主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告1に対し,1925万円及びこれに対する平成30年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告2に対し,275万円及びこれに対する平成30年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,優生保護法(平成8年法律第105号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく不妊手術(生殖線を切除することなしに,生殖を不能にする手術。以下「優生手術」という。)及び人工妊娠中絶手術(以下,優生手術と併せて「優生手術等」という。)を受けたとするB(以下「原告1」という。)と,その夫である被承継人A(以下単に「被承継人」という。)が有した本件に係る損害賠償請求権 を相続したC(以下「原告2」という。)が,優生保護法が憲法13条,14条1項,24条及び36条等に反しているにもかかわらず,①国会議員が,昭和23年に優生保護法を制定し,その後平成8年まで廃止する措置を講じなかったこと,②厚生大臣が,同法の施行下において,同法に基づく優生手術等を行わせないように通達・指導を発したり,同法改正のための法律案を提出したりしなかったこ と,③国会議員が,平成19年3月以降,優生手術等の被害者を救済する立法を制定しなかったこと,④厚生労働大臣が,平成19年3月以降,優生手術等による被害回復のための措置を講じなかったことがいずれも違法であるなどと主張して,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づく損害の賠償として,原告1について合計1925万円(原告1固有の損害賠償請求権 の一部請求として1100 であるなどと主張して,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づく損害の賠償として,原告1について合計1925万円(原告1固有の損害賠償請求権 の一部請求として1100万円〔慰謝料1000万円,弁護士費用100万円〕 を求めるものと,被承継人の損害賠償請求権のうち,原告1が相続した損害賠償請求権の一部請求として825万円を求めるものとの合計額。)及び原告2について275万円(被承継人の損害賠償請求権のうち,原告2が相続した損害賠償請求権の一部請求。)並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成30年8月31日から民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。) 所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払をそれぞれ求めている事案である。 なお,本件訴訟の提起時において,本件訴訟の原告は原告1及び被承継人(以下,両名を併せて「原告1夫妻」という。)であったが,被承継人は令和●年●月●日に死亡し,原告1及び原告2が,被承継人の被告に対する前記損害賠償請求 権を遺産分割協議により取得したと主張して,本件訴訟を承継した。 1 前提事実(証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)(1) 優生保護法の定めについて優生保護法は,昭和23年に,優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに,母性の生命健康を保護することを目的として制定されたものであ り,その概要は,次のとおりである。(甲1,5)ア優生手術について(ア) 優生手術は,「生殖腺を除去することなしに,生殖を不能にする手術で命令をもつて定めるもの」と定義され(2条1項),優生保護法施行規則1条は,男性に対する優生手術の術式として精管切除結さつ法及び精管離 断変位法を,女性 となしに,生殖を不能にする手術で命令をもつて定めるもの」と定義され(2条1項),優生保護法施行規則1条は,男性に対する優生手術の術式として精管切除結さつ法及び精管離 断変位法を,女性に対する優生手術の術式として卵管圧ざ結さつ法及び卵管間質部けい状切除法を定めていた。これらの術式は,いずれも精管や卵管を結さつ,又は切断及び結さつすることにより,生殖を不能とするものである。 (イ) 優生保護法は,医師の認定による優生手術(3条)と申請に係る審査を 要件とする優生手術(4条及び12条)を定めていた。 本件で問題となる医師の認定による優生手術については,医師が,3条1項各号に該当する者に対して,本人の同意及び配偶者(いわゆる事実婚にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て,優生手術を行うことができる(ただし,精神病者等についてはこの限りでない。)