主文 1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。 2 前項の取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は第1,第2審とも被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人主文と同旨 2 被控訴人(一) 本件控訴を棄却する。 (二) 控訴費用は控訴人の負担とする。 第2 事案の概要及び争点 1 事案の概要被控訴人は,平成8年ないし平成10年分の所得税申告に際し,米国マイクロソフト社から付与されたストックオプションの権利を行使して得た利益(以下「権利行使利益」という。)を一時所得として申告した。 控訴人は,ストックオプションの権利行使利益は,一時所得ではなく給与所得に当たるとして更正処分等を行った。 本件は,被控訴人がこれらの処分は違法であると主張し,各更正処分等のうち,ストックオプションの権利行使利益を一時所得として算定した税額を超える部分等の取消等を求める所得税更正処分等取消請求訴訟である。 2 前提となる事実(争いがないか,証拠上容易に認めることができる事実)(一) 被控訴人は,内国法人であるマイクロソフト株式会社(以下「日本マイクロソフト社」という。)の従業員であり,米国企業であるマイクロソフトコーポレーション(以下「米国マイクロソフト社」という。)は,日本マイクロソフト社の株式を100パーセント保有している親会社である。 被控訴人は,米国マイクロソフト社から,後記のとおり,平成5年ないし平成8年の各7月,4回に亘り,ストックオプション(以下「本件ストックオプション」という。)を付与された。 (二) 米国マイクロソフト社は,マイクロソフト・コーポレーション1991年ストックオプションプラン(以下「本件プラン」という。)を定めており,本件ストックオプションは,本件プランにより付 された。 (二) 米国マイクロソフト社は,マイクロソフト・コーポレーション1991年ストックオプションプラン(以下「本件プラン」という。)を定めており,本件ストックオプションは,本件プランにより付与されたもので,次のようなものであった(甲1,2,乙13,15,16)。 (1) 本件プランによるストックオプションの目的は,従業員の経済的利益と株式を長期に保有することによる価値を結びつけることにより,実質的に責任ある職に最も相応しい人材を誘引し,かつ,維持すること,当該人材に対して,付加的なインセンティブを提供すること及び会社の事業の成功を促進することにある(本件プラン1条)。 (2) このストックオプションは,米国マイクロソフト社の従業員又はその子会社の従業員に対し,米国マイクロソフト取締役会の決定に基づいて付与される(同2条(h),4条,5条)。 (3)(ア) 米国マイクロソフト社は,被控訴人に対し,平成5年7月30日,平成6年7月21日,平成7年7月30日及び平成8年7月15日の4回にわたり,同社の普通株式を,これらの付与日における米国NASDAQ市場における普通株式の終値を権利行使価格(それぞれ,4.625米国ドル,5.9688米国ドル,11.3125米国ドル,13.8281米国ドル)として,同価格で購入する権利を付与した(甲10,乙17,18)。 (イ) 本件ストックオプションに係る権利は,付与日から1年を経過した時点で対象株式の8分の1について行使可能となり,その後,6か月ごとに8分の1ずつが行使可能となり,付与日から54か月(4年半)が経過した時点で全株式について行使可能となる。 (ウ) 本件ストックオプションに係る権利は,付与日から7年を経過した時点で失効する。 (4) 本件ストックオプションに係る権利は,従業員としての継続的 経過した時点で全株式について行使可能となる。 (ウ) 本件ストックオプションに係る権利は,付与日から7年を経過した時点で失効する。 (4) 本件ストックオプションに係る権利は,従業員としての継続的な地位を有する間(病欠,育児休業等の休暇中も中断しない。2条(f))に行使することができるところ,従業員が退職する場合には,退職時点において権利行使可能となった株数の限度で,退職の日の後3か月以内の間に限り,行使することができる(同9条(b))。 (5) 従業員は,遺言又は相続による以外の方法で,ストックオプションに係る権利を売却,質入れ,譲渡,担保権設定,移転又は処分することはできない。また,オプション保有者が生存中は,オプション保有者のみが権利を行使することができる(同10条)。 (三) 被控訴人は,平成8年から平成10年まで合計17回に亘り,本件ストックオプションに係る権利を行使して,米国マイクロソフト社の普通株式を権利行使価格で取得し,これを保持することなく権利行使時における株式の時価で直ちに売却して利益を得た(甲1,2,10)。 被控訴人は,権利行使利益を一時所得に当たるとして,原判決別表1ないし3の各「確定申告」欄に記載のとおり所得税申告をし,その後,これを各「修正申告」欄記載のとおり修正した修正申告をした。 (四) 控訴人は,平成12年2月29日付けで権利行使利益は給与所得に当たるとした上,これに基づいて,原判決別表1ないし3の各「更正処分」欄に記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行った(以下「本件更正処分等」という。)。 (五) 被控訴人は,平成12年4月24日,本件更正処分等を不服として異議申立てをしたが,同年7月24日付けでこれを棄却され,同年8月22日,審査請求したが,審査請求から3か月以内に裁決がされ )。 (五) 被控訴人は,平成12年4月24日,本件更正処分等を不服として異議申立てをしたが,同年7月24日付けでこれを棄却され,同年8月22日,審査請求したが,審査請求から3か月以内に裁決がされなかったため,平成13年7月25日,本訴を提起した。 なお,上記審査請求については,本訴提起後である同年12月25日,審査請求を棄却する旨の裁決がされている(甲2)。 (六) 控訴人は,平成13年9月10日,本件更正処分等のうち過少申告加算税賦課決定処分を一部取り消し,過少申告加算税額を原判決別表1ないし3の各「加算税変更決定」欄に記載のとおりの額に減額した。この加算税減額処分は,本件更正によって増加した税額に対応する部分につき,一時所得として申告をしたことには国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるとして,過少申告加算税を課さないこととし,被控訴人が一時所得の申告漏れがあったとして自ら修正申告をした結果,税額が増加した部分に対してのみ過少申告加算税を課することとしたものである。 (七) 控訴人が,本訴において主張する被控訴人の平成8年ないし平成10年分の所得及び納付税額は,原判決別紙「本訴における被告の主張額」欄に記載のとおりである。 3 ストックオプションに関する法制度及び税制の推移について(一) 法制度(1) 従来,我が国の商法の下では,ストックオプション制度を導入するために必要な自社株式を手当する方法として,新株の有利発行及び自社株式の取得があったが,新株の有利発行については,株主総会の特別決議の効力が6か月に制限されており,自社株式の取得についても,自己株式の償却期間が6か月に制限されていたことから,法制度上,ストックオプション制度を導入することは実質的に困難な状況にあった。 (2) 平成7年11月,特定新規事業実施円滑化臨 の取得についても,自己株式の償却期間が6か月に制限されていたことから,法制度上,ストックオプション制度を導入することは実質的に困難な状況にあった。 (2) 平成7年11月,特定新規事業実施円滑化臨時措置法(平成元年法律第59号。ただし,平成11年法律第223号により廃止。以下「新規事業法」という。)の改正(平成7年法律第128号)により,商法の特例措置として,特定の株式未公開企業に限り,新株の有利発行に関する株主総会の特別決議の効力を10年に延長することが認められ,これらの企業について新株引受権の付与によるストックオプションの付与が可能となった。 さらに,平成9年5月,商法の改正(平成9年法律第56号)により,新株引受権方式のストックオプション制度が新設されるとともに(平成12年法律第90号による改正前の同法280条ノ19),使用人に譲渡するための自己株式取得について,償却期間が10年に延長されたことから(平成13年法律第79号による改正前の同法210条ノ2),自己株式を取得する方法によるストックオプションの導入が可能となった。ただし,子会社の従業員など,自社従業員等以外の者に対するストックオプションについて規定は設けられなかった。 (3) その後,平成13年に商法が改正され(同年法律第79号,同第128号),新株予約権の概念が導入された(同年法律第128号による改正後の同法280条ノ19)。これにより,ストックオプションは,新株予約権の有利発行という形で一本化されるとともに,ストックオプションの付与株式数の制限の撤廃,付与対象者の制限の撤廃,権利行使期間の制限の撤廃等により,ストックオプションの要件は大幅に緩和されるに至っている。 (二) 税制の推移について(1) 平成7年の新規事業法改正以前においては,ストックオプションに対する ,権利行使期間の制限の撤廃等により,ストックオプションの要件は大幅に緩和されるに至っている。 (二) 税制の推移について(1) 平成7年の新規事業法改正以前においては,ストックオプションに対する課税について定めた法令及び通達は存在しなかった。 もっとも,自社従業員等に対し,株主総会決議後6か月間に限って有利な発行価額による新株引受権を付与した場合の課税について,所得税法施行令(昭和40年政令第96号。ただし,平成10年政令第104号による改正前のもの)84条は,上記権利に係る収入金額を,原則として当該権利に基づく払込みに係る期日における新株等の価額から当該新株等の発行価額を控除した金額によることとし,所得税基本通達(昭和45年7月1日付け直審(所)第30号。