判決平成13年9月18日神戸地方裁判所平成8年(ワ)第1752号損害賠償請求事件 主文 1 被告Dは,原告Aに対し50万円,原告B及び原告Cに対し各25万円及びこれらに対する平成8年1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。 2 原告らの被告Dに対するその余の請求を棄却する。 3 原告らの被告Eに対する請求を棄却する。 4 訴訟費用は,原告らに生じた費用の200分の1と被告Dに生じた費用の100分の1を被告Dの負担とし,原告ら及び被告Dに生じたその余の費用と被告Eに生じた費用を原告らの負担とする。 5 この判決は,1項に限り仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告らは,連帯して,原告Aに対し5726万4268円,原告Bに対し2852万2134円,原告Cに対し2852万2133円及びこれらに対する平成8年1月22日(亡Fが死亡した日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,亡Fが,被告Dの営む産婦人科医院において陣痛促進剤による分娩をした後,異常な出血が始まり,被告Eの設置するH病院に転送され,緊急の治療・手術を受けるも結局死亡するに至ったため,Fの夫及び子である原告らが,被告Dに対しては民法415条又は709条に基づき,被告Eに対しては民法415条又は715条に基づき,Fの死亡による損害の賠償を請求した事案である。 1 争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(以下「争いのない事実等」という。)(1) 当事者等F(昭和33年7月7日生まれ。平成8年1月22日死亡。)は,同57年1月27日に原告Aと結婚 により容易に認定できる事実(以下「争いのない事実等」という。)(1) 当事者等F(昭和33年7月7日生まれ。平成8年1月22日死亡。)は,同57年1月27日に原告Aと結婚し,同58年1月に第1子である原告Bを,平成8年1月21日に第2子である原告Cをそれぞれ出産した。 原告らはいずれもFの法定相続人である(甲1)。 被告Dは,兵庫県川西市において個人でD産婦人科を開設し,医療業務に携わる者である。 被告Eは,兵庫県川西市においてH病院を開設し,同病院に勤務する医師・看護婦らの使用者たる立場にある者である。 (2) Fの診療・分娩の経過Fは,平成7年5月23日に被告Dのもとで初回診察を受け,第2子の出産のため定期的に検診を受け,経過は順調に推移していた。出産の予定日は,平成8年1月20日であった。 同日午後7時にD産婦人科に入院したが,この時点では,Fには分娩開始の兆候がなかった。 被告Dは,Fの入院時から,分娩誘発のためにラミナリア(分娩誘発等の目的で,子宮頸管を徐々に拡張するために子宮頸管に挿入する器具)を挿入し,子宮頸管の軟化開大を図った。なお,分娩誘発とは,陣痛が自然に発来する前に,分娩に至る子宮収縮を人為的に起こすことである(これに対し,自然に陣痛が発来しているが,分娩に十分といえない場合に人為的に陣痛を増強させることを分娩促進という。)。 同21日の朝になって,被告Dは,分娩促進のためFにパルトシン(オキシトシン系の陣痛促進剤で,子宮を収縮させる作用を持つ。)を投与した。Fは,同日午前10時41分,原告Cを体重3280g,アプガールスコア(新生児仮死の評価の指標)9点で,仮死もなく無事出産した。 ン系の陣痛促進剤で,子宮を収縮させる作用を持つ。)を投与した。Fは,同日午前10時41分,原告Cを体重3280g,アプガールスコア(新生児仮死の評価の指標)9点で,仮死もなく無事出産した。 (3) Fの異常出血後の経過ところが,出産直後から,Fには性器を通して異常な出血が始まった。そこで,被告Dは,Fを救急車で高次医療機関であるH病院に転送した。 H病院では,Fに救急救命措置が施され,同21日午後9時13分からは約2時間にわたって手術が行われた(術式は,開腹直視下止血術,膣上部子宮摘出術,膣壁裂傷縫合術。)。 Fは,翌22日に,H病院からより高次の医療機関であるJ病院に転送されたが,午後1時15分に死亡した。 2 争点(1) Fの死亡原因は,羊水塞栓か否か(争点1)。 (2) 被告Dは,陣痛促進剤を適切に使用したか。(争点2)。 (3) 被告Dは,ラミナリアと陣痛促進剤を適切に使用したか。(争点3)。 (4) 被告Dは,適切な分娩監視をしたか(争点4)。 (5) 被告Dは,Fの出血について適切な措置を講じたか(争点5)。 (6) H病院では,上記出血について適切な措置を講じたか(争点6)。 (7) 被告Dは,陣痛促進剤の投与に際し,Fに適切な説明をしたか(争点7)。 (8) F及び原告らに生じた損害の額(争点8)。 3 争点に対する当事者の主張(1) 争点1(Fの死亡原因)ア 原告らの主張Fの死は,陣痛促進剤の乱用が原因であり,その結果生じた高速かつ大量の出血によりDIC(播種性血管内血液凝固症候群)となったことに原因があり,羊水塞栓症が死因ではない。 イ 被告らの主張 は,陣痛促進剤の乱用が原因であり,その結果生じた高速かつ大量の出血によりDIC(播種性血管内血液凝固症候群)となったことに原因があり,羊水塞栓症が死因ではない。 イ 被告らの主張突発的な呼吸停止,DIC,弛緩出血の併発等の症状及び超音波断層写真からすれば,Fの死亡原因は,羊水塞栓症であり,被告らに責任はない。 (2) 争点2(被告Dの陣痛促進剤の投与上の過失等について)ア 原告らの主張(ア) 陣痛促進剤の投与被告Dは,平成8年1月21日午前10時から,400㏄の5%ブドウ糖にパルトシン5単位を混和して,Fに陣痛促進剤の投与を開始した。 しかし,以下のとおり,Fへの陣痛促進剤の投与は不適切であった。 a 医学的適応の不存在Fに陣痛促進剤の投与が開始されるまで,Fは順調な分娩経過をたどっており,微弱陣痛のために分娩の進行が遷延しているというような状況はなかった。したがって,陣痛促進剤による陣痛促進を行う医学的適応・必要はなかった。 b 使用方法の誤り陣痛促進剤を点滴の側管からワンショットで注入する方法は,本件当時も危険な方法として禁止されていたが,被告Dは,Fに対し点滴の側管からワンショットで陣痛促進剤を注入しており,その使用方法を誤った。 また,仮に側管からのワンショットでの注入でなかったとしても,パルトシンの投与方法は,点滴速度を毎分1~2㎜単位から開始し,点滴速度を上げる場合には陣痛発来状況及び児心音を観察しながら,一度に毎分1~2㎜単位の範囲で,40分以上経過を観察しつつ徐々に行うこととされているのに, 法は,点滴速度を毎分1~2㎜単位から開始し,点滴速度を上げる場合には陣痛発来状況及び児心音を観察しながら,一度に毎分1~2㎜単位の範囲で,40分以上経過を観察しつつ徐々に行うこととされているのに,被告Dはこれを無視して,残量400㏄の5%ブドウ糖にパルトシン5単位を混和して,一挙に毎分6.94㎜単位の速度(滴数に換算すると,毎分7,8滴の速度。3時間で100㏄の割合。)で注入を開始した。 (イ) よって,仮にFの死因が羊水塞栓であったとすると,陣痛促進剤の使用により子宮内圧が上昇し,羊水が母体内に流入して羊水塞栓を起こす可能性があることに照らせば,被告Dは,上記のような医学的適応のない陣痛促進を行い,しかも添付文書に反する使用方法でパルトシンを使用したため,Fの羊水塞栓を発症させ,Fを死亡させたといえる。 (ウ) Fに陣痛促進剤が投与されなければFが羊水塞栓症で死亡しなかったことの高度の蓋然性がないとしても,医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在がある場合には,患者の精神的苦痛について賠償すべきであって,本件では,Fに陣痛促進剤が投与されなければFはその死亡の時点においてもなお生存していた相当程度の可能性があるのであるから,上記投与によってFがその時点において死亡せざるを得なかったことより受けた精神的苦痛を賠償すべきである。 イ 被告Dの主張被告Dは,平成8年1月21日午前7時ころから,Fに5%ブドウ糖500㏄の点滴(点滴速度は毎分7,8滴。)を開始した。 同午前10時ころ,陣痛促進のため,5%ブドウ糖の残量約400㏄にパルトシン5単位を注入した(側管からのワンショットでの注入ではない。) 点滴(点滴速度は毎分7,8滴。)を開始した。 同午前10時ころ,陣痛促進のため,5%ブドウ糖の残量約400㏄にパルトシン5単位を注入した(側管からのワンショットでの注入ではない。)。注入の際には点滴速度を落として,毎分1,2滴(パルトシン投与量としては,毎分約0.83~1.67㎜単位)から始めた。その後,毎分3,4滴に増やすと,Fが安定した陣痛増強を始めたのでそのまま維持するという方法をとった。このような使用方法は,使用説明書及び日本母性保護産婦人科医会の指導基準にも合致する。 よって,陣痛促進剤の使用に不適切な点はない。 また,原告Aからの医薬品副作用被害の救済給付について不支給決定がなされているように,そもそも陣痛促進剤の投与とFの死亡とは無関係である。 (3) 争点3(被告Dの分娩誘発・促進上の過失等について)ア 原告らの主張H病院の看護記録によると,被告Dは,分娩誘発のためFにラミナリア20本を使用し,21日午前6時からは点滴による陣痛促進を開始した(これらの事実は被告Dが原告A又は被告H病院に対して説明したものである。)。 そして,被告Dは,陣痛促進剤の使用開始に当たり,Fに挿入されているラミナリア20本を抜去せず,ラミナリアと陣痛促進剤を同時に使用した。 よって,仮にFの死因が羊水塞栓症だとすると,上記のように子宮口をラミナリアでふさいだ状態で陣痛促進剤を使用したために,子宮内圧の上昇が病的なものとなり,これが原因でFの血流内に羊水が流入して羊水塞栓症が生じた。 イ 被告Dの主張分娩誘発のためFに挿入したラミナリアの本数は10本である。また,平成8年1月21日午前6時には 原因でFの血流内に羊水が流入して羊水塞栓症が生じた。 イ 被告Dの主張分娩誘発のためFに挿入したラミナリアの本数は10本である。また,平成8年1月21日午前6時にはラミナリアを抜去しており,パルトシンによる陣痛促進は,同10時ころからである。 よって,ラミナリアと陣痛促進剤を併用したことはなく,原告らが根拠とするH病院の看護記録の記載は,事情をよく知らない原告Aからの経過聴取に基づくものであって,事実に反する記載である。 そもそも医学的知見上,子宮内圧の病的上昇によって羊水塞栓が発症するという前提自体が成り立たない。 (4) 争点4(被告Dの分娩監視上の過失等について)ア 原告らの主張陣痛促進剤を投与して分娩監視をする場合,過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児死亡,子宮頸管裂傷等を起こす可能性があるので,分娩監視装置による連続監視が必要であるところ,被告Dは分娩監視装置すら使用せず,上記連続監視を怠ったものである。 また,被告D及び看護婦がつきっきりでFの分娩介助に専念していたとは到底考えられない。 このため,Fが死亡するに至った。 イ 被告Dの主張被告Dは分娩監視装置は使用していないが,分娩監視装置による監視は必要不可欠なものではないから,上記装置を使用しなかったからといって,分娩監視を行わなかったとはいえない。 また,Fには看護婦がつきっきりであった上,被告Dも朝から度々Fを診察し,分娩室に移動した後は,分娩室を離れずに分娩の進行状態を観察しており,陣痛発作の観察等により過強陣痛や強直性子宮収縮が発生していないことを確認していた。 被告Dも朝から度々Fを診察し,分娩室に移動した後は,分娩室を離れずに分娩の進行状態を観察しており,陣痛発作の観察等により過強陣痛や強直性子宮収縮が発生していないことを確認していた。 そもそも本件では,いわゆる胎児仮死はなかったのであるから,胎児仮死を警戒するための分娩監視装置を使用しなかったことをもって過失を構成する意味はない。また,分娩監視装置を使用しなかったこととFに弛緩出血又は羊水塞栓が生じたこととの関係が不明である。 (5) 争点5(被告Dの出血に対する措置上の過失の有無)ア 原告らの主張被告Dは,自らの医院において非凝固性出血を認めてDICと分かったのであれば,直ちに高次医療機関に転送する準備をし,かつそれと並行して,DICに有効なATⅢ製剤,フサン,FOY等の薬剤を投与して対処すべきであった。 そして産科ではDICが起きやすく,その場合の死の危険も高いことから,上記のような薬剤を備えておくべきであった。 しかし,被告Dは,平成8年1月21日午前11時5分にFがDICであるとの疑いを持ったといいながら,同11時35分まで救急車の出動依頼をしなかった。その上,被告Dは,上記のようなDICに対する薬剤を病院に備え付けておくことを怠っていたため,救急車が到着するまでの間,何ら上記のような薬剤投与等の対処をとることをしなかった。 仮にFの死因が羊水塞栓だとしても,羊水塞栓であれば必ず死に至るというものではないのであり,被告Dの上記過失によってFは死亡した。 イ 被告Dの主張被告Dは,凝固性に乏しい出血をみて直ちに止血のためにできる限りの各種の措置を講じ,その効果がみられないことも確認しながら,H病院にFの転送の た。 イ 被告Dの主張被告Dは,凝固性に乏しい出血をみて直ちに止血のためにできる限りの各種の措置を講じ,その効果がみられないことも確認しながら,H病院にFの転送の依頼をし,その了解を取り,同時に輸血の手配も依頼した。 また,個人開業の産婦人科医において,高価で有効期限にも限界のあるATⅢ製剤等の薬剤を備えることは医療水準とはいえない。備えていなかったからこそ可能な限りの止血措置を講じて転送した。 (6) 争点6(H病院における診療行為上の過失の有無)ア 原告らの主張(ア) H病院では,被告DがFの弛緩出血を理由に転送してきたのであるから,単に止血処置をするのみならず,迅速に輸血をすべきであり,輸血は転送から30分前後で準備が可能であった。にもかかわらず,Fに輸血が開始されたのは転送から90分後であり,輸血が遅れた。 また,FがDICの疑いで転送され,直ちに非凝固性の強出血を確認したのなら,上記の輸血の準備と並行して,フサン,FOY等DICに対する薬剤を投与すべきであったのに,上記のとおり輸血が遅れたばかりか,このようなDICに対する対処もしなかった。 (イ) 高次医療機関であるH病院においては,被告DからFの転送を受けた以上,被告Dの診断を参考にしつつもそれを鵜呑みにすることなく,高度の専門技術を生かして独自に診断を下して出血部位を早期に確定し,Fの出血を止めるべきであった。 しかし,Fが転送された午後12時ころからFの出血部位を特定できないまま約9時間を経過させた。 また,午後9時過ぎには子宮体部摘出手術を行ったが,その後においても,上記手術後も膣壁創部からの血液滲出を 後12時ころからFの出血部位を特定できないまま約9時間を経過させた。 また,午後9時過ぎには子宮体部摘出手術を行ったが,その後においても,上記手術後も膣壁創部からの血液滲出を認め,この止血のためゼット縫合を多数回行い,この処置中にも出血が700gもあり,処置後にも膣内にガーゼを6枚も挿入しなければならないなどの状況であったのであるから,その時点で子宮体部が出血部位でないことが判明した。 