平成25年10月24日判決言渡同日原本領収裁判所書記官上原啓司平成24年(ワ)第5743号特許権侵害差止等請求事件(甲事件)平成24年(ワ)第19120号特許権侵害差止等請求事件(乙事件)(口頭弁論の終結の日平成25年9月17日)判決 アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市〈以下略〉甲・乙事件原告(以下「原告」という。)ワーナーランバートカンパニーリミテッドライアビリティーカンパニー同訴訟代理人弁護士増井和夫同橋口尚幸同齋藤誠二郎東京都港区〈以下略〉甲・乙事件被告(以下「被告」という。)サンド株式会社同訴訟代理人弁護士松葉栄治同古島ひろみ同補佐人弁理士豊岡静男同原裕子 主文 原告の甲事件請求及び乙事件請求をいずれも棄却する。訴訟費用は,甲事件・乙事件を通じ,原告の負担とする。 主文 原告の甲事件請求及び乙事件請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は,甲事件・乙事件を通じ,原告の負担とする。 事実 及び理由 第1 請求- 2 -(甲事件) 1 被告は,別紙1物件目録記載1のアトルバスタチン製剤(以下「被告製品1」という。)を製造し,販売し,又はその販売の申出をしてはならない。 2 被告は,同目録記載2のアトルバスタチン含有錠剤(以下「被告製品2」といい,被告製品1と併せて「被告各製品」という。)を輸入してはならない。 3 被告は,被告製品1について,健康保険法に基づく薬価基準収載品目削除願の提出をせよ。 4 被告は,被告各製品を廃棄せよ。 (乙事件)甲事件の請求に同じ。 第2 事案の概要本件は,下記1(2)アの特許権(甲事件)及び同エの特許権(乙事件)を有する原告が,被告が輸入,製造及び販売する被告各製品が上記各特許権を侵害している旨主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品1の製造,販売及び販売の申出の差止め並びに被告製品2の輸入差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,被告製品1についての健康保険法に基づく薬価基準収載品目削除願の提出及び被告各製品の廃棄を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか,各項目に掲記した証拠(証拠番号は,便宜上,甲事件のものを掲記した。以下,特に断らない限り同様の例によ る。)及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)(1) 当事者ア原告は,米国に本社を置く医薬品会社ファイザー社の子会社であって,医薬品事業を行う米国法人である る。)及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)(1) 当事者ア原告は,米国に本社を置く医薬品会社ファイザー社の子会社であって,医薬品事業を行う米国法人である。 イ被告は,医薬品の輸出入,製造及び販売等の事業を行う株式会社であ- 3 -る。 (2) 原告の特許権ア原告は,次の特許権(以下「本件特許権1」という。)を有している。 特許番号特許第3296564号発明の名称結晶性の〔R-(R▲上*▼,R▲上*▼)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩(アトルバスタチン)出願番号特願平9-506710出願日平成8年7月8日国際出願番号PCT/US96/11368優先権主張番号 60/001,452優先日平成7年7月17日(以下「本件優先日」という。)優先権主張国米国登録日平成14年4月12日イ本件特許権1に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,当該発明を「本件発明1(1)」といい,本件発明1(1)に係る特許を「本件特許1(1)」という。)。 「CuKα放射線を使用して2分の粉砕後に測定した,2θ,d-面間隔,および>20%の強度の相対強度によって表示された次のX-線粉末回折パターンを特徴とする結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物。 2θ d 相対強度(>20%)2分粉砕9.150 9.6565 て表示された次のX-線粉末回折パターンを特徴とする結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物。 