昭和58(オ)621 損害賠償

裁判年月日・裁判所
昭和61年5月30日 最高裁判所第二小法廷 判決 破棄自判 高松高等裁判所 昭和53(ネ)75
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【DRY-RUN】主    文      原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。      右部分についての被上告人らの控訴を棄却する。      控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。          理  

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判決文本文5,008 文字)

主文 原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。 右部分についての被上告人らの控訴を棄却する。 控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。 理由 上告代理人饗庭忠男、同徳田恒光の上告理由第二点について原審が、被上告人B1(以下「B1」という。)についての担当医師の診断の結果及び失明に至るまでの経緯等について認定した事実関係の要旨は、(1) B1は、被上告人B2(以下「B2」という。)と第一審原告亡D(以下「D」といい、両名を指すときは「B1の両親」という。)との間の三女として昭和四五年一〇月二七日丸亀市内のE医院で出生したが、分娩予定日が翌四六年一月九日ころであり、在胎週数約三〇週で約七〇日早く出生し、生下時体重一二五〇グラムの極小未熟児であつたため、即日上告人の経営にかかるF病院未熟児センターに入院し、小児科のG医師担当のもとに昭和四五年一二月八日まで保育器に収容され、酸素投与を受けた、(2) 環境酸素濃度は三五パーセント以下であり、G医師がB1に対し必要以上の酸素を投与したということはない、(3) G医師はB1の入院中自ら眼底検査を試みたり眼科医にそれを依頼したことはなかつた、(4) B1は、同年一二月二五日、体重が二七六〇グラムとなり発育順調で異常がなかつたので退院することとなつたが、その際B1の両親は、看護婦にB1の眼の検査の有無を尋ねたところしていないとの返事だつたので、看護婦を通じてG医師に対しB1の眼の検査をしてほしいと要求した、(5) そこで、同日、G医師は、「B1は未熟児で在胎三〇週、一二五〇グラムの未熟児につき眼底検査御願い致します。酸素は三〇%を七日一五%を七日使用しております」と記載した照会票を作成して、F病院眼科のH医師に眼底検査を依頼した(当時、 未熟児で在胎三〇週、一二五〇グラムの未熟児につき眼底検査御願い致します。酸素は三〇%を七日一五%を七日使用しております」と記載した照会票を作成して、F病院眼科のH医師に眼底検査を依頼した(当時、同病院の眼科には常勤医がおらず、隣接の丸亀市- 1 -所在のI病院に勤務していたH医師が週三回非常勤嘱託医としてF病院に来て眼科全般の診療をしていた。)、(6) (イ) G医師から眼底検査の依頼を受けたH医師は、散瞳剤を投与したB1の眼底検査を行つたが、その結果につき自らは両親に対しなんの説明、指示もしなかつた、(ロ) B1の両親は、看護婦から「B1はまだ小さいから瞳孔が十分開かないが大丈夫ですよ」「また暖かくなつたら一度連れて来なさい」といわれたので眼の方は大丈夫と思い喜んでB1を連れて帰つた、(ハ)帰宅後及びその後もときどき獣医師であるB2は懐中電灯でB1の眼を照らして検査をしたが、その際B1の瞳孔は縮んで反応を示し、また、DがB1を日光浴させるようなときもB1は眩しそうにして反応を示し、その他の成育も順調であつたので医師の診断を受けることはしなかつたが、退院後五〇数日を経た昭和四六年二月二〇日過ぎ頃、Dが電灯のもとでB1にミルクを飲ませているとき偶然B1の瞳孔の中がビー玉様に透けて見えたので異常を感じ、同年二月二三日I病院でH医師の診断を受けたところ、同医師は眼底検査をした後Dに対し「B1は未熟児網膜症(以下「本症」ともいう。)の瘢痕期の五度にかかり失明しており治療の方法はない」旨告げた、(ニ)B1の両親は、その後J大学医学部眼科や東京のK病院眼科等で診断を受けたが、B1の失明の原因は酸素でありその治療は既に時期を失していてできないといわれた、(ホ) B1はF病院を退院した昭和四五年一二月二五日頃には本症の発症を始めており翌四六年二月 眼科等で診断を受けたが、B1の失明の原因は酸素でありその治療は既に時期を失していてできないといわれた、(ホ) B1はF病院を退院した昭和四五年一二月二五日頃には本症の発症を始めており翌四六年二月二三日頃までに失明していた蓋然性が高い、というものであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができる。 次に、B1がF病院に入院中の昭和四五年一一月頃当時における本症の診断及び治療に関する一般的基準並びに眼科医たるH医師の右一般的基準の認識等について、原審が適法に確定するところは、(1) B1がF病院に入院中の昭和四五年一一月頃当時においては、光凝固法は一部の先駆的研究者により臨床実験的に行われてい- 2 -た段階であつて他の医師による追試報告は一編も発表されておらず学界で一般的に評価されていたとはいえないし、また、本症を早期に発見し光凝固法による治療適期を逸しないためには未熟児の定期的眼底検査が必要であるところ、当時、光凝固法の有効性は一般に認識されておらず、かつ、未熟児の眼底検査が技術的に困難であることなどから定期的眼底検査は比較的医療水準の高い医療機関でもほとんど実施されていなかつたし、F病院程度の一般の未熟児保育機関ではいまだ定期的眼底検査の必要性の認識が低くて普及していなかつた、(2) 当時、副腎皮質ホルモン等の薬物療法は、本症の治療法として確立していたとはいい難く、その効果について既に自然治癒との間に有意な差を見い出し難いことが指摘されており、現段階では副作用のあることもあいまつて有効な治療法とはいえないとの意見が大多数である、(3) 昭和四七年になつて本症の治療法として冷凍凝固法が初めて発表された、(4) 全国的にみて四国地方特に香川県は未熟児の医療について比較的遅れた地域であるとされていたところ、昭和 大多数である、(3) 昭和四七年になつて本症の治療法として冷凍凝固法が初めて発表された、(4) 