- 1 - 主文 本件各抗告を棄却する。 理由 本件各抗告の趣意は、いずれも、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。 なお、所論に鑑み、職権により判断すると、所論引用の各証拠が同法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないとした原決定は、これを是認することができる。その理由は、以下のとおりである。 第1 各確定判決の認定事実の概要 1 犯行に至る経緯事件本人であるA(以下「A」という。)と同B(以下「B」という。)は、昭和25年に結婚をして同居していた。Bは10人兄弟の長男であり、Bの実弟であるC(以下「C」という。)は二男、同D(以下「D」という。)は四男である。 E(以下「E」という。)は、Cの長男である。 Dは、日頃から酒癖が悪く、飲んだ先々で迷惑を掛けたり、酔い潰れて道端に寝込んだり、Aを打ち殺すと言って暴れたりすることなどがあり、A、B及びCらは、Dの存在を快く思っていなかった。 昭和54年10月12日、Dは、酒を飲んで外を出歩き、同日午後8時頃、酔い潰れて道路脇の溝に落ちているのを地域の住人に発見された。近隣に住むF(以下「F」という。)及びG(以下「G」という。)は、連絡を受け、DをD方に連れ帰り、その土間に置いて帰った。 Aは、FからDの様子を聞き、Fらに迷惑を掛けたことを謝るなどした後、同日令和5年(し)第412号再審請求棄却決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件令和7年2月25日第三小法廷決定- 2 -午後10時30分頃、Dの様子を見るため、D方に立ち寄った。Aは、泥酔して土間に座り込んでいる 却決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件令和7年2月25日第三小法廷決定- 2 -午後10時30分頃、Dの様子を見るため、D方に立ち寄った。Aは、泥酔して土間に座り込んでいるDを認めるやDに対する恨みが募り、この機会にDを殺害しようと決意し、C、次いでBに対し、共同してDを殺害しようと話を持ち掛け、両名は、いずれもこれを承諾した。 2 罪となるべき事実A及びBは、⑴Cと共謀の上、昭和54年10月12日午後11時頃、D方に赴き、Dに対し、その顔面を数回殴打し、その場に倒れたDを足蹴りするなどした上、タオルでその頸部を絞め付け、よって、Dを窒息死に至らしめて殺害し、⑵C及びEと共謀の上、同月13日午前4時頃、Dの死体をD方牛小屋に運搬した上、同所の堆肥内に穴を掘って、その中に前記死体を埋没させ遺棄した。 第2 従前の裁判手続の経緯等 1 各確定審A、B及びCは本件殺人及び死体遺棄の公訴事実で、Eは本件死体遺棄の公訴事実で、それぞれ起訴された。 確定審において、Bは、C及びEと共に、公訴事実を認めた。鹿児島地方裁判所は、前記第1の2記載の罪となるべき事実等を認定して、Bを懲役8年、Cを懲役7年、Eを懲役1年にそれぞれ処した。3名はいずれも控訴せず、3名に対する第1審判決は確定した。 確定審において、Aは、本件殺人及び死体遺棄事件への関与を否認した。鹿児島地方裁判所におけるAの第1審公判では、Dの死体を解剖したH教授作成の鑑定書(以下「H旧鑑定」という。)を含む同意書証の取調べに加えて、B、C及びEの各証人尋問、共謀状況等を目撃したCの妻であるI(以下「I」という。)の証人尋問等が行われ、被告人質問が実施されるなどした。H旧鑑定の内容は、死体の腐敗が著しいため、損傷の有無、程度等が判然としないが 証人尋問、共謀状況等を目撃したCの妻であるI(以下「I」という。)の証人尋問等が行われ、被告人質問が実施されるなどした。H旧鑑定の内容は、死体の腐敗が著しいため、損傷の有無、程度等が判然としないが、頸部、右側胸腹部、右上肢及び両下肢に外力の作用した痕跡があり、内部においても、頸部、右胸郭等に外力の作用した痕跡が認められ、他に著しい所見を認めないので、窒息死を推定する- 3 -ほかないなどというものである。鹿児島地方裁判所は、前記第1の2記載の罪となるべき事実等を認定して、Aを懲役10年に処した。Aの控訴及び上告は棄却され、第1審判決は確定した。 2 各再審Aはこれまで3回にわたり再審請求に及び、Bはその長女を申立人としてこれまで2回にわたり再審請求に及んでおり、Aの第1次再審請求審は再審開始の決定をしたが、同即時抗告審で取り消され、Aの第3次・Bの第2次各再審請求審は各再審開始の決定をし、同各即時抗告審もその結論を是認して各即時抗告を棄却したが、同各特別抗告審で取り消されており、Aの第2次・Bの第1次各再審請求を含め、これまでの各再審請求はいずれも棄却された。 第3 今次の各請求の趣旨及び経緯等本件は、A及びBの長女を申立人とする、Aの第4次・Bの第3次各再審請求事件である。 1 請求の趣旨本件各再審請求の趣旨は、いずれも、無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したから、刑訴法435条6号により再審開始の決定を求めるというものである。 2 新証拠弁護人によって新証拠として提出されたものは、主として、①埼玉医科大学総合医療センター・高度救命救急センター長であるJ教授による、Dの死因の鑑定に関する証拠群(以下「J鑑定」という。)、②立命館大学政策科学部のK教授による、コンピュータを使用したテキスト 玉医科大学総合医療センター・高度救命救急センター長であるJ教授による、Dの死因の鑑定に関する証拠群(以下「J鑑定」という。)、②立命館大学政策科学部のK教授による、コンピュータを使用したテキストデータの解析技術であるテキストマイニングの手法を用いた関係者の供述の特徴分析に関する証拠群(以下「K鑑定」という。)、③淑徳大学総合福祉学部のL教授及び青山学院大学社会情報学部のM教授による、供述心理学的手法を用いた関係者の供述の特徴分析に関する証拠群(以下「L・M鑑定」という。)に大別することができる。 - 4 - 3 経緯等本件では、前記2記載の新証拠が、刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たるかが争点となっているところ、弁護人は、以上の新証拠によって、Dは、酔った状態で溝に落ちた際に負った傷害により、D方に到着した時点で既に死亡していたことがほぼ確実であるとして、本件殺人の事件性が否定されると主張しているが、原々決定は、これらは同号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないとして、各再審請求を棄却し、原決定もその判断を是認して弁護人からの各即時抗告を棄却した。 第4 当裁判所の判断 1 各確定判決の認定の主たる根拠について確定記録及びAの第3次再審請求に関する特別抗告審決定(最高裁平成30年(し)第146号令和元年6月25日第一小法廷決定・裁判集刑事326号1頁)等によれば、各確定判決の認定の主たる根拠は以下のようなものであり、客観的状況から推認できる事実と、B、C及びEの各自白、Iの目撃供述並びに生きている状態のDをD方の土間に連れ帰った旨のF及びGの各供述があいまって、犯行に至る経緯及び罪となるべき事実が認定されていると解される。 ⑴ 客観的状況及びそこから推認できる事実 述並びに生きている状態のDをD方の土間に連れ帰った旨のF及びGの各供述があいまって、犯行に至る経緯及び罪となるべき事実が認定されていると解される。 ⑴ 客観的状況及びそこから推認できる事実関係証拠から認められる客観的状況及びそこから推認できる事実としては、以下のようなものがある。 ア Dの死体は、堆肥に完全に埋没した状態で発見されたが、両肺の気管支内腔に堆肥の粉末等が侵入したように見受けられないことから、堆肥に埋没した状態で死亡したものではなく、死亡後に堆肥中に埋められたと推測される。 イ D方は、B方及びC方に隣接しており、これらの敷地はそれぞれ周囲を崖や林に囲まれ、D方に物色された痕跡もなかったことなどから、夜間、D方敷地内に立ち入る者として、D方、B方及びC方の居住者か、これらの居宅への来訪者以外は現実的には想定し難い。 - 5 -ウ AとDの間には確執があり、A、B及びCらは、日頃からDの存在を快く思っていなかった。 エ各確定判決において証拠の標目に掲げられたH旧鑑定は、Dの死体は腐敗が著しく、頸部等に外力の作用した痕跡があるが、他に著しい所見を認めないので、窒息死を推定するほかないなどというものにすぎず、死因を断定するものではなかった。 ⑵ 供述証拠供述証拠としては、以下のようなものがある。 ア B、C及びEは、いずれも、自身の確定審において事実を認め、Aの確定審第1審公判においても事実を認める証言をしている。 イ Iは、捜査段階及びAの確定審第1審公判において、AがCに殺害への加勢を要請しているのを聞いたほか、C及びEが帰宅後に犯行に関与した旨を述べていたと供述している。 ウ F及びGは、道路脇の溝付近に倒れていたDをトラックの荷台に乗せてD方に連れ帰り、生きている状態のDを土間に置い を聞いたほか、C及びEが帰宅後に犯行に関与した旨を述べていたと供述している。 ウ F及びGは、道路脇の溝付近に倒れていたDをトラックの荷台に乗せてD方に連れ帰り、生きている状態のDを土間に置いて帰った旨の一致した供述をしている。 2 新証拠について⑴ ①J鑑定についてア J鑑定の骨子は、Dの死体の写真によれば、頸椎椎体前血腫が認められることから、Dは非骨傷性頸髄損傷による運動機能障害に陥っていたことは確実であり、また、死体の腸管の外見上の色調や性状から、Dの主たる死因は非閉塞性腸管虚血による広範な小腸の急性腸管壊死であるとした上で、Dは道路脇の溝に顔面から突っ込むように転落し、それによって頸椎の過伸展を生じて運動機能障害に陥り、そのようなDをF及びGが頸椎を保護しないまま不適切に救護したことにより、Dが死亡したというものである。 イしかし、死体解剖の時点でDの死体は腐敗しており、既に不鮮明又は不明と- 6 -なっていた所見が多かったことなどにより、死体解剖において収集された情報は極めて限定的なものであった。腸管についても、H旧鑑定において、死体の腸管は著しく腐敗、膨隆していたと指摘されていることからすれば、腸管の外見上の色調や性状についても、死体の腐敗が進行していたことを念頭に置く必要がある。また、J教授は、死体を直接検分したものではなく、Dの腸管の一部のみが写った写真から見て取れるその色調や性状等という限定的な情報から推論を重ねて、前記ア記載の結論を導いたものである。J鑑定は、その基礎となる情報等についてこのような問題があった以上、その証明力には限界があるといわざるを得ない。 さらに、H旧鑑定によれば、Dの頭部や顔面に表皮剝脱や挫創、皮下出血等を認めた旨の記載はなく、死体の外表上は、Dが溝に顔面から突っ込 問題があった以上、その証明力には限界があるといわざるを得ない。 さらに、H旧鑑定によれば、Dの頭部や顔面に表皮剝脱や挫創、皮下出血等を認めた旨の記載はなく、死体の外表上は、Dが溝に顔面から突っ込むように転落したとの的確な痕跡は見いだし難い。J鑑定は、Dの死体の左右の下肢に認められた大腿伸側から屈側にかけての全面的な皮下出血斑等の広範な損傷状況についても、十分な説明をしているとはいい難く、溝への転落以外にDの身体に暴行等の外力が加えられた可能性についても十分に検討していない。 以上によれば、J鑑定は、Dの死体の状況からは、その指摘するような死因や態様でDが死亡した可能性があることは否定できないという限度で、その証明力が認められるにとどまると考えるのが相当である。 ウ他方、各確定審に提出されていたH旧鑑定は、単独では死因を積極的に推認し得るような証明力を有しておらず、各確定判決は、客観的状況から推認できる事実や、B、C及びEの各自白、Iの目撃供述、F及びGの各供述等を併せて、前記第1の2記載の罪となるべき事実を認定したものと解される。 そうすると、前記の限度で証明力が認められるにとどまるJ鑑定によって、直ちに各確定判決の認定に合理的疑いが生じるとはいえない。すなわち、各確定判決は、死因の特定が困難な中で、他の証拠も併せ考慮して、前記第1の2記載の罪となるべき事実を認定したものと解されるのであって、J鑑定は、十分強固な証明力を有するということであればともかく、死因の一つの可能性を指摘したにとどまる- 7 -以上、各確定判決の判断の前提に変化を生じさせるようなものではない。 