平成17年(ワ)第2136号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成19年3月1日判決主文 被告は,原告に対し,1億3064万0616円及びこれに対する平成11年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用はこれを10分し,その4を原告の,その余を被告の負担とする。 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。 事実 及び理由第1請求被告は,原告に対し,2億2099万7913円及びこれに対する平成11年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,原告が,ヘルペス脳炎による重度の後遺症を残すことになったのは,A市民病院(以下「被告病院」という。)において,①被告病院B医師が適切に問診・鑑別診断をせず,②被告病院入院後の抗ウイルス剤の投与期間及び量が不適切であったためであると主張して,被告病院を開設・運営する被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償及び初診日である平成11年4月30日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。 前提事実当事者間に争いのない事実,証拠(甲A5,B1,乙A1,2,4,B証人,原告法定代理人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(以下,原則として,平成11年の出来事については月日のみで表示する。)。 (1) 当事者 ア原告は,昭和37年2月○日生まれの男性であり,平成11年4月当時37歳であった。 イ被告は,被告病院を設置・運営するものである。B医師は被告病院神経内科の医師である。 (2) 被告病院に入院するまでの経緯ア原告は,4月23日ころから,38度程度の発熱があり,また,同月25日ころから,重度の頭 を設置・運営するものである。B医師は被告病院神経内科の医師である。 (2) 被告病院に入院するまでの経緯ア原告は,4月23日ころから,38度程度の発熱があり,また,同月25日ころから,重度の頭痛が見られた(乙A2の6,12頁)。 イ(ア) 原告は,同月27日朝から異常な言動が見られたことから,同月28日,A市内にあるC医院を受診したところ,同医院医師は,原告に対し精神安定剤であるデパス及びハルシオンを処方した(乙A3)。 (イ) 原告は,同月30日,被告病院神経内科を受診した(乙A1)。 原告に付き添っていた原告の妻のDは,B医師に対して,原告の症状について,①眠れない様子である,②仕事が忙しくストレスがたまっている,③4月27日ころから異常行動が見られること等を説明した(同5頁)。 (ウ) B医師は,原告が精神科の疾患に罹患している可能性が高いと判断し,その旨Dに説明した上で,紹介状を書いてDに渡した(同6頁)。 ウ(ア) 原告は,4月30日午後,D及び原告の父に付き添われ,E病院精神科を受診した(乙A4)。 同病院医師は,D及び原告の父から,原告の異常行動等の事情を聴取し,原告に対し頭部CT検査などを行った。そして,同医師は,CT検査の結果から,正常範囲内ではあるが脳にやや浮腫があると判断した。 また,同医師は,原告に的はずれな言動が目立ち,失見当識が顕著であり,記憶障害の存在があり,昏迷・途絶といった意識状態が見られると判断した。その上で,同医師は,原告が認知機能の低下や急性幻覚,パラノイド状態にある可能性も考えた。そして,同医師は,原告には統合 失調症,ヒステリー,うつ,急性器質性疾患(腫瘍あるいは脳炎)といった疾患の可能性があると判断した(同5ないし9頁)。 同医師は,5月1日も原告の状態を見たいとして,同日の受診を指示し, は統合 失調症,ヒステリー,うつ,急性器質性疾患(腫瘍あるいは脳炎)といった疾患の可能性があると判断した(同5ないし9頁)。 同医師は,5月1日も原告の状態を見たいとして,同日の受診を指示し,精神安定剤であるインプロメン等の薬剤を処方した(同2頁,原告法定代理人12頁)。 (イ) 原告は,5月1日,E病院を受診した。同病院医師は,原告に対し,前日同病院を受診したことを覚えているかと尋ねると,原告は何も答えず,覚えていないかと尋ねると,来たかなと答えるにとどまった(乙A4の10頁)。同医師は,インプロメン等の薬剤を処方した。 エ(ア) 原告は,5月2日から食欲がなくなり,食事を摂取しなくなり,同月4日,A市内にあるF病院を受診した。その際,原告に39.2度の発熱が認められた。さらに,原告には,胸部レントゲン検査の結果,右下肺野に肺炎を疑う像が見られたため,同病院医師は,肺炎疑いと診断し,被告病院を紹介した(乙A6の1ないし4頁)。 (イ) 同日,原告は,被告病院神経内科外来において,被告病院G医師(以下「G医師」という。)の診察を受けた。その際の原告の体温は39.2度であった。原告に付き添っていたDは,G医師に対し,原告が3日前から食事を摂取できておらず,5月3日から水分も少量しか摂取できていない,昨夜もハアハアと呼吸していた旨述べた(乙A1の13頁)。原告は,診察時,傾眠状態であり,意識障害が認められた(乙A2の11頁)。 (ウ) G医師は,上記所見と異常行動の存在から,脳炎の可能性を疑い,胸部レントゲン,末梢血検査,生化学検査,血糖値検査,髄液検査及び頭部CTの各検査を実施する必要があると判断し,これらの検査を実施した(乙A1の13頁)。 (エ) 原告は,同日,被告病院に入院した。 (3) 被告病院に入院中の経緯(本項において ,髄液検査及び頭部CTの各検査を実施する必要があると判断し,これらの検査を実施した(乙A1の13頁)。 (エ) 原告は,同日,被告病院に入院した。 (3) 被告病院に入院中の経緯(本項においては,乙A2については原則として頁数のみで表示する。)ア原告は,5月4日午後1時ころ(入院直後),傾眠状態であり,呼びかけに対しては開眼して答えるがすぐに眠ってしまう状態であった。原告に対し,輸液と酸素投与(毎分2リットル)が開始された(36頁)。また,原告は,医師又は看護師による指示には応答できず,握手はできるもののしっかりと握手することはできず,握手した手を離すのもあやふやな状態であった。意識レベルはJapanComaScale(以下「JCS」という。)でⅠ-1又は2であった(11,12頁。なお,Ⅰ-1というのは,大体清明だが今ひとつはっきりしない状態,Ⅰ-2とは見当識障害(時,場所,人について正しく答えられない状態)がある状態をいう。)。また,原告の体温は,午後7時においては39.3度,午後9時では39.1度であった(127,128頁)。 同日,原告の脳脊髄液を腰椎穿刺により採取したところ,初圧は110(単位はmmHO。以下同じ。),終圧は60であった。そして,脳脊 髄液を検査した結果,細胞数は50/3(被告病院での基準値は0ないし15/3である。),リンパ球は98パーセント,総タンパク量は47(単位はmg/dl。以下同じ。)であった(84頁)。CRP(C反応性蛋白)は18.53(単位はmg/dl。以下同じ。被告病院での基準値は0.30未満である。)で,CT画像については,左側側頭部に内側から外側まで及ぶ不明瞭な低吸収領域が見られ,胸部レントゲン写真では,右下肺野に陰影が認められた。また,項部硬直は±~+であった(11, 0未満である。)で,CT画像については,左側側頭部に内側から外側まで及ぶ不明瞭な低吸収領域が見られ,胸部レントゲン写真では,右下肺野に陰影が認められた。また,項部硬直は±~+であった(11,12頁)。 被告病院医師は,1回の投与量を500mgとし,1日3回点滴静注する方法でゾビラックス(抗ウイルス剤)の投与を開始した。また,同医師は,ブロアクト(抗生剤)の投与を開始した(37頁)。 G医師は,原告の家族に対し,ヘルペス脳炎の可能性があることを説明した(11頁)。 