平成15(ワ)627 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成19年7月25日 奈良地方裁判所
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判決文本文19,326 文字)

主文 被告は,原告に対し,660万円及びこれに対する平成14年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用はこれを5分し,その4を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1請求の趣旨 被告は,原告に対し,3869万8152円及びこれに対する平成14年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は被告の負担とする。 仮執行宣言第2事案の概要本件は,被告が設置する高の原中央病院(以下「被告病院」という。)において左睾丸部の治療を受けていた原告が,被告病院の医師が睾丸捻転症を副睾丸炎と誤診したことにより陰嚢試験開腹術の施行が遅れ左睾丸(精巣)及び左副睾丸(精巣上体)を摘除することになった,また,陰嚢試験開腹術の際及びその手術後に手術に使用した絹糸を放置したことにより陰嚢皮下腫瘍となった,と主張して,被告に対し,不法行為(民法715条1項本文)に基づき,これらによって被った損害の賠償を求めた事案である。 争いのない事実等㨯当事者ア原告は,昭和a年b月c日生まれであり,平成14年5月(以下,年の記載のない月日はいずれも平成14年のそれである。)当時,中学2年生 (13歳)であった(甲イ1)。 イ被告は,奈良市α目β番地のγにおいて総合病院である被告病院を開設する医療法人であり,平成14年5月当時,X医師(以下「X医師」という。)及びY医師(以下「Y医師」という。)を雇用していた。 㨯原告の診療経過等ア陰嚢試験開腹術に至るまで㨯5月11日a原告は,同日朝突然,左睾丸部に痛みを感じ,救急車にて被告病院に搬送された(甲イ2-,乙A1- 」という。)を雇用していた。 㨯原告の診療経過等ア陰嚢試験開腹術に至るまで㨯5月11日a原告は,同日朝突然,左睾丸部に痛みを感じ,救急車にて被告病院に搬送された(甲イ2-,乙A1-)。 14頁8頁b同日午前8時30分ころ,X医師が,原告を診察した。原告が上記aの事情を訴えた後,X医師が左睾丸部の触診をしたところ,左副睾丸の程度の高い腫脹と,程度の高い圧痛が認められた(甲イ2-,14頁乙A1-)。このとき,原告の体温は36.2度であった(甲イ2-8頁,乙A1-)。 14頁8頁原告が同日受けた左陰嚢部超音波検査の結果,左睾丸に異常はなかったが,左副睾丸が腫大していた(ただし,精巣の血流についての所見はない)(甲イ2-,乙A1-)。また,原告が同日受けた尿26頁18頁一般沈検査の結果,白血球が5ないし9個/1視野(高:正常値4渣以下〔以下「:」の右側に正常値を,「:」の左側に,正常値より高いときは「高」,低いときは「低」,正常値の時は「正」と,それぞれ記載する。〕)で,細菌も認められた(甲イ2-,乙A1-)。 14頁8頁 他方,原告が同日受けた血液検査の結果,白血球数は5130/mm(正:3300~9800),好中球数は49.4%(正:48~61)であり,同日受けた生化学検査の結果,CRP(C反応性タンパク質)は0.1(正:1.0未満)であった(甲イ2-,mg/dl32・33頁乙A1-)。 23・24頁 cX医師は,再度原告を診察し,左睾丸部は副睾丸炎であるとの診断をした。X医師は,痛みに関してボルタレン座薬(鎮痛・消炎薬)を処方するとともに,ペントシリン(抗生物質)の点滴を処方し,同月13日まで毎日その点滴をすることを指示し,また,クラビット(経口抗生物質)を3日分 師は,痛みに関してボルタレン座薬(鎮痛・消炎薬)を処方するとともに,ペントシリン(抗生物質)の点滴を処方し,同月13日まで毎日その点滴をすることを指示し,また,クラビット(経口抗生物質)を3日分処方した(甲イ2-,乙A1-)。 14・15頁8・9頁㨯5月12日(日曜日)原告は,同日午前9時30分ころ,被告病院で受診し,前日のX医師の指示に基づいてペントシリンの点滴を受け,帰宅した(甲イ2-,15頁乙A1-)。 9頁㨯5月13日a原告は,同日,体温が37.5度で,左陰嚢が相当程度腫れており,原告の父とともに,被告病院で受診した。 b原告は,同日,ペントシリンの点滴を受けたが,X医師の診察を受けたところ,左陰嚢の疼痛及び腫脹が認められたため,X医師は,左15・16副睾丸炎の増悪と診断し,被告病院に緊急入院とした(甲イ2-,甲イ3-,乙A1-,乙A2-)。 頁6頁9・10頁5頁原告が同日受けた尿一般沈検査の結果,白血球が1ないし4個/渣1視野(正:正常値4以下)であったが,細菌が認められた(甲イ2-,乙A1-)。また,原告が同日受けた血液検査の結果,白血15頁9頁球数は1万2400(高:3300~9800),好中球数は8/mm 0.4%(高:48~61)であった(甲イ2-,乙A1-)。 32頁23頁cその後,Y医師が原告を診察し,左睾丸部の触診をし,睾丸捻転症の疑いが捨てきれないと述べた。 㨯5月14日原告は,同日,個室から6人部屋に移動した。原告の左睾丸部の腫れに変化はなかった。 㨯5月21日X医師は,同日,原告の家族に対し,難治性副睾丸炎,結核性副睾丸炎,睾丸捻転症の3つが疑われ,初診時の触診,超音波検査から睾丸捻転症は否定的であると説明してきたが,現時点では 。 