平成11(ネ)456 損害賠償請求控訴

裁判年月日・裁判所
平成14年3月27日 東京高等裁判所
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判決文本文41,506 文字)

主文 一本件各控訴をいずれも棄却する。 二控訴費用は、控訴人らの負担とする。 事実 第一当事者の求める裁判一控訴人ら 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ二万二〇〇〇米国ドル及びこれに対する平成七年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。 4 仮執行の宣言二被控訴人 1 主文一、二と同旨 2 仮執行免脱の宣言第二事案の概要一請求の概要本件(本判決の用語の略語表記は、原判決の略語表記と同一である。)は、当時イギリス、アメリカ又はオランダ国籍を有し、第二次世界大戦中右各国軍隊所属の軍人若しくは軍属又はその家族等であった控訴人らが、右大戦中の昭和一七年(一九四二年)から昭和二〇年(一九四五年)にかけて、シンガポール、マレーシア、フィリピン、インドネシア等南方方面で軍事作戦を展開した旧日本軍により右各現地、台湾、日本国内等の捕虜収容所又は民間抑留者収容所に収容され、その間旧日本軍将兵等から強制労働、暴行等のヘーグ陸戦規則及びジュネーブ捕虜条約に違反する加害行為を受けたと主張し、かつ、①明治四〇年(一九〇七年)に開催された第二回ヘーグ国際平和会議において採択され、日本も明治四五年(一九一二年)一月までに順次署名・批准・批准書寄託及び公布を終えたヘーグ陸戦条約三条はヘーグ陸戦規則又はジュネーブ捕虜条約に違反する行為によって損害を被った被害者個人の加害行為を行った者の所属する国家に対する損害賠償請求権を規定したものと解すべきであるとして、同条に基づき、②又は右各加害行為当時までに右趣旨の国際慣習法が成立していたとして、同国際慣習法に基づき、右各加害行為を行ったという 国家に対する損害賠償請求権を規定したものと解すべきであるとして、同条に基づき、②又は右各加害行為当時までに右趣旨の国際慣習法が成立していたとして、同国際慣習法に基づき、右各加害行為を行ったという旧日本軍将兵等が所属していた国家である被控訴人に対し、控訴人らが右各加害行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料各自二万二〇〇〇米国ドル及びこれに対する不法行為後の平成七年三月二五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 二関係条約の主要な条文等ヘーグ陸戦条約、ヘーグ陸戦規則及びジュネーブ捕虜条約の締結の経緯並びに右各条約等の主要な規定の概要は、原判決六頁四行目から同一五頁一一行目までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。 三控訴人らの主張控訴人らの主張は、原判決五三頁五行目の「ニューンベルグ」を「ニュールンベルグ」と改め、当審における主張を次のとおり付加するほかは、原判決一六頁二行目から同六三頁一一行目までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。 1 国際法、殊に戦争法規における個人の法主体性(一) 原判決は、まず、前提問題として、国際法を国家間の権利義務を規律する法規と解し、個人の国際法上の法主体性を否定し、控訴人らのヘーグ陸戦条約三条に基づく本件損害賠償請求を理由がないものとして棄却した。 しかしながら、国家は国際法の第一義的主体ではあるが、絶対的主体ではなく、国家以外の者が直接ある種の権利・能力・義務を国際法上有するならば、その限度でそれらの者は国際法上の主体とみなし得るのである。したがって、個人が国際法上の主体となり得るかは、一般論で一律に判断するのではなく、問題となった国際法上の規則の性格に応じ、特定の者に認められる権利・能力・義務 は国際法上の主体とみなし得るのである。したがって、個人が国際法上の主体となり得るかは、一般論で一律に判断するのではなく、問題となった国際法上の規則の性格に応じ、特定の者に認められる権利・能力・義務があるかどうか、もしあるとすればどのようなものかを具体的に調査する必要がある。 (二) そもそも、「国際法上の主体」という場合、概念として、①国際法(条約及び国際慣習法)の定立(立法)行為者としての主体(原則として主権国家であるが、国連のような国際機構(機関)もこれに属する。)と、②国際法上の権利義務の受範者(権利の享有者・義務の負担者)としての主体とを類別する必要がある。そして、一八九九年ヘーグ陸戦条約三条及び一八九九年ヘーグ陸戦規則以来、国際法上、個人はこの権利義務の受範者としての主体の意味における国際法上の主体として位置付けられてきた。 そして、ヘーグ陸戦条約がその中核をなす戦争法規は、国際法上個人の法主体性が一般に認められる典型的な場面であり、戦争法規にあっては、一般に個人が国際法の主体と認められ、戦争法規違反の場合、違反をした軍隊の構成員や個人が刑事責任を問われるばかりでなく、損害の賠償や補償について条約によって規定された手続規定がなくとも、加害国の国内裁判手続を利用して加害国に対して請求することができるというべきである。殊に、捕虜については、その地位は一層明確であって、捕虜の有する権利のうち重要な人権的権利は、捕虜所属国を含む関係国間の合意(条約)でも放棄せしめ得ないユス・コーゲンス(強行規範)上の権利として確立しており(一九四九年のジュネーブ捕虜条約七条参照)、外交使節の権利(外交特権とその免責)などとは異なる捕虜個人が享有する一身専属上の権利としての性格を持つ。この権利の中心には「非人道的取扱いを受けない権利」(ヘーグ陸戦 ュネーブ捕虜条約七条参照)、外交使節の権利(外交特権とその免責)などとは異なる捕虜個人が享有する一身専属上の権利としての性格を持つ。この権利の中心には「非人道的取扱いを受けない権利」(ヘーグ陸戦規則、一九四九年ジュネーブ捕虜条約参照)が置かれるが、このような戦時交戦法・国際人道法上の重大な人権保障は、占領地の一般住民にも及ぼされ、ヘーグ陸戦規則や昭和二四年(一九四九年)のジュネーブ諸条約に規定され、さらには、国際慣習法として確立している。したがって、捕虜及び占領地住民は、戦争法規上の法主体として認められるべきものである。 なお、サンフランシスコ講和条約一四条(b)項は、連合国は、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその国民の請求権を放棄する旨規定している。しかし、ジュネーブ捕虜条約に加盟する立場からは、同条約により保障された捕虜の権利は部分的にせよ放棄することができないと解するのが当然である。したがって、サンフランシスコ講和条約の右請求権放棄規定は、少なくとも捕虜に限れば、ジュネーブ捕虜条約の前記規定によりその国際法的効力を制限されているものと解さなければならない。 (三) 原判決は、ヘーグ陸戦条約締結当時、国民が戦争法規違反行為によって損害を被った場合、被害者である国民個人ではなくその者の属する国家だけが外交保護権を行使して加害国に対してその賠償を請求することができるとのいわゆる国家責任の法理が確立していたとする。 しかしながら、国際法上、外交保護権の行使は、被害者が加害国の国内的救済手続を尽くしても効果的救済が得られなかったことをその前提として要求される。のみならず、戦争法規違反行為によって個人が損害を被った場合、被害者個人の損害と被害国の被った損害とは別個のものであり、被害国の損害は、被害者の損 救済が得られなかったことをその前提として要求される。のみならず、戦争法規違反行為によって個人が損害を被った場合、被害者個人の損害と被害国の被った損害とは別個のものであり、被害国の損害は、被害者の損害をその尺度の一つとするにすぎないから、被害者の請求し得る損害は、被害国のそれとは原理的に同一ではない。戦争法規違反の行為によって損害を被った個人が加害国を相手として損害賠償を請求して認められた事例は、パケット・ハバナ号事件等その数は多く、少なくとも戦争法規違反行為に関する限り、原判決の定義するような国家責任の法理は確立したものではなく、損害賠償請求権は国家のみが行使することのできる権利でないことは、明らかである。 (四) 原判決は、国際法上個人に法主体性が認められるためには、条約において権利救済のための手続規定が設けられている必要がある旨判示した。 なるほど、ヘーグ陸戦条約三条及びヘーグ陸戦規則には、他の多くの条約と同様、損害の賠償(又は補償)に関する手続規定が置かれていない。しかし、戦争法規違反行為の加害者(戦争法規違反行為を犯した個々の軍隊構成員等)を捕らえた被害国(戦争法規違反行為により自国又は自国民が被害を被った国家)は、加害者を刑事裁判により処罰することが許され、その場合の手続は、被害国がその国内法に基づき国内法上の機関(軍事裁判所や軍事委員会)においてすることができる。しかし、その場合に適用される実体法は、国際法たる戦争法規である。このように、刑事裁判においてさえ、条約や国際慣習法上その手続規定がなくとも、被害国の国内法手続により加害者を処罰することができるとされるのであるから、まして、民事裁判については、条約上その手続規定がなくとも、戦争法規の性格上、被害者(戦争法規違反行為により被害を被った自然人又は法人)が直接加害国に 者を処罰することができるとされるのであるから、まして、民事裁判については、条約上その手続規定がなくとも、戦争法規の性格上、被害者(戦争法規違反行為により被害を被った自然人又は法人)が直接加害国に対して加害国の国内裁判所で国際法を根拠としてその損害賠償請求を行うことが許されないはずはない。 ダンチッヒ裁判所の管轄権に関する常設国際司法裁判所の昭和三年(一九二八年)三月三日の勧告的意見(甲第四号証)は、この点を明言する。すなわち、右事件は、第一次世界大戦後のヴェルサイユ講和条約によりポーランドに管理運営がゆだねられることになったダンチッヒ自由市を走る鉄道の吏員等の雇用条件等についてポーランドとダンチッヒ自由市とが一九二一年一〇月二二日に締結した協定(以下「職員協定」という。)に基づいて、右鉄道の吏員らがダンチッヒの裁判所にポーランド鉄道局に対する金銭請求を訴求したものである。右事件において、ポーランドは、右協定は国際的な取決めであるから、取決めの当事者間にのみ権利義務を設定する、同協定はポーランドの国内法に組み入れられない限り、関係する個人に直接権利や義務を与えないとして、吏員らは右協定自体に基づく請求をダンチッヒの裁判所に提訴することはできないと主張したが、国際連盟理事会から意見を求められた常設国際司法裁判所は、「同協定の諸規定が吏員と鉄道局の関係に直接適用されることは、協定の用語や表現一般(さらに、その内容)から明らかである」との勧告的意見を提出し、条約・協定など国家を当事者とする国際的取決めにおいて何ら出訴手続など規定されていなくても、個人が直接援用することのできる権利義務を規定することができる旨、及び右個人の権利の解釈においてはその規定における形式よりも当事者の意思が優先する旨を明白に判断しているのである。このほか、既に原審以 個人が直接援用することのできる権利義務を規定することができる旨、及び右個人の権利の解釈においてはその規定における形式よりも当事者の意思が優先する旨を明白に判断しているのである。このほか、既に原審以来指摘してきた米国連邦最高裁判所明治三三年(一九〇〇年)一月八日判決(パケット・ハバナ号事件。甲第一九号証参照)、英国控訴院大正一三年(一九二四年)七月一五日判決(エジプト会社対英国貿易省事件。甲第二一号証参照)及びアテネ控訴裁判所昭和元年(一九二六年)ころ判決(エピルス島事件。甲第二二号証参照)は、国内裁判所で国内法上の手続により国際法(条約又は国際慣習法)を適用してされた判決であるが、適用された国際法中には右のような手続規定はない。 (五) 原判決は、加害国と被害国との間で混合仲裁裁判所を設置し、そこで被害者の加害国に対する戦争法規違反行為に基づく損害賠償請求権を確定し、被害者に加害国が直接金銭賠償をすることが合意された場合に限り、例外的に国際法に基づき被害者が加害国から直接金銭賠償を受けることができると判示する。 