2θ d 相対強度(>20%)2分粉砕9.150 9.6565 42.609.470 9.3311 41.94- 4 -10.266 8.6098 55.6710.560 8.3705 29.3311.853 7.4601 41.7412.195 7.2518 24.6217.075 5.1887 60.1219.485 4.5520 73.5921.626 4.1059 100.0021.960 4.0442 49.4422.748 3.9059 45.8523.335 3.8088 44.7223.734 3.7457 63.0424.438 3.6394 21.1028.915 3.0853 23.4229.234 3.0524 23.36 」ウ本件特許権1に係る特許請求の範囲の請求項2の記載は,次のとおりである(以下,当該発明を「本件発明1(2)」と 9.234 3.0524 23.36 」ウ本件特許権1に係る特許請求の範囲の請求項2の記載は,次のとおりである(以下,当該発明を「本件発明1(2)」といい,本件発明1(2)に係る特許を「本件特許1(2)」という。なお,複数の発明又は特許を併せて「本件特許1(1)(2)」,「本件発明1(1)(2)」というように称することがある。)。 「化学シフトを100万部当たりの部数で表示した次の固体状態の13C核磁気共鳴スペクトルを特徴とする結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物。 アサイメント(7kHz) 化学シフトC12またはC25 182.8C12またはC25 178.4- 5 -C16 166.7(ブロード)および159.3芳香族炭素C2-C5,C13-C18,C19-C24,C27-C32137.0134.9131.1129.5127.6123.5120.9118.2113.8C8,C10 73.170.568.164.9メチレン炭素C6,C7,C9,C11 47.441.940.2C33 26.425.2C34 21.3 」エ原告は,次の特許権(以下「本件特許権2」といい,本件特許権1と併せて「本件各特許権」という。)を有している。 特許番号特許第4790194号- 6 -発明の名称結晶性の〔R-(R*,R*)〕-2-(4-フ 権1と併せて「本件各特許権」という。)を有している。 特許番号特許第4790194号- 6 -発明の名称結晶性の〔R-(R*,R*)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル〕-1H-ピロール-1-ヘプタン酸ヘミカルシウム塩(アトルバスタチン)出願番号特願2002-8746出願日平成14年1月17日分割の表示特願平9-506710の分割原出願日平成8年7月8日優先権主張番号 60/001,452優先日本件優先日優先権主張国米国登録日平成23年7月29日オ本件特許権2に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,当該発明を「本件発明2(1)」といい,本件発明2(1)に係る特許を「本件特許2(1)」という。)。 「 少なくとも1種の医薬的に許容し得る賦形剤,希釈剤または担体と混合された結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物を含有する医薬組成物であって,該結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物が,CuKα放射線を使用して測定した2θ値:9.150,9.470,10.266,10.560,11.853,12.195,17.075,19.485,21.626,21.960,22.748,23.335,23.734,24.438,28.915および29.234を含有するX線粉末回折を有することを特徴とする医薬組成物。」カ本件特許権1に係る特許請求の範囲の請求項3の記載は,次のとおりである(以下,当該発明を「本件発明2 28.915および29.234を含有するX線粉末回折を有することを特徴とする医薬組成物。」カ本件特許権1に係る特許請求の範囲の請求項3の記載は,次のとおりである(以下,当該発明を「本件発明2(2)」といい,本件発明2(2)に係る特許を「本件特許2(2)」という。また,本件発明1(1)(2)及び2- 7 -(1)(2)を併せて「本件各発明」といい,本件特許1(1)(2)及び2(1)(2)を併せて「本件各特許」という。)。 「 少なくとも1種の医薬的に許容し得る賦形剤,希釈剤または担体と混合された結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物を含有する医薬組成物であって,該結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物が,ppmで表示された化学シフト:21.3,25.2,26.4,40.2,41.9,47.4,64.9,68.1,70.5 ,73.1 ,113.8 ,118.2 ,120.9 ,123.5 ,127.6 ,129.5 ,131.1 ,134.9,137.0,159.3,166.7(ブロード),178.4および182.8を有する固体状態の13C核磁気共鳴で同定されることを特徴とする医薬組成物。」