令和5合(わ)92 住居侵入、殺人

裁判年月日・裁判所
令和7年2月28日 東京地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-94021.txt

判決文本文7,269 文字)

令和7年2月28日東京地方裁判所刑事第17部宣告令和5年合(わ)第92号住居侵入、殺人被告事件 主文 被告人を懲役19年に処する。 未決勾留日数中470日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、正当な理由がないのに、令和5年2月24日午後5時43分頃から同日午後6時28分頃までの間に、東京都江戸川区(住所省略)A方に侵入し、同日午後6時28分頃から同日午後6時37分頃までの間に、同所において、同人(当 時63歳)に対し、殺意をもって、その顔面及び頸部等を刃物様のもので複数回切りつけるなどし、よって、同日午後7時45分頃、千葉県浦安市(住所省略)B病院において、同人を、左頬から口腔内に連続する損傷(長さ3センチメートル、創洞長2.2センチメートルの切創等)及び左側頸部の損傷(長さ11.3センチメートル、創洞長8.4センチメートルの切創)等による血液吸引性窒息により死亡 させて殺害した。 (争点に対する判断)第1 争点本件の争点は、被告人が、被害者方に侵入し、被害者を殺意をもって攻撃して殺害したと認められるか否か、である。 第2 犯人と被告人との同一性について* 以下、断りのない限り日時は令和5年2月24日である。 1 被害者方から押収されたマスクについて⑴ 関係証拠によれば、警察官は、被害者がストレッチャーで救急搬送された後、被害者方玄関ポーチにマスク(以下「本件マスク」という。)が落ちて いるのを見つけ、押収して鑑定に付したところ、本件マスクの内側フィルタ ーから被告人のDNA型と矛盾しないDNA型が検出され、中間フィルターには唾液様の物質や人血の付着が認められたほか、その部分から被告人のDNA型と24座位 付したところ、本件マスクの内側フィルタ ーから被告人のDNA型と矛盾しないDNA型が検出され、中間フィルターには唾液様の物質や人血の付着が認められたほか、その部分から被告人のDNA型と24座位全てが合致するDNA型が検出されたことが認められる(職2、証人C)。これに、本件マスクのフィルターの性質から中間フィルターに付着していたDNAは本件マスクの使用者のものである可能性が極 めて高いとの本件マスクの製造業者の意見(甲85)も踏まえれば、本件マスクは被告人が使用していたものと認められる。 ⑵ 次に、関係証拠によれば、近隣住民が被害者方玄関内に倒れている被害者を発見した際、被害者の左手には白色マスクがかかっており、被害者方玄関内で救急隊員らが被害者に処置をしている午後7時1分の時点でも被害者 の左手に白色マスクがかかっていたこと、他方で、その頃まで、玄関ポーチにマスクは落ちていなかったこと、その後、被害者は、救急隊員らによって玄関内から運び出され、玄関のすぐ外でストレッチャーに乗せられたが、午後7時4分の時点で、ストレッチャーに乗せられた被害者の左手からマスクがなくなっていたこと、ストレッチャーが移動して間もなく、玄関ポーチに 本件マスクが落ちている状況が確認されたことが認められる(甲92、証人D、証人C)。このような経過に加えて、被害者の左手にかかっていた白色マスクと本件マスクは、いずれも白色で、耳掛け部分が太く、血液が付着しているなど、特徴が一致すること(甲84、85、92、証人C)も考え併せれば、被害者の左手にかかっていた白色マスクは、被害者に対する救護活 動の過程で被害者の左手から外れて玄関ポーチに落ちたことは明らかであり、本件マスクは、被害者の左手にかかっていた白色マスクと同一のものと認められる っていた白色マスクは、被害者に対する救護活 動の過程で被害者の左手から外れて玄関ポーチに落ちたことは明らかであり、本件マスクは、被害者の左手にかかっていた白色マスクと同一のものと認められる。 ⑶ 以上を前提に検討する。関係証拠によれば、被害者は、午後6時28分頃に帰宅した後、本件被害に遭っており、他方で、近隣住民は、午後6時40 分頃、左手に本件マスクがかかった状態で倒れている被害者を発見して11 0番通報をしていることが認められ(甲87、証人D)、これによれば、近隣住民は、被害に遭って間もなくの被害者の状況を見たものといえる。