しかし、被害者が加害国又はその機関から直接金銭賠償を受けることができるのは、右の場合に限定されるものではない。戦争法規関連では、次のような事例が知られている。占領軍司令官の裁量により直接被害者に支払をする場合(日露戦争中の旧日本陸軍の実行例)及び占領軍政府が損害賠償請求処理委員会を設置し、占領軍の軍事要員が占領地住民に与えた損害に対して被害者から提起された賠償請求を審査し、賠償額を決定して支払をする場合(米国陸海軍軍政民事マニュアル(昭和一八年(一九四三年)一二月二二日FM二七ー五、NAV五〇Eー三)(甲第六〇号証))である。 さらに、戦争法規違反について、被害者が加害国の国内裁判所に加害国を直接相手方として訴えを提 ル(昭和一八年(一九四三年)一二月二二日FM二七ー五、NAV五〇Eー三)(甲第六〇号証))である。 さらに、戦争法規違反について、被害者が加害国の国内裁判所に加害国を直接相手方として訴えを提起して救済を受けられることが国際慣習法上認められる場合がある。海戦法規に違反して拿捕を禁じられた敵国沿岸漁船を拿捕した場合加害国は利害関係人に対して損害賠償をしなければならないとの法理は国際慣習法として明治四一年(一九〇八年)に採択されたロンドン宣言六四条に確認されており、前記米国連邦最高裁判所明治三三年(一九〇〇年)一月八日のパケット・ハバナ号事件判決は、この法理による救済例であり、前記英国控訴院大正一三年(一九二四年)七月一五日のエジプト会社対英国貿易省事件判決は、戦争に必要な物資を徴発された中立国国民・法人が国際慣習法に直接基づいて徴発国の裁判所に対して徴発国を相手方として完全な補償を請求する権利のあることを認め、前記アテネ控訴裁判所昭和元年(一九二六年)ころのエピルス島事件判決も、トルコ領エピルス島を占領したギリシャ軍の徴発に関し、国際法に基づく被害者個人の加害国に対する損害賠償請求を認めている。 (六) さらに、我が国の憲法上、条約は、公布のみで直ちに国内法的効力を生じ、それが国内法として適用されるいわゆる自動執行性があるとされるから、条約に原判決が指摘する手続規定がないことは、我が国において条約の適用を拒否すべき理由とはなり得ない。 したがって、いずれにしても、戦争法規たるヘーグ陸戦条約三条において、損害賠償請求権の主体及び損害賠償請求手続が明記されていないことは、同条が被害者の法主体性を否定している理由とはなり得ない。このことは、今日における国際法学会の支配的学説であり、また、米国、英国及びドイツ等主要国の政府の公的見解でもある(右 明記されていないことは、同条が被害者の法主体性を否定している理由とはなり得ない。このことは、今日における国際法学会の支配的学説であり、また、米国、英国及びドイツ等主要国の政府の公的見解でもある(右(五)掲記の各裁判例のほか、英国軍事法マニュアル昭和四年(一九二九年)版、フリッツ・カルスホーヴェン意見書(甲第六号証)、エリック・ダヴィッド意見書(甲第一〇号証)、クリストファー・グリーンウッド意見書(甲第一一号証)、モーリス・グリーンスパン陸戦の近代法(甲第二五号証)、戦争の新兵器から文民を保護するための条約草案二九条(甲第二六号証)参照)。 2 ヘーグ陸戦条約三条の解釈(一) 原判決は、ヘーグ陸戦条約の解釈に当たり、条約法条約は昭和四四年(一九六九年)に採択されたものであり、かつ、同条約四条本文には同条約は遡及しない旨が規定されているから、明治四〇年(一九〇七年)に締結されたヘーグ陸戦条約の解釈の直接の準則となるものではないと判示し、その適用を否定した。 しかし、条約法条約四条は、その本文において同条約の不遡及を規定してはいるが、その一方、そのただし書きにおいて、「ただし、この条約に規定されている規則のうち、この条約との関係を離れ国際法に基づき条約を規律するような規則のいかなる条約についての適用も妨げるものではない。」旨明記しているのみならず、条約解釈の一般的準則を規定する同条約三一条及び三二条は、同条約締結以前に既に確立していた国際慣習法を明文化したものであり、国際司法裁判所の判決等を通じて精密化したものであるから、右四条ただし書きにより、右三一条及び三二条の内容はヘーグ陸戦条約の解釈についても遡及適用されるべきものであり、右四条本文のみを根拠としてこれを否定することは不当である。 (二) ヘーグ陸戦条約の文理解釈について り、右三一条及び三二条の内容はヘーグ陸戦条約の解釈についても遡及適用されるべきものであり、右四条本文のみを根拠としてこれを否定することは不当である。 (二) ヘーグ陸戦条約の文理解釈について(1) 原判決は、条約解釈の手法として、まず、文理解釈によるべきであるとし、「…条約は、文脈により、かつ、その趣旨・目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従って解釈すべきであ(る)」と判示する。 しかし、右にいう「文脈」は、ヘーグ陸戦条約三条の条文だけではなく、広く同条約のすべての条文と前文及び附属文書たる五六箇条のヘーグ陸戦規則のすべてを意味するものと解すべきである。また、右にいう「趣旨・目的」は、同条約全体の趣旨・目的のほかに、同条約三条自体の趣旨・目的を問題とすべきところ、同条の趣旨・目的は、同条の条文自体から簡単に明らかになるものではなく、結局のところ、起草過程の文書を参照して初めて明らかにし得るのである。そして、ヘーグ陸戦条約三条の起草過程を参照した場合、同条の趣旨・目的が被害を受けた個人の救済にあることは、明らかである。 (2) また、原判決は、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈として、同条並びにヘーグ陸戦規則五二条及び五三条の条文上損害賠償ないし現品徴発の対価支払の相手方が明記されていないことを根拠として、これらの規定が直接被害者に対する損害賠償義務・対価支払義務を定めた規定であることを否定した。 しかしながら、ヘーグ陸戦条約三条を、「その文脈及び用語の通常の意味に従って解釈する」文理解釈によって、原判決のように、損害賠償請求権者に被害者個人を含まないと明確に解釈し、結論することは、大きな飛躍であり、文理解釈の範囲を逸脱している。すなわち、ヘーグ陸戦規則五二条の現品徴発の規定は、対価支払の相手方を明記していないが、それ 者に被害者個人を含まないと明確に解釈し、結論することは、大きな飛躍であり、文理解釈の範囲を逸脱している。すなわち、ヘーグ陸戦規則五二条の現品徴発の規定は、対価支払の相手方を明記していないが、それが住民等であることは明らかであり、また、不法行為を規定するフランス民法一三八二条やこれを継承した我が国の民法七〇九条、さらには国家賠償法一条には、賠償義務の相手方は直接表現されていないが、権利侵害を受けた者であることは明らかであって、解釈上疑問を生じない。したがって、ヘーグ陸戦条約三条の文言に責任を負うべき相手方に関する定めのないことから、損害賠償請求権者に被害者個人は含まないと「文理解釈」するのは、明らかに飛躍であり、せいぜい被害者個人を含むか否か明らかでないといえるにとどまるというべきである。 (3) 原判決は、また、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈として、同条は、同条約前文第五段落に表現された同条約全体の趣旨及び目的を実現するために、ヘーグ陸戦規則に違反した者の所属する国家に対して損害の賠償責任を課したものにすぎないと判示する。 しかし、ヘーグ陸戦条約前文に表現される同条約全体の趣旨及び目的と同条約三条の趣旨及び目的とは、必ずしも全く同じではない。同条約の前文に表現される条約全体の趣旨及び目的の基本の上に、さらに、三条独自の具体的な趣旨及び目的があるのであって、それは、前文の一般的表現には尽くされていない。この点は、同条の起草過程をみれば端的に解明されることであり、同条の趣旨及び目的は、同条約前文に表現される一般的内容にとどまらない。 (4) 以上のとおり、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈によっては、損害賠償請求権者に被害者個人を含むか否かは明確にし得ないのである。したがって、この点については、条約法条約三一条及び三二条に基づき、事後の ) 以上のとおり、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈によっては、損害賠償請求権者に被害者個人を含むか否かは明確にし得ないのである。したがって、この点については、条約法条約三一条及び三二条に基づき、事後の慣行すなわち実行例及び条約の起草過程等をも考慮して、解釈する必要があるのである。 (三) ヘーグ陸戦条約三条の起草過程からの解釈について原判決は、ヘーグ陸戦条約三条の起草過程でドイツ代表が提案したドイツ修正案中にあった「その者に対して賠償する」として損害賠償請求権の主体を戦争法規違反行為により損害を被った被害者とする文言が成案には織り込まれなかったことから、同条の損害賠償請求権の主体が被害者個人であることを否定した。 しかし、ヘーグ陸戦条約締結当時において、戦争法規違反行為の被害者が直接加害国に対して損害賠償請求権を有することは国際慣習法として確立されていた。右条約の起草過程でも、このことは当然の前提とされた上で、右ドイツ修正案において被害者に対する被害回復の措置が執られる時期を中立国所属の被害者の場合には交戦中としたのに対し、交戦相手国所属の被害者の場合には和平回復後として別異な取扱いをすることを承認していたことについて、参加各国の代表がその救済の時期をドイツ修正案のように別時期とすべきか同時期とすべきかを巡って討議したのであって、被害者個人の直接加害国に対する損害賠償請求権の存在自体が問題とされたり、ドイツ修正案の前記文言が賛否を含めて討議された形跡は全くない。このように起草過程で何ら問題とならず、かつ、各国代表の発言がドイツ修正案及び提案理由説明における被害者個人が損害賠償請求権を有することを当然の前提、共通の基礎としていたことを考慮すれば、ドイツ修正案の上記趣旨及び目的と採択されたヘーグ陸戦条約三条の趣旨及び目的とは、上記の 提案理由説明における被害者個人が損害賠償請求権を有することを当然の前提、共通の基礎としていたことを考慮すれば、ドイツ修正案の上記趣旨及び目的と採択されたヘーグ陸戦条約三条の趣旨及び目的とは、上記の範囲において同一であると解釈するのが相当である。 (四) また、原判決は、赤十字国際委員会が刊行した昭和二四年(一九四九年)ジュネーブ条約についての解説書の記述を根拠として、ヘーグ陸戦条約三条が被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を規定したものではない旨判示した。 しかし、右解説書は、被害者個人が加害国に対して訴訟を提起することは、「少なくとも現存の法律制度の下においては」想定し難いことであり、そうした請求は国のみが他国に提出することができる旨記述するものであり、右記述は、当時が第二次世界大戦後まだ間もなく、かつ、冷戦が始まった時期であることを踏まえて、そのような国際情勢の下では、被害者が個人として加害国に対して訴訟を提起することは実際上極めて困難であるという以上に事実上想定し難く、したがって、そうした請求は被害国のみが加害国に対してすることができると述べているのであって、その文脈からすれば、国際法上の被害者の加害国に対する損害賠償請求権の存在を前提として、その現実においては、被害者の所属国が請求することが実際的であるとするものである。 右の点につき、クリストファー・グリーンウッド意見書(甲第一一号証)は、国際法は国家間に適用される規則の体系であり、これらの規則は個人に適用されることはなく、特に個人に対して権利を与えることはできず、個人が帰属する国家に対してのみこれを与えることができると説かれるのが伝統的なアプローチであったが、国際人道法の発展と個人が直接アクセスすることのできる裁判所の成長に伴い、この伝統的アプローチは今日では遙 帰属する国家に対してのみこれを与えることができると説かれるのが伝統的なアプローチであったが、国際人道法の発展と個人が直接アクセスすることのできる裁判所の成長に伴い、この伝統的アプローチは今日では遙かに重要でなくなったと述べている。