エ加えて、仮に所論が主張するように、J鑑定を根拠として、DがD方に到着した時点で既に死亡していたとすると、関係証拠から認められる前記1⑴記載の客観的状 に変化を生じさせるようなものではない。 エ加えて、仮に所論が主張するように、J鑑定を根拠として、DがD方に到着した時点で既に死亡していたとすると、関係証拠から認められる前記1⑴記載の客観的状況に照らし、事実上、Dの死体を堆肥中に埋めた者は、最後にDと接触したF及びG以外に想定し難いことになる。しかし、F及びGは、Dが道路に寝かされていると知らされ、Aにあらかじめ電話で連絡をした上で、善意でDをD方まで連れ帰ったものであって、F及びGがDの死体を堆肥中に埋めるという事態は、本件の証拠関係の下では全く想定できない。所論が、F及びGの各供述の信用性に疑いを生じさせるとして掲げる事情も、各供述の核心部分の信用性に影響を与えるようなものではない。 オ B、C及びEの各自白並びにIの目撃供述は、相互に支え合っているだけでなく、以上のような客観的状況等からの推認によっても支えられ、これらの信用性は相応に強固なものということができるのであり、J鑑定を踏まえ総合考慮しても、これらの各自白及び目撃供述に疑義が生じるとはいえない。 カ以上の検討を踏まえると、J鑑定は、各確定判決の認定に合理的な疑いを抱かせるに足りるものとはいえない。原決定が、同様に説示して、刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないとした判断は、相当として是認することができる。 ⑵ ②K鑑定及び③L・M鑑定についてア K鑑定の骨子は、コンピュータを使用したテキストデータの解析技術であるテキストマイニングの手法を用いて、F及びG並びにAの各供述の特徴をそれぞれ分析した結果、F及びGの各供述には、DがD方に到着した際に一人で歩けたか、手を貸す必要があったかなどの点で齟齬があり、また、Dを家に運び入れる行為の記憶だけが不明瞭であるなどとする一方で それぞれ分析した結果、F及びGの各供述には、DがD方に到着した際に一人で歩けたか、手を貸す必要があったかなどの点で齟齬があり、また、Dを家に運び入れる行為の記憶だけが不明瞭であるなどとする一方で、Aの供述には矛盾、齟齬はないなどというものである。 イ L・M鑑定の骨子は、供述心理学の立場から、実際に体験された可能性が高- 8 -い出来事について説明している供述と、体験性の有無が問題となる供述との間にみられる供述者特有の文体や談話の展開パターンの差異に着目し、後者の供述の特徴を分析するスキーマ・アプローチの手法を用いて、F及びG並びにAの各供述をそれぞれ分析した結果、F及びGの各供述は体験記憶を適切に反映していない可能性が示唆されるとする一方で、Aの供述には一部を除き注目すべき傾向は確認されず、非体験性徴候は認められなかったなどというものである。 ウしかし、K鑑定及びL・M鑑定は、捜査段階の各供述調書や、Aの被告人質問調書、F及びGの再審請求審における各証人尋問調書等を検討対象とし、各調書に記載された内容に着目して検討をしているが、いずれの鑑定も、供述の信用性を直接的に判断するものではなく、裁判所が供述の信用性を判断するに当たって考慮すべき可能性を指摘するという位置付けにとどまる性質のものであることは、各鑑定自体がその旨言及しているところであり、その検討の過程をみても、他の関係証拠の内容や、供述自体には現れない外在的事情等を考慮に入れていないことなどからすれば、本件において、これらの鑑定は、分析の対象とされた供述の信用性を直ちに減殺又は増強させるようなものとはいえない。 エ以上によれば、K鑑定及びL・M鑑定は、いずれも、各確定判決の認定に合理的な疑いを抱かせるものとはいえない。原決定が、同様に説示して、刑訴法435条6号 又は増強させるようなものとはいえない。 エ以上によれば、K鑑定及びL・M鑑定は、いずれも、各確定判決の認定に合理的な疑いを抱かせるものとはいえない。原決定が、同様に説示して、刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないとした判断は、相当として是認することができる。 3 結論以上検討したところによれば、本件各再審請求において提出された各新証拠を併せ考慮してみても、各確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生ずる余地はないというべきである。したがって、新証拠はいずれも各確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるものではないという原々決定を是認した原決定は、正当である。 よって、刑訴法434条、426条1項により、裁判官宇賀克也の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 - 9 -裁判官宇賀克也の反対意見は、次のとおりである。 私は、多数意見とは異なり、原決定及び原々決定を取り消して、再審開始決定をすべきと考えるので、以下、その理由を述べる。 第1 新証拠の評価 1 J鑑定⑴ Aの第3次・Bの第2次各再審請求審に提出されたN教授による鑑定(以下「N鑑定」という。)は、法医学者の立場から行われたものであるのに対して、今次の再審請求審に提出されたJ鑑定は、臨床医、救急医療医の立場から行われたものである。J鑑定は、解剖写真の中でそれまで法医学者が注目してこなかった腸の写真に着目し、小腸の壁に広範な壊死があることを発見し、そこから大量出血したと鑑定した点で、新たな知見を提示するものである。より具体的には、J鑑定によれば、Dの頸椎椎体前血腫は、転落事故による頸部の過伸展に起因して非骨傷性頸髄損傷により出血したものであり、Dは運動機能障害で動けなくなり、外気温が低下し、側溝へ である。より具体的には、J鑑定によれば、Dの頸椎椎体前血腫は、転落事故による頸部の過伸展に起因して非骨傷性頸髄損傷により出血したものであり、Dは運動機能障害で動けなくなり、外気温が低下し、側溝への転落によりずぶ濡れ状態であったために低体温症になり、腸に血液が送られなくなった結果、急性腸管虚血により腸管壊死となり、腸壁で大量出血を起こしたというのである。 