キ前記ア及びエのとおり,本件特許権2に係る出願は,原出願である本件特許権1に係る出願を分割したものである。 本件各特許権に係る特許出願の各願書に添付された各明細書(以下「本件各明細書」という。)には,それぞれ本件発明1(1)(2)に係る「発明の要約」(6~7枚目)及び本件発明2(1)(2)に係る「発明の要旨」(【0009】~【0012】)として,次の同文の記載がある(なお,後者においては,下記引用中の「X-線」が「X線」とされている。)。 「 したがって,本発明は,2分の粉砕後に測定したおよびCuKα放射線を使用してSiemensD 次の同文の記載がある(なお,後者においては,下記引用中の「X-線」が「X線」とされている。)。 「 したがって,本発明は,2分の粉砕後に測定したおよびCuKα放射線を使用してSiemensD-500回折計上で測定した,2θ,d-面間隔,および>20%の相対強度の相対強度によって表した次のX-線粉末回折パターン〔注・前記イの表と同一のため省略〕を特徴とする結晶性の形態Iのアトルバスタチンおよびその水和物に関するものである。 さらに,本発明は,BrukerAX-250分光計上で測定した化学シフトが100万部当たりの部数で表された次の固体状態の13C核- 8 -磁気共鳴スペクトル〔注・前記ウの表と同一のため省略〕を特徴とする結晶性の形態Iのアトルバスタチンおよびその水和物に関するものである。」(3) 本件特許1(1)(2)に係る無効審判請求の経緯(甲9,乙43,87)ア被告は,平成22年12月17日,本件特許1(1)(2)について,特許無効審判を請求したが(無効2010-800235),特許庁は,平成23年11月22日,上記請求は成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。 イ被告は,原告に対し,本件審決の取消しを求める訴訟を知的財産高等裁判所に提起した(同庁平成23年(行ケ)第10445号。以下,この訴訟を「別件訴訟」という。)。別件訴訟においては,本件審決に,①実施可能要件に係る判断の誤りがあるか否か,②乙7の文献(特開平3-58967号公報。以下「乙7文献」といい,他の文献についても同様の例による。)に記載された発明(以下「乙7発明」といい,他の発明についても同様の例による。)を引用例とする進歩性に係る判断の誤りがあるか否かが争われた。 ウ知的財産高等裁判所は,平成24年12月5日,①本件審 記載された発明(以下「乙7発明」といい,他の発明についても同様の例による。)を引用例とする進歩性に係る判断の誤りがあるか否かが争われた。 ウ知的財産高等裁判所は,平成24年12月5日,①本件審決には,実施可能要件に係る判断に誤りがあり,その審理を尽くさせる必要がある,②本件発明1(1)(2)は,乙7発明により開示されたアトルバスタチンの結晶性形態について,当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができるものというべきであるし,当該結晶性形態の作用効果についても,格別顕著なものとまでいうことはできないから,本件発明1(1)(2)は,乙7発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるとして,本件審決を取り消す旨の判決(以下「別件判決」という。)をした。 エ原告は,別件判決を不服として上告受理を申し立てたが,最高裁判所- 9 -は,平成25年8月21日,上告審として受理しない旨の決定をし(同庁平成25年(行ヒ)第149号),別件判決は確定した。 オ原告は,別件判決確定の日から1週間以内に,特許法(平成23年法律第63号による改正前のもの。以下同じ。)134条の3第1項に基づく,本件特許権1の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正請求をするための期間指定の申立てをしなかった。 (4) 被告の行為(甲5~7)ア被告は,被告製品1につき,平成23年7月に薬事法14条に基づく製造承認を受け,同年11月に「使用薬剤の薬価(薬価基準)」への収載を終え,販売を開始した。被告は,現在,被告製品1に使用されるアトルバスタチンカルシウムを錠剤(被告製品2)の形で輸入し,国内において,これを製品(被告製品1)の形に包装して製剤の製造を行い,販売している。 イ被告製品1に係る薬事法52条に基 使用されるアトルバスタチンカルシウムを錠剤(被告製品2)の形で輸入し,国内において,これを製品(被告製品1)の形に包装して製剤の製造を行い,販売している。 