- 1 -令和3年9月15日宣告令和2年(う)第13号 主文 本件控訴を棄却する。 理由 第1 控訴の趣意等 1 本件控訴の趣意は,主任弁護人A,弁護人B及び同C連名作成の控訴趣意書(令和2年7月31日付け),同2,同3及び弁論要旨並びに主任弁護人A作成の控訴趣意補充書各記載のとおりであり,論旨は,事実誤認,訴訟手続の法令違反及び量刑不当の主張である。これに対する検察官の答弁は,検察官森真己子作成の答弁書及び弁論要旨各記載のとおりであり,弁護人らの論旨はいずれも理由がないから本件控訴を棄却すべきであるというのである。 2 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,被告人が,平成29年6月5日深夜(以下,年の表記のない月日は平成29年のそれを指す。)から同月6日未明,遅くとも同日午前6時30分頃までの間に,①当時の被告人方(以下「被告人宅」という。)1階台所付近において,妻(当時38歳)に対し,殺意をもって,不詳の方法でその頚部を圧迫し,同人を頚部圧迫による窒息により死亡させて殺害し,②同2階寝室において,息子(当時9歳)及び娘(当時6歳)に対し,殺意をもって,それぞれその頚部をひも状の物で絞め付け,同人らを絞頚による窒息により死亡させて殺害した,というものである(以下,妻,息子及び娘を併せて「被害者ら」といい,息子及び娘を併せて「子供ら」という。)。 第2 犯人性に関する事実誤認の主張について 1 論旨は,被告人が本件各犯行の犯人ではないのに犯人であると認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。 - 2 - 2 原判決が,被告人を本件各犯行の犯人であると認めた理由は,要旨以下のとおりで いのに犯人であると認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。 - 2 - 2 原判決が,被告人を本件各犯行の犯人であると認めた理由は,要旨以下のとおりである。 外部犯の可能性についてア 6月6日午前9時30分頃に被害者らの遺体の死後硬直を確認した消防士3名(以下「消防士ら」という。)の各供述によると,被害者らの遺体はいずれも顎関節から膝関節までほぼ全身に硬直が出現していたことが認められる。死後硬直は死後6ないし8時間で全身の諸関節に及ぶことからすると,被害者らが殺害されたのは同日午前1時30分頃から同日午前3時30分頃の間と考えられる。弁護人は,死後硬直に関する消防士らの判断の正確性には疑問が残ると主張するが,救急搬送の要否を判断するために死後硬直の有無を確認することも消防士の職務の一環であり,本件で現場に臨場した消防士らも職務として手順に従い被害者らの死後硬直の有無を確認し,記録に残していること,その確認の方法も,各関節に力を加えて動くかどうかを確認するというものであって,特に複雑な判断を要するものではないこと,消防士らはいずれも救急救命士の資格を有し,これまでに臨場先で職務として死後硬直を確認した経験が複数回あることから,弁護人の主張には理由がない。 また,子供らの遺体には両側性の死斑が認められた。両側性の死斑は,死後5ないし10時間程度の時間帯に遺体の体勢を変えた場合に見られるところ,消防士らが子供らの遺体をうつ伏せから仰向けに変えたのは同日午前9時30分頃であるから,子供らが殺害されたのは同月5日午後11時30分頃から同月6日午前4時30分頃の間と考えられる。 そのほか,妻の死斑の状況や,被害者らの直腸温の変化から推定される死亡時間帯を総合してみると,被害者らが殺害 殺害されたのは同月5日午後11時30分頃から同月6日午前4時30分頃の間と考えられる。 そのほか,妻の死斑の状況や,被害者らの直腸温の変化から推定される死亡時間帯を総合してみると,被害者らが殺害されたのは,同月5日深夜から同月6日未明,遅くとも同日午前6時30分頃までの時間帯であると認められる。この結論は,法医学の専門家であるD医師の見解と- 3 -も合致しており,現場に臨場した消防士らの感覚とも整合している。弁護人は,両側性の死斑からの推定は子供らについてのみ当てはまること,直腸温からの推定は幅のある判断であることも指摘するが,死後硬直からの推定を中心に上記のとおり認定することに疑いを抱かせるものではない。 イ妻の遺体は被告人宅1階台所で発見され,子供らの遺体は同2階寝室の布団の上で発見された。それぞれの遺体の発見状況,すなわち,子供らの遺体発見時にそれぞれ着用していたズボン及びパンツに尿斑があり,布団にも尿斑があったこと,妻の遺体に引きずられたような痕跡がなかったことからすると,被害者らはそれぞれ遺体発見現場付近で殺害されたと認められる。 ウ被告人は,6月5日午後7時頃に子供らと共に帰宅してから同月6日午前6時53分頃に被告人宅を出て出勤するまでの間,被告人宅にいたから,被害者らが殺害された時間帯に被告人宅にいたことになる。そのような状況で,外部犯が被告人に気付かれることなく被害者らを殺害し,被告人にだけ危害を加えないということは考えられない。 しかも,被告人は,出勤後,通常どおり勤務に就いている。被告人が被告人宅を出て出勤する時点では,1階台所に妻の遺体があり,2階寝室には子供らの遺体があったのだから,被告人が異変に気付かないはずはない。 ちなみに,被告人のスマートフォンには,被告人が出勤前に何度も1階と 出て出勤する時点では,1階台所に妻の遺体があり,2階寝室には子供らの遺体があったのだから,被告人が異変に気付かないはずはない。 ちなみに,被告人のスマートフォンには,被告人が出勤前に何度も1階と2階を行き来した状況が記録されている。被告人は,出勤時に3名とも2階寝室の布団で寝ていた旨供述するが,事実に反する虚偽の供述である。 そして,被告人は,通常どおり勤務に就いたのであるから,被害者らの死亡を意図的に隠したと見るほかない。