組合の指令による正当争議行為である。 (四)(2)(ⅰ)(ハ)(A)のうち、会社が昭和三六年販売強化のためさく販を設立したこと、仙台営業所勤務のP7ほか二名が最終的にさく販に出向を承諾したことは認める。P1がP7ほか二名に対し、会社主張のように会社を中傷してこの三名に出向の拒否をあおつたことは否認する。その余は不知。 (四)(2)(ⅰ)(ハ)(B)のうち、P8が同年七月さく販出向を承諾したことは認める。P1が業務課員を集めてP8をののしつたりしたことは否認する。その余は不知。 業務課勤務の組合員は、同年四、五月ごろ開催の職場会議で、さく販設立により業務上深刻な影響を受けるとして「会社から業務課の新しい事業計画の明示を見るまでは、さく販に出向を求められても応じない。」と申し合わせていた。P8はこの申合わせを守らなかつたので、課員からその説明を求められたにすぎない。 (四)(2)(ⅰ)(ニ)のうち、会社が住友化学工業株式会社に対しクラストブレーカーを未納のままでいたこと、さく販大阪営業所から未納品リストと理由書との送付依頼のなかつたことは認め、その余の事実は否認する。P1は会社主張のようなことを述べておらず、P9がリスト等を作成したことはな を未納のままでいたこと、さく販大阪営業所から未納品リストと理由書との送付依頼のなかつたことは認め、その余の事実は否認する。P1は会社主張のようなことを述べておらず、P9がリスト等を作成したことはない。リスト等作成要求は通常電話によらず文書によるとされている。P1は当時クラストブレーカーの納期の照会を電話でうけて電話で回答したことはある。 (四)(2)(ⅱ)は争う。 (四)(3)(ⅰ)は始業時刻を認め、その余の事実は否認する。始業時刻は励行されていなかつた。P1は担当業務の性質上製品係に出荷依頼に行つたり納期の調査に行つたりするほか、執行委員在任中は就業時間中一週間三時間、代議員在任中は一月三時間組合活動を許されていたので、離席は多いが、いずれも適法な行動であつて、懲戒責任を負わない。 (四)(3)(ⅱ)は争う。 (五)(1)(ⅰ)冒頭の事実は否認する。 (五)(1)(ⅰ)(イ)のうち、P2の担当業務は認める。会社が標準工数を定めていることは不知。その余は否認する。能率を測定するには標準工数だけでなく、従業員の経験年数・機械の性能・作業内容・工場合理化の程度も検討すべきである。P2の能率は会社の測定方法によつても向上し、昭和三七年には良好となつた。 このような者に過去の非能率をとらえて解雇理由とすることはできない。 (五)(1)(ⅰ)(ロ)は否認する。仮にP2が就業時間中離席許可を得ずにダンスパーテイ券集金・自転車の手入をしたとしても、それは工場全体の能率が低下していた昭和三五年から昭和三六年八月までの新管理方式反対闘争中及びこれに引きつゞく新工場移転までの秩序未回復期のことであるから、P2のみが他の従業員と比較してとくにそうであつたわけではなく、懲戒責任を問うような問題ではない。 P2が空運転をしたとしても、離席時間の如何によつては運転を中止 までの秩序未回復期のことであるから、P2のみが他の従業員と比較してとくにそうであつたわけではなく、懲戒責任を問うような問題ではない。 P2が空運転をしたとしても、離席時間の如何によつては運転を中止しない方が適切な場合もある。すべて作業員の判断にゆだねられるべきである。これによる弊害は生じていない。 P2が残業をしなかつたことは、残業するか否かは本人の自由であるから、懲戒の理由とすることはできない。 (五)(1)(ⅰ)(ハ)のうち、会社が従業員に生産票の記入提出を命じていること、P2が作業内容を毎日でなく数日分まとめて記入提出したことは認めるが、その余は否認する。P2の記入した数字自体は正確である。数日分まとめて記入することは、他の従業員も行つていたし、何人もそれにつき上司から注意を受けたこともなく、又これにより実害が生じたこともない。 (五)(1)(ⅱ)は争う。 (五)(2)(ⅰ)は否認する。仮に欠勤が二八日間あつたとしても、会社の主張する昭和三六年九月の四日間、一〇月の六日間、一二月の二日間の欠勤は、民青代表として訪中の準備及び帰国遅延を理由とし、昭和三七年三月の一〇日間の欠勤は一二指腸かいようによる入院を理由とする等の特別事情にもとづく。これを除けば、その他の欠勤は六日間にすぎない。これも年次有給休暇の残日数をもつて若干消化できる。他の従業員に比しとくに欠勤が多いわけではない。 P2は欠勤届を事前に提出しない場合もあつたが、事後には必ず届出ている。他の従業員についても事後届出が多かつた。 遅刻六二回としても、その多くは一回一分ないし五分であるから勤務態度不良ではない。他の従業員にくらべて特に回数等が多いわけではない。 欠勤、遅刻、早退の理由と態様とを検討せずに懲戒を行うことは不当である。 (五)(2)(ⅱ)は争う。 (六)のうちP あるから勤務態度不良ではない。他の従業員にくらべて特に回数等が多いわけではない。 欠勤、遅刻、早退の理由と態様とを検討せずに懲戒を行うことは不当である。 (五)(2)(ⅱ)は争う。 (六)のうちP1が注意を受けたことは否認する。会社の調査・課長会議・組合の態度はいずれも不知。 P1らは以上の行為につき一回も懲戒も注意も受けていないから、労協六〇条を適用すべきでない。 仮に組合が解雇を承認したとしても、その正当性まで承認したわけではない。組合は当時同心会に牛耳られ、反対闘争を実施できない実情にあつた。 3 再抗弁(一) 本件解雇の背景ー新管理方式の提案から本件解雇まで(1) 新管理方式の提案と反対闘争(ⅰ) 新管理方式の立案会社は、経済事情の変動等により石炭・非鉄部門よりも機械部門に重点をおかざるを得なくなり、機械部門担当の足尾製作所に属する高崎・小山・足尾の三工場充実の必要ありとして、職場規律の確立と福利厚生手当の賃金繰入れとを骨子とする「機械部門新管理方式」(いわゆる新管理方式)の立案に着手し、昭和三五年春その成案を得た。 新管理方式の要領は次のとおりである。 「職場規律に関し、入門・作業開始・休憩・作業終了時間等規定時間を厳守し、高崎工場にタイムレコーダーを設置し、休暇の届出は事前になすを要し、労働協約にもとづき、組合活動は原則として就業時間外に行い、就業時間中組合活動を会社の許可にかゝらせ、その間の賃金を支払わず、組合専従者の賃金補償を廃止し、高崎工場における職場懇談会を廃止し、職長組長制度を明文化し、処遇を改善する。 福利厚生に関し社宅等の管理料を徴収し、社宅電力料の会社負担・理髪等の会社補助・作業衣の会社負担・自転車通勤者への現物補助等の通勤費補助・残業弁当の会社負担等の廃止ないし軽減を行い、これにより従業員 厚生に関し社宅等の管理料を徴収し、社宅電力料の会社負担・理髪等の会社補助・作業衣の会社負担・自転車通勤者への現物補助等の通勤費補助・残業弁当の会社負担等の廃止ないし軽減を行い、これにより従業員に減収を来たさないよう毎月平均一、三〇〇円程度の賃金増額を行うが、退職手当に影響しないようにする。 実施の期日と場所とにつき、昭和三五年四月一日から足尾・小山・高崎の三工場で実施する。」新管理方式は労働慣行により組合員が得た諸権利を制限し、又は奪うものである。会社は、遠距離通勤者のため、就規所定の入門時刻に遅れても遅刻扱いとせず、出門についても同様であつたのを、タイムレコーダーの設置により、就規所定の入門時刻に一分でも遅れると賃金カツトを行うこととし、従前承認していた就業時間中の組合活動を制限し、組合員の諸要求を封殺し、福利厚生関係においても労働条件の切下げを図つたのである。 (ⅱ) 提案から交渉妥結まで会社は昭和三五年三月一〇日中央労使協議会(会社と足製連とが労協にもとづき設置した協議機関)で新管理方式を提案した。 足製連は昭和三五年四月一〇日臨時大会で新管理方式全面撤回の決議をした上、中央闘争委員会を設置し、これをして交渉を担当させストライキも実行したが、会社は同年五月一日から新管理方式中職場規律に関する部分を足製連の同意を得ないまゝ実施にふみ切つた。 足製連はその後も全面撤回を求めて交渉を続行し数回にわたるストライキ、職場突上げ交渉を重ね、同年八月七日ようやく会社と合意に達し、同月八日仮調印のはこびとなつた。 合意の内容は、会社提案を一部修正して実施するのほか、成人男子一人平均月一、三〇〇円の賃金増額、一時金二八、〇〇〇円の支給を含み、実施期日を同年八月一日とするにある。 右合意は足尾・高崎の二組合の大会において不承認とな を一部修正して実施するのほか、成人男子一人平均月一、三〇〇円の賃金増額、一時金二八、〇〇〇円の支給を含み、実施期日を同年八月一日とするにある。 右合意は足尾・高崎の二組合の大会において不承認となつたが、最終的には同月二六日前記内容の協定書が作成調印され、こゝに新管理方式交渉は終結した。しかし高崎工場では、右協定書は無効であると考える者が多く、同年一〇月頃まで争議状態がつゞいた。 (ⅲ) P1らの活躍右闘争を通じ、組合執行部は昭和三四年九月会社の組合御用化工作の結果選出された役員により占められていただけに、会社と容易に妥協するとの姿勢を示したが、P1は組合代議員、P2は青婦部書記長として、新管理方式を不当とする多数の組合員の先頭に立つて闘い、それは前記交渉妥結後にも及んだ。 P1はこの闘争で示した実績を買われて、昭和三五年九月の選挙において組合執行委員に選出された。 (2) 会社の組合対策会社は新管理方式反対闘争において、P1らのような共産党員及びその同調者が活溌な活動をしたことにかんがみ、右交渉妥結後である昭和三五年秋頃から、組合の性格を反共的御用組合的に改造しようと企て、次のような対策をとつた。 (ⅰ) 労務担当者強化会社はまず昭和三五年六月P10を工場総務課労務係主任に、同年一〇月P11を工場総務課長(労働組合関係事務をも担当する。)に、同年一二月P12を同課労務係守衛に任命し、昭和三六年一月P13を、同年一〇月P14を工場に転入せしめ、昭和三七年二月P15を工場総務課労務係長に任命した。 これらの者は会社大峰鉱業所(福岡県田川郡所在、大峰と峰地の両鉱山を採掘している。)において、三井三池労組・日炭高松労組と並び称せられた大峰鉱業所労働組合の職場闘争を弾圧した経験者であつて、会社の方針にもとづき、P11総務課長を中心と 郡所在、大峰と峰地の両鉱山を採掘している。)において、三井三池労組・日炭高松労組と並び称せられた大峰鉱業所労働組合の職場闘争を弾圧した経験者であつて、会社の方針にもとづき、P11総務課長を中心とする会社の組合御用化反共化工作を遂行する目的であらたに工場に配置され、右目的にそつて、次のように活動した。 (ⅱ) 組合員懐柔工作昭和三六年一月ごろ工場内において、「P11総務課長宅に飲みに行こう。」という運動が始められた新管理方式反対闘争に対し消極的であつたP16が中心となつてこれを唱え、P17、P18、P19、P20、P21、P22らがこれに呼応したものである。 P11総務課長は同年一月ごろ自宅において右運動により来訪した組合員らに組合反共化対策につき協力を求め、共産主義的とみられたP23には、「組合活動をやるならやつてみろ。会社は対決する。」と、同じくP24には、「お前は少し左がかつているから、自重した方がいゝんじやないか。」と申し述べ、高崎市内の料亭等で組合員に酒をのませて組合の弱体化をはかつた。 右運動はその後もつゞけられ、同年八月の組合定期大会で批判された。 会社は組合活動よりも生産への協力という方針で、労務政策PR版「古河機械ニユース」を継続的に発行し、信賞必罰を提唱し、提案制度を強調した。 (ⅲ) 組合役員選挙介入昭和三六年九月執行の組合役員改選に当り、会社は一部の組合員に公休出勤を命じ、出勤した組合員に書記長候補者P24(当時日本共産党員ないし同調者とみられていた。)はアカであると宣伝して同人に投票しないよう仕向け、また会社に協力的な一部組合員はP16を中心として料亭で会議を重ね、自派候補者P22の選挙告示板に泥をぬりこれを民青の者の仕業であると逆宣伝した。 この結果、P24は落選し、P22は当選し、組合執行部は会社の 力的な一部組合員はP16を中心として料亭で会議を重ね、自派候補者P22の選挙告示板に泥をぬりこれを民青の者の仕業であると逆宣伝した。 この結果、P24は落選し、P22は当選し、組合執行部は会社の意向に従う者によつて殆ど占められた。 (ⅳ) 会社協力派優遇人事会社は昭和三六年一〇月工師・工手の制度を設け組長を増員し、前記総務課長訪問運動・組合役員選挙において会社の意に沿つて動いたP16を職長に、同じくP21・P22・P20・P18らを組長に昇任させ、年功その他から当然昇進すべき者を除外した。 会社は昭和三七年二月日ソ協会員とみられるP25の同僚に対する暴行につき、無期限出勤停止の措置をとりながら、会社に協力的なP17のハイヤー運転手に対する暴行につき、三日間のみの出勤停止の措置をとるとの差別待遇を行つた。 会社は昭和三七年春の賃金増額にあたり、日本共産党員とみたP1をわずか一、九〇〇円増額にとどめ、その他の者と勤続年数業務内容に照らせば公平を失する不利益取扱いをした。 (ⅴ) 同心会の結成とその反共活動昭和三七年二月、会社に協力的な前記の工員が中心となつて組合における日本共産党の活動阻止を目的の一つとする同心会を結成した。その会長はP21、事務局長はP20、統制委員はP22、幹部はP16・P17・P19・P12・P26らであつた。 同心会会員は職制の立場を利用したり、就業時間を費したりして、従業員に加入をよびかけたが、会社はこれを知りながら何らの措置もとらなかつた。 同心会は次第に会員をふやし、組合を動かす力となつてきて、組合員中日本共産党員又はその同調者とみられる者を調査し、考え方をかえ、同党と縁を切るよう要求し、組合の弱体化・御用化をねらつた。この動きはとくに組合員P27の解雇後益々盛となつた。 同心会のかゝる動きは会社 産党員又はその同調者とみられる者を調査し、考え方をかえ、同党と縁を切るよう要求し、組合の弱体化・御用化をねらつた。この動きはとくに組合員P27の解雇後益々盛となつた。 同心会のかゝる動きは会社の意図に副い、その旨を承けてなされたものである。 (ⅵ) P27解雇会社は昭和三七年五月二八日工場製造課従業員P27を、医療外出(病気等治療のため就業時間中特に許可される外出)の許可を受けて外出したのに、その時間を医療のために用いず他の目的に使用したこと、就業時間中更衣室に日本共産党機関紙赤旗を保管したことなど、虚偽の事実を理由に解雇した。 この解雇はP27が共産主義者であることを真の理由とするものであるから、P27は組合に解雇撤回運動方を要請したが、すでに同心会の会員ないしその同調者で占められた組合執行部から、現状では闘えないとの理由で拒否され、、結局依願退職に追い込まれた。 (3) 日本共産党のビラ配布から本件解雇まで(ⅰ) 本件ビラ配布日本共産党西毛地区委員会は同年六月五日P27解雇の真の理由を掲載した本件ビラ(甲第九号証はその一つである。)を工場従業員に配布した。その筆跡は西毛地区委のP28のものである。 (ⅱ) 同心会のP1解雇工作・組合大会(イ) 本件ビラ配布事件の責任追及同心会は本件ビラ配布を機会に、これがP1の筆跡であり、同人がかゝるビラを配布させたのは組合に対する統制違反に外ならないとの虚偽の理由をもつて、P1を除名し、ユニオン・シヨツプ協定による解雇にもちこもうと企て、会社の意図に従い、その協力を得て次のようにその工作をすゝめた。 同心会員である守衛P12は同年六月一〇日P1に、「お前は本件ビラを書いたか、その発行するための会議に参加したかであろう。お前は工場で監視付だ。」と告げた。 同心会幹部たるP21・P2 ゝめた。 同心会員である守衛P12は同年六月一〇日P1に、「お前は本件ビラを書いたか、その発行するための会議に参加したかであろう。お前は工場で監視付だ。」と告げた。 同心会幹部たるP21・P20・P16・P17ら七名は同月一五日P1に、「本件ビラはお前が書いたのであろう。お前は共産党だ。証拠がある。お前は会社を休んで共産党の全国活動者会議に出席した。」と申し向け、P17は会社から借り受けたP1の右会議当日のタイムカードを示した。 P3委員長は当時P1に対し、「P27の問題は解決済である。お前が本件ビラを書いたとすれば、組合の決定に違反したことになる。」と述べて、同心会に同調した。 P26ら同心会員は、就業時間中P1を統制処分にするための組合代議員会招集要求の署名集めを行つた。 組合代議員会は同年六月一八日開催され、P12は統制処分相当の意見を述べたが、慎重論と対立し、結局代議員会は結論を得なかつた。 同心会は同月一九日、日本共産党に情報を提供して本件ビラを発行させた同党員P1を処分する旨のビラ(甲第一一号証)を配布した。 同心会幹部P21・P16・P17ら三、四名は同月三〇日会社から使用許可を受けた製造課事務室でP1に対し、「本件ビラの筆跡をP29に鑑定させたら、P1の筆跡と判明した。」と述べ、P11総務課長が高崎警察署から貰つてきたというP1が日本共産党幹部と一緒に写つている写真を示した。 同心会は同日、本件ビラを書いたP1を撲滅し組合の威信を守るとのビラ(甲第一二号証)を配布した。 同心会会長P21は、同年七月二日西毛地区委委員長P30から、P1は本件ビラ作成に関与せず、P28がこれを書いた旨の説明を受け、同委員会事務所を後日訪問する旨約しながら実行しなかつた。 P21は同月四日P30から再度本件ビラの筆跡鑑定を双方で 長P30から、P1は本件ビラ作成に関与せず、P28がこれを書いた旨の説明を受け、同委員会事務所を後日訪問する旨約しながら実行しなかつた。 P21は同月四日P30から再度本件ビラの筆跡鑑定を双方で行う旨の申出を受けた。 P3委員長は同月五日P1に、「同心会はP1除名のため組合員二五〇名中一八〇名の署名を集めた。除名後会社がユニオン・シヨツプ協定により解雇する筋書ができている。真実はともかく、争つても負けるから、さく販に行かないか。」とすゝめた。 西毛地区委は同月六日、本件ビラに関する真相を明らかにする趣旨のビラ(甲第一〇号証)を配布した。 組合もまた、本件ビラ問題の経過を説明した同月七日付ビラ(甲第一三号証)を配布した。 西毛地区委は同月一〇日、本件ビラ問題は会社とその手先のデツチアゲである旨の組合執行部あての同月九日付ビラ(甲第一四号証)を配布した。 西毛地区委のP30とP1とはP31に本件ビラの鑑定をさせたところ、P1の筆跡でない旨の結果を得た。 同心会会員は就業時間中P1処分のための組合大会招集要求の署名を集めて廻つた。 (ロ) 本件計画漏洩事件の責任追及同心会の要求により、組合は同月一一日代議員会と組合大会とを開催し、P1の本件ビラ作成関与問題の善後措置につき討議した。 大会でP12は、「P1が本件ビラを書いた。」と主張したが、二、三の者から、「なお調査するを要する。」と反論された。こゝで同心会員P17は、「P1が会社の機密書類を盗んだ。」と発言し、同P26の発言を機としてP32はP1から機密文書の写を受取つた者の氏名を発表したけれども、受領したとされた者はその場でその事実を否定した。P12は、「この文書は工場長が起案して、課長以上のみが知つている文書である。いずれこの問題につき会社が関係者を処分するだろう。」と発言 したけれども、受領したとされた者はその場でその事実を否定した。P12は、「この文書は工場長が起案して、課長以上のみが知つている文書である。いずれこの問題につき会社が関係者を処分するだろう。」と発言した。結局大会は、本件ビラの筆跡鑑定を行うこと、機密文書の件をP3委員長に報告し、委員長は腹におさめること等四項目の決議をした。 なお会社は組合大会議事録(乙第七号証の二の二)を証拠として提出したが、大会では議論甚だ活溌なため発言内容が正確に録取されず、議事録自体不完全なものであつたにもかゝわらず、組合は会社の要請に応え、同心会員P12らをして会社に不利な発言を除外し、有利な発言だけをとりあげて議事録を作り直して提出したのであつて、こゝにも会社・同心会・組合の一体関係を如実にみることができる。 P3委員長は同月一二日か一三日P1に、「機密文書の件は本当に知らないのか。」「君は共産党員か。」と、P2に「君は共産党員か。」とそれぞれ質問し、同月一九日P1に再び右文書の件につき尋ねた。 (ⅲ) 本件解雇会社は組合大会でP1らの除名が失敗におわるや、この大会で機密文書の漏洩が発覚したと称して、同年七月一六日組合に対し調査を行う旨通知して、P1らに直接たしかめることもなく、総務課会計係長P33らの短時日の調査だけで、同月二〇日具体的解雇理由を示さずに懲戒解雇の意思表示をした。 P1らは翌二一日就労のため工場に入ろうとしたが、同心会員らに阻止された。会社はこの者に就業時間中朝食を支給した。 (二) 本件解雇の動機の違法ーP1らの排除とこれによる組合弱体化の意図(1) P1らの組合活動歴・日本共産党等における経歴(ⅰ) P1(イ) 組合内の経歴昭和二八年四月から昭和三二年まで青婦部委員昭和三二年四月から昭和三三年三月まで青婦部長兼代議員このこ (1) P1らの組合活動歴・日本共産党等における経歴(ⅰ) P1(イ) 組合内の経歴昭和二八年四月から昭和三二年まで青婦部委員昭和三二年四月から昭和三三年三月まで青婦部長兼代議員このころ教育宣伝部員、機関紙「ちから」の発行・うたごえ運動・学習運動・文芸サークル「竹の子」の各中心として活動した。 昭和三三年四月から昭和三四年九月まで執行委員青婦部担当昭和三四年九月から昭和三五年八月まで代議員昭和三五年四月から同年八月まで代議員会議長・この間新管理方式反対闘争の先頭に立つた。 昭和三五年八月から昭和三六年九月まで執行委員(教育宣伝部担当)(ロ) 組合外の経歴昭和三〇年六月高崎地区青年婦人協議会議長代理昭和三一年右副議長・第五回世界青年学生平和友好祭高崎地区実行委員会事務局長その後地区労青年婦人協議会議長及び事務局長昭和三三年九月地区労中小企業対策部長昭和三三年八月から昭和三四年七月まで全金群馬地方本部執行委員昭和三五年九月から昭和三六年一〇月まで地区労組織部長(ハ) 党歴P1は解雇以前から日本共産党員である。 (ⅱ) P2(イ) 組合内の経歴昭和三二年四月から昭和三六年まで青婦部役員昭和三二年四月から昭和三三年三月まで青婦部委員昭和三三年四月から青婦部運営委員昭和三四年九月から昭和三六年八月まで青婦部書記長、この間新管理方式反対闘争の先頭に立つた。 (ロ) 組合外の経歴昭和三四年から昭和三六年まで全金群馬地方本部青年婦人協議会常任幹事(ハ) 民青歴P2は昭和三六年以前から民青の一員である。 (2) P1らの組合活動及び思想に対する会社の認識会社がP1らの組合活動を認識していたことは前述の事実から、共産主義者であると認識していたことは次の事実からそれぞれ明らかである。 総務課労 。 (2) P1らの組合活動及び思想に対する会社の認識会社がP1らの組合活動を認識していたことは前述の事実から、共産主義者であると認識していたことは次の事実からそれぞれ明らかである。 総務課労務係長P34は、昭和三四年ころP1の上司であるP35に対し、「P1は共産党員である。」と告げ、昭和三五年ころP1に対し、「党勢拡大運動中でうまく行つているのか。」と質問した。 P11総務課長は昭和三六年ころ高崎警察署からP1と日本共産党幹部とが一緒に写つている写真を入手し、P1が同党と関係あることを聞きこんだ。 会社は昭和三六年一〇月以前、P2が民青に加盟していることを察知したが、当時P2が民青代表として訪中すべく、会社にその趣旨を明らかにして休職扱いを求めたときこれを確認した。 (3) 共産主義者である組合員に対する会社の干渉(ⅰ) 事実(イ) P36脱党工作会社重役P37は昭和三一年ころ工場従業員でありかつ日本共産党員である親族P36に、「P1の思想がよくないから、つき合わないように。」との手紙を送り、P36をして党を脱党させた。 (ロ) P1営業所転勤勧誘会社は昭和三三、四年ころ工場従業員であり組合役員であるP38・P39を他の事業場に出向させた際、P1も同様に出向させようとして失敗した。 (ハ) P11総務課長の自重勧告P11総務課長は昭和三六年一月P24に対し、「お前は少し赤がかつているから、自重した方がよいのじやないか。」と述べた。 (ニ) P1さく販出向勧誘会社福岡営業所長P40は昭和三七年五月ころP1に、「高崎工場がP1を憎んでいる。」ことを理由として、さく販に出向することをすゝめ、P3委員長も前記のようにさく販出向をすゝめた。 (ホ) P1解雇準備会社は同年六月末ごろから休憩時間中P1に張番をつけ、その担当する営 でいる。」ことを理由として、さく販に出向することをすゝめ、P3委員長も前記のようにさく販出向をすゝめた。 (ホ) P1解雇準備会社は同年六月末ごろから休憩時間中P1に張番をつけ、その担当する営業係の作業経路図を作成させて、P1解雇後の事務処理の円滑化をはかり、輸出品見積り等、日常業務外の業務をさせず、着々と解雇の準備をした。 (ヘ) P23脱党勧告業務課長P41は同年七月P23に対し、「P1のような左翼的思想の持主とは縁を切れ。」と言つた。 (ト) P42思想調査・家宅捜索組長P43は同月一九日日本共産党員とみられたP42につき思想調査を行い、同心会員P26はP42の住居で家宅捜索をした。 (チ) P44・P45・P46転向等勧告製造課係長P14は同月二七日P44に対し、「お前はアカだろう。考え方をかえないと身分を保障しない。」と述べた。 組長P47は同月二七日P45に対し、「将来のことをどう考えているのか。どうせ首になるなら、P27みたいに依願退職にすればよい。偉い人に頼む気はないか。」と話しかけた。 総務課労務係長P15は同年八月七日ころP45に対し、P45が同心会員P48をののしつた事実の有無を問いたゞし、否定されるや、「お前らはすぐそういう。共産党はすぐ黙つてしまう。」といゝ、来合せたP11総務課長は、「徹底的に調べろ。」と述べ、同心会員らはP45の帰途を待ちうけ暴行した。 製造課組長補P49は同年七月二八日部下であるP50に対し、「P46もリストにのつているから、考え方を直した方がよい。そうでないとP2と同じく解雇される。P1やP2は考え方が問題となり解雇された。」と述べ、同月二九日同人に対し、「首になると生活の保障はない。考え方をかえる気はないか。」と説得し、同年八月一〇日就業時間中同人に対し、「会社も党員で 。