イ被告製品1に係る薬事法52条に基づく添付文書によれば,被告製品1は,HMG-CoA 還元酵素阻害剤(日本薬局方の分類ではアトルバスタチンカルシウム錠)であり,高コレステロール血症及び家族性高コレステロール血症に効能又は効果があるものとされている。 被告各製品は,結晶性形態のアトルバスタチン水和物を含有しており,当該アトルバスタチン水和物と少なくとも1種の医薬的に許容し得る賦形剤,希釈剤又は担体とを混合した医薬組成物である。 ウ原告が被告製品1につきX線粉末回折パターン及び13C核磁気共鳴スペクトルを分析したところ,別紙2のB欄,C欄,E欄及びG欄記載のとおりの測定結果が得られた。 2 争点(1) 文言侵害又は均等侵害の成否(2) 本件各特許に係る無効理由の有無- 10 -ア実施可能要件違反の有無イ乙7文献に基づく進歩性欠如の有無ウ乙8文献(特表平8-507521号公報)に基づく進歩性欠如の有無 3 争点に関する当事者の主張(1) 争点(1)(文言侵害又は均等侵害の成否)について(原告の主張)ア文言侵害の成否医薬化合物の結晶形に係る発明の構成要件に記載されたX線粉末回折パターン等のピーク値については,対象製品にその数値と厳密に一致するピーク値がみられるか否かではなく,実際に使用された測定装置等の条件の影響や特許出願の願書に添付された図面を考慮し,構成要件に記載されたピーク値に対応するピークが当該製品の測定チャートに認められるか否かによって判断すべきである。被告製品1に係る測定結果である別紙2のB欄,C欄,E欄及びG欄の数値を 面を考慮し,構成要件に記載されたピーク値に対応するピークが当該製品の測定チャートに認められるか否かによって判断すべきである。被告製品1に係る測定結果である別紙2のB欄,C欄,E欄及びG欄の数値を,本件各発明の構成要件に記載された数値である同A欄及びD欄の数値と比較すると,多少の誤差はあるものの,被告各製品の含有する結晶性形態のアトルバスタチン水和物が,本件各発明のアトルバスタチン水和物の結晶性形態Ⅰと同一の結晶形を有すると判断することができる程度の一致がみられるから,被告各製品は本件各発明の構成要件を充足する。 イ均等侵害の成否仮に,被告の主張するように,被告製品1に係る測定数値が本件各発明の構成要件に記載された数値と厳密に一致しなければならないとの解釈を採ったとしても,後者の数値は発明の本質的部分ではないこと,被告各製品の含有するアトルバスタチン水和物の結晶形は,本件各発明にいう結晶性形態Ⅰと同一であり,結晶形としての作用効果も同一である- 11 -ことなどに照らすと,均等論の適用により,被告各製品は本件各特許を侵害するものと解すべきである。 (被告の主張)ア文言侵害の成否本件各発明の構成要件を解釈するに当たり,その文言を離れて結晶形としての同一性に関する対比を行うのは適切ではない。原告の主張する被告製品1のX線粉末回折パターンのピーク値は,別紙2のB欄及びC欄記載のとおり,本件発明1(1)又は同2(1)の各構成要件に記載されたピーク値(同A欄)と一致するものがなく,また,その13C核磁気共鳴スペクトルのピーク値も,別紙2のE欄ないしH欄記載のとおり,本件発明1(2)又は同2(2)の各構成要件に記載されたピーク値(同D欄)と一致するものは,23個の数値中,8個又は9個にすぎない。したがって,被告各製品は も,別紙2のE欄ないしH欄記載のとおり,本件発明1(2)又は同2(2)の各構成要件に記載されたピーク値(同D欄)と一致するものは,23個の数値中,8個又は9個にすぎない。したがって,被告各製品は,本件各発明の構成要件を充足するとはいえない。 イ均等侵害の成否本件各発明においては,構成要件に記載された具体的な数値によってアトルバスタチン水和物の結晶性形態が特定されているのであるから,その数値は発明の本質的部分と解され,また,その数値を示さないアトルバスタチン水和物の結晶性形態が本件各発明に係るアトルバスタチン水和物の結晶性形態と同一の作用効果を示すという根拠もないことなどに照らすと,被告各製品に均等論を及ぼす余地はないというべきである。 (2) 争点(2)(本件各特許に係る無効理由の有無)についてア争点(2)ア(実施可能要件違反の有無)について(被告の主張)本件各明細書の実施例に開示されている結晶性形態Iのアトルバスタチン水和物の製造方法は,結晶性形態Iのアトルバスタチンそのものを種晶として使用する方法のみであるところ,その種晶の製造方法について- 12 -は具体的な開示がなく,当業者による製造に過度の試行錯誤を強いるものであるから,本件各明細書における発明の詳細な説明の記載は特許法36条4項1号に違反する。 (原告の主張)医薬化合物につき新規な結晶形を得る方法についての実施例の記載は,望ましいとしても必須ではない上,本件各明細書に開示された実施例は,当業者において通常想定される温度,スラリー濃度等の条件下で行われたものであるから,実施可能要件が充たされていないとする被告の主張は失当である。 