平成28(ネ)425 国家賠償請求控訴,同附帯控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成29年3月17日 福岡高等裁判所 福岡地方裁判所 平成26(ワ)1204
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判決文本文19,383 文字)

主 文 1 控訴人の本件控訴に基づき,原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。 2 前項の部分につき,被控訴人の請求を棄却する。 3 被控訴人の附帯控訴を棄却する。 4 訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。 事実 及び理由第1 控訴及び附帯控訴の趣旨 1 控訴の趣旨主文1,2項と同旨 2 附帯控訴の趣旨原判決を次のとおり変更する。 控訴人は被控訴人に対し,6235万3991円及びこれに対する平成25年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 被控訴人の子であるAは,覚せい剤取締法違反の罪で平成25年1月からa 刑務所(以下「本件刑務所」という。)で服役していたところ,同年5月に同刑務所の居室で自ら縊首し,死亡した。本件は,Aの母である被控訴人が控訴人に対し,Aの自殺防止及びその救命に関し本件刑務所職員に注意義務違反があったとして国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,Aから相続し,また自らに発生した損害として合計6299万6942円の賠償及びこれに対する同人の死亡日である平成25年5月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 2 原判決は,本件刑務所職員には自殺の危険性が高まっていたAの監視を怠った過失があり,控訴人は被控訴人に対しAの死亡により生じた損害を賠償する責任を負うが,民法722条2項の過失相殺の法理を類推適用し,その損害のうち4割を減額するのが相当であるとして,控訴人に3476万0394円及びこれに 対する平成25年5月21日を始期とする年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で被控訴人の請求を認容し,その余を棄却した。そこで,控訴人が被控訴人の請 人に3476万0394円及びこれに 対する平成25年5月21日を始期とする年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で被控訴人の請求を認容し,その余を棄却した。そこで,控訴人が被控訴人の請求認容部分を不服として控訴し,また,被控訴人が請求棄却部分を不服として附帯控訴した。 3 前提事実並びに争点及びこれに対する当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の2及び3に記載のとおりであるのでこれを引用する。 ア 3頁9行目の「独居房」を「単独室」に,10行目の「雑居房」を「共同室」にそれぞれ改める。 イ 3頁15行目の「居室」を「単独室」に改める。 4頁14行目から15行目にかけての「本件刑務所に勤務する医師であるB医師」を「本件刑務所に勤務するB医師(以下「B」または「B医師」という。)」に改める。 イ 4頁25行目の「転室させた。」の次に「そして,その旨は,同日の夜間監視当番である職員にも伝えられた。」を加える。 ア 5頁5行目の「監視カメラ」を「監視カメラや巡回」に改める。 イ 5頁19行目の「適切にAの自殺の危険性を評価しておらず」から21行目の「至らしめた。」までを「適切にAの自殺の危険性を評価せず,その度合いを見誤った。その結果,平成25年5月21日の夜間監視を担当する職員にその危険性が正しく伝達されなかった上,物品の使用の制限を行わないまま監視機能が不十分な本件居室に転室させ,Aを自殺するに至らしめた。」に改める。 ア 6頁12行目から13行目にかけての「それにもかかわらず,上記職員は」を「監視カメラによる監視を担当していた職員は1名のみで,しかも自殺予防についての研修も受けていない新人職員であった。そして,その職員は」 に改める。 イ 6頁17行目から20行目までを 員は」を「監視カメラによる監視を担当していた職員は1名のみで,しかも自殺予防についての研修も受けていない新人職員であった。そして,その職員は」 に改める。 イ 6頁17行目から20行目までを削る。 ウ 6頁23行目の「異常な行動に費やしていたのであるから」を「異常な行動に費やしていた上,本件キャリーバックには本件長タオル及び本件ズボンが連結されていたのであるから」に改める。 7頁24行目の末尾に改行の上,以下を加える。 さらに,上記のとおりの個別の注意義務違反を措いたとしても,控訴人は長時間にわたるAの異常行動に気付くことができず,同人を死亡させたのであるから,人員及び設備の各面において本件刑務所の監視態勢自体に重大な不備があり,全体として本件刑務所の過失を構成する。」 9頁17行目の「上記職員らが」から25行目末尾までを次のとおり改める。 「巡回担当の職員がその異変に気付くことは困難であった。 