また、昭和二四年(一九四九年)ジュネーブ条約については、昭和五二年(一九七七年)に追加議定書が採択され、同追加議定書九一条には、ヘーグ陸戦条約を含む戦争の国際法が定める義務は、国家間に限られることなく、個人に対しても義務を課し権利を与える旨の文言が挿入され、しかも、これに関する赤十字国際委員会のコメンタリーも、締約国は諸条約及び追加議定書の諸規則違反の犠牲者の補償請求権を否定することはできない旨明言している。 したがって、赤十字国際委員会の前記解説書の記述をもって、ヘーグ陸戦条約三条は被害者個人に加害国に対する損害賠償請求権を与えていないと解する根拠とすることは、正しくない。 (五) 被控訴人は、条約の解釈は原則として発効時の解釈規則によるべきであるから、ヘーグ陸戦条約三条の解釈は同条約発効時(明治四三年(一九一〇年))の解釈規則で行なわれなければならない旨主張する。 しかし、ヘーグ陸戦条約は、その前文に、「一層完備シタル戦争法規ニ関スル法典ノ制定セラルルニ至ル迄ハ、締約国ハ、其ノ採用シタル条規ニ含マレサル場合ニ於テモ、人民及交戦者カ依然文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求ヨリ生スル国際法ノ原則ノ保護及支配下ニ立ツコトヲ確認スルヲ以テ適当ト認ム」とのいわゆるマルテンス条項(第一回ヘーグ国際平和会議(明治三二年(一八九九年))のロシア代表マルテンスの名にちなむもの)を有している。したがって、他の条約はともかく、ヘーグ陸戦条約等マルテンス条項を有する条約文の解釈は、戦争形態の変化や戦争技 和会議(明治三二年(一八九九年))のロシア代表マルテンスの名にちなむもの)を有している。したがって、他の条約はともかく、ヘーグ陸戦条約等マルテンス条項を有する条約文の解釈は、戦争形態の変化や戦争技術の進歩、人道・人権意識の高まり、違法行為に対する国際的対処方法の向上、損害に対する国際・国内の両面での救済メカニズムの改善等社会的変化に柔軟に対応してされるべきことが本来予期・期待されていたものであり(広瀬善男意見書(第一部)(甲第四四号証))、被控訴人の前記主張は、マルテンス条項の存在意義を全く無視するものである。 3 加害国による被害者個人に対する直接損害賠償の実行例(一) 原判決は、ヘーグ陸戦条約三条の解釈のための実行例について、これをヘーグ陸戦条約三条の解釈に基づく被害者個人の加害国に対する損害賠償請求を認容した実行例あるいは条約又は国際慣習法に基づく被害者個人の加害国に対する損害賠償請求を認容した実行例と定式化した上、これらの損害賠償請求が加害国の国内裁判所において認容された事例を探索し、その結果、ヘーグ陸戦条約三条に基づく被害者個人の加害国に対する損害賠償請求を認容した実行例が存在する事実は認められない旨判示した。 しかしながら、実行例を裁判例に限定して検討することは狭きに失する。実行例は、締約国の意思ないし締約国による条約の解釈を確認するためのものであるから、ここで探索されるべき実行例は、軍隊構成員がヘーグ陸戦条約及びヘーグ陸戦規則違反行為をした場合に加害者の所属する加害国に対する被害者個人の損害賠償請求権が発生するとの法理を実行した例であるべきであり、殊更にこの請求権が加害国の国内裁判所で容認された裁判例に限定すべき理由は全くなく、以下のとおり、裁判外の事例等も含めて広く検討されるべきである。 (1) 裁判例と を実行した例であるべきであり、殊更にこの請求権が加害国の国内裁判所で容認された裁判例に限定すべき理由は全くなく、以下のとおり、裁判外の事例等も含めて広く検討されるべきである。 (1) 裁判例としては、まず、昭和二七年(一九五二年)四月九日のドイツ・ミュンスター行政控訴裁判所判決(甲第二九号証)がある。原判決は、これを、ヘーグ陸戦条約三条を直接適用して同条に基づいて被害者の損害賠償請求を認容したものであるか否か明らかでないとして、実行例とは認めなかった。しかし、原判決は、同時に、右ミュンスター行政控訴裁判所判決は、ヘーグ陸戦条約三条が過失の有無を問わず非物質的損害についての賠償責任を認めていることを前提として、同条の法理に従って損害賠償を被害者に認めた事例であることを認めているのであるから、右判決は実行例として十分であり、仮に原判決のように実行例を加害国国内裁判所における実行例に限定したとしても、加害国の国内裁判所の実行例が存在しないとした原判決は、誤りであるというほかない。また、前記パケット・ハバナ号事件に対する明治三三年(一九〇〇年)一月八日の米国連邦最高裁判所判決(甲第一九号証参照)、エジプト会社対英国貿易省事件に対する大正一三年(一九二四年)七月一五日の英国控訴院判決(甲第二一号証参照)及びエピルス島事件に対する昭和元年(一九二六年)ころのアテネ控訴裁判所判決(甲第二二号証参照)等も、いずれも、国際法に基づき被害者個人の加害国に対する損害賠償請求を認めたものである。 (2) 占領軍政府が占領地域の被害者(住民)からの直接請求に基づき損害賠償をした実行例としては、第二次世界大戦時、英・米・仏が占領するドイツにおいて、占領軍兵士のヘーグ陸戦条約違反を含む不法行為について、被害者からの請求を取り扱う組織と手続を作り上げてその支払を 害賠償をした実行例としては、第二次世界大戦時、英・米・仏が占領するドイツにおいて、占領軍兵士のヘーグ陸戦条約違反を含む不法行為について、被害者からの請求を取り扱う組織と手続を作り上げてその支払を行ったことがある。米国においては、米国陸海軍軍政民事マニュアル(昭和一八年(一九四三年)一二月二二日FM二七ー五、NАV五〇Еー三)(甲第六〇号証)において、この場合の処理について、軍政長官は損害賠償請求処理委員会を設置しなければならない旨規定している。 (3) 占領軍司令官が直接被害者(住民)に対して損害賠償をした実行例としては、日露戦争における日本陸軍第一軍(黒木軍)が満州鳳凰城付近で過失により民家を焼いた事例について、被害者に対して賠償金を支払った実行例がある。 (4) 国際的武力紛争に伴う賠償問題の従来の戦闘行為・占領終了後の解決方式は、①混合請求権委員会、②混合仲裁裁判所、③一括支払による解決と国内委員会による分配、④国内裁判所における訴訟及び⑤ベルサイユ講和条約に基づく賠償委員会の五つに類型化される。①は、一七九四年のジェイ条約に始まり、一九世紀には約三〇の委員会が設置され、第一次世界大戦後は、ベルサイユ講和条約を批准しなかった米国とドイツ間に設置された。混合請求権委員会は、通常紛争当事国の両政府各代表に第三国代表を加えた三名で構成され、両国政府は、自国民の個別請求を提示し、委員会での合議決定に基づいて両国政府が支払額を決定するものである。②は、ベルサイユ講和条約三〇四条に基づいて設置された一一の混合裁判所がこれに相当し、イラン革命及び在イラン米国大使館占拠事件に際して設置されたイラン・米国請求権裁判所もこれに属する。混合仲裁裁判所は、紛争当事国及び第三国から選出される各一名、計三名の裁判官により構成されるが、被害者が裁判所に 在イラン米国大使館占拠事件に際して設置されたイラン・米国請求権裁判所もこれに属する。混合仲裁裁判所は、紛争当事国及び第三国から選出される各一名、計三名の裁判官により構成されるが、被害者が裁判所に直接請求を提出する。③は、固定額の支払を紛争当事国政府間で合意し、その分配は被害国の国内委員会にゆだねる方法であり、第二次世界大戦後の多くの一括支払協定がこの方式を採用した。④は、加害国政府を被告として加害国の国内裁判所による国際紛争の事後処理を図るものである。⑤のベルサイユ講和条約に基づく賠償委員会は、連合国及び関連国政府の代表により構成され、各連合国及び関連国は、委員会に賠償請求を提出してその審査を求め、委員会は、違法行為を決定し、賠償額を査定して、ドイツに損害額の支払を命じ、受領した金銭を請求国政府に支払い、各政府はこれを自国民に分配した。これらの方式は、いずれも、加害国から被害者個人に対する損害賠償が行われることを当然の原則としている。そして、これを実行するために、①では被害者の損害額を考慮してその個別請求を被害国政府を通じて受領し、②では被害者からの直接請求を認め、④も被害者からの請求を前提とし、③及び⑤では一括金額の算出には被害者に対する賠償金の積算が行われることが少なくとも法理上前提とされていたのであり、これらは、被害者の損害賠償請求権を肯定したその国家実行とみるのがむしろ自然である。 (5) 国連での実行例としては、第二次世界大戦後に行われた実行例のほか、最近では、イラクのクエート侵攻について、平成三年(一九九一年)四月三日に国連安保理決議六八七で決定された国連補償委員会の創設がその典型例である。これは、被害者(自然人又は法人)に加害国イランに対する請求権を認め、被害者が所属する被害国又は国際機関がその代理人として国連補償委 理決議六八七で決定された国連補償委員会の創設がその典型例である。これは、被害者(自然人又は法人)に加害国イランに対する請求権を認め、被害者が所属する被害国又は国際機関がその代理人として国連補償委員会に請求を付託し、しかも、被害者が政府に提出した請求書はほぼそのまま自動的に国連補償委員会に一括付託され、また、補償金が政府の手にとどめられることなく被害者に交付されることを確保する手続を定めている。 (6) 被害国の国内裁判所において被害者の損害賠償請求が認められた実行例としては、昭和一九年(一九四四年)一〇月ギリシャ国内で占領ドイツ軍が行った残虐行為(殺人・財産破壊)により被った物質的損害について被害者(住民)からドイツ国を被告としてされた損害賠償請求につき、ギリシャのレイヴァディア地方裁判所が平成九年(一九九七年)一〇月三〇日にした判決がある。右判決は、右残虐行為をヘーグ陸戦条約三条及びヘーグ陸戦規則四六条違反行為であり、ギリシャは同条約を批准していないが、右残虐行為当時同条約はギリシャ及びドイツを拘束する国際慣習法となっていたことを認めた。 (二) したがって、ヘーグ陸戦条約締結当時ないし本件各加害行為当時、ヘーグ陸戦規則違反行為により損害を被った被害者個人の加害国に対するヘーグ陸戦条約三条又は条約若しくは国際慣習法に基づく損害賠償請求を認容した実行例が存在することは明らかである。 四被控訴人の反論被控訴人の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決六四頁二行目から同七四頁九行目までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。 1 ヘーグ陸戦条約等国際法における個人の法主体性(一) 国際法は、国家と国家との関係を規律する ほかは、原判決六四頁二行目から同七四頁九行目までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。 1 ヘーグ陸戦条約等国際法における個人の法主体性(一) 国際法は、国家と国家との関係を規律する法であり、第一義的には国家間の権利義務を定めるものであるから、国際法が個人の権利を保護・確保する趣旨で個人の権利に関する規定を置いたとしても、それは、国家が他の国家に対して国際法規で規定した個人の権利を保護することを約しているにすぎず、そこに規定されているのは、直接的には、国家と他の国家との国際法上の権利義務である。したがって、国際法規が個人の権利に関する規定を置いたからといって、そのことのみをもって、個人に国際法上の法主体性が付与されたということはできない。個人が国際法上の法主体として認められるためには、個人が当事者として自らその権利を行使することのできる適格(請求の主体としての資格)を特別に認められており、かつ、これを実現するための手続が国際法上認められていることが必要である。 (二) 控訴人らの戦争法規における個人の法主体性に関する主張は、戦争法規の行為規範としての性格ないし人道主義的性格を強調するものであるが、しかし、だからといって、戦争法規について国家責任に関する国際法の一般原則を適用することができないとすることは、その根拠を欠く。すなわち、国際法の沿革を遡れば、戦争法規こそが国際法の出発点というべきものであり、一般国際法の基本原則は戦争法規のそれと異なるものではなく、戦争法規は一般国際法に比して特別な性格を有するものではない。 また、戦争法規が人道主義に基づく条約であるという理由だけで、当然に個人に国際法上の法主体性が認められるわけではない。