令和5(わ)720 住居侵入、窃盗被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年9月11日 福岡地方裁判所
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判決文本文10,280 文字)

令和6年9月11日宣告令和5年(わ)第720号、第908号住居侵入、窃盗被告事件 主文 被告人は無罪。 理由 第1 本件公訴事実及び当事者の主張 1 本件の公訴事実は、被告人が、それぞれ窃盗の目的で、①令和5年7月15日午前10時頃から同日午後0時過ぎ頃までの間に、福岡市(以下省略)のA方に、無施錠の玄関扉から侵入し、その頃、同人方において、同人管理のスマートフォン等9点(時価合計約1万2050円相当)を窃取し(以下「①事件」という。)、②同日午後0時30分頃から同日午後3時頃までの間に、同市(以下省略)のB方に、無施錠の玄関扉から侵入し、その頃、同人方において、同人管理の現金約4万176円在中のショルダーバッグ1点(時価約6万円相当)を窃取し(以下「②事件」という。)、③同月16日午後7時5分頃、福岡市(以下省略)のC方に、無施錠の玄関扉から侵入し、その頃、同人方において、同人管理の現金約2万円を窃取した(以下「③事件」という。)、というものである。 2 関係証拠によれば、被告人が各公訴事実記載の行為に及んだことが認められ(ただし、①事件の犯行時刻は午前9時頃から午後7時40分頃までの間、③事件の犯行時刻は午前10時から午後7時までの間という限度で認定できるにとどまる。)、これらの点については当事者間に争いはない。 その上で、検察官は、被告人が本件各犯行当時、統合失調症にり患していたことは争わないものの、被告人が本件各犯行当時精神障害の影響を受けていたとしても、その影響は限定的であり、少なくとも限定責任能力を有していたと主張する。 これに対し、弁護人は、被告人は本件各犯行当時、統合失調症にり患しており、思路障害に陥っていた上、亡き母親の声の幻聴が生じこれに従って は限定的であり、少なくとも限定責任能力を有していたと主張する。 これに対し、弁護人は、被告人は本件各犯行当時、統合失調症にり患しており、思路障害に陥っていた上、亡き母親の声の幻聴が生じこれに従って本件各犯行に及んだものであり、事理弁識能力及び行動制御能力のいずれもが失われ、心神喪失の 状態であったから、無罪であると主張する。 そこで、以下、検討する。 第2 責任能力に関する判断 1 前提事実関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 事件に至る経緯被告人は、令和4年10月頃から持病の悪化に伴い介護士の仕事を辞め、それ以降、年金を受給しながら貯金を取り崩して生活していた。令和5年2月頃の被告人名義の預金口座の残高は130万円余りであったが、その後預金は減っていき、被告人が同年7月10日から同月13日にかけて立て続けに自身の預金口座から合計約25万円を引き出すと、預金がほとんど底をつくことになった。 ⑵ ①事件について被告人は、同月15日、①事件の被害者方に無施錠の玄関ドアから侵入し、被害者方から被害者名義の預金通帳やキャッシュカード等在中のポーチ、健康保険証、シャチハタの印鑑、スマートフォン、被害者方の鍵、内服薬、履歴書、書類等を窃取した。被害者方は集合住宅のワンルームタイプの一室であり、被害品のうち、健康保険証はリビングのソファ上に、預金通帳等在中のポーチはリビングの床上に置かれた段ボール箱の中に、シャチハタの印鑑はリビングのテレビ台の小物ラックに置かれていた。 