㨯5月21日X医師は,同日,原告の家族に対し,難治性副睾丸炎,結核性副睾丸炎,睾丸捻転症の3つが疑われ,初診時の触診,超音波検査から睾丸捻転症は否定的であると説明してきたが,現時点では睾丸捻転症ということもあり得,いずれにしてもそろそろ陰嚢試験開腹術をして診断し処置をしたい旨の話をした(甲イ3-,乙A2-)。 11・12頁10・11頁㨯5月23日X医師は,同日,原告の家族に対し,睾丸捻転症の可能性5割,副睾丸炎ないし結核性副睾丸炎の可能性が5割と考えられ,確定診断をするには陰嚢試験開腹術をする必要があるものの,同月22日に疼痛はほぼ消失しているので,上記手術は原告にとってメリットは高くないと考える旨の話をした(甲イ3-,乙A2-)。 14頁13頁㨯5月24日X医師は,同日午後2時ころ,陰嚢試験開腹術(以下「本件手術」という。)を施行した結果,黒色に変化した睾丸及び腫大した副睾丸並びに精索の捻転(1.5回転の捻転)を認め,左睾丸が壊死していることを確認し,左睾丸及び左副睾丸を摘除し(以下「本件摘除」という。),また,右睾丸の固定術を行った(甲イ2-,甲イ3-,乙A36頁16・36・38頁1-,乙A2-)。 25頁15・34・36頁イ本件手術後㨯6月1日Y医師が,同日,原告の左陰嚢部の全抜糸を行った(甲イ3-,乙21頁A2-)。 20頁㨯6月2日X医師が,同日,原告の右陰嚢部の全抜糸を行った(甲イ3-,乙21頁A2-)。 20頁 㨯6月6日原告は,同日,被告病院を退院した(甲イ3-,乙A2-)。 23頁22頁㨯6月29日原告が,同日,被告病院でX医師の診察を受けたところ,X医師は,19頁 創部がきれいであり,術後創治癒と診断した(甲イ2-,乙 した(甲イ3-,乙A2-)。 23頁22頁㨯6月29日原告が,同日,被告病院でX医師の診察を受けたところ,X医師は,19頁 創部がきれいであり,術後創治癒と診断した(甲イ2-,乙A1-)。 頁㨯7月19日原告が,同日,術後創部付近が膿んできたため,被告病院でX医師の診察を受けたところ,左陰嚢部に膿瘍があり,X医師は,切開して排膿した(甲イ2-,乙A1-)。 20頁14頁㨯7月22日原告が,同日,被告病院でX医師の診察を受けたところ,X医師は,膿瘍があった部位はきれいであり,膿瘍部治癒と診断した(甲イ2-,20頁乙A1-)。 14頁㨯8月8日原告が,同日,術後創付近で膿瘍部があったため,被告病院でX医師の診察を受けたところ,左陰嚢部に膿があり,X医師は,毛膿炎でしょうと説明した(甲イ2-,乙A1-)。 21頁15頁㨯8月12日原告が,同日,被告病院でY医師の診察を受けたところ,Y医師は,膿があった部位はきれいであり,膿瘍部治癒と診断した(甲イ2-,21頁乙A1-)。 15頁㨯8月16日原告が,同日,術後創付近の膿瘍の再発のため,被告病院でY医師の診察を受けたところ,Y医師は,膿瘍の存在を確認した(甲イ2-,21頁乙A1-)。 15頁 㨯9月4日原告が,同日,被告病院でX医師の診察を受けたところ,X医師は,23頁 左陰嚢部を切開して内部の肉芽組織を除去した(甲イ2-,乙A1-)。 7頁㨯9月10日原告が,同日,被告病院でX医師の診察を受けたところ,X医師は,創部はきれいであり,完治と診断し,何かあれば再診するよう指示した(甲イ2-,乙A1-)。 23頁17頁㨯10月7日原告が,同日,近畿大学医学部奈良病院で受診したところ,創部に絹糸が ,創部はきれいであり,完治と診断し,何かあれば再診するよう指示した(甲イ2-,乙A1-)。 23頁17頁㨯10月7日原告が,同日,近畿大学医学部奈良病院で受診したところ,創部に絹糸が1本残っていたことから,同病院医師が,その絹糸の抽出をした(甲イ12)。また,同病院医師は,陰嚢皮下膿瘍と診断した(甲イ12)。 㨯医学的知見ア副睾丸炎(精巣上体炎)急性副睾丸炎は,前立腺炎,尿路感染に続発するほか,前立腺摘徐術(特に経尿道的切除)のあと射精管から精管への逆行性感染が容易に起こるため発症する。あるいは単にカテーテルを尿道に留置するだけでも発症する。 副睾丸は急速に腫大して硬くなり,睾丸との区別もつかなくなる。疼痛は陰嚢内から精索方向に向かい,副睾丸の圧痛が著明である。40度近い発熱,尿感染の合併がみられる。陰嚢は発赤し,稀に副睾丸の膿瘍が破れ,排膿をみる。(白血球数の増加,好中球数の増加,発熱が,副睾丸炎の主要症状である。)治療は抗生物質,鎮痛剤の投与。炎症が消退しても腫大が消失するのに数週を要する。完全に治癒しないと慢性副睾丸炎に移行する。 イ睾丸捻転症(精索捻転症)睾丸捻転症とは,睾丸あるいは精索の異常な可動性があって,さらに精巣挙筋の急激な収縮が起こると,精索を軸として睾丸及び副睾丸が捻転する,特に睾丸は足下からみて右側は時計方向,左側は反時計方向に捻転することによって生じる。 病状は,睾丸,副睾丸が捻転していることから,突発的な陰嚢部の激痛で発症し,陰嚢部が次第に膨張し,軽度の発熱がみられる。放置すると血行障害のため睾丸は短時間に壊死に陥るという重大な事態に発展する。 生後1年未満と思春期が好発年齢であり,睡眠中に生じることが多く,思春期の男子で起床後すぐに睾丸部に腫れと激痛を訴えている場合,まず睾丸捻 のため睾丸は短時間に壊死に陥るという重大な事態に発展する。 生後1年未満と思春期が好発年齢であり,睡眠中に生じることが多く,思春期の男子で起床後すぐに睾丸部に腫れと激痛を訴えている場合,まず睾丸捻転を疑うべきであるとされている。 争点 㨯陰嚢試験開腹術が遅れたことに関する責任の有無㨯本件手術に使用した絹糸を放置したことに関する責任の有無㨯損害の額 当事者の主張の骨子㨯争点㨯(陰嚢試験開腹術が遅れたことに関する責任の有無)について(原告)アX医師の過失睾丸捻転症は,24時間以内であれば,捻転を復元すれば睾丸(精巣)保存の可能性があるとされているから,初診において,思春期の男子で起床後すぐに睾丸部に腫れと激痛を訴えている場合,まず睾丸捻転症を疑い,24時間以内に具体的な治療を施す注意義務が存在する。