主文 被告人を懲役2年6か月に処する。 未決勾留日数のうち80日を刑に算入する。 この裁判確定の日から5年間刑の執行を猶予する。 被告人をその猶予の期間中保護観察に付する。 理由 (犯罪事実)被告人は第1 平成14年8月10日午後10時40分ころ,普通貨物自動車を運転し,名古屋市a区b町字cd番地先路上国道23号線下り車線上に停車中,同車の運転席側ステップに足をかけて乗っていたA(当時31歳)に対し,あえて同車を発進,走行させる暴行を加えて,同人を車道上に転落させ,同人に入院加療70日間を要する頭蓋底骨折,外傷性くも膜下出血等の傷害を負わせた。 第2 酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,前記日時ころ,前記場所付近道路において,普通貨物自動車を運転した。 (証拠)(省略)(事実認定の補足説明)第1 被告人は,判示第1の事実について,判示普通貨物自動車(以下「トラック」という。)の運転席側ステップに判示Aが足をかけて乗っていたことは知っていたが,自分の身に危険を感じたので,トラックを移動させただけであり,自分はAをトラックから振り落として死亡させるつもりも,怪我をさせるつもりもなく,Aがトラックから落ちるとは思わなかったと弁解し,弁護人も同様に主張して,被告人には傷害の故意も殺人の故意もないから無罪であると主張する。一方,検察官は,被告人には未必の殺意があったから,殺人未遂罪が成立すると主張する。そこで,当裁判所が判示第1の傷害罪の事実を認定した理由を以下補足して説明する。 第2 犯行に至った経緯と犯行の客観的状況について関係証拠によれば,以下の事実が認められる。 ①被告人は,飲酒後仮眠をしたのちトラックを運転して,判示日時ころ通行量の多い判示国道23号線の下り車線を走行して 緯と犯行の客観的状況について関係証拠によれば,以下の事実が認められる。 ①被告人は,飲酒後仮眠をしたのちトラックを運転して,判示日時ころ通行量の多い判示国道23号線の下り車線を走行していたが,酒気帯び状態で運転していたためトラックは蛇行を繰り返した。②同じ方向に進行していた普通乗用自動車(以下「A車両」という。)の助手席に乗っていたAは,トラックの走行状況に危険を感じ,併走状態になった際被告人に対し文句を言ったところ,被告人が言い返したことから,言い争いとなり,A車両がトラックを追い越して,片側4車線のうちの一番左側の第1車線上に停車し,被告人はその後ろ約8.5メートル後方の同車線上にトラックを停車した。③すると,AはA車両を運転していたBとともにトラックにかけ寄り,運転席側のサイドミラーのステイを持って,トラックの地面からの高さ約56センチメートルで,長さ約32センチメートルの運転席側のステップに足をかけて乗り,開いていたトラックの窓の外から被告人に文句を言いながら,被告人の右こめかみ辺りを殴った。④その衝撃で被告人の眼鏡が外れたが,被告人は,外れた眼鏡をかけ直さないまま,後続車の確認もせずに,Aが運転席側ステップに乗った状態のトラックを発進させ,トラックの前方に停車していたA車両の右側を追い越すような形で第2車線上を時速約30キロメートルから40キロメートルに上げて走行させた。⑤その結果Aは,発進した地点から約51メートルの第2車線上に転落し,入院加療70日間を要する頭蓋底骨折,外傷性くも膜下出血等の傷害を負った。⑥被告人は,Aが見えなくなったためトラックをAが転落した地点から約68メートル先の第1車線上に停止させ,携帯電話で119番に通報しようとしたがあわてていたため通じず,その後110番にかけて,交通トラブルか ,Aが見えなくなったためトラックをAが転落した地点から約68メートル先の第1車線上に停止させ,携帯電話で119番に通報しようとしたがあわてていたため通じず,その後110番にかけて,交通トラブルから暴行を受けた旨の通報をし,その後,警察がやってくるまでトラックの中にいた。 第3 殺意について 1 第2認定の事実及びトラックの車体長が約8メートルであり,Aの乗っていたステップがトラックの前輪より前にあったことからすると,Aがステップから転落した際トラックの後輪に巻き込まれて死亡する危険性や,Aが後続車両に轢過されて死亡する危険性があり,Aが転落した際路面に頭部等を強打して死亡する危険性も否定できない。 