- 1 - 令和5年10月3日東京地方裁判所刑事第13部宣告令和2年特(わ)第327号覚せい剤取締法違反被告事件 主文 被告人は無罪。 理由 第1 総論 1 本件公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、令和元年12月下旬頃から令和2年1月8日までの間に、東京都内、栃木県内、埼玉県内、長野県内、神奈川県内、静岡県内又はその周辺において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し、もって覚せい剤を使用した」というものである。 2 本件の争点は、第1に、被告人の尿から覚醒剤成分が検出された旨の鑑定書等(甲1ないし4、14ないし33、35ないし37及び40ないし44。以下「本件鑑定書等」という。)が、違法収集証拠にあたり証拠能力が否定されるか否か、第2に、被告人に覚醒剤使用の故意が認められるか否かである。 当裁判所は、本件鑑定書等は違法収集証拠にあたらず証拠能力は否定されないものの、被告人に覚醒剤使用の故意があったとは認められないと判断した。 以下、詳述する。 第2 本件鑑定書等が違法収集証拠として証拠能力が否定されないこと 1 令和2年1月8日、被告人使用車両であるマセラティ(以下「本件車両」という。)の捜索差押え(以下「本件捜索」という。)が行われた(甲62)。 その際、本件車両内から覚醒剤様の物が発見され、予試験が行われた結果、覚醒剤の陽性反応が出たため、被告人は覚せい剤取締法違反(所持)の罪で現行犯人逮捕された(甲7、10)。そして、その身柄拘束期間に被告人の任意採尿が行われ、被告人の尿から覚醒剤成分が検出された(甲3、4)。 弁護人は、①本件捜索は、捜索を実施する必要性が乏しい旅券法違反の名目- 2 - で、もっぱら薬物を発見する目的 被告人の任意採尿が行われ、被告人の尿から覚醒剤成分が検出された(甲3、4)。 弁護人は、①本件捜索は、捜索を実施する必要性が乏しい旅券法違反の名目- 2 - で、もっぱら薬物を発見する目的で行われたものであって、別件捜索差押えに当たること、②警察官らは本件覚醒剤について適法な手続を踏むことなく無令状かつ無承諾で予試験を実施していることなどから、本件捜索、予試験及びそれらを前提とする本件逮捕手続には令状主義を潜脱する重大な違法があるとし、押収された覚醒剤等に加え、違法な身柄拘束を利用して得られた被告人の尿に関する本件鑑定書等も違法収集証拠として排除されるべきであると主張する。 2 判断の前提となる認定事実⑴ 令和2年1月7日、警察官らは、被告人がAと共謀の上、一般旅券発給申請書に、起訴され判決確定前の状態でない旨の虚偽の記載をして同申請書を提出するなどして、一般旅券の交付を受けたという旅券法違反(以下「本件旅券法違反」という。)の被疑事実で逮捕状の発付を受けるとともに、本件車両や被告人の所持品等についての捜索差押許可状の発付を受けた(弁28、30、34)。 ⑵ 同月8日午後2時55分から、警察官らは、前記捜索差押許可状に基づき、本件車両の捜索差押えを開始した(甲62、63)。本件捜索では、午後3時6分頃までの間に、被告人名義の自動車運転免許証や携帯電話機、SDカードなどが発見され、押収された(甲62、63、弁40)。また、同日午後3時13分頃、本件車両後部座席から医療用注射器の外箱やボストンバッグ等も発見され、写真が撮影された(甲10、弁40)。同日午後3時53分頃から午後4時19分頃までの間に、本件車両後部座席にあった前記ボストンバッグの中から覚醒剤と認められる白色結晶が発見され、同白色結晶について予試験が行われた。 甲10、弁40)。同日午後3時53分頃から午後4時19分頃までの間に、本件車両後部座席にあった前記ボストンバッグの中から覚醒剤と認められる白色結晶が発見され、同白色結晶について予試験が行われた。 ⑶ 予試験は、本件車両後部座席に被告人と警察官が並んで座り、被告人の面前でパケが茶箱上に並べられた状態で、実施された。その間、被告人は、本件車両内にあったペットボトルの水を飲むなどしており、警察官の行為を制止するような言動はなかった(被告人公判供述32ないし35頁、弁40)。 - 3 - ⑷ 予試験の結果、覚醒剤の陽性反応が出たため、被告人は、同日午後4時頃、覚せい剤取締法違反(所持)の被疑事実で現行犯人逮捕され(甲7、10、弁40)、同日午後4時27分頃、旅券法違反の被疑事実でも通常逮捕された(弁33)。 ⑸ さらに、警察官らは、同日午後4時47分頃から、被告人が経営する株式会社Bの事務所やAの住居等の捜索を行い、被告人名義の旅券のカラーコピー、被告人の顔写真などを押収した(甲64ないし67)。 