したがって,X医師は,5月11日の初診の際,原告の年齢,主訴,症状(当時中学2年生(13歳)という思春期にあった,突然の激痛により目が覚め起床後すぐに睾丸部に腫れと激痛を訴えたという発症様式)から,まず睾丸捻転症 を疑い,睾丸捻転症の治療を早期に行うべきであったところ,睾丸捻転症を排斥するだけの診察結果,検査結果が得られなかった(39度を超えるような発熱がなかった,白血球数,好中球数,CRPがいずれも基準値の範囲内であった,尿一般沈検査の結果白血球の数値が若干高いことは尿渣道炎を併発している可能性があり睾丸捻転症を否定するものではない,超音波検査において精巣の血流についての検査はされていない)にもかかわらず,副睾丸炎と判断してこれを行わなかった過失により,睾丸捻転を復元する機会を失い,そのころ,原告の左睾丸部は壊死し,これにより原告の左睾丸部を切除せざるを得なくなった。 イY医師の過失Y医師は,5月13日の回診 してこれを行わなかった過失により,睾丸捻転を復元する機会を失い,そのころ,原告の左睾丸部は壊死し,これにより原告の左睾丸部を切除せざるを得なくなった。 イY医師の過失Y医師は,5月13日の回診の際,触診を行い,原告の睾丸を上方に持ち上げたところ,原告が一層痛がる症状をみて,左睾丸捻転症の典型的症状であることを十分認識できたにもかかわらず,既にX医師が左副睾丸炎と診断していたことから,この事実を隠蔽し,適切な医療措置を講ずることなく放置した過失により,睾丸捻転を復元する機会を失い,そのころ,原告の左睾丸部は壊死し,これにより原告の左睾丸部を切除せざるを得なくなった。 ウ被告の使用者責任被告は,X医師及びY医師を雇用しており,X医師及びY医師は,医療業務の遂行に関して,上記注意義務違反に基づく不法行為責任を負っているのであるから,被告には,民法715条1項本文に基づく損害賠償責任が存する。 (被告)アX医師の過失の不存在24時間以内に捻転を復元すれば精巣保存の可能性があるとの主張は否認ないし争う。論者によって異なるものの,一般に,精巣保存のための, いわゆる「ゴールデンタイム」は6時間と言われており,比較的長い時間を言う論者でも12時間である。したがって,5月11日早朝に発症したと考えられる原告の場合,精巣を保存し得た唯一の機会は当日の診察のみであった。 そして,同日の診察の結果として,睾丸捻転症を完全に排斥するだけの診察結果,検査結果が得られなかったものの,明らかに睾丸捻転症とは矛盾し,感染症である副睾丸炎と考えるべき所見しか得られなかった。すなわち,たしかに,副睾丸炎と断定できるだけの診察結果,検査結果はなかったが,睾丸動静脈は睾丸と副睾丸の両方に血液を供給しており,睾丸捻転症が起きる機序から考えて,この病体が生じれ られなかった。すなわち,たしかに,副睾丸炎と断定できるだけの診察結果,検査結果はなかったが,睾丸動静脈は睾丸と副睾丸の両方に血液を供給しており,睾丸捻転症が起きる機序から考えて,この病体が生じれば,睾丸と副睾丸の両方が虚血に陥るはずであり,両者ともに腫脹し,壊死に陥るところ,X医師は,5月11日,左副睾丸のみが腫脹を示して左睾丸が正常であり,かつ,尿中には白血球と細菌が認められ感染症を疑わせる所見があったため,睾丸捻転症を十分に鑑別した上で(X医師は第一に睾丸捻転症を疑った),原告の症状を副睾丸炎によるものと診断した。 イY医師の過失の不存在5月13日にY医師が診察した際にも,プレーン徴候(患側睾丸を挙上しても疼痛が軽減せず,時には逆に増強することであり,急性睾丸炎や急性副睾丸炎のときは,挙上することにより疼痛は軽減する。)の有無は確認できなかった。Y医師が睾丸捻転症の可能性が排斥できないと述べたのは,原告の年齢,発症の態様からの推測に基づくものにすぎない。したがって,この時点で原告に左睾丸捻転症の典型的な症状があったとの主張,この事実をY医師が隠蔽したとの主張は否認する。 また,適切な医療措置を講ずることなく放置した過失により,睾丸捻転を復元する機会を失い,そのころ,原告の左睾丸部は壊死し,これにより原告の左睾丸部を切除せざるを得なくなったとの主張は争う。上記アのと おり,睾丸保存のためには発症から遅くとも12時間以内に復元する必要があるので,Y医師が診察した時には,どのような処置によっても,既に睾丸を保存し得る可能性は全くなかった。 ウ被告の使用者責任の不存在上記ア及びイのとおり,X医師及びY医師のいずれの診療行為についても過失がないのであるから,これを前提とする被告の使用者責任も争う。 㨯争点㨯(本件手術に使用した た。 ウ被告の使用者責任の不存在上記ア及びイのとおり,X医師及びY医師のいずれの診療行為についても過失がないのであるから,これを前提とする被告の使用者責任も争う。 㨯争点㨯(本件手術に使用した絹糸を放置したことに関する責任の有無)について(原告)X医師は,本件手術施行の際,原告の左副睾丸部分に縫糸を放置し,その結果,原告の左副睾丸から膿が出てくるという結果を生じさせた。さらに,X医師は,上記糸を容易に取り出すことができたにもかかわらず,診断を誤り,糸を取り出す機会を喪失し,原告の陰嚢部に膿を生じさせる結果を引き出した。 (被告)原告に生じた陰嚢部皮下膿瘍の原因が被告病院での左精巣摘除術(本件手術)時に使用した絹糸であったとの主張については特に争わない。しかし,X医師が本件手術施行時に「放置」したとの主張は争う。