被逮捕者に対する警察官の制圧行為は社会通念上必要かつ相当な限度を超えた違法なものであるが,制圧行為と被逮捕者の死亡との間に相当因果関係を認めることはできないとして,違法な制圧行為による被逮捕者の精神的損害に対する慰謝料の限度で,請求を一部認容した事例。 平成22年11月18日判決言渡平成19年(ワ)第50号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成22年6月24日判決主文 被告は,原告に対し,880万円及びこれに対する平成16年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の,その余を原告の負担とする。 事実 及び理由第1請求被告は,原告に対し,5717万1196円及びこれに対する平成16年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,亡Bが,平成16年2月17日,三重県a市内の大型店舗(以下「本件店舗」という。)内キャッシュサービスコーナーにおいて,私人らにより逮捕された後,駆け付けた三重県警察所属の警察官2名に引き渡され,引き続き制圧を受けていたところ,心肺停止状態に陥り,搬送先の病院で翌18日に死亡した(以下,同月17日における上記店舗内のBに対する一連の逮捕及 び制圧等を「本件事件」,Bが逮捕,制圧されたキャッシュサービスコーナー付近を「本件現場」ということがある。)ことについて,Bの相続人である原告が,私人によるBの逮捕は逮捕の要件を備えず違法であり,上記警察官2名には,私人による逮捕の要件具備を審査する義務を怠り,かつ,必要性,相当性を欠く制圧行為を行った違法があり,これらの違法な公権力の行使によりBが死亡したとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,原告が相続し る逮捕の要件具備を審査する義務を怠り,かつ,必要性,相当性を欠く制圧行為を行った違法があり,これらの違法な公権力の行使によりBが死亡したとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,原告が相続したBの損害及び原告固有の損害の合計5717万1196円並びにこれに対する平成16年2月17日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(1) 当事者等アBは,昭和10年7月23日生の男性であり,平成16年2月18日に死亡した。 イ原告は,Bの配偶者であり,Bの相続人全員による遺産分割協議の結果,Bの被告に対する損害賠償請求権を全部相続した。 ウC(昭和23年生)は,昭和43年4月に三重県警察官に任命され,本件事件当時,D警察署配属の巡査部長であった。 E(昭和49年生)は,平成14年4月1日に三重県警察官に任命され,本件事件当時,D警察署配属の巡査であった。 エ被告は,C及びEが所属する地方公共団体である。 (2) 本件店舗の状況本件店舗は,三重県a市b町所在の大型商業施設であり,その建物は概ね東西に長い長方形である。本件店舗の南側中央部付近出入口を入ると,左右に複数の金融機関ATMが設置されたキャッシュサービスコーナーがある(本件現場)。キャッシュサービスコーナーの南側壁面はガラス貼りになっ ており建物外部から内部の状況が見渡せる。キャッシュサービスコーナーの北側は店舗売場になっており,キャッシュサービスコーナーの北隣には,化粧品売場がある。本件店舗の北側中央部付近には保安室がある。 (3) 本件事件の発生アC及びEは,平成16年2月17日(以下,平成16年の出来事については年の記載を省略す スコーナーの北隣には,化粧品売場がある。本件店舗の北側中央部付近には保安室がある。 (3) 本件事件の発生アC及びEは,平成16年2月17日(以下,平成16年の出来事については年の記載を省略することがある。),本件店舗にて万引きが発生したとの知らせを受けて本件店舗に赴き,保安室で万引き被疑者に対し事情聴取を行っていた。 イ同日午後1時10分ころ,本件現場にいたBに対して,その背後から近づいた子どもを抱えた氏名不詳の女性(以下「A」ということがある。)が胸ぐらにつかみかかり,「泥棒,泥棒」と叫んだ。 なお,Bがキャッシュサービスコーナーに近づいてから,警察官に引き渡されるまでの状況は,不明瞭ながら,本件現場付近に設置されていた防犯ビデオに映し出されているが(甲40),同ビデオの映像によっても,Bに,Aから窃盗の嫌疑をかけられるような動作があったものとは認められない。 ウ付近にいたFが,Bを取り押さえにかかり,更に,G,H,I及びJが駆け付けて助勢し,Bをうつ伏せにして床に押さえつけるなどした。このときBは,自己の黒色財布を床に投げ出した。 この間に,Aはその場を離れ,その後も発見されていない。 エC及びEは,上記の騒ぎの通報を受けた警備員から,本件現場に向かうよう依頼され,同日午後1時15分ころ,私人ら(G,H,J)から,Bの身柄の引渡しを受け,床にうつ伏せになっていたBに後ろ手錠をかけた。 その後,Cは事件関係者からの聞き取り等を行うためその場を離れ,Eが,20分弱の間,Bに対する制圧行為を継続した。 オ同日午後1時35分ころ,本件現場に応援の警察官らが到着した。 応援の警察官からの指示を受け,EがBの上体を起こすと,Bが嘔吐して意識を失っていることが判明したため,EがBの手錠を外し,救急隊の出動が要請された。 カa市消防 に応援の警察官らが到着した。 応援の警察官からの指示を受け,EがBの上体を起こすと,Bが嘔吐して意識を失っていることが判明したため,EがBの手錠を外し,救急隊の出動が要請された。 カa市消防本部救急隊が本件現場に到着した同日午後1時43分ころの時点で,Bの意識状態はJCS300(外部からの刺激に対して無反応状態であり,血圧は測定不能,呼吸・脈拍はともになく,心肺停止状態)であった。 Bは,搬送先の市立K病院で治療を受け,一旦は心拍や自発呼吸を回復したものの,2月18日午前1時52分,死亡した。 (4) 本件事件後の経緯本件事件後,本件事件に関して,Bを被疑者とする窃盗未遂事件及びBを被害者とする過失致死事件の捜査が行われたが,いずれも処分には至っていない。 原告は,平成19年2月1日,本件訴えを提起した。 争点及び当事者の主張(争点)(1) C及びEに,私人の逮捕要件審査義務違反があるかア私人によるBの準現行犯逮捕は違法かイC及びEに,逮捕要件審査義務違反があるかウC及びEは,Bを釈放すべき義務があったか(2) C及びEによる制圧行為に違法及び過失があるか(3) C及びEによる違法行為とBの死亡との間に相当因果関係があるかアBの死亡の機序イ制圧行為と死亡との間の相当因果関係の存在ウ制圧行為による死亡の予見可能性の有無エ逮捕要件審査義務違反と死亡との間の因果関係 (4) 損害額(争点についての各当事者の主張)(1) C及びEに,私人の逮捕要件審査義務違反があるかア私人によるBの準現行犯逮捕は違法か(原告の主張)準現行犯逮捕が適法であるためには,刑事訴訟法212条2項各号の事由のほか,「時間的接着性」と,「犯人と犯罪の明白性,時間的接着性の明白性」が要件として挙げられている。特に,「犯人と犯罪 告の主張)準現行犯逮捕が適法であるためには,刑事訴訟法212条2項各号の事由のほか,「時間的接着性」と,「犯人と犯罪の明白性,時間的接着性の明白性」が要件として挙げられている。特に,「犯人と犯罪の明白性,時間的接着性の明白性」については,犯人が特定の犯罪を行ったこと及びその犯罪を行い終わってから間がないことが逮捕者に明らかでなければならないとされている。これは,罪を行い終わってから間がない犯人であることの明白性が価値的に現行犯人と同視することができることから,準現行犯人が現行犯人とみなされ,憲法33条にいう現行犯人に含まれるものとして合憲とされることからすると当然である。 本件では,Fら(F,G,H,I及びJを総称して「Fら」ということがある。)による逮捕時点で,客観的に,被害者が誰であるのか,被害品は何であるのか,どのような被害態様であったのか等,一切明らかではなかった。つまり,本件事件当時において,窃盗未遂という犯罪行為があったかどうかそれ自体明らかでなく,仮に犯罪行為があったとしても,Bがその犯人であるかどうか明らかではなく,Bを犯人ではないかと疑うに足りる相当な根拠さえもあったとはいい難いのであるから,犯人が特定の犯罪を行ったこと及びその犯罪を行い終わってから間がないことが逮捕者であるFらに「明らか」であったとはいえず,同人らの逮捕は「犯人と犯罪の明白性」の要件を欠くものであったといえる。 したがって,Fらによる準現行犯逮捕は,要件を欠き違法である。 (被告の主張) 刑事訴訟法212条2項1号が,「犯人として追呼されているとき」に準現行犯逮捕を許容しているのは,追呼されている事実からその者を犯人と認めて逮捕してよいという趣旨であり,準現行犯逮捕においては,逮捕者にとって現行犯人であることが明らかであるときは予定されていな 準現行犯逮捕を許容しているのは,追呼されている事実からその者を犯人と認めて逮捕してよいという趣旨であり,準現行犯逮捕においては,逮捕者にとって現行犯人であることが明らかであるときは予定されていない。 原告は,準現行犯逮捕の要件として,「時間的接着性」,「犯人と犯罪の明白性,時間的接着性の明白性」をあげ,本件はこれを欠くというが,そもそも,現行犯人の認定は,逮捕者による犯行の現認のみならず,直接覚知した諸般の状況から合理的に判断することによってもなし得るのであり,かつ,その認定資料は,原則として逮捕者自身が直接見分した被逮捕者の挙動,状態,証跡その他の客観的状況であるが,この客観的状況は,厳密な意味での犯行現場の状況のみに限られるべきではなく,被害者の通報,被逮捕者の自供も,上記の客観的状況を補充するものとして,認定資料として差し支えないと解される。 これを本件について見るに,Fは,A(想定被害者)の「泥棒」との追呼と,現実の逮捕行為(AがBの左胸当たりの服を掴んでいる行為)を現認して,Bを逮捕したものであり,それらの追呼及び逮捕行為は,明らかに逮捕者(F)自身が直接見分した客観的状況であるから,これを目の当たりにしたFの準現行犯逮捕は,優に「犯罪と犯人の明白性,時間的接着性」との要件を満たすものであった。 このように逮捕の開始時点で現行犯人の要件が満たされていれば,逮捕の完了までそれが続いていることを要しないし,Fの逮捕とそれに続くGら(G,H,I,Jを総称して「Gら」ということがある。)の逮捕は,一個の逮捕行為の継続であり,犯人の明白性が失われることはなく,逮捕行為を継続することができるのであって,既にFに逮捕されていたBに対するGらの逮捕行為も,同号に基づく適法な準現行犯逮捕であったというべきである。 したがって,Fら私人 失われることはなく,逮捕行為を継続することができるのであって,既にFに逮捕されていたBに対するGらの逮捕行為も,同号に基づく適法な準現行犯逮捕であったというべきである。 したがって,Fら私人による逮捕は,適法な準現行犯逮捕であった。 イC及びEに,逮捕要件審査義務違反があるか(原告の主張)以下述べるように,C及びEが,逮捕者らからの適切な事情聴取等ができていれば,準現行犯逮捕の要件が備わっていないことが判明していたはずであり,C及びEはこれを怠ったものであるから,逮捕要件審査義務に違反している。 (ア) 逮捕者らから事情聴取を行っていないこと逮捕者であるFらは,Bの犯行らしき言動を何ら目撃していない。このことは,これらの私人から事情聴取を行っていれば,容易に明らかになる事実である。ところが,C及びEは,これらの私人から逮捕時の状況等について事情聴取していない。 これは,「司法巡査は,犯人を受け取つた場合には,逮捕者の氏名,住居及び逮捕の事由を聴き取らなければならない。」と規定する刑事訴訟法215条2項,「警察官は,刑訴法二百十四条の規定により現行犯人を引き渡す者があるときは,直ちにこれを受け取り,逮捕者の氏名,住所および逮捕の事由を聞き取らなければならない。」と規定する犯罪捜査規範129条1項にも違反する。 (イ) 黒色財布に対する捜索活動を十分に行っていないことF,G,H及びIは,Bが取り押さえられた際に黒色財布を投げ出したことを現認していたから,F,G,H又はIから適切な事情聴取ができていれば,C及びEは,黒色財布が被逮捕者のものである可能性に思いを致すことができた。そして,黒色財布には「B」名義の顔写真入り運転免許証が入っていたのであるから,運転免許証の人物と取り押さえられている人物との同定は可能だったのであり,Fか のである可能性に思いを致すことができた。そして,黒色財布には「B」名義の顔写真入り運転免許証が入っていたのであるから,運転免許証の人物と取り押さえられている人物との同定は可能だったのであり,Fから黒色財布を預かったCがこの点を確認し,更にBに事情聴取することで,Bが窃盗犯人 ではないことが明らかになったはずである。 (ウ) FからAの情報を聴取していないことFは,Bが取り押さえられている間にAが本件店舗の店内の方向に立ち去ったことを目撃しており,CがFに対して正確に事情聴取をしていれば,この事実が判明した。