3 検討⑴ 別件捜索差押えの主張について(①の点)本件旅券法違反の罪(旅券法23条1項)は、法定刑が5年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又は併科と定められており、それ自体相応に重い罪である。また、被告人が不正に交付を受けたとされる旅券によって、短期間とはいえ現に国外に出国していたことや被告人の前科関係等に照らせば、本件旅券法違反の罪が認定できれば、その犯情は必ずしも軽いものとはいえない。加えて、本件旅券法違反は、被告人が経営する会社の従業員であるAとの共犯事件であったことなども踏まえると、捜査機関として、本件旅券法違反についての捜査を進めるためには、被告人及びAの所持品等を捜索し、旅券の発給申請に用いられた各種データ る会社の従業員であるAとの共犯事件であったことなども踏まえると、捜査機関として、本件旅券法違反についての捜査を進めるためには、被告人及びAの所持品等を捜索し、旅券の発給申請に用いられた各種データや書面等を押収するとともに、被告人とAとの共謀の有無等に関して携帯電話機等の物品を押収する必要性があったと認められ、実際に、捜査機関は、Aの住居等でも捜索差押えを実施している。そうすると、本件捜索が同法違反の名目でもっぱら薬物を発見する目的で行われたとはいえない。被告人が本件旅券法違反では起訴されていないこと、警察官らが、本件捜索を行うに当たり、薬物検査キット等を準備していたことなどの事情を踏まえても、前記判断は左右されない。 ⑵ 無令状かつ無承諾で予試験が実施されたとの主張について(②の点)本件捜索で発見された覚醒剤は、本件旅券法違反に係る捜索差押許可状の- 4 - 対象外の物であるから、これを発見した警察官らは、改めて令状を請求するのでなければ、被告人に対して任意提出を求めた上で、被告人の承諾を得て予試験を実施する必要があった。 この観点から本件事実経過を改めてみると、確かに、予試験について被告人の明示的な承諾を得たかどうかは判然としない。もっとも、前記認定のとおり、被告人は、隣に座った警察官が予試験等を実施している間、その様子を間近で見ながらペットボトルの水を飲むなどしていたのであり、それを制止したり、抗議するなどした様子は一切ない。そうすると、この点に関する警察官らの供述の信用性如何に関わらず、被告人は、予試験の実施について、少なくとも黙示的に承諾をしていたと評価できるのであって、重大な違法があるとはいえない。 ⑶ 本件捜索後の警察官らの行動などについてなお、弁護人は、本件捜索後、C警察署の警察 実施について、少なくとも黙示的に承諾をしていたと評価できるのであって、重大な違法があるとはいえない。 ⑶ 本件捜索後の警察官らの行動などについてなお、弁護人は、本件捜索後、C警察署の警察官らは、被告人に対する捜査に係る秘匿カメラのDVDを破損させ、内容虚偽の捜査報告書等を作成するなどしており、このような警察官らの態度も踏まえると、本件鑑定書等は違法収集証拠として排除されるべきであるとも主張するので、この点についても触れておく。 令和元年12月27日、警察官は、被告人に対する捜査の一環として秘匿カメラを設置した。秘匿カメラによって撮影された動画データは14枚のDVDに複写されたが、そのうち逮捕当日である令和2年1月8日の映像を保存したDVD1枚(以下「本件DVD」という。)は、後日、動画が再生できないことが判明した(弁16、17、20、38)。動画が再生できなくなった理由が不明だったため、検察官が鑑定を実施した結果、本件DVDは令和2年1月10日と同月24日の2回フォーマットがされたことが判明した(甲84・11頁)。 令和2年1月10日に行われたフォーマットについては、その後にデータ- 5 - の書き込みがされており(弁86・4頁)、本件の捜査経緯に照らしても、同フォーマットは本件DVDに映像データを複写する際に行われたものと認められる。 これに対して、同月24日に行われた2回目のフォーマットについては、本件の捜査を担当した警察官はいずれも記憶がないという(弁38)。しかし、DVDに対してフォーマットを行うためには一定の操作が必要であることからすれば(弁69)、行為者の気付かないうちにフォーマット操作が行われることは考え難い。そして、警察官らの証言によれば、本件DVDは、D警察官の机ないし隣席にある茶箱において保 作が必要であることからすれば(弁69)、行為者の気付かないうちにフォーマット操作が行われることは考え難い。