その上,超音波断層写真のみからは子宮頸管内側や膣壁が出血部位であることの合理的な疑いを捨てることできないことを考慮すると,他の部位からの出血を疑い,出血部位を特定し,根本的な止血を行わなければならなかった。 にもかかわらず,漫然と子宮体部の摘出のみで手術を終了させ,根本的な止血を行うことを怠った。 以上の結果,Fは死亡した。 イ 被告Eの主張(ア) 分娩後に,羊水塞栓からDICや弛緩出血を発症した場合,子宮腔内の胎盤剥離部や産道の擦過部位から広範な面としての出血が生じうるものであって,このような場合,原告ら主張のように出血部位を点として早期に特定し止血するという措置は取りえず,最終的には広範な出血部位である胎盤剥離面を除去するための子宮切除の手術療法が適応する。 ところが,Fは,H病院に転送された時点で既にショック状態であり,その直後に呼吸停止に陥ったため,救命措置が第1とされ,手術を直ちに実施できる状態ではなかった。 (イ) 超音波断層写真に基づいて胎盤剥離部から広範に出血していると判断したことは合理的であり,また,原告らが主張する部位に出血がなかったことは複数の医師が確認している。 (イ) 超音波断層写真に基づいて胎盤剥離部から広範に出血していると判断したことは合理的であり,また,原告らが主張する部位に出血がなかったことは複数の医師が確認している。 また,原告らが指摘する手術後の700gの出血は,そのほとんどが開腹術前又は術中の出血であり,術後には出血はなく,他の部位からの出血を疑う状況はなかった。 なお,原告らの指摘する膣壁創部からの血液滲出は,分娩時に生じた膣壁の擦過傷からのものであり,DICが存在するような患者には,このような傷に対しても止血操作をするのは当然である。さらにガーゼを挿入して止血操作をすることはより慎重な治療行為であった。 (7) 争点7(被告Dの説明義務違反の有無)ア 原告らの主張患者には,自己の病状,医療行為の目的,方法,危険性,代替的治療法等について正しい説明を受けて理解した上で,自主的に選択・同意・拒否できるという自己決定権があるところ,被告Dは,陣痛促進剤の危険についてFに何ら説明せず,Fの自主的な選択によらずに陣痛促進剤を投与した。 Fは,上記の点について説明がなされていれば陣痛促進剤の投与を受けなかったはずであるから,被告Dの上記説明義務違反は,他の注意義務違反とともにFの死亡という結果を引き起こした。さらには,Fの自己決定権をも侵害し,Fに精神的苦痛を与えた。 なお被告は,本件の分娩誘発・促進は,初出産した前回の分娩において微弱陣痛で長時間苦しんだFからの希望であったという。しかし,Fが前回の分娩において微弱陣痛で苦しんだことはなく,よって今回の分娩に当たって長時間の苦しみを避けたいと切望していたということはありえない。 イ 被告Dの主張 ったという。しかし,Fが前回の分娩において微弱陣痛で苦しんだことはなく,よって今回の分娩に当たって長時間の苦しみを避けたいと切望していたということはありえない。 イ 被告Dの主張Fは,入院前に被告Dと話合いをした際,昭和58年1月の第1子分娩の際に経験した微弱陣痛による長時間の苦しみを避けたいと切望していた。本件の分娩誘発・促進は,Fとの話合いの結果選ばれたものであって,Fの希望を受けて行われたものである。 そして,実際に希望通りに順調に分娩が進んで健全な児を分娩した本件では,分娩促進剤使用の説明義務違反を問題とする余地はない。 (8) 争点8(損害額)ア 原告らの主張(ア) Fの損害合計9171万6851円a 治療費(68万4900円)b 付添看護費(5500円)c 入院雑費(1300円)d 死亡による逸失利益(6702万5151円)賃金センサスによる37歳女性の年平均賃金531万900円から生活費として30%を減額した上で,就労可能年数を30年として新ホフマン方式により年5分の中間利息を控除すると,次の計算式により上記の額となる(1円未満切捨て)。 531万900円×(1-0.3)×18.029e 死亡の結果に対する慰謝料(2000万円)Fの,37歳という若さで息子2人を残して死亡しなければならなかった心残り,病気でもないのに出産で死亡することの悔しさ,また死の直前まで意識がはっきりしていたことからFが味わった不安と恐怖を考慮すると,Fの慰謝料は2000 子2人を残して死亡しなければならなかった心残り,病気でもないのに出産で死亡することの悔しさ,また死の直前まで意識がはっきりしていたことからFが味わった不安と恐怖を考慮すると,Fの慰謝料は2000万円を下らない。 f 自己決定権の侵害に対する慰謝料(400万円)Fには薬物による分娩促進についての説明がされなかったため,いかなる治療を行うかFの意思で決定することができず,その自己決定権が侵害された。この侵害に対する慰謝料は400万円を下らない。 g 原告らは,Fの法定相続人であり,上記損害についての賠償請求権を,法定相続分に従って,原告Aが2分の1,原告Bと原告Cがそれぞれ4分の1の割合で相続した。 (イ) 原告Aの請求損害額合計5726万4268円a 葬祭費 120万円b 慰謝料 500万円啓二は突然妻を失い,現在でもFが死の直前に見せた死への恐怖感,寂しそうな表情を片時も忘れることができない。この苦痛に対する慰謝料は500万円を下らない。 c 相続分 4585万8426円d 弁護士費用 520万5842円(ウ) 原告Bの請求損害額合計2852万2134円a 慰謝料 300万円原告Bは中学生という多感な時代に突然母親を失った。この苦痛に対する慰謝料は,300万円を下らない。 b 相続分 2292万9213円c 弁護士費用 259万2921円(エ) 原告Cの請求損害額合計2852万2133円 b 相続分 2292万9213円c 弁護士費用 259万2921円(エ) 原告Cの請求損害額合計2852万2133円a 慰謝料 300万円原告Cは自分を出産した際の事故で母親を失い,産みの母親を知らないまま生きていかねばならない。この苦痛に対する慰謝料は,300万円を下らない。 b 相続分 2292万9212円c 弁護士費用 259万2921円イ 被告らの主張すべて争う。 第3 争点に対する判断 1 争点1(Fの死亡原因)(1) 前記争いのない事実等,証拠(甲16,19,21,25ないし27,33,乙1,丙1の1ないし51,2の1ないし15,3の1ないし6並びに証人K,原告A本人,被告D本人,鑑定の結果)並びに弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 ア Fが死亡に至る経過の概要(ア) 平成8年1月20日a 午後7時出産のためD産婦人科に入院。 尿蛋白陰性。血圧は収縮期125㎜Hg,拡張期70㎜Hg。 (イ) 平成8年1月21日a 午前9時30分分娩室に入室。 b 同10時41分正常経膣分娩で男児出産。 胎児仮死,新生児仮死はなく,児に異状なし。 c 同1 b 同10時41分正常経膣分娩で男児出産。胎児仮死,新生児仮死はなく,児に異状なし。 c 同10時50分自然剥離で胎盤娩出。子宮収縮は良好。 d 同11時00分会陰裂傷及び膣壁裂傷の縫合開始。 e 同11時05分性器を通して非凝固性の出血が始まる。子宮頸管に裂傷なし。 f 同11時50分救急車で転送先のH病院に到着。 g 午後12時13分呼吸停止。血圧も測定不能にまで低下。 h 同9時13分子宮膣上部切断手術開始。 i 同11時18分手術終了。子宮破裂,子宮頸管裂傷なし。膣壁創部からの血液滲出あり。 (ウ) 平成8年1月22日 a 午前0時42分手術室を退室。引き続きDICに対する治療を継続。 b 同10時00分J病院へ転送決定。 c 同11時40分J病院へ出発。 d 午後12時15分 J病院へ転送決定。 c 同11時40分J病院へ出発。 