平成14年(ワ)第2839号損害賠償請求事件判決 主文 1 被告は,原告A及び原告Bに対し,それぞれ,125万円及びこれに対する平成8年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告Cに対し,250万円及びこれに対する平成8年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用はこれを6分し,その5を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 5 この判決は,1項及び2項につき,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告A及び原告Bに対し,それぞれ,750万円及びこれに対する平成8年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告Cに対し,1500万円及びこれに対する平成8年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,分娩後の大量出血のため被告の開設しているD病院(以下「被告病院」という。)に搬送されたEが被告病院において死亡したのは被告病院の医師の輸血管理に過失があったためであるとして,Eの相続人である原告らが被告に対し,不法行為責任又は債務不履行責任に基づき,損害賠償及びEが死亡した日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案(内金請求)である。 1 前提事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内に摘示する証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認めることができる。 (1) 原告Cは,E(昭和37年6月27日生)の夫であり,原告A及び原告Bは原告C,E間の子である(甲C4,5号証)。 (2) 被告は被告病院を開設,運営している。 (3) Eは,平成8年1月24日14時55分(以下,日はいずれ 月27日生)の夫であり,原告A及び原告Bは原告C,E間の子である(甲C4,5号証)。 (2) 被告は被告病院を開設,運営している。 (3) Eは,平成8年1月24日14時55分(以下,日はいずれも平成8年1月であり,時間だけを記載したものは同月24日の時間を指す。),愛知県西春日井郡F町所在のG産婦人科において第2子である原告Bを出産し,同日15時2分に胎盤を娩出したが,その直後から大量の出血が始まった(乙A1号証3頁)。 (4) そのため,Eは,被告病院に転送され,24日16時15分ころに被告病院に到着し,16時57分には輸血が開始された。翌25日1時には止血のための子宮摘出手術が実施されたものの,多臓器不全状態となり同日15時23分に死亡した。 その間,24日21時52分にEの右胸腔内に液体(以下「本件貯留液」という。)が貯留していることが発見され,その後,本件貯留液がドレーンによって排出された。本件貯留液の量は約2200mlであった。 (5) Eが24日16時15分に被告病院に到着して死亡に至るまでの診療経過等は別紙診療経過一覧表記載のとおりである(同表記載の事実はすべて当事者間に争いがない。)。 (6) 輸血とは,健康者の血液を経静脈的に投与することであり,供血者から得た血液をそのまま用いる全血輸血と血液をいくつかの成分に分けてそのうち必要とする成分だけを輸血する成分輸血とがある。本件では,最初は濃厚赤血球液,新鮮凍結血漿という成分輸血がされ,その後供血者から採血した新鮮全血が全血輸血された。他方,輸液とは主として経静脈的に水分,電解質,糖質,アミノ酸等を投与する治療行為をいい,本件では輸液として乳酸化リンゲル液(ラクテック),総合電解質輸液(リソタT―3)が主として使用された。輸血,輸液のいずれもカテーテルを静脈に刺入する方法 ,糖質,アミノ酸等を投与する治療行為をいい,本件では輸液として乳酸化リンゲル液(ラクテック),総合電解質輸液(リソタT―3)が主として使用された。輸血,輸液のいずれもカテーテルを静脈に刺入する方法でなされる。 (7) 原告らは,G産婦人科のH医師を被告として,同医師の止血措置が不十分であったとして,債務不履行,不法行為責任に基づく損害賠償の訴え(当庁平成10年(ワ)第1579号,以下「別訴」という。)を提起したが,平成15年2月13日,被告Hが原告らに対し合計1250万円を支払うことを骨子とする和解が成立した(甲C1,2号証)。 2 争点1(右鎖骨下カテーテルの役割,本件貯留液の性状)(1) 原告らの主張の要旨Eにされた右鎖骨下カテーテルは輸血用であり,同カテーテルの装着が不十分又はカテーテルが途中ではずれたため,輸血用血液が漏れ出したものが本件貯留液である。その根拠は以下のとおりである。 ① 被告病院のI医師は,別訴の証人尋問において,本件貯留液が血液であると明確に供述しているだけでなく,輸血した量と出血した量とが合わなくなり,このことが本件貯留液を発見するきっかけになっていることを述べるなどその根拠まで述べている。 ② 16時30分に4.0であったヘモグロビン値が17時50分には10.9まで回復したのに,19時50分には6.0まで再度低下したのは,右鎖骨下カテーテルから輸血用血液が漏れていることを意味するものである。 ③ 右鎖骨下カテーテルが挿入され,16時57分から輸血が開始されたが,その後輸血を別の場所に替えた旨の記載は診療録等にはない。 ④ 被告の主張については,17時19分に右大腿静脈にカテーテルを挿入したことは認めるが,同カテーテルから輸血を開始したことは否認する。被告の主張は根拠に欠ける。 (2) 被告の主張の ④ 被告の主張については,17時19分に右大腿静脈にカテーテルを挿入したことは認めるが,同カテーテルから輸血を開始したことは否認する。被告の主張は根拠に欠ける。 (2) 被告の主張の要旨本件貯留液の大部分は血液ではなく,輸液であった。その根拠は以下のとおりである。 ① 右鎖骨下のカテーテルは17時19分ころから,輸液用に替えられており,同カテーテルから多量の輸血用血液が漏れ出すことはあり得ない。右鎖骨下のカテーテルの抜けた時期が特定できないため,本件貯留液に輸血用血液が全くなかったとは断定できないものの,17時19分からは右鎖骨下カテーテルは輸液用にしているから,仮に胸腔内に輸血がおこなわれたとしても少量であった。輸血は17時に確保された右末梢静脈,17時19分に確保された右そけい部のルートから主に施行された。17時19分ころ,右鎖骨下カテーテルを輸血用から輸液用に切り替えたのは次の理由からである。すなわち,被告病院医師はEの右鎖骨下カテーテルが通常より浅い位置にしか挿入できなかったことを認識していた。仮にEの体動によりカテーテルが静脈から抜けた場合には,同部位から輸血をしても輸血が無効になってしまう懸念があったので,右鎖骨下以外にそけい部,右上肢の経路が確保された以上,右鎖骨下カテーテルを輸液用に切り替える必要があった。 各カテーテルからの輸血及び輸液の種類,量の概略は別紙の「平成8年1月24日に施行された輸液,輸血の概略」(以下「別紙概略図」という。)のとおりである。 ② 乙A1号証の115頁に「16時45分IVHよりカコージン開始する(ソリタT+カコージン)」との記載があり,同116頁に「18時26分,メイロン3本目(RIVH~)」の記載があり(同記載は右鎖骨下からメイロン3本目を注入したことを示す。),同117頁には 開始する(ソリタT+カコージン)」との記載があり,同116頁に「18時26分,メイロン3本目(RIVH~)」の記載があり(同記載は右鎖骨下からメイロン3本目を注入したことを示す。),同117頁には「20時10分メイロン終了→ラクテック」の記載がある。このことは右鎖骨下から注入していた薬剤が主に輸液であることの診療録上の根拠である。 ③ 被告病院医師が観察した胸腔内の液体の性状は淡血性であり,血液そのものではなかった。 ④ 原告らの主張について原告らがその主張の根拠とするI医師の供述部分は,誤導に基づくものである。 3 争点2(被告病院医師の過失の有無)(1) 原告らの主張の要旨被告病院医師は輸血による救命処置に関して,血液及び輸液が漏出することのないように適切に輸血及び輸液の補給を施行・管理すべき注意義務があるにもかかわらず,これを怠り,多量の血液又は輸液が体内に漏れて貯留したまま漫然と輸血又は輸液の補給を継続した過失がある。 具体的には,尿量測定,血圧及び心電図の常時測定,中心静脈圧測定,ヘモグロビン値,Ht値等のチェックを定時的に行い,輸液の投与や輸血の効果があがっているかをチェックすることが必要である。