平成29年4月28日判決言渡・同日原本交付裁判所書記官平成26年(ワ)第9825号安倍首相靖國神社参拝違憲確認等請求事件(以下「第1事件」という。)平成26年(ワ)第27469号安倍首相靖國神社参拝違憲確認等請求事件(以下「第2事件」という。)口頭弁論終結日平成29年2月6日判決 主文 1 原告a,原告b,原告c及び原告dの被告国に対する被告安倍が平成25年12月26日に内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことの違憲確認請求に係る訴え並びに被告靖國神社に対する被告靖國神社が同日に被告安倍による内閣総理大臣としての参拝を受け入れたことの違憲確認請求に係る訴えをいずれも却下する。 2 原告a,原告b,原告c及び原告dのその余の請求並びにその余の第1事件原告ら及び第2事件原告らの請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,第1事件原告ら及び第2事件原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告安倍は,内閣総理大臣として靖國神社に参拝してはならない。 2 被告靖國神社は,被告安倍の内閣総理大臣としての参拝を受け入れてはならない。 3 原告a,原告b,原告c及び原告dと被告国との間で,被告安倍が平成25年12月26日に内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことが違憲であることを確認する。 4 原告a,原告b,原告c及び原告dと被告靖國神社との間で,被告靖國神社が平成25年12月26日に被告安倍による内閣総理大臣としての参拝を受け入 れたことが違憲であることを確認する。 5 被告らは,第1事件原告ら及び第2事件原告らそれぞれに対し,連帯して1万円及びこれに対する平 日に被告安倍による内閣総理大臣としての参拝を受け入 れたことが違憲であることを確認する。 5 被告らは,第1事件原告ら及び第2事件原告らそれぞれに対し,連帯して1万円及びこれに対する平成25年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件(第1事件及び第2事件)は,被告安倍が平成25年12月26日に内閣総理大臣として靖國神社に参拝したこと(以下「本件参拝」という。)及び被告靖國神社が本件参拝を受け入れたこと(以下「本件参拝受入れ」という。)が憲法上の政教分離原則等に違反するものであり,第1事件原告ら及び第2事件原告ら(以下「原告ら」という。)の信教の自由,宗教的人格権,平和的生存権等が侵害されたとして,⑴原告らが,①信教の自由,宗教的人格権,平和的生存権等に基づき,被告安倍に対して内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの差止めを,被告靖國神社に対して被告安倍による内閣総理大臣としての参拝の受入れの差止めを求め,②被告安倍及び被告靖國神社に対して民法709条,被告国に対して国家賠償法1条1項に基づき,連帯して,原告らそれぞれにつき1万円及びこれに対する本件参拝の日である平成25年12月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,⑵原告a,原告b,原告c及び原告d(以下「原告a外3名」という。)が,被告国に対して本件参拝が違憲であることの確認を,被告靖國神社に対して本件参拝受入れが違憲であることの確認を求める事案である。 2 争いのない事実 原告らの中には,靖國神社に合祀された戦没者の遺族,仏教,キリスト教等を信仰する者,非宗教者,外国人(韓国人,中国人,ドイツ人等)が含まれている。 被告安倍は,本件参拝当時(平成 原告らの中には,靖國神社に合祀された戦没者の遺族,仏教,キリスト教等を信仰する者,非宗教者,外国人(韓国人,中国人,ドイツ人等)が含まれている。 被告安倍は,本件参拝当時(平成25年12月26日),内閣総理大臣の 地位にあり,現在もその地位にある者である。 被告靖國神社は,宗教法人法に基づき,東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人であり,宗教施設として靖國神社を設置している。 被告安倍は,平成25年12月26日,靖國神社を参拝した(本件参拝)。 3 争点本件では,まず,差止請求(上記1⑴①)について,本案前の争点として,本件参拝受入れの差止請求の適法性(争点⑴)が問題となる。次に,差止請求(上記1⑴①)及び損害賠償請求(上記1⑴②)について,本案の争点として,原告らに差止請求や損害賠償請求の根拠となり得る被侵害利益があったか(争点⑵),本件参拝及び本件参拝受入れは憲法上の政教分離原則に違反する違法な行為であったか(争点⑶)が問題となり,さらに,差止請求については,本件参拝及び本件参拝受入れの差止めの必要性(争点⑷)が問題となり,被告国に対する損害賠償請求については,本件参拝が内閣総理大臣の職務を行うについてのものか(争点⑸),被告安倍に対する損害賠償請求については,被告安倍の個人責任の成否(争点⑹)がそれぞれ問題となる。さらに,原告a外3名の本件参拝及び本件参拝受入れの違憲確認請求(上記1⑵)については,本案前の争点として確認の利益(争点⑺),本案の争点として本件参拝及び本件参拝受入れが違憲か(争点⑻)が問題となる。 4 争点に関する当事者の主張 参拝受入れの差止請求の適法性(被告靖國神社の主張)原告らは,被告靖國神社に対し,「内閣総理大臣と 受入れが違憲か(争点⑻)が問題となる。 4 争点に関する当事者の主張 参拝受入れの差止請求の適法性(被告靖國神社の主張)原告らは,被告靖國神社に対し,「内閣総理大臣としての参拝」を受け入れることの差止めを求めているが,被告靖國神社にとって,参拝行為の外観上「内閣総理大臣としての参拝」とそれ以外の参拝との区別をすることは困難であるから,被告靖國神社のとるべき作為ないし不作為の内容が特定されていない。また,原告らは,被告安倍に対し,「内閣総理大臣としての参 拝」の差止めも求めており,これに加えて被告靖國神社に対する参拝受入れの差止めを求める必要性はない。 したがって,原告らの被告靖國神社に対する参拝受入れの差止請求は不適法である。 (原告らの主張)内閣総理大臣の地位にある者の参拝行為は,特段の事情のない限り,「内閣総理大臣としての参拝」であって,参拝前に参拝の連絡を受けた際に特段の事情の有無を確認することも可能であるから,「内閣総理大臣としての参拝」とそれ以外の参拝とを区別することが困難であるとの事情はなく,原告らの被告靖國神社に対する参拝受入れの差止請求は,その特定性に欠けるものではない。また,内閣総理大臣としての参拝は,被告靖國神社の参拝受入れと不可分一体の行為であるから,双方を差し止める必要性がある。 したがって,原告らの被告靖國神社に対する参拝受入れの差止請求は適法である。 原告らの被侵害利益の有無(原告らの主張)ア政教分離規定違反について政教分離規定(憲法20条3項)は,大日本帝国憲法の下では神道が事実上国教化され信教の自由が著しく侵害され民主主義が崩壊したとの歴史的経緯にかんがみ,国家と宗教が再び統合・融合することを阻止するために 分離規定(憲法20条3項)は,大日本帝国憲法の下では神道が事実上国教化され信教の自由が著しく侵害され民主主義が崩壊したとの歴史的経緯にかんがみ,国家と宗教が再び統合・融合することを阻止するために,政治と宗教との完全な分離を求めることにより,信教の自由を徹底して保障しようとするものである。このような政教分離規定の趣旨に照らすと,同規定は,制度的保障の規定であるとともに,人権侵害の防止に不可欠な原則を定めるものとして,人権規定としての性格をも有するのであって,政教分離規定違反は直ちに法的権利の侵害となる。 そして,政教分離規定は,特定の宗教を信じない自由,特定の宗教を 受け入れるよう働きかけられない自由,特定の宗教の布教や誘導を受けない自由,宗教的な意味付けや宗教的評価を加えられない自由を保障するものであるし,信教の自由が侵害されるおそれからの自由という法的権利ないし利益を導くものである。 本件参拝及び本件参拝受入れは,後記⑶(原告らの主張)のとおり,政教分離規定に違反するものであるから,原告らの上記法的権利等を侵害する。 イ信教の自由について憲法20条1項の保障する信教の自由は,内心における信仰の自由(信仰を持つ自由,信仰告白をする自由),宗教的行為の自由(宗教上の儀式を行う自由,布教宣伝を行う自由等),宗教的結社の自由から成り,これらはいずれも,積極的自由のみならず,消極的自由である特定の信仰を持たない自由,特定の信仰告白をしない自由,特定の宗教上の儀式などを行わない自由,布教宣伝をしない自由等を包含する。 本件参拝及び本件参拝受入れは,国の機関である内閣総理大臣が特定宗教である「靖國神社」と結びつき,これに関与する行為であるから,国や国の機関の権威をもって,原告らに対して,戦 包含する。 本件参拝及び本件参拝受入れは,国の機関である内閣総理大臣が特定宗教である「靖國神社」と結びつき,これに関与する行為であるから,国や国の機関の権威をもって,原告らに対して,戦没者を神として祀る「靖國神社」の教義に賛同し,戦没者に対し英霊として哀悼の意を捧げ,及び靖國神社において冥福を祈ることを強要するものである。原告らの中には,キリスト教の信者として戦没者である肉親を植民地支配に対する加害者として追悼すべきであるとの信仰を有する者,戦時中に自己のキリスト教信仰が靖國思想に利用された経験を有する者,キリスト教の牧師として,靖國参拝の社会的儀礼化に懸念を有する者,過去の戦争体験や反靖國神社闘争を経て国家の靖國神社への関与を強く忌避拒絶することを自己の信仰の核心とする者等がいるが,本件参拝及び本件参拝受入れは,原告らに対し宗教上の圧迫,干渉を加えるものであるから,原告らの信教の自由を侵害 するものというべきである。 