そして,監視カメラによる監視に従事していた職員は1名であったが,①同人は本件刑務所に多数設置されている監視カメラの映像を同時に観察していた上,A以外にも,綿密な動静監視を要する者が4名おり,Aのみを特に注意して監視すべき状況にはなかったこと,②本件居室の映像は,監視カメラによる監視に従事していた職員の面前のモニターの画面全体に表示されていたのではなく,一画面の6分の1程度の小さな画面に表示され,その画像も数秒毎に切り替わっていき,継続的に画面に表示されるものではなかったこと,③上記職員はAに自殺の危険性があるとは認識していなかったこと,そして,④常識的にみてキャリーバッグの取っ手にタオルとズボンを連結して縊首することを想定するのは極めて困難であることを考慮すると,監視カメラによる監視に従事していた職員が,画面に断片的にし こと,そして,④常識的にみてキャリーバッグの取っ手にタオルとズボンを連結して縊首することを想定するのは極めて困難であることを考慮すると,監視カメラによる監視に従事していた職員が,画面に断片的にしか映し出されないAの姿・様子を観察して,その異変に気付くことは困難であった。」10頁23行目から11頁2行目までを削る。 11頁7行目から8行目にかけての「1人で見ていたのであって,上記事情 も合わせて考えれば」を「1人で観察していたのであり,前記のとおりAの異変に気付くことは困難であったことも合わせて考えれば」に改める。 13頁7行目及び22行目の各「3079万6942円」をいずれも「3018万3991円」に,13行目の「平成24年」を「平成25年」に,15行目の「463万7500円」を「454万5200円」にそれぞれ改める。 14頁16行目の「570万円」を「567万円」に,17行目の「6299万6942円」を「6235万3991円」にそれぞれ改める。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実当裁判所が認定した事実は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第3の1に記載のとおりであるから,これを引用する。 15頁10行目の「証拠」を「後掲の証拠」に改める。 17頁16行目の「本件自殺企図事件を起こした」を「自室の報知器を点灯させて職員がAの居室に近づく様子を確認したうえで,首にタオルを巻き付け,その両端を左右に引っ張って自身の首を締め付けて床に横たわった。そして,駆けつけた職員の呼びかけに直ちに応じ,立ち上がってタオルを外した(本件自殺企図事件)」に改める。 17頁24行目の「独居房」を「単独室」に改める。 19頁23行目から20頁3行目までを次のとおり改める。 「コまた,Aは,上記ケの刑務作業 タオルを外した(本件自殺企図事件)」に改める。 17頁24行目の「独居房」を「単独室」に改める。 19頁23行目から20頁3行目までを次のとおり改める。 「コまた,Aは,上記ケの刑務作業の拒否から数時間が経過した午後1時9分から被控訴人と面会した。この面会で,Aは「体の調子が悪いのよ。」,(薬が出ないので)「仕事できんね。」,(精神科の先生は居るが)「話も聞いてくれんもんね。」,「きついね。」,「本当,たまらんけん,死にたいね。 絶対頭がおかしくなるよ。」,(精神科の先生は)「変わった人やね。経過観察としか言わんもんね。」等と述べた。また,被控訴人は,「あんたの目が飛んでるね.そういうところを刑務官が気付いてやらんとね。」,「短期 間でもコウウツ剤をくれればいいけどね。」,「自殺だけはしなさんなよ。」等と応じた(甲2,乙3,被控訴人本人)。」21頁12行目から15行目までを削る。 21頁19行目から20行目にかけての「軽作業」を「軽作業(紙折作業)」に改める。 22頁24行目の末尾に改行のうえ,以下を加える。 「監視カメラ等による本件居室の監視Aが本件自殺企図体勢をとり始めた,平成25年5月21日午後5時頃以降の本件居室の監視状況は次のとおりであった(甲3の2,乙31,乙32,証人C,証人D)。 ア夜勤の監視当番を担当する職員は,午後5時頃に夜勤担当の班長から申し送りを受けた後,担当業務についた。この申し送りの際,夜勤担当の班長はAが心情不安定であるため,本件居室に転室になった旨を伝えた。 イ総合警備監視センター(以下「監視センター」という。)での監視カメラの監視を担当したC看守(以下「C」という。)は,午後5時7分頃から同センター内に多数設置されているモニターの観察を始めた。 監視センターのモ ンター(以下「監視センター」という。)での監視カメラの監視を担当したC看守(以下「C」という。)は,午後5時7分頃から同センター内に多数設置されているモニターの観察を始めた。 監視センターのモニターは本件刑務所に設置された多数の監視カメラとつながっており,①例えば保護室のように,重点的な監視を要する箇所の映像はCの面前に設置された数台のモニター(以下「面前モニター」という。)に映し出され,②それ以外の箇所の映像は,Cの正面から約3メートル離れた壁面に掛けられた合計6台のモニター(以下「壁面モニター」という。)に映し出された。 ただし,壁面モニターの画像は,撮影箇所の映像を画面全体に映し出す面前モニターと異なり,1台の壁面モニター画面に同時に6つの画像が映し出されるものであった。すなわち,1つの箇所の映像は一画面の約6分の1の大きさ(縦23センチメートル,横31センチメートル) で数秒間映し出されるに過ぎず,しかも数秒毎に他の撮影箇所の映像に順次切り替わっていった。また,特定の撮影箇所が特定の位置に映し出される等といった,規則性も格別なかった。 Cは面前モニターの画像に注意を払うとともに,壁面モニターに映し出されていく各種の画像を観察した。本件居室の映像は壁面モニターに映し出されたが,Cは順次切り替わっていく画像を通じて,サないしスのとおり,Aが立って鏡を眺める姿や,本件居室の扉入口付近に横臥する様子を確認した。 ウ夜勤の巡回を担当したD看守(以下「D」という。)は,午後5時10分頃より巡回を始めた。Dは前記アのとおり精神的に不安定であるため本件居室へ転室した旨の申し送りがあったAの様子を確認しようと考え,最初に本件居室を確認した。