さらに、被告人は、被害者方において、ベッド上に乱雑に置かれていた被害者の服を畳んでクローゼットにしまったり、玄関内に置かれた折りたたみ式のごみ箱を組み立てて被告人が飲んだ後の空きペットボトルや下着を捨てたり、被害者の飲みかけのペッ ベッド上に乱雑に置かれていた被害者の服を畳んでクローゼットにしまったり、玄関内に置かれた折りたたみ式のごみ箱を組み立てて被告人が飲んだ後の空きペットボトルや下着を捨てたり、被害者の飲みかけのペットボトルの水をプラスチックコップに入れて飲み、リビングのテーブルにそのコップをそのまま置いていったほか、同テーブルに被告人が持ち込んだ単行本、経典、歯ブラシセット、「BADBoy」と記載されたタグ、「BADBoy(●●(注:被告人の名前))」「PM2:21 母ちゃんへ(複数) 聖母達へ(ラ ラバイ) 今日までありがとうございました。必らず一人一人のご健康とお祈りしています普賢神力に依りて(文殊)」などと記載したメモ用紙を並べて遺留し、リビングの床上に長ズボンが入った紙袋を、ソファに週刊誌を遺留した。 ⑶ ②事件について被告人は、同日、②事件の被害者方に無施錠の玄関ドアから侵入し、現金4万176円在中のショルダーバッグを窃取した。被害者方は、集合住宅の洋室とロフトが一部屋ずつ設けられたメゾネットタイプの一室であり、被害品のショルダーバッグは洋室のハンガーラックに掛けられていた。 さらに、被告人は、同被害者方において、洋室のテレビ台に置かれていた半分にちぎれた五千円札を被害者の財布にしまった後、その財布を被告人のバッグに入れ、同バッグをそのまま洋室のソファに遺留した。被告人のバッグ内には、被告人名義の運転免許証や健康保険証、預金通帳等のほか、①事件の被害品であるスマートフォンも在中していた。また、被告人は、洋室のテーブルに、自身が持ち込んだライター複数本とトマトジュースの空き缶(被告人が飲んだ後のもの)を並べた状態で遺留した。 被告人は、②事件後にコンビニエンスストアで食料品等2316円分を、翌16日に衣料品店で自身の衣 ち込んだライター複数本とトマトジュースの空き缶(被告人が飲んだ後のもの)を並べた状態で遺留した。 被告人は、②事件後にコンビニエンスストアで食料品等2316円分を、翌16日に衣料品店で自身の衣服4707円分を購入した。 ⑷ ③事件について被告人は、同日午後6時35分頃、オートロックを解錠した女性に引き続いてマンションのエントランス内に立ち入り、同マンション内の無施錠の被害者方に侵入し、現金2万円を窃取した。被害者方はワンルームタイプの一室であり、被害品の2万円はリビングの出窓にそのまま置かれていた。 さらに、被告人は、クローゼット内に置いてあった被害者の洋服を取り出して畳みクローゼット前の床に置いた。被告人は、同日午後7時5分頃、被害者方の廊下に立っていたところ、帰宅した被害者と鉢合わせになり、被害者から被告人の持っていたバッグの中を見せるよう要求されたが、特段慌てる様子を見せず、被害者に 対しバッグ内に入れていた被害品の現金を見せた。被告人は、被害者とのやり取りの中で「心の声が」などと話すとともに、被害者から「泥棒」「警察を呼ぶ」と申し向けられて、早く警察を呼ぶよう返答した。 2 鑑定結果について⑴ 鑑定人甲医師(以下「甲医師」という。)の鑑定被告人の精神鑑定を行った甲医師は、精神鑑定書及び当公判廷において、要旨、以下のとおり供述する(これを併せて「甲鑑定」という。)。 アまず、被告人の精神障害については、次のとおりである。 被告人は、本件犯行当時、統合失調症にり患していた。すなわち、被告人の供述や過去の診療録によれば、被告人は高校卒業後、職を転々としながらも会社勤めをしたり、自身で不動産会社を起業したりしていたが、平成13年頃、幻覚妄想の症状が認められるようになり統合失調症の診断を受け や過去の診療録によれば、被告人は高校卒業後、職を転々としながらも会社勤めをしたり、自身で不動産会社を起業したりしていたが、平成13年頃、幻覚妄想の症状が認められるようになり統合失調症の診断を受けた。被告人の供述によれば、この頃、職場の同僚が化け物の姿になっている幻視やこれに伴う妄想等が出現したり、自分や他人の物が現れたり無くなったりする神隠しのような体験をしていたようであり、この頃に統合失調症を発症したものと考えられる。被告人は、平成16年10月頃からは勤務先会社を退職し、生活保護を受給するようになったが、その頃の生活歴について覚えていないなどと曖昧な供述に終始していることも併せ考えると、統合失調症による思路障害(一貫した道筋を立てて考えることが困難になる症状)が目立ち、機能レベルが低下していたものと考えて矛盾しない。