イ争点(2)イ(乙7文献に基づく進歩性欠如の有無)について(被告の主張)乙7文献には,アトルバスタチ れたものであるから,実施可能要件が充たされていないとする被告の主張は失当である。 イ争点(2)イ(乙7文献に基づく進歩性欠如の有無)について(被告の主張)乙7文献には,アトルバスタチンヘミカルシウム塩並びにその製造方法及び再結晶の実施例が記載されているところ,一般に水は再結晶の溶媒として広く用いられているから,水を再結晶の溶媒として用いる本件各発明は,乙7発明に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものである。また,医薬化合物の結晶形が無定形よりも濾過性,乾燥性及び安定性に優れていることは周知の事柄であって,本件各発明の効果は,他の医薬化合物の結晶形と同程度のものにすぎず,当業者の予想を超えるものではない。したがって,本件各発明は,特許法29条2項により特許を受けることができないものである。 (原告の主張)医薬化合物に結晶多形が存在する可能性が一般論として考えられたとしても,アトルバスタチンは水に対する溶解度が極めて低いから,水溶液や有機溶媒等の溶液から結晶化するという先行技術は参考にならず,本件各発明に係る特定の結晶性形態を取得することが当業者にとって容易であったということはできない。また,本件各発明に係るアトルバス- 13 -タチン水和物の結晶性形態Ⅰは,無定形のアトルバスタチンと比較して,濾過性,乾燥性,安定性,バイオアベイラビリティ等の点において優れた作用効果を有しており,従来技術であるアトルバスタチンヘミカルシウム塩の無定形では解決することが困難であった製品化に伴う問題を解決したものである。 ウ争点(2)ウ(乙8文献に基づく進歩性欠如の有無)について(被告の主張)乙8発明には,アトルバスタチンの純物質が開示されているところ,本件優先日前に頒布された刊行物である乙5,1 る。 ウ争点(2)ウ(乙8文献に基づく進歩性欠如の有無)について(被告の主張)乙8発明には,アトルバスタチンの純物質が開示されているところ,本件優先日前に頒布された刊行物である乙5,10ないし12及び20ないし27文献には,アトルバスタチンが高コレステロール血症の治療及びアテローム性動脈硬化の予防に有用な治療薬として臨床試験中であったこと,医薬化合物は結晶形が好ましく,結晶多形を得ようとする試みも重要であること,結晶化に当たり,加熱や適切な溶媒を選択することが重要であることなどの知見及び技術等が記載されていたから,本件各発明は,乙8発明に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものである。また,本件各発明に係る結晶化により奏される効果は,当業者の予測可能な範囲内にある。したがって,本件各発明は,特許法第29条第2項により特許を受けることができないものである。 (原告の主張)医薬化合物に結晶多形が存在する可能性が一般論として考えられたとしても,本件各発明に係る特定の結晶性形態を取得することは,それとは次元の異なる問題である。被告の引用する各文献に記載された知見及び技術等から,どのような手段でどのような作用効果を有する結晶形が得られるかを想到することは容易ではない。本件各発明に係る特定の結晶性形態は,従来技術であるアトルバスタチンヘミカルシウム塩の無定形にみられた製品化に伴う問題を解決したものであり,優れた作用効果- 14 -を有する。 第3 当裁判所の判断 1 争点(2)イ(乙7文献に基づく進歩性欠如の有無)について事案に鑑み,争点(2)イから判断する。 (1) 甲事件について前記第2の1(3)のとおり,本件特許1(1)(2)については,別件判決において,本件発明1(1)(2)は乙 の有無)について事案に鑑み,争点(2)イから判断する。 (1) 甲事件について前記第2の1(3)のとおり,本件特許1(1)(2)については,別件判決において,本件発明1(1)(2)は乙7発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとして,本件審決を取り消す判断が示され,同判決は確定している。そして,原告は,別件判決確定の日から1週間以内に,134条の3第1項に基づく,明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正請求をするための期間指定の申立てをしなかった。 そうすると,特許庁は,上記の無効審判請求事件につき,更に審理を行い審決をするに当たり,別件判決の主文を導き出すのに必要な事実認定及び法律判断に拘束され,これに抵触する認定判断をすることは許されないのであるから(特許法181条2項前段,行政事件訴訟法33条1項,最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照),別件判決に再審事由があることが明らかであるなど特段の事情のない限り,本件特許1(1)(2)を無効とする審決をするほかないこととなる。