すると,Aは立ち上がって鏡を眺めていたため,Dは,異常はないものと判断し巡回を続けた に不安定であるため本件居室へ転室した旨の申し送りがあったAの様子を確認しようと考え,最初に本件居室を確認した。すると,Aは立ち上がって鏡を眺めていたため,Dは,異常はないものと判断し巡回を続けた。 午後5時14分頃,Dは日中の巡回当番からの申し送りを受けた。その際,Aの様子を確認したところ,特異な動静はない旨の説明を受けた。 その後,Dは再び巡回を始め,午後5時18分頃に本件居室を確認したところ,呼びかけに応じないまま,Aが扉付近に横たわっていたため,直ちに緊急通報を行い,他の職員の応援を求めた。そして,本件居室の扉の鍵を持った職員が到着し,扉を開放したところ,本件自殺企図体勢で床に横たわっているAが発見された。 救命措置の経緯,ウのとおりAを発見した後に執られた救命措置の経過は次のとおりである(甲3の1及び2)。 ア緊急通報をうけて本件居室に赴いた,本件刑務所の医務課所属の看護師がAの生命徴候を確認したところ顔面は蒼白で意識はなく,脈拍は微弱であった。また,自発呼吸はあるものの浅い上,血圧も80mmhg/40mmhg と低下していた。他方,AEDを装着したところ,電気刺激の必要はない旨の案内音声が発せられたので,電気刺激は行わなかった。 イ午後5時27分頃,Aはリカバリー室に搬入された。 この時点での血圧は102mmhg/57mmhg であったが,意識は消失したままであった。また,AEDを再度装着したところ,上記アと同様,電気刺激の必要はない旨の案内音声が発せられたものの,改めて心電図モニターを装着すると,心停止の波形が確認できた。 そこで,バッグマスクによる人工呼吸と並行して,胸骨圧迫による心肺蘇生処置が講じられたが,Aの心拍は再開しなかった。 ウ Aは午後5時51分にb 病院へ救急搬送されたが,同病院に到着 確認できた。 そこで,バッグマスクによる人工呼吸と並行して,胸骨圧迫による心肺蘇生処置が講じられたが,Aの心拍は再開しなかった。 ウ Aは午後5時51分にb 病院へ救急搬送されたが,同病院に到着後の午後6時18分に死亡した。」 2 検討前記1の認定事実を踏まえ,時系列に即して被控訴人の主張を順次検討する。 本件刑務所への入所から本件自殺企図事件までア本件刑務所に入所した平成25年1月の時点で,Aは覚せい剤中毒後遺症を発症して,幻聴や抑うつ症状等が出現しており,そのため,精神科医であるB医師の診察に基づき,抗精神病薬を中心とした治療を受けている。 イところで,Aは入所から約2か月が経過した平成25年4月3日に本件自殺企図事件を起こしているところ,被控訴人は,Aは服役囚である上,抑うつ症状を伴う覚せい剤中毒後遺症を発症していたのだから自殺のリスクが高かったところ,平成25年4月3日にこれが現実化し,以後Aは強い希死念慮を継続的に有するに至った旨主張する。 確かに,本件自殺企図事件の当日(平成25年4月3日)に行われたEとの面接の際のAは顔面蒼白で,手足が小刻みに震え,目を見開いたまま一点を見据えるなど,明らかに精神的に不安定な様相を呈しており,また,その翌日(同年4月4日)にAを診察したB医師は,Aが本件自殺企図事件を起こしたこと を重く受け止め,その自殺衝動性が高まっていると判断している。 しかし,本件自殺企図事件の前の状況をみてみると,その直近の平成25年3月に,Aとしては症状の改善を感じていた抗うつ剤トリプタノールの処方が中止され,そのため,Aはトリプタノールを切望して処方を求めたがB医師が応じなかったとの経緯がある。また,Aは,本件自殺企図事件の後に行われた職員による事情聴取で,平成25年4月3日に精神科 処方が中止され,そのため,Aはトリプタノールを切望して処方を求めたがB医師が応じなかったとの経緯がある。また,Aは,本件自殺企図事件の後に行われた職員による事情聴取で,平成25年4月3日に精神科医の診察を強く希望してその旨を申し出たところ,精神科医の担当日である明日(4月4日)に申し出をするよう指導されたことから,自殺未遂をすれば精神科を受診することができるのではないかと考えて,本件自殺企図事件に及んだ旨述べている(甲3の1)。実際,本件自殺企図事件の際のAの行動は結局のところ,職員の発見を促すかのように自ら自室の報知器を点灯させ,しかも,単に首に巻き付けたタオルの両端を両手で引っ張って横たわったというだけのものである(そのため,駆け付けた職員の呼びかけに直ちに応じて,首に巻いたタオルを外している。)。してみると,Aを継続的に診察していたB医師が指摘するとおり(証人B),Aはトリプタノールの服用及びその投与中止を契機にトリプタノールへの依存傾向が顕在化し,本件自殺企図事件はその探索行動であったとみるのが相当である。 そして,上記の検討を踏まえると,Aが高い自殺リスクを有しているとの点も,その人物属性の面のみを捉えた一般的・抽象的な指摘に止まり,本件自殺企図事件を十分に説明し尽くせていない。 以上によると,本件自殺企図事件の当時のAが,懲罰の危険を甘受してでもトリプタノールの処方を切望する,という精神的に相当追い詰められた状況に陥っていた可能性は否定し難いものの,それは薬物依存傾向に強い影響を受けた精神状態であって,希死念慮とは性質を異にするものというべきである。 ウよって,本件自殺企図事件に係るAの行動が強い希死念慮に起因するもの であったとは認められない。 なお,被控訴人は,証拠(甲8,甲15,甲17,甲22,甲27) するものというべきである。 ウよって,本件自殺企図事件に係るAの行動が強い希死念慮に起因するもの であったとは認められない。 なお,被控訴人は,証拠(甲8,甲15,甲17,甲22,甲27)を根拠として,自殺演技であっても希死念慮を併せ有することはあるから,仮に本件自殺企図事件が自殺演技であったとしてもこれを軽視してはならない旨主張する。