主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人らの負担とする。 理由 一上告代理人藤井冨弘、同山本卓也、同鈴木雄一の上告理由第三点について養子縁組は法定の届出によって効力を生ずるものであるから、養子とする意図で他人の子を嫡出子として出生届をした場合に、たとい実の親子と同様の生活の実体があったとしても、右出生届をもって養子縁組届とみなし有効に養子縁組が成立したものとすることができないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和二四年(オ)第九七号同二五年一二月二八日第二小法廷判決・民集四巻一三号七〇一頁、昭和四九年(オ)第八六一号同五〇年四月八日第三小法廷判決・民集二九巻四号四〇一頁、昭和五五年(オ)第六六一号同五六年六月一六日第三小法廷判決・民集三五巻四号七九一頁)。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 二同第四点一について 1 原審の適法に確定した事実及び記録によってうかがわれる事実は、次のとおりである。 亡D(大正四年一二月三日生、昭和六三年八月二二日死亡)と上告人A1(大正三年三月二二日生)は昭和一八年三月一五日に婚姻の届出をした夫婦であり、Dは右同日、上告人A2について昭和一七年一一月二四日右夫婦間に出生した子として出生の届出をしたが、同上告人は、D夫婦の実子とは認められない。しかし、D夫婦は、長年にわたって上告人A2を養育し、同上告人は昭和四六年に婚姻した後も、D夫婦と同居し、D死亡後も上告人A1と同居しているなど、D夫婦と上告人A2との間には実親子と同様の生活の実体があり、D夫婦、上告人A2ともその解- 1 -消を望んでいない。 他方、被上告人(昭和一一年二月二四日生)は昭和三 A1と同居しているなど、D夫婦と上告人A2との間には実親子と同様の生活の実体があり、D夫婦、上告人A2ともその解- 1 -消を望んでいない。 他方、被上告人(昭和一一年二月二四日生)は昭和三五年二月五日にD夫婦と養子縁組をしたものであるが、二〇年以上も前から上告人A2がD夫婦の実子でないことを知っていた。 本件訴訟は、昭和六三年八月二二日Dが死亡した後、上告人らと被上告人との間で、家業の製靴業の経営権をめぐる争いが生じ、遺産分割協議も進展せず、右分割協議の前提として上告人A2の身分関係を明確にする必要があることから、被上告人が上告人らを相手に、Dと上告人A2との間に父子関係が、上告人A1と上告人A2との間に母子関係が存在しないことの確認を求めて提起したものである。 2 身分関係存否確認訴訟は、身分法秩序の根幹を成す基本的親族関係の存否につき関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り、ひいてはこれにより身分関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能をも有するものであるところ、虚偽の嫡出子出生届出により戸籍上存在する表見的親子関係の不存在確認を求める本件訴訟の有する右のような性質等に加えて、本件訴訟でD夫婦と上告人A2との間に親子関係が存在しないことを確認する旨の判決が確定した後、あらためて上告人らの間で養子縁組の届出をすることにより嫡出母子関係を創設するなどの方策を講ずることも可能であることにも鑑みれば、前記のような本件事実関係の下においては、論旨が主張するように、D夫婦と上告人A2との間に長年にわたり実親子と同様の生活の実体があり、当事者がその共同生活の解消を望んでいなかったことや、被上告人が、D夫婦と上告人A2との間の親子関係の不存在を熟知しておりながら、Dの死亡前にはその確認を求める訴訟 り実親子と同様の生活の実体があり、当事者がその共同生活の解消を望んでいなかったことや、被上告人が、D夫婦と上告人A2との間の親子関係の不存在を熟知しておりながら、Dの死亡前にはその確認を求める訴訟を提起しなかったことなどを考慮しても、被上告人の本訴請求が権利の濫用に当たり許されないものということはできないというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することがで- 2 -きない。 三その余の上告理由について所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではなく、論旨は採用することができない。 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判官可部恒雄の補足意見は次のとおりである。 一所論に鑑み本件の事実関係について見るのに、原審の適法に確定した事実及び記録によって窺われる事実は、次のとおりである。 亡D(大正四年一二月三日生、昭和六三年八月二二日死亡)と上告人A1(大正三年三月二二日生)は昭和一八年三月一五日に婚姻の届出をした夫婦であり、Dは右同日、上告人A2について昭和一七年一一月二四日右夫婦間に出生した子として出生の届出をしたが、同上告人は、D夫婦の実子とは認められない。しかし、D夫婦は、長年にわたって上告人A2を養育し、同上告人は昭和四六年に婚姻した後も、D夫婦と同居し、D死亡後も上告人A1と同居しているなど、D夫婦と上告人A2との間には実親子と同様の生活の実体があった。一方、被上告人(昭和一一年二月二四日生)は、昭 人は昭和四六年に婚姻した後も、D夫婦と同居し、D死亡後も上告人A1と同居しているなど、D夫婦と上告人A2との間には実親子と同様の生活の実体があった。一方、被上告人(昭和一一年二月二四日生)は、昭和三五年二月五日にD夫婦と養子縁組をした。 二ところで、本件訴訟は、昭和六三年八月二二日Dが死亡した後、上告人らと被上告人との間で、家業の製靴業の経営権をめぐる争いが生じ、遺産分割協議も進展せず、右分割協議の前提として上告人A2の身分関係を明確にする必要があることから、被上告人が上告人らを相手に、Dと上告人A2との間に父子関係が、上告人A1と上告人A2との間に母子関係が存在しないことの確認を求めて提起したも- 3 -のである。