ただし,平成8年6月18日付け課法8-2による改正前のもの)23~35共-6は,発行法人から有利な発行価額により新株等を取得する権利を与えられた場合には,当該権利を行使して新株等についての申込みをしたときに,上記発行価額と権利行使時の新株等の価額との差額に対し,一時所得として課税することとしつつ,当該権利が従業員等に対し支給すべきであった給与等又は退職手当等に代えて与えられたと認められる場合には,給与所得又は退職所得とする旨定めていた。 (2) 平成7年の新規事業法改正により,ストックオプション制度が一定の範囲で導入されたことから,租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下措置法」という。)29条の2(ただし,平成10年法律第23号による改正前のもの)において,新規事業法に基づくストックオプションについて,権利行使によって取得した株式を譲渡した時点で,譲渡価格と権利行使価格との差額に対し,譲渡所得として課税することが規定された。 また,所得税基本通達23~35共-6においても, オプションについて,権利行使によって取得した株式を譲渡した時点で,譲渡価格と権利行使価格との差額に対し,譲渡所得として課税することが規定された。 また,所得税基本通達23~35共-6においても,新株等を取得する権利を与えられた場合の所得について,当該発行法人の役員又は使用人に対しその地位又は職務等に関して当該新株等を取得する権利を与えたと認められる場合には給与所得とし,これらのものの退職に基因して当該新株等を取得する権利を与えられたと認められる場合には退職所得とし,これら以外の場合には,一時所得とする旨の改正が行われた(平成8年6月18日付け課法8-2)。 (3) さらに,平成9年5月の商法改正に伴い,措置法29条の2が改正され(平成10年法律第23号),商法に基づくストックオプションについても,一定の限度において,その付与時や権利行使時に所得税を課税せず,権利行使によって取得した株式を譲渡した時点で,譲渡価格と権利行使価格との差額に対し,譲渡所得として課税する旨規定されたほか,所得税法施行令84条も改正され(平成10年政令第104号),上記ストックオプションに係る収入金額を,権利行使の日の当該株式の価額から権利行使価格を控除した額とする旨定められたが,上記以外のストックオプションによる所得課税については,法令上の規定は設けられなかった。 また,所得税基本通達23~35共-6においても,上記各法令の改正に対応する定めが設けられたものの(平成10年10月1日付け課法8-2),上記以外のストックオプションによる所得に対する課税についての定めは設けられなかった。 (4) その後,平成13年における商法改正を受けて,措置法29条の2及び所得税法施行令84条がそれぞれ改正されたほか(措置法改正につき平成14年法律第15号,所得税法施行令改正に けられなかった。 (4) その後,平成13年における商法改正を受けて,措置法29条の2及び所得税法施行令84条がそれぞれ改正されたほか(措置法改正につき平成14年法律第15号,所得税法施行令改正につき同年政令第103号),所得税基本通達23~35共-6においても,平成13年法律第79号による改正前の商法210条ノ2第2項(取締役又は使用人に譲渡するための自己株式の取得)の決議に基づき与えられた同項3号に規定する権利(所得税法施行令84条1号)及び同年法律第128号による改正前の商法280条ノ19第2項(取締役又は使用人に対する新株引受権の付与)の決議に基づき与えられた同項に規定する新株の引受権(所得税法施行令84条2号)を与えられた取締役又は使用人がこれを行使した場合は,原則として給与所得とし,職務の遂行と関連を有しない場合は雑所得とすることとされ,また,有利発行による新株予約権(同条3号)を与えられた者がこれを行使した場合に,雇用契約又はこれに類する関係に基因して当該権利を与えられたと認められるときは,同条1号及び2号に掲げる権利を与えられた場合に準じた扱いをすることとされ,さらに,発行法人が外国法人の場合でも同様の扱いとする旨の定めが設けられた(平成14年6月24日付け課個2-5ほか3課共同)。 4 争点及び当事者双方の主張本件の争点は,以下の各点である。 (一) 本件ストックオプションの権利行使利益が給与所得又は雑所得に当たるか(控訴人の主張),一時所得に当たるか(被控訴人の主張)。 (二) これが給与所得又は雑所得とされた場合,本件各更正処分等が信義則違反により取り消されるべきか否か。 当事者双方の主張の要旨は,原判決の「事実及び理由」のうち,「第3 争点と争点に関する当事者双方の主張」欄に記載のとおりであるから,これを引用す 正処分等が信義則違反により取り消されるべきか否か。 当事者双方の主張の要旨は,原判決の「事実及び理由」のうち,「第3 争点と争点に関する当事者双方の主張」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。 第4 当裁判所の判断当裁判所は,本件ストックオプションの権利行使利益は,所得税法28条1項の給与所得に該当するものと判断する。