例えば、大正一三年(一九二四年)にストックホルムで開催された万国国際法協会大会において 戦争法規が人道主義に基づく条約であるという理由だけで、当然に個人に国際法上の法主体性が認められるわけではない。例えば、大正一三年(一九二四年)にストックホルムで開催された万国国際法協会大会において採択された空戦規則案では、空戦規則及び空戦関係の法規慣例違反に対する制裁として、交戦国人はその加えた損害の賠償義務を負うが、その賠償は被害者の属する被害国がヘーグの常設国際司法裁判所に提起して決すべきものとの規定(一三条)が設けられた。この空戦規則案からすると、当時の国際法学会では、戦争法規の分野においても、被害者個人の損害について加害国に対して損害賠償を求め得るのは被害国であるというのが一般的な見解であったことが明らかである。 さきに述べた国際法の基本構造に照らせば、戦争法規においても、国際法の一般原則が妥当するのであり、個人が法主体性を認められるためには、条約に個人の権利が規定されるだけではなく、個人が国際法上当事者として自ら直接その権利を行使することのできる資格が特別に定められていることが必要である。そして、その実現手続は、国際法上明示的に定められた手続のほか、ダンチッヒ裁判所の管轄権に関する常設国際司法裁判所の勧告的意見(一九二八年三月三日)で示されたように、条約で明示的に管轄権を国内裁判所に付与することによることもできるが、いずれにしても、明示的な定めが必要である。 (三) 控訴人らは、原判決が、被害者の救済はその者の所属する被害国が外交保護権を行使して加害国に損害賠償を請求することによりされる旨判示したことについて、まず、外交保護権が行使されるのは、被害者がその前提として加害国内の国内的救済手段を尽くした場合だけである旨主張する。 しかし、国内的救済の原則とは、被害者の所属する被害国が外交保護権を行使するためには 保護権が行使されるのは、被害者がその前提として加害国内の国内的救済手段を尽くした場合だけである旨主張する。 しかし、国内的救済の原則とは、被害者の所属する被害国が外交保護権を行使するためには、その前に被害者が加害国の実体法に基づく国内的救済手続を尽くすべきであるとする原則であるが、それは、加害国の国内法上救済規定が存在していて、国内的救済が受けられる場合にはまずそれを求めるべきであるとするものにすぎず、このことと被害者個人が加害国に対して何らかの実体的な請求権を有しているか否かとは全く別の問題である。したがって、右原則は、被害者が何らかの実体的な請求権を有することの根拠となるものではない。 また、控訴人らは、国際法違反行為により個人が損害を被った場合、被害者の損害と被害国の損害とは別のものであり、被害国の損害は被害者の損害をその一つの尺度とするにすぎないなどとして、被害者に国際法上の法主体性を認めるべきである旨主張する。 しかし、被害国の損害が被害者個人の損害をその尺度の一つとするからといって、直ちに、被害者個人に加害国に対する損害賠償請求権が認められることにはならないから、この点を論ずる意味はない。 (四) 控訴人らは、戦争法規違反行為を犯した違反者(加害者)を捕らえた被害国はその違反者を国内法上の機関において処罰することができるが、その場合に適用される実体法は国際法である戦争法規であるとして、そのことをもって、戦争法規が被害者個人に法主体性を認めた証左である旨主張する。 しかし、被害各国の軍事裁判所において戦争法規違反を根拠として加害者を処罰した例はあるが、その処罰の根拠が国際法にあるのか当該被害国の国内法にあるのかは不明であって、右のような例をもって、直ちに、国際法の適用により処罰された事例と断定することはできない して加害者を処罰した例はあるが、その処罰の根拠が国際法にあるのか当該被害国の国内法にあるのかは不明であって、右のような例をもって、直ちに、国際法の適用により処罰された事例と断定することはできない。ニュールンベルグ裁判や東京裁判では、個人が戦争法規違反で処罰されたが、これは、国際法であるロンドン協定及びこれに付属する国際軍事裁判条例や極東国際軍事裁判所条例に基づいて国際刑事裁判管轄が定められ、右各条例に定められた違反者を処罰したものであり、そのような特別な国際手続が定められたことにより、加害者が処罰の対象(客体)とされたものであるから、右処罰事例をもって、これが戦争法規の一般原則であり、国際法上個人が法主体性を認められることの証左とすることはできない。 控訴人らは、また、ダンチッヒ裁判所の管轄権に関する常設国際司法裁判所の昭和三年(一九二八年)三月三日の勧告的意見を援用して、常設国際司法裁判所は、早い時期に、条約・協定など国家を当事者とする国際的取決めで何ら出訴手続などが規定されていなくても、個人が直接援用することのできる権利義務を規定することができると判断していると主張する。 しかし、常設国際司法裁判所の右勧告的意見は、締約国の意思によれば、職員協定の目的は、ポーランド鉄道局と常時その勤務に移ったダンチッヒ自由市の鉄道の職員、従業員及び労務者との間の関係に適用される特別の法的制度を創設するにあったとし、ダンチッヒ鉄道の職員等がポーランドに引き継がれた日である一九二一年一二月一日にポーランド鉄道局とダンチッヒ自由市とが交わした「ポーランド鉄道局に対するダンチッヒ鉄道の移転に関する覚書」において、締約国が同日以降完全に実施されることを承認した協定等の一つとして、職員協定等と並んで、一九二一年九月五日の国際連盟高級委員ヘイキング ンド鉄道局に対するダンチッヒ鉄道の移転に関する覚書」において、締約国が同日以降完全に実施されることを承認した協定等の一つとして、職員協定等と並んで、一九二一年九月五日の国際連盟高級委員ヘイキング将軍の決定が掲げられていること、同決定が「自由市の領土内のポーランド鉄道局に関するすべての問題は、ダンチッヒの民事・刑事裁判所の管轄に属する。ポーランド鉄道局は、自由市の領土内は何ら主権を有しない。」と言明していることを挙げて、職員協定に基づくダンチッヒ鉄道職員の請求についてダンチッヒ裁判所は管轄権を有すると判断したものである。すなわち、常設国際司法裁判所の右勧告的意見は、国際協定である職員協定及び右覚書において個人に国際法上の権利を付与することとそれを実現する手続についての合意がされていると判断したものであり、控訴人らの主張とは逆に、被控訴人の主張が正当であることを根拠付ける事例と評価することができる。 2 ヘーグ陸戦条約三条の解釈(一) ヘーグ陸戦条約一条は、「締約国ハ、其ノ陸軍軍隊ニ対シ、本条約ニ付属スル陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則ニ適合スル訓令ヲ発スヘシ」と規定し、ヘーグ陸戦規則の適用は、締約国において各国陸軍に訓令を発する義務を課することにより実現する方式を採用しており、これは、国家間に相互に義務を課し、国家間の権利義務を定めることによって条約の実現を図ろうとする国際法の基本原則に沿うものであって、ヘーグ陸戦条約三条は、右のように締約国が訓令を発することにより実現することとした条約の実施につき、その履行を確保する一手段として、違法行為に対する伝統的な国家責任を規定したものと解するほかない。そして、同条約中には、加害国に対する損害賠償請求権を被害者個人に付与することを示唆する規定や文言は、全く存しない。すなわち、ヘーグ陸戦条約三条は、そ 伝統的な国家責任を規定したものと解するほかない。そして、同条約中には、加害国に対する損害賠償請求権を被害者個人に付与することを示唆する規定や文言は、全く存しない。すなわち、ヘーグ陸戦条約三条は、その文言上、被害者が直接自己の権利を主張するための国際法上の手続を定めていないばかりでなく、そもそも、被害者の国際法上の権利一般について何ら言及していないのである。したがって、ヘーグ陸戦条約三条は、その文理自体からしても、国家間の国家責任を定めたものにすぎず、被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を定めたものではないと解釈するほかなく、このような解釈は、昭和二七年(一九五二年)の赤十字国際委員会の見解によっても支持され、我が国の裁判例においても広く採用されている立場である。 (二) ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈についての控訴人らの主張に対する反論(1) ヘーグ陸戦条約前文第五段落について右前文第五段落が交戦者の行為規範として設定した「右条規」は、その文言上、前の段落に記載の一八九九年ヘーグ陸戦規則をいうことが明らかであり、ヘーグ陸戦条約三条を含まない概念である。しかも、右前文第五段落にいう「戦争ノ惨害ヲ軽減スル」ことと被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を認めることとは、直接の関連を有するものではない。確かに、被害者個人に加害国に対する直接の損害賠償請求権を認めることは、「戦争ノ惨害ヲ軽減スル」方法の一つとなり得るが、現実には、戦争による被害は、広範囲の不特定かつ多数の者に広がるのが通常であり、かかる戦争被害の実態に照らせば、被害者の所属する国家(被害国)が相手国(加害国)に対して一体的かつ統一的に損害賠償を請求し、それに従って支払われた賠償金を国内手続に従って被害者各人に支払うことの方が、被害者個人間の衡平を図ることができる 所属する国家(被害国)が相手国(加害国)に対して一体的かつ統一的に損害賠償を請求し、それに従って支払われた賠償金を国内手続に従って被害者各人に支払うことの方が、被害者個人間の衡平を図ることができるものといえる。したがって、ヘーグ陸戦条約前文第五段落が「戦争ノ惨害ヲ軽減スル」ことを同条約の指導原理としていることから、右文言をもって右条約三条の解釈基準とし、同条が被害者個人の加害国に対する直接の損害賠償請求権を認めた規定であると解釈することは、誤りであるといわざるを得ない。 (2) 文脈からする解釈についてヘーグ陸戦条約前文第五段落は、「右条規」すなわち一八九九年ヘーグ陸戦規則が「人民トノ関係ニ於テ」も交戦者の行為規範となることを明示しているのに対し、同条約三条は、「交戦当事者ハ…之カ賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス」と規定するのみで、「人民トノ関係ニ於テ」というような文言を置いていないし、同条約二条は、「第一条ニ掲ケタル規則及本条約ノ規定ハ…締結国間ニノミ之ヲ適用ス」と規定し、同条約七条は、「本条約ハ…諸国ニ対シテハ、其ノ効力ヲ生スルモノトス」と規定している。もとより、個人の権利行使を認めるための手続は、定められていない。したがって、文脈からすれば、右三条が被害者個人の加害国に対する直接の損害賠償請求権を認めたものでないことは、明らかである。 (3) 趣旨及び目的からする解釈についてヘーグ陸戦条約三条は、ドイツ代表の提案を契機としてできたものであるが、この提案は、ヘーグ陸戦規則をいかに実効的に履行するかという議論の流れの中で出されたものであって、同条は、違反行為によって損害が生じた場合に国家が責任を負うということで履行を確保しようとしたものであった。すなわち、同条は、ともかくも、加害国に賠償責任を負わせることに主眼があったの のであって、同条は、違反行為によって損害が生じた場合に国家が責任を負うということで履行を確保しようとしたものであった。すなわち、同条は、ともかくも、加害国に賠償責任を負わせることに主眼があったのであり、責任を負う相手方がだれであれ、国家責任が認められれば、右の意図は十分に達成されるのである。したがって、ヘーグ陸戦条約の趣旨及び目的から同条約三条が被害者個人の加害国に対する直接の損害賠償請求権を認めたものと解釈することができないことも、明らかである。 (4) 控訴人らは、ヘーグ陸戦規則五二条の現品徴発の規定が住民等を対価支払の相手方にしていることをもって、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈として同条を国家間の賠償責任を定めたにすぎないと解することは論理の飛躍がある旨主張する。 確かに、ヘーグ陸戦規則五二条三項に規定する対価支払の相手方は住民等であると解することができるが、同条項が住民等への対価支払について規定しているからといって、そのことから直ちに、ヘーグ陸戦条約三条が被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を認め、被害者個人に国際法上の法主体性を認めた規定であると解することはできない。