外部犯に家族3名を殺されたのに,被告人がそのことを隠して勤務に就くことも考えられない。 エ事件後に行われた被告人宅の検証等の結果,窓やドアにこじ開けた痕跡- 4 -はなく,2階の窓等から何者かが侵入した形跡もなかった。1階及び2階の各所から採取した対照可能な指掌紋は,被告人,妻,娘のほか,事件前にハウスクリーニングを行った業者のアルバイト従業員のものであった。 被告人宅近隣に設置された防犯カメラに記録された映像によれば(ただし,被告人宅に至る全ての道路等の状況が記録されているものではない。),6月5日午後9時頃から同月6日午前7時頃までの間に確認できた歩行者等90名のうち88名は,被告人宅の前を通り過ぎたり,被告人宅に近づいていないと考えられる状況であった。以上によれば,外部犯が被告人宅に侵入した明らかな形跡,痕跡はないといえる。 事件後に行われた被告人宅の検証等の結果,台所の手提げバッグ内の財布には現金が入ったままであり,台所に置かれていた収納ケース内や紙箱内には現金在中の封筒などが入っていた。また,妻の遺体には,下着の乱れなどの性的被害の跡はなかった。すなわち,窃盗犯やわいせつ犯の侵入を疑わせる事情は見当たらなかった。 また,少なくとも妻の姉,妹及び母親並びに被告人らの供述により知れる範囲で,被害者 ,下着の乱れなどの性的被害の跡はなかった。すなわち,窃盗犯やわいせつ犯の侵入を疑わせる事情は見当たらなかった。 また,少なくとも妻の姉,妹及び母親並びに被告人らの供述により知れる範囲で,被害者らが外部犯によって同じ機会に殺されなければならないような事情は見当たらない。 オ以上によれば,外部犯の可能性は否定される。 妻を殺害した犯人について外部犯の可能性が否定されることに加え,子供らが妻を殺害することはあり得ないことからすると,妻を殺害した犯人は被告人以外にいない。加えて,以下の各事実も,妻を殺害した犯人が被告人であることを裏付けている。 ア 6月7日に被告人の負傷状況について検証を行った医師は,被告人の左腕に九つの表皮剝脱があり,そのうちの大きなもの五つは,同月4日の夜から同月7日の夜までの間に,人の手指の爪先による擦過あるいは圧迫により生じたとしても矛盾しないものであると判断した。弁護人は同医師の- 5 -供述の信用性を問題とするが,同医師は,法医学の専門家としての知識と経験に基づき,被告人の負傷状況を実際に確認した上で,具体的検証結果を根拠にその形成原因及び時期を特定しており,その供述内容は信用できる。 他方,妻の右手薬指の爪の間から採取した付着物からは,妻と被告人の混合DNAと考えて矛盾しないDNA型が検出されている。 妻を殺害した犯人が被告人であるとすると,これらの事実から,犯行の際に妻が抵抗して被告人に爪痕を残したことが合理的に推測できる。したがって,これらの事実は妻を殺害した犯人が被告人であることを裏付けるものといえる。なお,妻の他の指から混合DNAが検出されなかったことからすると,それ以外の可能性も否定できないが,そうであったとしても,妻を殺害した犯人が被告人であることに疑いが生じるもので 付けるものといえる。なお,妻の他の指から混合DNAが検出されなかったことからすると,それ以外の可能性も否定できないが,そうであったとしても,妻を殺害した犯人が被告人であることに疑いが生じるものではない。 イ妻の首には手で圧迫したと考えられるような扼頚の跡が認められ,同首から採取した付着物から,妻と被告人の混合DNAと考えて矛盾しないDNA型が検出された。妻を殺害した犯人が被告人であるとすると,この事実から被告人が素手で妻の首を絞めたことが合理的に推測できる。したがって,この事実も妻を殺害した犯人が被告人であることを裏付けるものといえる。なお,それ以外の可能性も否定できないが,そうであったとしても,妻を殺害した犯人が被告人であることに疑いが生じるものではない。 ウ本件前,被告人と妻の夫婦関係は悪化していた。妻は,子育てや家事に関することからコップの持ち方といったささいなことについてまで,妻の母親や姉,妹から厳しすぎるなどと指摘されるほどに被告人を𠮟責し,子供らや妻の母親等の前でも被告人をたたくことがあった。被告人は,妻から逃げるように,仕事があるなどとうそをついて同僚の部屋やホテル等に泊まり,趣味のパチスロに興じていたが,やがてそのうそがばれて妻の怒りを買い,妻からスマートフォンのGPS機能を使って居場所を監視され- 6 -るようになった。被告人はもともと妻から𠮟責されても反抗的な態度を取ることはなかったが,本件直前頃,妻は,母親や姉に対して,最近被告人のことが怖い,今までになく刃向かってくるようになった,などと話していた。 他方で,妻は,被告人に隠れて特定の男友達と会って食事をするなどしており,事件の前月頃にその男友達と会った際,妻のスマートフォンを被告人に見られて男友達の存在が被告人にばれたかもしれないというような話 で,妻は,被告人に隠れて特定の男友達と会って食事をするなどしており,事件の前月頃にその男友達と会った際,妻のスマートフォンを被告人に見られて男友達の存在が被告人にばれたかもしれないというような話をした。 また,妻は,被告人が警部補への昇任試験に繰り返し不合格となっていたことについて不満を持っていたところ,被告人は,6月5日の夕方頃,警察職員から電話で,昇任試験の結果が不合格であることを告げられた。 妻を殺害した犯人が被告人であるとすると,これらの事実から,例えば,事件前夜に昇任試験の結果を妻が知り,あるいは,被告人が妻と男友達の関係を問いただすなどして口論となり,従前からの妻に対する鬱憤が爆発して,被告人が妻を殺害したことが合理的に推測できる。 このように,被告人が日常的に妻から𠮟責されるなどして妻に対する鬱憤をためており,かつ,被告人には妻の殺害を決意するきっかけとなり得る事情があったといえることもまた,妻を殺害した犯人が被告人であることを裏付けるものといえ,上記のような事情が妻殺害の動機になり得ないという弁護人の主張には理由がない。 