そして,真の被害者であれば,被疑者が逮捕・制圧されているにもかかわらず,現場を離れたまま帰ってこないという行動を取ることは考えられないから,事情聴取によりAの立ち去りを把握していれば,CはAが被害に遭ったこと自体疑わしいと判断できていたはずである。 (エ) J及びIから,Bが警備員や警察官を呼んでいたことを聴取していないことBは,Gらに取り押さえられていたとき,警備員や警察官を呼んでいたところ,このことはJ及びIが聞いていたのであるから,C及びEがJ及びIに対する適切な事情聴取を行っていれば,Bが警察に何らかの事情を訴えたかったことが判明し,Bを冷静にさせて事情を聞き出すことを優先することができた。 (オ) Bに対する事情聴取を行っていないことEが,Bを制圧している最中,「何があった。」などと問いかけをしたかどうかは疑わしく,仮に問いかけがあったとしても,Bから満足な回答を得られなかったのであるから,Bから回答を引き出すよう努力すべきであった。また,Cは,Bに対する事情聴取を全く行っていない。 C及びEが,Bを落ち着かせて事情聴取をしていれば,Bが何らの犯行も行っていないことが判明したはずである。 (被告の主張)以下述べる べきであった。また,Cは,Bに対する事情聴取を全く行っていない。 C及びEが,Bを落ち着かせて事情聴取をしていれば,Bが何らの犯行も行っていないことが判明したはずである。 (被告の主張)以下述べるように,C及びEは,逮捕要件審査義務を尽くしており,その違反はない。 (ア) 準現行犯逮捕の要件を具備しているとの判断に違法はなかったこと捜査機関は,私人から現行犯逮捕した被疑者の身柄を引き渡された場合,逮捕要件審査義務を負うが,捜査初期の段階において,客観的な物証等がない場合には,逮捕者の供述のみにより,かつ,これを信用して,犯罪及び犯人の明白性に関する事実を認定することができ,また,現行犯逮捕の要件があったかどうかは,私人から現行犯人を引き渡された段階における逮捕者や被疑者の供述の内容やその態度を参考にすることができる。 本件では,CはFから同人が「泥棒,泥棒」と「犯人として追呼されている」Bを準現行犯逮捕したとの供述を得たこと,現に衆人環視の下で取り押さえられていたBが「犯人」であると指示されたこと,取り押さえていた人物からC及びEが引渡しを受ける際にBが逃走しようとした態度から,Fらの逮捕は準現行犯逮捕の要件を満たしていたものと判断したのであり,その点に違法はない。 (イ) 逮捕者らに対する事情聴取C及びEは,警備員から強盗事件との報告を受けて現場に急行し,3名の男性(G,H,J)に取り押さえられているBを強盗犯人と認識してその引渡しを受けたものであるところ,その後,Cは,手錠をかけたBの制圧をEに行わせ,自らは被害者や事件関係者の確保のための聞き込みを開始し,Fから,「泥棒,泥棒」と女性の叫ぶ声がしたこと,声の方を見ると,2,3歳位の子どもを抱いた女性(A)が男(B)の右胸辺りを掴んでいたため,その男が泥棒の犯人と分かり,男 のための聞き込みを開始し,Fから,「泥棒,泥棒」と女性の叫ぶ声がしたこと,声の方を見ると,2,3歳位の子どもを抱いた女性(A)が男(B)の右胸辺りを掴んでいたため,その男が泥棒の犯人と分かり,男を捕まえようとしたことなどを聴取し,更に,Fから,床に落ちていたという黒色財布を受け取って確認した。そして,Cは,黒色財布の中に男性の顔写真のある運転免許証があるのを見て,財布の持ち主は男性であると思ったが,その時点では事件の概要が把握できなかったので,想定被害者 (A)や事件関係者の発見を優先することとした。しかし,その時には,Bを捕まえていた3名の男性(G,H,J)は既にその場におらず,Iについてはその存在すら認識しておらず,被害者と思われる2,3歳位の子どもを抱いた女性(A)も付近に見当たらなかったので,それらの者に対する事情聴取は行えなかった。 このように,Cは,Fから事情聴取したのみで,他の逮捕者らからは事情聴取することなく,Fから聴取した事実を基に,周囲への聞き込み捜査を開始したものであるが,Fが認識していた事実は上記の聴取内容程度であり,その他の逮捕者(Gら)が認識していた内容も,「泥棒」という女性の声を聞いた,男性と女性が財布を奪い合っていた,男性が他の男性らに捕まえられていた,などというものであって,何が原因でBが取り押さえられたのか,どういう状況だったのかについては知るところではなかった。 したがって,仮に,CがGらから事情聴取を行っていたとしても,Gらが当時認識していた上記事実以上のことが判明する道理はなかったのであり,被害者,被害品,被害態様等の事実関係が明らかになることはなかったのである。そうである以上,CがGらに事情聴取をしていたとしても,その逮捕が明らかな誤認逮捕であるとまでは判断できなかったから,Bを 被害者,被害品,被害態様等の事実関係が明らかになることはなかったのである。そうである以上,CがGらに事情聴取をしていたとしても,その逮捕が明らかな誤認逮捕であるとまでは判断できなかったから,Bを直ちに釈放するということにはならなかったのであり,逮捕要件審査義務違反はない。 (ウ) 黒色財布に対する捜索活動Cは,Fから受け取った黒色財布が取り押さえられている人物(B)の所有物とは考えていなかったが,GやHに事情聴取していれば,黒色財布は取り押さえられていた人物(B)が放り投げたものであることが分かった可能性は高く,しかも,黒色財布にはBの顔写真入り運転免許証が入っていたのであるから,その場で取り押さえられていた人物 (B)に聞いていれば,運転免許証の人物と取り押さえられている人物(B)との同定は可能であった。 しかし,その同定ができたとしても,取り押さえられていた人物(B)が強盗の被疑者ではないなどということは分かりようがないのであって,直ちにBを釈放することにはならなかったのであるから,黒色財布がBの所有物であると分かり得たということは,C及びEに逮捕要件審査義務違反があったことを意味するものではない。 (エ) Bに対する事情聴取原告は,C及びEがBに対する事情聴取をしていれば,Bが何ら犯行を行っていないことが判明したはずであると主張するが,Bは,C及びEに対し,「泥棒」と追呼されたことは濡れ衣であるなどと弁解することができたのに,一切していないし,Eが「何があった」と尋ねたときも,「放せー放せー」と言うばかりで会話にならなかったものであって,原告の上記主張は誤りである。 ウC及びEには,Bを釈放すべき義務の違反があったか(原告の主張)現行犯逮捕は,裁判所の審査を経ることなく個人の自由を奪う,人権侵害の程度が極めて高い のであって,原告の上記主張は誤りである。 ウC及びEには,Bを釈放すべき義務の違反があったか(原告の主張)現行犯逮捕は,裁判所の審査を経ることなく個人の自由を奪う,人権侵害の程度が極めて高い逮捕類型であるため,犯罪と犯人の明白性をその要件とするなど,きわめて限定的な要件の下で例外的に認められているものであるから,私人による逮捕の要件具備の有無が判断できないからといって,いつまでも被逮捕者を制圧したまま要件具備のための審査活動を継続できるものではない。よって,私人による現行犯逮捕の要件具備の有無を審査するための資料は,被逮捕者の身柄引受時に取得し得るものに限られるべきであるし,また,当該資料から現行犯逮捕が要件を具備するものか否か判断できない場合は,その時点で直ちに被逮捕者を釈放すべきである。 本件では,C及びEが私人からBの身柄を引き受ける際,その現場に想 定被害者(A)がいない以上,同人の供述を判断資料とせずに,私人による現行犯逮捕の適法性を審査すべきである。そして,Bの身柄引受時点では,C及びEは明らかな私人による誤逮捕であるとまでは判断できなかったというのであるから,現行犯逮捕が要件を具備するか否か判断できない場合といえ,この時点でBを釈放すべきであった。 以上により,これをしなかったC及びEには,違法性及び過失が認められる。 (被告の主張)Cは,Fの供述によっても,同人が「被害者等の報告」を受けた者でもなければ,「外見上犯罪のあったことを直接覚知しうる状況」にもなかったのであるから,さらに事件の概要を把握すべく,その後も,想定被害者(A)や犯行そのものを目撃している「事件関係者」の発見のための聞込み捜査に従事していたもので,EがBを制圧している約20分の間,Bを釈放しなかったのは当然のことであった。 前記のとおり, 定被害者(A)や犯行そのものを目撃している「事件関係者」の発見のための聞込み捜査に従事していたもので,EがBを制圧している約20分の間,Bを釈放しなかったのは当然のことであった。 前記のとおり,Cは,Fから受け取った黒色財布が取り押さえられている人物(B)の所有物とは考えていなかったが,黒色財布在中の運転免許証の人物と取り押さえられている人物(B)との同定が可能であったとしても,取り押さえられていた人物(B)が強盗の被疑者ではないなどということは分かりようがないのであって,直ちにBを釈放することにはならない。 (2) C及びEによる制圧行為に違法及び過失があるか(原告の主張)以下述べるように,C及びEのBに対する制圧行為は必要性,相当性がなく,さらに,制圧の程度も相当性を逸脱しているから,違法及び過失が認められる。 ア逮捕の際の実力行使の場面では高度な注意義務が課されること 被疑者を逮捕する際の実力行使は,社会通念上逮捕のために必要かつ相当と認められる限度でのみ許されるものであり,また,警察官が被疑者を逮捕しようとして実力を行使する場合には,往々にして,被疑者がこれを逃れようと抵抗する力と相俟って,被疑者の生命身体に対し重大な傷害を招来する危険が存するから,警察官は,実力を行使するに当たっては,被疑者の抵抗の態様・程度,犯行の態様,周囲の状況,被疑者の身体の状態等に十分注意を払い,犯罪の内容に比し重大な傷害を与えかねない事情の存する場合には,特別の事情のない限り身体の損傷ないしはその危険が生ずるような力が加わることを加減し,更には実力行使を中止するかあるいは他の方法を用い,もって危険の発生を未然に防止すべき義務がある。 イBに対する制圧行為を継続する必要性,相当性がないこと手錠をすれば被疑者が逃亡・自殺・暴行等をするおそ 実力行使を中止するかあるいは他の方法を用い,もって危険の発生を未然に防止すべき義務がある。 イBに対する制圧行為を継続する必要性,相当性がないこと手錠をすれば被疑者が逃亡・自殺・暴行等をするおそれがなくなるからこそ,犯罪捜査規範上,かかるおそれのある場合に手錠の使用が許されている(同127条1項)ところ,既に私人ら(G,H,J)に取り押さえられていたBに対して,そもそも後ろ手に手錠をかける必要があったかは疑問である。 また,Bは,C及びEにより,後ろ手に手錠をかけられていた以上,逃亡・自殺・暴行等をするおそれはなくなっており,C及びEによる所持品検査の結果,Bからは何らの凶器も発見されておらず,仮にC及びEが凶器所持の可能性を感じたとしても,Bがそれを使用して一般客に危害を加えることが不可能であることは明らかであった。 そして,Bは,身長162cm,体重67kgと比較的小柄な68歳の老人であったのに対し,Eは身長181cm,体重94kgで剣道・逮捕術にも長けた29歳の青年であり,後ろ手で手錠をされた状態のBが,Eを振り切って逃走することは考えられない。 そうであれば,C及びEは,Bを立ち上がらせて保安室やパトカー等の 隔離された場所へ連行すべきであり,かかる手段を講じることなくBに対する制圧行為を継続したC及びEの行為は,社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度を超えた実力行使であるといえる。 さらに,観衆の目にさらされる場所で,固いコンクリートの床の上で,後ろ手で手錠をかけたまま約20分間もの間制圧行為を続けたC及びEの行為は,「手錠を使用する場合においても,苛酷にわたらないように注意するとともに,衆目に触れないように努めなければならない。」と規定する犯罪捜査規範127条2項に著しく反し,この点のみをとっても, 行為は,「手錠を使用する場合においても,苛酷にわたらないように注意するとともに,衆目に触れないように努めなければならない。」と規定する犯罪捜査規範127条2項に著しく反し,この点のみをとっても,必要かつ相当な限度を超えたものであることは明らかである。 なお,C及びEが,Bを強盗犯人であると考えていたとしても,同人らは,「ATMコーナーで強盗です」という通報のみを鵜呑みにして,Bを強盗犯人と決めつけたものにすぎず,何ら制圧行為の正当性の根拠となるものではない。 ウEによる制圧の程度が相当性を逸脱したものであること以下のように,Eによる制圧行為は,Bに高度の急激な圧迫を加えるものであって,逮捕のために必要かつ相当と認められる限度を遥かに超えた実力行使であり,重大な違法と過失が認められる。 (ア) Eは,上記イのように大きな体格差のあるBに対し,約20分間にわたり,コンクリートの床にうつ伏せに押しつけ,その右膝をBの肩甲骨付近に当てて相当程度の体重をかけ続け,その間,Bの動静に配慮して力を加減することはなかった。 (イ) L医師が,Bの死亡日である2月18日にBを司法解剖した上で作成した鑑定書(甲35。以下「L鑑定書」という。)によれば,Bには高度の急性循環不全が認められるところ,これは,胸腹部に高度の急激な圧迫が加わらなければ発生しないものである。