そして、警察官らの証言によれば、本件DVDは、D警察官の机ないし隣席にある茶箱において保管されていたというのであるから、同月24日に、C警察署の警察官のうちいずれかが、本件DVDに何らかの操作を行った結果、2回目のフォーマットがなされたと推認される。 警察官がデータを故意に破損させる目的でフォーマットを実施したとまでは認められないことを前提としても、捜査によって収集された証拠品である本件DVDが再生できなくなるという重大な事象が生じているにもかかわらず、警察官がその原因について真実の申告をしていないことは、適正な捜査手続に対する信頼を大きく害する事態である。 この問題はそれ自体重大であり、本件に従事した警察官の証言の信用性や捜査自体の正当性を揺るがしかねない事柄ではある。もっとも、違法収集証拠の事由は個別にその事実関係をみるべきところ、前記1 及び2で検討した事実関係からすれば、前記の警察官らの態度をもって、本件捜索が別件によるものであるとはいい難いし、予試験が被告人の意思に不当に反して行われたともいい難いというべきである。 4 小括以上からすれば、前記3に認定した警察官らの態度は、適正な捜査手続に対する信頼を大きく害するとはいえるものの、本件捜索、予試験及びそれらを前提とする逮捕手続に重大な違法があるとはいえない。したがって、結論として- 6 - は、本件鑑定書等の証拠能力に関する弁護人の主張は採用できない。 第3 被告人に覚醒剤使用の故意が認められないこと 1 問題の所在被告人の尿からは、覚醒剤成分が検出されているところ、覚醒剤は厳しく取り締まられている違法薬物であるから、一般の日常生活において、それ に覚醒剤使用の故意が認められないこと 1 問題の所在被告人の尿からは、覚醒剤成分が検出されているところ、覚醒剤は厳しく取り締まられている違法薬物であるから、一般の日常生活において、それが覚醒剤であると知らないうちに誤って体内に摂取されるというようなことは通常あり得ないことであって、尿から覚醒剤成分が検出されたこと自体から、特段の事情がない限り、被告人が自らの意思に基づいて覚醒剤を摂取したものと推認できる。 これに対し、弁護人は、被告人の尿から覚醒剤成分が検出された理由について、令和2年11月3日に、弁護人により、被告人が経営する会社のガレージにおいて、覚醒剤成分が混入した開封済みのペットボトル(以下「本件ペットボトル」という。)が発見されているところ、被告人が、本件捜索時に、本件車両内にあった本件ペットボトルの水を飲んだことが原因であって、被告人には覚醒剤使用の故意はなかったと主張する。 被告人もそれに沿う弁解をするとともに、本件ペットボトルは令和2年1月7日にEという風俗店で受け取ったものである、本件ペットボトルの水に覚醒剤が混入していた理由については、本件逮捕当日に被告人と同行し、前日夜に覚醒剤を使用していた女性が、走行中の車内で、覚醒剤が付着した使用済み注射器を本件ペットボトルの水で洗ったことが原因だと思うなどと弁解している。 そこで、以下、被告人の前記弁解を虚偽として排斥することができるかどうかについて、検討する。 2 検討⑴ 判断の前提となる認定事実ア被告人は、令和2年1月8日の本件捜索時、本件車両の車内後部座席で、ラベルに「F」と記載のあるペットボトル(500ミリリットル)の水を- 7 - 飲んだ(以下「本件車両内ペットボトル」という。弁40・写真75、88)。また、その前の時 車両の車内後部座席で、ラベルに「F」と記載のあるペットボトル(500ミリリットル)の水を- 7 - 飲んだ(以下「本件車両内ペットボトル」という。弁40・写真75、88)。また、その前の時点で、本件車両内の後部座席には少なくとも2本のペットボトルがあった(弁40・写真33、34)。 イ被告人は、同日、覚せい剤取締法違反(所持)の被疑事実で逮捕された後、保釈により釈放される令和3年12月10日までの間、身柄拘束をされていた。 ウ本件捜索の際、本件車両内にあったボストンバッグやペットボトルは押収されなかった。その後、令和2年1月15日に、警察官らが改めて株式会社Bのガレージ内の捜索差押えを行い、ボストンバッグ及びその中に入っていた水の入ったペットボトル1本(ラベルに「F」と記載のあるもの)が押収された(甲45、46)。同ペットボトルの飲み口部分から採取されたDNA型と被告人のDNA型とが一致したが、同ペットボトル内の水から覚醒剤は検出されなかった(甲48、52)。 エ被告人は、逮捕後まもなく、弁護人を通じて、レンタカーである本件車両の返却を依頼した。