2 しかし,被告人は,公判廷で前記第1のとおり弁解しただけでなく,捜査段階のほとんどの期間を通じて,「自分が逃げるのに無我夢中でまわりの状況つまり,車がひっきりなしに走っているということは頭になく落ちたはずみでケガはするだろうとは思っても他の車にひかれてしまうことまでは,トラックを発進させるときには思いませんでした。今冷静に考えれば,後続の車にひかれてしまう,あるいは,自分のトラックそのものに巻き込んでしまう可能性があった訳ですが,その時は逃げることで頭がいっぱいでそのようなことは思いませんでした。」旨述べてきたものである。そして,この供述内容は,Aから眼鏡が外れるほど強く殴られた被告人の心情としても十分合理的であり,眼鏡がないと運転できないにもかかわらず,後続車の確認もせずにそのままトラックを発進したという行動にも符合していて,納得のいく内容である。 そうすると,被告人がAからいきなり殴られるという予想外の出来事に驚き,Aがトラックから転落したり,その後輪にAが巻き込まれたり,後続車に轢かれたりして死亡させてしまうかもしれないなどと である。 そうすると,被告人がAからいきなり殴られるという予想外の出来事に驚き,Aがトラックから転落したり,その後輪にAが巻き込まれたり,後続車に轢かれたりして死亡させてしまうかもしれないなどとは考えずに,ただ逃げるためだけにトラックを進行させたという被告人の弁解も一概に否定できないというべきである。 3 一方,「Aをトラックから振り落とせば,Aが路面に転ぶなどして頭を打ちつけ,打ち所が悪ければ死んでしまうかもしれないし,後続車にひかれてしまうかもしれないことを十分予想しながらトラックを発進させた。」として,未必の殺意を認める内容の検察官調書も存在する。しかし,この検察官調書は,勾留の満期日の前日で起訴日でもある,いわば取調べの最終段階になってはじめて作成されたものであり,このほかには同様の内容の供述調書は認められない。かえって,この前日の検察官調書においても,被告人は,「ケガをするだろうことが十分に予想できていながら,それでもやむを得ないと考えて,トラックを発進させた。」と述べるのみで,死に至るかもしれないということを本件当時考えていたことをうかがわせるような供述は全くしていないのである。そうすると,未必の殺意を認める被告人の検察官調書はあまりに唐突といわなければならず,しかも,この調書には,供述内容を変更した理由は全く説明されていない。これらの事情に加え,前記第2の客観的経過からうかがわれる被告人の心理状態からすると,本件当時被告人がこの検察官調書記載のように状況を冷静に考えていたとは考えがたいこと,この検察官調書には「被告人がAを振り落とそうと考えた。」との記載があるものの,後記のとおり現実にはことさらAを振り落とすような走行をしておらず,客観的事実と食い違いがみられることなども併せ考えると,未必の殺意を認める被告人の検察官 り落とそうと考えた。」との記載があるものの,後記のとおり現実にはことさらAを振り落とすような走行をしておらず,客観的事実と食い違いがみられることなども併せ考えると,未必の殺意を認める被告人の検察官調書は,検察官からの理詰めもしくは誘導などによって誤った供述内容になったものとの疑いが否定できない。 4 その上,被告人は,トラックを発進させる際にAをあえて振り落とそうとして蛇行運転をするなどの走行方法はしておらず,Aが転落するまでの走行距離も約51メートルと比較的短距離であることなど,被告人に未必の殺意があったとは考えにくい客観的事実もある。 5 以上の次第であって,未必の殺意を否定する被告人の弁解は一概に否定できない上,被告人に未必の殺意があったとする検察官調書をそのまま信用することはできず,そのほかにも合理的な疑いを超えて被告人が本件当時未必の殺意を有していたと認めるに足る証拠はないから,殺人未遂の事実は認定できない。 