その理由は以下のとおりである。 1 本件ストックオプションの内容と権利行使利益の本質について本件課税対象が本件ストックオプションの権利行使利益であることは当事者間に争いがない。 この権利行使利益がいかなる性質のものであり,いかなる所得区分に該当するかを判断するには,本件ストックオプションの目的,権利者たり得る資格,権利の行使方法等の内容を検討することが不可欠である。 (一) 本件ストックオプションの内容本件ストックオプションの内容は,前提となる事実(二)に記載のとおりであり,以下のように要約することができる。 すなわち,本件ストックオプションは,本件プランに基づき,米国マイクロソフト社が,子会社の従業員の経済的利益と株式を長期に保有することによる価値を結びつけることにより,実質的に責任ある職に最も相応しい人材を誘引し,かつ,維持すること,当該人材に対して,付加的なインセンティブを提供すること及び会社の事業の成功を促進することを目的として,100パーセント子会社である日本マイクロソフトの従業員である被控訴人に対し付与するものである。付与される権利の内容は,米国マイクロソフト社の普通株式を各付与日における米国NASDAQ市場におけるその普通株式の終値を権利行使価格として購入することができるというものであり,権利行使を可能とするためには,日本マイクロソフト社の従業員としての継続的な地位を有すること及び一定の権利 Q市場におけるその普通株式の終値を権利行使価格として購入することができるというものであり,権利行使を可能とするためには,日本マイクロソフト社の従業員としての継続的な地位を有すること及び一定の権利行使期間に限り権利行使すべきことが要求され,遺言又は相続による以外,ストックオプションに係る権利を売却,質入れ,譲渡,担保権設定,移転又は処分することはできない。また,本件ストックオプション保有者が生存中は,オプション保有者のみが権利を行使することができるという制限を伴うものである。 被控訴人に本件ストックオプションが付与された経緯についてみるに,甲8の1,2,甲10,乙13によれば,日本マイクロソフト社の部門責任者の推薦により,米国マイクロソフト社の取締役会が裁量により被付与者として被控訴人に対する付与を決定したものであるが,本件ストックオプションを付与すべきか否かの検討に際しては,①過去における被控訴人の実績,②将来に及ぶマイクロソフト社への長期貢献及び③被控訴人が退社した場合の潜在的な影響といった要因が考慮された。また,付与すべき株式数も推薦に係る株式数を参考にして米国マイクロソフト社の取締役会が裁量により決定した。 この付与の決定を受けて,被控訴人に対し,本件プラン,その説明書及び契約書が送付され,被控訴人は,本件ストックオプションの付与を受けることを希望して契約書にサインし,これを米国マイクロソフト社に送付した。 被控訴人に本件ストックオプションが付与されたことを通知する文書には,「会社は会社の発展及び成功にあなたが今後貢献することを期待して,あなたにこの権利を付与します。私たちは,従業員が株主になることによって,マイクロソフト社の成功に対して関心を長い間持ち続けてくれるものと認識しています。」と記載されている。 以上によれば して,あなたにこの権利を付与します。私たちは,従業員が株主になることによって,マイクロソフト社の成功に対して関心を長い間持ち続けてくれるものと認識しています。」と記載されている。 以上によれば,本件ストックオプションは,米国マイクロソフト社が,子会社である日本マイクロソフト社の従業員である被控訴人に対し,過去における貢献を考慮した上,優秀な人材の確保,維持,付加的なインセンティブの提供及び会社事業の成功の促進を目的とし,日本マイクロソフト社の従業員たる地位を保持する限度において行使し得るものとして本件ストックオプションを付与したものであるということができる。 (二) 権利行使利益の本質について(一)の本件ストックオプションは,権利行使により株式を時価と無関係に一定の価格で取得することができることが権利の内容となっている。これを法的にみれば,権利行使期間内の任意の時点における株式の売買の一方予約権を付与したものということができる。この権利を行使するか否か,どの時点において行使するかの選択権は,本件プランの定める制限に従って被付与者の自由な決定に委ねられる。 ところで,権利行使により取得する米国マイクロソフト社の株式の米国NASUDAQ市場における価格は,日々高下しているから,権利行使の時期によって権利行使利益の額は自ずと異なることは明らかである。被付与者は,米国マイクロソフト社の株価に関心を持ち,最も大きな権利行使利益を上げられると判断した時点で権利行使の意思表示をし,株式取得に必要な権利行使価格を振り込んで現実に株式を取得するか,直ちに売却して株式の時価相当額を確保することができる。逆に,株価が下落した場合は権利行使がされないまま効力を失うことになる。 このように,本件ストックオプションは,それが付与されても権利行使がされるか 売却して株式の時価相当額を確保することができる。