また、N鑑定は、死因に焦点を当てたものであったのに対して、J鑑定は、臨床医、救急医療医の立場から死亡時期に焦点を当てて行われ、その点についても新たな知見を提示するものである。すなわち、Dの頸椎椎体前血腫はかなり重篤なものであり、運動機能障害を惹起する頸部損傷を伴い、頸部を支える上で最重要な前縦靭帯も相当程度損傷していたため、Dを救護する場合には頸部を固定する必要性があったが、F及びGは、Dは泥酔して路上で寝ていると考えたので、酔いを醒まそうとして、FがDの顔を2ないし4回叩いたり、F及びGの二人でDを軽トラックの荷台に放り込んだりして頸部に大きな衝撃を与えたため、高位頸髄損傷により横隔膜運動が麻痺して呼吸が停止し、D方に到着した時点では既に死亡していたことは確実であるというのである。J鑑定は、Dが死亡に至る医学的機序を専門的知見- 10 -に基づき説明するものであり、また、J教授が、日本救急医学会指導医の資格を有するのみならず、埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター長・診療部長を務めていることに照らしても、J鑑定は、高度の専門的知見に裏付けられた見解として、尊重に値するものといえる。 そして、Dが堆肥に埋もれて発見されており、肺の中に堆肥の粉末が入っていないことから、本件が死体遺棄事件であることに疑いを入れる余地はほとんどないものの、J鑑定によれば、DはD方に運ばれた時 る。 そして、Dが堆肥に埋もれて発見されており、肺の中に堆肥の粉末が入っていないことから、本件が死体遺棄事件であることに疑いを入れる余地はほとんどないものの、J鑑定によれば、DはD方に運ばれた時点で既に死亡していた以上、その後のDに対するAらによる殺人はあり得ないことになる。そうすると、DがD方に運ばれた時点で生存していたとするF及びGの各供述の信用性や、B、C及びEの各自白並びに殺人の謀議等を耳にしたというIの供述の信用性にも、疑問が生ずることになる。 ⑵ 原決定は、Dの死体が腐敗しており、死体解剖において収集された情報は極めて限定的であったこと、J教授は死体を直接検分しておらず、H教授による新旧の鑑定及びAの第1次再審請求審におけるH教授の証言で言及されている情報並びに解剖の際に撮影された12枚の写真からしか死体の情報を得ることができなかったことを、J鑑定が死因や死亡時期を高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえない理由の一つとして挙げている。しかし、J鑑定は、Dを解剖した際に撮影されたDの腸の写真から前記⑴のとおり鑑定しているところ、Dの腸の写真は極めて鮮明であり、臨床医、救急医療医として豊富な知見を有する医学者が、そこから腸管壊死を死因と特定することは可能と考えられる。現在では医学の飛躍的発展により、限られた情報から驚くほど多くの医学的知見が得られるようになってきていることは、経験則の教えるところであるから、前記のような限られた情報であることをもって、J鑑定の証明力を低くする根拠とすることには賛成し難い。 ⑶ 以上に述べたように、私は、J鑑定は高い信用性を有すると考えるが、原決定のようにそこまで高い信用性を認めない立場に立ったとしても、J鑑定は、DをD方に搬送した時点でDが生存していたというF及びGの各供述 に述べたように、私は、J鑑定は高い信用性を有すると考えるが、原決定のようにそこまで高い信用性を認めない立場に立ったとしても、J鑑定は、DをD方に搬送した時点でDが生存していたというF及びGの各供述、B、C及びEの- 11 -各自白、殺人の謀議等を耳にしたというIの供述の信用性を含めて、各確定判決の証拠構造全体を動揺させるものであるから、新旧全証拠の総合評価を行う必要性があると考える。 2 K鑑定及びL・M鑑定⑴ 今次の再審請求審に提出されたK鑑定は、コンピュータを使用したテキストマイニングの手法を用いて、F及びGは、DがD方に到着した後の事実について供述を回避する傾向にあること、F及びGの各供述調書の内容が著しく齟齬を来していることに鑑み、自ら体験していない事実を述べている可能性が高いとする。テキストマイニングの手法は、第三者による再現可能性がある科学的方法として既に広く用いられている。 ⑵ また、L・M鑑定は、逐語的に記録された供述の分析により開発されたスキーマ・アプローチの手法を用いて、F及びGの各供述の信用性について鑑定をしている。L・M鑑定は、F及びGの各供述について、K鑑定と同じ結果を示し、両名の供述は体験に基づかないものである可能性が高いとする。テキストマイニングの手法とスキーマ・アプローチの手法は、全く異なる手法であるが、にもかかわらず、いずれの手法によっても同じ結果が示されたことは、両鑑定の信用性を高める要素といえる。他方、K鑑定とL・M鑑定は、Aの供述は基本的に体験に基づくものであるとする点でも一致している。 ⑶ K鑑定及びL・M鑑定は、心理学についての深い学識を有する学者の専門的知見に基づくものであって、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりする事情は認められないから ⑶ K鑑定及びL・M鑑定は、心理学についての深い学識を有する学者の専門的知見に基づくものであって、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりする事情は認められないから、供述内容の真偽の総合評価の一環として活用することが認められるべきであり、K鑑定とL・M鑑定によっても、F及びGの各供述のうち、D方到着以後の部分についての信用性が減殺されると考えられる。したがって、K鑑定及びL・M鑑定によっても、新旧全証拠の総合評価を行う必要性が生ずると考えられる。 第2 新旧全証拠の総合評価- 12 - 1 総合評価に用いられる証拠有罪を言い渡された者に有利な証拠が遅れて提出されたために、確定判決の審理中に提出されていれば無罪となるべきであった者を有罪のままにすることがあってはならないから、複数回にわたり再審請求が行われた場合、新旧全証拠の総合評価を行うに当たっては、第1次再審請求後の審理において新たに得られた他の証拠も検討の対象になることは当然である(最高裁平成7年(し)第49号同10年10月27日第三小法廷決定・刑集52巻7号363頁参照)。