また,胸腔内貯留についても,胸部X線,超音波検査,CT検査,中心静脈圧測定等によりチェックすることが可能である。しかるに被告病院医師はこれを怠った。 (2) 被告の主張の要旨ア原告らの上記主張は争う。 (ア) カテーテルの挿入につき過失のないこと被告病院医師は,右鎖骨下静脈からカテーテルを挿入したとき,血液の逆流をチェックしてカテーテルが血管内にあることを確認した。また,17時13分に撮影したX線写真(乙A5号証)によってカテーテルが血管内にあることを確認しており,被告病院医師に過失はない。 また,静脈は チェックしてカテーテルが血管内にあることを確認した。また,17時13分に撮影したX線写真(乙A5号証)によってカテーテルが血管内にあることを確認しており,被告病院医師に過失はない。 また,静脈は容量血管であり,一定の血液容量がなければ血管壁がつぶれるため,循環血液量が不足している患者にカテーテル針を挿入する場合には,患者の頭を下げた状態にし,鎖骨下に血液を流して血液容量を確保するが,頭を下げることによってショック状態になることもあるので,カテーテルの穿刺位置が浅いのもEの症状に照らすとやむを得ないものであった。 (イ) 21時52分のレントゲン写真撮影以前に本件貯留液を発見できなかったことにつき過失のないことカテーテルが適正に挿入,維持されているかの肉眼的観察は,レントゲン写真撮影をすることによってなされる。しかし,臨床の場においては,一定時間経過後に撮影するというような方法は採られていない。Eの右鎖骨下のカテーテルは,点滴ルートを確保するために,すなわち輸液を投与するために挿入されたものであるが,臨床現場においては輸液の滴下速度が点滴開始時に設定した速度よりも遅くなることを「点滴の落ちが悪い」というが,これをカテーテルが適正に挿入されていない兆候としてとらえる。そして,そのような兆候が現れた場合にはじめて,挿入位置についてレントゲン写真撮影をし,肉眼的に挿入位置の確認をするのである。本件では,循環血液量の判断指針となるヘモグロビン値,BE値,尿量のうち,ヘモグロビン値及びBE値がいったん改善傾向を示していたにもかかわらず,20時53分に再び悪化していたため,その原因探索のために,カテーテル挿入位置の確認をすることになったのである。なお,レントゲン写真撮影のための準備には体位の移動が必要になるところ,重症ショック者の場合には体位の移動 悪化していたため,その原因探索のために,カテーテル挿入位置の確認をすることになったのである。なお,レントゲン写真撮影のための準備には体位の移動が必要になるところ,重症ショック者の場合には体位の移動が生命の危険につながるため慎重にしなければならないことから,その撮影までに所定の時間がかかったこともやむを得ない。 イ Eは,被告病院に搬入された時点で重症ショック状態にあり,そのまま放置すれば死に至る状態であった。この時点においては,注意義務違反の存否は,通常の予定手術の場合に求められる全身管理,輸血等ができたか否かではなく,救急救命蘇生において必要な救命対応ができたか否かで判断しなければならない。本件では,重症ショック状態を脱するために,止血のための処置として子宮摘出手術を行い,これと並行して,循環動態の把握と,輸血,輸液を行っている。 4 争点3(被告病院医師の過失とEの死亡との因果関係)(1) 原告らの主張の要旨ア Eは,輸血によって20時20分ころには状態が良くなっており,その後輸血が順調にされたならば,早期に止血のための子宮摘出手術を実施する等して止血措置が執られ,救命された高度の蓋然性があった。しかるに,右鎖骨下のカテーテルの装着又は管理が不適切で輸血が十分でなかったため,その後の輸血が間に合わず,多臓器不全により死亡するに至った。 すなわち,産後出血の場合,出血開始から子宮摘出に着手するまでの時間が5時間以上経過し,この間に2500ml以上の出血を起こしていると予後が悪いので,3~5時間以内に子宮摘出に踏み切る必要があるとされている。本件では,15時ころから出血が開始したが,16時57分から21時40分までの間に右鎖骨下カテーテルから入れた約2200mlの血液が胸腔内に漏出し,有効な輸血にならなかったために,全身状態がなかなか 件では,15時ころから出血が開始したが,16時57分から21時40分までの間に右鎖骨下カテーテルから入れた約2200mlの血液が胸腔内に漏出し,有効な輸血にならなかったために,全身状態がなかなか回復せず,出血開始から約10時間を経過した25日の1時ころまで止血のための子宮摘出手術に踏み切れなかった。