被告らは,最高裁判所平成18年6月23日第二小法廷判決・裁判集民事220号573頁(以下「最高裁平成18年判決」という。)を引用して,本件参拝及び本件参拝受入れは信教の自由を侵害するものではない旨を主張する。しかし,最高裁平成18年判決は,内閣総理大臣の神社参拝と一般私人の参拝とを全く同一視している点で大きく社会通念を逸脱するものであって,先例としての価値はない。また,同判決は,内閣総理大臣の地位にある者の靖國神社参拝によって自己の心情ないし宗教上の感情が害されたとしても直ちに損害賠償を求めることはできないというにとどまり,具体的な事情いかんによって損害賠償の対象となることを否定するものではないところ,内閣総理大臣の靖國神社参拝が損害賠償の対象となるかは,参拝をした内閣総理大臣の属性 ことはできないというにとどまり,具体的な事情いかんによって損害賠償の対象となることを否定するものではないところ,内閣総理大臣の靖國神社参拝が損害賠償の対象となるかは,参拝をした内閣総理大臣の属性,参拝に至る動機,経緯,参拝行為の態様,効果,社会的影響力,参拝によって法的権利を侵害された者の属性,侵害された法的権利の内容等の本件参拝の具体的状況を踏まえて検討する必要がある。本件参拝は,同判決が対象とする小泉純一郎元総理大臣の靖國神社参拝とは参拝に至る経緯,行為態様,参拝後の世論の反応等のほか,靖國神社への参拝を取り巻く国際情勢及び政権の政策が異なっており,本件参拝及び本件参拝受入れは,最高裁平成18年判決の射程外である。そして,被告安倍の内閣総理大臣としての昨今の政策等を踏まえると,本件参拝及び本件参拝受入れは,国家神道を礼賛し,靖國神社参拝を拒否できない心情に原告らを駆り立て(強制),自己の信仰を放棄せざるをえない苦しみ(不利益)を与えるものであって,個人の信教の自由に圧迫,干渉を加えるものであるから,損害賠償の対象となることは明らかである。 ウ宗教的人格権について原告らは,親しい者の死について静謐の中で宗教上の思考を巡らせ,宗 教上の行為をする権利である宗教的人格権(宗教上の人格権。憲法13条,20条1項前段,3項)として,親しい者の「生」「死」「霊」につき国家によって意味付けをされない権利を有する。 本件参拝及び本件参拝受入れは,一体として,国のために戦った戦没者の死がその後の平和と繁栄のためであり,戦没者の魂は御英霊,御霊等であるとする被告靖國神社特有の教義に基づく意味付けをして,戦没者の冥福を祈るという特定の宗教行為を行うものであるから,原告らの宗教的人格権を侵害した。宗教的人格権の具体 戦没者の魂は御英霊,御霊等であるとする被告靖國神社特有の教義に基づく意味付けをして,戦没者の冥福を祈るという特定の宗教行為を行うものであるから,原告らの宗教的人格権を侵害した。宗教的人格権の具体的内容として,原告らは,①遺族が肉親を本人及び自己の意思・信条に従って慰霊追悼する権利,②生活環境に根付いた宗教的信条を傷つけられない権利,③国家神道の宗教教育の恐怖から免れる権利,④近親者である戦没者を加害者として追悼する権利を有しており,本件参拝及び本件参拝受入れにより,これらの権利が侵害されたものである。 エ思想信条の自由について憲法19条は,個人が,公権力により特定の思想を奨励されたり,これに賛同するよう働きかけを受けたり,又は公権力による圧迫又は干渉を受けたりすることなく,思想,信条などの内心を自由に形成し,変更することができる権利を保障している。 原告らは,被告靖國神社における戦前・戦中の日本の軍国主義,侵略戦争の肯定といった宗教的価値観や合祀された戦没者は天皇のために戦った英霊であるとの教義に賛同せず,内閣総理大臣による靖國神社への参拝に反対するという思想信条を有するものであるが,明治政府が推進した国家神道の下で,軍事目的遂行のために創建され,国家によって管理された靖國神社の歴史的経緯を踏まえれば,本件参拝及び本件参拝受入れは,これを大々的に喧伝することによって,被告靖國神社の宗教的価値観や教義を肯定して国民に押しつけ,原告らの死生観など内心に対し重大な圧迫,干 渉を加えるものであり,原告らの内心(思想信条)の自由を侵害するものである。 オ自由権規約18条2項について日本国も批准する市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)18条2項は,「何人も 想信条)の自由を侵害するものである。 オ自由権規約18条2項について日本国も批准する市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)18条2項は,「何人も,自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない。」と定めており,自ら選択する宗教以外の宗教を受け入れない自由や自ら選択する宗教,信念を保持する自由を侵害するおそれのある強制を受けない自由(権利)を保障するものである。そして,この強制には,必ずしも直接的な形態をとらない様々な不当な圧力や影響力が含まれる。 本件参拝及び本件参拝受入れは,国家が戦没者の死の意味に関する被告靖國神社の教義を肯定する立場に立つことを明らかにし,戦前,戦中における日本の軍国主義,侵略戦争を肯定するという宗教的価値観を社会的に助長し,靖國神社への参拝を社会的儀礼として普及させようとする行為であるから,戦没者遺族,宗教者,平和的活動家等として上記の教義や宗教的価値観を否定する原告らに対し,これらの教義等を強要し,萎縮させるおそれのある不当な圧力及び影響力として作用するものである。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れは,原告らの自ら選択する宗教,信念を保持する自由を侵害するおそれのある強制を受けない自由(権利)を侵害するし,また,自ら選択する宗教以外の宗教を受け入れない自由を侵害する。 カ戦没者遺族の人格権について戦没者遺族には,憲法13条により保障された人格権としての人格的自律権(自己決定権)の一つとして,戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,公権力からの圧迫,干渉を受けずに,自ら決定し,行 う権利ないし利 て,戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,公権力からの圧迫,干渉を受けずに,自ら決定し,行 う権利ないし利益が保障されている。 遺族である原告らは,親族の戦死が国のための尊い犠牲であるとか,戦没者が敬意,感謝を捧げられるべき英霊であるなどとは考えておらず,むしろ国に強制された無駄な死であり,戦争に対する真摯な反省の下に供養したいと考えているところ,本件参拝及び本件参拝受入れは,被告安倍の本件参拝前後の言動と相まって,国家が,被告靖國神社による合祀を肯定し,戦没者の生死,霊魂につき被告靖國神社の教義に沿って宗教的意味付けを行い,遺族に対し,戦没者を英霊として慰霊,顕彰することを強制するものであり,上記の権利ないし利益を侵害する。 キ平和的生存権について憲法前文は,「われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と明記し,人権としての平和的生存権を保障している。憲法9条に違反する国の行為,すなわち戦争の遂行,武力の行使等や戦争の準備行為によって,個人の生命,自由が侵害され又は侵害の危機にさらされる場合や,戦争の遂行等への加担,協力を強制されるような場合には,平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして,当該違憲行為の差止めや損害賠償を請求することができる。 靖國神社は,いわゆるA級戦犯を合祀し,侵略戦争において亡くなった人々を顕彰し祀る施設であり,侵略戦争それ自体を賛美するための施設にほかならない。このような靖國神社への本件参拝及び本件参拝受入れは,精神的な側面から戦争を受け入れる状況を作り出し,日本を戦争ができる国にする戦争準備行為である 略戦争それ自体を賛美するための施設にほかならない。このような靖國神社への本件参拝及び本件参拝受入れは,精神的な側面から戦争を受け入れる状況を作り出し,日本を戦争ができる国にする戦争準備行為であるのみならず,国際的緊張を高めて軍事的衝突を引き起こす可能性を高め,原告らの生活に脅威と不安をもたらし,日本を含む諸国を戦争の危機に陥れる行為であるから,原告らの平和的生存権を侵害するものである。 ク憲法尊重擁護義務遵守に対する期待権について憲法99条が定める憲法尊重擁護義務は,立憲主義に基づき,個人の権利や自由を確保するために公権力の担い手に課せられる義務であるところ,個人は,公権力の担い手が同義務を当然果たすものという立憲主義に裏付けられた具体的な期待権を有する。 本件参拝は,政教分離原則に違反し,信教の自由,宗教的人格権,思想信条の自由,平和的生存権,戦没者遺族の人格権等を侵害する違憲行為である。内閣総理大臣の靖國神社への参拝は,過去の裁判例においても違憲ないし違憲の疑いがある旨判断されている。そのため,原告らは,被告安倍が靖國神社を参拝しないことについて具体的な期待権を有していた。それにもかかわらず,被告安倍は本件参拝に踏み切ったのであり,原告らの有する上記具体的な期待権を侵害した。 ケ外国在住原告らの権利について 韓国在住原告らについて韓国在住原告らにとって靖國神社は屈辱的な植民地支配の象徴そのものであるところ,本件参拝及び本件参拝受入れは,同原告らに過去の宗教弾圧,強制参拝の忌まわしい記憶を喚起させ,同原告らが民族として選択した信仰生活・心の状態の静謐を乱す行為であり,同原告らの宗教的人格権を侵害する。 