P1やP2は考え方が問題となり解雇された。」と述べ、同月二九日同人に対し、「首になると生活の保障はない。考え方をかえる気はないか。」と説得し、同年八月一〇日就業時間中同人に対し、「会社も党員でない者を解雇するとはいつていない。 休みあけの一三日ころ残る五名の処分が出ると聞いた。配置転換などで差別扱いされることも考えられる。」と述べた。 (リ) P51ら配置換・P44除名製造課二係のP51・P52・P53・P54・P55らは同年一〇月八日他の職場に移された。 P44は昭和三八年四月一五日組合大会で除名された。その理由は、同人が同年二月一五日全金群馬地方本部青年婦人協議会で議長として、P1・P2を守る会の運動を支援する旨の決議を可決させたという点にある。この不当除名は同年七月の組合大会で撤回された。 (ⅱ) まとめ右各事実によると、会社は共産主義的とみられる従業員に対し、職制や同心会員を通じ、思想をかえるよう要求し、出向させる等の方法により、共産主義者をなくそうと努力したことが明らかである。 (4) 解雇理由の不存在・処分量定の差別的取扱会社主張の解雇理由はすべて事実無根である。しかも会社は秘密漏洩を知つたと称する時から僅か一日程度の調査にもとづき、P33会計係長の調査によつて秘密漏洩のないことを知りつゝ、解雇に及んだ。 かりに秘密漏洩行為があつても実害もなく行為後三年を経たのに解雇するのは行きすぎである。 会社はP4・P36・P56技術課副課長らその主張の秘密漏洩関係者に何らの処分もしていない。かように処分の量定自体も差別的である。 (5) 結論会社はP1が日本共産党の党員、P2が民青の同盟員として、正当にしてかつ活溌な組合活動を行い、組合内で同党の活動が積極的であることをかねて嫌悪し、P1らを排除して組合を御用化すべく (5) 結論会社はP1が日本共産党の党員、P2が民青の同盟員として、正当にしてかつ活溌な組合活動を行い、組合内で同党の活動が積極的であることをかねて嫌悪し、P1らを排除して組合を御用化すべく、まず同心会の手による除名を経てユニオン・シヨツプ解雇をねらつたが、失敗したため、P1らが会社の業務上の重要秘密を洩らした等の虚偽の理由をもうけて懲戒解雇の挙に出たものである。 よつて本件解雇は憲法一四、一九、二八条、労働組合法七条一、三号、労働基準法三条、民法一条二、三項により無効である。 (三) 解雇手続の就規違反就規七一条四号は、「懲戒解雇は予告期間を設けないで即時解雇する。但しその場合は事前に行政官庁の認定を受ける。」と規定する。これは使用者自らが解雇権に制限を加えた条項であり、解雇は労働者に不利な措置であるから、これに違反した解雇の意思表示は無効であると解するのを相当とする。しかるに会社は解雇の意思表示当時就規に定める認定を得ておらず、同年八月一日に至り高崎労働基準監督署長からこれを得たにとどまるから、右意思表示は無効である。 三被控訴人の主張 1 請求原因に対する認否(一)は認める。(二)の平均賃金額は否認する。(三)会社がP1らの労働契約上の権利を争い、労務の受領及び賃金の支払を拒んでいることは認める。 2 抗弁(一) 懲戒解雇の意思表示会社は昭和三七年七月二〇日P1及びP2に対し懲戒解雇の意思表示をした。これは後記のようにP1らの責に帰すべきやむを得ない事由にもとづくから、会社とP1らとの間の労働契約は右意思表示により即時終了した。 (二) 労協・就規の規定会社の工場に勤務する従業員は人事制度上職員と工員とに分れる。 工場に勤務する工員約二八〇名は組合を結成し、組合は、会社の足尾・小山両工場勤務の工員をもつて結成す した。 (二) 労協・就規の規定会社の工場に勤務する従業員は人事制度上職員と工員とに分れる。 工場に勤務する工員約二八〇名は組合を結成し、組合は、会社の足尾・小山両工場勤務の工員をもつて結成する各労働組合とともに足製連なる連合体を組織している(組合は昭和三三年組合員の全金加入に伴いその支部となつた。)。 会社は昭和二七年二月一八日足製連との間に別紙一、「労働協約条項(抄)」記載の条項を含む労協を締結した。これは一年の有効期間満了とともに順次更新され、昭和三八年八月廃止された。 労協は足製連加入の各労働組合の組合員にも適用される。 会社は工場の工員を対象として、別紙二、「就業規則条項(抄)」記載の条項を含む就規を制定し、昭和二六年一二月から施行し、昭和三八年四月改正した。 P1らは組合の組合員としての労協の、工場の工員として就規の各適用を受ける。 (三) P1及びP2に共通の解雇理由ー業務上の重要秘密の漏洩(1) 事実(ⅰ) 本件計画の成立会社は昭和三五年初頃、工場の生産・組織・人事・労務・営業等の各部門にわたる基本的方針を確立してこれにもとづく諸施策を実施する必要があると考え、工場長P57に、工場の基本的方針たる長期経営計画の立案を命じた。 P57工場長はこの命令に従い原案を作成し、十数回にわたる工場長会議等において全社的見地からその裏付けとなる資金・要員・販売につき検討を受け、同年七月中旬その結果を織り込んで、昭和三五年下期から昭和三八年上期までの長期経営計画の基本的方針を示す本件計画、すなわち「高崎工場三ケ年計画基本案(昭和三八年上期末の状態)」を立案し、これを自ら文書(いわゆる本件文書)に記載し、その直後開催の工場長会議において、無修正のまま承認を受け、同年八月中旬社長から同案承認の決裁を得た。 なお、これより先、会 年上期末の状態)」を立案し、これを自ら文書(いわゆる本件文書)に記載し、その直後開催の工場長会議において、無修正のまま承認を受け、同年八月中旬社長から同案承認の決裁を得た。 なお、これより先、会社は本件計画実施のため不可欠の措置として、職場規律の確立と福利厚生手当の賃金繰入れとを主眼とする新管理方式を立案し、同年三月一〇日足製連に提案していた。 (ⅱ) 本件計画の概要本件計画は、第一に、工場の昭和三八年上期末における予定生産機種・金額を示し、その間さく岩機につき新機種を作らないこと、はじめての試みとして新需要先を開拓してクラストブレーカーの本格的生産をすること、ビツトロツドの生産を本格化すること、さく岩機の値上を行うことなどを具体的数字を明らかにして説明し、第二に工場内部において特定少数の課長だけが知つている機械原価を明示し、第三に本件計画実施中の工場生産規模を推知するに足りる起業費の金額を列記し、第四に、右時期における収支を示し、さく岩機の販売を担当するさく販のマージン・マージン率・値引の限度等販売競争上の限界を数字により明らかにし、第五に右計画の実施に伴う賃金形態の変更・職組長の資格制度の新設・工場新築・さく販の設立・中央倉庫の新設など従業員の身分・労働条件に影響を及ぼす事項を掲げている。 (ⅲ) 本件文書の複写P57工場長は昭和三五年八月工場技術課P56副課長に対し、本件文書につき工場長及び各課長の数に見合う五部のみの複写を命じ、複写機により複写せしめ(これと同じものが乙第四号証である。)、これを各課長に交付して今後その所管事項に応じ本件計画を実施に移すべき旨、複写を厳秘に付し保管に特段の注意を払うよう要請し、秘密文書として取り扱つた。 P57は本件文書にもこれを複写した文書にも「秘」又は「極秘」との表示をしなかつた。 応じ本件計画を実施に移すべき旨、複写を厳秘に付し保管に特段の注意を払うよう要請し、秘密文書として取り扱つた。 P57は本件文書にもこれを複写した文書にも「秘」又は「極秘」との表示をしなかつた。これは保管する者が一定の範囲に限られ、回覧を予定していなかつたためと、かような表示をすることによりかえつて秘密性の劣る他の秘密文書と同一に取扱われることを恐れたからであつた。 (ⅳ) 本件計画の秘密性(イ) 秘密としての要保護性(A) 実質的秘密本件計画のうち、生産機種・金額・新製品発売の有無・製品値上・機械原価・マージン・マージン率・値引の限度が仮にさく岩機生産の競争企業である東洋工業株式会社や東京流機製造株式会社に洩れれば、忽ちこれに対する対抗措置をとられ、会社は販売競争上致命的打撃を受ける。 需要家はさく岩機本体を一旦購入すると、以後長期間部品を取替購入し、その価格は本体の数倍になるので、一旦購入すれば、機種の変更は容易でない。それだけに当初の本体の売込競争は激烈をきわめ、前記の事項が需要家に洩れた場合、会社は買いたゝかれて大きな損害を受ける。 従業員の労働条件の変更等の計画が従業員の一部に洩れると、特に当時の労使関係が不安定であつたこともあり、混乱と不信とを招くのみならず、組合とも紛争を生ずるおそれがあつた。 競争企業・需要家・従業員らが他の資料ないしうわさにより本件計画の一部を推認している場合があるとしても、かような推認によつて得られる情報と、本件計画から知り得る情報とでは正確性において格段の差があり、競争等に及ぼす影響に質的な差異を生ずる。従つて本件計画中にすでに他人から推認されているような事項が含まれているとしてもその秘密性は失われない。 よつて本件計画は業務上の秘密として保護される必要がある。 (B) 形式的秘密本 を生ずる。従つて本件計画中にすでに他人から推認されているような事項が含まれているとしてもその秘密性は失われない。 よつて本件計画は業務上の秘密として保護される必要がある。 (B) 形式的秘密本件文書及びこれを複写した文書には「秘」又は「極秘」の表示はないが、会社の従業員が右文書を通読すれば会社の業務上の秘密を含んだ重要な文書であることを容易に理解しうる。 (C) 要保護性以上のとおり本件計画は秘密として懲戒罰をもつて保護さるべきである。 (ロ) 秘密としての非公知性本件計画が後記のようにP1らから他の者に洩れたとき、工場では工場長・各課長・技術課P56副課長ら少数幹部以外の者は本件計画の存在及びその内容を知らなかつた。 本件計画中に工場従業員が日常検討をとげ、話題に供している事実が含まれているとしても、右は本件計画の非公知性を損わない。けだし、本件計画中に工場におけるそれぞれの部門の担当者が調査検討し、あるいは話題としたことのある事実が一部含まれていたとしても、本件計画は三年後の工場のあるべき姿を数字をもつて明示し、そのための重要施策を総合的全面的に、かつ具体的に列挙したものであるから、従業員が日常業務上たまたま知り得た事実とは質的にも全く異るのである。 会社は、漏洩後ではあるが、本件計画の一部を、販売の必要上、又は従業員に生産の協力を求め士気を鼓舞する等のため、積極的に公表した。例えば組合に対し当期六か月間の生産計画を説明し、組合と労働条件の変更につき協議し、「古河機械ニユース」なる社内報にクローラー・ドリル製造の記事を掲載した。しかし、この場合でも、次期の生産計画・生産原価等本件計画実現のための各部門にわたる具体的計画・数字・施策は明示していない。 このように本件計画は順次実現されるから、その中には実現とともに秘密性が失 かし、この場合でも、次期の生産計画・生産原価等本件計画実現のための各部門にわたる具体的計画・数字・施策は明示していない。 このように本件計画は順次実現されるから、その中には実現とともに秘密性が失われるものもある。新製品の発売・製品値上等がそれである。従つて秘密性判断の基準時は本件計画の漏洩時である。 (ⅴ) 本件計画の漏洩会社大阪支店従業員P4は昭和三五年八月下旬ころ工場に出張し、本件複写を技術課の机上で発見してもち出し、これを工場の従業員P36に貸与し、P36はこれを従業員P58に示したところ、P1はそのことを聞きこみP36から本件複写を借用した。 P1は本件複写が会社の業務上重要な秘密であることを知りながら、自らが古河細胞の細胞長である関係上、同党員で細胞員でもあるP2と相謀つて、P2にガリ版をきらせて同人所持の謄写機を利用し、本件複写を謄写した文書(乙第五号証の一はその一つである。)すなわち本件謄写を少くとも三〇部以上作成した。 P1は第一班ないし第四班よりなる同細胞の構成員約三〇名に本件謄写に示された本件計画につき検討させる目的で、まず自ら同年九月か一〇月ごろP1宅での第一班班会議の席上出席した班員P45・P59・P50・P60・P61・P32らに対し、「この文書は会社の今後の合理化政策の基本となる極秘文書であり、われわれの今後の討議の資料となるから、大切に保管してもらいたい。」と述べて、本件謄写を配布したほか、第二班班長P27、同班所属のP62、第三班所属のP63、第四班所属のP64らそのほかの細胞員にもそれぞれ配布し、各班において本件謄写に示された本件計画、とくに職組長の資格制度・さく販と中央倉庫との設立・能率給の改訂の部分等に関し討議をとげさせ、さらに右討議には会社の従業員でない西毛地区委のメンバーの臨席も得てこれ いて本件謄写に示された本件計画、とくに職組長の資格制度・さく販と中央倉庫との設立・能率給の改訂の部分等に関し討議をとげさせ、さらに右討議には会社の従業員でない西毛地区委のメンバーの臨席も得てこれらの者にも本件謄写を配布し、指導を仰いだ。 細胞の全細胞員で組織する細胞会議では、右討議の結果を総括して、「本件計画は労働者の生活と労働条件を改悪するものであるから、抵抗運動を起さなければならない。」ことを確認し、組合の機関を構成する役員たる党員P1・P24・P63・P32・P50・P45らによつて組織されていた組合対策会議では、「非公然の党員だけで、会社が本件計画を提案する以前にこれに反対することは困難である。将来の会社の攻撃にそなえてこの際積極的に組合機関にいる党員はそこの非党員に、一般党員は一般組合員に呼びかけ、組合の反対姿勢を作るよう努力する。」と決定し、各細胞員はこの決定を実施に移した。 P1らが本件計画の秘密性を認識していたことは明白である。すなわち、何人も本件複写を一見すれば、これが会社の秘密であることを知りうる。殊に営業担当者として企業競争を体験し、組合執行委員として労使間の微妙な関係を知つているP1、組合青婦部役員をつとめ民青において重要な役割を果たしてきたP2においてはなおさらである。このことは本件謄写配布に当つてのP1発言からも明白である。本件複写に「秘」等の表示が欠けていてもこの結論に変りはない。 (ⅵ) 会社の受けた損害会社はその後本件計画にもとづきさく販の設立及び関連人事異動をすゝめたが、P1らの本件計画漏洩により、設立公表以前にこれが従業員に知られ、会社の予定したさく販出向人事に難色を示す者があらわれる等、本件計画の実施がともすれば阻害された。 (2) 労協・就規の適用本件計画は業務上重要な秘密であつて、P 公表以前にこれが従業員に知られ、会社の予定したさく販出向人事に難色を示す者があらわれる等、本件計画の実施がともすれば阻害された。 (2) 労協・就規の適用本件計画は業務上重要な秘密であつて、P1らは故意にこれを洩らしたことにより会社に重大な損害を与えたのであるから、その行為は労協五七条三、一〇号、就規七三条六、一〇号に該当し、懲戒解雇が相当である。以下分説する。 (ⅰ) 守秘義務の法的根拠と人的範囲労働者は労働契約にもとづき労務を提供するほか、契約を支配する信義則により使用者の業務上の秘密を守る義務(守秘業務)を負う。このことは就規三条が工員に職場秩序保持義務あることを定め、労協五七条三号、就規七三条六号が業務上重要秘密の漏洩者を懲戒の対象としていること、その程度に至らない秘密の漏洩は就規七二条五、七、八号及び職務上の監督により防止していることからも明らかである。 守秘義務はすべての従業員に存する。もとより企業内の地位により取り扱う秘密の種類・範囲・重要性に差があるのは当然であるが、さればとてP1らのように企業の中枢にいない者に守秘義務がないとはいえない。信義則の支配は全従業員に及ぶからである。 (ⅱ) 秘密の漏洩先これにつき労協五七条三号は「他」と、就規七三条六号は「社外」と規定する。 労協は就規の上位規範であるから、労協の規定に従い、漏洩先は「他」であれば足り、社内、社外を問わないと解すべきであり、P1らは重要秘密を他に洩らしたものである。 仮に洩らした先が「社外」でなければならないと解するとしても結論は変らない。日本共産党は会社とは全く別個の全国的政治団体であつて、「社外」に該当する。そして、その下部組織たる古河細胞の構成員がたまたま会社従業員のみによつて占められていたとしても、企業秘密の保護を目的とする右懲戒条項の 会社とは全く別個の全国的政治団体であつて、「社外」に該当する。そして、その下部組織たる古河細胞の構成員がたまたま会社従業員のみによつて占められていたとしても、企業秘密の保護を目的とする右懲戒条項の目的からみて、右細胞を社外と解するのが相当である。 (ⅲ) 秘密漏洩行為の反社会性会社の業務上重要な秘密を洩らした従業員を懲戒解雇する旨の、労協及び就規の前記条項の定める構成要件は合理性あるものというべく、このほかP1ら主張のように情報取得の反社会性、暴露行為の目的及び結果の反社会性の如き要件を必要としない。 しかもP1らの本件複写入手経路には不法性なしとしないし、暴露行為の目的は日本共産党の活動に役立つことと会社攻撃の材料を作ることとにあり、その結果会社は不利益を受けているので、本件漏洩は反社会性を帯びる。 (ⅳ) 秘密漏洩行為の組合活動・政治活動としての正当性の欠如P1らの本件秘密漏洩行為は組合活動ではない。それが会社の組合対策に対抗して古河細胞の組合活動方策樹立のために行われたとしても、P1らは組合の各級機関に対し極秘裡に右行為に及んだからである。 かりに組合活動としても、正当性を欠く。 政治活動の自由は、国家に対する関係では憲法上保障されているが、私法上労働者が使用者と労働関係に立ちその企業秩序に服する場合、その政治活動の自由は使用者との関係において守秘義務による制限等一定の制約を受ける。従つて本件漏洩行為が日本共産党員としての正当な政治活動であるとしても、守秘義務違反による懲戒責任の存在に影響しない。 (ⅴ) 情状P1らは、本件複写に示された本件計画の秘密としての重要性を当初から十分に知りながら、敢て本件謄写を作成し、計画的にこれを古河細胞の構成員に配布し、これを資料として従業員中に本件計画反対の機運をもり上らせようと画策 写に示された本件計画の秘密としての重要性を当初から十分に知りながら、敢て本件謄写を作成し、計画的にこれを古河細胞の構成員に配布し、これを資料として従業員中に本件計画反対の機運をもり上らせようと画策し、その結果、本件計画中とくにさく販の設立に伴う人事異動に支障を生ぜしめる等、会社業務を妨害したものである。 漏洩行為の実行に当りP1が中心となつて終始企画に当つたことは、同人の細胞における地位にかんがみ、十分首肯されるが、P2もまた同人の日本共産党・民青・組合内での地位活動歴に照らし、P1と共同の目的をもつて互に協力して右行為に及んだとみられ、その処分に差をつけることは相当でない。 その行為の性質・目的・態様にかんがみ、P1とP2とはこの行為だけでも懲戒解雇に値する。 (四) P1のみの解雇理由(1) 虚偽の理由による欠勤(ⅰ) 事実P1は昭和三六年七月二五日会社あて同日から同月三一日まで大腸カタルにより欠勤する旨届出て、同時に同月二五日付はるな生活協同組合高崎診療所医師P65作成の「大腸カタルにより向後一週間の安静加療を要する。」旨の診断書(乙第九号証)を提出し、その間就労せず、さらに同年八月一日会社にその日一日につき大腸カタル治療のため年次有給休暇を取得する旨の届出をした上、同日も就労しなかつた。 しかるに真実のところ、P1は右期間中右疾患に罹らず、前記診療所で受診せず、当時東京都世田谷区民会館で開催された日本共産党第八回大会に群馬県代表として参加した。 会社は病気不就労を年次有給休暇として処理することがあり、長期病気不就労のとき診断書を提出すべき旨定め、従業員もまたこれを守つている。労働者は不就労に当りことさら著しく事実に反することをその理由として届け出ることは許されない。ことに会社が年次有給休暇の届出に休暇の理由の記載を 断書を提出すべき旨定め、従業員もまたこれを守つている。労働者は不就労に当りことさら著しく事実に反することをその理由として届け出ることは許されない。ことに会社が年次有給休暇の届出に休暇の理由の記載を求めるのは、時季変更権を行使しうべき場合に彼我の具体的条件を検討するためであるから、なお更、真実の理由の届出を要する。 (ⅱ) 労協・就規の適用P1の右行為は労協五八条(出勤停止)四号、就規七二条(譴責・減給・出勤停止)二、三、九号に該当する。 (2) 業務妨害(ⅰ) 事実(イ) 業務課副課長P5排斥会社は昭和三五年三月からはじまつた足製連との新管理方式実施交渉において、足製連から数回もストライキで対抗される等交渉難航し、同年八月八日ようやく妥結を見て争議行為は終了した。 会社はこの間争議行為参加者に対し賃金カツトを実施したところ、その一部に誤りがあつたが、業務課のみが特に誤りが多かつたことはなく、この誤りは本人の申出により直ちに是正され得べく、現に是正された。また当時職場での組合との話合は各課長が当り、副課長は責任者でなかつた。 しかるにP1は業務課所属の従業員の賃金カツトに誤りがあるのは上司たる業務課副課長P5の責任であり、かつ同人の右話合中の態度は責任者として不当であると主張して、同年五月ころから右交渉終了後の同年一〇月はじめにかけて、就業時間中、同課工員五〇名に、「P5にお茶を出すな。」「P5に電話をとりつぐな。」「P5の出席する会議には出席するな。」等と指示し、かつ自ら作成したP5吊し上げ時間表にもとづき、右工員らを二〇人位の班別にして、業務遂行中のP5をとりかこみ大声でののしらせ、これに消極的な者には自ら発言を促し、この際すみやかに業務に就くべき旨の上司の命令を無視し、P5の業務を妨害した。 P1は、当時P5とともに試 にして、業務遂行中のP5をとりかこみ大声でののしらせ、これに消極的な者には自ら発言を促し、この際すみやかに業務に就くべき旨の上司の命令を無視し、P5の業務を妨害した。 P1は、当時P5とともに試作会議等に出席した業務課員P6、P66の両名を右会議の席上から退席させ、製品倉庫においてP6に対しP5の出席した会議に出席したことを問責した。 新管理方式実施交渉妥結により労働争議が終了したにもかかわらず、P1が以上の行為に及んだ原因は、同人自ら妥結を不満とし、P5に対する一部工員の反感を利用し、自らの業務課内での長い経歴・組合歴を背景として業務課での職場闘争の続行を企てたことにある。 (ロ) 出荷妨害P1は同年九月新管理方式実施交渉中のストライキ等により工場に生じた滞貨処理のため、争議解決後、担当製品の出庫出荷を命ぜられたにもかゝわらず、そのつど「労働強化である。」と強弁して右命令に従わず、業務課の他の同僚に対しても同様の命令に服従しないようにあおり、よつて滞貨処理を著しく遅れさせた。 (ハ) さく販出向妨害(A) P7・P38・P39の出向昭和三六年三月、会社はさく岩機の販売活動強化のため、さく販を設立し、こゝに会社従業員若干名を出向させ、その待遇がその者が現に会社でうける労働条件を下廻らないようにするとの方針を固め、組合の同意を得て実施に入り、会社の札幌・東京・名古屋・大阪・福岡各営業所に勤務する従業員で販売担当の者等はさく販出向を承諾した。しかし仙台営業所勤務の出向予定者についてはP1の妨害により出向が妨げられた。 すなわち、工場から仙台営業所に転勤し、同所で販売を担当していたP7・P38・P39らは会社の要請に応え、一旦さく販出向を承諾した。ところが、当時工場業務課において仙台営業所関係の出荷業務を担当していたP1は、業務上 仙台営業所に転勤し、同所で販売を担当していたP7・P38・P39らは会社の要請に応え、一旦さく販出向を承諾した。ところが、当時工場業務課において仙台営業所関係の出荷業務を担当していたP1は、業務上の電話の中で右三名に対し再三、「さく販に転出すればひどい損をする。」、「移籍の条件は協定できまつているが、会社は履行しない。下宿の世話をするから工場に帰つてこい。」などと盛に会社の措置を中傷してさく販への出向を拒否するようあおつた。 この結果右三名は一旦なした承諾を撤回し、さらにP3委員長の説得に一旦耳を傾けたものの、出向拒否の態度をかえず、会社本社P67管理部長及び工場P11総務課長らの仙台出張による説得後ようやく最終的に承諾した。 (B) P8の出向業務課従業員P8及びP68は昭和三六年七月さく販に出向することを承諾したところ、P1は職場討議と称して三回にわたり業務課発送場に課員約六〇名を集合させP8とP68とを取り囲み、裏切者などとののしり、P69・P36・P51らをしてきつい言葉でP8らにつめよらせ、P8をして疲労の極数日間欠勤させるに至つた。 仮にP1ら主張のように、業務課従業員が同年四、五月ころ、「会社から業務課の新しい事業計画を明示されるまでは、さく販出向に応じない。」旨申し合わせたとしても、同年六月一日付さく販の設立に伴う業務課の事業計画・販売業務の運営方法の各要領が会社から明示された以上、もはやこの申合せに固執する理由はなく、P1の右行為は単に業務妨害の目的のみにもとづくものであつた。 (ニ) 未納品リスト作成による妨害会社は昭和三七年六月下旬住友化学工業株式会社に対し納入すべきクラストブレーカーの部品多数を一年近く未納のまゝでいたところ、真実さく販大阪営業所からの依頼電話はないにもかゝわらず、P1は当時上司であつたP3 和三七年六月下旬住友化学工業株式会社に対し納入すべきクラストブレーカーの部品多数を一年近く未納のまゝでいたところ、真実さく販大阪営業所からの依頼電話はないにもかゝわらず、P1は当時上司であつたP35に対し、「さく販大阪営業所からの電話によると、住友化学では大変怒つているので、未納品リストと納期おくれの理由書とを至急大阪営業所に送つてもらいたい、ということであつた。」と虚偽の事実を述べ、よつてP9をして同課計画係員二名に命じて右書類を作成するという無駄をさせ、もつて業務を妨害した。 (ⅱ) 労協・就規の適用P1の右行為は労協五七条(懲戒解雇)七、八、一〇、一六号、五八条(出勤停止)二号、就規七三条(懲戒解雇)三、四、一〇号所定の事由に該当する。 (3) 離席・職務怠慢・成績不良(ⅰ) 事実P1は、新管理方式実施交渉妥結後職場規律が正常化しても、離席が多く、職務怠慢で成績不良であつた。 二、三例示する。 P1は昭和三五年一二月ころ午前八時二〇分の始業時刻になつても、自席につかず、ストーブにあたつて業務課のP62と立話をしているので、上司P35から注意されるや、同人をにらみかえしそばにあつた石炭バケツを蹴飛ばした。 