しかし,仮にそうだとしても,本件自殺企図事件に関する前記の検討結果を踏まえると,同事件の経緯からAが自殺に及ぶ具体的な危険性を看て取るのは困難というほかなく,被控訴人の主張は上記認定・判断を左右しない。 本件閉居罰についてア本件自殺企図事件の後,Aは自傷行為に及んだとして本件閉居罰が科されたところ,被控訴人は,希死念慮を抱き衰弱していたAに本件閉居罰を科したことにより,心理的負荷をかけ自殺の危険性をより高め,Aを縊首自殺するに至らしめたとして,本件閉居罰を科したことに注意義務違反がある旨主張する。 イしかし,本件閉居罰の執行とAの縊首自殺との関連性を肯認することはできない。 まず,のとおり,本件自殺企図事件の時点で,Aが強い希死念慮を有していたとは認められない。しかも,証拠(乙10)によると,本件閉居罰の執行期間である平成25年4月16日から同年5月10日までの間のAの動静に,心情の不安定さを窺わせるような特異事象は生じなかったことが認められる。さらに,同年5月9日のEとの面接でも,Aはトリプタノールを処方しないB医師に対する不満を述べつつも,刑務所内での作業や出所後の更生につき前向きな態度をみせた上,同月16日のB医師による診察でも,抑うつ剤の処方を求めつつも「薬に頼りたくない。」などと前向きな発言をしていたことからすると,本件自殺企図事件の当時のAの精神状態は,本件閉居罰 な態度をみせた上,同月16日のB医師による診察でも,抑うつ剤の処方を求めつつも「薬に頼りたくない。」などと前向きな発言をしていたことからすると,本件自殺企図事件の当時のAの精神状態は,本件閉居罰の執行を経てむしろ沈静化したと評するのが相当である。 ウしたがって,そもそも本件閉居罰の執行によりAの自殺の危険性がより高 まり,同人を縊首自殺するに至らしめたとする被控訴人の主張はその前提を欠き採用できない。 本件職権面接についてア,本件自殺企図事件当時のAの精神状態は本件閉居罰を経て沈静に向かった。平成25年5月17日に共同室へ転室し,刑務作業に復帰できたことはその現れといえる。しかし,同月20日にAの精神状態は再び安定を欠くに至り,翌21日に縊首自殺に及んでいることからすると,事後的に考察する限り,同人の精神状態は5月20日から21日にかけて急激に変化したといわざるを得ない。 イそして,Aのこのような変化に対し,EはAの求めに応じ本件職権面接を行っているところ,被控訴人は,同面接でのEの対応は,カナダの自殺予防の専門家グループがまとめた,自殺の危険が高い人への対応の原則である「TALKの原則」に則っていない不適切なものであったため,Aに孤立感及び絶望感を与え,同人が自殺する危険性を高めた旨主張する。 証拠(甲10,甲22)によると,被控訴人の指摘する「TALKの原則」は,要旨,自殺の危険が高いと思われる人に対し,言葉で心配している旨を伝える,率直に自殺を考えているかを質問する,その人の話を傾聴する,少しでも危険を感じたら安全を確保する,といったように,自殺の危険が高いと思われる人へ接する際の行動指針を整理したものであることが認められる。しかし,証拠(甲3の1,乙24,証人E)から把握できるEとAのやりとりを通覧 安全を確保する,といったように,自殺の危険が高いと思われる人へ接する際の行動指針を整理したものであることが認められる。しかし,証拠(甲3の1,乙24,証人E)から把握できるEとAのやりとりを通覧しても,Eの対応が「TALKの原則」に明らかに違反しているとは評価し難い上(同原則の内容は極めて抽象的で,具体的にいかなる対応が禁じられるのかは必ずしも明瞭ではない。),同原則に則っていない対応がされたからといって直ちに対象者の自殺の危険性を高める結果に結びつくのかは甚だ疑問である。むしろ,Eは「TALKの原則」を認識していないものの(証人E),Aに「気持ちを落ち着けて,生活してください。」,「具合が悪いときには, 先生に相談しながらあせらずに直して下さい。」,「少しずつ環境を変えながら,あまり考えすぎないで」等と伝え,その心情を思いやる言葉をかけているほか,幻覚を訴えるAの話にも耳を傾けており,「TALKの原則」に一定程度,適った対応をしているとも評価できる。 さらには,そもそも,本件証拠によっても,この「TALKの原則」が,我が国において,刑事施設の職員が遵守すべき行為準則として確立しているとは認められない。 ウ以上によると,本件職権面接におけるEの対応に注意義務違反を構成するような問題があったとは認められない。 物品の使用制限を伴わない本件居室への転室についてア Eは本件職権面接の結果,Aの精神状態が不安定であるとは理解したが,直ちに自傷行為等に及ぶ危険が存するとは認識していない。そのため,念のためAを本件居室へ転室させたが,物品の使用を制限していない。 そこで,被控訴人は,EはAの自殺の危険性を認識し得たにもかかわらずその評価を誤り,その結果,本件キャリーバッグ,本件ズボン及び本件長タオルの使用を制限しないまま, 品の使用を制限していない。 そこで,被控訴人は,EはAの自殺の危険性を認識し得たにもかかわらずその評価を誤り,その結果,本件キャリーバッグ,本件ズボン及び本件長タオルの使用を制限しないまま,しかも,監視カメラによる重点的な監視がされる保護室等ではなく,十分な監視機能が備わっていない本件居室にAを転室させたとして,これらの判断に注意義務違反が存する旨主張するので,以下検討する。 イここでは,まず,EがAの自殺を予見すべきであったかが問題となる。 この点,被控訴人は,①Aは服役囚であり,そもそも高い自殺リスクを有している,②約1か月半前に自殺未遂の既往がある,③本件職権面接の前日である平成25年5月20日の朝,突然,Aは刑務作業を拒否した上,同日午後の被控訴人との面会で「死にたいね。」