イ原告は,同月5日の体温が38度前後であった(169頁)。また,項部硬直は+であった(13頁)。生化血清検査の結果,原告のCRPは34.82であり,血液検査の結果,白血球数は129(単位は×10個 /μl。以下同じ。被告病院での基準値は45ないし85である。)であった(70,73頁)。 原告の意識状態は前日よりは良さそうに見られたが,原告は医師の指示に正確に応じることはほとんどできず,離握手,膝立て,追視などは不可能であった。また,目は開いているが,会話もほとんど成立せず,名前や年齢が言えないなど,見当識障害も見られた。 さらに,胸部レントゲン検査の結果,両下肺に右側優位の陰影が見られ,吸気不良であり,湿性ラ音が聞かれ,痰の貯留は多めであった(13,14頁)。 ウ原告は,同月6日の体温も38度前後であった(169頁)。白血球数は127,CRPは25.63であった(70,73頁)。また,頭部CT検査の結果,左側頭部の不明瞭な低吸収域が拡大しており,被殻は低吸収領域が明瞭化していた。原告は,開眼しているのみで,会話は成立しなかった。自発的な四肢の動きはあるが,従命には応じられず,離握手,膝立てはできなかった。項部硬直は+であった。両下肺は粗であり,湿性ラ音は±であった いた。原告は,開眼しているのみで,会話は成立しなかった。自発的な四肢の動きはあるが,従命には応じられず,離握手,膝立てはできなかった。項部硬直は+であった。両下肺は粗であり,湿性ラ音は±であった(14,15頁)。 また,被告病院医師は,グロベニン(感染症において,抗生剤と併用する血液製剤)及びダラシン(抗生剤)の投与を開始した(37頁)。 エ原告は,同月7日の体温が,37.7から37.9度であった(169,170頁)。意識状態はJCSでⅠ-1ないし2であり,開眼しているが指示に従うことは不能であった。MRI画像上は,両側側頭部及び前頭部 にT2高輝度領域が広範囲に広がっていた。特に,大脳皮質に優位な広がりが見られる一方,脳幹部には病変が認められなかった(16頁)。 オ原告は,同月8日の体温が38度から39度であった。そのため,被告病院看護師は,原告に対しクーリングを実施したところ,午後4時には原告の体温は36.7度まで下がった。しかし,午後8時には再び39度となった(170頁)。また,項部硬直は+であった。原告は,開眼して自発的にキョロキョロするが,会話は全く成り立たず,名前や年齢も言えず,従命指示も全くできなかった。 原告に明らかな四肢麻痺はなく,上肢挙上保持及び膝立保持は可能であった。 また,喀痰の培養検査の結果,カンジタが発見されたとの報告が同月7日になされたため,被告病院医師は,フルコナゾール(ジフルカン。抗真菌剤)を追加投与することとした(17頁)。 カ原告は,同月9日の体温が38度前後であった(170,171頁)。 また,原告は,質問に対する返答がない又は緩慢であり(問いに対して黙ってしまう,面会者が誰か言えない状態),自分で体を動かそうとする様子が見られず,開眼しているのみで従命指示には応じられなかった。 酸素飽和度 は,質問に対する返答がない又は緩慢であり(問いに対して黙ってしまう,面会者が誰か言えない状態),自分で体を動かそうとする様子が見られず,開眼しているのみで従命指示には応じられなかった。 酸素飽和度は100パーセントで,胸部はほとんど清という状態であった(17,170,171頁)。 キ原告は,同月10日の体温が36.6度から40.2度であった(171頁)。項部硬直は+であった。原告は,開眼しているのみで発語は少なく,会話が成立せず質問に対してもボーっとしているのみであった(18,171頁)。 原告の髄液を採取して脊髄圧を調べたところ,初圧は210,終圧は140であり,髄液検査の結果,細胞数は65/3,リンパ球は100パーセント,総タンパク量は50であった。また,白血球数は90,CRPは 7.72であった(18,70,73,84頁)。 また,髄液及び血液について,細菌培養検査を実施した(98,100頁。なお,その後いずれも陰性と判明した。)。 ク原告は,同月11日午前0時に体温が40.3度になったため,H医師の指示によりメチロン(解熱・鎮痛剤)1Aを投与した。その後,原告の体温は,37度から38度前後に低下した(171,172度)。原告は,反応はあるが指示は全く入らない状態であった。被告病院医師は,同日,ゾビラックスの投与を中止し,抗生剤について,ブロアクト,ダラシン,グロベニンに代えてチエナムの投与を開始した(19,37頁)。 また,便についての細菌培養検査を実施した(結果は陰性)。 ケ同月12日から同月15日における原告の容態に変化はなく,発熱が続き,会話が成り立たない状態であった。同月14日における白血球数は143,CRPは3.05であった(71,74頁)。CT画像では,両側頭部及び前頭部に不明瞭に低吸収領域が広がっていた(21 発熱が続き,会話が成り立たない状態であった。同月14日における白血球数は143,CRPは3.05であった(71,74頁)。CT画像では,両側頭部及び前頭部に不明瞭に低吸収領域が広がっていた(21頁)。 コ原告は,同月16日,体温が午後2時に39.5度まで上昇し脈拍も毎分130回台となったためボルタレン(解熱剤)を使用した。その後原告の体温は,午後8時に36.4度まで低下した(174頁)。 B医師は,Dに対して,原告がヘルペス脳炎であり,記憶障害及び理解の程度に問題のあることを説明した。また,肺炎は改善傾向にあるが,発熱は改善されておらず,再燃を含め,脳の病変の影響もあるのではと説明した。また,尿道に管が入っていることによる感染症の影響もあるのではと説明した(22頁)。 サ同月17日から同月19日の原告の容態も同様で,ときには体温が39度以上に上昇し,傾眠状態であり,反応に乏しく指示動作もできなかった(174頁)。同月17日における白血球数は74,CRPは3.30であった(71,74頁)。 また,同月18日,中心静脈栄養(IVH)カテーテルを交換した(23頁)。同月19日には,同月17日に採取した原告の喀痰から,MRSAが発見されたとの報告があり,バンコマイシンの投与が開始された。同月19日,脳脊髄液を採取して髄液圧を測定したところ,初圧は220,終圧は145であって,当該髄液を検査した結果は,細胞数が347/3,リンパ球は97パーセント,総タンパク量は106であった(23,85,129頁)。 そこで,被告病院医師は,同月19日,ゾビラックスの投与を再開した。 シ原告は,同月20日に体温が36度台になったこともあったが,21日には38度台となり,CT画像でも,低吸収領域は不明瞭になってきており,造影CT検査では両側側頭部に増強 ックスの投与を再開した。 シ原告は,同月20日に体温が36度台になったこともあったが,21日には38度台となり,CT画像でも,低吸収領域は不明瞭になってきており,造影CT検査では両側側頭部に増強される病変があった。(24,130,131頁)。同月25日の髄液検査では,初圧が240,終圧が140,細胞数が285/3,リンパ球は68パーセント,総タンパク量は108であった(25,85,132,133頁)。 被告病院医師は,同日,ゾビラックスの投与を終了した(41頁)。 (4) 原告は,7月2日,E病院へ転院し,同月27日,I温泉病院へ転院し,8月4日に同病院を退院した。 その後,原告は,J大学病院及び土岐市K病院への入退院を経て,平成13年12月11日に,L大学Mリハビリテーションセンターに入院した。 (5) 原告は,平成14年3月25日,ヘルペス脳炎による高次脳機能障害の症状が固定したと診断され,後遺障害別等級表1級1号に該当するとされた。 (6) N家庭裁判所A出張所は,平成17年5月13日,原告に対し後見開始の審判をし,Dが原告の成年後見人に選任された(甲B1)。 争点及び争点に対する当事者の主張(1) 過失①(鑑別診断義務違反の有無)(原告の主張) アB医師の診察の不存在B医師は,原告に対する診察そのものを行っていない可能性が極めて高い。