その後、被告人は、平成19年頃からD神経科を受診するようになった。同院の記録によれば、この頃の被告人は「自分が思いついたことが知り合いの女性の声として聞こえる」幻聴や、「考えがとられる」妄想を訴えており、必要に応じて他院での入院治療も受けながら、D神経科での通院治療を受けていたが、幻聴や関係妄想、被害念慮が認められ、自閉的な生活を送っていた。令和3年頃には会社での勤務をするなど就労ができる程度に症状が回復し、令和4年7月には介護士の資格を取得し、その後介護ヘルパーとして稼働を始めたが、数箇月後には狭心症により体調を崩して退職することと なった。介護ヘルパーとして稼働している際にも、外から考えが入ってくるという症状が認められたようであるが、その外部からのメッセージとは距離を取ることができていた。その後、被告人は、同年10月のD神経科での受診を最後に、心療内科や精神科への通院や抗精神病薬の内服をしなくなった。こ 認められたようであるが、その外部からのメッセージとは距離を取ることができていた。その後、被告人は、同年10月のD神経科での受診を最後に、心療内科や精神科への通院や抗精神病薬の内服をしなくなった。これ以降、本人の供述も曖昧であることから生活状況ははっきりしないが、通常、服薬を中断してから二、三か月で症状が増悪するという経過を辿ることが多い上、被告人の供述によれば、令和5年3月頃から同年5月頃の間に、突然女性が被告人方アパートに泊まりに来て、3日間ほど滞在したが、その女性は家族しか知らないことを知っていたり、また被告人の母親が好きだった歌謡曲のCDを聞いたりしていたので、その女性は亡き母親であると確信した、その後母親は姿を見せなくなったが母親の声が頻繁に聞こえるようになった、母親が被告人の体を道具にして泣いているという体験をした、十分な貯金を確保して同年8月に復職すればよいと考えていたが、同年7月に通帳を見てみると、被告人が使った形跡がないのに貯金がなくなっており、不思議に思うと同時に早く働かなければならないという焦りを感じたというのであり、統合失調症の症状が悪化し、幻覚が生じたり、思路障害により金銭管理も困難となって貯金が底をついたものと考えられる。このような状況の中で、同年7月15日から同月16日にかけて本件各犯行に及んだ。被告人は、③事件により現行犯人逮捕され、その後検察官の取調べを受けているが、被告人の思路障害の症状は検察官に対する応答からも見てとれる。 以上の被告人の病態は統合失調症の症状と矛盾せず、DSM-5-TRの診断基準に沿って検討しても、本件犯行当時、被告人は統合失調症にり患していたと診断することができる。 イ次に、精神障害が本件各犯行に与えた影響の仕方(機序)については、以下のとおりである。 被告人は て検討しても、本件犯行当時、被告人は統合失調症にり患していたと診断することができる。 イ次に、精神障害が本件各犯行に与えた影響の仕方(機序)については、以下のとおりである。 被告人は、本件各犯行について、いずれも「部屋に入ってごらん」、被害品を「持って帰りなさい」などという亡き母親の声に従って行ったことである、①事件では、 亡き母親から被害品を持って帰りなさいと言われたが、持って帰らずにいたところ、いつの間にか自分のバッグに入っていた、③事件では、出窓に急に2万円が現れたことから、亡き母親からの持って帰りなさいというメッセージだと思い、持って帰った、また被告人の持ち物を各被害者方に置いていったことはなく、物品移動の能力のある人物の仕業だと思うなどと供述している。 この点、まず幻聴の存在について検討すると、被告人は経済的に困窮しており、一見すると、単なる金銭欲しさの空き巣であり、幻聴の存在は被告人による後付けの説明にすぎないのではないかという疑いが生じうる。もっとも、D神経科の診療録によればそれまでにも持続的に幻覚症状があったことが認められるし、被告人が③事件の被害者とのやり取りの中で「心の声が」などと言っていたことからすると、幻聴の存在が単なる後付けのものとは考え難い。