子供らを殺害した犯人についてア妻は,以前から,子供らの育児に尽力しており,6月5日もふだんと変わらずに子供らの面倒を見ており,翌日以降も子供らの予定を入れていた上,間近に迫った娘の誕生日の準備もしていた。妻が子供らに対して恨みなどの殺意に結び付くような悪感情や,子供らの将来を悲観するような気持ちを有していたとは考えられない。被告人自身,妻が子供らを殺害した- 7 -などという話は一切していない。なお,妻は,被告人及び周囲の者に対して,被告人と離婚した場合,息子は被告人に似ているので引き取りたくないなどと述べていたようであるが,上記のような妻の子供らへの接し方や子育てへ は一切していない。なお,妻は,被告人及び周囲の者に対して,被告人と離婚した場合,息子は被告人に似ているので引き取りたくないなどと述べていたようであるが,上記のような妻の子供らへの接し方や子育てへの取り組み方からすると,それを理由として妻が息子の殺害を決意することも考えられない。 したがって,子供らを殺害した犯人は被告人であると認められる。 イ被告人宅1階台所にある妻の遺体と2階寝室にある子供らの遺体をつなぐような形でライター用オイルがまかれており,妻の遺体の衣服及び子供らの遺体の下に敷かれていた布団に,ライター用オイルと考えて矛盾がない油の付着が認められた。また,妻の遺体の頭上付近の床上に筒状の残焼物があり,その近くにある金属製タオル掛けには焼損したタオル様の布片が複数掛かっていて,これら筒状の残焼物及びタオル様の布片の幾つかから,ライター用オイルと考えて矛盾がない油の付着が認められた。そして,妻の頭髪は前頭部から左側頭部にかけて焼損し,左側頭部から頭頂部付近にかけてタオル生地様の焼損した布片が付着しており,その下の床も一部焼損していた。これらのことから,被告人が被害者らの遺体をつなぐようにライター用オイルをまいて火をつけたという事実が認められる。被告人が妻だけでなく子供らも殺害した犯人であるとすると,この事実から,被告人が被害者らの遺体を焼損させて,被害者らを殺害した証拠を隠滅しようとしたことが合理的に推測できる。したがって,この事実は,子供らを殺害した犯人が被告人であることを裏付けるものといえる。 ウ弁護人は,被告人には子供らを殺害する動機がないと主張する。確かに,被告人は子育てに一定程度関与しており,子供らに対する愛情がなかったとは言い切れず,もともと子供らを殺害する動機があったとは認められない は,被告人には子供らを殺害する動機がないと主張する。確かに,被告人は子育てに一定程度関与しており,子供らに対する愛情がなかったとは言い切れず,もともと子供らを殺害する動機があったとは認められない。しかし,何らかのきっかけで従前からの妻に対する鬱憤が爆発して妻を殺害したという特殊な状況において,被告人が,冷静さを欠いた心理状- 8 -態のまま,衝動的に子供らを殺害したという想定は可能である。このこともまた,子供らを殺害した犯人が被告人であることを裏付けており,弁護人の主張は,子供らを殺害した犯人が被告人であるという認定に疑いを生じさせるものではない。 3 原判決が,死後硬直は死後6ないし8時間で全身の諸関節に及ぶことからすると,被害者らが殺害されたのは6月6日午前1時30分頃から同日午前3時30分頃の間と考えられると説示する点,同時間帯の始期を同日午前1時30分頃とする部分については,死後硬直が全身の諸関節に及ぶに至った時点と消防士らが被害者らの死後硬直を確認した時点がほぼ同じであったとすればそのようにいえるものの,本件では前者から後者までの間にどの程度の時間が経過したのか明らかでないから,不正確である。もっとも,同時間帯の終期を同日午前3時30分頃とする部分に誤りはなく,このような死後硬直からの推認に,子供らの遺体の両側性の死斑からの推認等を併せて,被害者らが殺害されたのは同月5日深夜から同月6日未明,遅くとも同日午前6時30分頃までの時間帯であるとした原判決の認定は不合理ではない。 原判決のその余の認定,判断にも,論理則,経験則等に照らして不合理な点はなく,当裁判所も正当として是認できる。 4 所論は,死後硬直や死斑のメカニズムを踏まえて合理的に検討すれば,被害者らは,被告人が出勤のため被告人宅を出た6月6日午前6時53 に照らして不合理な点はなく,当裁判所も正当として是認できる。 4 所論は,死後硬直や死斑のメカニズムを踏まえて合理的に検討すれば,被害者らは,被告人が出勤のため被告人宅を出た6月6日午前6時53分頃よりも後に死亡した可能性があり,被告人が何事もなく出勤した事実から外部犯の可能性を否定することはできない,という。具体的には,原判決は,被害者らが殺害された時間帯の認定に当たり,「死後硬直は死後6ないし8時間で全身の諸関節に及ぶ」「死後硬直は二,三時間で発現する」「両側性の死斑は死後5ないし10時間程度の時間帯に遺体の体位を変えた場合に見られる」という,D医師が原審で証言した各経験則を前提としているが,①被害者らの死亡経過に照らすと,頚部圧迫ないし絞頚により窒息死に至る過程で,抵抗やけいれん- 9 -として発現する身体の物理的な活動と,極度の恐怖に伴う激しい筋緊張や精神興奮によって,ATP(アデノシン三リン酸)が急激に減少した結果,死後硬直の発現が早まった可能性があり,②乳幼児では死後3時間前後での体位変更で両側性の死斑が発現する旨指摘する医学文献があり,子供らの年齢,窒息により血管の拡張があったと考えられること及び血液の流動性が高かったことに照らすと,子供らに両側性の死斑が早く出現した可能性もあるから,被害者らが殺害された時間帯を遅くとも同日午前6時30分頃までであるとすることはできない,という。 