P1は当時就業時間中に業務外の読書・文書作成に当るほか、無断離席し、業務課内事務所で日本共産党機関紙アカハタをあたりはゞからず配布し、上司P9の注等を無視してこれを続行した。 P1は昭和三六年四月ごろ業務上何ら必要もないのに製品倉庫事務室で他の従業員と雑談しており、たまたまP9が同所で組立倉庫の払出担当者たるP62・P60・P69・P70らに対し部品払出帳票改善案の説明をはじめるのを聞くや、P9に対し、「改善案は無意味だから撤回せよ。」といゝはり、P9から口出ししないよう注意を受けると、「労働強化に対して反対しろ。」と 69・P70らに対し部品払出帳票改善案の説明をはじめるのを聞くや、P9に対し、「改善案は無意味だから撤回せよ。」といゝはり、P9から口出ししないよう注意を受けると、「労働強化に対して反対しろ。」と叫び、他の従業員に対し改善案の阻止をしきりにすゝめた。 P1は就業時間中行先も告げず許可を得ずに、離席して他の従業員と工場内事務所や倉庫で、業務に関係のない密談に三〇分ないし二時間も費すことがしばしばであつた。昭和三五年暮から昭和三六年半ばまでがとくに甚だしかつた。このため、離席中同人あてにさく販大阪営業所、仙台営業所その他の得意先から業務上の電話がかゝつてきても、上司同僚は連絡をとり得ず、やむを得ずP9らが自己の業務を中断してP1の業務を代行した。P1はP9から、「離席の際は許可を得るように。」と再三注意を受けたが、改めなかつた。 (ⅱ) 労協・就規の適用P1の右行為は労協五八条(出勤停止)七号、同五九条(減給又は譴責)一号、就規七三条(懲戒解雇)四号、同七二条(譴責・減給・出勤停止)三、九号に該当する。 (五) P2のみの解雇理由(1) 非能率・離席・生産票記入指示違反(ⅰ) 事実P2は採用以来一貫した非能率者で、勤務成績・勤務態度ともに極めて不良であつた。以下具体的事実を掲げる。 (イ) 非能率会社は従業員の能率を測定するために、標準工数(標準作業量又は標準時間ともいう。)を定めている。これは一つの部品のある工程を加工するために合理的に要すると考えられる基準時間を指すものであり、各部品の工程毎に標準時間測定法と過去の実績とにもとづいて科学的に算出されたものであるから、標準作業員が普通の状態で作業している時に、その部品を加工するのに要する時間を意味する。これに対し、現実に要した作業時間を実工数という。従つて各従業員の能率は標準 て科学的に算出されたものであるから、標準作業員が普通の状態で作業している時に、その部品を加工するのに要する時間を意味する。これに対し、現実に要した作業時間を実工数という。従つて各従業員の能率は標準工数から実工数を控除した残を標準工数で除して得た数値(工場においては、この数値に一〇〇を乗じたものを用いている。)によつて示される。すなわち、これがマイナスであればある程標準以下の能率であり、プラスであればあるだけ標準以上のそれといえる。 P2は模型フライス盤を使用してさく岩機部品の切削作業に従事していた。 P2の能率は昭和三四年下期から、昭和三六年下期まで、半年毎に平均すると、全期間マイナスであつて最大(-)二二二・〇(標準工数一〇分に対しP2は三二・二分を要するとの意味である。)、最小(-)二七・一である。ほぼ同様の作業に従事するP71は、その間一、二の例外を除き、プラスである。 P2の能率は、この間やゝ向上の兆を示しているが、それでも製造課全体の能率の急速な向上にくらべればその度合は少い。すなわち同人の二二Dー一五一Bライフルバーの能率はこの間(-)七二・八から(-)二七・一(但昭和三六年上期まで)、二五Dー二三ライフルバーの能率は(-)一〇八・八から(-)六五・六にと向上しているが、製造課全体の能率は(-)七・二七から(+)七・六六に改善されている。 P2の能率の変化は、昭和三五年秋の新管理方式の実施及び昭和三六年秋の新工場落成移転後の工場全体の能率向上にくらべれば、改善というには値しない。 P2の非能率の原因は後述の勤務態度にある。すなわち機械操作習熟には通常四・五年を要するところ、P2はすでに五・六年の経験をもち、極めて単純な作業に従事していたから、非能率の原因は技術未熟ではなかつたのである。 P2の非能率のため、さく岩機の わち機械操作習熟には通常四・五年を要するところ、P2はすでに五・六年の経験をもち、極めて単純な作業に従事していたから、非能率の原因は技術未熟ではなかつたのである。 P2の非能率のため、さく岩機の部品製造工程がおくれ、全体の能率に影響が及び、会社は他の従業員をしてその遅延を回復させなければならなかつた。 (ロ) 離席P2は昭和三四年九月以降就業時間中無断離席(毎回三〇分、一日二、三回位)を行つた。新管理方式実施により職場規律が改善された昭和三五年九月になつてもこれを改めず、無断で離席してダンスパーテイ券の集金・自転車やスケートの掃除・洗濯・P63・P24・P45ら親友との長い立話・ボクシングの真似事などに費し、しかもその間担当の機械のスイッチを入れて空運転させておくことが多かつた。また、自席にあるときも業務を放棄して回覧板の作製や仕事に関係のない読書をしていることも少くなかつた。 会社は昭和三六年五月から昭和三七年三月すぎまで、P2の非能率によりとくに関連作業の能率低下を招いた関係上、上司P49・同僚のP71外数名の者の応援を得てP2の欠勤時又は終業後の残業時間(P2は残業をしなかつた)にP2の機械を使用してP2の非能率をカバーさせたが、P2はこれらの者に対し、自分の怠慢を棚に上げて、「ガツガツすることはない。」「何のために来たのか。」といやみを並べ、威圧的な態度をとつた。 P2は、労協及び工場長通知により、たとえ組合活動のためであつても離席には会社の許可を要すると定められ、又そのように一般に実行されていたにもかゝわらず、かような許可を得ていなかつた。 (ハ) 生産票記入指示違反会社は昭和二五年工場創設以来各従業員に生産票に毎日の生産品名・工程名・作業内容・生産個数・実働時間等の記入提出を命じている。工程係はこれにより毎日の生 ていなかつた。 (ハ) 生産票記入指示違反会社は昭和二五年工場創設以来各従業員に生産票に毎日の生産品名・工程名・作業内容・生産個数・実働時間等の記入提出を命じている。工程係はこれにより毎日の生産個数を毎日集計して、毎日の稼動実績表を作成し、これにより作業の進行状況を知り、工場の生産計画・工程管理・労働者の能率測定・標準原価計算に役立たせることとしていた。よつてこの使用目的に照らせば、各作業者が毎日、何時から何時まで何時間で何を何個製造したかを具体的に記載することを要し、会社はそのように指示していた。従つて数日分を一括して記載したり、所定勤務時間のみを記入してその日の離席時間等の不働時間を記入しないことなどは許されない。 ところが、P2は会社の指示に反し、生産票の提出を怠り、一週間分をまとめて記入したり、現実に加工作業を終えた加工取扱数を記入せず、加工予定数を記入したり、実働時間でなく所定勤務時間を記入したりして、上司P49や工程係進行員P72の再三にわたる注意にもかゝわらず、これを改めず、生産計画・工程管理・原価計算等に支障を生ぜしめた。 P2は上司から業務改善・作業進捗調査に関し必要な指示を与えられても、常に「労働強化」と称し、これに服さず、かえつて同僚に対し作業指示に従わないようあおつていた。 (ⅱ) 労協・就規の適用P2の右各行為は労協五八条(出勤停止)二、七号、五九条(減給・譴責)一号、就規七三条(懲戒解雇)四号、七二条(譴責・減給・出勤停止)一、三、九号に該当する。 (2) 欠勤・遅刻・早退(ⅰ) 事実P2は昭和三六年四月から昭和三七年三月までの一年間に出勤すべき日数三〇七日のうち欠勤二八日(その殆どは事前の届出を欠くいわゆる無断欠勤である。ほかに年次有給休暇一二日、休職五七日がある。)、遅刻・早退合計七六回、四 月から昭和三七年三月までの一年間に出勤すべき日数三〇七日のうち欠勤二八日(その殆どは事前の届出を欠くいわゆる無断欠勤である。ほかに年次有給休暇一二日、休職五七日がある。)、遅刻・早退合計七六回、四四時間五五分に達し、上司P49の再三の注意にもかかわらず改まらない。事故なく勤務したのはわずか一三四日である。その各月毎の詳細は別紙四、「P2の出勤状況」に記載のとおり(但し三六年一二月の欠勤欄「一(休職二二)」とあるを「二(休職二一)」と、計欄「二七」とあるを「二八」と読み替えるものとする。)である。これらの遅刻・早退に正当な理由はない。 当時P2の属するピストン班の班員の年間不就労日数は平均一二日ないし一五日であつて、年次有給休暇の振替によつて処理できた。 P2の欠勤等のため、同班の作業に大きな支障を来たした。無断欠勤の場合、出欠が明らかになるまで、工場は三〇分ないし一時間機械をとめられて待機させられた。 P2は欠勤等の回数、内容にかんがみ、工場では最高ランクの勤務成績不良者に属する。 (ⅱ) 労協・就規の適用P2の右行為は労協五八条(出勤停止)四号、五九条(減給・譴責)一号、就規七二条(譴責・減給・出勤停止)一、三号に該当する。 (六) 解雇手続会社はP1及びP2の前記服務規律違反行為と成績不良とにもかかわらず、一応注意警告を与えるにとどめ、その処分を両名のその後の態度如何にかからせていたところ、昭和三七年七月に至り、両名が会社の重要な業務上の秘密をもらすという極めて悪質な背信行為に及んだことが組合大会の席上公表された。会社は組合の要請によりその調査中は管理職中心に事情をきくにとどめ、同月一六日組合の調査もほゞ完了したので、直ちに総務課労務係長P73を中心に関係者約一〇名につき調査を進め、P12に記録させ、真相を把握した。 によりその調査中は管理職中心に事情をきくにとどめ、同月一六日組合の調査もほゞ完了したので、直ちに総務課労務係長P73を中心に関係者約一〇名につき調査を進め、P12に記録させ、真相を把握した。 工場では同年七月一八・一九日課長会議を開き、P1らの日常の勤務状況等をも併せて検討した結果、満場一致で懲戒解雇相当との意見に到達した。 よつて会社は労協六〇条により、本件計画漏洩のほか既徃の行為についても併せて責任を問うこととし、同月二〇日P1らを懲戒解雇に付したものである。 なお会社は同日組合にも、協約上の義務はないが、会社の右措置を通知したところ、組合は執行委員会等で検討の結果即日会社あてに処分はやむをえない旨通知した。 3 再抗弁に対する認否(一)(1)(ⅰ)のうち、会社が経済事情の変動等により事業の重点を石炭・非鉄金属部門から機械部門に移すべく、機械部門に属する高崎・小山・足尾の三工場充実のため、新管理方式を立案したこと、その内容がP1ら主張のとおりであることは認めるが、労協等所定の右勤務条件を守らないことが労働慣行をして承認されていたこと、新管理方式が労働者の権利を制限し又は奪うこと、会社が労働条件の切下を図つたことは否認する。 会社は労協・就規所定の入門・作業開始・休憩・作業終了・出門等の時刻が必ずしも守られていなかつたので、その厳守を求め、就業時間中の私用離席・外出・組合活動及び休憩・欠勤についても労協・就規所定の手続が無視されている面もあつたから、その励行を要求し、賃金・福利厚生関係の制度を改め、それによる実質収入減を来さぬよう配慮した。 (一)(1)(ⅱ)のうち新管理方式の提案・中央労使協議会・足製連と組合との各組織・交渉続行・ストライキの実行・交渉の妥結・合意内容(但賃金増額は一人一か月当り基準内賃金一、五〇〇円であ 慮した。 (一)(1)(ⅱ)のうち新管理方式の提案・中央労使協議会・足製連と組合との各組織・交渉続行・ストライキの実行・交渉の妥結・合意内容(但賃金増額は一人一か月当り基準内賃金一、五〇〇円である。)は認める。労使の交渉妥結時は昭和三五年八月八日である。従つて、同日の調印は仮調印ではない。その後足製連内部で合意内容に反対が生じたが、すでに交渉権・妥結権を委ねられていた足製連が合意した以上、右反対により合意の効力が左右されることはない。 (一)(1)(ⅲ)のうち、P1がその主張の組合役員の地位にあつたことは認め、その余は否認する。いわゆる新管理方式反対闘争は全工場的規模で行われ、P1は闘争中重要な役職にはなく、目立つ存在ではなかつたが、P5副課長排斥に当り指導的役割を演じたにすぎない。 (一)(2)冒頭の事実は否認する。 (一)(2)(ⅰ)の事実中、会社がP1ら主張のころ、その主張の者をその主張のように任命したことは認めるが、その余の事実は否認する。 右人事異動は、大峰鉱業所の石炭採掘事業縮少のため昭和三四年ごろから実施していた整備計画の一環として行われたもので、P1ら主張のような目的にもとづくものではない。 (一)(2)(ⅱ)のうち、P11総務課長宅をP23ら若干名が訪問したこと、会社が「古河機械ニユース」を継続的に従業員に配布し、信賞必罰を提唱し、提案制度を強調したことは認めるが、その余の事実は否認する。 P11総務課長は、「不平不満や意見を出しあつて互の理解を深めたい。」と従業員に話したところ、従業員若干の来訪を受けたにすぎず、P1ら主張の運動が行われたことはない。現にP1も訪問しており、後に同心会を結成した者等一部の者だけに門戸を開放していたものではない。P11の話は世間話雑談にとどまつており、P1ら主張のような見解を述 ら主張の運動が行われたことはない。現にP1も訪問しており、後に同心会を結成した者等一部の者だけに門戸を開放していたものではない。P11の話は世間話雑談にとどまつており、P1ら主張のような見解を述べたことはない。「古河機械ニユース」の発刊も、従業員の企業の実態を知らせ、その意見を掲げて、従業員の企業への親近感と参加意識とを伸長させる目的に出たもので、組合弱体化をねらつたものではない。 (一)(2)(ⅲ)のうち、昭和三六年九月組合役員改選が行われたことは認め、会社が公休出勤を命じたことは否認し、その余の事実は不知。 右選挙は組合員の自由な意思によつて行われたものである。会社が介入したことはないし、介入が許される筈もない。組合員のなかには新管理方式に不満をもつ者もあり、従前の組合の動向と規律のゆるみに工場の前途を危ぶみ新しい組合のあり方を望む者もあろう。これらが選挙によりそのときどきの執行部の構成に反映するものである。P1らの不満とする執行部が成立したからとて会社の介入をいうのは相当でない。 (一)(2)(ⅳ)のうち、会社が組長等役付工員を増加任命したことは認めるが、その実施日は昭和三七年一月である。その人選に当り前記役員選挙介入の論功行賞をしたことは否認する。会社はもつぱら勤務成績・能力・勤続年数・人物・学歴・年令を総合して公正に人選を行つた。 会社がP25及びP17に対し出勤停止の措置をとつたことは認めるが、これが差別待遇であることは否認する。 P25は就業時間中上司たるP74係長から作業態度につき上司P16を通じて注意を受けたのを怒り、P22に暴行を加え、一〇日間出勤停止の懲戒処分に付された。これに対し、P17は就業時間外に会社構外でタクシーに乗車しようとしたとき、部下のP75とタクシー運転手との喧嘩の止めに入りP75らと一緒に P22に暴行を加え、一〇日間出勤停止の懲戒処分に付された。これに対し、P17は就業時間外に会社構外でタクシーに乗車しようとしたとき、部下のP75とタクシー運転手との喧嘩の止めに入りP75らと一緒に警察に連行され会社の信用を傷つけたという理由で、三日間出勤停止、組長の資格停止の懲戒処分に付された。この両者には就業時間中か否か、被害者が上司か職場外の者か、ひいては職場秩序をみだした程度如何に差があり、これが処分の量定に影響した。 P1が賃金増額に際し不利益取扱をうけたことは否認する。 (一)(2)(ⅴ)のうち、同心会が昭和三七年二月組合における日本共産党の活動阻止を目的の一つとして工員らにより結成されたことは認めるが、同会の活動が会社の意図に副い、その旨を承けて行われたこと、会社が同会の就業時間中の活動を知りながら何らの措置もとらなかつたことは否認し、同心会の加入よびかけは不知。 会社は従業員が思想の相違をもちつゝも互に融和することを希望するが、同心会員と日本共産党員とが対立していても、服務規律や職場秩序に直接関連を生ずる場合は別として、その対立に介入したり、一方に偏する措置をとつたことはない。 (一)(2)(ⅵ)のうち、会社がP1ら主張の日にP27を解雇したこと、組合がこれに反対しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。なお右解雇は懲戒解雇でなく、依願解雇である。 (一)(3)(ⅰ)のうち本件ビラが配布されたことは認め、その余の事実は不知。 (一)(3)(ⅱ)(イ)のうち、本件ビラに関し組合内で同心会員と日本共産党員とが激しく対立したこと、六月一八日代議員会が開かれたことは認め、会社が同心会員にタイムカードや写真を提供し、事務室の使用を許可したことは否認し、その余は不知。 (一)(3)(ⅱ)(ロ)のうち組合大会が開催され したこと、六月一八日代議員会が開かれたことは認め、会社が同心会員にタイムカードや写真を提供し、事務室の使用を許可したことは否認し、その余は不知。 (一)(3)(ⅱ)(ロ)のうち組合大会が開催され、その席上「P1が会社の機密書類を盗んだ。」との発言があつたこと、P32がP1から秘密文書を受領した者の氏名を公表したこと、P3委員長が七月一二日関係者に事情を尋ねたことは、いずれも認める。組合が会社の要請により不利な部分を削除した大会議事録を作成したことは否認する。その余は不知。 本件ビラがP1の書いたものか否か、それが統制違反となるか否かはもつぱら組合の内部問題であつて、会社の左右しうるところではない。たとえそのような事実があつても、これに対し組合大会でどのような措置がとられるかは大会中でも全く未知数であつた。かような段階で会社が同心会と協力してユニオン・シヨツプ解雇を企てることは不可能である。 (一)(3)(ⅲ)のうち会社が組合大会で機密文書の漏洩が発覚したとして、組合に通知して、P1らに事情をたしかめず、調査の上懲戒解雇の意思表示をしたことを認め、その余は否認する。 P1らに事情をたしかめなかつたのは、古河細胞の会議が同年七月一三日はるな生活協同組合高崎診療所医師P65方で開かれ、本件につき全員黙秘すべき旨決議されたため、P1らに事情聴取を行つても協力を得られないことが明白となつたからである。 (二)(1)(ⅰ)(イ)のうち、P1がその主張の日に組合の代議員、執行委員となり、教育宣伝部を担当していたことは認めるが、その余は不知。 (二)(1)(ⅰ)(ロ)は不知。 (二)(1)(ⅰ)(ハ)は認める。 (二)(1)(ⅱ)(イ)のうち、P2の組合青婦部役員就任の事実は認め、その余は不知。 (二)(1)(ⅱ)(ロ)は不知。 (二) (1)(ⅰ)(ロ)は不知。 (二)(1)(ⅰ)(ハ)は認める。 (二)(1)(ⅱ)(イ)のうち、P2の組合青婦部役員就任の事実は認め、その余は不知。 (二)(1)(ⅱ)(ロ)は不知。 (二)(1)(ⅱ)(ハ)は認める。 (二)(2)のうち、会長がP1らを共産主義者であると認識していたこと、P2が民青代表として訪中するとき、これを明らかにして休職扱いを求めたので、会社がP2の民青加盟を知つたことは認め、その余は不知。 (二)(3)(ⅰ)(イ)は不知、(ロ)のうちP38・P39の出向は認め、P1の出向に失敗したことは否認し、(ハ)(ニ)は不知、(ホ)は否認し、(ヘ)、(ト)は不知。(チ)のうちP15係長がP45を調べたことは認めるが、同係長及びP11課長の発言内容は否認、その余は不知、(リ)のうち会社がP51ほか四名を配置換し、P63が一旦組合から除名され、後にその除名が撤回されたことは認める。 右配置換と同じころ配置換された者は一六名である。その余は不知。 (二)(3)(ⅱ)は否認する。 (二)(4)は否認する。 会社は、P1らが業務上重要な秘密である本件計画をひそかに入手して、一部関係者に謄写配布研究したことをもつて、重大な義務違反であると考え、かような者の思想がどうであるか、又これによる損害がそのときまでに著しいか否かに関係なく、これらの者と労働関係を継続することは企業防衛上できないと判断して、解雇の措置をとつた。なお会社において過去に同種の事案は存しない。 会社は、本件解雇直後、工場長から複写を命ぜられたP56に対し文書取扱上の不始末に関し始末書の提出を命じて同人を工場長戒告に処し、P76を複写取扱上の過誤に関し厳重戒諭に処し、本件複写を入手したP4は、発覚時すでにさく販の従業員であつたから、同人に対し懲戒処分はできず、P1 末に関し始末書の提出を命じて同人を工場長戒告に処し、P76を複写取扱上の過誤に関し厳重戒諭に処し、本件複写を入手したP4は、発覚時すでにさく販の従業員であつたから、同人に対し懲戒処分はできず、P1に本件複写を交付したP36に対しては、行為が貸与にとどまり、その動機目的も単純であつたこと、改悛の情顕著であつて進んで事実を陳述したこと、組合からP1ら以外の者を処分しないように要請されたことなどを考慮し、厳重訓戒にとどめた。 かように関係者に対する処分に差を生じたのは合理的理由があるから、差別的取扱ではない。 (二)(5)は否認する。 (三) 就規にP1ら主張の規定があることは認めるが、除外認定は解雇の有効要件ではない。しかも会社は本件解雇直前の昭和三七年七月二〇日高崎労働基準監督署長に対し労働基準法二〇条一項但書三項、同法一九条二項の規定に従いP1らの解雇予告手当の除外認定の申請をし、同年八月一日付でその旨の認定を受けた。その効力は申請の日にさかのぼるから、本件解雇にP1ら主張の瑕疵はない。 理由 一労働契約の成立会社が石炭と非鉄金属(主として銅)との採掘販売業・鉱山土木機械製造販売業を営み、高崎市<以下略>には足尾製作所高崎工場を有し、鉱山において採掘に使用するさく岩機等を製造していること、P1は昭和二七年三月三日、P2は昭和二九年四月一日、それぞれ会社に工員として期間の定めなく採用され、P1は工場業務課営業係において製品の受注納入等の業務に、P2は工場製造課においてさく岩機部品の切削作業に従事していた者であることは、いずれも争いがない。 二労働契約の終了 1 懲戒解雇(一) 懲戒解雇の意思表示会社が昭和三七年七月二〇日P1及びP2に対し懲戒解雇の意思表示をしたことは、争いがない。 (二) 労協・就規の規定 れも争いがない。 二労働契約の終了 1 懲戒解雇(一) 懲戒解雇の意思表示会社が昭和三七年七月二〇日P1及びP2に対し懲戒解雇の意思表示をしたことは、争いがない。 (二) 労協・就規の規定会社の主張2(二)の事実は、労協の廃止・就規の改正を除き争いがない。これによれば、P1及びP2は足製連加入の組合の組合員として労協の、工場の工員として就規の各適用を受けるべき筋合である。 (三) P1及びP2に共通の解雇理由--業務上の重要秘密の漏洩(1) 事実(ⅰ) 本件計画の成立会社が経済事情の変動等のため石炭・非鉄部門より機械部門に重点をおかざるを得なくなり、機械部門担当の足尾製作所高崎・小山・足尾の三工場充実の必要ありと判断したことは争いがない。 原審証人P57の証言によると、高崎工場は昭和三三・三四年ころから職場規律等が原因で生産能率・稼働能率が低下し、赤字決算に陥つており、会社は経営上の見地からもこれを憂慮し、会社社長は昭和三五年一月ころ同工場長P57に経営再建のための三か年計画の立案を命じたこと、これとあわせて会社はこの三か年計画実施の前提条件として同年春右三工場につき職場規律の確立と福利厚生手当の賃金繰入れとを骨子とする新管理方式につき成案を得たこと(新管理方式につき成案を得たことは争いがない。)が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。 なお、会社が同年三月一〇日足製連に対し新管理方式を提案し交渉を続け、ストライキをもつて対抗されたが、結局同年八月に至り、それが八月の何日であるかは別として、交渉の妥結をみたことは争いがない。 右証人P57の証言により原本の存在及び成立を認められる乙第四号証並びに右証言によれば、P57は必要な基礎資料を集めた上、自ら全体的構想を練り、本社関係部局と打合わせつつ、十数回にわたる工場長 。 右証人P57の証言により原本の存在及び成立を認められる乙第四号証並びに右証言によれば、P57は必要な基礎資料を集めた上、自ら全体的構想を練り、本社関係部局と打合わせつつ、十数回にわたる工場長会議(これは機械担当常務取締役・本社機械部正副部長・機械関係の前記三工場の工場長を主たる構成員とし必要に応じて本社総務・人事・労務・経理の各部長の出席を得る。)において、人事・経理・営業等の諸見地からする検討を受け、同年七月中旬その結果を織りこんで、本件計画すなわち「高崎工場三ケ年計画基本案(昭和三八年上期末の状態)」を立案し、これを自ら文書(乙第四号証の原本)に記載し、その直後開催の工場長会議において無修正のまま了承を得、同年八月中旬開催の諸店長会議(これは社長・副社長・各部長・三工場長・営業所長をもつて構成される。)の席上社長から無修正のまま承認を受けたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。 (ⅱ) 本件計画の概要右乙第四号証及び右証人P57の証言によると、次の事実が明らかである。 本件計画は工場の昭和三八年上期末における生産機種・機種ごとの月産台数・月産金額・機械原価・起業費・販売収入・収支等を具体的数字をあげて示している。 そのうち若干を摘記する。 「生産機種・月産金額に関し、現在の型式のさく岩機の生産をつづけ、三年以内に一〇パーセントの値上を目標とするが、値上実現可能か否か疑問なので七・五パーセントの値上にとどめて一台四万三〇〇〇円とする。クラストブレーカー(熔鉱炉が冷えたとき内部の融解した原料の上部にできるかたまりをこわす機械)を一台一八〇万円から二二〇万円に値上して月産二台とする。ビツトロツド(さく岩機の刃先)を品質改良し増産して月産一四〇〇万円とするが、販売面に問題があるので、見通しによりその生産金額を八〇〇万円ない 一台一八〇万円から二二〇万円に値上して月産二台とする。ビツトロツド(さく岩機の刃先)を品質改良し増産して月産一四〇〇万円とするが、販売面に問題があるので、見通しによりその生産金額を八〇〇万円ないし一〇〇〇万円に減らし、代りに生長率の高い新製品を四〇〇万円ないし六〇〇万円位生産する。 