逆に,株価が下落した場合は権利行使がされないまま効力を失うことになる。 このように,本件ストックオプションは,それが付与されても権利行使がされるか否かは不確定であって,権利行使をして初めて経済的利益が発生する(譲渡性がないため権利行使をしなければ何の意味もない。)が,その権利行使利益の額は,本件ストックオプションの付与時に予測することは不可能である。そして,被付与者により権利行使がされると,付与者である米国マイクロソフト社は,株式市場で自社株式を時価で購入するか,新たに株式を発行するかの方法により本件プランの実施のため保留した自社株式を被付与者に対して交付することになる(乙13)が,これは,権利行使利益に相当する分(株式の時価から権利行使価格を控除した額)を,米国マイクロソフト社の出捐ないし損失において,被付与者に帰属させることを意味する。すなわち,権利行使利益の実質は,本来,米国マイクロソフト社に保留され,又は帰属すべき経済的利益のうち,権利行使時点における当該株式の時価と権利行使価格との差額に相当する経済的利益を日本マイクロソフト社の社員に直接帰属させるものである。 2 権利行使利益の所得区分について(一) 前記のとおり,商法の規定によるストックオプション(以下「適格ストックオプション」という。)については,所得税法施行令84条により,その権利行使利益が課税価額とされるが,課税区分については所得税法に規定がなく,所得税基本通達23~35共-6(1)イ,(3)が,原則として権利行使時の給与所得とする行政解釈を示している。しかしながら,所得税法施行令84条は,その適用対象を適格ストックオプションに限定しているため,商法の規定に基づかない本件ストックオプションについては,同条も前記基本通 とする行政解釈を示している。しかしながら,所得税法施行令84条は,その適用対象を適格ストックオプションに限定しているため,商法の規定に基づかない本件ストックオプションについては,同条も前記基本通達も直接適用されるものではない。 本件ストックオプションの権利行使利益がいかなる所得区分に当たるかの問題は,専ら所得税法36条と所得種類を定める同法23条ないし35条の解釈問題である。 給与所得とは,俸給,給料,貸金,歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与にかかる所得をいい(同法28条1項),一時所得とは,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち,営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいい(同法34条1項),雑所得とは,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう(同法35条1項)から,これら所得税法の関係規定によれば,その判断の順序は,まず,給与所得該当性を検討し,これに当たらない場合,一時所得該当性を検討し,これにも該当しない場合,雑所得と認定すべきこととなる。 また,上記の規定によれば,所得区分の認定は,当該所得の性質がいかなるものであり,当該所得を生じる原因事実(源泉)が何かによって判定すべきことも明らかである。 (二) 給与所得該当性について所得税法は,給与所得とは,前記のとおり,俸給,給料,貸金,歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与にかかる所得をいう(同法28条1項)と規定するのみであるが,この給与所得の意義につき最高裁昭和56年4月24日判決・民集35巻3号672頁は,「給与所得とは,雇用契約 びにこれらの性質を有する給与にかかる所得をいう(同法28条1項)と規定するのみであるが,この給与所得の意義につき最高裁昭和56年4月24日判決・民集35巻3号672頁は,「給与所得とは,雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。」と判示している。これによれば,給与所得か否かの判断基準としては,①雇用契約又はこれに類する原因に基づき,使用者の指揮命令に服して労務を提供すること,②その労務の対価として使用者から受ける給付であること,という2つの要件を挙げることができよう。 そこで,まず,本件ストックオプションが日本マイクロソフト社から付与されたものであったと仮定した場合,その権利行使利益をどう見るべきかについて考えてみる。 被控訴人は,前記のとおり,日本マイクロソフト社との間で雇用契約を締結してその従業員であったものであり,この雇用契約上の地位に基づいて同社の指揮命令に服して労務を提供したものであるから,①の要件の充足については明らかといえる。 問題は,②の労務の対価として受ける給付といえるかという点である。この点につき原判決は,労務の「対価」であると評価できるためには,従業員が提供した労務と当該給付との間に経済的合理性に基づいた対価関係がなければならないとし,労務の質及び量と当該給付との間に何らかの相関関係がなければならないという。 