d 午後12時15分J病院に到着。 既に心停止,瞳孔拡大,対光反射消失状態。 e 同1時15分死亡。 イ 検討(ア) 分娩後の出血分娩後に生じる出血は,多くの場合,<1>弛緩出血(分娩終了後に子宮筋の収縮状態が不良のため,胎盤剥離面に開口している血管が子宮筋の収縮によって絞扼されないため生じる出血),<2>子宮頸管や膣壁などの軟産道の裂傷に起因する出血,<3>DIC(播種性血管内血液凝固症候群。何らかの基礎疾患が原因となって,血液の凝固性が異常に亢進して全身的に血管内血液凝固が生じ,細小血管内に多数の微小血栓が形成された結果引き起こされる症候群。微小血栓による各種臓器の循環障害,血液凝固因子の消費による強い出血傾向が現れる。産科においては,分娩や流産時に非凝固性の子宮出血がみられる。)による出血のいずれかである。 本件では,上記アに認定のとおり,<1>の子宮筋の収縮は,Fに非凝固性の出血が始まる前には良好であり,また<2>の軟産道の裂傷も,本件異常出血の原因と疑われるようなものはなく,さらに異常出血が非凝固性の出血であったことに照らすと,既に被告Dが非凝固性の出血を認めた時点においてFにDIC(産科でみられるDICは,他科のDICと異なり,急性で突発的なことが多く,それゆえ特に産科DICとも呼ばれる。)が発症していたと考えるのが相当である。 (イ) 産科DICの基礎疾患 られるDICは,他科のDICと異なり,急性で突発的なことが多く,それゆえ特に産科DICとも呼ばれる。)が発症していたと考えるのが相当である。 (イ) 産科DICの基礎疾患産科DICがもたらされる原因(基礎疾患)としては,常位胎盤早期剥離,出血性ショック,重症感染症,羊水塞栓症,重症妊娠中毒症,死胎児症候群などがある。 これらのなかでも,常位胎盤早期剥離(特に児死亡の場合),出血性ショック(特に2000ml以上の出血の場合),重症感染症,羊水塞栓症がDICを発症する可能性が高い。 そして本件では,Fは高血圧や尿蛋白陽性ではなかったことから妊娠中毒症が,前置胎盤でなく胎児仮死もなかったことから常位胎盤早期剥離が,胎児が元気に出生していることから死胎児症候群が,分娩前に発熱はなく分娩経過も比較的短時間であったことから重症感染症が,それぞれ否定される。 また,出血性ショックから起こる産科DICは,まず子宮筋の収縮不全や母体損傷等によって凝固性を伴った強出血があり,この出血が大量に至った結果,母体の循環不全(ショック状態)が生じてDICとなるという経過をたどる。 そして,このような母体損傷や子宮収縮不全等に起因する出血の場合には,出血が始まってから呼吸停止が起こるまでには極めて長時間を要し,むしろ通常は呼吸停止が起こるまでには至らないといえる。 本件では,上記アに認定のとおり,Fに子宮収縮不全や異常出血の原因と疑われる母体損傷はなかったこと,出血も凝固性が認められなかったこと,呼吸停止が急激に起こったこと(異常出血の開始から68分,胎児娩出から92分。)等からすると, 本件DICの原因として,出血性ショックも たこと,出血も凝固性が認められなかったこと,呼吸停止が急激に起こったこと(異常出血の開始から68分,胎児娩出から92分。)等からすると, 本件DICの原因として,出血性ショックも否定される。 (ウ) 死亡原因羊水塞栓症は,羊水成分が母体血中に入り込むことにより惹起される疾患であり,突然発症し,しかもいったん発症すれば病勢の進行は超急性で,急速にDICが進展し,呼吸停止,心停止などがもたらされる疾患である。 そして,前記のようなFの臨床経過からすると,Fに生じた産科DICの基礎疾患としては,羊水塞栓症のみがそれに該当するといえ,Fの死亡原因は,羊水塞栓症であったと認めるのが相当である。 なお,羊水塞栓症の発生頻度は8千から8万例の分娩に1例といわれており,死亡率は50%から86%に達するといわれている。 (2) これに対し原告らは,Fの出血が非凝固性のものであったことはなく,既に胎児娩出直後から凝固性の異常出血が始まっていたのであり,これは被告Dによる陣痛促進剤の乱用が原因であったとして,Fの死亡原因は羊水塞栓ではないと主張する。 しかしながら,前掲各証拠に照らすと,H病院に転送された直後において複数のD産婦人科医院の医師が非凝固性の強出血であることを確認していること,原告A自身も,Fの異状を聞いて駆けつけたD産婦人科医院において被告Dから「さらさらとした血が流れて止まらない」旨の説明を受けたことが認められる。また,被告DがFの異常出血を確認した際,弛緩出血の可能性も考慮して直ちに子宮収縮剤のメテルギンを投与したことは,Fの異常出血が非凝固性の した血が流れて止まらない」旨の説明を受けたことが認められる。また,被告DがFの異常出血を確認した際,弛緩出血の可能性も考慮して直ちに子宮収縮剤のメテルギンを投与したことは,Fの異常出血が非凝固性のものであったことと矛盾する対応とはいえず,その他の証拠によっても,河野D産婦人科医院で始まったFの性器からの異常出血が凝固性のものであったと認める根拠はない。 さらに原告らは,H病院におけるFの血液学検査の結果(丙1の19)に基づいて,Fの血小板数(PLT)が異常出血開始から約3時間半後の検査でも正常値を示していたことをもって,FがH病院に転送される時点ではまだDICが生じていなかったとも主張する。 しかしながら,証拠(甲25,26)によると,産科DICの凝血学的特徴としては血小板数が低下しない例も多く,産科DICの診断基準においても血小板数を含む血液検査項目は通常のDICの診断基準(これは産科領域におけるDICの診断には適用しないとされている。)における場合と比べても相対的にウェイトが低いことが認められるのであって,これらの事実に照らせば,上記血小板数の推移の仕方をもって,Fが異常出血の当初からDICであったことを否定する合理的な根拠と評価することはできない。 以上のとおりであって,Fの直接の死亡原因は大量出血によるショック死であり,この大量出血の原因はDICによってもたらされた出血傾向によるものであり,DICの原因は羊水塞栓症であると認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 2 争点2(被告Dの陣痛促進剤の投与上の過失等について)(1) 原告らは,陣痛促進剤の使用により子宮内圧が上昇し,それにより羊水内の胎児成分が母体内に流入して羊水塞栓症を引き起こす可能性があるという医学的 の陣痛促進剤の投与上の過失等について)(1) 原告らは,陣痛促進剤の使用により子宮内圧が上昇し,それにより羊水内の胎児成分が母体内に流入して羊水塞栓症を引き起こす可能性があるという医学的知見があることを前提に,被告Dの陣痛促進剤の使用がFの羊水塞栓を引き起こしたと主張する。 しかしながら,証拠(甲7,8,16,20,25,乙6,7の1及び2,丙5,7並びに証人K,鑑定の結果)並びに弁論の全趣旨によると,陣痛促進剤を投与したか否かにかかわらず,そもそも子宮内圧は陣痛発作時に上昇するものであること,従来,陣痛促進剤の使用が羊水塞栓症の危険因子の一つである可能性が指摘されてきたことが認められるものの,その医学的な関連性が明らかにされていた訳ではなく,むしろアメリカ産婦人科学会においてはオキシトシンの使用と羊水塞栓症との因果関係は明確に否定されていること,羊水塞栓症例において陣痛促進剤が使用されていた症例は我が国において40~79%という報告があること(これは羊水塞栓症例において陣痛促進剤が使用されていない場合が21~60%あるということも同時に示す。),しかし我が国において全分娩数のどれくらいの割合に陣痛促進剤が使用されているかは必ずしも明らかでないこと,本件では,医薬品副作用被害救済給付の不支給の理由においてFの死因と陣痛促進剤の使用との関連性が否定されていることが認められる。 