また,本件参拝及び本件参拝受入れ 教弾圧,強制参拝の忌まわしい記憶を喚起させ,同原告らが民族として選択した信仰生活・心の状態の静謐を乱す行為であり,同原告らの宗教的人格権を侵害する。 また,本件参拝及び本件参拝受入れは,東アジアの緊張を高めて,軍事衝突を誘発するものであり,隣国に居住する韓国在住原告らにとっては,過去の侵略戦争の記憶と相まって平和的生存権を侵害する。 そして,韓国は日本の植民地として支配され,侵略戦争への協力を強いられたという歴史的事実がある中で,韓国国内では日本軍に徴兵徴用された者は対日協力者として蔑視されていることから,親族が靖國神社に合祀されている韓国在住原告らにとっては,侵略者が合祀されてい る靖國神社に親族が合祀されていること自体が侮辱である上,社会的評価を低下させるものであるところ,本件参拝及び本件参拝受入れは,合祀を正当化するだけでなく,不名誉な歴史的事実を世界に広く喧伝するものであることから,これらの韓国在住原告らの名誉感情を害し,名誉権を侵害するものである。 さらに,本件参拝及び本件参拝受入れは,家族的ちゅう帯の中で肉親を敬愛追慕する人格権を侵害するものである上,韓国独自の習俗に従って親族を慰霊,追悼する韓国在住原告らの習俗的追悼権を侵害するものであるし,戦没者親族を引き続き皇国臣民として取り扱い,韓民族であることを否定することになる屈辱的な合祀を正当化し,民族的人格権を侵害し,「創氏改名」政策による日本式氏名での合祀を肯定するものとして姓名権を侵害するものである。 中国在住原告らの権利について中国侵略戦争における侵略者・犯罪者を神として祀る靖國神社への本件参拝及び本件参拝受入れは,日中間の平和で良好な関係の構築を害し,戦争を誘発するものであり,中国在住原告らの平和的生存権を 中国侵略戦争における侵略者・犯罪者を神として祀る靖國神社への本件参拝及び本件参拝受入れは,日中間の平和で良好な関係の構築を害し,戦争を誘発するものであり,中国在住原告らの平和的生存権を侵害する。 また,本件参拝及び本件参拝受入れは,日本政府が,自国が犯した侵略行為と戦争犯罪を否定し,反省せず,中国侵略を美化して歴史的事実を歪曲する行為であり,中国在住原告らに激しい屈辱感を与えるとともに,同原告らを侮辱するものであるから,同原告らの名誉感情を侵害する。 ドイツ在住原告らの権利について本件参拝及び本件参拝受入れは,ドイツ在住原告らの平和で良好な国際関係を構築する権利ないし平和的生存権を侵害する。 その他の外国在住原告らについて 本件参拝及び本件参拝受入れは,香港在住原告ら,オーストラリア人原告e,カナダ人原告fの民族的人格権,加害者によって戦争ないし戦争被害を美化・賛美されない戦争被害者の人格権,平和的生存権を侵害する。 コ原告らの損害原告らは,本件参拝及び本件参拝受入れにより,上記アからケまでの権利ないし法的利益の侵害を受け,その結果,多大な精神的苦痛を被った。 原告らが被った損害は,原告1人につき,少なくとも1万円を下らない。 (被告国の主張)ア原告らの主張する権利ないし利益は,結局のところ,本件参拝に対する不快感をいうものにすぎず,いずれも法的利益とは認められないか,法的利益と認められるものについても当該利益が侵害されたとは認められない。 したがって,本件参拝によって原告らに損害賠償又は差止めの対象となるような法的利益の侵害があったとは認められない。 イ政教分離規定について されたとは認められない。 したがって,本件参拝によって原告らに損害賠償又は差止めの対象となるような法的利益の侵害があったとは認められない。 イ政教分離規定について政教分離規定は,国家と宗教との分離を制度として保障することにより,間接的に信教の自由の保障を確保しようとする制度的保障であり,信教の自由を直接保障する人権規定ではないから,私人の法的利益を保障するものではない。 ウ信教の自由について信教の自由は,自己の信仰と相いれない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して,それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものではない限り寛容であることを要請するものである(最高裁判所平成63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁(以下「最高裁昭和63年判決」という。)参照)。 そして,信教の自由の保障は,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,不利益を課せられないとの意味を有するものであり,国家によって信教の自由が害されたといい得るためには,少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の存在することが必要であるところ,人が神社に参拝する行為自体は,他人の信仰生活等に対して圧迫,干渉を加えるような性質のものではなく,このことは,内閣総理大臣の地位にある者が靖國神社を参拝した場合においても異なるものではない(最高裁平成18年判決)。 本件参拝についても,原告らの信仰,宗教的行為等を強要し,又は原告らに対する不利益な取扱いや強制を伴うものではなく,原告らに宗教上の圧迫,干渉を加えるものではないから,原告らの信教の自由を侵害するものではない。 エ宗教的人格権について最高裁平成 する不利益な取扱いや強制を伴うものではなく,原告らに宗教上の圧迫,干渉を加えるものではないから,原告らの信教の自由を侵害するものではない。 エ宗教的人格権について最高裁平成18年判決は,内閣総理大臣が靖國神社を参拝した行為について,原告らが自己の心情ないし宗教上の感情が害されたとし,不快の念を抱いたとしても,これを被侵害利益として,直ちに損害賠償を求めることはできないものと判示している。原告らが主張する宗教的人格権は,概念そのものが抽象的かつ不明確で,裁判所の法的判断になじむ程度に具体的とはいえない曖昧なものであり,結局のところ,最高裁平成18年判決が判示した「自己の心情ないし宗教上の感情」と異なるものではなく,本件参拝によって原告らのいう宗教的人格権の侵害があったとはいえないから,これを被侵害利益として,損害賠償を求めることはできない。 オ思想信条の自由について憲法19条が思想及び良心の自由を「侵してはならない」とした意義は,第1に,内心に基づく不利益取扱いの禁止,第2に,内心の告白を強制することの禁止(沈黙の自由の保障),第3に,特定思想の強制・勧奨 の禁止であると解されているところ,本件参拝は,原告らの思想,信条といった内心を理由として原告らを不利益に取り扱ったり,原告らに内心の告白を強制したり,特定の思想を持つことを妨げ,あるいは強制,勧奨したりするものではない上,原告らの信仰生活等に対して圧迫,干渉を加えるものではないから,原告らの思想信条の自由を侵害するものではない。 カ自由権規約18条2項について原告らが主張する「自ら選択する宗教以外の宗教を受け入れない自由」等の内容は,必ずしも判然とせず,当該自由が自由権規約によって保障されるものであるかは カ自由権規約18条2項について原告らが主張する「自ら選択する宗教以外の宗教を受け入れない自由」等の内容は,必ずしも判然とせず,当該自由が自由権規約によって保障されるものであるかはともかく,結局のところ,当該自由は,原告らが主張する信教の自由,思想良心の自由,宗教的人格権と異なるものではなく,本件参拝が「自ら選択する宗教以外の宗教を受け入れない自由」を侵害するものではない。 キ戦没者遺族の人格権について原告らが主張する「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して,公権力からの圧迫,干渉を受けずに,自ら決定し,行う権利ないし利益」は,その内容が必ずしも判然としないが,結局のところ,原告らが本件参拝によって侵害されたと主張する宗教的人格権と異なるものではなく,本件参拝がこれを侵害するものではない。 ク平和的生存権について原告らが主張する平和的生存権は,概念そのものが抽象的かつ不明確であり,裁判所の法的判断になじむ程度に具体的なものではなく,損害賠償の対象となり得るような法的利益であるとはいえない。 ケ憲法尊重擁護義務遵守に対する期待権について原告らの主張する憲法尊重擁護義務遵守に対する期待権は,概念そのものが抽象的かつ不明確であり,具体的な権利内容,根拠規定,主体,成立 要件,法的効果等のいずれも極めて曖昧であり,これがいかなる意味で個別の国民の権利義務ないし法的利益に影響を与えるのか不明であるから,損害賠償の対象となり得るような法的利益であるとはいえない。 コ外国在住原告らの権利について争う。 (被告安倍の主張)被告国の主張を援用する か不明であるから,損害賠償の対象となり得るような法的利益であるとはいえない。 コ外国在住原告らの権利について争う。 (被告安倍の主張)被告国の主張を援用する。 本件参拝は,他人の信仰生活等に圧迫,干渉を加える性質のものではないから,信教の自由,思想信条の自由,宗教的人格権,戦没者遺族らの権利等を侵害するものではない。 また,原告らの主張する宗教的人格権,政教分離原則違反により侵害されるという少数者の信教の自由,自由権規約18条2項が保障するという「自ら選択する宗教以外の宗教を受け入れない自由」,戦没者遺族らに対して憲法13条が保障する人格権の一つであるという「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀するか,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」,平和的生存権及び憲法尊重擁護義務遵守に対する期待権は,いずれも概念が抽象的で曖昧であり法的保護に値するものとはいえない。 