そこで,まず,死後硬直からの推認について見ると,D医師は,被害者らが頚部圧迫ないし絞頚により窒息死したという事実を前提として,死後硬直が全身の諸関節に及ぶまでの時間が死後6ないし8時間,死後硬直が顎関節や首関節に発現し始めるまでの時間が死後二,三時間であるという,法医学者としての専門的知見に基づく経験則を用いて,6月6日午前9時30分頃 諸関節に及ぶまでの時間が死後6ないし8時間,死後硬直が顎関節や首関節に発現し始めるまでの時間が死後二,三時間であるという,法医学者としての専門的知見に基づく経験則を用いて,6月6日午前9時30分頃の消防士らによる確認の時点で被害者らに膝関節まで及ぶ硬直があったことから,被害者らが同日午前3時30分頃までに死亡したと考えることが自然であるとした上で,遅くとも同日午前6時30分よりも前に死亡したことは確実である旨,原審で証言している。また,D医師は当審証人として,死後硬直が生じる機序にATPの減少が関係していると考えられており,死亡直前においてATPが消費されて少ない状態になっていれば,死後硬直が早く生じやすいとは言われているものの,ATPの保有量や減少と死後硬直の時間的経過との関係について医学的に確立された知見はなく,ATPの減少という観点の導入によって,従来から法医学の分野で確認されてきた死後硬直の経時的変化が左右されるものではない,窒息死の場合はそのほとんどで経時的症状としてけいれんを生じるところ,仮にそのことによって死後硬直が早まるというのであれば,窒息死の場合には死後硬直が一般的に早まるということになるが,そうしたことが窒息死の特徴として法医学の成書に挙げられているわけではなく,自身の経験とし- 10 -ても,窒息死の場合に死後3時間以内に全身に硬直が発現したというケースを経験したことはなく,被害者らについて死後3時間以内に全身に硬直が及んだと考えるだけの要素や要因はない旨証言する。 D医師の専門的知見について特段疑義を入れる事情は見当たらない。弁護人は,D医師の当審における証言によっても,被害者らが外部犯から頚部を圧迫されて殺害される際に多量のATPを消費して死後硬直が早まった可能性は否定されず,D医師において本件と適切 見当たらない。弁護人は,D医師の当審における証言によっても,被害者らが外部犯から頚部を圧迫されて殺害される際に多量のATPを消費して死後硬直が早まった可能性は否定されず,D医師において本件と適切に比較できるような事例を経験したのかも疑問であるから,同証言によっても死後3時間以内に被害者らの全身に硬直が及んだ可能性は否定されない,という。しかし,被害者ら3人について,その全員の遺体に通常の死体現象とは異なって死後3時間以内に膝関節まで及ぶ硬直がそろって生じたという可能性を示すような具体的な事情はなく,弁護人の上記主張を踏まえても,被害者らが遅くとも6月6日午前6時30分よりも前に死亡したことは確実である旨のD医師の原審証言の信用性に疑いは生じない。 次に,死斑からの推認について見ると,D医師は,子供らが窒息死したこと,解剖時において子供らの心臓内の血液が流動性を保っていたこと及び子供らの当時の年齢等を前提として,両側性の死斑は死後5ないし10時間程度の時間帯に遺体の体位を変えた場合に見られるという,同様に専門的知見に基づく経験則を用いて,子供らが6月5日午後11時30分から同月6日午前4時30分頃の間に死亡したと考えるのが自然である旨,原審で証言している。 また,D医師は当審において,両側性の死斑に関して所論が指摘する点について,以下のとおり証言する。①1歳以下の乳児については,死後早い段階での体位変更でも死斑の移動が起こりにくいことはあるが,移動せずに残った死斑について,成人の場合には押しても退色しにくいのに対して,乳児の場合には押すと簡単に退色するという違いがあり,乳児の死斑の性状は成人に生じる両側性の死斑とは内容が違うと考えられる。乳児の場合には血管の形成等が未- 11 -発達で,立って歩いたりする成人の場合とは血管の重力 簡単に退色するという違いがあり,乳児の死斑の性状は成人に生じる両側性の死斑とは内容が違うと考えられる。乳児の場合には血管の形成等が未- 11 -発達で,立って歩いたりする成人の場合とは血管の重力に対する作用も異なることなどから,体位変更によって死斑が移動しにくいものと考えられる。本件の子供らはいずれも立って歩く年齢であり,血管の形成等について成人との違いを考慮する必要はない。②酸素欠乏等による血管の拡張は窒息以外で死亡する場合にも起こることであり,窒息死の場合に全身の血管が有意に拡張するわけではない。③両側性の死斑の発現は,溶血のメカニズム,すなわち,死後赤血球が壊れてヘモグロビンが漏れ出し,血管の内皮に沈着したり更に血管外に漏れ出したりすることと関連しており,血液の流動性の高さと溶血の時間的な速度は連動しない。④結論として,子供らに死後3時間以内の体位変更で両側性の死斑が生じた可能性は考えられない。 この点に関しても,D医師の専門的知見について特段疑義を入れる事情は見当たらない。弁護人は,両側性の死斑が発現する機序としては,溶血のほかに,酸素の欠乏によって毛細血管が拡張して血液の流動性が高まり,①拡張した血管壁から赤血球が漏出することや,②血流の増加により毛細血管に多く流れ込んだ赤血球が重力に従って落ち込み,その圧力によって毛細血管の細胞が破綻又は欠損し,そこから赤血球が漏出することが考えられ,これらの機序によって子供らに両側性の死斑が出現するのが早まった可能性があるから,同証言によっても子供らの死亡と体位変更との間が3時間以内である可能性は否定されない,という。しかし,子供らについて,その両名の遺体に通常の死体現象とは異なって死後3時間以内の体位変更で両側性の死斑がそろって生じたという可能性を示すような具体的な事情はなく,弁 能性は否定されない,という。しかし,子供らについて,その両名の遺体に通常の死体現象とは異なって死後3時間以内の体位変更で両側性の死斑がそろって生じたという可能性を示すような具体的な事情はなく,弁護人の上記主張を踏まえても,そのような可能性は考えられない旨のD医師の当審証言の信用性に疑いは生じない。 