平成12(ワ)1860 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成14年3月22日 神戸地方裁判所
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判決文本文14,752 文字)

判決平成14年3月22日神戸地方裁判所平成12年(ワ)第1860号損害賠償請求事件 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金2000万円及びこれに対する平成12年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,原告が被告に対し,診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案である。 1 争いのない事実等(末尾に証拠の標目の記載のない事実は当事者間に争いがない。)(1) 当事者原告は,昭和16年4月27日生まれの男性である。 被告は,肩書地において被告医院を開業している医師である。 (2) 事実経過ア原告の交通事故及び被告受診に至る経過原告は,平成元年8月20日,兵庫県明石市内において,原動機付自転車を運転中,普通乗用自動車と衝突し(以下「本件事故」という。),左第8肋骨骨折等の傷害を負った(甲1,2,原告本人)。 原告は,同月24日,神戸市内のA病院において,「左第8肋骨骨折,左腸骨前上棘部挫傷,左上肢,顔面挫傷」により約4週間の安静加療を要するとの診断を受け,同年12月6日まで通院治療を継続した(通院実日数73日)(甲2,12)。 イ原被告間の診療契約の締結及び被告医院における診療経過原告は,平成元年12月8日,被告を受診して,下腹部の痛みを訴え,被告との間で診療契約を締結し,翌9日,被告医院に入院し,被告の治療を受けた。被告の診断は,腰部打撲,捻挫兼左大腿神経痛,外傷性左 原告は,平成元年12月8日,被告を受診して,下腹部の痛みを訴え,被告との間で診療契約を締結し,翌9日,被告医院に入院し,被告の治療を受けた。被告の診断は,腰部打撲,捻挫兼左大腿神経痛,外傷性左股関節炎,左大臀神経痛,頸椎捻挫というものであった。 被告は,平成元年12月19日,原告の痛みを軽減するために,原告の左腸骨下腹神経及び左大腿神経を切断する手術(以下「第1回手術」という。)をした(乙1,3,被告本人)。 しかしながら,原告が,なおも左鼠径部及び左臀部の痛みを訴えたので,被告は,平成2年1月11日,左腸骨鼠径神経及び左大臀神経を皮下組織内で切断する手術(以下「本件手術」という。)をした(乙1,3,被告本人)。 原告は,平成2年2月28日に被告医院を退院し,同年3月8日まで,同医院において通院加療を受けた。 ウ被告医院における治療後の経過原告は,平成2年3月16日,左鼠径部痛の症状を訴えてB病院泌尿器科を受診し,同年4月11日,両側鼠径部痛及び下腹部痛の症状を訴えてC病院第2外科に入院した。原告は,同病院麻酔科において硬膜外ブロックを施行されたが効果がなく,原因も判明しないため,経過観察をすることになり,同年5月24日,同病院を退院した(甲6,乙6の1・2)。 2 争点及び当事者の主張(1) 事実経過ア原告の主張(ア) 被告医院受診に至る経過原告は,本件事故による左第8肋骨骨折等の傷害について,平成元年8月20日から12月6日まで,D外科及びA病院へ長期通院して治療を受けたが,下腹部痛及び鼠径部痛が一向に良くならなかったので転院を決意し,同年12月8日,被告医院を受診して下腹 について,平成元年8月20日から12月6日まで,D外科及びA病院へ長期通院して治療を受けたが,下腹部痛及び鼠径部痛が一向に良くならなかったので転院を決意し,同年12月8日,被告医院を受診して下腹部痛及び鼠径部痛を訴え,翌9日,被告医院に入院した。 (イ) 被告医院における治療の内容原告は,被告医院入院後,下腹部痛及び鼠経部痛を軽減するため,患部への麻酔注射を受けていたが,下腹部の痛みを軽減するため,平成元年12月19日,第1回手術を受けた。同手術は,原告の左下腹部左端付近の2箇所の神経を長さ2,3センチメートル切断するものであった。同手術により,原告の下腹部左端付近の痛みはかなり軽快したが,下腹部のペニス左斜め上付近は相変わらず痛かったため,原告は,被告の勧めに従い,神経切断除去手術(本件手術)を受けることにした。 