B医師は,待合室での原告の様子を見て,Dのみを診察室に入れて問診したのであり,原告は診察室には入っていない。 これに対し,同医師は,診察室で原告に対し,名前,生年月日を尋ねたが原告は何も答えず,血圧測定,眼瞼結膜のチェック,聴診を行ったと説明している。しかし,カルテには眼瞼結膜及び胸を示す略号が記載されてはいるが,検査結果は全く記載されていない。さらに,同医師が行ったという,名前・生年月日 測定,眼瞼結膜のチェック,聴診を行ったと説明している。しかし,カルテには眼瞼結膜及び胸を示す略号が記載されてはいるが,検査結果は全く記載されていない。さらに,同医師が行ったという,名前・生年月日の質問についても何ら記載されていない。 そして,B医師が原告に対する診察を行わないまま精神科を紹介したとすると,この過失は余りに重大かつ明白である。 イB医師の診察の不十分さB医師は,原告を診察したとしても,下記に示すとおり,原告の症状からヘルペス脳炎を疑うべきであったのであり,また,問診義務を尽くしていれば,精神症状発現前の発熱・頭痛の存在を知ることができたから容易にヘルペス脳炎を疑うことができた。仮に,精神症状から直ちに単純ヘルペス脳炎という具体的な疾患を疑うことができないとしても,少なくとも脳の器質的疾患は疑うべきである。 (ア) 精神症状(異常行動)原告が4月30日に被告病院神経内科を受診した際に,B医師の見た原告の行動異常は,精神症状であり側頭葉症状である。そして,側頭葉症状は単純ヘルペス脳炎に見られる特徴的症状であるから,B医師は原告に突然発症した行動異常により単純ヘルペス脳炎を疑うべきであった。 本件では,精神症状の発現する前に発熱・頭痛等の症状が存在した。 ところが,B医師がDに対して行った問診は,Dが診察室に入ってB医師が紹介状を書き始めるまで5分もかかっていないという短時間に行わ れた簡単なものであり,精神症状発現までの経過について詳細に尋ねるものではなかったため,上記発熱・頭痛の症状を聞き出すことはできなかったのである。B医師は,原告の精神症状を見たときの印象で精神の疾患であると速断し,その結果,Dに対する問診も十分行うことなく,精神科医を紹介することと決定したのである。 加えて,発熱や髄膜刺激症状を伴わず精神症状が 師は,原告の精神症状を見たときの印象で精神の疾患であると速断し,その結果,Dに対する問診も十分行うことなく,精神科医を紹介することと決定したのである。 加えて,発熱や髄膜刺激症状を伴わず精神症状が単独で出現する単純ヘルペス脳炎が存在することは少なくとも1984年ころから文献に報告されているから,B医師も精神症状のみを前景とするヘルペス脳炎の存在を本件当時十分認識し得たものである。 (イ) 見当識障害・意識障害原告が,B医師の質問に対し何も答えなかったとすると,GlasgowComaScale(GCS)の言語機能における「1点」(発語見られず)に該当する可能性があり,意識障害が存在する可能性がある。 また,Dが説明した原告の異常行動からみれば,失見当識に該当する可能性がある。 とすれば,JCS,GCSのいずれによっても,意識障害が認められる可能性があるということになる。 脳局所症状が見られる場合は,髄膜刺激症状の有無を検査した上で,意識障害の原因を鑑別すべきである。つまり,本件の場合,精神症状等から単純ヘルペス脳炎を疑って検査すべきであると同時に,意識障害という観点からも原因疾患の鑑別のための検査を実施すべき義務があったのである。 イ必要な諸検査上記のとおり,ヘルペス脳炎ないし脳の器質的疾患を疑った場合,原因疾患を鑑別するために以下の諸検査を実施すべきである。 ①病歴聴取(発病時期,初発症状,症状の進行度,発熱・意識障害・精 神症状並びにけいれんの有無及び受診前の治療薬の内容)②神経学的検査(意識障害の有無,精神状態,髄膜刺激症状及び局所症状の有無)③ルーチン検査(血液像,血沈,CRP,血液生化学検査,尿・胸部・頭部・X線・心電図の検査)④髄液検査(初圧,混濁の有無,細胞数,蛋白及び糖)⑤脳波検査,頭部CT検査 及び局所症状の有無)③ルーチン検査(血液像,血沈,CRP,血液生化学検査,尿・胸部・頭部・X線・心電図の検査)④髄液検査(初圧,混濁の有無,細胞数,蛋白及び糖)⑤脳波検査,頭部CT検査,頭部MRI検査⑥髄液及び血清中の単純ヘルペス脳炎ウイルスの抗体価測定⑦PCR法によるHSV遺伝子の検出上記の検査中,①ないし③の検査は必ず実施すべきものである。④の検査も,脳炎が疑われる場合には最も重要な検査であるから,必ず実施すべきであり,その場合それに先立って頭蓋内占拠性病変を否定するためと出血性病変を見るために⑤の頭部CT検査を実施しなければならない。また,⑤の検査のうち,脳波検査は単純ヘルペス脳炎において発症直後から異常所見を示すことが多いから,実施すべきである。MRI検査は,上記各検査で診断のための十分な所見が得られない場合には実施する必要がある。 ⑥及び⑦の検査は,単純ヘルペス脳炎の疑いが強まった場合に,確定診断のために実施しなければならない。 そして,B医師がこれらの必要な諸検査を行っていれば,単純ヘルペス脳炎を疑うことが可能であったのに,必要な諸検査を行わなかったという点でB医師には過失がある。 (被告の主張)アB医師は,4月30日,原告を診察室に入れ,実際に診察し,カルテにその旨記載している。 具体的には,B医師は,神経学的検査として,原告の歩行状態,着席状態の観察による四肢運動機能障害の有無のチェック,眼瞼結膜により眼の 異常の有無のチェック,嘔吐や食事の摂取状況等の問診により頭蓋内圧亢進症状の有無のチェックをし,いずれも異常を認めなかった。また,原告に発熱を疑わせる所見はなく,B医師は発熱なしと判断している。頭痛についても,問診票に記載がなく,頭痛の訴えもなかった。さらに,原告の状態の観察と問診により,意 ずれも異常を認めなかった。また,原告に発熱を疑わせる所見はなく,B医師は発熱なしと判断している。頭痛についても,問診票に記載がなく,頭痛の訴えもなかった。さらに,原告の状態の観察と問診により,意識は清明と判断し,原告の父及びDから聴取した原告の行動の説明,並びに診察時の原告の落ち着かない態度と寡黙であることから,原告に何らかの精神状態の異常が生じていることを認識した。 イ異常行動といった精神症状が生じた場合,その原因疾患として多くの疾患が鑑別対象となる。医師は,具体的に当該患者の訴えや症状を踏まえて,鑑別診断の対象に挙がる疾患のうち,どれに該当する可能性があるのかを検討していくこととなる。そして,可能性が高いと判断される疾患に対して,検査等の対処をしつつ,鑑別対象を絞り込んでいくこととなる。 ウ鑑別の具体的方法としては,意識状態・知能状態の検査をし,身体症状の把握と相まって,可能性が高いと判断される疾患に対する検査・治療・処置等を行う。それ以外の疾患への検査・治療や処置は,ある程度可能性が高いものであれば並行して実施されることもあるが,可能性が高くない疾患であれば,可能性が高いと考えられた疾患が否定的と判断されうる段階で実施されることとなる。なるほど鑑別診断の対象となるということは,わずかではあっても可能性があるということではあるが,わずかでも可能性があるのなら診察の当初段階から鑑別診断の対象となる疾患についてはすべて検査,治療をしなければならない,ということではない。そのような対処は不可能であるし,臨床における判断と完全に乖離するものである。 エ原告は,意識清明でありながら異常行動があるという状態で,意識状態としては意識内容の変容のみがある状態であった。寡黙でB医師の問いかけに何も答えないため,見当識障害の有無が判断できず, である。 エ原告は,意識清明でありながら異常行動があるという状態で,意識状態としては意識内容の変容のみがある状態であった。寡黙でB医師の問いかけに何も答えないため,見当識障害の有無が判断できず,知能状態の検査 で最終的な結論は得られなかったが,意識清明だが知能状態の検査に答えられないという異常な状態にあることが分かった。