右鎖骨下カテーテルからの輸血が胸腔内に漏出することなく順調に輸血がされたならば,全身状態がより早期に子宮摘出手術の実施可能な程度まで回復したはずである。そして,より早期に子宮摘出手術を実施すればEの死亡という結果は免れたはずである。 イ仮に,被告が主張するように,右鎖骨下カテーテルが輸液用に切り替えられていたとしても,輸液の機能の大きさからすれば輸液の漏れとEの死亡との間に相当因果関係が認められる。 すなわち,本件のような多量の出血による出血性ショックに陥っている場合の基本的な治療は,止血操作と循環血液量の維持と輸血である。この場合,輸血ルートを2か所以上確保し,水分,電解質,栄養素などを経静脈的に投与する。本件では,乳酸化リンゲル液(ラクテック),総合電解質輸液(ソリタT―3)が使用された。しかし,こうした輸液が血管外に漏れていたならば,昇圧効果は生じないし,循環血液量は低下したままであり,そのため,ショックの遷延により心不全を併発させ死亡に至るという危険性がある。 また,輸液にメイロンを使用しているが,これは,多量の輸血による代謝性アシドーシス(血液pH(正常値7.4±0.05)より下がった状態)に対するものである。もし,これが漏れていて効果があがらなければ,同様に全身状態の悪化を来たし心不全を誘発する危険性を伴う。 (2) 被告の主張の要旨ア Eは,被告病院に搬入された時点において重症性ショック状態であり,ショックの原因である子宮から がらなければ,同様に全身状態の悪化を来たし心不全を誘発する危険性を伴う。 (2) 被告の主張の要旨ア Eは,被告病院に搬入された時点において重症性ショック状態であり,ショックの原因である子宮からの出血を止めるために,子宮を摘出する必要があったが,その後,全身状態がわずかながら改善した際に,これを行っており,また,胸腔内の本件貯留液はドレナージで直ちに排出され,子宮摘出手術に直接的な影響を与えていないから,本件貯留液がEの生命予後に直接的な影響を与えたとはいえない。 イ被告病院に搬送された時のEは,既に子宮摘出手術を行っても救命が極めて困難な状態であったから,原告らの主張するように,カテーテルからの漏れがなく,全出血量に対する輸血の遅れがなかったとすれば延命できたということはできず,本件貯留液の一部が輸血の漏れたものであったとしても,これとEの死亡との間に直接の因果関係はない。 ウなお,胸腔内に輸血した場合,輸血が意味をなさないため,一刻を争うような場合などでは危険といえるが,輸液の漏れによる危険性の程度は,輸血の場合に比べると低い。 5 争点4(損害額)(1) 原告らの主張ア逸失利益次の計算式のとおり,少なくとも5000万円を下らない。 計算式 370万円(Eの死亡当時の年令である33歳の平均年収)×0.7(生活費控除3割)×19.554(就労可能年数34年に対応する新ホフマン係数による中間利息控除)=5064万4860円イ慰謝料Eの慰謝料は2500万円を下らない。 ウよって,原告Cの損害は3750万円を,原告A及び原告Bの損害は1875万円を下らないが,その一部として原告Cは1500万円,原告A及び原告Bは各750万円の支払を求める。 エなお,仮に被告病院医師の過失とEの死亡との間に相当因果関係が認められなく の損害は1875万円を下らないが,その一部として原告Cは1500万円,原告A及び原告Bは各750万円の支払を求める。 エなお,仮に被告病院医師の過失とEの死亡との間に相当因果関係が認められなくても,過失がなければ救命された相当程度の可能性があったことは否定できないから,慰謝料は肯定される。 (2) 被告の主張原告らの主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実証拠(甲A1,2,5,B1,3ないし9,乙A1ないし10,B3ないし5号証(但し,乙A10号証については後記採用できない部分を除く。))及び弁論の全趣旨並びに第2の1摘示の前提事実によれば,次の各事実が認められる(当事者間に争いのない事実も適宜摘示する。)。 (1) Eは,被告病院に搬送された16時15分ころ,呼名に対しわずかな反応を示すだけであり,末梢チアノーゼがあり,末梢部及びそけい部のいずれの脈拍も触知できず,子宮からの出血による重度のショック状態にあった。 (2) 被告病院医師は,血圧計,心電図等を装着した上,継続的に尿量を測定するために尿道から膀胱へのバルーンカテーテルを挿入した。 また,16時30分に,右鎖骨下からカテーテルを挿入し,血液を採取した。血液検査の結果は,ヘモグロビン値が4.0(単位はg/dl,女性の基準値は10.1~14.6),赤血球数が135(単位は×10000/μl,女性の基準値は345~460),ヘマトクリット値(血液の中の赤血球の占める割合)が12.4(単位は%,女性の基準値は32~43)であった(乙A3,4号証)。 また,EはDIC(播種性血管内凝固症候群)の症状を示していた(甲A1号証(被告病院医師Iの別訴における証人調書,以下単に「調書」という。)30ないし33頁)。 (3) 出血性ショック及びDICに対しては,補充療法として輸血 血管内凝固症候群)の症状を示していた(甲A1号証(被告病院医師Iの別訴における証人調書,以下単に「調書」という。)30ないし33頁)。 (3) 出血性ショック及びDICに対しては,補充療法として輸血が一番有効であり,緊急時には保存血(入手できない場合には濃厚赤血球液)をまず使用し,同時に新鮮凍結血漿を併用し,なるべく早期に凝固因子が豊富で,血小板を含む新鮮血に切り替えるのが望ましいとされる(甲B4号証247頁)。 そこで,16時57分から右鎖骨下カテーテル(以下「本件カテーテル」ということがある。)より,濃厚赤血球液を用いた輸血が開始された。被告病院医師は,右鎖骨下静脈からカテーテルを挿入したとき,血液の逆流をチェックしてカテーテルが血管内にあることを確認した。また,17時13分に撮影したX線写真(乙A5号証)によってカテーテルが血管内にあることを確認している(調書68頁)。 本件カテーテルからの輸血の速度は,毎分10ml余りであった(調書62,63頁)。 (4) 静脈は容量血管であり,一定の血液容量がなければ血管壁がつぶれるため,循環血液量が不足している患者にカテーテル針を挿入する場合には,患者の頭を下げた状態にし,鎖骨下に血液を流して血液容量を確保するが,頭を下げることによってショック状態になることもあるので,カテーテルの穿刺位置は浅くならざるを得ず,また, カテーテルは患者の体動によってはずれることがあり,被告病院医師はこれらを認識していた(調書68頁)。 Eには激しい体動が認められた(乙A1号証115ないし117頁の16時45分欄,16時52分欄,18時21分欄,20時20分欄)。 (5) 血液及び輸液が順調になされているか否かは,患者の状態の確認,特に循環血液量の判断指針となるヘモグロビン値,BE値,尿量等の変化により改善傾向にあ 2分欄,18時21分欄,20時20分欄)。 (5) 血液及び輸液が順調になされているか否かは,患者の状態の確認,特に循環血液量の判断指針となるヘモグロビン値,BE値,尿量等の変化により改善傾向にあるかどうかを判断することによってなされる。また,輸血,輸液が設定した滴下速度よりも遅くなると,カテーテルが適正に挿入されていない兆候ととらえる。 これらが異常を示すと,身体内部のカテーテルの挿入状況をレントゲン写真撮影によって確認することとなる。 (6) 前記輸血開始後の17時50分には,ヘモグロビン値が10.9に,赤血球数が363,ヘマトクリット値が32.1まで上昇し,輸血が出血量にやや追いついたといえる状況となった(甲B1号証,乙A4号証)。 (7) しかし,その後輸血が継続されたにもかかわらず,Eの全身状態は改善せず,18時52分には呼吸停止をきたし,人工呼吸を要する状態となるなどむしろ悪化し(調書23頁),ヘモグロビン値も19時50分には6.0まで再度低下し,赤血球数が199,ヘマトクリット値も19.2に低下した(乙A4号証)。 (8) 被告病院医師は,上記ヘモグロビン値の推移等から輸血量と出血量が計算上合わなくなったため本件カテーテルに問題が生じたのではないかと疑い,21時52分に胸部のレントゲン撮影をした。その結果,本件貯留液が発見された。 (9) その後,本件貯留液が排出されて,輸血,輸液が継続され,23時ころには全身状態がやや落ち着いたため,被告病院医師は1月25日0時ころ,子宮全摘術を選択し,同日1時から同手術を行い,同日2時30分ころ同手術が終了した。 