本件参拝は,被告靖國神社が行った合祀行為とは何らの関係はないし,被告安倍が私人としての立場で行ったものであるから,日本政府が被告靖國神社による合祀自体を肯定するとか,被合祀者の死に対する意味付けをより強固にするものとはいえず,日本の国内外に対して被告靖國神社の教義を喧伝して被合祀者をその教義に従って慰霊することを奨励するものでもないから,外国在住原告ら特有の権利侵害があったとの原告らの主張は失当である。 (被告靖國神社の主張)被告国の主張を援用する。 内閣総理大臣の靖國神社への参拝により原告らの法的利益の侵害が認められないことは,最高裁平成18年判決によって明らかである。 ⑶ 本件 被告靖國神社の主張)被告国の主張を援用する。 内閣総理大臣の靖國神社への参拝により原告らの法的利益の侵害が認められないことは,最高裁平成18年判決によって明らかである。 ⑶ 本件参拝及び本件参拝受入れの違法性(政教分離原則違反)(原告らの主張)ア本件参拝は,国の機関である内閣総理大臣が,宗教団体たる被告靖國神社の,戦没者を英霊として顕彰賛美する教義に基づき,その祭神に対し礼拝するものであり,憲法20条3項所定の宗教的活動に該当する。 仮に国家が宗教とある程度の関わりをもつことが許されるとしても,①問題となった国家行為が世俗的目的を有するか,②当該行為の主要な効果が,宗教を信仰し又は抑圧するものでないものかどうか,③当該行為が宗教との過度の関わり合いを促すものでないものかどうか,の3要件を検討し,その一つでもクリアできない場合には,政教分離原則違反となるものと判断すべきである(レーモンテスト)。本件参拝は,被告安倍の強い意志に基づいてされた,社会的儀礼を超えるものであって,世俗的目的を有するものではないし,靖國神社を特別視し,優越的地位を与えているとの印象を広める一方,原告らのように被告靖國神社の教義に賛同しない者に対し圧迫,干渉を加えるものである。また,被告安倍は,被告靖國神社の宮司の出迎えを受け,一般参拝客の立入りが禁止されている中で参拝したものであって,本件参拝が被告靖國神社との過度の関わり合いを促すものであることは明らかである。そうすると,前記判断基準によれば,本件参拝は政教分離原則に違反する。 政教分離原則違反の判断において,最高裁判例の採用する,いわゆる目的効果基準は,上記③の過度の関わり合いの基準を採用せず,3要件の個別的検討もせず,判断要素として社会通念を考慮することなどの点におい 政教分離原則違反の判断において,最高裁判例の採用する,いわゆる目的効果基準は,上記③の過度の関わり合いの基準を採用せず,3要件の個別的検討もせず,判断要素として社会通念を考慮することなどの点におい て,妥当ではない。もっとも,仮に目的効果基準を採用するとしても,本件参拝は,明らかに宗教的意義を有し(目的),一般人に対しても,被告靖國神社が他の宗教団体とは異なる特別のものとして国家が保護しているとの印象を強く植え付けるものであり,被告靖國神社の宗教活動を援助,助長,促進する効果を有するものである(効果)。そして,内閣総理大臣が一宗教法人である被告靖國神社の施設である靖國神社を参拝することは,特定の宗教に対し相当とされる限度を超えた関わり合いを持つといえることは明らかであり,とりわけ,過去の被告靖國神社の特別な地位,国との結びつき等を考えると,本件参拝は国と被告靖國神社との一体化を意味するものといえる(限度を超えた関わり合い)。 被告靖國神社の本件参拝受入れは,被告安倍の本件参拝と一体として見るべきであり,この限りで被告靖國神社の行為も国家行為(被告国の行為)と同視すべきであるから,政教分離原則に違反する。 以上によれば,本件参拝及び本件参拝受入れは,政教分離原則に違反する違憲違法な行為である。 イ憲法が採用するアメリカ型の「司法審査制」の下でも,憲法秩序維持は違憲審査制における重要な目的であるから,事件の重大性,違憲状態の程度,その及ぼす影響の範囲,事件で問題とされている権利の性質等を総合的に考慮し,国民の人権にかかわっており,類似の事件が多発するおそれがあり,憲法上の争点が明確である場合には,厳密な意味で,主文の判断に直接かつ絶対必要な場合か否かを問わず,裁判所は,憲法判断を行うことが許される。本件参拝は,内 ており,類似の事件が多発するおそれがあり,憲法上の争点が明確である場合には,厳密な意味で,主文の判断に直接かつ絶対必要な場合か否かを問わず,裁判所は,憲法判断を行うことが許される。本件参拝は,内閣総理大臣の靖國神社参拝に対して内外から批判があるにもかかわらず行われたものであり,これを放置すれば繰り返し参拝がされるおそれが強く,政教分離原則が空洞化することになるから,裁判所は,積極的に憲法判断を行う必要がある。裁判所が必要であると判断する場合には結論を導くのに不可欠でなくても憲法判断を行うとい う手法は,最高裁判所平成27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁(以下「最高裁平成27年判決」という。)でも採用されており,同判決では,国家賠償法1条1項の違法性を否定しながら,理由中で違憲判断をしている。 (被告らの主張)否認ないし争う。 ⑷ 参拝差止め及び参拝受入差止めの必要性(原告らの主張)被告安倍による靖國神社の本件参拝は,歴代首相の参拝に連続するものであり,被告安倍においては靖國神社に対して本件参拝以降も毎年玉串料を奉納していることなど被告安倍の過去の言動や最近の安倍政権の諸政策に照らすと,被告安倍の強い政治的信念に基づくものであって,今後,被告安倍が再び靖國神社を公式参拝する可能性は高い。また,被告安倍の靖國神社への参拝及び被告靖國神社の参拝受入れにより侵害される権利は,個人の精神的内面的世界に関する重要な権利であり,事後的に損害賠償を求めて争うのみでは保護として不十分である。他方,靖國神社参拝は国政に関わるものではないから,差止めを認めても,被告安倍の職務に支障が生ずるおそれは極めて低く,被告靖國神社の執務に支障が生ずるおそれも極めて低い。 したがって,原 。他方,靖國神社参拝は国政に関わるものではないから,差止めを認めても,被告安倍の職務に支障が生ずるおそれは極めて低く,被告靖國神社の執務に支障が生ずるおそれも極めて低い。 したがって,原告らは,上記⑵(原告らの主張)で述べた権利に基づき,被告安倍に対して,被告安倍が内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの差止めを求める権利を有するとともに,被告靖國神社に対して,被告安倍による内閣総理大臣としての参拝の受入れの差止めを求める権利を有する。 (被告安倍及び被告靖國神社の主張)争う。 ⑸ 本件参拝の職務行為性(原告らの主張) 国家賠償法1条1項所定の「職務を行うについて」とは,客観的に職務執行の外形を備える行為をいい,当該公務員が有した個人的な目的や私的な意図とは関係がない。当該公務員が主観的に権利行使の意思をもってする場合に限らず,自己の利を図る意図をもってする場合でも,客観的に職務執行の外形を備える行為であれば「職務を行うについて」に当たる。 被告安倍は,その著書や衆議院予算委員会等においても,一貫して内閣総理大臣として靖國神社に参拝する意思を明らかにした上で,事前に閣僚,与党幹部,マスコミや関係国に予告し,公用車を利用し,内閣総理大臣との肩書を付して記帳したり,「内閣総理大臣安倍晋三」の札が付けられた献花をするなどして本件参拝をし,参拝後もマスコミの取材に応じたり,自らコメントを発表したりして本件参拝の事実を明らかにしたものであるから,本件参拝は,客観的に,被告安倍が内閣総理大臣の職務として行ったものであり,「職務を行うについて」されたものに当たる。 (被告国の主張)被告安倍は,本件参拝において,専ら個人的な信条に基づき,戦没者の霊に拝礼したものであり,本 臣の職務として行ったものであり,「職務を行うについて」されたものに当たる。 (被告国の主張)被告安倍は,本件参拝において,専ら個人的な信条に基づき,戦没者の霊に拝礼したものであり,本件参拝後には自ら私人の立場で行ったものであると明確に述べている。また,本件参拝では,献花料は被告安倍が私費で支払っており,献花に付された札の「内閣総理大臣」との記載や記帳の「内閣総理大臣」との記載は,被告安倍の肩書を示したものにすぎなかった。さらに,被告安倍が公用車を利用して靖國神社に移動したのは,警備の都合,緊急時の連絡の必要性があるためにすぎなかった。したがって,本件参拝は,内閣総理大臣の「職務を行うについて」されたものではなく,被告安倍が私人としての立場で行ったものである。 ⑹ 被告安倍の個人責任の成否(原告らの主張)国家賠償法1条1項が適用される公務員の不法行為であっても,当該公務 員に故意又は重大な過失がある場合には,当該公務員個人も不法行為に基づく損害賠償責任を免れない。被告安倍は,本件参拝が違憲であり,原告らの権利利益を侵害することを熟知した上で,本件参拝に及んでいるから,故意又は重大な過失がある。したがって,本件参拝が内閣総理大臣としての職務行為に当たる場合でも,被告安倍は個人として損害賠償責任を負うし,上記職務行為に当たらない場合には,当然に個人として損害賠償責任を負う。 (被告安倍の主張)原告らは,被告安倍の本件参拝が内閣総理大臣の職務行為であると主張するところ,公権力の行使に当たる公務員はその職務行為につき個人として損害賠償責任を負わないから,被告安倍の個人責任を原因とする原告らの請求は失当である。 ⑺ 違憲確認の利益(被告国の主張)本件参拝によって,原 はその職務行為につき個人として損害賠償責任を負わないから,被告安倍の個人責任を原因とする原告らの請求は失当である。 ⑺ 違憲確認の利益(被告国の主張)本件参拝によって,原告a外3名の権利ないし法的利益を侵害したとはいえないことからすれば,原告a外3名の違憲確認請求は,本件参拝が政教分離原則に違反することの確認を求めることに尽きており,そうすると,原告a外3名の法的地位に関わらない法律関係の確認を求めるものにすぎない。 