非吸収性の絹糸が手術部位に残ることは不可避であり,原告の場合,異物に対する生体の反応により,時間の経過とともに陰嚢部皮下より徐々に皮膚表面に排出されたため,近畿大学医学部奈良病院での受診時には,容易に摘出できたものと推測できる。被告病院においても,7月19日及び9月4日の2回にわたり膿瘍部に小切開を加えて当該部位を検索したが,絹糸などは確認できなかった。 㨯争点㨯(損害の額)について(原告)ア後遺症慰謝料ないし傷害慰謝料2000万円 原告は,X医師の誤診により,左副睾丸を摘除せざるを得なくなった。 交通事故の場合における後遺障害別等級表によると,左副睾丸の摘除は「生殖器に著しい障害を残すもの」(同表第9級16号)に該当する。そして,原告は,現在,思春期であり,恋愛あるいは性に関心,興味を有していく年代であり,また,本件摘除が誤診に基づくものであること,さらに,被告が陰嚢試験開腹術(本件手術)を施行した際に縫 当する。そして,原告は,現在,思春期であり,恋愛あるいは性に関心,興味を有していく年代であり,また,本件摘除が誤診に基づくものであること,さらに,被告が陰嚢試験開腹術(本件手術)を施行した際に縫糸を原告の左副睾丸部分に放置したまま手術を終了したため左副睾丸から膿が出てくる事態にまで発展していることを考慮すると,本件摘除による原告の精神的苦痛を慰謝するには,交通事故の場合による後遺症慰謝料よりもはるかに増額されるべきであり,2000万円は下らない。 イ後遺症逸失利益1769万8152円原告は,左副睾丸の摘除により,18歳から67歳まで35パーセントの労働能力を喪失した。賃金センサス第1巻第1表男性労働者大卒を基礎にして,18歳から67歳までの後遺症逸失利益を計算すると,1769万8152円(322万1800円×0.35×15.695)となる。 ウ弁護士費用100万円原告は,本件訴訟の提起,遂行を原告訴訟代理人に委任したところ,その弁護士費用としては100万円が相当である。 エよって,原告は,被告に対し,不法行為(民法715条1項本文)に基づき,損害合計3869万8152円の賠償及び同金員に対する不法行為の日である5月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告)ア片側の睾丸喪失は後遺障害別等級表の第11級の9に準じて扱うものとされており,原告の主張する「生殖器に著しい障害を残す」場合とは,生殖機能に著しい制限のあるものであって,性交不能をきたすようなもので ある。また,原告は,本件摘除が誤診に基づくものと主張するが,前記㨯(被告)アのとおり,X医師は睾丸捻転症を第一に疑って十分な診察,検査を行ったにもかかわらず結果的に誤りとなったにすぎず,交通事故と比較すれば,非難可能性は著し 誤診に基づくものと主張するが,前記㨯(被告)アのとおり,X医師は睾丸捻転症を第一に疑って十分な診察,検査を行ったにもかかわらず結果的に誤りとなったにすぎず,交通事故と比較すれば,非難可能性は著しく低く,慰謝料を増額すべきとの主張は全く当たらず,むしろ低額とすべきものである(医師には応招義務があり,診療を拒否できないことも1つの根拠として挙げられる。)。 イ原告は,逸失利益も主張しているが,片側の睾丸を喪失したからといって,勉学や運動,更には生殖能力にも全く影響はないので,労働能力にも影響が出るはずがなく,原告の損害は慰謝料のみによって評価されるべきであるから,慰謝料の増額要因としての主張であれば格別,逸失利益としての損失主張は,それ自体で失当である。 ウ弁護士費用については争う。 第3争点に対する判断 争点(陰嚢試験開腹術が遅れたことに関する責任の有無)について䍃㨯上記争いのない事実等に加え,証拠(甲イ2ないし5,13,乙A1ないし3,証人X,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア原告は,昭和63年12月3日に出生した男性で,平成14年5月当時,13歳であった(甲イ1)。 イ原告は,睡眠中であった5月11日午前7時30分ころ,突然,左睾丸部に激痛を感じて目を覚ました(甲イ2-14 ,原告本人)。 頁ウ原告は被告病院に救急搬送され,同日午前8時30分ころ,X医師が原告を診察した。X医師が,上記ア,イの事実を聴取した後,左睾丸部の触診をしたところ,左副睾丸の程度の高い腫脹と,程度の高い圧痛が認められた。このときの原告の体温は36.2度であった。 エ原告が同日受けた左陰嚢部超音波検査の結果,左睾丸に異常はなかった が,左副睾丸が腫大していた。このときX医師は,左睾丸の血流についての超音波ド 。このときの原告の体温は36.2度であった。 エ原告が同日受けた左陰嚢部超音波検査の結果,左睾丸に異常はなかった が,左副睾丸が腫大していた。このときX医師は,左睾丸の血流についての超音波ドップラー検査を行わなかった。 また,原告が同日受けた尿一般沈検査の結果,白血球の数値が正常値渣より高く,細菌が認められたが,血液検査では白血球数や好中球数は正常で,CRP(C反応性タンパク質)も正常値であった。 オX医師は,超音波カラードップラー法を用いた左睾丸部の血流の調査をせず,挙睾筋反射の検査もしなかった(証人Xp13)。なお,被告病院には,本件当時,睾丸のカラードップラーができる機器はなかった(証人Xp5)。 カX医師は,上記ウ,エをふまえて,同日午前11時30分ころ(甲イ13),触診において睾丸は正常で副睾丸のみが腫大しており,超音波検査の結果でも睾丸に異常所見はないが副睾丸の腫大が認められ,尿中白血球の数値が正常値より高かったことから,副睾丸炎であると診断し,副睾丸炎の処置として,鎮痛消炎剤を処方するなどした。 キ原告は,5月13日,体温が37.5度となり,左陰嚢が相当程度腫れたことから,被告病院で受診した。