しかし,同日10時40分ころにはDICに引き続き,消化管出血,肺水腫も併発し,多臓器不全となり,Eは,同日15時23分に死亡した。なお,上記手術に至るまで継続して止血措置が執 ろ同手術が終了した。 しかし,同日10時40分ころにはDICに引き続き,消化管出血,肺水腫も併発し,多臓器不全となり,Eは,同日15時23分に死亡した。なお,上記手術に至るまで継続して止血措置が執られたにもかかわらずEの出血は続いており,輸血も継続してされていた。 (10) 被告病院医師は出血が止まらず,患者が手術に耐えられると判断された場合には,子宮摘出手術を早期にすべきであることを認識していたが,Eの全身状態の悪化が継続していたため,上記時刻まで手術に踏み切ることができなかったものである(調書34ないし37頁)。 2 争点1(右鎖骨下カテーテルの役割,本件貯留液の性状)についての判断(1) 本件貯留液の貯留していた部位からすると,本件貯留液は右鎖骨下カテーテルから漏れ出したものであると認められるところ(このことは当事者間に争いがない。),前記のとおり,16時57分から本件カテーテルより輸血が開始されたのであって,16時30分には4.0であったヘモグロビン値が本件カテーテルが装着された後の17時50分には10.9まで回復したのに,19時50分には6.0まで再度低下したことは本件カテーテルから輸血用血液が漏れ出していたことをうかがわせるものである。被告病院のI医師も別訴の証人尋問において,上記ヘモグロビン値の推移等から輸血量と出血量が計算上合わなくなったため右鎖骨下カテーテルから漏れがあるのではないかと思ったことが21時52分の胸部レントゲン撮影の契機になったと供述し,その上で,本件貯留液の大半は血液であると供述していること(調書26ないし29頁,65ないし67頁)に照らしても,本件貯留液の性状は輸血用血液であると認められる。なお,甲B1号証によれば別訴における鑑定人も本件貯留液が血液であるとの判断を前提として被告病院の措置に不適切 9頁,65ないし67頁)に照らしても,本件貯留液の性状は輸血用血液であると認められる。なお,甲B1号証によれば別訴における鑑定人も本件貯留液が血液であるとの判断を前提として被告病院の措置に不適切な点があったかどうか等の検討を進めていることが認められる。 (2) 被告は,前記(第2の2(2))の①ないし⑤の根拠を挙げて本件貯留液は血液ではなく,輸液であった旨主張している。 まず,被告は,本件カテーテルは17時19分ころから,輸液用に替えられており,本件カテーテルから多量の輸血用血液が漏れ出すことはあり得ないとしたうえ,本件カテーテルを含む各カテーテルからの輸血及び輸液の種類,量の概略(別紙概略図)まで主張をしている。 確かに,本件カテーテルのほかに17時に右末梢静脈,17時19分には右そけい部のルートがそれぞれ確保されたことは認められるものの,この新しく確保されたルートを輸血用にし,本件カテーテルのルートを輸液用に替えた旨の診療録等の記載はなく,前記I医師の証言にもこのことをうかがわせるような部分はないことに照らすと,本件カテーテルを輸液用に替えたという被告の主張を直ちに採用することはできない。また,別紙概略図に関する被告の主張については,乙A10号証(I医師の陳述書)にはこれに沿う部分があるが,その内容が必ずしも従前の被告の主張と一致しないこと(乙A10号証の記載によれば,本件カテーテルは当初から輸液用であり,途中から輸液用に替えられたわけではない。),同号証では16時57分に右上肢から輸血を始めたとなっているが,他方,乙A1号証(11,12頁)には16時30分に末梢より採血及びルート確保不能のため右鎖骨下にカテーテルを挿入し,16時57分から輸血が開始され,その後17時に右末梢より血管が確保されたとの記載があり,この記載と16時57分 )には16時30分に末梢より採血及びルート確保不能のため右鎖骨下にカテーテルを挿入し,16時57分から輸血が開始され,その後17時に右末梢より血管が確保されたとの記載があり,この記載と16時57分に右上肢から輸血を始めたこととは食い違うこと,I医師が前記証人尋問において16時57分から輸血を開始したのは右鎖骨下のカテーテルからであると供述していること(調書62頁)に照らしても,乙A10号証中の上記部分は到底これを採用できない。 