したがって,Eが右膝でBの肩甲骨付近に加えた圧力は,Bの各種臓器等に鬱血を生じさせ,人 を死に至らしめる程度の高度な圧迫を伴うものであったことが明白である。 (被告の主張)以下述べるように,C及びEのBに対する制圧行為は,必要かつ相当なものであり,違法性はない。 ア制圧の必要性があったことC及びEは,強盗事件との通報を受けて本件現場に急行し,強盗事件の犯人との認識をもってBの引渡し 及びEのBに対する制圧行為は,必要かつ相当なものであり,違法性はない。 ア制圧の必要性があったことC及びEは,強盗事件との通報を受けて本件現場に急行し,強盗事件の犯人との認識をもってBの引渡しを受けており,その際,Bが,「何すんのや離せ」と叫びながら,上半身を動かしたり足をばたつかせたり起き上がってこようとするなど,逃走の気配と強い抵抗を示したことから,周辺の一般客への危害を防止するため,Bに後ろ手錠をかけ,うつ伏せの状態で制圧を継続したものであって,制圧の必要性があったことは明らかである。 そして,本件店舗は,遠方からの買い物客を含め多数の人が頻繁に出入りするため,直ちに周辺の人に事情聴取をし,目撃者や被害者を確保しなければ事案の究明ができなくなることから,Cは,Bに後ろ手錠をかけた後,周囲への聞き込み捜査を開始した。その結果,一人残されたEは,警備員と共にBを保安室に連行するのは危険を伴うと考えたこと,Bの抵抗が強いため完全な身体検査ができず,Bが凶器を所持していないとの確信を得られなかったことなどから,周囲の客に危害が及ばないようにすることを一番に考えて,うつ伏せの形で制圧を継続したものである。 このように,Bに後ろ手錠をかけた後も,うつ伏せの状態でBの制圧を継続する必要性は全く減少していなかった。 イEの制圧行為の程度は相当性を逸脱しないことBが後ろ手錠をかけられた後も,「放せ。」など大声を上げながら,足をばたつかせたり,体をひねって起き上がろうとするなどの強い抵抗を示 したため,Eは,逃亡や一般客への加害行為を防止するために,左膝を床に着け,右膝をBの左肩甲骨の上に軽く置き,右手でBの右腕を押さえ,左手でBの左肩を押さえ,仰向けにならないように制圧していた。しばらくするとBの抵抗が収まったので,右膝をBの左肩甲骨 に,左膝を床に着け,右膝をBの左肩甲骨の上に軽く置き,右手でBの右腕を押さえ,左手でBの左肩を押さえ,仰向けにならないように制圧していた。しばらくするとBの抵抗が収まったので,右膝をBの左肩甲骨から下ろしたが,抵抗や逃走を防ぐため,両手だけは離さずBを抑えていた。すると,Bが再び上半身をひねったり足をばたつかせたりして起き上がろうとしたため,再び右膝でBの肩甲骨辺りを押さえた。その後,Eは,Bがおとなしくなると右膝を下ろしたり左手での制圧を解いていたが,右腕はBの右上腕部を押さえ続けていた。この制圧の間,EはBに「何があった。」と聞いたが,回答は全くなく,「放せ,放せ。」と言うばかりであったから,制圧を止める理由はなかった。 Eによる制圧の時間は20分間ほどであったが,上記のように,Bの抵抗の度合いに応じ,右膝をBの背中に乗せたり下ろしたりを断続的に繰り返していたのであり,終始膝を乗せて体重をかけて圧迫を継続していたものではない。 Bは,Eによる制圧を受けている間,約25mも離れた化粧品売場にも聞こえるような大声を出していたものであるが,これは,Bが十分な呼吸ができ,肺に十分な空気が出入りしていたことを意味しているのであり,このことからも,Eの制圧態様が上記のようなもの(右膝をBの左肩甲骨の上に軽く置く,Bが暴れなくなったら右膝をBの左肩甲骨から下ろすなど)であったことを裏付けることができる。 このように,EのBに対する制圧行為は,Bの抵抗の強さにかんがみ,社会通念に照らして相当性を逸脱するものではない。 ウBの死亡が制圧行為の相当性逸脱を意味しないこと後記のとおり,Bの死因は,高血圧性心疾患による心肥大がある上に,胸腹部の圧迫等に加え,高度のストレスから心臓に大きな負荷が加わるこ とによって心停止状態に陥り,蘇生術によって を意味しないこと後記のとおり,Bの死因は,高血圧性心疾患による心肥大がある上に,胸腹部の圧迫等に加え,高度のストレスから心臓に大きな負荷が加わるこ とによって心停止状態に陥り,蘇生術によって心肺機能は一時回復したが,高度の肺水腫,心筋虚血,腸管虚血により回復しなかったというものである。 そして,Bの直接の死因となった急性の循環不全は,胸腹部に高度の急激な圧迫を受けなければ発生しなかったものとはいえないから,Eが右膝でBの胸腹部に加えた物理的圧力そのものがBの死亡に対する単一の直接原因であるとする原告の主張には根拠がない。 したがって,Eの制圧の後にBが死亡したことは,Eの制圧の程度が相当性を逸脱するということを意味するものではない。 (3) C及びEによる違法行為とBの死亡との間に相当因果関係があるかアBの死亡の機序(原告の主張)(ア) Bは,胸腹部に対する高度の急激な圧迫によって循環不全に陥る過程で,両肺に高度な鬱血性肺水腫が発生し,呼吸困難に陥り,肺機能不全により死亡した(以下「機序[1]」ということがある。)。 そうでないとしても,高度のストレスを原因とする高血圧性心不全のため,肺水腫及び不整脈を発症し,死亡した(以下「機序[2]」ということがある。)。 (イ) 機序[1]が妥当であることL鑑定書に示されるBの客観的な所見からは,Bが胸腹部に対する高度の急激な圧迫により高度の急性循環不全に陥っていたことが客観的に明らかであり,その循環不全が生じる過程で,高度な鬱血性肺水腫が発生し,呼吸困難に陥り,肺機能不全により死亡に至ったという機序(機序[1])によって,ストレスという推測にすぎない概念を介することなく,Bの死亡機序を合理的に説明し得るものである(甲53)。 (ウ) 被告が主張するBの死亡の機序(下記「機序[3]」) いう機序(機序[1])によって,ストレスという推測にすぎない概念を介することなく,Bの死亡機序を合理的に説明し得るものである(甲53)。 (ウ) 被告が主張するBの死亡の機序(下記「機序[3]」)は,Bの死因 につき,ストレスを含めるが,ストレスはあくまで概念であり,推測にすぎないのであって,形態学的所見が伴わない「ストレス」の概念を死因の中に入れるべきではない。 また,被告は,高度のストレスから高血圧性心肥大を持った心臓に大きな負荷が加わって心肺停止に陥ったと推論するところ,Bは昭和63年の心臓超音波検査,平成11年の超音波検査やトレッドミル検査でも異常はない旨確認され,高血圧症についても投薬治療により安定した状態を保っており,不整脈等の異常も生前に認められてないのであって,心肥大が急性循環不全を増悪させたとか,Bが相対的に心虚血を生じやすい状態であったなどとは考えられないから,上記推論は否定する。Bが本件事件時に所持していた薬剤「ニトロペン」は,妻である原告に対して処方されたものであるから,これがBに既往症として心臓に重篤な状態があったことを意味するものではない。 L医師は,ストレスにより心臓の機能が停止して急性循環不全に陥ったものであるとし,心停止状態が先行した根拠となる客観的剖検所見として,(a)右心房内膜,房室結節に出血があり,不整脈を起こしたことを疑わせること,(b)心筋の好酸性変化が認められること,(c)高血圧性の心肥大があり,相対的に心虚血を生じやすい状態であったこと,(d)高血圧症が基盤にあったことの裏付けとして,副腎皮質の過形成があったこと,(e)腎臓の組織学的所見は,高血圧性腎病変といえることなどを挙げている。 しかし,(a)右心房,房室結節では表面の肉眼的な出血しか確認されておらず,洞房結節の組織内部を 皮質の過形成があったこと,(e)腎臓の組織学的所見は,高血圧性腎病変といえることなどを挙げている。 しかし,(a)右心房,房室結節では表面の肉眼的な出血しか確認されておらず,洞房結節の組織内部を標本化し染色して顕微鏡下で観察されていない以上,房室結節の出血という所見は,何ら不整脈が起こったことを証明し得ない。次に,(b)L医師は,心筋の断裂と部分的な好酸性変化を認めるとし,その解釈として一過性の心筋虚血と蘇生術の影響が 現れているとするが,病理学の教科書上,心筋の断裂所見は病的な意味付けはされていないのであり,一過性の心筋虚血の根拠たる所見とはいい得ない。また,(c)高血圧性心肥大については,前記のとおり,これが循環不全を増悪させたとは考えられない。そして,(d)副腎皮質の過形成については,病理解剖上よく見られる所見であり,機能の亢進と結びつけることはできない。さらに,(e)高血圧性腎病変については,L鑑定書添付の腎臓の組織像からは高血圧性腎病変であるとはいえない。 これらによれば,上記(a)ないし(e)の各客観的所見からは,Bの死亡機序をL医師の説明のように評価することはできない。 (被告の主張)(ア) Bは,胸腹部等に強い圧迫を受け,これに伴って体幹部等に皮下出血等の損傷を生じ,咽喉頭,眼瞼結膜,脳白質内の出血等の鬱血を生じた上に,高度のストレスから高血圧性心肥大をもった心臓に大きな負荷が加わって心肺停止に陥った。その後,蘇生術によって一時的に心肺機能は回復したが,高度の肺水腫,心筋虚血,腸管壊死が生じており,生命機能を完全に回復することができず,死亡した(以下「機序[3]」ということがある)。 (イ) 機序[3]が合理的であることaBには胸腹部にかなり強い圧迫が加わり,これによってBが一時的呼吸停止(窒息)に陥った可 することができず,死亡した(以下「機序[3]」ということがある)。 (イ) 機序[3]が合理的であることaBには胸腹部にかなり強い圧迫が加わり,これによってBが一時的呼吸停止(窒息)に陥った可能性は否定できないが,仮にこの一時的呼吸停止が致命的なものであれば,頭部顔面の鬱血は更に高度のものとなっていたはずである。そこで,何らかの心停止を来す病変があったものと推測されるところ,左心肥大,不整脈の疑い,心筋の好酸性変化という所見や,高血圧性の心肥大があり,相対的な心虚血を生じやすい状態であったと解釈されること,副腎皮質の過形成は高血圧症が基盤にあったことの裏付けといえることその他の所見等を総合する と,Bの死因は,上記のように判断される(L鑑定書)。 bBが心停止に陥る過程は,身体が拘束されていた状況下において発症しており,その状況と死因とを別に考えることはできず,身体の拘束による不安や緊張,怒りなどの高度の外的ストレスが原因であると判断できる。外的ストレスは,交感神経を過剰に刺激し,心臓に負荷を与えるもので,通常は,血圧上昇等により副交感神経が刺激されるなどし,心拍数の減少等によってバランスが保たれるが,Bの場合,既往症の高血圧症や高血圧性心肥大が負荷に耐えきれずに悪影響を及ぼし,致命的な状態に陥り,最終的に不整脈を発症しながら死に至ったのである。 c原告は,Bの死因の中にストレスという概念を入れるべきではない旨主張する。しかし,法医学は,病態を解析するとともに薬毒物検査その他の所見,更に死体の置かれた状況をも考慮に入れ,死因論を展開するものであるところ,本件でBには交感神経緊張状態が発生し,心拍の増加が生じ,心臓に過度の血液供給が要求される状態に陥ることが容易に推測されるが故に,この状態を過度のストレスと表現したもの 展開するものであるところ,本件でBには交感神経緊張状態が発生し,心拍の増加が生じ,心臓に過度の血液供給が要求される状態に陥ることが容易に推測されるが故に,この状態を過度のストレスと表現したものであって,ストレスを死因に含めたことに不当な点はない。 dBの死因を機序[3]であると述べるL医師の意見は,「胸腹部の圧迫に加え,高度のストレス[右矢印]心臓に負荷[右矢印]心肺停止」であるのに対し,機序[1]を述べるM医師の意見は,「胸腹部の強い圧迫[右矢印]急性循環不全[右矢印]肺の高度の鬱血水腫[右矢印]呼吸不全」というものであり,両意見の違いの原因は,「左心室肥大」のところで,L医師の意見は「高血圧症」に対し,M医師の意見は「高血圧症はない」という違い,及び,「既往歴」のところで,L医師の意見は「剖検所見より高血圧があったことが推測される」のに対し,M医師の意見は「診療録上,高血圧性疾患があったと認める 臨床所見なし」という違いにあると思われる。しかし,Bに係る市立K病院の循環外来診療録(甲54)には,昭和63年8月20日の欄に心胸郭比(心臓の最大横径と胸郭の最大横径の比)が69%である旨の記載があり,Bが同年の時点で心肥大であったことがうかがわれ,その後の部分にも,「デタントール」(末梢の血管を拡張することで血圧を下げる薬)や「テノーミン」(血圧を下げたり,狭心症や不整脈の治療に使用する薬),「高血圧症follow中(テノーミン100mg/日)」,「胸部CR至急」といった記載があり,Bに高血圧症があったことがうかがわれる。また,Bが本件事件時に所持していたニトロペンについては,原告に対して処方されたのは平成13年7月23日であり,その後2年半以上もの間,Bが原告の発作に備えて持ち続けていたということは考えられないから,Bが 本件事件時に所持していたニトロペンについては,原告に対して処方されたのは平成13年7月23日であり,その後2年半以上もの間,Bが原告の発作に備えて持ち続けていたということは考えられないから,Bが自分自身のために所持していたものと見るべきであり,ニトロペンは,通常,狭心症発作時に舌下使用する薬品であるから,Bには既往症として心臓に重篤な状態があったと考えられる。