原告は,平成2年1月11日,本件手術を受けた。同手術において,被告は,原告のペニス斜め上付近の下腹部を大きく切開し,うどん位の太さがあろうかと思える白い物(おそらく神経と考えられる)を長さ12,3センチメートルかそれ以上にわたり切断し,引きちぎって除去した。原告は,本件手術中,左足の付け根付近から足先まで,電気が走ったようにピリピリと猛烈な痛みを感じたが,この痛みは,前記神経の引きちぎりによって生じたものと思われる。 被告は,人体図(おそらく神経系統図)の記載された書物を見ながら本件手術を行った。被告は,本件手術後,手術室内で,原告に対し,切断除去した物と「えんま帳」と称する書物を見せ,「これを見ながら手術した」と言った。 本件手術の手術痕は,長さ約6センチメートルあり,太くはっきりしており,第1回手術の手術痕と比 去した物と「えんま帳」と称する書物を見せ,「これを見ながら手術した」と言った。 本件手術の手術痕は,長さ約6センチメートルあり,太くはっきりしており,第1回手術の手術痕と比較すれば,第1回手術のように単に体内で細い神経を切断したものではないことが明らかである。 (ウ) 本件手術の結果原告の入院前の下腹部痛及び鼠径部痛は,本件手術の結果,快方に向かうどころか,ひどく悪化し,新たに性交不能を伴うペニス勃起時痛(睾丸付近痛を含む)まで生じるようになった。なお,ペニス勃起時痛とは,医学上は,下腹部痛及び鼠径部痛の一症状として,これらに包含されるものである。 原告は,被告医院入院前においては,下腹部及び鼠径部にかなりの痛みがあり,歩行及び日常生活にある程度の支障はあったものの,原動機付自転車には難なく乗ることができた。 ところが,原告は,本件手術後は,自動車の振動に揺られただけでも下腹部及び鼠径部が非常に痛むといった具合で,歩行や日常生活は常にひどい痛みが伴うものとなった。また,原告は元来性欲が強い方で,本件手術前は内妻と性交渉をもっていたが,本件手術後は勃起したペニス及び睾丸付近の痛みのために性交渉ができなくなった。原告が内妻と最後に性交渉をしたのは平成2年1月6日であり,性交渉ができないと知ったのは,同年2月3日ころである。 (エ) 本件手術後の経過原告は,本件手術後,上記障害による痛みに苦悩していたが,被告の施行した治療は,痛み止めの薬の投与,電気の照射くらいのもので全く効果はなく,症状に改善が見られなかった。ところが原告は,平成2年2月27日,被告から突然退院を申しつけられ,翌28日,障害に 被告の施行した治療は,痛み止めの薬の投与,電気の照射くらいのもので全く効果はなく,症状に改善が見られなかった。ところが原告は,平成2年2月27日,被告から突然退院を申しつけられ,翌28日,障害に苦しむ中で強制的に退院させられた。 原告は,平成2年3月16日及び同年4月2日,B病院泌尿器科を受診し,左鼠径部痛との診断を受けた。 その後,原告は,平成2年4月11日から5月24日まで,C病院に入院し,同病院第二外科及び泌尿器科で検査,治療を受け,退院後は週5回ほど通院治療を受けたが,いずれも効果がなかった。同第二外科における診断病名は「両側鼠径部痛,下腹部痛」であった。 原告は,平成2年7月ころ,長崎市に約1週間滞在し,E病院整形外科及び泌尿器科に一度受診し,処置なしとの診断を受け,F病院整形外科及び泌尿器科に3日間通院して治療を受けたが効果なく,国立病院を紹介されたため,G国立病院泌尿器科を受診したところ,処置なしとの診断を受けた。 原告は,平成2年秋ころ,H病院整形外科を受診したが,処置なしとの診断を受け,その後,直ちに同病院で紹介されたI病院を受診し,約40日間入院の上,温泉治療及び麻酔治療を受けたが,効果はなかった。 原告は,平成3年1月ころ,痛みに耐えられず,C病院泌尿器科を受診したところ,痛み止めの薬をもらい,その後週1回の割合で何回か痛み止めの薬をもらった。 上記のように,原告は方々の病院を受診したが,いずれも効果なく,しかも神経を一部抜き取ったのであれば施す術なしとのことであったので,以後,病院へは行かなかった。 イ被告の認否反論原告の被告医院受診に至る が,いずれも効果なく,しかも神経を一部抜き取ったのであれば施す術なしとのことであったので,以後,病院へは行かなかった。 イ被告の認否反論原告の被告医院受診に至る経過については概ね認める。