と定めていた。そして,同項1号は,「本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質,遺 伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有し,又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの」を定めていた。 イ人工妊娠中絶人工妊娠中絶とは,「胎児が,母体外において,生命を保続することのできない時期に,人工的に,胎児及びその附属物を母体外に排出すること」と定 義されていた(2条2項)。 人工妊娠中絶については,医師が,14条1項各号に該当する者に対して,本人の同意及び配偶者があるときはその同意を得て行うことができると定めていた。そして,同項1号は,「本人又は配偶者が精神病,精神薄弱,精神病質,遺伝性身体疾患又は遺伝性奇型を有しているもの」,同4号は,「妊娠 の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそ 号は,「本人又は配偶者が精神病,精神薄弱,精神病質,遺伝性身体疾患又は遺伝性奇型を有しているもの」,同4号は,「妊娠 の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」を定めていた。 また,人工妊娠中絶を受ける本人が精神病者又は精神薄弱者であるときは,配偶者等の同意をもって本人の同意とみなすことができると定めていた(14条3項)。 (2) 当事者ア原告1は,昭和●年●月●日,DとEとの間の三女として生まれた女性である。原告1は,昭和19年6月19日,Dの弟であるF及びその妻であるG(以下「養父母夫妻」という。)との間で,養父母夫妻を養父母,原告1を養女とする養子縁組をし,昭和52年2月12日,被承継人と婚姻した。(弁 論の全趣旨〔訴状,被承継人の戸籍の全部事項証明書〕) イ被承継人は,令和●年●月●日に死亡した。その法定相続人は,原告1,被承継人の甥である原告2及び被承継人の姪であったところ,この3名は,被承継人の被告に対する損害賠償請求権について,原告1がその4分の3を,原告2がその4分の1をそれぞれ相続して,被承継人の姪はこれを相続しない旨の遺産分割協議をし,原告1及び原告2が,本件訴訟を承継した。(弁論 の全趣旨〔原告ら訴訟代理人作成に係る令和元年11月14日付け届出書及び令和2年11月4日付け上申書,被承継人の戸籍の全部事項証明書〕)ウ Iは,昭和55年,養父母夫妻の養子であるJ(原告1の弟)と婚姻し,養父母夫妻及びJと共に,原告1夫妻の住居の近くに住んでいた。(証人I〔1,12頁〕) (3) 本件訴訟の提起原告1夫妻は,平成30年6月28日,本件訴訟を提起し,訴状副本は,同年8月30日, に,原告1夫妻の住居の近くに住んでいた。(証人I〔1,12頁〕) (3) 本件訴訟の提起原告1夫妻は,平成30年6月28日,本件訴訟を提起し,訴状副本は,同年8月30日,被告に送達された。 2 争点及びこれに対する当事者の主張(1) 原告1に対する優生手術及び優生保護法14条1項1号に基づく人工妊娠 中絶手術(優生手術等)の有無(争点1)(原告らの主張)ア原告1は,昭和52年2月12日,被承継人と婚姻し,昭和56年に妊娠した。Iは,原告1が知的障害を有していることを理由として出産に強く反対し,被承継人に対し,原告1に優生手術等を受けさせるための同意書に署 名するように迫った。被承継人は,同意書に署名するまでIがその場から動こうとしなかったことから,断腸の思いで署名をした。そして,原告1は,昭和56年6月12日,K病院に連れて行かれて,優生手術等を受けた。 イ原告1が知的障害を負っていたこと,優生手術を受けるに当たって被承継人が同意をしたことからすれば,原告1が受けた優生手術は,優生保護法3 条1項に基づいて行われたものである。 また,原告1が知的障害を負っていたこと,被承継人は人工妊娠中絶に同意したものの,原告1は同意を求められていないことからすれば,原告1が受けた人工妊娠中絶手術は,原告1が精神薄弱であることを理由として,被承継人の同意をもって原告1の同意とみなし(優生保護法14条3項),同条1項1号に基づいて行われたものである。 (被告の主張)ア原告1が優生手術を受けたことは否認する。原告1が優生手術を受けたことを裏付ける客観的な証拠はなく,原告1が優生手術を受けたとする被承継人の供述も信用できない。 イ 告の主張)ア原告1が優生手術を受けたことは否認する。原告1が優生手術を受けたことを裏付ける客観的な証拠はなく,原告1が優生手術を受けたとする被承継人の供述も信用できない。 