また,過去の事実関係又は法律関係の確認は原則として許されないところ,本件参拝は,単なる過去の事実行為であり,本件参拝が違憲であるか否かも過去の法律関係であるにすぎず,本件参拝により何らかの法的利益が侵害されていると主張するのであれば,損害賠償請求又は差止請求によってその法的利益の回復又は侵害の予防を求めるべきであって,違憲確認を求めることが最も適切かつ必要な手段であるとはいえない。 したがって,本件参拝の違憲確認請求は確認の利益がない。 (被告靖國神社の主張)本件参拝受入れは過去の事実であり,原告a外3名と被告靖國神社との間 の現在の権利関係・法律関係ではなく,また,原告a外3名は本件参拝受入れが違憲であることを前提として損害賠償請求をしているため,本件参拝受入れの違憲確認請求は,確認の利益がない。 (原告a外3名の主張)本件訴訟の目的は,被告安倍が組閣する政権による憲法違反行為が繰り返されることを防止することにあるところ,本件参拝及び本件参拝受入れが違憲であることを確認することは,被告らによる政教分離原則違反を明らかにし,将来の憲法違反行為を抑制し,紛争の抜本的解決につながるものである。被告らに対して原告らへの損害賠償を命ずるだけでは 入れが違憲であることを確認することは,被告らによる政教分離原則違反を明らかにし,将来の憲法違反行為を抑制し,紛争の抜本的解決につながるものである。被告らに対して原告らへの損害賠償を命ずるだけでは本件訴訟の上記目的は達成できないから,本件参拝及び本件参拝受入れが違憲であることの確認をする必要がある。 ⑻ 本件参拝及び本件参拝受入れは違憲か(原告a外3名の主張)本件参拝及び本件参拝受入れは,政教分離原則(憲法20条3項)に違反するとともに,原告a外3名の信教の自由(同法20条1項),宗教的人格権(同法13条,20条1項,3項),平和的生存権(同法前文,9条1項,2項)等を侵害する行為であるから,憲法に違反する。 (被告国及び被告靖國神社の主張)争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前記争いのない事実(第2の2)に加えて,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次のとおりの事実が認められる。 靖國神社についてア被告靖國神社は,東京都千代田区に事務所(社務所)を置き,靖國神社規則第3条において,「明治天皇の宣らせ給うた『安國』の聖旨に基き, 國事に殉ぜられた人々を奉齋し,神道の祭祀を行ひ,その神德をひろめ,本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し,祉會の福祉に寄與し,その他本神社の目的を達成するための業務を行ふこと」を目的と定めている。(甲B7の32,弁論の全趣旨)イ 靖國神社本殿には,幕末から第二次世界大戦に至るまでの戦没者等の合計246万余名が祭神として祀られており,その中にはいわゆるA級戦犯も含まれている。(甲B4,10,11) 本件参拝前の経緯についてア被告安倍は,平成18年9月26日から平成19年9月26日ま が祭神として祀られており,その中にはいわゆるA級戦犯も含まれている。(甲B4,10,11) 本件参拝前の経緯についてア被告安倍は,平成18年9月26日から平成19年9月26日まで,内閣総理大臣の地位にあった(第一次安倍内閣)。(弁論の全趣旨)イ被告安倍は,平成24年9月14日の自由民主党総裁選候補者による共同記者会見において,靖國神社への参拝について,「首相在任中に参拝できなかったことは,痛恨の極みだ」と述べた。(甲A12)ウ被告安倍は,平成25年2月7日の衆議院予算委員会において,靖國神社への参拝の意向を問われたのに対し,「私の基本的な考え方として,国のために命をささげた英霊に対して国のリーダーが尊崇の念を表する,これは当然のことだろうと思いますし,各国のリーダーが行っていることだろう,こう思っています。その中で,前回の第一次安倍内閣において参拝できなかったことは,私自身は痛恨のきわみだった,このように思っております。」と述べた。(甲A16の1)エ被告安倍は,平成25年4月10日の衆議院予算委員会において,訪米時にアーリントン墓地で献花したことに関連して靖國神社への参拝について問われ,「私も,指導者として当然,尊崇の念を表すことは,ある意味,国際的にも当たり前のことなんだろう,このように思うところでございます。」と述べた。(甲A16の2)オ被告安倍は,平成25年10月22日の衆議院予算委員会において,質 問者から靖國神社への参拝を求められたのに対し,「国のために戦い,とうとい命を犠牲にされた方々に対して,英霊に対して,手を合わせ,尊崇の念を表し,御冥福をお祈りする,これは私は当然のことであろうと思うわけでありますし,リーダーとしてその気持ちをあらわす,これは とうとい命を犠牲にされた方々に対して,英霊に対して,手を合わせ,尊崇の念を表し,御冥福をお祈りする,これは私は当然のことであろうと思うわけでありますし,リーダーとしてその気持ちをあらわす,これは当然の行為であろう,こう思うところであります。その思いの中において,私は,第一次安倍政権の任期中に参拝できなかったことは痛恨のきわみであるというふうに申し上げたところであります。同時に,この問題が外交問題,政治問題化しているのも現実でありますが,本来,外交問題,政治問題化させるべきではない,こう考えております。いつ行くか,行かないかということについては,お話をすることは控えさせていただきたい,このように思いますが,今私が申し上げた気持ちは,今も全く変わっていないということでございます。」と述べた。(甲A16の3) 本件参拝について被告安倍は,平成25年12月26日,被告靖國神社に対し,参拝の意向を伝えた上で,午前11時22分頃,モーニング姿で公用車に乗って首相官邸を出発し,同32分頃,靖國神社に到着し,到着殿において「内閣総理大臣安倍晋三」と記帳した後,手を水で洗って口を濯ぎ,祓いを受けた。被告安倍は,その後,被告靖國神社の宮司に先導されながら,鎮霊社(本殿に祀られていない戦没者と世界各国すべての戦死者等を慰霊する施設)を参拝し,続いて,「内閣総理大臣安倍晋三」と記された札を掛けた花が両脇に設置された本殿の入口で一礼して本殿に入り,二拝二拍手一拝の方式で参拝した(本件参拝)。被告安倍は,被告靖國神社に対し,本件参拝に際して,私費で献花料10万円を奉納した。(甲A1,3から8まで,甲C43,乙イ1,原告o本人,弁論の全趣旨) 本件参拝後の経緯についてア被告安倍は,本件参拝の直後,報道各社のインタビューに応じ, で献花料10万円を奉納した。(甲A1,3から8まで,甲C43,乙イ1,原告o本人,弁論の全趣旨) 本件参拝後の経緯についてア被告安倍は,本件参拝の直後,報道各社のインタビューに応じ,「日本 のために尊い命を犠牲にした英霊に尊崇の念を表し,御霊安らかなれと手を合わせた。鎮霊社にも参った。鎮霊社はすべての戦場に倒れた人々,日本人だけでなく諸外国の人々も含めた慰霊のための社だ。すべての戦争で命を落とされた人々のために手を合わせ,冥福を祈り,二度と再び戦争の惨禍で人々の苦しむことのない時代を作るとの決意を込めて,不戦の誓いをした。」,「母を残し,愛する妻や子を残し,戦場で散った英霊の冥福を祈り,リーダーとして手を合わせることは世界共通のリーダーの姿勢ではないか。」,「第一次安倍政権の任期中に参拝できなかったことは痛恨の極みだと申し上げてきた。……その上で私は総裁に選出され,首相になった。これからも参拝の意味について理解してもらうための努力を重ねていきたい。」という趣旨の発言をした。(甲A9)イ被告安倍は,本件参拝後,首相官邸を通じて「恒久平和への誓い」と題する次のとおりの談話を発表した。(甲A24)「 本日,靖国神社に参拝し,国のために戦い,尊い命を犠牲にされた御英霊に対して,哀悼の誠を捧げるとともに,尊崇の念を表し,御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。また,戦争で亡くなられ,靖国神社に合祀されない国内,及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも,参拝いたしました。 御英霊に対して手を合わせながら,現在,日本が平和であることのありがたさを噛みしめました。 今の日本の平和と繁栄は,今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。愛する妻や子どもたちの幸せを祈り,育てて ながら,現在,日本が平和であることのありがたさを噛みしめました。 今の日本の平和と繁栄は,今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。愛する妻や子どもたちの幸せを祈り,育ててくれた父や母を思いながら,戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に,私たちの平和と繁栄があります。 今日は,そのことに改めて思いを致し,心からの敬意と感謝の念を持って,参拝いたしました。 日本は,二度と戦争を起こしてはならない。私は,過去への痛切な反省の上に立って,そう考えています。戦争犠牲者の方々の御霊を前に,今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を,新たにしてまいりました。 同時に,二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人,世界の友人と共に,世界全体の平和の実現を考える国でありたいと,誓ってまいりました。 日本は,戦後68年間にわたり,自由で民主的な国をつくり,ひたすらに平和の道を邁進してきました。