原告は,平成元年12月8日の初診の際,被告に対し,腰痛と左臀部から左下肢への痛みを強く訴え,入院を希望したことから,被告は,翌9日原告を被告医院に入院させた。なお,原告は,被告医院への入院当初から,勃起時にペニスに疼痛があり,性生活ができないと訴えていた。 平成元年12月19日の第1回手術に至る経緯及び本件手術に至る経緯については概ね認める。ただし,被告は,いずれの手術とも,原告が手術による治療を希望したことからこれを行ったものであり,また,その施行に際しては,手術の内容等を十分に説明しており,原告の納得と理解を得てこれを行ったものである。 平成2年1月11日の本件手術の内容に関する原告の主張は否認する。 被告は,書物を見ながら本件手術をすることなどしていないし,神経を引き抜いたということもない。また,被告は,腰椎麻酔を行った上で本件手術を実施しており,原告が痛みを感ずるはずがない。原告は,本件手術施行後,左下肢の痛みがかなりとれたと喜んでいた。 原告が強制的に退院させられたという主張は否認する。原告は,本件手術後も被告医院で入院加療を続けたが,平成元年2月28日,症状固定したため,被告の治療に十分満足して退院した。 被告は,同日,自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(乙1)を作成し,胸部絞扼感,腰痛,左側腹部痛,左臀部痛,左臀部より左陰部への放散痛及び排尿痛の自覚症状,本件手術による瘢痕並びに手術領域の知覚麻痺等の他覚症状が残っている旨記載 険後遺障害診断書(乙1)を作成し,胸部絞扼感,腰痛,左側腹部痛,左臀部痛,左臀部より左陰部への放散痛及び排尿痛の自覚症状,本件手術による瘢痕並びに手術領域の知覚麻痺等の他覚症状が残っている旨記載するとともに,胸腹部臓器・生殖器・泌尿器の障害の欄に,原告の愁訴のとおり,「勃起時にペニスに疼痛が強く,性生活ができないと悩まれております」と記載した。なお,当時,被告は原告から,ペニスが勃たないというのとペニスが痛いというのではどちらの方が多く保険会社から賠償金が取れるかとの質問を受けたことがあった。 (2) 被告の過失ア原告の主張原告は,被告から本件手術を受けた結果,ペニス勃起時に疼痛が生じて性交渉が不能となるとともに,常時下腹部の激痛に悩まされている。これは,以下のとおり,被告の医学的知識の不足か技術の未熟のいずれかによる過失によるものである。 (ア) 本件手術施行の過失本件手術は,その部位,内容からみて,外科医か泌尿器科医のなすべきものであって,整形外科医兼麻酔科医である被告のなすべきものではなかった。 また,緊急事態でもないのに一開業医である被告が書物を見ながら手術することは医療上禁じられている,さらに,被告は本件手術に関して不慣れで自信もなかった。にもかかわらず,被告は,診療報酬が良いこともあって,原告を専門医に転院させることもなく,無謀にも本件手術を行った結果,原告に対し,被告入院前の下腹部痛及び鼠径部痛をひどく悪化させ,新たに性交不能を伴うペニス勃起時痛(睾丸付近痛を含む)を惹起させた過失がある。 (イ) 手術後の適切な治療等の懈怠上記のとおり,被告は,本件手術後も,原告に対し適切な治療を施すことなく,平成 睾丸付近痛を含む)を惹起させた過失がある。 (イ) 手術後の適切な治療等の懈怠上記のとおり,被告は,本件手術後も,原告に対し適切な治療を施すことなく,平成2年2月28日,原告の障害が治癒しないうちに,原告を強制的に退院させたのであり,本件診療契約に基づく適切な治療をなすべき義務を怠った過失がある。 イ被告の認否反論本件手術の内容についての原告の主張はすべて否認する。 被告が,第1回手術及び本件手術の際,手術室に人体図の載っている書物を持ち込んでそれを見ながら手術したことなどない。 また,本件手術である左腸骨鼠径神経の切断に当たっては,シャープカットが基本であるので,露出した知覚神経を切る際は,手術開始時のメスの刃を新しい物に替えた上,約3センチメートル切開し,2~3針縫った。被告は,細部まで配慮して本件手術を施行したものであり,神経を引き抜いたとか,術後,被告が引き抜いた神経を原告に見せたなどは,原告による全くの捏造である。本件手術は,プロの麻酔医が腰椎麻酔を行った上で施行したのであり,痛みを感ずるはずはない。それどころか,被告は,原告から,本件手術直後も,同手術後の入院期間中も,「先生の手術は上手で何の痛みもなくすばらしいの一言だ」と賞賛されていたくらいである。 