したがって、以下においては、各確定審及び今次の再審請求審のみならず、これまでの再審請求審に提出された証拠も含めて総合評価を行うこととする。 2 H旧鑑定⑴ 本件が死体遺棄事件にとどまらず殺人事件でもあることの唯一の直接証拠はH旧鑑定であり、各確定審においては、弁護人もH旧鑑定を争わなかったのであるから、H旧鑑定が各確定判決における有罪認定の重要な証拠であったことは疑いない。すなわち、同意証拠とされたH旧鑑定の存在ゆえに、各確定審では、本件が殺人事件であることは争いのない事実であることを前提として審理が行われたのである。 ⑵ しかし、H旧鑑定は、Aの第1次再審 い。すなわち、同意証拠とされたH旧鑑定の存在ゆえに、各確定審では、本件が殺人事件であることは争いのない事実であることを前提として審理が行われたのである。 ⑵ しかし、H旧鑑定は、Aの第1次再審請求審におけるH教授の新鑑定(以下「H新鑑定」という。)により、撤回されている。すなわち、H旧鑑定時には、H教授は、Dの転落事故について知らされていなかったので、頸椎椎体前血腫を頸部圧迫によるものと鑑定したが、頸部に索条痕等の頸部圧迫の明白な所見はなく、頸椎椎体前血腫は、頸部が転落事故により過伸展したことに起因するものとも考えられるので、頸椎椎体前血腫を頸部圧迫によるものとしたH旧鑑定を撤回したのである。また、Aの第1次再審請求審において提出されたO教授による鑑定でも、各確定判決が認定したようなタオルを用いた絞殺という認定は認め難いとされた。P教授による鑑定では、死因として外傷性ショックと頸部圧迫が甲乙付け難いとされたが、Aの第3次・Bの第2次各再審請求審で提出されたN鑑定でも、頸椎椎体前血- 13 -腫は、頸部の過伸展に起因するものであり、頸部圧迫の所見ではないとされ、Dの死体に死斑が乏しいことから、Dは、転落事故により骨盤骨折及び大腿骨骨折の傷害を負うことになり、体内で大量出血していた可能性が高く、出血性ショックで死亡したとされている(なお、本件で頸部圧迫に使用したとされるタオルは発見されていない。)。 ⑶ 今次の再審請求審で提出されたJ鑑定は、Dの頸椎椎体前血腫は、転落事故による頸部の過伸展に起因するものであるという点でN鑑定と一致しており、Dはそれに伴う低位頸髄損傷により運動機能障害になったが、F及びGが救護活動の際に頸部の保護を懈怠したため、高位頸髄損傷により横隔膜運動が麻痺して呼吸が停止し、D方に到着した時点では既に死亡して 、Dはそれに伴う低位頸髄損傷により運動機能障害になったが、F及びGが救護活動の際に頸部の保護を懈怠したため、高位頸髄損傷により横隔膜運動が麻痺して呼吸が停止し、D方に到着した時点では既に死亡していたことは確実であるとするものであるから、H旧鑑定のうち頸部圧迫による窒息を死因と推定する部分の証明力は、もはや無きに等しい状況であるといっても過言ではない。すなわち、本件がDに対する殺人事件であることの唯一の直接証拠であったH旧鑑定における頸部圧迫による窒息死という推定が崩れたため、本件が殺人事件であることの直接証拠は皆無になったのである。 3 F及びGの各供述⑴ F及びGの各供述は、DをD方に送り届けた以後について、大きく食い違っている。すなわち、Fは、当初、Dを軽トラックの荷台から降ろした後、Dは一人で立てずF及びGの二人で抱えて運んだと供述し、その後、かろうじて立てたと供述を変えているのに対し、Gは、Dは軽トラックの荷台から一人で降りて立ち、一人で歩いてD方に入ったと供述しており、そのシーンを捜査機関に再現していたことが捜査段階のネガフィルムにも残されていた。また、Fは、D方に到着したとき、軽トラックのヘッドライトをD方に向けたと供述しているのに対し、Gは牛小屋に向けたと供述しており、牛に草や水をやるために牛小屋に行った時点については、FはD方を去る直前であったと供述しているのに対し、GはDを荷台から降ろす前であったと供述していて、両名の供述が大きな齟齬を来している。さらに、F- 14 -は、Gと一緒に牛小屋に行ったと供述しているが、Gは、警察官への供述と現場での再現の際には、牛小屋に行ったのはFのみであり、Gは自転車を納屋に運んだと供述し、両名の供述は食い違っていたのであり、その後、Gは、検察官に対する供述の段階で、Fと一 Gは、警察官への供述と現場での再現の際には、牛小屋に行ったのはFのみであり、Gは自転車を納屋に運んだと供述し、両名の供述は食い違っていたのであり、その後、Gは、検察官に対する供述の段階で、Fと一緒に牛小屋に行ったと供述を変えている。以上のように、F及びGの各供述は、生きているDを土間に置いて退出したこと以外の点では、全て矛盾又は変遷している。 Fは、昭和54年10月17日、Dの親族がB方に集まっていた際に立ち寄り、Dの位牌の前で、「D、わい(お前)も3日間苦しかったろう。おい(俺)も3日間風呂に入らずきばった。すまんかった、何とか言ってくれ。」と大声で涙を流しながら発言している。Dが行方不明になっていることをFがAから知らされたのは同月14日であるところ、Fは、それを聞いてD方の奥の6畳間に敷かれた布団を確かめ、砂でザラザラしていたものの布団が冷たかったので、Dは同月12日には布団で寝て、翌13日から行方不明になったと判断した旨供述しているのであるから、Dの遺体が堆肥から発見された同月15日の時点で、Dが3日間堆肥の中に埋もれていたことを前提とする発言は、Dは同月13日から行方不明になったと判断したという供述と矛盾する。また、Fは、Aの起訴前の同年11月17日に、Aは同年10月12日午後10時30分頃までFの家にいたため犯行の時間帯にはアリバイがある旨発言したとされており、このことは、Fが、Dの死体遺棄が実行されたのは同日午後10時30分頃までであると認識していたことを示すものであるが、この発言は、前述したように、FはDが同月13日から行方不明になったと判断したと供述していたことと矛盾する。 