また、一件記録上、捜査機関に対しては金銭欲しさで空き巣をしたとばかり説明したことになっているが、被告人によれば、当初は母親の声について説明していたが、捜査官に取り合ってもらえず、なぜ見えない人の声が聞こえるのかと言われてもどう説明したらいいのか分からず、捜査官に迎合してしまったというのであり、現に検察官による取調べの録音録画映像をみると、被告人の思考がまとまらず過度に検察官に迎合するような態度を取っていることが確認できた。そうすると、幻聴の存 、捜査官に迎合してしまったというのであり、現に検察官による取調べの録音録画映像をみると、被告人の思考がまとまらず過度に検察官に迎合するような態度を取っていることが確認できた。そうすると、幻聴の存在については単なる被告人の後付けの説明ということはできず、幻聴が存在していたとみることができる。 さらに、幻聴の内容についても検討すると、空き巣を促すような被告人にとって都合のよい内容になっていることからすると、この点についても被告人による後付けの説明にすぎないのではないかという疑いは生じうる。しかし、仮に初めから空き巣の意図があったとすれば、各被害者方での奇妙な行動は説明がつかない。むしろ、①事件の被害者方に残されたメモには幻覚妄想の主題である母親への感謝の気持ちが綴られており、しかもその内容が病的であることからすると、被告人の供述するとおりの幻聴の存在がうかがわれるし、被告人が、名前の入った書置きや身分証を遺留したり、不必要な部屋の片づけをするなど、およそ一貫性のある行動を取 れていないことは、思路障害に陥って計画的な行動を取ることができなかったことを示しており、本件各犯行当時、被告人の精神病症状は活発であったと考えられる。 被告人が思路障害の状態にあったことは、③事件の被害者が鉢合わせになった際の被告人の様子について「冷静で慌てる様子もなかった」と述べていることとも整合的である。そうすると、被告人は、本件各犯行当時、統合失調症の急性増悪期にあり、活発な幻覚妄想や思路障害のために、現実世界の規範を参照しながら一貫した行動を取ることは困難な状態であったと考えられ、被告人が経済的困窮という現実的な動機から空き巣を企てて遂行したとみることは適当ではなく、本件犯行は統合失調症の症状によって引き起こされたものと考えるべきである。 なお 難な状態であったと考えられ、被告人が経済的困窮という現実的な動機から空き巣を企てて遂行したとみることは適当ではなく、本件犯行は統合失調症の症状によって引き起こされたものと考えるべきである。 なお、被告人の供述する幻聴の内容はおよそ支離滅裂なものではなく、「家に入りなさい」、「物を持って帰りなさい」というような比較的分かりやすい内容で、しかも経済的に困窮していた被告人の状況に即した内容であるが、統合失調症による幻聴の内容は個別性の高いものであるから、そのような幻聴の内容が統合失調症の病態として一般的でないということはできないし、精神病症状の内容はストレス因によって左右されるものであり、経済的困窮というストレス因が被告人の精神病症状の内容に影響を与えた可能性もあり、被告人の供述する妄想の内容が不自然なものとはいえない。 また、③事件の被害者は、被告人が同事件の直後に現金を盗んだことを自認するかのような発言をしていたと供述しており、被告人が違法性の認識を有していたのではないかという疑いが生じ得る。しかし、被告人は過去に薬物療法を受けていた間も幻覚妄想は持続しており、その間就労ができていた時期もあることからすると、精神病の世界と現実世界が両立する二重見当識を獲得していたと考えられる。そして、本件犯行当時には活発な幻覚妄想や思路障害のために違法性の認識がなかったとしても、長年の二重見当識により被告人の中で病的世界と現実世界が両立していたことから、③事件の被害者の促し方によっては、犯行後の状況を断片的に理解して、動機は異なるものの行為としては窃盗に当たるという認識を有するに至ったと 説明することは可能であるし、むしろそのように考えたほうが犯行の全体像を捉えやすい。