イ原告1が受けた人工妊娠中絶手術が優生保護法14条1項1号に基づく ものであったかについては知らない。 (2) 国会議員が平成8年まで優生保護法を廃止する措置を講じなかったことの違法性(争点2)(原告らの主張)ア優生保護法3条(優生手術)に関する規定の違憲性 (ア) 子を生むか否かは,人としての生き方の根幹に関わる決定であり,子を産み育てるか否かを自らの自由な意思で決定することは,幸福追求権としての自己決定権として憲法13条及び24条によって保障されるとともに,性と生殖に関する権利(リプロダクティブ・ライツ)としても,憲法13条及び24条によって保障されている。また,憲法24条2項は,子 を持つか否かを含む家族形成権を保障している。優生保護法3条は,医師の認定による優生手術について,本人の同意を要件としていた。しかし,優生手術の対象者は,被告から「不良」であるとみなされ,子を出産しないように不当な働きかけを受ける立場に置かれていたのであるから,自己決定権が阻害されていた。そうすると,医師の認定による優生手術を定め る同条は,本人の同意が自由な意思決定に基づく真の同意とは評価できな い以上,強制的な優生手術の実施を認めるものであるから,対象者の自己決定権,性と生殖に関する権利及び家族形成権を侵害するものとして,憲法13条及び24条に違反する。 (イ) 優生保護法は,特定の疾患や障害を有している者を「不良」であるとみなし,合理的な理由なく優生手術の対象としているのであるか 権を侵害するものとして,憲法13条及び24条に違反する。 (イ) 優生保護法は,特定の疾患や障害を有している者を「不良」であるとみなし,合理的な理由なく優生手術の対象としているのであるから,平等原 則を定める憲法14条1項に違反する。 (ウ) 優生手術は,人が生まれながらに有する身体機能を不可逆的に奪うものであるから,身体の不可侵性を保障する憲法13条に違反している。また,優生保護法は,「不良」であるとみなした国民に優生手術を強制していたものと評価できるから,残虐な刑罰の絶対的な禁止を定める憲法36条に 違反する。 イ優生保護法14条1項1号(人工妊娠中絶)に関する規定の違憲性優生保護法14条1項1号及び同条3項によれば,精神薄弱であることを理由として,妊娠した本人の同意なく人工妊娠中絶を行うことができる。そうすると,同条1項1号に基づく人工妊娠中絶は,リプロダクティブ・ライ ツを保障する憲法13条,及び家族に関する事項について個人の尊厳に立脚することを保障する憲法24条2項に違反する。 また,「精神薄弱」を理由として本人の同意なく人工妊娠中絶を行い得る旨定めていることは,社会的身分を理由とする差別であるから,憲法14条1項に違反する。 ウ優生保護法を平成8年まで廃止しなかったことの違法性以上のように,優生保護法は,国民の憲法上の権利を侵害する違憲立法であるにもかかわらず,国会議員は,昭和23年の制定当時から平成8年にまでの長きにわたって同法を廃止しなかった。このような国会議員の不作為は,国賠法上違法である。 (被告の主張) 原告らが主張するとおり,国会議員の不作為が違法であることを理由として国家賠償 廃止しなかった。このような国会議員の不作為は,国賠法上違法である。 (被告の主張) 原告らが主張するとおり,国会議員の不作為が違法であることを理由として国家賠償請求権が発生したとしても,同請求権は除斥期間の経過により消滅した。 (3) 厚生大臣が,優生保護法の施行下において,同法に基づく優生手術等を行わせないように通達・指導を発したり,同法改正のための法律案を提出したりし なかったことの違法性(争点3)(原告らの主張)優生保護法は,前記(2)の(原告らの主張)のとおり憲法に反する立法であった。そのため,厚生大臣は,同法を所管する厚生省の長として,優生手術等が実施されないように通達・指導を発し,また,同法の優生手術等に関する規定 を削除した法律改正案を国会に提出する義務を負っていたにもかかわらず,平成8年に同法が改正されるまでの間,かかる義務を怠った。この厚生大臣の義務違反は,国賠法上違法である。 (被告の主張)原告らが主張するとおり,厚生大臣の義務違反があることを理由として国家 賠償請求権が発生したとしても,同請求権は除斥期間の経過により消滅した。 (4) 国会議員が,平成19年3月以降,優生手術等の被害者を救済する立法を制定しなかったことの違法性(争点4)(原告らの主張)ア優生保護法は,平成8年に廃止されるまで適法な法律として存在しており, 同法を違憲とする判決は存在せず,その違憲性を指摘する学説も広く認知されていなかった。また,優生手術等の被害者は,「不良」であるとみなされて,社会的に差別されていたのであるから,国家賠償請求訴訟を提起して,優生手術等の違法性を主張して被害回復を図ることは困難であった。 いなかった。