全国的にみて四国地方特に香川県は未熟児の医療について比較的遅れた地域であるとされていたところ、昭和四六年当時、同県内の国公立病院中、多少なりとも未熟児に対し眼底検査を実施していたのはL病院のほかに三箇所の病院のみでM病院等他の公立病院では全く眼底検査を行つていなかつた、(5) F病院の未熟児センターが定期的眼底検査を行うようになつたのは昭和五一年一月からである、(6) ところで、現段階では、本症の治療方法につき、本症の発症又はその徴候を発見したら、それが後記厚生省発表の基準にあるI型又は混合型なら3期初めの適期を選び、II型でもその適期を選んで光凝固法を施行するのが最善の方法であると評価されているが(もつとも、本症のII型は一般状態のよくない極小未熟児に急激に発症するのが多いので、その発見と手術が一層難しく、かつ凝固法を施す場所が広く瘢痕が多く残り、視機能が完全にならない率が高いし、医師の懸命の治療にもかかわらずある程度の失明者の出ることは免れず、その原因は新生児の未熟性に求めるほかなく、その完璧な治療方法は未だ開発されておらず今なお医療の課題- 3 -として残つているといえる。)、かかる知見は、厚生省が本症の診断及び治療の基準を発表した昭和五〇年以後一般に広まつたものであつて、B1が出生した昭和四五年一〇月頃の一般的知見ということはできない、(7) H医師は、昭和三二年三月J大学医学部を卒業し、同三三年四月から四年間同大学眼科教室に入るとともに大学院で外科系眼科学を専攻し、同大学医学部講師、眼科医局長を経て同三九年九月I病院眼科部長として赴任するとともにF病院の嘱託医として勤務していたものであるところ、同医師は、B1の眼底検査を依頼さ 大学院で外科系眼科学を専攻し、同大学医学部講師、眼科医局長を経て同三九年九月I病院眼科部長として赴任するとともにF病院の嘱託医として勤務していたものであるところ、同医師は、B1の眼底検査を依頼された当時、一部の先駆的研究者が未熟児の眼底検査の必要性を説き、光凝固法が重症の未熟児網膜症に対する有力な治療手段となる可能性がある旨述べているのを書物で読んだことはあるが、光凝固法はいまだ実験段階であり一般化できるものとは思つておらず、それが確実、有効な方法で当然に行うべきであるとの認識はなく、本症にはいまだ有効な治療方法はないと認識していたので、有効な治療方法と結びついた眼底検査の必要性を痛感していなかつた、というものである。 原審は、右事実関係のもとにおいて、(一) 昭和四四、五年当時、本症については光凝固法を含め有効な治療方法は一般の医療水準として確立していなかつたので、H医師に定期的眼底検査の実施義務があるとはいえないとしながら、(二) H医師は、B1の両親の要求に基づくG医師の紹介によつて具体的に眼底検査をすべき義務があつたのに正確な眼底検査をせず、また、検査の結果等をB1の両親に正確に告知説明すべき義務があつたのにこれをしなかつたものであり、H医師が正確な眼底検査をしてその結果等をB1の両親に知らせていたら、両親が他の病院において光凝固法による治療を受けさせることによりB1の失明を防止しえた可能性を否定できないので、H医師の右義務違背とB1の本症による失明との間には相当因果関係があるとし、結局、上告人には、診療契約に基づく債務の不履行があつたと判断して、被上告人らの上告人に対する本件各損害賠償請求をいずれも一部認容すべき- 4 -ものとしている。 しかしながら、原判決の右(二)の判断は、到底首肯し難い。その理由は、次のとおり つたと判断して、被上告人らの上告人に対する本件各損害賠償請求をいずれも一部認容すべき- 4 -ものとしている。 しかしながら、原判決の右(二)の判断は、到底首肯し難い。その理由は、次のとおりである。 思うに、人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるが(最高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻二号二四四頁参照)、右注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるところ、前記確定事実によれば、B1がF病院に入院中の昭和四五年一一月頃当時、光凝固法は当時の臨床医学の実践における医療水準としては本症の有効な治療方法として確立されていなかつたのであり、また、ほかに本症につき有効な治療方法はなかつたというのであるから、H医師には、もとより有効な治療方法と結びついた眼底検査の必要性の認識がなかつたことは当然であり、B1の両親の要求を受けたG医師から眼底検査の依頼があつた場合であつても、眼底検査を行つた結果を告知説明すべき法的義務まではなかつたというべきである。そうとすれば、F病院においてB1の眼底検査をした際のH医師の医師としての対応の当否は別として、同医師に前記のような法的義務を負わせることはできないというべきである。 したがつて、原審が、当時、本症については光凝固法を含め有効な治療方法は一般の医療水準として確立していなかつたとしながら、H医師に前記眼底検査義務等の違背があつたとして、上告人の債務不履行責任を認め、被上告人らの本訴請求を認容した部分は、法令の解釈適用を誤つた違法があることに帰するところ、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この違法をいう論旨は理 、上告人の債務不履行責任を認め、被上告人らの本訴請求を認容した部分は、法令の解釈適用を誤つた違法があることに帰するところ、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この違法をいう論旨は理由があり、右部分は破棄を免れない。そして、原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告人らの本訴請求が理由のないものであることは、前記説示に照らして- 5 -明らかである。したがつて、被上告人らの請求を棄却した第一審判決は正当であり、被上告人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。 よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 最高裁判所第二小法廷裁判長裁判官大橋進裁判官牧圭次裁判官島谷六郎裁判官藤島昭裁判官香川保一- 6 -

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