また、関係証拠によれば、被害者の顔面や頸部、両手には多数の切創(両手の切創は防御創と考えて矛盾しないものである。)が認められるほか、本件マスクには血液が付着し、右耳掛け下部の溶着部がちぎれていることや、被害者方 1階の至るところに血液が付着していることが認められ(甲84、85、91)、これによれば、被害者は犯人から何度も攻撃を受けており、これを防ぐため手を使って抵抗するなどしていたものと認められる。そして、このような被害直後の被害者の状況や被害状況からすると、玄関で倒れている被害者の左手に本件マスクがかかっていたのは、被害者が犯人の攻撃を防ごうと 抵抗する中で、犯人が使用していた本件マスクを左手で掴み取るなどしたことにより、左手に残されたためと考えられる。 なお、被害者が玄関で倒れた際に付近にあった本件マスクが手にかかったという可能性も考えられなくはないが、被告人と被害者又はその母との間に人的関係がないにもかかわらず、被告人が使用していた本件マスクが被害者 方にあるということは考え難いから、その可能性は否定できる。 以上によれば、被害者方に侵入し、被害者に 母との間に人的関係がないにもかかわらず、被告人が使用していた本件マスクが被害者 方にあるということは考え難いから、その可能性は否定できる。 以上によれば、被害者方に侵入し、被害者に攻撃を加えた犯人は、本件マスクを使用していた者、すなわち被告人であることが強く推認される。 2 防犯カメラに映る不審人物について⑴ 不審人物と被告人の同一性について ア関係証拠によれば、午後5時頃、被告人方から100メートルほど離れたマンション付近を歩き、その後、荒川を渡ったF橋付近を東進し、午後5時43分頃、被害者方近隣のE方付近を被害者方方向へと歩いて行き、その後、被害者方付近から離れて行った様子がなく、午後6時37分頃、被害者方方向からE方付近へ歩いてきて、その後、西進して午後7時頃、 F橋の階段を上って行った人物(以下「不審人物」という。)がいること が認められる(甲87、証人G)。 イまた、警察官が、防犯カメラに映る不審人物の行動と被告人が使用するiPhone6のヘルスケアアプリについて分析したところ、午後5時9分13秒から午後5時47分20秒までの時間帯及び午後6時38分55秒から午後7時2分34秒までの時間帯の不審人物の移動距離とヘル スケアアプリに記録された被告人の移動距離が整合し、不審人物がF橋の階段を上った午後7時頃、被告人のヘルスケアアプリにも同様の高度上昇が記録されていることが確認されたほか、午後5時47分20秒より後から午後6時28分50秒までの時間帯における被告人のヘルスケアアプリの記録によれば、被告人がヘルスケアアプリに記録されるような移動を ほとんどしておらず、不審人物が被害者方付近から離れて行った様子がないことと整合する記録になっていることも確認された(証 プリの記録によれば、被告人がヘルスケアアプリに記録されるような移動を ほとんどしておらず、不審人物が被害者方付近から離れて行った様子がないことと整合する記録になっていることも確認された(証人G)。警察官は、基礎実験を行ってiPhone6のヘルスケアアプリの性質を明らかにした上で、防犯カメラから分かる不審人物がたどった経路を何度も歩き、被告人のヘルスケアアプリの記録と比較検討しており、警察官が行った分 析は十分信用できる。 弁護人は、被告人のヘルスケアアプリが誤作動を起こした可能性を指摘するが、警察官は、当日の被告人の出退勤時等の行動とヘルスケアアプリの記録を確認し、被告人のヘルスケアアプリが正常に作動していたことを確認しており(証人G)、誤作動を起こしたことをうかがわせる事情もな い。弁護人の主張は、具体的根拠を欠くものといわざるを得ない。 ウさらに、不審人物と被告人の歩容等の鑑定を実施したHは、顔と身体の異同識別手法及び歩容の異同識別手法を用い、後者については移動足を地面すれすれに運ぶ歩き方をしていること等の固有特徴を指摘した上で、これらを総合して不審人物と被告人は同一人物の可能性が非常に高いと結 論付けている。