さらに、同月12日の午後10時30分頃、F方を辞したAは、懐中電灯を持っていなかったため、Gが懐中電灯を持ってAの家まで送っていくことに 方不明になったと判断したと供述していたことと矛盾する。 さらに、同月12日の午後10時30分頃、F方を辞したAは、懐中電灯を持っていなかったため、Gが懐中電灯を持ってAの家まで送っていくことになったが、AがD方に立ち寄るというと、Gは、Aに懐中電灯を渡さず、D方の玄関から10メートル程手前の場所で待っていたというのである。しかし、Dが軽トラックの荷台から降ろされてから既に約1時間が経過しており、Dを泥酔状態で土間に放置し- 15 -たとすればDの状態が気になるのが自然であるのに、Aが確認に行った際にGが同行しなかったことは不自然である。 ⑵ そして、今次の再審請求審で提出されたJ鑑定により、D方に到着した時点でDが生存していたことを前提とするF及びGの各供述の信用性は減殺されるものといえることに加え、K鑑定及びL・M鑑定のいずれにおいても、F及びGの各供述は、D方に到着した時点以降の部分について著しく矛盾し、体験に基づく供述と考えることはできないとされたことにも鑑みれば、D方に到着した時点以降についての両名の各供述の証明力は、極めて乏しいといわざるを得ない。 また、DをD方に届けた際にDが生存していたというF及びGの各供述の信用性が、B、C及びEの各自白の信用性を支えているのであるから、F及びGの各供述の信用性が減殺されることは、これらの共犯者とされる者の自白の信用性も減殺させる。 ⑶ F及びGが、Aに不利な供述を一切せず、むしろ、Fは、A逮捕後も、Aにはアリバイがあり無実であると供述していたことは、自らの責任は回避したいが、その結果、Aが冤罪の被害を受けることは避けたいという心境であったためと考えれば説明が付く。 4 B、C及びEの各自白⑴ B、C及びEの各自白は、いずれも、H旧鑑定で、Dが殺害された事実は否 その結果、Aが冤罪の被害を受けることは避けたいという心境であったためと考えれば説明が付く。 4 B、C及びEの各自白⑴ B、C及びEの各自白は、いずれも、H旧鑑定で、Dが殺害された事実は否定し難い事実と受け止められていることを前提に行われたといい得る。しかし、頸部圧迫による窒息死というH旧鑑定の証明力はほぼ皆無になっているといっても過言ではないことは、先に述べたとおりである。そうであるとすれば、頸部圧迫によりDを窒息死させたというB、Cの各自白も、殺人後の死体遺棄を手助けしたというEの自白も、その信用性が減殺されざるを得ない。 ⑵ Cは、Dの死体発見から2日後の昭和54年10月17日に自白をし、翌18日にBとともに逮捕されているが、当初の供述では、両名のみが殺人及び死体遺棄を行ったとしており、Aの関与は否定し続けていた。そして、勾留期間満期の1- 16 -日前の同年11月6日になり、Aから直接殺害を持ち掛けられた旨をようやく認め、起訴当日の翌7日に検察官調書が作成されている。ところが、A、B及びCの3名による犯行という供述は、さらに、Eも加えた4名の犯行へと変遷している。 B、C及びEの各自白は、最終的には、結論においては一致する形になったものの、AとB、Cの間でD殺害の共謀をする場面、殺害の実行行為の場面、死体遺棄の共謀の場面等の事件の核心部分について、それぞれ大きく変遷している。例えば、各確定判決では、BがDの首にタオルを1回巻いて、その両端を力一杯絞めて殺害したと認定されているが、初期の自白では、手でDの首を絞めて殺害したとされていたり、BとCがタオルの両端をそれぞれ引っ張って絞殺したとされていたりしており、各確定判決の認定と異なる内容の自白がされていたのである。 また、CからD殺害を働き掛けられたBが、自分の弟の殺 れていたり、BとCがタオルの両端をそれぞれ引っ張って絞殺したとされていたりしており、各確定判決の認定と異なる内容の自白がされていたのである。 また、CからD殺害を働き掛けられたBが、自分の弟の殺害を働き掛けられたにもかかわらず、よかついでじゃが、と気軽に答えたことや、Cが自分の子のEに死体遺棄の協力を依頼する場面の自白も、自分の子を犯罪に巻き込む重大な依頼にしては、余りに気軽な依頼の仕方であり、不自然である。 ⑶ Aの控訴審において、服役中であったBは、自己の関与を否定した。Aが出所後、先に出所していたBになぜAが首謀者であるという虚偽供述をしたかを問いただしたところ、Bは、Aも自分も無実だが、刑事からやっただろうと問い詰められて、虚偽の自白をしてしまったとして、Aに謝罪している。 Cも、自己の関与を否定するようになり、捜査機関による取調べでやっただろうと問い詰められて自白をした旨の弁護人に対する供述の反訳書が第1次再審請求審で提出されている。 また、Eも、服役中から犯行への関与を否定するようになり、仮出獄後、昭和60年頃から、弁護士に相談して再審請求を行う意向を示し、平成9年には自ら再審請求を行い、Aの再審請求審や自己の再審請求審で無実を訴えている。 ⑷ このように、B、C及びEのいずれも、刑が確定した後に自白を撤回していることに照らせば、それが刑を免れたり軽くしたりする動機によるものでないこと- 17 -は明らかである。B、C及びEにはいずれも知的障害があり、被暗示性、被誘導性が高い供述弱者であったため、精神的なプレッシャーの下で真実と異なる自白をしてしまった可能性は十分に考えられるところであり、各自白の信用性は低いと思われる。そして、公判でのBとCの証言は曖昧模糊としており、質問に答えられず沈黙している箇所が多く、自 で真実と異なる自白をしてしまった可能性は十分に考えられるところであり、各自白の信用性は低いと思われる。そして、公判でのBとCの証言は曖昧模糊としており、質問に答えられず沈黙している箇所が多く、自ら行ったはずの犯行について具体的な供述ができていない。しかし、捜査においても、公判においても、3名が供述弱者である点が配慮された形跡がうかがわれない。 知的障害者などの供述弱者が虚偽自白をしやすいという知見は、過去の多くの事件の教訓から広く共有されている。