と述べ,Eも,Aのこの発言を本件職権面接に先立ち把握していた,④本件職権面接の際,Aが幻覚様の症状を訴えていた,そして,⑤本件職権面接の数時間後に縊首自殺 に及んだ,といった諸点を挙げて,Eは本件職権面接の時点で,Aは強い希死念慮を有しており,それゆえ同人が自殺に及ぶ危険があることを予見すべきであった旨主張する。 確かに,本件職権面接の約3時間後に現にAは縊首自殺に及んでいる(上のだから,この面接の時点で既にAが希死念慮を有していた可能性は否定し難い。しかし,仮にそうだとしても,事柄の性質上,希死念慮のような人の内心傾向の有無・強度は,当該人物の発言・行動等といった外形的要素から把握するほかないところ,証拠(甲3の1,乙24,証人E)より把握できる本件職権面接でのやりとりをみても,幻覚様の症状の訴え(上Aの応答及び言動は抑うつ状態にある者のそれとして格別特異なものとは評価できず,実際,本件自殺企図事件の当日及び翌日(平成25年4月3日 きる本件職権面接でのやりとりをみても,幻覚様の症状の訴え(上Aの応答及び言動は抑うつ状態にある者のそれとして格別特異なものとは評価できず,実際,本件自殺企図事件の当日及び翌日(平成25年4月3日及び4日)の様相と比べても,不穏なものであったとはいえない。すなわち,本件職権面接におけるAの応答・言動は,精神状態が変調し,不安定となったことを示すものではあっても,同人が具体的な希死念慮を抱いていたことを示すものとはいえない。 なお,この点に関連して被控訴人は,本件職権面接のEを始めとする本件刑務所職員が,世界保健機構が各国の刑務所職員に提唱している自殺予防のためのプログラム(甲8)に沿ったスクリーニングや,本件刑務所でも用意されている服役囚の自殺の危険性を把握するための「自殺要注意者判定表」(乙25)を活用し,Aの精神状態を点検しなかった旨主張する。 しかし,本件閉居罰を終えた後のAの精神状況は安定していた。加えて,その後の平成25年5月20日に突如,精神面に変調を来したものの,証拠(乙10,11)によれば,同日及びその翌日である5月21日のAの食事面及び生活動作面で特異な様子・行動もみられなかったことが認められる。さらには,5月21日の本件職権面接でのやりとりからは,Aの精神状態が不安定となったことは把握できるものの,その後の縊首自殺のお それを窺わせる事情も見出せない。してみると,仮に本件職権面接の際に世界保健機構が提唱するプログラムや,自殺要注意者判定表を用いたとしても,Aが数時間後に自殺に及ぶ危険性を把握できたかについては疑問が残り,的確な証拠もない本件では被控訴人の主張は採用できない。 (甲8,甲10,甲22),本件における自殺未遂の既往というのは本件自殺企図事件である。しかるに,同事件におけるAの行動は薬物の探 残り,的確な証拠もない本件では被控訴人の主張は採用できない。 (甲8,甲10,甲22),本件における自殺未遂の既往というのは本件自殺企図事件である。しかるに,同事件におけるAの行動は薬物の探索によるものであり,強い希死念慮に起因する衝動的な行為とはいえない。よって,本件自殺企図事件を自殺衝動による自殺未遂のケースと同視するのは相当でなく,Eが本件自殺企図事件を念頭に,Aの自殺衝動ないし強い希死念慮に想到すべきであったとはいえない。 そして,縊首自殺の前日に刑務作業を拒否したこと,そして被控訴人に「死にたいね。」と述べたことについては,まず前者については,本件自殺企図事件の後は平成25年5月20日の刑務作業の拒否までの間,Aには前向きな姿勢もみられ,問題行動も出現しておらず,また,作業拒否それ自体は直ちに自殺衝動ないし強い希死念慮と結びつくものではない。すなわち,Aの精神状態の変調を示すものとして,その後の経過観察の必要性を基礎付ける事情ではあるものの,切迫した自殺の危険性を想到させるものとはいえない。 次に,後者についてはその言葉だけを捉えれば,希死念慮の表出とも捉え得るものではある。しかし,その評価に当たっては,この発言の前後のやりとりやその背景事情をも勘案する必要がある。まず,本件自殺企図事件の後も,Aはトリプタノールを処方しないB医師への不満を強く訴え続けていたところ,平成25年5月20日の被控訴人との面接においても,AはB医師が抗うつ剤であるトリプタノールを処方しないため体調が悪化した旨を訴え,何度訴えてもトリプタノールを処方しない同医師が「経過観察としか言 わ」ない「変わった人」であると強く非難しており,そこには平成25年3月以降から続くトリプタノールへの強い依存傾向を看て取ることができる。 加えて,証拠 ルを処方しない同医師が「経過観察としか言 わ」ない「変わった人」であると強く非難しており,そこには平成25年3月以降から続くトリプタノールへの強い依存傾向を看て取ることができる。 加えて,証拠(乙3)によると,この面接の際の話題の多くを,医務に対する不平・不満が占めていたことが認められる。してみると,Aが発した「死にたい」との発言も,これを外形的に観察したときには,トリプタノールの処方を得られない現状は「絶対頭がおかしく」なってしまうほどに不合理であるとして,B医師がトリプタノールを処方してくれないことへの不満の情を強調する趣旨のものとも捉えられるのであり,少なくとも,被控訴人との面接時の会話の推移等に照らすと,Aのこの発言に接した者が,その希死念慮に想到するのは困難な面があるというべきである。よって,Aの一連の発言のうちの「死にたいね。」との一言のみを抽出して,これを希死念慮の外形的な表出と評価すべきであったとはいえない。 なお,被控訴人は,平成25年5月20日の被控訴人との面会の際のAに,頭を上下に激しく振る,胸を激しく何度も叩く等の異常な行動がみられた旨主張し,証拠(甲2,被控訴人本人)はこれに沿う。