したがって,Bの死因についてはL医師の述べるとおりであり,Eの制圧行為は通常人に死亡の結果を惹起するようなものではなかったのに,基盤に高血圧性心肥大があったBに急性循環不全を惹起させたものである可能性が高いのである。 (ウ) 機序[1]は不合理であること原告は,機序[1]を裏付けるものとしてM医師の意見書(甲53)を提出するが,同意見書は,解剖検査記録上の「右心房,房室結節の出血斑」は不整脈を起こしたことを疑わせる所見であり,心臓に負荷が加わったことを示す所見と判断されること,及び,心肥大があると心筋虚血になりやすく虚血性心疾患を起こすこと,急性心不全に陥りやすいことを無視している点で疑問がある。 イ制圧行為と死亡との間の相当因果関係の存在 (原告の主張)(ア) 機序[1]からの帰結C及びEが私人ら(G,H,J)からBの身柄引渡しを受けた時はまだ,Bが高度の急性循環不全に陥っていなかったことは明らかである。 その後,Eは約20分間にわたり,Bをコンクリートの床にうつ伏せに押しつけ,右膝でBの背部に体重をかけ続けたのであるから,Bの死亡の原因となった胸腹部に対する高度の急激な圧迫は,Eの制圧行為によってもたらされたことが明らかであり,Eの制圧行為とBの死亡との間には相当因果関係が認められる。 (イ) 機序[2]からの帰結Bが,Eから胸腹部の圧迫等という肉体的・物理的負 迫は,Eの制圧行為によってもたらされたことが明らかであり,Eの制圧行為とBの死亡との間には相当因果関係が認められる。 (イ) 機序[2]からの帰結Bが,Eから胸腹部の圧迫等という肉体的・物理的負荷を受けたことに加え,高度のストレスを受けたことにより心停止状態に陥ったとしても,なお,以下のとおり,C及びEの制圧行為とBの死亡との間の相当因果関係は肯定される。 aBが受けたストレスは警察官による逮捕継続行為から受けたものが大部分を占めることBがAから「泥棒」と叫ばれ,その後Fらから取り押さえられたのは,ほんの2,3分の間の出来事であり,また,Bが「警察を呼べ」と叫んだのは,警察官さえ来てくれれば身の潔白を証明できるという期待を持っていたことの表れであるし,Bが黒色財布を投げ出したのも,混乱の中で冷静さを保っていたことを示すものである。したがって,Aが「泥棒」と叫んだ行為やFらによる逮捕行為からBが受けた恐怖や不安,緊張,怒りなどの心理的なストレスは,それのみでBを心不全に至らしめるような高度のストレスとはなり得ず,それらの行為とBの心不全発症との間には約20分間もの間隔があることからしても,それらの行為によるストレスのみではBの心不全を引き起こす ことはなかったことが明らかである。 これに対し,Eは,右膝に全体重をかけ,Bの左背部を押さえつけるような態様で,約20分間もの長時間にわたり制圧を継続したのであり,これにより,Bが激しい痛みや苦しみ,強烈な恐怖や不安,緊張,怒りを感じたことは明らかであって,Eの制圧行為からBが受けたストレスは尋常ならざるものがあったといえ,しかも,Eの制圧行為とBの心不全との間には時間的接着性も認められる。 CとEは,私人逮捕者(G,H,J)からBの引渡しを受けておきながら,当該私人らから何らの事 スは尋常ならざるものがあったといえ,しかも,Eの制圧行為とBの心不全との間には時間的接着性も認められる。 CとEは,私人逮捕者(G,H,J)からBの引渡しを受けておきながら,当該私人らから何らの事情聴取もせず,Bに対しても,何らの質問もせずにBを犯人と決めつけ,2人がかりで押さえ込んだ上で,後ろ手錠をするという行為に及んだ。警察官さえ来てくれれば身の潔白が証明できるという期待を裏切られたBが,C及びEの上記の対応に激しく絶望したであろうことは想像に難くなく,このことから受けたBの心理的なストレスは,私人(A及びFら)から受けたそれとは,質・量とも,比べようもなく大きかった。 また,後ろ手錠によって完全に自由を奪われながら,固い床の上でうつ伏せにさせられ,100キロ近い巨漢の警察官に押さえつけられたBが,激しい痛みや苦しみ,強烈な恐怖や不安,緊張,怒りを感じたことは明白であり,当該制圧行為から受けたストレスは尋常ならざるものであった。 よって,Bが,C及びEによる逮捕継続行為によって受けたストレスは,Aが「泥棒」と叫んだ行為やFらによる逮捕行為から受けたストレスに比べ,遥かに大きいことは明白であり,前者のストレスから心不全,急性循環不全となり,死亡したことについて高度な蓋然性が認められる。 bE及びCの逮捕継続行為がなければストレスは緩和されていたはず であることC及びEが,Bに手錠をかけた後制圧行為を継続していなければ,BがEの制圧行為により肉体的・物理的負荷や強烈なストレスを受けることはなかったし,保安室等の落ち着いた場所でBに対する事情聴取が行われていれば,Aが「泥棒」と叫んだ行為やFらの逮捕行為によるストレスも緩和,解消されていたはずであるから,C及びEによる逮捕継続行為がなければ,Bの死の結果が発生しなかったことは する事情聴取が行われていれば,Aが「泥棒」と叫んだ行為やFらの逮捕行為によるストレスも緩和,解消されていたはずであるから,C及びEによる逮捕継続行為がなければ,Bの死の結果が発生しなかったことは疑いようがない。 よって,C及びEによる逮捕継続行為のストレスから,Bが心不全に陥り,死亡したことについて高度の蓋然性が認められる。 cAが「泥棒」と叫んだ行為及びFらの逮捕行為によるストレスはBの素因として考慮すれば足りること仮に,C及びEの逮捕継続行為のみでは高度のストレスが発生せず,これとAが「泥棒」と叫んだ行為やFらの逮捕行為によるストレスとが相俟って初めて高度のストレスが発生したものだとしても,後者のストレスは,C及びEの逮捕開始時にBが抱えていた身体的ないし心理的素因と評価すれば足り,なお,C及びEの制圧行為とBの死亡との間の相当因果関係は肯定される。 (被告の主張)(ア) 基盤に高血圧性心肥大があったために急性循環不全を生じたことBは,Aから泥棒と叫ばれた行為,Fらによる逮捕行為,警察官による逮捕継続行為という一連の行為による高度のストレス(不安,緊張,怒り)を受けたことにより,急性循環不全に陥ったものであるところ,このようなストレスは,通常は,血圧の上昇等を感知することにより副交感神経が刺激され,心拍数の減少,心筋収縮力の減少等によって保たれるが,Bの場合,既往症の高血圧症や高血圧性心肥大が負荷に耐えき れずに悪影響を及ぼし,致死的な状態に陥ったものと考えられる。そして,高血圧性心肥大の影響については,Bに加わったストレスは交感神経緊張状態を惹起し,脈拍増加,血圧上昇につながるものであり,健康人であれば正常な心肺機能で耐え得るものであるが,基盤に高血圧性心肥大があれば,急性循環不全の状態に陥りやすいものと考えられる 交感神経緊張状態を惹起し,脈拍増加,血圧上昇につながるものであり,健康人であれば正常な心肺機能で耐え得るものであるが,基盤に高血圧性心肥大があれば,急性循環不全の状態に陥りやすいものと考えられる。このように,Eの制圧行為は通常人であれば死亡に至るようなものではなかったが,Bには基盤に高血圧性心肥大があったために,急性循環不全に陥ったものである。 そして,Bに基盤として高血圧性心肥大があったことは,因果関係の相当性の判断において「特別の事情」として考慮されることになる。 (イ) Eの制圧行為によるストレスだけで心肺停止状態に陥ったとは断定できないことBは,Aから泥棒と叫ばれた行為,Fらによる逮捕行為,警察官による逮捕継続行為などの一連の行為を受けたことにより不安や緊張,怒りが積み重なってストレスとなり,心不全が発症したものと認められるが,ストレスによる心不全は,ストレスが強く作用しているときよりもその後に発症することが多いなどという学会の意見もあることから,これらの一連の行為を個々に分析して影響の強弱などを考えることは不可能である。一つの行為がなければ心不全を引き起こさなかった可能性もあるし,一つの行為で心不全を引き起こした可能性もあるのである。すなわち,警察官による制圧行為はストレス要因の一つではあるが,そのストレスだけで心肺停止状態に陥ったものということは断定できないのであり,これは,相当因果関係の存否との関係で問題とされる原因競合の場合であるが,結局,警察官の制圧行為とBの死亡との間の条件関係(事実的因果関係,自然的因果関係)の存否すら不明なのであって,相当因果関係を肯定することはできない。 Bは,Aから「泥棒,泥棒」と叫ばれた後,数人がかりで固い床の上にうつぶせにさせられ,頭を蹴られ,首筋を踏みつけられ,押さえつけ すら不明なのであって,相当因果関係を肯定することはできない。 Bは,Aから「泥棒,泥棒」と叫ばれた後,数人がかりで固い床の上にうつぶせにさせられ,頭を蹴られ,首筋を踏みつけられ,押さえつけられていたもので,この間激しい痛みや苦しみ,強烈な恐怖や不安,緊張,怒りを感じたことは明らかであり,Bが受けたストレスは尋常ならざるものがあったことは疑いようがない。したがって,Fらの逮捕行為によるストレスは心不全を引き起こすような高度のストレスではなかったという原告の主張は,明らかに失当である。また,上記のように,ストレスによる心不全はストレスが強く作用しているときよりもその後に発症することが多いという学会の意見もあるところであるから,Aから泥棒と叫ばれた行為,Fらによる逮捕行為とBの心不全との間に時間的接着性がないという原告の指摘もまた失当である。 ウ制圧行為による死亡の予見可能性の有無(原告の主張)上記(2) アに記載のとおり,警察官には,逮捕行為により犯人の生命身体に重大な傷害を招来する危険の発生を回避すべき義務(結果回避義務)があることからすると,その前提として,警察官には,犯人の生命身体に対し重大な傷害を招来する危険が存する逮捕行為に及んでいる以上,当該逮捕行為が犯人の生命身体に重大な傷害を与えかねないものであるという程度の概括的な予見可能性があれば足りるというべきである。 本件においては,約20分間にわたり,Bをコンクリートの床にうつ伏せに押しつけ,立ち上がれないようにその右膝でEがBの背部に体重をかけ続けることが,その生命身体に重大な傷害を与えかねないものであると予見できれば足りるというべきであり,C及びEには,かかる予見可能性に欠けるところはなかった。 (被告の主張)CやEにとって,通常の制圧方法であるEの制圧行為によ 大な傷害を与えかねないものであると予見できれば足りるというべきであり,C及びEには,かかる予見可能性に欠けるところはなかった。 (被告の主張)CやEにとって,通常の制圧方法であるEの制圧行為によってBが死亡 するかもしれないということは予見不可能であった。また,Bが受けたストレスの外因は,Aから叫ばれたりFらや警察官から逮捕された人為的な行為が原因だと考えられるが,事前にこれらの行為によってBが心不全を起こしてしまうことを予測することは不可能であった。 Bに基盤として高血圧性心肥大があったことは,C及びEにおいてこれを予見することはできなかった。 エ逮捕要件審査義務違反と死亡との間の因果関係(原告の主張)(ア) C及びEが逮捕要件審査義務を尽くしていれば,Eによる制圧行為の前にBは釈放され,同制圧行為は存在しなかったはずであり,したがってBの死亡も発生していなかったはずであるから,逮捕要件審査義務違反とBと死亡との間には因果関係が認められる。 (イ) 警察官が逮捕要件審査義務違反を怠って私人による誤認逮捕を見逃し,その結果被逮捕者の生命身体に損害が発生した場合には,警察官は,私人の逮捕行為の部分についても,自らの過失行為として責任を負うべきである。したがって,万が一,Eの制圧行為によるストレスに,Fらの逮捕行為によるストレスが加わって初めて,死亡につながる高度なストレスとなったと認定されるとしても,逮捕要件審査義務違反があるC及びEは,Bの死亡について責任を負うべきである。 (被告の主張)原告の主張を争う。 前記のようにCは逮捕要件審査義務を尽くしたものの,明らかなFらによる誤認逮捕であるとまで判断できる材料を収集できなかったのであって,原告の主張は失当である。 (4) 損害額(原告の主張) 原告の被告に対する損害賠 審査義務を尽くしたものの,明らかなFらによる誤認逮捕であるとまで判断できる材料を収集できなかったのであって,原告の主張は失当である。 (4) 損害額(原告の主張) 原告の被告に対する損害賠償請求権の額は,下記ア,イの合計からウを控除し,エを加算した5717万1196円である。 アBに生じた損害Bには,次の合計5396万7452円の損害が発生し,原告はこれを相続した。 (ア) 治療費5万1630円(イ) 逸失利益2291万5822円内訳は次のとおりである。 a給与所得分479万8098円Bの年間給与は138万2100円,就労可能年数7年に対応するライプニッツ係数は5.786であり,生活費控除率は40%であるから,給与所得分の逸失利益は479万8098円となる。 (計算式)138万2100円×(1 - 0.4)× 5.786 =479万8098円b年金受給分1811万7724円Bの年金収入は年間305万0430円,平均余命14年に対応するライプニッツ係数は9.899であり,生活費控除率は40%であるから,年金受給分の逸失利益は1811万7724円となる。 (計算式)305万0430円×(1 - 0.4)× 9.899 =1811万7724円(ウ) 慰謝料2800万円約20分もの間荷重をかけられ苦しみながら死亡したBの苦痛を考慮すると,その慰謝料は2800万円を下らない。 (エ) 名誉毀損慰謝料150万円BがEによる業務上過失致死ないしは重過失致死事件の被害者であることは一見して明らかであるにもかかわらず,本件事件後3年弱にわた り,Bは被害者として扱われず,かえって無実であることが明白でありながら強盗事件の被疑者とされ続けたものであり,その無念を考慮すると,名誉毀損慰謝料は150万円を下らない。 (オ 3年弱にわた り,Bは被害者として扱われず,かえって無実であることが明白でありながら強盗事件の被疑者とされ続けたものであり,その無念を考慮すると,名誉毀損慰謝料は150万円を下らない。 (オ) 葬儀関係費用150万円イ原告固有の慰謝料300万円長年連れ添った夫(B)を警察官の手によって死亡させられてしまった原告の無念を考慮すると,その固有の慰謝料は300万円を下らない。 ウ遺族年金受領額479万6256円Bが死亡したことにより,原告は,479万6256円(平成16年3月分から平成18年11月分まで)の遺族年金を受領したので,これを賠償金から控除する。 エ弁護士費用500万円(被告の主張)争う。 第3当裁判所の判断 過失,因果関係等の立証責任本件は,原告が,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を請求する事案であるところ,同条項に基づく請求をするに当たり,故意又は過失の存在,違法性及び因果関係は,いずれもその要件事実であるから,賠償を求める原告において主張及び立証をする責任がある。 これにつき,原告は,危険な公権力を行使する場合の国家賠償法1条の適用においては立証責任が転換されるとして,逮捕の違法性が争われた場合には,その適法であることを主張する側において,逮捕が法定の要件を充足していること,あるいは少なくとも逮捕者においてその要件を充足しているものと判断したことにつき過失のないことにつき立証責任を負うと主張し,また,逮捕に付随する行為についても,同様に,逮捕者が過失のないことにつき立証責任を 負うと主張する。また,違法行為(客観的な規範違反行為)の存在から,過失や因果関係は推認され,その不存在の立証責任を県側(被告)が負うべきとも主張する。しかし,同法1条1項がそもそも不法行為の代位責任を定めた規定であ ,違法行為(客観的な規範違反行為)の存在から,過失や因果関係は推認され,その不存在の立証責任を県側(被告)が負うべきとも主張する。しかし,同法1条1項がそもそも不法行為の代位責任を定めた規定であること及び同条項の明文に照らし,原告の主張するところはいずれも,採用することができない。 以下,上記を前提として判断する。 認定事実前記前提事実に加え,証拠(甲9ないし14,22,23,24の1,2,甲25の1,2,甲26の1,2,甲27の1,2,甲28の1,2,甲29の1,2,甲30の1,2,甲31の1,2,甲32の1,2,甲33ないし41,43ないし50,乙1,3,4,6,9,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,本件事件及びその前後の状況(ただし,EによるBの制圧状況については,後記6(4) において別途検討する。)に関し,以下の事実が認められる。 (1) 2月17日午後1時10分ころ,本件店舗キャッシュサービスコーナー(本件現場)のATM前にBがいたところ,後方にいた,子どもを抱えた氏名不詳の若い女性(A)が,突如,「泥棒,泥棒」と叫んで,Bの服の胸辺りに右手で掴みかかった。 (2) キャッシュサービスコーナー付近の出入口から本件店舗内に入ったFは,「泥棒,泥棒」という女性(A)の声を聞き,声の方を見ると,Aが男性(B)に掴みかかっている様子から,Bが泥棒の犯人であると思い,Aの加勢に入り,Bをガラス壁方向へ押していった。 (3) 本件現場から少し離れた化粧品売場付近にいたGは,「泥棒」という女性(A)の声を聞き,声の方へ走ると,男女が向かい合い,互いの両手で一つの黒色財布を奪い合いしている様子であったので,その男性(B)が泥棒の犯人だと考え,Bの背後に回り,その手首を掴むなどした。 本件店舗外にいたHは,店内から女性(A)の悲鳴が上がっ ,互いの両手で一つの黒色財布を奪い合いしている様子であったので,その男性(B)が泥棒の犯人だと考え,Bの背後に回り,その手首を掴むなどした。 本件店舗外にいたHは,店内から女性(A)の悲鳴が上がったのを聞き, ガラス壁越しに店内を見ると,Aと男性が揉めている様子が見えたことから,店内に入った。Hが本件現場に赴くと,その男性を女性(F)と年配の男性(G)が二人で掴んでいたので,その場の状況や雰囲気からBが泥棒であると考え,Bの前方からその顎を掴み,「何しとんじゃおら。」などと言って凄みをきかせた。これに対し,Bが掴まれている服を振りほどこうとするなどしたため,G及びHは,Bを押し倒して床にうつ伏せにさせ,HはBの首の後ろ付近を踏みつけて押さえつけた。 化粧品売場にいたIは,「泥棒,泥棒」という女性(A)の声を聞き,キャッシュサービスコーナーに走ったところ,2人の男性(GとH)がBを捕まえているのを見て,Bの方へ近づき,加勢してBをうつ伏せの状態にした。 そこへ,本件現場から少し離れた薬局に勤務するJが加勢し,Bの腰付近を手で押さえた。 (4) Bは,Gらに取り押さえられている間,「離せ」,「警察呼べ」などと声を上げるとともに,持っていた黒色財布を離れた出入口通路方向に放り投げ,床に落ちた折れ曲がったキャッシュカード片を拾い,握りしめていた。 (5) GらがBの制圧に加わった後に,Fは,制圧から離れて,Bからやや離れたところに立っていた。すると,Bが取り押さえられている方向から黒色財布が飛んできたため,これを拾った。 (6) これら一連の騒ぎで,本件現場周囲に20ないし30名ほどの人だかりができていた。 (7) 上記の騒ぎを見た本件店舗の店員から,保安室に,「キャッシュコーナーで強盗事件です,すぐに来てください」との電話連絡が入ったことか 本件現場周囲に20ないし30名ほどの人だかりができていた。 (7) 上記の騒ぎを見た本件店舗の店員から,保安室に,「キャッシュコーナーで強盗事件です,すぐに来てください」との電話連絡が入ったことから,同室の警備員が,保安室外で立ち番をしていた警備員に現場に向かうよう依頼するとともに,保安室で万引き被疑者の取調べをしていたC及びEに,「キャッシュコーナーで強盗事件があったようです。」と伝えて,現場に向かうよう依頼した。C及びEが,人だかりを抜けて,男性ら(G,H,J)がB を取り押さえているところへ近づいた。すると,上記3名のうちいずれかが,首でBを示して「これこれ。」と言ったため,C及びEはBが強盗の犯人であると判断し,午後1時15分ころ,Bの身柄の引渡しを受け,CがBの右側,Eが左側に位置して,両手でBの肩や腕を押さえて身柄を確保した。 (8) C及びEは,Bの両手をそれぞれ持って,Bの背中の後ろに回して,Eが取り出した手錠を,EがBの左手首に,CがBの右手首に,それぞれかけた。 この手錠をかけた時の前後,C及びEは,Bの背面からズボンのポケットを触るなどして,Bが凶器を所持していないか確認したが,凶器は発見されなかった。 (9) その後,Cは,Bから離れ,周囲への聞き込みを開始した。 Cは,その場にいた警備員から,Fが事情を知っていると聞き,Fに氏名,住所と事件の状況を聞いた。Fは,Cに対して,キャッシュサービスコーナーから「泥棒,泥棒」という女性(A)の叫び声が聞こえた,声の方を見ると,子どもを抱いた女性(A)と今取り押さえられている男性(B)が揉み合っていた,その様子を見て,男性(B)が泥棒の犯人だと思い,男性を捕まえようとしたなどと述べ,また,床に落ちていたとして,Cに黒色財布を渡した。 Cは,その場で黒色財布の中身を確認 性(B)が揉み合っていた,その様子を見て,男性(B)が泥棒の犯人だと思い,男性を捕まえようとしたなどと述べ,また,床に落ちていたとして,Cに黒色財布を渡した。 Cは,その場で黒色財布の中身を確認し,「B」名義の運転免許証が在中しているのを知ったが,その時点では運転免許証の名義人と取り押さえられている男とが同一人物であることには気づかなかった。Cは,この時点では,事件の概要把握が最優先と考え,そのために想定被害者であるAの所在捜査を実施した。 しかし,Aも,Aを見た人も見つからず,Bを取り押さえていた私人3名(G,H,J)は既に付近におらず,その他,本件事件の事情を知っている者からの事情聴取は行えなかった。 (10)Eは,本件店舗の警備員がその場にいたものの,制圧の応援を得ることは できないと判断して,Cが聞き込みを開始した後,1人でBの制圧を継続した。 応援の警察官らが,同日午後1時35分ころ本件現場に到着し,そのころEがBの上体を起こしたところ,Bが嘔吐し,ぐったりしていることから,EはBの手錠を外し,救急車の出動要請がなされた。Eが1人でBの制圧を継続していた時間は,約20分程度である。 なお,所轄消防署の記録によれば,救急隊は,救急要請があった際に,要請者から心肺停止となったと聞いており(甲12・1枚目),救急出場報告書(同・3枚目)にも,市民等がBの心肺停止を確認している旨の記載がある。 争点(1) ア(私人によるBの準現行犯逮捕は違法か)について(1) 準現行犯と認めるには,[1]特定の罪を犯したものであること,[2]罪を行い終わってから間がないこと,[3]刑事訴訟法212条2項各号のいずれかに該当する事由があることが必要であり,それらの要件は,逮捕者において客観的に認定し得ることが必要であるが,逮捕に着手する時 を行い終わってから間がないこと,[3]刑事訴訟法212条2項各号のいずれかに該当する事由があることが必要であり,それらの要件は,逮捕者において客観的に認定し得ることが必要であるが,逮捕に着手する時点で備わっていれば足り,逮捕時の状況から,準現行犯逮捕と認めたことが客観的に正当であれば,後の資料により逮捕が違法となるものではない。 原告は,これに加えて,準現行犯逮捕の場合であっても,現行犯逮捕と同様,犯罪と犯人の明白性との要件を満たすことが必要であり,かつ,これにつき,現に罪を行い又は行い終わった者であることが逮捕者に直接覚知し得ることが必要であると主張する。しかし,同法212条2項各号の事由は,これをもって現行犯と同視し得る犯罪と犯人の明白性を認めるのであるから,上記[1]ないし[3]の要件とは別個に,犯罪と犯人の明白性を満たすことが必要であるとは解されない。このことは,原告のいう現に罪を行い又は行い終わった者であることが逮捕者に直接覚知し得る場合であれば,当然に同条1項の現行犯として逮捕し得るものと解され,かかる場合でなければ準現 行犯逮捕ができないとすれば,同条2項の規定の存在意義が没却されることからしても,明らかである。したがって,上記の原告の主張は採用できない。 (2) そこで,上記の各要件について検討するに,Bに対して最初に逮捕行為に着手したFは,上記認定のとおり,「泥棒,泥棒」という女性(A)の声を聞き,声の方を見るとAがBの胸辺りの服を掴んでいたのを見たというのであるから,Fにおいて,Bが「犯人として追呼されている」(同条2項1号)こと(要件[3]),Bは特定の罪(窃盗)を犯したものであること(要件[1]),罪を行い終わってから間がないこと(要件[2])を認定し得たものといえ,Fによる逮捕の時点で,その逮捕が準現行犯 号)こと(要件[3]),Bは特定の罪(窃盗)を犯したものであること(要件[1]),罪を行い終わってから間がないこと(要件[2])を認定し得たものといえ,Fによる逮捕の時点で,その逮捕が準現行犯逮捕の要件を満たす適法なものであったことは明らかである。 そして,Fによる逮捕の当初に準現行犯逮捕の要件を満たしていた以上,それに続いてFの逮捕に加勢したG,H,J及びIの一連の逮捕行為も適法であるといえる。 (3) したがって,FらによるBの逮捕を違法ということはできない。 争点(1) イ(C及びEに逮捕要件審査義務違反があるか)について上記のとおり,FらによるBの逮捕が準現行犯逮捕の要件を満たすものであった以上,C及びEには,これらの私人によるBの準現行犯逮捕の要件審査に際して審査義務を尽くしてもなお,Bに対する逮捕要件の不備を理由にこれを釈放する余地がない。すると,更にC及びEの審査義務違反の有無を検討することは無益であるというほかない。 したがって,C及びEの逮捕要件審査義務違反の有無を判断するまでもなく,同義務違反があることを前提とする原告の主張は失当である。 争点(1) ウ(C及びEは,Bを釈放すべき義務の違反があったか)について(1) 司法警察員による被疑者の留置については,司法警察員が,留置時において,捜査により収集した証拠資料を総合勘案して刑事訴訟法203条1項所定の留置の必要性を判断する上において,合理的根拠が客観的に欠如してい ることが明らかであるにもかかわらず,あえて留置したと認め得るような事情がある場合に限り,上記の留置について国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものとするのが相当である。