- 1 -主文 原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1請求 処分行政庁が,原告に対し,平成16年12月7日付けでした厚生年金保険法による遺族厚生年金を支給しない旨の処分を取り消す。 処分行政庁が,原告に対し,平成17年3月2日付けでした厚生年金保険法による未支給の通算老齢年金及び国家公務員等共済組合法による未支給の退職年金を給付しない旨の処分を取り消す。 第2事案の概要本件は,死亡した年金受給権者の重婚的内縁の妻であった原告が,被告の機関である処分行政庁に対し,厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金の裁定等を求めたところ,処分行政庁が,原告が遺族厚生年金を受けることができる配偶者とは,,,認められないなどとしてこれらを支給しない旨の処分をしたため被告に対しその取消しを求めた事案である。 争いのない事実((7)は当裁判所に顕著な事実)(1)Aは昭和9年8月9日Bと婚姻しBとの間に長女C長男D及び,,,,,二女Eを含む五男二女をもうけた。 (2)Aは昭和47年3月ころ国家公務員及び公共企業体職員に係る共済組,,合制度の統合等を図るための国家公務員共済組合法等の一部を改正する法律(昭和58年法律第82号)附則33条により,同法第1条による改正後の国家公務員等共済組合法による退職年金とみなされた年金(以下「本件退職年金」という。厚生年金保険法等の一部を改正する法律(平成8年法律第82号)附則16条3項により厚生年金保険の管掌者たる政府が支給することとされたもの)の受給権を取得し,昭和56年7月ころ,国民年金法等の一- 2 -部を改正する法律(昭和60年法律第34号)による改正前の厚生年金保険法の規定による通算老齢年金以下本件通老 こととされたもの)の受給権を取得し,昭和56年7月ころ,国民年金法等の一- 2 -部を改正する法律(昭和60年法律第34号)による改正前の厚生年金保険法の規定による通算老齢年金以下本件通老年金というの受給権を取(「」。)得した。 (3)Aは遅くとも昭和50年ころから原告と同居を始め以後Aが死亡し,,,た平成16年7月28日まで,Bとは別居状態であった。 (4)原告は処分行政庁に対し平成16年9月7日Aと事実上婚姻関係と,,,同様の事情にある者として,遺族厚生年金の裁定と併せて未支給の本件退職年金及び本件通老年金の支給を請求したが,処分行政庁は,同年12月17日,原告に対し,原告が遺族厚生年金を受けることができる配偶者とは認められないとして遺族年金を支給しない旨の処分(以下「本件第1処分」というをしさらに平成17年3月2日原告に対し原告が未支給年金を。),,,,請求できる遺族の範囲に該当しないとして未支給の本件退職金及び本件通老年金を支給しない旨の処分(以下「本件第2処分」という)をした。 。 (5)原告は宮城社会保険事務局社会保険審査官に対し平成16年12月2,,4日,本件第1処分について,平成17年3月16日,本件第2処分について,それぞれ審査請求をしたが,同年11月30日,いずれについても,審査請求は棄却された。 (6)原告は平成17年12月26日社会保険審査会に対し審査請求に対,,,する決定を不服として再審査請求をしたが,平成18年10月31日,再審査請求は棄却された。 (7)原告は,平成19年4月26日,本訴を提起した。 遺族厚生年金等の受給要件に関する法令の定め(以下,遺族厚生年金等の受給要件のうち被保険者等の配偶者であることに係るも 査請求は棄却された。 (7)原告は,平成19年4月26日,本訴を提起した。 遺族厚生年金等の受給要件に関する法令の定め(以下,遺族厚生年金等の受給要件のうち被保険者等の配偶者であることに係るものを「配偶者要件」という)。 (1)遺族厚生年金厚生年金保険法59条1項は,遺族厚生年金を受けることができる遺族の- 3 -範囲について,被保険者又は被保険者であった者の配偶者,子,父母,孫又は祖父母であって,被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者によって生計を維持していたものとする旨を,同法3条2項は,同法における配偶者には,婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む旨をそれぞれ規定している。 (2)本件退職年金厚生年金保険の管掌者である政府が支給することとされた国家公務員等共済組合法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第105号)による改正前の国家公務員等共済組合法45条は,同法に基づく給付のうち支払未済の給付を受けることができる遺族の範囲について,受給権者が死亡した場合において,その者が支給を受けることができた給付でその支払を受けなかったものがあるときは,これをその者の遺族に支給する旨を,同法43条は,給付を受けるべき遺族の順位として,その第1位が配偶者及び子である旨を,同法2条1項2号及び3号は,配偶者には,組合員又は組合員であった者によって生計を維持したものであり,婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む旨をそれぞれ規定していた。 (3)本件通老年金国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号)附則78条により,なお効力を有するとされた同法による改正前の厚生年金保険法37条1項は,未支給の通算老齢年金の給付を受けることができる遺族の範囲について 部を改正する法律(昭和60年法律第34号)附則78条により,なお効力を有するとされた同法による改正前の厚生年金保険法37条1項は,未支給の通算老齢年金の給付を受けることができる遺族の範囲について,受給権者が死亡した場合において,その死亡した者に支給すべき,,保険給付でまだその者に支給しなかったものがあるときはその者の配偶者子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹であって,その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは,自己の名で,その未支給の保険給付の支給を請求することができる旨を,同法3条2項は,同法において配偶者とは,婚姻の届出を出していないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む旨を- 4 -それぞれ規定していた。 争点及びこれに関する当事者の主張本件の争点は,原告が配偶者要件を満たすか否かであり,これに関する当事者の主張は以下のとおりである。 (原告の主張)(1)遺族厚生年金の被保険者等に法律上の配偶者と内縁の配偶者が存するいわゆる重婚的内縁関係がある場合において,法律上の婚姻関係が実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みがない特段の事情があるときには,法律上の配偶者は配偶者要件にいう配偶者には該当せず,内縁の配偶者が配偶者要件にいう配偶者に該当すると解すべきであり,上記特段の事情があるか否かの判断は,婚姻当事者間の別居の有無,経緯及び期間,婚姻関係を維持ないし修復するための努力の有無,別居後における経済的依存,音信及び訪問の状況,重婚的内縁関係の固定性等を総合して行うべきであるが,さらに,その際には,婚姻の性質上,愛情ある人格的交流,性生活等の有無も含めて夫婦の関係を考察することを怠ってはならない。 (2)これを本件についてみると次のような事情に照らせばAと法律上の配, に,その際には,婚姻の性質上,愛情ある人格的交流,性生活等の有無も含めて夫婦の関係を考察することを怠ってはならない。 (2)これを本件についてみると次のような事情に照らせばAと法律上の配,,偶者であるBとの婚姻関係には,上記特段の事情があり,内縁の配偶者である原告が配偶者要件にいう配偶者に該当する。 