被告は,J大学医学部を卒業後,昭和44年に医師免許を取得し,同49年から肩書地で被告医院を開業して以来27年に至っており,これまで整形外科麻酔科の医師として現場で仕事をしてきた者であって,医学的知識において他の医師に劣るところはないと自負しており,整形外科麻酔科の医師としての技術も十分に持っている。本件皮膚知覚神経切断術(第1回手術及び本件手術 として現場で仕事をしてきた者であって,医学的知識において他の医師に劣るところはないと自負しており,整形外科麻酔科の医師としての技術も十分に持っている。本件皮膚知覚神経切断術(第1回手術及び本件手術)の施行の判断及び執刀につき,被告に過失はない。 原告が,本件手術から約10年経ってから突然本件請求を行っていること,被告の度重なる求釈明に回答しなかったこと,平成3年1月ころ以降,何ら治療を受けていないこと等の各状況からしても,原告の請求には理由がない。 (3) 損害の発生及び因果関係ア原告の主張(ア) 損害原告は,本件手術の結果,被告医院入院前とは比較にならないほどに痛みの激しい鼠径部痛,下腹部痛及び性交不能を伴うペニス勃起時痛(睾丸付近痛を含む)という,いずれも回復見込みのない不治の障害を被った。 原告は,被告医院の退院時48歳であって,まさに男盛りであったにもかかわらず,被告より上記障害を受けたことにより,爾後仕事に就くことができなくなっただけでなく,激しい痛みに苦しみながら,女性との性交渉もできなくなった。 これにより,原告の被った精神的損害は甚大で,その損害額は金2000万円を下らない。 (イ) 因果関係原告の上記障害は,本件手術後間もなく生じたものであること,手術の部位及び内容からその障害の発生は十分考えられるものであること,原告はおとなしく入院していたもので他に原因らしきものは全く考えられないことなどに徴すると,原告の上記障害の原因は本件手術以外考えられないから,相当因果関係がある。 イ被告の認否原告の主張する障害の発生自体が きものは全く考えられないことなどに徴すると,原告の上記障害の原因は本件手術以外考えられないから,相当因果関係がある。 イ被告の認否原告の主張する障害の発生自体が不明である。平成2年1月11日の本件手術後,同年2月28日の退院までの間,原告が訴えていたのはもっぱら胸や背中の痛みであって,常時下腹部の激痛に悩まされているという訴えはなかった。 仮に,原告の主張する症状が事実であるとしても,平時には異常のないペニスが勃起時に痛むというのであれば,泌尿器科の疾患であると思われ,神経とは無関係であること,しかも,原告は入院当初から,「ペニスの勃起時に疼痛があり性生活ができない」と訴えていたことにも照らすと,原告の主張する症状は,平成元年8月の交通事故によって生じたか,或いは同事故による受傷以前から生じていたものと推測され,本件手術とは無関係であることは明らかであり,因果関係がない。 (4) 消滅時効ア被告の主張本件手術は,平成2年1月11日に施行されたが,原告の被告に対する,本件手術の過誤を理由とする損害賠償請求の意思表示が到達したのは平成12年2月24日ころであるから,10年の消滅時効期間が既に経過している。 被告は,原告に対し,平成13年1月29日到達の準備書面をもって,上記消滅時効を援用する意思表示をした。 したがって,原告の債務不履行による損害賠償請求権は既に時効消滅している。 イ原告の主張診療行為の一環として本件手術がなされた後,原告は平成2年2月28日に退院し,同年3月8日まで通院・治療を受けたのだから,診療契約不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算日は,原告 診療行為の一環として本件手術がなされた後,原告は平成2年2月28日に退院し,同年3月8日まで通院・治療を受けたのだから,診療契約不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算日は,原告の最終通院日の翌日である平成2年3月9日である。 原告は,平成12年2月25日到達の内容証明郵便で被告に催告の上,同年8月23日に本訴を提起したから,10年の消滅時効は上記催告時に中断した。 第3 当裁判所の判断 1 事実経過前記争いのない事実等,証拠(甲1ないし6,11〔但し,後記認定に反する部分を除く。〕,12,13,乙1,2,3〔被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める。