そうであれば,一般的医学知見上も,統計上も陣痛促進剤の使用と羊水塞栓症の発生との間に因果関係を認めるには十分とは言えないのであって,結局,原告の前提とする前記見解自体が成り立たない。 また,本件において,Fに対する陣痛促進剤の使用がFの死亡に関与したことを認めるに足りる証拠もない。 以上からすれば,本件 ,原告の前提とする前記見解自体が成り立たない。 また,本件において,Fに対する陣痛促進剤の使用がFの死亡に関与したことを認めるに足りる証拠もない。 以上からすれば,本件において,Fに陣痛促進剤が使用されなければFが死亡しなかった高度の蓋然性は認められず,陣痛促進剤の使用とFの死亡との間に相当因果関係はないといわねばならない。 (2) さらに原告らは,本件で被告DがFに陣痛促進剤を投与していなければ,Fがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があると主張する。 しかしながら,前記(1)のとおり,陣痛促進剤の使用と羊水塞栓症との関連性は不明であって,本件において,Fに陣痛促進剤が使用されていなければ,Fがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性も認められない。また,証拠(甲8,28,丙5,7)及び弁論の全趣旨によると,本件当時,我が国では,陣痛促進剤は産科において一般的に使用されていたことが認められ,その使用そのものが医療水準にかなった医療行為でなかったとはいえない。 以上のとおりであるから,陣痛促進剤の投与に関する原告らの主張は認められない。 3 争点3(被告Dの分娩誘発・促進上の過失等について)(1) 前記争いのない事実等,証拠(甲16,19,21,乙1,被告D本人,鑑定の結果)並びに弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 平成8年1月20日午後7時,FはD産婦人科に入院した。子宮頸管は1指開大であったが,まだ強靱であった。 同7時10分,被告Dは,Fに分娩誘発のためにラミナリアを10本挿入した。 同21日午前6時,前夜からのラミナリアをすべて抜去した。子宮口 大であったが,まだ強靱であった。 同7時10分,被告Dは,Fに分娩誘発のためにラミナリアを10本挿入した。 同21日午前6時,前夜からのラミナリアをすべて抜去した。子宮口は3指開大であった。 同7時,5%ブドウ糖500ccを点滴開始した。 同10時,分娩促進のため,上記ブドウ糖の残量約400mlにパルトシン5単位を注入した。 同10時41分,Fは過強陣痛もなく,元気な男児を出産し,児には特段の異状はなかった。 (2) 原告らは,被告Dが平成8年1月21日午前6時からラミナリア20本と陣痛促進剤を同時に使用したこと,そのためFに過強陣痛があって子宮内圧が病的に上昇したことを主張するが,上記認定事実に照らせば,原告らの主張は認められない。 なお,証拠(乙7の1及び鑑定の結果)によると,最近の医学的知見では,子宮筋収縮時には母体静脈が機械的な圧迫を受けて血流が遮断されることから,異常に子宮内圧が上昇しているような状況においては,羊水が母体血流に流入することは一層困難ないし不可能とされていることが認められるのであって,子宮内圧の病的上昇によって羊水塞栓症が発症するという原告らの主張の前提も認められない。 以上より,上記原告の主張は認められない。 4 争点4(被告Dの分娩監視上の過失等について)被告DがFの出産に際し分娩監視装置を使用していないことは当事者間に争いがない。 ところで,分娩監視装置は胎児の心拍数と子宮収縮とを連続的に測定して胎児の状態や子宮収縮の状況を監視するなどのために用いる装置であるが,前記争点3において判示のとおり,本件ではFに過強陣痛は認められず,胎児仮死もなく無事に出産してお と子宮収縮とを連続的に測定して胎児の状態や子宮収縮の状況を監視するなどのために用いる装置であるが,前記争点3において判示のとおり,本件ではFに過強陣痛は認められず,胎児仮死もなく無事に出産しており,分娩自体は異常なく進行したものである。 そして,Fの死亡原因が羊水塞栓症であることを踏まえれば,被告Dが分娩監視装置を使用しなかったためにFが死亡したという関係は認められず,被告Dの分娩監視装置の不使用とFの死亡との間には相当因果関係は認められない。 5 争点5(被告Dの出血に対する措置上の過失の有無)(1) 前記争いのない事実等,証拠(甲21,25,33,乙1,丙1の5,2の1及び2並びに原告A本人,被告D本人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 1月21日午前10時41分,Fは,原告Cを出産した。 同10時50分,胎盤は自然剥離で娩出された。この時点での子宮収縮は良好であった。被告Dは,普段しているようにメテルギン(子宮収縮剤)を1アンプル投与した。 同11時,Fの会陰裂傷及び膣壁裂傷の縫合を開始した。 同11時5分,被告Dは,Fの性器を通しての出血が非凝固性のものであることを認め,異常な出血であると判断し,弛緩出血あるいはDICが起こった可能性を疑った。そこで直ちに止血のためにメテルギンを2アンプルを静注し,2アンプルを筋注した。続けて,点滴中の側管からアドナ,メテルギン2アンプル,ジギラノゲンCを注入した。なお,被告Dは,緊急時に備え,Fの分娩前からあらかじめ5%ブドウ糖を点滴して血管を確保していた。 さらに,Fの出血が子宮体部の胎盤剥離面からの出血であると判断されたことから,子宮内に胎盤遺残や凝血塊等がな に備え,Fの分娩前からあらかじめ5%ブドウ糖を点滴して血管を確保していた。 さらに,Fの出血が子宮体部の胎盤剥離面からの出血であると判断されたことから,子宮内に胎盤遺残や凝血塊等がないかどうかを用手にて確認したが,残留物等は認められなかった。さらに膣鏡を用いて,子宮頸管等に裂傷がないかも確認したが,裂傷はなかった。膣内には止血のため強圧膣ガーゼタンポンを挿入した。 このような状況から,被告Dは自分で対応することが困難な事態であると判断し,直ちに高次の病院への転送準備をも開始した。 Fの家族に連絡を取るため自宅に連絡したが,不在であったため,Fから原告Aの所持する携帯電話の番号を聞き,同11時20分ころ,原告Aに電話でFの容態を伝えるとともに,直ちに来院するよう連絡した。 また,H病院に転送の受入れを打診し,Fの症状等を説明するとともに,輸血のための血液の確保をも要請した。 同11時30分ころ,原告AがD産婦人科に到着した。 被告Dは,H病院の転送受入れの了承を得て,同11時35分ころ,救急車を要請し,同38分に救急車がD産婦人科に到着した。Fを救急車に乗せ,被告Dも救急車に同乗して,同47分にD産婦人科を出発し,トランサミン(DICに対して有効な酵素阻害剤のひとつ)及びデキストランをFに投与開始した。 同11時50分,救急車は転送先のH病院に到着した。 同11時55分,FはH病院に入院し,分娩室に直行となった。 なお,ATⅢ製剤,フサン,FOY(いずれもDICに対して有効な酵素阻害剤)といった薬剤は被告Dは備えておらず,こうした薬剤をFに投与することはできなかった。 (2) 上記(1)の認定事実をもとに,被告DにF フサン,FOY(いずれもDICに対して有効な酵素阻害剤)といった薬剤は被告Dは備えておらず,こうした薬剤をFに投与することはできなかった。 (2) 上記(1)の認定事実をもとに,被告DにFの出血に対する措置について過失があったかを検討するに,被告DはFの異常出血を認めるや,自分では対処できない状況であると判断して,速やかに転送の準備を開始したというべきであって,この点に過失はない。 