アAとBは,昭和49年ころから20年以上にわたり離婚に向けた協議が継続されており,特に,①Aが,昭和47年3月31日にそれまで勤務していた日本国有鉄道以下国鉄というを退職した際Bに対し退(「」。),,職金から相当額の金員を支払って,夫婦財産関係の清算を図ったこと,②Aが,昭和54年3月8日,原告及びAと原告との間の子らに対し,宮城県気仙沼市内に所有していた土地を贈与し,夫婦財産関係の清算を図ったこと,③Aが,平成5年ころ,Bに対し,Bに岩手県一関市甲町所在のB- 5 -方以下室根の家という付近に所有する不動産を贈与してBとの(「」。),夫婦財産関係を清算する趣旨の書面を作成して,交付したこと,④Dが,平成11年ころ,Bの意向を受けてAの下へ離婚届を持参したことからすると,AとBとの間には婚姻関係を解消する合意が存在した。 イAは,原告と同居するようになった昭和49年ころから体調が悪化する平成9年までの間,宮城県気仙沼市所在のH新聞販売所である有限会社I新聞店において新聞配達員として,深夜から明け方まで連日勤務していたため,Aが室根の家を訪問して宿泊したことはなく,仮に,室根の家を訪,。 れることがあったとしても日帰り程度の訪問をしていたにすぎなかったまた,Aは,脳梗塞に罹患するなどした平成9年ころから死亡する平成16年まで,Bを訪問することができる状態にはなかった。 ウAは, れることがあったとしても日帰り程度の訪問をしていたにすぎなかったまた,Aは,脳梗塞に罹患するなどした平成9年ころから死亡する平成16年まで,Bを訪問することができる状態にはなかった。 ウAは,原告と同居を始めた昭和49年以降,Bに対し生活費を支給しなかった。 原告は,D,その子F及びEの夫Gに対し,金員を交付したことはあるが,これは,Dの要求に畏怖し,また,F及びGもDの意を受けていると考え,原告個人の年金を原資として交付したものであって,Aは,原告がDらに対し金員を交付したことを知らなかった。 (被告の主張)(1)遺族厚生年金の被保険者等に重婚的内縁関係がある場合内縁の配偶者が,配偶者要件を満たすためには,被保険者等と法律上の配偶者との間における婚姻関係が,その実体を失って形骸化し,かつ,その状態が長期間継続し,当事者双方の生活関係がそのまま固定化して,近い将来解消される見込みがないこと,すなわち,事実上の離婚状態にあると認められることが必要であ,,,,るがその判断に当たっては少なくとも①当事者が住居を異にすること②当事者間に経済的な依存関係が反復して存在しないこと,③当事者間に意思の疎通を表す音信,訪問等が反復して存在しないことのすべての要件を満- 6 -たす必要があると解される。 (2)これを本件についてみると次のような事情に照らせばAとBが事実上,,の離婚状態にあったとは認められず,原告は,配偶者要件にいう配偶者に該当しない。 アBのAに対する経済的依存,,,(ア)Aは昭和50年ころから平成10年ころまでの間2か月に1回年金の支給日ころ,Bに対し,現金で13万円程度の生活費を交付し,又は,Bに対し,年金が振り込まれる銀行口座の預金通帳と届出印を交付し,Bが銀行で現金を引き出し,後日 10年ころまでの間2か月に1回年金の支給日ころ,Bに対し,現金で13万円程度の生活費を交付し,又は,Bに対し,年金が振り込まれる銀行口座の預金通帳と届出印を交付し,Bが銀行で現金を引き出し,後日,Aに預金通帳と届出印を返却することもあった。 (イ)Aは,平成10年以降,原告を介し,Bの生活費を負担した。 (ウ)Bは,平成11年4月以降,脳梗塞に罹患して入院し,平成14年3月ころ,老人保健施設に入所し,その後,特別養護老人ホームに入所したがAは定期的に金員を受領しに来ていたGに対しお金の問題,,,「は心配しないように,自分が全額持ちますから。ただ,世話の方だけはきちんとやってください旨発言しGはこれを受けて原告を介し。」,,,て各施設の入所費を受領し,各施設に対しこれを支払った。 イAとBとの音信,訪問等(ア)Aは,昭和50年ころにBと別居してからも,少なくとも月に2,3回はBをバイクで訪ね,正月,お盆等にB及びその同居の家族と過ごしたこともあった。 (イ)Aは,Bの家に泊まることもあり,B及びその同居の家族と夕飯を食べた後,翌日の新聞配達に間に合うように夜中に帰ることもあった。 (ウ)Aは,脳梗塞に罹患した昭和63年10月ころから回数は減少したものの,平成10年ころまでは,月に2回程度,少なくとも月1回程度は,汽車,バス又はタクシーを利用して,Bを訪ね,Fは,何度かAを- 7 -原告方付近まで送り届けた。 (エ)AとB双方が体調を崩した平成10年以降,相互の直接の交流はなくなったが,D,F,G及びEを通じて交流はあった。 ウA及びBの離婚意思の不存在A及びBは互いに離婚する意思が全くなく,離婚に向けた真剣な話合い,。 をしたことがなくAの死亡まで両者の間に離婚の合意も成立しなかったなお, 通じて交流はあった。 ウA及びBの離婚意思の不存在A及びBは互いに離婚する意思が全くなく,離婚に向けた真剣な話合い,。 をしたことがなくAの死亡まで両者の間に離婚の合意も成立しなかったなお,Dは,平成11年ころ,Aの元へ離婚届を持参したが,これは,Dが,その一存で,両者の婚姻関係を解消させて,BのためにAから一定の金員を受領しよう企図したものにすぎない。 第3当裁判所の判断 配偶者要件の解釈重婚的内縁関係がある場合の配偶者要件については,我が国においては,法制度上,法律婚主義が採用されていることからすると,法律上の配偶者がこれに該当するのが原則というべきであるが,他方,配偶者に遺族厚生年金等を支給する趣旨が,その要件に被保険者等による生計の維持等が規定されていることに照らし,被保険者等と生計を共にしていた遺族の生活保障を図るところにあると解されることからすると,被保険者等と法律上の配偶者との婚姻関係が実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みがない特段の事情がある場合には,法律上の配偶者は,配偶者要件にいう配偶者には該当せず,内縁の配偶者が,これに該当するというべきであり(最高裁昭和58年4月14日第一小法廷判決・民集37巻3号270頁参照特段),,,,の事情の有無については原告が主張するとおり婚姻当事者間の別居の有無経緯及び期間,婚姻関係を維持ないし修復するための努力の有無,別居後における経済的依存,音信及び訪問の状況,重婚的内縁関係の固定性等を総合して判断すべきであるなお,原告は,上記判断に際し,被保険者等と法律上の配偶者との愛情ある- 8 -人格的交流,性生活等の有無も考察すべき旨主張するところ,これらが判断の一要素となることは否定できないが,上記の配偶者に遺族厚生年金等を 判断に際し,被保険者等と法律上の配偶者との愛情ある- 8 -人格的交流,性生活等の有無も考察すべき旨主張するところ,これらが判断の一要素となることは否定できないが,上記の配偶者に遺族厚生年金等を支給する趣旨に照らせば,取り分け,法律上の配偶者の被保険者等に対する経済的依存が認められる場合には,これら要素が認められなければ法律上の配偶者が配偶者要件を満たさないということはできない。 認定事実(,,,,(1)前記第2の1の争いのない事実に証拠甲1~56 ,,,,,, 137ないし140乙111~1215~1922~33証人D,同F,同G,原告本人,調査嘱託の結果。書証については,枝番を含む)及び弁論の全趣旨を併せれば,以下の事実を認めることができる。 。 アAとBの婚姻からAと原告の同居までの経緯(ア)AとBは,昭和9年8月9日,法律上,婚姻し,室根の家を住居と定めて住民票上の住所とし,昭和10年から昭和23年にかけて,長女C,長男D及び二女Eを含む五男二女をもうけた。 (イ)Aは,国鉄に勤務していたが,昭和31年ころから,原告との間で男女の交際が始まり,昭和34ないし昭和35年ころからは,原告の間借り先に宿泊するようになり,原告に対し生活費の援助をすることもあった。 (ウ)原告は,昭和40年7月5日,Aとの間の子である双子の女児を出,,,,産したがAはこのころから原告の間借り先で宿泊する頻度が増え出産費用,原告が育児のため働くことができない間の生活費等を援助した。 (エ)Aは,昭和47年3月31日,国鉄を退職した。 (オ)Aは,昭和47年4月1日から,J工業株式会社に勤務し,これを退職した昭和49年ころから,気仙沼市所在のH新聞販売所である有限会社 た。 (エ)Aは,昭和47年3月31日,国鉄を退職した。 (オ)Aは,昭和47年4月1日から,J工業株式会社に勤務し,これを退職した昭和49年ころから,気仙沼市所在のH新聞販売所である有限会社I新聞店において新聞配達員として稼働し,このほか,昭和51年- 9 -ころから2年程度は,K相互会社の保険勧誘員としてもパート勤務をした。 (カ)Aと原告は,昭和50年8月1日,気仙沼市所在の土地に新築した建物以下気仙沼の家というで同居を開始し原告は住民票上(「」。),,の住所を気仙沼の家に移転したが,気仙沼の家の新築費用の一部は,Aが国鉄の退職金を充てて負担し,残りのローンも,原告とAが共働きをして,約定の返済期間(昭和68年9月5日)よりも早い平成元年3月に完済した。 なお,Aと原告が気仙沼の家で同居を開始したころ,Bは,室根の家でD及びその家族と同居していた。 イAと原告の同居からAが死亡するまでの経緯(ア)Aと原告は,気仙沼の家で同居を始めてから,周囲の住民からは,夫婦と同様に扱われた。 (イ)Aは,原告と同居を始めた後も,年金の支給月に合わせて,2か月に1度程度の割合で,主としてバイクで室根の家を訪れ,時には泊まっていくこともあったが,その際,Aは,Bに対し,金員を交付したり,Aの年金が振り込まれる銀行口座の預金通帳及び届出印を預け,Bに銀行で引き出させたりした。このほか,Aは,身内の不幸があった場合等に,やはり,室根の家を訪れた。 なお,気仙沼の家から室根の家までは,当時の道路事情において,バイクで30分ないし40分を要した。 (ウ)Aは,昭和63年10月ころ,脳梗塞に罹患し,右不全片麻痺等の後遺障害を負い,その後,Aが室根の家を訪れる頻度は減ったが,歩いて新聞配達ができる程度の状態であった。 ないし40分を要した。 (ウ)Aは,昭和63年10月ころ,脳梗塞に罹患し,右不全片麻痺等の後遺障害を負い,その後,Aが室根の家を訪れる頻度は減ったが,歩いて新聞配達ができる程度の状態であった。 なお,Aは,このころ,主として,汽車,バス又はタクシーを利用して,室根の家を訪れた。 - 10 -,,,,(エ)Aは平成9年6月23日脳梗塞を再発し後遺障害を悪化させ平成10年ころからは,入退院を繰り返すようになったが,遅くとも同年ころから,自ら銀行口座を管理することができなくなり,原告がAの銀行口座の管理をするようになった。 (オ)Dは,AとBが離婚すれば,慰謝料やAに支給されていた年金を受け取ることができると考え,平成10年ないし平成11年ころ,離婚届を持って,気仙沼の家を訪れ,Aに交付したが,結局,Aは,離婚届に署名しなかった。 (カ)Fは,平成11年ころから,Dに替わって,2か月に1度の年金支給日ころに合わせて,気仙沼の家を訪れ,A又はその意を受けた原告から,10万円弱程度の金員を受領し,これをBに交付した。 なお,Dが,Fに先立つ時期に,気仙沼の家を訪ね,A又はその意を受けた原告から,金員を受領したこともあった。 (キ)Gは,Bが平成11年4月ころに脳梗塞に罹患して岩手県立L病院に入院したころ,退職して時間に余裕ができたことなどから,仕事上の差し支えが生じたFに代わり,2か月に1度の年金支給日ころに合わせて,A又はその意を受けた原告から金員を受領し,これをBに交付したが,その金額は,当初13万円程度であったのが徐々に減っていった。 (ク)Aは,平成11年12月には,体動が少なくなり,ほとんど寝た切りで支えなしでは歩けない状態となり,平成12年3月16日には,スプーンによる食事,コップの水を飲むことのほか,日常生 ていった。 (ク)Aは,平成11年12月には,体動が少なくなり,ほとんど寝た切りで支えなしでは歩けない状態となり,平成12年3月16日には,スプーンによる食事,コップの水を飲むことのほか,日常生活上の動作,活動に全介助を要する状態となった。 (ケ)Bは平成14年3月ころ老人保健施設M利用費用月額5万,,「」(6000円程度)を利用するようになり,さらに,平成15年6月28日特別養護老人ホームN入所費用月額7万3000円程度に入,「」()所した。 - 11 -なお,当時のBの年金受給額は年額7万円程度であった。 (コ)Gは,平成14年12月20日,Bから,同人が保管していた現金16万7000円を預かり,以後,Bに関する現金出納を管理するようになり,原告から受領した金員,Cから受領した金員等もこれに含めた上,ここから,Bの施設入所費用等を賄った。 (サ)Aは,平成16年7月28日,宮城県気仙沼市所在の医療法人O病院において,死亡し,Bも,本訴係属後,死亡した。 (2)上記認定について,補足して説明する。 