今後もこの姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。世界の平和と安定,そして繁栄のために,国際協調の下,今後その責任を果たしてまいります。 靖国神社への参拝については,残念ながら,政治問題,外交問題化している現実があります。 靖国参拝については,戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが,私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは,御英霊に,政権一年の歩みと,二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を,お伝えするためです。 中国,韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは,全くありません。靖国神社に参拝した歴代の首相がそうであった様に,人格を尊重し,自由と民主主義を守り,中国,韓国に を,お伝えするためです。 中国,韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは,全くありません。靖国神社に参拝した歴代の首相がそうであった様に,人格を尊重し,自由と民主主義を守り,中国,韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っています。 国民の皆さんの御理解を賜りますよう,お願い申し上げます。」ウ被告安倍は,平成26年1月29日の参議院本会議において,「私は,靖国神社を参拝し,国のために戦って尊い命を犠牲にした方々に対して,尊崇の念を表し,御霊安かれなれと御冥福をお祈りしました。この参拝は,私人の立場で行ったものであって,また,供花代を公費から支出しておらず,憲法の政教分離原則に反する可能性があるとの御指摘は当たりま せん。」と述べた。(乙ロ5) 2 争点⑴(参拝受入れの差止請求の適法性)について⑴ 被告靖國神社は,本件参拝受入れの差止請求について,参拝行為の外観上「内閣総理大臣としての参拝」とそれ以外の参拝との区別をすることが困難であるから,被告靖國神社のとるべき作為ないし不作為の内容が特定されていない旨を主張する。 しかしながら,前記認定事実によれば,被告安倍は,本件参拝に先立って,被告靖國神社に対し,参拝の意向を伝えた上で,到着殿において「内閣総理大臣安倍晋三」と記帳して本件参拝を行っており,その際に,本殿の入り口の両脇には「内閣総理大臣安倍晋三」と記された札が掛けられた花が設置されていたことが認められ,原告らが被告靖國神社による受入れの差止めを求めている参拝とは,このような本件参拝と類似する態様の参拝であることは明らかである。そうすると,原告らの被告靖國神社に対する差止請求は,特定性において欠けるところはないものというべきである。 ⑵ 次に 拝とは,このような本件参拝と類似する態様の参拝であることは明らかである。そうすると,原告らの被告靖國神社に対する差止請求は,特定性において欠けるところはないものというべきである。 ⑵ 次に,被告靖國神社は,原告らが被告安倍に対して「内閣総理大臣としての参拝」の差止めを求めているから,これに加えて,被告靖國神社に対する参拝受入れの差止めを求める必要性がない旨を主張する。 しかしながら,被告安倍の「内閣総理大臣としての参拝」と被告靖國神社の「内閣総理大臣としての参拝の受入れ」とは,別個の行為であるから,原告らが被告安倍に対して「内閣総理大臣としての参拝」の差止めを求めるのとは別に,被告靖國神社に対して参拝受入れの差止めを求める利益があるものというべきである。 ⑶ 以上によれば,被告靖國神社に対する参拝受入れの差止請求に関する被告靖國神社の本案前の主張は,いずれも採用することができず,上記差止請求は適法であるものというべきである。 3 争点⑵(原告らの被侵害利益の有無)について 判断の枠組みについてア原告らの損害賠償請求については,まず,損害賠償の対象となるような被侵害利益があったといえるかが問題となるところ,人が神社に参拝する行為自体は,他人の信仰生活等に対して圧迫,干渉を加えるような性質のものではないから,他人が特定の神社に参拝することによって,自己の心情ないし宗教上の感情を害されたとし,不快の念を抱いたとしても,これを被侵害利益として,直ちに損害賠償を求めることはできないと解するのが相当であり,このことは,内閣総理大臣の地位にある者が靖國神社を参拝した場合においても異なるものではないものというべきである(最高裁平成18年判決)。他方で,自己の信仰生活等に対して圧迫,干渉を受け 当であり,このことは,内閣総理大臣の地位にある者が靖國神社を参拝した場合においても異なるものではないものというべきである(最高裁平成18年判決)。他方で,自己の信仰生活等に対して圧迫,干渉を受けない権利ないし利益の侵害があった場合には,これを被侵害利益として,損害賠償を求めることができる余地があるものと解される。また,原告らの差止請求についても,差止めの前提となる人格権等の侵害の有無が問題となるところ,損害賠償における被侵害利益と同様に解することができる。 イこの点,原告らは,最高裁平成18年判決について,内閣総理大臣と一般私人の参拝とを全く同一視している点で大きく社会通念を逸脱するものであって先例としての価値はない旨を主張し,原告ら提出に係る東京大学大学院総合文化研究科教授の高橋哲哉の意見書(甲D16)も同旨を述べる。しかしながら,内閣総理大臣が靖國神社への参拝を行うことは,一般私人の参拝とは異なり,大きく報道され内外の注目を集め,政治的意義を有することから,これを認識した者の思想,信条,信仰等いかんでは一般私人の参拝の場合と比べて不快の念が増幅することはあり得るにしても,それが参拝という行為にとどまる限り,その者の信仰生活等に対して何ら圧迫,干渉を加えるような性質のものではないことに変わりはないから,最高裁平成18年判決の判断は何ら不合理ではない。 また,原告らは,最高裁平成18年判決が対象とする小泉純一郎元総理大臣の靖國神社参拝と本件参拝とは,参拝に至る経緯,行為態様,参拝後の世論の反応等のほか,靖國神社への参拝を取り巻く国際情勢及び政権の政策が異なっており,本件参拝及び本件参拝受入れは,最高裁平成18年判決の射程外である旨を主張する。しかしながら,小泉純一郎元総理大臣の参拝と本件参拝との間で政 への参拝を取り巻く国際情勢及び政権の政策が異なっており,本件参拝及び本件参拝受入れは,最高裁平成18年判決の射程外である旨を主張する。しかしながら,小泉純一郎元総理大臣の参拝と本件参拝との間で政権の政策等に違いがあるとしても,そのことによって,それぞれの参拝がこれを認識した者に対して与える影響が質的に異なることとなり,本件参拝においては,その者の信仰生活等に対して圧迫,干渉に加えるような性質を有するに至るものとは到底解されないから,本件参拝及び本件参拝受入れには,最高裁平成18年判決の射程が及ぶものというべきである。 ⑵ 原告らが主張する権利ないし利益についてア政教分離規定違反について原告らは,本件参拝及び本件参拝受入れは,政教分離規定(憲法20条3項)に違反し,原告らの法的権利等の侵害となる旨を主張する。 しかしながら,政教分離規定は,いわゆる制度的保障の規定であって,国家と宗教との分離を制度として保障することにより,間接的に信教の自由を確保しようとするものであり,直接に国民の権利ないし自由を保障するものではない(最高裁判所昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,最高裁平成63年判決,最高裁判所平成9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁参照)。したがって,政教分離規定に反する国等の行為も,それが同条1項前段に違反して私人の信教の自由を制限し,あるいは同条2項に違反して私人に対し宗教上の行為等への参加を強制するなど,憲法が保障している信教の自由を直接侵害するに至らない限り,私人に対する関係で当然には権利ないし自由を侵害することにはならないから(最高裁昭和63年判決参照),本件参拝について政教分離 規定から直ちに原告らに被侵害利益があるとすることはできないものというべ 関係で当然には権利ないし自由を侵害することにはならないから(最高裁昭和63年判決参照),本件参拝について政教分離 規定から直ちに原告らに被侵害利益があるとすることはできないものというべきである。原告らは,政教分離規定から特定の宗教を信じない自由等や信教の自由が侵害されるおそれからの自由といった法的権利が導かれる旨を主張するが,これらは,憲法20条3項に基づく原告らの法的権利と構成し得るものではない。 イ信教の自由について 原告らは,本件参拝及び本件参拝受入れは,国の機関である内閣総理大臣が特定宗教である「靖國神社」と結びつき,これに関与する行為であるから,国や国の機関の権威をもって,原告らに対して,戦没者を神として祀る「靖國神社」の教義に賛同し,戦没者に対し英霊として哀悼の意を捧げ,及び靖國神社において冥福を祈ることを強要するものであって,原告らに対し宗教上の圧迫,干渉を加えるものであるから,原告らの信教の自由を侵害するものというべきである旨を主張する。そして,原告らの中には,キリスト教の信者として戦没者である肉親を植民地支配に対する加害者として追悼すべきであるとの信仰を有する者(原告g),戦時中に自己のキリスト教信仰が靖國思想に利用された経験を有する者(原告h),キリスト教の牧師として,靖國参拝の社会的儀礼化に懸念を有する者(原告i),過去の戦争体験や反靖國神社闘争を経て国家の靖國神社への関与を強く忌避拒絶することを自己の信仰の核心とする者(原告j)等がおり,これらの者の本人尋問の結果及び陳述書によれば,これらの者が,本件参拝及び本件参拝受入れによって,自己の信仰が妨げられる旨の供述ないし陳述をしていることが認められる。 