すなわち,被告Dは,Fの診療をするにあたり,Fに生じる症状について自分で対応できる状況か否かを適切に判断し,対応できない場合には速やかに高次医療機関への転送をするように対処すべき義務があったというべきであるところ,証拠(甲26,証人K,被告D本人)によると,高次医療機関への転送を行うに当たっては,血管・気道の確保,出血部位の診断,応急的止血処置,酸素投与等を行った上で,家族への連絡,転送先病院への連絡,輸血用血液の確保,補液等を並行的に行った上で,最終的な状況を診て転送のための救急車を要請するというのが基本的でかつ望ましい手順であること,高次医療機関への転送に際して救急車を要請するに当たっては転送先の病院を指定する必要があることが認められる。 そして,被告Dは,あらかじめ緊急時の血管確保の目的でブドウ糖を点滴しており,また,Fの異常出血を認めた時点で,弛緩出血,DIC,頸管裂傷等の出血原因を考慮しながら自分で対処できる範囲の診断,止血措置を施し,それと同時に緊急事態を家族に連絡して転送の趣旨を伝え,かつ転送先となるべきH病院にFの状態を説明し,転送の了承を得て,同時に輸血用血液の確保を依頼すること等を行っており,こうした手順を踏むのに30分程度の時間が経過しても不合理とはいえないこと,救急車が到着してからも時間的にみてスム 状態を説明し,転送の了承を得て,同時に輸血用血液の確保を依頼すること等を行っており,こうした手順を踏むのに30分程度の時間が経過しても不合理とはいえないこと,救急車が到着してからも時間的にみてスムーズにH病院での入院・治療に至っている経過等も考慮すると,被告Dに上記義務に反して転送のための救急車の要請が遅れた過失があるとはいえない。 次に,被告DがATⅢ製剤等のDICに対処するための薬剤を備えておらず,Fにこうした薬剤を投与できなかった点について検討するに,前記認定事実のとおり,被告DはH病院への転送時にトランサミンの投与を開始しており,また,証拠(甲25,26,28,丙3の1ないし5及び鑑定の結果)並びに弁論の全趣旨によると,ノイアート(ATⅢ製剤のひとつ),フサン等は比較的高額な薬剤であること,これらの薬剤の投与はDICに対する治療法として最も望ましい治療法の水準に該当するものであること,産科においては種々の原因から出血が生じやすいから,これらの薬剤を常備しておくことが望ましいとはいえるが,本件当時の医療体制下の個人開業のD産婦人科の医師としては,出血源に対する根本的治療が不可能な場合には,高次医療機関へ転送することを前提としており,産科DICなどの重篤な症状に対し,地域の個人開業のD産婦人科において地域の中核的な医療機関と同程度の対処をすることは要求されておらず,むしろ応急の止血等をした上で可能な限り早期にそうした高次医療機関へ転送することが必要とされていたことが認められる(そして,被告DがFの出血後直ちに自分の手に負えないと判断し,H病院への転送の手続をとったこと,転送準備の点についても問題がなかったことは前判示のとおりである。)。 とすると,被告Dにおいて,ATⅢ製剤等の薬剤を備えておくべきであっ と判断し,H病院への転送の手続をとったこと,転送準備の点についても問題がなかったことは前判示のとおりである。)。 とすると,被告Dにおいて,ATⅢ製剤等の薬剤を備えておくべきであったとまではいえず,DICに対してトランサミンを投与していることからしても,過失があるとはいえない。 6 争点6(H病院における診療行為上の過失の有無)(1) 前提事実前記争いのない事実等,証拠(甲21,25ないし27,丙1の1ないし51,2の1ないし15,3の1ないし6,証人K,原告A本人,被告D本人,鑑定の結果)並びに弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 ア 手術前のFの状況及び診療経過の概要平成8年1月21日午前11時55分,FがD産婦人科から救急車で転送されてきて,H病院の産婦人科に緊急入院となった。全身色は不良で,末梢チアノーゼがみられた。この時点ではまだ呼名反応が見られ,開眼し,弱い声で返事があり,体交しようと抵抗があった。子宮収縮は不良であった。 同日午後12時,分娩室へ直接収容され,モニターが開始された。血圧は収縮期117㎜Hg,拡張期77㎜Hgであったが,脈拍は1分126回であった。 産科の医師二人が膣鏡診を行い,非凝固性の強出血を認めた。超音波断層法で診察すると,子宮内には遺残物がなく,骨盤腔にも液体の貯留を認めなかった。 同12時10分,既に第1の血管である右前腕ルートから投与されていたサリンヘスにプロスタルモンF(子宮収縮剤)を混注して投与を開始した。 同12時13分,Fは呼吸停止して,血圧も低下して測定不能な状況となった。ショック体位をとらせ,アンビューバッグ サリンヘスにプロスタルモンF(子宮収縮剤)を混注して投与を開始した。 同12時13分,Fは呼吸停止して,血圧も低下して測定不能な状況となった。ショック体位をとらせ,アンビューバッグで換気し,麻酔科,外科,内科に応援を依頼した。子宮は収縮がみられた。 同12時22分,Fの体交が収まり,発語がなくなった。このころ,第2,第3の血管が確保され,左前腕ルートからはソルテム及びエホチール,右末梢静脈ルート(部位は不明)からはソルコーテフ(速効性副腎皮質ホルモン)及びソルラクトの投与を開始した。 同12時35分,外科,麻酔科からの応援の医師により経鼻挿管した。 その後,Fは自発呼吸を再開した。血圧は低いため不明瞭なままであった。 同12時40分,医師の呼名にうなずく反応が見られた。イノバンの投与を開始した。 同12時55分,ミラクリッド(DICに対して有効な酵素阻害剤)の投与を開始した。 同1時前ころ,輸血のためのクロスマッチ試験(患者の血液と輸血用血液との適合性の試験。クームス法による。)及び血液学検査用の採血がなされた。 同1時10分,右末梢静脈ルートのソルラクトの投与を一時やめて,プラスマネート・カッター(ショック時の代用血液。)を投与した。 同1時30分,性器からの出血量は1000mlに達した。超音波断層法によって,子宮腔内に液体の貯留が認められたが,ダグラス窩を含む骨盤腔内には液体の貯留を認めなかった。さらに傍子宮組織内にも血液浸潤を思わせる状況はなかった。 同1時40分ころから,新鮮凍結血漿(FFP),濃厚赤血球(CRC),新鮮血の輸血を開始し,以後持続的に投与した。 宮組織内にも血液浸潤を思わせる状況はなかった。 同1時40分ころから,新鮮凍結血漿(FFP),濃厚赤血球(CRC),新鮮血の輸血を開始し,以後持続的に投与した。 同2時ころ,東京での学会に出席していたH病院のK医師のもとに病院から連絡があり,Fの容態・治療状況等が報告があった。この報告を受け,同医師はFが羊水塞栓症であろうと判断し,直ちに病院に戻ることにした。 同2時10分,分娩室入室後から,用手的に子宮マッサージを行い,冷罨法,プロスタグランディンF2α(子宮収縮剤)の持続点滴を行っていたが,Fの子宮収縮は十分ではなかった。 同2時35分,血液学検査の結果では,血小板数は低下の傾向にあったものの正常値の範囲内であった。 同2時44分,上記の状態を踏まえ,さらにプロスタグランディンF2αを2アンプル局注し,強圧ガーゼタンポンを挿入した。 このころ,総出血量は2550mlに達し,血圧も安定せず,なおも性器からの出血は持続していた。 同3時5分ころから,ノイアート,フサンの投与を開始した。 その後も性器出血は持続し,血圧も低下して不明瞭な状況が続いた。 同4時25分,血液学検査を行い,血小板数に明らかに異常が現れた。 同5時の時点までの総尿量は35mlであり,同7時30分には総出血量が6355gとなった。 