そして、法務省に置かれた「検察の在り方検討会議」は、知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者の取調べについて、供述状況等ができる限り明らかになるよう、取調べの全過程を含む広範囲な録音・録画を行うこと、心理・福祉関係者の立会いを認めることを提言し、最高検察庁平成26年6月16日付け依命通知で、知的障害を有する被疑者で、言語によるコミュニケーションの能力に問題がある者、又は取調官に対する迎合性や被誘導性が高いと認められる者に係る事件については、取調べの全過程の録音・録画が行われるようになったことも、供述弱者の被暗示性、被誘導性の高さが広く認識されていることを示している。もっとも、供述弱者とはいえ、B、C及びEが公判でも無罪を主張せず、有罪判決を受けても控訴しなかったことが、従前、本件で再審開始決定をしなかった裁判所の判断に大きく影響してきたことは想像に難くない。 確かに、そのような例は稀と思われる。しかし、供述弱者であった被告人が自白をし、その後再審において無罪とされた過去の例が示すように、少なくとも供述弱者の場合、無実であっても公判で自白を維持してしまうことは、刑事司法において貴重な教訓とされるべきであり、本件においても、供述弱者であるB、C及びEが公判において自白を撤回しなかっ 少なくとも供述弱者の場合、無実であっても公判で自白を維持してしまうことは、刑事司法において貴重な教訓とされるべきであり、本件においても、供述弱者であるB、C及びEが公判において自白を撤回しなかったという事情を過大に評価すべきではないと考える。実際に、彼らは後に、否認しても聞き入れてもらえず厳しい追及を受けたので苦し紛れに虚偽の自白をし、Aの関与についても虚偽を述べた旨を告白している。 - 18 -⑸ 被告人が犯行を否認している事件における他者の供述の信用性判断は慎重に行う必要があり(最高裁平成19年(あ)第1785号同21年4月14日第三小法廷判決・刑集63巻4号331頁、最高裁平成22年(あ)第509号同23年7月25日第二小法廷判決・裁判集刑事304号139頁)、特に、公判で無罪を主張する者が、他者の供述で共犯者として関与したと供述された場合、他者の供述に客観的証拠の裏付けがあるかを慎重に検討する必要がある(最高裁昭和41年(あ)第108号同43年10月25日第二小法廷判決・刑集22巻11号961頁、最高裁昭和57年(あ)第223号平成元年6月22日第一小法廷判決・刑集43巻6号427頁、最高裁平成19年(あ)第2292号同21年9月25日第二小法廷判決・裁判集刑事297号301頁等)。しかし、共犯者とされた者の公判手続と分離されたAの公判手続では、共犯者とされた者の犯行態様は争点にならず、Aの関与のみが争点となり、共犯者とされた者の自白の信用性、自白による犯行態様と解剖所見との齟齬等は、審理で吟味されることはなかった。本件においては、このような事情に配慮し、共犯者の自白は、特に慎重に検討されるべきである。 5 Iの供述⑴ Iの供述のポイントは、以下の3点である。第1は、昭和54年10月12日の夜に、Aが、同日の結婚 は、このような事情に配慮し、共犯者の自白は、特に慎重に検討されるべきである。 5 Iの供述⑴ Iの供述のポイントは、以下の3点である。第1は、昭和54年10月12日の夜に、Aが、同日の結婚式で美容院に預けておいた衣服を届けるためにC方を訪ねてきて、CにDの殺害を働き掛けるのを聞いたというものである(以下「第1供述」という。)。第2は、その後しばらくして、Cが帰宅し、「うっ殺してきた。」と独白するのを耳にしたというものである(以下「第2供述」という。)。 第3は、更にしばらくして、帰宅したEから、Dの死体遺棄に加担したことを聞き、口止めされたというものである(以下「第3供述」という。)。 ⑵ しかし、Iは、Dの遺体が発見された同月15日の直後から警察の事情聴取を受けていたものの、当初、これらの供述は一切なされていない。Iがこのような供述を始めたのは、CがBとともに同月18日に逮捕され、Eが同月27日に逮捕- 19 -された後の同月29日であるから、Aを首謀者にすれば、自分の夫と子の罪を軽減することができると考え、供述を変更して、Aを首謀者とする供述を行う動機が存在し得る。したがって、Iの供述の信用性は慎重に判断する必要があると考えられる。 ⑶ 以下、Iの供述内容について検討すると、その供述に不自然な変遷がみられる。すなわち、Iは、当初、Aの訪問は、同月13日の朝であったと供述しており、これはAの供述と一致していた。しかし、同月29日になって、Aの訪問は同月12日夜であったと供述を変更し、A及びCの共謀並びにC及びEによる犯行の告白を聞いたと供述したのである。Aが結婚式で美容院に預けておいた衣服を届けるためにC方を訪問したのが、結婚式当日の夜であったのか、その翌朝であったのかについて、記憶が混同することは想定し難く、この点に を聞いたと供述したのである。Aが結婚式で美容院に預けておいた衣服を届けるためにC方を訪問したのが、結婚式当日の夜であったのか、その翌朝であったのかについて、記憶が混同することは想定し難く、この点についてのIの供述の変遷は不自然である。 ⑷ また、Iは、Aと話した後、AがCと外に出て、Iも母屋の外にあるトイレに行こうとして外に出た際、AがCに殺人の共謀を働き掛けているのを目撃したという第1供述をしているが、自分の夫が殺人の共謀を働き掛けられているのを目撃すれば、夫に共謀に加わらないように説得したり、Aに犯行を思いとどまるように説得したりするのが自然であり、しかも、Iによる再現写真によれば、第1供述の場面では、Iは、AとCのすぐ傍に立っていたのに、そのような行動を一切とらなかったというのは不自然である。また、第2供述は、深夜、Cのことが気になってなかなか寝付くことができずにおり、Cが帰ってきて心配になってすぐに起きると、Cから殺人をしてきた旨の独白を聞いたというのである。自分の夫が殺人をしてきた旨の独白を聞けば、気が動転して、夫に真偽を問いただすのが自然であるが、この時も、Iは、そのような行動を一切とることなく、用を足した後、母屋に戻り就寝したというのである。さらに、それから数時間後に、物音がして目を覚ましたら、Eが起きており、トイレに行って戻ってくると、Eから犯行に加担してきたと告げられたというのが第3供述であるが、そのような重大な内容を告げられた- 20 -にもかかわらず、この時も、自分の子に真偽を問いただすことなく就寝したというのである。