国際法の一般的な理解からすれば、ヘーグ陸戦規則五二条三項の規定は、締約国が他の締約国に対して自国(加害国)の占領軍をして徴発の相手方となった住民等に対してなるべく即金をもって対価支払をさせることを約した規定であり、国家間の権利義務を定めた規定と解される。そのことは、仮に占領軍が対価支払を履行しない場合に住民等がその権利を侵害されたとして国際法上その救済を求めるための手段・制度が設けられていないことからも、窺うことができる。したがって、ヘーグ陸戦規則五二条三項の規定から、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈として同条が被害者個人に加害国に対する損害賠償請求権を ための手段・制度が設けられていないことからも、窺うことができる。したがって、ヘーグ陸戦規則五二条三項の規定から、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈として同条が被害者個人に加害国に対する損害賠償請求権を付与したものとする解釈を導くことはできない。 (5) 控訴人らは、我が国を始めとする各国民法の不法行為責任を定めた規定及び我が国の国家賠償法の規定には損害賠償請求権の主体が明記されていないにもかかわらず、その主体は被害者個人であると解されていることを理由に、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈として、同条を国家間の賠償責任を定めたにすぎないと解することには、論理に飛躍があり、文理解釈の範囲を逸脱していると主張する。 しかし、そもそも、民法の不法行為規定は私人相互間の法律関係を、国家賠償法は国家又は公共団体と私人との間の法律関係をそれぞれ規定するものであるから、損害賠償請求権の主体が明記されていないとしても、それが損害を被った私人であることは、理の当然である。これに対し、国際法である条約は、前記のとおり、原則として国家間で締結される合意であり、国家間の権利義務を定めるものであるから、いわゆる国家責任が問題となる場合にも、その損害賠償請求権の主体は国家とされるのである。そうであるから、ヘーグ陸戦条約三条に損害賠償請求権の主体が明示されていない以上、それは国家(被害国)であると解するのが当然である。 (三) 控訴人らは、ヘーグ陸戦条約三条の起草過程において、ドイツ修正案の文言中には「その者に対して賠償する」とあった、ドイツその他各国代表の発言は明らかに被害者個人を損害賠償請求権の主体としていた、採択されたヘーグ陸戦規則五二条及び五三条の審議過程では加害国から直接被害者個人に対する損害賠償の支払が当然とされていた等を挙げて、右の起草過程からしてヘーグ陸 人を損害賠償請求権の主体としていた、採択されたヘーグ陸戦規則五二条及び五三条の審議過程では加害国から直接被害者個人に対する損害賠償の支払が当然とされていた等を挙げて、右の起草過程からしてヘーグ陸戦条約三条は被害者個人が直接加害国に対して損害賠償請求権を有することを規定したものと解すべきである旨主張する。 (1) しかし、条約文の審議経過や提案者の意図といったものは、条約文があいまい又は不明確等の場合に補足的な解釈手段として例外的に利用されるにすぎず、ヘーグ陸戦条約三条のように、条約の文理解釈において国家間の権利義務を定めていることが明らかで、また、国家実行上もそれが裏付けられている場合には、そのような事情をあえて考慮する必要はなく、控訴人らが主張するように起草過程を殊更重視してその解釈を行う必要はない。 (2) 次に、念のため、明治四〇年(一九〇七年)に開催された第二回ヘーグ国際平和会議におけるヘーグ陸戦条約三条の起草過程をみてみる。まず、控訴人らは、右起草過程における各国代表の発言が被害者の救済を念頭に置いていることをとらえて、そのことのみから、同条の起草過程においては被害者の損害賠償請求権を認めるものとして審議されていたと主張するが、これは誤りである。国際法においては、国家間に権利義務を課することにより被害者個人の救済をも図ることがあるが、前記のとおり、国際法規が被害者個人の救済を念頭に置いていると考えられる場合でも、被害者個人の救済は国家間に権利義務を課すという形で間接的に図られるとするのが、国際法の基本的な構造である。 このような観点からすれば、特定の条約が被害者個人の救済を目的とする趣旨であっても、これをもって直ちに、被害者に国際法上の法主体性を認め、被害者個人を損害賠償請求権の主体として定めているということはできないの 観点からすれば、特定の条約が被害者個人の救済を目的とする趣旨であっても、これをもって直ちに、被害者に国際法上の法主体性を認め、被害者個人を損害賠償請求権の主体として定めているということはできないのであって、ヘーグ陸戦条約三条の起草過程を検討するに当たっても、単に同条が被害者個人の救済を図る目的を持つか否かを検討するにとどまるのではなく、更に進んで、被害者個人に加害国に対する国際法上の損害賠償請求権を認めるという例外的な法政策を採用しようとしていたか否かという観点から検討されなければならない。右の観点から右起草過程を検討すると、まず、そもそも、ヘーグ陸戦条約が締結された一九〇七年当時、「個人は国際法の客体である」とする見解が通説であり、しかも、オッペンハイムも言うように、戦争法規違反行為による損害について賠償(補償)を行うという確立したルールはなかった。すなわち、国家責任自体が認められていなかったのである。個人が国際法上の主体として登場するのは、第一次世界大戦後の混合仲裁裁判所設置以降のことであり、それ以前のヘーグ陸戦条約締結当時においては、個人が国際法上法主体性を持つということ自体が考えられていなかったのである。 そして、現に、右条約三条についてのドイツ修正案中には、「その責任、損害の程度、損害の支払方法の決定に当たっては、中立の者と敵国の者で区別し、中立の者が損害を受けた場合は、交戦行為と両立する最も迅速な救済を確保するために必要な措置を講じるべきであろう。一方、敵国の者については、賠償の問題の解決を和平の回復の時まで延期することが必要不可欠である。」とする部分があり、右の「その責任、損害の程度、賠償の支払方法の決定」、「賠償の問題の解決を和平の回復の時まで延期する」との表現は、賠償問題が国家間において解決される問題であることを明確にし ある。」とする部分があり、右の「その責任、損害の程度、賠償の支払方法の決定」、「賠償の問題の解決を和平の回復の時まで延期する」との表現は、賠償問題が国家間において解決される問題であることを明確にしていると考えられる(なお、「支払方法の決定」との文言からは、判決の執行による一義的な支払方法による裁判所における解決は念頭に置かれていないことが、明らかである。)。また、ドイツ代表の提案に対しては、敵国の者と中立国の者との区別を設けた点で議論があったが、スイス代表は、「中立の者に対する賠償の支払は、責任ある交戦国が被害者の国とは平時にあり、また、平和な関係を維持しており、両国はあらゆるケースを容易かつ遅滞なく解決し得る状態にあるため、大抵の場合、即時行い得るであろう。…賠償請求権は、中立の者と同様各々の交戦国の者についても生ずるが、交戦国同士の間での賠償の支払は、和平を達成してからでなければ決定し実施することはできないであろう。」と発言しており、明らかに賠償の支払が国家間で行われていること、換言すれば、被害者に対する関係では外交保護権の行使によって解決されるべきことを前提としていた(また、スイス代表は損害賠償責任に関する規定を国際的制裁規定と理解していたことも、明らかである。(乙第三号証))のであり、このスイス代表の発言に対して、ドイツ代表は、謝意を表しているのである(乙第四号証)。 その上、右起草過程では、被害者個人に生じた損害の救済をいかなる方法で具体化し実現していくかの発言は、全くなかった。 したがって、ヘーグ陸戦条約三条の起草過程においては、会議参加者は「個人は国際法の客体である」という当然の公理を前提に会議に臨んでいたと考えるのが自然であり、同条により被害者個人に加害国に対する損害賠償請求権を認めるという認識はなかったとみるほかない。控 参加者は「個人は国際法の客体である」という当然の公理を前提に会議に臨んでいたと考えるのが自然であり、同条により被害者個人に加害国に対する損害賠償請求権を認めるという認識はなかったとみるほかない。控訴人らの主張は、正確な事実認識を欠くものであり、失当である。 (3) なお、控訴人らは、ヘーグ陸戦規則五二条及び五三条の審議過程から被害者個人への損害賠償の支払は当然の前提となっていた旨主張する。 しかし、本件で問題とすべきは、行為規範であるヘーグ陸戦規則が個人の私権を保護しようとしているか否かではなく、個人の私権が侵害された場合の事後的な保護の在り方であり、ヘーグ陸戦条約三条自体の解釈において、従来の外交保護権の行使とは別に、被害者個人が加害国に対する直接の損害賠償請求権を有するものと規定されていると解釈できるか否かである。この問題を区別することなく、一括して被害者(住民等)の権利性を論ずる控訴人らの右主張は、失当である。 (四) マルテンス条項について控訴人らは、ヘーグ陸戦条約三条に基づき個人に加害国に対する損害賠償請求権を認めるべきであるとの主張の根拠として同条約前文に置かれたいわゆるマルテンス条項を援用する。 しかしながら、マルテンス条項にいう「其ノ採用シタル条規」とは、交戦者の行動規範を示したヘーグ陸戦規則の規定を指すものである。このことは、マルテンス条項が「締約国ハ、採用セラレタル規則ノ第一条及第二条ハ、特ニ右ノ趣旨ヲ以テ之ヲ解スヘキモノナルコトヲ宣言ス」として、ヘーグ陸戦規則の一条及び二条(交戦者資格に関するもの)に特に言及していることからも、明らかである。すなわち、ヘーグ陸戦条約三条の解釈原則としてマルテンス条項が働くことは、予定されていなかったのである。 このように、マルテンス条項は、軍の行動規範に 特に言及していることからも、明らかである。すなわち、ヘーグ陸戦条約三条の解釈原則としてマルテンス条項が働くことは、予定されていなかったのである。 このように、マルテンス条項は、軍の行動規範に関する解釈原則として把握されており、この条項によって、核兵器を始めとする新兵器あるいはゲリラ戦等の新しい戦争手段・事態の適法・違法の評価が、条約に明文の規定を欠いていても、法的に可能になったとされている。 したがって、マルテンス条項を援用して、ヘーグ陸戦条約締結時に認められていなかった個人の国際法上の損害賠償請求権がその後認められるに至ったというような解釈を採ることは、許されない。 3 加害国による被害国に対する直接損害賠償の実行例(一) 控訴人らは、原判決が被害者個人が直接加害国に対して損害賠償請求をすることができるのは、加害国と被害国との間で混合仲裁裁判所を設置し、そこで右の請求権を確定し、被害者に直接金銭賠償をする合意がされた例外的な場合である旨判示したことに対し、国際法上個人に権利が認められるためには、特別の手続規定は不要である旨種々の事例を挙げて主張する。 しかし、前記国際法の基本原則に照らせば、国際法上個人に権利が付与されたか否かは、国際法上個人に請求権の主体として行動することのできる権能が付与されたか否かという観点から検討されなければならない。そして、これが肯定される場合にはその請求権の実現のための手続規定が設けられることになるから、このような手続規定が存在するか否かは、個人の国際法上の法主体性を検討する上で重要な着眼点になる。原判決は、右の理解に立つものであり、そこに述べられた国際法の基本原則は国際法の通説・裁判例に沿ったものである。控訴人らの挙げる実行例は、いずれも、次に述べるとおり本件に適切な事例ではない。す る。原判決は、右の理解に立つものであり、そこに述べられた国際法の基本原則は国際法の通説・裁判例に沿ったものである。控訴人らの挙げる実行例は、いずれも、次に述べるとおり本件に適切な事例ではない。すなわち、ドイツ・ミュンスター行政控訴院判決は、控訴人らの主張自体からしても、ヘーグ陸戦条約三条を直接の根拠として加害国の被害者に対する損害賠償責任を認めたものでないとする結論自体は否定できず、同条の実施に係る事例ということはできない。