被告の②の主張も,看護記録(乙A1号証の115頁ないし117頁)の記載がどの部位のカテーテルからされたものであるかが一義的に明確ではないことによると,十分な根拠を有する主張ということはできない。③,④についても前記I医師の証言内容に照らし,理由のないものであり,特に④については,I医師は同証言に先立って,本件カテーテルに係る本件貯留液2200mlが血液であることを前提とするグラフ(乙A1号証27頁)を作成していること(調書26頁)に照らしても根拠に欠ける主張であることは明らかである。 3 争点2(被告病院医師の過失の有無)についての判断(1) 被告病院医師は,輸血による救命処置に関して,血液が漏出することのないように適切に輸血を施行,管理すべき注意義務があるものと認められるところ,前記に認定したように,被告病院医師は本件カテーテルの挿入位置が浅くこれが体動等によってはずれる可能性を認識していたこと,Eにはほぼ継続して相当激しい体動がみられたことからすれば,被告病院医師は,本件カテーテルがはずれ,輸血用血液が漏れ出す危険性を予見できたものと認められ,かつ,輸血の滴下の速度等を観察すること等によって早期に本件カテーテルの装着が不十分となって輸血用血液が漏れていることを発見できたと認められる。そうすると,輸血用血液 性を予見できたものと認められ,かつ,輸血の滴下の速度等を観察すること等によって早期に本件カテーテルの装着が不十分となって輸血用血液が漏れていることを発見できたと認められる。そうすると,輸血用血液を本件貯留液として貯留させたことについて,被告病院医師には上記の注意義務違反があったものと認められる。別訴における鑑定人も被告病院の対応の中で,本件カテーテルの管理が最も問題である旨指摘している(甲B1号証) 。 (2) 被告はこの点に関し,「Eは,被告病院に搬入された時点で重症ショック状態にあり,そのまま放置すれば死に至る状態であった。この時点においては,注意義務違反の存否は,通常の予定手術の場合に求められる全身管理,輸血等ができたか否かではなく,救急救命蘇生において必要な救命対応ができたか否かで判断しなければならない。」旨主張しているところ,その趣旨は,救急救命措置における輸血管理はその性質上,事前に十分準備された上で実施される手術の輸血管理に比べ,医療従事者に課される注意義務が軽減されてしかるべきである旨の主張とも解される。しかし,本件貯留液は約2200mlと多量に及ぶものであり,前記ヘモグロビン値の推移,輸血の滴下の速度等からすると少なくとも3時間以上にわたって被告病院医師は本件カテーテルの装着に不具合が生じ輸血の効果が得られていないのに気付かなかったものと推認することができ,被告病院医師の注意義務の違反の程度は軽いものとはいえない。したがって,救急救命措置においては注意義務が軽減されるか否かの問題に立ち入って判断するまでもなく,被告病院医師の過失が認められる。 4 争点3(被告病院医師の過失とEの死亡との因果関係)(1) 甲B3号証には,産後の大量出血のため緊急に子宮摘出手術が行われた25例を対象として調査を行ったところ,死亡事 の過失が認められる。 4 争点3(被告病院医師の過失とEの死亡との因果関係)(1) 甲B3号証には,産後の大量出血のため緊急に子宮摘出手術が行われた25例を対象として調査を行ったところ,死亡事例2例はいずれも出血開始から子宮摘出に着手するまでの時間が5時間以上を経過し,この間に2500ml以上の出血を起こしている事例であったこと,調査結果を踏まえて考察を加えた結果,保存療法が無効であり子宮摘出に踏み切らなければならないという判断は3時間以内に行うべきであり,手術に着手するまでの時間が遅いほどDIC,急性腎不全の発症が増加するとの結論に至った旨の記載がある。 甲B8号証(296,299頁)には,産後出血において個人差はあるが2000ml以上の出血は極めて危険であり,その後の経過で血栓及び栓塞,腎不全,DICなどを起こすことがある,母体死亡は出血死が第1位を占めている,止血法を尽くしても出血が続く場合は全身管理を行い手術可能な状態となりしだい速やかに開腹して子宮摘出をするべき旨の記載がある。 