X医師は左副睾丸の増悪と判断したが,Y医師は,左睾丸部の触診をし,睾丸捻転症の疑いが捨てきれないと述べた。 ク5月24日午後2時ころ,X医師が本件手術(陰嚢試験開腹術)を施行した結果,黒色に変色した睾丸及び腫大した副睾丸並びに精索の捻転(1. 5回転の捻転)を認め,睾丸捻転症であったことが判明した。X医師は,左睾丸が壊死していることを確認し,左睾丸及び左副睾丸を摘除して,右睾丸の固定術を行った(甲イ2-36 ,甲イ3-16,36,38 ,乙A1-25 ,乙A頁頁頁2-15,34,36 ,X証人)。同日まで,捻転し ることを確認し,左睾丸及び左副睾丸を摘除して,右睾丸の固定術を行った(甲イ2-36 ,甲イ3-16,36,38 ,乙A1-25 ,乙A頁頁頁2-15,34,36 ,X証人)。同日まで,捻転した睾丸を整復するための処置頁はなされなかった。 㨯上記争いのない事実等中の「㨯医学的知見」に加え,医学文献(乙B1 ないし3),鑑定人Z作成の鑑定書によれば,以下の医学的知見を認めることができる。 ア陰嚢内の器官陰嚢内の器官には,血管などからなる精索,睾丸(精巣),副睾丸(精巣上体)などがある。 イ睾丸捻転症(精索捻転症)について㨯睾丸捻転症は,精索を軸として睾丸及び副睾丸が捻転することによって生じ,放置すると血行障害から睾丸・副睾丸の壊死という重大な事態をきたす。急激な有痛性陰嚢腫脹をきたす複数の疾患(睾丸捻転症のほか,睾丸炎,副睾丸炎など)のうち,睾丸捻転症は,それを放置すると上記のような重大な事態を招くことから,最初に鑑別すべき疾患とされており(乙B1-138 ,乙B2-923 ),睾丸捻転症の可能性があれば,頁頁手術(陰嚢試験開腹術)を施行する必要がある(乙B1-141 ,乙B2-9頁 26 ,乙B3-169 )。 頁頁㨯睾丸捻転症の症状としては,突発的な陰嚢部の激痛があり,陰嚢部が次第に膨張し,軽度の発熱がみられる。 㨯睾丸捻転症は発症年齢に特徴的な分布があり(乙B2),生後1年未満と思春期が好発年齢である。睡眠中や深夜から朝にかけて生じることが多く(乙B1-138 ),思春期の男子で起床後すぐに睾丸部に腫れと頁激痛を訴えている場合,まず睾丸捻転を疑うべきであるとされている。 また,思春期の睾丸捻転症では,左側の睾丸の方に捻転が多く見られる(乙B1-138 )。 頁㨯白血球増多,CRP陽性,血沈亢進 頁激痛を訴えている場合,まず睾丸捻転を疑うべきであるとされている。 また,思春期の睾丸捻転症では,左側の睾丸の方に捻転が多く見られる(乙B1-138 )。 頁㨯白血球増多,CRP陽性,血沈亢進などの血液炎症反応は,副睾丸炎や睾丸炎の多くでみられるが,睾丸捻転症でもこのような所見が得られることが少なくない(乙B2-924 )。 頁㨯超音波断層法によれば,睾丸捻転症の場合には,横位で腫大した睾丸 や,睾丸全体の低エコー,捻転部の腫瘤がみられることがある。しかし,睾丸捻転症の発症後早い時期には,虚血による変化が完成されていないため,超音波断層法では典型的な所見が得られないこともある。 睾丸捻転症では精索を軸として睾丸及び副睾丸が捻転していることから,睾丸の血流が減弱ないし消失しており,これは超音波ドップラー法や超音波カラードップラー法により検査することができる。 プレーン徴候(睾丸を挙上したとき,副睾丸炎であれば疼痛が軽減し,捻転であれば逆に疼痛が増強する)については,近時その意義が認められなくなっている(乙B2-925 )。 頁㨯鑑別診断ないし治療に関し,医学文献等においては,以下のような指摘がされている。 a「古典的な診断法の中で精巣捻転症を疑う根拠としては,㨯新生児あるいは思春期前後の発症,㨯睡眠中の発症,㨯突発的で激烈な陰嚢部痛,㨯随伴する腹膜刺激症状,㨯発熱はあっても軽度,㨯尿所見正常,㨯触診上,精巣付属器捻転や精巣上体炎の所見が明らかでない,㨯患側精巣が横位となり,異常に挙上されて見える,㨯挙睾筋反射の消失などがある。この中で㨯と㨯は比較的客観性と特異性が高いと思われ,これに手元にある機器(ドップラー血流計や超音波診断装置)により得られる所見を加えて判断する。このような機器の中では,超音波カラードップラー装置が現 中で㨯と㨯は比較的客観性と特異性が高いと思われ,これに手元にある機器(ドップラー血流計や超音波診断装置)により得られる所見を加えて判断する。このような機器の中では,超音波カラードップラー装置が現時点では最も有用性が高いと思われる。診断・治療の過程で大事なことは,できるだけすばやく対応することである。捻転した精巣はできれば6~8時間以内に整復するのが望ましく,一般的には24時間が精巣を温存できる限度と言われている。ただし,発症から8日目の手術で精巣を温存できた症例も報告されており,精巣を温存できるか否か否かは虚血時間ばかりでなく捻転の程度など他の要因も関連していると思われる。この意味で初診時すでに長時間経 過しているような場合でも,急性期と同様の速やかな対応が必要である。」(乙B2-926 )頁「最終的に精巣捻転症が考えられた場合には外科的治療が原則である。 徒手整復が可能なこともあると思われるが,より効果の確実な手術療法を選択すべきである。精巣捻転か他の病態か,判断に迷うことも少なくないが,自分の技量でわからなければ手術を行うべきと考える。 理学的所見の判断は経験が大きく左右するであろうし,近代的な機器はだれでも容易に扱えるようになって来ているとは言え,やはりある程度習熟した手と目が必要であろう。完璧な臨床診断を目指すあまり手術時期を逸することがあってはならないと考える。幸い陰嚢は手術的操作が容易で,患者に対する侵襲も小さい臓器である。」