また、控訴人らが主張する日露戦争における旧日本陸軍の住民に対する賠償金支払例についても、仮にそのようなことがあったとしても、これが被害者個人が我が国に対して国際法ないし国際慣習法等の法的根拠をもって請求し、旧日本陸軍が被害者個人に対する国際法上の賠償義務を認めて賠償金を支払った事例と断定することができないものである。 (二) 控訴人らは、ヘーグ陸戦条約等の国際人道法規則違反行為の被害者が加害者(軍構成員)所属の加害国に対して損害賠償請求権を有するとの法理は、多くの国家実行において採用され実施されたとし、その実行例として、混合仲裁裁判所、混合請求権委員会等の例を挙げる。 しかし、ヘーグ陸戦条約三条が被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を定めたことを根拠付ける実行例を挙げるのであれば、ヘーグ陸戦規則違反行為によって被害を被った被害者個人が加害国に対して直接損害賠償請求権を行使し、加害国がその義務を履行して賠償金を支払うべきことを内容とする実行例でなければならない。この観点からすると、ヘーグ陸戦条約締結後今日に至るまでの間同条約三条に基づいて被害者個人に対する損害賠償が実行されたことがないことは、控訴人らが援用するカルスホーヴェン氏の意見書(甲第三号証)ですらこれを認めているし、小寺意見書(乙第四号証)におい の間同条約三条に基づいて被害者個人に対する損害賠償が実行されたことがないことは、控訴人らが援用するカルスホーヴェン氏の意見書(甲第三号証)ですらこれを認めているし、小寺意見書(乙第四号証)においても、そのような事例はないと指摘されている。そして、控訴人らが実行例として挙げる混合仲裁裁判所等における被害者に対する損害処理の事例が被害者個人の国際法上の損害賠償請求権の存在を前提としてされたものであることの論証は全くされていない上、右各意見書における指摘にかんがみれば、控訴人らが挙げる事例は、ヘーグ陸戦条約三条が被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を認めたことを示す実行例とすることはできない。 (三) 控訴人らは、クエート紛争に関する国連安保理の決議も被害者個人の損害賠償(補償)請求権の存在の法理を採用していると主張する。 しかし、控訴人らが引用する右決議の内容をみても、右決議は、損害賠償請求権の主体について触れるところがないから、この決議が被害者個人の加害国イラクに対する直接の損害賠償(補償)請求権の存在を認めた趣旨のものとすることはできない。むしろ、国際法の基本原則に従えば、右決議は、加害国イラクの国家責任を確認したものと考えるのが自然である。そして、現実にも、控訴人らも自認するように、被害者個人ではなくその所属する被害国が損害賠償の請求をしているのである。したがって、これを加害国の被害者個人に対する直接の損害賠償の実行例とすることはできない。 (四) また、控訴人らは、ドイツ軍のギリシャ国内における残虐行為に関するギリシャのレイヴァディア地方裁判所判決を実行例の一つとして挙げる。 しかし、右判決の判示からは、右判決がヘーグ陸戦条約三条に基づき損害賠償を認めた事例であるか否かは不明であり、右判決をもってヘ リシャのレイヴァディア地方裁判所判決を実行例の一つとして挙げる。 しかし、右判決の判示からは、右判決がヘーグ陸戦条約三条に基づき損害賠償を認めた事例であるか否かは不明であり、右判決をもってヘーグ陸戦条約三条の解釈についての国家実行例とすることは、妥当ではない。 五主要な争点本件の主要な争点は、原判決七五頁二行目から同一一行目までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。 第三証拠証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。 理由 第一当裁判所も、控訴人らの本件各請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、一のとおり原判決を訂正し、又はこれに付加し、当審における当事者の主張にかんがみ、必要な限度で、二のとおり当審の判断を付加するほかは、原判決の「第三争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。 一原判決の訂正及び付加 1 原判決八三頁七行目から同一〇行目までを次のとおり改める。 「 右判決は、右判示部分から明らかなように、ヘーグ陸戦条約を直接適用したものではなく、同条約の基礎をなす国際慣習法を適用して原告の損害賠償請求を認容したものである。」 2 原判決八七頁二行目から同八行目までを次のとおり改める。 「 原判決は、右のように、英国の国内法である一九二〇年賠償法を根拠として補償請求権を認めたもので(乙第一八号証)、条約又は国際慣習法を根拠として個人の国家に対する損害賠償請求権の存在を肯定した事案ではない。」 3 原判決八八頁二行目から同四行目までを次のとおり改める。 「 しかし、右判決は、ギリシャ法で承認された国際法は国内法の一部であるという原則に基づいてヘーグ陸戦規則四六条及び五 事案ではない。」 3 原判決八八頁二行目から同四行目までを次のとおり改める。 「 しかし、右判決は、ギリシャ法で承認された国際法は国内法の一部であるという原則に基づいてヘーグ陸戦規則四六条及び五三条に具体化された国際法の原則を国内法として適用した事例であって(乙第一八号証)、これまた、条約又は国際慣習法を根拠としたものというには、問題がある。」 4 原判決九六頁六行目の「相手方の記載が削除されている」を「相手方は明記されなかった」と改める。 5 原判決一一一頁一行目末尾の次に「なお、昭和二七年(一九五二年)四月九日のミュンスター行政控訴裁判所判決は、前示のとおり、国際慣習法を適用して損害を被った個人の損害賠償請求を認容したものであるが、右判決の存在のみでは右一般慣行の存否についての前記判断を左右するものとはいえない。」を加える。 二当審における判断の追加 1 控訴人らの地位(甲第一二、第一三号証、第一四号証の1、2、第一五号証、控訴人A、同E、同G及び弁論の全趣旨並びに歴史上明らかな事実)について(一) 昭和一六年(一九四一年)一二月、日本軍と米英蘭軍は、ハワイ及び南方方面において戦闘状態に入り、昭和二〇年(一九四五年)八月、終戦となった。 控訴人A(イギリス国籍。大正一〇年(一九二一年)一二月一〇日生。出生地イギリス本国)は、右開戦当時(以下「開戦当時」という。)、マレーシアに駐屯していた英軍の伝令オートバイ兵であった。同控訴人は、昭和一七年(一九四二年)二月ころ、シンガポールで日本軍の捕虜となり、同地のチャンギ刑務所に収容され、その後、台湾の金瓜石捕虜収容所、新店庄捕虜収容所に順次移され、終戦に伴い、昭和二〇年(一九四五年)九月、同捕虜収容所から解放された。 (二) 控訴人B(イギリス国籍。大正七年(一九一八年)八月一 その後、台湾の金瓜石捕虜収容所、新店庄捕虜収容所に順次移され、終戦に伴い、昭和二〇年(一九四五年)九月、同捕虜収容所から解放された。 (二) 控訴人B(イギリス国籍。大正七年(一九一八年)八月一七日生。出生地イギリス本国)は、開戦当時、マレーシア駐屯の英軍航空情報局部隊配属の兵卒であった。同控訴人は、昭和一七年(一九四二年)一月ころ、マレーシアで日本軍の捕虜となり、同地のクアラルンプールのプドー刑務所に収容され、その後、シンガポールのチャンギ刑務所、タイのバンボン、再びチャンギ刑務所に順次移され、終戦に伴い、昭和二〇年(一九四五年)八月、同刑務所から解放された。 (三) 控訴人C(イギリス国籍。女性。昭和三年(一九二八年)七月九日生。出生地シンガポール)は、開戦当時、父が英空軍省関係の現場監督をしていて、一家はシンガポールに居住していた。同控訴人は、昭和一七年(一九四二年)二月、マレーシアのスマトラ島沖で乗船していた船が日本軍の攻撃を受けて沈没し、その際、日本軍に拘束され、同年七月ころ、同島のパレンバン収容所に収容され、終戦に伴い、同収容所から解放された。 (四) 控訴人D(アメリカ国籍。明治四四年(一九一一年)三月二五日生。出生地アメリカ本国)は、昭和一七年(一九四二年)一月ころ、フィリピン・ルソン島のバターン駐屯の米軍歩兵連隊に陸軍歯科兵団少佐として配属されたが、同年四月ころ、バターンにおいて日本軍の捕虜となり、同島のカバナチュアン収容所に収容され、その後、福岡捕虜収容所、朝鮮半島のインチョイ(仁川)の捕虜収容所に順次移され、終戦に伴い、昭和二〇年(一九四五年)九月、同捕虜収容所から解放された。 (五) 控訴人E(アメリカ国籍。昭和一六年(一九四一年)三月一六日生。出生地フィリピン・マニラ)は、開戦当時、その父がフィリピンに駐屯 昭和二〇年(一九四五年)九月、同捕虜収容所から解放された。 (五) 控訴人E(アメリカ国籍。昭和一六年(一九四一年)三月一六日生。出生地フィリピン・マニラ)は、開戦当時、その父がフィリピンに駐屯する米国陸軍技術部に軍属として雇用されていて、一家はマニラに居住していた。同控訴人は、昭和一七年(一九四二年)一月、母と共に日本軍により同島のサント・トーマス収容所に収容され、昭和二〇年(一九四五年)三月、同収容所から母と共に解放された。 (六) 控訴人F(オーストラリア国籍(開戦当時はオランダ国籍)。大正一五年(一九二六年)七月一日生。出生地ジャワ島東ジャワのスラバヤ)は、開戦当時、スラバヤにホテルを経営していた父と共に居住していた。同控訴人は、昭和一七年(一九四二年)五月、日本軍により父と共に同島のバンドウゾ収容所に収容され、その後、西ジャワのタンゲラン収容所、同地のチマヒの収容所に順次移され、昭和二〇年(一九四五年)、同収容所から解放された。 (七) 控訴人G(ニュージーランド国籍(開戦当時はオランダ国籍)。昭和三年(一九二八年)一二月生。出生地ジャワ島東ジャワのスラバヤ)は、昭和一七年(一九四二年)当時、母と共に東ジャワのマランに居住していた。同控訴人は、同年七月、日本軍によりマランの一画に収容され、その後、中部ジャワのソロ収容所、アンバラワ収容所に順次移され、昭和二〇年(一九四五年)八月、同収容所から解放された。 2 国際法、殊にヘーグ陸戦条約三条等戦争法規における個人の法主体性について(一) そもそも、国家間で締結される条約等の国際法は、その基本的性格上、原則として、締約国相互の国家間の権利義務を規律する国際法規であり、直接締約国と相手方締約国所属の国民(自然人又は法人)との間の権利義務を規律するものではない。したがって、条約 、その基本的性格上、原則として、締約国相互の国家間の権利義務を規律する国際法規であり、直接締約国と相手方締約国所属の国民(自然人又は法人)との間の権利義務を規律するものではない。したがって、条約が個人の権利に関する規定を置いている場合にも、それは、最終的には個人の権利の保護・救済を図ることを目的とするものであるとしても、直接的には、締約国が相互に相手方締約国所属の国民の権利の保護・救済を図ることを義務付けられるにすぎず、一方の締約国がこれに違反して相手方締約国所属の国民が被害を受けたときも、加害国に対してその責任を追及することができるのは相手方締約国であって、被害を受けた個人が条約を根拠として当然に直接加害国に対してそこに規定されている権利の保護・救済を求めることができるわけではない。すなわち、国際法上の法主体は、一般的には、原則として国家であり、個人には原則として法主体性を認めることはできないのである。もっとも、そのことは、個人には国際法上一切法主体性が認められないということを意味するものではなく、個人も、一定の場合には、国際法上の法主体性を認められることがないわけではない。しかし、それは、右のような国際法の基本的性格に照らすと、条約に単に個人の権利が規定されているだけでなく、個人が直接締約国に対して条約に規定された具体的な権利の保護・救済を求めることができることが明記され、かつ、条約自体に国際的裁判機関の設置等権利実効のための手続規定が明示的に定められているか、又は締約国が条約の履行として個人の権利の保護・救済のための実効的手続を規定した国内法を用意している場合であり、かかる例外的な場合に限り、個人に国際法上の法主体性が認められるのである。 