同8時10分,急遽東京から戻ってきたK医師がFを診察した。 その診察後,それまで羊水塞栓症の疑いで,抗ショック療法,抗DIC療法,呼吸管理等を行い,止血を図ったにもかかわらず,子宮の中から絶え間なく出血が続いていることから,出血部位である子 その診察後,それまで羊水塞栓症の疑いで,抗ショック療法,抗DIC療法,呼吸管理等を行い,止血を図ったにもかかわらず,子宮の中から絶え間なく出血が続いていることから,出血部位である子宮体部の摘出手術を行うかどうかについてD産婦人科医院の医師と麻酔科の医師の間で協議がされ,手術は可能でありかつそれが適切であるとの判断がなされた。 そこで,K医師は,原告Aに,FがDICになっていること,羊水塞栓症がその原因であると思われること,出血部位は子宮であると判断されることを告げ,子宮摘出手術の必要性を説明し,その同意が得られた。 同9時13分,子宮膣上部切断等の手術がK医師ほかH病院の産婦人科の医師3人によって開始された。被告Dも手術に立ち会った。 腹腔内には血液の貯留がみられず,上記5人の医師が子宮体部の切断後に子宮頸管の状況を確認したが,裂傷は見あたらなかった。 手術前の総輸血量は,新鮮凍結血漿4320ml,濃厚赤血球5800ml,新鮮血2800mlであった。 イ 手術後のFの状況及び診療経過の概要午後11時18分,上記手術が終了した。手術中のFの姿勢は仰臥位で両足は寝かせた状態であった。 同11時40分に腹腔内の洗浄を行った。 同11時50分に仰臥位のままで両足を立てた状態にして,膣鏡診を行い,膣壁創部からの血液滲出が認められたため,ゼット縫合を多数回行った。この際,手術中に出血して膣内にたまっていた血液と両足の間にたまっていた血液とが合計700g計量された(なお,原告は,この700gの出血は子宮頸管内側や膣壁等,子宮体部以外の箇所から手術後に出血したものであるというが,手術時のFの体勢が両足を寝 両足の間にたまっていた血液とが合計700g計量された(なお,原告は,この700gの出血は子宮頸管内側や膣壁等,子宮体部以外の箇所から手術後に出血したものであるというが,手術時のFの体勢が両足を寝かせたままの仰臥位であったこと,手術後には性器を通しての出血について一切記録されていないこと等に照らせば,Fの性器出血の主な出血源は手術で摘出された子宮体部であったものと認められ,上記原告らの主張は認められない。)。 手術中の総輸血量は,新鮮凍結血漿7200ml,濃厚赤血球3200ml,新鮮血4850ml,血小板2パックであった。 平成8年1月22日午前0時12分,膣内にガーゼを6枚挿入し,同0時42分に経鼻挿管のまま手術室を退室した。 同2時,Fの臨床経過が不安定で,DIC,低血圧,無尿という状態であったため,J病院ICUへの転送を考え,同病院のM医師に連絡し,受入れを依頼した。なお,手術前に見られた持続的な性器からの出血は手術後は止まっていたが,口腔,鼻腔,胃,腸管等の粘膜面からの出血があった。 同10時,J病院へのFの転院がより好ましいと判断し,J病院の受入れ同意を得て,同11時40分に出発した。しかしFは転送途中から心肺停止に陥り,心肺蘇生術を施行されながら,午後12時15分にJ病院に到着したが,同1時15分にFの死亡が確認された。 Fの病理解剖については,原告Aら家族が拒否したため行われなかった。 (2) 産科DIC及び羊水塞栓症に対する治療証拠(甲25,26)によると,産科DICに対する治療としては,<1>まず基礎疾患を早期に排除した上で,<2>消費性の凝固障害に対処するために保存血,新鮮血,新鮮凍結血漿,血小板を輸血するなど 証拠(甲25,26)によると,産科DICに対する治療としては,<1>まず基礎疾患を早期に排除した上で,<2>消費性の凝固障害に対処するために保存血,新鮮血,新鮮凍結血漿,血小板を輸血するなどの補充療法,<3>凝固,線溶,キニン系の酵素活性の亢進に対処するためにFOY,ATⅢ製剤,トランサミン,ミラクリッド等の酵素阻害剤を投与する酵素阻害療法,<4>多数の微小血栓が形成されて生じる循環障害による全身的な臓器不全に対する抗ショック療法(血管及び気道の確保,速効性副腎皮質ホルモンの投与,強心剤・利尿剤の投与,アシドーシス・電解質の補正等を行うもの。)をそれぞれ行うことが有効であることが認められる。 また,証拠(甲26,丙5,7及び証人K,鑑定の結果)によると,羊水塞栓症の原因は今なお不明であって,その予知及び根本的治療は困難で,低酸素症,ショック,DICに対する対症療法にならざるを得ないこと,したがって速やかな呼吸管理・循環管理・DICの治療が極めて重要であること,しかしこれらに対する考え得る治療をすべて行っても救命しうる可能性は決して高くないことが認められる。 (3) 過失についてア 本件において,上記<1>については,FのDICの基礎疾患が羊水塞栓症であったことからすれば,H病院において羊水塞栓症それ自体を排除することは当時の医療水準において不可能であったというべきである。 次に,<2>については,新鮮凍結血漿,新鮮血が持続的に投与されており,補充療法は適切に行われていたというべきである。 なお原告らは,Fへの輸血が遅れたと主張するが,前記認定事実のとおり,FはH病院に転送されてすぐ(午後12時13分)に呼吸が停止し,血圧も測定不能まで低下してショック状態となっ 。 なお原告らは,Fへの輸血が遅れたと主張するが,前記認定事実のとおり,FはH病院に転送されてすぐ(午後12時13分)に呼吸が停止し,血圧も測定不能まで低下してショック状態となっており,自発呼吸が回復したのは同12時35分ころ,呼名反応がみられたのは同40分ころであった。 このような状況では,まずFの呼吸管理が最優先されるべきであるし,証拠(甲25,証人K)によると,クームス法によるクロスマッチ試験には40分以上の時間が必要であることが認められるところ,H病院においては,前記認定事実のとおり,Fの自発呼吸が回復した後,午後1時前ころにはクロスマッチ試験のための採血を行い,午後1時40分ころには輸血を開始していること(以上のことから,遅くとも午後1時前ころまでにはFの輸血用血液も一定量準備されていたことがうかがわれる。),輸血が開始されるまでの間もソルラクト,プラスマネート・カッターを投与していること等に照らすと,Fの転送前にあらかじめ被告Dから輸血用血液の確保も依頼されていたことを考慮しても,H病院においてFへの輸血が遅れたということはいえない。 <3>についてみると,午後12時55分からはミラクリッド,同3時5分ころからはノイアート,フサンが投与されており,酵素阻害療法も適切に行われていたというべきであって,既に河野D産婦人科医院からの転送中にトランサミンの投与が開始されていたことを前提の上での治療であったことも考慮すると,酵素阻害療法が遅れたということもできない。 さらに,<4>についても,FがH病院に入院した後,直ちに血管及び気道が確保され,かつソルコーテフ,ソルラクト等の投与が開始されていることからすると,抗ショック療法も適切に行われていたというべきである。 ,<4>についても,FがH病院に入院した後,直ちに血管及び気道が確保され,かつソルコーテフ,ソルラクト等の投与が開始されていることからすると,抗ショック療法も適切に行われていたというべきである。 よって,H病院において,Fへの輸血が遅れたとか,DICに対する対処がなされなかった,あるいは遅れたとかいうことはできない。 イ また,FがH病院に転送されてから,超音波断層法や膣鏡診が行われ,Fの性器出血の出血源が子宮体部であると判断されていたこと,FのDICに対して種々の対症療法がとられ,強力に止血が図られたこと,しかし最終的には症状が改善されず,子宮体部からの大量の出血が止まらなかったため,子宮摘出手術が行われたこと,手術後のFの出血の状況(手術前にみられた持続的な性器からの出血は止まり,口腔,鼻腔,胃,腸管等の粘膜面からの出血にとどまったことは前判示のとおりである。)