そうすると、仮に③事件の被害者に対して犯行を自認するかのような発言 たるという認識を有するに至ったと 説明することは可能であるし、むしろそのように考えたほうが犯行の全体像を捉えやすい。そうすると、仮に③事件の被害者に対して犯行を自認するかのような発言があったとしても、鑑定の結論を左右するものではない。 ⑵ 甲鑑定の信用性甲医師は、医師として長年にわたり精神科における治療に従事し、その間に鑑定助手あるいは鑑定医として相応の件数の精神鑑定を担当するなど、豊富な経験、知識を有している。そして、被告人の精神鑑定は、捜査資料や裁判資料、被告人の過去の診療録を検討し、約2か月にわたる鑑定入院において被告人との面談や心理検査を行って、実施したものである。幻聴や思路障害の存在をうかがわせる被告人の供述についてはその信用性を慎重に判断する必要があるが、甲医師はその点にも留意しながら、過去に被告人にみられた症状や本件各犯行状況等に照らして、幻聴の存在等について説明する被告人の供述は信用できると判断して鑑定を実施したとしている。本件鑑定の判断手法や基礎資料に問題はない。 また、判断内容をみても、被告人の過去の診療録や生活歴、本件各犯行当時の状況などの事実関係を丹念に追った上、臨床経験のみならずDSM-5-TRにも沿って前記のとおり診断し、幻聴の存在や本件各犯行状況等からうかがわれる思路障害の程度を踏まえて、精神病症状が本件犯行に与えた影響の有無やその影響の仕方(機序)について、精神科医としての観点から検討を加えたものであり、合理的なものといえる。 3 責任能力についてそこで次に、甲鑑定を踏まえて責任能力を検討すると、被告人は、本件各犯行当時、統合失調症の急性増悪期にあり、精神病症状の存在感が著名に増大し、幻聴等に対する距離を取ることができず、各被害者方への侵入や被害品を持ち帰るよう促 て責任能力を検討すると、被告人は、本件各犯行当時、統合失調症の急性増悪期にあり、精神病症状の存在感が著名に増大し、幻聴等に対する距離を取ることができず、各被害者方への侵入や被害品を持ち帰るよう促す亡き母親の幻聴に盲目的に従って本件各犯行に及んだというのであり、活発な幻覚妄想や思路障害のために、本来持ち合わせていた違法性の認識に照らし合わせて行動を取ることも困難な状態にあったというのであるから、本件各犯行当時、事物 の是非善悪を弁識する能力及びこれに従って行動を制御する能力が欠けており、心神喪失の状態であったと認められる。 4 検察官の主張について⑴ これに対して、検察官は、責任非難としての責任能力を判断するに当たっては、その判断の核となるべき犯罪行為そのものに着目して被告人の行為の合理性を判断すべきであるという見解を前提として、被告人は、本件各犯行において財産的価値の高いもののみを選択して窃取している上、①事件ではそれぞれ別の場所に置かれていた通帳・キャッシュカード在中のポーチや印鑑、健康保険証をそれぞれ探し出して窃取しているところ、健康保険証を使って被害者になりすまし印鑑と通帳を使って預金を払い戻そうと考えてこれらを窃取したものと推認できることや、②事件では家具や衣類等が雑然と置かれている中で被害品である現金在中のショルダーバッグを見つけ出して盗んでいること、③事件では共同玄関のオートロックを解錠した女性に引き続いてエントランス内に入っていることなどからすると、窃盗犯として合目的的な行動を取っており、甲鑑定を踏まえても、被告人には限定責任能力が認められるなどと主張する。 しかし、責任能力判断の前提となる精神障害の有無・程度及びこれが心理学的要素に与えた影響の有無・程度・機序を検討するに当たっては、これを採用 、被告人には限定責任能力が認められるなどと主張する。 しかし、責任能力判断の前提となる精神障害の有無・程度及びこれが心理学的要素に与えた影響の有無・程度・機序を検討するに当たっては、これを採用し得ない合理的事情が認められるのでない限り、精神医学者の意見を尊重すべきところ、甲医師は、本件各犯行時の被告人のまとまりに欠いた行動に照らせば、精神病症状がかなり活発で、計画的な行動ができるような状態にはなかったと認められ、被告人の精神障害の有無・程度等を検討するに当たり、被告人の行動に一見合理的と見える部分があったとしてもその部分だけを切り取って検討することは適切ではないと述べている。