これを本件についてみるに、ヘーグ陸戦条約三条は、ヘーグ陸戦規則に違反した加害国はこれ 内法を用意している場合であり、かかる例外的な場合に限り、個人に国際法上の法主体性が認められるのである。 これを本件についてみるに、ヘーグ陸戦条約三条は、ヘーグ陸戦規則に違反した加害国はこれにより生じた損害について賠償(又は補償)の責任を負う旨を規定するのみであり、同条及び同条約並びにヘーグ陸戦規則のいずれの規定中にも、被害者個人が加害国に対して直接損害賠償請求権を有する旨の規定も、その権利実効のための手続を定めた規定も置かれていないから、同条を戦争法規違反行為による被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を規定したものと解することはできない。また、本件各加害行為当時右同趣旨の国際慣習法(本件国際慣習法)が確立していたとは認められないことは、原判決の説示するとおりである。 したがって、控訴人らが旧日本軍により捕虜等として各地の捕虜収容所等に終戦時まで収容されたことにより、その間、それぞれ耐え難い苦痛と焦燥の日々を過ごしたであろうことは推認するに難くないが、仮にその主張するような強制労働、虐待等の本件各加害行為が存するとしても、控訴人らがヘーグ陸戦条約三条又は本件国際慣習法を根拠として、直接被控訴人に対してこれによる精神的損害の賠償を請求することはできないものといわざるを得ない。 もっとも、我が国においては、条約は、一般に公布により何ら国内における立法等の受容行為を執ることなく当然に国内法的効力を生じ(憲法七条一号、九八条二項)、これにより、我が国裁判所において国内法として適用されるのであり、この意味で条約にはいわゆる自動執行性があると解されている。しかし、このように条約の自動執行性を承認するとしても、条約に何らかの個人の権利が規定されている場合、条約の公布により、無条件で直ちに我が国裁判所において条約が国内法として適用さ あると解されている。しかし、このように条約の自動執行性を承認するとしても、条約に何らかの個人の権利が規定されている場合、条約の公布により、無条件で直ちに我が国裁判所において条約が国内法として適用され得るかというと、必ずしもそうではない。条約が公布行為のみでそれ以上の国内法による補完・具体化という特別の受容行為を執ることなく直接個人の権利義務を規律するものとして我が国裁判所において国内法として適用可能とされるためには、条約の基本的性格、我が国における司法と行政・立法との権力分立及び法的安定性等の観点に照らして、当該条約において規律される個人の権利義務の内容が条約の文言上明確に定められており、かつ、条約の文言及び趣旨等から解釈して個人の権利義務を定めようという締約国の意思が確認できることが必要であるというべきである。ところが、これをヘーグ陸戦条約三条についてみると、原判決も判示し、本判決も後に説示するように、これを制定した第二回ヘーグ国際平和会議(明治四〇年)における同条約の起草過程における審議状況等をみれば、締約国に同条約において被害者個人の加害国に対する直接の権利を定める意思があったものとは認められず、かつ、同条約及びヘーグ陸戦規則中に規定している被害者の権利の内容が我が国裁判所において直ちに適用が可能といえるほどに明確に規定されているものともいい難い。したがって、同条約の自動執行性を認めることはできない。 (二) 控訴人らは、ヘーグ陸戦条約締結当時から、国際法の中でも同条約を始めとする戦争法規ないし今日では国際人道法といわれる国際法の分野では、その性格上、国家のみならずその国家に所属する個人たる国民をも直接拘束することは当然の前提とされ、右条約は国際法上個人の法主体性が認められる典型的な場面であり、これは同条約締結当時から国際法解釈 、その性格上、国家のみならずその国家に所属する個人たる国民をも直接拘束することは当然の前提とされ、右条約は国際法上個人の法主体性が認められる典型的な場面であり、これは同条約締結当時から国際法解釈における一般的見解であった旨主張する。 しかし、国際法をその性格から一般国際法の分野と戦争法規ないし国際人道法の分野とに大別して、前者は格別、後者の分野に属する国際法においては、ヘーグ陸戦条約締結当時から個人に国際法上の法主体性が認められていたとか、このような見解が一般的見解であったと認めるに足りる証拠はない。 もっとも、歴史的には、ヘーグ陸戦条約が締結された明治四〇年(一九〇七年)当時とその後の世界情勢の変動の中で、国際取引の増大、人権意識の高まり、国際社会の構造変化等々に呼応して、個人の権利ないし人権を実質的に尊重・保護するため、国際法は、個人に認められる各種の権利ないし人権をその中に取り込み、国際法を伝統的な国家間を規律する法規にとどまらず、国家と個人の間も規律する法規へと拡大させる傾向を示してきたといえる(昭和二三年(一九四八年)世界人権宣言、昭和四一年(一九六六年)国際人権規約(B規約)等参照)。そして、これに応じて、講学上広く戦争法規といわれるものも、従前の主として交戦国の戦闘遂行上の権利義務や害敵手段の規制などを定めた「戦時国際法」、「戦争法」等といわれるものから、第二次世界大戦後であるが、これを含めた主として国際紛争による犠牲者の保護や人道的待遇(非人道的取扱いの禁止)を定めた「国際人道法」といわれるものへの発展過程をみてとることができ、国際人道法では個人の人道法上の権利を保障・確保するための種々の手続規定が条約上定められる傾向にあることは否定することができない(明治四〇年(一九〇七年)のヘーグ陸戦条約及びヘーグ陸戦規 とができ、国際人道法では個人の人道法上の権利を保障・確保するための種々の手続規定が条約上定められる傾向にあることは否定することができない(明治四〇年(一九〇七年)のヘーグ陸戦条約及びヘーグ陸戦規則から昭和二三年(一九四八年)の世界人権宣言、昭和二四年(一九四九年)のジュネーブ諸条約並びにその後の同条約の議定書及び追加議定書、昭和四一年(一九六六年)の国際人権規約(B規約)参照)。しかし、国際人道法においても、そこに規定された国際人道法上の権利について、当該条約において被害者個人が直接加害国に対して損害賠償請求をすることができる旨及びその場合の裁判手続等の実効的手続が規定されていない以上、一足飛びに個人に国際法上の法主体性が認められたものとすることはできない。したがって、国際人道法に規定された権利についても、被害者個人に国際法上の法主体性が認められるか否かは、当該権利について実効的手続が規定されているか否かにかかることになり、このことは、ヘーグ陸戦条約締結当時においても本件各加害行為当時においても、変わりはないというべきである。 (三) 控訴人らは、ヘーグ陸戦条約及びヘーグ陸戦規則を遡る一八九九年ヘーグ陸戦条約及び一八九九年ヘーグ陸戦規則以来、戦争法規違反行為の被害者は国際法上の権利義務の受範者(権利の享有者、義務の負担者)として法主体性が認められ、殊に、捕虜は国際法上その法主体性を有することが一層明確に位置付けられてきたものであり、これは、占領地住民に対しても及ぼされるべきものであるとも主張する。しかし、控訴人らの右主張が採り得ないことは、(一)、(二)において既に説示したところから明らかである。 また、控訴人らは、捕虜について、条約(例えば、昭和二四年(一九四九年)のジュネーブ捕虜条約四〇条、七八条、昭和四年(一九二九年)のジ (一)、(二)において既に説示したところから明らかである。 また、控訴人らは、捕虜について、条約(例えば、昭和二四年(一九四九年)のジュネーブ捕虜条約四〇条、七八条、昭和四年(一九二九年)のジュネーブ捕虜条約四二条等)上捕虜個人に直接権利義務を付与したものがあるとして、このことから、捕虜個人の法主体性を帰結する学説(甲第四四、第四五号証、乙第六号証)をも援用して、国際法上捕虜の法主体性が認められていると主張する。しかし、右各捕虜条約によれば、捕虜は、戦時の抑留期間中抑留条件に関する苦情の申立てを捕虜抑留国の軍当局及び利益保護国に行い得る権利を有するとされ、これは、条約上で捕虜個人に確保されている国際法上の直接請求権と解されているが、この捕虜個人の苦情の申立てを捕虜抑留国の軍当局又は利益保護国が適法に処理しなかった場合に捕虜個人に国際的提訴を認める規定は存しないし、戦争終了後捕虜が抑留期間中に被った損害の賠償請求を国際的機関に提訴してその救済を図る途も開かれていない。また、一九四九年ジュネーブ捕虜条約では、捕虜が抑留中に受けた労働上の負傷、疾病に関しての補償や労働賃金の支払あるいは捕虜の被ったその他の身体的又は物的、金銭的損害についての補償請求権は、すべて捕虜が捕虜自身の本国(捕虜個人の所属する被害国)に対して行使すべきことが明文化され(六八条、五四条、六六条など)、捕虜個人の損害に関する救済の実効化が図られたが、なお捕虜個人の捕虜抑留国に対する補償請求を認めたものではないばかりか、前記各捕虜条約に定められた数多くの捕虜の人道的待遇に関する捕虜抑留国の義務の違反によって捕虜が被った損害についても、捕虜個人から捕虜抑留国に対して賠償(補償)を請求し得るものとはされていないのであって、その請求権は捕虜所属国に帰属しているものと解されている 虜抑留国の義務の違反によって捕虜が被った損害についても、捕虜個人から捕虜抑留国に対して賠償(補償)を請求し得るものとはされていないのであって、その請求権は捕虜所属国に帰属しているものと解されているのである(乙第六号証)。右事実からすれば、捕虜個人に国際法上の法主体性が認められているとすることは到底できない。さらに、占領地住民の被害者としての権利についても、これと異なるものと解することはできない。 控訴人らは、この点に関連して、さらに、捕虜は国際人道法において非人道的取扱いを受けない権利を有し、この権利は捕虜所属国を含む関係国家間の合意(条約)によっても放棄させることのできない一身専属上の権利であり、この権利保障は占領地の一般住民にも及ぼされるとして、捕虜及び占領地住民は戦争法規上の法主体性を有するとも主張する。しかし、捕虜が国際人道法上非人道法的取扱いを受けない権利を有し、それが国家間の合意(条約)によっても奪い得ない一身専属上の権利であるとしても、既に説示したところから明らかなように、そのことと被害を受けた捕虜が更に進んで直接加害国に対して損害賠償を請求し得るかどうかとは別個の問題であり、捕虜に国際人道法上の権利が認められることをもって、直ちに、一般的に捕虜に国際法上の法主体性が認められるとすることはできない。 したがって、控訴人らの右各主張は、いずれも失当であり、採用することができない。 (四) 控訴人らは、原判決が個人の国際法上の法主体性を否定し、ヘーグ陸戦条約締結当時、自国民が戦争法規違反行為により損害を被ったときは、被害者の所属する被害国が外交保護権を行使して加害国の国家責任の履行を求めて損害賠償請求をすることができるにとどまるとの国際慣習法が確立していた旨説示したことについて、右国際慣習法の確立を争うとともに、 の所属する被害国が外交保護権を行使して加害国の国家責任の履行を求めて損害賠償請求をすることができるにとどまるとの国際慣習法が確立していた旨説示したことについて、右国際慣習法の確立を争うとともに、外交保護権の行使は、被害者が加害国の国内的救済手続を尽くしても効果的救済を得られなかったことを要件とする旨、また、被害者の損害賠償請求権とその所属する被害国の損害賠償請求権とは別個のものであるから、加害国の被害国に対する国家責任の存在は被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を否定する理由とすることはできない旨を主張して、原判決の右説示を非難する。 しかし、ヘーグ陸戦条約締約当時国家責任の法理が確立していたことは、原判決も説示するとおりであり、これによれば、戦争法規違反行為が存する場合、被害国は、自国自体の損害の賠償請求とともに、国民である被害者個人の損害についても外交保護権を行使することにより被害者に代わって加害国に対してその賠償請求をすることができるのであるが、これを行使するためには、まず、被害者が加害国の国内的救済手続を尽くしてした後でなければならないと解されていることは、控訴人ら指摘のとおりである。しかし、右は、加害国の国内的救済手続が整備されていればその手続を尽くすべきことを求めるものであり、国内的救済手続の整備のいかんを問わず、加害国の国内法手続による救済が可能であるとするものではない。 