(乙B2-926 )頁b思春期以降の睾丸捻転について,「発症後精巣温存可能な時間は6~8時間で,12時間以内は原則的に温存を考慮するといわれており,捻転の状態,程度により異なる。24時間以上経過すると精巣温存はほぼ不可能となるが,発症後捻転の自然解除する例もあるので緊急手術の対象とな 間で,12時間以内は原則的に温存を考慮するといわれており,捻転の状態,程度により異なる。24時間以上経過すると精巣温存はほぼ不可能となるが,発症後捻転の自然解除する例もあるので緊急手術の対象となる。用手整復の可能な場合があっても一時的なものであるから,外科的治療を原則とする。」(乙B1-138,139 )頁急性陰嚢症の治療方針について「精巣捻転の可能性があれば,発症後遅くとも12時間以内に緊急手術を施行する。精巣上体炎や精巣付属器捻転では保存的に経過観察し,鑑別不能の場合は手術による確認を行う。」(乙B1-141 ),頁c「精索捻転症が否定できない場合は,精巣機能温存のゴールデンタイムである発症後8時間以内の迅速な陰嚢部試験切開が必要となり,精索捻転症であれば対側に再発する症例もあるため,同時に対側の精巣固定術を行う必要がある。」(乙B3-169 )頁 d「急性陰嚢症の鑑別診断リストは,広範囲である。全ての例において,精索捻転症を除外することは緊急であり,その臨床診断のためには緊急外科的診査を必要とする。」(鑑定書添付資料)ウ副睾丸炎(精巣上体炎)について㨯急性副睾丸炎は,細菌等による感染症として生じ,前立腺炎や尿路感染に続発するほか,前立腺摘除術(特に経尿道的切除)のあと射精管から精管への逆行性感染が容易に起こるため発症する。単にカテーテルを尿道に留置するだけでも発症する。 㨯急性副睾丸炎は,腫張が突然,副睾丸尾部に始まり,急速に副睾丸全体に及ぶ。炎症性の陰嚢水腫を合併することが比較的多く,陰嚢皮膚は浮腫をきたし発赤する。陰嚢部の圧痛あるいは自発痛を伴い,疼痛は精索や下腹部まで及び,発熱は40度に達する場合もある。 㨯急性副睾丸炎の場合,血液生化学検査では,白血球増多,赤沈亢進,CRP上昇などの炎症反応を認 する。陰嚢部の圧痛あるいは自発痛を伴い,疼痛は精索や下腹部まで及び,発熱は40度に達する場合もある。 㨯急性副睾丸炎の場合,血液生化学検査では,白血球増多,赤沈亢進,CRP上昇などの炎症反応を認める。尿では,しばしば濃尿がみられる。 㨯超音波断層法によれば,副睾丸炎では腫大した副睾丸頭部と精巣が認識できるが,時間の経過に伴い睾丸と副睾丸が一塊りとなり区別不能となる。 副睾丸炎の場合,超音波ドップラー法や超音波カラードップラー法により検査すれば,副睾丸の血流が増加していることがわかる。 㨯過失(注意義務違反)アX医師の注意義務違反について㨯上記認定の事実及び医学的知見によれば,X医師は,5月11日午前8時30分ころから同日午前11時30分ころに原告を診察し,①原告が,当時13歳で思春期の男子であり,同日朝,睡眠中に左睾丸部に突然激痛を感じて目を覚まし,救急搬送されたことを聴取しており,②原告の体温が36.2度で発熱がなく,③血液検査の結果,白血球数及び 好中球数は正常値で,④生化学検査の結果,CRPの数値も正常値であるという所見を得ていたものであるところ,これらの所見は睾丸捻転症を相当程度疑わせるものであり,これが睾丸捻転症であれば,遅くとも同日午前7時30分ころまでに発症していたものというべきである。 そして,前記認定のとおり,睾丸捻転症に関する医学的知見として,睾丸捻転症の場合,発症後精巣温存可能な時間は6~8時間で,24時間以上経過すると精巣温存はほぼ不可能となるとされ,そのため,できれば6~8時間以内に整復するのが望ましく,睾丸捻転の可能性があれば発症後遅くとも12時間以内に緊急手術を施行する,あるいは,精索捻転症が否定できない場合は精巣機能温存のゴールデンタイムである発症後8時間以内の迅速な陰嚢部試験切開が必要 ,睾丸捻転の可能性があれば発症後遅くとも12時間以内に緊急手術を施行する,あるいは,精索捻転症が否定できない場合は精巣機能温存のゴールデンタイムである発症後8時間以内の迅速な陰嚢部試験切開が必要となるとされ,また,精巣捻転か他の病態かの判断がつかないときには手術を行うべきであるとか,鑑別不能の場合は手術による確認を行う,精索捻転症を除外する臨床診断のためには緊急外科的診査が必要であるとされている。これらの医学的知見によれば,X医師が原告の診察をした平成14年当時の医療水準において,上記のような睾丸捻転症を相当程度疑わしめる所見を得ていたものであることからすれば,発症後遅くとも12時間以内に緊急手術(試験切開を含む)をすべき注意義務があったというべきである。 㨯本件においては,上記㨯①ないし④のほかに,⑤左副睾丸は腫脹していたが左睾丸は腫脹しておらず正常で,⑥尿中に正常値以上の白血球と細菌が認められた,という所見も認められている。 しかし,睾丸捻転症の発症後早い時期においては,虚血による変化が完成されていないため,超音波断層法による検査では睾丸捻転症の典型的な所見が得られない場合があり(乙B2-925 ),鑑定人Zも,「睾頁丸捻転症の発症早期であれば,睾丸には特に異常が認められず副睾丸にのみ腫脹・圧痛が認められる,という症例はある。」としていることか らすれば,左副睾丸のみが腫脹を示し,左睾丸が正常であったという所見(⑤)から,睾丸捻転症の疑いを排斥し,副睾丸炎と断定することはできないといえる。 