また,優生手術等の被害者は,「不良」であるとみなされて,社会的に差別されていたのであるから,国家賠償請求訴訟を提起して,優生手術等の違法性を主張して被害回復を図ることは困難であった。そうすると,優生手術等による被害を回復するためには,国賠法とは別に,優生手術等の 被害者の特性や被害の内容等に配慮した特別の補償法を制定する必要があ った。 国会議員は,遅くとも平成16年3月の参議院厚生労働委員会において優生手術の被害者に対する補償の必要がある旨の厚生労働大臣の発言があった時点において,優生手術等による人権被害の重大性及び被害回復の必要性を明確に認識し得た。それにもかかわらず,国会議員は,立法に必要な合理 的期間である3年が経過した平成19年3月以降から現在に至るまで国賠法とは別の特別の補償法を制定していない(平成31年4月に制定された「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」によって支払われる金銭の法的性質は賠償金ではないから,この法律をもって国賠法とは別の特別の補償法を制定したということはでき ない。)。したがって,国会議員が,平成19年3月以降,国賠法とは別の特別の補償法を制定しなかったことは,国家賠償権を保障する憲法17条に反するものであり,国賠法上違法である。 イまた,憲法13条は特別の犠牲を強制されない権利を保障しているところ,特別の犠牲を強制された場合には補償請求権が発生する。仮に,憲法13条 が特別の犠牲を強制されない権利を保障しているとはいえないとしても,全体の公益を図るとの名目で特定の個人に対し特別の犠牲が強いられ,これについての補償がされていない場合には,公平負担の原則(特定の人や集団に損害を甘受させることが正義と ているとはいえないとしても,全体の公益を図るとの名目で特定の個人に対し特別の犠牲が強いられ,これについての補償がされていない場合には,公平負担の原則(特定の人や集団に損害を甘受させることが正義と公平に反するため,金銭填補という形で全体において負担すべきという原則)並びに憲法13条,14条及び25条の精 神・趣旨に基づき補償請求権が発生する。そして,前記アのとおり,優生手術等の被害者が国家賠償請求訴訟を提起することが困難であったこと,国会議員は遅くとも平成16年3月には優生手術等による人権被害の重大性及び被害回復の必要性を明確に認識し得たことからすれば,国会議員が,平成19年3月以降,優生手術等による被害を補償する立法を制定しなかったこ とは,公平負担の原則並びに憲法13条,14条及び25条の精神・趣旨に 違反するものであるから,国賠法上違法である。 (被告の主張)ア本争点に係る原告らの主張は,要するに,争点2に係る国会議員の立法不作為と相当因果関係を有する損害について,国会議員が国賠法とは別の金銭補償に関する立法措置を講ずる義務を負っていたことを前提として,その義 務違反を主張して,上記損害に係る金銭賠償を求めるものに他ならない。このような主張が認められるとすれば,例えば,争点2に係る立法不作為に基づく損害賠償請求権が除斥期間の経過等により消滅した場合でも,別途,同じ損害について金銭賠償を受けられるという結果を招来することとなり,国賠法4条により適用される民法724条の趣旨を没却するものである。した がって,本争点について,争点2に係る国会議員の立法不作為と独立して別個の不法行為を構成する余地はないというべきである。 イ優生手術等の被害者を救済する制度としては,国賠法が昭和22年の がって,本争点について,争点2に係る国会議員の立法不作為と独立して別個の不法行為を構成する余地はないというべきである。 イ優生手術等の被害者を救済する制度としては,国賠法が昭和22年の施行以来存在し,これにより被告に対する損害賠償請求権を行使する機会が確保されているところ,同法とは別の補償法を制定する立法措置を講じることが 必要不可欠であり,それが明白であったとはいえない。そのため,国会議員に原告らが主張する立法措置を講ずる義務があったとはいえず,同法上違法と評価されることはない。 また,原告らは,憲法13条により特別の犠牲を強制されない権利の侵害に対して補償請求権が発生するとか,公平負担の原則並びに憲法13条,1 4条及び25条により補償請求権が発生するなどと主張するが,公平負担の原則並びに憲法13条,14条及び25条から原告らが主張するような補償請求権が発生すると解することはできない。 さらに,原告らが主張する損害は優生手術等によって生じた損害であるところ,かかる損害と原告らが主張する国会議員の不作為との間に相当因果関 係は認められない。 (5) 厚生労働大臣が,平成19年3月以降,被害回復のための措置を講じなかったことの違法性(争点5)(原告らの主張)厚生労働省は,一般に社会保障制度に関する行政事務を司り,障害者の福祉の増進・保健の向上に関する事務を所轄しているのであるから,優生手術等に 関する最高責任者として,優生手術等による被害回復のための措置を講じるべき役割を実質的に担っていた。