アまずDF及びGは証人としていずれも上記(1)の認定に沿う証,,,,,言をする(乙30,31同旨)ところ,Dの証言に具体性を欠く面はあるものの,これら証言は,長年前の出来事に関する部分も多いながらも,大筋において一致しており,Gが2か月に1度程度の割合で気仙沼の家を訪れて原告から金員を受領したことについては,原告の供述とも合致しており,年月の経過による記憶違いの可能性を考慮すれば,基本的に信用することができる。 ところで,原告は,Aは,昭和50年以降,休むことなく新聞配達に従事していたので,室根の家に泊まることは不可能である旨主張し,これに沿う供述をする(甲61同旨)とともに, に信用することができる。 ところで,原告は,Aは,昭和50年以降,休むことなく新聞配達に従事していたので,室根の家に泊まることは不可能である旨主張し,これに沿う供述をする(甲61同旨)とともに,これに沿う記載のあるAの同僚の新聞配達員,近所の住人等多数の者の陳述書(甲2,62~130)を提出するが,Fが証言するとおり新聞配達に間に合うよう早朝に帰ることも不可能ではないし,これら陳述書は,2通(甲2,62)を除き,Aが自宅及び勤務先を1泊以上空けることはなかった旨の定型的な記載がある書面に住所,氏名及びAとの関係を記入して押印したもので,何故,このように多数の者がAの公私にわたる毎日の行動を熟知し得るのか多大な疑問があるばかりか,新聞配達業務といえども,休刊日のほか,代替要員の確保により休暇取得も可能である(原告も,子の結婚式のため,Aととも- 12 -に5泊程度で高知県に赴き,その間,Aが新聞配達を休んだことは認めている。このほか,甲62にも,新聞配達は交替が可能である旨の記載がある)から,上記陳述書等が上記(1)の認定を左右するものではない。 。 また,原告は,平成15年2月17日は,原告の母の病状が悪くなったことから同人の住む岩手県陸前高田市にいたため,同日に気仙沼の家にはおらず,平成16年2月17日及び同年4月18日には,Aの看病のため病院で過ごしていため,やはり気仙沼の家にはいなかった旨主張し,これに沿う陳述をする(甲142)が,かかる陳述を前提にしても,これら各日において終日原告が在宅していなかったとまではいい難く,しかも,原告が,4,5年前の特定の日の在宅の有無を確実に記憶しているかについても疑問があるから,上記陳述が上記(1)の認定を妨げるものではない。 さらに,被告がGがBに関する費用の出納関係を控えるために作成し 告が,4,5年前の特定の日の在宅の有無を確実に記憶しているかについても疑問があるから,上記陳述が上記(1)の認定を妨げるものではない。 さらに,被告がGがBに関する費用の出納関係を控えるために作成したものとして提出するメモ乙1628の1ないし4以下順次本件(,。 ,,「メモ1ないし本件メモ5というは残高欄に着目して時系列的に」「」。),並べると,本件メモ2,4,3,5の順となり(本件メモ1には残高につ。),,,いての記載がない支払欄に着目して時系列的に並べると本件メモ13,2,5の順となり(本件メモ2には支払についての記載がない,入。),,,金欄に着目すると本件メモ12に入金先ごとに時系列順に記載があり本件メモ3ないし5には入金についての記載がなく,より仔細にみると,時系列が逆転した記載があり(例えば,本件メモ3の支払欄における平成18年9月23日の支払と同月14日の支払本件メモ2のCからの入金),欄と同一記載である本件メモ1の入金欄の平成15年3月12日,同年4月19日,同年6月26日,同年8月14日,同年11月1日及び平成16年6月25日の各日の記載が線で抹消されていることからすると,本件メモ1ないし5は入金又は出金の都度これを書き留めたものである旨のGの証言は,直ちに採用し難いけれども,Cからの入金及びBの入所施設へ- 13 -の出金については他の証拠(入金につき甲131の1,出金につき,甲138,乙17の1~13,32,33)と基本的に符合しており,上記のとおり,原告も,Gが2か月に1度程度の割合で気仙沼の家を訪れて原告から金員を受領したこと自体は自認しているから,作成の趣旨及び経緯はともかく本件メモ1ないし5に記載された原告からGへの金員の交付平,(成15年 が2か月に1度程度の割合で気仙沼の家を訪れて原告から金員を受領したこと自体は自認しているから,作成の趣旨及び経緯はともかく本件メモ1ないし5に記載された原告からGへの金員の交付平,(成15年2月17日ころ7万5000円,同年4月16日ころ6万0000円,同年6月16日ころ,6万0000円,同年8月19日ころ5万5000円,同年10月17日ころ5万5000円,同年12月17日ころ5万0000円,平成16年2月17日ころ5万0000円,同年4月18日ころ5万0000円,同年6月20日ころ4万5000円。