また,尿中に細菌と正常値以上の白血球が認められたことについては,確かに濃尿は副睾丸炎を疑わせる有力な所見とされているけれども(乙B2-924 ),血液中の白血球の数が正常値であったことや,遠位部尿頁道の常在細菌のため,睾丸捻転症で 認められたことについては,確かに濃尿は副睾丸炎を疑わせる有力な所見とされているけれども(乙B2-924 ),血液中の白血球の数が正常値であったことや,遠位部尿頁道の常在細菌のため,睾丸捻転症でも尿中の白血球数が正常値より高くなったり,細菌が認められる場合があること(鑑定書)からすれば,上記尿検査結果(⑥)が睾丸捻転症と明らかに矛盾するとはいえない。結局,本件において,初診時に,睾丸捻転症の疑いを排斥し,副睾丸炎であると判断したことは,当時の医療水準に照らしても相当でなかった(鑑定)というべきであり,前記認定の医学的知見によれば,睾丸捻転の可能性が排斥できない以上,前記判示のとおり,試験切開を含む手術をすべきであったというべきである。 㨯被告は,上記㨯⑤⑥の所見を得ていたことのほかにも,睾丸保存のためのいわゆる「ゴールデンタイム」は6時間といわれており,比較的長い時間をいう論者でも12時間であるから,注意義務違反はないと主張している。 しかしながら,原告が左睾丸部の激痛を感じたのが5月11日午前7時30分ころであるから,そのころ睾丸捻転症が発症したと考えられ,また,上記認定のとおり,X医師が原告を診察したのは同日午前8時30分ころから午前11時30分ころにかけてである。つまり,X医師は睾丸捻転症の発症から約1時間後に原告の診察を開始し,各種検査を行って,発症から約4時間後に診察を終えたといえ,このX医師の診察の時点で睾丸捻転症と判断し,あるいは陰嚢試験開腹術を施行していれば,原告の左睾丸喪失の結果は生じなかったものと認められるから,被告の 上記主張は採用できない。 イY医師の注意義務違反について上記認定の医学的知見のとおり,睾丸捻転症の捻転した睾丸は,発症から6ないし8時間以内に整復するのが望ましく,一般的には24時間が の 上記主張は採用できない。 イY医師の注意義務違反について上記認定の医学的知見のとおり,睾丸捻転症の捻転した睾丸は,発症から6ないし8時間以内に整復するのが望ましく,一般的には24時間が睾丸を温存できる限度である。 もっとも,前記認定のとおり,「発症から8日目の手術で精巣を温存できた症例も報告されており,精巣を温存できるか否かは虚血時間ばかりでなく捻転の程度など他の要因も関連していると思われる。この意味で初診時すでに長時間経過しているような場合でも,急性期と同様の速やかな対応が必要である。」,「24時間以上経過すると精巣温存はほぼ不可能となるが,発症後捻転の自然解除する例もあるので緊急手術の対象となる。」とされていることからすると,24時間を経過した後においても手術をすべき必要性が否定されるわけではない。 しかし,Y医師が原告を診察したのは,発症(5月11日午前7時30分ころ)から48時間以上経過した5月13日であるところ,睾丸捻転症においては,24時間以上を経過すると精巣温存はほぼ不可能となり,一般的には24時間が精巣を温存できる限度とされていることからすると,仮にY医師が上記の時点において試験切開を含む手術をしていたとしても,当該時点においては既に精巣の温存は不可能になっていた可能性が大きく,少なくとも,当該時点においてなお精巣が温存されていたと認めるに足りる証拠はない。したがって,Y医師において睾丸捻転の診断をせず,あるいはその可能性を前提とする手術をしなかったことにより原告が睾丸を喪失するに至ったということはできない。 㨯結果発生及び因果関係本件において,原告が睾丸捻転症に罹患していたことから左睾丸が壊死し,左睾丸及び左副睾丸が摘出されたことで,原告がこれらを喪失したことは, 当事者間に争いがない。 そして 結果発生及び因果関係本件において,原告が睾丸捻転症に罹患していたことから左睾丸が壊死し,左睾丸及び左副睾丸が摘出されたことで,原告がこれらを喪失したことは, 当事者間に争いがない。 そして,前記認定のとおり,原告は,5月11日午前7時30分ころに睾丸捻転症を発症し,X医師は,同日午前8時30分ころから午前11時30分ころにかけて原告を診察したものであること,他方,睾丸捻転症では,発症後精巣温存可能な時間は6~8時間であるとされていることからすると,X医師が原告を診察した際に睾丸捻転症の可能性を排斥せず,試験切開手術を含む必要な措置を講じていれば原告の精巣を温存し得た高度の蓋然性があるものというべきであり,したがって,原告の左睾丸の壊死という結果はX医師の注意義務違反に起因するものというべきである。 争点㨯(本件手術に使用した絹糸を放置したことに関する責任の有無)について㨯上記争いのない事実等に加え,証拠(甲イ2,甲イ3,甲イ12,乙A1,乙A2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア5月24日,X医師が原告の陰嚢試験開腹術を施行したところ,左睾丸の壊死を確認し,左睾丸及び左副睾丸を摘除した(甲イ2-36 ,乙A1-25頁)。 頁イY医師は,6月1日,原告の左陰嚢部の全抜糸を行った(甲イ3-21,乙A2-20)。退院後の6月29日に原告が被告病院でX医師の診察を受けたところ,X医師は,創部がきれいであり,術後創治癒と診断した(甲イ2-19 ,乙A1-13 )。 頁頁ウ術後創部付近が膿んできたため,7月19日,原告が被告病院でX医師の診察を受けたところ,左陰嚢部に膿瘍があり,X医師は,切開して排膿した(甲イ2-20 ,乙A1-14 )。7月22日に原告が被告病院でX医師頁頁の診察を受けたとこ 9日,原告が被告病院でX医師の診察を受けたところ,左陰嚢部に膿瘍があり,X医師は,切開して排膿した(甲イ2-20 ,乙A1-14 )。7月22日に原告が被告病院でX医師頁頁の診察を受けたところ,X医師は,膿瘍があった部位はきれいであり,膿瘍部治癒と診断した(甲イ2-20 ,乙A1-14 )。 