令和5(う)37 公職選挙法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
令和5年7月27日 広島高等裁判所 棄却 広島地方裁判所 令和4(わ)119
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判決文本文7,877 文字)

令和5年7月27日宣告広島高等裁判所令和5年第37号公職選挙法違反被告事件原審広島地方裁判所令和4年(わ)第119号 主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人見越正秋作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、弁護人は、当審第1回公判期日において、控訴趣意書第2の4項の公訴権濫用に関する主張は、全体として不法に公訴を受理した違法をいう刑訴法378条2号の控訴理由を主張するものである旨釈明した。)。 論旨は、要するに、⑴被告人に公職選挙法221条1項4号の受供与罪が成立するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ないし法令適用の誤りがあり、ひいては理由齟齬の違法があるというものであり、さらに、⑵本件起訴はいわゆる公訴権を濫用した違法、不当なもので無効であるから、原判決には不法に公訴を受理した違法がある、というものである。 そこで、記録を調査して検討するが、弁護人の主張内容に鑑み、以下、控訴理由の論理的順序にかかわらず、事実誤認ないし法令適用の誤りをいう論旨に対する判断を示した後に理由齟齬をいう論旨に対する判断を示し、さらに、その後に不法に公訴を受理した違法をいう論旨に対する判断を示すこととする(なお、略称については原判決のそれと同様である。)。 第1 原判決の判断概要 1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、令和元年7月21日施行の参議院議員通常選挙に際し、広島県選出議員選挙の選挙人であり、 同選挙に立候補する決意を有していたAの選挙運動者である被告人が、Aを当選させる目的で、同人への投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、被告人方において、 する決意を有していたAの選挙運動者である被告人が、Aを当選させる目的で、同人への投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、被告人方において、Aの配偶者であるBから現金20万円の供与を受けた、というものである。 2 原判決は、本件の争点は被告人に本件現金を受領する意思があったと認められるかであるとして、被告人の立場やBが本件現金を被告人方に置いて立ち去った際の状況、さらに、その後の事実ないし事実経過を認定した上、Bが本件現金を置いて立ち去った直後にBを追い掛けたり、本件封筒に「返せ」と記載したりするなどした被告人の行動は、本件現金を返還する意思を有していたことをうかがわせるものではあるが、他方、被告人が、その後約1年の間、Bに本件現金を返還することが可能であったにもかかわらず、返還に向けた具体的な行動をしていないといった事情は被告人に本件現金を返還する意思があったこととはそぐわないものであり、Bの意向を受け入れて本件現金を受領する意思を有するに至ったことをうかがわせるものであると説示し、さらに、町議会議長として町の利益を考えると、地元選出の現職の衆議院議員であるBとの関係を維持せざるを得ないから、Bの不興を買わないように返還の名目や機会等を見計らっているうちにその機会を失っただけで、終始返還の意思があったという被告人供述については、このようなBと被告人との関係性は将来的にも相当期間継続することが見込まれる状況にあり、Bが本件現金を置いて立ち去った後に本件現金の返還方法を検討したときには、被告人の考えによる限り、本件現金を早期にそのままBに返還することはおよそ現実的ではなく、被告人もそのことを認識したものと認められると指摘し、また、本件現金をそのまま返すとBの機嫌を損ねるの には、被告人の考えによる限り、本件現金を早期にそのままBに返還することはおよそ現実的ではなく、被告人もそのことを認識したものと認められると指摘し、また、本件現金をそのまま返すとBの機嫌を損ねるので、それと悟られないよう祝賀会等における祝い金等の別の名目 でBに現金を渡す方法を検討していたと被告人が述べるところは、もはや返還でなく本件現金をいったん自分のものとした上で別の目的に使用するものであると指摘し、被告人は、消極的であるにせよ、本件現金を自由に処分し得るものとして自己の所得に帰属せしめる意思の下、Bが本件現金を供与してきた趣旨を受け入れたものと認められると説示し、被告人には受領の意思が認められるとの判断を示したものである。 