なお,Aの年金受給日は,毎年偶数月の15日前後であった(甲52)自体をお)。 よそ虚偽の記載ということはできず,むしろ,概ねそのような金銭の授受があったと認めることができる。 イこれに対し,原告は,自らが受給していた年金とAが受給していた年金とを区別して管理していたところ,AからDに金員を交付しないよう言われたものの,Dの言動に畏怖して,室根の家の修繕費等として,D又はそ,,の意を受けたF及びGに対し自らの年金の中から金員を交付したものでAはこのことを知らなかった旨主張するとともに,これに沿う供述をする(甲61同旨。 )しかしながら,原告の上記供述のうち,①Dらに交付した金員の原資の点については,原告は,当初,Aの年金から交付していた旨主張していたほか,原告の年金とAの年金を各銀行口座から全額引き出した上で自らの銀行口座に入金していたとも供述しているのであり,主張の変遷と供述の矛盾がみられ,②Dを畏怖した点については,そもそも,Dに対してはともかく,F及びGに対しても長期にわたり金員の交付を続けたことは不自然の感を免れない上,原告は,Fは子ども連れで訪れることもあり,Fと- 14 -は子どもの話Aの世話の話世間話等 対してはともかく,F及びGに対しても長期にわたり金員の交付を続けたことは不自然の感を免れない上,原告は,Fは子ども連れで訪れることもあり,Fと- 14 -は子どもの話Aの世話の話世間話等をしていた旨供述するところな,,,(お話題の内容にはFの証言と符合する部分があるはDの意を受け,,。),たFに畏怖のため金員を交付した状況とはそぐわないといわなければならずまたGはDを恐れており証人G原告もDとGは仲が悪いと考え,,(),ていた(原告本人)ことも,GがDの意を受けて金員の取立てをすることと相容れないというべきであり,③AがDらへの金員の交付を知らなかった点については,原告は,D及びFと最初に面識を持ったのは,D及びF(,,が金員を取立てに気仙沼の家を訪れた時である旨供述するなお原告はDと最初に面識を持った時期につき,平成11年ころにDが気仙沼の家に離婚届を持参した時であるとも供述しており,原告の供述には矛盾があることにもなるがかかる原告の供述を前提とすると原告は全く面識。),,,のないD及びFに対し,Aからの指示もなく金員を交付したこととなり,やはり不自然といわざるを得ない。 結局,原告の上記供述は容易に採用できない。 ,,ウさらにAとBとの間における婚姻関係を解消する合意の有無について原告は,①Aが,昭和47年に国鉄を退職した際,Bに対し,退職金から相当額の金員を支払ったこと,②Aが,昭和54年,原告らに対し,宮城,,,県気仙沼市内に所有していた土地を贈与したこと③Aが平成5年ころBに対し,室根の家付近に所有する不動産を贈与する旨書面を交付したこと,④Dが,平成11年ころ,Bの意向を受けて,Aの下へ離婚届を持参したことを根拠に,AとBとの間には婚姻関 こと③Aが平成5年ころBに対し,室根の家付近に所有する不動産を贈与する旨書面を交付したこと,④Dが,平成11年ころ,Bの意向を受けて,Aの下へ離婚届を持参したことを根拠に,AとBとの間には婚姻関係を解消する合意があった旨主張する。 しかしながら,①については,原告主張事実が認められる(甲61,証人D,原告本人)が,仮にそのような金員の支払があったとしても,その後のAとBとの関係からすると,これは,むしろ,生活費の交付と同様の夫婦間の経済的援助の一環とみるべきであり,②については,原告主張の- 15 -事実が認められる(当該土地は,気仙沼の家の敷地であり,同一機会に贈与の対象とされた敷地以外の土地については,約1年後に錯誤を原因として所有権移転登記抹消登記手続がとられている。