それを受け、株式会社Bの元従業員であるGは、本件車両を返却するため、令和2年1月8日から15日頃までの間に、本件車両内からボストンバッグやペットボトル2、3本を株式会社Bのガレージに降ろすなどした(G3、4頁)。 オ令和2年11月3日、H弁護人及びI弁護人は、株式会社Bのガレージ内の冷蔵庫(以下「本件冷蔵庫」という。)から、ラベルに「F」の記載のある本件ペットボトルを発見し、同年12月14日、本件ペットボトルは押収された(弁1、8)。本件冷蔵庫から発見された飲料水のうち、ラベルに「F」の記載があるペットボトルは合計3本あったが、その内訳は、令和元年12月 ルを発見し、同年12月14日、本件ペットボトルは押収された(弁1、8)。本件冷蔵庫から発見された飲料水のうち、ラベルに「F」の記載があるペットボトルは合計3本あったが、その内訳は、令和元年12月20日に製造された本件ペットボトルが1本、令和2年4月28日に製造されたものが2本であった(甲74、弁63)。 カ本件ペットボトルの飲み口部分からは、唾液様の物質が混在した付着物- 8 - が採取された。同付着物から検出されたDNA型は、24座位中16座位で被告人のDNA型と一致しており、残りの8座位は「不詳」である(弁4、甲37)。 また、本件ペットボトル内の水溶液からは人血及び覚醒剤成分が検出された(弁2、7)。同水溶液から検出された人血のDNA型は、16座位中8ないし9座位が「不詳」又は「不検出」であるが、検出された8座位は被告人のDNA型と一致しなかった。 また、本件車両内からは使用済みの注射器9本が押収されているところ、うち3本の使用済み注射器から検出されたDNA型は、被告人のものとは一致しなかった。他方、2本の使用済み注射器から検出されたDNA型(資料1-①、資料3-①)は、前記人血のDNA型(検出できた8座位)と矛盾しないものであった。さらに、前記2本の使用済み注射器から検出されたDNA型及び前記人血から検出されたDNA型は、いずれもアメロゲニン型はXであることからすると、女性のDNA型と認められる(甲36、37)。 キ本件ペットボトルは、令和元年12月20日に製造されたものである(弁63)。 同日に製造された「F」のペットボトル(500ミリリットル)は、同月27日、J店に対し、50ケースが出荷されている(弁63・納品先データ18番)。また、J店では、定期的に「F」のペットボトルをEに販売しており、令和 F」のペットボトル(500ミリリットル)は、同月27日、J店に対し、50ケースが出荷されている(弁63・納品先データ18番)。また、J店では、定期的に「F」のペットボトルをEに販売しており、令和元年12月27日及び令和2年1月4日にも、Eに「F」のペットボトルを卸している(弁62)。 ⑵ 以上の事実を踏まえて被告人の前記弁解について検討すると、本件ペットボトル内の水溶液からは覚醒剤が検出されているところ、その飲み口部分から被告人のDNA型と一致するDNA型が検出されていること、被告人が、本件捜索時に本件車両内で本件ペットボトルと同じラベルに「F」と記載さ- 9 - れた本件車両内ペットボトルの水を飲んでいることは、いずれも被告人の前記弁解に沿う事情である。また、本件ペットボトル内の水溶液からは、本件車両内から押収された注射器2本から検出された女性のDNA型と矛盾しない女性のDNA型の人血も検出されているのであって、このことも、被告人の前記弁解を裏付けている。本件ペットボトルの製造年月日や出荷履歴等からしても、被告人の前記弁解に矛盾点は見られない。 被告人が逮捕された後に、本件ペットボトルが作出された可能性についてみても、そのためには、被告人以外の者が、製造年月日が矛盾しない「F」のペットボトルを入手して飲み口に被告人のDNAを付着させるか、又は被告人が飲みかけの「F」のペットボトルを入手した上で、中に覚醒剤とともに、押収された注射器に付着していたのと同じ女性のDNA型の人血を、色が付きすぎないように配慮しながら混入することが必要となるが、被告人が身柄拘束中で、そのようなことが現実的に行えるとは考えにくい。 また、被告人が、本件捜索時に「F」のペットボトルに覚醒剤が混入していることを認識しながら、覚醒剤使用を隠す とが必要となるが、被告人が身柄拘束中で、そのようなことが現実的に行えるとは考えにくい。 また、被告人が、本件捜索時に「F」のペットボトルに覚醒剤が混入していることを認識しながら、覚醒剤使用を隠すためにあえてペットボトルの水を飲んだ可能性をみても、そうであるとすると、被告人がすぐに警察官らに異変を申告しておらず、かえって逮捕当初覚醒剤使用を認める供述をしていたことと整合せず、これも考えにくい。 