〕,4の1・2,5,6の1・2,7,原告本人〔但し,後記認定に反する部分を除く。〕,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 なお,原告は,被告の診療録(乙3)につき,後日改ざんされたものであると主張してその信用性を争うが,カルテ記載についての被告本人の供述は具体的かつ自然で首尾一貫しており信用できること,同診療録に記載された文字を見ても,後に加筆されたり修正されたと窺われるような不自然な形跡は認められないことからすれば,被告が同診療録を改ざんないし不当に加筆したものと認めることはできない。 (1) 原告が被告を受診するに至った経過原告は,平成元年8月20日,兵庫県明石市内において,原動機付自転車を運転中,普通乗用自動車と衝突し,左第8肋骨骨折等の傷害を負った。 原告は,同月24日,A病院において,K医師の診察を受け,「左第8肋骨骨折,左腸骨前上棘部挫傷,左上肢,顔面挫傷」により約4週間の安静加療を要するとの診断を受けた。原告は,同年1 。 原告は,同月24日,A病院において,K医師の診察を受け,「左第8肋骨骨折,左腸骨前上棘部挫傷,左上肢,顔面挫傷」により約4週間の安静加療を要するとの診断を受けた。原告は,同年12月6日まで同病院に通院し,治療を継続したが(通院実日数73日),同日以降受診せず,治療は中止された。 K医師の平成元年12月19日付診断書の「症状の経過・治療の内容および今後の見通し」の欄には,「左胸部腰部痛あり。X線上肋骨々折は明瞭。湿布バンド固定,投薬を施行。左胸部痛は消失するも,左腰痛,下肢部痛,ソケイ部痛などを訴えるも検査による異常所見なし。」等の記載がある。 (2) 原被告の診療契約の締結及び被告医院における診療経過原告は,左腰痛,下肢部痛及び鼠径部痛が治まらなかったため,平成元年12月8日,被告を受診した。被告は,原告を診察した結果,「腰部打撲,捻挫兼左大腿神経痛,外傷性股関節炎,左大臀神経痛,頸椎捻挫」と診断した。原告は,被告に対し,腰痛及び左臀部から左下肢にかけての痛みを強く訴え,入院を希望したため,同月9日から被告医院に入院した。 原告は,入院当初,被告に対し,左臀部,左下肢及び腰部の痛みとともに,大分以前からペニスが勃起しないこと,前記事故後はさらに勃起しなくなったこと,たまに勃起した際にはペニスに疼痛があり,性生活ができないと訴えた。これに対し,被告は,交通事故と関係なく,年齢が原因であると述べたところ,原告は,とにかく足の痛みを除去して欲しいこと,痛みで夜も眠れないことを訴えた。 被告は,原告に対し,同月12日,左鼠径部圧迫による膝内側への放散痛に対する処置として,同月14日,左側腹の圧痛及び左鼠径部から左大腿部にかけての痺れに対する処置として,皮膚知 た。 被告は,原告に対し,同月12日,左鼠径部圧迫による膝内側への放散痛に対する処置として,同月14日,左側腹の圧痛及び左鼠径部から左大腿部にかけての痺れに対する処置として,皮膚知覚神経に局所麻酔剤(キシロカイン及びリンデロン)を注入(以下「神経ブロック注射」という。)したところ,原告の痛みは減少した。また,同月14日,腰椎のミエログラフィー検査を行った結果,被告は,原告に対し腰椎手術の必要はないと判断した。 被告は,原告に対し,同月15日,病室内において,腰椎の検査結果を説明し,神経ブロック注射を繰り返して経過を見ようと説明したところ,原告は,何度も神経ブロック注射を行うことを嫌い,この痛みには到底耐えられないので,手術でも何でもして,一刻も早く痛みを除去して欲しいと訴えた。被告は,手術をしても治るとはいえないこと,脊柱はあまり悪くないことを説明した上で,人体解剖学の本を指し示しつつ,神経ブロック注射を繰り返し行う方法,フェノールによるブロックの方法及び皮膚知覚神経切断術(神経切断による神経ブロック)の方法があるが,フェノールを使用すると副作用があるため,フェノールによるブロックは行わないこと,神経切断術の内容等を説明した。原告は,皮膚知覚神経切断術を希望したため,被告は同手術を施行することにした。 被告は,原告に対し,同月19日,左腸骨下腹神経及び左大腿神経切断術(第1回手術)を施行した。被告は,まず,原告が痛いという左下腹部3箇所の部位にマジックでサインをし,その各部位に局所麻酔を施したうえ,それら3箇所の部位の皮膚を切開し,皮膚のすぐ下の約5ミリメートルの皮下組織内を通る毛髪程度の太さの知覚神経を,皮下組織内で切断した。