主文 1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。 2 前項の部分につき,第1審判決を取り消し,被上告人らの請求を棄却する。 3 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。 理由 上告代理人石津廣司の上告受理申立て理由について 1 本件は,茅ヶ崎市(以下「市」という。)の住民である被上告人らが,D商工会議所に派遣された市の職員に対する給与支出は違法であると主張して,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,市長の職にあった上告人に対し,支出給与相当額の損害賠償を求めた事案である。 2 差戻し後の控訴審である原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。 (1) 市は,昭和63年3月23日,D商工会議所との間で,市の職員をD商工会議所に派遣することにつき,① 派遣期間は3年とするが,協議の上これを延長又は短縮することができること,② D商工会議所は,派遣された職員をD商工会議所の職員に併せて任命し,双方の身分を併有させること,③ 派遣職員に対する給与の支給,休暇,分限,懲戒及び福利厚生については,市の関係規定を適用して市が行うこと等を定めた協定(以下「本件協定」という。)を締結した。 (2) 上告人は,昭和63年4月1日,市立病院事務長であった市の常勤職員(以下「本件派遣職員」という。)に対し,市長公室付とした上,D商工会議所へ派遣する旨の命令を発し(以下,同命令による派遣を「本件派遣」という。),同日,茅ヶ崎市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和26年茅ヶ崎市条- 1 -例第61号。以下「本件免除条例」という。)2条3号の「前2号に規定する場合を除く外市長が定める いう。),同日,茅ヶ崎市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和26年茅ヶ崎市条- 1 -例第61号。以下「本件免除条例」という。)2条3号の「前2号に規定する場合を除く外市長が定める場合」という規定に基づき,1年間の職務専念義務の免除(以下「本件職務専念義務の免除」という。)をした。茅ヶ崎市一般職員の給与に関する条例(昭和26年茅ヶ崎市条例第74号。以下「本件給与条例」という。)11条前段は,「職員が勤務しないときは,その勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合(勤務時間等条例第11条の規定による組合休暇の許可を受けた場合を除く。)を除く外,その勤務しない1時間につき,第15条に規定する勤務1時間当りの給与額を減額して給与を支給する。」と規定しており,上告人は,本件職務専念義務の免除に併せて,黙示的に本件給与条例11条前段の承認(以下「本件承認」という。)をした。 (3) 本件派遣職員は,昭和63年4月1日,D商工会議所の専務理事に任命されたが,市は,同年10月31日をもって本件派遣を取りやめた。本件派遣職員は,この間,市の政策会議に7回出席したほかは,D商工会議所で勤務していた。市は,本件派遣職員に対し,上記派遣期間中の給料,期末手当及び勤勉手当を支給した(以下「本件給与支出」という。)。 (4) D商工会議所は,市内の商工業者を会員として市内における商工業の総合的な改善発達を図ること等を目的として商工会議所法に基づいて設立された法人である。D商工会議所には,会頭,副会頭,専務理事等の役員が置かれているが,代表者である会頭も副会頭も常勤ではなく,専務理事が常勤して20数名から成る事務局を運営していた。 (5) 市は,神奈川県(以下「県」という。)内の他の市と比較して低迷している市内の商工業を発展,活性化するこ 会頭も副会頭も常勤ではなく,専務理事が常勤して20数名から成る事務局を運営していた。 (5) 市は,神奈川県(以下「県」という。)内の他の市と比較して低迷している市内の商工業を発展,活性化することが重要な課題であると考え,昭和61年3月,昭和61年度から昭和65年度に至る「茅ヶ崎市総合計画後期基本計画」を発表し,「商業近代化のため,その機能が十分発揮されるよう,商工会議所及び中小- 2 -企業相談所の指導・相談体制の充実を促進する」ことを施策の一つに挙げた。市が上記基本計画の期間中にD商工会議所と協力して行った主な活動は,大規模小売店舗の事業活動の調整,大岡祭及び産業展の共同開催,市が国及び県と共に支出した補助金によるD商工会議所の中小企業の経営及び技術の改善事業,市の貸付金を原資とするD商工会議所の小口資金無利子融資制度事業,市がD商工会議所に委託して行った中小企業近代化診断事業であった。 