しかし,Aと被控訴人との面会には職員が立ち会っている(乙3)。したがって,仮にAが,被控訴人が主張するような特異な行動に及んだとすれば,職員はAに注意する,ないしはその行動を静止する等の何らかの対応に出るものとみられ,少なくとも,Aに特異な行動がみられた旨を面会表に書き留めるとみられる。ところが,この面会経過の要旨を記した「面会表」(乙3)にはそのような記載は見当たらないのであり,してみると,仮に,面会の際,Aが頭を振る,胸を叩くといった行動に及んだとしても,それは注意,静止を要するほどの態様のものではなかった可能性も否定し 乙3)にはそのような記載は見当たらないのであり,してみると,仮に,面会の際,Aが頭を振る,胸を叩くといった行動に及んだとしても,それは注意,静止を要するほどの態様のものではなかった可能性も否定し難い。少なくとも,的確な裏付けも見当たらない本件では,Aの行動が,被控訴人が主張するほどに異常なものであったとは認めるに足りない。 最後に,Aが服役囚であること()は,前記のとおり,Aに自 殺リスクがあるという,一般的な事柄の指摘に止まるというほかない。 以上によると,Eで指摘するような要素を踏まえ,Aが強い希死念慮を有しており,それゆえ同人が数時間後に自殺に及ぶ危険性に想到するのは困難であったといえる。Aに直ちに自傷行為に及ぶ危険はないと認識したのはやむを得ない。 これに対し,被控訴人は,精神科医であるF医師の意見書(甲27)を根拠に上記認定・判断を争う。しかし,甲27の意見書を同医師の作成した甲22とも併せてみると,その内容は,可能な限り自殺を予防していくという観点から,望ましい自殺予知の方策をもとに組み立てられていると評価できる。その意味では,F医師の意見書は法的な判断とは次元を異にする啓蒙的な提言が含まれていると評せざるを得ない。また,これを措くとしても,ここで問題とすべきなのは,医療専門職ではない刑事施設の職員の自殺の予見可能性であって,精神科医を始めとする精神医療の関係者のそれではないから,精神医療の知見が直ちに刑事施設の職員の行為準則を構成するものでもない。してみると,F医師の意見書は,服役囚の自殺に関する刑事施設の職員の注意義務の範囲を的確に画するための基準・視点を提示できているとはいえない。 よって,これに依拠した被控訴人の主張は採用できない。 ウ続いて,上記イの検討を踏まえ,本件職権面接後に措置 職員の注意義務の範囲を的確に画するための基準・視点を提示できているとはいえない。 よって,これに依拠した被控訴人の主張は採用できない。 ウ続いて,上記イの検討を踏まえ,本件職権面接後に措置された,物品使用の制限を伴わない本件居室への転室の当否につき判断する。 まず,本件職権面接を経てEが把握できたAの状況は,同人の精神的な不安定さに止まる。確かに,Eは「念のため」にAを本件居室に転室させた旨述べるところ(証人E),その心理状況としてはAに不測の事態が生じる可能性を予知したものといえる。しかし,その予知は漠然とした危惧感に止まるものであって,Aの自殺の危険性を具体的に予知したものとはいえないし,また,これを予知することができたともいえない。 そして,このような予見可能性に関する事情に照らすと,Eを始めとする本件刑務所職員は,Aに突如出現した精神状態の変調に対応し,自殺等といった不測の事態に備えるべく,通常の服役囚とは異なる監視態勢を講じるべき義務を負っていたものの,それ以上にAの自殺防止を最優先とした措置を講じるべき義務を負っていたとはいえない。 以上の理解を前提とすると,本件居室は監視カメラによる重点的な監視が可能な保護室等ではないものの監視カメラは設置されており,これと職員による巡回監視と併せれば,通常の単独室と比べ被収容者の監視機能は遥かに高い。また,証拠(乙30)によれば,本件居室の構造は被収容者の自殺を防止するため,紐のような索状物を掛けられないよう,例えば水道の蛇口をゴム製のものを用いる等の措置が講じられていることが認められる。つまり,本件居室はAの動静を監視し,自殺を防止する機能を備えていると評価できるから,Aを本件居室に転室させたことが不相当とはいえない。 また,Aの動静を監視し,自殺防止の ることが認められる。つまり,本件居室はAの動静を監視し,自殺を防止する機能を備えていると評価できるから,Aを本件居室に転室させたことが不相当とはいえない。 また,Aの動静を監視し,自殺防止の機能を備えた本件居室へ転室させることにより,Aの不測の行動を防止する効果は期待できるから,生活必需品である本件ズボン及び本件長タオルや,常識的にみても自殺に供することを想定し難い本件キャリーバッグの使用を制限すべきであったとは評し難い。 すなわち,これらの物品の使用を制限しなかったことも不相当とはいえない。 以上に対し,被控訴人は,①乙15,乙30から把握できる本件居室の構造からは,壁に設置された金具等の縊首の支点となり得るものがなお存在した,②ズボンやタオルは,受刑者の自殺に多く用いられている物品である等の諸点を指摘する。しかし,このような指摘は,自殺防止を最優先とした措置を講じるべき義務を負うことを前提としたときに,自殺に結びつく具体的な危険要素を除去できたかを検討するうえで極めて重要な意義 を有する。しかし,前記のとおり,本件刑務所職員は上記のような義務を負うものではないから(すなわち,自殺に結びつく具体的な危険要素を払拭すべく行動すべき義務はない。),本件居室になお縊首の支点となり得るものがあり,また室内に縊首の用具となり得る物品の持込みを制限しなかったとしても,これらの点が本件刑務所の注意義務違反の存否の評価を左右するものではない。 エ以上によれば,物品の使用を制限せずにAを本件居室に転室させたことにつき注意義務違反は認められない。 