同手術の執刀時間は約20分であり,保険点数は1500点であった それら3箇所の部位の皮膚を切開し,皮膚のすぐ下の約5ミリメートルの皮下組織内を通る毛髪程度の太さの知覚神経を,皮下組織内で切断した。同手術の執刀時間は約20分であり,保険点数は1500点であった。なお,知覚神経は,頭の先から足の先まで全体に網目状に通じているので,1箇所切断しても,完全に無感覚になるわけではなく,痛い部分の知覚神経を切断した場合でも,その神経の支配領域である直径3~5センチメートルの範囲で知覚鈍麻が起こるのみで,しかも,神経は1日に約1ミリメートルの長さで再生するものである。 同手術施行後,原告は,被告に対し,同部位の疼痛が治まり,楽になった,歩きやすいなどと言っていた。 原告は,被告に対し,同月28日,「先生,わしチンポが立たへんのやが,チンポが痛い言う方が保険屋からよけい金が取れるんか。」などと言ったり,自動車損害賠償責任保険の後遺障害別等級表のようなものが記載された本を指し示し,「わしのはどれに当たるんや」と質問したが,被告はこれに答えなかった。 原告は,同日午後から平成2年1月4日まで,外泊・帰宅したが,外泊から戻った同月5日及び7日,左鼠径部及び左臀部の痛みを訴えた。 そこで,被告は,同年1月11日,左腸骨鼠径神経及び左大臀神経を皮下組織内で切断する手術(本件手術)を行った。被告は,第1回手術とほぼ同様に,原告が痛いという左下腹部2箇所の部位にマジックでサインをし,その各部位に局所麻酔を施したうえ,それら2箇所の部位の皮膚を切開し,皮膚のすぐ下の約5ミリメートルの皮下組織内を通る毛髪程度の太さの知覚神経を,皮下組織内で切断した。本件手術による切開部の縫合は2箇所を合計して5針程度のもので,本件手術の所要時間は,腰椎麻酔及び執刀の時間を含めて約30分間 トルの皮下組織内を通る毛髪程度の太さの知覚神経を,皮下組織内で切断した。本件手術による切開部の縫合は2箇所を合計して5針程度のもので,本件手術の所要時間は,腰椎麻酔及び執刀の時間を含めて約30分間,保険点数は1500点であった。なお,本件手術の切開部位のうち鼠径部付近の1箇所は,第1回手術の瘢痕の延長上に下方に同じ長さ程度切開したものであり,第1回手術及び本件手術により生じたその瘢痕の長さは合計4~5センチメートルであった。 原告は,被告に対し,同月18日ころ,下腹部の痛みは解消されたので,あとは,胸及び背中の痛みを何とかして除去して欲しい旨訴えた。 被告は,同月22日をもって下腹部の治療を完了し,その後は胸部,腰椎及び背骨の治療に移行し,腰牽引,腰レザー等の処置及び頚椎ミエログラフィー等の検査を行った。 原告は,被告に対し,同月25日ころ,手術をして,胸の引き締まるような痛みを何とかして除去して欲しい旨訴え,さらに,同年2月8日には,手術でも何でもして背中の痛みを取って欲しいと訴えた。なお,原告は,外泊から戻った同年1月5日から同年2月28日に退院するまでの間,胸部及び背部の痛みを抑えるため,胸部に自転車のチューブや寝間着のひもを巻いて締め付ける行為を何度か行っていた。 原告は,本件手術以後は,同年2月3日ころに左股関節の痛みを訴えたことを除いては,左下腹部及び鼠径部の痛みを訴えていなかった。 原告は,同月28日まで被告医院において入院加療を継続した。 被告は,同月26日,「腰部打撲,捻挫兼左大腿神経痛,外傷性左股関節炎,左大臀神経痛,頸椎捻挫により,3月15日から4月15日までの休務加療を要する。」との診断書を作成し,また,被告は,同年2月28日, は,同月26日,「腰部打撲,捻挫兼左大腿神経痛,外傷性左股関節炎,左大臀神経痛,頸椎捻挫により,3月15日から4月15日までの休務加療を要する。」との診断書を作成し,また,被告は,同年2月28日,症状固定期であると判断して,同日付自賠責保険後遺障害診断書を作成し,同後遺障害診断書の「傷病名」欄には「頸椎捻挫,腰部打撲,捻挫,左大腿神経痛,外傷性左股関節炎,左大臀神経痛」,「自覚症状」欄には「胸部絞扼感,腰痛,左側腹部痛,左臀部痛,左臀部より左陰部への放散痛,排尿痛」,「精神・神経の障害他覚症状及び検査結果」欄には「腸骨下腹神経,腸骨鼠径神経,閉鎖神経の各神経切断術施行による瘢痕と手術領域の知覚麻痺がみられるが,疼痛は軽減している。脊髄造影により12胸椎,1腰椎間に軽度,狭窄像を証明している。