前記認定のようにEは輸血によって17時50分ころには幾分か状態が良くなっており,その後輸血が順調になされたならば,本件におけるより早期に止血のための子宮摘出手術を行うことができたであろうこと,しかるに右鎖骨下のカテーテルの管理が不適切で緊急かつ重大である輸血が3時間以上にわたって全く効果を上げていなかったことと上記医学上の知見を併せ考えると,被告病院医師の過失とEの死亡との間の因果関係を肯定すべきとする原告らの主張も相応の理由があるといえる。 なお,被告提出の意見書(乙B1号証)には本件貯留液がEの呼吸機能に影響を与えなかったことから因果関係が否定されるべきである旨の記述があるが,本件においては,本件貯留液によって呼吸機能が低下したか否かではなく,カ の意見書(乙B1号証)には本件貯留液がEの呼吸機能に影響を与えなかったことから因果関係が否定されるべきである旨の記述があるが,本件においては,本件貯留液によって呼吸機能が低下したか否かではなく,カテーテルの管理が不適切で輸血の効果が上がらなかったことが問題であるから同書証の上記の記述は因果関係の判断に当たって意味を持たない。 (2) しかしながら他方,Eは被告病院に搬入された時点においてすでに極めて重篤な状況であり,本件貯留液が排出された後,全身状態がわずかながら改善した際に,子宮摘出手術が行われ,その後Eは12時間以上を経て死亡しているという経過に照らすと,本件におけるよりも早期の子宮摘出手術がされたならば救命できたとは直ちに認め難い。前記別訴における鑑定人も被告病院において救命することは相当困難であったと考えられる旨を述べているところである(甲B1号証)。 (3) 以上に検討したところによれば,被告病院医師の過失がなければEがその死亡時点でなお生存していた高度の蓋然性が存するとまでは認められないから,被告病院医師の過失とEの死亡との因果関係はこれを認めることはできない。 しかし,上記に認定したところによると,被告病院医師の過失がなければ,Eは25日15時23分の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものと認められる。 5 争点4(損害額)についての判断(1) 逸失利益について4において認定したとおり,被告病院医師の過失とEの死亡との間の因果関係は認められないから,原告らの逸失利益の請求は理由がない。 (2) 慰謝料について本件のように医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども,その過失がなかったならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められる場合には,患者がその 本件のように医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども,その過失がなかったならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められる場合には,患者がその可能性を侵害されたことによって被った精神的損害が賠償されるべきであると解される(最高裁平成12年9月22日判決・民集54巻7号2574頁参照)。 4において摘示したところのほか,Eの年齢,家族関係,別訴における和解内容その他本件審理に現れた一切の事情に照らすと,上記侵害によってEの被った精神的損害は500万円をもって慰謝するのが相当である。 6 上記のとおりであり,被告は,不法行為責任に基づき,上記慰謝料額500万円についての各原告の相続分に従い,原告Cに対しては250万円,原告A及び原告Bに対してはそれぞれ125万円並びにこれらに対するEの死亡した日である平成8年1月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。 7 以上のとおりであって,原告らの被告に対する本件請求は,原告Cについては250万円,原告A及び原告Bついてはそれぞれ125万円並びにこれらに対する平成8年1月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文,65条1項を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官佐久間邦夫裁判官樋口英明裁判官横山真通 裁判官横山真通
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