以上によれば,D医師の原審及び当審における証言に反して,被害者らが6月6日午前6時53分頃よりも後に死亡した可能性があると疑う理由はない。 D医師の原審証言を前提として,被害者らが殺害されたのが遅くとも同日午前- 12 -6時30分頃までであるとした原判決の認定は不合理ではなく,被告人が同日午前6時53分頃に出勤のために被告人宅を出た事実を併せて,外部犯の可能性を否定した原判決の認定も不合理ではない。 5 所論は,原判決が言及する直腸温の変化からの死亡時間帯の推定について,D医師の原審証言を前提としても,生前の直腸温やその低下速度の推定において現実との誤差が大きく生じる可能性を免れない,という。 しかし,原判決は,死後硬直からの推認を中心に,子供らの両側性の死斑からの推認を併せて,被害者らが殺害された時間帯を認定したものと解される。 直腸温の変化からの推定について所論がいう可能性があることは,2の原判決の認定を妨げるものではない。 6 所論は,に外部犯が侵入して被害者らを殺害した可能性を否定することはできない,という。 しかし,原判決は,被害者らが殺害された時間帯についてのとおり認められることを前提として,①その時間帯に被告人は在宅しており,外部犯が被告人に気付かれることなく被害者らを殺害し,被告人にだけ危害を加えないということは考えられないこと,②被告人が6月6日午前6時53分頃に出勤のため被告人宅を出る時点で,1階台所に ており,外部犯が被告人に気付かれることなく被害者らを殺害し,被告人にだけ危害を加えないということは考えられないこと,②被告人が6月6日午前6時53分頃に出勤のため被告人宅を出る時点で,1階台所に妻の遺体が,2階寝室には子供らの遺体がそれぞれあり,被告人がこれに気付かないとは考えられないこと,③それにもかかわらず被告人が出勤後通常どおり勤務したのは,被害者らの死亡を意図的に隠したと見るほかないことをもって,外部犯による犯行の可能性を否定したも各事実について,それ自体から直ちに外部犯による可能性が否定されるとしているものではなく,被害者らが殺害された時間帯と被告人の行動によって外部犯による犯行の可能性が否定されるという上記認定と整合し,これを補強するものとして評価していると解され,そのように評価することは不合理ではない。 7 所論は,検出されたDN- 13 -A型については,事件と関係のない機会に付着したものに由来する可能性があり,妻を殺害する動機については,被告人が犯人であるとすれば一応合理的に説明することができる可能性のある事情にすぎないから,これらの事実によっても被告人が妻を殺害したと推認することはできない,という。 しかし,原判決は,これらの事実について,それ自体では所論が指摘するように推認力に限界があることを前提としつつ,の可能性が否定される結果として被告人が妻を殺害した犯人であると推認されることと整合し,その推認を補強するものとして評価していると解され,そのように評価することは不合理ではない。 8 所論は,①妻は,被告人と離婚した場合,息子は被告人に似ているので引き取りたくない,子供らを置いて出ていく,などという内容のメッセージを姉に送ったり,被告人以外の男性と親しく交際したりするなど,子供らよりも自分の利 告人と離婚した場合,息子は被告人に似ているので引き取りたくない,子供らを置いて出ていく,などという内容のメッセージを姉に送ったり,被告人以外の男性と親しく交際したりするなど,子供らよりも自分の利益を優先する心情を有しており,そのような中で,様々な習い事をこなさなければならなかった子供らのストレスと,子供らが思いどおりにならないことによる妻のストレスや子供らへの悪感情が増幅し合うなどした結果,妻が子供らを殺害した可能性が否定できない,②仮に,被告人が妻の遺体と子供らの遺体をつなぐような形でライター用オイルをまいて火をつけたのだとしても,妻が子供らを殺害し,これに憤った被告人が妻を殺害した上で,自殺目的あるいは被告人が子供らまで殺害したと疑われないよう外部犯の犯行のように装うなどの目的でそのような行為に及んだ可能性は否定できず,被告人が妻だけでなく子供らまで殺害したことを推認する理由にはならない,という。 しかし,そもそも,妻が子供らを殺害したなどという話は被告人自身も一切していないのであって,そのような可能性があると疑う根拠はない。また,①については,原判決がおおむね説示するとおり,所論が指摘する妻のメッセージ等を考慮しても,妻が子供らの育児に尽力していた状況からは,妻が子供ら- 14 -に対して殺意を抱くに至る理由を見いだせないのであって,この点についての原判決の説示は不合理ではない。②については,原判決は,外部犯の可能性を否定した上で,被告人が妻の遺体と子供らの遺体をつなぐような形でライター用オイルをまいて火をつけたという事実を,妻ではなく被告人が子供らを殺害したという判断と整合し,これを補強するものとして評価していると解される。 被告人が被害者ら全員を殺害した場合に罪証隠滅を意図してそのような行動をとることは自然であるのに対 はなく被告人が子供らを殺害したという判断と整合し,これを補強するものとして評価していると解される。 被告人が被害者ら全員を殺害した場合に罪証隠滅を意図してそのような行動をとることは自然であるのに対し,被告人が妻だけを殺害した場合にそのような行動をとることは,それが発覚したときに被告人が子供らをも殺害したとの疑いを招きかねないものであって,行動として不自然であることからすれば,原判決が上記のとおり評価することは不合理ではない。 9 所論は,被告人が子供らを殺害した経過についてのの原判決の想定は,その内容に飛躍がある上,冷静さを欠いた心理状態のまま衝動的に子供らを殺害したのであれば,子供らも妻と同じ方法で殺害することが自然であるのに,妻を殺害する際には用いられていないひも状の物によって子供らの首が絞められていることにも照らすと,相当に不自然,不合理である,という。 