(胸部の)絞抱感が著明」,「胸腹部臓器・生殖器・泌尿器の障害」欄には「勃起時にペニスに疼痛が強く,性生活ができないと悩まされている」とそれぞれ記載した。 原告は,同日被告を退院したが,同年3月8日に至るまで同病院に通院し,腰牽引等の治療を受けた。 (3) 被告医院における治療後の経過原告は,平成2年3月8日及び同年4月5日,社団法人兵庫県医師会に対し,被告が原告の痛みを無視し,入院が必要と思っているのに,原告に無断で後遺障害診断書を作成し,保険会社に直接提出したために示談の話がうまくいかなくなったこと及び被告の医療ミスを理由として,苦情申立てを行った。 原告は,同年3月16日,左鼠径部痛にてB病院泌尿器科を受診したが,その際の所見は,触診上,検尿上,特に大きな問題はないというものであった。 原告は,前記交通事故の加害者との間で,同月18日,同加害者が原告に対し,治療費及び損害賠償金 を受診したが,その際の所見は,触診上,検尿上,特に大きな問題はないというものであった。 原告は,前記交通事故の加害者との間で,同月18日,同加害者が原告に対し,治療費及び損害賠償金95万円を支払うとの示談を成立させた。 原告は,同年4月11日,両側鼠径部痛及び下腹部痛の症状により,C病院第2外科に入院した。原告は,同病院麻酔科において硬膜外ブロックを施行されたが効果がなく,また原因が判明しなかったため,同年5月24日,同病院を退院した。 原告は,平成12年2月24日になって,突然,被告に対し,被告医院入院中に神経切断手術を受けたが,それが原因でペニス勃起時に疼痛があり,そのため性交渉が不能となり,また,陰嚢にも疼痛があるので,手術ミスによる損害賠償として2000万円を請求するとして,その旨を記載した通知書を内容証明郵便で送付した。なお,原告が,直接被告に対し,本件手術に医療ミスがあることを主張したのは,これが初めてであった。 被告は,同月25日上記内容証明郵便を受領したがこれを放置していたところ,原告は,同年8月23日,本訴を提起した。 2 原告の主張する障害について原告本人尋問の結果中及びその作成の報告書(甲11)や「原告の体について手術前後」と題する書面(甲9)中には,本件手術の結果,原告の下腹部痛及び鼠径部痛がひどく悪化し,性交不能を伴う新たなペニス勃起時痛(睾丸付近痛を含む)が惹起された旨の原告主張に沿う供述及び記載がある。 しかしながら,前記認定のとおり,原告は,被告医院入院当初から既に勃起時のペニスの疼痛を訴えていたこと,原告は被告に対し,本件手術後の平成2年1月18日ころ,下腹部痛は解消されたので,あとは,胸及び背中の痛みを何とかして除去 り,原告は,被告医院入院当初から既に勃起時のペニスの疼痛を訴えていたこと,原告は被告に対し,本件手術後の平成2年1月18日ころ,下腹部痛は解消されたので,あとは,胸及び背中の痛みを何とかして除去して欲しい旨訴えていたこと,被告は原告に対し,同月22日以降,胸部,腰部及び背部等の治療のみを行っていること,被告作成に係る後遺症診断書(乙1)の「精神・神経の障害他覚症状及び検査結果」の欄には,「腸骨下腹神経,腸骨鼠径神経,閉鎖神経の各神経切断術施行による瘢痕と手術領域の知覚麻痺がみられるが,疼痛は軽減している。」と記載されていること,原告が被告のした本件手術にミスがあるとの主張を被告に対してするようになったのは,原告が平成12年2月24日付内容証明郵便を送りつけてきたときが初めてで,それまで,原告は,本件手術に対する抗議等を被告に直接したことは1度もなかったこと,さらには,原告は,「平成3年1月ころC病院泌尿器科を受診し,その後週1回の割合で何回か痛み止めの薬をもらったが,それ以降は病院には行かなかった。」と主張し(前記第2の2(1)ア(エ)),平成3年1月ころ以降は現在に至るまで医療機関による治療を受けていないことを自認していることに照らすと,上記原告本人の供述及び甲9,11の記載を信用することはできず,他に,本件手術の結果,原告の下腹部痛及び鼠径部痛がひどく悪化し,性交不能を伴う新たなペニス勃起時痛(睾丸付近痛を含む)が発生したことを認めるに足りる証拠はない。 3 被告の過失の有無について(1) 本件手術の適否ア原告は,被告が不慣れで自信がないのに書物を見ながら本件手術を行ったと主張し,原告本人尋問の結果中及びその作成の報告書(甲11)や「被告医院にて」と題する書面(甲7)中には,これに沿う供述及び記載がある は,被告が不慣れで自信がないのに書物を見ながら本件手術を行ったと主張し,原告本人尋問の結果中及びその作成の報告書(甲11)や「被告医院にて」と題する書面(甲7)中には,これに沿う供述及び記載がある。 