機械原価に関し、直接間接の材料費・労務費等の内訳金額を明らかにした。右予定生産額を遂行したとき残業の如何にかかわらず、工員平均月収二万二〇〇〇円とし、職員にもベースアツプを行う。 起業費に関し、新工場建設費・社宅建設費・工作機械新規購入額を明示した。 販売収入に関し、さく岩機・受注品(クローラー、クラストブレーカー等)・ビツトロツドそれぞれの売値・マージン率・マージン・工場収入を明示した。その販売のため独立の販売会社を設立し、右マージン率で仕切る。 収支に関し、機械原価・営業外収入・営業外支出・販売諸費・益金を明示した。 東京に中央倉庫をおき、工場は製品在庫を持たない。 参考資料として、組織・人事・労務・生産・生産計画・外注・営業・資材・施設・福利・技術部門・製造部門・鋳造部門・能率に関する留意事項、特に職員の採用を独自に行うこと、準職員制度を実施すること、賃金形態を変更し一部に大幅な奨励給形式を採用すること、働きに応じて賃上をすること、職組長の職務の確立と手当の増額を行うこと、職組長の資格制度を採用すること、平均四二パーセントの能率向上をはかることを示した。」(ⅲ) 本件文書の複写右乙第四号証及び右証人P57の証言によれば、P57工場長は昭和三五年八月下旬本件計画を工場各課長に説明する資料として、工場技術課P56副課長に複写機により本件文書を複写したもの五部をとるよう命じ、P56は同課上席係員P76をして複写せしめ、P57工場長は当時各課長にこれ 本件計画を工場各課長に説明する資料として、工場技術課P56副課長に複写機により本件文書を複写したもの五部をとるよう命じ、P56は同課上席係員P76をして複写せしめ、P57工場長は当時各課長にこれを一部宛交付して本件計画の内容を説明し、今後これにもとづき実施計画をたてて実行に移すべき旨、及び本件計画を極秘扱いとすべき旨を命じたこと、その際本件計画の複写文書に「秘」の表示をしなかつたが、その理由は配布先が限られているので、受領者に右注意をすれば秘密保持上十分であり、かえつて右表示をすれば、これより秘密性の少い他の秘密文書と同一に取扱われる危険を生ずるとの配慮からであつたことが、いずれも認められる。 (ⅳ) 本件計画の秘密性(イ) 秘密としての要保護性(A) 実質的秘密右証人P57及び原審証人P11・当審証人P15の各証言によると、次の事実を認めることができる。 本件計画の核心は、会社の昭和三八年上期末の業務状態を具体的数字を列挙して示していることにある。 これが対外関係に洩れた場合の影響は次のとおりである。 会社は昭和三五年八・九月当時東洋工業株式会社とともにさく岩機製造業界を二分し、わずかにリードしていたものの次第に追いあげられてゆく状況にあつた。当時、もし右会社・需要家・関連業者が本件計画を知れば、三年後の工場の生産規模等の全般的状況を把握し、さらに会社が三年間さく岩機につき新製品を出さず、旧来の型式のさく岩機の生産をつづけ、かつその値上をもくろんでいること、工場ですでに開発し製鉄業者等に販売しているクラストブレーカーを値上すること、会社は従前、ビツトロツドを一部外注に仰ぐものと、一部足尾工場(昭和三五年まで)及び高崎工場(昭和三五年から)で生産するものとにわけ、外注品を社外販売用さく岩機に装着し、自社製品を自社経営の各鉱山 会社は従前、ビツトロツドを一部外注に仰ぐものと、一部足尾工場(昭和三五年まで)及び高崎工場(昭和三五年から)で生産するものとにわけ、外注品を社外販売用さく岩機に装着し、自社製品を自社経営の各鉱山で使用するさく岩機に装着していたのであるが、今後は自社製品を大増産し、社外販売用さく岩機にも装着し、もつて製品の品質の信用度を高めようとしていること、本件計画の実施期間満了時たる昭和三八年上期末の機械原価とその内訳の明細、各製品のマージン額・マージン率により明らかにされた会社の製品値引きその他販売競争力の限界、独立の販売会社設立と中央倉庫の設置とにより販売力の強化をはかることなどを掌握することができる。この場合競争会社では三年間にこれに対抗して新製品の発売、競争製品の値引等の措置を実施し、需要家は値引要求、製品買控えの対策をとりうるので、会社は競争上大きな打撃をうけることが予想される。 また、本件計画が対内関係に洩れたときの影響は次のとおりである。 本件計画にもとづく労働条件の変化、とくに賃上げ・奨励給能率給の導入等賃金改訂、販売会社の設立と中央倉庫の設置とに伴う従業員の出向・異動、職組長の資格制度採用と待遇改善、能率向上等は、その実施に当つて事前に公表しあるいは組合と協議すべき事項もあるが、その際でも会社当局において時期・順序・相手方等につき、労使関係等諸般の情況を慎重に検討した上ですることを要し、もしかような手順をふまないうちにその内容が組合・従業員に洩れるときは、当時の新管理方式実施直後の労使関係にかんがみ、労働条件の切下・管理体制整備による労働強化等の疑問・不安を組合や従業員間にひきおこすおそれがあつた。従つてこれらは会社当局による公表あるいは組合との協議開始までは秘密とすべきものである。そして昭和三五年八・九月当時右の各事項はいず 働強化等の疑問・不安を組合や従業員間にひきおこすおそれがあつた。従つてこれらは会社当局による公表あるいは組合との協議開始までは秘密とすべきものである。そして昭和三五年八・九月当時右の各事項はいずれも会社によつて公表されず組合にも示されていなかつた。 以上の事実が認められ、原審証人P36、P62、当審証人P4の各証言も右認定を裏付けるものである。原審及び当審証人P58の証言、原審(第一回)及び当審P1本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれも採用しない。他に右認定を左右すべき証拠はない。 (B) 形式的秘密右乙第四号証、右証人P57の証言によれば、会社は本件計画の立案過程において開催された前記各会議参加者に対してもできる限り文書作成を避け口頭説明を主とし、それ以外の者には本件計画を厳秘に付したことが認められる。右認定に牴触する原審及び当審証人P58の証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果は採用しない。 P57工場長が本件計画を複写した文書を工場の各課長に交付するに当り、極秘扱いとすべき旨特に注意を与え、他の秘密性の少い秘密文書との混同を避けてこれに「極秘」等の表示をしなかつたことは前述のとおりである。もつとも、右乙第四号証によれば、この文書の内容が会社の業務上重要な秘密事項に属するものであることは、会社の業務にある程度の理解を有する者であれば、一見して明らかであると認められるから、右のような表示を欠くからといつて、本件計画の秘密性が左右されることはない。 (C) 要保護性右認定事実によれば、本件計画は、昭和三五年八・九月当時会社の業務上重要な事項であつて、会社が従業員に対しその事項を他に洩らさないよう要求し、懲戒罰をもつてこれを強制するに足りる秘密性をそなえていたというべきである。 (ロ) 秘密としての非公知性成立に争いの 上重要な事項であつて、会社が従業員に対しその事項を他に洩らさないよう要求し、懲戒罰をもつてこれを強制するに足りる秘密性をそなえていたというべきである。 (ロ) 秘密としての非公知性成立に争いのない乙第二五号証の二、原審証人P57・P36・P62・P32・P35・P58の各証言によれば、本件計画の内容は昭和三五年八・九月ごろにおいて会社従業員中前記各会議出席者のほか、工場では各課長・技術課P56副課長・同課P76上席係員のほかには知られていなかつたことが明らかである。 これと相反する原審及び当審証人P58の証言、原審(第一回)及び当審P1本人尋問の結果は採用しない。 この点につき若干の書証を検討する。 原審(第一回)P1本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二一号証、右証人P57の証言、右本人尋問の結果(第一回)によると、次の事実が認められる。 P57工場長は昭和三七年四・五月ころ組合に対し、工場労使協議会の席上、組合に生産への協力を求めるべく、昭和三六年下期決算・昭和三七年度生産計画・同年上期予算・各課の方針を説明した。即ち、その生産計画として、三二パーセント増産の新方針を樹立した理由を必要性・販売面(ビツトロツドの一、〇〇〇万円売増し可能・中共等からの輸出引合い)・生産面(三二二Dさく岩機の主力化)・外注面・資材面・三八年度の見通しにわけて明らかにし、その増産方法を示し、一人当りの生産額を掲げ、さらに予算として機種別の販売収入・利益・利益率を明らかにし、各課の方針として、機種別生産割合・購入工作機械の種類を示し、さく岩機の新機種系列完成により今後は故障破損対策と原価低減とを主とする時期であること、クローラーの試作・ビツトロツドの積極販売を図ること等を掲げた。 会社は昭和三七年四月四・五日開催の中央労使協議会におい 新機種系列完成により今後は故障破損対策と原価低減とを主とする時期であること、クローラーの試作・ビツトロツドの積極販売を図ること等を掲げた。 会社は昭和三七年四月四・五日開催の中央労使協議会において足製連に対し、三か年計画のうち高崎工場では昭和三九年度には昭和三四・三五年の実績の一、六六倍の生産目標を掲げる旨説明した。 以上の事実が認められる。 しかし、本件計画の各事業年度中すでに経過した昭和三六年下期決算は、右説明当時秘密としての要保護性を失つたため公表されたものであり、右説明の時期の属する昭和三七年上期の生産計画等は、その実施に着手する以上、会社自ら秘密を解除して従業員に協力を求めるべくこれを明らかにしたと解される。そして本件計画に含まれる昭和三七年下期・昭和三八年上期さらに昭和三九年度については、抽象的表現が用いられ、機械原価・マージン率等はいずれにおいても示されていない。 従つて右甲第二一号証をもつて、さかのぼつて昭和三五年八・九月ごろにおいても本件計画の一部が公知であつたと断定できないことは勿論、これが秘密としての保護性を欠くともいえない。 成立に争いのない甲第二二ないし第三〇号証及び原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、会社は昭和三五年四月から同年七月までの間に従業員に配布した「古河機械ニユース」の中で、高崎工場内に新工場建家を建築し、工作機械を入れ、クローラードリルの生産を開始し、ビツトロツド生産を足尾工場から高崎工場に移管したこと、クローラードリル・さく岩機の受注状況を紹介したことが認められる。 しかしこれらの記事から本件計画に示された昭和三八年上期末における工場の生産機種・金額・機械原価・販売収支等を推知することは不可能と認められるから、右甲各号証をもつてしても本件計画の非公知性を左右することはできない。 原審 計画に示された昭和三八年上期末における工場の生産機種・金額・機械原価・販売収支等を推知することは不可能と認められるから、右甲各号証をもつてしても本件計画の非公知性を左右することはできない。 原審証人P35の証言により真正に成立したと認められる乙第二一号証及び右証言によれば、会社は本件計画にいう独立した販売会社としてさく販を設立することとし、昭和三六年四月一二日以降組合ないし従業員に対し同社の設立及び同社に入社した場合の労働条件につき説明をとげたことが明らかであるが、さればとてその設立等が昭和三五年八・九月現在で公知であつたとはいえない。 (ⅴ) 本件計画の漏洩原審(第二回)P1本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四六号証、前記乙第四号証、原審証人P11の証言により真正に成立したと認められる乙第八号証と原審証人P62・P64・P32の各証言とにより真正に成立したと認められる乙第五号証の一、原審証人P57・P11・P36・P32・P58・当審証人P15・P4の各証言、原審(第一回)P1本人及び同P2本人尋問の結果によれば、次の事実が明らかである。 会社大阪支店従業員P4は昭和三五年八月末ころ高崎工場に出張し、工場技術課内で本件複写(乙第四号証)を発見し、内容的にみて重要書類であると判断し、同人の高崎工場会計係在勤当時の上司P36(業務課資材係員)に工場内でこれを手交し、P36はこれを秘密文書と考えて直ちに上司P58に示し、これを閲読した同人からその返却を受けたところ、即日工場内でP1から見せて欲しいと求められて同人に二、三日これを貸与したこと、P1は当時工場従業員中日本共産党員である者をもつて組織する古河細胞の細胞長の職にあり、組合役員の地位にあつて活動中、P2は同党員で同細胞に属し、かつ民青の高崎地区における有力人物と を貸与したこと、P1は当時工場従業員中日本共産党員である者をもつて組織する古河細胞の細胞長の職にあり、組合役員の地位にあつて活動中、P2は同党員で同細胞に属し、かつ民青の高崎地区における有力人物として、また組合青婦部書記長として活動中であつたこと、P1及びP2は本件計画は会社の業務上重要な秘密であつて、これを古河細胞として十分検討する必要があると考え、協議の上、P2においてガリ版をきり所持の謄写機を使用して本件複写とほぼ同一内容を謄写印刷した写(乙第五号証の一はそのうちの一つである。)若干部を作成した。 以上の事実が認められる。右認定と異なる乙第二五号証の二、一一、原審証人P58の証言、原審(第一回)及び当審P1、原審P2各本人尋問の結果はいずれも採用できず、その他右認定を左右すべき証拠はない。 なお、右認定の事実と前記二1(三)(1)(ⅲ)において認定した事実とを合わせ考えると、P4が工場技術課内で発見、入手した本件複写は、同課のP56副課長がP57工場長から命ぜられて同課のP76上席係員に本件文書を複写させた際右課員が誤つて余計に複写し、その場に残しておいた余部であつたと推認される。 前記乙第五号証の一、原審証人P62・P64・P32・P77・P11の各証言によれば、次の事実を認めることができる。 P1は同年九月ごろ自宅で開かれた古河細胞第一班班会議の席上班員P45・P59・P50・P32ら(いずれも会社従業員)に本件謄写を配布した上、「この文書は会社の書類棚から勝手にもち出したもので、内容は非常に重要である。絶対に他言しないで細胞の内部だけにとどめてもらいたい。会社はこの三か年計画にもとづき組合や従業員に攻撃をかけてくるであろうから、事前にこれを検討して組合の機関や一般の従業員に働きかけて態勢をつくつておく必要がある。この文書 部だけにとどめてもらいたい。会社はこの三か年計画にもとづき組合や従業員に攻撃をかけてくるであろうから、事前にこれを検討して組合の機関や一般の従業員に働きかけて態勢をつくつておく必要がある。この文書は大事に保管しておいてもらいたい。」と注意し、当時同細胞員P60を介し同P62に、同細胞第二班班長P24を介し同班班会議の席上同班員P64・P52・P78・P79らに本件謄写を配布する等右細胞員にこれを配布した。各班においてはその後一か月二回位定期的に集まり、P1・P2、のちにP77・P61もこれに参加して内容を学習した。このほか、昭和三六年三月ころから組合役員の地位にあるP1(執行委員)・P24(書記長)・P63(執行委員)らの細胞員をもつて構成する組合対策会議において、月一回位本件謄写の内容、主として労務関係の部分につき検討した結果、「党は工場業務課内で特に勢力が強いので、独立した販売会社の新設や中央倉庫の設立により業務課員がそこに配置転換されると、細胞の勢力に大影響を受け、能率給の導入はさく取につらなり、職組長の資格制採用は差別をつけ競争心をあおる。」等の分析を行つた。同年夏ごろ開催の細胞員全員で構成する細胞総会では西毛地区委の幹部(会社の従業員でない者)の出席指導を求めてさらに検討した末、「細胞としては本件計画に反対するが、細胞が公然化していない現状では、組合機関にいる党員はそこの非党員に、一般組合員たる党員は党員でない一般組合員に、会社から近く本件計画による攻撃を受ける旨を知らせて反対態勢づくりをし、いよいよ具体的な提案をみれば全員で頑強に反対する。」旨を決定した。細胞員らはこれに従い日本共産党員としての立場を堅持しつつ、党員として、他の組合員に働きかけたが、その過程にあつても、本件複写の入手の事実を他の組合員に秘匿した。 右各事 反対する。」旨を決定した。細胞員らはこれに従い日本共産党員としての立場を堅持しつつ、党員として、他の組合員に働きかけたが、その過程にあつても、本件複写の入手の事実を他の組合員に秘匿した。 右各事実を認めることができる。甲第六三号証、乙第二五号証の二、一一、原審証人P58・P50・当審証人P52の各証言、原審(第一回)及び当審P1、原審P2各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、その他右認定を動かすに足りる証拠はない。 右事実によると、P1とP2とは、いずれも本件複写に掲げられた本件計画が会社の業務上重要な秘密であること、及び洩らした先が社外であることを認識していたというべく、本件複写に「秘」の表示を欠くからといつて秘密の認識がなかつたとは到底いえない。 以上説明のとおり、P1とP2とは共同して本件計画を、それが会社の業務上重要な秘密であることを知りながら、西毛地区委及び古河細胞に洩らしたというべきである。 (ⅵ) 会社の受けた損害P1及びP2が共同して本件計画漏洩及びこれにもとづく本件計画実施反対の態勢づくりを行なつたことは以上に認定したとおりであるが、更に進んで両名の右行動によりさく販の設立等諸施策の実現が妨げられたとの会社主張事実は、右証人P57の証言によつてもこれを肯認するに十分でなく、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。 付言するに、会社仙台営業所従業員P7ほか二名がさく販出向の内示を受けて、これを確定的に承諾するまでに曲折を経たことは後述二1(四)(2)(ⅰ)(ハ)(A)のとおりであるが、それは同所で説明するように右三名がすでに会社から新設のさく販の業務内容・従業員の待遇等につき説明を受けた後、これに対して起つた事柄であることを考えれば、右曲折とP1らの右行為との因果関係は認められないというの外はない うに右三名がすでに会社から新設のさく販の業務内容・従業員の待遇等につき説明を受けた後、これに対して起つた事柄であることを考えれば、右曲折とP1らの右行為との因果関係は認められないというの外はない。 (2) 労協・就規の適用(ⅰ) 守秘義務の法的根拠と人的範囲労働者は労働契約にもとづく附随的義務として、信義則上、使用者の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負うが、その一つとして使用者の業務上の秘密を洩らさないとの義務を負うものと解せられる。信義則の支配、従つてこの義務は労働者すべてに共通である。もとより使用者の業務上の秘密といつても、その秘密にかかわり合う程度は労働者各人の職務内容により異るが、管理職でないからといつてこの義務を免れることはなく、又自己の担当する職務外の事項であつても、これを秘密と知りながら洩らすことも許されない。 このことは、工員をもつて組織する組合の加入する足製連が会社と結んだ労協、及び工員のみを対象とする就規が、従業員に右のような義務があることを前提として、それぞれ会社の業務上重要な秘密を洩らした者を懲戒解雇する旨定めていることからも、明らかである。 (ⅱ) 秘密の漏洩先労協五七条三号は秘密を洩らし、又は洩らそうとした先を「他」と、就規七三条六号は「社外」と規定する。前者は後者の上位規範とはいえ、いずれも制定手続上労働組合の関与を要し、さらに文言上も実質上もあえて漏洩先に差を設ける必要性に乏しいから、統一的に「会社以外」と解し、社内に洩らしたときは労協五七条一六号、就規七三条一四号によつて措置すれば足りると考えるのが相当である。 これを本件についてみると、P1及びP2の前示本件謄写作成配布、細胞員との本件計画検討及び反対態勢づくりは、すべて日本共産党員としての立場を堅持しつつ、党活動として行 りると考えるのが相当である。 これを本件についてみると、P1及びP2の前示本件謄写作成配布、細胞員との本件計画検討及び反対態勢づくりは、すべて日本共産党員としての立場を堅持しつつ、党活動として行われたものである上、党は会社とは全く別異の政治団体であるから、P1らの右行為は本件計画を社外に洩らしたことにあたる。 P1らは、「細胞の構成員が会社従業員のみによつて占められているから、細胞内で秘密漏洩行為をしたとしても、『社外』にあたらない。」と主張する。しかし党が社外にあたる以上、細胞構成員が会社従業員で占められていても、細胞は社外に該当する。いわんやP1らは本件計画の検討に当り、西毛地区委の幹部であつて会社従業員でない者の出席指導をも得ており、同人にも洩らしたことが認められるから、P1らの右主張は採用できない。 (ⅲ) 秘密漏洩行為の反社会性について懲戒は企業秩序をみだす行為に対する制裁であり、労協五七条三号、就規七三条六号は、会社の業務上重要な秘密が守られることを企業秩序維持の一つの柱と考え、これを他に洩らした者に懲戒解雇をもつて臨むことを定めたものである。懲戒制度の目的からみれば、この構成要件は必要かつ十分であつて、このほかに、労協等に明文がないにもかかわらず、敢てP1ら主張のような情報取得の反社会性、暴露行為の目的及び結果の反社会性、さらに企業秩序の侵害のような要件を必要とするものとは解せられない。所論は、たとえば公共性を有する報道機関による取材、報道等との関連において、秘密漏洩行為に刑事罰を科するかどうかの問題につき、或は検討を要する事項ではあり得ても、企業秩序という私的利益を守るために科せられる懲戒処分につき、労協・就規・労働契約上明示の規定なくして、当然に妥当するものではない。 (ⅳ) 秘密漏洩行為の組合活動・政治活動とし 事項ではあり得ても、企業秩序という私的利益を守るために科せられる懲戒処分につき、労協・就規・労働契約上明示の規定なくして、当然に妥当するものではない。 (ⅳ) 秘密漏洩行為の組合活動・政治活動としての正当性についてP1らの本件計画漏洩行為が、日本共産党員としての立場にもとづき、本件計画反対のための組合の態勢づくりの目的に出たことは前記認定のとおりである。その限りではP1らは党の立場に立つて組合の利益と組合内における党の地位向上をはかつたといえるが、これを組合活動ということはできない。すなわち、P1らの本件計画漏洩行為は前示のように組合にも秘匿されたので、これが組合の承認にもとづくとはいえず、また組合がかような行為を組合活動として承認し、その責を負うべき筋合とは考えられないからである。 のみならず、組合の加入する足製連は、労協五七条三号においてかような行為をする組合員に対し会社が懲戒を行うことを承認しており、この条項は組合にも効力を及ぼすので、特段の事情のない本件ではP1らの右行為は組合活動としても到底正当性を取得しない。 P1らは組合に加入し、かつ会社と労働契約を結び、その結果労協五七条三号、就規七三条六号の適用を受け、会社に対する関係で、会社の業務上重要な秘密を洩らさないという制限を受けるに至つたものである。かような制限は、P1らが会社と右のような労働契約関係にあるかぎり、政治活動が憲法二一条により国家に対する関係で保障されていることを考慮しても、その効力に疑をさしはさむ余地はない。従つてP1らの本件計画漏洩行為が政治活動にもあたるとしても、これが労協・就規の前記条項に該当する以上、P1らは懲戒責任を免れることはない。 (ⅴ) 情状(イ) 行為自体鉱業から機械製造に経営の比重を移し、それ故に高崎工場の将来にその命運をかける ても、これが労協・就規の前記条項に該当する以上、P1らは懲戒責任を免れることはない。 (ⅴ) 情状(イ) 行為自体鉱業から機械製造に経営の比重を移し、それ故に高崎工場の将来にその命運をかける会社が工場再建のため策定した本件計画は、業務上最も重要な秘密の一つというべく、その秘密性を十分に知りながら、これを古河細胞及び西毛地区委に漏らし、その内容を研究討議し、その実施を妨げようとした行為は、情状極めて重大というべきである。 他面かような重要文書がいとも簡単にP4の手にはいつたことは、会社の重要文書保管方法に粗漏があつたものというべく、またP1自身の本件複写入手方法はP36からの任意交付によるもので、それ自体とくに非難されるべきものではない。これらはP1らに有利な情状といえる。 (ロ) P1とP2との比較P1はP36から本件複写を借り受け、P2と共同して本件謄写若干部を作成し、これを細胞員に配布し、同細胞で検討させ、周知徹底をはかり、その反対態勢づくりを行つた。 P2は右のような党活動に使用されることを知りながら、本件謄写を作成配布し、かつ右検討のための会合に参加した。P1が古河細胞の細胞長であるのに対し、P2は同細胞員で青婦部の書記長であり、かつ民青を代表して後日訪中するような民青における有力人物であつた。それ故にP2はP1と本件複写の取扱いについて協議をとげ、本件複写の謄写という極秘かつ至急を要する重要作業を引き受けたと考えられる。P2の活動がなければ、細胞内での検討作業はこれほど進行しなかつたといえる。 (ハ) その他の関係者との比較P1とP2とは本件計画漏洩について主導的役割を演じた点で、他の関係者が受働的であつたことと対照をなしている。 原審証人P11・P77・当審証人P15の各証言によれば、昭和三七年七月一一日開 較P1とP2とは本件計画漏洩について主導的役割を演じた点で、他の関係者が受働的であつたことと対照をなしている。 原審証人P11・P77・当審証人P15の各証言によれば、昭和三七年七月一一日開催の組合大会において突如組合員によりP1らの本件計画漏洩行為が暴露され、会社はその真相を調査したところ、右行為に関係したP4・P36・P32・P62・P77らからは詳細な事情を聞きとり本件計画の漏洩を知ることができたけれども、P1らからの聴取を断念したこと、その理由は、P1とP2とは同月一三日夜はるな生活協同組合高崎診療所P65医師方で開催された古河細胞の会議に出席し、当時行われていた組合の調査及びこれから行われるべき会社の調査に一切協力しない旨決議し、組合の調査にも漏洩を否定した事実を、会社が知つたからであることが認められる。 