頁頁エ術後創付近で膿瘍部があったため,原告が8月8日に被告病院でX医師 の診察を受けたところ,左陰嚢部に膿があり,X医師は毛膿炎でしょうと説明した(甲イ2-21 ,乙A1-15 )。8月12日に原告が被告病院でY頁頁医師の診察を受けたところ,Y医師は,膿があった部位はきれいであり,膿瘍部治癒と診断した(甲イ2-21 ,乙A1-15 )。 頁頁オ術後創付近の膿瘍の再発のため,8月16日,原告が被告病院でY医師の診察を受けたところ,Y医師は,膿瘍の存在を確認した(甲イ2-21 ,頁乙A1-15 )。 頁カ原告が,9月4日,被告病院でX医師の診察を受けたところ,X医師は,左陰嚢部を切開して内部の肉芽組織を除去した(甲イ2-23 ,乙A1-17頁)。9月10日に原告が被告病院でX医師の診察を受けたところ,X医頁師は,創部はきれいであり,完治と診断し,何かあれば再診するよう指示した(甲イ2-23 ,乙A1-17 )。 頁頁キ原告が,10月7日,近畿大学医学部奈良病院で受診したところ,同病院医師は陰嚢皮下膿瘍と診断し(甲イ12),術後創部に絹糸が一本残っていたことから,同病院医師が,その絹糸の抽出をした(甲イ12)。その後,腫れはひいて治癒した。 㨯原告に生じた陰嚢皮下膿瘍の原因が,被告病院での本件手術時に使用した絹糸であったことについては争いがなく,さらに,上記認定のとおり,7月19日から10月7日までの間,断続的に はひいて治癒した。 㨯原告に生じた陰嚢皮下膿瘍の原因が,被告病院での本件手術時に使用した絹糸であったことについては争いがなく,さらに,上記認定のとおり,7月19日から10月7日までの間,断続的に術後創付近に膿瘍がみられていたのが,その絹糸の抽出後,治癒に至っていることが認められる。 そして,医師は,手術の際に使用したもので,治療に不必要なものを,患者の体内から回収する注意義務があるというべきであるから,原告の左陰嚢部に絹糸を置き忘れたX医師の行為は,過失(注意義務違反)に当たるというべきである。 原告は,X医師が本件手術の際に絹糸を放置したとして,故意による不法行為が成立するかのような主張をするが,X医師が故意に絹糸を放置したこ とを認めるに足りる証拠はない。また,原告は,絹糸を容易に取り出すことができたにもかかわらず,X医師は診断を誤り,原告の陰嚢部に膿を生じさせたと主張するけれども,絹糸を簡単に抽出できた10月7日よりもかなり以前の,7月19日,8月8日,9月4日のX医師による各診察において,原告の左陰嚢部から絹糸を容易に取り出すことができたと認めるに足りる証拠はない。 争点㨯(損害の額)について㨯逸失利益上記認定のとおり,X医師の過失により,原告の左睾丸は壊死し、左睾丸及び左副睾丸の摘出を余儀なくされている。 しかし,鑑定人Zによれば,片側の睾丸を喪失しても,健常なもう片方の睾丸から正常に男性ホルモン(テストステロン)が分泌され,血中テストステロン濃度が生理的範囲に維持される結果,ホルモン分泌の絶対量が不足するような障害は起きず,一般に労働能力に何らの影響もないことが認められる。 したがって,原告に労働能力の喪失はないといえるから,これを前提とする逸失利益を認めることはできない。 㨯後遺症慰謝料ないし傷害慰謝料 起きず,一般に労働能力に何らの影響もないことが認められる。 したがって,原告に労働能力の喪失はないといえるから,これを前提とする逸失利益を認めることはできない。 㨯後遺症慰謝料ないし傷害慰謝料上記認定のとおり,X医師の過失により,原告は左睾丸及び左副睾丸を摘出しなければならなくなった。そして,原告が当時13歳と若年で,未だ結婚もしておらず,子どもをもうけたこともない男性であることなども考慮すると,後遺症慰謝料としては500万円とするのが相当である。 また,上記認定のとおり,原告は,当初は副睾丸炎と診断されて入院し,本件手術後は膿瘍が発症して通院を余儀なくされており,入通院慰謝料は全体を通じて100万円とするのが相当である。 したがって,本件における後遺症慰謝料ないし傷害慰謝料は,合計600 万円となる。 㨯弁護士費用本件において,原告が要した弁護士費用としては,上記認定の慰謝料合計額600万円の一割に当たる60万円が相当である。 使用者責任上記争いのない事実等記載のとおり,医療法人である被告は,被告病院を経営し,平成14年5月当時,X医師を雇用しており,X医師はその業務として医療行為を行うなかで,上記認定のとおり,過失(注意義務違反)により原告に損害を生じさせたのであるから,民法715条1項本文により,被告は使用者責任を負う。 結論 以上のとおりであるから,原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は,660万円及びこれに対する不法行為の日である平成14年5月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。そこで,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。 奈良 払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。そこで,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。 奈良地方裁判所民事部裁判長裁判官坂倉充信裁判官齋藤憲次 裁判官伊藤昌代は,退官のため署名押印することができない。 裁判長裁判官坂倉充信

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