しかしながら,前記認定のとおり,本件手術は,第1回手術とほぼ同様に,原告が痛いという左下腹部2箇所の部位にマジックでサインをし,その各部位に局所麻酔を施したうえ,それら2箇所の部位の皮膚を切開し,皮膚のすぐ下の約5ミリメートルの皮下組織内を通る毛髪程度の太さの知覚神経を皮下組織内で切断するという程度のものであり,本件手術により生じた切開部位の縫合は2箇所の合計で5針程度であったに過ぎないことが認められ,これらの本件手術の部位,内容,方法に加えて,所要時間は腰椎麻酔の時間を含めても約30分間に過ぎず,保険点数も1500点であったことを併せ考えると,本件手術はそれほど高度の技能を要する手術ではなかったと認められる。 また,証拠(被告本人)によれば,被告は,昭和44年に医師免許を取得して以降,整形外科及び麻酔科の専門医として,各地の病院において診療を行ってきたこと,肩書地において同49年に被告医院を開設し,現在までこれを経営してきたことが認められ,これらの事実を総合すれば,被告は,整形外科及び麻酔外科の手術に十分習熟していると推認することができる。 以上の事実に照らすと,被告が不慣れで自信がないのに書物を見ながら本件手術を行ったという原告の主張に沿う上記原告本人の供述及び甲7,11の記載は信用することができず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 イまた,原告は,本件手術は,その部位及び内容からみて,整形外科や麻酔外科医がなすべきでないのに,被告は,診療報酬が高いために専門医に ことができず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 イまた,原告は,本件手術は,その部位及び内容からみて,整形外科や麻酔外科医がなすべきでないのに,被告は,診療報酬が高いために専門医に転院させずにこれを行ったとも主張し,原告本人尋問の結果中及びその作成の報告書(甲11)や「3月16日B病院泌尿器科初診」で始まる書面(甲10)中には,これに沿う供述及び記載がある。 しかしながら,前記認定のとおり,本件手術はそれほど高度の技能を要しない手術であると認められること,被告は,整形外科及び麻酔外科の手術に関して十分に習熟していると認められることに照らすと,原告の主張に沿う上記原告本人の供述及び甲10,11の記載は信用することができず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 ウ以上の次第で,本件手術について被告の過失を認定することはできない。 (2) 手術後の適切な治療等の懈怠の有無原告は,被告が本件手術後,原告に対する適切な治療を施すべき義務を怠って,平成2年2月28日,原告を強制的に退院させたと主張し,これに沿う供述をなし,また,その作成の報告書(甲11)にも同趣旨の記載がある。 しかしながら,前記認定のとおり,被告は,原告の下腹部痛の訴えに対して,第1回手術及び本件手術を実施し,その結果,以後,原告の下腹部の痛みはほぼ解消したため,それ以後,原告の症状が固定するまでの間,胸部,腰部及び背部等の治療を行っていたことが認められる。そして,これらの事実に照らすと,むしろ,被告は,本件手術後も,原告の愁訴に応じた適切な治療を行っていたことが認められ,原告の上記供述及び甲11の記載を信用することはできない。 したがって,原告の主張は認められない。 告は,本件手術後も,原告の愁訴に応じた適切な治療を行っていたことが認められ,原告の上記供述及び甲11の記載を信用することはできない。 したがって,原告の主張は認められない。 (3) よって,被告の過失に関する原告の主張はいずれも認められない。 4 結論以上の次第で,被告に対して本件診療契約上の債務不履行責任を認めることはできないから,その余について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所第4民事部裁判長裁判官上田昭典裁判官太田敬司裁判官長谷部環

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