原審(第一回)P1本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用せず、その他右認定を覆えすべき証拠はない。 これによればP1らは改悛の情のない点でも、他の関係者と異なる。 原審証人P11・P62・P64・P32・P36・P77・当審証人P15・P4の各証言及び前記二1(三)(1)(ⅴ)で認定した事実によれば、P4・P36は本件複写を入手したものの、その後の検討に加わらず、発覚後は会社の調査に協力し、P45・P59・P50・P32・P60・P62・P24・P64・P52・P78・P79・P77・P61・P63らは或は右謄写の交付を受け、或は右検討のための集会に参加する等、受働的立場に立ち、そのうちP32・P62・P77らは会社の調査に協力して詳細な事情を報告していることが明らかである。 しかも、原審証人P23の証言により真正に成立したと認められる甲第一九、第二〇号証、及び原審証人P11の証言によれば、組合は会社あてP1及びP 協力して詳細な事情を報告していることが明らかである。 しかも、原審証人P23の証言により真正に成立したと認められる甲第一九、第二〇号証、及び原審証人P11の証言によれば、組合は会社あてP1及びP2の解雇はやむを得ないとしつつも、その他の者については、懲戒解雇等の措置をとらないよう要請したこと、会社はP1、P2両名以外の関係者に対し何らの措置もとらなかつたが、複写を命ぜられたP56技術課副課長には戒告、P76上席係員に対しては厳重注意を行つたことが認められる。 これらの事実によれば、P1及びP2とその他の者とでは本件計画漏洩のみについても情状に明確な差異をみるのである。 (ⅵ) むすび以上検討したところによれば、P1とP2との本件計画漏洩行為は、労協五七条三号、就規七三条六号に該当し、その情状は重いといわざるを得ないが、労協五七条一〇号にいう「甚しく会社に損害を与えた」、あるいは就規七三条一〇号にいう「会社に重大な損害を与えた」との要件にあたるとはいえないから、右各号の適用は否定しなければならない。 (四) P1のみの解雇理由(1) 虚偽の理由による欠勤(ⅰ) 事実成立に争いのない乙第九号証、第二〇号証、第二五号証の一三、原審証人P35の証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果をあわせると、P1は昭和三六年七月二五日から同年八月一日までの間就労義務を負つていたが、同年七月二五日会社あてに、同日から同月三一日までの間大腸カタル治療のため年次有給休暇を取得する旨記載した年次有給休暇届と同月二五日付けはるな生活協同組合高崎診療所所長P65作成名義のP1が大腸カタルのため向後一週間の安静加療を要する旨記載した診断書とを提出し、さらに同年八月一日、大腸カタル治療のため当日一日だけの年次有給休暇を取得する旨記載した年次有給休暇届を提出して 成名義のP1が大腸カタルのため向後一週間の安静加療を要する旨記載した診断書とを提出し、さらに同年八月一日、大腸カタル治療のため当日一日だけの年次有給休暇を取得する旨記載した年次有給休暇届を提出して、この間就労せず、会社もこれを承認して年次有給休暇として取り扱つたことが明らかである(診断書と同年八月一日付年次有給休暇届の提出・不就労は争いがない。)。 右事実によると、右年次有給休暇請求日数が労働基準法三九条所定日数の残日数以内である場合、右届の提出により、又これが右残日数をこえており、そのこえた日数が別紙二記載の就規三九条所定の日数内である場合、同じく就規四一条にもとづく右会社の許可により、P1は右期間内の就労義務を免除されたことになる。本件においては右許可の無効等の主張もないので、右届に記載された事由の真偽如何、又休暇中に現実にとつた行動の如何だけによつては、右就労義務免除の効力は影響されない。 ところで、就規四一条は年次有給休暇を求める者に所定届書を所属係に提出することを要求している。右乙第二〇号証と右証人P35の証言とによると、会社所定の届出用紙には標題として年次有給休暇届と欠勤届とが併記され、事由欄と期間欄とが設けられており、会社従業員は年次有給休暇届の際も事由欄に事由を記載する慣例に従つていることが認められるから、右所定届書とは事由も記載した届書を指すと解する。 会社は年次有給休暇の届出を受けたとき、これが事業の正常な運営を妨げると認めれば、時季変更権を行使できる筋合であるが、その場合でも届出事由を考慮して時季変更権の行使を差しひかえることもあり得べく、従つて右の事由欄には真実を記載することが必要である。よつて虚偽の理由を記載した届書は就規四一条にいう所定届書にあたらず、これを提出しても、就規七二条二号にいう「勤務に関する かえることもあり得べく、従つて右の事由欄には真実を記載することが必要である。よつて虚偽の理由を記載した届書は就規四一条にいう所定届書にあたらず、これを提出しても、就規七二条二号にいう「勤務に関する所定の手続を怠つた」ことか、又は同条九号にいう「不都合の行為があつた」ことに該当するといわざるを得ない。 よつて、P1が記載した右届書事由の真偽をみるに、原審証人P80の証言により真正に成立したと認められる甲第三四号証、前記乙第九号証、第二五号証の一三、原審証人P80・P81の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によると、P1は同年七月二四日大腸カタルにかかり同日から三日間右診療所で受診し、高崎市内の実父方で静養していたことが認められる。原審証人P35・P8の各証言によつても右認定を覆えすに足りない。 P1はこの間東京都内で開催された日本共産党大会又は活動者会議に出席したが、会社従業員中に同党員がいて細胞を結成していることを会社に対し引きつづき秘匿すべく、右届出にあたり、右会議出席の事実をかくしたものであるとの点は、原審証人P35・同P32の各証言によつても、これを肯認するのに十分でない。 (ⅱ) 労協・就規の適用P1が前記期間中の就労義務を年次有給休暇請求権の行使により免除された以上、右不就労は労協五八条四号、就規七二条三号にいう欠勤に該当しないし、又これに準ずる不都合行為でもないから同条九号にもあたらない。 P1は会社所定の届書に虚偽の事由を記載したとは認められないから、就規七二条二号又は同条九号に該当する行為があつたとはいえない。 (2) 業務妨害(ⅰ) 事実(イ) 業務課副課長P5排斥(A) 排斥運動原審証人P34の証言により真正に成立したと認められる乙第一〇号証、成立に争いのない乙第一七号証の一、二、前記乙第二五号証 ) 業務妨害(ⅰ) 事実(イ) 業務課副課長P5排斥(A) 排斥運動原審証人P34の証言により真正に成立したと認められる乙第一〇号証、成立に争いのない乙第一七号証の一、二、前記乙第二五号証の一三、原審証人P11・P35・P82・P34・P24・P60の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果をあわせれば、次の事実が認められる。 会社が昭和三五年五月一日からその提案の新管理方式中職場規律関係部分を、足製連の反対にもかかわらず、実施にふみ切り、とくに課長と課員との間で従前定期的に開かれていた職場懇談会を廃止したところ、同月一〇日ころから連日就業時間中工場各課において組合員らが数十名宛就労せず、上司たる課長らの執務中をとりかこみ、右実施に抗議して、職場懇談会の復活を要求した。業務課においても同様であつて、矢面に立つた副課長P5はこれら組合員の氏名等をメモにとつたが、抗議に対して沈黙を守り説明を与えなかつた。 会社は同年六月中旬賃金支給に際して右抗議参加者に対し不就労時間に相当する賃金カツトを行つたが、その一部に誤りを生じた(賃金カツトに一部誤りを生じたことは争いがない。)。 P1はこの誤りの責任はP5に帰せらるべく、又同人の交渉中の態度は不当であると考え、同月末ころ業務課の職場委員として同課工員ら殆ど全員とともに組合の職場会議に参加し、討議の結果、前記理由により、P5副課長と職場交渉を行い同人を難詰すること、同人は能力的人格的にも上司として認めるには不適当であるとして、六項目の排斥運動要領すなわち、「一、P5の指示に対しては一切協力しない。 二、P5の出席する会議及び打合わせには一切出席を拒否する。三、P5へ電話でかかつてきた要務の取りつぎもせず、また回答もしない。四、P5が捺印することを一切拒否する。五、P5の机の清掃及び茶の接 。 二、P5の出席する会議及び打合わせには一切出席を拒否する。三、P5へ電話でかかつてきた要務の取りつぎもせず、また回答もしない。四、P5が捺印することを一切拒否する。五、P5の机の清掃及び茶の接待は一切拒否する。六、業務課慶弔規程の会員としての資格をP5に認めない。」との要領を定め、これに従い共同行動をとることを申し合わせた(P5に右責任を問うことは争いがない。)。 そこで業務課員一同の名義で右六項目を記載した通告文が同年七月一日業務課長に提出された。さらにP1が中心となつて業務課工員による波状的抗議のための参加者の割当・実施時刻一覧表が作成され、P1はこれに従い同課工員五〇名をして同月から連日のように就業時間中午前午後の各一回宛二〇分ないし三〇分位にわたり二〇名位宛交代で工場内において執務中のP5を集団で取り囲ませ、「賃金カツトを撤回せよ。カルピス・氷水を出せ。無能者。」等と大声で叫ばせ、机をたたかせ、自らは或は机に腰かけ、或は後方にあつて参加者に指示して順次交代して引きつづき大声で発言させ、消極的な者を督励し、さらに業務課工員らに前記六項目の要領にもとづく共同行動をとらせた。この間上司P35らから再三にわたり、かような行動を中止して就業するよう指示されたにもかかわらず、P1はこれに従わず、もつてP5の業務を妨げ、かつ右行動に参加した工員をしてその間就労させなかつた(右共同行動は争いがない。)。 のみならずP1は業務課員P83をしてP5とP1との板ばさみに苦しむの余り、年次有給休暇をとつて就労を避けざるを得ないようにさせ、さらに同年八月試作品のクレーム処理・設計打合わせ等を議題とする会社の試作会議に上司の指示によりP5とともに出席した業務課員P6及びP66を会議の席上から中座させ、両名に対し前記要領に反したことを難詰し、以後P6 作品のクレーム処理・設計打合わせ等を議題とする会社の試作会議に上司の指示によりP5とともに出席した業務課員P6及びP66を会議の席上から中座させ、両名に対し前記要領に反したことを難詰し、以後P6をしてP1をおそれるの余り右会議への出席を差控えさせるに至つた。 P1の指導による以上の業務課員の行動は、新管理方式による労使交渉が終了し足製連が同年八月八日争議行為を中止した後一か月も続き、同年九月ようやく終了した。 以上の事実が認められ、この認定に反する乙第二五号証の一三、原審(第一回)P1本人尋問の結果は採用せず、原審証人P69・P60の各証言によつても右認定を左右できない。 右認定の事実によれば、P1らの昭和三五年七月一日以降の行動は、交渉とはいうものの、P5にかような交渉を行う権限のないことは、右乙第一七号証の一、二、原審証人P34の証言により真正に成立したと認められる乙第一八号証により明らかである上、その態様からみても、実質上、P1ら業務課工員の要求貫徹のための争議行為である。 (B) 組合活動性成立に争いのない甲第五号証、原審証人P84の証言により真正に成立したと認められる甲第七号証、乙第三号証の一の一、第一九号証、前記乙第一七号証の一、二、原審証人P34・P84・P24の各証言によると、次の事実が明らかである。 足製連は昭和三五年四月一〇日会社提案の新管理方式に対し反対闘争を行う旨決議し、傘下組合から争議権等の委譲を受けて同月二八日を皮切りに再三ストライキを実施し、会社が同年五月一日から右新管理方式中職場懇談会の廃止をふくむ職場規律関係事項の実施にふみ切つたことに対抗して、同月以降職場懇談会再開を求めての所属長交渉の実施、同年六月一三、一四日両日不当賃金カツト職場突上げ交渉の実施、同月一五、一六両日その一時中止を各指令 規律関係事項の実施にふみ切つたことに対抗して、同月以降職場懇談会再開を求めての所属長交渉の実施、同年六月一三、一四日両日不当賃金カツト職場突上げ交渉の実施、同月一五、一六両日その一時中止を各指令し、同年七月一日会社との間で、新管理方式中会社により実施中の職場規律関係部分につき足製連はこれに反しないよう自主的に行動し、会社は右実施を一時中止すること、足製連は今後工場で所属長等との交渉をさせないこと、を協定し、直ちにこれを実行し、その後二回時限ストライキ指令を発したが、結局同年八月八日会社との間に合意の成立を見て、確認書をとりかわし、ストライキ中止指令を発し、以後争議行為を行うべき旨の指令を発しておらず、同月二六日会社との間で同月八日付協定書(乙第三号証の一の一)に記名押印した。足製連はこの間P1の行つた六項目の要領にもとづくP5排斥を行うべき旨の指令もしていない(足製連のストライキ実施・交渉・妥結は争いがない。)。 以上の事実が認められる。 従つてP1が同年七月一日以降行つた前記の行動は足製連の指示によらない職場交渉という名の争議行為であつて、組合活動にあたらずP1はこれが懲戒事由に該当するときは、その責を免れない。 (ロ) 出荷妨害原審証人P35の証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によると次の事実が認められる。 昭和三五年八月新管理方式交渉妥結当時工場の製品在庫は平常時の三倍に達していたので、P57工場長は当時業務課長を通じ出荷業務担当者に対し、得意先直送分であると会社営業所あての分であるとを問わず、出荷を促進すべき旨を指示した。 P1は当時業務課において営業担当として、会社の各営業所のうち大阪及び仙台営業所並びに高崎の駐在員から送られて来る出荷手配書を受け付け、これを製品倉庫担当者に廻して庫出しを依頼し、右担当者らにおい P1は当時業務課において営業担当として、会社の各営業所のうち大阪及び仙台営業所並びに高崎の駐在員から送られて来る出荷手配書を受け付け、これを製品倉庫担当者に廻して庫出しを依頼し、右担当者らにおいて庫出、荷造りの後、製品発送段階で、再び自らこれに納品案内書・荷札を添付し請求書を作成送付する等の業務に従事していた関係上、右指示を受けていた。 しかるにP1は、他の営業所担当者にくらべ出荷をさほど急がなかつたため、上司P35から手許にたまつている手配書の処理を早めるよう再三注意を受け、その結果これを改め、他の担当者なみに出荷を促進させるに至つた。 右の事実が認められ、乙第二五号証の一三、原審証人P69・P60の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果中右認定と異なる部分は採用しない。 P1が同僚に対して命令不服従をあおつたことを認めるに足りる証拠はない。 (ハ) さく販出向妨害(A) P7・P38・P39の出向原審証人P35の証言により真正に成立したと認められる乙第二一号証、原審証人P11・P35の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。 会社は昭和三六年三月本件計画にもとづき、工場の主要生産品であるさく岩機の販売活動を強化するため新にさく販を設立し(設立は争いがない。)、その要員として会社従業員若干名を本人の承諾を得て、会社退職・さく販新規採用の形式で転籍出向させ、さく販においては、会社で現に受ける労働条件を下廻ることのない労働条件をもつて遇するとの方針を固め、同年五月足製連から、出向の可否は本人の意向次第であるとの了解を得て、同年六月一日さく販発足を目途に準備に入り、会社の札幌・東京・名古屋・大阪各営業所に勤務する従業員で販売担当の者等はさく販出向を承諾したが、仙台営業所関係の出向は難航した。 すな るとの了解を得て、同年六月一日さく販発足を目途に準備に入り、会社の札幌・東京・名古屋・大阪各営業所に勤務する従業員で販売担当の者等はさく販出向を承諾したが、仙台営業所関係の出向は難航した。 すなわち工場業務課・製造課から販売活動強化のため一定期間つきで仙台営業所に移り、同所で販売活動の応援をしていたP7・P38・P39らは、会社の仙台営業所長・P57工場長らから前記条件でさく販に転籍出向を求められたが、P7らはこれに応じなければいずれ高崎に戻れるとの期待もあり、また応ずれば、労働条件は変らなくても仙台在住が長期化するとの懸念もあり、その他の利害得失を彼此考慮の上、一旦さく販出向を承諾した。 ところが当時工場業務課で仙台営業所関係の出荷業務を担当していたP1は、業務上の電話を利用して右三名からの問合わせに対し、「さく販での労働条件は決まつているが、会社はそれを守らない。給与その他の条件も低下する。下宿を世話するから高崎へ帰つてこい。」等の意見を述べた。 右三名はこの話を聞いて迷い出し、会社に対し態度保留と称したので、組合のP3委員長らが説得に当り、右三名は再度承諾したものの、再度P1からの右同旨の電話を受けて又渋り出し、さらに工場総務課長P11・業務課長P85・本社P67管理部長らの説得により同年六月に入りさく販設立後最終的に出向を承諾した(承諾の事実は争いがない。)。 右の事実が認められる。右認定と異る乙第二五号証の一三、原審(第一回)P1本人尋問の結果は採用できず、その他右認定を左右すべき証拠はない。 (B) P8の出向右乙第二一号証、原審証人P35・P82の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 P1は同年五月ころ業務課所属の組合員らの出席する組合の職場会議において、組合員が会社の出向勧告 、原審証人P35・P82の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 P1は同年五月ころ業務課所属の組合員らの出席する組合の職場会議において、組合員が会社の出向勧告に応ずればその労働条件は低下するとの理由で、会社から勧告を受けても、誰も出向に応じない旨足製連の前記了解と相異なる提案を行い、出席者とその旨申合わせた。 さく販は同年六月一日設立されたが、その後業務課所属組合員P8・P68・P86らは会社から出向後の労働条件等につき説明を受けて納得し、さく販への出向に同意した。 P1は三名の行為が右申合わせに反すると考え、同月下旬ころ、三日間にわたり休憩時間中四〇分位工場内で組合員六〇名位を集め、P8とP68の出頭を求め、出向に応じた理由をただし、裏切者・卑怯者とののしり、会社に出向を断れと強い態度で迫り、P69らの同調的発言も加わつて、P8をして恐怖のあまり、「先走つて出向すると返事してまずかつた。」と陳謝させた。 P8らの出向はその後同年七月実現した(この事実は争いがない。)。 以上の事実が認められ、これに反する原審(第一回)P1本人尋問の結果は採用できず、その他右認定を左右すべき証拠はない。 前記乙第二五号証の一三によれば、P8がそのころ何日か出勤しなかつたことが認められるが、これがP1の右行為によるものかどうかについては、これを認めるに足りる証拠がない。 P1の右行為が会社の指示に反したとか、これが会社の行う出向人事に渋滞を招かせ、P8その他の関係者の職務に影響を及ぼし、会社に損害を加えたとの事実については、これを認めるに足りる証拠がない。 (ニ) 未納品リスト作成による妨害原審証人P35の証言により真正に成立したと認められる乙第二二号証、原審証人P35・P58の各証言、原審(第一回)P1本人 ては、これを認めるに足りる証拠がない。 (ニ) 未納品リスト作成による妨害原審証人P35の証言により真正に成立したと認められる乙第二二号証、原審証人P35・P58の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 工場は住友化学工業株式会社菊本製造所(新居浜市所在)からクラストブレーカーの補用・消耗部品等の製作注文を受け、一年位経過した昭和三七年六月になつてもなお納入するに至らなかつた(未納は争いがない。)。工場業務課で製品の出荷・手配等の業務を担当していたP1は、当時、その販売を担当していたさく販大阪営業所のP87から、再三電話で納入できる期日の照会を受け、電話で回答していたのであるが、未納品の明細とその納入遅延理由との文書による回答を求められてもいないのにかかわらず(この要求のないことは争いがない。)、当時上司P35に対し、右P87から「住友化学は納入のおくれを非常に怒つている。確実に納入できる時期と、遅延した理由とを文書で回答されたい。」との申出を受けたと報告した。 P9は直ちに業務課計画係員二名をして右の回答のため数日間にわたる調査及び書類作成をさせているうちに、P87からそのような依頼をしなかつた旨の説明を直接きき右作業を中止させた。 以上の事実が認められる。右認定と異なる乙第二五号証の一三、原審(第一回)P1本人尋問の結果は採用できず、他にこれを左右すべき証拠はない。 P1がかような行為に及んだ動機については、これを認めるに足りる証拠はない。 原審(第一回)P1本人尋問の結果によると、さきに日本共産党西毛地区委員会名義で工場従業員らに配布された従業員P27解雇に関するビラの件に関し、その筆者がP1であつて、ビラの内容はP27解雇に関する組合の決定に反しているからP1の行為は統制違反であるとして、 地区委員会名義で工場従業員らに配布された従業員P27解雇に関するビラの件に関し、その筆者がP1であつて、ビラの内容はP27解雇に関する組合の決定に反しているからP1の行為は統制違反であるとして、P1は当時非難されており、組合幹部らからも詰問されていたことが認められる。かような時期にP1がさしたる動機もないのに、故意に前記のような業務妨害的行為をすることは、考え難いところであつて、これはP1の過失であるとみるのを相当とする。 (ⅱ) 労協・就規の適用(イ) 業務課副課長P5排斥右事実は労協五七条七、八号、五八条二号、就規七三条三、四号に該当する。また右行為により会社に企業秩序上も財産上も甚だしい損害を与えたと推認できるから、これは労協五七条一〇号、就規七三条一〇号にもあたる。これらの行為は上司に対する排斥運動であつて、企業秩序に対する重大な侵犯行為として情状は重いといわざるを得ない。 (ロ) 出荷妨害右事実は労協五七条七、八号、就規七三条三号に該当しない。出荷のおくれにより会社に損害を加えたと推認できるが、注意をうけて改め、他の従業員なみの出荷状況に回復したから、その損害が「甚しく」という程度に達したと断定するに足りず、労協五七条一〇号、就規七三条一〇号にも該当しない。右出荷のおくれが職場秩序をみだしたと断定するに足りる事実も明らかでなく、労協五八条二号、就規七三条四号にもあたらない。これが右各号に準ずる不都合行為で懲戒に値するともいえないから、労協五七条一六号、五八条八号、就規七二条一四号にもあたらない。 (ハ) さく販出向妨害(A) P7・P38・P39の出向会社従業員にさく販への出向義務が当然にあるとの根拠は認め難く、右出向に当たり会社退職・さく販採用の手続きをふむからには本人の承諾を要し、会社もこれを前提として手続き P7・P38・P39の出向会社従業員にさく販への出向義務が当然にあるとの根拠は認め難く、右出向に当たり会社退職・さく販採用の手続きをふむからには本人の承諾を要し、会社もこれを前提として手続きをすすめてきたとみられる。従つて右三名は公私にわたる諸要素を熟考してその去就を決せざるを得ず、ここに旧知の同僚であるP1の意見により左右されたのであるが、P1は求められて会社と異なる角度から意見を述べたにすぎず、労働者側のある立場に立てば、そのような考え方も存在しており、P1がこれを虚偽中傷にわたると知りながら敢て意見を述べたともいい難い。もとよりP1の意見は会社にとり好ましくない内容であつて、結果において会社の予定した人事を手間どらせたのであるが、この程度の意見による本人の動揺不決断は、会社として受忍せざるを得ないものというべく、これをもつて企業秩序侵犯行為であるとはいえない。 これを労協・就規の規定についてみれば、P1の行為は暴行脅迫を伴わないから、労協五七条七号、就規七三条三号前段にあたらないし、P1に業務妨害、加害の故意過失ありともいえず、企業秩序侵犯の違法性ありともいえない以上、労協五七条八、一〇号、五八条二号、就規七三条三号後段、四、一〇号にあたらず、これに準ずる不都合行為ともいえないから労協五七条一六号にもあたらない。 (B) P8の出向P1の右行為はP8らに対する脅迫に当り、それが休憩時間中とはいえ会社構内で行われたことは、企業秩序上看過できない。よつて右は就規七三条三号前段に該当する。 しかし右行為は休憩時間中に行われており、これが会社の指示に反し、会社の人事に渋滞を招き、P8その他の者の職務を妨げ、会社に損害を加えたとの立証のない以上、これは労協五七条七、八、一〇号、五八条二号、就規七三条三号後段、四、一〇号に該当せ れが会社の指示に反し、会社の人事に渋滞を招き、P8その他の者の職務を妨げ、会社に損害を加えたとの立証のない以上、これは労協五七条七、八、一〇号、五八条二号、就規七三条三号後段、四、一〇号に該当せず、これに準ずるものとして労協五七条一六号にもあたらない。 (ニ) 未納品リスト作成による妨害P1の右行為は労協五七条七、八号、五八条二号、就規七三条三号前段、四号にあたらず、会社に加えた損害が甚しいとか重大であるとかいいうるものではないから労協五七条一〇号、就規七三条一〇号にもあたらない。さらに就規七三条三号後段は過失ある場合を含むとは解されないから、P1の行為は同号同段にもあたらない。 これは労協五七条一ないし一五号所定事由に準ずる不都合行為ともいい難いから同条一六号にもあたらない。 (3) 離席・職務怠慢・成績不良(ⅰ) 事実前記乙第三号証の一の一、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三号証の一の二、三、成立に争いのない乙第三号証の二、原審証人P11・P35・P82の各証言によれば次の事実が認められる。 工場従業員は、業務外の理由による離席に当り組長の許可を要し、組合活動のための離席につき組合の申入れにより工場総務課労務係を経て会社の許可を必要とし、業務上の離席に際し上司に行先を告げるべき旨定められていた。 