そして、本件のD夫婦と上告人A2との例に見られるように、長年月にわたり実親子として過した生活の実体がある場合においても、虚偽の出生届によって養親子関係が生ずるものでないことは、法廷意見の引用するとおり、当裁判所の累次の判例とするところであり、また、身分関係の在否をめぐる訴訟において、右の長期にわたる実親子としての生活の実体を重視すべきであるとの見地からその提訴行為自体を目して権利の濫用とすることにつき、一般に判例はすこぶる慎重であり(前掲昭和五六年六月一六日第三小法廷判決、同年(オ)第三六二号同年一〇月一日第一小法廷判決・民集三五巻七号一一一三頁等参照)、原判決もまたその例に洩れないところである。 三しかしながら、身分関係の存否をめぐる訴訟において、しばしばその提訴が権利濫用に当たるとして争われ、しかも多くの場合これが排斥を免れないものとされるのは、一面において、さきに見たように、数十年の長きにわたる実親子としての社会的に容認された生活の実体があるにもかかわらず、幼児本人の与り知らない出生届出が血縁の関係において を免れないものとされるのは、一面において、さきに見たように、数十年の長きにわたる実親子としての社会的に容認された生活の実体があるにもかかわらず、幼児本人の与り知らない出生届出が血縁の関係において真実に合致しないとの一事をもって、これが俄に覆されることを不条理とするまことに無理からぬ法感情が存在し、他面、右の既成事実を重視するあまり権利濫用の主張をたやすく是認すれば、血縁関係の正確な表示を所期すべき戸籍―身分法の基本原則に背馳する結果となるからにほかならない。 本件のような虚偽の出生届出により外見上存在する実親子関係の不存在確認訴訟において、その提訴自体を権利濫用として抗争することが許されないとする理由が、右に述べた後者の要請に出るものであるとすれば、右の親子関係の不存在を原因とする相続財産をめぐる訴訟においてまで、この理が同じく妥当するものと解すべきいわれはなく、かかる財産上の争訟にあっては、むしろ前者の法感情を直視した上、長きにわたる実親子としての社会的に容認された生活の実体を根拠として、親子関係不存在の主張を権利濫用として排斥することを妨げる理由は存しないものといわ- 4 -なければならない。 四一般に、相続財産をめぐる訴訟が身分関係の存否を前提問題としてなされ得るにもかかわらず、通常この身分関係の存否自体の確認請求が独立の訴えとして提起され、しかもこの訴訟において多くは権利濫用の主張が排斥を免れないものとされる結果、本来の目的である財産上の紛争についても当然に結論を同じくすべきものであるかの誤解を生じ、長きにわたる生活の実体が故なく無視ないし軽視される結果を招くおそれなしとしない。私はかつて、甲乙夫婦の間の嫡出子として届け出られた第三者の子yが甲の実子として事実上その遺産を相続した後に、甲乙の養女xとの間に紛争を生じ、xの 無視ないし軽視される結果を招くおそれなしとしない。私はかつて、甲乙夫婦の間の嫡出子として届け出られた第三者の子yが甲の実子として事実上その遺産を相続した後に、甲乙の養女xとの間に紛争を生じ、xの側からする相続回復請求のため、甲y間の親子関係の不存在確認が求められた事案において、右の理を特に指摘して付言したことがある(最高裁平成二年(オ)第一五九号同三年四月二三日第三小法廷判決における私の補足意見参照)。 五本件においては、幸いにも上告人A2の戸籍上の母である上告人A1が健在である。したがって、本判決の言渡しにより上告人A2との間の親子関係の不存在確認が確定すれば、上告人A2は、亡Dの遺産につき大きな相続分を有する上告人A1との間に、養子縁組を結ぶことができる。このことが本件紛争の解決に当たって、D夫婦と上告人A2との間に長年にわたって形成された社会生活上の既成事実が被上告人の提訴による親子関係の不存在確認により一挙に崩壊せしめられるという不合理な結果を減殺する上で、大きく資するところがあるべきことは、法廷意見も指摘するとおりである。 六他人の子が嫡出子として届け出られた場合に、「かような届出によって実親子関係が生じないことはいうまでもないが、養親子関係も生じないものだろうか」とする疑問がかねて提起され、養親子関係の成立を肯定すべきものとする有力説が存することは周知のところである(我妻榮・親族法、同「無効な縁組届出の追認と- 5 -転換」法協七一巻一号)。しかるに判例がこれを採らず、また学説の多くもこれに追随しないのは、一つには、甲による嫡出子出生届という単独行為により、甲乙夫婦と幼児丙という相対立する縁組当事者双方に関する届出行為への転換がいかにして可能であるか、また双方の意思確認がいかにして可能であるか(鍛冶良堅「無効な よる嫡出子出生届という単独行為により、甲乙夫婦と幼児丙という相対立する縁組当事者双方に関する届出行為への転換がいかにして可能であるか、また双方の意思確認がいかにして可能であるか(鍛冶良堅「無効な身分行為の転換・追認」法律行為論の現代的課題)という容易に克服し難い法理上の難点が存することにもよるものと思われる。 しかし、戸籍上の両親が死亡した後に親子関係不存在確認の判決が確定した場合は、戸籍上の父母と同居し、実子として養育され、社会的にその存在を肯定された〝藁の上からの養子〟は、罪なくしてその身分を一挙に剥奪され、その相続分は零となる。かかる不合理が法の当然に予定するところであるとは到底考え難い。 名は親子関係不存在確認の請求であっても、その実質は財産上の紛争にほかならないのが、この種訴訟の大部分であるといえよう。かかる事案において、窮極的には、親子関係不存在の確認請求自体が権利濫用として排斥される場合があり得るものといわなければならない。私は、かかる留保を置いた上で、確定判例を踏襲する法廷意見に同調することを、この際、特に付言しておくこととしたい。 最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官可部恒雄裁判官園部逸夫裁判官大野正男裁判官千種秀夫裁判官尾崎行信- 6 -
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