しかしながら,前記認定事実によれば,本件参拝及び本件参拝受入れは これらの者が,本件参拝及び本件参拝受入れによって,自己の信仰が妨げられる旨の供述ないし陳述をしていることが認められる。 しかしながら,前記認定事実によれば,本件参拝及び本件参拝受入れは,被告安倍が靖國神社に参拝し,被告靖國神社がそれを受け入れたというものであって,被告安倍は,参拝後にインタビューに応じ,「恒久平和への誓い」と題する談話を発表したが,その内容は,参拝の事実を 報告するとともに,国のために戦い,尊い命を犠牲にした英霊に哀悼の誠を捧げ,尊崇の念を表し,御霊安らかなれと冥福を祈ったこと,日本は二度と戦争を起こしてはならず,過去への痛切な反省の上に立って,今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を新たにしたことなどを表明するものであったことが認められ,被告安倍が原告らを含む国民又は諸外国の人々に対して靖國神社の教義に賛同を求めたり戦没者を英霊として哀悼の意を捧げ靖國神社において冥福を祈ったりすることを推奨するものですらなく,ましてこれを強要するものとは到底いえない。したがって,本件参拝及び本件参拝受入れは,原告らの信仰生活等に対して何らの圧迫,干渉を加えるものではないから,原告らの信教の自由を侵害するものではない。原告らが主張する信教の自由の侵害は,要するに,被告靖國神社の教義に賛同しない原告らが,自らが信奉する宗教的教義ないし信条に反して,被告安倍が靖國神社に参拝したために,精神的衝撃を受け,あるいは不快感をおぼえたというものであるところ,これらは最高裁平成18年判決が被侵害利益に当たらないと説示する「自己の心情ないし宗教上の感情」の侵害と異なるものではなく,原告らの信仰に対し何ら強制や圧迫,干渉をもたらすものではないものというべきである。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れにより原告らの ないし宗教上の感情」の侵害と異なるものではなく,原告らの信仰に対し何ら強制や圧迫,干渉をもたらすものではないものというべきである。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れにより原告らの信教の自由が侵害されたことをもって被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 ウ宗教的人格権について 原告らは,本件参拝及び本件参拝受入れにより,宗教的人格権としての,親しい者の「生」「死」「霊」につき国家によって意味づけをされない権利,具体的には,①遺族が肉親を本人及び自己の意思・信条に従って慰霊追悼する権利(原告k),②生活環境に根付いた宗教的信条 を傷つけられない権利(原告l),③国家神道の宗教教育の恐怖から免れる権利(原告a),④近親者である戦没者を加害者として追悼する権利(原告m)を侵害されたと主張し,これらの原告らの本人尋問の結果及び陳述書中には,同旨の供述又は陳述部分がある。 しかしながら,原告らが宗教的人格権として主張する権利は,そもそも権利としての成熟性に欠ける上,被告安倍による本件参拝がもたらす政治的影響の大きさを勘案しても,原告らが独自に「生」「死」「霊」を意味づけたり,自ら肉親を自己の意思・信条に従って慰霊追悼し,生活環境に根付いた宗教的信条を保持したりすることは何ら妨げられないのであって,結局のところ,最高裁平成18年判決が被侵害利益に当たらないと判示する「自己の心情ないし宗教上の感情」と異なるものではなく,原告らに損害賠償又は差止めの対象となり得るような権利ないし法律上保護されるべき利益の侵害があったということはできない。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れにより原告らの宗教的人格権が侵害されたことをもって被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 れるべき利益の侵害があったということはできない。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れにより原告らの宗教的人格権が侵害されたことをもって被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 エ思想信条の自由について原告らは,本件参拝及び本件参拝受入れが,被告靖國神社の宗教的価値観や教義を国民に押しつけ,原告らの死生観など内心に対し重大な圧迫,干渉を加えるものであり,原告らの内心(思想信条)の自由を侵害する旨を主張し,原告a,原告n,原告mらも,その本人尋問及び陳述書において,同旨の供述又は陳述をする。 しかしながら,本件参拝及び本件参拝受入れが他人の思想,信条に対して圧迫,干渉を加えるような性質のものではないことは,前記⑴において説示したとおりであるから,原告らに損害賠償又は差止めの対象となり得るような思想信条の自由の侵害があったということはできない。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れにより原告らの思想信条の自由が侵害されたことをもって被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 オ自由権規約18条2項について原告らは,本件参拝及び本件参拝受入れにより,自由権規約18条2項が保障する自ら選択する宗教以外の宗教を受け入れない自由等を侵害されたと主張し,原告i,原告mらも,その本人尋問及び陳述書において,同旨の供述又は陳述をする。 しかしながら,前記説示のとおり,本件参拝及び本件参拝受入れは,他人の信仰生活等に対して圧迫,干渉を加えるような性質のものではなく,原告らにその信仰する宗教以外の宗教を受け入れることを強制するものでも,原告らの宗教,信念を保持する自由を侵害するおそれのある強制を加えるものでもない。 そうすると,本件参拝及び本件参拝受入 く,原告らにその信仰する宗教以外の宗教を受け入れることを強制するものでも,原告らの宗教,信念を保持する自由を侵害するおそれのある強制を加えるものでもない。 そうすると,本件参拝及び本件参拝受入れにより自ら選択する宗教以外の宗教を受け入れない自由等が侵害されたことをもって被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 カ戦没者遺族の人格権について前記ウのとおり,本件参拝及び本件参拝受入れの政治的影響の大きさを勘案しても,本件参拝及び本件参拝受入れは原告らの信仰生活等に対して圧迫,干渉を加えるような性質のものではなく,原告らに損害賠償の対象となり得るような宗教的人格権の侵害があったということはできないところ,この理は戦没者遺族の人格権についても異なるものではない。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れにより戦没者遺族の人格権が侵害されたことをもって被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 キ平和的生存権について原告らは,侵略戦争それ自体を賛美する靖國神社への本件参拝及び本件 参拝受入れは,精神的な側面から戦争を受け入れる状況を作り出し,日本を戦争ができる国にする戦争準備行為であるのみならず,国際的緊張を高めて軍事的衝突を引き起こす可能性を高め,原告らの生活に脅威と不安をもたらし,日本を含む諸国を戦争の危機に陥れる行為であるから,原告らの平和的生存権が侵害された旨を主張する。 しかしながら,平和とは,理念あるいは目的等を示す抽象的概念であって,憲法前文にいう「平和のうちに生存する権利」もこれを主張する者の主観によってその内容,範囲が異なり得るものであり,いまだ具体的なものではないから,平和的生存権を被侵害利益と認めるのは困難である。加えて,前記認定事実によれば,被告安倍は,本 もこれを主張する者の主観によってその内容,範囲が異なり得るものであり,いまだ具体的なものではないから,平和的生存権を被侵害利益と認めるのは困難である。加えて,前記認定事実によれば,被告安倍は,本件参拝後にインタビューに応じ,「恒久平和への誓い」と題する談話を発表したが,その内容は,国のために戦い,尊い命を犠牲にした英霊に哀悼の誠を捧げ,尊崇の念を表し,御霊安らかなれと冥福を祈ったこと,日本は二度と戦争を起こしてはならず,過去への痛切な反省の上に立って,今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を新たにしたことなどを表明するものであったことが認められ,少なくともこれを素直に読んだ者からは,被告安倍が本件参拝によって恒久平和への誓いを立てたものと理解されるものであって,本件参拝が戦争準備行為であるとか,本件参拝によって国際的緊張を高めて軍事的衝突を引き起こす可能性が高まるといった理解をするのは困難であるといわざるを得ない。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れにより平和的生存権が侵害されたことをもって被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 ク憲法尊重擁護義務遵守に対する期待権について憲法99条は公務員が憲法を尊重し擁護する義務を負うことを規定しているが,国家の公権力を行使する者が憲法を遵守して国政を行うべきことは当然の要請であるから,同条の定める公務員の義務は,いわば,倫理的 な性格のものであって,それに対する個人の期待が,損害賠償によって法的に保護される利益となるものと解することはできない。 