そして,厚生労働大臣は,平成16年3月,参議院厚生労働委員会において,優生手術の被害者に対する補償の必要がある旨の発言をしているのであるから,この ための措置を講じるべき役割を実質的に担っていた。そして,厚生労働大臣は,平成16年3月,参議院厚生労働委員会において,優生手術の被害者に対する補償の必要がある旨の発言をしているのであるから,この時点において被害回復のための措置を講じる必要があることを認識していた。そのため,厚生労働大臣は,同月から調 査・対策に必要な合理的期間である3年が経過した平成19年3月までに,優生手術等の被害に対する補償制度を設けたり,補償のための予算案を作成したりするなど,被害回復のための適切な措置を講じる義務があったにもかかわらず,これを怠り,被害救済の前提となる実態調査も行わず,被害者の救済・補償に向けて何らの措置を講じなかったのであるから,この厚生労働大臣の不作 為は,国賠法上違法である。 (被告の主張)優生手術等の被害者を救済する制度としては国賠法が存在していたのであるから,国会に対して法律案の提出権を有する内閣の一員である厚生労働大臣が,被害救済のための法律案や予算案を提出する義務を負っていたとはいえな い。したがって,原告らが主張する厚生労働大臣の権限不行使は,同法上違法と評価されることはない。 また,原告らが主張する損害は優生手術等によって生じた損害であるところ,かかる損害と原告らが主張する厚生労働大臣の権限不行使との間に相当因果関係は認められない。 (6) 原告らの損害等(争点6) (原告らの主張)原告1夫妻は,原告1に人工妊娠中絶手術が実施されたことによって,待ち望んでいた子の出生の機会を奪われ,さらに優生手術の実施により,子をもうけて育てることができなくなったのであり,リプロダクティブ・ライツが侵害された。したがって,原告1夫妻が優生手術等により被 待ち望んでいた子の出生の機会を奪われ,さらに優生手術の実施により,子をもうけて育てることができなくなったのであり,リプロダクティブ・ライツが侵害された。したがって,原告1夫妻が優生手術等により被った精神的苦痛は甚大 であり,これに対する慰謝料はそれぞれ3000万円を下らず,弁護士費用はそれぞれ300万円が相当である。 本件において,原告1は,原告1固有の損害賠償請求権の一部である1100万円(慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円)と被承継人から相続した被告に対する損害賠償請求権(なお,相続分は4分の3である。)の一部で ある825万円との合計額である1925万円を請求し,原告2は,被承継人から相続した被告に対する損害賠償請求権(なお,相続分は4分の1である。)の一部である275万円を請求する。 (被告の主張)原告1夫妻の損害については知らない。 原告らの請求については争う。 (7) 除斥期間の適用の可否(争点7)(被告の主張)ア除斥期間の経過仮に,国会議員が優生保護法を平成8年まで廃止する措置を講じなかった こと,又は厚生大臣が優生手術等を行わせないように通達・指導を発したり,優生手術等に関する規定を削除して優生保護法を改正する法律案を提出したりしなかったことによって,原告1夫妻が,被告に対する国賠法に基づく損害賠償請求権を取得したとしても,同請求権は,除斥期間により「不法行為の時」から20年が経過した時に消滅する(国賠法4条,民法724条後 段)。そして,本件における「不法行為の時」は,原告1に対して優生手術等 が実施されたと主張する昭和56年6月12日と解するのが相当であるから,原告1夫妻の損害賠償請求権は,平成13 段)。そして,本件における「不法行為の時」は,原告1に対して優生手術等 が実施されたと主張する昭和56年6月12日と解するのが相当であるから,原告1夫妻の損害賠償請求権は,平成13年6月12日の経過をもって消滅した。 イ原告らの主張に対する反論原告らは,民法724条後段の期間制限の法的性質が消滅時効であるとし て,その起算点については,被害者にとって客観的に権利行使が可能になる程度に損害が顕在化した時であると解すべきと主張する。しかし,最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁によれば,民法724条後段が除斥期間を定めた規定であることは明らかであるし,原告らが主張する起算点の解釈は,被害者の主観的な認識を介在させる ものであって,法律関係の画一的な確定を図るという除斥期間の趣旨・性質に反するものである。 