Hは、画像鑑定を専門の一つとし、画像の鮮明化や異同識 別の研究を行ってきており、これまで200件程度の歩容鑑定をしているというのであるから、歩容等の鑑定について十分な知識や経験を有していると認められ、その能力に問題はない。また、本件の鑑定は、複数名で検証しながら行われており、防犯カメラ映像に即した具体的説明内容をみても、分析手法について不適切と思われるところはない。 そうすると、Hの歩容等の鑑定について疑いを差し挟むべきところは見当たらず、不審人物と被告人は ラ映像に即した具体的説明内容をみても、分析手法について不適切と思われるところはない。 そうすると、Hの歩容等の鑑定について疑いを差し挟むべきところは見当たらず、不審人物と被告人は同一人物の可能性が非常に高いとした鑑定結果は十分首肯できるものといえる。 弁護人は、Hの鑑定について、不審人物がリュックサックを背負っていたことを考慮していないことなどを指摘し、鑑定結果に疑問がある旨主張 する。しかしながら、Hは、リュックサックのように身体に対称的に重さがかかるものであれば、特別重いものでなければ足の運びに影響はない旨述べているところ、その説明内容に不合理と思われるところはない。 エ以上のとおり、被告人と不審人物は、歩いた距離が整合している上、高度上昇について顕著な一致が認められ、歩容等の鑑定でも同一人物の可能 性が非常に高いと結論付けられており、これらを総合すれば、被告人と不審人物は同一人物であると認められる。 ⑵ 不審人物と犯人の同一性についてG警察官は、被害者方周辺の防犯カメラ映像を精査し、犯行時刻前後に防犯カメラに映り込んだ者のうち、不審人物以外に被害者方に立ち寄って犯行 を行う機会のある者はおらず、被害者方周辺の住民に聞き込みを行うなどして、被害者方の周辺住民の犯行可能性もないと判断したことなどを理由に、不審人物を犯人と特定した旨供述する。 この点、G警察官の供述する捜査内容を踏まえても、犯人が現場付近にしばらく身を隠した後に立ち去った可能性や道路以外の逃走経路があるかな ど不明な点がいくつか残っていることからすると、不審人物が犯人であると 断定することまではできないものの、犯人である可能性が相当高いということはできる。 ⑶ 小括 があるかな ど不明な点がいくつか残っていることからすると、不審人物が犯人であると 断定することまではできないものの、犯人である可能性が相当高いということはできる。 ⑶ 小括以上の検討によれば、被告人と不審人物は同一人物であり、被告人は、本件犯行があった時間帯に被害者方付近にいて犯行に及ぶ機会があったとい うにとどまらず、犯人である可能性が相当高い人物ということができる。したがって、防犯カメラの精査等から認められるこれらの事情は、被告人が犯人であるとの前記1の推認を強く支えるものといえる。 3 退勤情報の修正について被告人は、警察官が被告人方を訪れ、被告人の妻に対して犯行時間帯の被告 人の行動について尋ねた日の翌日、被告人の勤務先担当者に依頼して、本件犯行日の退勤記録を午後4時45分から午後7時15分に変更している(甲88、被告人)。実際には、被告人は、事件当日の午後は休暇を取得しており、この行動は、被告人が本件の犯人であるからこそ警察を欺くため嘘のアリバイを作り出したと見ることができるから、被告人が犯人であるとの前記1の推認と整 合する事実といえる。 4 総合的な検討前記1の本件マスクに係る事情だけでも被告人が犯人であることが強く推認できるところ、前記2のとおり被告人が不審人物と認められることによりその推認は強く支えられ、前記3の退勤情報の修正という被告人が犯人であるこ とと整合する事情もあり、これらを総合すれば、被告人が犯人であることは優に認定できる。 5 被告人供述及び弁護人の主張について被告人は、①本件より前に、被害者に声をかけられて被害者方に入ったことが2回あり、2回目に入ったときに鼻血が出て、被害者から処分しておくと言 われ、止血に 供述及び弁護人の主張について被告人は、①本件より前に、被害者に声をかけられて被害者方に入ったことが2回あり、2回目に入ったときに鼻血が出て、被害者から処分しておくと言 われ、止血に用いた紙や紙コップとともにマスクをビニール袋に入れたことが あるので、本件マスクはそのときに置いてきたものだと思う、②本件犯行当時は、自宅にいて、学校行事の準備をしたり気分転換に走ったり縄跳びをしたりしていた旨供述する。