本件居室の監視についてア証拠(乙15)及び弁論の全趣旨によれば,本件居室の天井中央付近に監視カメラが設置されており,上方から見た居室の画像が監視センターのモニターに映し出されること い。 本件居室の監視についてア証拠(乙15)及び弁論の全趣旨によれば,本件居室の天井中央付近に監視カメラが設置されており,上方から見た居室の画像が監視センターのモニターに映し出されること,このような監視カメラの設置位置のため被収容者の位置によってはその身体が視界の妨げとなること,また,居室の四隅付近は室内の明るさ,カメラからの距離・角度等の要因から,本件居室の状況確認が困難となることがあると認められる。 そして,本件職権面接から約3時間が経過した平成25年5月21日午後5時頃に,Aは本件キャリーバッグの取っ手に本件パジャマと本件長タオルを連結して,縊首自殺の準備を行っているところ,Aはこれを下向きの姿勢で行っているためその身体が妨げとなり,監視カメラによる映像(乙15)にそのような準備行動の詳細は映し出されていない。しかも,この映像によれば,Aが本件キャリーバッグに本件パジャマ及び本件長タオルを連結したのは数秒間の出来事であったといえる。 以上によると,監視センターで監視カメラによる観察をしていたCが本件キャリーバッグの取っ手に本件パジャマと本件長タオルを連結するAの行動を察知するのは困難であったと認められる。 イ次に,午後5時過ぎ頃から,Aは本件自殺企図体勢をとり始め,その後は本 件自殺企図体勢とその解除を数回繰り返しているが,証拠(乙15)の監視カメラの映像によれば,遅くとも午後5時12分頃から,午後5時18分に本件居室を巡回したDに発見されるまでの6分間以上にわたりAが本件自殺企図体勢を維持してうつ伏せに横たわっていたことを確認できる。そして,被控訴人は,このようなAの姿勢は明らかに不自然であるとして,監視センターで監視カメラの観察を行っていたCがAの異様な恰好を発見できなかったことに注意義務違反が存する旨 たことを確認できる。そして,被控訴人は,このようなAの姿勢は明らかに不自然であるとして,監視センターで監視カメラの観察を行っていたCがAの異様な恰好を発見できなかったことに注意義務違反が存する旨主張する。 確かに,Aが本件自殺企図体勢を維持していた外形を把握できたのであれば,Cも異変を察知し,しかるべき措置を講じたであろうことは容易に想定できる。しかし,本件自殺企図体勢は,監視カメラの死角となり易い居室の隅でとられている上,その姿勢の最も重要な部分,つまり本件長タオルと本件ズボンを連結した索状物をキャリーバックの取っ手を支点として首に掛けた様子はAの体に遮られ監視カメラでは捉えられていない。しかも,壁面モニターには合計36の分割画像が一度に映し出され,本件居室の画像もそのような分割画像として壁面モニターに数秒間映し出されるに過ぎないことに加え,本件居室の画像がどこに映し出されるかにつき格別の規則性もなかったこと(証人C)を勘案すると,結局のところ,CはAが本件居室の扉付近でうつ伏せに横たわっていた姿を断片的にしか捉えることができなかったと認められる。 そして,以上に加え,Cは午後5時頃に夜勤担当の班長から,Aが心情不安定であるため,本件居室に転室になった旨の申し送りを受けたに過ぎず,Aが自殺に及ぶ危険性を全く認識していなかったことをも勘案すると,Cが,壁面モニターに断片的に映し出される本件居室の映像を観察することにより,Aが6分以上も本件自殺企図体勢を維持していたことを察知するのは困難であったというべきである。 以上に対し,被控訴人は,①本件居室の扉の前にうつ伏せに横たわる姿勢自体が異様である上,監視カメラに映し出された本件居室の画像からは,うつ伏 せに横たわるAの側の本件キャリーバッグに索状物が連結されていることが確認で ①本件居室の扉の前にうつ伏せに横たわる姿勢自体が異様である上,監視カメラに映し出された本件居室の画像からは,うつ伏 せに横たわるAの側の本件キャリーバッグに索状物が連結されていることが確認できるから,画像を注視していればその異変に気付くことはできた,②Cが,Aが心情不安定であるため本件居室に転室になった旨の申し送りを受けたに過ぎず,Aが自殺に及ぶ危険性を全く認識していなかったとするならば,夜勤担当の班長の引継ぎに過誤がある,そして,③そもそもCは自殺予防の研修を経ていない上,夜間監視の経験のない新人職員であり,監視要員としての適格性に問題があった等として,上記の認定・判断を争う。 しかしながら,上記①については,確かに証拠(乙15及び証人C)によれば,本件居室の映像を静止画像として観察したときには,横たわるAの側に置かれた本件キャリーバッグに索状物らしきものが連結されていること,また,Aの頸部にも索状物らしきものが存することを確認できる。しかし,その状況は画面の端に小さく映し出されているだけであるため,静止画像を観察しても,直ちにその詳細を把握できるものではない。しかも,それが3メートルも離れた箇所に設置された壁面モニター内の小さな分割画面に数秒間しか映し出されないことに加え,キャリーバッグの取っ手を支点とした縊首自殺はやはり極めて特異というほかないことをも勘案すると,結局のところ,当該映像に接したとしても,事後的に判明したAの縊首自殺の態様を念頭に置いて映像を観察するのであればともかく,実際の監視業務を遂行する過程で当該映像の部分の意義を正しく察知することは困難といわざるを得ない。したがって,扉の前にうつ伏せに横たわる姿勢それ自体の珍しさはあるとしても,その全容を認識していない者にとってはその姿勢の正しい意味を察知し得るもの 意義を正しく察知することは困難といわざるを得ない。