また,原告らは,被告が本件において除斥期間を主張することが信義則及び権利濫用である旨主張するが,最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁に明らかに反するものである。 さらに,原告らは,本件において,国賠法4条及び民法724条後段を適用することは,憲法17条に反し違憲である旨主張する。しかし,本件においては,国賠法4条及び民法724条後段の憲法17条適合性について,一般的な法令審査を行えば足りるところ,これらはいずれも憲法17条に違反せず,また,優生手術等を受けた者が取得する損害賠償請求権についても, 当然にその適用が予定されている。したがって,原告らの適用違憲の主張は,一般的合憲性が認められる国賠法4条及び民法724条後段が当然に適用を予定している場合の一部につき違憲と主張するものにほかならず,主張自体失当で 定されている。したがって,原告らの適用違憲の主張は,一般的合憲性が認められる国賠法4条及び民法724条後段が当然に適用を予定している場合の一部につき違憲と主張するものにほかならず,主張自体失当である。 (原告らの主張) ア民法724条後段の起算点 (ア) 民法724条後段の期間制限の法的性質は,消滅時効に準じて解すべきである。そして,不法行為による損害の発生を待たずに期間制限の起算を認めると,被害者にとって著しく酷であり,加害者としても,自己の行為により生じ得る損害の性質からみて,不法行為の時から相当の期間が経過した後に,被害者から損害賠償の請求を受けることを予期すべきと評価さ れる場合には,被害者にとって客観的に権利行使が可能になる程度に損害が顕在化した時を,期間制限の起算点と解すべきである。 (イ) 原告1は,昭和56年6月12日に優生手術等を受けたが,この当時,優生手術等は優生保護法に基づく適法なものであったから,原告1夫妻がこれらの違憲性及び違法性を理解し,国家賠償請求訴訟を提起することは 不可能であった。また,被告は,同法を制定した上に,自ら学校教育等を通じて優生思想(優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するという考え方)を社会に流布していたため,優生手術等の対象者に対する国民からの差別や偏見は強化されていた。このような状況において,国家賠償請求訴訟を提起することは,さらなる差別を生み出す可能性が高かった。 (ウ) そうすると,原告1が優生手術等を受けた昭和56年6月12日において,原告1夫妻にとって客観的に権利行使が可能になる程度に損害が顕在化していたとはいえず,さらに,被告が,優生保護法が改正された平成8年以降も,優生手術等が適法である けた昭和56年6月12日において,原告1夫妻にとって客観的に権利行使が可能になる程度に損害が顕在化していたとはいえず,さらに,被告が,優生保護法が改正された平成8年以降も,優生手術等が適法である旨主張していたことからすれば,原告1夫妻にとって客観的に権利行使が可能になる程度に損害が顕在化した のは,優生手術の被害者が仙台地方裁判所に国家賠償請求訴訟を提起したことが報道された平成30年1月30日であり,また,早くともハンセン病患者に対する優生手術の人権侵害に言及した熊本地方裁判所のらい予防法違憲国家賠償請求事件の判決言渡し日である平成13年5月11日である。したがって,原告らの被告に対して有する損害賠償請求権は,民 法724条後段の期間制限を経過していない。 イ民法724条後段の適用が制限されるべきであること(ア) 仮に,民法724条後段が除斥期間を定めた規定であるとしても,当該事案における損害の重大性,権利行使の現実的可能性等を考慮して除斥期間の適用を認めることが正義・公平の理念に反する結果になる場合には,信義則・権利濫用によりその適用は制限されると解すべきである。被告が 挙げる判例でも,信義則・権利濫用の主張を排斥した部分は判例要旨に含まれていないし,そもそも最高裁判所自身,「正義・公平の理念」を理由として除斥期間の適用を制限した事例がある(最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁,最高裁判所平成21年4月28日第三小法廷判決・民集63巻4号853頁など。)。 (イ) 原告1夫妻は,優生手術等により自己決定権及びリプロダクティブ・ライツを侵害されたのであるから,被害の程度は重大である。また,前記ア(イ)のとおり,優生手術等の被害 (イ) 原告1夫妻は,優生手術等により自己決定権及びリプロダクティブ・ライツを侵害されたのであるから,被害の程度は重大である。また,前記ア(イ)のとおり,優生手術等の被害者は,被告により,被害回復を図るための権利行使が困難にされていた。 (ウ) したがって,本件において除斥期間を適用すれば,正義・公平に著しく 反する結果となることは明らかであるから,信義則・権利濫用により除斥期間の適用は制限されると解すべきである。 