そうすると、被告人の前記弁解は、一見あり得そうもない内容にも思えるが、それに沿う証拠も相応にあるのであって、他にそれを虚偽と認めるだけの証拠がない限り、排斥できない。 3 本件車両内ペットボトルと本件ペットボトルの同一性について検察官は、Kや警察官らの各証言からすると、本件捜索時に、本件車両内に本件ペットボトルがあったとは認められず、本件車両内ペットボトルと本件ペットボトルとは別物と認められると主張する。 K証人の証言について- 10 - 株式会社B従業員であるKは、Gから本件車両の荷物を本件ガレージに置いたとの報告を受けて、本件ガレージを見に行き、Gがまとめて置いたと思われる荷物の周辺に、飲みかけの500ミリリットルのペットボトル1本があったことから、本件冷蔵庫にしまった旨証言している(K10ないし15頁)。 検察官は、Kの前記証言の信用性を争っているが、Kが、飲みかけのペットボトルを本件冷蔵庫にしまった状況について、敢えて虚偽の証言をする動機があるとは認められない。また、本件で問題となっているのは、Kからすると、勤務先の経営者である被告人が逮捕されたという特徴的な出来事と紐づいた記憶であることからすれば、細かい点にあいまいな部分があることを踏まえても、荷物のそばにあった飲みかけのペットボトル1本を本件冷蔵庫 務先の経営者である被告人が逮捕されたという特徴的な出来事と紐づいた記憶であることからすれば、細かい点にあいまいな部分があることを踏まえても、荷物のそばにあった飲みかけのペットボトル1本を本件冷蔵庫にしまったという限りにおいては、信用できる。 また、検察官は、本件ペットボトルの水は、人血の混入によりピンクがかった色であったところ、Kは、自身が本件冷蔵庫に保管したペットボトルの水の特徴について、色など特に不自然な点はなかったと証言していることからすると、本件ペットボトルとKが本件冷蔵庫にしまったペットボトルとは別物であると認められると主張する。 しかし、本件ペットボトルの水の色は非常に薄いピンクであり、周囲の明るさなどの状況によっても見え方が変わるものであって(甲82、弁75参照)、中身を意識していなければ、色の変化に気付かないことも十分ありうる。そうすると、Kの前記証言により、Kが本件冷蔵庫にしまったペットボトルと本件ペットボトルとは別物であるとは認められない。 L警察官の証言についてL警察官は、水を飲みたいと申し出た被告人に対し、本件車両内にあったペットボトルを、未開封であることを確認して渡しており、被告人が本件車両内で開封済みのペットボトルの水を口にしたことはないと証言する(L1- 11 - 9頁)。 しかし、L警察官が未開封であると判断した根拠は、ペットボトルの中身が減っていなかったこと、飲み口の蓋とリングがプラスチックでつながっていたことであるところ、証拠(弁78、被告人公判供述45、46頁)によれば、「F」のペットボトルのリング部分を外観から見るだけで開封済みか否かを判断するのは必ずしも容易ではない上、薄暗い車内で水の量やリング部分を正確に確認できなかったことも十分ありうる。また、本件ペットボトル のペットボトルのリング部分を外観から見るだけで開封済みか否かを判断するのは必ずしも容易ではない上、薄暗い車内で水の量やリング部分を正確に確認できなかったことも十分ありうる。また、本件ペットボトルの水の色の変化に気付かなかった点についても、前記のとおり、十分ありうることである。そうすると、L警察官が開封済みのペットボトルを未開封のものと誤認した可能性は否定できない。 さらに、「F」のペットボトルは、通常、蓋にビニールが付けられた状態で販売されているが(弁61ないし63)、L警察官は、被告人に渡したペットボトルについて、蓋にビニールが付いていたとは証言していない。このことからしても、被告人が飲んだ本件車両内ペットボトルは開封済みのものであった可能性がある。 そうすると、L警察官の証言を根拠に、本件車両内ペットボトルが本件ペットボトルとは別物であったとは認められない。 ⑶ 以上によれば、本件車両内ペットボトルと本件ペットボトルが別物であるとの検察官の主張は採用できない。 4 尿中覚醒剤成分の濃度等の整合性について⑴ 検察官は、Mの証言を根拠として、被告人の尿から覚醒剤成分が検出された原因が本件ペットボトルの水を飲んだことによるものであるとすると、被告人の尿中覚醒剤成分の濃度等と整合しないから、被告人の弁解は信用できないとも主張する。 