P1は右のことを指示されていたにもかかわらず、業務課で営業担当中昭和三五年秋以降も殆ど連日のように就業時間内一日一回位二〇分ないし二時間位無断離席し、その大部分を業務外の用務に費した。P1の職務柄、大阪・仙台等からの市外電話が屡々かかり、同僚らはP1の呼出応待に追われる有様であつた。上司P35は、P1の無断離席の回数が多いので、昭和三五年暮から昭和三六年夏にかけて離席状況をメモし、P1に再三注意を与えたが、P1は直後 が屡々かかり、同僚らはP1の呼出応待に追われる有様であつた。上司P35は、P1の無断離席の回数が多いので、昭和三五年暮から昭和三六年夏にかけて離席状況をメモし、P1に再三注意を与えたが、P1は直後しばらく注意を守るにとどまり又無断離席をくりかえして、解雇時に及んだ。この間同僚は私用離席をせず、従つてP1の能率はまことに香しくなかつた。 P1はこのほか、当時就業時間中業務に関しない読書・原稿執筆を行い、就業ベルが鳴つても一〇分以上ストーブにあたり、P9から注意を受けるや、返事もせずバケツを蹴飛ばす等の行為に及んだ。 以上の事実が認められる。右認定と異なる乙第二五号証の一三、原審証人P69・P60の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果は採用できず、その他右認定を動かすに足りる証拠はない。 P1が組合倉庫でP9に対し業務改善案の撤回を迫り、担当者に対し改善案の阻止を呼びかけたことは、乙第二五号証の一三、原審証人P60の証言によつてもこれを認めるに足りず、その他これを肯認するに足りる証拠はない。 (ⅱ) 労協・就規の適用P1の右行為は労協五八条七号、五九条一号、就規七三条四号にあたる。またこれは遅刻早退に類する欠務であるから、同七二条三、九号にもあたる。 (五) P2のみの解雇理由(1) 非能率・離席・生産票記入指示違反(ⅰ) 事実(イ) 非能率成立に争いのない乙第一一号証の一の一、二、原審証人P49の証言により真正に成立したと認められる乙第一一号証の二の一、二、原審証人P88・P89・P49の各証言、原審P2本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 会社は標準的作業員が普通の状態で部品加工等の作業をするに当り、工程毎に要する合理的と考えられる段取時間(加工作業開始に際し機械に取付具をつけたり、切削用刃物を使いやすい位置 の事実が認められる。 会社は標準的作業員が普通の状態で部品加工等の作業をするに当り、工程毎に要する合理的と考えられる段取時間(加工作業開始に際し機械に取付具をつけたり、切削用刃物を使いやすい位置に配置する等の前段取り時間と、加工作業終了後段取を分解する後段取時間とにわかれる。)、加工時間(部品を機械にとりつけて切削等の作業をする時間)、測定時間(加工した部品が所定の寸法・精度となつているかどうかを抽出測定する時間)、余裕時間(作業の指示を受けたり、水を飲む等一息いれるような時間)を過去の実測等にもとづき定め、その合算値をもつて標準工数又は標準時間と称した。 会社は生産計画にもとづき、この標準工数により作業計画を樹立し、各作業担当者に加工すべき部品の数と完成すべき時期とを指示したが、その担当工程の標準工数は示さなかつた。 会社はこれを能率測定にも利用した。すなわち会社は各作業員に毎日の加工品名・工程名・工程内容・月日・作業者名・工程完了の部品数・実働時間等を生産票(乙第一一号証の一、二の各一、二)に記入し、これを毎日提出するよう命じ、生産票の記入・提出を命じたことは争いがない。)、これにより作業の進行状況を知り、併せて現実に一工程に要した時間数(実工数)を把握し、これを標準工数と比較することにより、当該作業員の能率を知る資料としていた。 この能率算定の方法は、標準工数から実工数を控除した差を標準工数で除した商をパーセントで表示し、これがマイナスであれば加工等に標準工数以上を費したものであり、その数字が大であればあるだけ非能率であると判断し、プラスのときはその逆の判断をするのである。 以上の事実が認められる。これと異なる乙第二五号証の一四、原審証人P50の証言は採用しない。 原審証人P49の証言により真正に成立したと認められる乙第 プラスのときはその逆の判断をするのである。 以上の事実が認められる。これと異なる乙第二五号証の一四、原審証人P50の証言は採用しない。 原審証人P49の証言により真正に成立したと認められる乙第一一号証の三ないし五、成立に争いのない乙第二三、第二四号証、第二五号証の一一、原審証人P88・P49の各証言、原審P2本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。 P2は昭和三四年ころから昭和三七年七月解雇の意思表示を受けるまでの間、工場製造課第一係A組(組長P84)ピストン班(班長組長補P49)に属し、同僚とともに横フライス盤を用いてさく岩機の部品であるライフルバーの九工程中六番目にあたる溝切り作業に従事していた(担当業務は争いがない。)。この作業はさほど高度の熟練を要しない仕事であつた。 P2は別紙三、「能率表」記載の期間中、同記載の各型式のライフルバー等の溝切り工程の一部を担当したが、その半年毎の能率及び当該時期の製造課所属工員約一五〇人の全体の能率は別紙三、「能率表」のとおりである。この間平均よりやや上位にある工員P71の能率は各型式のライフルバーを通じて最低(-)一・八、最高(+)一四の範囲内におさまつていた。 これによると、P2の能率は甚だ低く、指示された完成時期を守れず、そのためピストン班の加工作業は遅れ、P49及び同僚はP2の担当作業の遅れを取り戻すべく、度々超過勤務をしなければならなかつた。 この非能率の原因は、同人の健康・知能・熟練度によるというよりも、主としてその就業時間中の私用離席等の勤務態度に帰せられる。 P2はこの間、上司から再三能率向上につき指示を受け、能率自体は若干向上したものの、製造課全体のそれにははるかに及ばず、同課中最低であつた。 以上の事実が認められる。これと異なる甲第六三号証、乙第二五号証の一一 、上司から再三能率向上につき指示を受け、能率自体は若干向上したものの、製造課全体のそれにははるかに及ばず、同課中最低であつた。 以上の事実が認められる。これと異なる甲第六三号証、乙第二五号証の一一、一四、原審証人P50・P27・P89の各証言、原審P2本人尋問の結果は採用せず、他に右認定を動かすべき証拠はない。 P2は能率測定に当つて当該本人の経験年数・機械の性能・作業内容・工場の合理化の程度も検討すべきであると主張する。 P2の担当工程がさほど熟練度を要しないことは前記のとおりである。原審証人P89の証言によると、会社は標準工数決定に当り、かような作業については熟練度の低い者を標準にしていること、従業員の非能率がつづくとき、会社は機械を検査してそれがその性能によるかどうか確めていること、作業内容如何は標準工数決定の一要素であることが認められる。P2の担当工程についてとくに合理化の程度が他の従業員と異なつているとの証拠もない。よつてP2の右主張は採用しない。 以上の事実によれば、P2の能率は逐年改善されてきたとはいえ、製造課全体の能率もまた向上してきており、P2は製造課のなかでも引きつづき能率が最も低かつたと評せざるを得ない。 乙第一一号証の一の一、二(昭和三七年五月のP2の生産票)につき検討する。 これによると、P2は当時ライフルバー二二D一五一Bポール部溝切り仕上M工程を担当し、同月二日以前にその段取をつけ、同日以降同月一五日まで実働時間三九一〇分を費して二四〇個を加工し同日これを一旦終え、同月一七日改めて一八〇分を費して段取をつけ、同日から同月二二日まで実働時間一九二〇分を費して一四八個(但しこれが同月二一、二二日の生産分も含むか否かの記載はない。)を加工し同日これを一旦終え、同月二五日改めて二〇五分を費して段取をつけ、同日 同日から同月二二日まで実働時間一九二〇分を費して一四八個(但しこれが同月二一、二二日の生産分も含むか否かの記載はない。)を加工し同日これを一旦終え、同月二五日改めて二〇五分を費して段取をつけ、同日から三〇日までに実働一五一〇分を費して一三〇個を加工し同日又はその後これを終えたこと、五月後半に「P49の分もふくむ(二〇〇本)」との記載があることが明らかである。 前記能率認定に当つては、六か月単位を用いたのに、昭和三七年五月だけの能率をもつてこれと比較することは当を得ない。のみならず、同号証によつては、P2が同月一五日まで加工した工程の段取時間及びこの段取にもとづき加工に入つた日が判らず、かりにこれが同年四月中であるとすれば、同月中の加工時間は不明であるし、同年五月一七日から同月二二日迄の工程中同月二一、二二日の加工個数が一四八個の中に含まれるか否か分明でなく、さらに同月二五日以降の工程は果して同月末で終了したか否かも判らない。しかもこれらの実績の内には組長補P49の応援作業分も含み、本数二〇〇本との記載はP49の加工個数のみかP2の分も含むのかも必ずしも明確でない。従つて本書証をもつて前記認定の当否を論ずるのは適当でない。 しかし、仮に右の点を度外視し、P2の乙第二五号証の一四中の供述に従つて、乙第一一号証の一の一、二により、その能率をみることとする。P2が同年四月末日に段取をつけたと仮定し、その段取時間を、同年五月一七日と同月二五日の各段取時間の平均一九二・五分と計算し、同月二日から同月一五日までの加工個数を二四〇個、同月一七日から同月二二日までの加工個数を一四八個、同月二五日から同月三〇日までのそれを一三〇個と認め、P49が応援して加工した個数は同月二五日から三〇日の間に七〇個でこれとP2の分一三〇個とを併せて二〇〇本と記載した 二日までの加工個数を一四八個、同月二五日から同月三〇日までのそれを一三〇個と認め、P49が応援して加工した個数は同月二五日から三〇日の間に七〇個でこれとP2の分一三〇個とを併せて二〇〇本と記載したと解し、さらに同月二五日の段取にもとづく加工は同月三〇日に終了したという前提に立てば、全実働時間七三四二・五分となり、これを加工総数五一八で除すれば、実工数一四・一分となる。これに前記乙第一一号証の三により認められる二二D一五一Bの標準工数一四分と比較すれば、P2の能率は(-)〇・七となり標準工数をこえたものの、この時間を含む別紙三の昭和三七年上期における製造課全体の能率(+)一八・二八に比し著しく低いといわざるを得ない。 これを原審P2本人尋問の結果に従つて計算しても概ね同様である。これによると右期間の加工総数は五七〇であるから実工数は一二・八分能率は(+)八・五となるからである。 以上説明のとおり、乙第一一号証の一の一、二をもつてしては、P2の能率が昭和三七年五月に至りさらに改善をみたとはいえるけれども、それまでに製造課全体の能率も益々向上しているというべく、P2の能率が製造課所属作業員中ほとんど最低であるとの事実が変つたと認めることは困難である。 (ロ) 離席原審証人P84の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証の一の一、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三号証の一の二、三、成立に争いのない乙第三号証の二、原審証人P49の証言により真正に成立したと認められる乙第一二号証の一、二、原審証人P88・P49の各証言によれば、次の事実が認められる。 P2は、新管理方式交渉が妥結し工場の職場秩序・労働能率の順次回復を見つつあつた昭和三五年九月以降も、業務外の離席をするには組長の許可を要し、とくに組合活動のための離席に 次の事実が認められる。 P2は、新管理方式交渉が妥結し工場の職場秩序・労働能率の順次回復を見つつあつた昭和三五年九月以降も、業務外の離席をするには組長の許可を要し、とくに組合活動のための離席には組合の申入により工場総務課労務係を経て会社の許可を要すると指示されているにもかかわらず、無許可で、就業時間中一日二、三回宛一回三〇分位離席し、職場で青婦部主催のダンスパーテイ券の売り歩き・他の職場の者との私用の立話・野球や体操のまね・スケート靴の手入・靴下の洗濯などを行い、その間しばしば担当の機械を空運転させたままであつた。又P2は自席にあつても機械の運転をとめることもなく、業務外の読書・青婦部回覧文書執筆などを行つた。 これらの行状につき、P2は上司P49から注意を受けたにもかかわらず、態度を改めず、作業を渋滞させ、会社の命により渋滞処理のため応援に来た者に、「ガツガツするな。」といや味を並べた。 昭和三六年九月新工場落成移転後は、職場の気風の引きしまりにより、P2の離席は見かけられなくなつた。 この前後を通じ、他の従業員の無断離席は極めて稀であつた。 以上の事実が認められる。右認定と異なる乙第二五号証の一一、原審証人P50・P27の各証言、原審P2本人尋問の結果は採用しない。 (ハ) 生産票記入指示違反前記乙第一一号証の一の一、二、原審証人P89・P49、当審証人P52の各証言によると、次の事実が認められる。 会社はP2を含む各作業員に前記生産票に毎日所定事項を記入し、毎日上司にこれを提出するよう命じていたにもかかわらず、P2は他の者と異なりこれを怠り、数日分の加工個数をまとめて記入し、数日毎に提出するとの便法をとり、上司から注意されても改めなかつた(P2が生産票の記入と提出とを命ぜられ、数日分まとめて記入提出したことは争いがない。 これを怠り、数日分の加工個数をまとめて記入し、数日毎に提出するとの便法をとり、上司から注意されても改めなかつた(P2が生産票の記入と提出とを命ぜられ、数日分まとめて記入提出したことは争いがない。)。 このため製造課では、作業員の生産票の数値を集計して小日程表に記入し、各工程の進度を掌握し、納期に間に合うよう次の工程の日程を按配する作業に支障を来した。 以上の事実が認められる。これと異なる乙第二五号証の一一、原審証人P50・P27の各証言、原審P2本人尋問の結果は採用せず、その他右認定を動かすに足りる証拠はない。 P2が上司から業務改善等の指示を受けながら、労働強化と称してこれを服さず、同僚にも不服従をあおつたとの点については、前記二1(五)(1)(ⅰ)(ロ)で認定したほかには、かような事実があることを認めるに足りる証拠はない。 (ⅱ) 労協・就規の適用右非能率は労協五八条二号、五九条一号、就規七三条四号、七二条一号に該当する。 右無断離席は労協五八条二、七号、五九条一号、就規七三条四号、七二条一号に該当し、その態様に徴し遅刻早退に類する欠務であるから同七二条三、九号にもあたるが、解雇時には無断離席がみられなくなつている関係上、これを重視するのは相当でない。 右生産票記入指示違反は労協五八条二号、就規七三条四号に該当する。 (2) 欠勤・遅刻・早退(ⅰ) 事実成立に争いのない甲第四〇号証、乙第一三号証の一ないし一一の各一、二、前記乙第三号証の一の一、第三号証の二、第二五号証の一一、原審証人P49・P88の各証言及び原審P2本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 P2は従前から事前の届出を欠く欠勤・遅刻・早退が多く上司から注意を受けていたにもかかわらず、これを改めなかつた。 P2の欠勤を昭和三六 の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 P2は従前から事前の届出を欠く欠勤・遅刻・早退が多く上司から注意を受けていたにもかかわらず、これを改めなかつた。 P2の欠勤を昭和三六年四月から三七年三月までの間につきみると、この間の勤務すべき日数三〇七日のうち、月毎の欠勤日数は別紙四、「P2の出勤状況」記載のとおりであつて、合計二七日に及ぶ。このほか有給休暇一二日、休職五八日がある。 この理由をみると、P2は昭和三六年秋、民青第二次訪中団の全国代表として中共を訪問することになり、会社の承諾を得て同年九月二三日、二八日ないし三〇日に渡航準備上京のため計四日間欠勤し、同年一〇月初出発予定のところ、渡航手続きが難航し、上京の上関係官庁と打合わせるため、同月二日から一六日まで(一〇月八、一四、一五日は休日)欠務し、さらに一旦出勤したものの、同月二四、二九、三一日も欠務するのやむなきに至り、会社からは右事情にかんがみ、一〇月二日から同月一一日までの休日を除く九日間の欠務を休職、一〇月一二、一三、一六、二四、二九、三一日の六日間の欠務を欠勤との取り扱いを受け、同月三一日付をもつて同年一一月一日から同年一二月一〇日まで休職を命ぜられて、訪中し、日程延長のため帰国がおくれて同月二六日まで欠務し、会社からは右休職期間を延長して同月二六日まで休職扱い(通算五八日)を受け、結局同月中の欠勤は二七日の一日だけとなつた。 P2は昭和三七年三月二〇日から同月三一日まで一一日間事前届出の上一二指腸かいようを入院治療するため欠勤したが、うち一日は有給休暇扱いとされた。 これらの欠勤日数は他の従業員に比しきわめて多い。他の者はそれぞれの理由により欠勤するもののその日数はせいぜい十数日であるため、全部年次有給休暇扱いとすることができ、欠勤扱いとするに至ら された。 これらの欠勤日数は他の従業員に比しきわめて多い。他の者はそれぞれの理由により欠勤するもののその日数はせいぜい十数日であるため、全部年次有給休暇扱いとすることができ、欠勤扱いとするに至らない。 会社は従業員に対し欠勤の場合事前に文書で届出ることを指示していた。P2以外の従業員の多くは新管理方式実施により職場規律が改められた後である右期間中、右指示を守つていたにもかかわらず、P2は右欠勤中訪中関係及び入院関係、並びに昭和三七年一月の一日分、同年二月の二日分を除き事前の届出をしなかつた。 会社は事前の届出を欠くため、P2が当日出勤するか否か判らず、待機及び作業員の配置変更により作業開始を三〇分ないし六〇分おくらせるとの支障を受けた。 又欠勤自体により交代要員を要し、作業遅延をみる等の不都合を来した。 つぎにP2の遅刻・早退を右同期間につきみると、月毎の遅刻・早退の回数と延時間とは別紙四、「P2の出勤状況」記載のとおりである。 P2の遅刻・早退は工場従業員中最も多かつた。 以上の事実が認められる。右認定と異なる甲第六三号証、乙第二五号証の一一、原審証人P34の証言、原審P2本人尋問の結果は採用せず、その他右認定を動かすべき証拠はない。 右遅刻・早退中昭和三六年八月までの分の中には組合の申出により会社の承認を得た組合用務を理由とするものがあるとの乙第二五号証の一一中の記載は採用できず、その他右に掲げた以外にP2の欠勤及び遅刻・早退につき正当事由ありとの事実を認めうる証拠はない。 (ⅱ) 労協・就規の適用訪中のための欠務は、日数甚だ多いとはいえ、会社の事前の承認を得、しかもそのうち大部分につき休職扱いとの特別措置を受けているのであるから、一二指腸かいようの治療のための欠勤と並んで、「濫りに」「正当な事由なしに」欠勤した「悪質」 とはいえ、会社の事前の承認を得、しかもそのうち大部分につき休職扱いとの特別措置を受けているのであるから、一二指腸かいようの治療のための欠勤と並んで、「濫りに」「正当な事由なしに」欠勤した「悪質」なものとはいえない。 よつてこれらの理由による欠勤は労協五八条四号、五九条一号、就規七二条一、三号に該当しない。しかしそのほかの欠勤は、結局昭和三六年六、八、一二月、昭和三七年一月の各一日間、同年二月の三日間、合計七日間に及び、その理由は明らかでなく、かつ、これらの欠勤の過半数は事前の届出を欠いていたのであるから、これと遅刻・早退がかなり多いこととをあわせ考えれば、結局P2は労協五八条四号、五九条一号、就規七二条一、三号に該当する。 (六) 解雇手続前記1(三)(2)(ⅴ)(ハ)で認定したとおり、会社は、昭和三七年七月一一日開催の組合大会で組合員により突如P1らの本件計画漏洩行為が暴露されたので、直ちに関係者若干名に対し事情聴取に着手したが、P1とP2とが同月一三日夜はるな生活協同組合高崎診療所P65医師方で開催された古河細胞の会議に出席し、当時行われていた組合の調査及びやがて行われるべき会社の調査に一切協力しない旨を決議し、組合の調査にも事実を否定しつづけたことを知り、P1とP2とからは協力を得られないと考え、これらの者以外の従業員につき調査をとげ、その結果本件計画の漏洩に関する事実を知つた。 原審証人P11・当審証人P15の各証言によれば、次の事実が認められる。 会社は同月一八、一九の両日工場の工場長各課長ら出席の上会議を開き検討し、本件計画の漏洩を重大視し、これに会社が本訴で主張するP1とP2とのその他の行為をも併せ、懲戒解雇相当との結論に達し、同月二〇日右両名に対し即日懲戒解雇する旨の意思表示をした。 会社はこれに先立ち組合にも の漏洩を重大視し、これに会社が本訴で主張するP1とP2とのその他の行為をも併せ、懲戒解雇相当との結論に達し、同月二〇日右両名に対し即日懲戒解雇する旨の意思表示をした。 会社はこれに先立ち組合にもその事実を通知し、処分はやむを得ない旨の回答を得た。 以上の事実が認められる。 (七) むすび以上の各解雇理由をまとめて考察する。 P1及びP2の本件計画漏洩は前述のような行為の目的・態様・情状に照らし、極めて重大であつて、両名の関与の方法に若干の差異があり、行為後二年を経過したとはいえ、これだけで両名一律に懲戒解雇の措置をとつても敢て不当とはいえない。このことは、別紙一のように労協自身業務上重要な秘密を他に洩した者には懲戒解雇をもつて臨み(五七条三号)、情状酌量の余地ある者又は改悛の情顕著と認められる者につき処分を軽減しうる(六一条)旨定めているところ、両名にとくにかような軽減事由ありとは考えられないことからも明らかである。 のみならず、P1の業務課副課長P5排斥・P8のさく販出向妨害・離席等、P2の非能率・離席等・生産票記入指示違反・遅刻・早退・欠勤の各事実を加え、さらに前記認定の各情状をも考慮すれば、会社が労協六〇条を適用して、P1とP2とを懲戒するのに解雇を選択したことが、合理的理由を欠くものとはいえず、その意味において懲戒権能の濫用であるとすることはできない。 なお、会社がP1、P2に対する懲戒解雇の理由とした行為中には、その存在が認められず、又存在してもこれが会社主張の労協・就規の各条項に該当しないとか、或は該当しても重視するのは相当でないと判断されたものがあるが、これにより前記結論が左右されるものでないことは、すでに認定したところにより明らかである。 2 本件解雇の差別的取扱い及び就規所定手続違反の主張について(一) 本 当でないと判断されたものがあるが、これにより前記結論が左右されるものでないことは、すでに認定したところにより明らかである。 2 本件解雇の差別的取扱い及び就規所定手続違反の主張について(一) 本件解雇の背景ー新管理方式の提案から本件解雇まで(1) 新管理方式の提案と反対闘争(ⅰ) 新管理方式の立案前記二1(三)(1)(ⅰ)認定事実によると、会社は経済事情の変動等のため石炭・非鉄部門より機械部門に重点をおかざるを得なくなり、機械部門担当の足尾製作所高崎・小山・足尾の三工場充実の必要ありと判断したが、昭和三三、三四年ころから高崎工場は職場規律等に起因する生産能率・稼動能率低下により赤字決算に陥つていたので、昭和三五年一月ころから本件計画の立案を極秘裡にすすめる一方、その実施の前提条件として右三工場につき職場規律の確立と福利厚生手当の賃金繰入れとを骨子とする新管理方式につき成案を得たことが明らかである。P1ら主張の新管理方式の内容(事実欄二3(一)(1)(ⅰ)かつこ内)については、争いがない。 (ⅱ) 提案から交渉妥結まで会社が昭和三五年三月一〇日足製連に新管理方式を提案し、足製連がストライキ職場突上交渉を含む反対闘争を展開し、両者は交渉を重ねた結果同年八月八日合意に到達し、確認書をとりかわし、足製連がストライキ中止指令を発するに至るまでの経過については、前記二1(三)(1)(ⅰ)及び二1(四)(2)(ⅰ)(イ)において認定したとおりである。 原審証人P84の証言により真正に成立したと認められる甲第七号証、乙第三号証の一の一、原審証人P84、P34の各証言によると、右確認書の内容はほぼ会社の当初提案どおりであつて、福利厚生関係諸手当の基本賃金繰入れに伴う賃金の増額分が多くなつていること、実施時期が延期されていることなどが会社案にく 4、P34の各証言によると、右確認書の内容はほぼ会社の当初提案どおりであつて、福利厚生関係諸手当の基本賃金繰入れに伴う賃金の増額分が多くなつていること、実施時期が延期されていることなどが会社案にくらべて組合員に有利であつたこと、足製連傘下三組合では右協定につき組合員に賛否を問うたところ、小山工場では賛成票が、足尾・高崎工場では反対票が多数を占めたが、今更再交渉、再争議を行いうるものではなく、足製連は三組合代表者を集めて、足製連執行部の辞任もふくめ検討の結果、ここで新管理方式交渉を最終的に終了せしめることとし、同月二六日会社とさかのぼつて確認書と同旨の同月八日付の協定書に記名押印をするに至つたことが明らかである。 (ⅲ) P1らの活躍成立に争いのない乙第二五号証の一一、原審証人P84・P24・P60・P30・P57・P11・P34の各証言、原審(第一回)P1、同P2各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 P1は新管理方式交渉中業務課選出の組合代議員兼代議員会議長団の一人であつて、足製連の方針に従いその立場において行動をしたのであるが、代議員会ではさほど活発に発言せず、又会社との事務折衝に出席しても、目立つた言動を示さなかつた。むしろ、P1は組合の勢力が強い業務課内のとりまとめ役としてその指導力を発揮し、とくに組合の指示によらない前記P5副課長排斥・P8難詰事件においてその力量を会社及び組合員に知らせ、ついに新管理方式交渉終了後行われた組合役員改選において執行委員に選出された(代議員及び執行委員就任は争いがない。)。 P2は新管理方式の交渉が行なわれていた当時、青婦部書記長の要職にあり、新管理方式反対闘争において青婦部をして青年行動隊の名において闘争の推進力として活動させたのであるが、通常のいわゆる春闘時に比して極めて顕著な 式の交渉が行なわれていた当時、青婦部書記長の要職にあり、新管理方式反対闘争において青婦部をして青年行動隊の名において闘争の推進力として活動させたのであるが、通常のいわゆる春闘時に比して極めて顕著な動きをさせるまでには至らなかつた。 