しかし,妻を殺害したという特殊な状況において,更に子供らも殺害するという意思決定をすることは不自然ではないとした原判決の評価は不合理ではない。また,子供らの殺害が衝動的な犯行であったと想定されるとはいえ,妻を殺害したのとは別の場所へ移動し,就寝中であった子供らを殺害しようとする際に,妻を殺害する際には用いなかったひも状の物を用いるということは,何ら不自然,不合理ではない。 10 その他所論が述べるところを検討しても,被告人が本件各犯行に及んだとの原判決の認定を左右するものはない。 論旨は理由がない。 第3 責任能力に関する事実誤認の主張及び訴訟手続の法令違反の主張について 1 論旨は,①被告人は,妻との夫婦関係が悪化しても子供らのために離婚を踏- 15 -みとどまったり,被告人なりに子供らをかわいがったりしており,そのような被告人が,妻を殺害した後,「冷静さを 1 論旨は,①被告人は,妻との夫婦関係が悪化しても子供らのために離婚を踏- 15 -みとどまったり,被告人なりに子供らをかわいがったりしており,そのような被告人が,妻を殺害した後,「冷静さを欠いた心理状態のまま衝動的に」という原判決が想定する経過で子供らまでを殺害するということは通常は考え難いから,何らかの精神障害が本件各犯行に影響を及ぼして,少なくとも行動制御能力が著しく制約を受けていた可能性があるのに,被告人に完全責任能力があったと認めた原判決には事実の誤認があり,②被告人が子供らの殺害にまで至った心理として原判決が想定する内容に飛躍があることや,被告人質問を含む証拠調べの結果うかがわれる被告人の個性的な要素を踏まえると,原審裁判所としては,被告人に何らかの精神障害があることを疑い,弁護人に対して精神障害に関する立証を促したり,職権で精神鑑定を実施したりすべきであったのに,これらをしなかった原審裁判所の訴訟手続には審理不尽の違法があり,これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。 2 しかし,第2の9で見たとおり,妻を殺害したという特殊な状況において,更に子供らも殺害するという意思決定をすることは不自然ではなく,そのことに何らかの精神障害の影響を疑わせるような飛躍があるとはいえない。 また,本件各犯行の前である6月5日午後7時頃に子供らと共に帰宅するまでの被告人の行動及び本件各犯行の後である同月6日午前6時53分頃に出勤のため被告人宅を出てからの被告人の行動に,何らかの精神障害の影響を疑わせるような異常があったことはうかがわれない。むしろ,被告人は,本件各犯行後,被害者らの遺体をつなぐようにライター用オイルをまいて火をつけるという,罪証隠滅以外の意図によるとは考え難い行為に及んだり,出勤後通常どおり勤務 とはうかがわれない。むしろ,被告人は,本件各犯行後,被害者らの遺体をつなぐようにライター用オイルをまいて火をつけるという,罪証隠滅以外の意図によるとは考え難い行為に及んだり,出勤後通常どおり勤務を始め,妻の姉に対し,朝出勤する時被害者らは3人とも寝ていたといううそをついて,自らが本件各犯行に及んだことを意図的に隠す行為に及んだりしており,処罰を免れる目的によるものとして理解できる行動をとっていたことが認められる。 この点について所論は,ライター用オイルに火をつけて遺体ないし家屋を焼- 16 -損して罪証を隠滅しようとするなら,同オイルを余すことなく使用してしかるべきであるが,押収されたライター用オイル缶には合計201mℓもの同オイルが残存している上,子供らの遺体に同オイルの付着が確認されていないことからすれば,同オイルをまいて火をつけた行為は罪証隠滅行為ではなく,精神障害の影響による特異な思考のもとに行われた了解不能な行動の可能性がある,という。しかし,罪証隠滅を意図した場合であっても,必ずしも手元にあるライター用オイルを余すことなく使用するとはいえない。また,子供らの遺体の下に敷かれていた布団に同オイルと考えて矛盾がない油の付着が認められているから,子供らの遺体そのものに同オイルの付着が確認できなかったとしても,同オイルをまいた行為を遺体等の焼損を意図した罪証隠滅行為と見ることは妨げられない。 さらに,原審における被告人質問の内容を見ても,本件各犯行時の被告人の責任能力に疑いを抱かせ,あるいは量刑上被告人のために酌むべきであると考えられるような精神障害を有すると疑わせるものはなく,原審弁護人も責任能力に関する主張をしていない。 その他所論が述べるところを検討しても,本件各犯行時における被告人の責任能力を疑うべき事情はなく, られるような精神障害を有すると疑わせるものはなく,原審弁護人も責任能力に関する主張をしていない。 その他所論が述べるところを検討しても,本件各犯行時における被告人の責任能力を疑うべき事情はなく,論旨がいうような立証の促しや職権による精神鑑定を行わなかった原審裁判所の訴訟手続に,判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽の違法があるとはいえない。また,被告人に完全責任能力を認めた原判決の判断に誤りはない。 論旨はいずれも理由がない。 第4 量刑不当の主張について 1 論旨は,被告人を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。 2 原判決は,量刑の理由として,要旨以下のとおり説示している。 3名の生命を奪ったという結果は誠に重大であり,特に子供らには落ち度- 17 -はおろか殺される理由が何一つ見当たらない。子供らが最後に感じた苦しみや妻が死ぬ間際に感じた無念さは察するに余りある。 被告人は,妻から日常的に,時には子供らの面前で,厳しく𠮟責され,暴力を振るわれることもあり,スマートフォンのGPS機能を使って居場所を監視されるといった状況の中で,妻に対する鬱憤をためていた。