しかしながら,給与所得か否かの判断基準としての対価性につき,ここまで厳密な労務と給付の相関関係を求めるのは相当ではない。ここでの問題は,所得の性格を決定する基準としての対価性であるから,労務の提供があるからこそ給付がされるという関係があるかという点が肯定されれば対価性を認めるべきである。給与所得は,従属的労務提供の対価という性質があ の性格を決定する基準としての対価性であるから,労務の提供があるからこそ給付がされるという関係があるかという点が肯定されれば対価性を認めるべきである。給与所得は,従属的労務提供の対価という性質があることを本質とするが,この労務を提供したことに基因する給与については,労務の質や量との相関関係の濃淡あるいは存否によって担税力に質的な差異を認めるべきではないと解されるからである。 したがって,本件においても,前述のとおりの趣旨で本件ストックオプションが付与されたのであるから,給付額が不確定であり,労務との間に相関関係が認められないとしても,上記②の要件は満たされているものというべきである。 そうすると,本件ストックオプションを日本マイクロソフト社が付与したものと仮定すると,その権利行使利益は,給与所得に該当するものというほかはない。 次に,本件の場合につき検討する。 前記要件のうち①については,日本マイクロソフト社との関係を考えれば,前に検討したところと異なるものではない。しかし,本件ストックオプションの権利行使利益は,前記のとおり雇用契約又はこれに類する原因を持たない米国マイクロソフト社から被控訴人に給付されたものであるから,前記2つの要件中②の労務の対価として使用者から受ける給付という要件を満たさないように見える。 しかしながら,上記②の要件中,給付が使用者から受けたものであるか否かは,所得の性質を決するに当たっては重要な要素ではなく,前述した給与所得の本質が従属的労務提供の対価であることからすると,むしろ要件ではないと考えるべきである。前記の昭和56年最高裁判決は,弁護士の顧問料収入が事業所得か給与所得かが争われた事案につき,給与所得と事業所得との区別という観点から給与所得の性質を述べたものに過ぎず,通常の形態を想定してされた説示と の昭和56年最高裁判決は,弁護士の顧問料収入が事業所得か給与所得かが争われた事案につき,給与所得と事業所得との区別という観点から給与所得の性質を述べたものに過ぎず,通常の形態を想定してされた説示とみるべきであって,使用者と給与支給者が異なる場合の給与所得該当性を否定する趣旨ではないと解すべきである。 そもそも,所得税法28条1項は,給付が雇用契約等の使用者からのそれに限定されるものとは規定していないから,使用者以外の第三者からの給付であることの一事をもって,これを給与所得から除外すべきものとは解されない。けだし,当該所得が給与に該当するか否かは,誰からの給付であるかによってではなく,何に対して給付されるか(所得源泉)によって自ずと定まるべきものであり,給付者の違いは,給付された利益又は財貨の性質を変ずるものではないからである。 もっとも,本件においては,米国マイクロソフト社は,日本マイクロソフト社の100%の株を保有する親会社であるから,この点からも上記対価性を肯定することができると考えることもできる。すなわち,1にみたとおり,本件ストックオプションの付与すなわち権利行使利益の給付は,子会社たる日本マイクロソフト社への勤務と不可分に結び付けられており,被付与者から何らの反対給付も期待しない無償給付(贈与)と観念される余地はなく,日本マイクロソフト社に対する継続的服務関係の一定期間の維持・確保を権利行使の条件ないし負担とする点で,子会社である日本マイクロソフト社に対する労務提供等の対価として与えられるものといえる。そして,米国マイクロソフト社は,日本マイクロソフトの100パーセント親会社であるから,通常の場合,会社支配と経済的一体性から,費用の内部的な負担もその意向に沿って任意に決定することができると解されるところからすれば,必ずし は,日本マイクロソフトの100パーセント親会社であるから,通常の場合,会社支配と経済的一体性から,費用の内部的な負担もその意向に沿って任意に決定することができると解されるところからすれば,必ずしも直接の雇用関係に立たない給付者からの給付であっても,経済的には使用者からの給付と異なるところはなく,法律上の権利義務関係の相違を強調して給与所得該当性を否定すべきではない。 本件ストックオプションに直接適用は見ないものの,租税特別措置法29条の2は,会社が直接・間接に50パーセントを超える株式を保有する関連会社の従業員等にストックオプションを付与する場合にも同条の適用があることを明文化したが,同条の特例措置が「給与所得及び退職所得」の節中に置かれていることからすれば,現行法の考え方は,親会社が子会社の従業員等に付与したストックオプションによる利益が給与所得に該当するとの前提に立っていると見ることができる。上記の考え方は,この考え方と無理なく調和するものである。 