しかし、①に関する供述は、被害者が、通りがかりの面識のない被告人に荷物を運ぶ手伝いを頼み、その際、家の中に土足で上がっていいと言ったなどという不自然な内容であるし、同供述を前提にすると、マス クは鼻血で汚れた他のゴミとともにビニール袋に入れたのに、数日経った後の本件当日そのマスクだけが玄関ポーチに落ちていたことになり、不合理というほかない。②に関する供述も、被告人が夕食をとっていたという時間帯に、被告人のヘルスケアプリには2000歩以上も歩いた記録が残っており、客観証拠と矛盾する。被告人の供述は全く信用できない。 また、弁護人は、被告人に本件犯行を行う動機がないと主張する。被告人が被害者を攻撃した動機は不明であるが、本件当時被告人に経済的余裕がなかったことは証拠上も明らかであり(甲90、証人I)、1つの可能性としては、金銭を得るために通勤経路上の被害者方に入ったところ、帰宅した被害者と鉢合わせたため攻撃を加えたということも考えられる。いずれにせよ、動機を確 定できないからといって、被告人が犯人であることに合理的な疑いを差し挟む余地はない。弁護人の主張は理由がない。 第3 殺意について本件で使用された凶器は、鋭利な刃物様のものであり、また、被害者の顔面や頸部には多数の切創があり、特に左頸部に 的な疑いを差し挟む余地はない。弁護人の主張は理由がない。 第3 殺意について本件で使用された凶器は、鋭利な刃物様のものであり、また、被害者の顔面や頸部には多数の切創があり、特に左頸部には長さ11.3センチメートル、 創洞長8.4センチメートルの切創があること(甲91)からすると、被告人は、被害者の生命の危険性に配慮することなく、被害者の顔面や頸部といった攻撃を加えれば致命傷を負わせかねない部位に向けて、殺傷能力がある鋭利な刃物様のもので何度も切りつけたものと認められる。 このような凶器の性状や犯行の態様等からすれば、被告人は、少なくとも被 害者を死亡させる危険性の高い行為であることを認識しながら、被害者を攻撃 したということができるから、被告人に殺意があったことは優に認定できる。 第4 結語以上の検討によれば、被告人が、被害者方に侵入し、被害者を殺意をもって攻撃して殺害したと認められる。 なお、被害者方への侵入経路については、これを特定するに足りる証拠がな いので、前判示の認定にとどめた。 (量刑の理由)被告人は、通勤途中に所在する被害者方に狙いを定めて侵入し、帰宅した被害者の顔面や頸部を、複数回、鋭利な刃物様のもので切りつけ、殺害している。証拠上、殺害を意欲するといった強固な殺意があったとまでは認められず、殺人について計 画的なものとも認められないが、殺人の犯行態様は、被害者の生命に配慮することなく顔面や頸部を執拗に切りつけるという危険で悪質なものである。本件犯行の動機や経緯は明らかでないものの、特段の人的関係のない被害者方に侵入した上で殺害行為に及んだ被告人に対しては強い非難が妥当する。 被害者は、仕事を終えて帰宅して間もなく、生命を奪われている。被害者の感じ は明らかでないものの、特段の人的関係のない被害者方に侵入した上で殺害行為に及んだ被告人に対しては強い非難が妥当する。 被害者は、仕事を終えて帰宅して間もなく、生命を奪われている。被害者の感じ た恐怖や肉体的苦痛は大きく、介護が必要な母を残して突然人生を終えなければならなかった無念の心情は察するに余りある。被害者の母は、被害者を間近で殺害されたのであり、その際の精神的衝撃は大きなものであったと推察される。被害者遺族の悲嘆の気持ちは大きく、厳しい処罰感情を明らかにしている。 以上によれば、被告人の刑事責任は相当重いというべきである。 これに加えて、被告人は、犯行後にアリバイ工作をし、公判でも虚偽の弁解に終始して責任回避的な態度を取り続けており、反省の態度が見られない。本件が学校教師による犯行として地域社会に与えた影響も無視できない。他方で、被告人には前科がないこと等の事情もある。 そこで、これらの諸情状を併せ考慮し、同種事案の量刑傾向を参考にした上で、 主文の刑を量定した。 (求刑懲役25年)令和7年2月28日東京地方裁判所刑事第17部 裁判長裁判官中尾佳久 裁判官薄井真由子 裁判官遠藤優

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る