これらの供述は、極めて不自然といわざるを得ない。 ⑸ さらに、同月31日付け警察官調書によれば、Iは、同月13日朝にAが訪ねてきた際、Aに「Dは、けがもせず送ってもらってよかったな」というと る。これらの供述は、極めて不自然といわざるを得ない。 ⑸ さらに、同月31日付け警察官調書によれば、Iは、同月13日朝にAが訪ねてきた際、Aに「Dは、けがもせず送ってもらってよかったな」というと、Aは、「あんし(あの人)も迷惑なことじゃ、いつものことじゃが」と答えたという。しかし、Iが、前日深夜から翌未明にかけて、Dを打ち殺すとか、打ち殺してきた等の会話を耳にしながら、その数時間後に、Aに「Dは、けがもせず送ってもらってよかったな」などと発言することはおよそ考え難く、極めて不自然な供述である。また、同年12月2日付け警察官調書によれば、Iは、同年10月28日午前8時頃、Aから、着替えを持ってきたことについて、警察には、同月12日の晩ではなく、同月13日の朝と言ってほしい旨口止めされたが、何の口止めかはっきり分からなかった旨供述しているが、同月12日深夜から翌13日未明にかけて、AがCを誘うなどしてDを殺害したことを確信したIが、この口止めの依頼の理由が分からなかったと述べていることも、極めて不自然である。 ⑹ Aの第3次・Bの第2次各再審請求審におけるL・M両教授による供述心理鑑定において、Iの供述には、犯行に関する謀議を耳にしたと告白した後のAの関与を供述する部分に限って、通常行われるはずの反応がない「コミュニケーション不全」という非体験性兆候が顕著であるとされていたのであり、今次の再審請求審において提出された新証拠と総合評価すれば、Iの供述の不自然さは明白といえる。 6 Aの供述⑴ Aの供述についてのK鑑定では、その供述に矛盾・齟齬はみられず、L・M鑑定でも、非体験性徴候は認められなかったとされた。すなわち、両鑑定結果が一致して、Aの供述の信用性を認めているのである。 ⑵ Aは、捜査段階から一貫して自己が犯行に関与 ・齟齬はみられず、L・M鑑定でも、非体験性徴候は認められなかったとされた。すなわち、両鑑定結果が一致して、Aの供述の信用性を認めているのである。 ⑵ Aは、捜査段階から一貫して自己が犯行に関与したことを否認し、服役中も、模範囚であったために、罪を認めて反省文を書けば仮釈放すると3回も言われ- 21 -たにもかかわらず、自分は犯罪を行っていないから反省することはできないとして、罪を認めることを条件とした仮釈放を拒否し、満期出所している。 ⑶ Aは、昭和54年10月12日午後10時30分頃にD方に赴いて土間をのぞいたとき、Dはそこにおらず、その直後にGにその旨話したと供述しているが、各確定判決は、同日午後10時30分頃にDは土間におり、Aは、土間にいたDを見て殺意が生じたと認定している。そうすると、Aは、殺意を生じた直後に、Gに、Dは土間にいなかったという虚偽を述べたことになる。しかし、Aの供述によれば、Gは、Dを土間に置いて間もないため、そこにいるはずで確認するまでもないという趣旨の発言をしていたというのであるから、AがGにDは土間にいなかったと告げれば、Gは不審に思い確認に行くことが予想され、そうすれば、土間にいないという発言が虚偽であることはすぐに露見してしまうはずである。したがって、AがGに不審に思われるような虚偽発言をあえてしたと考えることには疑問が残る。 ⑷ そして、同日午後10時30分頃にD方に赴いて土間をのぞいたとき、DはそこにいなかったというAの供述と、泥酔状態のDを同日午後9時頃に土間に置いたというF及びGの各供述は、泥酔状態であったDがいったん土間から移動して再び被害時に土間に戻ってきたということは想定し難いため、矛盾するのであるから、新証拠によりF及びGの各供述の信用性が低下することは、それと矛盾するA 、泥酔状態であったDがいったん土間から移動して再び被害時に土間に戻ってきたということは想定し難いため、矛盾するのであるから、新証拠によりF及びGの各供述の信用性が低下することは、それと矛盾するAの供述の信用性を高めることになる。 第3 結論刑訴法435条6号にいう「明らかな証拠」とは、当該再審請求審で提出された新証拠のみで無罪等を言い渡すべき証拠である必要はなく、確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであり、前記の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、果たしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点か- 22 -ら、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されることになる(最高裁昭和46年(し)第67号同50年5月20日第一小法廷決定・刑集29巻5号177頁)。すなわち、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たるか否かの判断に際して、「疑わしいときは被告人の利益に」という原則を具体的に適用するに当たっては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもって足りる(最高裁昭和49年(し)第118号同51年10月12日第一小法廷決定・刑集30巻9号1673頁)。 以上の判例法理に照らせば、本件において、A ものであることを必要とし、かつ、これをもって足りる(最高裁昭和49年(し)第118号同51年10月12日第一小法廷決定・刑集30巻9号1673頁)。 以上の判例法理に照らせば、本件において、A及びBらによる殺人という事実認定の正当性についての合理的な疑いが生じざるを得ない。したがって、特別抗告を認容し、原決定及び原々決定を取り消して、再審開始決定を行うべきである。 (裁判長裁判官石兼公博裁判官宇賀克也裁判官林道晴裁判官渡辺惠理子裁判官平木正洋)
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