具体的には、①被告人の弁解に基づく推定覚醒剤摂取量の最大値を前提とし、かつ現実的にありえない過剰な量の覚醒剤が排せつされたと仮定し- 12 - ても、被告人の尿の覚醒剤濃度には達し得ないこと、②被告人の尿のメタンフェタミンとアンフェタミンの濃度比は、被告人が弁解する覚醒剤の摂取から採尿までの経過時間よりも長いことを示唆していること、③被告人の尿中メタンフェタミン濃度を 達し得ないこと、②被告人の尿のメタンフェタミンとアンフェタミンの濃度比は、被告人が弁解する覚醒剤の摂取から採尿までの経過時間よりも長いことを示唆していること、③被告人の尿中メタンフェタミン濃度を基に、採尿までのメタンフェタミン排出量を計算すると、少なく見積もっても被告人の弁解に基づく推定覚醒剤摂取量の最大値に対する排出割合が、弁72号証の実験結果にある覚醒剤投与後12時間までの排せつ率を大きく上回っていることを根拠として挙げる。 Mは法医中毒学等の専門家であり、その証言は自身の専門的知見に基づくものである。しかし、警視庁科学捜査研究所で長年薬物鑑定を担当しているNが、代謝の速度等において個人差が大きいため、尿中の覚醒剤の量から、使用量や使用時期を特定することはできない旨証言していること(N18、19頁)や、以下個別に説明するとおり、その前提とするデータや条件には不十分といわざるを得ない点が見受けられることからすると、M証言に基づいて被告人の弁解がおよそあり得ないものと断じることはできない。 ⑵ 尿中の覚醒剤濃度の不整合(①の点)ア M証言の要旨は以下のとおりである。 ヒュスティスらがボランティア5名について行った実験で、覚醒剤の投与量を10ミリグラムから20ミリグラムに倍増させたとき、最高尿中覚醒剤濃度の平均値は2969.7ナノグラム/ミリリットルから4038.4ナノグラム/ミリリットルへ1.36倍上昇している。そうすると、最高尿中覚醒剤濃度は、覚醒剤の投与量を倍増しても、単純に倍増することはなく、1.36倍の増加率となる。したがって、被告人の最高尿中覚醒剤濃度を見積もるにあたっては、本来であれば、投与量の倍率をそのまま乗じる必要はないが、過少見積もりの可能性を完全に否定するために、投与量の倍率 6倍の増加率となる。したがって、被告人の最高尿中覚醒剤濃度を見積もるにあたっては、本来であれば、投与量の倍率をそのまま乗じる必要はないが、過少見積もりの可能性を完全に否定するために、投与量の倍率にさらに2又は3を乗じることにする。 - 13 - 本件で、被告人の推定覚醒剤摂取量は126.3ミリグラムである。ヒュスティスの実験における覚醒剤10ミリグラムを投与したときの最高尿中覚醒剤濃度の最大値4844.6ナノグラム/ミリリットルに、投与量の倍率12.63を乗じるとともに、これにさらに2を乗じると、122.37マイクログラム/ミリリットル、3を乗じると、183. 56マイクログラム/ミリリットルとなる。これは、被告人の実際の尿の覚醒剤濃度(355.63マイクログラム/ミリリットル)の約3分の1又は約2分の1にすぎない。 すなわち、過少見積もりをしないよう被告人に有利な条件を設定してもなお、本件の被告人の尿の覚醒剤濃度に達することはあり得ない。 イしかし、覚醒剤の尿への排出については、薬物の吸収、分布、代謝、排せつのステップを経るところ、これには当然個人差がある(M26、27、43頁)。また、食事の摂取状況や体調などの各種条件によっても影響を受ける(M27、30、43頁)。ヒュスティスらの実験の5名についてみても、5名の最高尿中メタンフェタミン濃度は、10ミリグラムを投与した場合、最小値と最大値で約3倍、20ミリグラムを投与した場合も、同じく約3.2倍の差が生じている(甲87・表1)。加えて、M証言の条件設定の前提となっている実験は、被験者がわずか5名のものであるし、その被験者の条件については、「健康かつ薬物を服用していない男性」としか設定されておらず、人種、年齢、体重や体格、病歴、食事や水分摂取量 の前提となっている実験は、被験者がわずか5名のものであるし、その被験者の条件については、「健康かつ薬物を服用していない男性」としか設定されておらず、人種、年齢、体重や体格、病歴、食事や水分摂取量などはいずれも明らかではない(甲87)。 また、Mは上昇率の算定に際して、各濃度の平均値同士を比較しており、各人ごとの上昇率をみているものではない。その上、10ミリグラムから20ミリグラムへの上昇と比べ、本件では120ミリグラム以上という多量の覚醒剤を摂取した場合であるところ、そのような場合に、2倍した場合の上昇率と同様の上昇率を示すものなのかは判然とせず、実験- 14 - データも存在しない。 