第2 事実誤認ないし法令適用の誤り、理由齟齬をいう論旨について 1 論旨は、要するに、被告人にはBが被告人方に置いていった本件現金を受領する意思は認められないのであるから、被告人に受供与罪が成立するとした原判決には事実の誤認ないし法令適用の誤りがあるとして、以下のとおり、原判決の認定判断を縷々論難する。 ⑴ 所論は、Bが本件封筒を放置して立ち去った状況や、本件封筒を持ってBを追い掛けたものの同人に追いつけなかったことから、返還する物であることを明確にした上で紛失等しないように保管したという被告人の行動や対応状況等を客観的にみれば、被告人の行為は被告人方に投げ込まれた物を拾得物として保管管理しているのと同様であり、そして、被告人は、怒りのあまり本件封筒に「返せ」などと記載し、返還予定のものとして保管していたのであって、当初から強い受領拒否の意思があり、潜在意識としても受領意思の片鱗やその留保はなく、その後も約1年の間被告人について受領意思の発露とみられるような行為や事情はなく、受領拒否 保管していたのであって、当初から強い受領拒否の意思があり、潜在意識としても受領意思の片鱗やその留保はなく、その後も約1年の間被告人について受領意思の発露とみられるような行為や事情はなく、受領拒否の意思が一貫して維持されていたという主観的事情も併せると、被告人は、放置された他人の物を事務管理として保管管理していたと合理的に評価することができるのであるから、Bの買収の趣旨を認容して受領意思の下に本件現金を受領したなどと認めることはできない、というのである。 しかしながら、被告人は、Bが本件現金を置いて立ち去ったのは買 収の趣旨であり、本件現金を受け取れば公職選挙法違反の罪に問われかねないとの認識があったからこそ、Bの後を追い返還しようとしたものと認められ、また、被告人は、平成17年からa町の町議会議員を務め、また、平成29年からは同町議会議長をも務めていたものであって、公職にある者としての自覚も十分にあったと見受けられるところ、そのような立場や自覚のある被告人が、所論のいうような受領拒否の意思をその後も維持しているのであれば、その場で受取りを拒否あるいはこれを返還することができなかったにしても、直ちにBないし秘書に連絡を取って引き続き受領拒否ないし返還に向けた行動をとるはずであるし、仮にBとの関係からためらわれたにしてもその旨を第三者に相談するなどして、何とか返還等の策を講じる努力をするものと考えられるのに、約1年の間何らそのような行動をとることなく本件現金を自宅に保管し、対外的にみれば本件現金を受け取ったままにしていたのである。このような事後の被告人の対応をみれば、被告人には、本件現金を置いていったBを追い掛けたものの本件現金の受取りを拒否できずに終わった頃には、内心としては、Bに一方的に置いて行かれた本件現金の ある。このような事後の被告人の対応をみれば、被告人には、本件現金を置いていったBを追い掛けたものの本件現金の受取りを拒否できずに終わった頃には、内心としては、Bに一方的に置いて行かれた本件現金の処理について困惑しつつ、Bとの関係を慮り直接返還することをためらい、本件現金を費消するつもりもなくやむなく他と分けて金庫に保管するままにしていたというものであったとしても、他方において、積極的ではないにせよ本件現金の趣旨を受け入れこれを受領する意思を有するに至っていたことは、何ら内心の困惑等という感情と矛盾することなく認められるのであるから、そのような被告人の意思は正に本件現金について自己の所得に帰属させる意思であるとの評価が妥当するというべきである。そして、そもそも、本件現金は受領することが許されない選挙運動の報酬であり、単に他人が理由もなく放置した物品で他人のために保管していたなどとは状 況として全く異なるのであるから、所論がいうような事務管理と同列に論じることなどできないのはいうまでもないのであって、被告人の行動や対応状況は、被告人に本件現金を返還する意思があったとするにはそぐわないものであり、Bの意思を受け入れて本件現金を受領する意思を有するに至っていたことをうかがわせるとの原判決の説示に誤りがあるなどとはいえない。 なお、所論は、被告人が、本件封筒を置いて立ち去ったBをその直後に追い掛けたり、本件封筒に「返せ」などと記載したりするなどしたことは、返還意思をうかがわせるとの原判決の説示について、被告人は、本件封筒の受取りを拒否する意思で、本件封筒を握持してBを追い掛けたのであり、これは本件封筒を突き返す行為と同様であるから、返還意思とは異なる受領拒否の意思が表示されており、その後もそのような受領拒否の意思 受取りを拒否する意思で、本件封筒を握持してBを追い掛けたのであり、これは本件封筒を突き返す行為と同様であるから、返還意思とは異なる受領拒否の意思が表示されており、その後もそのような受領拒否の意思が継続しているのに、原判決はこの点を正しく把握していないなどともいうのである。