さらに,診察に関心を示さないという,診察時の態度が異常であり,精神科領域の疾患に肯定的であった。加えて,家族から,仕事のストレスが大きく,不眠であるとの説明があり,その中での異常行動の出現という状況から,精神科疾患の発症を裏付ける事情が存在すると考えられた。B医師は,これらを総合考慮して,脳の器質的病変にしてはおかしいと感じ,精神科疾患を疑ったものである。 なお,本件では意識内容の変容により見当識障害の有無が判断できない状況であったが,仮に見当識障害があると認められたとしても,直ちに意識障害があり,器質的疾患があるということにはならない。 オなお,B医師は,4月30日の診察以前に原告に発熱や頭痛が見られたかどうか問診していない。これは,診察当時に発熱,頭痛の所見が見られなかったことに加え,原告の家族からの説明もなく,診察状況からも脳炎を積極的に疑わせるものがなかったことからすれば,やむを得ないことである。仮に,問診したとしても,高熱の継続,激しい頭痛の継続という説明がなければ,脳炎を疑う理由とはなりにくい。 (2) 過失②(被告病院入院後における抗ウイルス剤投与方法の適否)(原告の主張)ア被告病院医師は,原告が5月4日から,抗ウイルス剤であるゾビラックスを1日に500mgを3回投与し,同月10日をもって抗ウイルス剤投与を中止した。 イ投与量被告病院医師は,原告の体重を50kgと推定して1回500mgとい 4日から,抗ウイルス剤であるゾビラックスを1日に500mgを3回投与し,同月10日をもって抗ウイルス剤投与を中止した。 イ投与量被告病院医師は,原告の体重を50kgと推定して1回500mgという投与量を算定したと主張しているが,J大学病院の診療録によれば,原告の体重は70kgであるから,抗ウイルス剤の投与量も1回当たり70 0mgとすべきであった。 とすると,本来の投与すべき量に比べ,1日当たり600mgも少ないことになり,投与すべき量の70パーセントしか投与していなかったことになる。 ウ投与期間(ア) 1クールの日数本件当時の医療水準としては,ヘルペス脳炎に対する抗ウイルス薬の投与期間は10日間ないし2週間であるとしており,被告病院医師の実際に投与した期間である7日間というのは医療水準と比べ短いということになる。 (イ) 期間の延長抗ウイルス剤投与を延長するかどうかの基準としては,髄液検査の結果だけではなく,臨床症状(発熱・髄膜刺激症状)が重要である。 本件では,5月10日以降も発熱が続き,項部硬直は同月13日の時点でも見られたのであるから,臨床症状の改善はなかった。また,同月10日の髄液検査の結果も,同月4日に比べ細胞数,総タンパク量ともに増加している。これは原告の状態が悪化していることを示しているのであって,原告の症状も改善しておらず,そのまま治まっていくという判断は安易に過ぎた。 (ウ) 再燃の主張について被告は,5月15日夜に原告の体温が上昇し,同月16日にB医師が家族に再燃を説明したと主張する。しかし,髄液検査を行ったのは同月19日である。つまり,同月16日に家族に対し再燃と説明しながら,同月19日まで髄液検査を実施せず,抗ウイルス剤の投与も行わなかったのであり,その過失は明らかである。 被告は,発熱の原 ったのは同月19日である。つまり,同月16日に家族に対し再燃と説明しながら,同月19日まで髄液検査を実施せず,抗ウイルス剤の投与も行わなかったのであり,その過失は明らかである。 被告は,発熱の原因検索・治療を行ったが解熱しないためヘルペス脳 炎の再燃を疑ったというが,既にヘルペス脳炎と診断しているのであるから,発熱の持続はヘルペス脳炎の臨床症状である可能性をまず第一に疑うべきであった。ところが,細菌感染を疑って培養検査,抗生物質の投与を行い,それでも解熱しないと判断した時点でようやくヘルペス脳炎による発熱を疑ったのであり,医療水準を大きく逸脱しているというほかない。 (被告の主張)アゾビラックスを静注する場合の用量は,1回分を体重1kg当たり5mgとし,1日3回,7日間点滴静注するのが基本である。脳炎,髄膜炎において,必要に応じて,投与期間の延長若しくは増量が可能であるが,上限は1回体重1kg当たり10mgまでとされている。 本件でも同様に7日間1クールとして実施したものであり,1クールの日数は適切である。 イ5月10日の髄液検査の結果,ヘルペスウイルスは抑えられていると判断したことに誤りはない。 ヘルペスウイルスが抑えられているかどうかは,主として髄液検査の結果で判断する。髄液検査の結果が明らかに(有意差が認められる程度に)悪化していれば,悪化の程度に応じ,追加投与も検討することになる。そのような事情がなく,ヘルペスウイルスが抑えられていると判断できる場合は,1クールでいったん終了して経過を観察し,その後の検査数値等から必要に応じて再度の投与を検討することとなる。 もともと5月4日の髄液検査の結果は,ヘルペス脳炎としては軽度な所見である。5月10日の髄液検査の結果も,ヘルペス脳炎としては著明なデータはなく,4日実施の結果 じて再度の投与を検討することとなる。 もともと5月4日の髄液検査の結果は,ヘルペス脳炎としては軽度な所見である。5月10日の髄液検査の結果も,ヘルペス脳炎としては著明なデータはなく,4日実施の結果と比較して有意差のないわずかな変化と評価される。もともと髄液検査が軽度であることに加え,非常に軽い変化であることから,この程度の変化はヘルペス脳炎の悪化と評価せず,ヘルペ スウイルスは抑えられていると判断するのが相当である。 2クール目の投与が終了した後の6月16日の髄液検査の結果は,白血球・リンパ球細胞数53/3,総タンパク量70であり,5月4日及び5月10日の検査結果とさほど違いはないが,この数値は「腰椎穿刺データは正常化」と評価されている。この数値と比較しても,5月10日の検査結果がゾビラックスの追加投与を要するものではなかったことが分かる。 また,5月10日においては,白血球数90,CRP7.72と炎症反応は低下し,その他の検査数値も改善しており,状態は改善している。 したがって,症状からも追加投与の決定を必要としなかった。 ウ上述のとおり,1クール終了時の髄液検査の結果では,ヘルペスウイルスは抑えられていると判断された。しかし,5月11日には発熱は収まっていたものの,12日,13日と熱が上昇し,14日には下降傾向にあったが15日夜に上昇するというように,発熱が収まらなかった。そのため,発熱の原因として,肺炎における起炎菌の変化,IVH(中心静脈)カテーテルからの感染敗血症,尿道カテーテルによる感染等の可能性もあると考えられ,発熱原因を探索するための検査を実施し,抗生物質を投与した。 発熱に対しては慎重に対応している。 具体的には,検査については,5月15日に血液培養検査,同月17日に喀痰培養検査を実施した。抗生物質については,5月7 するための検査を実施し,抗生物質を投与した。 発熱に対しては慎重に対応している。 具体的には,検査については,5月15日に血液培養検査,同月17日に喀痰培養検査を実施した。抗生物質については,5月7日の一般細菌検査でカンジタ・アルビカンスが検出されたため,5月8日からジフルカン(抗真菌剤)を追加投与し,5月11日からブロアクトとクリンダマイシンをチエナムに変更し,同月19日には同月17日実施の喀痰培養検査でMRSAが検出(保菌状態)されたことが明らかになったことから,これが発熱の原因の可能性があるとしてバンコマイシンの投与を開始している。 また,IVHカテーテルからの感染を考慮し,同月18日,IVHカテーテルを交換した。 抗生物質を変更しても発熱が続いたため,発熱の原因につき,ヘルペス脳炎の影響による中枢性の発熱又はヘルペス脳炎再燃の可能性を疑った。 被告病院医師は,5月16日,Dにその旨を説明している。 このように発熱の原因探索,治療を行ったが解熱しないため,ヘルペス脳炎の再燃を疑い,同月19日,髄液検査を実施することとしたものである。 (3) 因果関係(原告の主張)ヘルペス脳炎の予後は,特効薬ともいうべき抗ウイルス剤の出現により,生命予後は著しく改善し,後遺症の頻度も程度も低下した。