そして,司法警察員が現行犯逮捕された被疑者を受け取った時は,直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる 留置について国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものとするのが相当である。そして,司法警察員が現行犯逮捕された被疑者を受け取った時は,直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上,弁解の機会を与え,留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し,留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に書類及び証拠物と共にこれを検察官に送致する手続をしなければならないが(刑事訴訟法216条,203条1項),ここにいう「留置の必要性」は,犯罪の嫌疑の他,「逃亡のおそれ」又は「罪証隠滅のおそれ」等からなるものである(最高裁判所平成8年3月8日第二小法廷判決・民集50巻3号408頁参照)。 以上は,逮捕に引き続き,司法警察員が被疑者を制圧している場合にも当然に当てはまり,犯罪の嫌疑,逃亡のおそれ又は罪証隠滅のおそれ等に照らし,制圧を継続する必要性がないことが客観的に明らかであるにもかかわらず,あえて制圧を継続した場合に初めて,その制圧が違法との評価を受けるものと解される。 (2) これを本件について見るに,前記認定事実によれば,C及びEが私人(G,H,J)からBの引渡しを受け,制圧を継続している間に,Bの人定事項は明らかになっておらず,犯罪の嫌疑の詳細も不明であり,逃亡のおそれ,罪証隠滅のおそれのいずれについても,これが消滅したとは到底いい得ない状況にあったものであるから,C及びEが制圧を継続したこと自体を違法と評価することはできない。 (3) 原告は,私人による(準)現行犯逮捕に引き続き被疑者の引渡しを受けた司法警察員が,私人による(準)現行犯逮捕の要件具備が判断できない場合は,その時点で直ちに被疑者を釈放すべきであるとして,C及びEは直ちにBを釈放すべきであったと主張するが,司法警察員 渡しを受けた司法警察員が,私人による(準)現行犯逮捕の要件具備が判断できない場合は,その時点で直ちに被疑者を釈放すべきであるとして,C及びEは直ちにBを釈放すべきであったと主張するが,司法警察員による被疑者の留置の国 家賠償法上の違法性に関する独自の見解に基づく主張であり,その前提を異にするものであって,採用できない。 (4) また,原告は,CやEがFらから事情聴取を行い,黒色財布に対する捜索活動を十分に行なっていれば,黒色財布がBのものであることが判明したはずであるなどと指摘するが,仮に私人である逮捕者ら(Fら)全員に対して聞き取りを行っていたとしても,前記の同人らの当時の認識の内容からすれば,Bに嫌疑がないことが明らかになったものとはいえず,さらに,黒色財布在中の運転免許証の人物と被逮捕者(B)との同一性が確認できたとしても,このことによって被逮捕者に嫌疑がないことや,逃亡のおそれ,罪証隠滅のおそれがないことが明白になったものともいえないから,上記の原告の指摘するところによっても,なお,C及びEについて,Bを釈放すべき義務があったとはいえない。 争点(2) (C及びEによる制圧行為に違法及び過失があるか)について(1) 警察官であると私人であるとを問わず,逮捕をしようとする者は,犯人から抵抗を受けたときは,その際の状況から見て社会通念上必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許される(最高裁昭和50年4月3日第一小法廷判決・刑集29巻4号132頁参照)。そして,このことは,司法警察員が,私人から準現行犯逮捕をした者の引渡しを受け,制圧を継続する場合においても同様であり,逃亡や自己又は他人に対する危害の防止,公務執行に対する抵抗の抑止等のために,その時における嫌疑の内容,抵抗の態様や強度,周囲の状況,よ た者の引渡しを受け,制圧を継続する場合においても同様であり,逃亡や自己又は他人に対する危害の防止,公務執行に対する抵抗の抑止等のために,その時における嫌疑の内容,抵抗の態様や強度,周囲の状況,より緩やかな他の方法を取るための人的体制の有無等に照らし,社会通念上必要かつ相当な限度内で実力を行使することができると解され,実力行使がかかる限度内にとどまる場合には,国家賠償法上,違法ということはできない。 (2) 原告は,C及びEが,Bに対して後ろ手に手錠をかけたことについて違法の主張をするが,上記の認定事実に照らすと,C及びEは,強盗との報告を 受けて本件現場に向かい,複数の私人(G,H,J)により制圧されている被疑者(B)の引渡しを受けたものであり,本件現場の周囲には他の私人も多く集まっており,他方,被疑者として引き渡されたBについては,その人定も未だ明らかでなく,犯行態様の詳細も不明であったのであるから,逃亡や自己又は他人に対する危害の防止,公務執行に対する抵抗の抑止等のために,C及びEがBに対して手錠を使用したことは相当ということができ,また,Bは私人ら(G,H,J)によりうつ伏せに制圧され,その状態のままC及びEらに引き渡されたものであるから,これを引き起こし,立たせてから手錠を使用しようとすれば,それだけ逃亡等の危険性が増すことは明らかであるから,そのままBの手を背後に回して,後ろ手に手錠を使用したこともまた,相当であったといえる。 原告は,両名は通報を鵜呑みにしてBを強盗犯人と信じたにすぎないから,このことは制圧を続けたことの正当性の根拠とはならないと主張するが,上記の認定事実に照らせば,CとEが本件現場に臨場したとき,Bが強盗犯人であることに疑念を持つべき客観的状況は存在しておらず,むしろ複数の私人(G,H,J)によっ 性の根拠とはならないと主張するが,上記の認定事実に照らせば,CとEが本件現場に臨場したとき,Bが強盗犯人であることに疑念を持つべき客観的状況は存在しておらず,むしろ複数の私人(G,H,J)によってBが制圧されていた状況があることからすると,C及びEが私人(Fら)からの事情聴取よりもBの制圧を先行させて継続したこと自体は,何ら不当とはいえないから,上記の原告の主張は採用できない。このことは,犯罪捜査規範129条1項は,現行犯人を引き渡す私人があるときは,直ちにこれを受け取り,逮捕者の氏名,住所及び逮捕の事由を聞き取らなければならない旨規定しているが,被疑者の身柄を確保することに先立ち,これらの聞き取り等を行わなければならないとは規定していないことからも明らかである。 (3) 原告は,さらに,その場で制圧が継続されたことについて違法と主張するが,上記認定事実によれば,Cは,Bに手錠をかけた後,まもなく,聞込みのためにその場を離れ,制圧者はE1名となっていたのであり,他に制圧の 協力を得ることのできる者はいなかったというのであるから,Eが,Bを立ち上がらせ,保安室等に移動させることなく,その場で,応援の警察官が到着するまで制圧を継続したことも,その時間が約20分程度ということを考慮してもなお,社会通念上必要かつ相当な範囲を超えるということはできない。 原告は,C及びEがBに手錠をかけた後約20分もの間,観衆の目にさらされる場所で制圧を続けたことは犯罪捜査規範127条2項に反し,この点のみでも制圧の必要性,相当性に欠けるとも主張する。しかし,そもそも同項は,手錠を使用する場合において,苛酷にわたらないように「注意する」とともに,衆目に触れないように「務めなければならない」と規定するものであって,警察官に努力義務を超える義務を課したもの もそも同項は,手錠を使用する場合において,苛酷にわたらないように「注意する」とともに,衆目に触れないように「務めなければならない」と規定するものであって,警察官に努力義務を超える義務を課したものとは解されないし,上記認定により認められる当時の状況(Bが強盗の犯人であるという疑いが存したこと,Bを安全,確実に他の場所へ連行し得るだけの人的体制が調っていなかったこと)に照らすと,応援の警察官が到着するまでの約20分間,Eが本件現場でBの制圧を継続したこと自体が苛酷であるとか,合理的理由なく衆目に触れる状態を継続したとはいえないから,原告の上記主張は採用できない。 (4) Eによる制圧の程度の違法性ア上記認定のとおり,C及びEが,Bに後ろ手に手錠をかけた後も制圧を継続したこと自体は違法とはいえないとしても,その後の制圧の程度,方法によっては,なお制圧行為が違法であると解する余地があることから,以下検討する。 (ア) Eは,Bに手錠をかけた際及びその後の制圧の状況につき,次のとおり述べる(甲42,乙2,証人E)。 aC及びEは,抵抗を受けながらもBに後ろ手に手錠をかけたが,その後も,Bは,「放せ。」等大声を上げながら,足をばたつかせたり, 体をひねって起き上がってこようとするなど非常に強い抵抗を示した。 EがBに対し「何があった。」,「静かにしろ。」などと声を掛けたが,Bは「放せ,放せ。」などと大声で言うだけで,問いかけに対する回答は全くなかった。 bCが付近の聞き込みに行き,EがBを一人で制圧することになったため,左手をBの肩に,右手をBの腰の辺りに置き,左膝は地面に着いた状態で,右膝をBの肩甲骨部に乗せ,Bの抵抗の強さに応じて,右膝をBの背中から下ろしたり乗せたりしていた。そして,Bの抵抗があまり激しくないときは,両膝を地面 Bの腰の辺りに置き,左膝は地面に着いた状態で,右膝をBの肩甲骨部に乗せ,Bの抵抗の強さに応じて,右膝をBの背中から下ろしたり乗せたりしていた。そして,Bの抵抗があまり激しくないときは,両膝を地面に着き,両手のみで押さえ,更に抵抗が弱いときには片手だけで押さえるといった方法で制圧していた。しかし,Bは,すぐにまた上半身をひねったり足をばたつかせるなど激しく抵抗を始め,「放せ,放せ。」と大声を上げながら強い抵抗を示したことから,再び右膝を乗せて制圧を行い,抵抗が収まるとまた右膝を下ろし,これを繰り返すという状況であり,Eが片手だけでBを押さえていた時間は,全体の制圧時間のうち半分以下であった。Eは,右膝をBの背中に乗せているときも,Bの抵抗の激しさに応じ,右膝にかける体重を強くしたり弱くしたりしており,かけた体重はEの体重の半分にもいかない程度であった。 cBを制圧している間,Eは,Bが暴れているときにも静かにしているときも,合計10回以上,20回にいかないくらい,「何があった。」,「おとなしくしなさい。」と声を掛けたが,Bから問いかけに対する回答はなく,「放せ,放せ。」などと大声を上げるのみであった。Bは,「うう。」とか「ああ。」などといった声を出したときもあったが,「放せ,うう。」とか「うう。放せ,こら。」と言葉の一部として言っていただけであるし,その後また「放せ。」と大きな声で元気にしゃべっていたので,苦しくてうなっているとは思わなか った。 dEは,Bを制圧している最中,Bの顔を後ろから見て様子を見ていたし,Bが暴れ出したりしないかどうか,体の動静にも注意を払っていたのであり,Bを押さえるのが精一杯で,Bの動静を十分に確認していなかったということはない。 e到着した応援の警察官から,Bを起こすよう指示されたので,B しないかどうか,体の動静にも注意を払っていたのであり,Bを押さえるのが精一杯で,Bの動静を十分に確認していなかったということはない。 e到着した応援の警察官から,Bを起こすよう指示されたので,Bをあお向けに引き起こしたところ,Bの口と床に若干の吐瀉物が付いており,Bがぐったりしていたので,「おーい。」などと声を掛けるとともに,脈拍や呼吸の有無を確認した。手首で脈拍のあることを確認でき,呼吸については胸部が上下しているのを確認した。Bが,それまでの時間の流れの中で徐々に静かになっていったということはなく,Bがぐったりしており吐瀉物があることを見たときには,さっきまで元気に暴れていたのに,一体どうしたんだろうと思った。Bが最後に暴れなくなったのは応援の警察官が到着する少し前であり,その時も,暴れてはおとなしくなりというそれまでの繰り返しの一部にすぎないと思っていた。 (イ) しかし,そもそも,Eは,平成14年4月に警察官となった後,3か月程度の警察学校での訓練を経て,平成15年1月28日からD署に戻り,地域課で勤務していた者であって,本件事件に至るまでの警察官としての経験は浅く,本件事件までに強盗事件というのは身近で聞いたこともなかった,初めて強盗事件の現場に向かうということでとても緊張していた,何とか犯人を捕まえなければならないと,大変緊張したというのであり(証人E),そのような経験の浅い警察官が,初めて制圧した「強盗犯人」と推測されているBを相手に,上記の供述のとおり,被疑者の様態に気を配りつつ制圧態様をこまめに変え,頻繁に被疑者に声をかけて落ち着かせようと試みながら制圧を続けるという対応を適切に 取ることができたのか,また,一連の経過をこれほど明確に記憶できたのか,ということ自体極めて疑問であり,また,Eの証言時において をかけて落ち着かせようと試みながら制圧を続けるという対応を適切に 取ることができたのか,また,一連の経過をこれほど明確に記憶できたのか,ということ自体極めて疑問であり,また,Eの証言時においては,その制圧態様に過失があると判断されれば,同人に対してBの死亡に対する何らかの嫌疑がかかる可能性もないとはいえない状況である(現に,捜査資料の一部には,Bを被害者とする過失致死事件の立件が検討されたことを窺わせるものがある。)