以上の事実が認められる。原審証人P45の証言によつても右認定を動かすに足りず、その他右認定を左右すべき証拠はない。 (2) 会社の組合対策について以下P1らの主張に即して順次検討する。 (ⅰ) 労務担当者の強化会社が昭和三五年六月工場総務課労務係主務にP10を、同年一〇月同総務課長(労働組合関係事務も担当する。)にP11を、同年一二月同課労務係守衛にP12を任命し、昭和三六年一月P13、同年一〇月P14を工場に転入させ、昭和三七年二月同課労務係長にP15を任命したこと、右の者はいずれもそれ以前において会社の大峰鉱業所(福岡県田川郡所在)に勤務していたことは争いがない。 原審証人P11の証言によれば、会社は石炭事業縮少のため、その採掘業務を行つていた大峰鉱業所の配置人員を会社の他の事業所に移すべく、同所で労務係長、労務課副課長を歴任したP11及び前記の者を含む一二名位を順次高崎工場に、その他の者を他の事業所に配置換したことが認められる。 しかし会社がこれと併せて、組合の反共化御用化をはかる目的をもつて右人事異動を行い、それなりの効果をあげたとの点については、甲第六号証、第四四ないし第四六号証、第六三号証、乙第二五号証の二、原審証人P24・P23・P45・P61の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によつても、かような事実を認めるのに十分でなく、その他右事実を肯認すべき証拠はない。 (ⅱ) 組合員懐柔工作について弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六二号証の三、成立に争いのない乙第二五 、かような事実を認めるのに十分でなく、その他右事実を肯認すべき証拠はない。 (ⅱ) 組合員懐柔工作について弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六二号証の三、成立に争いのない乙第二五号証の二、原審証人P11の証言によれば、P11は着任早々従業員に対し不平不満を卒直に述べ互の意思を通じ合うよう呼びかけたところ、昭和三六年一月ごろから自宅に、P16・P17・P23・P1その他職制上の地位の上下、思想傾向の左右を問わず若干の従業員の来訪を順次うけ、酒食を供しながら、P11の人生観・職業観・経歴などを披露し、高能率高賃金を強調し、その他世間話に興じつつ接待した(P23らのP11総務課長宅訪問は争いがない。)ことが認められる。 P11がP23に対し、「やるならやつてみろ、会社は対決する。」と述べたとの事実は、原審証人P23が、P11が自宅で飲酒した後P23らとバーに自動車で赴く途中のP11の発言として、証言するところであるが、右証言をもつてしても、この発言が会社の組合反共化工作・御用化工作のあらわれとは解されない。 さらにP11が従業員に高崎市内の料亭で酒を飲ませて組合弱体化をはかつたとの点につき、原審証人P45の証言をもつてしても、これを認めるに足りない。 そのほか甲第八号証、第六二号証の三、乙第二五号証の二、原審証人P24・P27らの各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によつても、右各事実を肯認できない。 P11がP24に対し、「お前は左がかつているから自重した方がよい。」と述べたとの点についても、その事実を認めるに足りる証拠はない。 会社が昭和三五年四月ころから「古河機械ニユース」を継続的に従業員に配布し、信賞必罰を提唱し、提案制度を強調したことは、争いがない。 成立に争いのない甲第二二ないし第三三号証によつても、右ニ い。 会社が昭和三五年四月ころから「古河機械ニユース」を継続的に従業員に配布し、信賞必罰を提唱し、提案制度を強調したことは、争いがない。 成立に争いのない甲第二二ないし第三三号証によつても、右ニユースが組合の弱体化、反共化、御用化をねらつたとは認められず、又これにより組合への支配介入が功を奏したと認めるべき証拠もない。 (ⅲ) 組合役員選挙介入について昭和三六年九月組合の役員改選が行われたことは争いがない。 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六三号証、前記乙第二五号証の二、成立に争いのない乙第二五号証の一三、原審証人P24・P63の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 組合役員改選は委員長・副委員長・書記長・執行委員の順に連日行われたが、委員長にはP3が再選され、副委員長には前任者P22と前執行委員P90とが立候補したところ、一部の組合員は、会社に協調的な立場をとるP22の選挙ポスターが汚されたのは、同人の当選を妨げようとする民青一派の者の仕業であると強調する一幕があり、結局P22が再選され、書記長にはP90が当選し、新管理方式に反対の前任者P24は落選し、執行委員にはP91・P51らが再選され、P24が当選し、P24の同調者とみられた前任者P63・P1は落選し、会社に協調的とみられたP16・P17らが当選した。 右の事実が認められ、これを左右すべき証拠はない。 しかし、会社が書記長選挙の投票日の前に一部の組合員にだけ公休出勤を命じ、P24に投票しないように仕向けたとの点は、原審(第一回)P1本人尋問の結果によつても、これを認めるに足りない。 会社に協力的な一部組合員がこの選挙において自派候補者に当選を得させる目的で組合員に供応したとの点は、甲第四六号証、乙第二五号証の一三、原 )P1本人尋問の結果によつても、これを認めるに足りない。 会社に協力的な一部組合員がこの選挙において自派候補者に当選を得させる目的で組合員に供応したとの点は、甲第四六号証、乙第二五号証の一三、原審(第一回)P1本人尋問の結果によつても、これを認めるのに十分でない。 右役員改選により会社に協力的な役員の数が増加したとはいえ、会社がこの選挙に介入工作をしたと認めるに足りる証拠はない。 (ⅳ) 会社協力派優遇人事について原審(第二回)P1本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四六号証、原審証人P24・P45の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、会社は昭和三六年末、職長・組長に相当する工師・工手と称する管理職を創設し、多数の従業員をこれに順次任命し、その中には会社に協調的とみられる人物を多く含んでいたことが認められる(管理職員の増加任命は争いがない。)。 しかし、右証拠によつても、右人事が、会社に対し批判的な立場をとる者に対する思想信条のみを理由とするいわれなき差別的取扱いであるとか、又は組合の反共化御用化をはかる支配介入工作であるとか認めることは困難である。 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六二号証の一、前記乙第二五号証の一三によれば、工場製造課従業員P25は日ソ協会に所属するが、昭和三七年二月ころの就業時間中、工場内において部下に対する注意の仕方につき上司P74と意見を異にしたため、同人の顔面を殴打し、約二週間出勤停止の懲戒処分を受け、他方工場製造課組長P17は当時就業時間外に会社構外で、飲酒の上ハイヤー運転手を殴打し、警察に検挙され、三日間出勤停止の懲戒処分を受けたことが認められる(各出勤停止の処分は争いがない。)。 右各暴行を動機・態様・職務ないし職場秩序との関連性に即して考察すれば、こ ヤー運転手を殴打し、警察に検挙され、三日間出勤停止の懲戒処分を受けたことが認められる(各出勤停止の処分は争いがない。)。 右各暴行を動機・態様・職務ないし職場秩序との関連性に即して考察すれば、これが、P25に対する思想ないし団体加入を理由とする不利益取扱いであり、会社の組合反共化、御用化を目的とする支配介入とは到底いえない。 P1が昭和三七年春の賃金増額に当りいわれなき不利益取扱いを受けたとの事実は、乙第二五号証の一三によつても、いまだこれを十分に肯認できず、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。 (ⅴ) 同心会の結成とその反共活動原審(第一回)P1本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六四、六五号証、前記甲第四六、第六三号証、乙第二五号証の二、一三、原審証人P24・P63・P23・P32・P36・P62・P64・P77の各証言及び原審(第一回)P1本人尋問の結果及び前記二1(四)(2)(a)(イ)で認定した事実によれば、次の事実を認めることができる。 前記新管理方式交渉が昭和三五年八月妥結し、足製連が争議を終了させた後も、P1は工場内でのP5副課長排斥運動を引きつづき指導し、同年九月組合執行委員にあらたに当選し、翌三六年にかけて工場従業員少くとも約一〇名を日本共産党に入党させ、古河細胞の班数を倍増させる等、同細胞の細胞長として非公然ながら同党の党勢を工場内とくに業務課内で著しく伸長させた。 これに対し組合員有志は、新管理方式反対闘争を含む当時の工場内部の諸情勢を憂え、日本共産党の党勢拡大に伴うその活動の激化によつて正当な組合活動に支障を来たしたと考え、昭和三六年中から互に協議を重ねた末、昭和三七年一月ころ組合員若干名の参加を得て同心会結成大会を開いた。そ 憂え、日本共産党の党勢拡大に伴うその活動の激化によつて正当な組合活動に支障を来たしたと考え、昭和三六年中から互に協議を重ねた末、昭和三七年一月ころ組合員若干名の参加を得て同心会結成大会を開いた。その結成の趣旨として公表されたところによると、「日本共産党と日本民主青年同盟とは王子製紙・日鋼室蘭・三井三池の各争議にみられるように、党勢拡大を第一とし、政治闘争を優先させ、闘争至上主義に陥り、組合員に憎悪・分裂・生活苦・失業苦をもたらすにとどまつているので、同心会はこれらの組織と対決し、人間の尊厳を守り、労働によつて生産に協力し適正な分配を獲得し、組合員の経済的文化的地位の向上を図り、政党・経営者による組合支配を排斥する。」というにあつた(結成の事実とその目的の一つに日本共産党の活動阻止があつた事実は争いがない。)。 その結成及びその後の活動につき、P21・P20・P22・P16・P17・P12・P26らが貢献した。 同心会は組長・職長らを含め組合員中に勢力を伸ばし、同年夏までに組合員の過半数を獲得し、代議員中に若干名、組合執行部にも三名の会員を得、同年夏発生の後記P27解雇に伴う本件ビラ問題につき大きな役割を演じた。 以上の事実が認められ、右認定を動かすべき証拠はない。 しかしながら、P11総務課長が同心会結成に助力したとの点、会社は同心会員が就労時間中加入勧誘を行うのを黙認し、同心会に工場の一部を会場として貸与し、同心会員に対し昇給・昇進の面で優遇し、本件計画漏洩問題につき特に情報を提供し、あるいはP1のタイムカード等を貸与してP1追究に便宜を供与したとの点については、甲第四六号証、第六三号証、乙第二五号証の一三、原審証人P24・P63・P23・P27の各証言中にこれらの事実の一部を推測させる記述又は供述をみるのであるが、これらの記述 供与したとの点については、甲第四六号証、第六三号証、乙第二五号証の一三、原審証人P24・P63・P23・P27の各証言中にこれらの事実の一部を推測させる記述又は供述をみるのであるが、これらの記述・供述のみをもつて右事実を認めるにはいまだ十分でない。 結局同心会の結成とその活動が会社の援助にもとづくとか、その意を体して行われたと断定することは困難である。 (ⅵ) P27解雇弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七号証の二の四、前記甲第六三号証、乙第二五号証の二、原審証人P27・P24・P23・P45・P63の各証言及び当審P1本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。 会社は昭和三七年五月二八日工場製造課工員P27に対し懲戒解雇の意思表示をした。解雇理由は、第一に、組合は会社と争議に入りストライキ中、同月一一日正午をもつてこれを中止したのに、P27は中止に不満をもち、流言飛語を流して故意に職場秩序をみだしたこと、第二に、同月一七日就業時間中医療を受けるためと称して外出の許可を受けながら、受診せず、私的会合に出席し、工場に帰着すべき時刻に遅れたこと、第三に、当時工場内ロツカーに私物である日本共産党機関紙赤旗を入れておき、就業時間中に、配布のため、許可を受けずに離席してロツカーのある室に屡々出入したこと、第四に、昭和二七年工場に採用されて以来作業能率劣つていたことであつた。 組合は会社から以上の解雇理由の説明を受け、P27から右事実をほぼ認め解雇は避けてほしい旨の弁明を聞いた上、代議員会、執行委員会で協議したところ、解雇はやむを得ない旨の同心会員を中心とする意見と、解雇反対の日本共産党員を中心とする意見とに分かれ、その解決を一任された三役(P3委員長・P22副委員長・P90書記長)は協議の末、P27に就規の懲戒解雇事由にあ ない旨の同心会員を中心とする意見と、解雇反対の日本共産党員を中心とする意見とに分かれ、その解決を一任された三役(P3委員長・P22副委員長・P90書記長)は協議の末、P27に就規の懲戒解雇事由にあたる行為のあつたことは認めざるを得ないが、会社に対し懲戒解雇を避け依願退職とすべき旨要請することとし、会社の了承を得て、P27をして同月二九日退職願を会社に提出させ、会社はこれを受領した(組合がP27退職に反対しなかつたことは争いがない。)。 右の事実が認められ、右認定と異なる甲第四六号証、第六三号証、原審証人P27・P30・P24・P23の各証言は採用せず、その他右認定を左右すべき証拠はない。 右甲第六三号証、原審証人P27・P32の各証言によれば、P27は社内において、昭和三〇年以来青婦部役員とくに青婦部長・組合代議員を歴任し、解雇時代議員の地位にあり、社外において高崎地区青年婦人協議会情宣部役員の職にあつたほか、昭和三五年群馬合唱団に入りその役員も歴任し、うたごえ活動にも従事し、かつ古河細胞の班長でもあつたことが認められる。 しかし、会社がP27を解雇する旨決定した真の動機は、同人が右のような経歴を有する共産主義者であることに存し、かつこれは差別的取扱いにあたるとの事実は、甲第四六号証、第六三号証、原審証人P27・P30・P24・P23・P45・P63の各証言によつてもこれを肯認するのに十分でなく、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。 (3) 日本共産党のビラ配布から本件解雇まで(ⅰ) 本件ビラ配布成立に争いのない甲第九号証及び原審証人P30の証言によれば、西毛地区委は同年六月五日工場門前で工場従業員らに本件ビラを配布したこと(右ビラが配布されたことは争いがない。)、右ビラは西毛地区委が起案したものであつて、内容の要旨は、「 人P30の証言によれば、西毛地区委は同年六月五日工場門前で工場従業員らに本件ビラを配布したこと(右ビラが配布されたことは争いがない。)、右ビラは西毛地区委が起案したものであつて、内容の要旨は、「古河独占は合理化攻撃のため労働組合を無力化すべく、活動家P27を解雇したから、我々はこの解雇に反対すべきであつた。これから闘われる夏期闘争をめざして組合員は一層団結を固め、会社のこのような謀略を許さないようにすべく、西毛地区委は前衛党として共に闘う。」というにあつたことがいずれも認められる。 (ⅱ) 同心会のP1解雇工作・組合大会(イ) 本件ビラ配布事件の責任追及原審証人P63の証言により真正に成立したと認められる甲第一〇、第一二号証、前記甲第一一号証、成立に争いない甲第一三号証、原審証人P30の証言により真正に成立したと認められる甲第一四号証、第一七、第一八号証、原審証人P30・P24・P63・P23の各証言、原審(第一回)及び当審P1本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 本件ビラは組合の態度を暗に非難するものであつたから、種々の波紋をまき起した。すなわち組合員でありかつ同心会員であるP12は同年六月一〇日、同じくP21・P20・P17ら同心会代表は同月一五日、各々P1に対し本件ビラ執筆とその発行のための会議に参加との有無を質したが、否定され、さらに右同心会代表らは、P1に対し同人が会社を休んで日本共産党全国活動者会議に出たかとか、西毛地区委の委員であるかと問いただすなど、P1が同党と相通じて組合の統制をみだしたとする意見が顕著となつた。 P12らの要求で同月一八日開催された組合代議員会(開催の事実は争いがない。)は、本件ビラを書いていない旨のP1の弁明を聞き、同人を統制処分に付すべきか否か協議したが、同心会員たる代議員の賛 た。 P12らの要求で同月一八日開催された組合代議員会(開催の事実は争いがない。)は、本件ビラを書いていない旨のP1の弁明を聞き、同人を統制処分に付すべきか否か協議したが、同心会員たる代議員の賛成意見、日本共産党員たる代議員の反対意見の対立をみて、結論を得なかつた。 同心会は同月一八日、「日本共産党に組合の情報を提供したP1共産党員の責任を追及する。」旨のビラ(甲第一一号証)を組合員に配布し、同会員P21、P16らは同月三〇日P1に対し、「P29に本件ビラの筆跡鑑定を依頼した結果、筆者はP1と決まつた。」と述べ、同人から否定されるや、同党群馬県委員会委員長とP1とが写つている写真をP1に示し、同党員であろうと問いただし、同心会は同日、「P1の行為は組合の統制に違反しているので、P1を撲滅する。」とのビラ(甲第一二号証)を組合員に配布した。 西毛地区委委員長P30はP1の求めにより、組合P3委員長のあつせんを得て、同年七月四日同心会会長P21と会談し、本件ビラの筆者につき鑑定を行う旨合意し、西毛地区委の主張する筆者P28と同心会の主張する筆者P1とが筆跡対照用の筆記をした。 西毛地区委は同月六日、「会社と同心会の一部幹部とが本件ビラの筆者につき虚偽の事項を言いふらし、P1が共産党員であるとの写真を示して、P1を職場から追い出そうとしている。」とのビラ(甲第一〇号証)を組合員に配布した。 組合は以上のようなビラ入れ等に示された同心会と日本共産党との対立がその組合員に及ぼす影響を心配し、同月六日両者に対し筆跡鑑定の結果が明らかになるまで互にビラ入れをしないよう申入れ、同月七日本件ビラ問題につき当初からの経過を説明したビラ(甲第一三号証)を組合員に配布した。西毛地区委は同月一〇日組合あて右申入を拒絶する旨の文書(甲第一四号証)を送つた。 ラ入れをしないよう申入れ、同月七日本件ビラ問題につき当初からの経過を説明したビラ(甲第一三号証)を組合員に配布した。西毛地区委は同月一〇日組合あて右申入を拒絶する旨の文書(甲第一四号証)を送つた。 以上の事実(同心会員と日本共産党員との対立は争いがない。)が認められ、右認定を動かすべき証拠はない。 しかしながら、前記写真の入手を会社があつせんしたこと、前記筆跡鑑定の依頼に会社が助力したこと、同心会幹部がP1に質問する場所として、会社が事務室を供与したことは、前記各証拠及び甲第四四号証、乙第二五号証の一三、原審証人P61の証言によつてもこれを認めるに足りず、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。 (ロ) 本件計画漏洩事件の責任追及原審証人P23の証言により真正に成立したと認められる甲第一九、第二〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第六号証、原審証人P92の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証の二の二、前記甲第四六号証、乙第二五号証の一一、原審証人P92・P23・P63・P32・P77の各証言、及び原審(第一回)P1本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。 組合は同年七月一一日組合員の請求にもとづき代議員会の議を経て組合臨時大会を開催し(開催の事実は争いがない。)、冒頭P90書記長が本件ビラ問題の概要を報告し、本問題の処理につき組合員の意見を求めたところ、P12から、P1は本件ビラの筆者であるから統制違反として処分さるべきであるとの意見が開陳され、P1から、右は事実無根であるとの反論があつて議論対立し、P17から、「P1は正直でない。会社から三か年計画(本件計画)という機密の書類を盗み出した。」(機密書類を盗み出した旨の発言があつたことは争いがない。)と、P26から、「共産党員はこの計画を入手 P17から、「P1は正直でない。会社から三か年計画(本件計画)という機密の書類を盗み出した。」(機密書類を盗み出した旨の発言があつたことは争いがない。)と、P26から、「共産党員はこの計画を入手して組合には内密にして党細胞で討論の対象にしている。」との発言があり、P69から証拠を出せとの要求により、P32はP26から発言を促されて、「P1が細胞員に対し本件計画の写を配布した。この写の作成者はP2、受領者はP50・P45・P59・P77・P61・P60・P32である。」と報告した(氏名公表は争いがない。)。在席のP1・P2・P46・P45・P59・P77らは右の事実を否定した。大会は討論の末、本件ビラ問題の責任は西毛地区委にとらせること、本件ビラの筆者は筆跡鑑定により明らかにさるべきこと、本件計画漏洩問題は今後組合で調査し、処置はP3委員長に一任すること等を決議した。 以上の事実が認められ、甲第四四号証、原審証人P61・P24の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によつても右認定を左右できず、その他右認定を動かすべき証拠はない。 乙第六号証、乙第七号証の二の二中の右大会議事に関する記載は必ずしも速記録のように正確とまではいえないが、これが会社に迎合してその不利な部分を故意に削除して作成されたと断定すべき根拠は見当らない。 原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、P1は同月一二日又は一三日ころ組合執行部から、「本件計画を本当に知らないか。君は共産党員か。」と質問調査を受けたことが認められる。 (ⅲ) 本件解雇右甲第四六号証、原審証人P11・P77・当審証人P15・P4の各証言によれば、次の事実が認められる。 会社は同年七月一一日組合大会で本件計画漏洩が問題とされてはじめてその漏洩に気づき、同月一二日から、P11総務課長・P1 11・P77・当審証人P15・P4の各証言によれば、次の事実が認められる。 会社は同年七月一一日組合大会で本件計画漏洩が問題とされてはじめてその漏洩に気づき、同月一二日から、P11総務課長・P15同課労務係長らをして、関係課長・P36・P62・P32・P77らに対し、P33同課会計係長をして、さく販東京支店に転じていたP4に対し、それぞれ調査をなさしめ、組合の独自の調査の結果をも参考にしたが、P1とP2とについては、前記二1(三)(2)(ⅴ)(ハ)で説明したとおり、古河細胞で同月一三日組合と会社との調査に一切協力しないと決議しており、同人らはいずれも細胞員であつて、右決議に従い組合の調査にも事実を否定するだけであつたので、会社はさらに調査をしても徒労に帰すると考えて直接同人らの弁解をきかず(弁解をきかなかつたことは争いがない。)、同月二〇日懲戒解雇の意思表示をした(意思表示をしたことは争いがない。)。翌二一日P1は出勤のため入門しようとしたが、会社はこれを拒んだ。 以上の事実が認められる。 右P1の入門を拒んだ者が同心会員であるとの事実は甲第四六号証によつてもこれを肯認するに足らず、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。 (二) 本件解雇の動機等の違法についてーP1らの排除とこれによる組合弱体化の意図等について(1) P1らの組合活動歴・日本共産党等における経歴(ⅰ) P1P1が組合代議員・執行委員を歴任し教育宣伝部を担当していたことは争いがなく、原審(第二回)P1本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四六号証、原審証人P24、P32の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 P1の労働運動歴は次のとおりである。 昭和二八年四月組合加入同月から昭和三三年三月まで青婦部役員、特 P24、P32の各証言、原審(第一回)P1本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 P1の労働運動歴は次のとおりである。 昭和二八年四月組合加入同月から昭和三三年三月まで青婦部役員、特に青婦部副部長・同部長・組合代議員を歴任組合教育宣伝部員・組合機関紙「ちから」の発行・うたごえ運動・学習運動・文芸サークル「竹の子」の中心として活動昭和三一年まで高崎地区青年婦人協議会議長代理・副議長・モスクワで開催の第五回世界青年学生平和友好祭高崎地区実行委員会事務局長その後高崎地区労青年婦人協議会事務局長(一期)昭和三三年四月から昭和三四年九月まで組合執行委員青婦部担当・高崎地区労中小企業対策部長昭和三三年八月から昭和三四年九月まで全金群馬地方本部執行委員昭和三四年九月から昭和三五年八月まで組合代議員この間代議員会議長も歴任昭和三五年九月から昭和三六年九月まで組合執行委員教育宣伝部担当昭和三五年九月から昭和三六年一〇月まで高崎地区労組織部長この間P1は日本共産党に入党して活動し、同党古河細胞の細胞長の地位にあつた(党員であることは争いがない。)。 以上の事実が明らかである。 (ⅱ) P2P2が青婦部役員に就任したことは争いがなく、右甲第四六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六三号証、乙第七号証の二の二、成立に争いのない乙第二五号証の一一、原審証人P64の証言、原審P2本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 P2の労働運動歴は次のとおりである。 昭和三二年四月から昭和三三年三月まで青婦部委員昭和三三年四月から昭和三四年三月まで同運営委員昭和三四年九月から昭和三六年八月まで同書記長全金群馬地方本部常任幹事この間P2は民青に加盟し(この事実は争いがない。)、民青高崎地区委員長に就 昭和三三年四月から昭和三四年三月まで同運営委員昭和三四年九月から昭和三六年八月まで同書記長全金群馬地方本部常任幹事この間P2は民青に加盟し(この事実は争いがない。)、民青高崎地区委員長に就任し、かつ日本共産党に入党した。 以上の事実が明らかである(2) P1らの組合活動及び思想に対する会社の認識原審証人P11、P34、P35、P27、当審証人P15の各証言、原審(第一回)P1同P2各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 工場の労務担当者であるP11総務課長P34同課労務係長らは、おそくとも、昭和三四年ころ、P1が日本共産党員であつて、うたごえ運動等により工場内で党勢拡大をはかつていることを知り(共産主義者であることを知つた事実は争いがない。)、かつP1が昭和三五年の新管理方式交渉当時代議員の立場で、当初は表面上とくに目立つことはなかつたものの、その後P5副課長排斥運動及び組合執行委員当選並びにP8出向難詰事件などにより、業務課内等で次第に勢力を拡大していることを認識し、その動向に深甚な注意を払つていた。 右工場幹部らはおそくとも昭和三六年秋までに、P2が青婦部書記長であつて、青婦部で指導的立場にあり民青訪中団全国代表の一員に選ばれる程の有力人物であることを知り(民青代表であることを知つた事実は争いがない。)、その動静に少なからぬ注意を払つていた。 以上の事実が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。 (3) 共産主義者である組合員に対する会社の干渉について(ⅰ) 事実(イ) P36脱党工作について原審証人P36の証言によれば、P36は工場従業員であるが、昭和三〇年ころ日本共産党に入党し、昭和三二、三年ころ脱党したことが明らかである。しかし会社重役P37がP36あてに、P1の思想がよくないからつきあわないよう 言によれば、P36は工場従業員であるが、昭和三〇年ころ日本共産党に入党し、昭和三二、三年ころ脱党したことが明らかである。しかし会社重役P37がP36あてに、P1の思想がよくないからつきあわないようにとの手紙を書いた事実につき、原審(第一回)及び当審P1本人尋問の結果は、原審証人P36の証言に照らし採用できず、その他右事実を肯認すべき証拠はない。しからば同人の脱党が会社の勧誘強要にもとづくとは認められない。 (ロ) P1営業所転勤勧誘原審(第一回)P1本人尋問の結果によると、会社は昭和三二年ころ製品の販売力強化のためとの理由で、工場従業員であり組合役員であるP38、P39らを他の営業所に出向の形式で転勤させた後、昭和三三年ころ業務課で営業を担当していたP1にも同様に他の営業所に転出するよう強力に勧誘したが、結局実現しなかつたことが認められる(P38、P39の出向は争いがない。)。しかし、P1の昭和三二年ころまでの前記組合活動及び出向勧誘の理由を併せ考えると、この勧誘がその思想又は組合活動ゆえの不利益取扱ないし組合の反共化をねらつた支配介入であるとはいえない。 (ハ) P11総務課長らの自重勧告についてP11総務課長がP24に、「お前は少し赤がかつているから自重した方がよいのじやないか。」と述べたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。 (ニ) P1さく販出向勧誘会社福岡営業所長P40が昭和三七年五月ころP1に、「高崎工場がP1を憎んでいる。」ことを理由に、さく販出向を勧誘したことについては、これを認めるに足りる証拠がない。 当審P1本人尋問の結果によると、会社営業部のP93は、昭和三七年当初恒例の販売担当者講習会に出席のため工場に出張した際、営業を担当していたP1に対し、さく販出向を打診したことが認められる。 成立に争 P1本人尋問の結果によると、会社営業部のP93は、昭和三七年当初恒例の販売担当者講習会に出席のため工場に出張した際、営業を担当していたP1に対し、さく販出向を打診したことが認められる。 成立に争いのない乙第二五号証の二及び原審(第一回)P1本人尋問の結果によると、P3委員長はP1の結婚の媒酌人であつたが、P1が本件ビラ問題で同心会員から追及されていた昭和三七年六月ころ、右事態を避けるべくP1に対しさく販出向をあつせんする旨申し出たことが認められる。 しかし、前記二1(四)(2)(ⅰ)(ハ)で説明したように、会社が昭和三六年春以来販売力強化のため工場従業員若干名をさく販に出向させてきた事実、及び前記二1(四)(2)(ⅰ)(ロ)で説明したように、P1が業務課でさく販の業務に密接な業務を担当していた事実から推せば、出向勧誘は販売力強化の目的にもとづくとも考えられる。P3委員長の出向あつせん申出は個人的好意によるものとも解される。従つてP1が日本共産党の党員として業務課に同党の勢力を拡大していることを会社が認識していた事実を考慮しても、これらがP1の思想ないし組合活動故の、同人に対する会社の不利益な取扱あるいは組合反共化をねらう支配介入というには、証拠が不十分である。 (ホ) P1解雇準備について成立に争いのない乙第二五号証の一三によれば、会社は昭和三七年六月ころP1に日常業務の中でも新規の仕事を担当させることをさしひかえた事実が認められるが、これが同人に対する解雇準備であると認めるべき確証はなく、その他かような準備をしたと認めるに足りうる証拠はない。 (ヘ) P23脱党勧告前記二2(一)(3)(ⅰ)、(ⅱ)で認定したように、P1が本件ビラを作成配布して組合の統制をみだしたか否かにつき、同心会と西毛地区委及びP1との間に深刻な対立が起 ない。 (ヘ) P23脱党勧告前記二2(一)(3)(ⅰ)、(ⅱ)で認定したように、P1が本件ビラを作成配布して組合の統制をみだしたか否かにつき、同心会と西毛地区委及びP1との間に深刻な対立が起り、この問題の解決を求めて同年七月一一日開かれた組合大会で、P1が本件計画をP50、P45、P59、P77、P32らに漏洩した事実が、多数組合員に対し公表された。 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一五号証、乙第七号証の二の三、原審証人P23の証言により真正に成立したと認められる甲第一九、第二〇号証、原審証人P11、当審証人P52、P24、P50の各証言によれば、次の事実が認められる。 会社は組合にP1らの解雇を通知した際、「P50、P45、P59、P32、P61につき、事実調査の上相当処分をする。」と併せて通告した。これに対し組合は、P1らの解雇はやむをえないが、それ以外の五名について犠牲を最少限にするよう包んでゆくとの態度をきめ、全金本部、同群馬地方本部、足製連等の上部労働団体並びに群馬地評等の地域労働団体の了承を得右五名をして群馬地評の事情聴取を受けさせた。しかるに会社はその後組合に対し、「調査が進むにつれて事実が判明したので、この際多少の混乱はあつても、将来のため事実は事実として明らかにし、五名をこえる多数の関係者を処分したい。」旨の意向を表明した。 これに対し、組合は組織としてこれら該当者を守つてゆく態勢を築くには、関係者をして事実を率直に認めさせ、自己批判させる必要があるとの方針をたて、前記関係団体と連絡をとりその協力を求め、会社にもこの態度を伝え話合をつづけてきた。しかし右五名のうちP45、P46、P59、P61のほか該当者とみられるP63、P52、P24らからは前記方針にそつた協力を得られなかつた。なお会社はそ め、会社にもこの態度を伝え話合をつづけてきた。しかし右五名のうちP45、P46、P59、P61のほか該当者とみられるP63、P52、P24らからは前記方針にそつた協力を得られなかつた。なお会社はその後これらの者に対し懲戒処分をしていない。 以上の事実が明らかである。 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六二号証の二、原審証人P23の証言によると、工場業務課長P41は、同年七月P1ら解雇後、日本共産党員であり業務課に勤務するP23に対し、「共産党員は泥棒などと同じであるから、党員であるP1らとは縁を切れ。」と述べ、同心会員P26はP23に対し、「本件計画を洩らした共産党とは縁を切り党活動をやめよ。」と勧告し、その他職場の上司たる組長ら及び同僚らも同様のことを述べ、P23はついに日本共産党を脱党したことが認められる。 P41その他の上司同僚の勧告は、右状況のもとでは、会社の重要秘密を入手しながら、これを会社にも組合にも秘してひそかに日本共産党員だけにこれを洩らしたP1ら同党員の行動を問題とし、これを非難するのあまり、P1と手を切ることを求めた趣旨であるから、措辞激越とはいえ、これをもつてP1ら日本共産党員に対する思想ゆえの不利益取扱意思のあらわれないし組合運営の支配介入と解するのは相当でない。 (ト) P42思想調査・家宅捜索組長P43がP42の思想調査を行い、同心会員P26が同人の家宅捜索をしたとの点は、甲第五三号証、原審証人P63の証言によつてもこれを認めるのに十分でなく、その他この事実を認めるに足りる証拠はない。 (チ) P63、P45、P52、P24に対する転向等の勧告原審証人P63の証言によれば、製造課係長P14は同年七月二七日日本共産党員とみられていた部下のP63に対し、「お前はアカであろう。しかし現実はそ P63、P45、P52、P24に対する転向等の勧告原審証人P63の証言によれば、製造課係長P14は同年七月二七日日本共産党員とみられていた部下のP63に対し、「お前はアカであろう。しかし現実はそれを許さない。考え方をかえないと身分を保障しない。」と述べたことが認められる。 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六一号証、原審証人P45の証言によれば、製造課検査係の組長P47は同年七月二七日就業時間中部下であるP45に対し、「君はどうせ首になるのだから、P27のように依頼退職扱いにしてもらえばいくらかよいのではないか。」「偉い人にたのむ気はないか。」と勧めたこと、さらに総務課労務係長P15は同年八月七日、P45に対し、P45が同心会員P48を会社の犬であるとののしつた事実の有無を問いただし、来合せたP11総務課長も、「そのようなことははつきりさせた方がよい。」と述べ、同心会員らはP45が右事情聴取を終えての帰途、同人を難詰したことが認められる(P15係長がP45に問いただしたことは争いがない。)。 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第五〇号証及び原審証人P50の証言によると、製造課第一係A職場組長P49は同年七月二八日と二九日部下のP50に対し、「P1もP2も処分されたが、さらに五名処分が出る。君もその中にはいつている。組合も地区労も支援に立ち上らない。P1、P2は解雇されても何とか生活してゆけるだろうが、君の場合生活は難しい。何とか考え方をかえれば処分を免かれるのではないか。」と忠告し、同年八月一〇日P46に対し、「今月一三日のこる五名の処分が出ると聞いた。考え方をかえる気はないか。」と述べたことが認められる。 当審証人P52の証言により真正に成立したと認められる甲第四七号証、同P24の証言により真正に成立 月一三日のこる五名の処分が出ると聞いた。考え方をかえる気はないか。」と述べたことが認められる。 当審証人P52の証言により真正に成立したと認められる甲第四七号証、同P24の証言により真正に成立したと認められる甲第四九号証の一、右証人P52、P24の各証言によれば、P52の上司である製造課組P94のほか、同心会員である組長及びその他の工員有志は同年七月中旬から下旬にかけて、製造課勤務の日本共産党員とみられていたP52、同党員P24に対し、交々「共産党は会社の秘密文書を手に入れた。君もその仲間だから首切られるだろう。考え直すなら今だ。考え方をかえる気はないか。」等と話しかけたことが認められる。 右事実にもとづき検討する。 前記二2(二)(3)(ⅰ)(ヘ)において認定したように、会社から組合あての通告によると、P46、P45は近く処分さるべき者として指名され、その他の関係者は会社の事実調査の進展如何によつては処分される可能性があるとみられており、これに対して組合はP46らを解雇等の処分から守るため、同人らが事実を率直に認め、過去の行きすぎを自己批判することを期待していたのであり、この事実から推察すれば、右のような勧告をした者は、P46らの上司同僚の立場から、P46らをして組合の期待に沿つて、転向、離党の措置をとらせれば、P46らを守る組合の態勢も促進され、併せて会社から処分の軽減をも図れ本人の利益も守れると考えてこれをしたものと解される。また、その勧告は、一部が就業時間中に行われたとはいえ、会社の意を体したものとみることは前記事実関係にかんがみ相当でなく、甲第四七、第四八号証、第四九号証の一、二、第五〇ないし第六一号証、第六二号証の二、第六三号証及びその他の証拠によつても右認定を左右しない。 さらに前記P11、P15らの言動が、P45 相当でなく、甲第四七、第四八号証、第四九号証の一、二、第五〇ないし第六一号証、第六二号証の二、第六三号証及びその他の証拠によつても右認定を左右しない。 さらに前記P11、P15らの言動が、P45に対する会社の差別待遇、組合支配介入を推認させる事情であるとは認められない。 (リ) P51ら配置換、P63除名会社が同年一〇月八日製造課第二係勤務のP51、P52、P53、P54、P55を他の職場に配置換したこと、P63が昭和二八年四月組合大会で除名されたことは争いがない。 これらが差別的不利益取扱ないし組合に対する支配介入を推認させる事情であると認めるに足りる証拠はない。 (ヌ) その他共産主義者の活動に対する会社の対策についてのP1らのその余の主張事実は、すべてこれを肯認するに足りる証拠がない。 (ⅱ) まとめ右二2(二)(3)(ⅰ)で認定した事実によると、会社が共産主義者をその思想ゆえに不利益に取扱つたとは認められない。 (4) 解雇理由の不存在・処分量定の差別的取扱についてP1、P2の本件計画漏洩は重大であつて、これだけでも懲戒解雇に値するところ、右両名はこれ以外にも前記のような企業秩序違反行為をしており、これに対する本件懲戒解雇は処分の量定においても裁量権の範囲の逸脱ないし濫用にあたるといえないことはすでに(二1(七))説明した。また本件計画漏洩の関係者に対する処分の量定においても裁量権の濫用ともいうべき不均衡のみられないことは前述したところ(二1(三)(2)(ⅴ)(ロ)、(ハ))から明らかである。 (5) 結論P1及びP2に対する懲戒解雇は処分の基礎となる事実が存し、処分の量定においても裁量の範囲逸脱、裁量権の濫用はみられない。さらに会社がかねてから、日本共産党員であるP1の業務課内での勢力拡大と民青同盟員であるP2の する懲戒解雇は処分の基礎となる事実が存し、処分の量定においても裁量の範囲逸脱、裁量権の濫用はみられない。さらに会社がかねてから、日本共産党員であるP1の業務課内での勢力拡大と民青同盟員であるP2の組合青婦部内における指導的人物としての動静とに注目していたことは明らかである。しかし会社がP1らを含む日本共産党員・民青同盟員ら共産主義者たる従業員及び正当な組合活動を行う従業員を嫌悪し、これらを企業外に排除する等不利益な取扱をする意思を有し、これと同心会の結成活動とにより、組合の反共化御用化をはかつたとの点についてこれを肯認するに足りる証拠がないことは、前記二2(一)及び(二)(1)ないし(3)で説明したところから明らかである。 よつて本件解雇は思想ないし正当組合活動ゆえになされたものであつて、組合の運営に対する支配介入にあたるとは認められないから、労働組合法七条一、三号、労働基準法三条に違反するとはいえず、これが憲法一四、一九、二八条に違反するとの主張はその前提を欠き、かつ右のような事情のもとでは、本件解雇が権利の濫用、信義則違反であるということもできない。 (三) 解雇手続の就規違反について就規七一条四号が、「懲戒解雇は予告期間を設けないで即時解雇する。但しその場合は事前に行政官庁の認定を受ける。」と規定することは争いないところ、会社がP1らの解雇の意思表示後の昭和三七年八月一日に高崎労働基準監督署長から労働基準法二〇条三項所定の認定を受けたことは争いがない。 右規定は労働基準法二〇条一項但書、三項、一九条二項の規定を承けたものと解されるのであるが、既に説明したとおり、本件懲戒解雇は労働者の責に帰すべき事由に基づくのであるから、三〇日前の予告ないし三〇日分の平均賃金の提供がなくても、会社のした懲戒解雇の意思表示は即時効力を発生すべき であるが、既に説明したとおり、本件懲戒解雇は労働者の責に帰すべき事由に基づくのであるから、三〇日前の予告ないし三〇日分の平均賃金の提供がなくても、会社のした懲戒解雇の意思表示は即時効力を発生すべき筋合であつて、除外事由の確認処分にすぎない行政官庁の右認定を当時得ていなくても、その効力を左右されない。よつてこの点に関するP1らの主張は採用できない。 三むすび以上説明のとおり、本件解雇の意思表示は有効であつて、本件労働契約はこれにより終了したというべく、P1らが右契約上の権利を有することの確認と右意思表示以降に属する賃金の支払とを求めるP1らの請求は理由がないので棄却すべく、これと同旨の原判決を相当として本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴者であるP1らに負担させて、主文のとおり判決する。 (裁判官川島一郎沖野威小川克介)一労働協約条項(抄)(懲戒の基準)第五十六条懲戒処分は左の四種とする。 一、懲戒解雇予告期間を設けないで即時解雇し、予告手当及び勤続慰労金を支給しない。情状によつては勤続慰労金の一部又は全部を支給することがある。 二、出勤停止誓約書をとり十四日以内出勤を停止しその期間賃金を支給しない。 三、減給誓約書をとり一回について平均賃金の半日分以内総額に於いてその月の総収入の十分の一以内を減ずる。 四、譴責誓約書をとり将来を戒める。 (懲戒解雇)第五十七条懲戒解雇の基準は左の通り定める。 一、故意又は重大な過失により保安上の諸規則を守らなかつた者二、生産に重要な機械器具その他施設又は物品を故意に毀損した者三、業務上重要な秘密を他に洩し又は洩そうとした者四、罰金以上の刑に処せられる犯罪を犯した者で悪質な者五、採用に際し重要な事項を詐り又は不当な方法を用いた者六、一ケ月を通じ正当な理由なく無断欠勤十四日以上に及んだ 秘密を他に洩し又は洩そうとした者四、罰金以上の刑に処せられる犯罪を犯した者で悪質な者五、採用に際し重要な事項を詐り又は不当な方法を用いた者六、一ケ月を通じ正当な理由なく無断欠勤十四日以上に及んだ者七、暴行脅迫により他人の職務を甚しく妨害した者八、教唆煽動により他人をして紊りに職場を放棄する等の業務の正常な運営を阻害する行為をなさしめた者九、会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇傭された者十、故意又は重大な過失により甚しく会社に損害を与えた者十一、不正に会社の物品を持出し又持出そうとした者十二、火気使用厳禁の場所で喫煙した者十三、不注意に失火し会社及び従業員に甚しく損害を及ぼした者十四、職場を利用し不当に金品その他を受取り又は与えた者十五、職務上の怠慢により著しい災害傷害その他の事故を起させた者十六、その他前各号に準ずる不都合行為をなし特に悪質の者(出勤停止)第五十八条出勤停止の基準を左の通り定める。 一、職場で火気の取扱を粗略にしたもの二、職務上の指示に従わず職場の秩序を紊した者三、無断で社品を以て私品を作製し又は作製させた者四、濫りに遅刻早退外出又は欠勤した者で悪質と認められる者五、酒気を帯びて職場で他に著しく迷惑をかけた者六、不正行為により工員の体面を汚した者七、濫りに職場を離れた者八、その他前各号に準ずる不都合の行為をした者(減給又は譴責)第五十九条減給又は譴責の基準を次の通り定める。 一、職務怠慢で勤務成績不良の者二、所定の通用門以外より紊りに出入した者三、所内の風紀秩序を紊した者四、不注意により機械器具その他の施設又は物品を毀損し若しくは紛失した者五、不注意により会社の規則に違反した者(懲戒の加重)第六十条懲戒行為が併合又は回を重ねるときは処分を加重することがある。 (情状酌量)第六十一条懲戒行 施設又は物品を毀損し若しくは紛失した者五、不注意により会社の規則に違反した者(懲戒の加重)第六十条懲戒行為が併合又は回を重ねるときは処分を加重することがある。 (情状酌量)第六十一条懲戒行為で情状酌量の余地あるもの又は改悛の情顕著と認められるものについては処分を軽減することがある。 二就業規則条項(抄)第二条工員とは本則に定められた手続によつて労働契約を締結した左の職名を有するものを総称する。 機械工、研磨工、仕上工、熱処理工、シヨツトプラス工、メツキ工、鋳物工、調整工、検査工、組立工、工具管理工、電気工、製図工、分析工、倉庫管理工、自動車運転手、記録工、雑役工、守衛、大工、製品包装工、炊事婦、工具研磨工、其の他第三条工員は常に上長の指示に従ひ作業心得を厳守し、職場秩序を保持して互に協力し自己の職務の遂行に努める。上長は常に其の所属工員の人格を尊重し率先して其の職責を遂行しなければならない。 第十八条病気其の他やむを得ない事由で欠勤する時は、事前に又は其の余裕のないときは事後ただちに所属係に申し出なければならない。病気の為三日以上欠勤するときは医師の診断書を要する。 第八節休日及休暇第三十八条休日は毎週日曜日とし外に特別休暇を定め毎期操業上の都合を勘案した休日表により公示する。 但し事業の都合により労働組合と協議の上休日を他の日と繰り替えることがある。 第三十九条毎年勤続満一年を以つて算定日(採用月日)とし前一ケ年間の嫁働率が八十パーセント以上の者に対し左の通りの年次有給休暇を与える。 一、勤続満一年の者十日二、勤続満二年以上の者は一年を増す毎に一日を加算し二十日を限度とする。 有給休暇は算定の日より一年間いつでも請求することができる。但し二ケ年間請求しない場合は権利を失う。有給休暇は業務に差支いがある場合は他 満二年以上の者は一年を増す毎に一日を加算し二十日を限度とする。 有給休暇は算定の日より一年間いつでも請求することができる。但し二ケ年間請求しない場合は権利を失う。有給休暇は業務に差支いがある場合は他の時期に変更させることがある。 第四十一条本節の休暇を求める時は事前に又やむ得ないときは事後速かに所定届書を所属係へ提出して許可を受けなければならない。休暇により休業した期間は第三十九条の稼働率の計算に関しては之を出勤と見做す。 第十二章懲戒第七十条工員は本章の規定による場合の他懲戒を受けることはない。 本章の懲戒処分に該当する行為が軽微であるか特に情状酌量の余地があるか又は改悛の情明らかに認められるときは懲戒を免じ訓戒にとどめることがある。懲戒は場合により労働組合と協議の上之を公示することがある。 第七十一条懲戒は譴責、減給、出勤停止又懲戒解雇の四種とし文書により之を行ふ。 一、譴責は始末書を取り将来を戒める。 二、減給は始末書を取り減給する。但し減給の範囲は一回の額が平均賃金の一日分の半額、総額が月収の十分の一以内とする。 三、出勤停止は始末書を取り十日以内とする。 四、懲戒解雇は予告期間を設けないで即時解雇する。 但しその場合は事前に行政官庁の認定を受ける。 第七十二条左の各号の一に該当する時は譴責、減給、出勤停止に処せられる。 一、勤務怠慢のとき。 二、欠勤手続其の他勤務に関する所定の手続を怠つたとき。 三、正当な理由なしに無断欠勤又は屡々遅刻早退をするとき。 四、事業場所属の設備を利用して許可なく私物の作業修理を行ひ又は他人に依頼して修理作製させたとき。 五、事業場の秩序風紀を紊したとき。 六、故意又は過失により会社の建築物、機械設備、製品又は福利施設に損害を与へたとき。 七、作業心得、安全保健衛生に関する規定又は指示に違反したとき。 製させたとき。 五、事業場の秩序風紀を紊したとき。 六、故意又は過失により会社の建築物、機械設備、製品又は福利施設に損害を与へたとき。 七、作業心得、安全保健衛生に関する規定又は指示に違反したとき。 八、不正行為により工員の体面を汚したとき。 九、其の他前各号に準ずる不都合の行為があつたとき。 第七十三条左の各号に該当するときは懲戒解雇に処する。但し情状により譴責、減給又は出勤停止に処することがある。 一、正当な理由なしに無断欠勤連続十日以上に及ぶとき。 二、許可なく事業場の物品を持出し又持出そうとしたとき。 三、他人に対して暴行脅迫を加へ又はその業務を妨害したとき。 四、職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊し又は紊そうとしたとき。 五、重要な経歴を詐りその他詐術を使つて傭われたとき。 六、業務上重要な秘密を社外に洩し又は洩そうとしたとき。 七、会社の承認を得ないで在籍の儘他に傭われたとき。 八、禁錮以上の有罪の判決を受けたとき。 九、業務上怠慢又は監督不行届きにより災害傷害其の他の事故を発生させた時。 十、故意又は過失により会社に重大な損害を与えたとき。 十一、業務に関し不当に金品其の他を受け取り又は与えたとき。 十二、数回懲戒訓戒を受けたにもかかわらず改悛の見込のないとき。 十三、前条に該当して其の情状が特に重いとき。 十四、其の他前各号に準ずる程度の不都合の行為あるとき。 三能率表<20002-001>四 P2の出勤状況<20002-002><20002-003>
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