したがって,原告が4月30日に受診した時点で直ちに必要な検査を行い,抗ウイルス剤の投与を行っていれば本件後遺症の発生を回避することができた。 また,同日,抗ウイルス剤とともに,抗脳浮腫剤を投与していれば,脳浮腫による障害も回避できた可能性が高い。 難治例の原因とされる①意識障害の深さ,②けいれん重積,③脳浮腫,④抗ウイルス薬投与の遅れ,量,期間,⑤宿主側の条件(年齢等)の要素のうち,本件で問題となるのは,④のみである。 そして,本件においては,まさに 因とされる①意識障害の深さ,②けいれん重積,③脳浮腫,④抗ウイルス薬投与の遅れ,量,期間,⑤宿主側の条件(年齢等)の要素のうち,本件で問題となるのは,④のみである。 そして,本件においては,まさに抗ウイルス薬投与の開始が遅れ,開始後も投与量,投与期間が不足していたのであり,不適切な投与方法が本件後遺症の残存に大きく影響していると考えられる。 このことは,髄液検査の推移によっても明らかである。すなわち,5月10日の髄液検査で細胞数が65/3,総タンパク量が50であったのが,同月19日には細胞数347/3,総タンパク量が106と大幅な悪化を示していたのであり,その最大の原因は,5月11日から同月18日までの8日間にヘルペスウイルスが増殖,活動するがままに無治療で放棄したことにある。 (被告の主張)ア仮に,4月30日に単純ヘルペス脳炎に対する抗ウイルス治療を開始したとしても,本件では,現在と同程度のヘルペス脳炎後遺症が残ることは避けられなかった。したがって,B医師の診療と原告のヘルペス脳炎後遺症との間には因果関係はない。 イ単純ヘルペス脳炎に対する治療としては,抗ヘルペスウイルス剤であるゾビラックスの投与が第一選択である。しかし,ゾビラックスを投与しても,半数程度ないし半数以上の症例は中等度以上の後遺症ないし死亡という重篤な結果を残す。 ウまた,ヘルペス脳炎においては,①治療開始時の意識レベル,②治療開始時の年齢等宿主側の条件及び③発症から治療開始までの期間等が治療成績に影響を与える因子と指摘されている。 仮に,4月30日の時点で,原告にヘルペス脳炎が発症していたとすると,発症からゾビラックス投与開始までの期間は4日間異なることになるが,上記①及び②を十分考慮する必要があるから,発症からの投与開始の日数のみをもって治療成績に影 にヘルペス脳炎が発症していたとすると,発症からゾビラックス投与開始までの期間は4日間異なることになるが,上記①及び②を十分考慮する必要があるから,発症からの投与開始の日数のみをもって治療成績に影響を与える因子と捉えることは相当でない。 エ(ア) 原告の場合,両側頭葉,特に内側にヘルペス脳炎による強い影響が出ており,ゾビラックスによる治療を行っても,ヘルペス脳炎後遺症による記憶力の著しい低下は避けられなかった。 (イ) 加えて,原告の場合,4月30日のE病院での診察時,記憶障害の存在が認められており,5月1日には前日のE病院を受診した記憶がないことから,レトロスペクティブに見れば,5月1日の時点で,既に側頭葉内側障害による前方性健忘の症状が出現していたと評価し得る。 したがって,原告に後遺症が残ったのは,単純ヘルペス脳炎の自然経過によるものであって,治療開始の遅れが原因ではない。仮に,4月30日からゾビラックス投与を開始したとしても,現在と同様の側頭葉障 害,特に内側の障害による記憶力の著しい低下という後遺障害は残ったと考えられる。 オよって,仮に4月30日に単純ヘルペス脳炎に対する抗ウイルス治療を開始したとしても,現在と同程度のヘルペス脳炎後遺症が残ったと考えられるから,因果関係は認められない。 (4) 損害額(原告の主張)原告は,以下のとおり,合計2億2099万7913円の損害を被った。 ア逸失利益合計1億1742万9713円(ア) 平成14年3月25日(症状固定日)から3年間(本件訴え提起時まで)の逸失利益699万0280円(平成10年の年収)×3×100/100(労働能力喪失率100パーセント)=2097万0840円(イ) 平成17年以降の逸失利益699万0280円×13.799(就労可能年数24年のライプニッツ 平成10年の年収)×3×100/100(労働能力喪失率100パーセント)=2097万0840円(イ) 平成17年以降の逸失利益699万0280円×13.799(就労可能年数24年のライプニッツ係数)×100/100=9645万8873円イ慰謝料合計3200万円(ア) 入院慰謝料500万円(イ) 後遺障害慰謝料2700万円ウ介護費用6156万8200円1万円(1日当たりの介護料)×365日×16.868(平均余命38年のライプニッツ係数)=6156万8200円エ弁護士費用1000万円(被告の主張)原告の主張は争う。 第3当裁判所の判断 B医師の問診・検査義務違反について(過失①)(1) 前記前提事実に加え,証拠(乙A1,2,5,D原告法定代理人,B証人)及び弁論の全趣旨によれば,4月30日の被告病院における診療について,以下の事実が認められる。 Dは,被告病院の受付で診察票を受け取り,診察票の「不眠」と記載された欄に丸を付けた(乙A1の4頁)。ただ,発熱及び頭痛が見られたことは記載しなかった(なお,診察票には,「頭痛」の欄はあるが「発熱」の欄はない)。頭痛及び発熱については,B医師の方からも質問はしなかった。 原告は,診察室に入り,B医師の診察を受けることとなった。 B医師は,原告の血圧を測定し(測定結果は120/80),眼瞼結膜の視診及び胸部聴診を行った(乙A1の11頁)。Dは,B医師に対して,原告に以下の行動が見られることを説明した。 ①眠れない様子である。 ②建築の監督の仕事をしており,責任のある仕事であって,仕事が忙しく,日曜日くらいしか休めず,ずっと働かされて休む間もなく,ストレスがたまっている。 ③4月27日ころから,歯ブラシに石けんを付けたり,Dや原告の子の服を出してきて10枚くら であって,仕事が忙しく,日曜日くらいしか休めず,ずっと働かされて休む間もなく,ストレスがたまっている。 ③4月27日ころから,歯ブラシに石けんを付けたり,Dや原告の子の服を出してきて10枚くらい重ねて着たり,束ねてある古新聞の束をほどいてしまうという行動が見られた。 また,B医師は,Dから,原告が食事を摂れていることを確認した(乙A1の5頁)。 B医師が原告に質問をしても,原告は何も答えず,そわそわしたり立ち上がろうとしたりしていた(B証人。この点,通常全く診察しないで診断するということはさすがに考え難く,また,4月30日のカルテには,B医師が原告を実際に診察したと考えられる記載があることから,原告が診察室に入室したと認められ,上記証言は信用できる。)。 B医師は,精神科疾患の疑いが強いと判断し,紹介状を書いて原告のDに渡した。 (2) また,平成11年当時の医学的知見として,以下の事実が認められる。 アヘルペス脳炎の臨床症状及び検査所見(甲B2,B3の3,B5の3,B9,乙B1,B10)臨床症状としては,頭痛や発熱,悪心や嘔吐などの髄膜刺激症状に始まり,それに後れて又は同時に,人格変化,異常行動,記銘力障害,感覚性失語及び幻覚等の精神症状を呈し,急速に進行して,けいれんや意識障害に至る。運動麻痺の症状は少ない。(イ) 検査所見としては,脳波では側頭葉を中心に周期性徐波複合などの異常波がみられ,脳MRIやCTでは側頭葉から前頭葉にかけての限局性の病変がみられ,髄液では10~1000/m㎥程度の単核球優位(病初期にはしばしば多核球も多い)の細胞増多と蛋白増多を示す。ただし,発病数日間は,CTで異常の見られないことが多い。 イ鑑別診断(ア) 脳炎様症状を呈する疾患には,細菌性髄膜炎,結核性髄膜炎,マイコプラズマ脳炎,リケッ い)の細胞増多と蛋白増多を示す。ただし,発病数日間は,CTで異常の見られないことが多い。 イ鑑別診断(ア) 脳炎様症状を呈する疾患には,細菌性髄膜炎,結核性髄膜炎,マイコプラズマ脳炎,リケッチアによる脳炎,寄生虫・原虫感染症,急性びまん性脳脊髄炎,神経ベーチェット病,膠原病,サルコイドーシスによる脳障害などがある。