ウまた、尿が酸性である場合には、メタンフェタミンが排せつされる速度が高まり、排せつ量が増加するとされており(N8頁、M34頁)、覚醒剤投与後16時間の平均尿中排せつ率が酸性尿とアルカリ尿とで40倍も異なるとの実験結果も存在する(弁73・12頁、M38頁)。この点、被告人の尿は、簡易試験で「pH5.0」と判定されており(職2)、酸性であった可能性が高い。このことからすれば、被告人の尿についてメタンフェタミンの排せつ量が通常よりも増加していた可能性が否定できないのであって、サンプルの中に酸性尿がほぼ含まれていない前記実験結果を前提とすることについて疑問を生じさせる。 エさらに、石川県警察本部科学捜査研究所研究員らによる論文(弁74)で示されている尿中メタンフェタミン濃度等と覚醒剤摂取量についてのデータ(弁74、158頁)に基づき、データ中の尿中メタンフェタミン濃度について、各試料の摂取量と本件の推定覚醒剤摂取量との倍率を単純に乗じると、被告人の尿中メタンフェタミン濃度を超える数値となるものがある。前記データは各種前提 き、データ中の尿中メタンフェタミン濃度について、各試料の摂取量と本件の推定覚醒剤摂取量との倍率を単純に乗じると、被告人の尿中メタンフェタミン濃度を超える数値となるものがある。前記データは各種前提条件が必ずしも整備されていないものであるが、少なくとも被告人の尿の覚醒剤濃度が現実的にはあり得ないほど高いとするM証言に疑義を生じさせる。 オ以上によれば、①の点について、M証言に基づいて被告人の弁解がおよそあり得ないものと断じることはできず、被告人の弁解に基づく推定覚醒剤摂取量の最大値を前提とし、かつ現実的にありえない過剰な量の覚醒剤が排せつされたと仮定しても、被告人の尿の覚醒剤濃度には達し得ないなどとは認められない。 ⑶ メタンフェタミンとアンフェタミンの濃度比の観点(②の点)ア M証言の要旨は以下のとおりである。 覚醒剤を摂取した場合には、そのまま分解されずにメタンフェタミンと- 15 - して尿中に排せつされるものと、肝臓で代謝されアンフェタミンとして尿中に排せつされるものがある。そして、覚醒剤摂取後、間もない時点ではアンフェタミンの産生量は少なく、時間経過とともに産生量は増えていく。このことから、尿中のメタンフェタミンとアンフェタミンの濃度比から、覚醒剤摂取後の経過時間を推定することができる(M11頁)。 被告人の尿のメタンフェタミン/アンフェタミン濃度比は10.8である(355.63/32.98)。そして、ヒュスティスらの実験結果における被験者BB1名の数値と比較すると、被告人の濃度比である10. 8はBBの11.2時間経過後の値に最も近い(甲87、M11、12頁)。また、被告人の濃度比は9.23パーセントとなるところ、バレンタインらの実験で、10名の被験者に覚醒剤を30ミリグラム る10. 8はBBの11.2時間経過後の値に最も近い(甲87、M11、12頁)。また、被告人の濃度比は9.23パーセントとなるところ、バレンタインらの実験で、10名の被験者に覚醒剤を30ミリグラム/70キログラムで投与したときの平均値をみると、4時間以内では濃度比は6. 67パーセントより低い値となっており、投与後6時間以内でも、被告人の尿の上記9.23パーセントよりも低い値となっている(弁72、73、M13、14頁)。したがって、被告人の尿の濃度比になるためには、6時間以上の時間の経過が必要となるはずであって、それに反する被告人の弁解は信用できない。 イしかし、覚醒剤の代謝や排せつ率に個人差があることは前記同様である。 実際に、ヒュスティスらの論文の表1(甲87・21頁)をみると、被験者に対して覚醒剤20ミリグラムを投与した後、尿中にアンフェタミンが最初に顕出されるまでの時間は、最短1.4時間の者もいれば、11.3時間かかる者もいる。このように個人差が大きい事象について、少ない被験者に基づくデータをもって、有意な比較をすることができるか疑問である。 また、Mはバレンタインらの実験について、平均値のデータ(弁72、73・図4)を根拠としているが、これを5名ずつのグループに分けた- 16 - ものをみると(同図1のC・D参照)、摂取後4時間から6時間経過後の濃度比は被告人の尿の濃度比と大きく異ならない。 以上によれば、②の点に関するM証言はその前提に疑義が残り、被告人の弁解を排斥できるものではない。 ⑷ 排せつ率の観点(③の点)ア M証言の要旨は以下のとおりである。 一般に尿は1時間に約60ミリリットル産生される。そして、被告人が本件ペットボトルの水を飲んでから採尿までの最短 排せつ率の観点(③の点)ア M証言の要旨は以下のとおりである。 一般に尿は1時間に約60ミリリットル産生される。