このような状況の下において,D商工会議所は,昭和62年5月22日,中小企業庁が市を昭和62年度の商業近代化地域計画策定地域(基本計画)として指定し,D商工会議所が行う各種の事業に国,県及び市から補助金が支出されることになったのを受けて,県や市の幹部職員等の参加を得て商業近代化委員会を発足させ,同年度中に商業近代化地域計画を策定した。 (6) 市では,D商工会議所と協力して商工業の振興に当たらなければならないと認識していたことに加え,D商工会議所が商業近代化地域計画を実施することに協力する必要があったことから,D商工会議所から専務理事の後任者を紹介して欲しいとの意向が示された際,その後任者として市の常勤職員を派遣して市とD商工会議所との連携を強めることが望ましいと判断し,本件協定の締結に至った。本件協定の締結に当たり,派遣職員の職務内容につい 欲しいとの意向が示された際,その後任者として市の常勤職員を派遣して市とD商工会議所との連携を強めることが望ましいと判断し,本件協定の締結に至った。本件協定の締結に当たり,派遣職員の職務内容について,月1回程度開催される市の政策会議に出席させること以外に市側から要求等がされた形跡はない。 (7) D商工会議所は,本件派遣職員の在職中,商業近代化地域計画のPR用ダイジェスト版を作成し,商店会に対する説明会を行ったほか,県等と共催の中小企業人材活性化研修や市会議員の研修会に上記計画に関する講演の講師を派遣した。 本件派遣職員は,会合の準備等の折衝のほかには,上記説明会に2回出席したにとどまり,それ以外に上記計画の実施について直接又は具体的な行動をした形跡はない。また,本件派遣職員は,大岡祭及び産業展の開催に関与したほかには,市とD- 3 -商工会議所が協力して行った他の事業について直接関与した形跡はない。 (8) 本件派遣当時,全国各地の地方公共団体において,職務専念義務の免除等の方法により職員がいわゆる第3セクター等に派遣され,派遣職員に対する給与支出が行われていた。しかし,当時,地方公務員の派遣に関する法制度は整備されておらず,上記方法による給与支出の適否については,定説もなく,本件の第1次上告審である最高裁平成6年(行ツ)第234号同10年4月24日第二小法廷判決・裁判集民事188号275頁において判断基準が示されるまで,下級審裁判所の判断も分かれていた。 3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,被上告人らの請求を一部認容すべきものとした。 (1) 市の施策の中でも重要性の高い大規模小売店舗の事業活動の調整及び市内の商工業の発展,活性化については,D商工会議所の業務との関連性は高いが,市とD商工会議所の方針や活 容すべきものとした。 (1) 市の施策の中でも重要性の高い大規模小売店舗の事業活動の調整及び市内の商工業の発展,活性化については,D商工会議所の業務との関連性は高いが,市とD商工会議所の方針や活動が常に一致するとは限らず,両者の対立関係が生じた際に,本件派遣職員の存在により市の意向をD商工会議所に反映させることは必ずしも期待できない状況にあったと認めざるを得ない。また,市とD商工会議所との間で,本件派遣職員の職務内容を市の商工業振興策と具体的に関連するものとする旨が取り決められた形跡はなく,本件派遣職員の職務の中心は,市の企画する商工業振興策とは直接的には関連性のないD商工会議所の内部的事務にあったといわざるを得ない。そうすると,本件職務専念義務の免除及び本件承認は,市の商工業振興という行政目的達成のためにする公益上の必要性に基づくものとは認め難く,地方公務員法24条1項,30条及び35条の趣旨に反する違法なものというべきであり,本件職務専念義務の免除及び本件承認が違法である以上,本件給与支出のうち欠勤者にも支給される期末手当全額及び勤勉手当の7割相当額を控除した残額の支出は違法というべきである。 - 4 -(2) 本件職務専念義務の免除及び本件承認,ひいては本件給与支出に存する前記違法事由は,地方公務員の服務や給与の根本基準といった地方公務員法の根幹にかかわる重大なものである上,市で勤務しない者に給与を支払うという点で,一般常識にも反する不自然なものであるから,通常人でもその違法性を容易に理解することができるものであって,上告人としては,当然に本件給与支出の違法性を認識すべきであったというべきであり,少なくとも上記違法な支出をするに当たり,過失があったものと認められる。 