確かに、被告人が本件封筒を握持してBを追い掛けたのは、本件封筒の受取りを拒否するという気持ちからの行動であるといえるが、Bが本件封筒を被告人方テーブル上に放置して立ち去った時点において、外形的・客観的には、被告人にとって不本意ではあるものの、本件封筒の占有はBから被告人に移転したとみられるのであるから、これをBに戻そうと追い掛けたり、その後本件封筒に「返せ」などと記載したりするなどしたことは、受領を拒否する意思に基づく行為というものではなく、本件現金を返還する意思をうかがわせる行為であると指摘した原判決の説示に誤りがあるとはいえない。被告人に当初は受け取るわけにはいかないという強い思いがあったにしても、前述したとおり、被告人の行動や対応全般をみれば、当日Bを追い掛けたものの本件封筒を返すことができなかった頃には、返さなければという困惑した気持ちがあったとして も、結局は被告人が受領意思を有するに至っていたと認められるのであるから、所論がいうような受領拒否の意思が継続していたとみる余地はないといわざるを得ないのである。 ⑵ また、所論は、原判決は、被告人が本件現金を早期に返還することは現実的でないと認識し、そのことは保管場所を金庫に移し替えたことに示されていると説示するが、Bとの関係維持のため早期返還は現実的でないとしても、それによって返還意思を否定することは論理の飛躍がある上、保管場所を金庫に移したのは妻であり、しかも、妻は、返還することを理解 いると説示するが、Bとの関係維持のため早期返還は現実的でないとしても、それによって返還意思を否定することは論理の飛躍がある上、保管場所を金庫に移したのは妻であり、しかも、妻は、返還することを理解していたがゆえに、本件現金の紛失や混在等を防ぐため、新たな封筒に入れ直して返還金である旨記載した上で金庫内の壁面に立て掛けて保管していたのであって、決して「お蔵入り」にしたわけではないなどという。さらに、所論は、原判決は、被告人が祝い金等の名目でBに現金を渡す方法を検討したことについて、もはや返還ではなくいったん自分のものとした上で別の目的に使用するものであると説示するが、被告人は、本件現金を返還するものと特定して保管を継続し、その保管中に、他の金銭を祝い金、香料等として渡すことを検討していたのであって、本件現金そのものを一時的にも被告人の物として祝い金等に流用する考えはなかったのであるから、祝い金等を送ること、またはそれを検討したことをもって、本件現金を自分のものとする意思があったということはできないなどというのである。 しかしながら、原審被告人質問において、被告人は、本件現金をそのまま返すことはBの機嫌を損ねると考え、この返還に代えて祝い金等の別の名目で渡すことを考えていた旨を述べているのであって、そのような供述からうかがわれる被告人の意思ないし思惑は、Bとの関係維持のため早期返還は現実的でないとの意識の表れとみることがで きるのであるから、本件現金を金庫に移したことそれのみでは返還するために管理を徹底したものとみる余地もあり、決して「お蔵入り」にしたものではなかったとしても、そのような保管状況からしても早期返還は難しいとの意識がうかがわれるとの見方は必ずしも不合理であるなどとはいえない。そして、その供述内容 地もあり、決して「お蔵入り」にしたものではなかったとしても、そのような保管状況からしても早期返還は難しいとの意識がうかがわれるとの見方は必ずしも不合理であるなどとはいえない。そして、その供述内容をみれば、被告人は、祝い金等を渡すのとは別に本件現金も別途返還することを考えていたとは認められず、Bとの関係性が相当期間継続することが見込まれる状況からして本件現金を早期に返還するのは現実的でないと認識し、祝い金等の形で返すことを考えたということは、もはや受け取った本件現金を返還することは断念したことを意味するものというべきであるから、被告人が述べる当時の考えは本件現金を受領する意思の具体的な表れと評価することができるのである。このような被告人の認識をも一つの論拠として、被告人の弁解を排斥して受領意思を認めた原判決の判断に誤りはない。 ⑶ その他原判決の認定判断を縷々論難する所論を踏まえて検討してみても、原判決の認定判断に、論理則・経験則等に照らし、不合理なところは認められないのであって、原判決に事実の誤認があるとは認められず、被告人に受供与罪が成立するとした原判決に法令適用の誤りがあるなどともいえない。 事実誤認ないし法令適用の誤りをいう論旨は理由がない。 