以上のとおり,被付与者の受ける所得の性質は,誰から給付を受けるかによってではなく,何に対して給付されるか(所得源泉)によって定まり,権利行使利益という所得は,日本マイクロソフト社への勤務という事象そのものにその源泉を求めることができ,その他に所得源泉を見いだすことはできないものであって,所得区分上,給与所得とみるべきものである。 (三) 以上検討のとおり,本件ストックオプションの権利行使利益は,給与所得に該当するものと判断され,一時所得又は雑所得に該当するものではない。 3 一時所得説に基づくその余の主張について原判決の判断及び被控訴人の主張に鑑み,本件ストックオプションの権利行使利益が一時所得であり,給与所得に該当しないとする見解につきなお補足して判断する。 (一) 一時所得に該 その余の主張について原判決の判断及び被控訴人の主張に鑑み,本件ストックオプションの権利行使利益が一時所得であり,給与所得に該当しないとする見解につきなお補足して判断する。 (一) 一時所得に該当するという説の根拠の一つに,権利行使利益が株価変動や権利行使時期の選択判断に大きく左右されることを理由に,これが付与会社からの給付であることを否定するものがある。 確かに,前記認定のとおり,本件ストックオプションは,株価の変動があることを前提にして,被付与者に権利行使時期の選択をゆだねており,権利行使利益の有無及びその額の多寡が株価変動や権利行使時期の選択判断に左右される。それゆえ,この所得は一見偶発的なもののように見える。 しかしながら,権利行使時点においては,前述のとおり権利行使利益に相当する経済的負担を米国マイクロソフト社が負うことは疑う余地がなく,その負担額が偶然的要素によって変化することがあるというだけで,米国マイクロソフト社からの給付であることは動かしようがない。この点はむしろ労務と給付の相関関係の問題として捉えるべきものである。 また,例えば,株式売買による所得でも,株式価格の偶然の変動や売買の時期の選択により,その額は変化し得るが,額の多寡や所得の偶然性を理由にこの所得が株式の譲渡所得であることを否定することはできない。これらの要素が譲渡所得としての性質を変ずることがないのと同様に,株価の変動や,時期の選択という偶然的要素の存在は,本件ストックオプションの権利行使利益の所得区分が何であるかとは無関係の事柄である。 したがって,権利行使利益が発生するか否か,その金額が幾らになるかの不確定性をもって,権利行使利益が米国マイクロソフト社からの給付であることを否定する理由とはなり得ない。 上記見解は,偶発的な要素によって収入金 利行使利益が発生するか否か,その金額が幾らになるかの不確定性をもって,権利行使利益が米国マイクロソフト社からの給付であることを否定する理由とはなり得ない。 上記見解は,偶発的な要素によって収入金額の多寡が決まることのみに目を奪われ,本件ストックオプション制度の本質を正解しないものというほかない。 (二) 次に,一時所得説は,株式の時価が多様な諸要因によって決まるところ,株価に影響を与える親会社の業績と個々の子会社の従業員の子会社に対する労務の提供との関係は,著しく間接的かつ希薄化されたものであり,株価の形成要因の一つとはいえず,対価性を有しないとする。原判決も,「従業員の就労は必ずしも企業の業績に反映されるとは限らない上に,株価は,企業の業績ばかりでなく,その時々の経済状況や,その企業が属する業界の状況,株式市場の状況等様々な要素によって定まるものであることは周知の事実である。まして,本件で問題になっているのは,原告が就労している日本マイクロソフト社でなく,その親会社である米国マイクロソフト社の株価なのであるから,原告の就労との関係は,より間接的で希薄なものになっているのであって,原告の就労と米国マイクロソフト社の株価上昇との間に相関関係が存在するということは困難であるといわざるを得ない。」と判示する。 しかしながら,株式価格の変動の偶然性や権利行使利益の不確定性があるからといって対価性を否定すべきではないことは,(一)で説示したとおりであるが,若干補足する。確かに,子会社の従業員のうち被付与者という一部の者による労務の子会社に対する提供が直ちに親会社の株価の形成に貢献することは稀であり,労務と株価上昇等の間に客観的な関連性の存在を求めることは極めて困難である。歩合給や仕事の達成率により給与が定まる場合を除き,給与とその対価としての 直ちに親会社の株価の形成に貢献することは稀であり,労務と株価上昇等の間に客観的な関連性の存在を求めることは極めて困難である。歩合給や仕事の達成率により給与が定まる場合を除き,給与とその対価としての労務提供との質的・量的な関連性は,通常の雇用関係においては厳密に要求されていないことも周知の事実である。我が国の労働事情に照らせば,給与所得該当性の判断に当たり,個別具体的な労務提供とそれに対する対価としての対応関係を要求することは困難であるか,むしろ不可能であって,従業員と使用者の関係を包括的に所得の発生原因としてとらえ,使用者から従業員に対して支給される金品は,原則として給与所得とみるのが相当というべきである。 