したがって,扉の前にうつ伏せに横たわる姿勢それ自体の珍しさはあるとしても,その全容を認識していない者にとってはその姿勢の正しい意味を察知し得るものではなく,少なくとも,そのような姿勢から縊首自殺に及んでいることに想到するのは極めて困難である。 してみると,被控訴人の上記①の指摘は前記の認定・判断を左右しない。 また,上記②も,前記のとおり,そもそもEはAの自殺の危険性を具体的に予知したものとはいえないし,また,これを予知することができたとも いえないから,Aが心情不安定であるため,本件居室に転室になった旨の申し送りがされたことにつき何らの問題も見出すことはできない。 最後に,前記③も,確かに,Cは,本件での夜間監視は看守として初の経験であったが(乙32,証人C),上記のような検討によれば,この点はCの注意義務違反の存否の判断に影響を及ぼすことはない。また,同人が自殺防止の研修を経ていないことについても同様である。 以上によれば,CがAの異変を発見できなかったことに注意義務違反が存するとはいえない。 ウ次に,被控訴人は,より頻回に巡回をしていれば本件自殺企図体勢を容易に発見して,Aの死を回避することができた旨主張する。しかし,夜間の巡回を担当したDは午後5時10分頃に本件居室を巡回したところ,その際のAは立ち上がって鏡を見ていただけであるから,何らの異変も察知し得なかったとしても無理もない。被控訴人はAのこのような状況から異変を察知すべきであった旨主張するが,到底採用できない。しかも,2度目の巡回は最初の巡回からわずか8分程度しか経過していない午後5時18分頃であり,その際にAの異変に気付いたものである。 してみると,Dによる巡回に不適切な点があったとはいえない。 以上 も,2度目の巡回は最初の巡回からわずか8分程度しか経過していない午後5時18分頃であり,その際にAの異変に気付いたものである。 してみると,Dによる巡回に不適切な点があったとはいえない。 以上に対し,被控訴人は,午後5時頃には本件居室の扉の前には本件パジャマと本件長タオルを連結した本件キャリーバッグが置かれていたのであるから,午後5時10分頃に本件居室を巡回したDが本件居室を綿密に監視していれば,Aの自殺企図を察知することができた旨主張する。しかし,前記のとおりDを含む本件刑務所職員が,Aの自殺防止を最優先とした措置を講じるべき義務を負っていたわけではないから,Dがそのような綿密な監視を行わなかったからといって,その点に注意義務違反を見出すことはできない。 エ以上によると,Cによる監視カメラによる観察及びDによる巡回に注意義務違反は認められない。 救命措置についてア本件居室で本件自殺企図体勢をとった状態で発見された際,Aは意識を消失していたものの,心停止には至っていなかったといえる。そこで,被控訴人は,心停止に至ってはいないこの時点で装着や操作に時間を要するAEDを使用する必要はなく,直ちに胸骨圧迫や人工呼吸を行い,呼吸中枢の機能回復を図るべきであった旨主張する。 しかし,意識消失がある上,脈拍も微弱で血圧が80mmHg/40mmHg と低下していたことからすると,Aが心停止に至る危険性は切迫していたと認められ,そうであれば,心電図の解析機能が備わっているAEDを用いることにより,心停止の有無や,心停止が存する場合であってもそれがいかなるタイプのものであるか(心室細動等によるものか等)を鑑別することはできるのであるから(乙20),上記のような状況でのAEDの使用が不相当であったと評価することはできない。 あってもそれがいかなるタイプのものであるか(心室細動等によるものか等)を鑑別することはできるのであるから(乙20),上記のような状況でのAEDの使用が不相当であったと評価することはできない。 イまた,リカバリー室への搬入後,血圧測定や,再度AEDの試行及び心電図モニターの装着が行われているが,この点についても,被控訴人は,直ちに胸骨圧迫や人工呼吸を行うべきであった旨主張するが,適切な救命措置を講じていくには生命徴候を的確に把握することが肝要であるから(周知の事実といえる。),上記のような生命徴候の把握に資する諸処置を講じたことが不相当であるとはいえない。 ウよって,Aの救命措置に関し,本件刑務所の職員の対応に注意義務違反があるとは認められない。 3 小括以上によると,本件刑務所職員に被控訴人が主張するような注意義務違反は認められない。また,被控訴人は,職員に対する自殺防止の研修体制が構築されていない,経験のない新人職員1人に監視カメラの監視を担当させた,壁面モニターの画像の映出方法に規則性を持たせるなど,監視を行う職員が万全の監視ができるよう 整備すべきであったのにこれを怠った等として,本件刑務所の監視態勢自体に重大な不備がある等とも主張するが,これらも採用できない。 よって,その余の点を判断するまでもなく,被控訴人の主張は理由がない。 第4 結論以上の次第で,被控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきところ,これと異なる原判決は失当であるから,控訴人の本件控訴は理由があり,被控訴人の附帯控訴は理由がない。よって,原判決中控訴人敗訴部分を取り消して,同部分についての被控訴人の請求を棄却するとともに,被控訴人の附帯控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 福岡高等裁判所第4民事部 裁判長 判決中控訴人敗訴部分を取り消して,同部分についての被控訴人の請求を棄却するとともに,被控訴人の附帯控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 福岡高等裁判所第4民事部 裁判長裁判官 大工強 裁判官 小田幸生 裁判官 篠原淳一

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