本件において上記特段の事情が存在することをうかがわせる事情はなく,また,原告もそのような事情を具体的に主張するものではない。 なお,前記第2の1(3)ウのとおり,別件判決は,①本件審決には,実施可能要件に係る判断に誤りがあり,その審理を尽くさせる必要がある,②本件発明1(1)(2)には進歩性が認められない旨の判断をして,本件審決を取り消したものであるが,別件判決は,①の判断と②の判断との間に主従ないし軽重の区別を設けておらず,両者を全く同等の取消理由として取り扱っていることが判文上明らかであり,また,別件訴訟においては,当事- 15 -者双方が上記の各争点のみを争点として十分に主張立証を尽 し軽重の区別を設けておらず,両者を全く同等の取消理由として取り扱っていることが判文上明らかであり,また,別件訴訟においては,当事- 15 -者双方が上記の各争点のみを争点として十分に主張立証を尽くした上で別件判決がされたものであるから,特許庁における再度の審理及び審決に当たっては,上記①及び②の判断の双方に別件判決の拘束力が及ぶと解するのが相当である。念のため,本件各証拠に照らして検討しても,別件判決の上記②の認定判断を不当とすべき事情は見当たらない。 したがって,本件特許1(1)(2)は,特許法123条1項2号,29条2項の定める無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告は,被告に対して本件特許1(1)(2)に基づく権利行使をすることができないものと解される。 (2) 乙事件について前記第2の1(3)及び上記(1)のとおり,本件特許1(1)(2)については,本件発明1(1)(2)に進歩性が認められないとして,本件審決を取り消す旨の別件判決が最高裁判所の決定により確定しているところ,これは,本件特許1(1)(2)に関する判断であるから,これと異なる特許である本件特許2(1)(2)について,直ちに無効理由があることになるなどの直接的効果を及ぼすものではない。 しかしながら,前記第2の1(2)キのとおり,本件特許権2に係る出願は,原出願である本件特許権1に係る出願を分割してされたものである。そして,本件発明2(1)(2)の構成要件に記載されたアトルバスタチン水和物の結晶性形態が,本件発明1(1)(2)の構成要件に記載されたものと全く同一の結晶性形態を表していることは,これらに記載されたX線粉末回折パターンに係る2θ値及び13C核磁気共鳴スペクトルに係る化学シフトの値が小数点以下の数値まで 2)の構成要件に記載されたものと全く同一の結晶性形態を表していることは,これらに記載されたX線粉末回折パターンに係る2θ値及び13C核磁気共鳴スペクトルに係る化学シフトの値が小数点以下の数値まで完全に一致していること(同イ,ウ,オ及びカ参照),本件各明細書に記載された本件発明1(1)(2)及び本件発明2(1)(2)に係る発明の要約ないし要旨が全く同一のものであること(同キ参照)からも明らかである。すなわち,両発明は,これらの数値によって特定され- 16 -る結晶性形態のアトルバスタチン水和物に関する発明である点において全く同一であり,前者がそのアトルバスタチン水和物そのものの発明であるのに対し,後者がそのアトルバスタチン水和物に賦形剤等を混合した医薬組成物の発明である点が異なるにすぎない。 そうすると,分割出願の元となった原出願の本件発明1(1)(2)に係る結晶性形態のアトルバスタチン水和物が進歩性を欠き,本件特許1(1)(2)が無効とされるべきものであるとの判断が確定した以上,これから分割された出願の本件発明2(1)(2)に係るアトルバスタチン水和物も進歩性を欠くことは明らかであるから,これに賦形剤等を混合して医薬組成物とすること自体に進歩性が認められるなど特段の事情のない限り,本件特許2(1)(2)もまた無効とされるべき筋合いであることは当然の事理というべきである。 しかるところ,①乙7発明に係る結晶性形態のアトルバスタチンは,高コレステロール血症治療用の医薬組成物の有効成分,コレステロール生合成の抑制剤等として発明されたものであるから(乙7),本件発明1(1)(2)に係る結晶性形態のアトルバスタチン水和物から医薬組成物を得ることは,当業者において容易に着想し得たものと認められること,②原薬に賦形剤,希釈剤等を混合し であるから(乙7),本件発明1(1)(2)に係る結晶性形態のアトルバスタチン水和物から医薬組成物を得ることは,当業者において容易に着想し得たものと認められること,②原薬に賦形剤,希釈剤等を混合して,薬剤として使用するのに適した形状・性状の医薬組成物にすることは,本件優先日前から周知の技術であったこと(乙事件乙33~39),③本件発明2(1)(2)の構成要件は,アトルバスタチン水和物と賦形剤等との混合の方法ないし条件について,何らの限定も付していないことなどに照らすと,本件発明2(1)(2)は本件発明1(1)(2)に新たな技術的思想を付加するものということはできず,本件において上記特段の事情の存在を認めるには足りないというべきである。 