2 なお、理由齟齬をいう論旨は、要するに、原判決は、理由中の争点に対する判断においては、被告人が本件現金の保管管理を継続するある時点で受領意思が生じたものと説示していながら、罪となるべき事実としては平成31年3月23日頃供与を受けたと認定しており、認定した犯罪事実と理由中の説示との間に矛盾があるというものと解されるが、前述したとおり、原判決は、その説示内容全体をみれば、被告人の行動や 対応状況等からして、被告人は、Bが本件現金を置いていった頃に、その趣旨を の間に矛盾があるというものと解されるが、前述したとおり、原判決は、その説示内容全体をみれば、被告人の行動や 対応状況等からして、被告人は、Bが本件現金を置いていった頃に、その趣旨を受け入れて受領する意思を有するに至っていたと説示しているとみることができるのであるから、原判決の理由相互の間に矛盾があって統一的な理解ができないようなくいちがいがあるなどとはいえない。 理由齟齬をいう論旨も理由がない。 第3 不法に公訴を受理した違法をいう論旨について 1 原判決は、本件起訴は検察官が公訴権を濫用したものである旨の原審弁護人の主張に対し、被告人は、初めて出頭した時点から、捜査に積極的に協力しようと考えて事実経過をありのまま供述していたのであるから、検察官からの不起訴約束等の働き掛けによって供述をしたとはいえないとして、原審弁護人の主張は、前提を欠いており採用できないと説示し、これを排斥する旨の判断を示している。 2 所論は、問題とすべきであるのは、不起訴約束等の捜査手法の違法性のみではなく、検察官は、AB夫妻の選挙違反事件の立件には被買収者の供述を早期に得ることが必須と考え、不起訴約束を明示又は暗示して被買収者の供述を獲得し、このような違法捜査が実施されたことを隠蔽し、また不起訴約束を履行して検察の誠実性を演出するため、いずれ検察審査会の起訴相当の議決が出ることを想定した上で、いったん金額の多寡、費消の有無、認否等犯情にかかわりなく一律不起訴処分とし、予想どおり検察審査会の起訴相当の議決が出るや、一転起訴処分として従前からの処分基準を全うしたものであって、司法取引的あるいは利益誘導的な取調べを実施し、検察審査会の議決を利用して起訴するという検察捜査の構図は、被買収議員や国民の目を欺く欺瞞に満ちたものであって、本 らの処分基準を全うしたものであって、司法取引的あるいは利益誘導的な取調べを実施し、検察審査会の議決を利用して起訴するという検察捜査の構図は、被買収議員や国民の目を欺く欺瞞に満ちたものであって、本件を起訴したことは訴追裁量を逸脱し公訴権を濫用したものにほかならないなどと主張し、本件公訴提起はこのように公訴権を濫用した 起訴として無効であるのに、これを棄却することなく有罪判決を言い渡した原判決には不法に公訴を受理した違法があるなどというのである。 しかしながら、まずもって、原判決が説示するとおり、被告人は当初から事実経過をありのままに供述しており、検察官の働き掛けにより被告人の供述が得られたとは認められないのであるから、検察官の言動に不起訴を予想させるものがあったとしても、それが被告人の供述を得るための利益誘導であったなどとは認められない。そして、一連の事件において検察審査会が起訴相当と議決したのは100名中35名にとどまっていることなどからしても、検察官が検察審査会で起訴相当との議決が出ることを確実なものとして想定していたなどとは見受けられないのはもとより、そもそも、所論が主張するところの司法取引的あるいは利益誘導的な取調べを実施し、検察審査会の議決を利用して起訴するという検察捜査の構図なるものは、的確な証拠関係ないし確たる事実関係に何ら裏打ちされているものではなく、そのような捜査の構造にあったと断定することなどできないのはいうまでもないところであるから、そのような主張を前提として公訴権濫用をいう所論はおよそ採用の限りではない。 本件公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たる、あるいは、これと同視できるような事情は何ら認められないのであって、原判決に不法に公訴を受理した違法があるなどとい ではない。 本件公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たる、あるいは、これと同視できるような事情は何ら認められないのであって、原判決に不法に公訴を受理した違法があるなどという論旨も理由がない。 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。 令和5年7月28日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官 森浩史 裁判官 富張真紀 裁判官 家入美香

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