ウ除斥期間の規定を本件に適用することが違憲であること(ア) 国賠法4条,民法724条後段が適用されると,優生手術等の被害者が被告に対して有する国家賠償請求権(憲法17条)が消滅するところ,公 務員の不法行為による国家賠償責任を免除等する法律の規定が同条に適合するかどうかは,当該行為の態様,これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度,免責等の範囲及び程度等に応じ,当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段としての合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。 (イ) 本件における不法行為の態様は,優生思想に基づき,自己決定権及びリ プロダクティブ・ライツという重要な人権を侵害するものであり,さらに,優生手術に関しては生殖機能を不可逆的に奪うものである。また,責任制限の範囲は全部免責である。 除斥期間の目的は法律関係を画一的に安定させる点にあるところ,優生手術等の被害者は,極めて深刻な人権侵害を受けており,かつ,前記ア(イ) のとおり,被告により,被害回復を図るための権利行使を困難にさせられていたのであるから,このような被害者救済との関係において,除斥期間の目的の正当性が認められる余地はない。また,除斥期間を適 のとおり,被告により,被害回復を図るための権利行使を困難にさせられていたのであるから,このような被害者救済との関係において,除斥期間の目的の正当性が認められる余地はない。また,除斥期間を適用することは,優生手術等の被害者の被害回復を全面的に否定することになるのであるから,手段としての合理性及び必要性も認められない。 (ウ) したがって,国賠法4条,民法724条後段は,優生手術等の被害者の国家賠償請求権の行使を否定する限りにおいて,除斥期間を適用する目的の正当性並びに手段の合理性及び必要性は存在しないから,憲法17条に反して違憲である。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前記前提事実及び後掲の証拠によれば,以下の事実が認められる。 (1) 原告1は,昭和●年●月●日,DとEとの間の三女として生まれ,昭和19年6月19日,養父母夫妻との間で,養子縁組をした。(前提事実(2)ア)(2) 原告1は,乳幼期に熱病を患い,これが原因で知的障害を負った。(甲25, 27〔5頁〕)(3) 原告1は,昭和52年2月12日,被承継人と婚姻した。(前提事実(2)ア)(4) Iは,昭和55年,養父母夫妻の養子であるJ(原告1の弟)と婚姻した。 Iは,養父母夫妻及びJと共に,原告1夫妻の住居の近くに住んでおり,両名に対して自宅の風呂を使用させることもあった。(前提事実(2)ウ,証人I〔1 頁〕) (5) 原告1は,昭和56年,被承継人との間の子を妊娠したが,同年6月12日,K病院において,人工妊娠中絶手術を受けた。(甲18,27〔1頁〕,原告1本人〔4~6頁〕,証人I〔2頁〕)(6) 原告1は,前記(5)の人工妊娠中絶手術を受けて以降,子を妊娠することはなかっ K病院において,人工妊娠中絶手術を受けた。(甲18,27〔1頁〕,原告1本人〔4~6頁〕,証人I〔2頁〕)(6) 原告1は,前記(5)の人工妊娠中絶手術を受けて以降,子を妊娠することはなかった。(原告1本人〔6頁〕,証人I〔4頁〕) 2 原告1に対する優生手術の有無(争点1)について(1) 原告らは,Iが,原告1の知的障害を理由として出産に強く反対し,被承継人に対して,原告1に優生手術を受けさせるための同意書に署名するように強く迫って,同意書に署名させ,その後,原告1は,K病院に連れて行かれて,優生保護法3条1項に基づく優生手術を受けたと主張する。 被承継人も,原告ら訴訟代理人に対して,①Iから,原告1は低能であるため子を産んでも育てることはできないなどと言われ,「優生保護何とかっていう」「紙切れ」に署名するように迫られたため,これに署名したところ,原告1がK病院に連れて行かれて2日間程度入院した,②その後,義母であるGから,「もう,あとできないように」,「全部取っちまった」と言われたなど,原告ら の上記主張に沿う供述をする(甲27〔7,8,12,15,21頁〕)。 (2) そこで検討するに,被承継人の上記供述は反対尋問を経ていないから,その信用性は慎重に吟味する必要があるところ,本件訴訟において,医師の意見書や手術痕の写真などといった,原告1が優生手術を受けたことを裏付ける客観的な証拠は提出されていない。かえって,北海道立心身障害者総合相談所が作 成した相談記録票(甲25・3枚目)には,原告1が過去に人工妊娠中絶手術を受けた旨の記載はあるものの,優生手術に関する記載はない。 