したがって,本件特許2(1)(2)も,特許法123条1項2号,29条2項の定める無効理由があり,無効審判により無効にされるべきものと認め- 17 -られるから,原告は,被告に対して本件特許2(1)(2)に基づく権利行使をすることができないものと解するのが相当である。 (3) 文書提出命令の申立てについてなお,原告は,甲事件について,特許法105条1項及び民訴法220条4号に基づき,被告製品1に用いられた原薬の結晶形を特定するためのX線粉末回折の測定データの提出を求める文書提出命令の申立てをするところ,争点(1)を検討するまでもなく原告の請求にいずれも理由がないことは,以上の説示から明らかである。よって,上記申立ては,証拠調べの必要性を欠くものであるから,これを却下する。 2 結論以上によれば,その余の争点につき判断するまでもなく,甲事件請求及び乙事件請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民 その余の争点につき判断するまでもなく,甲事件請求及び乙事件請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官長谷川浩二 裁判官清野正彦 裁判官植田裕紀久 - 18 -別紙1物件目録 1 下記商品名のアトルバスタチン製剤(1) アトルバスタチン錠5mg「サンド」(2) アトルバスタチン錠10mg「サンド」 2 下記アトルバスタチン含有錠剤(1) 商品名がアトルバスタチン錠5mg「サンド」である製剤の製造に使用される,アトルバスタチンカルシウムを1錠当たり5mg含有する錠剤(2) 商品名がアトルバスタチン錠10mg「サンド」である製剤の製造に使用される,アトルバスタチンカルシウムを1錠当たり10mg含有する錠剤- 19 -別紙2本件各特許の請求項の記載と被告製品1の測定値との比較 【本件特許1(1),同2(1)】 【本件特許1(2),同2(2)】X線粉末回折パターン(2θ) 13C核磁気共鳴スペクトル(ppm)A B C 許1(2),同2(2) X線粉末回折パターン(2θ) 13C核磁気共鳴スペクトル(ppm) A B C D E F G H 請求項の記載 (1)5mg錠 (2)10mg錠 請求項の記載 (1)5mg錠 (2)10mg錠 9.15 9.01 9.01 182.8 182.8 ○ 182.8 ○ 9.47 9.35 9.34 178.4 178.5 × 178.5 × 10.26 10.13 10.13 166.7 167.2 × 167.2 × 10.56 10.43 10.43 159.3 160.4 × 160.4 × 11.85 11.71 11.71 137.0 137.3 × 137.3 × 12.19 12.05 12.05 134.9 134.8 × 134.8 × 17.07 16.90 16.90 131.1 131.1 ○ 131.1 ○ 19.48 19.33 19.33 129.5 129.4 × 129.5 ○ 21.62 21.51 21.50 127.6 127.6 ○ 127.6 ○ 21.96 21.88 21.89 123.5 123.7 × 123.7 × 22.74 22.55 22.56 120.9 120.9 ○ 121.0 × 23.33 23.13 23.1 3.5123.7 ×123.7 × 22.74822.55522.566 120.9120.9 ○121.0 × 23.33523.13023.140 118.2118.3 ×118.4 × 23.73423.50523.524 113.8113.7 ×113.8 ○ 24.43824.23524.223 73.172.9 ×73.0 × 28.91528.78928.761 70.570.6 ×70.6 × 29.23429.04129.039 68.168.1 ○68.2 × 64.965.4 ×65.4 × 47.447.4 ○47.4 ○ 41.942.0 ×42.0 × 40.240.0 ×40.1 × 26.426.3 ×26.4 ○ 25.225.2 ○25.2 ○ 21.321.3 ○21.3 ○ 一致数 - 20 -(注)○はD欄との一致,×は不一致を表す。
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