妻の母親,姉及び妹も,妻が被告人を𠮟責するのは,被告人が積極的に子育てをせず,何度同じ注意を受けても改善しないからで,妻が被告人を厳しく𠮟責したり,時には手を出したりするのも仕方がないという認識を有していた。被告人は,妻に同調し味方する親族に囲まれて生活する環境にあったといえる。本件の動機は被告人が語らない以上不明というほかないが,妻の殺害については,被告人が何らかのきっかけで妻に対するこれまでの鬱憤を爆発させ,衝動的に犯行に及んだと見るのが自然であり,そうであるとすると,妻の殺害に至った経緯に同情の余地がないとはいえない。 しかし, ,被告人が何らかのきっかけで妻に対するこれまでの鬱憤を爆発させ,衝動的に犯行に及んだと見るのが自然であり,そうであるとすると,妻の殺害に至った経緯に同情の余地がないとはいえない。 しかし,他方で被告人は,妻から居場所を監視されるようになった後も,職場にスマートフォンを置いてパチンコ店に通うなど,妻と向き合うことを避け,夫婦関係を改善するために十分な努力をしてこなかった。被告人は,妻を一方的に非難できる立場にはなく,結局,感情のまま身勝手に妻の命を奪ったのであるから,上記の経緯を被告人に有利にしんしゃくするにも限度がある。 子供らを殺害したことについては酌量の余地はない。これも被告人が語らない以上動機は不明というほかないが,現場の状況や犯行後の被告人の言動に照らし,少なくとも被告人が無理心中を図ったとは考えられず,それ以外に子供らを殺害した動機として酌量できるような事情も見当たらない。 被害者らの殺害について計画性は認められない。しかし,その犯行態様は,いずれも手やひも状の物で人の首を絞め,窒息死させるというものである。 人を窒息死させるためには少なくとも数分間は首を絞め続けなければならず,- 18 -その間,首を絞められた者はけいれんを起こしたり,顔面にチアノーゼを生じたりする。被告人は,人の命が失われていく様子を体感でき,かつ,途中で思い直してやめることができたにもかかわらず,首を絞め続けて殺害を実行しており,確定的で強固な殺意を有していたと認められる。被告人はそのような行為を3回も繰り返したのであるから,計画性が認められないことを考慮しても,生命を軽視する態度が甚だしい。このような意味において,本件の犯行態様は非常に悪質であり,計画性が認められないことを量刑上有利にしんしゃくするにも限度がある。 妻の母親,姉及び とを考慮しても,生命を軽視する態度が甚だしい。このような意味において,本件の犯行態様は非常に悪質であり,計画性が認められないことを量刑上有利にしんしゃくするにも限度がある。 妻の母親,姉及び妹は,それぞれ悲痛な胸の内を明かすとともに,一様に被告人に対する極刑を望んでおり,その処罰感情はしゅん烈である。 被告人は,犯行後,被害者らの遺体をつなぐようにライター用オイルをまいて火をつけ,証拠を隠滅しようとした。被告人の公判供述の内容及び供述態度からは,被告人が自身の犯した罪に真摯に向き合い反省しているとは認められず,被告人に改善更生の基礎となる事情があるとはいえない。 本件は,現職の警察官が妻子3名を殺害したという衝撃的な事件であり,その職務に関連して行われたものではないが,社会的な影響も軽視できない。 被告人は,事件まで約15年間警察官として勤務していたものであり,被告人に前科前歴はない。 以上の事情を総合すると,本件は,計画性が認められず,妻殺害に至る経緯について同情の余地がないとはいえない事案であるが,家族3名を殺害したという結果は誠に重大であり,とりわけ子供らを殺害したことについては酌量の余地はなく,犯行態様が非常に悪質であることからすると,被告人の刑事責任は極めて重大であって,公平性の観点からも,特に死刑を回避すべき事情が認められない限り,死刑の選択を免れない事案といえる。 そして,このような犯罪行為に関する事情,特に,計画性が認められないことや,妻殺害に至る経緯について同情の余地がないとはいえないことを十- 19 -分考慮し,かつ,これまでの裁判例において考慮要素とされているその他の事情を含めて慎重に検討しても,本件について,結論として死刑を回避すべき事情を見いだすことはできず,死刑を選択することは真にやむを 分考慮し,かつ,これまでの裁判例において考慮要素とされているその他の事情を含めて慎重に検討しても,本件について,結論として死刑を回避すべき事情を見いだすことはできず,死刑を選択することは真にやむを得ない。 3 これに対し,所論は,要旨,原判決は,死刑選択の判断要素である犯行動機及び犯行態様について評価を誤るとともに,一般情状を過剰に評価した結果,刑の選択を誤ったものであって,原判決の量刑は重過ぎて不当である,という。 そこで,以下,所論に鑑み検討する。 所論は,①被告人が子供らを殺害した動機は不明であり,かつ,被告人の精神障害が動機に影響している可能性があるから,子供らを殺害した動機について酌量の余地がないと断定することはできない,②被告人は,子供らのために離婚を踏みとどまりつつ妻の辛辣さに耐えかねており,妻の気質等を考慮すれば,夫婦関係の改善はもはや不可能か著しく困難であったから,被告人が夫婦関係を改善するために十分な努力をしてこなかったと評価するのは不当であり,妻を殺害した動機として原判決が想定するところによれば,それほどまでに被告人を追い詰めた妻の言動があったのであるから,この点は被告人に十分有利にしんしゃくされなければならない,という。 そこで検討すると,確かに,被告人が子供らを殺害した動機は不明であるが,原判決が説示するとおり,子供らを殺害した動機として酌量できるような事情も見当たらないのであるから,結局,動機について酌量の余地がないとした原判決の評価は不合理ではない。被告人の精神障害をいう点については,第3で見たとおり,量刑上被告人のために酌むべきであると考えられるような何らかの精神障害を有するとは疑われない。 