鑑別困難な場合もまれでなく,そのような場合は両方の治療を行う(甲B4の2)。 (イ) 発熱,髄膜刺激症状,脳症状(幻覚,妄想,異常行動などのいわゆる精神症状,意識混濁,けいれんなど)のいずれかが現れたときにヘルペス脳炎の疑いが発生する。発熱や髄膜刺激症状を伴わず,脳症状で始まる例が約15パーセント存在することにも留意が必要である。この時期に鑑別する疾患は多彩であり,ヘルペス脳炎についてもその可能性があるとしかいえない。この時期に集中的な検査と綿密な観察を行い,1 日でも早く確定診断を下せるように努力することが重要である。髄液での単純ヘルペスウイルスDNAをPCR法で証明することが脳炎発症の初期診断としての価値が高い。 ウ予後早期治療が重要であり,特に昏睡に至る深い意識障害,けいれんの頻発,脳圧亢進を認める症例の予後は極めて不良である。 (3) 4月30日までに,実際に原告に現れていた症状として認められるのは,①同月23日から見られた38度程度の発熱,②同月25日から見られた頭痛,③同月27日以降の異常行動・不眠,④同月30日の被告病院における行動(質問に答えない,そわそわして立ち上がろうとする等),⑤E病院において,昏迷,途絶,見当識障害,記憶障害及び脳浮腫の疑いがあるとされたということであり,そのうちB医師が把握していたのは,上記③及び④である。 この点,上記①ないし⑤からすれば,原告は,遅くとも4月27日に 迷,途絶,見当識障害,記憶障害及び脳浮腫の疑いがあるとされたということであり,そのうちB医師が把握していたのは,上記③及び④である。 この点,上記①ないし⑤からすれば,原告は,遅くとも4月27日にはヘルペス脳炎に罹患していたと考えるのが相当である。そして,B医師は,4月30日に原告を診察した際,ヘルペス脳炎の鑑別に必要な検査を行っていたことは認められない。 そこで,B医師に鑑別義務違反があるかどうかを判断するにおいては,同医師が4月30日の時点での原告の症状から,ヘルペス脳炎を疑うべきであったかどうかという点が問題となることから,以下,その点について検討する。 なお,上記事実認定によれば,B医師が何ら診察をしなかったという意味での過失は認められない。 (4) 検討ア(ア) 上記認定の知見のとおり,ヘルペス脳炎の臨床症状は,異常行動等の精神症状と,発熱や頭痛の双方が現れるものであり,ヘルペス脳炎は, 早期治療が重要であるとされ,しかも死に至る危険も十分に存在する重大な疾患であるから,ヘルペス脳炎の鑑別診断すべき必要性は非常に高いといえる。 異常行動等の精神症状が見られた場合,ヘルペス脳炎を含めた鑑別診断を行うには,その他の臨床症状の有無,程度等を総合して診断していく必要があるが,上記の知見によれば,異常行動等の精神症状が認められる患者においては,ヘルペス脳炎の可能性も考えて,まず,発熱や頭痛などの髄膜刺激症状の有無を,問診及び患者を観察することにより確認すべき注意義務があると考えるのが相当である。その場合,受診時における症状を確認することは当然であるが,異常行動等の精神症状に先立ち,発熱や頭痛が見られることも多いこと,ヘルペス脳炎における経過の中で発熱の見られない時期もあり得ること(B証人44頁)から,診察時の状態のみならず, とは当然であるが,異常行動等の精神症状に先立ち,発熱や頭痛が見られることも多いこと,ヘルペス脳炎における経過の中で発熱の見られない時期もあり得ること(B証人44頁)から,診察時の状態のみならず,異常行動の現れた前後も含めて,発熱や頭痛の有無を確認すべきである。 そして,発熱や頭痛などの症状が見られた場合,ヘルペス脳炎の可能性が高まることから,確実な鑑別のために,CT,MRI,脳波検査,髄液検査などの検査を実施すべきである。 (イ) しかし,本件において,B医師は,受診当日及び異常行動の現れた前後の時期における原告の発熱や頭痛などの症状の有無を十分問診することなく,受診時のDからの聴取内容及び原告の診察時の行動だけから,ヘルペス脳炎の可能性を非常に低いものと判断し,精神科疾患であると判断している。 とすれば,B医師は,ヘルペス脳炎について,十分な問診等をせず,その上で鑑別に必要な検査を行わなかったといえ,法的な注意義務に違反したといわざるを得ない。 イこの点,被告は,B医師が,原告の診察時において,発熱がないこと, 食事を摂れていることを確認しており,頭痛については原告及びDが告げていないことから,ヘルペス脳炎よりも精神科疾患の可能性が高いと判断したことは問題ないと主張する。 しかし,発熱についてはこれを正確に測定したと認めるに足りる証拠はなく(むしろ,B医師は,神経内科においては,通常体温を測定せず,本件においても測定する必要まではなかったと証言する。B証人6頁),かつ,異常行動の見られた前後に原告が発熱していたことを確認したとの事情も認められない。食事を摂れていることについては,それだけでヘルペス脳炎を否定する理由にはならず,頭痛についても,確かに,Dが問診票に頭痛の欄があるにもかかわらず丸を付けていないという事情はあるもの も認められない。食事を摂れていることについては,それだけでヘルペス脳炎を否定する理由にはならず,頭痛についても,確かに,Dが問診票に頭痛の欄があるにもかかわらず丸を付けていないという事情はあるものの,専門家ではない患者及びその家族が必要な情報をすべて積極的に医師に伝えなければならないとするのは酷であり,問診により確認できる事項であれば医師の負担は大きいものではないことから,医師の側で改めて確認する必要がないとはいえない。 したがって,この点についての被告の主張は採用することができない。 ウ(ア) また,被告は,脳の器質的疾患の症状として挙げられる意識障害については,主に意識の明るさ,すなわち清明度の異常を意味するのが通常であり,覚醒していないなど,意識の清明度に問題がある場合に初めて意識障害が問題となるのであって,刺激しなくても覚醒している状態(自発的開眼がある,自分で歩行等できる,食事も摂取できる)であれば,通常は意識障害があるとは判断せず,意識清明の状態である場合に,見当識障害のみを取り上げて意識障害とは評価しないのが通常であって,原告には,4月30日の被告病院受診時において,意識の清明度としての意識障害が見られなかったのであるから,B医師が,ヘルペス脳炎の可能性は非常に低いと考えて精神科を紹介したことに問題はないとも主張する。 (イ) しかし,本件において,原告がB医師の質問に対し,何も答えず,視線をそらしたり,そわそわして立ち上がろうとするなどしたため,見当識を確認できる状態ではなかったのであり,そのような状況では,B医師は見当識障害の有無を確認できていたとは認められない。 そして,意識の清明度の低下を示す尺度として日本で使用されているJCSにおいては,見当識障害があれば,軽度の意識障害(Ⅰ-2)に当たるとされており( 当識障害の有無を確認できていたとは認められない。 そして,意識の清明度の低下を示す尺度として日本で使用されているJCSにおいては,見当識障害があれば,軽度の意識障害(Ⅰ-2)に当たるとされており(甲B5の1),見当識障害の有無は,意識障害の有無を判断する際の要素といえる。 また,見当識の障害された状態を失見当識というが,失見当識が起こる原因として臨床的に重要なのは,①意識障害,②記憶障害(健忘),③知能障害などであり,軽度の意識障害の存在が疑われる場合,見当識障害の有無がまず確かめられる必要がある(甲B7)。 これらのことからすると,見当識障害は,意識障害の有無を判断するための1つの要素に含まれているといえる。 そして,B医師は,少なくとも原告に見当識障害がないと判断できる状態ではなく,意識障害について十分判断できる状態にないままに,異常行動は精神疾患によるものと判断したということになる。 そうだとすると,意識障害の点からも,B医師は原告がヘルペス脳炎である可能性を否定できるほどの情報を得ることなく精神科を紹介したということになる。 (3) 小括したがって,B医師には,原告についてヘルペス脳炎の鑑別を十分に行わなかった過失が認められる。 入院後の治療に対する過失について(過失②)(1) 5月4日から5月24日までの事実経過については,前記第2の1前提事実(3)のとおりである。 (2) ヘルペス脳炎の治療について証拠(甲B2,B4の2,B5の3,乙B9)によれば,平成11年当時の医学的知見として,以下の事実が認められるヘルペス脳炎は,早期に抗ウイルス薬療法を行えば,生命予後は著しく改善し,後遺症の頻度も程度も低下する。また,ウイルス性脳炎で単純ヘルペス脳炎が最も頻度が高く,治療開始が遅れると死亡率,後遺症の頻度が高くなる一方 早期に抗ウイルス薬療法を行えば,生命予後は著しく改善し,後遺症の頻度も程度も低下する。また,ウイルス性脳炎で単純ヘルペス脳炎が最も頻度が高く,治療開始が遅れると死亡率,後遺症の頻度が高くなる一方,治療薬の副作用が少ない。したがって確定診断前でも本症を疑った時点で,直ちに抗ウイルス薬投与に踏み切ることが重要である。 治療の要点は,①早期の抗ウイルス薬投与,②脳浮腫の対策,③抗けいれん薬投与であり,また④意識障害に対する一般的処置も必要となる。 抗ウイルス薬については,第一選択薬としてはゾビラックスを用い,ゾビラックスの効果が不十分な場合にはアラセナAの投与又は併用を考える。 ゾビラックスについては,体重1kgあたり5mgから10mg(文献により量が異なる。)の分量で,1日3回点滴静注し,7日間から14日間(文献により期間が異なる。)連続投与する。 (3) 被告病院医師の投与方法についてア投与期間について(ア) 上記認定の医学的知見からすれば,被告病院医師がゾビラックスについて,投与期間を1クール7日間としたこと自体が不適切であると評価することはできない。 (イ) しかし,ゾビラックスの添付文書(乙B9)には7日間を1クールとするとの記載とともに,状況により適宜増減するとされているところ,本件においては,5月10日ころには確かにCRP値などは低下してきていたが,前記のとおり髄液検査の結果は,5月4日の同結果と比べて,少なくとも改善しているわけではなく(むしろ数値としては若干悪化している。),発熱,髄膜刺激症状は治まっていない状態であったことか らすれば,その時点で十分投与の効果が認められたという状態ではないと判断すべきであり,たとえ7日間を1クールとして投与を開始したとしても,更に投与期間を延長すべきであったと考えるのが相当であり, らすれば,その時点で十分投与の効果が認められたという状態ではないと判断すべきであり,たとえ7日間を1クールとして投与を開始したとしても,更に投与期間を延長すべきであったと考えるのが相当であり,投与を延長せず,7日間でいったん中止したことは不適切であったといわざるを得ない。 (ウ) この点被告は,5月10日の髄液検査の結果は,5月4日の同結果と有意差があるほど悪化しておらず,ウイルスは抑えられていたといえるからいったん中止したことに問題はないと主張する。しかし,髄液検査の数値が減少しているならまだしも,むしろ悪化していたのであって,また,発熱等の臨床症状の改善が認められているとはいえない状態であり,投薬を中止すれば,そのままウイルスが更に増殖することが予見できたといえることから,被告の主張を採用することはできない。 (エ) また,被告は,発熱等の臨床症状について,ヘルペス脳炎以外の原因を探索すべき状況であり,被告病院医師はその点について適切に検査等を行っていたのであるから過失はないと主張する。 確かに,前記前提事実からは,細菌及び真菌感染の可能性が疑われる事情も認められたものの,一方でヘルペス脳炎の症状が治まったという事情は認められないのであるから,ヘルペス脳炎に対する対応を採る必要がなくなったわけではなく,また,甲B4の2によれば,ゾビラックス等の抗ウイルス剤は副作用が少なく,感染当初においてもヘルペス脳炎が疑われる場合には直ちに投与を開始するとされており,他の原因を探求する間投与を中止しなければならない事情もない(他の原因探索のための検査,治療と抗ウイルス剤の併用が禁忌とされているといった事情はない。)のであるから,抗ウイルス剤を投与できないという事情は認められない。 したがって,ヘルペス脳炎以外の疾患の可能性を考えること自体 検査,治療と抗ウイルス剤の併用が禁忌とされているといった事情はない。)のであるから,抗ウイルス剤を投与できないという事情は認められない。 したがって,ヘルペス脳炎以外の疾患の可能性を考えること自体に問 題があるとまではいえないが,ヘルペス脳炎に対する治療・検査を行わなくてよいということにはならず,被告の主張は採用できない。 イ1回当たりの投与量について(ア) 上記認定の医学的知見によれば,本件当時,ゾビラックスの1回当たりの投与量は,体重1kg当たり5ないし10mgとされており,必ずしも体重1kg当たり10mgとしなければならない義務までは認められないといえ,上記投与量の範囲内にあれば過失とまではいえないと考えるのが相当である。 (イ) そして,本件を検討するに,原告の体重は,平成11年8月5日にJ大学病院に入院した際,70kgであったことからすれば,4月30日当時も同程度の体重であったと推認される。また,被告病院医師が原告に投与していたゾビラックスの量は,1日(3回分)1500mgであったと認められるところ(乙A2の37頁),原告の体重が約70kgであったとすると,被告病院におけるゾビラックスの1回の投与量は,体重1kg当たり約7.1mgということになる。 とすると,被告病院入院当時の原告の症状に鑑みれば,上記投与量としたことに直ちに過失があるということまではいえない。 (ウ) したがって,投与量については,B医師を含め被告病院医師に過失があるとまでは認められない。 因果関係について(1) 過失①との因果関係ア前提原告がヘルペス脳炎に罹患した時期については,現在の原告の症状と原告に精神疾患の既往症がなくその後も精神疾患に罹患したことが認められないこと,異常行動が現れたのが4月27日であることからすると,前述のとおり ペス脳炎に罹患した時期については,現在の原告の症状と原告に精神疾患の既往症がなくその後も精神疾患に罹患したことが認められないこと,異常行動が現れたのが4月27日であることからすると,前述のとおり,遅くとも4月27日であると考える。 また,4月30日以前の症状及び同日のE病院における診察・検査結果からすれば,神経内科専門医であるB医師が,同日の時点で,適切な問診及びその他鑑別検査を行っていれば,原告が単純ヘルペス脳炎に罹患していることが判明し,少なくとも投薬を開始すべきと判断できる程度の症状・検査結果を得られたと考えられる。 イヘルペス脳炎の予後について一般論として,ゾビラックスの使用については意識障害の進行する前に,早期に取りかからねばならないとされている(乙B2の852頁等)。 また,証拠(甲B9,B15,乙B4,B6,B10)によれば,ヘルペス脳炎の予後に関する臨床例の調査報告として,報告によってかなりの差異があるものの,全治又は社会生活に復帰できた割合が30から56パーセントの範囲内であり,死亡又は重度な後遺症が残った割合が30ないし50パーセント程度の範囲内で,中程度の後遺症が残った割合も20ないし30パーセントである旨の報告があることが認められる。 ウ難治例の要因及び本件の該当性について乙B4の944頁によれば,ヘルペス脳炎について,難治例となる場合の要因として,①意識障害の深さ,②けいれん重積,③脳浮腫,④抗ウイルス薬開始の遅れ,量,期間,⑤宿主側の条件(年齢ほか)があるとされていることが認められる。 これらの要因について,本件における事情を見るに,①については,4月30日に異常行動及び見当識障害が見られ,5月4日以降では,原告は傾眠状態であり,見当識障害が見られたことが認められるが,昏睡等にはなっておらず,必 て,本件における事情を見るに,①については,4月30日に異常行動及び見当識障害が見られ,5月4日以降では,原告は傾眠状態であり,見当識障害が見られたことが認められるが,昏睡等にはなっておらず,必ずしも意識障害が深かったとまではいえない。