甲43,45,47,50)が,そのことから直ちにAが積極的にBとの婚姻関係を解消する意向があったとはいい難く,むしろ,将来的に,B側に気仙沼の家の敷地が相続されることによる紛争の発生を懸念し,土地建物の所有者をともに原告側にする意図に基づくものにすぎないとみる方が自然であり,③については,原告主張の事実があったことがうかがわれる(甲2,61)が,文書の内容の詳細は不明であるほか,その内容が実行されたことを認めるべき証拠もないから,かかる事情は,せいぜい,Aが,一時期,Bに対し,婚姻関係解消に向けて働き掛けをしたというにとどまり(このほか,Eは,,,,,平成15年ころAが原告の要望を受けてBに離婚の申入れをしたがBは同意しなかった旨陳述し(乙15,乙22にもこれに沿う記載があ)る,④については,原告主張の事実が認められる(甲61,証人D,原。)告本人)が,他方,Dは,離婚による慰藉料等を取得するため,自らの一存で離婚届を持参したにすぎない旨 もこれに沿う記載があ)る,④については,原告主張の事実が認められる(甲61,証人D,原。)告本人)が,他方,Dは,離婚による慰藉料等を取得するため,自らの一存で離婚届を持参したにすぎない旨証言しており(乙25の記載もこれに沿う,その後,A及びBが離婚に向けて具体的な行動を起こしたことを。)認めるべき証拠もないから,原告の主張するところをもって,AとBとの間に婚姻関係を解消する合意が成立したと認めることは困難といわざるを得ない。 結局,AとBとの間には,A側から婚姻関係の解消に向けた働き掛けが複数回あったことがうかがわれるものの,これが合意に至ったとまでいうことはできない。 エそのほか,原告が種々主張するところを踏まえ,本件全証拠を検討しても,上記(1)の認定を左右するものは見当たらない。 原告の配偶者要件充足性- 16 -上記2に認定説示したところに基づき,原告が配偶者要件を満たすか否かに,,,,つき検討するにAと原告は男女の交際を始めた昭和31年ころから漸次Aが原告方に宿泊する頻度が増え,両者の間に2人の子が生まれるなどの経緯を経て,昭和50年には,気仙沼の家で同居を開始し,以後,原告は,Aが死亡するまで,Aの介護に努めるなど,夫婦同様の生活を続けたのであるから,原告がAの内縁の配偶者であることは明らかであるが,他方,AとBは,昭和9年に法律上の婚姻をし,五男二女をもうけたものの,昭和50年から完全な別居状態となり,その後,Aが死亡する平成16年7月28日まで,およそ30年間にわたり,これが続いたけれども,①Aは,昭和50年以降も,2か月に1度の年金の支給日ころに合わせて,室根の家を訪ね,Bに対し生活費を交,,,,付し②Aが脳梗塞に罹患し室根の家を訪れることが困難になった後はDF又は ①Aは,昭和50年以降も,2か月に1度の年金の支給日ころに合わせて,室根の家を訪ね,Bに対し生活費を交,,,,付し②Aが脳梗塞に罹患し室根の家を訪れることが困難になった後はDF又はGが,やはり,2か月に1度の年金の支給日ころに合わせて,Aから生活費を受領して,Bに交付し,③Aの病状が悪化してからも,徐々に減額されたもののの,原告を介してF又はGへ交付する形で,A死亡直前の平成16年6月まで生活費の交付が続き,④原告の意向を受けてか,複数回にわたり,A側からBとの婚姻関係を解消する働き掛けがあったことはうかがわれるものの,結局は,両者は婚姻関係解消の合意に至らず,上記のような生活費の交付が継続したのであるから,AとBとの婚姻関係は,実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みがなかったとまでいうことは困難であり,結局,Bが配偶者要件にいう配偶者に該当し,その反面,原告はこれに該当しないというべきである。 第4 結論 以上によれば,原告の請求にはいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 仙台地方裁判所第2民事部- 17 -裁判長裁判官畑一郎裁判官廣瀬孝裁判官遠藤啓佑
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