本件プランについてみても,被付与者である子会社の従業員の労務の提供が親会社の株価の上昇に直結した場合等にのみ権利行使を許すというものではなく,これらの達成の有無にかかわらず権利行使ができるという内容となっている。 以上によれば,権利行使利益と労務の提供との間に厳密な対価関係は要求されていないし,まして,親会社の株価の上昇や企業業績の向上との間に相当な相関関係の存在まで要求することは,給与所得該当性を独自に限定解釈するものであって,相当でない。 (三) 権利行使利益と労務の提供との間に対価性が欠けるとする見解は,本件ストックオプションの権利行使利益が被控訴人が日本マイクロソフト社から定期に給付される給与に比較して多額であり,付与を受諾したほかは,権利行使時期を選択しただけで多額の利益が獲得できたこと自体,勤務と不可分に結び付けられたものではなく,いわば,米国マイクロソフト社からの恩恵的,無償的行為(贈与)とみるべきであるとの前提に立脚していることが窺える。 しかしながら,合理的な理由もなく,子会社の従業員等に権利行使利益を無償で はなく,いわば,米国マイクロソフト社からの恩恵的,無償的行為(贈与)とみるべきであるとの前提に立脚していることが窺える。 しかしながら,合理的な理由もなく,子会社の従業員等に権利行使利益を無償で供与することはおよそ考え難いところであるし,権利行使利益の額の多寡は,その所得区分の認定とは無関係である。本件では,偶々,米国マイクロソフト社の株価が予想を超えて上昇したことが,所得額を多額にしているに過ぎない。前記のとおり,本件プランの解釈上,ストックオプションの付与すなわち権利行使利益の給付が従業員等の何らの行為を見返りにしない無償行為であるとみることは困難である。 4 権利濫用の主張について被控訴人は,課税庁は,長年にわたり,ストックオプションの権利行使利益は一時所得に当たるものとして課税を行いながら,平成10年になってこれを一変させ,給与所得課税を行うよう方針を変更させたものであり,このような方針変更は,従前の方針に係る公式見解を信頼して申告した納税者の信頼を著しく損なうものであり,しかも,将来についてのみならず過去の申告に対しても,その方針に基づく更正を行うこととしたことは,信義則に違反する旨主張する。 租税法規の分野においても,信義則違反を理由として本来適法であるべき課税処分等が違法とされる場合があり得るが,信義則違反といえるためには,①税務官庁が,納税者に対し,信頼の対象となる公的見解を表示したこと,②納税者がその表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したこと,③後に上記表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的不利益を受けたこと,④納税者が税務官庁の上記表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責に帰すべき事由がないことという事情が認められ,租税法規の適用における納税者間の平等,公平という要請を たこと,④納税者が税務官庁の上記表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責に帰すべき事由がないことという事情が認められ,租税法規の適用における納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に初めてその法理の適用の是非を考えるべきものである(最高裁昭和62年10月30日判決)。 本件における課税庁の方針変更は,前記のストックオプションの法制度及びその税制の整備等に対応した相応の合理性を有するもので,上記検討のとおり,本来されるべき所得区分に認定した上あるべき課税がされたにすぎない。所得区分の認定は,法的根拠を必要とするものでなく,また,従前の方針につき行政の先例としての意味を認めることもできない。また,被控訴人は,従前の方針を信頼して申告したことにより,何ら積極的な経済的損失を受けたわけではなく,被控訴人に本来納付しなければならないはずの所得税負担を免れさせる理由は存しない。 なるほど,本件のような事実関係の下では,課税の取扱変更を明確に示した上で,遡及な課税(更正処分)を回避することが妥当であったかも知れないが,上記の各観点から見て,これが信義則に反するとまでは認められず,被控訴人に対しては,過少申告加算税を賦課しない等の対応によりその不利益を減じていることをも併せ考慮すれば,本件更正処分等を取り消すべき違法はないものといわなければならない。 第4 結語よって,これと結論を異にする原判決を取り消した上,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第12民事部裁判長裁判官相良朋紀裁判官三代川俊一郎裁判官上田卓哉 訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第12民事部裁判長裁判官相良朋紀裁判官三代川俊一郎裁判官上田卓哉
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