また,Iは,①原告1が妊娠したのは,自身がJと婚姻した直後であって,婚家において意見が通る時期ではなかったから,原告 に人工妊娠中絶手術を受けた旨の記載はあるものの,優生手術に関する記載はない。 また,Iは,①原告1が妊娠したのは,自身がJと婚姻した直後であって,婚家において意見が通る時期ではなかったから,原告1の妊娠について何ら口出しをしていないこと,②原告1夫妻及び養父母夫妻の4名による話合いによ って,原告1が人工妊娠中絶手術を受けることになったこと,③原告ら訴訟代 理人から手紙をもらうまで,原告1が優生手術を受けたことについて聞いたことがなかったことなど,被承継人の供述とは異なる内容を述べる(証人I〔2,6,9,14,15頁〕)。原告1が妊娠した昭和56年は,IとJの婚姻から1年しか経過していないところ(認定事実(4),(5)),このような状況において,Iが,原告1の出産に関して積極的に意見を述べる立場にあったとは考え難い ことからすれば,Iの上記供述が不自然不合理であるとはいえない(原告1本人も,Iからおろした方が良いと言われたと述べるにとどまり〔原告1本人3頁〕,その余のIの関与については特に述べていないのであって,被承継人の供述とは必ずしも整合しない。)。 そうすると,原告1が優生手術を受けた点についての被承継人の供述を採用 することはできない。また,原告1が人工妊娠中絶手術を受けた後,子を妊娠することがなかったとしても,優生手術を受けたこと以外に原因が考えられないというものではない。そして,その他に原告1が優生手術を受けたことを認めるに足りる証拠は見当たらない。 (3) したがって,原告1に対し,優生保護法3条1項に基づく優生手術が実施さ れたとは認めるに足りない。 3 原告1が受けた人工妊娠中絶手術が優生保護法14条1項1号に基づくものであったか否か(争点1)について(1) 原告らは, 条1項に基づく優生手術が実施さ れたとは認めるに足りない。 3 原告1が受けた人工妊娠中絶手術が優生保護法14条1項1号に基づくものであったか否か(争点1)について(1) 原告らは,被承継人は人工妊娠中絶に同意したものの,知的障害のあった原告1は同意を求められていないことからすれば,原告1が受けた人工妊娠中絶 手術は,原告1が精神薄弱であることを理由として,優生保護法14条1項1号に基づいて行われたものであると主張する。 (2) しかし,原告1夫妻の各供述に照らしても,人工妊娠中絶を受けた際,原告1の同意を求められなかったか否かは定かでない。むしろ,①原告1も,妊娠した子をおろすことを認識した上で,人工妊娠中絶手術を受けたと認められる こと(原告1本人〔4頁〕)や,②人工妊娠中絶手術を受けることは,養父母夫 妻及び原告1夫妻が話し合って決めたと認められること(前記2(2))からすれば,人工妊娠中絶について原告1が同意を求められなかったとは,直ちには認め難いというべきである。 また,優生保護法は,妊娠の継続又は分娩が経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのある場合においても人工妊娠中絶を行うことができる 旨を定めていた(14条1項4号)。Iは,①昭和56年当時,原告1夫妻は毎月金銭を借りに来ていたこと,②原告1の妊娠が判明した際,養父母夫妻が,「今でも生活が苦しくてお金を借りに来るんだから,おのずと分かっている答えだ。」と言った旨を述べるところ(証人I〔1~3,8頁〕),その信用性を疑わせる事情は特に見当たらない。これによれば,原告1が受けた人工妊娠中絶 手術が,優生保護法14条1項4号に基づくものであった可能性も否定できない。 そして,他に原告1が受けた人工妊娠中絶手術が, 事情は特に見当たらない。これによれば,原告1が受けた人工妊娠中絶 手術が,優生保護法14条1項4号に基づくものであった可能性も否定できない。 そして,他に原告1が受けた人工妊娠中絶手術が,優生保護法14条1項1号に基づくものであったことを認めるに足りる証拠は見当たらない。 (3) したがって,原告1が受けた人工妊娠中絶手術が,優生保護法14条1項1 号に基づくものであったとは認めるに足りない。 4 まとめ以上の次第であって,①原告1に優生保護法3条1項に基づく優生手術が実施されたとも,②原告1が受けた人工妊娠中絶手術が,同法14条1項1号に基づくものであったとも認めるに足りないから,その余の争点について判断するまで もなく,原告らの請求はいずれも理由がない。 第4 結論よって,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 札幌地方裁判所民事第3部 裁判長裁判官髙木勝己 裁判官小西俊輔 裁判官豊富育
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