ことからすると,Eは,特に,被疑者とされたBの言動やEの制圧の状況について,事実をありのままに述べているかどうかについても疑問があるところ,Eの述べるBの言動やEの制圧の状況を裏付けることのできる客観的な証拠はない。 むしろ,Eは,本件事件の8日後(2月25日)に行われた取調べの際には,「私は,被疑者が逃走しないように制圧しているのが一杯で,被害者がどのようになっているのやら,逮捕者がどのようになっているのか全く分かりませんでした。」と述べ(甲42),当裁判所における証人尋問の際にも,「犯人を取り押さえるのに精いっぱいでした。」とも述べており(証人E),また,Eの述べる内容自体も,問いかけに全く答えないBに対し,10回以上も「何があった。」と同じことを尋ね続けたという点や,Bの動静を観察していたと述べながら,いつ嘔吐したのかについて認識していないことなど,不自然な点がある。 さらに,Eは,Bの異変に気づいた後,Bには,脈も,呼吸もあることを確認したと述べるが,このことは,Bに係る救急隊出動要請時に,傷病者(B)は心肺停止状態であると伝えられたこと,救急出場報告書においても,市民等が心肺停止を確認したと記載されていることと,明らかに反する(甲12)。 これらに照らすと,上記のEの述べるBの状況及び制圧の態様は,直ちに であると伝えられたこと,救急出場報告書においても,市民等が心肺停止を確認したと記載されていることと,明らかに反する(甲12)。 これらに照らすと,上記のEの述べるBの状況及び制圧の態様は,直ちに信用できないといわざるを得ない。 (ウ) 他方,本件店舗内の薬局売場の店員であるJは,Bの逮捕に加勢し, C及びEにBを引き渡した後も本件現場に残っていたところ,警察官の制圧状況につき,「体のガッチリした男の警察官(E)が背中の上に馬乗りになって押さえておりました。」と述べている(甲48)。 (エ) また,Bの解剖結果によれば,Bには,[1]左下腹部,右腸骨部,前胸部,腰背部,右臀部,顔面,上肢等の打撲傷,[2]眼瞼結膜の鬱血,頭蓋底中頭蓋窩の鬱血及び大脳白質内出血が認められるところ,Bの解剖を担当したL医師は,[1]について,いずれも鈍体の打撲又は強い圧迫により生じたものであり,特に右腸骨部打撲傷は,体幹の突出部に位置するものであり,同部を強く打撲して生じたものと考えられる,左下腹部,右腸骨部,前胸部,腰背部の打撲傷は,胸腹部全体に強い圧迫が加わったことを示すと述べ,また,[2]について,胸腹部の強い圧迫によって頭部顔面が鬱血したことによって生じた可能性が高く,この胸腹部圧迫によって一時的に呼吸停止(窒息)に陥った可能性は完全に否定できないと述べる(甲35)。 これによれば,本件事件当時,Bの胸腹部全体に強い圧迫が加わり,身体の各所に打撲傷や鬱血等を生じたことが認められるが,Bを逮捕したFらは,複数人で,Bの頭部,首,肩,腰を,各自,足や手で押さえていたというものであるから(甲45ないし50),Fらによる制圧によりBの胸腹部全体に著しく強い圧力が加わったとは解することができない。そうすると,Bの胸腹部全体に対する強い圧迫は,Fらによる逮 えていたというものであるから(甲45ないし50),Fらによる制圧によりBの胸腹部全体に著しく強い圧力が加わったとは解することができない。そうすると,Bの胸腹部全体に対する強い圧迫は,Fらによる逮捕後の,Eによる制圧行為によって加えられたものと推認することができる。 イ上記アに認定の事実を合わせ考えると,Eは,床にうつ伏せに倒れているBに対して,その態勢は不明であるものの,胸腹部全体に馬乗りになった,あるいはこれと類似したBの胸腹部全体に強い圧力がかかる態勢のまま,20分弱の間,Bの制圧を継続していたものと認めるのが相当である。 被告は,Bは,Eによる制圧を受けている間,約25mも離れた化粧品売場にも聞こえるような大声を出していたものであるが,これは,Bが十分な呼吸ができ,肺に十分な空気が出入りしていたことを意味しているのであり,このことからも,Eの制圧態様がEが供述するような態様のもの(右膝をBの左肩甲骨の上に軽く置く,Bが暴れなくなったら右膝をBの左肩甲骨から下ろすなど)であったことを裏付けることができる旨主張し,その裏付けとして,証人Nの陳述(甲60)及び証言の存在を指摘するが,同証人の陳述及び証言によっても,Bが発していたのは,自発的な発声というよりは痛み,苦しみによるうめき声であったという事実があるというに留まり,これを超えて,Bが,十分な呼吸に基づく明確な言葉の発話をしていたなどの事実があったことを認めることまではできないから,同証人の陳述及び証言は,被告の主張を裏付けるものとはいえず(しかも,証人Nの陳述及び証言の中には,Bが「放せ」と元気にしゃべっていた旨の上記Eの証言と完全に相反し,Eの供述するような制圧態様であったことを否定する方向にも働く内容のものも含まれているのであり,その意味においても,同証人の陳 は,Bが「放せ」と元気にしゃべっていた旨の上記Eの証言と完全に相反し,Eの供述するような制圧態様であったことを否定する方向にも働く内容のものも含まれているのであり,その意味においても,同証人の陳述及び証言は,被告の主張とは相容れないものといえる。),他に,本件においては,Bが十分な呼吸ができ,肺に十分な空気が出入りしていたことを認めるに足りる証拠もないのであって,被告の主張は採用できない。 ウそして,上記認定の制圧状況と,既にBには後ろ手に手錠がかけられ,これにより逃走,反抗等の危険は相当程度減縮されていたこと,Bは身長160cm,体重65.5kgの比較的小柄な老人である(甲35)のに対して,Eは身長181cm,体重94kgときわめて大柄な青年であること(証人E),Eは,年齢及び警察官としての相応の訓練の結果,体力的に明らかにBよりも優位な状況にあったと思われることを総合考慮すると,Eの制圧の上記の制圧行為は,Bの逃亡や自己又は他人に対する危害の防止, 公務執行に対する抵抗の抑止等のために,社会通念上必要かつ相当な限度内のものと認めることはできず,違法なものであって,かつ,そのような必要かつ相当な限度を超えた有形力を行使したことについて,過失もあったというべきである。そして,このことは,既に摘示した事情のほか,身体検査によりBが凶器を所持していないことを一応確認していることも考慮すると,Eが制圧の当初から強盗事件との情報を与えられていたことによって,異なるとはいえない。 争点(3) ア(Bの死亡の機序)についてそこで,以下,上記のEの制圧行為とBの死亡との相当因果関係の有無について判断することとし,まず,Bの死亡の機序を検討する。 (1) Bの解剖を担当した,解剖当時O大医学部法医学講座教授であったL医師は,Bの死亡の機 のEの制圧行為とBの死亡との相当因果関係の有無について判断することとし,まず,Bの死亡の機序を検討する。 (1) Bの解剖を担当した,解剖当時O大医学部法医学講座教授であったL医師は,Bの死亡の機序について,外因によって精神的ストレスが加わり,交感神経が刺激され,血圧の上昇,心拍の上昇,心臓の収縮増強による心臓への負荷が加わったことにより,既往症であった高血圧性心肥大に悪影響を及ぼして心不全に陥ったと述べ(機序[3]に一致),そのように判断した理由について,概ね以下のとおり述べる(甲35,乙5,7,8)。 アBが死亡した状況からその死因を検討すると,胸部圧迫や吐物誤嚥による窒息,くも膜下出血等の脳疾患,心疾患や心臓性突然死等の心不全が考えられる。 このうち,胸部圧迫による窒息死であれば,強く押しつけられたことによる皮下出血や圧痕が胸部あるいは背部に存在する可能性が高く,また,圧迫部分よりも上の顔面,上胸部に強い鬱血が生じ,溢血点も多く発現する。吐物誤嚥による窒息死は,気道内あるいは咽頭に異物の存在を確認できる。しかし,Bの顔面鬱血や溢血点は,軽度であり,頸部皮下のリンパ節にも窒息を疑うような浮腫が認められない。胸部や背部にも胸部圧迫を疑うような皮下出血や圧痕が認められず,気道内にも異物や誤嚥の形跡が ない。したがって,窒息を疑う余地はない。 脳疾患の場合,急性死としてくも膜下出血が考えられるが,Bについては,内景所見からは出血が認められず,否定される。 Bには,内景所見から,心臓の右心房室結節に米粒大の出血斑が認められ,これによって,最終的に不整脈によって心停止したと考えられる。 イ外的ストレスは,交感神経を過剰に刺激し,心臓に強い負荷を与える。 Bは,女性(A)から泥棒と叫ばれた行為,私人(Fら)による逮捕行為,警察官による逮捕 的に不整脈によって心停止したと考えられる。 イ外的ストレスは,交感神経を過剰に刺激し,心臓に強い負荷を与える。 Bは,女性(A)から泥棒と叫ばれた行為,私人(Fら)による逮捕行為,警察官による逮捕及び制圧行為という一連の行為を受けたことにより,不安や緊張,怒りが積み重なってストレスとなり,心不全が発症したと認められる。 ウ通常は,(心臓の負荷による)血圧の上昇等を感知することにより副交感神経が刺激され,心拍数の減少,心筋収縮力の減少等によってバランスが保たれるが,Bの場合,既往症に高血圧症や高血圧性心肥大があることが悪影響を及ぼし,致命的な状態に陥ったと考えられる。 エ心肺停止後,蘇生術によって一時的に心肺機能は回復したが,高度の肺水腫,心筋虚血,腸管壊死が生じており,生命機能を完全に回復することができず,死亡した。 (2) これに対して,P大学大学院医学研究科実験病態病理学教授であるM医師は,病理学的立場からは,死因の中に,「ストレス」の概念を入れることはないとして,上記のL医師の見解を批判すると共に,L医師による解剖所見から,[1]左右の眼瞼結膜に鬱血と多数の溢血点,頭皮下にも多数の溢血点を認め,[2]大脳白質内の血管周囲に血液の露出と脳梁内に点状出血があり,白質内出血がある他,皮下出血や筋肉内出血が存在する,[3]各種臓器に鬱血があり,特に両肺は重量が高度に増加しており,高度の肺鬱血水腫が重量増加の原因である,[4]腸管の循環不全にともなう壊死性病変の存在も動脈硬化など何らかの循環病態があって起きることであるが,生体反 応が乏しいことから,死亡直前に発生したものと推察できる,として,Bの死因は,急性の循環不全が胸腹部の高度な急激な圧迫によって生じ,その結果,肺に高度な鬱血性肺水腫が発生し,呼吸困難(呼吸不全)に陥り,(そ いことから,死亡直前に発生したものと推察できる,として,Bの死因は,急性の循環不全が胸腹部の高度な急激な圧迫によって生じ,その結果,肺に高度な鬱血性肺水腫が発生し,呼吸困難(呼吸不全)に陥り,(その後)心拍が再開したものの,肺機能不全で回復しなかったものと考えられるとする(甲53。機序[1]に一致)。 しかし,上記のL医師の見解の骨子は,交感神経の刺激により心拍数の上昇等が生じ,心臓に過度の負荷が生じる状態となり,心不全に至ったというものであって,このこと自体,死因の説明として十分に理解可能であり,ただ,「交感神経緊張状態が発生し,これにより心拍数の増加が生じ,心臓に過度の血液供給が要求される状態」を発生させる要因,もしくは,そのような状態を指して「ストレス」と表現しているのであるから,ストレスの概念をもって死因を説明することが相当ではないとのM医師の批判は当たらない。 他方,M医師の述べる死亡の機序に対しては,L医師から,「胸腹部圧迫により窒息死した際に認められる頭部顔面の鬱血であるならば,不可逆的な更に高度の鬱血が生じていて然るべき」,胸腹部圧迫による窒息の数多くの例では,「胸腹部の各臓器は,血液が押し出されて蒼白となり,頭部顔面に極めて高度の鬱血が生じる」,「この高度の鬱血は,仮に蘇生術を受けても不可逆的であり,戻ることのない鬱血である」,(しかし,Bにはそのような高度の鬱血はないことからすると),「胸腹部を圧迫され,呼吸活動の抑制が起こったことは,胸腹部の損傷によって証明されているが」,これが死因そのものとはいえないとの指摘,及び,「肺鬱血水腫が圧迫によって生じた結果であり,且つ呼吸不全の原因であるとする考えは明らかに間違っている。この肺臓の鬱血水腫は」,「『急性窒息或いは急性心肺停止』によって生じた結果であり,呼吸不全に陥 肺鬱血水腫が圧迫によって生じた結果であり,且つ呼吸不全の原因であるとする考えは明らかに間違っている。この肺臓の鬱血水腫は」,「『急性窒息或いは急性心肺停止』によって生じた結果であり,呼吸不全に陥る原因ではない」との指摘(乙8,甲35)がなされている。これらの指摘は,その指摘する内容が明確であって首肯できるものであるだけでなく,L医師が法医学者として多数の司法解剖, 行政解剖を行った経験に基づくものであって,十分に信用できるところ,これらの指摘を否定する事情は,未だ認めることができない。 したがって,M医師の見解(機序[1])を妥当なものとして認めることはできない。 (3) また,原告は,昭和63年及び平成11年に行われた諸検査でも,Bは心臓に異常のないことが確認されており,投薬治療により高血圧症も安定した状態を保っており,不整脈等の異常も生前に認められなかったから,心肥大が急性循環不全を増悪させたとか,Bが相対的に心虚血を生じやすい状態であったなどとは考えられないとして,L医師の上記見解を否定する。 しかし,証拠(甲35,乙5,7,8)によれば,Bに心肥大があったことは事実であり,このことからすると,心不全の発生に,心肥大及びその原因となる高血圧症が何らかの寄与をしたであろうことは,容易に想像できることがらであり,生前に異常の指摘がなかったからといって,L医師の上記見解を否定することはできない。 ただし,証拠(甲35,54ないし56,62)によれば,Bは昭和63年から高血圧症の治療歴があり,高血圧症に由来するものと考えられる心肥大があったことが認められるものの,いずれも医師による投薬治療,管理の下にあり,血圧については,概ね収縮期血圧140mmHg以下で推移し,Bの年齢を考慮すると,それほど重篤なものではなかったといえ,また,心肥 ことが認められるものの,いずれも医師による投薬治療,管理の下にあり,血圧については,概ね収縮期血圧140mmHg以下で推移し,Bの年齢を考慮すると,それほど重篤なものではなかったといえ,また,心肥大についても,平成11年2月の超音波検査及びトレッドミル検査では異常なしと判定されており,その他,高血圧症以外に,狭心症や不整脈などの心臓の異常が明らかに認められた形跡はない(被告指摘のニトロペン等の薬剤が,Bの高血圧症以外の心臓疾患に対して処方されたものと認めることのできる証拠はない。)ことからすると,同年齢の一般通常人に比して,Bの心臓が,負荷に対して著しくぜい弱であったとまでは認められない。そうすると,Bの心肥大等の心疾患は,未だ,Bの死亡に至る機序のうちの特別事情(Bの 心肥大等の心疾患がなければ,本件においてBが死に至ることもなかった)とまではいうことができない。 (4) 原告は,更に,L医師が心停止状態が先行した根拠となる所見として,「右心房内膜,房室結節に出血があり,不整脈を起こしたことを疑わせる」と述べる(甲35)のに対して,右心房,房室結節の出血斑から不整脈を起こしたかは判断できず,洞房結節の組織内部を標本化し切片を染色して顕微鏡下で観察しなければ分からないと指摘し,L医師の見解を批判するが,仮に組織学的に観察したとしても不整脈を形態学的に証明することはできないというのであるから(乙8),的を射た批判とはいえないし,右心房,房室結節の出血斑から不整脈を起こしたと疑われること自体については何ら否定していないのであるから,上記の原告の指摘は,L医師の見解の信用性を低下させるものとはいえない。また,原告は,L医師が心停止状態が先行した根拠となる所見としてあげる「心筋の好酸性変化」(甲35)についても,心筋の断裂や好酸性変化 告の指摘は,L医師の見解の信用性を低下させるものとはいえない。また,原告は,L医師が心停止状態が先行した根拠となる所見としてあげる「心筋の好酸性変化」(甲35)についても,心筋の断裂や好酸性変化は,病理学の教科書においては病的な意味付けはされておらず,一過性の心筋虚血の根拠となる所見とはいえないとも指摘するが,この指摘も,一度心停止が起こり,それに対して蘇生術が行われ,心拍再開が起これば,心筋の断裂や好酸性変化が認められるという点を何ら否定するものではなく,L医師の述べる死亡の経過に疑義を生じさせるに足りるものではない。 (5) 小括以上によれば,Bの死亡の機序は,ストレスによる交感神経の刺激により心拍数の上昇等が生じ,心臓に過度の負荷が生じる状態となり,心不全に至ったものであり,その後蘇生術によって一時的に心肺機能は回復したが,高度の肺水腫,心筋虚血,腸管壊死が生じており,生命機能を完全に回復することができず死亡した,というものであったというのが相当である。 争点(3) イ(制圧行為とBの死亡との間の相当因果関係の存在)について (1) 上記のとおり,Bの死亡に至る機序を,ストレスによる交感神経の刺激により説明するとすると,本件事件当時,Bには,上記のEによる違法な制圧行為以外にも複数のストレス要因があったこととの関係で,まず,Eの制圧行為とBの死亡との条件関係(事実的因果関係)の存否が問題となる。すなわち,結果発生に複数の事実が競合している場合,当該加害行為と結果との間の相当因果関係を肯定するためには,少なくとも条件関係があることが必要であるのが原則であるから,Eによる制圧行為がなければ,Bの死亡の結果がなかったといい得るかについて,以下検討する。 (2)既に摘示した事実によれば,Bは,一連の経過において,Eによる制圧 とが必要であるのが原則であるから,Eによる制圧行為がなければ,Bの死亡の結果がなかったといい得るかについて,以下検討する。 (2)既に摘示した事実によれば,Bは,一連の経過において,Eによる制圧行為以外に,[1]背後から来たAに,突然,「泥棒,泥棒」と叫ばれ,服を掴まれ,[2]Fらに逮捕され,取り押さえられるという状況に遭遇しているところ,これらの事実は,Eによる制圧行為のみでなく,そのいずれをとっても,大きな驚き,不安,緊張あるいは怒りが積み重なってBに対して大きなストレスを発生させたことは,十分に理解し得るところである。そして,これらのエピソードは,時間的間隔を置くことなく,連続して,Bの身に発生している。 原告は,このうちEによる制圧行為のストレスは,上記[1],[2]によるストレスと比べて遥かに大きいことが明白であり,Bが受けたストレスの圧倒的大部分は,Eによる制圧行為により生じたものであるから,警察官による逮捕継続行為によって発生したストレスからBが心不全に陥ったことについて高度の蓋然性が認められ,相当因果関係は証明されていると主張するところ,確かに,上記認定のとおり,Eによる制圧行為は,約20分の間,うつ伏せにされ後ろ手に手錠をかけられたBの胸腹部全体に馬乗りになる,あるいはこれと同様の強い圧力がかかる態勢で制圧していたものであって,これによってBが受けた恐怖や不安,緊張,怒りは相当強度なものであったことが推認される。 しかし,平穏な生活を送っていた買い物帰りのBが,公衆の往来する本件店舗内において,突如見知らぬ女性(A)から「泥棒,泥棒」と叫ばれて服を掴まれるなどし,犯罪者扱いされたことは,一私人であるBにとって十分に屈辱的な出来事であったと思われ,その際の戸惑い,緊張,怒りは決して小さなものであったとみるこ )から「泥棒,泥棒」と叫ばれて服を掴まれるなどし,犯罪者扱いされたことは,一私人であるBにとって十分に屈辱的な出来事であったと思われ,その際の戸惑い,緊張,怒りは決して小さなものであったとみることはできない。また,Bは,その後,自己の言い分を述べる機会もないまま,Fらから犯人扱いされ,手首を掴まれたり,顎を掴まれて「何しとんじゃおら。」と凄まれたりし,床に押し倒されうつ伏せにされ,首を足で踏みつけられたり体を手で押さえつけられるなどして抵抗を抑圧され,その間,「離せ」,「警察呼べ」などと言って解放を訴えたり弁解を試みたりしようとしたものの,全く聞き入れられなかったというのであって,これらが3分程度の短い時間に起きたことであることを考慮しても,その恐怖や不安,緊張,怒りは,Eの制圧行為によってBが受けたそれらと比較して明白に低いものであったとは評価できないといわざるを得ない。 そして,L医師は,ストレスによる心不全は,ストレスが強く作用している時よりもその後に発症することが多いなどという学会の意見もあるとして,ストレスと心不全との間に時間的な間隙があってもおかしくない旨を述べるところ(乙5),上記のとおり,ストレスを原因とする死亡に至る機序は,まず,交感神経の刺激による心拍数の上昇等が生じ,心臓に過度の負荷が生じる状態となり,その後,心不全に至るという経過をたどるものであることからすると,上記の供述も,一応首肯できるものである。 そうすると,BがAから「泥棒,泥棒」と叫ばれてから,C及びEに引き渡されるまでの時間が3分から5分程度の短い時間の出来事であったことを考慮しても,上記[1],[2]によるストレスはBの死という結果を招来し得る程度の高度のものであった可能性があるといわざるを得ず,このことと,上記[1],[2]によるストレスの 出来事であったことを考慮しても,上記[1],[2]によるストレスはBの死という結果を招来し得る程度の高度のものであった可能性があるといわざるを得ず,このことと,上記[1],[2]によるストレスの発生と,Eの制圧行為及びBの心肺停止 (本件現場におけるもの)は,時間的な間隔を置かずに発生した出来事であって,特に,上記[1],[2]の出来事と,Eによる制圧行為との間には,従前のストレスを緩和する方向に働く要素がないことからすると,Eの制圧行為によるストレスがなければ,Bについて,心不全の結果が発生しなかったとまではいうことができない。 (3) 原告は,BがFらに取り押さえられながらも,「警察を呼べ」と叫んでいたことから,警察官さえ来てくれれば身の潔白を証明できるという期待を持っていたのにもかかわらず,C及びEが私人(G,H,J)からBの引渡しを受けながら,Bに対して何らの質問もせずにBを犯人と決めつけ,2人がかりで押さえ込んだ上で,後ろ手に手錠をかけるという行為に及んだものであり,これにより,警察官さえ来てくれれば身の潔白が証明できるという期待を裏切られたBが,激しく絶望したであろうことは想像に難くないとして,このことから受けたBの心理的なストレスは,A及びFらから受けたそれとは,質・量とも,比べようもなく大きかったと指摘するが,原告の指摘するBの内心の思いやその変化は客観的に明らかとまではいえず,原告の指摘は想像の域を出るものではないから,採用できない。また,BがFらに取り押さえられている間に黒色財布を放り出したことは,如何なる心理状態から出た行為かは必ずしも明らかではないところ,少なくとも,原告の指摘するように,自己の無実を証明すべく冷静な判断の下に行ったものであるとして,その時Bがストレスを感じていなかったと認めるに足りる証 ら出た行為かは必ずしも明らかではないところ,少なくとも,原告の指摘するように,自己の無実を証明すべく冷静な判断の下に行ったものであるとして,その時Bがストレスを感じていなかったと認めるに足りる証拠はないから,この点に関する原告の指摘も,想像の域を出るものではなく,そのような認定をすることは困難である。 なお,原告は,C及びEが制圧行為を継続していなければ,Eの制圧行為によるストレスを受けることはなく,上記[1],[2]によるストレスも軽減されていたはずであるとして,Eの制圧行為とBの死亡との間には相当因果関係が認められる旨主張する。しかし,C及びEが制圧行為を継続してい たこと自体は違法とはいえない以上,これがなかった場合にいかなる結果が生じていたか(生じていなかったか)を論ずることは無意味であり,原告の主張は採用できない。 (4) 以上に認定したところによれば,その余について判断するまでもなく,Eの制圧行為とBの死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。 争点(4) (損害額)について(1) 上記認定のとおり,Bの死亡の結果について,被告の責任を問い得ない以上,原告の請求のうち,Bの死亡の結果により発生した逸失利益,葬儀関係費用及び原告固有の慰謝料は,いずれも認めることができない。また,治療費についても,本件事件により負傷し死亡したことによって受けた一連の治療に係る費用であるから,Eの制圧行為とBの死亡との間の相当因果関係が認められない以上,請求することはできないと認められる。 (2) しかし,Bの慰謝料については,原告の主張が,Eの制圧行為という違法な公権力の行使を受けたことに対するBの精神的損害に対する慰謝料を含むものと解されるから,その範囲で認めることができる。そして,上記に認定の一連の経緯及びEの制圧行為の態 が,Eの制圧行為という違法な公権力の行使を受けたことに対するBの精神的損害に対する慰謝料を含むものと解されるから,その範囲で認めることができる。そして,上記に認定の一連の経緯及びEの制圧行為の態様に照らすと,Eの違法な制圧行為によるBの精神的損害に対する慰謝料は,800万円の範囲で認めるのが相当である。 また,弁護士費用については,上記の認容額に照らし80万円の範囲で認めるのが相当である。 (3) 原告は,この他,Bの名誉毀損の慰謝料を請求するが,Bが本件事件後に被害者と扱われず,窃盗未遂事件の被疑者とされていたことは,Eの違法な制圧行為とは何ら関連性がないから,それによる慰謝料請求も理由がない。 第4 結論 以上によれば,原告の請求は880万円及びこれに対する不法行為の日である平成16年2月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延 損害金の支払を求める範囲で理由があるから,この範囲で認容し,その余については理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 津地方裁判所民事部裁判長裁判官堀内照美裁判官福渡裕貴裁判官関川亮介
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