第4 傷害(暴行)の故意について 1 前記第2で認定した事実,特にAが足を乗せていたのがトラックのステップであり,不安定な体勢であったことからすると,被告人がトラックを進行することによってAがトラックから転落して傷害を負う高度の危険性が認められるから,Aがトラックのステップに乗った状態でトラックを進行させる行為は不法な有形力の行使としての暴行にあたる。被告人が,このような状況を認識していたことは証拠上明らかであり,その上で,被告人がトラックを発進させている以上,被告人には少なくとも暴行の故意があったと認められる。そして,その結果,Aは判示第1のとおりの傷害を負っているのであるから,被告人の行為が刑法204条の傷害罪に該当することは明らかである。 2 なお,弁護人は,被告人は「交通上のトラブルから相手にけがをさせてし 結果,Aは判示第1のとおりの傷害を負っているのであるから,被告人の行為が刑法204条の傷害罪に該当することは明らかである。 2 なお,弁護人は,被告人は「交通上のトラブルから相手にけがをさせてしまった」というように,過失によってけがを負わせたと当初供述していたものが,徐々に故意を認める内容になっているから,被告人の故意を認める内容の供述調書は捜査官からの理詰めの誘導によるものであって,信用できないと主張する。 しかし,上記の表現が「過失によって相手にけがをさせた」という意味ではないことは明らかであって,弁護人の主張はその前提を欠くから,これを採用することはできない。 第5 結論以上のとおりであるから,判示のとおり傷害罪が認定できる。 (法令の適用)罰条第1 刑法204条第2 道路交通法117条の4第2号,65条1項,同法施行令44条の3刑種の選択第1,第2 いずれも懲役刑併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条,47条ただし書(重い第1の罪の刑に法定の加重をする。)未決勾留日数の算入刑法21条刑の執行猶予刑法25条1項保護観察刑法25条の2第1項前段(量刑の理由)本件は,被害者がトラックのステップに足をかけて乗っている状態で被告人がトラックを発進させる暴行を加え,その結果被害者を転落させて傷害を負わせ,その際被告人が酒気帯び運転をしたという事案である。 被告人は,通行量の多い道路で,トラックのステップに被害者がいるにもかかわらず,トラックを進行させており,一歩間違えば被害者は死に至る危険もあったのであって,本件は非常に危険な行為である。その結果,被害者は入院加療70日間を要する頭蓋底 ステップに被害者がいるにもかかわらず,トラックを進行させており,一歩間違えば被害者は死に至る危険もあったのであって,本件は非常に危険な行為である。その結果,被害者は入院加療70日間を要する頭蓋底骨折,外傷性くも膜下出血等の傷害を負っているのであって,結果もまた重大である。本件は,被害者が被告人を殴ったことをきっかけとして行われた犯行であり,後記のとおり過剰防衛にあたると認められるものの,その被害者の行動は,被告人が飲酒運転していたことが原因であったのであるから,この点をもって過度に被告人に同情することはできない。また,被告人は,職業運転手でありながら,常習的に飲酒運転を続けていたもので,それが本件傷害の発端となっていることも併せると,酒気帯び運転の犯情もよくない。 そうすると,被告人の刑事責任は軽くない。 一方,被告人には未必的にも殺意があったとは認められないこと,本件犯行が過剰防衛にあたると認められること,被告人は,被害者に対して金200万円を被害弁償の一部として支払い,自己の行為を反省しており,その結果被害者が寛大な処分を求める旨の上申書を作成していること,被告人には罰金前科以外には前科がないこと,元勤務先の社長が今後の被告人の仕事の世話をする旨述べていることなどの事情もある。 そこで,これらの諸事情を総合考慮して,刑の執行を猶予することとして,その間保護観察に付することとする。 (求刑-懲役4年)平成15年1月21日名古屋地方裁判所刑事第3部裁判長裁判官片山俊雄裁判官岩井隆義裁判官石井寛 裁判官石井寛
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