そして、被告人が本件ペットボトルの水を飲んでから採尿までの最短経過時間は約3.5時間であることからすれば、この間の被告人の尿の産生量は210ミリリットルとなる。これに被告人の尿中覚醒剤濃度である355.6マイクログラム/ミリリットルをかけると、74.7ミリグラムとなり、この量は、被告人の推定覚醒剤摂取量の59.1パーセントに相当する。 この点、バレンタインらの実験結果では、10名の被験者に覚醒剤を投与したときの投与後12時間までの排せつ率は、昼間で約12から34パーセント、夜間で約16から42パーセントである。そうすると、被告人の推定排せつ率は、バレンタインらの実験結果を大きく上回るものであって、被告人の弁解は信用できない(M14、15頁)。 イしかし、成人の1日の尿量の基準範囲は、600ミリリットルから1600ミリリットルと幅広く設定されており(弁88)、1時間あたりの尿量も、個人差やその体調、摂取した水分量等の諸条件によって左右されるのであるから(M35頁)、そもそも1時間あたりの尿の産生量を正確に推算することはできない。そうすると、③の点に関するM証言は、被告人の推定尿量という前提条件から疑義が残る。 ⑸ 小括以上のとおり、M証言によっても、被告人の弁解がおよそあり得ないものと断じることはできない。 - 17 - 5 その他の検察官の主張について⑴ 検察官は、被告人の弁解が信用できない理由として、①覚醒剤は苦く、知らずに飲んだ場合には違和感からすぐに吐き出してしまうはずであるが(M19頁)、被告人は本件捜索時に水を飲んだ際に特段の違和感も述べて 察官は、被告人の弁解が信用できない理由として、①覚醒剤は苦く、知らずに飲んだ場合には違和感からすぐに吐き出してしまうはずであるが(M19頁)、被告人は本件捜索時に水を飲んだ際に特段の違和感も述べておらず、周囲にいた警察官に対して申告もしていないことは不自然である、②被告人の弁解は、覚醒剤成分が検出された原因の心当たりという重要部分について、合理的な理由なく変遷がある、③ペットボトルの水を飲んだ状況について、捜査段階と公判廷での供述とが合理的な理由なく変遷しているなどと主張する。 ⑵ しかし、①の点については、被告人は、本件捜索時に水を飲んだ際に若干の苦みを感じたが、直前まで同行していた女性をかばうためにその場では申告をしなかったと述べているところ(被告人公判供述76から80頁)、そもそも覚醒剤が混入した飲料を経口摂取した場合、具体的にどの程度苦みを感じるかなどは明らかではない。そうすると、このことから被告人の弁解が不自然で、およそ信用できないものとまで評価することは困難である。 ②の点についても、被告人が、前記女性を巻き込まないために、同女性が身柄拘束等されていないことを確認するまでは、ペットボトルの水に覚醒剤が混入していた可能性を供述するのを控えていた、というのは理解できないわけではない。また、被告人は、その後、公判供述と同旨の説明を警察官にしたものの、供述調書に記載してもらえなかったなどと説明しているところ(被告人公判供述92頁)、前記に認定した本件の捜査担当の警察官の態度からすれば、その可能性を否定はできない。 他方で、③の点は、被告人の弁解の核心に関わる部分についての変遷であって、飲んだ水が入っていたペットボトルの置かれていた場所や水を飲んだ場所について捜査時点で違うことを述べたというのは確かに不自然との感は否めな は、被告人の弁解の核心に関わる部分についての変遷であって、飲んだ水が入っていたペットボトルの置かれていた場所や水を飲んだ場所について捜査時点で違うことを述べたというのは確かに不自然との感は否めない。しかし、前記のとおり、被告人の弁解が客観的証拠によって相応- 18 - に裏付けられている以上、この程度の変遷をもって被告人の弁解が信用できないものと認めるまでには至らない。 6 小括以上によれば、検察官が主張する点を踏まえて検討しても、被告人の尿から覚醒剤成分が検出されたのは、本件捜索時に、覚醒剤が混入した本件ペットボトルの水を意図せず飲んだことが原因であるとの被告人の弁解を虚偽として排斥することは困難である。 そうすると、特段の事情がないとは認められず、被告人に覚醒剤使用の故意があったとは認められない。 第4 結論よって、本件公訴事実は犯罪の証明がないから、刑訴法336条により、被告人に対し、無罪の言渡しをする。 (求刑-懲役4年)令和5年10月4日東京地方裁判所刑事第13部 裁判長裁判官平出喜一 裁判官須田雄一 裁判官赤瀬柚紀
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