検察官は、被告人が被害者方で財産的価値のあるものを探し出しており、合目的的でまとまった行動を取っていたかのような主張をするが、被害品はいずれも比較的目に付きやすい場所に置かれていたもので、被告人が財産的価値の高い物を盗もうと探し回る行動を取っていたとか、窃盗目的に沿う一貫した行動を取 っていたとまで推認することはできないし、③事件でオートロックを解錠した女性に引き続いてマンションのエントランス内に侵入した点についても、特段住民を待ち伏せたりしていた様子はうかがわれず、検察官の主張する事情から直ちに被告人が窃盗犯として合目的的あるいは計画性のある行動を取っていたなどということはできず、甲医師が本件各犯行当時の被告人の精神病症状が活発であったと判断した過程に特段誤りはない。加えて、甲医師は、被告人が財産的価値の高い物を持ち出しているという一見正常と思われる部分についても、これを考慮した上で結論を導いている。すなわち、被告人は、各被害品を「持って帰りなさい」という亡き母親の幻聴に従ったと述べているところ、その幻聴の内容が、経済的に困窮していた被告人に 分についても、これを考慮した上で結論を導いている。すなわち、被告人は、各被害品を「持って帰りなさい」という亡き母親の幻聴に従ったと述べているところ、その幻聴の内容が、経済的に困窮していた被告人に対し財産的価値のあるものを持ち帰るよう促すもので、一見被告人にとって都合のよいものであることから、その幻聴の存在や内容が被告人による後付けの説明である可能性も踏まえて検討している。その上で、被告人の供述する幻聴の内容は、必ずしも統合失調症の症状として矛盾するものではなく、また経済的困窮というストレス因が被告人の精神病症状の内容に影響を与えた可能性も踏まえて検討する必要があるとした上で、被告人の過去の精神病症状や本件各犯行当時の言動も踏まえて検討すると、被告人の供述する幻聴の存在・内容は単なる後付けのものとは考え難いと述べており、その判断に不合理な点は見受けられない。 そうすると、検察官の主張を踏まえて検討しても甲鑑定には特段不合理な点は認められないし、そもそも検察官の主張は甲鑑定の内容を正解していないものといわざるを得ず、これを採用することはできない。 ⑵ さらに、検察官は、被告人が、公判廷において、亡き母親の幻聴で「法外なこと」、「破廉恥なこと」をするよう言われることもあるがこれは無視しているなどと供述した点を捉えて、被告人は自らの行動を選択することができており、少なくとも限定責任能力は認められると主張する。しかし、甲医師も指摘するとおり、どの時点に関する発言であるかに留意する必要があるところ、公判廷での被告人の供述を仔細にみれば、被告人質問の時点では、亡き母親からのメッセージをよく検 討もせずに言われたとおりにしたことについて後悔しており、だからこそ亡き母親から法外なことを言われた際には一切無視していると述べているにす の時点では、亡き母親からのメッセージをよく検 討もせずに言われたとおりにしたことについて後悔しており、だからこそ亡き母親から法外なことを言われた際には一切無視していると述べているにすぎず、本件各犯行当時の状況について述べたものでないことは明らかである。そうすると、検察官の主張はその前提となる被告人供述の理解を誤ったものというほかなく、これを採用することはできない。 第3 結論したがって,本件公訴事実について犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により被告人に対して無罪の言渡しをする。 (求刑懲役10月)令和6年9月11日福岡地方裁判所第2刑事部 裁判官加 々 美希

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