したがって,本件参拝及び本件参拝受入れによって憲法尊重擁護義務遵守に対する期待権が侵害されたことを被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 ケ外国在住原告らの人格権について 原告 って,本件参拝及び本件参拝受入れによって憲法尊重擁護義務遵守に対する期待権が侵害されたことを被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 ケ外国在住原告らの人格権について 原告らは,韓国在住原告らにとって,靖國神社は屈辱的な植民地支配の象徴であり,本件参拝及び本件参拝受入れが,過去の宗教弾圧,強制参拝の忌まわしい記憶を喚起させるものであって宗教的人格権を侵害する,東アジアの緊張を高めるもので平和的生存権を侵害する,親族が靖國神社に合祀されていること等と相まって名誉感情や名誉権,習俗的追悼権,民族的人格権,姓名権を侵害する旨を主張する。 しかしながら,前記説示のとおり,本件参拝により宗教的人格権や平和的生存権が侵害されたことを被侵害利益とみることはできないというべきであるところ,このことは,過去に植民地支配の下に置かれた韓国に在住する原告らについても同様にあてはまるといわざるを得ない。また,本件参拝が韓国在住原告らの親族の合祀を積極的に援助,助長する性質を有する行為であるとはいえないから,韓国在住原告らの名誉感情,名誉権,姓名権を侵害するものとはいえないし,習俗的追悼権や民族的人格権については権利としての成熟性に欠ける上,最高裁平成18年判決が被侵害利益に当たらないと説示した「自己の心情ないし宗教上の感情」にすぎないから,いずれにしても,韓国在住原告らの法的利益を侵害するものとはいえない。 次に,原告らは,中国侵略戦争における侵略者・犯罪者を神として祀る靖國神社への本件参拝及び本件参拝受入れは,日中間の平和で良好な関係の構築を害し,戦争を誘発するから,中国在住原告らの平和的生存 権を侵害する,本件参拝及び本件参拝受入れは,中国侵略を美化して歴史的事実を歪曲する行為であるから,同原告らの 和で良好な関係の構築を害し,戦争を誘発するから,中国在住原告らの平和的生存 権を侵害する,本件参拝及び本件参拝受入れは,中国侵略を美化して歴史的事実を歪曲する行為であるから,同原告らの名誉感情を侵害する旨を主張する。 しかしながら,前記説示のとおり,平和的生存権を被侵害利益と認めるのは困難である上に,本件参拝によって国際的緊張を高めて軍事的衝突を引き起こす可能性が高まると認めることもできない。また,本件全証拠によっても,本件参拝及び本件参拝受入れが中国侵略を美化するものとの趣旨を含むものとは認められないから,仮に中国在住原告らがそのように受け止めたとしても,法的保護に値する名誉感情の侵害があったものとはいえない。 さらに,原告らは,本件参拝及び本件参拝受入れは,ドイツその他の国に在住する原告らの平和的生存権等を侵害する旨を主張するが,前記説示のとおり,平和的生存権等の侵害をもって被侵害利益と認めることはできない。 以上によれば,本件参拝及び本件参拝受入れによって外国在住原告らの権利が侵害されたことをもって被侵害利益とする原告らの主張は,理由がない。 ⑶ まとめ以上によれば,原告が主張する権利ないし利益は,いずれも法的保護に値するものということができず,損害賠償の対象となる被侵害利益又は差止めの前提となる人格権等には当たらないから,原告らの損害賠償請求及び差止請求は,その余の争点について判断するまでもなく,理由がない。 4 争点⑺(違憲確認の利益)について確認の訴えは,現に,原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し,これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許されるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和30年 原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し,これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許されるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和30年 12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁参照)。 原告a外3名は,本件参拝及び本件参拝受入れの違憲確認を求めるものであるが,前記3に説示したとおり,本件参拝及び本件参拝受入れにより同原告らの損害賠償請求権,差止請求権の前提となる権利ないし法的利益が侵害されたとはいえないから,上記違憲確認は同原告らの法律的地位とは直接関係しない法律関係の確認を求めるものであることに帰する。 したがって,同原告らの上記違憲確認の訴えには確認の利益がないから,いずれも不適法というべきである。 5 憲法判断の必要性について原告は,憲法が採用するアメリカ型の「司法審査制」の下でも,厳密な意味で,主文の判断に直接かつ絶対必要な場合か否かを問わず,裁判所は,憲法判断を行うことが許されるところ,本件参拝は,内閣総理大臣の靖國神社参拝に対して内外から批判があるにもかかわらず行われたものであり,これを放置すれば繰り返し参拝がされるおそれが強く,政教分離原則が空洞化することになるから,裁判所は,積極的に憲法判断を行う必要がある旨を主張し,原告ら提出に係る学習院大学大学院法務研究科教授の青井未帆の意見書(甲D11,17)も同旨を述べる。 しかしながら,我が国の現行の制度における違憲立法審査権の行使は,具体的な事件の解決に必要な場合にその限度で行われるという付随的違憲審査制が採られていることからすると(最高裁判所昭和27年10月8日大法廷判決・民集6巻9号783頁参照),裁判所が憲法判断を行うのは,その判断が具体的事件の結論を導くために必要である場 付随的違憲審査制が採られていることからすると(最高裁判所昭和27年10月8日大法廷判決・民集6巻9号783頁参照),裁判所が憲法判断を行うのは,その判断が具体的事件の結論を導くために必要である場合に限られるのであって,事件の結論を導くのに必要な場合を超えて憲法判断を行うことは相当ではないものと解される。 本件についてみると,前記のとおり,本件参拝及び本件参拝受入れにより原告らの損害賠償請求権,差止請求権の前提となる権利ないし法的利益が侵害さ れたとはいえず,また原告らの違憲確認の訴えについては確認の利益を欠くものであるから,原告らの各請求について結論を導くために憲法判断が必要であるとはいえない。 これに対し,原告らは,裁判所が必要であると判断する場合に結論を導くのに不可欠でなくても憲法判断を行った先例として,最高裁平成27年判決を挙げる。しかしながら,同判決は,民法733条1項の定める再婚禁止期間のうち100日を超える部分が違憲であるとした上で,国会が同項を改廃する立法措置をとらなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないとして請求を棄却したものであるところ,立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける場合について,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合を例示しているものである。このように,同判決は,違憲であることの明白性が,国家賠償法1条1項の違法性を肯定するための要件の一つとなることを前提として,憲法判断をしたものであって,上記明白性の要件を判断するためには法律が違憲であるか否かを判断することが ることの明白性が,国家賠償法1条1項の違法性を肯定するための要件の一つとなることを前提として,憲法判断をしたものであって,上記明白性の要件を判断するためには法律が違憲であるか否かを判断することが必要であった事案に係るものであったと考えられる。 これに対し,本件では,前記のとおり,政教分離原則が問題となる本件参拝等の違法性の要件とは別の要件である被侵害利益が存在せず,また違憲確認の訴えについては確認の利益がないとの判断に至ったのであるから,もはや憲法判断が必要になるものではない。なお,最高裁判所昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁は,最高裁平成27年判決と同様に,立法不作為の違憲を理由とする国家賠償責任が問題となった事案において,国家賠償法上の違法性を否定して請求棄却の結論を導くに当たって,憲法判断をしていないが,これは,同判決において立法不作為が違法となる場合として例示した要件を判断するのに,憲法判断が必要ないとされたことによるものと解 される。 したがって,本件訴訟において本件参拝及び本件参拝受入れの違憲性を判断する必要があるとする原告らの上記主張は,採用することができない。 6 結論よって,原告らの請求は,原告a外3名の被告国に対する本件参拝の違憲確認請求に係る訴え及び被告靖國神社に対する本件参拝受入れの違憲確認請求に係る訴えを却下し,原告a外3名のその余の請求及びその余の原告らの請求については,その余の点につき判断するまでもなく,いずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第6部 裁判長裁判官岡崎克彦 おり判決する。 東京地方裁判所民事第6部 裁判長裁判官岡崎克彦 裁判官田邉実 裁判官岩下弘毅
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