4 しかしながら,原審の上記判断のうち(1)は是認するこ ,当然に本件給与支出の違法性を認識すべきであったというべきであり,少なくとも上記違法な支出をするに当たり,過失があったものと認められる。 4 しかしながら,原審の上記判断のうち(1)は是認することができるが,(2)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 (1) 本件免除条例2条3号及び本件給与条例11条前段は,職務専念義務の免除や勤務しないことについての承認について明示の要件を定めていないが,処分権者がこれを全く自由に行うことができるというものではなく,職務専念義務の免除が服務の根本基準を定める地方公務員法30条や職務に専念すべき義務を定める同法35条の趣旨に違反したり,勤務しないことについての承認が給与の根本基準を定める同法24条1項の趣旨に違反する場合には,これらは違法となると解すべきである(前掲第二小法廷判決)。 【要旨1】上記事実関係等によれば,市とD商工会議所との間で,本件派遣職員の職務内容について具体的な取決めがされた形跡はなく,本件派遣職員は,市の企画する商工業振興策と直接的な関連性が認められる諸事業には具体的に関与しておらず,商業近代化地域計画の実施についての関与も間接的なものにとどまっており,実際の職務の中心はD商工会議所の内部的事務であったというのである。そうすると,本件派遣当時,市は,低迷する市内の商工業の活性化等を図るための施策の一つとして商工会議所の指導及び相談体制の充実を掲げており,上記諸事業の推進等のためにD商工会議所との連携を強める必要があったことのほか,本件派遣の期- 5 -間は約7か月にとどまり,派遣人数も1人であったこと等を考慮しても,本件職務専念義務の免除は地方公務員法30条,35条の趣旨に反し,本件承認は同法24条1項の趣旨に反するというべきである。したがって,本件承認 月にとどまり,派遣人数も1人であったこと等を考慮しても,本件職務専念義務の免除は地方公務員法30条,35条の趣旨に反し,本件承認は同法24条1項の趣旨に反するというべきである。したがって,本件承認を是正することなく,これを前提にして行われた本件派遣職員に対する給与支出のうち欠勤者にも支給される期末手当全額及び勤勉手当の7割相当額を控除した残額の支出は違法というべきである。これと同旨の原審の判断は是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。 (2) ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当ではない(最高裁昭和42年(オ)第692号同46年6月24日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁等参照)。 これを本件についてみると,【要旨2】前記事実関係等によれば,本件派遣当時,地方公務員の派遣に関する法制度は整備されていなかったが,全国各地の地方公共団体において,職務専念義務の免除等の方法により職員がいわゆる第3セクター等に派遣され,派遣職員に対する給与支出が行われており,上記方法による給与支出の適否については,定説もなく,前掲第二小法廷判決において判断基準が示されるまで,下級審裁判所の判断も分かれていた上,市では,本件免除条例2条3号において,「前2号に規定する場合を除く外市長が定める場合」には職務専念義務を免除することができる旨が定められており,本件派遣は,上記規定に基づき職務専念義務の免除をした上で,本件給与条例11条前段に基づき勤務しないことの承認をするという法 が定める場合」には職務専念義務を免除することができる旨が定められており,本件派遣は,上記規定に基づき職務専念義務の免除をした上で,本件給与条例11条前段に基づき勤務しないことの承認をするという法的手続を踏んで行われたというのであるから,上告人が本件給与支出をしたことにつき故意又は過失があったということはできない。これと異なる原- 6 -審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由がある。 5 以上によれば,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れず,被上告人らの請求は理由がないから,第1審判決中上告人敗訴部分を取り消した上,同部分につき被上告人らの請求を棄却すべきである。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官上田豊三裁判官金谷利廣裁判官濱田邦夫裁判官藤田宙靖)- 7 -
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