②については,本件では認められない。③については,E病院でのCT検査の結果から,脳浮腫の疑いがあることが認められ,5月4日には,抗脳浮腫薬の投与が開始されているものの,脳浮腫の疑いがあったというにとどまり, 明らかな脳浮腫があったとまではいえない。④については,B医師が4月30日に適切に問診・検査をしていれば同日には抗ウイルス薬の投与を開始できたと考えられるが,少なくとも発症から3日遅れているものの,本件では他の要因について難治例を示すようなものではないこと,3日という日数からすると,難治例に該当するとまではいえない。⑤については,原告は本件当時37歳であり,文献上,30歳以上を予後不良因子とするもの(甲B3の2の424頁)と,40歳以上とするもの(乙B4の945頁)が見られるものの,30代と40代との比較をした資料はなく,30歳以上であることが直ちに予後不良因子であるとまでは認められず,原告の年齢が必ずしも難治例の要因となるとはいえない。なお,その他の宿主側の条件については本件では問題とならない。 エ以上の諸要因の検討と,上記イのヘルペス脳炎における死亡ないし重度の後遺症となる割合を併せ考えると,本件において,重度の後遺症を残さなかった蓋然性が高いといえる。 この点被告は,4月30日において,既に原告の脳には両側性の病変が見られたとして,同日に抗ウイルス薬の投与を開始できていたとしても,重度の後遺症は免れられなかったと主張し,それに沿う証拠もある(B証人)。しかし,乙A2の12及び15頁によ の脳には両側性の病変が見られたとして,同日に抗ウイルス薬の投与を開始できていたとしても,重度の後遺症は免れられなかったと主張し,それに沿う証拠もある(B証人)。しかし,乙A2の12及び15頁によれば,被告病院入院当初,被告病院医師は,原告の脳病変は片側性であると判断していることが認められるところ,そうだとすれば,4月30日において両側性病変であったとまでは認められない。また,仮に,レトロスペクティブに画像を見ることで両側性病変が見られるということがいえたとしても,診療当時には誰も気づくことができなかった程度の病変であったということであって,そうであれば,直ちに因果関係が否定されるほどの事情とはいえない。 オしたがって,過失①と原告の後遺症との間の因果関係は認められると考えるのが相当である。 (2) 過失②との因果関係上記(1)の難治例の要因からすると,抗ウイルス薬の投薬開始が発症から少なくとも1週間経過していること,5月10日における投薬中止の時点で,記憶障害が著明で少なくとも傾眠といった意識障害も見られていたのみならず,CT検査の画像上,脳の病変がかなり進行していたこと,投薬を続けていたとしても,重度の後遺症の発生が認められなかったといえるまでの高度の蓋然性は認められるとまではいえない。 したがって,過失②と原告の後遺症の間の因果関係については認められないと考える。 被告の責任上記のとおり,B医師には十分な問診・鑑別診断を行わなかったという過失が認められるところ,B医師は被告病院の医師であり,本件はその職務における行為が問題となっているのであるから,被告は,使用者としての不法行為責任を負うことは明らかである(民法715条1項)。 損害(1) 逸失利益前記前提事実及び甲C1によれば,原告は,平成10年における年収 となっているのであるから,被告は,使用者としての不法行為責任を負うことは明らかである(民法715条1項)。 損害(1) 逸失利益前記前提事実及び甲C1によれば,原告は,平成10年における年収が699万0280円であったこと,症状固定日が平成14年3月25日であったこと(症状固定当時40歳),後遺障害別等級表1級1号に当たる後遺症により労働能力を100パーセント喪失したこと,以上が認められる。 ただし,本件において適切な治療を行えば重度の後遺症を避けることができたと考えられ,因果関係を認めるには十分であるものの,ヘルペス脳炎の予後について,軽度の後遺障害を生ずる割合も無視できないことに鑑みると,適時に治療を開始したとしても,軽度の後遺障害が発生した可能性は否定できないと考えられるところであり,原告の主張する労働能力の喪失(逸失利益)がすべて被告の過失行為によるものと即断することはできない。 そこで,被告の過失行為が原告の労働能力の喪失についてどの程度寄与していたかについて検討するに,①前記3(1)イ記載のヘルペス脳炎の予後についての文献,②4月30日の原告の症状(意識障害は少なくとも軽度で精神症状が前景に出ている。けいれんはなく,脳浮腫もはっきりしたものはなかった。脳CT上も少なくとも明確な両側性病変はない。),及び③被告病院を受診した時点で,症状が現れてから少なくとも3日経過していることなどを併せ考えると,逸失利益に対する被告の過失の寄与度としては8割とみるのが相当である。 とすれば,本件不法行為に基づく原告の逸失利益としては,以下の計算のとおり,8188万6936円とするのが相当である。 699万0280円×14.643(就労可能年数27年のライプニッツ係数)×100パーセント×0.8=8188万6936円(2) 慰謝料 の計算のとおり,8188万6936円とするのが相当である。 699万0280円×14.643(就労可能年数27年のライプニッツ係数)×100パーセント×0.8=8188万6936円(2) 慰謝料本件において,既に述べたとおり発生した結果は重大であり,また,弁論の全趣旨からすれば原告が平成11年当時一家の大黒柱であったということが認められる一方,原告の家族の側からでも,被告病院受診時に頭痛や発熱等の症状が見られたといった情報を積極的に提供することもそれほど困難ではなかったという事情も認められるところ,これらの事情は慰謝料算定においては考慮されるべきである。また,上記(1)に述べた軽度の後遺症発生の可能性も慰謝料算定の際に考慮すべき事情といえる。 そして,これらの事情及び本件に現れたその他一切の事情を総合的に考慮すると,原告の慰謝料としては,1800万円が相当と考える。 (3) 介護費用原告は,介護費用として1日1万円を要すると主張するが,それを認めるに足りる証拠はない。かえって,甲C4の1ないし3によると,原告が入所しているグループホームにおいて要する費用としては,月額約10万500 0円であることが認められるから,介護費用についてはこれを元に計算すべきと考える。そうすると,以下の計算式のとおり,2125万3680円が相当と考える。 10万5000円(月額)×12(か月)×16.868(平均余命38年のライプニッツ係数)=2125万3680円(4) 以上の小計1億2114万0616円(5) 弁護士費用原告が,本件訴訟の提起・遂行のために弁護士である原告代理人に訴訟委任したことは本件記録上明らかであるところ,本件事案の内容,本訴の経緯等を総合すると,本件について,弁護士費用として被告に負担させるべき額は950万円が相当である めに弁護士である原告代理人に訴訟委任したことは本件記録上明らかであるところ,本件事案の内容,本訴の経緯等を総合すると,本件について,弁護士費用として被告に負担させるべき額は950万円が相当である。 (6) 合計以上を合計すると,原告の損害額としては,1億3064万0616円とするのが相当である。 結論 以上の次第で,原告の本訴請求は,主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余はいずれも失当として棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官永野圧彦裁判官奥田大助裁判官倉澤守春は,転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官永野圧彦
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