からして,子宮体部が出血源であるとした判断は正しかったこと等に鑑みれば,H病院の医師らがFの出血部位を早期に特定できないまま約9時間を経過させたということはできず,また根本的な止血を怠ったということもできない。 ウ 以上のとおりであって,対症療法及び手術に関し,H病院の医師らに原告主張のような過失があったとは認められない。 7 争点7(被告Dの説明義務違反の有無)(1) 前提事実前記争いのない事実等,証拠(甲9,16,19,21ないし23,乙1,2の1ないし3,原告A本人,被告D本人)並びに弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 ア 前回の分娩経過等Fは,第1子をD産婦人科において出産したが,その際,同医院への入院時に陣痛がさほど強くなく 下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。 ア 前回の分娩経過等Fは,第1子をD産婦人科において出産したが,その際,同医院への入院時に陣痛がさほど強くなく,分娩進行も緩徐であったため(「産婦人科医療事故の防止のために」(甲23)によると,このように陣痛発作の頻度,持続,強さのうちひとつ以上が減弱するものが微弱陣痛であるとされる。),M医師により陣痛促進のためにメトロイリーゼ(オバタメトロ)が使用され(オバタメトロであることは,乙2の3に記載されているM医師のメトロイリーゼ挿入の条件が,甲16の32頁記載の確認事項が一致することから推認される。),分娩にはかなりの時間がかかった(研修ノート「分娩誘発法」(甲16)によれば,陣痛誘発にオバタメトロを使用した場合には,初産婦で挿入後7,8時間で子宮口がほぼ全開大となるとされている。)。 Fはこのときの分娩が長くかかって苦しかったことから,今回の第2子出産に当たっては,そのような苦しみは避けたいと希望しており,そのことを被告Dにも告げていた。 イ 今回の分娩経過の概要平成8年1月20日,Fは陣痛のない状態でD産婦人科に入院した。 同1月21日午前9時,Fの陣痛は5分周期であった。 同9時30分,Fは分娩室に入った。Fの陣痛は5~3分の周期で,持続時間が約10秒という状況であった。 同9時50分から10時ころ,Fは自然に破水した。羊水混濁もなく,外出血も見あたらなかった。子宮口は4指(約6cm)開大の状態で軟化していた。 同10時,被告Dは,点滴中の5%ブドウ糖の残量400mlに側管から陣痛促進剤を5単位入れて,Fに陣痛促進剤の投与を開始した った。子宮口は4指(約6cm)開大の状態で軟化していた。 同10時,被告Dは,点滴中の5%ブドウ糖の残量400mlに側管から陣痛促進剤を5単位入れて,Fに陣痛促進剤の投与を開始した。 このころ,Fの分娩の状況は,陣痛の先進も非常に良好で,子宮口もほとんど全開に近い状態であり,過強陣痛も微弱陣痛もなかった。被告Dとしては,陣痛を促進しなくても待っていれば胎児は娩出されると判断したが,Fが早い娩出を希望していたため,陣痛促進剤を使えば速やかに分娩できると考え,上記のとおり陣痛促進剤を投与した。 もっとも,被告Dは,陣痛促進剤を使用する可能性についてあらかじめFに説明しておらず,また破水後に「早く産ませてほしい。」というFに対し,陣痛促進剤を使用するということは伝えず,「早くしましょうね。」と言ったのみで陣痛促進剤の投与を開始した。 (2) 説明義務違反患者は,医師からどのような医療行為を受けるかについて自ら決定する権利を有するところ,その権利を実質的に保障するために,医師は,患者に対して医療行為を行うにあたり,その診療契約上,患者の症状,とろうとする治療手段,その必要性,効果及び伴う危険,代替的治療手段等について説明し,当該治療について同意を得る義務がある。 ところで,本件において,被告Dは,平成8年当時,妊婦の分娩の状況によっては陣痛促進剤を使うことを医療行為として行っており,また,Fが第1子出産時に味わった長時間分娩の苦しみを回避したいと希望していることをFが入院する前から認識していたのであるから,Fの分娩に際し,陣痛促進剤を使用する可能性があることは十分に予見できたはずである。 そして,証拠(甲6,7)によると,陣痛促進剤の使用について 入院する前から認識していたのであるから,Fの分娩に際し,陣痛促進剤を使用する可能性があることは十分に予見できたはずである。 そして,証拠(甲6,7)によると,陣痛促進剤の使用については,過強陣痛,子宮破裂,胎児切迫仮死等を引き起こす危険があることから,平成4年10月から「使用上の注意」として上記のような危険性について注意することが求められていたことが認められる。 そうであれば,被告Dは,Fに対し,出産予定日ころ以前の段階で,分娩促進のために陣痛促進剤を使用する可能性,使用が必要と判断される状況(使用の条件),使用の効果,上記のような危険性等について説明し,分娩に際し陣痛促進剤を使用することとなっても良いかどうかについて同意を得るべき義務があったというべきである。 しかしながら,上記(1)の認定事実のとおり,被告Dは,Fに陣痛が始まったあと,陣痛促進剤の使用について何ら説明もせずにこれを投与しているのであって,「早くしましょうね。」というのみでは,上記診療契約上の説明義務を尽くしたとはいえないと言わざるを得ない。 したがって,被告Dには,上記診療契約上の説明義務に反してFに陣痛促進剤を投与した債務不履行があり,これは同時に,過失によりFの自己決定権を侵害した不法行為にも該当するから,これによって生じたFの精神的苦痛について損害賠償すべきである。 なお,陣痛促進剤の使用とFの死亡との間には前記争点2についての判断のとおり因果関係が認められないから,被告Dの説明義務違反によってFが死亡したとは認められない。 8 争点8(損害額)被告DによってFに生じた損害は,陣痛促進剤を使用するにつき事前に説明がなされず,自己決定権を行使する機会を失ったことによる精神的苦痛に 亡したとは認められない。 8 争点8(損害額)被告DによってFに生じた損害は,陣痛促進剤を使用するにつき事前に説明がなされず,自己決定権を行使する機会を失ったことによる精神的苦痛に限られるのであるが,前認定のとおり,平成8年当時,陣痛促進剤は一般的な薬剤であったこと,そもそも陣痛促進剤の使用とFの死亡との間に因果関係があるとは認められないこと,他方で,平成4年10月からオキシトシン系の陣痛促進剤について,その使用により過強陣痛,子宮破裂,胎児切迫仮死などが起こりうることが「使用上の注意」に明記され,注意が喚起されていたことなどを考慮すると,慰謝料としては90万円とするのが相当であり,被告Dに負担を命ずべき弁護士費用としては10万円が相当である。 第4 結論以上の通り,被告Dに対する,原告らの本訴請求は,慰謝料90万円と弁護士費用10万円の合計100万円と,これに対する平成8年1月22日(Fの死亡の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,被告Dに対するその余の請求と,被告Eに対する請求は理由がない。 よって,原告らの相続分に応じて,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所第1民事部 裁判長裁判官古川行男 裁判官西村欣也 裁判官 西村欣也 裁判官 竹村昭彦
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