また,所論が指摘する妻の言動や気質を考慮しても,原判決がおおむね説示するとおり,被 第3で見たとおり,量刑上被告人のために酌むべきであると考えられるような何らかの精神障害を有するとは疑われない。 また,所論が指摘する妻の言動や気質を考慮しても,原判決がおおむね説示するとおり,被告人は,パチンコ店に通うことを続けるなどして妻と向き合うことを避けていたのであり,パチンコ店に通うことをやめて家に早く帰ったり,離婚や別居に向けて妻と話し合ったりすることができなかったとい- 20 -う事情は見受けられず,妻から𠮟責されたりして鬱憤をためるという当時の状況を改善することが不可能か著しく困難であったとはいえない。被告人が妻に対する鬱憤をためていた経緯について,被告人に有利にしんしゃくするにも限度があるとした原判決の評価は不合理ではない。 所論は,首を絞めるという方法は,冷静さを欠いて勢いのままに選択されやすい方法であり,人を死に至らしめる方法の中で殊更残虐な方法が選択されたということもできず,当時冷静さを欠いていたと考えられる被告人において,人の命が失われていく様子を体感しつつ,途中で思い直してやめることができたとはいえないから,被告人が首を絞め続けて殺害する行為を3回繰り返したことをもってしても,生命を軽視する態度が甚だしいと評価することはできない,という。 しかし,D医師が原審で供述し,かつ,原判決が説示するとおり,人を窒息死させるためには少なくとも数分間は首を絞め続けなければならず,その間,首を絞められた者はけいれんを起こしたり,顔面にチアノーゼを生じたりすることからすれば,当時の被告人において冷静さを欠いていたとしても,人の命が失われる様子を数分間目の当たりにする中で,途中で思い直してやめることもできたと認めることは不合理ではない。そして,被告人がそのような方法によって被害者らを殺害したことは,その たとしても,人の命が失われる様子を数分間目の当たりにする中で,途中で思い直してやめることもできたと認めることは不合理ではない。そして,被告人がそのような方法によって被害者らを殺害したことは,その殺意が強固であったことを示すものであり,これを3回も繰り返したことをもって,生命を軽視する態度が甚だしく,犯行態様が非常に悪質であると評価したことも不合理ではない。 所論は,被害者らの親族の処罰感情や本件の社会的な影響については,量刑上の意味が乏しいか,重く見るべきものではない,という。 しかし,原判決は,家族3名を殺害したという結果の重大性,特に子供らを殺害したことについて動機に酌量の余地がないこと,犯行態様が非常に悪質であることをもって,特に死刑を回避すべき事情が認められない限り死刑- 21 -の選択を免れないとした上で,犯情及び一般情状において被告人のために酌むべき事情を考慮しても,結論として死刑を回避すべき事情を見いだすことはできないとしたものであって,所論が指摘する一般情状を量刑上重視したものではないと解される。 所論は,被告人が本件各犯行後にライター用オイルをまいて火をつけた行為の真意は不明であり,被告人の原審供述は精神障害の影響を受けたものである可能性があり,被告人が前科前歴を有さず平穏に過ごしてきた普通の市民であったことからすれば,被告人に改善更生の基礎となる事情があるとはいえないとする原判決の評価は誤りである,という。 しかし,ライター用オイルをまいて火をつけた行為については,第3で見たとおり罪証隠滅行為であると認められる。また,被告人の原審供述に,量刑上被告人のために酌むべきであると考えられる何らかの精神障害が影響していると疑う理由はない。被告人に前科前歴がないことを考慮しても,不合理な弁解に終始して反省悔悟 る。また,被告人の原審供述に,量刑上被告人のために酌むべきであると考えられる何らかの精神障害が影響していると疑う理由はない。被告人に前科前歴がないことを考慮しても,不合理な弁解に終始して反省悔悟の情を示していない被告人について,改善更生の基礎となる事情があるとはいえないとした原判決の評価は不合理ではない。 所論はいずれも採用できない。 そして,3名を殺害したという結果が誠に重大であり,とりわけ子供らを殺害したことについてはその動機に酌量の余地がないこと,3名もの首を数分間絞め続けて殺害するという犯行態様が全体として悪質であることからすると,計画性が認められないことや,妻殺害に至る経緯について同情の余地がないとはいえないことを考慮しても,被告人の刑事責任は誠に重大であり,従前の量刑傾向に照らして公平性の観点から検討しても,本件は,その犯情からすれば死刑を選択することもやむを得ない事案である。 そのほかの事情をみても,被告人は,被害者らを殺害後,それらの遺体をつなぐように油類をまいた上で妻の遺体付近の可燃物に火をつけて家を出ていて,犯行後の情状も悪く,その後も自身が犯した罪と向き合って反省や悔- 22 -悟の情を示すことが全くない。謝罪等の遺族に対する慰謝の措置も執っておらず,遺族らの処罰感情は厳しい。以上の事情を踏まえると,被告人が本件犯行時までの約15年間稼働しており,前科もないことから,犯罪性向が強いとはいえないことを考慮しても,その刑事責任が誠に重大であるとの評価は揺るがない。 そうすると,被告人に対して死刑を選択することがやむを得ないとした原判決の量刑判断は合理的なものであり,当裁判所も是認することができる。 論旨は理由がない。 第5 結論よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審に ことがやむを得ないとした原判決の量刑判断は合理的なものであり,当裁判所も是認することができる。論旨は理由がない。 第5 結論 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。 令和3年9月15日福岡高等裁判所第2刑事部 裁判長裁判官辻川靖夫 裁判官武林仁美 裁判官倉知泰久
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