なお、控訴人らは、ヘーグ陸戦条約三条の起草過程に関する主張の中で、もともと、戦争法規違反行為により損害を被った被害者は、加害者に対してのみならず、私法上の使用者責任と同様の法理により、加害者の所属する加害国に対しても損害賠償請求をすることができるが、ほとんどの場合、加害者の資力が十分でないため、あるいは加害国の加害者に対する監督上の過失が 私法上の使用者責任と同様の法理により、加害者の所属する加害国に対しても損害賠償請求をすることができるが、ほとんどの場合、加害者の資力が十分でないため、あるいは加害国の加害者に対する監督上の過失が認められにくいため、被害者保護に欠けることから、ヘーグ陸戦条約三条において戦争法規違反行為による損害につき加害国に無過失責任を負わせることとしたものであるとして、加害国の被害者個人に対する直接責任を否定することはできない旨主張するが、同条が使用者責任と同様の法理を採り入れたものであるとしても、被害者の損害の賠償請求は、国家責任の法理の下では、被害国から加害国に対して外交保護権を行使することによりされるのであるから、同条が使用者責任と同様の法理を採り入れたものであることをもって、加害国の被害者個人に対する直接責任を肯定することはできないというべきである。 したがって、控訴人らの右主張は、いずれも採用することができない。 (五) 控訴人らは、ヘーグ陸戦条約等の戦争法規において損害賠償請求に関する手続規定が置かれていないことを個人に国際法上の法主体性を認めない根拠とすることは不当であるとして、戦争法規違反行為を犯した軍隊構成員等の加害者の処罰は、国際法上手続規定が設けられていなくとも、これを捕えた被害国がその国内刑事裁判手続により国際法たる戦争法規を適用してすることが許されるのであるから、まして、民事裁判について、条約上その手続規定がなくとも、戦争法規違反行為の被害者が加害国に対して加害国の国内民事裁判手続により国際法を根拠として損害賠償請求訴訟を提起することが許されないはずはない旨主張し、ダンチッヒ裁判所の管轄権に関する常設国際司法裁判所の勧告的意見等を援用する。 しかしながら、控訴人らも主張するように、国際法上個人に法主体性が認められる ることが許されないはずはない旨主張し、ダンチッヒ裁判所の管轄権に関する常設国際司法裁判所の勧告的意見等を援用する。 しかしながら、控訴人らも主張するように、国際法上個人に法主体性が認められるか否かはそれぞれの権利義務関係ごとに判断されるべきものであるから、戦争法規違反行為について加害者が刑事裁判手続による処罰の対象とされるからといって、民事裁判手続において被害者の法主体性が認められるべきであるとすることはできない。 また、控訴人らの援用するダンチッヒ裁判所の管轄権に関する常設国際司法裁判所の勧告的意見(甲第四号証、乙第一七号証参照)は、ポーランドとダンチッヒ自由市との間に一九二一年一〇月二二日に交わされた職員協定(国際協定)がそのままでベルサイユ講和条約の結果ポーランド鉄道局に管理運営がゆだねられることになったダンチッヒ鉄道の職員とポーランド鉄道局との関係に適用されるかという問題について、①まず、「十分に確定された国際法の原則によれば、職員協定は国際協定であるから、そのようなものとして、私的個人に対して直接的権利・義務を創設し得ないことは容易に是認されるところである。」として、国際法(国際協定)は国家間の権利義務を定めるものであり、個人の権利義務を定めるものではないとの国際法の基本原則を確認した上、②「しかし、締約国の意思によれば、正に国際協定の目的が個人の権利・義務を創設し、かつ、国内裁判所により強行され得る、何らかの明確の規則を当事者が採択するにあり得ることも争えないところである。」として、締約国は、その意思により、国際協定において個人の権利義務を定めることもあり得るとし、③その締約国の意思は、「当事国の意思、協定がどのような仕方で適用されてきたかを考慮しつつ、協定の内容から確められるべき当事国の意思が決定的である。」と て個人の権利義務を定めることもあり得るとし、③その締約国の意思は、「当事国の意思、協定がどのような仕方で適用されてきたかを考慮しつつ、協定の内容から確められるべき当事国の意思が決定的である。」とし、④職員協定についての締約国の意思について、「そういう意思が存在していることは、職員協定の条項を参照して確認することができる」、「職員協定の本文及び一般的文意は、その協定が直接職員と鉄道局との間で適用されることを示している」、「その内容によると、職員協定の目的は、ポーランド鉄道局と常時その勤務に移った自由市の職員、従業員及び労務者との間に適用される、特別の法的制度を創設するにある」として、職員協定の内容から、同協定は、ポーランド鉄道局とダンチッヒ鉄道の職員との間の関係に適用される、すなわち、職員個人の権利義務について定めたものであると判断した。右のとおり、右勧告的意見は、控訴人らが指摘するとおり、国際協定である職員協定が個人の権利義務を定めたものであることを承認したものであり、その意味で、職員協定は、注目すべき国際協定(国際法)であるといえる。しかしながら、右勧告的意見は、右①のとおり、国際法は国家間の権利義務を定めるものであり、私人個人の権利義務を定めるものではないとの国際法の基本原則を確認した上、職員協定の内容から、すなわち、職員協定の解釈として、職員協定はポーランド鉄道局とダンチッヒ鉄道の職員との間の関係に直接適用されることを目的としたものである、すなわち、右職員個人の権利義務を定めたものであると判断したものである。したがって、右勧告的意見の存在をもって、ヘーグ陸戦条約等の戦争法規を始めとする国際法について当然に個人の権利義務を規定したものと解釈すべしとすることはできず、ある国際法が国家間の権利義務のほかに個人の権利義務をも規定したもの をもって、ヘーグ陸戦条約等の戦争法規を始めとする国際法について当然に個人の権利義務を規定したものと解釈すべしとすることはできず、ある国際法が国家間の権利義務のほかに個人の権利義務をも規定したものであるかどうかは、当該国際法ごとに個別的に解釈してゆかなければならない問題である。控訴人らの援用するその他の裁判例も、右の判断を左右するものではない。そして、ヘーグ陸戦条約三条が被害者個人に加害国に対する直接の損害賠償請求権を定めたものでないことは、原判決の判示するとおりである。 3 ヘーグ陸戦条約三条の解釈について(一) 控訴人らは、原判決が条約適用の不遡及を規定した条約法条約四条本文を適用して、昭和四四年(一九六九年)に採択された条約法条約は明治四〇年(一九〇七年)に締結されたヘーグ陸戦条約の解釈の準則たり得ないと判示したことについて、条約解釈の一般的準則を規定した条約法条約三一条及び三二条の規定は、同条約締結以前に確立されて国際慣習法となり、国際司法裁判所の判決等を通じて精密化したものを明文化したものであるから、同条約四条ただし書きにより、右三一条及び三二条の内容はヘーグ陸戦条約の解釈についても遡及適用されるべきである旨主張する。 しかしながら、条約法条約四条本文は同条約は遡及しない旨規定しているのであるから、同条約三一条及び三二条がヘーグ陸戦条約の解釈の直接の準則となり得ないものであることは、原判決の判示するとおりであり、原判決の右判示に何ら誤りはない。 (二) 控訴人らは、また、ヘーグ陸戦条約三条の文理解釈として同条が被害者個人に加害国に対する直接の損害賠償請求権を認めたものではないと結論することは、文理解釈として飛躍であり、その範囲を逸脱している、その点は実行例や条約の起草過程等をも考慮して解釈する必要があると主張する。 国に対する直接の損害賠償請求権を認めたものではないと結論することは、文理解釈として飛躍であり、その範囲を逸脱している、その点は実行例や条約の起草過程等をも考慮して解釈する必要があると主張する。 しかしながら、前記のとおりであり、ヘーグ陸戦条約三条が国際法の基本的性格及び同条約の明文規定の文言からして被害者個人に直接加害国に対する損害賠償請求権を認めるものでないことは明らかであるというべきである。したがって、同条は、その起草過程や実行例を検討するまでもなく、被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を認めたものではないと解釈することができるのであり、控訴人らの右主張は、採用することができない。なお、その点はしばらくおき、起草過程や実行例を考慮して同条を解釈したとしても、同条が被害者個人の加害国に対する損害賠償請求権を規定したものといえないことは、原判決の判示するとおりであり、また、本判決に説示するとおりである。 (三) 控訴人らは、さらに、ヘーグ陸戦条約三条の起草過程をみるならば同条は被害者個人に直接加害国に対する損害賠償請求権を認めたものと解すべきである旨主張する。 しかしながら、右起草過程において、被害者個人に損害賠償請求権を認める場合の権利の実効的手続に関する議論がされた形跡はなく、また、ドイツ修正案が被害者が交戦相手国に所属するか中立国に所属するかにより賠償支払の時期に差異を設けるとしたこと自体、その賠償が当然に国家同士でされることを予定していたであろうことが窺われるし(損害賠償が締約国から被害者個人に対してされるのであれば、その賠償時期を戦闘終了の前後で法的に別異に定める必要は必ずしもないはずである。)、前記ドイツ修正案の提案を受けたスイス代表の発言及びこれに対するドイツ代表の応答からは、損害賠償が外交保護権の行使による 償時期を戦闘終了の前後で法的に別異に定める必要は必ずしもないはずである。)、前記ドイツ修正案の提案を受けたスイス代表の発言及びこれに対するドイツ代表の応答からは、損害賠償が外交保護権の行使による国家責任の履行としてされることを当然に予定していることが窺われる(乙第三、第四号証)。したがって、ヘーグ陸戦条約三条の起草過程におけるドイツ修正案及びそれを巡る各国代表の発言が控訴人ら主張の趣旨・目的でされたものと認めることはできず、同条の起草過程から同条が被害者個人に直接加害国に対する損害賠償請求権を与えることを意図していたものと認めることはできない。 (四) 控訴人らは、さらに、ヘーグ陸戦条約前文中のマルテンス条項を援用して、同条約締結後の国際情勢の変化に伴い、同条約三条の解釈として本件各加害行為当時においては戦争法規違反行為の被害者が直接加害国に対して損害賠償請求をすることができるものと解すべきである旨主張する。 しかしながら、マルテンス条項は、新兵器(今日でいえば、核兵器等)の使用等軍隊の行動規範それ自体に関する規定と解すべきものであるから(乙第一八号証)、ヘーグ陸戦条約三条の解釈に当たってマルテンス条項を援用することは相当でないというべきである。控訴人らの右主張は、理由がない。 4 加害国等による損害賠償の実行例について控訴人らは、種々の実例を挙げてヘーグ陸戦条約三条に基づく加害国の被害者個人に対する直接損害賠償の実行例が存在する旨主張する。 しかしながら、ヘーグ陸戦条約締結後現在に至るまで同条約三条に基づく加害国の被害者個人に対する直接損害賠償を認めた実行例の存しないことは前示のとおりであり、控訴人ら主張の実行例を同条に基づく加害国の被害者個人に対する直接損害賠償の実行例と認めるに足りる証拠はない。なお、控訴人らが 人に対する直接損害賠償を認めた実行例の存しないことは前示のとおりであり、控訴人ら主張の実行例を同条に基づく加害国の被害者個人に対する直接損害賠償の実行例と認めるに足りる証拠はない。なお、控訴人らが実行例として挙げるものの中には、戦争法規違反行為をした加害者所属の国家又は軍隊が国際法上の損害賠償義務の履行として行ったものと断定することができないものや第二次世界大戦後すなわち本件各加害行為後に制定整備された損害賠償(又は補償)制度によるものがあり、これらを本件各加害行為当時までのヘーグ陸戦条約三条の実行例とすることは、適切とはいい難い。 第二よって、当裁判所の右判断と同旨の原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第二〇民事部裁判長裁判官石井健吾裁判官櫻井登美雄及び同加藤謙一は、転補のため、署名押印することができない。 裁判長裁判官石井健吾

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